2006年08月17日

ロサンゼルスでアメリカ人と働く公認会計士の日記−最終回

6f9438fd.jpg昨日は最終日だった。オフィスに行き、パートナーの斉藤さん及び人事マネージャーと会い、Exit Interviewを受けた。斉藤さんにはPacific Dining Car(ZAGATのスコアは23)へ連れて行ってもらい、ステーキを食べた。うまかったし、斉藤さんの話も面白い。人事マネージャーのインタビューは形だけで、中身は何もなかった。私が一年目にエンゲージメントによっては下っ端の仕事をさせられたり、去年同じプログラムで来た人間が日程上あまり配慮してもらえていなかったことに触れ、改善点がないかを考えてくれと言った。しかし、勿論私の話を聞くような人事ではない。

Exit Interviewはやめていく人間はみんな受けることになっていて、そこで上がった声を吸い上げて、事務所を改善していくのだそうだ。斉藤さんによるとうちの事務所を辞めていく人間の理由で多いのは、1)ハードワークに対する事務所の感謝が感じられない、2)パートナーを見ていると事務所に残ることに魅力を感じられない、の二つなのだそうである。確かに、頑張って働いてパートナーになっても、楽が出来るわけではなく、厳しいノルマで馬車馬のように働き続けるのである。アメリカのパートナーの評価は売上と利益を上げられているかどうか。高品質の監査なんざ二の次である。確かに夢がない。私が新人だった頃の日本のパートナーは楽をしているように見えたけど、それも変わってきていて、かなりアメリカナイズされてきていると思う。正直言って、私もパートナーになることに魅力を感じないもんな。

夜は日本人チームの数名で送別会があった。うちから歩いて10分ほどのモールにあるすし屋の三浦。以前、前を通って、「こんな所にある寿司屋なんてバッタモンに違いない」と思った店だ。しかし、食べてみたらこれがうまかった。日本酒も渋めの品揃えで、獺祭と〆張鶴の純をいただく。新鮮な魚と日本酒。あー、何て素晴らしいのだろう。車を運転しなくていい所という配慮でうちの近くでやってもらったのだ。かなりのハイペースで酒を飲み、二軒目の寛の途中から記憶が飛んでしまった。妻が車で迎えに来たのが1時過ぎだったと言う。当然のように今日はものすごい二日酔いで、せっかく休みが始まったのに、布団の上で、「うー」と呻き、ウトウトしている間に一日が終わってしまった。

終わってしまえば二年間はあっという間だった。ちょうど二年前の今頃、英語学校から帰ってきたら斉藤さんから電話がかかって来た。昨日斉藤さんに念のため確認したら、やはり人事サイドは当初英語があまりうまくない私の受け入れに消極的で、「日本人チームで少し面倒を見てくれ」というようなことを言ってきたのだそうである。しかし、私がアメリカに来た目的はアメリカ人と仕事をすることでアメリカの監査やGAAPを学ぶ、ということであった。そのような経験を通じて、将来事務所を担う人材を育成する、とプログラムの目的には書いてあった。しかし、LAオフィスのHRは「そんなことは知ったこっちゃない」という態度だったのである。

斉藤さんは気を使ってくれて、最初は日本人のチームにも少し行って、慣れた所で段々とUSのエンゲージメントを増やしていけばいい、と言ってくれた。最初からバリバリとUSエンゲージメントでやれれば言うことはないが、でも、まー仕方がない。2年前はアメリカでSOX法に基づいて、内部統制の監査が始まった年で、その関係の仕事が山ほどあった。1年目に行っていたM社ではその関係の仕事をやっていた。けっこう下っ端仕事などもさせられた。斉藤さんと話したとおり、日本のエンゲージメントにも顔を出し、シニアの仕事をやったりもした。勿論、そう行った状況には不満があった。USエンゲージメントで中心メンバーとなって仕事をしたい。

