酒場のギモン

July 27, 2005

BARで食べる。

BARは酒を飲むところ。

それは、もう当たり前の事なんですが、
近頃は、いろいろと工夫がなされていて、
「酒肴」にも大変力を入れているお店も多くなりました。
中には、料理店顔負けのお料理が、
メニューにずらりと並ぶお店もありますよね。

元々、Dining BARを屋号にされているお店も多く、
厨房にシェフが常駐しているケースもあります。

僕の店も、実は料理は結構ご用意しておりまして、
酒肴から、パスタ・飯ものまであるんですよ。
ただ、ウチはシェフバーテンダーという考えでして、
バーテンダーが料理も作ります。

昔、この形態を始めた頃、言われた事があります。
「カウンターで飯を食ったら、もうBARじゃない。」
それが、もう5~6年の間に当たり前となっている。

本当のところ、僕はその頃は時々迷っていました。
「BARにこれ程、料理は必要なのか」と。
でも、今は時代が「BARで食べる」は普通の事になっている。

先日、同業者の方が集まるセミナーでも、
その事がテーマになっていましたが、
パネラーの方が、
「乾きものだけでは、今のBARはしんどい。」
とおっしゃっていました。

欧米などでは、やはりお料理と酒は
切っても切れない場面が多いように思いますし。
例えば、イギリスやアイルランドのPUBや
スペインやイタリアのバル・バール文化もそうですね。
日本のBARにもそんな流れが来ているのかもしれませんね。

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正論というか、正解はないと思うんですが、
日本でのBARはこうすべき! という定義ではなくて、
そのお店の方々が、お客様にして差し上げたい事が、
お酒をお作りした上で、
さらに「酒肴」でその時間を盛り上げたいという
思考なら僕は全然ありだなぁという実感です。

BARならではの、BARしかやらないであろう
ひとひねりしたお料理に出会うと、
僕なんかは、滅茶苦茶うれしくなる方ですから、
よけいにそう思うんですよ。

もちろん、カウンターでお客様をずっとお相手したい。
そんな思考の方もたくさんいらっしゃるし、
料理をした手で酒は触れないという方もおられるので、
やっぱり、それぞれですね。

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たまたま、セミナーに出て皆さんのお話を聞き、
「これからのBAR」という視点でのお料理を
真面目に考える場を持てたので、
ちょっと書いてみました。
お客様としての皆様にとってはどうですか?
少し、この事について感想などを
聞かせて頂けると今後の参考にも...

もちろん同業者の方のご意見も大歓迎です。
いろいろと聞かせてくださいね。




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May 09, 2005

お客様の怒り。

この間、仲の良い居酒屋さんの大将と話していたら
少し気になる事があったので書く。

最近のこの辺りのお店の
焼酎の扱い方について、
お客様が嘆いておられたと言うのだ。

我が町にも、数々の酒場があるが、
昨今の焼酎ブームにより、
焼酎を在庫するお店が異常に増えている。

お客様もそれ相応に楽しんでおられるので
大変結構だとは思うが、
彼から聞いたのはこんな話だった。

とあるお客様が、あるお店に行った時の事。
そのお店もご多分に漏れず何十という種類の、
焼酎を並べてあった。

そのお客様は、
当然お店も力を入れているんだと思い、
メニューからお気に入りの銘柄を見つけ、
若いホールのスタッフに、
「●●をロックで」とオーダー。

オーダーを中へ通すと、店長らしき方が、
「そんなんあったかな?」
とスタッフへ返すのが聞こえたそうだ。
そして、店長は酒棚をごぞごそと探し出し、
「あった、あった。
 でもどんな味やったか忘れたわ。」
とスタッフと談笑しながら酒を注いでいた.....

