北イタリア ピエモンテの田舎で暮らして

ピエモンテ州ノヴァーラ県の稲作地域での暮らし。 バローロ、モンフェラート、ゲンメのワイナリー、ピエモンテ料理ときどき地域猫のぴーちゃん

他の州のイタリア都市

ローマでボロ−ニャのお料理を

トリノに続き、ロ−マ出張時の風景です。

スマ−トフォンの地図を見ながら、アポイント先に向かう途中で。

Via Giulia
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出張中、タクシ―でもバスでも、この前をいつも通過します。
ローマの中心に位置するヴィットリオ・エマヌエーレ二世記念堂前。
Piazza Venezia
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ローマ出張では、スペインの本社からの方と一緒のこともあれば、まったくひとりで
アポイント先で説明やプレゼンをすることもありました。

ひとりの時は、いつもヴェネト通りにあるホテルに泊まります。
地下鉄A線バルベリーニ駅から少し坂をも上ったところにあるホテルで静かで落ち着くので
夜、ホテルの部屋でパソコンの仕事がしやすいこともありますが
私が以前、ロ−マに住んでいた時に、通勤していたのがこの地域で思い出もあり一番好きなエリアです。

ローマにいる友人が、ホテルから近くで美味しいところがあると夕食の予約をしてくれました。
それは、ローマ料理でなく、エミリア・ロマーニャ州のお料理です。
ボロ―ニャ風ミ―トソ―スのパスタ(タリアッテレ)
Tagliatelle alla Bolognese
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カボチャのトルテッリーニ(ボローニャからモデナにかけて本場の詰めものをしたパスタ)
Tortelli di Zucca
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メインは、こちらのお料理。
仔牛のもも肉をミルクで長時間煮込んだものだそうです。美味しいマッシュポテト添え

Giambinetto di Vitella con Purea
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食後、ホテルまでのんびり徒歩。ここは、ホテルの裏通りです。

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友人と一緒に食事でないときには、この裏の通りにあるお店でポルケッタ(豚の丸焼きのロ―スト
でウンブリア州やラツィオ州などイタリア中部で多いです。ロ―マは、ポルケッタが美味しいので
時々、楽しみにしています。)のパニーノを買って
ホテルでパソコンをしながらのんびりと夕食することもあります。

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夜の静かなヴェネト通り。

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ロ―マでエミリア・ロマ―ニャ州の味を楽しめます。
COLLINE EMILIANE(コッリーネ・エミリアーネ)
Via degli Avignonesi, 22 Roma
06 4817538
http://www.collineemiliane.com/

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早朝のフィレンツェで。

帰宅の高速バスの中から、短い更新です。

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昨夜は、夕方から夜遅くにかけてフィレンツェに出張があり1泊していました。
ミラノからフィレンツェに到着すると、すでに夕暮れが過ぎ、次第に暗くなろうとしていて
その後、すぐに夜景になりました。
朝、ミラノに戻らなければならなかったので、その前に少しでも明るい中
フィレンツェの街の空気を感じたくて、列車の出発前に旧市街を散策することにしました。

Firenze1


Firenze2

ここまで歩いたところで、私は、来た道を戻り駅に向かいました。
ちょうど少しずつ明るくなりドゥオーモ(大聖堂)、そしてサン・ジョヴァンニ洗礼堂の
外壁の大理石の色彩を見ることが出来ました。

フィレンツェ駅構内でカフェを飲んでミラノ行きの高速鉄道(FrecciaRossa)に乗車。
途中、霧の風景になり、わずか1時間40分で青空のミラノ中央駅に到着しました。

ミラノに到着すると、"トリノ・ポルタ・ヌォーヴァ行き"、
そして続いて"マルペンサ行き"のアナウンスが流れ、帰ってきたことを実感しました。

駅からオフィスに向かうと、いつものミラノの明るい朝の風景が広がっています。

ついさっきまで、見ていたフィレンツェの歴史地区の中世ルネッサンスの重厚な建物が
夢の中の出来事だったような気がしてきました。
早朝の開店の準備をしていたカフェやバールの店内のオレンジ色の明かりや
ルネッサンス建築の建物のホテルが立ち並び、まだ暗い朝に、その入り口がとても華やかで明るく感じられました。
まだ人の少ない街の散策は、とても素敵な時間が流れていきました。

早朝の気温がピエモンテとでは、かなり違うということもありますが
それだけでなく、フィレンツェで感じた空気は、どこか柔らかで
イタリアの歴史ある街の持つ神秘的な雰囲気に包まれていました。
それは、初めて私がイタリアを訪れた時の印象にどこか似ています。

イタリアは、それぞれの都市が独特な雰囲気を持ち、魅力的です。

今、私の居場所は、牛舎があり、森や田園が広がる農業地域であり
ノヴァーラ県のワイン産地の丘の土で出来たレンガとセージア川の石で造られた
中世の農場が残され、冷涼で霧が深い土地、華やかさはないけれど
ここに自分が確かに存在していることを改めて思い、

ゲンメの丘ブドウ畑の向こうに広がる風景と
ワイナリーのアントネッロやフランチェスコ、町の人々のことを思い出す。
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ミラノからの帰り道にカフェタイム

土曜日の夕方、これから私は、週末の買い物もあり隣町に向かい
それからアぺリティーボタイム、夕食準備です。

その前に短い更新です。ちょっぴりミラノ散策。

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金曜日の午後、仕事の帰り道に地下鉄Turati駅で下車、その後、いくつかのギャラリーを訪れ
賑やかなモンテナポレオーネ通り(Via Montenapoleone)通りを歩きました。

この通りは、ミラノの中でもファッションの発信地で有名なブランド店が立ち並ぶ高級ブティック街です。
フオーリサローネ(Fuori Salone)を訪れる人、
そして優雅なショッピング、観光で散策する人々でいっぱいです。

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ブティック街の邸宅のフレスコ画の天井。
説明によると、これは、ラファエロの弟子たちによって描かれたそうです。

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邸宅内は、椅子などの家具、食器、宝石などが展示され、素敵な空間です。
展示品を見て、先日、アペリティーボで出してもらったスプマンテのグラスもありました。

通りから奥にある邸宅で、扉の向こうは、たくさんの人たちで賑わうモンテナポレオーネ通り

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帰りのバスの時間が近づいてきているので、最寄りの地下鉄の駅に向かいました。
ミラノ郊外にある高速バスのターミナルまで地下鉄を乗り継いて行くので
ここから40分近く見ておかないといけないのです。

地下鉄モンテナポレオーネ駅前

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Emporio Armani Caffe ミラノ 
地下鉄モンテナポレオーネ駅のすぐそばです。

トリノ行き高速バスの時間まで少ないので、スーパーもカフェも
いつも立ち寄るところは、地下鉄駅のすぐ近く。
敷居が高くなく普通のカフェで、ちょっと素敵な気分にさせてくれる空間です。

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春の野菜のリゾット

田園の朝の霧、日の出時間が近づき、次第に桃色に変わっていく空。
くっきりとした白いラインを描く飛行機雲。朝日を受ける田園のトラクター。
車窓から、刻々と変化していく空の色を眺めています。

通勤中の短い更新です。
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ミラノのデザインウィーク中。
帰りにミラノで友人ジュゼッペの職場であるギャラリー空間の奥の庭でアペリティーボ。
ギャラリーには、各国からのデザインや建築関係の人々が次々に訪れていました。

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この後、待ち合わせがあり、夕食はミラノから少し離れた静かなロンバルディア州の
小さな街のレストランで春の野菜を楽しみました。

春のいろいろな野菜の前菜


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ソラマメ、アスパラガスなどの春の有機野菜のリゾット
Risotto “Bio” verde con bruscandoli, fave e asparagi

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Salone Internazionale del Mobile Milano 2014( ミラノサローネ国際家具見本市)と
同じ期間中にミラノ市街のギャラリーやスペース、ショップなどで様々なデザインが展示される
フオーリサローネFuori Salone のサイト
http://fuorisalone.it/2014/

この期間は、街の中を歩くだけでもとても楽しいです。ご旅行でミラノにいらっしゃる方は
アーティスト、企業などの出展するデザイン、作品でいっぱいなので、
サイトや街の中で配布されるマップを見ながら出展会場となるギャラリーなど訪問してみると楽しいです。
ミラノの空気がたくさん詰まっています。

今日も帰りにジュゼッペとアペリティーボかな。

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海沿いのトスカーナへ

気持ちの良い素敵な春の日々が続いています。
バスは、たくさんの乳牛が放牧された牧草地を通過。

通勤中の短い更新です。
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先日のブログでは、ノヴァーラ県からリグーリア州のオリーブ畑に行ったことを書きましたが
その後、海沿いを更に南下してトスカーナ州に向かいました。

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その風景と空気は、どこか懐かしく、ほんのわずかな期間、
この地方で暮らしていた頃のことを思い出しながら車窓を眺めていました。

海があって山があり、大きなスーパーマーケットが近くでそれまで暮らしていたローマとは、
また違った魅力がありこれからのイタリアでの新たな暮らしを楽しみに思っていたのです。

海岸沿いの華やかなシーフードレストラン、ワインのお店、椰子の木が並ぶ大通り、
ここでもし、ずっと暮らしていたら、また違ったイタリアでの暮らしが待っていたのかもしれません。

スマートフォンに残っていた写真から。

今まで何度か訪れたことのある大理石の採石場。

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昔は、水牛で重い大理石を運搬していたようです。
ピエモンテの農業地帯で、まだ機械化以前の時代の写真、農工具を見る機会が多いので
昔の大理石の採石場での様子は、とても興味深いです。

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この日のランチは、海沿いにあるレストランへ。
ピエモンテ料理 ピエモンテ牛(Fassone)のカルネ・クルダ(Carne Cruda)に似ていますが
こちらは、サーモンのタルタルです。
Tartare di salmone con smetana*クリームを使ったソース

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魚介類のフライ。レモンも美味しい。
Fritto misto

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ワインは、 Colli di Luni Vermentino
ヴェルメンティーノは、海抜70m〜450mにかけて昔から
この地方(リグーリア州ラ・スペツィアが県都であるスペッツィア県
とトスカーナ州マッサが県都のマッサ=カッラーラ県)で多く栽培されてきた品種です。

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トスカーナの海からの風が気持ちがいいこれからの季節、
きっとこの地方では、多くの方が冷たいヴェルメンティーノのワインと美味しい魚介類で
素敵な日々を過ごすのでしょう。

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リグーリアのオリーブ畑へ

ノヴァーラ県から高速道路でジェノヴァを通過しリグーリア州ジェノヴァ県セストリ・レヴァンテへ。

住んでいるノヴァーラ県もすでに気温が高い春の日々が続いていますが
海岸から近いリグーリア州の空気は、どことなく甘く柔らかな春の素敵な空気でいっぱいです。

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協同組合の売店には、昔の搾油施設が展示されていました。

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壁には、昔の石臼の写真が飾られていました。

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現在でも、まだ石臼で搾油しているオリーブ農家もあり、
輸入しているリグーリアのオリーブオイルがそうです。
リグーリアのジャコモさん。オリーブ搾油場周辺の景色は、2009年5月のブログ
”フランス国境に近いオリーブ畑で”に写真あります。

gandolfo5

一般のオリーブ農家に比べて、協同組合では、オリーブオイルの生産量が多く
その生産過程で廃棄されるこのオリーブの種も多く、それを粉砕、乾燥などの作業をして

下の写真のような状態になったものが、大きな袋に入った状態で販売されていました。

これは、冬の暖房に使われる大切な燃料となるのです。
ピエモンテ州の稲作農家、養豚農家で自然循環型のエネルギー、バイオマス発電が
昨年、ブログで書いた時よりもさらに大きく進んでいるのですが
(これは、また後日、ブログに書きます。)

オリーブの産地では、搾油後、大量に残るオリーブの種を使って
再生利用可能な自然エネルギーを得ているのです。

2 (2)

外に出てみると、生育に必要な水を与えられているオリーブの木が見えました。
ここは、オリーブ農家が、参考にするためのオリーブ畑の試験場でもあり、
肥料、灌漑などについての説明が細かに書かれていました。

灌漑中のオリーブの木のそばにある看板の説明によると、オリーブの木は、
年間降水量が200舒焚爾隆チ臂態でも生きることのできる木ではあるが、
少なくとも400个蓮必要であること、
6月から8月にかけての時期に植物生長時期に、水を供給することなど、
その方法について書かれていました。

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ここで買ったお土産は、タジャスカ種オリーブオイル2リットルとバジルペーストのジェノベーゼ。
この後、車で海沿いのトスカーナ州に向かいました。

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ブログを書いている18時過ぎの今も青空が広がり、とても気持ちのいい1日です。
春、そして初夏に向けてイタリアは、おそらくどこも素敵で賑やかな雰囲気でしょう。

私は、これからアペリティーボを楽しみます。今日もまた地元のワイン、エルバルーチェ。

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ミラノでランチ。

冷たい雨。1℃。フロントガラスの水分を多く含んだ雪を払って出発。

昨日の帰りは、夕方遅くになり、みぞれだったミラノ、雨のノヴァーラを通過し
バスが次第にわたしの降りる高速出口に近づくと、突然に白い田園風景に変わりました。

どこが、その境界だったのか、それは、まるで冬の一時帰国時に訪問した新潟で
上越新幹線で高崎を通過後、電波も届かない長いトンネルを抜けて、
すぐに現れた雪景色の越後湯沢駅のようでした。

今朝の通勤時に、どの地域から雪が消えたのか見てみようと思っても、
今の時間は、光も通さないような真っ暗な夜明け前の車窓が続いています。
次は、ノヴァーラ西高速出口、ここでは、きっともう雪はあとかけらもなく消えているのでしょう。

今日も雨の1日になりそうです。
通勤中の短い更新です。
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昨日は、ミラノで友人ジュゼッペが働くギャラリーに併設されたカフェでランチタイム。
カフェでのランチは、コースでなく、一皿とミネラルウォーターとパン。

