飯田華子ブログ

※ホームページはこちら→http://iidahanako.jimdo.com/

急遽

「今月はライブはない」と書きましたが、急遽一本決まりました。

6月23日(金)、渋谷の「スナック雨」にて投げ銭ライブやります。

実は今月ひとつ仕事の契約が終わり、ということはマネーが大変ピンチになり、さぁどうしたもんかと途方に暮れていたところ、「スナック雨」のママ・千絵ノムラさんが、
「うちで投げ銭ライブやれば?」
と言ってくださったのです。

ありがたい…。

生活が苦しいならもっとバイトすればいいでしょう。

でも、できることなら、紙芝居を作ったりやったり、絵を描いたり、文章を書いたり、そういうことで収入を得る道を模索したいお年頃です。

ならばもっと営業して、断られて当たり前と思っていろんなところに声かけて、人脈を広げなさいと年長の方からは言われます。

本当にその通りだと思います。

そう、人脈。

おお、人脈。

私は人に好かれたい。

好かれたいあまり嫌われるのが怖くなり誰にも会いたくなくなるほどです。

本当に私は打たれ弱いというか、打たれてもいないのに弱いというか、先日も自分の描いた漫画と小説を出版業界の方に「読んでください」とお渡ししたあと、なんでそんなことしたんだろうとくよくよしました。

「読まなきゃいけない」って思わせちゃった、心に負担をかけてしまった、いや、きっと向こうはそんなこと日常茶飯事だろう、たいして気にしてないだろう、なんならもう捨てただろう、しかし捨てるのも後味が悪いだろう、ああなんて余計なことをしてしまったのだろう、みたいな。

こんな気持ちは誰もが経験したもので、わざわざ書いたところで繊細さのアッピールにもならないと思います。

ではなぜ書いたかというと、まぁ、あの、やっぱり繊細さをアッピールしたかったからなんですが。へへ。

「人脈広げようよ」って言われた瞬間帰りたくなる気持ちを、繊細な皆様と共有したかった次第です。

そういえば、さっきパラパラ読んだ女性誌で、ゲッターズ飯田が、
「自分はメンタルが弱いと自己申告する人は、自分の幼稚さを世間に晒して平気なくらい図太い人だ」
と言っていました。

とするなら私は図太い。

幸い体も健康です。

「自己アピールとか苦手なんですぅ、奥ゆかしいんで」なんて言いながらチラチラとチャンスを伺うことはいい加減やめて、できるやり方でできる場所を探して食いつくしかありません。

というわけで来週は「スナック雨」でできる限りのことをしちゃうぞ☆

「スナック雨」のママ・千絵さんは大学の同級生で、現在は劇団ビニヰルテアタアを主宰したり、ライターとして文章を書いたりもしています。

2年前に私が作演したミュージカル「二十四の瞳ちゃん」ではヤエバちゃん役で出演してくれました。

今回の投げ銭ライブでは千絵ママと私の変なダンスも1分くらいやります♡

東京では久々のソロライブなのでお楽しみいただけるよう頑張ります!!

ぜひ来てください!!

2017年6月23日(金)
「スナック雨」投げ銭ライブ
@渋谷・スナック雨
18時オープン/20時スタート
チャージ700円、ドリンク500円〜
投げ銭

2月後半から5月までのこと

福満しげゆきのエッセイ漫画で、女性編集者と仕事の話をしているとき、
「君、そんな真面目な話しててもおっぱいがついてるじゃん。それってエロいやつじゃん。そんなのつけて何言っても説得力ないよ」
と思ってるシーンがありました。

自らのクズっぷりを面白く冷徹に描くので、私は福満しげゆきの漫画は好きです。

『僕の小規模な生活』5-6巻の回想編は泣きました。

『かわい子ちゃんを二度見る』や『生活』などのストーリー漫画も面白かったです。

だから、今言った女性編集者とのシーンについても、「こんなこと思うなんて女性蔑視ざます!」と糾弾するつもりはありません。

しかしこれは、「女体とは発情される器である」という事実を突きつけられた一コマでした。

いえ、もちろん「仕事中に仕事相手をそんな目で見ないよ」と仰る紳士がほとんどだとは思います。

でも下衆な私は「本当に本当?」と疑ってしまいます。

表面では性などないフリをして仕事しながら、裏では女性社員の品定めをして、「今日あんなワンピース着てきたけど勘違いしてんじゃねえの?」と嗤ったり、「どうやら彼氏にフラれたらしい」と噂したり、「あいつは俺に色目を使っていた」なんてほくそ笑んだり、男ってそういうもんじゃないでしょうか。

だって女もそうだから。

そう、女体が発情される器であるのと同様、男の体もまた発情される器なのでした。

とか言うと、「えぇ、会社の女ったら俺のことそんな目で見てたのぉ?」とまんざらでもない顔でニヤつく殿方の顔が浮かびますが、そういう方に限って平気で鼻毛をわっさり出してたり、そんでもってその鼻毛の先っちょに鼻くそ付けてたりするのが世の摂理です。

ほら、男性諸氏も思い当たるでしょう、「女性専用車両ができて安心だわ〜」なんて言ってる女に限って「お前だけは触らねぇよ!」と言いたくなるご面相だったりするケース。

でも、「お前だけはそんな目で見ねぇよ!」と言いたくなる時点で、私たちはその人を性的な存在として見ているともいえます。

だって、「発情される器として不適格である」と思っているわけですから、「こいつは私(俺)の欲情を刺激するかどうか」っていう無意識の審査をしているのです。

自分がその人に発情するかしないかは別として、私たちは他人をどうしても性的な目で見ちゃうのではないでしょうか。

ということは、誰もが「やりてぇ」とか「無理」とかいった審査の視線に晒されているといえるのではないでしょうか。

なんて恐ろしい世界でしょうか。

そんな視線をよしとしちゃ色々と業務が滞るから、ちゃんちゃらおかしいお題目ではあるけれど「仕事相手をそんな目で見ないよ」と紳士淑女は言うのでしょう。

仕事の場では、皆、性を匂わせないよう気をつけているふうに見えます。特に女性は。

「男っぽいよね」と女性に言うのが今なお褒め言葉だったりすることを考えると、やはり「女っぽさ」は封印すべきことなのかと感じます。

ただ、ときどき女は女っぽさを全開にしたくなるときがあって、だけども仕事用にかぶった「女っぽくないフリ」が板に付いちゃった身としては、プライベートであっても「今さらどんな顔して女ぶればいいの?」とためらってしまいます。

手料理や髪の毛を巻くなんて女みたいなこと、女を封印していた身としては恥ずかしくてできません。

そういうときの便利な言い訳が「女子力」という言葉なんだと思っていました。

女みたいな恥ずかしいことをするのでも、「女子力上げようと思ってさ☆」と言えば軽い諧謔になるからです。

私の感覚ですが、おしゃれな手料理でもてなしたり、髪を綺麗に巻いたりするのは、モテたいからではありません。

だって現実の男はサーモンのピンチョスより肉じゃがを歓迎するし、髪をくるくる巻いてお化粧したって「すっぴんのほうが好き」なんて言ったりするじゃないですか。

けれど女は肉じゃがよりサーモンのピンチョスを作るほうが心ときめくし、髪を巻いてお化粧したいのです。

モテるためではなく、女が心ゆくまで女っぽく振る舞うための、そしてその行為を自分自身に許すための言葉が「女子力」だと思っていました。

従って、「女子力の高い女性が好き!」なんて男性がいるわけなかろうと思っていました。

しかし、この話を友人の男性にしたところ、「男の言う『女子力』はそういう意味とは違う」と指摘されました。

男にとっての女子力は「気がきく」とか「男を立ててくれる」とかを指すようです。

そうか、だから「女子力アップで彼氏をゲット!」なんて文言が飛び交っていたのか!と私は目からウロコでした。

その友人は「男って本当に男の都合のいいようにしか解釈しないんだよ」と言ってくれましたが、それをいうなら私もまた私の都合のいいように「女子力」を解釈していたわけです。

しかし最近は「女子力」という言葉も聞かなくなったような気がします。

もうみんなそこの問題は解決したんでしょうか。ていうか結局女子力ってなんだったんでしょうか。

ちなみに私自身は、女っぽい振る舞いをすることにやはり照れがあります。

「女だから付いてくる特典」みたいなものを享受することは、卑怯なことではないかとためらってしまいます。

…なんていいつつ、結構享受してますが。

とりあえず、私が銀座のお店で紙芝居をできるのは、私が女だからに他ならないと思います。

そうそう、前回のブログは「今週北村早樹子さんと銀座のお店でライブします!」ってとこで終わってましたね。

もうかなり前のことになってしまったけれど、おかげさまで無事遂行することができました。

主役であるお誕生日のお客様にウケていただけたので大変嬉しかったです。

お酒を飲みに来るための場所なので、設備もお客様のモチベーションも普段とは全然違うところでしたが、北村さんは動じず、むしろ激しくロックで格好よかったです。

「この演目で本当にウケるだろうか?」とドキドキしていた私でしたが、北村さんがキーボードを叩き、青い怒りの炎をほとばしらせた瞬間、「よし、いこう」と覚悟が決まりました。

普段ソロで活動している身ですが、尊敬できる相方と一緒にやるのはまた違った楽しさがあります。

その後、3月4月5月と、北村さんを含め色々な方とステージに立つ機会が続きました。

3月11日にひとつソロライブを挟み(LiLee+phallus企画でした。ご覧下さった方々、対バンの皆様、LiLee+phallusの皆様、ありがとうございました!)、

3月19日には刃喰いさんとのコラボ企画がありました。

一夜限りの興行でしたが、稽古を重ね、美術を作り、かなり時間を費やしました。

刃喰いさんは殺陣のショウをやる二人組の男性ですが、どちらもそれとは別でお仕事もされています。

殺陣でも色々なところからお呼びがかかっていますので、私からはどちらが本業かわかりませんが、ショウとはまた違う体を使う現場でもめちゃくちゃ働いてらっしゃいます。

夜勤明けで稽古とか、稽古のあとに夜勤とかのハードスケジュールもたびたびでした。

しかしお二方とも、体も辛いし時間もないだろうに、全然愚痴を言わず、むしろこちらを気遣ってくださいました。

衣装に着替える背中は、体を使う人独特の機能的な筋肉に満ちていて、実に男らしかったです。

身も心もぶよぶよの私ですが、こういう方々とご一緒していると、弱音を吐いてはいけないと気が引き締まります。

が。

稽古中、私は刃喰いのお一人・テルさんから「女っぽいよね」と言われました。

そのときは差し入れに手料理を持っていったわけでも、ましてや心憎い気遣いをしたわけでもなく、むしろドすっぴんで作業着でしたが、それでも「女っぽい」ってことは…?と動揺し、「私ったら愚痴っぽかった?かわいぶって甘えてた?自分ができないことを人のせいにしてた?」と思ってしまいました。

あとで聞いたら、テルさんはそういう意味でおっしゃったのではなく、私の作る物語や感覚についてを指していたようですが。

ここで私は自分自身の女性差別を改めて感じた次第です。

私は、女は愚痴っぽくてかわいぶって甘えて人のせいにする生き物だと思っているのでした。

だから、自分は女でありながら、女を超えた存在でありたいと思っているのでした。

女っぽく振る舞うことへの照れがあるその裏には、「女みたいなもんと私を一緒にするな!」という選民意識があるのだと気付きました。

そのくせさっきも述べた通り、女としての特典はちゃっかり頂いているのだから始末におえません。

ていうかここまで読んだ方は、じゃああんたなんでホステスのバイトしてるんですか?って思いますよね。ですよね。

それはね、勉強したいと思ったからなんです。

まず、ライブでお金をいただくというのは大変難しいことです。

実体がないからです。

ライブを見に行くとき、私たちは「楽しい時間」というものすごく実体のないものにお金を出しています。

でもそれがいいライブだったら満足して帰途につけます。

女性のいるお店も同様で、お客様は「楽しい時間」という実体のないものにお金を払います。

もちろん、口説こうとか肉体関係を持ちたいといった気持ちもあるかもしれませんが、それが達成されなくても、楽しい会話でおいしくお酒が飲めたら、きっと満足して帰途につける…はず…

…いや…

…どうなの私?

それ綺麗事じゃないの?

この建前を信じといたほうがラクだから言ってるだけじゃないの?

だってホストクラブ行ったときどうだったよ?(※参照http://blog.livedoor.jp/akachan1104/archives/52126105.html

本当はあのおできオヤジを口説き落としたかったんだろうが!でも金かかりそうだったから諦めたんだろうが!そんでしょんぼり帰ったんだろうが!で、ハマったらやばいって二度と行かなかったんだろうが!

だいたい初めて入った店で金も遣わず「あわよくば」を妄想するなんて図々しいんだよ!

…失礼、脳内ツッコミがちょっと。

そう、私は遊び慣れていない野暮な女なのでした。

夜の世界の粋な楽しみなんて実はよくわからないのでした。

「ちっ、やらせねぇのかよ」と吐き捨てるケチなジジイと心は同じなのでした。

なので、自分のライブに来てくださったお客様に対しても、「本当にご満足いただけたんでしょうか?」といつも心配でたまりません。

私はそんなにコケティッシュなタイプでもないけれど、10年もやっていると時々は私個人と親しくなりたい方もいらして、そういう方は私のライブよりも私と飲みに行くことのほうが好きだったりします。

いや、「一緒に飲んで楽しい相手」と思っていただけるなんて大変名誉ではあります。

でも、ライブではなく飲みに行くお誘いだけが増えると、「そうか、この方は私のライブを我慢して見てくださってたんだな」という気持ちになります。

そうなりますとライブをしていても、「皆様、苦痛なお時間を強いてしまい申し訳ありません、このあとお詫びに接待いたしますので」と思ってしまいます。

しかしながら別に私と飲みたくない人もいるだろうし、ていうかそもそも私は接待やトークが上手なわけでもないので、お客さんが自分と飲みたがっていると思うなんて傲慢じゃないのか?という疑問も浮かびます。

いったい、自分の表現したものを目当てにしてくださってると思うのと、自分と飲むことを目当てにしてくださってると思うのと、どちらが傲慢なのでしょうか?

果てしない自己問答で、心が千々に乱れるのでした。

そんならやめりゃいいんですけど、やはりライブは続けたいのです。

なので、肉体という実体ではなく「楽しい時間」という実体のないものを売る夜の世界で、ロープーの女性たちに学びたいと思ったのでした。

そうすることで、自分のライブも「楽しい時間」にできるのではないかと思ったのでした。

そもそも「楽しい時間」ってものを見たかったのでした。

せっかくお声をかけていただいたご縁だし。

というわけなのだから、いい加減「女っぽくするのはためらいが…」なんて言ってないできちんと女装しなきゃいけないのに、まだまだダメですね、腹のくくり方が甘いです、私は。

ついつい「今媚びてしまった」と恥じ、「こんな容姿のくせにもったいぶってしまった」と自己嫌悪に陥ります。

ギャグにならない女装は難しいです。

客観性を持つ人間でありたい、というくだらない自尊心のせいかもしれません。

…さて、このままいくと刃喰いさんとの思い出は「女っぽいと言われた」ことだけに集約されてしまいそうなので、ちょっと話を戻します。

この興行は、子宮の中の精子の物語でした。

ヴァギナに放出された精子は、精子同士の戦いや白血球との戦いがあります。

戦う精子くんをテルさんとムロさん(刃喰いのもうお一人です)が担当し、私はその精子を体内に持つ「女」のポジションでした。

テーマと構成はテルさんが考えてくださいました。

私の仕事は美術全般と、劇中歌としてのラップの作詞作曲と、この構成に寄せたオリジナル紙芝居を作ることでした。

ラップについては、「男をバカにするようなものにしてほしい」と言われました。

でも、バカにするのは難しかったです。

別に男をリスペクトしてるからではありません。

さきほどから私は「女」を軽蔑した物言いをしていますが(実際にいる人をどう思うかではなく、あくまで性別のイメージの話として)、「男」のことは憎んでいます。

「女」を貶めたからです。

…とかいうとフェミニズムっぽいですか?

