飯田華子ブログ

※ホームページはこちら→http://iidahanako.jimdo.com/

地獄の空気

6月までは「無観客配信ライブ」という形をとっておりましたが、7月からまた生でご覧いただける機会が少しずつ増えそうです。

やらせていただける場所があること、来てくださる方がいること、ものすごくありがたく、幸せに思います。

まだまだ新規感染者も出ており、ワクチンが開発されたわけでもありませんが、なぜか緊急事態宣言が解除され、なぜかステップ3になり、「withコロナ」や「自粛から自衛へ」と言われておりますので、いいか悪いかは個人の判断で、ってことかなと思います。

こうなるとますます、あの圧力的な「自粛要請」により潰れたお店や失業した人たちはなんなんだろう…という気分になります。

そして、自分はなんなんだろう…とも。

3月4月は、私自身で延期を決断したライブがありました。

たいていはハコや主催者の方が延期・中止を判断くださいましたし、それについてはなんの不満もないのですが、やはり自分が決めたものには、責任というか、辻褄を合わせなければいけないような気がしてしまいます。

本当は「お客様が一人でも来るならやります!」とイキりたかったです。

そして誰かに「気持ちはわかりますがここは延期にしましょう」って言って欲しかったです。

でもまぁ「何そのプレイ?」って感じだし、私は世間の空気を読みました。

もちろん感染拡大を恐れたからですが、なんか、今となってはその恐れも空気だったのではないかと思えてきて、自分で自分が情けないです。

連日の感染者増加のニュースや、周りがどんどんライブを中止・延期していくのを見て、私は「こりゃ本当にやべ〜」ってビビりました。

しかし今、その恐怖や危機感は薄れています。

「あのときは医療崩壊寸前で活動は控えるべきだった、今は医療体制も整ったから大丈夫」という言い方はできるかもしれません。

でもそれってちょっとずるいような、何かを未精算のまま置き去りにしていくような気分です。

自粛警察、潰れたお店、エッセンシャルワーカーの負担、死の恐怖、感染者やその家族の苦しみ…。

4月5月の日本は割と地獄の様相でしたが(今も終わっていませんが)、それを作り上げたのはウイルスそのものよりも、「空気」なんじゃないでしょうか。

空気を読んだ私もまた、地獄を再生産したといえないでしょうか。

…って、こんなこと、自分で延期しなかったら思わなかったかもしれませんが。

大人として生きるには地獄に加担せざるを得ない部分もあるけれど、そこに何の葛藤や悔恨もなく、「あの時はそういう感じだったから仕方ないよ」と都合よく忘れ、今を生きてよいものでしょうか。

このような自分をよしとしてしまっては、私は永遠に地獄を再生産するのではないでしょうか。

この半年の間に、二度と戻らなくなったものがたくさんあります。

今もまだ収束はしてないので、これからも色々なものが失われていくでしょう。

でも人の意識や感覚はあまり変わっていないようです。

とりあえず私はそうです。

絶対に元どおりにならない世界なのに、新たな生活スタイルが築けぬまま今までやってきたやり方で暮らし、どんな夢を見ていいのかわからず、気持ちの悪い日常を送ってしまう自分に忸怩たる思いです。

生でご観覧いただくライブを再開するにあたって、実はちょっと悩みました。

延期したのも空気なら再開するのも空気じゃん(「ステップ3」とかいってるけど空気でしょ、こんなの)、ずっと翻弄され続けてていいの?って思いがあって。

でも、「だからライブをしません」という態度もまた、誠実なようでいてただの自己満足かもしれないとも思いました(確固たる信念のある方もいるでしょうが、私がやっても「信念ぶりっこ」になりそうです)。

何より、出演者がいなければハコは回りません。

ご覧くださる方がいるのなら、やりたいです。

あと、何事も、やはりやってみなくちゃわからないです。

4月にファイヤーバードで初めて配信ライブに出たときは、それまで配信に懐疑的だったけれど、若いスタッフさんたちがとても熱心に勉強されてて、この形だからこそやれることを見出せそうな気がしました。

「ライブは生のものだから…」なんて思ってましたが、配信もまた、リアルに血の通ったものづくりの現場だと知りました。

その後ファイヤーバードは回線工事をしたりカメラを増やしたりしてどんどん配信スキルを磨いていき、私も今月ワンマン配信ライブをさせていただきましたが、ライブハウスとしての矜恃を感じました。

上演する場所、見せる場所、聞かせる場所だということが、配信でありながら、いや配信だからこそ強く感じられました。

ライブがナマモノだというのは一つの真実ですが、それだけを盲信していたらこのようなことに気づかなかったと思います。

そして、このようなニッチなものをご覧くださるお客様がいることにも♡

だから、やってみなきゃ分からないことって物凄くあるし、配信+生観覧の二刀流スタイルとか、この微妙な時期に演者や劇場やお客様はどのようにしてライブを作っていくかとか、どう考えても今までと同じにはならないのだから、この過渡期を肌身で感じたい、その中で考えていきたいと思いました。

とはいえ、こうして色々述べたところで、私が空気を読んで自粛しちゃったことも、空気に従いライブ再開しちゃうことも変わりません。

私は地獄の構成員です。

日和見で、自分とその周辺のことにしか頭が回らず、気づかないところで誰かを足蹴にし、ぬくぬくと生きています。

このブログは、だから、ただの言い訳です。

だけど、生観覧のライブが決まってからずっと、ライブできることは嬉しいけど、自分のバカさ情けなさに触れないままではどうも帳尻が合わないような気がして、ずっと悶々としていました。

まぁ、これを書いたところでどうなるわけでもないですし、なんなら「書いた」ってことでなんか解決した気分になってその後自分を省みなくなるなら、その方が良くないのですが、今もうどうにも動けないので、とりあえず吐き出します。

色々な方にいただいたご依頼もありながら、そしてその制作の方がとてもやりたいことでありながら、一銭にもならないこんな駄文を書くことにずいぶん時間がかかってしまいました。

本当に自己満足だなぁと思います。

作業が遅くなってしまい申し訳ありません。

最後になりますが、配信ライブをご覧くださった皆様、「新しい生活様式おたのしみセット」などの物販をご購入くださった皆様、制作のご依頼をくださった皆様、本当にありがとうございました。

皆様のおかげで今月も生きることができました。

悶々とできるのも生活あってこそです、すごく贅沢なことだと心から思います。

なお、7月からは徐々にライブも入ってきてますが、絵や文などのお仕事も、ライブができないゆえの一時しのぎではなく前々から(細々とですが)やっていたことですし、ライブと同じくらいやりたいことだったので、引き続き募集しております。

実は20代初めの頃、目上の方から、「あなたは絵も文も演技も中途半端だけど、それが合わさって紙芝居になると見ていられるね」と言われ、「そうかー」と鵜呑みにし、以後、絵や文や役者としてのご依頼をいただくたびに、「中途半端がすみません」という気分がこみ上げ、あまり積極的に募集できずにいました。

でも今はもう、やりたいなら頑張ろうって思ってます。

別に何してもいいんじゃね?って感じです。

ということで、今後ともどうぞよろしくお願いいたします〜


今夏予定(現時点)

2020年7月1日(水)〜8月31日(月)個展「恥ずかしい生活」@荒木町・番狂せ

2020年7月3日(金)生観覧&配信の二刀流ライブ「蜂鳥あみ太=4号 地獄からの召喚シリーズ・ジョニー大蔵大臣篇」@新松戸・ファイヤーバード

2020年8月16日(日)〜8月20日(木)@ニュー道後ミュージック

詳細:https://iidahanako.jimdofree.com/schedule/

※7月8月はこれ以外にも新たに入る可能性あり。随時ホームページやSNSで告知します。





ホッピーの季節

4月はたくさんのライブが延期やキャンセルになりました。

全体的にそういう流れでした。

前回(3月30日)のブログを読み返すと、この流れの入り口にいたんだなぁと思います。

とはいえ、この時点ではまだ、4月下旬に予定してた大阪ライブができる可能性もあると思ってたし(無理かもとも思ってたけど)、色々と甘く見てました。

まさかこんなに一気に世相が変わるとは。

今はちょっと散歩することすら後ろめたいような雰囲気です。

ライブハウスだけじゃなく飲食店も、普通に営業してたらディスられたり晒されたりします。

人に会って、「最近どうしてる?」とか「アレってどう思う?」とか、そんな話ができたらちょっとはバランスとれると思うのですが、それがNGなこの状況は、どんどん個人の心や考えが偏っていくでしょう。

振り返ると、「会う」というのは、それだけでかなりの情報量でした。

「こうは言ってるけど本当はこう思ってるよね」っていうニュアンスや、顔色や、声の温度や湿度は、その場にいるからこそ伝わるものでした。

メールや電話やZOOMの画面越しではなく、空気の揺れや微かな間を共有することで私たちはコミュニケーションをとっていました。

私がライブでやってきたのも「その場限り」のことです。

なかなかネットに載せづらい内容だからってだけじゃなく、自分もお客様も生身の肉体で、二度と戻らない時間だからこそやれたことだったと思います。

でも、今はもうそれができません。

呑気だった私ですが、4月に入ったあたりで「これは長期戦だな」と思いました。

なので、今までとは違うやり方で、それでも好きなことをしようと決めました。

これは別に絶望ではなく、ライブの代替行為をするという意味でもありません。

私は「今をしのぐ」つもりではありません。

だっていつ何が起こるかわからないし、これからすべてが元どおりになるとも思えないし。

もちろんまたライブができたらいいなと思います。

お客様から「その日を楽しみにしてます」と言っていただくと本当に嬉しいし、その時まで頑張ろうって思います。

だけど、ライブができない今このときでも、やりたいことや作りたいものがあります。

SNSには「絵や文のお仕事をください」といった投稿をしました。

ちょっと今後の生活への不安も混ぜた情緒的な文面になってしまい、そのせいで色々な反応をいただき、もっとシンプルに書けばよかったと反省してます。

生活が苦しいのは事実ですが、バイトや結婚相手をご紹介くださる方もいて、そうか、絵や文章の仕事を求めるなんてまだ余裕のある行為だったのかもしれないと思いました。

私にとってものを作ることは趣味ではなく、13年ほど泥と体液にまみれてながらやってきたことなので、これを手段にできたらと思いましたが、好きなことをして暮らそうとする人間に生活苦を訴える資格はないかもしれません。

