2010年08月18日
赤穂 1
暑すぎますね・・・
まさに猛暑です・・・
なので、ゆっくりしにお盆の最終日の16日に行ってきました。
一応、最終日だったのですが、念のために早めに出発
下りは混んでいませんでしたが、上りは朝から渋滞していました・・・
(すごく長かったです・・・
)
渋滞もなかったので、2時間くらいで赤穂に到着しました。
でも、まだ朝の8時30分なのでどこも開いているところもなく、道の駅でトイレ休憩。

「白龍城」で「ペーロン」と読むそうです。
地物野菜を置いていました。
(開店はしていませんでしたが・・・)
今回は無計画なので、ここで地図をみて「赤穂城跡を見に行って、その後に塩を作りに行こう」ということになり、まず赤穂城跡へ

赤穂市立歴史博物館の横の駐車場に停めました。
なんと、無料!!
旅行に行くと、無料駐車場が多くて助かります。
朝早く行ったので、人も少なくてのんびり散策。
でも、この日も暑くて汗だくで散策しました。

赤穂城跡の門です。

門を抜けると間取りが書かれた石が配置されています。

天守台からみた赤穂城跡です。

やはり赤穂といえば・・・
大石内蔵助ですよね。
大石内蔵助が祀られている大石神社に行きました。

あの森蘭丸も祀られているそうです。

最後に赤穂市立歴史博物館に行きました。
1階は塩の解説などで「あまりおもしろくないな・・・」(ごめんなさい
)と思っていましたが、1階の一室に「修理中、ご自由にご見学ください」と書かれた紙が・・・
だって普通は「修理中・・・」の後は「御遠慮ください」じゃないですか?予想外だったので、何回か紙を読み返しました。
恐る恐る入っていくと、土で造られたような人形(?)が沢山あって、やさしそうなおじいさまが気さくに声をかけてくださいました。
そのかたが人形の修理をしている方でした。
その人形は「忠臣蔵」にでてくる47義士でした。
木でつくられていて、沢山修理が必要な状態だったので、ボランティアで修理をしておられるそうです。
その人形がいつかどこかで展示されるかもしれませんね。
2階に上がると、忠臣蔵などが中心に展示されていました。
「おもしろい」と思ったのが「仮名手本忠臣蔵」です。
幕府はフィクションを演劇などで上映することを禁止していたために、大石内蔵助の事件は「仮名手本忠臣蔵」という名前で上映されていました。
「仮名手本」というのは「ひらがなの本」で47文字→47義士
「忠臣蔵」が蔵なので→大石内蔵助
というふうに少し変えればわかるようにしていたそうです。
「なるほど・・・」と思ったところで次の場所へ
まさに猛暑です・・・

なので、ゆっくりしにお盆の最終日の16日に行ってきました。
一応、最終日だったのですが、念のために早めに出発

下りは混んでいませんでしたが、上りは朝から渋滞していました・・・
(すごく長かったです・・・
)渋滞もなかったので、2時間くらいで赤穂に到着しました。
でも、まだ朝の8時30分なのでどこも開いているところもなく、道の駅でトイレ休憩。

「白龍城」で「ペーロン」と読むそうです。
地物野菜を置いていました。
(開店はしていませんでしたが・・・)
今回は無計画なので、ここで地図をみて「赤穂城跡を見に行って、その後に塩を作りに行こう」ということになり、まず赤穂城跡へ


赤穂市立歴史博物館の横の駐車場に停めました。
なんと、無料!!
旅行に行くと、無料駐車場が多くて助かります。

朝早く行ったので、人も少なくてのんびり散策。
でも、この日も暑くて汗だくで散策しました。


赤穂城跡の門です。

門を抜けると間取りが書かれた石が配置されています。

天守台からみた赤穂城跡です。

やはり赤穂といえば・・・
大石内蔵助ですよね。
大石内蔵助が祀られている大石神社に行きました。

あの森蘭丸も祀られているそうです。

最後に赤穂市立歴史博物館に行きました。
1階は塩の解説などで「あまりおもしろくないな・・・」(ごめんなさい
)と思っていましたが、1階の一室に「修理中、ご自由にご見学ください」と書かれた紙が・・・
だって普通は「修理中・・・」の後は「御遠慮ください」じゃないですか?予想外だったので、何回か紙を読み返しました。

恐る恐る入っていくと、土で造られたような人形(?)が沢山あって、やさしそうなおじいさまが気さくに声をかけてくださいました。
そのかたが人形の修理をしている方でした。
その人形は「忠臣蔵」にでてくる47義士でした。
木でつくられていて、沢山修理が必要な状態だったので、ボランティアで修理をしておられるそうです。
その人形がいつかどこかで展示されるかもしれませんね。
2階に上がると、忠臣蔵などが中心に展示されていました。
「おもしろい」と思ったのが「仮名手本忠臣蔵」です。
幕府はフィクションを演劇などで上映することを禁止していたために、大石内蔵助の事件は「仮名手本忠臣蔵」という名前で上映されていました。
「仮名手本」というのは「ひらがなの本」で47文字→47義士
「忠臣蔵」が蔵なので→大石内蔵助
というふうに少し変えればわかるようにしていたそうです。
「なるほど・・・」と思ったところで次の場所へ