ジュゼッペはサラダ。

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私は、チキンとズッキーニのグリル。

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ジュゼッペが試飲にと、南イタリア シチリアの赤ワイン(品種Aglianico:アリア二コ)を
カウンターから持ってきました。

隣にあるオリーブオイルは、ボトルの形状が違いますが、私が輸入しているプーリアの
有機オリーブオイルと同じです。

実は、ミラノのギャラリーで働く友人ジュゼッペの家族のオリーブ農家であり、
ピエモンテのワイン、オリーブオイル、そしてピエモンテ南部から近いリグーリア州のオリーブ農家の他
遠く離れたプーリア農家、アグリツーリズモのオリーブオイルを
私が輸入しているのは、こんな出会いやきっかけがあったからです。

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オリーブ農家とBIOのアグリツーリズモのジュゼッペの実家に家族で遊びに行き過ごした夏の日々
以前のブログ2009年8月に南イタリアの白い街でという記事の中で
私たち家族と一緒に過ごしていた友人というのが、このジュゼッペのことです。

白い壁にグレーのとんがり屋根の家や、石造りの白い家並みが続く町が点在し
海風が吹く丘の上のオリーブ畑、まるで異国のような印象的な風景でした。

そしてゲンメやバルバレスコのワイナリーにジュゼッペを案内したことをきっかけに、
ジュゼッペは、ワイナリーの私の友達たちとも知り合いになり、そんなつながりが広がっているのです。

ゲンメのワイナリーのアントネッロとそのゲンメが話題になり、
ジュゼッペは、またゲンメのワインを買いにアントネッロのところに行きたいと笑っていました。
今度ジュゼッペたちとゲンメ2006と2007の小さな試飲会をしてみたい。

いつも仕事が終わると急いで高速バスのターミナルに向かう日々であるけれど、
たまには、ミラノで過ごす午後も素敵で美味しく、とても楽しい。

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朝の通勤風景 ミラノ 

土曜日の夜、自宅のパソコンで仕事の合間に。
ちょっと息抜きの短い更新です。

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毎朝、まだ夜の延長のように真っ暗な朝に出発します。
ちょうど、この日は、満月が幻想的で綺麗な朝でした。

ミラノに到着する頃は、通勤の人々が急ぎ足で通り過ぎていき
そんなミラノの朝の空気の中でオフィスに向かう途中に撮った写真。

建設中の綺麗な曲線を描くモダンなビルの下から空を見上げる。

ミラノ


先週の大雨で地下鉄の最寄り駅が閉鎖されているため、別の路線の駅から
ミラノの朝の空気を感じながら歩く。

いつも地下鉄の中で過ごしていただけで
私は、ずっとこの時間を楽しむことを知らないでいました。

バールの前を通り過ぎると、ブリオッシュの甘いパンの香りがしてきて

ふいに、イタリアに来たばかりの頃に過ごしたボローニャで
毎朝、立ち寄ってカプチーノとクリーム入りのブリオッシュを
食べていたことを想い出しました。

まだ留学したばかりでイタリア語もわからず、同じ留学生の友達と
話すしかなかった毎日の中で

不安と違う文化の中で生活する楽しみと夢と期待と失望とか
何やら、いろいろなものを抱えながら何かをずっと探し続けていた頃のこと。

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このブログを書いた後に、更にゲンメのワインで休憩時間の土曜日の深夜。
今夜は、夜更かしです。。。

ミラノ fuori salone 、そしてピエモンテでの日々。

写真は、中庭から眺める午後の教会。

午後の眺め


自宅の中庭から続く柵が取り付けられた教会の敷地内は
今では、誰も手入れをすることもなく、すっかり荒れ果てて
教会の近くで暮らすネコたちや野うさぎ、鳥だけが出入りをしている土地があります。

そこにたくさんのチューリップが咲いていることに気がつきました。

教会の隣で



翌日、自宅に向かう中庭で、同じ敷地内にある家で一人暮らしをしている女性、
ロォアジが小さな植木鉢のお花を眺めていました。

"こんにちは。今、帰って来たところなの。"と私が声をかけると
いろいろと話しかけてきて、しばらく、一緒に中庭で時間を過ごしていました。

3世帯と町役場で共同の中庭なので、一緒の空間なのです。

昨年の夏に私が植えていた日本の朝顔を見るのが、とても珍しく
楽しみで好きだったことを話してくれました。

私が、たくさんのチューリップがこのお庭にあるガレージのちょうど裏で
教会の敷地内にたくさん咲いていたのを見たと言うと

驚いたようにロォアジの目が輝き
"それは、本当かい…。"

今では、すっかり腰や背中が痛くなり中庭で大切にしているプランターや
植木鉢にあるお花や香草に水をあげることでさえ、大変になってしまったので
もうその敷地内に入ることもなくなったと言いながら

ゆっくりと腰をさすりながら、中庭から教会の敷地に向かう私の後を
必死についてきました。


柵から中に入ると

"まあ・・・ずいぶん前に球根を植えたのよ。
すっかりなくなってしまったものだと思っていたわ。"

この教会の敷地内の裏庭を借りて、野菜やお花を植えていたことを
まるで目の前に見えるかようで、思い出が溢れるように語りはじめます。

"あの古い機械(私の目に映るのは、赤く錆びた鉄製の昔の農機具の残骸です。)の前に
ラズベリーがあったのよ。まだきっとあるわよ。

そして、倉庫の裏にたくさんチューリップを植えていたのよ。
たくさんの黄色のスイセンも植えたわ。トマトやポロネギもあったのよ。"

その後、ずっと誰も見ないところで、毎年、春になると咲いていたのでしょう。

trombone


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写真は、週末のミラノ。フオ―リ・サローネの会場のひとつにて。

ミラノ


現在、ミラノ・サローネが開催されています。
ミラノ・サローネ(ミラノ国際家具見本市)は、世界最大のデザイン見本市場。

このサローネ期間中に、企業やデザイナーが市内で開く展示が
"フオーリ・サローネ"と呼ばれるものです。

トスカーナ州の大理石の産地カッラーラ(Carrara)の白い大理石の彫刻のアート数点が
家具と一緒に展示されることになり、そのアーティストである夫と会場に行ってきました。

バーカウンターで、次々にフランスのVeuve Clicquotのシャンパンが開けられ
いつものピエモンテの夜とは、違う雰囲気の空間を楽しみました。

ミラノ・サローネ開催日時: 2010年4月14日〜19日

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すでに今頃には、到着、日本で輸入のための入国、税関手続きを終えて
月曜日には、ホテルや個人の方に発送される予定であったワイン。

在庫切れになってしまっていたので、急いで空輸、成田行き旅客機に
搭載する手続きをしましたが、

火山雲が欧州北部全域を覆って飛行領域が大幅に制限されている関係で
現在、マルペンサ空港でストップしてしまっています。

氷河にある火山の噴火という災害をもたらす自然現象によって
ヨーロッパの航空路がたちまち断たれてしまう現代社会の一面と
氷河で覆われた大地に溶岩や火山灰が噴火口に堆積している円錐形の
成層火山があるということを知りました。


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今、目の前にワインの税関に提出する書類の関税、酒税、消費税、地方消費税の計算と
厚生省の食品監視課の入国前の手続きの書類があります。

日本で協力してくれているスタッフにワインの到着が遅れているとはいえ
ブログよりも輸入書類の下書きを一刻も早く
PDFで送って欲しいと言われてしまいそうです。はい、頑張ります。。。

夏の想い出

帰宅してから、いつものように町のバールに行き
ロミーナとパソコンの中にあるプーリアの写真を見ていました。

いつものように、ゴルゴンゾーラチーズとハムが上にのったパンと
ピエモンテの赤ワイン ドルチェットが私の目の前にあり
写真の中の私がとても遠くに感じられました。

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写真は、プーリアで。新鮮な魚介類を買った港町

港町


















Fichi d'India
プーリアのオリーブ農園の中にあるヒラウチワ サボテンの実

fichi d'india





















プーリアから帰ってきてからの日々は
朝6時に家を出て、仕事から帰って来るとすでに19時半を過ぎ
通勤でいつも朝は、込んでいるミラノ行きのバスは
みんなバカンスシーズンに入り、今朝は、私を入れて二人だけでした。

閉店時間が近づいた隣町の小さなスーパーに立ち寄り
トマト、イチジク、ブドウが並んでいるのを見ていました。

どれもプーリアの友達の実家のアグリツーリズモ、
そしてオリーブ農園で栽培されていたものばかりで

いつでも好きな時に、採れたばかりの果物をそのまま
みんなで食べていたことを思い出していました。

トマト
















ノヴァーラまで持って帰りました。

今は、ノヴァーラに

















夕食前、まるで小さな子のように、トマトを並べてひとりで遊んでいました。

テーブルの上で


















普段は、朝、通勤前にコーヒーしか飲まないことが多い毎日ですが
朝食に、いつもプーリアのパンにトマト、オリーブオイル、オレガノ。

朝食

















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プーリアにノヴァーラから持っていったものは、
ゴルゴンゾーラチーズのホール(13kg)、トーマチーズ、そして黒米でした。

ノヴァーラのチーズ


















私は、滞在中、プーリアの人たちに黒米を使ったお料理を作りました。
プーリアの陶器の器にあるのは、黒米のサラダです。

黒米

















海沿いの町で新鮮な魚介類をたくさん買って
アグリツーリズモの農園にある野菜と
ビオのオリーブオイルをたっぷり使って冷たくしておきました。

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プーリアでの食前酒は、自家製の白ワイン
(赤ブドウの品種も混じっているので琥珀色の白ワインでした。
タラッリ(Taralli:プーリアの代表的な輪になったおつまみのような乾パン。
私が食べたのは、フェンネルの味がしました。)

食前酒


















先週のこの時間は、友達の家族と楽しいバーベキューの最中で

デザート用のヒラウチワ サボテンの実のトゲを水で柔らかくして
皮を剥いてお皿に並べていました。

友達が一番好きな果物で、ミラノから実家に帰ると、オリーブ農園にある
ヒラウチワ サボテンの実を楽しみにしていると
嬉しそうに話していたことを思い出していました。

納屋の壁にかけられていた ヒラウチワ サボテン

納屋の壁に

















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南イタリアの白い街で2  Cisternino(チステルニーノ)

いつもは、なかなか更新できないのですが
今日は、2度目の更新です。

Cisternino(チステルニーノ)の街。

チステル二ーノ





























写真の中の小さな女の子は、フランスから来た観光客。
背後に見えるのは、この女の子の家族。
レストランのテーブルに下に小さなサンダルが揃えて置いてありました。

テーブルでは、家族が楽しそうに食事をしています。
テーブルに呼び戻すことせず、彼女の好きなように
自由にそっとしておいているのです。

カメラの中にある画像を見て、女の子の家族は
この写真がとても欲しいといいメールで送ることになりました。

夜間は、たくさんの若者で溢れるチステル二ーノの街。
街に人が少ないお昼の時間、開いているレストランは、ほんの2、3軒。

レストランのお客さんは、私たち3人とこの家族だけでした。 

プーリアのお料理
小さな耳の形をしたパスタ オレキエッテ(Orecchiette)
トマトとキノコ、サルシッチャ(salscicia:腸詰めソーセージ)のソース

オレキエッテ

















ボンベッタ(Bombetta)
薄切りの豚肉の中にパセリ、チーズをはさんでパン粉をつけて焼いています。
この次の日、アグリツーリズモの庭でみんなで
バーベキューをした時にも出て来ました。

ボンベッタ



















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カナダに留学時した頃、私のホームステイ先は
トロントのリトルイタリーでした。

偶然にも、友達のジュゼッペは、生まれてから中学生までを
カナダの別の都市のイタリア人街で暮らしていました。

”ここは、ミラノで仕事が決まるまで
独り暮らしていたから町中の人が友達。”


小さい頃からずっとカナダで暮らしていたから
30歳近くの大人が両親と暮らしているイタリアの考え方が
どうしても理解出来なくて実家も近いけれど、19歳になったら
すぐに独立したんだよ。”

アートとファッション関係の仕事をしているこの友達は
パリとミラノとロンドンが候補にあったといい
これからももっと国際的に仕事をしていきたいと

この小さな白い街で暮らしながら、ずっと夢に向かって
あらゆるプロジェクトを実現させてきた力を改めて思いました。




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ピエモンテに戻って来て、キッチンには
プーリアから持ってきたたくさんのトマト
オレガノ、ペペロンチーノが吊るされています。
前のブログの写真の中にあったトマトです。

先ほど自宅に届けられました。
お野菜の入ったダンボールだけ
バーリ、ミラノ・マルペンサ空港間の国内線でしたが
ロスト・バゲージだったのです。  

南イタリアの白い街で 1

マルペンサ空港からプーリア州の州都バーリ(Bari)の空港を降りて
迎えにきた友達の車でブリンディジ方面に向かいました。

太陽と白い建物、オリーブ畑が広がり、青空の中
食材が豊かな素朴で美しいイタリアがありました。

友達の実家のアグリツーリズモは、長期間のバカンスを過ごす
フランス人、オランダ人などで満室で、私と夫は
友達の家族の家でしばらく一緒に過ごすことになったのです。

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オリーブ畑が絨毯にように続き、遠くに海が見え
1日中、海からの風が吹き、爽やかな夏の時間が過ぎていきました。

アグリツーリズモで1


















昔は、ここまで海が続いていました。
オリーブ畑の地面や低く積み上げられた石の壁にも
貝殻が多く残されています。

オリーブ畑の地面に





















プールのあるアグリツーリズモのバールで夕食前のワインを飲みに行きました。

バールは、ブドウの棚で木陰になり
その横には、広大なオリーブ畑が広がっています。

ミラノで会った時に、友達のジュゼッペが話していた景色が
私の目の前にありました。

”是非、オリーブ畑を見に家に来て欲しい。
父は、プールサイドにあるデッキ・チェアで過ごし、頭の上のブドウを
食べているんだ。それは、夢のような世界だよ。
ワイン用でなくテーブルで食べるブドウだけれど
自家製のワインも父は、作っているよ。”

アグリツーリズモのバール 2






















アグリツーリズモのバール1





















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”とんがり屋根のトゥルッリの広がるアルベロベッロに行ってみたい。”と
私は、来る前からジュゼッペに話していました。