お客様は、それはがっかりしたそうで
箸もそこそこに、その店を出たそうな。

他にも、お店が焼酎を知らない話が、
彼の口から次々と聞かされた。




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ajara at 19:40|PermalinkComments(5)TrackBack(0)

May 07, 2005

悩めるBARMAN

僕がこの地でBARを始めて10年強。
それほど歴史があるわけでもない。
ただ、この辺りでは今や古参と言われる。
大阪の近郊都市ではあるものの、
まだまだBARという文化が根付いていなかった10年前。
BARの数だって数えるほどだったので、
それもいた仕方なしか。

それが今やあるお酒屋さんの話では、
90~100軒は下らないほど、
この町にもBARが軒を連ねている。

意外とこの町での夜の世界は、
横の繋がりが強く、
同業者の皆さんとも仲良くさせてもらっている。
古参と扱われる僕のところへも、
日々仲のいいBARの後輩達が
仕事を終えて一杯やりにやってきてくれる。

ここのところ、彼等からの相談事で
時間を費やした。
(正直なところ、僕みたいなものを頼りにしてくれるのは、
おこがましくも嬉しいものだ。)

お酒の作り方、スタッフの教育、これからの経営、
果ては人生相談まで、内容は様々。
しかし、そのどれもが真剣で悩みが深いものも多い。
それだけに、こちらも酔い席の世迷い言と流せない。

バーテンダーは人生最後の相談者と良く言われるが、
そのバーテンダーとて「ひとりの人間」。
人知れず悩んでいたとしてもおかしくはない。

自分もその中のひとりではある故、
痛みや苦しみも分かるというものだ。
故に、じっくりと聞き、心を開かせてあげたいと思う。
真実は、自己の中にあるとは思うのだが、
ひとときの休息という気持ちで....。

この町の酒場に集うお客様は幸せだ。
こんなにも、真摯に酒場の仕事に取り組む
バーテンダー達にゆだねられるのだから。

悩める若きBARMAN達。
しかし、それは歩を確実に進めている証拠。
僕如きの若輩が偉そうには言えないが、
彼等の歩みを傍らで見ながら、
共に進めることも、また幸せ。



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March 12, 2005

酒呑み一考

ブログの席巻ぶりには驚く。
私が書き始めた頃、酒のカテゴリーなんて
ほんと限られるほどだった。

それが半年でランキングまで作られる勢い。
バーテンダーから、一般の方まで、
それはそれは、賑やかである。

私も最近、気になるブログをチェックしたり
楽しませてもらっている。

私の級友は、とてつもなく理論的なカクテル論を発し、
モルトや焼酎のオーソリティー的なマニアックなブログも
見ていて唸るものがある。

近頃の酒文化は、こういう方々に支えられ、
また、インターネットという時代の産物に、
されをさらに後押しされ、広がっている証拠。

で、自分に帰ってきた時。
私ゃ、変な事ばっかり書いてるなぁと....。
時に、精神世界的な発言も多く、
大凡、バーテンダーらしからぬブログだ。

私も酒場人のはしくれ。
技術論も情報公開も大好きであるが、
私の浅はかな知識で酒の本質を問うのはまだ早い。
もちろん、日々の学習や技術錬磨はしているが、
それとて、人に公開するほどのものではない。

また、技術はそれぞれが錬磨するもの故、
「かくありき」と豪語もしにくいし、
作り手や飲み手のあり方を時に問う事もあるが、
それとて、私見にすぎぬ。

他の方のブログを読み、
自分と違う価値観にであう事も多々あるが、
結局、異論を唱えてみても、
それも空しい気がする。

しかし、生来書く事、話す事が好きな故、
こういうページを持つと斯く相成る。
時に、酒の事を書きかけるが消す。
で、結局は、いつものこのペース。

時に、楽しんで頂いてる旨のコメントなど
大変恐縮する、ありがたきお言葉も頂戴すると、
ついつい、また饒舌になっていく。

昨日も、何人かのお客様に、
いつも読んでるよと声をかけて頂いた。
なので、今日もこうして書いている。

はてさて、今日も楽しんでいただけただろうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
人気ブログランキング
放っておくと突然のランクダウン。
厳しい世界だ。
というわけで、また→を
ポチッとクリック....