てかフェミニズムのイメージってどんなんだろか?人によっても違うはずですが。

私のフェミニズムのイメージは、
【関心のない人にはいまだに「『男が悪い!』って叫ぶ女の集団」って思われてそうだけど、なんか色々学術用語の飛び交うアカデミックな思想】
って感じです。

だから期待してるけどおいそれと引用したくないです。自分のバカさがバレそうで。

ですので、私の男への憎悪も、思想としてではなく私憤として捉えていただきたいです。

話が脱線しました。

なぜ「男」が「女」を貶めたかというと、私が前述した「女」の嫌なイメージ(=愚痴っぽくてかわいぶって甘えて人のせいにする生き物)は、今まで出会った「男」が言ってたことだからです。

私は「男」の価値観に影響されて自分の価値観を形成しました、おかげで自分の性別を軽蔑しなければならなくなりました、また、私は女であるというだけでこの「女」と同じ生き物として「男」から軽んじられます、こんな目に遭わせる「男」が憎いです。

以上、自分の責任を完全放棄して「男」への憎しみを説明してみましたが。

このように憎んでいるならバカにするのも簡単なような気もしますが、しかし、この憎しみをそのまま反映させても、きっと「男」を傷つけられないだろうと思ったのです。

「あはは、女がまた人のせいにしてらぁ」ぐらいにしかならないような気がしました。

もしくは、「そうです、男ってバカなんです、女はえらいです、手のひらで転がしてください」なんて、持ち上げたフリして逆にバカにされるかです。

それでもラップは劇中の流れ上、どうしてもわかりやすくバカにしなきゃいけないところもありました。

なので、紙芝居のほうでは、もうちょっと「男」の心に刺しこむような感じにしたいと思いました。

しかしテルさんの作ってくれた構成を読み返し、考え、ああもうこれは憎しみはダメだと思い直しました。

精子を体内に蠢かせてる「女」たる私が、「男」を憎んで突き放していては、「男ってバカね、精子ってバカね、勝手に戦ってなさいよ、あたしは知らないわ」という話になってしまいそうだと感じたのです。

それじゃ広がりません。

だから、嫌だけど「男」を愛してみようと思いました。

それで、炭鉱の町とそこで暮らす鉱夫のことを描いた「山」という紙芝居を作りました。

「面白かった」と言ってくださった方もいましたが、説明部分が多かったので「だるかった」という意見もありました。

しかし個人的な体験としては、ちょっと「男」に歩み寄れたような気もします。

というか、とりあえず主人公の鉱夫には私の萌え心を詰め込みました、愛するために。

そんで、そいつを愛しました。

今までこんなふうにお話を作ったことはないし、特に男性キャラについてはまったくなんの思い入れも持ちえませんでしたが。

そういう意味では、ちょっと恥ずかしい紙芝居だったかもしれません。

いつか本当に「男」を愛せたなら、「女」を蔑まなくても済むようになるのかもしれません。

そしたら私は私の性をここまで居心地悪く思わないでいられるようになるのかもしれません。

まぁ、憎いところに目をつぶって無理くり愛するのは嫌だけど。

あとで聞いたら、テルさんもまた、この構成を作るとき、「女に歩み寄った」とおっしゃっていました。

なんとなくですが、テルさんは男らしいので、「女」をどうもいけ好かないと思ってらっしゃるような気もします。

だとしたら、憎む者同士が歩み寄ったという、こう、講和条約のような企画だったのかもしれません。なんつって。

素敵な経験をさせていただき、刃喰いのお二人には大変感謝です。

もちろん、この興行のために深夜までリハーサルに付き合ってくださったライブハウス「ファイヤーバード」のスタッフの皆様にも。

そして何よりこの興行をご覧くださったお客様、誠にありがとうございました!


刃喰いさんとのコラボが終わった一週間後は、北村早樹子さんと私の共著小説『裸の村』発売記念パーティーを円盤で行い、4月はその刊行記念ツアーとして二人で沖縄〜広島〜大阪と10日間ほど回りました。

5月はこの北村さんとのユニット「IKAZUGOKE」のライブが二本、IKAZUGOKE名義ではないけれど飯田華子×北村早樹子のトークイベント「母親教室」、あとデザイナー&漫画家の中田舞子さんと二人でコントをしたり、愛知県豊田市の野外フェス「橋の下世界音楽祭」にソロで出たりと、なかなか忙しく過ぎました。

ライブをご覧くださったお客様には大変感謝です☆

今月はライブがないので、ちょっとブログなど書いてみましたが、溜まってたのでしょうか、結構長くなってしまいました。

もっと気楽に書いていきたいものです。

あ、先ほどさらっと触れました「母親教室」は次回(8月開催予定)が最終回です。

これについても色々と書きたいのですが、さすがに長過ぎるのでまた今度にします。

その前に、『裸の村』についてちょっと触れなければなりません。

飯田華子と北村早樹子の共著小説『裸の村』は、それぞれが書いた物語がラスト一枚でうなりながらつながる仕掛けになっています。呪いのCD付♡

装画を私が、付属CDの歌を北村さんが担当しています。



【RGB】裸の村_内モザイクC



これは円盤の田口さんが考えつき、ずっと温めていたアイデアだそうです。

田口さんプロデュースのもと、北村さんと話し合い、気になるテーマをブチ込んで、愛憎ごった煮の状態で書きました。

特殊すぎる装丁ゆえ、一冊一冊作者自ら切り貼りして製本しなければならず、私は西日の差す作業部屋でシュミーズ一枚になって作っています。

形も内容もアレなんで、ぜひ読んでいただきたいです!

詳しくはコチラ

以上、宣伝でした!


さて、次のライブは7月7日(金)、秋葉原グッドマンです。

女の子ばっかりのイベントにIKAZUGOKEで出ます!

2017年7月7日(金)
「たなぼた♡」
@秋葉原・GOODMAN
1800+1d ☆織姫割1300+1d
19時スタート!
出演:
madrone avenue
IKAZUGOKE
踊り【コーラ+レンカ+めみハーロ】
リツコとヨシコとソースケ山
松本花バンド
※戦艦キクイによるトークあり!?


北村さんとは結構前から色々ご一緒させていただいてましたが、「IKAZUGOKE」というユニット名で活動するようになったのは去年7月のグッドマン出演からです。

なので、ちょっと凱旋ていうか、まぁ何も戦ってないし勝ってもいないんですけど、なんとなくそおゆう気分なところもあります。

どうぞよろしくお願いします♡



*忘備録・4月5月のライブでお世話になった皆様*
円盤店主田口さん・沖縄中城CD屋さん・那覇cello・浦添Groove・てんしんくん・ペガサスさん・幽玄パピロンズさん
釜晴れ早苗さん・PA井伊さん・桜川春子さん
アオツキ書房金本さん・カニコーセンさん
ヲルガン座ゴトウイズミさん・中島由美子さん・ドドコさん
難波屋の皆さん・PAりしゅうさん
BARキネマトス彩さん・うのさん・パールさん
GIGA IDOL FESTIVAL対バンの皆様・主催ドラびでおさん・グッドマンの皆さん
本庄ニノ蔵の皆さん・主催つとむさん
よるのひるね門田さん
臨海亭東雲さん・へもい家己祝さん・中田舞子さん・サイレンツさん・臨海亭西海さん・へもい家寿満児さん
橋の下世界音楽祭幻燈座対バンの皆さん・スタッフの皆さん
ライブをご覧下さった全てのお客様、物販を買ってくださった皆様、本当にありがとうございました!!

汚く陰気に恥ずかしく

私は10年ほどライブ活動をしています。

内容は主に自作の紙芝居ですが、映像を使った出し物や劇なども作っています。

呼ばれたときは、なるべくその場に合わせたネタを選んで上演しますが、目論見が外れることもよくあります。

「わけわかんなかった」と言われたり、「もっと違うものを期待してた」と言われたり。

終わったあとで、「こういう場ならあの出し物をやればよかった」と後悔することもしばしばです。

だから、たった一度のライブで「ああこういう人なのね」と判断されちゃうのは残念だといつも思います。

これは私だけではなく、ライブをしている人なら誰もが感じることでしょう。

たとえ同じ出し物でも、そのときのお客さんの反応や、音響・照明を含めた空間のありようでずいぶん変わります。

一度見てつまらなかったとしても、もう一度くらい見に来てくれたら嬉しいなというのが正直な気持ちです。

でも、翻って自分がお客さんの立場となってみた場合、ライブはわざわざ時間を作って行くわけだし、それもだいたいは無料じゃなく、仕事で嫌な目に遭いつつメイクしたマネーを投じて見るわけですから、できるだけ失敗したくないと思います。

一度見てつまんなかったり好みじゃなかったりしたら「もう一回見てやろうかな」とはそうそう思いません。

そうしますとライブとはほぼ博打です。

実は今週、銀座のラウンジで博打(ライブ)があります。

場所が場所なため、料金のことや、お席ももう余裕がないので、ホームページのライブ予定には載せていませんが、お酒の場を盛り上げるための紙芝居をやります。

お店のママが私の紙芝居をご覧くださり、去年からホステスとして&パーティー時には紙芝居をする余興要員として雇っていただいたのですが、今週はお客様のお誕生日パーティーがあるのです。

実は去年もこのお店で二本ほど紙芝居をやりましたが、一本はウケたもののもう一本はウケませんでした。

ママからは、「ライブハウスでウケることとお酒の席でウケることは違う」とやさしくアドバイスされました。

「ここは照明やステージがあるわけじゃないし、お客様はお酒も入っているし、そもそもライブを見に来るつもりではなく飲みに来ているわけだから、わかりやすいもののほうがいいと思う」と。

それで今年1月、この経験をふまえ新しく作った紙芝居をやってみたところ、これはウケました。とっても嬉しかった。

というわけで現在2勝1敗、今後のことも考えるともう少し勝率を上げていきたいところです。

実は今回は北村早樹子さんをお呼びして、音楽&紙芝居の20分ほどのショウをします。

ドキドキしますが、なんだか生きている実感もあります。


ところで話は逸れますが、このブログをここまで書くのにものすごく時間がかかってしまいましたことをここで唐突にカミングアウトします。

脳内ツッコミがすごくて。

冒頭の「私は10年ほどライブ活動をしています」ってのを書いたところから、「なんで10年もそんなことしてるんでしょうか」っていう脳内副音声がうるさく、しばしば筆が(指が)止まりました。

やっぱり表現活動って恥ずかしいことだと思うのですが、「私は10年ほどライブ活動をしています」って言葉がもしドヤ感漂うものとして受け取られたらどうしようかと心配になってしまうのです。

これは私が20代前半の頃に演劇系のバーでバイトしたため、「俺はこれで何十年やってきたんだ!」とドヤる団塊世代の方々などを見てうんざりしたことなども影響しているでしょう。

ザ・団塊ズは「表現とは信念を持って続けなければいけない」とおっしゃっていましたが、私はなるべくそうしたものは持たないようにしようと、そして続けていった先がこんなふうになってしまうならさっさとやめたほうがいいなと、心から感じた次第です。

でもじゃあなんで続けているかというと、恥ずかしいけどやっぱりやりたいからなんですが。

だったらもういいかげん恥を引き受ければいいのに、こんなふうに姑息な言い訳めいた補足をしてしまうなんて、まだ腰が据わってないですね私は。

ダメだなぁこんなことじゃ。

恥ずかしいことや正しくないことを、快楽のためにあえてやる権利が、大人にはあると思います。

「正しくない」ってのは法律違反ってことではなく。

たとえば私はティーンの頃、30代の人たちがおじさんおばさんに見えていましたが、そんな人たちが恋愛だとかに舞い上がったり傷ついたりするのを「おえーっ」と思っていました。

恋愛は肌の張った若者の特権だと思っていたのです。

そうして30代を迎えたいまも、やはり若者の特権だと思います。

シャワーの水を弾き飛ばせなくして「彼から連絡がこないの(>_<)」とは何事ぞ。

もっとビクビクしたほうがいいんじゃないですか、もっと「いい年して恥ずかしい」って思ったほうがいいんじゃないですか、「いい年して恥ずかしい」ことをやっちゃうからこそ気持ちがいいんじゃないですか。

シワにおしろいをぶちこんでデートに向かうときめき、夜陰に紛れてコソコソと手をつなぐ甘美、パンティと靴下の跡が消えないよれた肌で後ろめたく抱き合う悦楽、これぞ正しくない恋愛の醍醐味でしょう。

「いい年だなんて思わないでもっと恋をしよう!」とか「年齢差別だ!」とかいって自分たちの行いを太陽のもとに引きずり出すのではなく、「いやぁ、いい年してすみませんねぇ」とかニヤニヤしながらその実は全然すまないなんて思わず湿った路地裏で「ウヒヒ」と抱き合うジジババでありたいと思います。

スナックの換気扇から漏れ聞こえてくる「石狩挽歌」のカラオケに合わせて歯槽膿漏くさいキスをする余裕を持っていたいものです。

正しいことは若者と聖職者に任せておけばいい。

本当に面白いことはいつだって人目に触れないところでひっそり行われているものです。

さわやかで健全に見える街の裏で、不潔な恋愛が横行しているという構造に萌えます。

ですから中年以降の方々は、春への思慕を巧妙に隠してほしいなと、元若者としては思うわけです。

でももしかしたらこれは私がまだ「中年」の中では「若手」の部類にいるからこそ言えることなのかもしれません。

もっと「中年」が板についてきたら、自分のナイーブでやわらかなものを若者に「おえーっ」と蔑まれることが悲しくて仕方なくなって、「年をとったからといって恋愛をして何が悪いの!?」なんつっちゃって、しかももう色んな願望が純化しすぎちゃって、性的な関係に持ち込むよりも交換日記とかピクニックとかを求めるようになっちゃうかもしれません。