”家から車で40分くらいかな。
もちろん、滞在中の1日目にプログラムに入れてあるよ。”

車で向かう途中に、”あっ。ちょっと待って。祖母に挨拶をして行こう。”と
車を停めると、それは、小さな農園の中にあるトゥルッリの家でした。

Nonna



























この日は、夫にカメラを渡していました。
後ろからとんがり屋根と白い世界をくるくると楽しく歩いている
私とジュゼッペの数々の写真が収められていました。


昨日まで過ごしていたプーリアの日々と空気、
そして、ここでの人々の暮らしに触れることが出来たことは
イタリアの夏の記憶としてずっと残ることでしょう。

トゥルッリ






















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搾油場(frantoio)にかかっていた昔の写真。

リグーリアにある昔のオリーブの搾油場(frantoio)にかかっていた古い写真です。
サヴォーナ(Savona)の港から、運ばれていくオリーブオイルの缶。

港




















この写真を見た瞬間、この地域が昔からずっとオリーブの産地であり
海外に運ばれていったことを知りました。

イタリアのそれぞれの都市でそれぞれの歴史が
セピア色の写真の中に封じ込まれていて

それを目の前にした時、当時の様子が生き生きと蘇ってくるようです。
一緒に行ったヴィクトリオは、しばらくこの写真に見入っていました。

”ノヴァーラを象徴する昔の写真といえば、モンディーネの写真なんですよ。”と
写真の近くで、オリーブ農家で働くジャコモに
ヴィクトリオが話しかけていました。

爽やかな風が吹いていた初夏の午後

オリーブの実とフォカッチャと一緒に透明感のあるルビー色で
新鮮なラズベリーやクランベリーの香りのする
赤ワインのカラフが運ばれてきました。

香りは、決して複雑でなく、どこまでも純粋で清らかな果実の香りで
そこに心地よい酸味が一筋のラインを持って存在しています。

ランチ




















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こちらの古い写真は、今まで何度かブログに登場している
ノヴァーラ県、ヴェルチェッリ県の水田地帯の稲作農家で働く
モンディーネ(mondine)。

水田




















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フランス国境に近いオリーブ畑で


ずっと更新できなくて、申し訳ありません。
コメントをいただいた方、本当にありがとうございます。
ブログを更新後で、ゆっくりお返事するのでどうかお待ち下さい。

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昨日は、ピエモンテからジェノヴァ方面へ、そして海岸線を通り
フランス、ニース、モナコ方面に向かいました。

リグーリアの海
















週末で途中で大渋滞となってしまい
前には、スイスナンバーのフェラーリ
横にランボルギーニが、後ろには、車の上に4〜5台の
マウンテンバイクを積んだ車が徐行運転をしていました。

ピエモンテを出発した時、気温は、15度。
暖かな晴れた1日でした。

リグーリア州に来る頃には、26度。
そして、とても爽やかな空気になりました。

私は、この日、バカンスでなく仕事で向かったのですが
もちろん、一緒に行きたいという町の友達も車に乗っています。

ピエモンテでは、春のセーターを着ていたのに、
リグーリア州に入って、ドライブインに立ち寄って、再び
車に乗る頃には、後部座席の2人は、すっかり夏の服装になっていました。

リグーリアの海岸でエリザベータとジェン二が降りて
帰りの待ち合わせ場所を決めると

一緒にチームとなって今後、私の会社で働いていきたいというヴィクトリオと
フランス国境に近くにある小さな家族経営のオリーブ農家に向かいました。

次第に高速道路の行き先の看板は、
モナコ、ニース、マルセイユとフランスの地名が出て来ます。

急に、ヴィクトリオは、何か思い出したように

”この夏は、バルセロナにバカンスに行くんだ。
RIEのおすすめの美味しいバルがあったら、是非教えて欲しい。

イタリア北西部のオリーブ農家の写真です。

オリーブ畑




















小さな花が咲き始めているオリーブ。

オリーブの花



















古い搾油場の庭で
























レストランで




















この石の建物は、何十年か前までは
オリーブ畑で作業する人たちの休憩場所として使われていました。

撮影中



















今回、カメラマン(Fotografo)として仕事を依頼したヴィクトリオ。

石の建物の頂上まで登って頑張っています。ありがとう。
まだ、お給料を少ししかあげることができないけれど
農家の人をはじめ、一生懸命で真剣な人たちのためにも、私、頑張りますよ。

前菜



















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日本では、まだゴールデンウィーク中 ですね。
どうか良い休日をお過ごし下さい。

ロンバルディアの郷土料理

昨日の短い更新に続いて、連日の更新になります。

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今日も晴天の1日になりました。

午後、帰宅する頃には道路脇に高く積み上げられた雪が少しずつ溶け出し
自宅までの道のりは、ずっと路面が濡れていました。

田園地帯が続く道は、雪が反射して眩しいくらいです。
遠くに霞んでモンテローザも見えました。

雪と青空























日没を過ぎると、たちまち冷たい空気へと変わっていきます。
12月になってから、夕食は、毎日、温かいリゾットが続いています。

このノヴァーラ県と同じようにお米、そしてサルシッチャ
(Salsiccia:腸詰めのソーセージ)を使いながら
まったく違った味わいとなるリゾット。

それが今日、紹介するロンバルディア州の郷土料理のリゾットです。

写真は、ベルガモに滞在した時に小さなトラットリアで。

ベルガモのリゾット
















畑の野菜やノヴァーラ地方の赤ワイン、インゲン豆、ラードが
ふんだんに入ったノヴァーラのサルシッチャの入ったリゾットとの違いは

酪農で有名なロンバルディア州の乳製品がふんだんに使われていることです。

砕いたサルシッチャとロンバルディア州のチーズ Pannerone と
Gran padano、そしてバターと乳製品がたっぷり使われていました。

お鍋にとろ火で砕いたサルシッチャをオリーブオイルで
お米と一緒に炒め、白ワインを加えます。

白ワインが煮えて蒸発したところで
熱々のブロード(野菜のブイヨンスープ)を加えていきます。

半分お米が煮えたところで、このロンバルディア州のチーズ、Panneroneを入れ
さらに煮込みます。最後に塩で味付けて仕上がりにバター
Gran padanoのチーズ、パセリをのせると写真のようになります。

ノヴァーラのアグリツーリズモの厨房で助手をしていた時に
コックさんというよりは、ピエモンテーゼの有能な主婦である
友達のマリータから教わったように

リゾットは、ブロード(野菜のブイヨンスープ)は、熱々に煮えたものを
少しずつ加えていくと美味しく仕上がります。


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ここでCMです。

2006年のトリノで開催されたSalone del Gusto( サローネ・デル・グスト
スローフード食の祭典)と Terra Madre(テッラ・マードレ、世界生産者会議)後に

私の住む町の農家を訪問してくださった福岡県の「喜なりめんたいこ」茜屋さん
(このブログにサイトがリンクしてあります。)がテレビで紹介されます。

1月14日(水)の朝9時20分頃から
フジテレビ「とくダネ!」の「味覚遺産」というコーナーです。

茜屋さんの大山真理子さんがこだわりの味という切り口でなく
ひとつひとつ丁寧に美味しいめんたいこを作っている
普段の様子が伝わればいいなと話していました。

福岡県で合鴨農法をしていらっしゃる古野さんのグループとして一緒に
いらっしゃったのですが、大切に丁寧に安心で美味しい食品を
生産している方々の姿勢を近くで感じることが出来て
私にとっては、大きな出会いでした。

食品だけでなく、すべての分野で物を作り出すすべての方たちの偉大さ
今、改めて感じています。

そして、ブログを通じて知り合うことができ、
時々、優しいコメントを残してくださるayuさんの絵本のリンクも
このブログの右側に貼り付けました。

たくさんの出会い、本当にありがとうございます。

私も更に、日本の皆さんと同様に、このピエモンテで
そして日本に一時帰国した時も頑張っていきたいです。

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マントヴァの郷土料理

ロンバルディア州マントヴァ(Mantova)。

マントヴァ 1



















かつて、ゴンザーガ公国として繁栄し
静かで美しい建築、芸術が残されています。

マントヴァ 2

















私は、ゴンザーガ家の別荘であった テ離宮(Palazzo Te)から
歩いて数分のところにあるアパートの中のB&Bに宿泊していました。


朝食のサロンでカフェを飲んでいると

”やあ。RIE。一緒にここに座って、僕もカフェの時間にしていいかな。”

B&Bのオーナーがマントヴァのタルトを持って、私の目の前に座りました。

このB&Bは、かつて宿泊したことがあり、2度目でした。
すっかりオーナー夫妻と知り合いになり
滞在中、話をする機会が多くなっていきました。

今日は、彼らから教えてもらったマントヴァの郷土料理や文化を紹介します。

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マントヴァのタルト
Torta sbrisolona

朝食サロンで














”昔、幼い頃にパン屋の近くでみんなと遊ぶことが習慣で
このタルトが焼きあがると鐘が鳴り、

子供たちは、いっせいにすぐにそれをそれぞれ家に持って帰って行く。
それが子供の仕事でもあった。”

これは、包丁やナイフで切ったりしないで、手で砕いて小さくする。
子供にとっては、手で砕くのが楽しみだったからいつもしていた。”

懐かしく想い出すように、語ってくれたオーナーは
手で砕いてお皿にのせました。

このタルトに使われているものは、とてもシンプルです。
小麦粉、卵、アーモンドのスライス、レモンの皮、バター、お砂糖
それに、とうもろこしの粉を混ぜることもあるそうです。

このタルトは、昔は、さらにシンプルで
バターやお砂糖がもっと少なく、あまり甘みがなかったとも話していました。

この後に紹介するリゾット、馬の煮込み料理と同様に

このタルトもマントヴァ地方の農民によって
限られた材料の中で工夫して美味しく食べようと考案されてきたものです。


”ところで、昨夜は、何を食べた。美味しいワインも見つかったかな。”

”おなかが空いていたから、ピロータを食べましたよ。”

ロンバルディア州マントヴァ地方の郷土料理のリゾット”ピロータ”
Risotto alla pilota

ピロータ













ノヴァーラ風リゾット”パニッシャ”
ヴェルチェッリ風リゾット”パニッサ”と同様に
サルシッチャ(Salsciccia:腸詰めソーセージ)が使われたリゾットです。

同じ稲作地域のある北イタリアでも
それぞれに違った独特なリゾットの料理法です。

スープで煮込んだリゾットと違い、
チャーハンのようにパラパラと乾燥したリゾット。

お米の中に入っているのは、サルシッチャ。
その塩分と炒めるのに使われているバターの風味が美味しいです。



そしてこの日の昼食は、オーナーのお奨めのマントヴァの郷土料理にしました。

馬肉の煮込み料理とポレンタ添え(とうもろこしの粉をスープや水で練ったもの。)
Stracotto di cavallo al lambrusco con polenta

stracotto di cavallo













マントヴァ近郊のワイン、ランブルスコ
(弱発泡のアルコール度の低い赤ワイン)でじっくり煮込まれています。

ロンバルディア州の東端にあるマントヴァは
地図で見るとパルマ、モデナなどエミリア・ロマーニャ州の近くです。



”このマントヴァの領主だったゴンザーガ家も馬をたくさん持っていたし
この地域には、昔から馬が多かった。

年老いた馬のお肉でも、柔らかく美味しくするために
充分に煮込んだ料理が作られるようになったんだ。
これは、ピエモンテに帰る前に是非、食べていってもらいたい。”


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マントヴァのエノテカで食前酒に飲んだワインは、次回、紹介します。

GEWURZTRAMINER KOLBENHOF

湖と空の境界があいまいになってぼんやりとした湖畔の景色。

シルミオーネの湖畔にて




















もうすぐ、いくつかのホテルが閉鎖期間に入る前の
静かな秋の終わりのリゾート地の様子です。

シルミオーネに行かれたことのある方もいらっしゃったので
最後にもう一枚、この土地の写真を掲載しました。

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イタリアの街は、どこも昔からずっと変わらないと思い込んでいましたが

今回、ヴェネツィアの街を歩いてみると
明らかに華やかで、私の知っている頃のヴェネツィアと
どこか違って見えました。

住んでいたのは、ほんの何年間か前ことであったはずです。

いくつかの古かった隠れ家のようなオステリアが
ガラス張りの明るい電灯を放つ美しい店舗に変わり

そこは、気軽に楽しく観光客がお食事を
楽しめるお店となっていました。

夜に自分の足音と水の音だけが聞こえていた暗い路地裏を
リド島の家に向かうために足早に
ヴァポレット(水上路線バス)乗り場に向かった日々の景色は
遠い想い出となっていくことでしょう。


写真は、ヴェネツィアらしい一皿です。
ヴェネツィアのおつまみ(Cichetti:チケッティ)の盛り合わせ。

ヴェネツィア郷土料理
















冷製のチケッティの盛り合わせです。

バカラ(baccalà、干し鱈)
イワシと玉ねぎのビネガー風味(Sarde in saor)
ポレンタ(Polenta とうもろこしの粉を練り上げた北イタリアのお料理)
ポルペッタ(polpetta、肉団子フライ)やお野菜のグリル

ミネラルウォーターは、ピエモンテ州ビエッラ(Biella)の
ラウレターナ(LAURETANA)

ワインは、北イタリア アルト・アリジェ州の白ワインです。

ALTO ADIGE
GEWÜRZTRAMINER KOLBENHOF

Bianco DOC
2007
ブドウの品種:GEWÜRZTRAMINER 100%
アルコール度数:14.5%
F.Hofstätter



この日、私は、ヴェネト(VENETO)やフリウーリ(FRIULI)の白ワインでなく
アルト・アーディジェ(ALTO ADIGE)のこのワインを選びました。

本来は、地元の郷土料理には、地元のワインが一番合うのですが

オーストリアにも近い北イタリアのこのワインで
このチケッティの盛り合わせを食べてみたかったのです。

ライチなどの異国のトロピカルフルーツ
そして蜂蜜とミネラルの香りがたっぷりとする余韻が長く
エレガントで、柔らかく丸みを持つ中に
美しい酸が存在しています。

アルト・アーディジェ(ALTO ADIGE)という土壌が生む素晴らしいワインの1つ。

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続けて、すぐにもうひとつ更新します。
(原稿は、もう書き終えたので、少ししたらすぐに更新します。)