忝ない。




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March 11, 2005

良いお客様

今日は、久々辛口になるやもしれません。

ここでも何度か、お客様とお店の関係について
書いた事がありますが、
今日はお客様の「言葉」を考えます。

先日、久々にご来店されたお客様がいました。
何度もご来店は頂いていますが、
この方は、割と自分の意見をおっしゃる方。
年齢的には、30代半ば。血気盛んな頃ですね。

やはりお客様から意見を頂くというのは、
気にもなりますし、やはり反省点も多いので、
私は、できるだけ聴くようにしています。
ただ、少し今回は違いました。

今回も、ご来店早々、一言ありました。

「なんや、やっと焼酎おれへんようになったんか?」

私の店は焼酎は今でも力を入れています。
ただバックバーがガラスで重量に耐えきれず
今はサイドの木の家具に置いています。

「重たくなったんで、こっちに置いたんですよ。」

と私が答えると、

「どうせ、また飽きて止めたんかと思ったわ。」

まぁ、私、変化好きなんで、
ころころと店をいじる傾向はありますが...
で、今度はヒュミドールを見つけて、

「なんや、今度は酒あかんかったら煙かいな。
おっさん、何でもありやのう。」

ここからは、もう何を言っても同じ。
言う事すべてに、噛んでくる始末。
私も、半ばあきれてしまって、
ただ、こちらは怒りを出さぬよう
ほどほどに話をしておりました。

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この後、こちらの具合に気付いたのか、

「ごめんやで。目上のヒト立ててしゃべってるつもりや。
せやけど、酒飲んでるからな。あかんねん。
まぁ、その辺甘えさしたってえや。」

あらあら、どこまで逆撫でするおつもりでしょう。
とうとう、私も言いました。
ええ。もちろん優しく毅然とです。

「別にいいんですけど、
まぁ、こちらもその分人間ですから
ぼちぼちと、受け入れられない事は、
主張させてもらう事もありますよ。」

そして、その方の眼差しを真剣に見つめました。

「いやいや、使うときはちゃんと敬語でしゃべりますよ。
でも、普段周りの目上のヒトはこれで付き合ってるんで。
まぁ、甘えてるんですけどね...」

閉口。なーんや。気の弱いヒトでした。

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ajara at 17:35|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

November 01, 2004

TB:其れさえもおそらくは平穏な日々。

以前から、リンクをはらせて頂いている、
★きんぐさんが書かれているブログです。

「今回のAJARAさんのブログを読んで書きたくなったのは
Barでの携帯電話の使い方についてです。
もちろん色々な状況で呑みに出かける訳ですから
着信があるのは致し方ないと思います。
しかし、カウンターで大声で喋ったり、
カウンターでメールを打っているお客を見ると
正直、後ろから頭を張り倒したくなります。
まさに「パブリック」の意味のはき違いとしか思えません。

接客業である以上、店側からは余程の事が無い限り
お客様に対して文句を言う事はありません。

だからこそ、僕達は店に歓迎される客になるべきだと思うのです。
そして素敵なBarで素敵な時間を過ごそうじゃないですか」

と、ご意見を頂きました。
確かにそういう風景は、日常的にある時代です。
BARは、「私的空間」ではないという部分では、
本当に、おっしゃる通りだと思います。
メールを打つぐらいと思われるかも知れませんが、
大きな着信音の問題や、
ご同伴がある時などは、大変相手方にも失礼ですよね。

袖擦りあうも....。
周囲の方々を思いやるお気持ちに、我々もとても嬉しくなるものです。



ajara at 02:05|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

October 20, 2004

Bar に於ける厳密なマナー

竹馬の友・守口KARIN BARの岩尾良英氏のブログに
「Bar に於ける厳密なマナー」
について、氏の思想が書き連ねられている。

同級生であり、業界の大先輩である氏。
氏のBARに対する「溢れ出る愛」を感じるたので
賛同の意を込めて書きたい。

(以下は、氏のブログより抜粋)

「風呂は裸で入るもんだ。当たり前。
 お酒というものが“心の衣をはがす”ものならばこそ、
 それを公衆の面前にさらすと言う意味で、Bar という場所は
 “心の風呂屋”といえるだろう。
 酒場をさすパブはPublicの略なのだ。

 以下、風呂屋との対比でBar のマナーを語ってみよう。

 エチケット
 風呂屋:まず下洗い。当然だ。
 (いきなり湯槽に入るなよ、おい)
 サウナから出て水風呂に入る時も汗を流してから。頼むわ。
 Bar :ドレスコードとまでは言わない。
 だが人前にふさわしい服装であるにこしたことはない。
 要は美学の問題なのだ。どうせなら「おしゃれ」と言われたい。言わせたい。
 いつ如何なる時も。(勝負パンツは似て非なりか、非にて似たりか?)
 強弁すれば、人は“見た目”です。(美醜を問うのではない。狭量な反論は却下する)。
 しかるべき場所では、人は堂々と“区別”、残酷に“差別”される。当然。