うまい具合に去年の5月にI社のエンゲージメントに入り、それ位から仕事が軌道に乗るようになってきた。遠慮をしていては駄目だ、と思い、HRや知り合いのパートナーに色々と話をしたのが良かったのかもしれない。一年経って、アメリカの仕事に慣れてきた、ということもあるかもしれない。マネージャーへ昇進してから帰国しよう、と決めたこともプラスに働いただろう。今年のI社の決算ではかなり自信をもって仕事に取り組んだ。スタッフを掌握し、半分マネージャーのような仕事もやった。今ではアメリカ流の仕事のやり方を自分なりに消化できたし、英語のハンデがあったとしても、監査でアメリカ人に負けることはない、と自信を持って言える。今年のレーティングは1で、つまりトップクラスだったと聞いた。斉藤さんに言わせれば、マネージャに昇進する中でもそのレートを取れるのは何人もいないのだそうである。マネージャーへの昇進自体は複雑な心境で受け止めた部分もあるが(俺は日本ではマネージャーだったし)、でも、昇進できないで帰るよりは100倍ましである。色々あったけど、終わってみれば、この2年間は私にとって大変有意義なものだった。

このブログを書き始めたのは去年の10月。昨日までで281回投稿した。読者は最後まであまり増えなかったけど、その最大の問題点は、書いていることが全て私の思いつきで、一貫性がないことにあったからだと思う。それでも、好意的なコメントをくれた人がいたのは嬉しかった。会計士受験生さん、Mistyさん、コメントありがとう。

といことで、これでこのブログもおしまいです。最後位は、みんな「素晴らしいブログだった」「終わるのが残念だ」というコメントを残してください。

それではまた。

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2006年08月15日

命日

a4ddd7fb.jpg今日は父の命日だ。時差の関係でアメリカでは8/14だが、日本の8/15が父の命日になる。気遣いが身上のような父だったが、逝った日はよりにもよって、お盆のど真ん中だった。父の出身の萩市の菩提寺に紹介してもらったお寺は家から一時間もする所にある。繁忙期のお坊さんに一時間かけて来てもらって、読経してもらうわけにもいかない。そのため、一周忌は先週の日曜日に済ませた。いずれにしても、アメリカにいる私は参加できない。家に電話をしたら、母が思ったより元気だったのでホッとした。一年経って、色々思い出して泣いたりしていないかと心配していたからだ。

命日くらいは酒を飲まない方がいいのか、一杯飲りながら故人を偲ぶのがいいのか、よく分からなかったが、自分に都合の良い後者を選択し、ハイペースで飲んでいるのである。


aitaro1027 at 13:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2006年08月14日

銀行

f8f4b461.jpgこの週末は本を読んでいる間に終わってしまった。偶然だが、読んだ本のうち4冊は銀行関係の本だった。古本屋で買った本なので、いずれの本も2003年頃のことまでしかフォローされていない。それでも、80年代、バブル時の状況から、金融ビッグバン後の大合併時代のバックグラウンドが少しばかり分かりなかなか面白かった。私がアメリカに来ている間に、三菱東京UFJ銀行なんてものが出来たらしいけど、銀行の合併があまりにも多くて、何が何だかよく分からない。

私が卒業した大学は元々が商科系だったこともあって、同級生で銀行に行った人間が多かった。割合はよく分からないが、2-3割位は証券会社なども含めた金融系に行ったのではないかという気がする。私自身は、銀行員だった父親に就職に際して相談をしたところ、「銀行だけは止めろ」と言われた。「お前には向いていない」

父親に言われるまでもなく、私も金融関係だけは行く気がなかった。周りに銀行に行く人間が多かったので、へそ曲りの私はまずその線を除いた。しかも、当時の私は「具体的の物を造っている会社でないと駄目だ」という考えを何となく持っていた。形のあるものではないとイメージがわかないと思っていたし、デービット・ハルバースタムが書いた「覇者の驕り」(日米の自動車史を日産とフォードを軸に書いた86年の著作)などを読み、「うんうん、やはりこれだ」などと頷いてていたのである。そんな私も、今では何も物を作り出さない会計事務所に働いているし、具体的な物を造らなければいけない、とまでは思っていない。しかし、大学生の時、就職活動をした時はメーカー以外は眼中になかった。