同じく、変わっていった街 トリノです。

シルミオーネの遺跡から。(短い更新です。)

写真は、シルミオーネにあるローマ時代の遺跡です。
ローマ時代の遺跡にて
























今、夜24時を過ぎたところです。
このブログを更新したら、眠ろうと思って
キッチンの窓から外を眺めました。

窓の外は、夜中であるのに、ぼんやりと白く濁って見えています。

うっすらと霧が発生しているからです。

日曜日には、冬時間となります。

日本との時差も8時間になり、季節がまたひとつ過ぎようとしています。

****************************************

私は、極端に睡眠時間が少ないことにも気が付きました。

最近、ゆっくり眠っていると思っても
それは、まだまだ少ない時間であり

気が付いたら、普通の人の考える限界を超え
それがいつの間にか当たり前のことになっていき
どんどん進んでいってしまったような気もします。

毎朝4時過ぎに起きてドライヤーを片手に
鏡の中を見ながらもうゆっくり休もうかと思ったことも多いです。

大学時代の専門外の分野でもある農業のことを考えると
とても厳しく、知識がなければ誰からも
相手にされないという現実もあります。

一生、勉強していかなければならないかも知れません。

スローライフ、イタリアの食文化に仕事という切り口で
関っていこうと思った時

実は、それは、華やかで楽しくのんびりしたイタリアの生活ではなく
とても真剣で、厳しい現場でもあるのです。

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Nerello Mascalese Prosecco Brut Rose

ピエモンテに帰る前に、滞在していたのは、北イタリア湖水地方。
ガルダ湖に囲まれた有名な温泉保養地シルミオーネ(Sirmione)でした。

sirmione 1





















sirmione 2



















街は、観光地特有の明るい華やかさでいっぱいでした。

中心地にある通りの左右には、レストラン、お店、ホテル
ショーケースには、色とりどりの山盛りになったジェラートが並び
ここを訪れる観光客に、より一層、愉しく幸せな時間を与えているのです。

私が、華やかなガルダ湖畔の街で食前酒に選んだのは
ロゼのスプマンテでした。

brut rose
Nerello Mascalese Prosecco Brut Rose
Spumante Igt
ブドウの品種:
シチリア、アグリジェント産の赤ブドウ
Nerello Mascareseと
トレヴィーゾ産の Prosecco

アルコール度数:11%
VALDO









ほんの少し前まで、早く部屋に戻って、PCを開き
メールをチェックして仕事を終え
22時前には、ゆっくり眠った方がいかなと思っていました。

このロゼワインを飲んでいたら、偶然、隣には
仕事を終えた滞在先のホテルのフロントのスタッフがいて
声をかけられました。

11月になったら、ホテルは、春まで閉鎖されるから
4ヶ月もの長いバカンスがあり
バカンスは、キューバでゆっくり過ごしたいということ。

アルバの白トリュフ祭りのこと。

”ラズベリーや洋ナシの香りがかすかにする
すっきりとした辛口のこのワインが
華やかな気持ちになれていい。”と言うと

”ホテルのフロントの横にあるBARで昨夜飲んでいた
地元の白ワインは、どうだった?”

そして次第にイタリア各地のワインの話になっていきました。

”ワインが入って、少し楽しくお話をしずぎたかな。”と笑うと

”こちらこそ、楽しい食前酒だったよ。
またいつか同じホテルに泊まりに戻っておいで。”

再び、私がこの地に滞在するかどうかはわかりません。

この時間、早く帰って仕事を終え眠るよりも
ここで初めて出会った人との楽しい会話は
とてもいい時間に違いないとロゼワインの
グラスの中のかすかな気泡を眺めていたのを
今でも思い出します。

初対面同士で、いろいろなおしゃべりをして
楽しいひと時の時間を過ごすことが出来ることを知ったのは
このイタリアで暮らしてからのことです。

時には、その人が話す内容の中に
人生の楽しさとその中にどこか悲しみが
見え隠れすることも多く
何ともいえない余韻を残していきます。

私は、すぐ近くにある滞在先のホテルに向かって歩きました。

sirmione 3


















とても足取りが軽く、この湖畔の街の中を風を切って歩いていた
その空気をはっきりと思い出すことが出来ます。

ふいに、今、自分が過ごしているこの瞬間の
イタリアでの時間がとても貴重に感じられた夜のことでした。

小さな通りに並ぶレストランは、シルミオーネの街で
楽しい夕食時間を過ごそうという観光客でいっぱいになっていきました。

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このロゼのワインは、食前酒としてだけでなく、生ハムやサラミの前菜は
もちろんのこと、そして湖の淡水魚をはじめ魚介類のお料理
鶏肉や仔牛を使ったお料理にも美味しいです。

ビエンナーレ会場Giardiniより

陽射しがとても暑く、コートを脱ぎ、手に持って歩いていました。
まるで、秋の陽射しというより、夏が近くなった頃のようでした。

ヴェネツィアのビエンナーレ会場Giardiniより
昔、住んでいたリド島を眺めていました。

giardini 1




















毎年、世界から来るヴェネツィア映画祭のスタッフが
借りていた部屋に住んでいたので

私が家の契約をしていたのは、映画祭が終わって数日たった秋の日から
翌年の夏のバカンスでリド島が賑わうまでの期間に限定されていました。

目の前の光景は、もうすぐ、夏が来て引越しをしようという頃に
街を歩いて眺めた景色と重なりました。

giardini 2



























すでに古く、壊れてしまったパソコンに入っていた数々の当時の
写真は、こんな景色ばかりだったような記憶があります。


細い路地とハトの多いこの湿気を帯びた空間から
新しく違う都市に移ることで、希望が多かった当時

リド島、そして好きだったサッカー観戦の帰りに歩いた
S.Elena、そしてこのGiardini付近の緑を眺め
急に名残惜しくなったことを思い出しました。

私の見たヴェネツィアは、決して古い石造りの
街並みだけではなかったのです。

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San Giorgio Maggiore

写真は、ヴェネツィアのサン・ジョルジョ・マッジョーレ
(San Giorgio Maggiore)教会の鐘楼の上から
遠くが霞んで見えています。

サンジョルジョマッジョーレ教会の上から



















少しの間、ヴェネツィアに滞在しています。

これから、行ってきます。

La Biennale di Venezia
11 Mostra Internazionale di Architettura
2008年9月14日〜11月23日
Venezia Giardini-Arsenale
10:00-18:00

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別の仕事の合間に、ワインの仕事のため
ヴェローナ周辺にあるカンティーナの訪問のアポイントを
取りましたが、今回は、日程的に無理なので
ピエモンテに帰宅後に再びヴェネトに戻ることになります。

アルノ川の近くで。

フィレンツェにて。 車窓から見たアルノ川。

アルノ川

















私は、残してしまった別の仕事のメールが気になりながら
ここまで来てしまっていました。

”持って来たパソコンがうまく接続しないのよ。
とても困っているわ。”と

イタリアに在住している日本人の大切な数人の友達の1人
同じ年のソムリエのよこた君に電話をすると

翌日、ワイナリーに車で行く予定がある
忙しい日程の中、来てくれました。

うまく行かないものだわ・・・。
ゆっくりトスカーナの田舎で過ごしたかったけれど
インターネットカフェがあるフィレンツェでよかった。

日本にいた頃は、こういうことは、得意だったはずと
少し情けないような悲しい気持ちになりながら

何か夕食を食べに行こうかということになった時は
すでに21時を過ぎていました。

”もうこんな時間で、何も食べなくてもいいくらい特別に
おなかもすいていないけれど、コンピュータは、うまくいかないし
トスカーナのお肉でも食べて元気だそうと思う。”

こんな日は、近くにあったピッツェリアでキャンティワインと
トスカーナらしいお皿で。

近くで夕食 1













近くで夕食 2















******************************************

この1週間、たくさんの美しい景色、ワインがあったはずですが
デジタルカメラに残っている画像は

どれも、ひとりでゆっくりしている時の写真だけです。

シエナ近郊の写真とトスカーナワイン
バッサーノ・デル・グラッパのグラッパのラベル
ヴェネツィアのオステリア
ヴァレーゼの旧市街の一角
アルト・アリジェの赤ワインの数枚だけが残っていました。


以前、海沿いのトスカーナにあるレストランで働いていたこともあったのに
時間の経過は、不思議なもので、目の前に並ぶ美味しそうなトスカーナ料理を見て
私は、遠くから来たこの土地の訪問者、旅人にすぎないのだと感じていました。


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ピエモンテに帰ると

フィレンツェの秋の雲。

窓から

























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テレビの天気予報の気温を見て同じ位だと思っていましたが
戻って来ると、やはりピエモンテは、少し寒く感じます。

まだ真っ暗な朝は、気温がとても低く
コートを着て、車の暖房をつけて出発しました。

駐車場に到着すると同じ町で暮らすクリスティーナの車があり
まだ、車内でじっとしていました。

”どうしたの。始発の高速バスは、もう来るわよ。”

”なんて、今朝は、肌寒いのかしら。
バスの車内に暖房が入っていることを祈りましょう。”


それでも、日中は、暖かく穏やかになり
空の雲がとても綺麗で

黄金色の水田地帯では、収穫も始まり
美しい秋の季節です。

マルペンサ空港へ




















ピエモンテに帰ってくると、真っ先に食べたくなるのが
ゴルゴンゾーラチーズ、トーマチーズ
ネッビオーロの赤ワイン
温かいノヴァーラ風リゾット。

そしてピエモンテのランゲ地区でよく見かけるタヤリン。

写真は、アルバのレストランのウサギのタヤリン
(tajarin:パスタの種類、ピエモンテ地方の細いタリアテッレ。ピエモンテ方言です。)

これは、トマトのミートソースになっています。

うさぎのタヤリン












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次は、今回、トスカーナで、そしてヴェネツィアから北にかけての地区での
飲んだワインとお食事について書きます。

フィレンツェの朝(短い更新)

出かける前の短い更新です。

朝、フィレンツェのアパートのテラスで。

フィレンツェの朝


























フィレンツェを基点にしてトスカーナの近郊に移動していました。
とても小さなアパートの一室が、B&Bになっていました。

B&Bの経営者も同じアパートで暮らし、

私が部屋に戻る気配を感じたのでしょう。
部屋に入ると、すぐにドアをノックしてきました。

”プレゼントしたトスカーナのワインは、どうだったか。”

”上のテラスに出てみてごらん。とてもいい眺めだから。”

朝の光が眩しく逆光の写真ですが、滞在場所の想い出の風景です。

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昨夜、遅くに帰宅。農場で収穫の仕事を終えたヴィクトリオが
高速道路の入り口の駐車場まで迎えに来てくれました。

ヴィクトリオは、帽子をかぶり、農場のスタイルのままでした。
出発前で短い更新。今夜、ゆっくりまた書きます。

Scarperiaで

小雨の降る中、レース場から緩やかなカーブに沿った
緑の多い道を歩いてゆくと

スカルぺリア(scarperia)の街にたどり着きました。

scarperia



















仕事まで時間があったので、小さな町の美容院に入り
髪の毛がセットされるのを眺めていました。

鏡越しに目があった美容院の若い女性スタッフに

”ここの郷土料理が食べたいのだけれど、どこがいいかしら。
私は、ピエモンテ州に住んでいて、ワインに関する仕事もしているの。
この町には、初めて来たので、素朴で美味しいこの地方の
お料理を知りたくて・・・。”

その若い女性は、途中でドライアーのスウィッチを切ると
すぐに私よりも年上の女性のそばに行き、何かささやくと

にっこりとしてその女性が私の座っているところにやってきました。

”すぐ近くにも地元のオステリアがあるけれど
ここのトルテッリを知るなら、アンナがいいわ。
一番、家庭の味に近いもの。場所はね・・・ここから
まっすぐ行くと、小さな公園があって、それを越えて・・・・・・”

その小さなレストランで食べたのがこのムジェロ風トルテッリ(Tortelli)でした。

scarperia 2


















一口食べてみると、トマトのミ−トソースと一緒に優しいやわらかな味わいが口の中に広がり
お店の人と目が合い、思わずにっこりしてしまいました。

"これは、この地方の郷土料理。中は、ポテトになっているんだよ。"

パスタの中に包まれていたのは、マッシュポテトだったのです。

お店の人は、ハウスワインの入った小さなカラフを運びながら

"もともとは、貧しい粗末な食事で、それが美味しい郷土料理となることがあるんだよ。
ピエモンテにも、そんな数々のお料理があることだろう。"

人が少ない午後の昼下がり。
それでもレース予選前の日なので
いつもよりも人が多いと言っていました。

前のテーブルに座っていたグループは、ライダ−スーツを着ていました。

雨が上がり青空が広がってきました。
急に華やかな気分になり、思わず、携帯電話を取り出すと

今回の滞在中に一度、一緒にワインを飲みましょうと約束した
以前に一度、仕事で知り合ったフィレンツェ在住のソムリエよこたさん
電話をしました。

”ねえ。自慢していい?トスカーナの人がみんなとても優しくて
それは、ピエモンテの町の人と同じように優しくしてもらって
お料理は、美味しくて、しかもトスカーナの小さなレストランの
ハウスワインもとても美味しいのよ。幸せな出張のひとときだわ。”


PIZZERIA RISTORANTE BAR CAFFETTERIA
ANNA trend
Viale Kennedy 50 50038 Scarperia(FI)
(休)月曜日

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今夜帰宅しました。

写真は、フィレンツェ近郊のムジェロのMOTO-GPのレース会場付近で。
予選の日の午前は、上空は、厚い雲に覆われ
時折、冷たい雨が降りました。

autodromo


















今夜、夜中過ぎにピエモンテの自宅に帰宅しました。

もう遅いので、後日、ゆっくり更新します。
トスカーナの優しい人々と美味しかった郷土料理など
書きたいことがたくさんあります。



仕事で不在の夫に代わり、遅い時間にマルペンサ空港まで
迎えにやってきたのは、町の友達でした。

”もうすぐ、僕たちも到着するから、空港の中で待っていて。”

