北イタリア ピエモンテの田舎で暮らして

ピエモンテ州ノヴァーラ県の稲作地域での暮らし。 バローロ、モンフェラート、ゲンメのワイナリー、ピエモンテ料理ときどき地域猫のぴーちゃん

トリノ 2006

ピエモンテの試食

オリンピックの開会式前、直前になっても準備がのんびりとしたトリノの街で
忙しかったのは、各国の取材の人たちであったかもしれません。

その頃、市役所の広報を担当する仲良しの女性が、必ず、電話連絡のあとに、言うことは、

"RIE、ピエモンテの試食会があるのよ。どうか、ジャーナリストの人にも
市と州の主催や記者会見なども、ここであることを伝えて。" と。

tasting 1
tasting 2














"ノヴァーラ(NOVARA)の日だけ、どうにか夕食をそこでしましょう。"と
忙しい時間の中、一緒にいたメンバーが、そう提案してくれました。

私の住むピエモンテの食文化、デザイン、環境施設など、多くの事柄が
オリンピック期間中に紹介されている施設です。
市役所の広報の人たちは、ジャーナリストのサポートだけでなく、
こんな風に州の文化を紹介する機会も作っています。

そして、約40分弱のノヴァーラの試食会で、生のサラミ類の前菜
ノヴァーラ風リゾットパ二ッシャ(Paniscia)、ゴルゴンゾーラチーズ
ノヴァーラのワインColline Novaresi)などが次々に出てきました。

tasting 3












その後、車で宿泊先に行くので、ドライバー役のフランス人の男性のために
みんな味見程度で、ワインは、ほんの少しだけにしましたが、

このチーズ好きのフランスの人が、このゴルゴンゾーラが気に入って、
この日を境に、いつもゴルゴンゾーラが入ったピッツァなどを
食事で注文するようになって、とても嬉しかったものです。

tasting 4












ノヴァーラ県の案内の本で、私の町(村)のページを開いて見せると
"人より鳥(サギ airone)が多い?"と笑いながら、
"フランスにもいる鳥です。故郷のジュラにもいます。
RIEさんの町、綺麗ですねー。"

外に出ると、トリノの街は、大渋滞で、窓からの景色を見ながら、
自分の住む田舎を思い出した不思議な感覚でいっぱいでした。

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トリノのジェラート

トリノの最後の日に、ポー通りにあるカフェ Fiorioの店内で
ジェラートを食べて休憩する機会がありました。

選んだジェラートは、ココナッツ森の果物であるクランベリーなどの
盛り合わせでした。一緒にいた4人で談笑しながらのジェラートでの
ひとときは、楽しい時間が過ぎていきます。

fiorio2











学生時代に、そんなことが何回もあったように思いますが、
今までと違ったのは、私以外の3人は、男性であり、
しかもあっさりとした味のジェラートは、私だけ。

男性たちは、生クリームがいっぱいのパフェのようになっているのを
あっという間に食べてしまいます。

ちょうど、店内では、昼食で訪れていた人たちが帰り、
午後のティータイムの人たちが入ってくる入れ替わりの時間帯でした。

fiorio 1
















"どこか、トリノで行っておきたい場所は、ありますか。"と聞きながら、
それは、まるで自分に尋ねているように感じました。
いつでも来ることができる距離に住んでいながら、いつものトリノとは、
違う華やかさでいっぱいだったからです。

外に出ると、中心地のカステッロ広場ローマ通りに向かう人が
いっぱいで、まるで人に押されながら歩くようでした。
途中、曲がり角で、みんながはぐれてしまわないかと
心配になったほどです。

それから、戻った田舎の水田の町では、今日も、とても気持ちのいいお天気で
青空の雲ひとつない日でした。

のんびりとした田園風景と学校帰りのスクールバスから降りてくる
近所の子供たち、町役場の人とすれ違い、農業のトラクターが、
ゆっくりと家の前にある大通りを走るというずっと変わることのない
いつもの景色でした。

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田舎の家に帰って

オリンピックが終わって、どんよりとしたお天気が続いていた
トリノから帰ってくると、田舎の町は、朝から青空の1日でした。

のんびりした田園風景と車や人通りの少ない町のいつもと変わらない
メインストリートを見ていると、大渋滞や混雑したトリノの風景の中に
毎日いた頃が、懐かしくなります。