数年後の朝、私はいそいそとタコさんウインナーと卵焼きと鮭おにぎりをこしらえて、…あ、海斗(=今日デートするホスト・24歳)は野菜不足だろうからホウレン草の胡麻和えとひじきの煮物も詰めて、吉祥寺駅の公園口改札に向かう、30分も早く着いてしまったから駅ビルのトイレでお化粧の具合をチェックする、首のシワが気になって雑貨屋でスカーフを買う、「お客様、このお色ですとお顔映りもいいですよ」と言われたバラ色のスカーフを小粋に巻いて改札に立つ、時間になる、海斗は来ない、「公園口だよ☆」とLINEする、既読にならないまま1時間が経つ、夜の仕事で疲れて寝坊しているのかもしれない、足が疲れたから伊勢屋へ行く、大瓶と串盛り、焼酎のお湯割りに切り替えたところでLINEがくる、「風邪ひいちゃった(>_<)ほんとごめん!」…仕方ない、浴びるように酒を飲まされて体も弱っているのだろう、「大丈夫。お大事にね!」と返信を打って席を立つ、井の頭公園の桜はきれい、小学校の遠足で見た象のハナコはもういないけれど、中学高校もよくここで遊んだ、あの頃は今が惨めでも大人になったらきっとよくなるんだと思っていたっけ、いやそもそも大人になんかなりたくないとか思ってたんだっけ、ははは、こんなに生きながらえてしまった、ティーンの私よ、あれから何十年と経ち、あなたは息子でもおかしくないような年齢のホストに鼻毛を抜かれる女になりました、ザマァミロ、コンビニで熱燗を買ってお弁当を広げる、ひじきの煮物がとっても上手に炊けている、卵焼きは私は本当はだし巻きが好きだけれど子ども舌の海斗に合わせて砂糖を入れたから甘い、ホウレン草の胡麻和えに桜の花びらが落ちてきれい、冷えてきた、いい花見だったわ、ちょっと寂しいけれどこれはこれでいい休日だった、吉祥寺に戻って中央線に乗り込む、新宿で山手線に乗り換える、そのときホームに海斗に似た男の子と華奢な肩をした女の子を見かける、あ…、ドアが閉まる、次は新大久保〜新大久保〜、暮れなずむ街を走る電車の窓、に、映る私は、ほうれい線をくっきりと浮かべ、バラ色のスカーフにひじきの欠片をつけていた。

…失礼、つい切ない妄想をしてしまいました。

しかし、「恋愛は肌の張った若者の特権」と豪語するのであれば、私はこうした切なさにも耐えなければならないでしょう。

だけどもやっぱり後ろめたく恋愛をしていきたいし、恥ずかしく表現をしていきたいと思っております。

何回か前のブログで紹介した記事(http://mess-y.com/archives/38014)にあった「私は私であっていい」という言葉はすごく素敵だと思うけれど、私にはやっぱり強過ぎるのです。

「私は私でしかあれない」という、諦めにも似たような、卑屈な謙遜のような、そのくせ実は全然謙遜してないふてぶてしさを感じるような態度のほうが、自分には合っているように思うのです。

私は口に出すことと腹で考えていることが違う、陰気なジャパニーズです。

その陰気さ卑屈さを愛するのならば、寂しさ惨めさを引き受ける覚悟を持つべきでしょう。

あ、「べき」とか言っちゃった。

こんなこと言っておいて明日には「生きてるって素晴らしい!もっと太陽の下でダンスしよう!恥ずかしがらずに自己表現をしよう!それがアートだ芸術だ!私を尊重してください!」とか言っちゃうかもしれないから、まぁあんまり気張らずにいようと思います。


さてさて、陰気なジャパニーズの恥ずかしい活動は3月も色々あります。

恥ずかしいけれど見て欲しいの♡

変な汁をたらしながら全力でやるのでぜひ来てください!!!

3月11日(土)
とってもセクシーで素敵なパフォーマー・倖田李梨さん率いる「りりたすふぁるす」のパーティー!→ https://iidahanako.jimdo.com/ライブ予定/2017年3月11日-土/

3月19日(日)
これはすごい、殺陣と紙芝居のコラボ!イカした殺陣ユニット「刃喰い」さんと私の三人でお送りする一夜限りのめくるめくショウです☆一時間超えの大作!練習もがっつりやってます!
お席は50名までなのでぜひお早めのご予約を!→ https://iidahanako.jimdo.com/ライブ予定/2017年3月19日-日/

3月25日(土)
私と北村早樹子さんとの共著小説『裸の村』刊行パーティー!とにかく誰も見たことのない形態の小説なので、お楽しみいただけることと思います!それに合わせた出し物もいたします☆ぜひ来て!そして買って♡ → https://iidahanako.jimdo.com/ライブ予定/2017年3月25日-土/


『夫のちんぽが入らない』感想文

友人に薦められ『夫のちんぽが入らない』という本を読みました。

タイトル通り、夫の巨根により性交のできない夫婦のお話です。

悲しい現実を綴った随筆です。

でも、文章が読みやすく、どこかしらユーモアが漂っているので、しんどい内容でもスラスラ読めてしまいました。

以下は感想です。
(まだ読んでない方にはチンプンカンプンだと思います)

これを読んだ周りの方々からは、「旦那もっとしっかりしてよ〜」との声も聞きました。

筆者を支えなければならないはずの立場なのに、後半にかけてどんどん情けなくなっていってしまうからです。

でも、もし自分がこの旦那だったら、私はもっとダメだったかもしれないなと思いました。

愛する人と性を共有できないのは悲しいことです。巨根なのは旦那のせいでもないし。

もっと旦那が年上だったらまた違ったかもだけど、一つしか違わないなら同じ悩める若者同士だったはずです。

筆者が学級崩壊で苦しんでいたとき、旦那もまた教育現場で戦い、同僚からは単独プレーに眉をひそめられつつどうすれば生徒の気持ちに寄り添えるかを模索しつづける一人の青年だったのでしょう。

夕食の席で正論を展開していたのも、「僕は間違ってないよね?そうだよね?」という確認だったのかもしれません。

若者は相手を思いやれない。

「君も苦しいけど僕だって苦しいんだ」という気持ちを抑えられない。

相手を認めることより自分が認めてほしい気持ちが勝ってしまう。

それでも性さえ共有できればもう少し相手を思いやれたかもしれないけれど、それすらもできないわけです。

しかも彼はまだ性欲ほとばしる年代です。

別にこの旦那を擁護するつもりではないですが、人間はそうそうしっかりできないだろうというのが私の実感です。

とはいえ、風俗通いはもっと上手に隠せよと思いますが。

この筆者のこだまさんがすごいのは、いろんなことを人のせいにしていないところだと思いました。

情けない旦那についても、やばい母親についても、そして学級崩壊の張本人(なんなら筆者の病気の原因となったともいえる)ミユキについても、「しかしこの人なりの事情によりこういう言動があるのだろう」という思慮の行き届いた書き方をしています。

だから辛い内容なのに読みやすいし、ユーモアを漂わせる余裕があるのだと思います。

出会い系の「おじさん」のキャラの書き方も面白くて、ちょっとうざいけど決して「ひどい人」には書いてないし、もちろん「いい人」にも書いてない。

物事を善でもなく悪でもなく書けるこのバランスって素敵だなぁと思いました。

もしかしたらこの配慮の深さや公平さが彼女の精神を追い詰めたのかな?とも考えてしまいますが。もっと人のせいにできるタイプだったらもっと楽だったのかもしれません。

あと、気になったのは、この夫婦はどんな前戯をしていたのだろう?ということでした。

一応赤子の頭が出る器官ではあるので(でも会陰切開とかするけど)、ヴァギナにはそれなりの伸縮性があるはずです。

「メロンの容器に入ったローション」をつけて巨根を入れる前に、まずは普通サイズのオモチャから、とか徐々に慣らしていったりしたのでしょうか?

昔ある女王様に聞いたところ、アナル拡張も最初は小さなパールから始めて、ゆっくり半年くらいかけて調教するものだそうです。

本を読むと、この夫婦の最初のセックスは大学1〜2年生のときですが、たかだか19歳の青年にそうした知恵はないはずです。

そして、その後もずっと知恵を身につけないままただ巨根を押し込もうとしてたのかと思うとゾッとします。

でも、旦那は風俗に通ってたし、AVとかも見まくってたわけだから、それなりに色々な方法は試してみたのでしょうか?

これだけ巷に性情報が溢れているのに、私たちは実は異性の体のことをほとんど知りません。

「女はこうしたら気持ちいいんだろう?」という妙なセオリーを信じ込む男性がとても多い、というのはよく女同士の会話で出ますが、翻って女もまた、「男ってこうなんでしょ?」という決めつけで動いているような気がします。

「性教育」という堅苦しいものではなく、AVのような娯楽媒体でこそそれぞれの体のことをレクチャーしてほしいというのが実感です。

…などということをこの本の感想として言うのは、もはや野暮な話だとは思いますが。

きっと筆者は、「もっと前戯を」なんてアドバイスは腐るほど受けてきたことでしょう。

生半可に性体験の多い者はやたら性について語りたがります。

「性の歓びを知らないなんてかわいそう」とか思ってるわけです。本当に大きなお世話です。

子を生み育てることの喜びも、性の歓びも、もちろんこの世にはあるけれど、だからといってそれを誰もが享受しなければいけないわけではない。

「私は目の前の人がさんざん考え、悩み抜いた末に出した決断を、そう生きようとした決意を、それは違うよなんて軽々しく言いたくはないのです。(略)それがわかっただけでも、私は生きてきた意味があったと思うのです。」
というラストの言葉は、読んでいて光が差すようでした。

「らしさ」について

前回までの更新にはずいぶん時間がかかったのに、今回はずいぶん早めの更新です。

一度固いのをひり出すと、あとはぶりぶり楽に出るようになる。

これはこの世の数少ない真実のひとつかもしれません。

Twitterで流れてきたこの記事を読んで、思うところが多々ありました。

http://mess-y.com/archives/38014

記事内に紹介されている『ありがちな女じゃない』はまだ読んでいないのですが、対比として語られる雨宮まみ氏の『女子をこじらせて』は私にとっても大事な本です。

一度でも「女子」と呼ばれたすべての人間にとっては無視できないエッセイだと思います。

今年11月に雨宮まみ氏の訃報を聞いたときは、お知り合いでもなんでもなかったけれどショックでした。

絶筆となったWEB連載「40歳がくる!」を読むと、「こんなことを書いてた人がもういないってどういうこと?」という気分になり、オチのないまま放り出されたような、『漂流教室』の最後のほうに出てくる地割れの深い溝を見たような、大変不安な思いにとらわれました。

そうしていま前述の記事を読み、女性のありようの難しさについて色々考えていたのですが、ところでこれ、男性が読んでどう思うんだろう?というのが気になりました。

女性に向けて書かれている文章だから、「はいはい、女は大変だって話ね」としか思われなかったりするのかな?

だとしたらもったいないような。

私は「女は大変だ」と常々思いますが、同様に「男は大変だろうな」とも感じます。

私の思う女のつらさ・大変さは、「女とはこういうもの」という規格に自らを沿わせなければならないことです。

「ならない」と明確に言われているわけではないけれど、小さな頃から周りの大人に言われてきたことや、雑誌や、広告などから、やんわりと、しかしがっつりと、気づけば強制されていることがたくさんあります(「そんなことない」と言える人は気づかないフリをしているだけだと思います)。

それは記事中の言葉を引用すれば、「『自分の人生は、自分の価値は、自分で決める権利がある』『自分は自分のものである』という意識を女性から奪おうとするこの社会の姿勢」です。

で、これは女に限ったことではないと思うのです。

男もまた、「男はこうでなければならない」という社会の強制に苦しんでいるはずです。

「若くてかわいいが一番」という価値観に女が苦しめられるように、「背が高くて金稼げるのが一番」という価値観に男もまた圧迫されているのではないでしょうか。

そうしたことを男性ももっとねちょねちょ言ってもいいんじゃないでしょうか。

いや、私が知らないだけでけっこう言ってるのかな?

学生時代にもぐりこんだジェンダーの講義で、「男性学」というのがあると聞きかじりましたが、それはどのくらい浸透しているのでしょう。

なんだか男性は、「愚痴を言うなんて男の恥だ」という美意識が強すぎて本音を言えていないような気がするのです。

その結果、世を恨んだり、ひねくれたり、変に開き直って自信過剰になっちゃったり、攻撃的になっちゃったり、変な服を着ちゃったりしてるのではないかと思うのです。

女同士でしゃべっていると、「男って自信家だよねー」という話によくなりますが、しかしその自信家の男性が、果たして本当の自分自身を認めているかは疑問です。

自信とは、自分のダメなところも格好悪いところもすべて認めた上に成り立つものだと思います。

けれど、俗に「自信家」と称される男性たちは、なんだか理想の自分を思い描いているだけのような、そして自分のアラを見ないようにしているだけのような気がするのです。

私の出会った中では、妙に自信過剰だったり攻撃的だったり変な服を着てるのは、女性より男性のほうが多いように思います。

実際の「俺」ではない、ドリームの「俺」を頭に思い描き、ドリームの俺に似合う服を着るもんだから、変なことが起きてるんじゃないでしょうか。

…いや、こんなこと言えるのも私が高校時代にドリームを見て大火傷したからなんですが。

ギャルに憧れた私は金髪のカツラに銀の厚底ブーツという仮装大賞のような格好をして街を闊歩しておりました。脳内にはドリームの自己像を思い浮かべていました。あいたたた。

ちなみに、三十路を過ぎてなんとか高校時代よりはマシになったもの、実はいまだに小さな火傷はときどき負っています。

ていうか、そうそう自分を正しく客観できる人なんていないんです。だから、まぁ、私は人の服をどうだとか言える立場じゃないんですけども。

とにかく、女性が「私は私であっていい」と思うのがとても難しいように、男性もまた、「俺は俺であっていい」と本当に思うのは難しいのではないでしょうか。

働くのが苦手でも泣き虫でもいいじゃん、ってもっと思えるようになればいいのに、と思います。

こんな話をすると(こんな話なんてそうそうしないけど)、「でもそんな男とは結婚しないでしょう?」とか言われるのですが、私はそもそも結婚願望がないのでよくわかりません。

ただ、たぶん「結婚しないでしょう?」って言葉の裏には、「夫は妻に経済的な保証をしなくてはいけない」っていう不文律があると考えられますが、私はまともな勤め人の世界はわからないけれど、これだけ男女の賃金が平等になってて、これだけ男女とも先行き不安ならば、この不文律はもはや通用しないのではないでしょうか。

結婚を経済的同盟と考えるならば、働くのが苦手で泣き虫なやつなんて、男だろうが女だろうが願い下げなのでは…?

そして、そんな人たちもそれなりになんとか生きる道を模索すればいいのでは…?

私自身、働くのが苦手で泣き虫ですが、まぁそれでも生きるしかないのでなんとかします。できてないけど。

そしてときどきは愚痴を吐いたりするわけです。

だから男性も、男らしくないことをもっと言ったら楽になるような気がするのですが…。

それとも、これは私の考えすぎなのでしょうか。

男性は、男性であることがたいして苦しくはないのでしょうか。

「俺は俺であっていい」と心から思っていらっしゃるのでしょうか。

なぜそう思えるのでしょうか。

…あ、なんか攻撃的になってきちゃったでしょうか。

いえ、ときどき、男性は女性の年齢を気にする割に、ご自身の年齢はあまり気にしてないのかな?と思われるシチュエーションが多いので。

7〜8年前に新宿でバーテンをしていた頃、そこに来ていた私より20歳年上の男性が、私と同い年の女性に恋をしていて、それはまぁ別にいいのですが、「女の気持ちがわからない」と言っていたので、私はちょうど読み終わった中村うさぎの『愚者の道』を貸しました。

買い物依存症、ホストクラブ通い、美容整形、デリヘル勤務などの経験を元に己を冷徹に見つめるエッセイで、「これが女じゃ〜!とくとご覧あれ!」という思いを込めたのです。

しばらくしてその男性から、「まだ途中だけどずっと持ってちゃ悪いから」と本を返されました。

「どうでした?」と聞くと、「おばさんにも性欲ってあるんだ〜って思った」という感想でした。

えええ!?