家にいたくても働きに出なければならない人がいる一方、家すら失った人がいる現状です。

私は身体の丈夫な独り身で、雨風をしのぐアパートもあります。

ご心配おかけしてすみませんでした。

けれども、ご依頼をくださった方々、物販をお買い上げくださった方々、noteにサポートくださった方々、本当にありがとうございました。

皆様のおかげで4月を生きることができました。

具体的に生活が助かったというのもありますが、これからやっていく希望をいただきました。

恥ずかしながら、目から液体が出ちゃいました。

お渡ししたイラストを「宣伝に使っていい」とお申し出くださった方もいて、すごくあたたかいなと思いました。

決して全ての方が余裕のある状況ではない中、心から感謝しております。

絶対に忘れません。

現在、ご依頼いただいたものを一つ一つ進めています。

少々お時間をいただいてしまい恐縮ですが、どれも大切なお仕事なので全力でやりたいと思ってます。

引き続き色々募集中です。

詳細はホームページ迄♡

あ、でも、特に欲しいものがなければ無理はしないでくださいね。

これからも色々作っていくつもりなので、いつか「欲しい」と思っていただけるものが出たらその時はお願いします★

そんなわけで、SNSでは「生活苦感」や「恵んで感」を出しちゃってすみませんでしたが、ライブができないことを絶望するんじゃなく、これはこれで面白いことにしていきたいっていう気持ちです。

もちろん配信ライブも試みていくつもりです。

ちなみに4月24日はファイヤーバードで初めて配信ライブに出演しましたが、スタッフさんたちの前向きな取り組み方が素晴らしいなーって思いました。

「よくわかんないけどやってください」って丸投げではなく、「こういうやり方しかないから」っていう諦めムードでもなく、「今できることで面白くしてこう」という姿勢が気持ち良かったです。

前述のように私は「その場限り」のライブをしてきた人間ですが、配信はまた違うので、このシステムの中での面白さを開拓できたらいいなと思いました。

ホッピーがビールの代替ではなく、ホッピー独自のよさがあるように。

配信をご覧くださった皆様、誠にありがとうございました。

これからも頑張りますので、またよろしくお願いいたします。

なかなか精神の均衡を保つのが難しい状況かもしれませんが、自分を不幸だと思うプレイも泣き寝入りもあんまり好きじゃないし、好きな人たちと面白いことしていきたいです。たとえ会えなくても。

ということで今月もやっていきます。

ワンマンショウ延期について・小説について

3月26日(木)、コロナウイルス感染拡大防止のため、土日の不要不急の外出は自粛するよう要請されました。

前回のブログでも触れた「3月28日のワンマンショウ」は残念ながら延期となりました(開催日未定)。

とはいえ、今ライブをしたり見に行ったりする方々を「間違っている」とは思いません。

この状況なら、どこにいたって感染する(&感染させる)可能性はあります。

「不要不急の外出は自粛」とのことですが、必要があるからライブしたり見に行ったりするんだと思います。

そもそも補償なしの「自粛」では、演者やお店やスタッフさんの収入がなくなります。

私も、自分自身のことだけをいえば、ライブをする必要がありました。

収入という面でもそうですが、今回私がやろうとしていた「耳の話」は、今とてもやりたい演目でした。

2月に新松戸でやったときは割愛した箇所もあり、今回はそこも膨らませてやるつもりでした。

膨らませた部分もやれるのが楽しみでした。

今回に限らず、私は自分の中に必要性を感じてずっとこのようなことをしてきました(意味不明な必要性ですが)。

「不要不急」という言葉は、なんか「察しろ」って圧力がすごくて、それなのに個々の事情には鈍感です。

「自粛」という言葉は卑怯です。

しかも、土日が明けたらまた満員電車で通勤していく社会になるなら、いったいイベントを「自粛」したところで何の意味があるんだろうと思います。

しかし延期しました。

「延期」と結論を出したのは主催者さんですが、それに私も同意しました(開催するかどうか相談を持ちかけたのは私でした)。

ご予約くださった皆様、本当に申し訳ありません。

ご覧いただけずとても残念です。

地下の小さなお店で換気や距離の確保が難しいこと、私自身が感染していないとは言い切れないこと、あとすごく曖昧な言い方ですが「今回はやめたほうがいい」という直感が働き、判断しました。

「直感」なんて言っちゃうのは思考停止だなーと思いますが、最終的にものを言うのは直感かもしれません。

しかし今まで私は、直感はなるべく排除してきました。

直感とは経験に基づくものだそうです。

大した人生経験もない私が直感に頼っても、視野を狭めるだけだと思っていました。

でも、今回は直感を尊重しました。

それがよかったかはわかりません。

ただ現在は、「今までこうしてきたから」という態度では何もできないような気がします。

従うべき前例がありません。

…と考えて、いや、これってコロナ関係なくずーっとそうだったじゃん、と思い直しました。

いつだって今日は何が起こるかわからず、いつだって目の前の物事は新しく動き、いつだって前例は前例でしかなく、正解ではないのです。

そんな中で生きるとき、自分の経験はやはり頼るものになるでしょうし、経験に囚われず考えることもまた大事でしょう。

ろくな経験をしてこなかったので、こんなこと書いてるとだんだんドキドキしてますが。

そのようなわけで28日は延期しましたが、「耳の話」はまた必ずやりたいと思います。

近い予定では大阪でやるのが決まっていますが、関東でもまた。

同じ時間は二度とないので、気軽に「また」というのもためらわれますが…

4月から遠くへ引っ越す方や、お仕事が変わって忙しくなる方など、「このタイミングだから予約できた」という方もいらっしゃいました。

別の日にやったからといって、気軽に埋め合わせできるようなものではないと思っています。

だからほんと、私は延期したけど、開催した方々やお客さんが間違ってるわけがないんですよ。

きっとものすごくたくさんの方が色々な思いをされたこの土日の「自粛要請」だったと思います。

とにかくこれ以上感染が拡大しないようにという気持ちでおります。

そして改めてご予約くださった皆様に感謝申し上げます。

今回の延期には色々と残念な思いですが、皆様の「見たい」と思ってくださるそのお気持ちで私は生きていけます。

本当にありがとうございました。

あ、で、延期になっちゃったので、この日は家で自粛、…ということは自慰ぐらいしかすることがないと判断し、自慰のための小説を書きました。

noteというサイトで公開しています。「紅相撲」というタイトルです。

https://note.com/iidahanako/n/ne83b6370ca2c

…その、このnoteというサイトは、「クリエイターを気軽に支援できるサイト」なので、…つまりその、私に課金とかもできちゃうシステムなので…

この小説は無料公開しておりますが、もし気に入ってくださったら、文章の一番下にある「サポートする」ってとこをクリックしてみてくださっても…へへ、嬉しいです、えへへ。

小説、また書こうと思ってます。

そういえば私はいい人じゃなかった

3月28日土曜に開催予定のワンマンショウでは、9年前に作った連作長編紙芝居「耳の話」をやります。

新たに推敲や音楽を加え、2020年版にしました。

先月新松戸のファイヤーバードでやりましたが、長尺なのでそんなにやれる機会はなく、しかし「今やりたい」と思う出し物です。

ご覧いただけたら嬉しいです。

一旦ご予約を締め切りましたが、キャンセルが出たため受付再開しました。

お立ち見になってしまいますが、それでもよろしければ newtokyolovely@gmail.com 迄ご連絡ください。

上演時間は約1時間です。

なお、またお席のキャンセルがあった際や、開演時間になってもお席に空きがあった際は、お立ち見のお客様をご予約いただいた順にお席へご案内します。

詳細はホームページをご覧ください。


さてさて、今月も色々なライブに出させていただきました。

3月6日「西荻夜の雛祭り」
13日「若林美保×飯田華子夢のツーマンショウ」
19日「CPEエロリンファイト」
20日「Sea&Sun春のパンパン祭り」

それぞれご来場の皆様、出演者の皆様、スタッフの皆様、誠にありがとうございました!