26日のオリンピックの閉会式前のトリノの街の写真です。
この時、私には、昨年から準備でトリノの市役所や広告会社を何度も
訪れ準備してきたことが終わりを迎える寂しさを感じていました。

閉会式の日 1
























到着するまで、ずっと待っていた聖火が消える3時間前です。
閉会式の日 2

















この聖火は、高い位置にあるので、期間中、何度か見ることもありました。
私の田舎の町の周辺に聖火が通過する日は、
ちょうどローマに行っていた日で、見れなくて残念だったなと
思っていた頃が遠い昔に思えます。

閉会式に出演する子供たち。
閉会式の日 3










トリノの駅までタクシーに乗った私に、運転手さんは、しきりに
このオリンピック期間のことを話すのです。

"帰ってしまうのか・・・。残念だ。たくさんの外国人が街にいて、
以前よりも活気のある素敵な街に変身できた。"

"なんてことだ・・・。帰っていってしまうのか・・・。"

"どうかまたトリノに来て欲しい。"

そして、列車でノヴァーラに到着した時、オリンピックのボランティアの
ジャンパーを着た若い女性が、私の荷物を下ろすのを手伝ってくれて、

"ついに終わったね・・・。"と話しかけられ、
"やっと家に帰れるね。"と答えながら、急に何か悲しい気持ちもしました。

期間中は、毎日朝5時前には、起きていた私は、この田舎の家で
目が覚めると8時近くにまでなっていました。
青空で、いつもの田舎の日常でした。

目が覚めたところがトリノでなくて良かった。
それは、オリンピック直後の街の様子は、その施設の取り壊し作業など
どこか淋しく、今は、出来たら見ない方がいいように思ったからです。

ずっとワインの勉強の出来なかった私は、今月のソムリエの
研修旅行のために再開して、新しい生活が始まります。
まだ、少し寒いものの、空気は、すっかり春の1日でした。

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今日は、閉会式。

雨が今にも降り出しそうな昨日の土曜日のトリノは、人でいっぱいでした。

この日は、夜中過ぎまで、ずっと街の中心地は、レストラン、バール、
博物館、お店などが閉まることのない日で、オリンピック閉会前の
賑わいでした。

ランチを終えて、一緒に行動してしているスタッフの方と
オリンピック関連ストアに行ってみました。

最後にあのネーヴェちゃんの付いているブランケットでも買おうと
行列してようやく入った頃、すでに多くの商品が売り切れで、
ネーヴェちゃんのついているような商品は、もうほとんどありません。

"ネーヴェがいない・・・。"と一緒に買いに行った人とかなり落ち込んで
お店を後にしました。

街の中心地の大通りは、人でいっぱいで、身動きが出来ないほどで、
お店の人も流暢な英語は、もちろん、ドイツ語、フランス語で対応して
いる様子を見て、外国語が飛び交う周囲で、国際都市になっている
トリノを実感しました。