マルペンサ近郊のオレッジョの町で私の到着時刻に合わせ
レストランで遅くまで食事を楽しんでいたのです。

車内では、その食事がとても美味しかったとさんざん聞かされ

”RIEは、次に日本から帰国する時も、マルペンサ空港に
夜遅い到着だったよね。必ずそうしてね。”と

すでに彼らは、次の食事会のプランがあるようです。

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そうです。今月は、この後、急遽
日本に一時帰国をすることになりました。
初夏の季節の帰国は、初めてです。

ヴェネツィアの鐘楼にて

小雨の降る日。ヴェネツィアの鐘楼にて。

冬のヴェネツィアで

















ヴェネツィアに到着した日の夜
ゲットーからも近い小さなB&Bに滞在する予定でした。

お部屋の鍵を受け取るため、滞在する場所に30分前に電話を入れると

”今、まだ、メストレにいるから。8時半まで待てますか。
近くにある知り合いの経営するホテルに電話しておくので
そこで荷物を預かってもらって食事にでも行ってきて下さい。”

荷物を預けてから、時計を見ると、あと30分でした。

観光客の多い賑やかなレストランが多いこの界隈は
”ピッツアは、どう。それともイカ墨?ツーリストメニューもあるよ。”と
レストランの前を通るたびに声をかけられます。

30分の時間。滞在先までの往復の時間も入れると
わずかな時間になってしまうけれど

ここは、ヴェネツィア。ワインバーに行けば
近くのフリウリ地方のワインがきっとあるはずです。

冬のヴェネツィアのワインバーで
BORGO TESIS
FRIULI GRAVE CABERNET SAUVIGNON

Rosso DOC
2005
ブドウの品種:CABERNET SAUVIGNON 100%
アルコール度数:13%
Fantinel








ルビー色。夜の店内のオレンジの光が加わり輝いています。

森の果物、バニラ、カカオ、湿った地面の香り。
これは、私が注文してボトルを開けたばかりでした。
ここに私がいた時間は、わずか10分。

時間が経過して、室内の空気に混じると
きっともっと変化していったことでしょう。

余韻が深く、口に含んだ後、思わずにっこりとして
お店の人と目が合ってしまいます。


”いつだったか。前もここに来たでしょ。
確か、あの時は、ワイン通の人を連れてきていて
トリノかどこか遠くから来ていたよね。”

また来るからと言ってお店を出ようとすると
”遠くに住んでいるから、どうかな。またがあればいいね。”


気軽に、”また今度。”と言うことは、とても簡単であるけれど
時間の経過とともに、たくさんのことが変わっていく。


翌日、鐘楼の上から、しばらくヴェネツィアの景色を眺めていました。

昔、この景色の中のどこかを一生懸命歩いていたこともあった。

そしてここから飛び出して、ローマに行き
今は、ピエモンテで暮らしていることを思うと

ほんの何年かのことであったけれど
あの頃と、まったく違う自分

本当にここで暮らしていた時期があったのか・・・と
懐かしさではなく、その時の自分が他人のようにも思えた時に

ふいに、決して後に戻ってはいけないと感じたのです。

昔と同じような仕事をしようか
トスカーナのレストランに戻ろうか・・・

そんな想いは、すべて消え去り
二度と考えることはないだろうとそう思いながら

地上に戻るエレベーターに向かっていきました。


すぐにサンマルコ広場から離れ、朝のカフェタイムもあるから
10時過ぎから開けているという
昨夜のワインバーに向かって行きました。

お昼には、もうヴェネツィアを発たなければいけなかったのです。

”本当にまた来た。”と言うと
お店の人は、楽しそうに笑いながら

ワインリストを目の前に置きました。

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右の欄にあるように新たにメールアドレスを設置しました。
個人的なメールは airone0219@yahoo.co.jp まで。


ドロミテの景色の中で

インスブルックの帰りに立ち寄ったのは、オーストリアと国境を接した
イタリアのチロル地方のトレンティーノ・アルトアディジェ州。

ドロミテ 1




















自然の景色がとても美しいこのチロル地方。
途中で立ち寄ったバールで働く女の子は
ドイツ語で話しかけてきました。

その小さな村は、昔は、イタリアでなく
オーストリア領だったからです。

お昼は、山小屋風のピッツェリアに行きました。

ピッツァは、ナポリやローマとも違う
寒い山の中で味わったピッツァです。

チロルの山のキノコとスペック、チーズがいっぱいのせられていました。
きっとじきにスキー客でいっぱいになることでしょう。


ドロミテ 2


















インブルックでお土産に買ったのは、パンです。

朝、焼きたての有機栽培のパンをたくさん買い
大きな紙袋に入れていたので
パンの香りが車内にいっぱいに広がっていました。

この日、ピエモンテの自宅に戻り

オーストリアのパンをたくさん買った私は

温かいキノコのクリームスープと
チロル地方の燻製した生ハムのスペック(SPECK DELL'ALTO ADIGE)
チーズの夕食にしました。

まだ、チロル地方の余韻を楽しんでいたかったのです。


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コメントをくださった方、本当にどうもありがとうございます。

3つ前のブログからコメントのお返事が遅れてしまっていました。
お返事を書きましたので、どうかよろしくお願いします。

副業のひとつである翻訳の仕事の納期が日曜日・・・。
仕事の合間にお1人ずつ楽しくコメントを
読ませていただきながらお返事していきます。

ヴェネツィアにて 夏の夜に白ワイン。

以前、住んでいたことのある懐かしいヴェネツィアの街にいました。

夜のヴェネツィアで
























私が何年か前に、実際に住んでいたのは、リド島でしたが

暗くなった夜に遠くにぼんやりとオレンジ色の光を見ると

”この街にいたことがある”ということが不思議な気持ちと
それでいて、とても懐かしい気持ちにもなっていきます。

ここから近くの通りは、早朝、パンを運ぶ移民の友人
すれ違ったことがある場所でした。

日中の観光客で賑やかであった街が
人通りが少なくなった静かな夜が近づくと

タイムスリップしてしまったかのように古い時代の景色の中に
いつのまにか自分が置かれているようにも思えてきました。

ヴェネツィアで白ワイン

日中の暑さで食欲もなかったので
夕食は、立ったままで
ひとりでも気軽に入れる場所で

冷たい白ワインと
チーズにしようと決めていました。


住んでいた頃に
いろいろな人に教えられて
同じようなお店に
よく行っていましたが

そのお店には、立ち寄ることはなく





今では、ソムリエになりピエモンテに住んでから
自分のお気に入りの場所ができたことで

その当時とは、違う今の自分の存在を強く感じるのです。

決して高価なものではないけれど、こんな暑い夏の夜に
飲みたいのは、北イタリアの冷たい白ワイン。

このお店は、ヴェネツィアのあるヴェネト州ではなく
ここから北東にあるフリウーリ・ヴェネツィア・ジューリア州
(Friuli-Venezia Giulia)
のワインばかりが置かれています。

FANTINEL
BORGO TESIS
FRIULI GRAVE

Bianco DOC
2006
ブドウの品種:CHARDONNAY 100%
アルコール度数:13%
FANTINEL







熟したリンゴ、トロピカルフルーツの香りやオレンジの皮。
夏の季節に咲く花の香りを思い出します。
そしてバニラなどの甘いスパイスの香り。

その中に力強いミネラルを感じる辛口のワインです。

入り口の扉から近くに立っていた私は
グラスを持ちながら

やがて暗くなっていく
ヴェネツィアの景色を見ていました。

これとフリウーリ・ヴェネツィア・ジューリア州のチーズの夕食でした。



最初の写真は、今回、私が滞在した小さなB&Bへの帰り道。

バスルームが共用の小さな宿泊先は、イタリアに来た時に
外国人の留学生と共同生活をしていた頃のようです。

キッチンで、パソコンをしたり
冷たいオレンジジュース、ワインで
深夜近くまでここで過ごしました。


写真の中央のアメリカ人男性は、トニー。
アメリカ人とヴェトナム人とのハーフで
現在、会社を半年間、休職して世界を旅しています。

日本にも8月に1人旅の予定。富士山に行くそうです。

このキッチンで写真を中心とした旅行のブログを更新していました。

B&Bのキッチンで

















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仕事でしばらくピエモンテ州から離れていました。
更新がすっかり遅れてしまって申し訳ありません。

レストランを出てから

フィレンツェよりもずっと寒かったヴェネツィアで。

2007年1月 ヴェネツィアで




















駅に向かう前に、ゲットーの広場で
強制収容所へ列車で運ばれるユダヤ人たちを
描いたレリーフの前を

このようなことがこれからは、決してありませんようにと
願うような気持ちで通り過ぎます。

レリーフ












あの頃、もう暗く寒い中、ここを何度か眺めたこともありました。

本の中のヨーロッパ史の場面に、遭遇しているようで
イタリアに住んでいることを実感したのを覚えています。


ヴェネツィア・サンタ・ルチア駅までの道を歩きながら
次々に思い出されることがありました。

 
    


ホテルからホテルへと狭く小さな橋の階段が多い
ヴェネツィアの街をリアカーでパンを運ぶ友人が


パンを運び終わったばかりの高級なホテルの近くで
私を見つけると 嬉しそうに
”RIE!!!”と大きな笑顔で手を振り近づいてきました。

頭には、きらきら光る金色の飾りをつけたカラフルな
エキゾチックな帽子を大切そうに被っていました。

私は、その時、簡単な挨拶だけを小さな声でして通りすぎてしまったのです。

なぜ、あの時の私は、一瞬、その場にいた
早朝に同じ仕事をしていた仲間たちに

この友人がいることを隠そうと思ってしまったのだろう。

なぜ、怪訝な表情をされることを予測して
恥ずかしいと思ってしまったのだろう。

     
    
   

”ピッツァというものを食べたことがある?とても美味しいんだ。
イタリアに来て本当に美味しいなと思った。
安くていいところもあるんだよ。”

たどたどしいイタリア語で夢中になりながら繰り返し

このパキスタンから移民として来た友人が言っていたのは
このような内容でした。

4歳の娘にも、たくさん食べさせてあげたいとも言っていました。



私が住んでいたリド島までの帰り道に行くことができるから
今度、一緒に立ち寄ろうと

リアルト橋の近くだと言っていた
そのピッツアのお店は
一体どこのことであったのだろうか・・・。



私が、ローマに行ってからは、連絡することもなくなり
それに、その友人の電話番号もすでに持っていないのです。





トリノ行きのインターシティが出発するまで30分弱でした。

駅から続く大きな通りには、たくさんの観光客で
左右には、レストランやお土産店が並び、とても賑わっていました。

私は、この日の夜には、人がほとんどいない
ピエモンテの田舎の町にいることが
まだ信じられない気持ちでいっぱいでした。




もし、今までの人生で得た大きなものは、何かと聞かれれば

それは、同じ地球に生きる人間として、生きてきた環境によって
大きく考え方も経済的なことも異なりながら

ニュースや社会の教科書で見るだけであった国の人々と

私も相手も思ったまま素直に話す場面に
遭遇することなのかもしれません。


それは、時には、第3、4言語同士の会話であることもあり
外国語を流暢に話すということとは
もっと違った何かのような気がするのです。



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たくさんの方に読んでいただいて、とても感謝しています。

1年前、数ヶ月にさかのぼった記事にコメントを
していただいていることがあることに気が付きました。
livedoorからコメントが通知されないこともあるので
その時にわからず、お返事を書くことができなかった方が
何人かいらっしゃいました。