あるよ!ていうかあなたも言うなればおじさんじゃないか!なぜ、ご自身は20歳年下の女性への恋心を語りながら、おばさんの性欲を意外だと感じられるんだ!

とりあえず気を紛らわすために私はその場で2〜3度飛び跳ねました(床が揺れました)。

これはほんの一例ですが、こういったことはその後も多々あり、そうしたエピソードを思い出していくと、やはり男性は自己肯定が強いのだろうかとも感じてしまいます。

しかし、当たり前ですが、そういう男性もいればそうじゃない男性もいるはずですよね。

女性だって、「多様でありたい」と望む人もいれば、甘い服に巻き髪で男性に好かれる女性像に自分をカスタマイズするのが好きな人もいるわけですし。

男性をひとくくりにして考えてしまうから色々と誤解が生じるんだろうなと思いました。

だから、やっぱり男性でいることが辛い男性もいるはずなので、そういう方は、決して自分が男らしくないことを引け目に思わなくてもいいのではないかと、そしてやたら男らしい上司に価値観を押し付けられて、「あーやんなっちゃう」と感じた時にはオバQの歌(「♪だけど格好いいつもりなんだってさ〜」)でも歌うといいんじゃないかなと、思います。

「私は私であっていい」と本当に思える人は素敵です。

私もいつかそう思えるようになりたいですが、そんなに簡単に思える人はなんか信用できないような気もします。

とにかく、自分をゴマかすことだけはしないようにしなくちゃと感じています。


さてさて、今年のライブはあと二本!

こちらはキャットファイトの幕間にプロレスリングで行うので、いつもとは少し違った感じで行います。→12月29日(木)@新木場1stリング

そしてラストは高円寺円盤です。→12月30日(金)@高円寺円盤

来年も予定もりだくさん!

1月6日(金)@下北沢THREE
1月8日(日)@新松戸FIREBIRD
1月9日(祝月)@神保町試聴室
1月12日(木)@荒木町 番狂せ
1月19日(木)@荒川 友民
1月28日(土)@新宿三丁目 ネコ文壇バー月に吠える

詳細は飯田華子ホームページにて!

ぜひぜひ遊びにきてください☆☆



今年のまとめ

またしてもブログを更新しないまま今年も終わりかけております。

開店休業みたいなのはダメですね。

風邪をひきバイトを休みましたので、今こそブログを更新するときだと思い書きます。

というわけで今年のまとめ。

今年は、絵や紙芝居で生活が助かる程度のお金が少しずつもらえるようになってきた年でした。

雑誌のイラスト仕事、クラブや宴席への出張紙芝居、ショッピングモールの似顔絵イベントなどなど。

本当に周りの方々のおかげです。

お仕事を紹介してくださった方、お店に呼んでくださった方、ライブにきてくださった方。

直接は関わらなくても、色々なご縁によってお仕事につながったので、どの方との出会いも大事だったと思います。

自分はたくさんの方々のおかげで活動できているんだなぁと改めて思い、感謝の気持ちを忘れないようにしようと実感した年でした。


ちょっと前まで私はこういう言葉を聞くのが嫌いで、「なに自惚れてやがんだタコ」とすら思っていたので、まさか自分がこんなことを書くとは…、と感慨深い気持ちです。

そう、少し前までの私はもっと怒り尖っていました。

当時は小さなライブハウスで売れないバンドマンと一緒のイベントに出ることが多く、そしてどういうわけか売れないバンドマンというものは「ここまでこれたのもみんなのおかげです、ありがとう!」などとステージで感極まることが多く、そういうシーンに出くわすたびに、「『ここまで』ってどこまでですかぁ?『みんな』って誰ですかぁ?すごいスターになったような妄想してんのかもしれないけど、ここは私なんかが出ちゃうようなマイナーなハコでお客さんは四人ですよぉ?」と意地悪な気持ちになっておりました。

だってさぁ、その人に興味がない人にとっては「ありがとう」とか勝手に感謝されても「知らねぇよ」って気持ちになるじゃないですか。

それでもステージで「ありがとう」って言われちゃうと、「知らねぇよ」ってスタンスの自分も無理やり「俺を応援してくれるファン」に内包されちゃうじゃないですか。

しかもお客さんが全然いないような場では、「ここまでこれました!」とか感極まること自体がコントじゃないですか。

なんでこんな「スターとファンごっこ」みたいな虚しいプレイに強制参加させられるんだという憤りすらおぼえたのでした。

ギャグならいいけどガチなんだもん。

そんなわけで、「みなさんのおかげですありがとう」という言葉は大変無神経で暴力的な言葉だと思っていたのです。

しかし、自分の作ったものでわずかでも生活が支えられたとき、私はつい「ありがとうございます」とつぶやいていました。

自分の表現行為によってその日のご飯を食べ、家賃を払えたことは、涙が出るほど嬉しかったのでした。

そしてそんな嬉しさは私一人の力で得たものではなく、必ず周りの方々のおかげなのでした。

怒りも尖りも飲み込む濁流のようなありがたさを実感してしまいました。

私はもうあのバンドマンを嗤えないでしょう。

何かの貞操を失いましたが、やっと大人になれたような気がします。

泥臭いけれど、「お前のことなんか知らねぇよ!」と誹られるかもしれない恥ずかしい言葉だけれど、私は皆様に感謝いたします。

来年はもっと感謝したいです☆


いやらしいですね☆

…はい。私はこの一年で、少しいやらしくなりました。

というより、いやらしさを前ほど隠さなくなりました。

前はいやらしくないフリをしていただけです。

いやらしくないフリをすることは、経済的には苦しくても気分的には楽でした。

ごく稀に心ある方はお金をくださいましたが、
ーいえ、考えてみたらライブのお客さんはお金を払って見に来てくれてたんだから「パフォーマンスにお金はもらってない」というのはふざけた言い分ですね。しかし多くのライブハウスは「動員⚪︎人以上で⚪︎%チケットバック」というシステムなので、基本的にこちらに入ってくるギャラはほとんどないことが多かったのです。

そのため私は「お金なんていいんです」「私は好きでやってるだけなんです」という姿勢でおりました。

褒められれば「いえいえそんなたいしたもんじゃありませんから」オホホと笑いました。

そのようなスタンスでいる限り、人は私を「謙虚」と思ってくれました。

でも、お金をもらえないのがいい加減つらくなってきたのでした。

経済的にも気分的にも。

お金になることがすべての価値とは思わないし、思ってはいけないとも思いますが、しかしお金は社会とのつながりです。

お金がもらえると、「楽しんでいただけたのだ」「これは私の自己満足ではなかったのだ」という気持ちになれます。

逆にまったくもらえないままだと「ああ結局これは自己満足のオナニーショウだったんだな」と思ってしまいます。

私は通俗的な人間でした。

自己満足はいやでした。

また、表現の深みを追求することより、目の前のお客さんが笑ってくださることのほうが好きでした。

そんなわけでいやらしさを丸出しにするようになったのでした。

さて、お金をもらう以上は、「私なんてたいしたもんじゃない」とは人を馬鹿にした言葉です。

そんな謙遜は美徳でもなんでもありません。

つまり自信がなくても謙遜ができません。

ということは、「金払ったけどたいしたことなかったな」って批判を受けなければなりません。

失敗すれば二度と呼ばれないかもしれない現場に出向かなければなりません。

…あ、ここまで書いて「そんなに?」ってちょっと思っちゃった。オーバーに書き過ぎたかも。でも、基本的な姿勢はこんな感じです。

ていうか、こういうときについ「そんなに?」って突っ込んでみせちゃうとこが私はまだアマチュアなのでしょうか。

今年一年はホステスのバイトもたくさんやりましたが(徐々に仕事になっているとはいえまだ絵や紙芝居だけじゃ食っていけないので)、その中で感じた「プロ」とは、「『価値のあるフリ』に耐えること」でした。

ホステスのいる店に行き、酒屋で買うより何倍もの値段で酒を飲むのは、そこでのサービスを楽しむからです。

ホステスの仕事は楽しい時間を提供することです。

そう言われて、果たしてどれだけの人が「私は楽しい時間を提供できる」と心から思えるでしょうか。

「私にはとてもできません」と震えるのが当然ではないでしょうか。

しかし、では自分がお客さんとしてお店に行ったとき、席に着いたホステスが、…いえ私の場合は女なのでホストクラブに行ったと仮定しましょう、ホストが、「俺なんかが席についてすみません」って態度だったとしたら?

…あー、でもなぁ…。

ここ、「『俺なんかが席に着いてすみません』って態度だったらムカつくよね」ってことで次に進みたかったんだけど、よく考えてみたら私、ホストクラブ行ってそんな卑屈なホストがついたら結構楽しいかもって思っちゃった。だってホストって自信満々のナルシストってイメージじゃん?そんな中に卑屈なホストがいたら、「なんでこんな仕事してんの?」(←キャバ嬢&風俗嬢が客にされて一番嫌な質問)ってブランデー片手に根掘り葉掘り聞いちゃうね。そんでねだられてもないのに酒飲ませて色々話させた挙句、「だけどねぇキミ、『俺なんか』って態度は決して謙虚ではないんだよ。お客さんはお金を払ってキミと飲んでるんだから。『俺なんか』って思うなら『なんか』じゃない『俺』になるよう努力しなくちゃね。ほら、あそこでピンドンを一気飲みする瑠衣くんをご覧。彼が素のままの状態だと思うかい?違うよね。店にいるホストだからテンションあげてああしてるんだよね。キミの『俺なんか』って態度は、裏を返せば『素のままの俺でいたいのです』という宣言なんだよ。それは謙虚に見せかけた傲慢だよ」なんて説教して楽しんじゃうかも。

…あ、話がズレそうでしたが説教の内容で戻りました、よかった!

そうそう、というわけで、自信がない自分をそのまま表に出すのは傲慢だと気付いたわけです。

また、水商売という場において素の状態であることは、そこにいる店のスタッフやお客さんを「傍観」する「観客」の立場に身を置くことです。

それでお金をもらおうなんて、やはり「何様のつもり?」という感じです。

自信がないことも客観的であることも、それじたいは悪くないけれど、それを不用意に人前に晒すのは幼稚で恥ずかしいことだと感じました。

「価値のあるフリに耐える」とはそういう意味です。

また、「耐える」とはただハッタリを効かすだけではなく、その「価値のあるフリ」を「フリ」ではなくしていくことでもあります。

「価値のあるフリ」に見合った努力をし、本当に「価値」を持つようにすることです。

…あ、ここまで書いてまた詰まった、「じゃあ『価値』ってなに?」って疑問が…。

ホステスの場合だと、服装に気を使ったり、話題が豊富になるよういろんなものを見聞きしたり、常に場の空気を見て今何が求められているかを瞬時に察せる人が価値ある人なんだろうか。

そうとも限らないような。

素敵なドレスで日経新聞からブブカまで読んでて気配りもパーペキ!って人は確かに「楽しい時間」をそれなりに提供できるかもしれないけど、いろいろイマイチでも「この子と飲んでるとすげぇ面白い!!楽しい!!」って人もいるでしょう。お店によってのカラーもあるし。

だから「価値」とは実体のないものですね。

第三次産業が主である先進国において、我々は実体のないものに価値を見出すことに慣れ切っていますが、しかしだからいつでも心もとなく、刺激が欲しかったり癒されたかったり愛されたかったり愛されなかったりしているのだと思います(なんかフツーのこと言っちゃった)。

とにかく「価値」とは実体のないものです。

ということは、伊達や酔狂ではないでしょうか。

そして私たちは伊達や酔狂にお金を払っているのではないでしょうか。

だとするなら、実体なき「価値」を己の看板として掲げ、その心もとなさに耐えるということが「プロ」なのかもしれません。

そして心もとなさゆえに「プロ」は常に努力するのかもしれません。

努力とは、試み、反省し、また試みることといえるでしょうか。

現在、私は価値のあるフリをして似顔絵や紙芝居やイラストを試み、反省し、また試みております。

似顔絵の仕事は私のことなんて知らない方々がお客さんですから、画風もずいぶん変えています。

私は三白眼が好きだし小鼻をくっきり描いたものが格好いいと思っていますが、それがポップではないことぐらいは分かっていますので、黒目をデカく描き、余計な小鼻や法令線はなかったことにしています。

紙芝居は宴席でウケるにはどうすればいいか格闘中です。

「ライブを見たい」と思ってやってきたお客さんの前でやるのと、ただ飲みにきた(ライブを見るつもりではなかった)お客さんの前でやるのとでは、同じ出し物でもウケ方が全然違うと痛感させられました。

混み入ったストーリー、あまりにかけ離れた舞台設定、マニアックな言葉遊びは、使いどころを考えたほうがいいのだなと思いました。

また、歴史ネタや文学ネタは、私が思っていた以上に汎用性のないものだと知りました。

今までもお客さんのウケを狙って作っていたつもりでしたが、いやいやなんのなんの、全然好き放題やってたんだなぁと気づいた次第です。

でも、デカ目似顔絵や宴席紙芝居はただ不本意なだけなのかというと、そんなことはないのでした。

快感があるのでした。

というか、快感があるから、全てが本意ではなくても頑張れるのでした。

たとえば似顔絵。

あるお母さんに「描いてもらいましょうよ」と連れられて椅子に座った少女は、思春期真っ盛りの年齢ゆえかブスッとした表情でした。

できれば笑顔を描きたいので、「今何年生?」とか「学校楽しい?」と下描きしつつ話しかけましたが必要最低限のことしか答えてくれず、「好きな芸能人は?」と聞くと、隣でお母さんが「ほら、あんた、あの人でしょっ、あのグループの」と口を挟んだので、「うるさいっ!」とさらにブスッと黙り込んでしまいました。

もうそういう一コマを見られただけでも結構楽しかったのですが(「あ〜、思春期〜」って感じで)、その少女の目は粋な切れ長だったので、その感触をなるべく残しつつ現代のポップセンスに合わせたデカ黒目で描いたところ、少女の顔が明らかにほころんだのです。

幼くて素直な顔でした。

その切れ長の目が格好いいのに、デカ黒目なんか求めないでその細い目を活かすことを考えればいいのに、とは心から思うけれど、これは大人の私の思い上がりかもしれないとも思います。

私は映像や漫画から受けた美女像にかなり影響されたため、「目がデカくて鼻が小さくて痩せてなくっちゃ女の規定外だ」という呪縛にかかり、そして自分をどうしたってそのようにカスタマイズできず非常に苦しんだことがあるので、美の形がもっと多様であってほしいという気持ちもあって三白眼や小鼻や豊満な女体を積極的に描いているところがありますが、その気持ちを誰にでも押しつけるのは自己満足だとも思います。