市役所の広報で働く友人は、"これからが大切だから・・・。"と。
それは、トリノだけでなく、私にとっても同じことが言えるようです。

今日は、お仕事の打ち上げと閉会式と続き、市役所のボランティアの
人々に挨拶できるのは、その時間の合間だけ。

私を見ると"チャオ!"といつも声をかけてくれたメンバーに
最後、会えれば・・・と願うのです。

今朝は、久々にお天気になったトリノです。

これはオリンピック開会前の1月末のトリノが一望できる博物館の
テラスからの写真です。

丘の上から






















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トリノのピエモンテ風前菜

写真は、トリノの中心地です。
オリンピック期間中に催される展示会や博物館を訪れるトリノ市の人々。

トリノの街 1























今日は、仕事が一段落して、ゆっくり6時半まで眠ることができました。

23日のフィギュア・スケートのフリースタイルの夜は、
ホテルのロビーの大型テレビで、イタリア語の解説を聞きながら、

テレビの映像より、耳に集中していて、仕事として考えていたけれど、
みんなで興奮して見ているうちに、私もすっかり引き込まれていました。

金メダルが決まってから、同じ場所でテレビを見ていたドイツ人たちと
スプマンテで乾杯をして、深夜1時過ぎに戻り、

翌朝は、ホテルに届けらるイタリアの各新聞の日本人選手に
関する記事を探すために、朝5時には、起きていました。

荒川選手に関するイタリアの記事を要約すること嬉しい気持ちでした。

残っている時間は、今回のお仕事で情報提供や撮影許可などで
協力してくれたトリノや山岳地の人にお礼のメールや挨拶の時間を
作っていくことにしました。

昨年の10月中旬から、連絡を取っていて、すっかり仲良しになった
トリノ市で働く広報の女性から、昨夜、電話で、
"いつまでいるの。RIEが帰るのが、淋しくなるわ。"と言われ、

次第にオリンピックも終わりが近づいてくるのが、
どこか淋しい気持ちもするのです。

でもまだまだ、何か事件や事故があった時のスタンバイとして
最後まで集中していきます。

トリノでのイタリア料理の紹介です。
これは、昼食の時に頼んだピエモンテの前菜です。

ピエモンテの前菜ポレンタの上に乗せられたゴルゴンゾーラチーズなど私の住む地域でも
よく見られるものばかり。
レンズ豆を見た瞬間、
自宅に戻った気持ちになりました。





ノヴァーラの田舎の家では、お米や豆類は、
いつでもストックしています。




先日のリゾットのレストランと同じところです。
ポー通りから近く。
Porto di Savona
Piazza Vittorio Veneto 2

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ポー通り(Via Po)

夕方のトリノの様子です。
ここは、ポー通り(via po) です。

via po




























歩行者天国かな・・・と思ってましたが、時折、車が通過し、
市の警官が交通整理しているので、安心して歩くことができます。

田舎の町を離れて3週間以上が経ち、
同じピエモンテでも食生活が違うので、
リゾットがとても恋しくなりました。

このポー通りからも近い、古いレストランで、
バルベーラワインのリゾットを注文しました。
ノヴァーラ風リゾットとは、違いますが、お米を見ると、
私の住む水田地帯を思い出し、嬉しくなります。

赤ワインのリゾットは、昨年、このブログでも紹介した
アマローネのリゾット、そしてバローロのリゾットもあります。

ワイン色に染まったリゾットは、決してワインの味がするわけでなく、
風味がほんのりとして、リゾットは、少し疲れていた胃に優しく感じます。

携帯電話にメッセージが入っていて、お仕事の関係のメッセージとばかり
思っていたら、それは、田舎の町の友人のエリザベータからでした。
"元気?今は、どこですか。忙しいですか。こっそり抜け出して観戦でも
できるの?"と書かれていました。
3月になってから、春の田植えで忙しくなる前に、
ゆっくりとトリノを案内してあげようかなと思いながら、
近くにある市役所の展示会場に向かっていました。

オリンピック期間は、スポーツ競技だけでなく、
文化的な催しものも多いのです。

バルベーラのリゾット

ポー通りから近くのレストラン
Porto di Savona
Piazza Vittorio Veneto 2





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トリノの朝と夜の景色

21022006 1










今朝は、どんよりとした曇り空のトリノでした。
それでも、早朝に宿泊先の部屋の窓から遠くの景色を見ると、
アルプスの雪山に光が反射して輝いています。

今日は、1日トリノ市内で、雪山に早朝から向かった日々を
どこか懐かしく思うようになりました。

遠くのアルプスが見えたのは、この時の一瞬だけで、
この日は、曇り、遠くの景色も見えない1日が過ぎていきました。

夕方、最後の取材を終えてから、
フィギャースケートのショートプログラムをテレビで見るために、
19時半過ぎに宿泊先のホテルに急いで戻りました。

車窓からの夜のトリノの景色は、イルミネーションがとても美しく、
もう、3週間も見ていた景色が、こんなにも美しいと初めて気が付いて
比較的、暖かい空気で、窓を開けて、夜風が気持ちよく感じられました。