 風呂屋:カランを独り占めしちゃいけない。
 Bar :マスターも独り占めしちゃいけない。
 〜必要なときに必要な分だけヒネってください。笑〜

 風呂屋&Bar:常連だからといってみだりに話しかけちゃいけない。

 風呂屋&Bar:騒いでるのはガキだけだ。何をしても楽しい頃だ。まあ大目に見よう。
 しかし度を越すとたしなめなければならない。
 教えるのは大人の義務だ。」

どうだろう? この他にもモラル・タブーと続くのだが。
僕は、同業者として、おおいに、声高らかに賛同したい。
とりわけ、氏や僕のような郊外で店をかまえるBARでは、
ここらあたりの「パブリック」という意味が狭く捉えられている気がする。
気さく、フレンドリーなのは地域性ではあるが、
度を越える事は往々にしてある。

とりわけカジュアルスタイルなBARもあれば、
オーセンティックスタイルのBARもある。
そこらあたりの使い分けすらままならないのが現状。

これは、ウチの店で従業員にいつも言う事だが、

「仕事を終えて飲みに行く時は、制服などで行かないほうがいい。」

氏の書いている「美学」の問題である。
心の洗濯にさせてもらいに行くのに、「身綺麗」にして行く事は、
そのお店に対する敬意をはらう意味と、
どれだけ豊かな時間をもたらし、英気を養えるかを理解してもらいたいのだ。
僕らの制服は、それほど汚くはならないが、
やはり、一日の垢がそこには映るのだ。

これは、他の人々にも御理解いただけるととてもうれしい。

氏は他にも沢山の教えを与えてくれているが、
そのどれもが、「粋」な酒場人の在り方を求めている。

どうだろう。今一度、大人の社交としてのBARを考えてみては。
僕は、こんな荒廃が叫ばれる世の中だからこそ、
この辺りの「マナー」を使いこなせる大人でいたいのだが。


ajara at 17:20|PermalinkComments(3)TrackBack(1)

August 20, 2004

カクテルとはどうあるべきか?

守口のKARIN BAR・岩尾氏のblog
「カウンターの中心で、酒を叫ぶ。」で発見した問題定義。

「カクテルのデコレーション」の意義について。

僕もはっきり言って、この事は疑問なんですが、
御客様の目から見れば、どう思われるのでしょうね。

カクテルのデコレーションについては、
営業的側面からみれば、不効率ではあります。
生のフルーツを使用するのであれば、
切り置きなんてできませんし、
お待たせするのをある程度告知しないといけません。

視覚的効果を問えば、やはり必要な面も否めません。
ただ、氏の言う通り、
カクテルの味、ネーミングからの連想、を強調できたり、
シズル感(呑みたいなという感覚です)を促したり、
とその効果があったとしても「あくまで副次的なもの」。

コンペティションで接着剤的なものを使用して、
作りこんだものは実際営業では出て来ないでしょう。

このあたりのバランス感覚を無くしたバーテンダーが、
「見た目偏重」の商品を提供し、
「どうですか?すごいでしょう?」と鼻を伸ばしているのなら
僕は、真っ向から否定しますが...

御客様の「所望」とあれば、
できる範囲のデコレは僕はやっています。
あくまで、味わいの補填的な意味合いでですが。

皆様は、どう思われますか?

[以下・「カウンターの中心で、酒を叫ぶ。」より↓]
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ajara at 19:30|PermalinkComments(5)TrackBack(2)

July 15, 2004

それ相応の覚悟

バーテンダーを生業とする。
この事について、深く考えさせられる事があったので書く。

僕自身がバーテンダーで生きている今、
一番大事な事と考えている事は「優しさ」。
酒を媒介にしているから、
知識向上、技術向上、サービス向上は言うまでも無く大切。

しかし、その向上目的すべてに「優しさ」が包括される。
そうでなくてはいけないと自問自答している。
御客様に対する優しさ。
スタッフに対する優しさ。
自身の家族に対する優しさ。
隣人・社会に対する優しさ。
ひいては万物に対する優しさが必要とされる気がするのだ。