ちなみに、私の妻はとある都銀下位行で総合職を何年かやっていた。年に何人か採用されない女性総合職、しかも就職が非常に厳しい時期に採用されたのだからたいしたものである。しかし、やらされた仕事はひどいものだったし、毎日10時、11時まで残業をしていた。しかも、息とつく間もない程仕事をやっていた。私の妻は比較的我慢強い方だと思うけど、一頃はさすがにボロボロになっていた。

妻から銀行の感じを聞いた私は自分よりたいして仕事ができそうでもないし(と妻は言っていた。但し、妻は私と働いたことはないから真偽の程は不明である)、それ程たいした事をやっているようにも思われない人間達が私よりも高給を持らっていることに悔しさを覚えた。監査法人に勤める公認会計士の給料は世間的に見て決して少なくはないけど、私のような転職組では未だに都銀上位行の同年代の人間の給料に勝てない。最近は銀行員の給料も下がってきたのだろうか?

大学の頃の友人の一人は、あの日本興業銀行に就職した。その男とは親しかったこともあって、年に一度か二度は会っていたけど、段々と言葉の端々に興銀マンらしい不遜さが漂ってくるようになっていった。一度、彼が使っていた銀座の店に行った時も、案内人の仲居さんに予約の有無を聞かれて、「興銀の○○です」と言ったその言い方があまりに偉そうで驚いた。口には出さなかったが、別に「興銀」と言わなくてもいいじゃないか、そりゃステイタスだし、店には大事にされるかもしれないけどさ、と思ったものである。頭も良かったし、元々は真っ当な男だったが、エリート意識の強い世界に身を置いて、ちょっとおかしくなってしまったのかな、という印象を受けた。彼は興銀が合併をしてみずほが設立された段階で銀行を退職して、出身の関西に帰って行った。

アメリカのクライアント(大企業)を監査すると、日本の企業に比べて銀行からの借入に依存する割合が低いことに気付かされる。所謂直接金融、間接金融の違いである。銀行も金を貸すことによってではなく、投資業務の手数料収入で儲けている。このようなことは本で読んで分かっていたけど、監査をして会社の決算書を見ると、実際その通りになっている。うちの父親は下っ端の銀行員として、支店で預金集めに精を出していたものである。集められた預金は資金需要のある企業へと貸し出されていき、金利差を利益とする商売を日本の銀行は何十年とやってきた。このような構図も少しずつ変わっていくのだろうし、少しは変わらないと駄目だろう。

aitaro1027 at 13:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2006年08月12日

クライアント最終日

cd8b8de6.jpg今日はI社での最後の日だった。私にとってはアメリカでクライアントに行く最後の日だったわけでもある。4時過ぎくらいになって、内部監査室のDirector及びマネージャーの部屋に行き挨拶。その後、多分一番アメリカで一緒に仕事をした会社の人間であるグレースに挨拶。彼女とはお互い認め合うような良い関係が出来た、と思う(多分)。最後はハグをして分かれた。

夜は、マコーミック&シュミットでハッピーアワー。私は家に帰って家族を連れて行った。そうすれば、妻が車を運転するので酒を飲めるからだ。I社監査チームのメンバーが集まり、違うテーブルにはマネージャーのディンなど会社の人も何人か来て、酒を飲んだ。妻は私のチームの女の子達が皆若くて可愛いのに、びっくりしていた。確かに、日本にこの子達が行ったら、どう考えてもチヤホヤされるだろう。

I社のチームメンバーからメッセージ・カードをもらった。カレンは個人的にカードをくれた。このチームで二年働き、一応の信頼関係も出来ただろうか。

ジュンとサンディプに一気飲みを二回強要されて、少しだけ酔った。帰りの車では「これで仕事も終わりか」と思い、感慨深かった。

aitaro1027 at 13:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 仕事 

2006年08月11日

Hollywood Bowl で野外コンサート

dd686a96.jpg今日は仕事を終えた後、ハリウッド・ボールへ行き、クラッシックの野外コンサートを聴いてきた。クライアント2人と同僚2人の5人。行く車の中でビール、ワインなどをご機嫌に飲み、夕暮れ時のダウンタウンを右に見ながら、110、101を北へ。8時の開演15分程前へ到着。