21022006 2




















"今日は、寒くないから、窓を開けたわ。"と運転中のフランス人のスタッフに
話しかけたら、

"それは、よかった。"と笑って、運転席の窓を大きく開け、
煙草に火をつけました。

"窓が開いているし、光が綺麗だから、写真を撮るでしょ・・・。
信号でいったん停まるから、その時がチャンスだと思います。"と
一生懸命な日本語で話す声を聞いた時、

いつもの水田のある田舎での生活と大きく離れたところで、
貴重な時間を過ごしているような気持ちがふいに訪れ、
大切なトリノの夜景をずっと見ていました。

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お誕生日だった夜

昨夜、降り続けていた雪がやんで、今日は、曇り空のどんよりとした
トリノでした。

昨日の19日は、ちょうどお誕生日でした。
お昼すぎからの雨が雪に変わった頃、外での仕事を終えてから、
立ち寄った今回のお仕事をさせていただいているテレビ局のお部屋で
ケーキが用意されていました。

いつも外での仕事で室内でないので、顔を知っている人が少なく、
忙しく食事の時間もないような中、そんなケーキを用意してくれていて
ありがたく感じていました。

帰るころになると、一面、雪景色で、ずっと静かに雪は、降り続いていました。

2月19日 トリノ












日曜日は、休んでいるレストランも多く、雪の中、見つけた
暖かい空間を持ったトスカーナ料理のレストランで、
いつも一緒に行動しているメンバー4人でお誕生日会をしました。

全員のメニューのオーダーは、イタリアに住んでいる私がすべてしたのですが、
知らない間に、ろうそくのついたアップルケーキが出てきました。
いつの間に、一体、誰がオーダーしたのだろう・・・。

不思議に思いながら、そのおいしいケーキを食べました。
もっとたくさん、驚いて、お礼を言えばよかった・・・と
1日たった今になって思うのです。

お誕生日のケーキ













オリンピックの開会式で日本の前に入場だったので、
ドイツのコスチュームが印象に残っていたのですが、

その見覚えのある華やかな色合いのジャンパーが目に入りました。
ドイツのチームの人が同じレストランで食事を楽しんでいたようです。

日曜日は、多くのレストランが休みになり、しかも雪の中、
普段なら、誰もいないような夜の日曜日が、
どこかオリンピックのカラフルな色の夜の街に感じました。


トスカーナ料理のレストラン
PONTE VECCHIO
Via San Francesco da Paola 41

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Gianduia(ジャンドゥイア)のジェラート

昼食の休憩時間に外出した私は、カフェでパニーノを買って帰ろうと
思っていました。

たくさんの人がジェラートを買うので並んでいた老舗のカフェの前で
私も、何も考えずに、そのまま並んでいました。

fiorio



















どの種類にしようかしら・・・次第に前の方に進み、ストロベリーか
森の果物の味などと迷っていた時に、前の男性の注文する
"Gianduja(ジャンドゥイア)"という言葉で、
すぐに私もそれにすることにしました。