残念ながら現在の私の画力では、彼女の目をそのまま描いてもただ「ポップじゃない外見」なだけになってしまうので、ずるくて安直ですがプリクラ仕様のデカ黒目にしてみせたのでした。

そんな葛藤があったとはもちろんわからないだろうけど、私の描いた似顔絵で少女の表情に変化が生じたことは、やはりとても嬉しい体験でした。

ひょいとそれを覗き見たお母さんが「あら〜、目ぇ大きく描いてもらってよかったわね〜」と言ったので、またたくまに元のブスッとした顔に戻りましたが。

いつか、あの切れ長の目の美しさを本当に説得力を持って描けたらいいなぁと思います。

紙芝居の仕事でも、きっと「ライブ」という形態だけでは一生会うこともなかったような方々(サブカル臭ゼロ・ホワイトカラー・年配)にド下ネタを披露でき、そしてそれに笑っていただけたのは得難い経験でした。

こんな日本の大きな企業で頑張ってる日向の人々にも私のギャグが通じるのか!という喜びを感じました。

もちろん、まったく通じなかったこともあって、そういうときは激しく落ち込みましたが。

落ち込んで、落ち込んでもギャラをいただいて、ああこのギャラにふさわしいことができなかったとさらに自分が惨めになって落ち込んで、そして近所の友達を呼び出して飲みに付き合ってもらったりして。

でもその友達がずっと話を聞いてくれて、「頑張っただけだったのにね〜」と言ってくれたことでものすごく救われました。

やはり本当に周りの方々には感謝です。

そういうわけで、悩み苦しみ快感に震えるテンションの高い一年でした。

来年はもっと仕事が増えると嬉しいです。

そしてもっと挑戦していきたいです。

…と、言ってるそばから聞こえる声は、同じ釜の飯を食った(比喩ですよ、ひゆ)仲間の危惧。

「そんなあからさまにウケを狙うようなものを作って欲しくはなかった」
(でもあからさまにウケを狙ってるのに全然ウケなかったりするんだよ、楽しいでしょ現実って)

「最近のあなたの絵はうまく描こうとして嫌な絵になった」
(もっと描けばまた変わるよ絵柄なんて)

「これから先どうしたいの?」
(知らねえよ生きてくよ)

大事な批判はちゃんと受け止めたいけれど、批判への回答は考えているだけではできないので、とりあえずこの現実の豊かさと格闘していくしかありません。

ずっと不本意で、どうすれば本意になるかを考えてばかりいました。

ものを作ることで食っていけるのが本意なのか。

しかし仕事とはニーズに合わせたものを作ることだから、作る喜びは削られ魂を売ったような気持ちになるのではないか。

だったら仕事にするなんて考えないで、完全に自己表現としてやっていくほうがいいのではないか。

けれどこれらは取らぬ狸の皮算用っていうか、まずちゃんと仕事になってみてから考えよう、と今は思います。

本当に嫌になったらやめればいいんだし。

仕事をしていくことで何かが磨耗し変わっていってしまうとしても、私は何も変わらないことよりはマシだと思いました。とりあえず今は。

あ、そういえば「魂を売った」で思い出したけど、遅ればせながら「君の名は」を見て、うーんこれはやはりあまりにご都合主義なハッピーエンドじゃなかろうかと思いました。

ある人にその感想を伝えたところ、
「でもああしなくちゃ売れないんだよ、あの監督はすごく才能のある人だったけど売れなかったから、電通にもしかしたら魂を売ったのかもしれないけど、それで売れたし、その才能をたくさんの人に知られたのだからよかったんじゃないか」
と言われました。

そうか。

だけど私はあんなとってつけたようなハッピーエンドは嫌だし、そんなふうにしなくちゃ「いい」と思われないなんてちょっと絶望的な気持ちです。

この違和感は忘れたくありません。

何もかも本意になることがないとこの年になってようやくわかりましたが、不本意なだけじゃ生きてて辛いだけだから、せめて「とってつけたようなハッピーエンド」や「目が大きいことが美しさ」だけではない世界になるよう頑張りたいです。

いや、世界は本当はもっと多様な価値に溢れているのに、私が知らないだけかもしれません。

豊かでシビアな世界の中で、快感に震えたい次第です。


さて今年残りのライブは5本!

12月10日(土)〜12月12日(月)iKAZUGOKEワンマンツアー
・ツアー日程
12月10日(土)大阪北堀江・アオツキ書房 18時半開場/19時半開演
12月11日(日)大阪西成・難波屋 14時〜
12月12日(月)愛知高蔵寺・カフェ花音 18時半開場/19時半開演

※IKAZUGOKEは私と北村早樹子さんのユニットです。大阪二日間は場所も時間帯も違うし出し物もちょっと変えます☆

12月29日(木)新木場1stリングにてキャットファイトの幕間に出ます!
「CPEキャットファイト旗揚げ15周年記念締めくくり大会 女祭り2016 〜寒中!お下品キャットファイト〜」18時OPEN/19時START


12月30日(金)「2016年の業務報告」@高円寺円盤
北村早樹子さんと二人で出ます。

詳細は飯田華子ホームページにて。

ぜひぜひ遊びに来てくださいね〜!!

IKAZUGOKEワンマンツアー2016

6月後半から7月頭の日記、今夏の予定

6月18日
 大阪アメリカ村のKINGCOBRAで「雑技道場キネマトス」出演。バンド、緊縛ショー、殺陣、バーレスク、ロープパフォーマンス、LEDパフォーマンスなどもりだくさんのイベント。

6月19日
 大阪徘徊。お世話になっているお店を回ったり。最後は味園のバーで「のど自慢大会地区予選」を見てました。出場者それぞれにドラマがありそうで、すごく面白かったです。

6月20日
 帰京。円盤に寄って、水面下で進めている某計画の打ち合わせ。

6月21日
 バイト、のち、都内某所にて録音&撮影(「水面下で進めている某計画」のため)。

6月22日
 北村さんと「母親教室コント集」のDVD内職&二人のユニットIKAZUGOKEの練習。

6月23日
 bonsai.というバンドとスタジオ練習。私の紙芝居「虹川虻子の秘技」「ガラスの十代」に演奏をつけてもらいました。「虹川虻子の秘技」のクライマックスには山口百恵の「ロックンロール・ウィドウ」を使ったのですが、bonsai.ドラムの渡嘉敷さんは本当にこの録音に参加していたとのこと。百恵ちゃんと同じドラムで紙芝居できるなんて!また、ギターの土方さんは浅川マキの音源に参加していると聞き、それにもびっくりしました。そんなキャリアの長いプロの方々なのに、こちらの意向をすごく聞いて丁寧に曲作りをしてくださって、光栄だったしとても楽しかったです。
(※この日北村さんは前日に内職した「母親教室コント集」DVDも含め、私の漫画とご自身のCDやLPを渋谷ロフト9内のブックカフェ「BOOKS9」に納品に行ってくださいました。7月1日にオープンのこのブックカフェには「北村早樹子と飯田華子棚」があります。よろしく☆)
 練習のあとはバイト。

6月24日
 ちくわ朋彦さんと横浜野毛ボーダーラインにてツーマンショー。現在私は足立区在住ですが、ちくわさんも足立区生活が長かったので、二人で足立区について語り合いました。「なぜ横浜で足立区の話を?」といった感もありますが、それも含めて楽しかったです。今まで知らなかった闇の言葉を新たに知ったりして勉強になりました。

6月25日
 三鷹へ太宰治の墓参りに行き、その後バイト。

6月26日
 昼、津田一矢さん主催イベントの打ち合わせのため新宿のサイゼリヤへ。津田さん、私、バーレスクダンサーのLily★Deliriumさん、詩人の蛇口さんの四人。津田さんは発起人なのにお酒を飲んでニコニコしているだけだったので三人で話し合いました。が、色々決まったところで津田さんが「結局何するの?」と言ったので、「あんた聞いてなかったのかー!?」と立ち上がって首を絞めたい衝動に駆られました。しかし津田さんは本当に首を絞めたら天国へ行ってしまうかもしれないので、一応最初から説明しましたが、それは津田さんのコンセプトとはズレていたらしいです。じゃあ話に参加してくれよー、って私が頭をかきむしったら、津田さんはつぶらな瞳で私を見つめ「今日もキレイだよ」と仰いました。…ちがう!!
 とはいえ、私は怒りつつちょっと愉快な気持ちでもありました。スムーズに物事が進むのはいいことだけど、そればっかりじゃこぼれ落ちるものはありますよね。たぶんこういうトンチンカンっぷりは人と一緒にやることの醍醐味だと思います。イベントでは津田さんと私の絡みもあり、その練習もこれから控えているので、私はまだまだ怒るでしょう☆
 夜はまた別のイベントの打ち合わせ。


6月27日
 奈良井志摩さん(役者さん&京都弁指導をされている方)の脚本・演出によるCDドラマ「こんこがまちにやってきた・春」の録音。私の役は泥ん娘という怒り暴れる少女。歌ですが、「演じる」という要素が強かったです。バックのギターはオクムラユウスケさん。かねてよりオクムラさんのファンだった私はチビりそうでした。
 CDは7月半ばに完成予定だそうです。楽しみです。
 帰宅後、『特選小説』連載コラム「北村早樹子のマイクを握って♥」のイラスト描き。

6月28日
 バイト。のち、代官山のライブハウス「晴れたら空に豆まいて」へ行き、23日にスタジオ練習したbonsai.とライブ。ちなみになんでこんな豪華な方々に演奏して頂く流れになったかというと、先月大阪の難波屋でご一緒した越路よう子さんがこの日にbonsai.と出ることが決まっていて、越路さんを見に来たbonsai.のスタッフさんが「紙芝居も入れたら面白いんじゃない?」ということで呼んで頂いたのでした。平日なのにお客さんもたくさんいて楽しいライブ。越路よう子さん×bonsai.のセッションも素敵でした。

6月29日
 作業日。お絵描き、イラスト修正など。

6月30日
 北村さんと私のシリーズ企画「母親教室」の打ち合わせ。実は次回はゲストにイシダユーリさんをお呼びします。今まで二人だけで5回ほどやってきましたが、私と北村さんは立場も意見も一致しすぎているのでそろそろ別の視点も欲しいなと思っており、一昨年にお子さんをご出産されたユーリちゃんに来てもらって色々話してもらおうとしているのです。というわけでこの日はユーリちゃんも交えておしゃべりしました。「男って男に甘いよね」って話になって、深く同意。

7月1日
北村早樹子×飯田華子のユニット「IKAZUGOKE」初ギグ@秋葉原グッドマン。トリはオクムラユウスケさん。
 ていうか、これはもともと北村さんがソロで誘われていたのですが、二人で飲んでるときに「こんなライブのお誘いがきたよ」って北村さんが言って、「え、なに、オクムラユウスケさん出るの!?いいないいな私も出たいー!!」って私が興奮したので、じゃあ二人で出ましょう、って北村さんがグッドマンに掛け合ってくれたのです。で、二人で出るなら何かユニット名を作らなきゃ、ってことになり、そういえば北村さんは新アルバムのために集まったバンドに最初「IKAZUGOKE」って名前をつけてボツになったんだったなぁということを思い出し、「IKAZUGOKE」ってすごくいい名前で残念だったので、私たちのユニット名として復活させましょう、というわけでの結成でした。
 鬱屈感に満ちた北村さんの名曲「賛母歌」を一緒に歌わせて頂いたり、二人でコントとラップをしたり、一緒に作ったデュエット曲「後家殺し」を歌ったり。
 でも、この日の他の出演者は皆ソロの弾き語りだったので、なんか私が無理やり参加することでちょっとイベントの趣旨から外れてしまったかしらとも思いました。
 オクムラユウスケさんのライブはとてもよかったです。二年ぶりか三年ぶりくらいに見ました。前に見たときは血が透けて見えるようなパフォーマンスだと思いましたが、今回は「骨と肉」って感じでした。以前までのライブは「血があつい鉄道ならば 走りぬけてゆく汽車はいつかは心臓を通るだろう」っていう寺山の詩をそのまま再現したような、激情に身も心もさらわれるような気持ちでしたが、この日見たライブは、激情の去ったあとの暮らしにも眼差しを向けているような雰囲気がありました。…あ、ライブ評みたいなこと書いちゃった。

7月2日
 美貴ヲさん作演出のお芝居「ブスも美人も死ねば土」を見に行きました。客入れのときから舞台では睦みあう男女の姿が…。そして舞台の壁に投射されているのは「だって『幸せそう』って思われたい」のコピーが話題になった例の女性誌の中吊り広告。開演前からたまらない気持ちでした。お芝居も胸に刺さるシーンがたくさんあり、アラサーの女ならば色々と共感できる内容だったと思います。男性のお客さんも多かったのですが、こういうのを見て男性はどういう感想を抱くのだろうかと気になりました。
 その後おにぎりを食べてバイト。バイトがなければ行きたいイベントがあったんですがどうにもこうにも。

7月3日
 荒川のもんじゃ焼き屋さん「友民」の33周年パーティー。お店のママさんが大のユーミンファンなので、この日のショータイムは女装の方がユーミンの曲に乗せてダンスをしました。私はショーの幕間の紙芝居で呼ばれたのですが、ショーにもバックダンサーとして参加することに。一応事前に振り付け動画が送られてきてたのですが、ダンスのカンがない私は戸惑うばかりでした。でも、「とりあえず堂々としてればいいから」と言われたので堂々と間違えました。
 汗だくになりましたが文化祭みたいで楽しかったです☆
 考えてみたら私はずっと文化祭をしているような。お話を考えてお絵描きをしてこしらえた紙芝居を持ってみんなの前でやるって行為は、一人文化祭です。学生時代は文化祭が嫌いでしたが(なんかすぐ泣いたりするんだもん)、大人になると楽しいですね。あと、三十を過ぎると、文化祭で泣いてる高校生もどうにもいじらしく思てきます。みんながんばれ。いやお前ががんばれ。何様だ。

7月4日
 夜実家へ。

7月5日
 バイト。

7月6日
 作業日。お絵描きなど。

で、今日は七夕、夜からまたバイトです。

ちょっと日記風に最近のことを書き出してみました。

この半月はバタバタしてたので、このように誰はばかることなく事実を書けましたが、まぁ毎回毎回こうもいかないと思います。

時間があると私は人に言えないようなことをやってますので…♥


さて、今夏のライブ予定はこんな感じです(詳しくは飯田華子ホームページを見てね)!


7月10日(日)@高円寺knock
DJイベントの合間に一時間ほど紙芝居します。
20時頃からの予定です。

7月17日(日)@渋谷SMiLE
詩人・馬野幹さん×蛇口さんの朗読イベントで猫道さんとバトル!
今回「紙芝居ではなく朗読で」というオファーだったので、どうしたものかと模索中です。勝ちたいなー。「戦い」はやっぱ「勝とう!」って思わないとね☆
応援に来てください♥

7月18日(月)@下北沢Laguna
はっとりあつしさんのイベントのオープニングアクト。
ペガサス、ケバブジョンソン、トンカツ(二宮友和)、はっとりあつしwith村野瑞希(ザ・なつやすみバンド)と素敵な出演者ばかりなので楽しみです!