どれもまったくカラーの違うイベントでしたが、本当に素晴らしい演者さんとご一緒できて光栄でした。

コラボも充実しており、米内山さんのギターでうなじさんと官能小説を朗読したり中島みゆきを歌ったり(6日)、若林美保さんとご一緒に巨大紙芝居や⚪︎ターウォーズをしたり(13日)、ドルショック竹下さんと柔道BLショウしたり(20日)、とても楽しかったです。

それにしても、ご覧下さるお客様がいるのはなんてありがたいことだろうと思います。

「生活に必要ない」といってしまえばそれまでのものを、色々ある中、貴重なお時間とお金をかけて足をお運び下さるって本当に凄いことです。

そして、快適にライブができるのは、PAさんやお店の方々、イベントを運営する方々のおかげです。

もちろんご一緒した演者の皆様も、お忙しい中時間を割いて稽古や仕込みをしてくださってます。

楽しくやらせていただけるのは決して当たり前のことではなく、たくさんの方のご好意とご尽力によるものだなぁといつも思います。


ところでここ数日ほど煩悶しております。

少し前、ご新規の出演依頼が立て続けにあり、このようにイベント開催が難しい状況下でとてもありがたいことだったのですが、やりとりしていくうち、お引き受けしてもよいものか迷い始めました。

どれもご好意を感じるものだったので私としても嬉しく、最初は応えたいと思いましたが、だんだん違和感を覚え、よいショウができるか不安になっていったのです。

「悩むならとりあえずやってみろ」というのが今までの私のスタンスで、それにより楽しいこともありましたが、後悔もたくさんありました。

どうもモヤモヤしてしまい、布団に入ってもなかなか寝付けませんでした。

私は自分が社会常識のない人間だと自覚しているので、この違和感もただのワガママなんじゃないかと思えたし、それぞれの条件も似通っていたため「これが普通なのかも?」という気分になり、誰かマトモな方の冷静なご意見を聞きたくなりました。

そのようなわけで、私はご依頼の条件を凝縮してTwitterにあげたのです。

特に諌めるようなご意見もなく、結果としてどれの出演もなくなりました。

反省しているのはTwitterにあげたことです。

私のアカウントはそんなにたくさんの方が見ているわけではないですが、一応公開されたものではあるので、やっぱりご依頼条件とかは載せるべきじゃなかったように思います。

ご意見を募りたかった上での行為でしたが、なんか、情緒不安定な底辺演者がイチャモンつけてるだけって感じになっちゃいました。

ご依頼下さった方々だって私を困らせようとしたわけではないのですから、ご好意を踏みにじってしまったことに罪悪感を抱いています。

ご縁というのは繋がるものなので、ひとつ断つことで今後にも影響していくでしょう。

また、そもそもライブをご覧くださる方にはこちらの出演条件なんて一切関係ないし、そんなの考えず見ていただきたいのに、なんでこういうこと書いちゃったんだろうなーと思ってます。

そして、「なんでこういうこと書いちゃったんだろうなー」って思ってるならもうそのことに触れなきゃいいのに、なんでまたこうしてほじくり返してブログに書いちゃうかなーとも思ってます。

考えてみれば私も他人様のご依頼をどうこういえる筋合いはなく、10年前は自分のイベントに出てくださった方にギャラをお渡しする発想すらなかったし、その後お渡しするようになっても、やってくださったライブに見合うほどお支払いできたわけではありません。

たくさんの素晴らしい方々のご好意に甘え続けていました。

いや、今だってそうです。

振り返ると全てがブーメランとなって身に降りかかります。

けど、自己批判を避けるために何もかも甘んじて受け入れるのもまた、責任逃れかもしれません。

どれだけ色々な方にご負担をかけて自分のライブやイベントが成り立ってきたか(あるいは成り立たなかったか)を忘れず、いつか必ずご恩を返せるようにしたいなと思います。

「楽しくやらせていただけるのは決して当たり前のことではない」と書きましたが、まじでこれを痛感している次第です。

さて、煩悶しつつ見えてきたのは、そういえば私は決していい人じゃなかったってことです。

「皆様のご好意で支えられています」という美しい言葉を発していると、ついつい勘違いしそうになっていましたが…

いえ、実際ずーっと泥水をすすり続けている身の上としては、ご好意のありがたさを腹の底から感じています。

しかし、なんでそもそも泥水すすり続けることになってるのかといえば、私が社会不適合者だからです。

これを忘れちゃいけないですね。

だから、ご依頼条件を提示しその正当性を他者に問うなんていうのはナンセンスでした。

私は自分の嗅覚を頼りに、誰かが言ってるから正しいとか間違ってるとかではなく、ただ己自身の存在をかけて交渉するべきでした。

これを心の楔とし、自己正当化せず、今後も煩悶しながら続けていきます。

ていうかライブの写真を見ると「正当性って…?」って思います。

本当に何してんだろって思うのですけど、こういうことをさせて頂けること、改めて皆様に心から感謝申し上げます。


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自由

先月このブログで「人には向き不向きがあるよね」と書いてから妙にせいせいしました。

やはりあれは魔法の言葉でした。

特に何が変わったわけでもないですが、できない自分を責めることから少し解放された気がします。

端的に言えば、「それはダメだ」とか「ああしろこうしろ」と上から目線で言われることに対し「うるせー!」って思っちゃうことを自分に許しました。

あと、気の合わない案件には無理に取り組まなくていいやって思うようになりました。

以前は、どんなに尊敬できない人からの否定的な意見でも、その中に何かしら自分を成長させてくれるヒントがあるかもしれないと真面目に聞き、この人に納得してもらうにはどうすればよいかと真面目に考えたりしたのですが。

今はもう、私はそんなに万能な人間じゃないじゃんって諦めてます。

なるべく自由にやりたいと思います。

あ、とはいえ、無理をしてくれてる人がいるってことは忘れたくないですね。

駅のトイレが綺麗なことも、コンビニで買い物ができるのも、ひいては自分が快適にライブできるのも誰かしらのご尽力によるもので、そりゃ必ずしもすべての人が無理をしているわけではないにせよ、誰かがやって下さったことに対する感謝と思いやりは持っておきたいです。

何事も当然のように享受しておいて、「向き不向きがあるから」というのを免罪符にするのは傲慢だと思います。

あ、とはいえ、私はすべてに対して「裏で頑張ってくれてる人」を思えるほど想像力も余裕もなく、基本的には自分のことで精一杯で、それなのに「感謝と思いやりは持っておきたい」なんて分かったようなこと言うのは、むしろこのほうが傲慢でしょうか。

たいして何も分かっちゃいないんだから、中途半端にいい人ぶらず、自己中心的な己を貫いたほうが誠実でしょうか。

ああ、こうして無意味な自己問答を繰り返して今日も暮れていきます。

そんなわけで相変わらずですが、今月は新しい紙芝居を作りました。

フェミニズムに影響された社会派のつもりで作り、結果、まったく社会性を欠いた「淫乱お京と売女のセツ子」という紙芝居になりました。

前述の通り、「向き不向き」という魔法の言葉によって少し枷を外して作ったので、まったく通用しなかったらどうしようかなと思ってましたが(まぁそれでもいいかとも思いましたが)、先日Sea&Sunでの初披露は、皆様があたたかくご覧くださってとても嬉しかったです。

今回の筆下ろしをSea&Sunでできて本当によかったなと思いました。

ご覧下さった皆様、ドルショック竹下さん、永田王さん、心から感謝申し上げます。

今月はその他にも、
太ももサティスファクションの10年ぶりの再結成ライブにゲストとして呼んでいただいたり、
不思議な猥談会で紙芝居したり、
蜂鳥あみ太さんwith大須賀聡さんタッグとツーマンショウをしたり、
その週末には蜂鳥スグルさんとamamoriさんとツアーに出たり、
円盤で恋愛について考えたり、
瀧口敦子さん作演のお芝居に参加させていただいたり、
バーレスクダンサー・モモさんのお誕生会に呼んでいただいたり、
充実の一ヶ月でした。

どれも面白く、勉強になる素敵な体験でした。

それぞれのイベントをご覧下さった皆様、会場の皆様、出演者・スタッフの皆様に改めて感謝申し上げます。

毎月色々な場に出させていただいてますが、ひとつひとつが二度とない濃密な時間です。

ご覧下さる方あってのライブだと心から思います。

現在、各地でイベントが中止になっており、SNSを見ていると3.11のときについて触れる方も多く、私もちょっと思い出してます。

「思い出す」とはいえ、実はそのあたりの記憶があまりありません。

当時の私は震災について言及するのが本当に嫌でした。

「こんなときだからこそ」とかいってライブ告知する感じとかまじ勘弁って思ってました。

それだけじゃなく、震災について考えることすらやめていました。

思考停止によって自己防衛をしていたのだなと、自分の幼さに歯噛みします。

ただすごく覚えているのが、円盤店主・田口さんのレコード寄席です。

レコード寄席とは、レコードを聴きつつそれがどのように作られたかを独自の切り口と丹念な調査で語るもので、たった一枚のレコードから、そこに込められた思いや、時代や、関わった人たちの人生が展開されていく大変面白いトークショウです。

2011年の3月半ば過ぎ、まだ震災直後って感じのときに開催されたレコード寄席に私は行き、レコードと人のドラマを聞いて、「かく生き、かくあった」人生に感動していたのですが、最後に田口さんは「俺たちは自由だ」と言いました。

「自由」という言葉が腹に響きました。

予想もつかないことがたくさん起きて、「これからどうなるんだろう」って感じのときでしたが(まぁ私はいつだって「これからどうなるんだろう」って感じですが)、私たちは自由なんだなと思いました。