Gianduja(ジャンドゥイア)は、トリノの代表的なチョコレート
カカオへーゼルナッツのチョコレートで、
トリノのカフェやお菓子屋さんに必ず並んでいます。

その男性は、上にホイップクリームをたっぷり添えていました。
本来は、その方がおいしいかもしれないです。
とても濃厚なチョコレートのジェラートでした。

gelato di fiorioカフェ Fiorio
Via Po 8
創業 1870年


店内奥は、内装も素敵です。
ビュッフェのように
選べるランチは、
とてもおいしそうでした。






私は、今回、仕事中で急いでいたので断念。
次回、トリノにプライベートで来たら、
再び、立ち寄ってみようと思うのです。

 
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街の中の国旗

先日の日曜日に約束の場所の下見に街を歩いていた時の写真です。
ここは、何度かオリンピック前にも訪れていますが、

中心地の裏の通りで、日曜日は、もちろん人通りは、まったくないところが
カメラを片手にトリノの街を散策している人も多いです。

12022006
























ここでトリノ市役所の知り合いの女性と会いました。
日曜日でも、オリンピック終了までは、毎日、働いているそうです。

長い髪の毛がポニーテールにされていて、"この方が毎日、簡単だもの。"と
笑います。"でも、似合うよ。またね"と

オリンピックなので、たくさんの国旗を飾っているのは、中心地だけでなく
私の滞在しているトリノ郊外の工場地帯の工場でも、
各国の国旗を飾っているところもあり、

日本の国旗がないかな・・・と
いつも車の窓から探しているのです。
 
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トリノのショピングセンター

ここは、トリノのリンゴット・ショッピングセンターです。
隣は、ジャーナリストの中継のセンターで、近くに選手村もある地域です。

一緒に仕事をしているフランス人のカメラマンと一緒に、
必要な本を買いにこのショピングセンターに来ていました。

すばやく、このショピングセンター内にあるオリンピックの中継の
スクリーンを見つけると、少しだけ、見たいから、待っていて・・・と

スクリーンは、スピードスケートで、ちょうどフランスの選手でした。
土曜日の夕方は、家族でお買い物を楽しむ人が多く、
オリンピックが始まった華やかなショピングセンターです。

たくさんの子供が集まっていたのは、スノーボードの体験マシーン
4.5歳くらいのとても小さな子供から、高校生、大人までが
順番を待っています。

11022006 1





















ボランティアのユニフォームの人もたくさんこのショピングセンターで
見かけました。定年退職をした年齢の男性たちが特に多く、

コーヒーを飲みに来ている人もいますが、このショピングセンターで
案内やジャーナリストのセンターへの入り口のパスを確認するなどで
働いているようです。


11022006 2ホテルに帰る前にコーヒーでも
飲みましょうと入ったカフェには、
オリンピックのラベルの
ワインがありました。

スポンサーでもある
FONTANAFREDDA社
地元ピエモンテ州のワインです。

何種類かあり、座ったテーブルの近くに
置いてあったのは、
バルベーラ・ダルバでした。



綺麗なオリンピックのラベルなので、この仕事が終わったら
記念に買ってみようと思うのです。
 


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雪の林で

10022006






















開会式の日は、山岳地帯で別のニュースの取材で、
早朝6時にトリノを出発し、車で約2時間かけて、
スキーやジャンプの会場付近にいました。

行く途中に通過する地域は、ピエモンテの中でも
美しい自然の地帯もあります。

トリノに入る前の聖火リレーの時にその場所を訪れていますが、
本当にスーザー渓谷の景色は、美しいです。

前回、1月には、何度も凍っている場所でつるんと滑り、
転んでいたので、今回は、転ばないような靴を履きましたが、

急いでカメラに映らないように咄嗟に、アイス盤の上を
小走りになって、またまた滑ってしまいました。
会場付近の林の中を歩いて移動することになったら、雪が膝下まで
すっぽり埋もれて、靴の中は、すっかり雪だらけに。