8月12日(金)@黄金町試聴室その2
IKAZUGOKEのワンマンライブ!
初ギグの次はいきなりワンマン!
色々やるつもりなんでぜひ見に来てください!ビールも冷えてます☆

8月20日(土)@大久保ひかりのうま
例の津田一矢さん企画イベント。
トンチンカンなダンディ爺さん(津田さん)、怒りの三十路(私)、妖艶かつキュートなバーレスクダンサー・Lily★Deliriumさん、今回は円熟した間男を演じるという詩人・蛇口さん、さらに津田さんのサポートアクトに二人の美人ミュージシャン・yohkoさんとアヤさん(JIGENN)が加わります。
きっと面白い夜になりますよ!

8月26日(金)@よるのひるね
北村早樹子×飯田華子「母親教室」第六回。
今回はゲストにイシダユーリさんをお招きします!
ゲストを呼ぶのは初の試みですが、新たな展開をご期待ください!


今夜のバイト(スナック)では牽牛と織女の逢瀬を願って「愛の讃歌」を歌おうかと思いますが、やめておこうかとも思います。

それではまた☆

ワンマンライブ後記

大阪・名古屋ツアー、東京に戻っての円盤ワンマンライブ、おかげさまで無事終了しました!

ツアーでは色々な方にお世話になったし楽しかったのでそれについても書きたいのですが、まずは土曜の円盤ワンマンについて書きたいと思います。

その前に、そもそもなぜ今回円盤でワンマンライブをやることになったかというと、円盤から私の紙芝居が冊子として発売されるからです。

今月から隔月で二作ずつ発行されていく予定です。

その発売記念ということで組んでいただいたライブでした。

冊子は、私もこの日初めて完成品を見ましたが、すごくいい仕上がりになっていました!

私の雑な紙芝居が、筆の荒さや発色はそのままに、静謐な紙面となっておさめられています。

これは紙芝居を写真に撮っていただき、それを印刷したものなのですが、カメラマンの方が色彩調整をすごく頑張ってくださったそうです。

写真ではなかなか実物のような発色にはならないそうで、「でもそれはそれで別にいいんじゃないですか〜?」などと私はヘラヘラしてましたが、円盤店主・田口さんは「いや、この夜っぽい青は大事な色だから」と仰いました。

また、印刷は山猫印刷というところでやっていただいたのですが、そこの代表の方が、発色や紙の厚さやフォントや改行などを丁寧に聞いてくださり、だけど私は自分の紙芝居が小さい冊子になることにいまひとつピンとこず、「おまかせします」としか言えませんでした。

でも、カメラマンさん、山猫印刷さん、そして田口さんのおかげで、とっても素敵な冊子になりました。

本当にありがたいです。

円盤、そして田口さんには、もう10年近くお世話になっています。

あ、「お世話になっています」って言い方ってどうだろか、ちょっと橋田壽賀子ファミリーとか和田アキコの派閥とかそういうアレみたいかしら?

「⚪︎⚪︎さんに可愛がっていただいてて」とかいうあの気持ち悪いセリフみたいかしら?

…などと気にしてしまうのは、田口さんは徹底して群れないしファミリーを作らないからです。

だから私のような人間でも呼んでくれたのでしょうし(10年前の私は今よりずっと社交性に欠けていました…まぁ、素直だったのでしょう)、私のほうも円盤に行くのが気が重くなかったのだと思います。

でも、私は田口さんにビビっています。

この方には適当なことは言えないなぁと思っています。

しかしよく言っているような気がします。

そんで「あーあ、くだらないやつだな」と思われているような気がします。

だいたい私の言葉の八割は適当なんです。

それも高田純次のようにアクティブな適当さではなく、その場しのぎの、相手を怒らせたくない・場を荒立てたくないというだけの言葉です。

ホステスの相槌です。

変化球もあって、相手によっては、「こういうこと言ったら喜ぶかな」と思ってちょっと過激めいた(でもほんとは全然過激ではない)ことを言ったりします。

10年前はまだ世の中というものにもっとビクビクしていたし、周りも自分より大人が多かったので、「あんまり適当なことを言っても見抜かれるんじゃないか、余計なことは言わないでおこう」と口を閉ざし、それゆえ社交も下手くそでしたが、最近は適当なことをどんどん言えるようになってきました。

たいして面白くもない社交のためのギャグにも笑います。

ここ最近、ライブ先でもバイト先でもすごく人間関係がラクになりました。

前は妙に緊張して妙に距離をとってしまっていたので、「話しかけづらい人」的なポジションになってしまうことが多かったのですが。

いえ、これはこれでいいと思うのです。

いいトシこいていつまでも素直すぎるのもどうかと思います。

私は20歳のときにスナックでバイトし、全然ダメで3日で辞め、その後23歳でキャバレーでバイトし、やはりダメで一ヶ月で辞め、その後ゴールデン街のカウンターに立ってそれは割と続いたんですが一年半でやっぱり辞め、もう水商売は絶対自分には向かないなぁと思っていましたが、結局今もまたスナックでバイトしてます、現在の店は一年弱ぐらいになります。

なんで急に水商売の話を始めたかというと、あの接客センスへの疑問がずっとあったからです。

お客さんのタバコに火をつけること、水割りのグラスが三分の一になったら作り足すこと、トイレットペーパーを三角折りにすること、などなどの行為が「サービス」としてまかり通っていることに20歳の私は順応できませんでした。

会話にしたって、歯の浮くようなお世辞は言えなかったし、話のとっかかりがないときは黙っていました。

そしてママにキレられました。

だって私だったらさー、タバコの火ぐらい自分でつけたいし、飲んでる途中にじゃんじゃん作り足されるのもなんか鬱陶しいし、トイレットペーパーが三角折りになってたら「うぇっ」って思うし、若いホステスにお世辞言われたってムカつくだけだし、話題がないなら下手なこと言われるより黙ってて欲しいもん。

ていうかスナックとか行かないもん。

お客さんの気持ちなんてわかんないもん。

…と思ったので3日で辞めたのですが。

でも、私のような、表現活動では食えないけれど表現活動をやっている、とりたてて資格がない、世間的にウリがあるとすれば「女」というだけの人間が(ってここまで自虐するのはマジのホステスさんへの尊敬ゆえです)、手っ取り早く雇ってもらえてシフトに融通がきくのはやはり水商売なので、その後もポツポツやったのでした。

そして現在、トイレットペーパーを三角折りにするのはすでに習慣と化し、まったく心を動揺させずにお客さんのカラオケに「いい声ですね〜(うっとり)」と言えるまでになりました。

いや、まだちょっとは動揺しちゃうかな。

「ほんとにいい声だと思ってんの?」って詰め寄られたらどうしよう、って思っちゃうかも。

でも、自分でもホストクラブに行ったりなどしてわかったのは、タバコに火をつけるのもお酒を作り足すのも三角折りもお世辞も全部「型」なのだということです。

お客さんはそういう「型」によって安心するのだから(もちろん相手によってはわざと型を壊す接客もありだけど)、いちいち「これは本当のサービスなのか?」などと考えずにこなせばいいのです、バイトなんだから。

このように思うことによって、水商売も社交も前より楽になりました。

社交は大事です。

お仕事だって人間関係づてに入ってくることが多いのだし、「アーティストだからコミュ力がなくていい」なんて言ってちゃいけません、だいたいそんなこと言う奴はコミュ力がないばかりでなく魅力じたいが全然なかったりします。

社交は大事です。

…でも。

やっぱりライブに行く目的が社交になってしまうのはいやだなぁと思うのです。

いえ、以前このブログで書いた銀座のショーパブも、ショーの後にダンサーさんたちが客席に行って一緒にシャンパンを飲んだりしていたわけですし、ストリップ劇場もアイドルのライブも「ファンとの交流タイム」があってこそだと思います。

横綱だって場所のあとはタニマチと飲むでしょう。

見に来てくれた人とのアフターも含めての「興行」です。

だけど、それは「興行」だから成立する関係だと思います。

明らかな「スター」あってこその「アフター」の価値です。

だから、別に社交のないライブだってあっていいと思います。

もちろん、「ライブをやってそのあとみんなで飲む」っていう身内イベントは悪いとはおもいません、和気あいあいと仲間同士でやる楽しさをダメなものだとはまったく思いません。

でも、あまりにも社交を重視しすぎると、「飲みたいだけだけどそれじゃ悪いから我慢してライブも見る」みたいな構図が生まれちゃうんじゃないかと思うのです。

そうすると見てるほうもやってるほうもうつろになりますよね。

なんなら「打ち上げから参加する」っていうわけわからない現象も起きたりして。

…などと、かくいう私こそ、どちらかといえば率先してアフターに飲みに行くタイプでした。

もちろんお酒が好きだからですが、私自身が「一観客」として一人で帰る状況に満足できないからでした。

思い出すのは中2のとき、初めて見た小劇場の芝居、流山児★事務所という劇団が実家の近くにあり、寺山修司脚本の「狂人教育」のチラシをたまたま見て、寺山がなんなのかもわからないまま入りました。

そして、快感に震えました。

今まで見ていた演劇と全然ちがう、綺麗ごとじゃなく、醜く汚い部分を前面に晒している、なのにダサくなりそうなギリギリのキワでクールにもってくその言葉のセンスや展開に興奮しました。

終わったあと外に出たら、先ほどまで舞台にいた役者さんたちがタバコを吸っていました。

見に来ていた友達と談笑している役者さんもいました。

ああ、あの輪に入りたい!と思いました。

私はなんでもないショボい中学生でした。

このままこの場所を離れてはショボい中学生としての生活にまた戻らなければいけません。

こんなに素晴らしかったのに、今の生活とは全然ちがう世界への扉が開いたと思ったのに、それが束の間の夢だったなんて、私はただの一観客だったなんて、ああそんなこと思いたくない…!

しかし、内気な私は「面白かったです」の一言も言わず、すごすごと家に帰りました。

あの帰り道は泣きそうでした。

その後も芝居やライブの帰りは、面白かったときも面白くなかったときも泣きそうな気持ちです。

そういうことから現在のような活動を始めてしまった気もします。

つまり自分が「観客」でいるのがむなしいと思ってしまう性分なのです。

「観客」という立場を想定できないのです。

結局、以前このブログのボーイミーツガール後記で引用した詩人の言葉のように、「自分を見る『客』がいるなんて傲慢だと思う」という発想と同じなのでした。

しかし、ではホステスとして一緒に飲む相手を楽しませる自信があるのかというともちろんそんなことはなく、楽しくできる相手が限られてしまうポンコツです。

だから、傲慢かもしれないけれど「ライブのお客さん」というものを想定しなければいけないとずっと思っていました。

私だって大人ですから、アフターありきの「お仕事」に呼ばれたときは一生懸命ホステスをやります。

(でもこんなこと書いちゃった時点で「ホステス」としては失格なのですが…。「ああ『仕事』だから楽しそうに飲んでる演技してんのね」って思われちゃうわけですから。でも、とはいえそんなにたくさんの方がこのブログを見ることもないと思いますし、やはり今回のことを書く上ではどうしてもはしょれないので書いちゃいます☆)

だけど、ワンマンライブ、それも円盤でのライブにおいては、完全に「ライブのお客さん」というものを想定してみよう、そしてみんなが一人で泣かないで帰れるような試みをしてみよう、というのが今回のコンセプトでした。

あとは、5年前に円盤で月一連載してた紙芝居を一挙にやりたいという気持ちもありました。

2014年の誕生会イベントでもやりましたが、これをもう一度、連載場所だった円盤でやりたかったのです。

それと、ともちゃんの「I'm proud」をみんなで斉唱したいとも思いました。

そういった願望を詰め込んだのが土曜日のライブでした。

ツアーの前から、泣かないでライブから帰るにはどうすればいいかをずーっと考えてました。


接客の基本は型である、というのは水商売のバイトの話です。

これは水商売ではなく自分のライブなのだから、自分だったらどうして欲しいかを考えて行動していいのだと思い、私だったらどんな言葉を言って欲しいかと考えました。

私が観客なら、ライブをしている人に孤独であって欲しいと思いました。

そして、「孤独でいい」と言って欲しいと思いました。

ライブから「帰る」のではなく、会場を出たらまた物語が始まるのだと言って欲しいと思いました。

ライブの帰り道には、さぁこれからたった一人で誰も見たことのないお話を始めるのだ、と思いたい、と思いました。

だからそういう言葉でビートルズの「イエスタデイ」の替え歌を作りました。

で、これを歌うためには私自身が一人で帰らなければいけないと思いました。

ライブ活動をやっていくうちに、いつしか気安い仲間ができ、ライブのあとは仲のいい友達と楽しく飲むようになっていたけれど、そんなんじゃいけないと思いました。

お客さんに一人で歩けという以上、私自身が楽しい仲間と群れたり社交したりしてはいけないのです。

そんなわけで、この日会場には色々な方がいらしてくれて、本当は終わったあともご挨拶をしたりお話したりしたかったのですが、ライブの勢いで外に出てそのまま本当に帰りました。

…と、言いたかったところなのですが。

円盤に財布を忘れて取りに戻りました。

あー!格好悪い!!

でもね、ちょっとホッとしたところもあったんです。

店のドアを開ける時、「待って!」と言ってお花をくださったご婦人がいました。

はじめてお見かけした方なので、ご連絡先もわからず、お礼も言えないまま外に出てしまいました。

他にも、お世話になっている方や久々にお会いした方などもいらしたので、ひどく不義理をしてしまったような後悔でいっぱいでした。

だから財布を忘れたときは、「これで戻る(挨拶する)口実ができた…」などと思ってしまったのです。。。

…あー!甘いですね!

しかし、円盤に戻るともう多くの方が帰られたあとで、残っているのもよく知っている友達ばかりだったので、「えー、財布忘れたの!?かっこわりー!!」と笑われながら財布だけ取ってさっさと帰りました。

ここでまた腰据えて飲んでっちゃ台無しだと思ったので。

そんなわけで、ご来場くださった方々にはきちんとご挨拶できないままでしたが、この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。

本当にありがとうございました!!

試みが成功したのかはよくわかりませんが、実験の場におつきあいくださったことが本当に嬉しいです。

また、初売りの紙芝居冊子や、私と北村早樹子さんのDVD「母親教室コント集」、漫画などもお買い上げくださった方も多く、翌日荷物を引き取りに再び円盤に行った際、田口さんから聞いてニヤニヤしてしまいました。

心から感謝いたします!!