そんなわけで、今後どうなるかはわかりませんが、今のところ私の出るような規模のイベントはすべて開催予定です。

体に気をつけて、面白くやっていきたいと思います。

ときどき忘れてしまうけれど、私たちは自由なんですよね。

まぁ、自由といって、私は淫乱や売女の話を作るわけですが。

それでは来月もどうぞよろしくお願いします。

向き不向き

些細なことでずっとくよくよしてしまう。昔から。

大人になればそういうのはなくなるかと思っていたが、三十路半ばの現在も変わらない。

ただ、「私は好きでくよくよしてるな」と思えるようにはなった。

前はもう少し悲劇のヒロインになりきっていたところがある。

あと、「これだけくよくよすれば許してもらえるんじゃないか」と、まるで見せつけるかのように過剰にくよくよしていたフシもある。

おめでたいことである。

誰も許さないしそもそも関心もない。

さて、そのようなわけでどこにも需要のない最近のくよくよを書いていきます。

要は、食わず嫌いを克服するか、好きな物だけを食べていくか、という悩みなのですが。

基本的に私は、食わず嫌いは恥ずかしいと思っています。

アレルギーや体質に合わないなら仕方ないけれど、いや、仕方ないどころか命に関わることなので絶対に無理強いできないけれど、そういうわけではなく、「私、⚪︎⚪︎嫌いだから」と一口も食べずにはねのけるのは、狭量な行為に思えます。

だいたい「嫌いだから」ってなんでしょう。

「だから」、なんだっていうのでしょう。

自分を振り返っても思うのですが、「だから」で言葉を止めるとき、人は妙に偉そうです。

「私はこういう人間なのよ、皆様もどうぞそれを共通認識としてお持ちになって」といった傲慢を垂れ流しています。

しかもコトが嫌いなものだったりすると、傲慢はいっそう鼻につきます。

きっとこの人は狭い価値観で生きてきて、それが狭いとも気づかない、想像力の欠如した人間なのだろうと思えてしまいます。

そのような人と食事をすると、私はまるで反撃の狼煙を上げるかのごとくなんでも美味しく食べてみせるのですが、だいたいただの食いしん坊に思われて終わります。

実際、私は食いしん坊です。

ホヤもトビウオも羊肉もブルーチーズもパクチーもクサヤもなんでも好きです。

しかし子どもの頃はこれらの美味しさはわかりませんでした。

むしろ好き嫌いが多いほうでした。

でも、それはつまらないなぁと思っていました。

それに子どもっぽくて格好悪いなと思っていました。

色々食べられるほうが絶対格好いいと思い、あまり好きではないものも少しずつ口に入れてみることを繰り返し、やがてその美味しさに目覚めていった次第です。

なんだかアナル調教みたいですね。

少しずつ慣らしていくうちに快楽に目覚める過程が。

たしかに、食べ物を美味しいと感じることは快楽です。

好き嫌いがないと色々な快楽を感じられるので、克服してよかったと思っています。

だから…

そう、「だから」、あんまり得意じゃなさそうなことも、つい克服しなきゃいけないんじゃないかと思ってしまうのです。

やりもしないで「できない」とは言えず、また一度失敗しても、やっていくうちにうまくなるんじゃないかと思ってしまうのです。

近年、その気持ちはどんどん強くなり、むしろ「苦手なことをやらなければいけない」とすら思うようになっていました。

どうかしていますね。

努力と根性は確かに素敵ですが、あまりにこれを盲信すると、自分を追い詰めていくことになります。

できないなんて甘えだ、と。

そして他者を認められなくなっていきます。

私はこんなに頑張ってるのに、と。

それって、結局は自分の視野を狭めていくことだなぁと思いました。

なんのための克服かといえば、人生の幅を広げ楽しむためじゃないですか。

追い詰められたり僻んだりしてちゃ元も子もなくなります。

なので、先ほど私は食わず嫌いの人を「狭量」などとディスりましたが、これはそのままブーメランで、好き嫌いの克服を成功体験だと思って他者を断罪する私は、それこそ狭量で想像力の欠如した人間です。

食べ物はただ美味しく食べればいいだけです、人のことなんか構うこたないんです(とはいえやはりイラッとしちゃいますが)。

不思議なもので、得意じゃないことは、だんだん依頼もこなくなっていきました。

せっかくお仕事を振ってくださった方には申し訳なく、ご恩に報いることもできず、忸怩たる思いです。

でも、その忸怩たる思いを払拭しようと足掻くと、もっとひどいことになりそうです。

最近の私は酒量が増えました。

望まれたことをできない自分が不甲斐なく、不甲斐なさをごまかすために酒を飲み、そのせいで他の作業もできなくなり、罪悪感をごまかすためにまた酒を飲むという最悪のループです。

もう自分が何が得意だったのかもわからなくなってきています。

むしろ得意なことなど何一つなかったんじゃないかとすら感じています。

当たり前ですが、これは私の個人的な気質の問題です。

こんな私に何かを感じてご依頼くださった方は、その時点でもう神様のようですし、ご依頼を受けたのは私です。

ご恩は決して忘れません。

ただ、ここらでひとつ、ずっと禁じ手にしてたあの言葉を言ってもいいのかも…と思い始めてます。

人には向き不向きがあるよね。

これ言っちゃったら可能性を閉ざしてしまう気がしたし、努力しないことの言い訳になっちゃうようで、ずっと怖くて言えなかったけど、思ったより私は不器用な人間だったようです。

「できない」ってことを自分に許すのも、大人になることなのかなってこの頃思っています。

あー!

でもいいのかなぁ?

この程度の経験値で「向き不向き」とか言っちゃって!

自分が楽になろうとしちゃって!

仕事の幅も狭めるんじゃない?

あー!

くよくよくよくよ!

このように、今日も私は元気にくよくよしています。

もう本当に自分の得意なことがなんなのか分からず、望まれたことに応えられる気もしません。

いったい何を望まれていたのかもよく分かりません。

でも、今日は空が晴れているからちょっぴり心も上向きで、どうせ何もできないんだったらやりたいことやればいいじゃんって思ってます。

そしてこんなことを書いたことも、あと数時間後には猛烈に後悔するような気がします。

すみません。

今年もよろしくお願いします。


感情について

2019年11月27日午前11時過ぎ、飼っていた猫が死んだ。

…あ、これから猫の話をしますが、動物やペットに興味のない方には気持ち悪いだろうなと思います。

私だって、ペット愛を臆面もなく垂れ流す人を見ると「やべー」と思います。

また、そもそも動物を愛玩するなんて傲慢だという考え方もあり、これにもまぁまぁ賛成します。

が、ともあれ猫はうちにいた。

色々ないきさつの末、私は猫を飼う一人暮らしの女であった。

猫はこの夏頃から腎臓を悪くして通院していた。

去勢したオスにはよくあることだそうで、困ったなぁ、可哀想だなぁと思いつつ、まさかこんなに早く死ぬとは想像していなかった。

往時は8キロ近くあるデカい猫だったが、11月に入り半分の体重になっていた。

でも、元気のないままもうしばらく生きて、こちらがさんざん看病した果てに死ぬんだろうと思っていた。

異変に目覚めたのはその日の朝10時過ぎだ。

前日にライブの仕込みをし、夜には本番を控えていたため、私はゆっくり起きるつもりだった。

「ぐえっ」という呻き声が聞こえてもしばらくは夢うつつだった。

寝ぼけまなこで起き上がると、猫は震えて失禁していた。

驚いてかかりつけの病院に電話したが休診日で、一番近くの救急外来をググり電話で症状を話すと「すぐ来てください」と言われた。

"一番近く"とはいえ2キロ以上離れた病院で、猫を連れて行くにはタクシーを呼ぶしかない。

片っ端からタクシー会社に電話したがつかまらなかった。

拾ったほうが早いかもしれないと、猫を宇宙リュック(背負うタイプの猫キャリー)に詰め表通りへ出た。

猫は宇宙リュックが嫌いだった。

道路の音も嫌いだった。

このときも力を振り絞って抵抗した。

リュックの中でもがくのを背中で感じながら私は空車を探した。

しかしつかまらないまま15分ほど経ち、もう猫も辛かろうし、一旦アパートに戻った。

玄関でヨシヨシと声をかけて宇宙リュックを開けると、猫は目を剥いて死んでいた。

体はまだあたたかかった。

さぞ苦しく、さぞ怖かったことだろう。

嫌いなものに詰められ、怖い場所に連れていかれ、孤独にもがきながら私の背中で死んだ。

猫がこの世で一番最後に感じた気持ちを思うとあまりにむごい。

こんなことなら家の布団で看取ってやりたかった。

なんでもっと早く戻らなかったんだろう。

リュックでもがいたとき、チラとでも中の様子を見ればよかったのに。

私は「ごめん!」と言った。

それから目をギュッとつむって涙が流れるのを待った。

その瞬間、芝居がかった自分に気づいてしまった。

こういうときは泣くもんだと思ってやってるな。

そう思うともう涙は出ず、無表情で猫を安置し、周りに保冷剤を並べた。

埋葬できる庭もないし、内臓が腐るので明日には焼き場に連れて行かなくてはならない。

その前に別れを告げたいだろう僅かな身内に連絡した。

そしてリハーサルに遅れる旨をライブ関係者に連絡し、色々な支度を始めた。

途中で何度も動作が止まり、「えーと…次は何するんだっけ?」と頭が真っ白になるので、ひどく時間がかかった。

でも、頭が回らないのはいつものことなのに、猫が死んだことに甘えていただけかもしれない。

…いや、わからない。本当にショックで脳の動きが鈍っていたのか。

私は自意識過剰なので、嬉しいことにせよ悲しいことにせよ、何かが起きるとついそのドラマの登場人物を演じようとしてしまう。

けれど同時にそんな自分を憎んでもいるので、常に「今のは演技だろ」「気持ちよくなりたくてやってるだろ」と公安のように目を光らせてもいる。

そうすると自分で自分がよくわからなくなってくる。

鮮烈にわかるのは怒りと恐怖と憎しみだ。

この感情だけは素直に反応できる。

しかしその夜はとにかくライブだった。

素晴らしい演者とのコラボも予定していた。

エロイムエッサイム、さぁバランガバランガ涙も風になる、と「悪魔くん」の歌を歌って現場へ向かった。

あー、演出しちゃってるなー、この状況にはこの歌がぴったりだと思って歌ってるなー、とツッコミを入れつつ、でもこれからステージに立つんだしもういいや、陶酔してやれ、という気持ちでもあった。