住んでいるところからは、スイス国境が近くですが、
ピエモンテのフランス国境付近、ここは、オリンピック後に
ゆっくり訪れてみたいところのひとつです。


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聖火を待つ子供たち

トリノ聖火1




















オリンピックの開会式前は、いつも、とっても忙しいそうで、
この1週間は、睡眠時間がとっても少なくなっています。

トリノ市内だけでなく、山岳地帯にも行っていたので、
毎日がとても早く過ぎていき、開会式ももうすぐです。

街は、あっという間にオリンピックのカラーになって、
次々と工事が遅れていたはずのものが、出来上がり、
どこか華やかで楽しみになってきました。

聖火リレーが、トリノの街に入ってきた頃、
私は、ちょうど前夜祭のプレス用の許可証を受け取りに、
急いでいました。

街の交通が遮断されて、タクシーも見つからず、約2km以上
走っていた私の方が、リレーよりも早かったかもしれません。

碁盤の目のようなトリノの中心街で、突然、多くの人だかりが・・・。
そう、まさに私の目の前に聖火が通り過ぎたのです。

その後、一緒にお仕事しているスタッフとの待ち合わせ場所に
向かう途中、聖火を待つかわいい子供の姿が。

トリノ聖火2






















明日の早朝は、雪の山岳地帯に。あと5時間後には、出発するので、
それまでにゆっくり眠ることにします。

聖火は、思わず、写真に撮りましたが、日本の報道のテレビのニュースで
放送されるので、ここでは、仕事の時間の合間に撮った子供の写真を。

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トリノのネーヴェちゃん

田舎の町をまだ暗い早朝の始発バスで駅に向けて出発し、
列車に乗ると、帰って来るのは、2月の終わりなので、
どこか少し淋しい気持ちもしました。

水田地帯を過ぎ、トリノに列車が向かっていきます。
しばらくすると、辺りが明るくなり、綺麗な飛行機雲も見えました。

03022006 1















何もない田舎の自宅に飾ってあるかわいがっているマスコットの
手をつないでいるネーヴェ(NEVE)ちゃんととグリッツ(GLIZ)ちゃん。

街の混雑した中をかきわけるように歩いていて、ふと振り向くと
トリノの交通量の多い大都会で元気に手を振っていました。

昨年10月には、トリノの街の中心地の通りに出て来ていていました。


03022006 2

















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2月は、トリノからです。

いつも見てくださる方、本当にありがとうございます。
更新が遅れてしまって、ごめんなさい。

明日から2月末までトリノに滞在するので、仕事の合間に
トリノの街の紹介ができればいいなと思っています。

同じピエモンテ州でも、大きな工業都市のトリノです。
オリンピックをきっかけに素敵な観光都市になろうとしています。

3月からは、再び、水田地帯のブログになります。
今月だけ、ピエモンテの都会の様子になります。


neve





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トリノ郊外モンカリエリのレストラン

moncalieri 1

トリノのレストランは、
モダンで新しい内装の
ところもあれば、

古い農具などが
飾られているような

郷土料理が楽しめる
レストランも多いです。

私は、いつものように
ピエモンテの郷土料理と
そんな古い内装の空間が
落ち着き、
大好きでなので、

トリノで探すレストランも
自然とこんな内装のところが
多いです。












写真は、トリノ郊外のモンカリエリMONCALIERI)地区にある
レストランです。

この地区は、トリノの街の中心から少し離れている場所で、静かで
落ち着いていています。

仕事の人たちとのランチタイムで、祝日でトリノの街の中のレストランが
ほとんど閉まっていた時に、訪れたのがモンカリエリ地区です。

ここでは、祝日を街の中から郊外に出て、のんびり食事を楽しむ人々で
いっぱいでした。

そういえば、夏のバカンスの時期に、日本からトリノに休暇を過ごしに来た
同級生のお友達夫婦に案内したいレストランも閉まってたり、
トリノががらんとしてお店が閉まってしまう時期も、この地区は、
比較的開いているレストランが多かったことを思い出しました。

時間がない中、街中にあるレストランよりも、ゆっくりと時間が流れ、
ランチタイムでいつもよりも、時間をとってしまったわけですが、

その後、"RIEさん。お昼のレストランは、近くで簡単に・・・。"という
要望が出て来てしまうのも無理ありません。

"そうですね・・・。時間との戦いですもの。"と思わず、笑いながら、
はりきって、レストランを案内してくれたトリノ在住のイタリア人の
運転手さんに感謝して、その後は、一生懸命でしたよ・・・。

この地区は、夫の仕事関係の人の自宅も近くにあり、時々休日に
来ることもあります。
次回は、ゆっくり家族で、夕食に来てみたいです。

moncalieri 2

モンカリエリにあるレストラン
OSTERIA-PIZZERIA
PONTE VECCHIO
via Garibaldi 16
Borgo Navile
MONCALIERI(TO)
休 水曜夜 土曜昼




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トリノの街の思い出

仕事中だったけれど、ちょっとした合間の時間に撮ったトリノの写真です。

写真に大きな影が見えますが、これは、トリノのシンボルでもある
モーレ・アントネッリアーナLa Mole Antonelliana)のテラスからです。

06012006 from mole
























この建築は、私の住んでいる所から近くの都市であるノヴァーラNOVARA)の
シンボルであるサン・ガウデンツィオ教会Basilica di San Gaudenzio) に
そっくりで、ノヴァーラの方も晴れているかな・・・と思い出すのです。
それもそのはずです。
ノヴァーラの教会は、トリノのモーレの建築家アントネッリANTONELLI)に
よって最終的な設計が行われています。
ノヴァーラの教会は、121m。トリノは、167mの高さです。