ハリウッド・ボールは言ってみれば、LAの夏の風物詩。一流のパフォーマーが、野外コンサート会場で演奏をするのだ。座席も、相撲の升席のようになっていて、客は仕切られた空間の中にある椅子とテーブルに座る。そこで、開演まで持ち込んだものを飲んだり食ったりし、演奏が始まる直前にテーブルを片付ける。演奏中もワインなどを飲むのは(多分)問題ない。客の8-9割は白人。曲がクラッシックだったこともあって、年寄りが多いように思われた。

但し、日本で抱くクラッシクの堅苦しさはあまりない。当然のように私は飲みながら音楽鑑賞をする。会社の人は「音響が良い」と驚いていた。確かに野外コンサートなのに、まるで室内で聴いているかのような良質の音である。

曲目はムソグルスキーのプレリュード、ラフマニノフのラプソディ、チャイコフスキーの4番。

とにかく雰囲気の良さを満喫した。帰国の直前にハリウッド・ボールを経験できたのはラッキーだった。これを経験するのと、しないのとではLAの印象がだいぶ変わると思う。

aitaro1027 at 17:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ロサンゼルス生活 

2006年08月10日

Club 33

c6663d81.jpg今日は家族でDisneylandとDisney California Adventureに行って来た。Club 33で催される昼食に参加する為だ。

Club 33はDisneylandの中に会員制のクラブで、Disneylandの中で唯一酒を供するレストランがある。その存在は一般の客にはよく分からないようになっている。レストランが幾つか並ぶ通りにドアと33と表示したプレートがあるだけである。予約をしている客はドアの横にある呼び鈴を押し、インターホンに予約名を告げるとロックされたドアが開き、中に入れる。Club 33は会員になりさえすれば、利用できるが、会員になるには数年Waiting Listに載せられて待つ必要があるとも、1万ドルの前金が必要だとも言われている。但し、その真偽の程は不明である。

私が勤める会計事務所はClub 33の法人会員なので、従業員は誰でも事務所の担当者を通して予約を入れることができる。日本から旅行で来る人間が利用できるチャンスはあまりないだろが、うちの事務所の人間が誰でも利用できるのであればそれ程たいしたものでもない、とも言える。

今日は事務所の集まりがあって行ったわけだが、期待の割には食事の内容自体はそれ程のものでもなかった。ステーキはあまりうまくなかったし、バフェの前菜も普通、ワインもあまり美味しくなかった。30人弱の団体にオーダーを取る人間が一人。飲み物のオーダーを取り始めてから実際に来るまで30分以上を要した。しかも、このおばさんがもったいぶる割にはサービスのことを全く分かっていないんだ。そういう人間に会うと私は途端に不機嫌になって(しかも、ビールが全然来ないし)、しゃべり方も無愛想かつ横柄になる。秘密クラブを覗けたのは良かったとして、食事はサービスも含めて値段に全く見合わない。

遊園地は夏休みだったということもあって、けっこう混んでいた。それでも、東京Disneylandに比べればましだし、帰国前にもう一回来たいという気持ちもあったので両方の遊園地を回れたので良かった。今日は日差しが強かったので、今は目が痒い。

aitaro1027 at 13:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0) レクレーション 

2006年08月09日

歩きながら考える

332c7cb5.jpg今日の昼、ジョディはPartner Who Caresと、ジョンはCounselorと昼食を食べると言って出て行ってしまった。残ったのは私とカレン。私は弁当を持ってきていると伝えると、カレンは外で食べると言って出て行った。

部屋に一人残されたので、「よし」と言って、おもむろに地下一階の駐車場に行き、車に乗せているスニーカーに履き替える。これで、昼食前に会社の周りを一人歩き回るのである。