ここ何日かの間に、こんな例を見聞きした。

技術志向追求にのみに陥り、
それらの「人間性」の欠如には目もくれず、
己を「技術派バーテンダー」的位置付けし、
後身に対し、高圧的にその思想を
吹聴するバーテンダー。

また、酒の席を提供する側故、
酒の勢いを借り、傍若無人に御客様やスタッフに、
自分の思想を押し付け、
顧客を無くしたバーテンダー。

それそのものを批判評論する気はないが、
僕の視点から考えると日々注力する部分が違う気がする。

業界で先に生きるものとしては、
後身に対し、その背中を見せながら
自身が、先人より分け伝えられた物事と、
そうして成長させて頂いた自分が見聞を広げ加えた知恵を
そうして頂いたあまねく「感謝」の気持ちで
分け伝えるのが本道と思う。
しかし、そこには「他人」を認める心が必要で、
決して後身と言えど自身と同じ道を強制する意義はない。

「優しさ」のフィルターを通してみれば、
我々もサポートされ生きていると常々思う現実と、
日々、人に接し多様な人生場面を見聞きさせて頂き、
他職に就く以上に、人間性の向上を意識できるはず。

ともすれば「技術論」「自己人生感」等に
重きを置き、この職業を続けるということは、
その他の価値観を受け入れないという狭義な職業感を生む。

人の人生を変えようなどとは烏滸がましく、
また自身の人間的未熟さを「威圧」などで包み隠すようでは
もとより、人の前に立つ意義をも問われる。

斯く言う自分も、そんに時期を経て、
たくさんの人から、修正をして頂いたまさしく未熟者。
えらそうに言えたものではないのだが、
ふと、我が身に置き換え、その違いに疑問を持ったので、
ここに書いてみた。





ajara at 16:39|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

July 03, 2004

泣いてる屋号

先日、御客様と会話している中でこんな事に出くわした。

客「マスター、BARって屋号の前に、ちょっととか、
  なんちゃってって付いてる所あるやん。
  あれはどうなんやろ? 」
僕「うーん。僕はなんとも言えませんけどねぇ。」
客「でも、ちょっとお客さんをナメてると思わん?」
  うちは、エエ加減ですって言うてるみたいやわ。」

僕は、あまり人のお店の事、とやかく言いたくないので、
口籠ってしまいましたが、凄く真っ当な意見。
商売の屋号の前に、ちょっと不必要な形容詞に思えます。

かなり前に、その手の屋号のお店のマスターと話した時、
「うちは、経験もないし、カクテル作れって言われても
できんもんはできんし、なんちゃってやもん。」
とおっしゃった事を思い出しました。
ちょっと努力や誠意に欠ける主張。
で、そのお店やはり潰れてしまったんですよね。

同じ飲食業界でも、この形容詞がついてるのは、
BARくらいじゃないでしょうか。

「ちょっとイタリアンレストラン」
「なんちゃってお好み焼き」

何が出てくるのが見てみたい気はしますが、
やっぱり、足を踏み入れる勇気がでませんよね。
何故、BARにだけはこの屋号と「?」が出ます。
確かに、資格もいらないので、許可申請が通れば、
明日からでも、営業できますが....

調酒技術があるに越した事はないですが、
まだまだ発展途上であっても、
堂々と「BAR」「SHOT BAR」と屋号を立てて、
きっちりと繁盛なさっているお店も多い中、
軽薄な印象をうける屋号を付けた段階で、
「負け戦」になっている印象は拭えません。

これも、僕が常々気を付けている言葉の優位性。
凛とした言葉を屋号に使っただけで、
ぐっと、BARとしての本質感が高まると思います。

そして、今どきの御客様は情報もたくさん持っています。
古手先で「笑ってもらえれば」レベルでは、
「ナメてる」と取られても仕方ない。
腹を据えて、商売に取り組む者ならば、
はなっから、自信のあるもので勝負すれば良い。
憖、注げば飲ませられる程度の考えでは、
今どき、BARをやること自体、無理がありますよね。

もちろん、酒は薬にも毒にもなるだけに、
きちんと「処方」をして御客様に楽しんで頂きたい。
そう考えれば、資格が必要ないこの国の
開業許認可制度にも問題はありますけどね。

こんな風に考えているの僕だけでしょうかね。


ajara at 18:25|PermalinkComments(0)TrackBack(1)
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