演者さんたちはリハーサルに遅れた私を心配し、いたわってくださった。

コラボを控え少しでも合わせる時間が欲しいところだったかもしれないのに。

なんだかよくわからないテンションで迎えた本番だったが、始まってしまうとそれはもう楽しく、プロの演者さんに支えられ自由に遊ばせていただいた。

牧瀬茜さん、坂田明さん、大変お世話になりました。

プロデュースしてくださったHALさん、新見さん、スタッフの皆様にも心から感謝いたします。

そして何よりご覧下さったお客様、本当にありがとうございました。

自分のソロではちんこを出して「鎮魂」と言いましたが、私なりにオス猫へのR.I.Pを込めたつもりです。

翌日は午前中に猫の葬儀をした。

焼くだけならそんな儀式をしなくてもいいのだが、猫の骨を見てみたく、「葬儀」という形にすると、ここが尻尾の骨だとかここが足の骨だとか解説してくれるらしいのでそうした。

実は私が猫の葬儀に出るのは二回目で、前回は変なおっさんが個人でやってる事業所だった。

おっさんは自分のオリジナルの死生観に基づいた謎の儀式で猫を葬り(ペット葬は特定の宗教にしづらいのだろうが)、不謹慎かもしれないが非常に面白かった。

そこで私は爆笑しながら泣くという得がたい経験をしたのだが、今回は家の近くの大きな葬儀場で、スタッフも儀式もフツーだった。

夜はまたライブだった。

この日は牧瀬茜さんと熊坂路得子さんとご一緒だった。

こちらもとても楽しく、熊坂路得子さんのアコーディオンはやはり生物(なまもの)で、音楽で表現するとはどういうことかをまざまざと思い知らされた。

茜さん脚本のコント「ファーストキッスは春の味」は二日連続で上演し、終わってしまうのが寂しかったが、なんともう続編を考えているそうで、またやれる機会を切に願う。

ご覧下さった皆様、誠にありがとうございました。

連日通ってくださった方もいてとても嬉しかったです。

ゲスト・熊坂路得子さんにも心から感謝いたします。

家に帰ると、猫の骨があった。

実感が湧かなかった。

翌日もライブだった。

銀座のクラブVOGUEで「牡丹灯籠」の紙芝居をやった。

ご覧下さった皆様、ママ、キャストの皆様、誠にありがとうございました。

皆様とお会いできて大変嬉しかったです。

お酒をご馳走になって朝方帰宅した。

もう猫は骨なのに、つい布団に入ってくる気がして場所をあけてしまい、ああそうか、いないんだと気付き、かなしみがこみ上げる…こともなく、ぼんやりしていた。

TwitterとFacebookでは猫の死を報告した。

ライブのお客様から猫にお見舞いをいただくこともあったからだ。

その説は猫のことをお気にかけてくださった皆様、誠にありがとうございました。

リプライやコメントにはお返事できないと書きましたが、これはちょっと自分の感情を放置しておきたいからです。

言葉を使うとどうしても感情を整理してしまうことになります。

ともすれば「かなしみ」という強い言葉に心を沿わせ泣いてしまいたくなりますが、今の私がそうするのはなんだかプレイのような気がします。

また、泣くことはカタルシスでありデトックスです。

別にそれが悪いとは思いません。

そうすることで救われるなら、そしてそのような救いを求めるなら、いくらでも泣いて浄化されればいいと思います。

でも今の私はまだそのような形で救われたくありません。

救われない自由というのもあるでしょう。

ペットの死って、ペットいない人からしたら「ふーん」程度のことだとほんとに思うけど、色々な方からお気遣いをいただき心から感謝します。

それとともに、このなんだかよくわからないモヤモヤした状態をしばらく続けようかと思います。

やさしくて臆病なかわいい猫でした。

明日もライブです。

コラボも少しあります。

よろぴく♡

12月は色々な街に伺いますので、ぜひたくさんの方にご覧いただけたら幸いです♡

12/3火 新松戸ファイヤーバード「Yoshio生誕祭」←ケーナ奏者のYoshioさん生誕祭

12/8日 彦根ダンスホール紅花「紅花グラインドハウス」←かえるさん(a.k.a.細馬宏通)とツーマン

12/10火 西成難波屋「にんげんの夜」←黄倉未来さんとツーマン

12/11水 心斎橋キネマトス「夢のツーマン大阪篇」←若林美保さんとツーマン

12/12木〜14土 ニュー道後ミュージック「夢のツーマン松山篇」←若林美保さんとツーマン(1日1回)※その他それぞれのソロの回もあります

12/19木 高円寺円盤「飯田華子月例会」←なるべく需要のないことをやる会。「堕落論」考察。

12/21土 日ノ出町試聴室「IKAZUGOKEクリスマス投げ銭ワンマン」←IKAZUGOKE今年最後のワンマン

12/23月 新宿ゴールデン街Sea&Sun「夜の坊主めくり或いは秘めあわび」←バーのカウンターで紙芝居

12/25水 渋谷スナック雨「クリスマス会」←みんなでクリスマスの劇をしたり賛美歌を歌ったり。紙芝居もやります。

12/29日 新宿ロフトプラスワン「CPEキャットファイト」←キャットファイトの幕間に紙芝居します

12/31火 詳細決定次第告知

詳細は飯田華子ホームページをご覧ください♡


ツーマンショウ後記、堕落その他

【夢のツーマンショウ後記】

9月13日の金曜はファイヤーバードにて若林美保さんと「夢のツーマンショウ新松戸篇」でした。

ご来場くださった皆様、ファイヤーバードの皆様、若林美保さん、誠にありがとうございました。

この「夢のツーマンショウ」シリーズは今年4月に浅草で始まり、7月に横浜篇を開催し、これで3回目。

今回の会場は広い舞台で照明機材も揃っており、投光ネタも楽しくやらせていただきました。

若林美保さんのソロは空間を活かし、エアリアルシルクを使った演目で素晴らしかったです。

最後は二人で客席を練り歩きおチップをいただいたのですが、若林美保さんはブラジャー、私は股間につけた変な装置の周辺にたくさん挟んでいただき、完全に狂った光景でした。

おかげさまで今月も家賃や光熱費が払えます。

友達と遊んだり家でゲームしたりもできる時間に、わざわざ会場まで足を運んでお金を払ってご覧下さるって凄いことだなぁといつも思います。

尊敬するパフォーマーさんとご一緒できること、それを見て喜んでくださるお客様がいること、会場のスタッフさんたちが支えてくださること、すべて心からありがたく、多幸感に包まれました。

楽屋で新しいアイデアも出てきたので、次に関東でやるときは新作をお見せできるかと。

これからも色々なところをご一緒に回れそうです。幸せ★


【演目について】

ところで、この日ご覧下さったお客様から、「他の紙芝居も見たいので、ライブの際はどんな演目をやるか教えてくれませんか?」とのお問い合わせをいただきました。

まず「他の紙芝居も見たい」と思ってくださることが非常に嬉しかったです。

私も演目数が多いので、事前に何をやるか告知をしようとした時期もありました。

ただ、今はあまりやっていません。

状況によって急遽変更になることがあるからです。

「状況」というのは、たとえば会場で音源が流せなかったり、時間が押して演目カットになったりとかです。

あと、まぁこれは「何言ってんだよ」って感じかもしれませんが私の気持ちですね。

「Aという紙芝居やります」って言ってたけど当日になったらやっぱBがやりたくなったり、客席の雰囲気見て変えることもあります。

とはいっても地方巡業のときは持ってきた紙芝居でやるので、「気持ち」なんていうのは甘えなのかもしれません。

あらかじめ決めた演目に自分の心や状況を合わせて完遂するのがプロかもしれません。

通ってくださる方にはできるだけ色んな演目をご覧いただきたいので、事前にご案内できたらいいなぁとは思ってます。

でもすみません、悩んでます。

いまはそういう状態です。


【プロとは】

さきほど「プロ」という言葉を出しましたが、いったいプロってなんでしょうか。

5〜6年ほど前、とあるイベントに出た際「プロの紙芝居師です」と紹介され、「いやプロってw」と笑ってしまったのですが、「お金を貰ったらプロです」と言われました。

その頃の私が主に出演していたのはライブハウスのブッキングライブで、そういうのはだいたい出演者にギャラが入らないけどお客さんからは入場料を貰っています。

(これはライブハウス批判の文章ではないです。ライブハウスの維持費がバカにならないことも承知しているつもりです)

