2011年03月13日

地震に遭われているすべての人が無事でありますように・・・

原子炉までが爆発かも?本当に非常事態です。

この災害はいったい私たちに何を教えているんでしょうか?
何が不満なのでしょうか?
いくら考えて答えが出ません。

今の政治の混乱に対して怒っているのでしょうか?
それとも、国民みんなが政治の責任や他力本願になっているので
自己責任やで、この地震でみんなが心を一体して、この困難を
乗り越えなさいと戒めているんでしょうか?

大宇宙は、大自然は、このような大地震を起こして
何を私たち人間に教えるのでしょうか?
あなたは、どのように思いますか?

あなたの意見を教えてください。

さて、去る3月6日にある有名な高校野球の監督が
亡くなりました。
それは、あの球史に残る1979年甲子園での名勝負を演出
した、箕島高校前監督、尾藤公さんです。

皮肉にも私と同じ膀胱(ぼうこう)移行上皮がんだったのです。

ネットで尾藤監督が死亡の知らせを見て、感極まって
涙が溢れてきました。
年齢は忘れていたのですがまだ、68才とのことです。

まだまだ若いです。

尾藤さんと聞けば、1979年夏には星稜高(石川)と球史に残る延長18回の激闘を演じたあの名監督です。
選手が守りからベンチへ帰ってくるときベンチで浮かべる「尾藤スマイル」は、私だけでなく、全国のファンに強い印象を与えた名将だったに違いありません。

その79年夏の試合は、箕島−星稜の延長18回 箕島・石井、星稜・堅田の投げ合いは1−1で延長戦へ。12回に星稜が1点勝ち越しも、その裏2死無走者から嶋田宗が左越え同点ソロ。16回に再び星稜が勝ち越して箕島の攻撃は簡単に2死。森川は初球を一塁ファウルゾーンへ打ち上げ試合終了と思われたが、一塁手の加藤が人工芝と土の境目に足を取られて転倒して捕球できず。森川は直後に左越え同点ソロを放った。最後は18回裏1死一、二塁から上野の適時打で決着。勝ち上がった箕島は史上3校目の春夏連覇を達成した。(スポニチ)

このころ私はまだ、22才でJAへ勤めていた頃です。
夕方延長戦に入っていることは知っていました。

結果も知らず帰宅したのです。
そうしたらまだ戦っていたのです。
忘れもしません。12回裏に島田宗彦(プロ野球阪神へ入団)
が奇跡的な同点ホームランです。

さらに、延長16回に1点勝ち越され簡単に2アウトです。
森川選手(私と同じ名前)1塁ファールフライです。
試合終了・・・と思った瞬間、なんと1塁手が足をとられ
こけてしまってファールになってしまったのです。

森川選手は胸のユニホームを握り祈りを捧げ
再びバッターボックスへ入ったのです。

こらがまた奇跡です。
ホームランを打ってしまったのです。
これだ、またまた同点です。

そして、延長18回裏にさよなら勝ちしたのです。

感動、感動の連続でした。
選手がエラーしたりピンチになったら
常に笑顔で迎えたのが尾藤監督だったのです。

神様が尾藤監督に勝ちをプレゼントしたのです。

このような奇跡を起こせる人は、いったいどのような
精神で、考え方で、どのような行いをしているのでしょう?
きっと神様が喜ぶようなことをしてきているから
こそ、奇跡の勝利を呼び込むのではないでしょうか?

と私は思うのです。

奇跡を呼び込む人の行動とは
いったいどんなことなのかは、
次回森川流でお話しします。

いつもありがとうございます。

感謝

森川











aisuruhome at 17:56│Comments(0)TrackBack(0)

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