この紙芝居冊子とDVDについて、まだご覧になっていない方は、ホームページの物販情報も更新しましたのでぜひ見てみてください!
http://iidahanako.jimdo.com

…と、酔っ払って夜中に書いてたら朝になっちゃいました。

あとで読み返すと後悔するかもしれませんが公開します。

これからもよろしくお願いします。

なってるハウス、グッドマン、わかみほ新学期、神保町試聴室、母親教室、ツアー予定、ワンマン

4月23日は入谷なってるハウスにて金澤美也子さん・レオナさん・小埜涼子さんとご一緒し、ゴールデンウィークは4本イベントに出演してきました。

どれも楽しいイベントでしたが、ことに、なってるハウスのイベントは楽しかったです。

最後に出演者全員でコラボレーションをしたのですが、それに向けては前もって準備や練習などをしていたので、やっぱりそういう準備期間があると楽しさはひとしおだと実感しました。

最初に主催者のやんてらさんからコラボのお話があったとき、タップダンス(レオナさん)とサックス(小埜さん)と鍵盤(美也子さん)と私(紙芝居)でどう絡もうかとても考えました。

以前にもダンスと紙芝居でコラボをしたことがあったのですが、動く肉体と私の絵、同じステージ上に注目するものが二つあると気が散るように思いました。

それで、今回は紙芝居ではなく朗読だけでお話を展開し、そこに音とダンスが絡んでいく方式を考えました。

入谷は吉原が近いのでソープランドの物語にしようと思ったのですがなかなかまとまらず、そんな折に湯原昌泰さんにたまたまお会いし、男子の気持ちを色々伺って、それをほぼコピペしてお話を作りました。(湯原さんは『東京荒野』という雑誌の編集長で、ご自身も小説を書かれていて、あと最近は全然やっていないようですが音楽もされている方で、小説も歌も人柄もすごくいいです)

で、完成した脚本は、男(客)役と女(泡姫)役とがどうしても必要になったので、美也子さんには鍵盤を弾きつつ女優としても朗読することをお願いし、さらに歌も歌っていただきました。

この日の出し物はもちろんこれだけではなく、小埜さん+美也子さん、小埜さん+美也子さん+レオナさん、小埜さん+美也子さん+私、などなど各種変形コラボがありましたので、全員かなりのお仕事量だったと思います。

それでも、一番負担が大きかったであろう美也子さんが「いやぁ、楽しいねぇ!」と明るく言ってくださったので、ものすごく救われました。

美也子さん以外のお二方は、この日に初めてライブを拝見したのですが、もうとても格好よくて息もつけないほどでした。

レオナさんは酒を飲みすぎて電柱にぶつかったエピソードをタップダンスで表現し、小埜さんは自分言語(小埜さんが自分で作った、世界でユーザーが一人しかいない言語)による歌を歌ったりされていました。

しかも、ただ面白いコンセプトをやっているだけではなく、技とセンスで素晴らしいライブに昇華されていてコーフンしました。

コーフン状態のまま最後のコラボに出ましたが、ご一緒した皆さんの出す音のうねりの中で言葉を発するのは快感でした。

いらしてくださったお客さんは皆あたたかく、なってるハウスの雰囲気もやりやすくて、いい状態でライブができたように思います。

また、今回は私が脚本を書いて「これでお願いします」という形でコラボを進めてしまったけれど、皆さんのライブを見ていると、まずそれぞれのお話を聞きながら進めていくやり方のほうがいろんな膨らみが持たせられたと思いました。

また機会があったらそうしたいです。

金澤美也子さん、レオナさん、小埜涼子さん、主催者のやんてらさん、そして湯原昌泰さん、ありがとうございました!!


その次のライブは29日、秋葉原グッドマンにて、グッドマン20周年イベントでした。

色々な方が出る長いイベントだったので、私は途中から行ったのですが、あっこゴリラさんを初めて見て「すげー!」と思いました。

ちょっと前まで私はラッパーという人種に対して「調子乗っててムカつくやつら」という偏見を持っていましたが、最近面白いラッパーに出会うことも多くなりその偏見が覆されています。

その後私も自分の出番で紙芝居をやり、最後にラップをしましたが、客席にあっこゴリラさんのお姿が見えて震えました。

もっとラップを頑張りたいです。


5月1日は「わかみほ新学期」という若林美保さんのイベントに出てきました。

若林美保さんを一番最初に拝見したのは8年くらい前で、格好よくて美しくてかつ面白い方だなぁと憧れていましたが、去年ドラびでおさんと若林美保さんのユニット「ドラ☆美保」のイベントに呼んでいただいたことでお知り合いになれました。

この日は制服イベントだったので、わかみほさんは女教師のようなコスチュームで踊ったり、セーラー服に三つ編みで歌われたりしていましたが、やはりとても美しくて、しかも可愛かったです。

その後、メンズサイゾーの若林美保さんのインタビューを読んだら、
「表現って相手に伝わらなければ意味がないと思うんです。『こんな気持ちを表現したのにどうしてわかってくれないの?』って風にはなりたくない。だってそれじゃただのオナニーじゃないですか。」
とおっしゃっていて、本当に素敵な方だなぁと思いました。

この日私は「虹川虻子の秘技」「ガラスの十代」「あなたの知らない風俗」をやりました。

お客さんの反応もあたたかく、持っていった漫画も完売して嬉しかったです。

ありがとうございました!!


5月4日は神保町試聴室にて、ペガサスとネネカートと鈴木博文さんとご一緒しました。

かねてより好きだったペガサスを拝見できて嬉しかったです。

ライブはやはりとてもよかったです。

私は最近あまりやっていなかった紙芝居と映画をやりました。

最近はライブでやるものが結構決まってきてしまい、何パターンかのローテーションになってしまっているので、それじゃいかんなと思ったのです。

反省点もありますが楽しい夜でした☆


そして5月6日は私と北村早樹子さんのシリーズ企画「母親教室」第5回。

去年の6月から始まってそろそろ1年になります。

去年作ったミュージカル「二十四の瞳ちゃん」の脚本は、この「母親教室」あってこそでした。

ミュージカルの最後は北村さんにご自身の持ち曲「朝も昼も夜も」を歌ってもらう構成にしたのですが、というのも私はもともとその歌がとても好きだったのですが、「母親教室」で北村さんの話を色々聞いたことで歌の解釈が変わり、それがそのまま脚本のテーマになったからでした。

北村さんとはその後、ニューアルバムのPVを作らせて頂いたり、物販グッズのイラストを描かせて頂いたりなどお仕事でも色々お世話になりました。

また、今月から『特選小説』という月刊官能小説誌で北村さんの連載エッセイが始まりますが、それのイラストも私が担当させて頂いてます。

そういう公私ともども(まぁ「公」も「私」もあんまり分かれてないですが)大事な人である北村早樹子さんとの大事な企画がこの「母親教室」なのです。

どんなイベントかというと「今後母親になる予定も願望もない三十路独身女二人が『母親』について考えるイベント」で、基本的には二人のトークをこってりやり、そこに10分くらいの短いコントとお互いのソロが各5分ずつ、という感じです。

トークの内容はだいたい暗い出口のない話なので、別の場所で私のライブをご覧になって来たお客さんがいると「大丈夫かな?しんどくないかな?」といつも心配になります。

いや、しかしそういう妙な気遣いがより重い空気にするのではないかと、言いたいことがあるなら人の気分を害するとしても言うべきなのだと、周辺ばかりを引っ掻いても肝心な部分はどんどん膿んで腐臭を撒き散らすだけではないかと、最近はそういう気持ちになってきたので、前回(2月5日)私はなぜ自分が母親になりたくないのかという思いの丈を恥ずかしげもなく作文に書いてそれを発表するという行動に出ました。

それで今回は北村さんに作文を書いてもらうようお願いし、北村さんは一ヶ月くらいかけてしんどい作文を書いて発表してくれました。

どんな内容なのかは来た人にしかわからないし、作文の発表とはいえライブなので、あとから言葉で説明することはできない・したくないですが、ハードな内容をユーモラスに描く北村さんのポップセンスに脱帽しました。

また、この日の最後のソロでは、コントの続きだったため北村さんはニワトリの姿のまま「卵のエチュード」を歌ってくれました。

これは誕生と出発の決意がこもったすごく力強い歌なのですが、途中で歌詞が飛んだので、あとで「どうしたの?」とたずねたところ、「歌詞の意味に気付いて混乱した」と北村さんが仰っていて、ああ天才っていうのは意図せずに物を作るんだよなぁと改めて思いました。

さてさて、そんな「母親教室」ですが、来週はなんと大阪出張編です!

2016年5月18日(水)
「母親教室」
@日本橋orなんば ロフトプラスワンウエスト
OPEN 18:30 / START 19:30
前売¥2,000 / 当日¥2,500(共に飲食代別)※要1オーダー500円以上
前売券はイープラス、ロフトプラスワンウエスト店頭&電話予約にて!
※ご入場はイープラス→店頭電話予約→当日の順となります。
イープラス:http://eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002189320P0030001
電話:06-6211-5592(16時〜24時)
出演:北村早樹子、飯田華子


大阪は初めましての方も多く、長く時間のとれるイベントなので、ソロもコントもたっぷりやります!

ど平日ですがぜひ遊びに来てください!!


私はそのまま大阪に残り、20日に千日前、21日に西成、そして22日は名古屋に移動して金山で紙芝居をやります☆


2016年5月20日(金)
「飯田華子と4人の初夜 at味園」
@大阪千日前・味園ビル2階 BARニューコンコルド(大阪市中央区千日前2-3-9)
19時開場 20時開演
1000円+1ドリンクオーダー
紙芝居:飯田華子、石井モタコ、中林キララ、matako、木石南
詳細http://ao-tsuki.com/?page_id=12


大阪で私の漫画冊子を販売して頂いているアオツキ書房さんに「大阪に行くのでなんかやらせてください」とお願いしてこのようなイベントを組んでいただきました☆

全員紙芝居をやるイベントです。

私以外は初紙芝居に挑戦とのことですが、オシリペンペンズの方や中国武術の方など面白い出演者ばかりなので、きっと色んな発見のある夜になるはずです。

会場のBARニューコンコルドがある味園ビルもとっても素敵なので、ぜひ飲みがてら見にきてください!!


そして翌日はこちら!

2016年5月21日(土)
「釜ヶ崎は今日も晴れだったVol.6〜釜ヶ崎純情浪漫ポルノ〜」
@釜ヶ崎・難波屋
大阪府大阪市西成区萩之茶屋2-5-2(西成警察を北へ徒歩1分)
開演19:00/ 終演21:00 投げ銭
出演:飯田華子、越路よう子


イカした立ち飲み屋・難波屋さんのイベントです。

難波屋さんには3年くらい前に泊さんとご一緒に出ましたがそれ以来。

私はここのトマトチューハイと肉豆腐が大好きです。

越路よう子さんと私のコラボもありますので、これもぜひお酒片手にお楽しみください!!


その翌日は名古屋です!

2016年5月22日(日)
「スナックブラジル」
@金山・ブラジルコーヒー
チャージ\1500+1ドリンク(\500)
19時オープン/19時半スタート
キャスト:飯田華子(18禁紙芝居)、角田波健太(music)、Charlie Hopper(絵と詩)
※予約も当日もお値段は変わりませんが、ご予約いただいたお客様にはスナック盛り合わせの特典が付きます♥ご予約はこちらから→charliehopperch@gmail.com


名古屋の金山にある素敵な喫茶店「ブラジルコーヒー」でイベントです!

以前名古屋に行った際ここでお茶をしたところとてもいい雰囲気だったため、名古屋在住の画家CharlieHopperさんに「ブラジルコーヒーでなんかできないですかねぇ?」と言ってみたところ実現しました。

どんなイベントにしようか Charlieさんとお話ししてスナックみたいな気楽なイベントにしましょうということになり、お客さんに参加していただくカラオケタイムなども設けてあります。

マスターの角田さん、CharlieHopperさん、私で接待しますので、今日の疲れを癒すため、明日の活力を補給しに、ぜひぜひ遊びにきてください☆☆


そして東京に戻って月末はワンマンショーです!!

2016年5月28日(土)
飯田華子ワンマン
@高円寺円盤
19時開場/19時半開演
1500円(1ドリンク付)


すんごく久々の円盤ワンマンです。

紙芝居「街」と「花」をやります。

あとは最近考えていることの結果を提示できたらと思います。

何を考えているかというととてもくだらないことです。

とにかく私一人なので、いかような空間になろうと責任は自分でとれるので、それはとても自由なことだと思います。

できる限り己を解放したいので、「わけわからなかった」と言われてももう知りません。笑

いや、もちろん面白い夜にしたいと思いますが、モノ好きな人に来て頂けたら本望です。

いろんなモノをお見せします♡


というワケで今月後半も頑張ります。

よろしくお願いします!

半年ぶり

最後の記事は去年の10月、これからミュージカル「二十四の瞳ちゃん」をやるぞ!ってとこで終わっていました。

もう半年も前ですが、おかげさまで公演は無事終了しました。

大変なことも素晴らしいことも凝縮された、青春みたいに濃厚な企画でした。

私は青春が嫌いです。

輝かしい青春から疎外されていた者の僻みでしょう。

まったく冴えない思春期を送った私は、部活や勉強を頑張ったり、仲間とわいわい楽しそうにしている同級生を見下していました。

「そんなアツくなっちゃってばかみたい」とせせら笑ってクールなふりでもしてなくちゃ、自分の惨めさに耐えられそうにありませんでした。

やがて目を背けられなくなり、結果、
「いーっひっひっ!惨めに孤独に生きてやる!」
といった決意をするに至ったのでした。うへぇ。

そんな自分が「みんなで一生懸命やって楽しかった」などと思うとは。

だから、この気持ちを手放しで表現するのはどうも恥ずかしいというか、居心地が悪いのです。

あの僻みまくりだった自分への操を立てたいのかもしれません。

いや、でもさぁ、「こんなに楽しかったよありがとう」なんて文章面白いですか?

「あぁそお、よかったですね、へん!」って感じじゃない?