コメント欄に書いてくださった方々
過去の記事のコメントも、きちんと、今、すべて読んでいます。
ありがとうございました。

列車は、北に向かって

写真は、ローマ・フィウミチーノ空港から近い、ホテルの部屋の窓から。

夜中の2時過ぎに到着していたので、約3時間の浅い眠りでした。

ホテルのテラスから 



















地上階にある私の部屋のテラスに出てみると
まだ、早朝だというのに、明るい空の色です。

いつも、田園地帯にある葉を
すっかり落としたポプラの植林の
風景を毎日見ている私にとって

南国らしい色彩を持つ木々の緑が
遠くに来たことを感じていました。




イタリア国鉄のストの最中だったので

ローマのテルミニ駅までホテルのシャトルバスと
地下鉄を乗り継いで行きました。

私の予約しているユーロスターは、運行される予定だったからです。

駅にある出発時刻を知らせる大きなボードで確認してから

列車の中で読む本を買おうと
駅の中の大きな本屋さんに入りました。



ミラノ行きのユーロスターは、定刻どおりにローマを出発。


第一話の”Diario di una gravidanza:妊娠カレンダー”を
読み終わり、次の物語を読んでいる頃
一瞬、車窓の景色を眺めました。

”もう、夕方・・・。”とその景色を見て驚き
時計を見るとまだ15時を過ぎたばかりでした。

ボローニャを通過してどのくらいたったのでしょうか。
外は、すでにミラノのあるロンバルディア州の景色でした。

列車は、ロンバルディア州に














この地方から私の住む地域にかけては
朝から、ずっと空が雲で覆われていたことでしょう。


イタリアを縦に南から北に移動していくユーロスターの中で
私は、遠くまで行っていたことを感じるのです。


ミラノに到着すると、駅の案内のボードで
トリノ行きも運行されていることを知ります。

でも、私は、ストで列車がない場合を想定して
高速道路の入り口の駐車場に車を置いてきていました。

ホテルの朝食以降、まだ何も食べていなかったので
ひとりで何か軽いお食事でもしようと駅の外に出ると

17時過ぎのミラノの街は、すでに真っ暗で
雨が降っていました。

傘のない私は、キャリーケースを引きずりながら
足早に、軽食のできるカフェに入ります。

食前酒でもコーヒーでもなく、サラダやパニーノを
二つも注文する私は、

10代後半から20代前半の若いお店の女性に
”今が、昼食なのよ。”と言うと、彼女は、時計を見て笑います。





駐車場に一晩、置き去りにされていた私の車は、雨に濡れて光っていました。

車のドアを手に取ると水の雫が地面に滴り落ちました。
長い時間、雨が降っていたようです。

遠くは、白くぼんやりと霞んでいました。


そして私は、”ありがとうございました。到着しました。こちらは、雨です。”
とローマにメッセージを送信しました。



*********************************************

ローマのテルミニ駅でカフェのある上の階から駅構内と
外からの風景を見ていました。

人々の雑踏を上から眺めながら、私は、何かがとても悲しかったようです。

この街で暮らして、この遺跡のある風景を歩いている頃は

仕事場のオフィスや家の往復や講習などで同じクラスになった人との挨拶や
交流くらいでした。

私は、ローマで2年近くも一体何をしてきたのだろうという
気持ちにもなっていました。

実際には、ローマ近郊などで多く出来たソムリエの友人や
そのまた友人など、そしてこの日にワインと食事に誘ってくれた方々も

ローマにいた頃でなくて、ピエモンテに引っ越してから出会った人々です。


私は、今後、一体、どこに行き着こうとしているのだろうかと考えていました。



何か本でも読んで、ゆっくりと北に向かって帰ろうと
出発前に駅の本屋に立ち寄り

最初に選んだ本の隣にあったのは、日本の作家名で
列車の旅で気軽に読むために、これを買うことにしたのです。

妊娠カレンダー
”La casa della luce”
作者:Yoko Ogawa

第一話:Diario di una gravidanza.
第二話:Domitorio
第三話:La casa della luce

日本のオリジナルのタイトルは
第一話の「妊娠カレンダー」





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いつも読んでいただいてありがとうございます。

夜のピッティ宮殿内で


写真は、夜のピッティ宮殿(フィレンツェ)で。

ピッティ宮殿の入り口




















母と何年か前に旅行したフィレンツェを思い出していました。
よく歩いていたピッティ宮殿付近。
あれは、初夏の午前中でした。




数日前のこの日、私は、夫の仕事の関係でついていくことのできた
夜のピッティ宮殿内にいました。

その日は、冬の入り口であるというのに、暖かい夜でした。

乾燥していて、喉が渇いていた私は
冷たい炭酸入りのお水を飲もうと思い、グラスを手に取ります。

ピッティ宮殿内

















ひとりでスプマンテ、オレンジジュース、水・・・と
サービスしている男性の姿を眺めていたら

突然に、トスカーナのレストランで行われた結婚式で
次々に差し出されるグラスに

フランスのシャンパンを
注いでいた頃を思い出していました。

トリノのオリンピックの仕事の準備で
もうピエモンテに帰るからと辞めてしまったわけですが

それは、ずっと忘れていたことでした。


私は、今後、どのようにソムリエとして
ワインに関わっていくことにしたいのだろうと

いろいろと考えていた今週に、ソムリエの恩師から
一通のメールが届きました。


今日、このブログを書いた後は、ローマ近郊の空港近くの街まで。
仕事でも研修でもなく、

そのソムリエの恩師から、彼の主催する音楽と
ワインの試飲とお食事のイベントに誘われたので。

イタリア国鉄のストもあるのですが
運行の確約されたユーロスターで翌日帰宅です。
もし、突然、変更があったら、そのまま空港に行き、飛行機になります。

それでも、やはり、どうしても今回は、行くことにしました。

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次のミラノ行き列車まで

写真は、この日に訪れたパルマ(PARMA)の街です

パルマの街

















ボローニャの駅に到着する頃は、すでにお昼の12時を過ぎていました。

急遽、ランチの場所をボローニャからパルマに変えたので
どのくらい時間があるのかを考えずに駅まで来てしまっていました。

ボローニャからパルマまで約1時間弱かかります。

パルマに到着後、15時過ぎには、
ミラノ行き列車に乗らなければなりませんでした。

ミラノ行き列車までの約1時間半のパルマでの滞在になります。

私は、駅から遠くない範囲で迷わずに
最初に見つかったレストランに入ることに決めました。

地元のワインがあるような小さなお店だったら、どこでもいい。
約1時間だけ、そこで過ごし、あとは、ゆっくり駅まで戻ろうと

写真は列車の窓からです。
小麦畑が広がるエミーリア・ロマーニャ(Emilia-Romagna)州


列車の窓から
















私は、目立つ場所にあったレストランに、迷わず入っていきました。

”私、ひとりです。列車の待ち時間だけの短いパルマの滞在です。
15時8分に次に列車が出るけれど、時間大丈夫でしょうか。”

”ここは、駅からも近い。十分、大丈夫だよ。”

メニューを見る前に、先に頼んで持ってきてもらったものは
パルマの生ハム(Prosciutto crudo)やサラミの盛り合わせとお水。

パルマのレストランで。前菜











ワインとそして前菜に引き続きパスタかメインを選ぼうと
メニューを開きました。

やはり、すべて地元のワインというわけでなく、隣のトスカーナ州、
ヴェネト州、そして遠くシチリアのワインもリストにあります。

ボトルのリストの代わりにグラスワインやハーフボトルもありましたが
その中で、ここエミーリア・ロマーニャ州の赤ワインはひとつだけでした。

違った種類のグラス2杯を選ぼうと思ったところ
トスカーナとシチリアのワインだったので

グラス2杯分が同じ値段の地元のハーフボトルを選びました。

パルマのレストランで。ワイン

IL TIBANO Sangiovese di Romagna
Rosso DOC Superiore
2005
ブドウの品種:Sangiovese 100%
TENUTA VALLI
ENTE TUTELA VINI di ROMAGNA








深いルビー色で森の果物の熟した香りです。丸みの柔らかな味わいで
後味もすっきりです。ポークのグリルやボローニャ風カツレツに。


レストランを出ると、まだ列車の出発時間まで20分もあります。

パルマの持つ空気を楽しみながら
駅までの道のりをのんびりと歩きました。


数年前に、ボローニャからヴェネツィアに引っ越す前夜はどこか悲しく

でも、ルームメイトだったフィンランドの女性は大学のマスターに
通う手続きとアナウンサーとしてニュースの仕事のために
一度、国に帰っていました。

ここで婚約者見つけ、結婚を待つ知り合いになった
日本人の留学生の数人を除いたら

みなそれぞれ、新しい土地でそして仕事のために帰って行きました。

協力しあって生きていたルームメイトの外国人の女性は
誰ひとり、ボローニャに残っていませんでした。

それだけに、ボローニャを離れることに何も後悔はなかったのですが

やはり、もっとこの街で学生として積極的に生きてみればよかったかなとか
いつも優しかった近所のタバコ屋さんのご夫婦のこととか
もっと、ここで貯金を使って、じっくり勉強しておけばよかったのかなと

最後になって急に思い始め、悲しい気持ちにもなっていました。

”戻ってきたくなったら、いつでも、またヴェネツィアから
列車に乗り、この街を歩いてみることにすればいい。その頃は
そんな交通費が簡単に出せるくらいに働けていたらいい。
しかもユーロスターに乗って。そう思えば、何も淋しいことは、ない。”

そう思いながら、ヴェネツィアに向かった日、車窓の景色は
フェッラーラ(FERRARA)を通過したころから霧が深くなり
真っ白で何も見えなくなっていました。

”これでは、最後の景色が見えないわ。”と思ったのを覚えています。

あれから月日が流れ、仕事場も暮らす都市も何度か変わり

そして今は、ピエモンテ州で暮らし

”淋しくなったら、いつでも戻ればいい。”と思ったボローニャの駅を
下車したのは、実に、今回が初めてのことだったのです。

淋しくなって訪れたのではなく、今回は、ワインのリストを見たかったので。

そして、イタリアでの暮らしの目標としての仕事の夢を持っていて、
イタリア語もそして社会のシステムもわからないながらに
頑張っていたあの頃の私に会いたくなっていたのです。




Ristorante-Pizzeria
AL CORSARO

Via Cavour 37
PARMA
(休)木曜日



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ボローニャにて

ローマから最終のミラノ行きユーロスターに乗り
ボローニャ(BOLOGNA)の駅で途中下車して

国際見本市の会場にも近いビジネス用の
郊外のホテルに向かいました。


早朝のホテルの部屋からの風景です。

朝、ホテルの窓から















ホテルから近くの家の煙突から煙が立ち上り
小麦畑と低くなだらかな丘陵地帯が遠くに見えます。


カプチーノとブリオッシュ(Brioche)の朝食にしようと
ロビー階のレストランに向かうと

甘い朝食コーナーの他に、エミーリア・ロマーニャ州ならではの
パルマの生ハムやパルメザンチーズが並んでいます。

せっかくなので、生ハムとチーズだけの朝食にしてみました。

ホテルの朝食











ホテルをチェックアウトして、ボローニャの中心地に向かうことにしました。

まだイタリア語の基礎を勉強していた時に
短い期間、住んでいた街で

ヴェネツィアに引っ越してからは
二度と歩くこともなかったボローニャの街。

ここは、学生、そして留学生も多く、勉強が終われば

やがて自分の国に帰る人も、そして働くために
ミラノやフィレンツェに向かう人も多く

一緒に暮らしていた友人たちも
今、ボローニャには、誰一人住んでいません。

私も、暮らし始めてから約2ヶ月も経たないうちに
他の都市での仕事を探し始めていて

ここでずっと暮らすわけでないという気持ちが常にあったのです。


久しぶりに歩いてみると、ボローニャは
こんなにも建物の色が赤かったんだと今になって気が付きました。

懐かしいボローニャの景色



















今回、私は、エミーリア・ロマーニャ州の味と
この地方のワインのランチにしようと

ボローニャの少し高級なレストランを探していました。


お料理がとても美味しい地方であるけれど
有名なワインが少ない州でもあり

地元のワインがリストにどのくらい並んでいるのかを
是非、見たいという目的があったのです。




この街を歩いていたら、留学生同士でいつも節約しながら
共同生活をしていたことを思い出していました。


それは、仕事柄、どこか華やかに感じられた
フィンランドでニュースキャスターである友人との
暮らしでも同じでした。

”ジャーナリストの学科に通うために長期休職して
今は、もう貯金だけでの暮らしだから。”

2人でスーパーに行って、必要な洗剤などを買う時にも
いつも一番安いのを選んでいたり

彼女が近所の八百屋で買ってきた地元のワインで、
夜、乾杯していたこと、次々にそんな時の気持ちが
蘇ってきていました。

ふいに日本語が聞こえ、振り向くと
若い日本人の留学生たちのようでした。


何度も通っていた手軽に食べられるピッツァのお店の前を通ります。

当時、決してすることがなかったレストランでのランチ・・・。


私は、ボローニャで、レストランのランチをするのをやめて
列車に乗りパルマまで向かうことにしたのです。

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次回は、パルマのレストランです。

雨の景色の中

久しぶりに歩く雨に濡れたミラノの街。

ミラノ 1
















雨のヨーロッパの景色は、どこか私の心に響きます。

田園地帯も農家も霧で覆われたピエモンテの景色
凍るように寒く、霧の深い冬のヴェネツィア
冷たい雨の降るパリの街角も

心に強く印象が残り、どれも好きな景色でした。
ここは、ヨーロッパなのだと改めて思うのです。

中心地であるドゥオーモ(Duomo)広場付近を通りかかると
大きなエンジン音が聞こえてきました。

ミラノ2















見ると、フェラーリがずらりと並んでいます。
フェラーリの愛好者による特別の催しが開かれているようです。

そして次々と、自慢のフェラーリに乗ったカップル
中には、子供も乗った家族連れが

この広場に設けられた入り口ゲートに向かって入ってきました。

*********************************************************

暗い1日なので、いつもよりも早く雨戸を閉めるためにドアを開けると

1日の終わりになって、突然、雲の間から日が差し込み
それまで白かった空が、次第にブルーとピンク色の縞模様になっていきました。

でも、それは、ほんの一瞬だけでした。わずか2、3分の出来事です。

すぐに、空は、灰色に戻っていったのです。

広場からは、カフェに来ている多くの人の声が響き、賑やかです。
それは、雨が続き、稲刈りを中止してしまっている農家の人々の声です。

雨の夕方に
























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日曜日の早朝は

写真は、朝6時にノヴァーラを出発するミラノ行き列車の車窓です。

28maggio 2006 車窓














ミラノで朝早くに仕事があり、まだひんやりと冷たい空気の中
車の運転席に座ると、まるで冬の日の朝のように、窓ガラスは、
水滴で白く曇っていました。

エアコンを入れて、曇りを取ってみても、なんだかぼんやりしています。
それは、うっすらとした霧でした。

朝5時過ぎのノヴァーラ駅まで30分弱の田園地帯の道沿いには、
細長く白い霧の帯がかかっていました。

いつもは、早朝に大型トラックが走っている付近も
日曜日のために車がなく、地平線の見える前方にも、そして
バックミラーで見ても、走っているのは、私の車1台だけです。


ミラノに到着し、地下鉄に乗り換え、地上に出てみると
そこは、朝日の眩しい光と人影のない広場がありました。

日曜日の朝7時のミラノの中心地は、あまりにも静かでした。

28maggio 2006 ミラノ 1
朝食のカプチーノでも
飲もうとBARに入ってみると

私の他に警察官の人たち8人くらいが
とても楽しそうに話しながら
コーヒーを飲んでいます。






28maggio 2006 ミラノ 2



日曜日の朝は、いつもと違う
ミラノが見えるような気がしました。











仕事が早くに終わり、午前中に自宅に戻ると近所の友人から電話があり

"午後、IL CODICE DA VINCHI(ダ・ヴィンチ・コード)を
見に行こうと思っているけれど、来ない。RIEが見てみたいと言っていたから。
それに私は、本を全部読んだから興味があるわ。"

"どこの映画館。"と聞いてみると
知らない小さな町の名前が返ってきました。

それもそのはずです。それは、郊外の町の
ショピングセンターにある映画館でした。

周囲は、とうもろこし畑だけの地域です。
映画を見るということは、この田舎に住んでから
どこかあきらめていました。
そんな話を2,3日前に、友人にしていたかもしれません。