しかしそのような状況だと、出演者はなかなか「お金を貰ってる」という自覚を持ちづらいのです。

当時の私はノーギャラなんて当たり前だと思っていましたが、だんだんライブの本数が増えてきて、やればやるほど生活が苦しくなり困っていました。

そういうときに「プロ」と言われたので笑ってしまったのです。

かなしい笑いでした。

なんかもう胸張って「プロです」って言えるようになりたいわー、と思いました。

好きなことやってるからお金にならなくても仕方ないって思ってたけど、お金にならないから好きなことやれなくなるわけでしょ、みんな。

このままいけば私はきっと好きなことをやめざるを得なくなり、好きなことをやれない生活を死んだ目で続け、好きなことをやってる人を妬んだり嗤ったりして生涯を終えるだろう、と思いました。

それで、なんとか好きなことで生きていけるよう試行錯誤するようになって、今もその途上です。

色々やって「お金もらうのは簡単じゃない」と骨身に沁みたので、おギャラをいただくたび奇跡のように思います。

(あ、でも簡単にもらえるならそれでもいいって思いますよ。つーか私だって見方によっちゃ簡単にもらってるかもしれないし。…いや、若者に「お金もらうって簡単じゃないよ」とか言って陰で「老害」とかディスられたくないなってね。へへ。気弱でしょう)

自分で自分に値段つけるのって本当に苦手で、ついついダンピングしてしまいそうになりますが、ガチでプロの方とご一緒すると、安売りは甘えだなぁと思わされます。

あと、私ひとりが値下げすることで全体的なデフレを招いてご迷惑をおかけすることもあると。

風俗店の隣で立ちんぼが客引きしちゃいけないよって感じでしょうか。

こうなってきますと、いよいよステージで適当なことはできない、ご希望に添いたい、お客様にご満足いただきたい、と思うようになりました。

しかし一方で、「ご満足いただきたい」ってなんなんだろうなって気もしてます。

ちょっと自己欺瞞っぽいというか、こう思うことで自分に制約を作っているというか、そして制約を作ることで思考放棄してラクをしてるんじゃないかというか。

去年、円盤で黄倉未来さんの主催イベント「しばき」に出たとき、私は自ら進んでこの制約に縛られ思考放棄をしていると感じました。

「しばき」というのは何をしてもいいイベントです。

出演順も特になく、他者に絡んでもいいし、他者を気にせずパフォーマンスしてもいいし、別に何もしないで佇んでいてもいい。恐ろしく自由。

ここに出たとき、私はどうしても「何かしなくちゃ」と思ってしまいました。

客席を意識せずにはいられませんでした。

私を見に来てくださった方もいたので、「この方に楽しい気持ちで帰っていただけるようにしなくては」と思ってしまいました。

そういうのが一番いらないイベントなのに…。

「お客様にご満足いただきたい」というのは、基本的には大事な気持ちだと思います。

しかしこれだけを正義とし、これだけに依って立っていては、演者としても作り手としても脆いなぁと思いました。

だいたい私ごときが「お客様にご満足いただきたい」なんて言うのは傲慢なんです。

やりたいからやっているんです。

でも私は何がやりたいのでしょうか。

なぜものを作り人前で発表するのでしょうか。

私は己のエゴを「お客様」という存在によって覆い隠し、「ご満足いただきたい」という美しい大義名分によって自分自身を見つめることを避け、それを「プロ意識」だと思い込もうとしていたのでした。


【『堕落論』へ】

こうして思いが行き着くのは、坂口安吾『堕落論』です。

この作品は煎じ詰めれば「堕落せよ」と言っているだけの話なのですが、ここで言われる「堕落」は酒や女に溺れるようないわゆる堕落ではありません。

世間のモラルや美意識から解き放たれ丸裸になり、孤独な剥き身となって世界と対峙しろ、と言っているのです(私の解釈)。

でも、本当に剥き身になるのはものすごく難しく、恐ろしいことです。

そう、私がどうしても客席を意識せずにはいられなかったように。

よくパンクスの人が「俺はパンクだから世間のことなんか気にしないぜ」と言いますが、「パンク」なんて言葉を持ち出してそれに自分を沿わせている時点でお前はパンクじゃないだろう、と思います。

たとえ「反逆的」だとしても、世間に流布されたイメージを踏襲するのはめちゃくちゃ世間を気にしているからであり、まったく解き放たれていません。

ていうか、安吾のいうような堕落ができる人なんてそういないし、そんなことしなくたって生活できます(むしろそんなことしないほうが生活できます)。

けれども私は、堕落し孤独の曠野を歩いた人間がその中で掴み取ったものを見たいです。

自分がお金を払って見たいのはそういうものです。

ならば私もやはり堕落を試みたいです。

えーと、…ってことは、「お客様にご満足いただきたい」って気持ちをいったん捨て去らなければならないのかな?

「お金をいただいてるんだからご希望に添いたい」って気持ちも?

まぁ、そうなのかもしれません。

しかし、やっと、ちびっとだけ、「自分の活動を『趣味』じゃなく『仕事』って言ってもいいかな…?」って思えるようになってきた現在、そんなことが可能でしょうか。

考えただけでもむごくてたまりません。

ステージから見えるお客様の顔がみるみる死んでいくときの気持ちは、地獄の業火に焼かれているようです。

「あー、今日のお客さんこんなネタ求めてなかったよねー」って思いながらそれでも声を出して話を進めていると、そのまま死んでしまいたくなります。

そして、まったく盛り上がらないライブをしたあとにおギャラをいただく苦しみたるや。

「いりません」と言いたい、でも「いりません」と言うことで避けてはいけない、お金をいただき「ご希望に添えなかった」という事実を背負わなければならない。

そのお金だって、お客様やご依頼主の日々の労働から捻出された血と汗の結晶です。

それをわかっていてもなお、「ご満足いただきたい」「ご希望に添いたい」という思いを捨てされるだろうか。

お金や感情が絡むと、やはりなかなか堕落はしづらいですね。

私は堕落した人が掴み取ったものにお金を出したいと思いますが、「堕落」じたいにはお金を払う価値があるとは思えません。

また、楽しんでくださる方がいることをどうしても嬉しく思ってしまいますし、それが原動力のひとつでもあります。

「やりたいからやっている」と書いたけど、そりゃもちろんそうだけど、それだけに振り切ることはできません。

しかし何かを掴み取るには(あるいは掴みとれなかったと諦めるには)、やはり一度堕落しなければならないのです。

つまり、人の気持ちやお金をないがしろにするというむごい行いをしなくてはいけないのです。

どうしよーかなぁと悩んでいたとき、またしても黄倉未来さんから、「円盤で定例イベントやりませんか?」というお話をいただきました。


【円盤定例イベントについて】

私はまっさきに「お金にならないことをしたい」と言いました。

円盤ならば、そういうことをしてもいいと思いました。

黄倉未来さんは実にスムーズに受け入れてくださり、ただ一点だけ、私にギャラが入らないことをご心配くださったのですが、私としてはギャラをいただいては絶対に開き直れないと思ったので、ノーギャラになるシステムにしました。

気を抜けばたちまち電気が止まるような生活をしてる者が「お金にならないことをしたい」って言ったからには、そりゃもう本気でいかなきゃいけません。交通費程ももらっちゃいけません。

また、ライブやトークショウのような「演者:観客」という形態になることはとりあえずやめておこうと思いました。

私の性格上、絶対お客様にウケたくなるからです。

それは他のところでお金をいただいてやっていることなので、辻褄が合わなくなります。

ということで「特に需要はないかもしれないけどやってみたかったことをやる会」としました。

「面白かったー!」とか「満足したー!」ってものじゃなく、一部の好事家さんがふらっと立ち寄るようなささやかな夜の集いのイメージでした。

「堕落」というにはなまぬるいけど、こういうイベントをやっていくことで、私は少しだけむごさに耐性をつけられるんじゃないかと思いました。

まぁ、「堕落」のリハビリでしょうか。

なので、最初のテーマはド直球で『堕落論』を読み、「堕落」とは何かを考えることにしました。

来た方々と議論したいというのが目標で、そもそも私はクソの役にも立たないような議論をするのが好きなほうですが、多くの人はそんなことする暇ないし、あと何かのためになることや発展性のあることが好きなのでなかなか付き合ってくれず、不満だったのです。

また、議論ということになれば来た方々も「お客様」ではなく「参加者」になるので、私のほうも「お客様にご満足いただかなくては」なんて気持ちはなくなるだろうなと思いました。


【円盤定例イベント第一回後記】

9月19日、第一回が行われました。

そんなに宣伝してなかったのにそれなりの人数の方がいらっしゃってて、『堕落論』に関心がある方って多いのだなぁと思いました。

そうすると「ちゃんとやんなきゃ」みたいなどうでもいい思いが芽生え始め、すっかり動揺してしまいました。

あと、なぜ私がこんな会を開いたか、こちらのコンセプトをまったく言わないまま始めてしまったので、来た方々は「いったいこのイベントなんだったんだろう?」という思いが拭い去れなかったのではないかと、終わってから気付きました。

いろいろと説明不足だったなと思います。

それでも、皆様がいろいろなご意見を出してくださって、私ひとりで『堕落論』を読んでいたときには気づけなかったことをたくさん発見しました。

安吾の文章はSNSの記事のようで整理されていない、という指摘も、だからこそ生々しくこちらに迫ってくる力がある、ということも、「なるほどなぁ!」と感じました。

私としては、副読テキストをご紹介すべきだったと悔やまれます。

ご指摘の通り『堕落論』だけでは思考が分散するのですが、そこに出てくるそれぞれの言葉をさらい、安吾の書いた別の文章を読んでいくと、立体的に見えてくるものがあります。