そんなわけで、「二十四の瞳ちゃん」終了後、感動に胸いっぱいだった私はブログを更新できなかったのです。

ポジティブな言葉ばかり書いてしまいそうで。

あと、実はちょっと自分では至らなかったと思う反省点もいくつかあって、そういうのもメソメソ書いちゃいそうで、でもそういうのを書くのってどうなんだろうなぁとかも思って、あ、でもそんな各方面の反応を気にしなきゃいけないほどの公演でもないしいいのかな?いやいや、お金を払って見に来てくれたお客さんがいて、プロの表現者が出演してて、それを「そんなたいそうなもんじゃないんですが」なんて言っちゃだめでしょう、自己卑下にお客さんや出演者を付き合わせちゃだめでしょう、いや、でも、ああ、もう、めんどくせえ。

とりあえず、ちょっとだけ小さい字でポジティブなことを書きます。

皆様ほんとにありがとうございました!
自分ひとりで作っているのとは全然違い、大変でもありましたが、学ぶことの多い企画でした。
みんなで力を合わせて一生懸命やるはいいなぁと実感しました。
自分の未熟さをかみしめつつ、またご一緒した演者やミュージシャンの素晴らしさにドキドキしつつ、本当に楽しい時間が過ごせました。
お客さんも、遠方に住んでいる方や病み上がりの方、ずっと会っていなかった友だちなど、みんながわざわざ時間を作って見に来てくれて、ものすごく嬉しかったです。
あの公演に参加くださった方々、ご来場いただいた方々に、心から感謝しております。
またいつか再演できる機会があれば幸せです。
そのときはさらに面白い舞台に仕上げたいと思います。


モナムール☆


さて、ミュージカルが終わると現実が待っていました。

辛気臭い話ですが、私はあまりお金を持っていません。

バイトの時間を削るかライブの時間を削るかのせめぎ合いの中で生きております。

でもまぁ公演も終わったことだし、もうすこし暮らしを安定させたいと思い、求人サイトを見てとある事務職に面接に行きました。

「表現活動をしているので週4日程度の勤務を希望します」
と言ったところ、面接官の女性から、
「それはいずれは表現活動で食べていきたいということですか?」
と聞かれました。

「…あー、そうですね、バイトよりも比重を置きたいというか、まぁ、はい、そうです」

「だったらですね、うちの仕事ちゃんとお任せできるようになるには一年はかかるんですよ。でも、仕事をやっと覚えたところでもし辞められてしまっては、こちらもちょっと…」

「あ、そこは、あの、ご迷惑をおかけしないように頑張ります」

「うーん、でも今もう31歳じゃないですか(※その日私は31歳の誕生日でした)。うちで働く時間が『寄り道』のようになってしまってはいやだなぁと思うんです。それよりは、もっとすぐにできる単発のバイトとかで生活を支えながら、ご自身の表現活動に本腰を入れられたほうがいいんじゃないですか?」

「…」

絶句。

からの涙。

いやぁ、びっくりしましたね。

向こうも私も。

まさか泣いてしまうとは。

「…本当にそのとおりですね」

と言って私は目をぬぐいました。

うろたえる面接官の女性に謝りつつ、自分は何をやっているんだと思いました。

新卒で入った会社を7ヶ月で辞め、それからはバイトを転々としつつ、イベント前夜は絵の具にまみれる生活をして、気づけば三十路を過ぎていました。

お話を考えることも絵を描くこともライブすることも、楽しいからやっていました。

バイトをしながら活動をするのは大変でもあったけれど、でもこれは楽しいことだから、自分が好きでやっているのだから、お金にしたいなんて思っちゃいけないと思っていました。

でも、お金になったらどんなにいいだろうかとも思っていました。

本当は、お金にするのが怖かったのです。

「やりたいからやっている」というスタンスでいる限りは誰からも批判されないけれど、「仕事」とした瞬間、自分の金額がはっきり提示されます。

もしかしたら一銭の値打ちもないかもしれない。

やりたくもない表現をしなきゃいけなくなるかもしれない。

私はギャラ交渉もあまりしてませんでした。

ありがたいことに、最近ではだんだんギャラをくださるイベントにも呼ばれるようになってきましたが、「仕事なのでギャラいくらじゃなきゃ出られません」というスタンスはとっていませんでした。

もちろん自信がないからですが、もうひとつの理由は、もうこれは言い訳みたいに聞こえるかもしれませんが、やはり、お金にならなくてもただやりたいからやるという表現が好きだからです。

どんな場でもどんなお客さんでも面白がらせるには、ある程度のわかりやすさや媚びやケレン味が必要ですが、そういうものから解放された、不親切で突き放すような表現に、私は実はグッときます。

坂口安吾の言う「文学のふるさと」です。

で、そういう、ただやりたいからやる表現のイベントは、ほぼギャラが発生しません。

あたりまえの話ですね。

でも、私はそういう場にいて刺激を受けたいし、そこで自分も実験していきたいと思っていたのです。

なのにウケばかりを気にする私は、ある程度活動を続けたあたりで、だんだん作っていくのが苦しくなりました。

「こういう話にしちゃおっかな、あーでもこんなんじゃあんまりウケないんだろうな、でも別に仕事でやってるわけじゃないんだからいいじゃん、いや、でも、ウケたい、っていうかウケなかったときのあの空気に私は耐えられない、うーん、どうしよう、あ、もうバイトの時間だ」
って感じ。

もちろん、自分でも納得のいくものが完成して、それがウケたら、苦しんだ分めちゃめちゃ気持ちよくなるんですけども、その気持ちよさのためにバイトの時間を削ると今度は生活が苦しくなるので、どうしたもんかと考えあぐね、27歳のときに一旦活動休止したのです。

そのときの私のプランはこうでした。

漫画を描いて投稿する。
 ↓
漫画家として収入を得られるようになる。
 ↓
それによって名を知られ、ライブにもお客さんが来るようになり、ギャラが発生するようになる。
 ↓
バイト生活を脱出し、実験的な(つまり必ずしもウケやオチを気にしない)ライブもしつつ表現で食えるようになる☆

…でも、全然漫画を描かなかったのです。

描いたからって漫画家になれるかもわからないのに漫画を描くのは、紙芝居を作るよりずっとしんどい作業でした。

具体的な締め切りがない私は、作業を延ばし延ばしにしてしまいました。

半年くらい休んだあたりで、あー私このままじゃなんも作らないなぁと思い、ちょうどそのときに「白楽でライブしませんか?」というお話があったので、やはりこういう機会があればとりあえずなんかは作るだろうということであっけなく活動再開しました。

そして31歳の誕生日、面接官に、「もっと本腰を入れたらどうですか?」という助言をされるに至ったのでした。

本当にそうですそのとおりです。

ということで、不採用決定って感じのオフィスを出て、目の前の公園でもう一度少し泣いたあと、家に帰った私は某メジャー誌の新人賞に漫画を送りました。

翌日には占いに行って、
「表現活動で食べていくにはどうすればいいですか?」
と聞き、
「飲み屋やスナックで出張紙芝居をやるといいでしょう」
という助言をもらいました。

その二週間後には某出版系のイベントにのこのこ出かけ、そこにいた友達になんか仕事をくれと頼みました。

そんなことは恥ずかしいからあまり言わないようにしていましたが、ちょっとなりふり構ってられない状況かも、って気づいたのです。

あと、某文学賞に初めて書いた小説を送ったりもしました。

そうこうするうちに歌手の北村早樹子さんがニューアルバムのPV製作と物販グッズのイラストのお仕事をくれました(なんてありがたいのでしょうか 泣)。

また、たまたま私のライブをご覧下さったプロのショーダンサーさんがご自身のバースデーパーティーに誘ってくださり、銀座のショーレストランに出演しました。

これは本当に勉強になった経験でした。

ご依頼いただいた紙芝居は7分半の短いものなのですが、そのために別日にみっちりリハーサルをして、照明・音響の細かなキメから演技指導までしていただき、それも私の紙芝居の味を分かってくださった上での演出なので、とてもありがたかったです。

「ハコに合わせたエンターテイメントにしましょう」
とそのダンサーさんはおっしゃっていて、「プロ」だなぁと尊敬しました。

「プロ」って格好いいですね。

もちろん、「プロ」じゃない表現こそ私のふるさとですが、ではそのダンサーさんがエンターテイメントなものだけを支持しているかというとたぶんそんなことはなく、本当は純文学っぽいものがお好きなんじゃないかと思われます。

むしろそれが芯にあるからこそ「プロ」の味付けが冴え渡るのではないでしょうか。

安吾も、「ふるさとは我々のゆりかごではあるけれども、大人の仕事は、決してふるさとへ帰ることではない」と言っています。

っていうか私は安吾安吾うるさいですね。すみません。

銀座でプロのダンサーさんとご一緒して、お金になるための「仕事」とそうではない「表現」はまた違うのだと実感しました。

高円寺の小さなカフェでやる詩の朗読は銀座のダンスショーほどお金にはならないけれど、だからといってお金にならない詩の朗読が自己満足なわけではないし、またダンスショーがお金のためだけの媚びたニセモノなわけでもない。

こうして文章にしてしまえば当たり前の話ですが、私はどちらの現場にもいられるようでありたいと思いました。

だから、不親切かもしれないけれどぜーんぶ好きなようにした出し物と、ウケを狙った親切な出し物と、二種類できるといいなぁと思いました。

ぜーんぶ好きなように作るのも、ちゃんとウケを狙うのも、そうとう難しいことですが。

勉強になったことのもう一つはギャラ交渉です。

私は最初ウブぶって「えー、そんなぁ」ともじもじしましたが、そういうのはいいから君のギャラはいくらなんだい?って話ですよね。

「だってこれで食べていきたいのでしょう?」
と言われ、私ははっとしました。

そうだ、私は私に値札をつけなくてはいけないのだ。

月給いくらと決められたバイトや会社員ではなく、自分で考え自分で交渉し自分で獲得しなければいけないのだ。

自分で仕事をするとはそういうことなのだ。

なんだか、全国を渡り歩くたちんぼになったような、すこし怖いような気持ちと自由な気持ちになりました。

また、このバースデーショーをご覧下さった方から、宴会の余興としてお声もかかりました。

ふつうのライブイベントみたいにお客さんから入場料をとって出し物をするのではなく、お酒の席でちょっと一本紙芝居を、という呼ばれ方です。

あ!これは占いで言われた「飲み屋やスナックで出張紙芝居をやる」助言のようではないか!と震えました。

もっとどんどん呼ばれるようになったら嬉しいです。

文学賞は二次選考で落ちました。

漫画賞は編集部から電話があり、「選考には残らなかったけれどちょっとこういう方向で描いてみてまた持ってきてください」と言われ、だけどその方向はあんまり本意じゃなかったためまだ描いていません。本意とか言ってる場合じゃないんですが。

友達のおかげで徐々にイラストの仕事などをいただけるようになってきましたが、現在の私はいまだバイト生活で汲々としています。

でも、とりあえず動いたらちょっとは事態が変わるかもしれない、というのがこの半年で感じたことです。

悪いようにはならないといいなぁ。


さてさて、今月来月はライブが続きます。

まずは明後日!

2016年4月23日(土)
@入谷なってるハウス
開場19:00/開演19:30
予約2,500円/当日2,800円(共に+1drink)
出演:金澤美也子(ピアノ)、飯田華子(紙芝居)、レオナ(タップダンス)小埜涼子(サックス)
お問い合わせ→yanterapunk@gmail.com


金澤美也子さんのピアノ、レオナさんのタップダンス、小埜涼子さんのサックスとともに、四人で吉原ソープの物語をやります!

翌週の金曜日はこちら!
2016年4月29日(金)
クラブグッドマン20周年記念公演 <vomi!〜elektro guzzi Tour編〜>
@秋葉原GOODMAN
OPEN 12:30 / START 13:00
adv¥2800 /door¥3500 (+1drink order)
【出演】
●Elektro Guzzi(from:ウィーン)
○GROUNDCOVER.
●henrytennis
○DJ MEMAI×MUROCHIN(WRENCH, DOOOMBOYS,BERSERKER)× 竜二(rega, REVITALIZED)
●aoub
○Turbohaler(from:ノルウェー)×Kazehito
○VOGOS
●NRQ
○bossston cruizing mania
●BOOL
○食品まつりa.k.a foodman
●あっこゴリラ
○飯田華子
●KIRIHITO
○明日のアー(コント)
※イベントページ:http://www.clubgoodman.com/blog/?p=11240


グッドマン20周年イベント!素敵なミュージシャンが目白押しです!

その二日後!
2016年5月1日(日)
わかみほ新学期〜5月病をふっとばせ!〜
@代々木バーバラ
open15:00 start15:30
前売3000円 当日3500円
※大学生割引あり
出演:
Li2MiHOLiC+phallus
結月里奈+組原正(生音アイドル緊縛ショー)
飯田華子(18禁紙芝居)
目白バタイユ(エロ落語)
喰美彦
小田海(おだまりん、元JKシンガー)
桜井明弘(現役高校教師)
and more
※制服大会


美しいマルチパフォーマー・若林美保さんのイベントです!
制服大会だそうなので、私も制服を着て臨みます☆

さらにその二日後!
2016年5月4日(水)
「はじめまして東京」
@神保町・試聴室
17:00開場 17:30開演
予約\2800 当日\3300(※ともに1ドリンク&スナック込)
出演:ネオカート(from大分)、ペガサス、飯田華子
スペシャルゲスト:鈴木博文


これもまた楽しみなライブです!
ペガサスをまだご覧になったことのない方はぜひ!!

さらにさらにその二日後!
2016年5月6日(金)
「母親教室」第5回
@阿佐ヶ谷・よるのひるね
19時半開場・20時開演
予約1500円+1ドリンク(500円)
当日1800円+1ドリンク(500円)
出演:北村早樹子、飯田華子


北村さんと私のシリーズ企画第5回目。
「今後母親になる予定も願望もない三十路独身女二人が『母親』について考えるイベント」です。
シリーズ企画ではありますがそんなに連続性もないので、初めてのご参加の方もぜひ!
今回は北村さんがお母さんについての作文を読みます!!

そして5月はツアーもあります!

5月18日、20日、21日と大阪、22日は名古屋です☆

2016年5月18日(水)
「母親教室」大阪編
@日本橋orなんば ロフトプラスワンウエスト
OPEN 18:30 / START 19:30
前売¥2,000 / 当日¥2,500(共に飲食代別)※要1オーダー500円以上
前売券はイープラス、ロフトプラスワンウエスト店頭&電話予約にて近日発売開始!
※ご入場はイープラス→店頭電話予約→当日の順となります。
イープラス(4月23日より発売開始!):http://eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002189320P0030001
電話:06-6211-5592(16時〜24時)
出演:北村早樹子、飯田華子


「母親教室」なんと大阪出張編!
お互いのソロライブ、トーク、コントとみっちりやります!!

20日はまだ詳細未定ですが、決まり次第ホームページやツイッターでも更新していきます。

そして土曜日はこちら!
2016年5月21日(土)
釜ヶ崎は今日も晴れだったVol.6
〜釜ヶ崎純情浪漫ポルノ〜
@釜ヶ崎・難波屋
大阪府大阪市西成区萩之茶屋2-5-2(西成警察を北へ徒歩1分)
開演19:00/ 終演21:00 投げ銭
出演:飯田華子、越路よう子


大好きな立ち飲み屋・難波屋さんで、越路よう子さんとツーマンショー☆
この日は難波屋おすすめの肉豆腐とトマトチューハイでキメたいと思います!!

その翌日は名古屋です!
2016年5月22日(日)
スナックブラジル
@金山(名古屋)・ブラジルコーヒー
チャージ\1500+1ドリンク(\500)
19時オープン/19時半スタート
キャスト:飯田華子(18禁紙芝居)、角田波健太(music)、Charlie Hopper(絵と詩)
※予約も当日もお値段は変わりませんが、ご予約いただいたお客様にはスナック盛り合わせの特典が付きます♥ご予約はこちらから→charliehopperch@gmail.com


去年の年末に名古屋でライブをしたさい、リハーサルの合間にブラジルコーヒーへ行き、「こんなとこでライブしたいなぁ」と思ったことから実現しました!
スナックイベントなので、カラオケタイムはぜひみなさまもご参加ください☆
キャストがチークダンスのお相手もいたします!

東京に戻って月末はワンマンショーです!
2016年5月28日(土)
飯田華子ワンマン
@高円寺円盤
19時開場/19時半開演
1500円(1ドリンク付)


お楽しみいただけるよう色々工夫をこらしますのでぜひ来てください!!

…というわけで、面白そうなことばかりしてたら狂ったスケジュールになりました。

やりたいことをやれるうちにやれるだけやろうというのが現在のモットーです。

なにとぞみなさま、よろしくお願いいたします☆☆
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