"私も見に行きたい。"とまるで小さな子供のように
約束の時間を楽しみに待っていました。

朝早く起きた日曜日、それは、いつもと違う時間が過ぎていきました。

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ローマからピエモンテに

昨夜、ローマから帰る前、久しぶりにローマの友人と会うために
ローマのヴェネト通り付近をゆっくりと散策しながら
その約束場所に向かっていました。

22maggio2006 ローマ















夕方のヴェネト通り付近のローマの景色は、
とても華やかで美しいものでした。

働いていた会社のオフィスもすぐ近くなので
1年半前までは、毎日、歩いていた場所です。

一瞬、その当時に戻ったような気持ちになるのですが
すぐにそれは、別のものになっていくのを感じていました。

不思議と心の中で、過去の素敵な思い出の都市として
残ってるようで、私は、ローマの街が好きな観光客と同じです。
今、ここを歩いていることがとても嬉しいと思っていました。




そして、今日、ローマから帰ってきた私は、水田地帯の一面の水の景色は
少しずつ緑色になってきていることに気が付きました。

とうもろこし、小麦などの畑も緑色の絨毯のように広がっています。

真夏のように暑かったローマの街と違い
曇り空が広がっている田舎は少し肌寒く感じます。
ブログを書いている今、私は、長袖のシャツの上に春のセーターを着ています。

それでも、ここの景色は、次第に夏の色に変わってきています。
23maggio 2006 ピエモンテ
















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レッジョ・ディ・カラブリアの男の子たち

昨日、ローマに行き、今朝、ピエモンテに戻ってきました。

写真は、ユーロスターの窓から見えたウンブリア州付近です。
トスカーナ、ウンブリア州とブドウ畑、オリーブ畑が続き、
次第に、明るい青空が広がっていきます。
ユーロスターの車窓から 12052006















そして列車は、ローマに到着しました。

ローマの空は、どこまでも澄んで青く、
美しい昔の面影を残す建物、広場に集まる人々、木々が
すべて鮮やかに見えて、イタリア特有の明るい色彩を感じます。

これがローマの色だったと住んでいたローマを遠く離れてから
改めて思うのです。


ローマからの帰りの夜行列車では、向かい合った3人席で合計6人の
コンパートメントになっています。
そして、いつも、一緒のコンパートメントになった見知らぬ人々と
それぞれどこで降りるか確認しあうのです。

誰からともなく、必ず、乗ると最初にそういう会話になり、
もし、その人が降りるべき場所で寝入ってしまっていたり
すると起こしたり、最初に降りる人を通路近くにするよう
席を入れ替えたりすることもあります。

今日の朝、6時にジェノバを通過した頃には、
次第に空が、明るくなり始め、いつもは、まだみんな眠っている
時間帯に、今回の一緒になった人たちは、カーテンを開けて
車窓を興味深く見ています。

"ここは、今、どこかな。"そう聞かれて
"ジェノバ付近。まだあなたたちの降りるトリノまで遠いわよ。"と

一緒の席にいたナポリからの若い男性は、友達のいるトリノに、
そしてレッジョ・ディ・カラブリアReggio di Calabria 
:南イタリア "長靴"のつま先にあります。)から
の若い男の子2人は、北イタリア地方をバカンスで滞在するという。

窓を開けて、ジェノバの景色を見ていました。
レッジョ・ディ・カラブリアの男の子たちは、

"すごく楽しみだ。初めて行くところだから。"

外から入る空気は、深夜、ローマで列車に乗った時よりも、
ずっと気温が低く、大きなリュックサックから、
紺色のセーターを取り出していました。


家に到着し、ブログを書いている今、窓からの景色は、
青空が広がっていますが、私は、まだ春のセーターを着ていて、
新鮮な空気を入れようと開けていた窓から入ってくる風が
少し冷たいので、閉めました。

この地方では、ローマよりも夏が来るのが、
1,2ヶ月遅いようです。


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ヴェネツィアのゲットーで

ローマから夜行列車で朝5時半にヴェネツィアのサンタ・ルチア駅を
降りると、うっすらと霧で景色がぼんやりとしていました。

03052006 1













ヴェネツィアで待ち合わせ後、仕事でパドヴァに
行くことになっていたのですが、
待ち合わせの時間まで、まだ3時間以上あります。

4年前まで滞在していたヴェネツィアが懐かしく、
薄暗い、まだ静かな早朝、当時を思い出すかのように
霧の中を歩いていました。

03052006 3旧ユダヤ人地区のゲットー。
そこにある中学校で
授業の一部に参加させてもらい、
移民の職業斡旋の
コーディネーターの方や
職業訓練の先生などに
知り合ったのも、
このゲットーでした。




知り合いになった移民の人たち。
ウクライナから来ていた女性は、老人病院で介護の仕事に、
そしてパキスタンから小さな子供と二人暮らしの友達は、
朝3時半から早朝7時まで、各ホテルに朝食用のパンを
運ぶ仕事を見つけていました。

美術史の授業が終わった冬の暗い夕方に、
朝早くからパンを運び、やっと生活ができている友人が、

"RIE。帰る前にコーヒーでも飲まない?"と
ユダヤ風カフェに入り、

"このユダヤのお菓子も美味しいんだよ。"と
私のために注文し、会計時に自分が誘ったから、どうしても、
全部、ご馳走させて欲しいと笑顔で言いました。

たった一杯のカフェとお菓子でも、友人にとって大きな金額なはずで
あって、これは、イタリアで忘れらることのできないコーヒーです。

日本社会であまりにあっけなく仕事を見つけ、
その後にローマに引っ越し、日本企業でのまるで別世界のように
恵まれた環境で暮らすようになった私は、
いつしか何かを忘れてしまっていました。

ここで異国に生きる外国人の中に入っていた私の
イタリアで生きている自分の原点は、
このゲットーにあったようです。

03052006 2まだ6時前で、
当時のユダヤ風カフェの
お店は、まだその入り口が
ぴったりと閉じられたままでした。

狭いゲットーへの入り口を抜けると
観光客の多い広く明るい商店街が
広がっています。

私は、辞書や大きなテキストを
持って、ここから
働いていた事務所のあった
サンマルコ広場付近まで、
いつも歩いていました。








途中に、早朝の仕事後、学校に行く前に
よく朝食を取っていたBARに立ち寄りました。

カプチーノを飲んでいると、大きなパンの入ったケースを持って
入ってくる人がいます。
一瞬、もしや、友達だったミーレかと期待していました。
やはりその見知らぬパンを運ぶ男性もアフリカ系の移民でした。




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ミラノに

この日は、車でなく、始発のバスに乗って、
ノヴァーラ駅まで向かいました。
午前中にミラノで仕事がありました。

ノヴァーラ駅に向かうバスの車窓です。
とても気持ちがいい土曜日の朝、ミラノに行くのが楽しみです。

朝のバスからの風景 

















お昼過ぎ、少し早めにピエモンテに戻り、
自宅で少し遅いランチにする予定でした。

でも、朝早くから、いろいろと行動していたので、
すっかりお腹が空いてしまい、

帰宅前にパンツェロッティ(Panzerotti)を食べようと
お店に向かいました。

panzerottiボリュームたっぷりの
ビザ生地の中にトマト、
モッツァレラチーズ、ハムなどが
入って揚げたもの。

私は、これを"揚げパン"と呼んで、
ミラノに仕事で行った時には、
このお店に立ち寄っていました。

それは、もう10年近く前のことです。



当時、日本に住んでいた私には、この揚げパンがとても
おいしく、値段も安かったので、レストランでのお食事よりも
ずっと楽しみだったのです。

10年前は、この揚げパンだけが専門に売られていた店内は、
大きく改装され、広くて明るく、さまざまなパンが売られている
パン屋さんになっていました。

値段は、当時のリラからユーロに変わったため、2倍の値段に。
味もさらりと揚げられて小ぶりのヘルシーなものに変わっていました。

知らないうちに時間がとても経ってしまったようです。

お店の外で多くの人々がその場でおいしそうに食べている光景は、
同じでした。

私は、すぐ近くの広場のベンチで、それを食べてから、
まっすぐミラノ中央駅に向かいます。

トリノ行きの列車が出発するまで、あと40分です。

夏のように暑くなったお昼となり、観光客やミラノの人々が
楽しそうにオープンテラスになったカフェで、お食事をしています。

朝早くに出発した私は、まだ春のコートを着ていました。


パンツェロッティのお店
Luini
Via S.Radegonda 16

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夜の大聖堂の前で

ウンブリア州、オルヴィエート(ORVIETO)のホテルに宿泊した夜、
夕食前に、ソムリエ仲間みんなと食前酒の約束をして、
集合した夜の大聖堂前です。

オルヴィエートの夜

グラスでわずか2〜3ユーロの
ごく普通のBARでの
プロセッコ(prosecco:
プロセッコ種から作られる発泡性の白ワイン)


みんなで楽しく話し始めると、
目の前の大聖堂を見ながら、

グラスを傾けると、
それは、とても楽しい食前酒のひとときでした。





一緒に勉強している仲間の中では、イタリアの雑誌に以前、
最優秀ソムリエとしてヴェネト州にあるワインナリーで
表彰されている若い男性ソムリエもいて、

"いつもみんな、有名なワインしか飲まないのかなと思っていた。"と
隣に座っていた友人が笑いながら、嬉しそうに話し、そして

"そうね。夕食でワインは、飲むものね。
食前酒にみんなで来て本当によかった。
ねぇ。日本語で乾杯ってどう言うの。"と言うので、もう一度
乾杯をしました。

研修旅行が終わった日は、そのまま最終の
ユーロスターに乗り、ピエモンテまで帰ると、
夜中の2時を過ぎていました。

その4時間後に自宅を出てマルペンサ空港に到着。
早朝のパリ経由で急用のため、日本に短期間の一時帰国中です。

来週の月曜日、火曜日に、大切なソムリエの授業があるので、
授業時間に間に合うようにローマに戻って滞在し、
ピエモンテに帰るのは、その後になります。

パリからの飛行機の中で、プラスチックのコップに
注がれるシャンパンを眺めながら、オルヴィエートの夜を
思い出していました。

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ウンブリアの丘で

トスカーナ州からウンブリア州に到着した朝、
バスから降りるのに、コートを取ろうとすると、

友人のマウロは、
"もう、こんなに暖かい。コートは、必要ないよ。"と言うので
春用のジャケットだけで、バスを降りました。

ウンブリアの丘にあるブドウ畑の坂道を身軽になったので
足取りも軽く、歩き進んでいきます。

ウンブリアの丘


















途中、粘土質でできた土地を歩いたため、私の靴底には、
粘土の塊のように土が重しのようについてしまいます。

レストランを経営しているというマウロの友人は、
とても真剣にブドウ畑を観察しながら、
その丘の土地にあったそれぞれのブドウを
栽培している様子を歩きながらメモしています。

敷地内は、ブドウ畑の他、オリーブ畑、牛舎などもあり、
ここで、待っていたのは、ウンブリアの牛たちです。

ウンブリアの牛












途中、イノシシがブドウ畑に入ってこないようにと
柵が作られていました。自然がたくさんの田舎を歩き、
青空の中、何を見ても嬉しく思いながら、丘を下りました。
ここまで来るのに、何度も丘を登ったり、下ったりして
自然あふれる中を歩いてきました。

今回の旅行では、ワインの研修のために、
高級レストランでの食事が続きましたが、

この日は、この農家でのワインの試飲の後、
ここで作られたオリーブオイルやお肉などの
素朴な田舎の食事で、最後です。そしてローマに帰ります。

イノシシ料理そうです。ここでは、
イノシシのお肉が
柔らかく煮込まれているのが
メインでした。





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ボルゲリ(BOLGHERI)の並木道

トスカーナのボルゲリ(BOLGHERI)地区を訪れた日は、雨でした。
ブドウ畑を見に行くのも、歩くのが大変です。

約1時間、時間に余裕ができて、ボルゲリの町を散策することに。

bolgheri 並木道
同じ研修旅行に来ていて、
一緒に歩いていたワイン好きで、
少し太っている友人のマウロが、

"ボルゲリ(BOLGHERI)の町にある
エノテカでも行こう"

と提案して近くにいた
5人グループで
町の入り口にある小さなお店に
さっそく入りました。













マウロは、ロンバルディーア州ブレッシャ(Brescia)にある
ワイン会社の社長で、とにかくワイン好き。そして食べることが
好きなパワーあふれる60代男性で、人情があふれているその人柄に
若い男性からも人気があり、いつも一緒に行動するグループです。

すでに、ワイン農家をいくつか訪問し、試飲を重ねているものの、
マウロは、"そこの若いソムリエよ!ワインを選んできて。"と
20代前半の有名レストランで働いているダヴィデにはりきって
指示しています。

お店の人が"リボリータ(Ribollita:野菜とインゲン豆などを材料にした
スープの中にパンが入って煮込んであるトスカーナ料理のスープ)
は、
いかがですか。"というと、

"リボリータがいいね。いかにもトスカーナだね。"と何度も言い、
"それにする。それを5人分。"と注文してしまいます。

トスカーナのサラミ"えっ!私は、違うのにするわ。"
もうすでに4時近く
かなり遅いランチです。

約4時間後の夕食のボリュームを考えて、
前菜のお皿とパンだけにしました。






雨音が強くなってきました。
小さなエノテカでは、マウロを中心に30分前に訪れたばかりの
サッシカイア(SASSICAIA)のワインについて論議となり、

雨の夕方は、薄暗く、トスカーナらしい美しい丘陵地帯と青空では、
なかったけれど、この小さなエノテカの片隅で、
楽しく、充実した時間が流れていくのを感じていました。
そんな雨のボルゲリの思い出です。