私は日本にいた頃から歩くのが好きで、東京駅から霞ヶ関位だったら電車を使わずに簡単に歩いていた。勿論、山手線の2-3駅位だったら、余裕で歩く。アメリカに来て車の生活になり、すっかり歩くことが減った。そのせいか、体重も増えてきた。このままではいかん、ということで、この2-3ヶ月、昼休みの昼食前に隙を見ては会社の周りをうろうろ歩き回っているのである。しかし、「その辺を歩き回っている」というと変な目で見られるのがオチだし、説明するのも面倒だから、スタッフにはそのことは黙っている。外に食事に行こう、と誘われると「いや、ちょっと仕事が遅れ気味だから」などと昼休みも仕事をやっているようなフリをしつつ、皆がいなくなった途端にダッシュで地下に向かう、という寸法である。だいたい30分位歩き回り、皆が帰ってくる前には部屋に戻り弁当も食い終わっている。

会社のすぐ傍は歩いていて楽しい所ではない。目の前は製油所だし、反対側は小さい工場街である。しかし、そのエリアを抜けてしまうとその先は住宅街だ。いかにもアメリカの昔からの住宅街らしく、一軒一軒の敷地が広い家が並んでいる。どの家も道路に面して芝生を敷き詰めた庭があり、家によってはきれいに花を植えている。平屋が多く、大体別棟のガレージをもある。正面から見る分にはそれ程大きな家には見えないが、奥行きがけっこうあって、床面積はかなりありそうである。

受ける印象は、日本の家と全く異なる。大きさも違うし、家の造りの立派さも違う。歩いているとあちこちで立替えの工事をやっているし、新しい家が増えてきているが、それでもは築30年とか40年とか経っている家が多そうである。湿度が低い気候も関係しているが、元来作りが堅牢なので何十年も持つのだろう。日本では中古の家は殆どゼロ評価になると言われているし、家を買うということはイコール新築の家を買うということである。しかし、LAの辺りで若い人が家を買うとなったら普通は中古の家のことを言う。それが可能なのは家の造りが日本のようにぺらぺらではないからだ。土地が日本ほど高くないから上物に十分金をかけられるのか。それとも、日本の木造建築がいけないのか。

アメリカの住宅街を見ていると東京で家を買うということが全く馬鹿げたことのように思われて来る。アメリカ、事にカリフォルニアではここ数年急激に不動産の価格が上昇し、3-4年で倍になってしまったような所もある。そのため、住宅価格も急騰し、うちの近所ですら、標準的な土地付の家を購入しようとしたら、$500,000とか$600,000位は払わなければいけなくなった。日本円で、6-7千万円だから、これでは東京の住宅事情とあまり変わらない。ただ、仮に一戸当りの単価がそれ程変わらなくなっているとしても、その中身が異なる。芝生のある庭、最低100屬呂△觀坪が当たり前なのである。東京の庭無し3階建ての家はアメリカ人からしたら、殆ど冗談としか思えないのではないだろうか。

そういえば、全然関係ない話だが、この間宮崎のシーガイアのことがジョークにされていることを知った。同僚のアメリカ人が見せてくれたメールを見ると、「これがハイテク日本、建物の中に海を作ってしまうのだ」というようなタイトルでシーガイアの写真が添付されている。「これは本当のことなのか?」と聞かれたのである。「どう思う?」と聞き返したら、「多分ジョークだと思うけど、もしかしたら本当のことかもしれないと思って・・・」と言われた。「これは事実だ」と言ったら、かなりびっくりされた。そして、「何で、建物の中に海を作らなければ行けないんだ?」と至極最もな指摘をされた。

話がそれてしまったが、昼の散歩の話。昼に時間を見つけて歩き回っているのは、「少しは運動」という目的以外に、歩きながら様々な考え事をするためでもある。人間座ってうーん、とうなっているよりも、体を動かしている時の方が色々といいアイデアが浮かぶようである。