祝日の6日は、車も少なく、トリノの街は、静かで、お昼が近づく頃、
街の中に、家族で休日を散策する姿が、目立ち、特に小さな子供に出会います。

この6日は、クリスマス後12日目にあたる救世主の御公現の祝日である
EPIFANIA(エピファニア)なので、前夜に贈り物を届ける老婆によって
(サンタクロースのような存在です。)悪い子には、を、
そして良い子には、お菓子が届けられます。

コーヒーを飲みに入った、BAR(バール)のレジ前には、
真っ黒な炭のように見えるお砂糖菓子が売られていたり、ほうきを持った
魔女のような老婆のお人形なども飾られていました。

epifania

これは、仕事中に偶然見つけた光景です。
良い子だったので、
お菓子がもらえて
とても喜んでいます。

その大切なお菓子を
私たちに分けてくれました。



(お仕事で一緒だった方。仕事中にそんなプライベート写真を
撮ってしまってごめんなさい。)

この祝日の日をもって、クリスマスシーズンが終わります。
トリノから自宅に戻った7日の夕方、部屋に掛けていた
クリスマスの飾りがそっとはずされて、タンスの上に置かれていました。

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ノヴァーラ(NOVARA)で

16dec2005 novara1

今日は、税金など各種手続きで、
バスで30分。
ノヴァーラ(NOVARA)の都市まで
出てきました。










16dec2005 novara2

クリスマスも近いですが、
思っていたよりも、
人通りも少なく静かです。

帰りのバスの待ち時間まで、
クリスマスのプレゼント用に
飾られたお店の
ショーウィンドーを
楽しく見ながら、
歩いていました。


町の中心の小さな教会の前を通り過ぎると、白い屋根のテントがあり、
クリスマス・マーケットにしたら、あまりにも質素だと思い、
中に入ってみました。

テント内は、無国籍な商品がたくさん並べられていて、アジア、アフリカ、
南米などの民芸品などで、案内の看板を見ると、ここでの収益は、
第三世界の貧しい子供たちのために使われる、クリスマスまでの期間
開かれているマーケットです。

mercatino


どんなものを
売っているのだろうと
しばらく眺めていると、

見覚えのあるような
デザインの小物入れを
見つけました。






ヴェネツィアで移民としての職業安定所で紹介された学校で
ネパール、ウクライナ、ボスニアなどから来た移民の人と一緒に
自立に向けて勉強と仕事を得るための場所に入っていた時期のこと。

ヴェネツィアのゲットーにあるカフェでお茶をしようと入った時、
"いいよ。RIEにごちそうしてあげる。"と
中東の国から移民として来た友人が
取り出したお財布にそっくりだったのです。

後に、彼らと比べて、日本人である私は、日系企業もあるために
あまりにも恵まれて道が開けていったわけですが、

いつも心配して電話をくれたアフリカ人の移民コーディネーターの先生や
当時のことをこの白いテントの中で思い出していました。

ヨーロッパで暮らすと、こういった国々が海を越えた遠い異国ではなく
身近に感じるものです。



第三世界のための助け合いのマーケット
Mercatino della solidarieta′12月24日まで
9:30−19:30  24日12:30で終了

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イタリア国鉄

FS(Ferrovie dello Stato) イタリア国有鉄道は、いつも遅れてしまうと
列車に乗る機会の多い私は、ため息をついてしまうことも多かったです。

今回、19時近くまで授業でローマにいて、
翌日の朝8時半には、トリノで仕事がある私にとって、
深夜急行で翌朝トリノに到着する方法もありましたが、
夜中過ぎに、一度、ピエモンテ州の自宅に戻り
きちんと準備して仕事に行くことにしました。

この場合には、たった1つのルートしかなくて、
最終のユーロスターである19時半ローマ発ミラノ行き
そしてミラノからトリノ行きに乗り換えます。

ミラノに24時5分に到着後、トリノ行きは、24時18分に出発、
これを逃してしまうと早朝までトリノ行きは、ありません。

ローマから乗った私の周囲は、停車駅のフィレンツェボローニャ
通過するたびに、入れ替わり、ミラノに到着するまでには、
車内には、空席が目立ちました。

ボローニャを過ぎた頃、食堂車でサンドイッチを食べて、席に戻ろうと
通路を歩いている時、列車がミラノに約10分遅れて到着予定であると
アナウンスが流れ、急に落ち着かなくなります。