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絵のあるレストランで

先日は、仕事のため、ミラノで過ごしました。

絵画がたくさんあるレストランで、夕食です。
ここで働く人たちも優しく、どこか安心できる落ち着いた空間です。

04032006 1





















選んだお料理は、生の牛肉のカルパッチョ

04032006 2ルッコラパルメザンチーズ
お肉よりもたっぷりあるのは、
お肉が主役のピエモンテのものと違いますが、

ミラノに来てまで、ピエモンテ料理に
近いお皿にしてしまいました。






メインが来る頃に選んだワインは、ピエモンテの赤ワイン
一緒にいた方々のそれぞれが選んだお料理にも、
一番合うワインだったからです。

04032006 3クランベリーラズベリー
ジャムの持つ果物の香りと
カカオ甘草の持つスパイスの香り

まだ若いタンニンであるものの、
ネッビオーロの持つ
力強さも感じられます。
牛肉や仔羊のロース肉のグリルなどに。




LANGHE NEBBIOLO CIABOT DELLA LUNA 2003
Rosso DOC
2003年
ブドウの品種
ネッビオーロ(Nebbiolo)
生産農家
GIANNI VOERZIO

土曜日のミラノの街は、カーニバルのために、
中心部にあるドゥオーモ広場では、一面が紙ふぶき、
お姫様などに仮装した小さな子供たち、
そしてスプレー缶を持った中学生、高校生くらいの少年たちで
いっぱいで、人込みをかきわけて、進むのがやっとでした。

私の町の田舎では、子供たちの小さなカーニバルが、
オリンピック期間中の私のいない間に、終わってしまったようです。

家の前にある広場で、農作業に使うトラクターが台車をひっぱり、
それを田舎の人たちや町役場の人が見守る中、
後ろに乗った仮装した子供たちが、音楽と一緒に踊っていて、

見ていた夫によると、それは、本当に小さな小さな田舎のカーニバルで、
それでも子供たちは、嬉しそうだったそうです。


訪れたレストラン
Bagutta
Via Bagutta 14
MILANO
(休)日曜日

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明日は、ローマに。

1週間が過ぎて、明日は、再びローマに行く日となりました。

先週の深夜急行で、同じコンパートメントにいたナポリから
トリノまで移動する60代の男性が、

海沿いのトスカーナを通過する夜と夜明けの境目の時間帯に、
まるで小学生の遠足のように次々とビニール袋からお菓子や
パンを出して、とても早い朝食にしていました。

すると"旅に持って行きなさい。"と一箱のウェハースを
私の座席の方に置きました。

22012006

"早朝には、ピエモンテに着くので、
家で朝食は、食べるからいらないわ。"

"あげるから、家でゆっくり食べなさい。"







あれから1週間が経ち、朝食のクッキーがなくなったら、
これをあけてみようと思いながら、まだそのままになっています。

明日の今頃は、まだ夜行が来るのを駅で待っている時間です。



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夫の仕事場で一泊

ローマから夜、深夜急行でピエモンテの自宅に
帰ろうと思っていたのですが、

疲れていたこともあって、海沿いのトスカーナの大理石の産地の町にある
夫の仕事場に一泊立ち寄ることにしました。

"寒い上に暖炉しかないよ。"と聞いていましたが、それがとても
暖かく、静かな時間が流れていきました。

暖炉 カラーラ










トスカーナで長く暮らしてきた夫にとって、ピエモンテの田舎の生活は、
あまりにもなじめかったようで、この町の人々との交流は、もちろん
楽しく暮らしていたのは、いつも私でした。

トスカーナの田舎風のヒヨコ豆入りのスープばかりだった夫が、
ローマからの帰りに突然泊まることになった私に用意してくれていたのは、
ピエモンテ料理のボッリートBOLLITO 茹でたお肉とお野菜)でした。

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ローマのクリスマスツリー

ローマの駅に到着すると、駅のクリスマスツリーは、
クリスマスが近くなり、いつのまにか
Caro Babbo Natale親愛なるサンタさんへ)という文字から始まる
お願いことを書いた紙がいっぱい貼り付けられていて、
イタリアのテレビ局の人も取材に来ていました。

19dec2005

見ている時にも、何人もが、
新たにお願いことを貼り付けていて、
そのお願いことを書いた紙を
何が書いてあるのかなと
読んでいる通行人も
とても多いです。











私も覗いて、そのお願いことをしばらく眺めていました。

何かに似てる・・・と思い出されたことは、

日本で、お正月に御茶ノ水駅の近くの神田明神や湯島天神の
絵馬にお願いことを書いたものです。

ローマのサンタさんへのお願いことは、"健康" "幸せ"と並んで 
とても多かったものは、"仕事探しています"という文字に続き、
自分の携帯電話の番号などが書かれていたり、
"職が見つかるように・・・。"という文字です。

帰りにミラノ行きの最終列車に乗る前に、私も何かお願いことを
貼り付けていこう。何をお願いしようかしら・・・と考えながら
明るいローマの空の下、バスターミナルに向かいました。

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同級生と再会して過ごした1日

朝、ニュースの天気予報でイタリア北部は、雪のマークで、
曇り空でも、バックに折りたたみの傘を入れ、
駅に向かいました。

今日は、イタリアに美術史の研究で出張してきている大学時代の同級生と
13年ぶりの再会だったのです。

ショーぺロ(SCIOPERO スト)の前の列車であったので、混雑しているかと
思ったものの、通常よりもミラノ行きの朝の列車が多く運行されていて、
いつもよりも空いた車内で、本を読んで過ごしました。

ミラノ駅を降り、歩き始めると、うっすらと粉雪でした。

寒い日だったので、再会した同級生とカフェやホテルロビーなど
暖かい場所で楽しい1日を過ごすことになりました。

久しぶりの再会なので、レストランは、内装が古い家具類で
アンティークであるところで、ゆっくりとした時間を過ごします。
まるで時間がとまってしまったかのような空間でした。

外は、相変わらず、冷たい雨と粉雪の中間です。

昼食後、ピエモンテ州北部のワインの見本市の招待券があったので、
2人で行くことにしていたので、ランチタイムで、選んだワインは、
弱発泡性の軽い味わいのバルベーラ種のワインに。
お昼も、ワインの見本市のために、軽めにしておきました。

ワインの見本市は、ピエモンテ州ビエッラ(BIELLA)県、
ノヴァーラ(NOVARA)県、ヴェルッチェッリ(VERCELLI)県

主催するもので、私の住む地域のワインがたくさん紹介されています。

実際には、他の州のワインも多くありました。

corvina

写真は、ヴェネト(VENETO)州
アマローネ デッラ ヴァルポリチェッラ
(AMARONE DELLA VALPOLICELLA)

使われるブドウの品種 コルビーナ(CORVINA)









ワインの試飲を終えて会場を出ると、冷たい雨も粉雪も止んでいて、
すっかりワインで体が温まったのか、辺りは、やわらかく、暖かい空気でした。

ミラノ市内の地下鉄のストがあと1時間以内で始まってしまうので、
彼女の宿泊しているホテル、そして中央駅の方角に急いで向かいます。

イタリア国鉄のストは、終わっているので、私は、ノヴァーラまで帰る時間を
気にすることになく、その後、夕食を一緒にして、久しぶりの再会の1日が
過ぎていき、田舎の町に戻ります。

"こっちは、雪がしばらく降っていたよ。"という夫の待つ車に乗ると
真っ暗な中、車のライトの照らす道路は、うっすらと白く氷が
張っていたようでした。






ランチに選んだワイン(写真のワインです。)
バルベーラ・デル・モンフェッラート(Barbera del Monferrato)
ラ・モネッラ (La Monella)
 

la monella

これは、ちょうど1週間前に、
夫とその友人と一緒に訪れた
アスティ地方のレストラン 
トラットリーア・イ・ボローニャ(Trattoria i Bologna)
持つワインナリーの
ラ・ブライダ(La Braida)社のワイン。





今日のランチで訪れたミラノのアンティークな内装のレストラン
Antica Trattoria della Pesa
V.le Pasubio 10
MILANO


ワインの見本市
L’ALTO PIEMONTE ,TERRA DI GRANDI VINI
Via Palermo 10 - MILANO
11月26日、23時まで。



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列車が満席だった1日

ここ何回か、ローマに行く時には、駅で直前に
ユーロスターのチケットを購入していました。

最近では、事前に購入すれば割引もあったり、
インターネットでも簡単に予約できるのですが、
今日も時間がなかったということを理由に、
やはり駅で直接買うことにしてしまっていたのです。

早朝、霧の中、自宅を出て、ユーロスターの出発1時間前にノヴァーラ駅に到着し
チケットを購入しようとすると、ローマ行きは、すでに満席。

がっかりしている時間は、ないので、そのまま、ミラノに行き、
ミラノからナポリ行きのユーロスターに乗ることにしたのです。
いつの間にか、すっかり鉄道に詳しくなっていることに気がつきました。

ミラノに到着し、ナポリ行きの待ち時間は、約1時間もあり、
駅から出て、いつもミラノで仕事の時に行くBARで
ゆっくりカプチーノでも飲んで待つことにしようと思いついたら、
急にとても得した気分になりました。

私が立って飲んでる位置のすぐ横で、ミラノのビジネスマンの
ランチタイム用に、おいしそうなパニーノを手際良く、
たくさん作っています。

まるで小さな子が、物珍しく、様子をじっと見いっているように自分が思えて、
作ってるお店の人と目が合った時、思わず笑ってしまいます。

今日は、1時間遅く、ローマに着いてしまうので、
ランチは、ユーロスターの中で取ろう・・・
それに、ぴったりのパニーノです。

いくつもの種類のパニーノから選んだものは、ハムがたっぷり入っていて、
その上に、ズッキーニのグリルが置かれている比較的シンプルなもの。
シンプルであるものの、今まで、自分で作ったことのない組み合わせです。

ミラノのbarのパニーノ











それにしてもこんな日もあるものです。

ローマからの帰り道、最終のミラノ行きユーロスターでなく、
夜行で帰ろうと思ったところ、ミラノ行き深夜急行は、
1月まで運行休止、それより約30分遅い
別のルートのミラノ行きの夜行は、満席。

そこで、今回は、まったく別のルートで帰ってみることにしました。
しかも乗り継ぎ時間が短いからか、私の今回のルートの
列車乗り継ぎは、黄色の自動販売機での検索にも、
駅の係員のいるチケット販売のコンピューターにもでてきません。

そんな帰り方が、どうしてわかったかというと、ノヴァーラ駅で購入した
ピエモンテ州地区用の時刻表です。
田舎で暮らす私にとって、そして、自分の町以外に仕事や学校で
通う私には、これは、必需品で、いつもカバンの中に入っています。

イタリアのトスカーナ地方を通る海岸線のルートで
朝5時にジェノバ方面まで行き、
それを2回乗りついで朝7時半には、もうノヴァーラ駅に到着する方法です。

もうひとつのルートでは、イタリア国鉄のバスを途中使う方法もあり、
こんなことを考えているととてもおもしろいのです。

深夜23時すぎ、ローマのテルミニ駅の正面は、クリスマス用の装飾で綺麗でした。

テルミニ駅 141105

いつものミラノ行きなら、
すでに列車に乗っている時刻。

まだ駅にいるという
不安がありながらも、
乗ったことのない列車と
乗り継ぎの今まで
知らなかった駅名に

帰宅ではなく、まるで
旅に出るような気分でした。








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ジェノバの国際見本市にて

貸切バスで53名の町の人々とジェノバ(Genova)まで日帰りで
お魚の見本市に行きました。
テーマは、スロー・フィッシュ(Slow fish)です。

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私の町は、スローフード(Slow food)
繋がりの深い、スローな町(Citta Slow)
として知られています。



今回は、町役場の人たちと4人で、この国際見本市でCitta Slow
会議が開かれることもあって、前半は、私も会議に出席させてもらい、
後半は、町の人たちと楽しく見本市内を散策、各パネルを見たり、
お食事やワインなど楽しみました。

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町役場の人が興味のあったところは、日本からの展示でした。

お魚の見本市でありながら、最も私の町で興味のある
日本の有機栽培のお米作りの紹介の展示であって、
その有機米を作るのに使われる"ドジョウ"が水槽に入っていました。

残念なことは、展示が日本語で子供向けに書かれた本と英語のプリントで
あとは、おにぎりの販売で在住者の日本人女性がブースに立っているだけで、
友人は、農家の生産者と専門家として、深い話がしてみたかった様子です。

この生産者と私の町の農家の人と環境を大切にしたお米作りの
接点ができれば、それは、とても素晴らしいこと。
私は、ぜひ、この生産者に連絡してみよう思うのです。

ワイン好きな町役場の人とスローフード協会のワイングラスを
首からかけて、3人で試飲するワインを選んでいる時に、
日本からの男の子3人に会いました。
フィレンツェから来た若いコックさんたちです。

それぞれの分野でイタリアの日本の人が活躍しています。

会場内、自由行動で、バスの集合時間は、17時。

"バスが故障でもして遅れて出発すればいいのにね。"と
みんなで笑いながら、町の人々と出口に向かいます。

私の町の人は、時間がいつもぴったりで、バスの中の時計が16時59分を
表示している頃には、バスは、出発して高速道路に向かっていました。

町の名前の表示が見え始め、そろそろ到着という時に、
今回のガイドの役目をしてマイクを握っていた農家の人が、
"また、こういう企画でどこか行ってみたいところがあったら、
町長に提案してみてくれ。"と言うと、

みんなそれぞれ、"フィレンツェがいいわ。"
"なんと言っても、フェッラーラでサイクリングしてみたいわ。"など
思い思いにいろいろな大きな都市の名前を言うのです。
きっと、こんな田舎の楽しみは、農作業で忙しくない時期のお祭りと
こんな日帰り旅行なのかもしれません。
そんな私もぜひ、次の企画にも参加したいと今から、楽しみにしているのです。




slow fish(slow food協会 パンフレットから一部抜粋)
14世紀の頃、ビザンティンでは、キャビアは、貧しい人々の食事でした。
2週間の賃金で45kgバレルを買うことができたそうです。
現在では、わずかな量しかとれないために、大変高価なものになっています。

いつまでも鰯が安いままでなく、そしてキャビアと同じような現象が
数年で鱈、マグロ、ボラなどにも起こるかもしれません。
そこで、slow fish は、数多くのセミナー、国際会議を開いて
漁業関係者、貿易関係者、養殖産業者、科学者、消費者などが参加して
意見交換する機会作っています。


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