そういうのを準備するか悩みましたが、どんな人がくるかもどんな方向に話が進むかもわからなかったし、あらかじめ用意していくとそこに沿ったことをやってしまいそうで広がりがなくなる気もしてそのままいきました。

でも、「あえて準備しなかった」って、やっぱあんまり好きじゃないなぁと思いました。

準備した上で、広がりや脱線を楽しむ、というふうでありたいです。

でも、「準備をする」というのは「観客」を意識した行いでしょうか。

いや、「議論をしたい」という欲望を完遂するための個人的な下ごしらえだと考えればいいのでしょうか。

ああ、煮え切りません。

だって、「お客様にご満足いただきたい」ということを思わないでやるのをコンセプトにしたイベントだったのに、すでに私は「あの人つまんなそうだったなー、もう失望してライブにも来なくなっちゃうかも…」とか悶々としてるわけです。

こういうのをいくつも乗り切っていかなくちゃ本当の堕落はできないのでしょう。

そんなわけで、こういった変な試みですので「来てくれてありがとう」って言うのはなんか違うような気もするけど、おつきあいくださった方々にやはり心から感謝しております。

どれもその方ご自身の思考や経験の裏付けのある肉感的な言葉が聞けて、いい方々がいらしてくださったなぁというのが個人的な感想です。

多分第二回目からは来る方も少なくなるんじゃないかと思いますので、ご興味ある方がお気軽に覗きに来れたらいいなという気持ちです。

なお、次回は10月17日(木)、浜崎あゆみを『堕落論』的に解釈してみようと思います。

副読本として『M 愛すべき人がいて』を読んでくると話がわかりやすいかもしれません。


【次のライブ】

上記の変な試みを変な深みにして、普段のライブにフィードバックさせたいと思っています。

「お客様にご満足いただきたい」という気持ちを捨て去ると書きましたが、それは本当にお客様にご満足いただきたいからです。

ここだけ読んだら言い訳がましい方便のように聞こえるかもしれませんが、「いいライブをできるようにしたい」と本気で思っていなきゃ、月イチでノーギャラの試みなんてやりません。

何かが間違っているかもしれませんし、変な遠回りかもしれませんが…。

でも、こんなに本気で考えて色々気張って作ってるのが段ボールのエロ紙芝居なんですよ。ふざけた人生だなぁと思います。ああ生まれてよかった。

というわけで次のライブは9月28日土曜、錦糸町のオイスターバーで投げ銭紙芝居★

この「牡蠣と妄想ハネムーン」というお店は週末しか開かず、マスターが全国から仕入れてくる生牡蠣は鮮度抜群で、レモンも調味料もなしに食べるスタイルで、すごくおいしいです!

生牡蠣とお酒とエロ紙芝居で、ミルキーな初秋の夜を過ごしませんか?

お店は17時より営業、紙芝居の上演時間は、一部が19時〜19時半、二部が21時〜21時半(演目は変えるつもりです)。

チャージフリーで要1オーダー以上、演者へのお気持ちは投げ銭で♡

小さなお店なのであらかじめご予約いただいたほうが確実です。

10月以降の予定も飯田華子ホームページに載せております。ご不明な点はお問い合わせください。

ではまた近々。


※写真は9月13日のツーマンショウ♡

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あの晩の行いについて

先日9月5日木曜、新宿ゴールデン街のバーSea&Sunで投げ銭紙芝居をしてきました。

ここは漫画家のドルショック竹下さんがキャプテンを務めるお店で、センス溢れる下ネタを楽しめる素敵なお店です。

木曜はライターの永田王さんもバーテンとしてカウンターに入っており、「ミュージカルでお金大変だっただろうから投げ銭で稼いでいってね」と言ってくださってまじで泣けました…

見に来てくださったお客様、本当にありがとうございました!

ガチでギリギリの経済状況ゆえ、皆様のあたたかさが心と財布にぐわーんと沁み入りました。

ところで、この日私は楽しくてつい終電を乗り過ごしてしまいました。

お金のない人間が終電を乗り過ごしてる場合か!?と突っ込まれそうですが、気づくと始発まで2時間ほどだったので、ネットカフェなら1000円もせず過ごせるだろうと歌舞伎町を歩きました。

すると、

「おねえさん、バーいかがですか?」

と少女に声をかけられたのです。

ええ、少女だと思いました。黒髪で小さくて化粧っ気もなくて、高校生みたいでした。

かわいい顔をしていましたが、クラスでは目立たないほうだろうと思わせる地味な雰囲気でした(でもそれはその前にドルさんや永田王さんを見てたからかもしれません。あのお二人のオーラは半端ないので…)。

ご存知の通り現在の歌舞伎町は客引き禁止です。

こんな深夜にこんな子どもが何してるのかしら。

少し酔っていたせいもあり、私は話しかけました。

「ねぇ、別にいいんだけど、どうしてキャッチしているの?」

少女は困ったような笑みを浮かべ、

「あの…お店オープンしたばかりで…ビルの上の階にあるから…まだ知られてなくて…」

眉毛が八の字になり、目をキョトキョトさせました。

なんとなく、この子は25歳くらいで目尻にシワが寄るタイプだろうなぁと思いました。

薄い肩は薄幸そうで、歌舞伎町の街角に震えるヒナゲシの花のようでした。

いっぽう、私は厚みのある体に露出多めのワンピールをまとい、ヒールを履いていたこともあって少女よりずっとデカく、ガラガラとカートで紙芝居を引きずる姿はまるで戦車のようでした。

なんだかこちらがいじめているように思えてきて、

「変なこと聞いてごめんね」

と謝りました。

それだけじゃ足りないような気がして、

「一杯飲んで行こうかな」

と言ってしまいました。

ヒナゲシはパッと顔を輝かせ、

「わ!本当ですか!ぜひ!すぐそこなんです!」

私の気が変わるのを恐れるようにさっさと歩き始めました。

その弾んだ後ろ姿を眺めながら、

「あー、やってしまった…」

と私は思いました。

さて、連れて行かれたのは雑居ビルの3階で、長いカウンターの端と端に1人ずつ男性客が座っていました。

その向かいにはそれぞれ女性バーテンが立ち、めいめいおしゃべりしたりカラオケしたりしてました。

つまりガールズバーってやつですね。

私は真ん中の席に通され、目の前にヒナゲシが立ちました。

チャージは30分1000円、ドリンクは1杯800円から。

こういう店だと思えば高くはありません。

しかし私はこういう店で遊べる身分じゃありません。

「30分しかいられないので」と言い、とりあえず一番安いジントニックを注文しました。

出てきたグラスに口をつけようとして、ハタと気づきました。

目の前に女の子を立たせておいて自分だけが酒を飲む、という状況に耐えられない…。

「…何か、飲みますか?」

私が言うと、ヒナゲシは恐縮しながら何かの飲み物を持ってきて乾杯しました。

高校生みたいな見た目でしたが、聞けば21歳だそうです。

埼玉から通ってて趣味はコスプレなんだって。

へー。

…。

話すことがなくなりました。

時計を見たらまだ7分しか経っていません。

「えーと、昼間は何かしてるの?」

「ここだけなんです」

「そっかー。…えーと、…21歳っていったら何年生まれ?」

「'98年です」

「うわ!私が中2のときだ!」

「そうなんですね〜!」

「うわ〜、すごいなぁ、なんか」

「そうですね〜」

「えへへへへ」

「えへへへへ」

「…」

「…」

「…あ、'98年っていったら、あゆがデビューした年じゃん!」

「あゆ?」

「浜崎あゆみってわかる?」

「わかります〜!」

「私、浜崎あゆみ好きだったんだよ、ちょうど世代でね」

「そうなんですね〜!」

「…」

「…」

…あと15分。

あまりに手持ち無沙汰で酒のペースを早くしてしまったため、グラスが空になりそうでした。

「…えーと、えーと、お酒は好きなの?」

「うーん、まだあんまりわかんないけど、あ、でもここに入ってカクテルの作り方覚えました★」

「じゃあマティーニとかも作れるの?」

「え…マティ…?…ご、ごめんなさい、わからないです…」

「あ、いや、ごめん、そうだよね、ここでマティーニはあんまり出ないよねきっと」

「すみません、勉強不足で…」

「ううん、そんな…。あ、じゃあ、どんなカクテル作れるの?」

「ブルームーンっていうカクテルです。スミレのリキュールとジンを合わせるやつで」

「スミレのリキュール?」

「瓶持ってきますね!」

「え…(持ってこなくていいのに…。なんか、ノルマとかあるのかしら。…うう、水商売を経験した身としてはきつい…)」

「これです〜。香り嗅いでみます?」

「あ、うん(くせー)」

「お花の香りなんです〜」

「ふ〜ん。(…やべー、まだあと10分もあるのにジントニックなくなっちゃった。瓶の香り嗅がせてもらっちゃったし…ああ…)…じゃあ、このブルームーンを…一杯…」

「ありがとうございます!」

華奢な指がシェイカーを振り、薄紫に濁った液体がグラスに注がれました。

見るからにまずそうでしたし、実際まずかったです。

しかしカクテルの準備のおかげで喋らなくても時間を潰せました。

便所の芳香剤のような酒をグッと飲み干したところでジャスト30分。

お会計は5000円でした。

チャージ1000円でジントニックが800円で、えーと…

…よくわかりませんが、そういうものなんでしょう。

だってここは歌舞伎町で客引きをするガールズバー。

「ぼったくり注意」の街頭アナウンスがこんなにも流れてるのに、わざわざついていったのは私です。

30分で5000円…。

「ミュージカルでお金大変だったでしょう」と言ってくださった永田王さんの顔が浮かびました。

投げ銭をくださったお客さま一人一人のお気持ちを思いました。

…ああ!