15分に到着した後、果たしてトリノ行きの遠く離れたホームまで行き、
18分に乗れるのであろうか・・・。

ミラノが近づく頃、24時25分、ミラノ到着というアナウンスに変わり、
困った私は、3号車にある列車内の乗客アシスタントに向かいます。

"困っています。今夜トリノ行きに乗り継げないので、どうにかいい方法を
教えてください。深夜のミラノ駅で、そういうお客さんのための
控え室は、ありますか・・・。"

若い女性の車掌さんは、笑顔で
"問題ないですよ。トリノ行きは、これに伴い、遅れて出発させます。"

隣にいた男性の車掌さんは、

"先頭車両である一等車の、空いてるところなら、降りてすぐに
トリノ行きホームに行くことができるので安心して座っていなさい。"
と私の荷物を持ち、席に案内してくれました。

到着10分前に、次々と乗り継ぎ列車の予定出発時刻とホーム番号が
アナウンスで流れます。

乗り継ぎを可能にするために、約4本の他の列車まで
遅らせて出発させていくことになります。

イタリア国鉄が遅れてしまう理由の中には、故障や天候などだけでなく、
こんな操作もあることに気がつきました。

待っていたトリノ行きのドアの前で、これで、明日、無事にトリノに
行くことができると安心してその場で立ちすくんでしまいました。

fs












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マルペンサ空港で

朝、ミラノ駅に向かいました。
今回の出張で一緒だった日本からのお客さんのお見送りをするためです。

待ち合わせの時間の3時間前にミラノに行き、散策していました。
私の住む田舎町と大きく違う駅前のビルを見ていました。

milano 261005

住んでいる町には、すべて建物は、
1階建てしかないので
(これは、日本で2階建てになります)

イタリアのビルの景色は、
私には、とても新鮮です。





せっかく来たのだからと朝食もこのミラノのBARで過ごしてみました。

ミラノ市内からマルペンサ空港まで、約40分。
1週間以上前の到着日の時は、約1時間弱かかってしまいました。
"到着したばかりの頃が、懐かしい"と車内で話していました。

ミラノ マルペンサ空港は、ミラノ市街に向かうよりも
私の住むピエモンテ州の田舎の町の方がずっと近くになります。

空港内には、来年2月のトリノオリンピックの看板もあり、
マルペンサ空港は、ミラノだけでなく、ピエモンテ州への入り口です。

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休日に、何度か、この近くにある川、湖などよく来ることもあり、
その景色は、ミラノの玄関というよりも、私の町の自然がいっぱい
感じられるところで、空港が近づくに連れて、

また日本の関係のお仕事をする日まで、自分の住んでいる田舎や
近所の人々とのいつもの暮らしに戻っていくのだと思っていました。

日本から来て、将来、イタリア料理教室を開いてみたいという女性は、
ローマからフィレンツェまでのユーロスターからの景色で通過した
ORVIETO(オルヴィエート)の街のワイン畑をずっとビデオで撮り、
そして各都市でワインやお料理について、私が話すことを
この1週間、詳細にメモしていました。

次回は、こんな小さなかわいい街で、お料理修行に来ると将来の目標を
語ってくれて、今回の仕事をしていて、これは、最も
嬉しいことのひとつです。

彼女から、空港で別れる寸前に、大きなカバンから、
何か取り出し、手渡されたもの。それは、オルヴィエートのワインでした。

その後、空港にあるレストランでひとり食事をして、
離発着の飛行機を眺めていました。

出発直前に最後受け取った 日本からのふたりにとって
イタリアの思い出がいっぱいである大切なワイン。

改めて、袋から取り出してみました。

ちょうど見送ったふたりの乗った飛行機が、日本に向けて出発した頃に
私も空港レストランの席を立ち、ピエモンテの田舎の家に帰ることにしました。

プレゼント

ORVIETO CLASSICO SUPERIORE 2004
(オルヴィエート クラッシコ スーぺりオーレ)

DOC
使用されているブドウの品種
PROCANICO, GRECHETTO, VERDELLO
そしてCHARDONNAY 
アルコール度数12%

MARCHESI ANTINORI
― CASTELLO DELLA SALA 









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