仕事のことを考えていることもあるし、今週末はどこに遊びに行こうかと考えていることもある。ブログのネタを考えていることもあれば、「日本に帰ったらやっぱり家を買おうかな」、などと考えることもある。とにかくありとあらゆることを考える。最近はせっかくいいことを思いついても忘れることがあるから、手帳を持ち歩いて思いついたアイデアは手帳に書きとめるようにしている。けっこう色々なアイデアが出て、仕事の突破口を思いついたり、諸事の意思決定をしてしまうこともある。

道沿いには木が生えていて、木陰があるものの、日差しの強いLAの昼間は暑い。30分も歩けば、けっこう汗をかく。部屋に戻ると冷たい水をコップにごくごくと2杯飲む。そして、ちょっと心臓を落ち着けてから昼食を食べる。ただ歩くだけでも、体を動かした方が、昼食もおいしく食べれるようである。


aitaro1027 at 14:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ロサンゼルス生活 

2006年08月08日

このブログ

c7727538.bmp今日は仕事の後Encinoの寿司屋で同僚及びクライアント一人と夕食。8時に合流して、11時くらいまで。寿司は大変美味しかった。これはいくらするんだろう、と少し心配になる。例によって、車の運転があるので酒を飲めないのが痛い。私以外の3人は軽快に飲んでいたが、私は酔った時の自分に全く自信を持てないので、ビール1杯以上は飲まない。

ちなみに、今日の食事中に同僚に実はこのブログを半年前から読んでいると言われた。先週の金曜日も同じオフィスの日本人に「もしかしてブログを書いてませんか?」と聞かれたし、小山さんにも3ヶ月くらい前に「ブログ書いてるでしょ?」とばれた。「どうやってこのブログの存在を知ったのか」と聞くと、ネットで検索していたら偶然ヒットしたと言うのである。何を検索していたらこのブログに行き着くのであろうか?

更に、今日日本の先輩から連絡があり、これまた「ブログを読んでいる」と言われた。最近少しだけアクセス数が増えてきて、今日のアクセス数は55。たいしたことはないと言えばたいしたことはないけど、最初の10件位の時からは少しは増えている。しかし、書いている私のことを知らないでこのブログを読んでいる人は一体何人位入るのであろうか?私のことを知っている人と知らない人の割合はどれ位なのか?

私がこのブログの存在を教えたのは全部で7人である。でも、きっとその7人が私のことを知っている知り合いに教えてもいるだろうから、多くの読者は私の知り合いなのかもしれない。知り合いでも何でも読まれないよりは、読んでもらった方がいいのは間違いないが。


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2006年08月07日

平和な週末

8c2e0714.jpg昨日の眠りの質が良かったのか、7時間強の睡眠にもかかわらず今日は爽快に目覚めた。先週末あまりゆっくり休めずにずっとたまっていた仕事の疲れも何となく一掃された。昨晩酒を抜いたのが良かったのか。

午前中はテニスと本屋。最近は週末には本屋に行き、5冊程度の本を購入するようになってきてしまった。午後は読書。夕方になって、急に日本の事務所の監査手続きがアメリカとどう違うかが気になりだし、手元にある資料を2時間ほどかけて斜め読みし、気になることをノートを書いた。考えることとやることはたくさんあるのである。



aitaro1027 at 11:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ロサンゼルス生活 

タイ料理 Thai Tiffani

e14a78c5.jpgうちから歩いていける距離にタイ料理の Thai Tiffaniがある。日本人向けのフリーペーパーにも広告が出ていて、日本人の客も多い。ここのランチ・バフェはいい。昨日一年ぶり位に行ったところ、チップ込みで家族4人$30。それで、パットタイと言われるタイ風焼そば2種、スープ2種、カレー(ココナッツ風味)、ファロー(豚と卵の煮物)、牛ひき肉のピリ辛炒め、ポッピア(タイ風春巻き)、サテ(焼き鳥)、各種のサラダ、フルーツにタピオカのようなデザートが食べ放題なのである。例によって食べ過ぎてしまったが、娘も息子も満足そうであった。日本には、この味でこの値段のタイ料理はなかなか、ないだろうな。

aitaro1027 at 11:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) レストラン 
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