…バカ!

電気代、家賃、国民健康保険、…こんなことしてる場合じゃないのになに見栄張ってんの?てか見栄なの?何がしたいの私!?

ビルの外に出たあと、思わず「ああ〜!」って叫んじゃいました。

通りすがりのカップルがびっくりして振り返りました。

本当に私はクソバカです。

人のこと「薄幸そう」とか言ってる場合じゃないよほんと。

もうどうしていいかわからなくなってたのでそのまま博多天神に入りました。

ニンニクたっぷり入れて替え玉(無料)もしました。

500円でお腹パンパンになりました。

さっきの10分の1の値段です。

そう思うとまたどうしようもない感情に襲われ、「ああ〜!」とニンニク臭い息で再び叫びながら紙芝居を引きずって歩きました。

ときどき、…いや結構な頻度で、自分が自分でいるのが嫌になります。

でも自分じゃないものにはなれないんだよなぁ…。

こんなこと書くのは、せっかく投げ銭をくださった皆様のご厚意をないがしろにするようにも思えて躊躇われましたが、過ちを繰り返さぬよう記録いたします。

本当に私はクソバカな人間ですが、あの…、本当に頑張りますので、またどうかよろしくお願いします。

次のライブは9月13日(金)新松戸ファイヤーバードです。

尊敬するパフォーマーの若林美保さんと夢のツーマンショウ・新松戸篇。

浅草と横浜でやった二人のコラボもこれで三回目。

今回は広いステージと色とりどりの照明を使ってブイブイやりたいと思います!

しかもまめこ食堂さんの素敵なオードブル付き!

まだお席ございます!ご予約お待ちしております★

2019年9月13日(金)
「若林美保×飯田華子 夢のツーマンショウ」新松戸篇
@新松戸・ファイヤーバード
OPEN 18:30 / START 19:30
TICKET ¥4,000
※オードブル付き
※別途1drink charge
※19:30迄にご来場の方は1drink or ローストポークプレゼント



これ以降の予定も飯田華子ホームページに載せております!

9月14日は横浜関内のバー、9月19日は高円寺円盤で坂口安吾『堕落論』を読むイベント、9月28日はオイスターバーで生牡蠣と紙芝居の夕べ★

ぜひ遊びにきてね〜♡

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夏の思い出

半月ほど経ってしまいましたが、ミュージカル「わたしのせいじゃない」8月16日〜18日までの全5回公演は無事終了しました。

ご来場くださった皆様、出演者・スタッフの皆様、誠にありがとうございました!

色々な点で、今この時しかやれない公演でした。

多くの方が見届けてくださったことを本当にありがたく思います。

北村早樹子さんが本人役で主演するという実話ちっくな作りでしたが、これはやはり私の書いたファンタジーであり、私の見解・私の絶望・私の希望を遠慮なしにブチ込んだものでした。

この中で「本人」という役を担うのはどういう精神状態であったか。

…って、やらせておきながらアレですけど、北村さんの女優・歌手としての器量に唸りました。

すごく客観的でなければこのように素晴らしい演者ではありえないだろうし、しかし客観性を持った人間がこのような演者でいられるだろうか?という疑問もあります。

私もまた、台本を書いている際はテッテ的に対象を客観視しようとしつつ、いつの間にか客観が主観になり変わっていました。

振り返ってみると、狂ってたんだと思います。

作り手と演じ手の狂気が微妙なバランスで均衡を保った舞台だったようにも思います。

「今この時しかやれない公演」と言ったのはそういう意味で、もしもう一度やったらどちらかの人格が崩壊するかもしれないし、あるいは崩壊を避けようと薄い内容になるかもしれません。

…と、こう書くと何やら深刻そうな感じですけど、実際は稽古も公演もやっていてとても楽しかったです。

素晴らしい出演陣のお力によるものでしょう。

魅惑的な悪魔を演じてくださった蜂鳥あみ太=4号さん、心震えるギター&祖父役の大須賀聡さん、物語にぴったり吸い付くようなアクトをしてくださったアコーディオン&トランペット&祖母役の西井夕紀子さん、可憐な容姿と火を噴くような怒りを全開にしてくださった千絵ノムラさん、ファムファタル・久保井研さん。

台本と演出に寄り添いつつ、エンターテインメントとして昇華してくださいました。

このテーマでこの台本でこれ以上の出演者はいなかったでしょう。

だから、私のやれることはとりあえずやり切ったなというのが今の気持ちです。

お客様から色々なご感想をいただきましたが、この件に関して私のできることはやりました(やる必要があったのか?という疑問もあるかもしれませんが、少なくとも私には必要がありました)。

そして、当たり前ですが、北村さんの本当の物語は私には手の出せない領域にあります。

二度とない試みであり二度とない時間、お客様や演者・スタッフの皆様と共有できたことを幸せに思います。

準備期間や裏方作業も含めると数ヶ月、会場の新世界の皆様にも大変お世話になりました。

心から感謝申し上げます。


そのようなわけで8月半ばまでミュージカルどっぷりの生活でしたが、ひとつの物語に全ての時間を捧げられるというのはとても贅沢でした。


公演翌日からはまた段ボール紙芝居を引きずってあちこち回る日々が戻ってきました。

8月19日は野外劇団「楽市楽座」の東大和公演にゲスト出演、住宅街の公園で「ちんこまんこファイト!」という紙芝居をしました。お子様連れの方もいてドキドキしましたが、あたたかく受け入れていただけて嬉しかったです。
そして楽市楽座の動きのキレや声の通り方は素晴らしかった!
野外での発声法についてもちょこっと教えていただきました★

8月22日は新松戸ファイヤーバード。山梨のバンドさんを迎えて関東の変態が集まった日。
蜂鳥あみ太=4号&大須賀聡コンビもご出演されてました。ミュージカルでご一緒したばかりでしたが、別個でステージを拝見するとその完成度の高さに改めて感動。
あと、この日初めて拝見した「エルコ将軍」という方もパワフルで面白くて素敵でした★

8月23日は新宿歌舞伎町のショーレストランでイベント「ながれるもの」に出演。
ミュージシャン1名、ダンサー4名、紙芝居1名(←?)で1時間弱のショウ。
ミュージシャンの極実さんも素晴らしかったし、ダンサーの皆様もeyeさんはじめめちゃくちゃ美しいプロの方々でした。ソデで見ててうっとり。
全体の構成も練られたエンターテインメントなショウで、参加できて光栄でした。

8月24日は下北沢ラカーニャでペーソスの出版記念ライブ。
ペーソスは、ギター、クラリネット、ボーカル、サックス、司会の5人から成るバンドです。全員男性で、最年少は30代、最年長は70代。なんともいえない可笑しみとほろ苦さのある素晴らしい歌を歌われます。
そんなペーソスの活動の軌跡が一冊の本となって出版されることとなり、その発売記念ライブにIKAZUGOKEで呼んでいただいたのでした。
最初はペーソスとIKAZUGOKEのトークでステージに上がりましたが、相方の北村さんが面白く場を沸かす一方で私はほぼ何も喋れなかったです。トークって本当に難しいなぁ。。
自分たちのライブ後はペーソスさんの歌を聞きつつ酒を飲む至福の時間でした★

8月25日は巣鴨で「子どもといっしょに究極芸術」。詩人・桑原滝弥さん率いる「4272」というユニットが主催する、大人も子どもも楽しめるイベント。
広いフラットな会場(靴を脱いで上がる)で、お絵かきブースがあったり、授乳もできる休憩室があったり。子どもたちが自由に走り回る中、演劇や詩のワークショップやオープンマイクなどが催されました。
私は子ども向けと大人向けの紙芝居をご依頼いただいており、「よりによって私に…?」「ということは…?」と考え、子ども向けも大人向けも遠慮なくやりました。
楽しんでくださった親子もいたようでよかったです。
「親子で楽しむ」場を作るのって、実は相当難しいことだと思いますが、意味のある試みだと思いました。
また開催してほしいです。

8月28日〜31日までは四国・松山の道後温泉へ。ストリップ劇場「ニュー道後ミュージック」に出演しました。
ニュー道後ミュージックは毎年夏に「怪談ストリップ」という興行をしており、この期間は踊り子さんのほか落語家やミュージシャンなど色々な方が出演します。私も去年に引き続き呼んでいただきました。
今年は関東からのお客様もいらして嬉しかったです★
そしてご一緒した踊り子さんたちの演目が素晴らしかった〜!
葉月凛さんの新作は展開や美術に心底ぞっとしたし、御前珠里さんのステージは音楽も動きも表情も狂気だったし、牧瀬茜さんは美しく儚い怪談でした。
しかも最終日は、牧瀬茜さんが中ムラサトコさんというミュージシャンとサ々キDUB平さんという映像作家さんとコラボしたのですが、生演奏の中で舞う茜さんは妖怪の哀しみを全身で表現されており、その美しさ切なさに思わず泣いてしまいました。
場内には冷やかしで来たっぽいカップルもいて、最初は一糸まとわぬ踊り子さんにニヤついてましたが、だんだん真剣な顔になって演目に飲まれていく様も見え、「ストリップって凄いでしょ!えっへん!」という気分になりました。
今回は劇場が終わったあと、深夜までやっている「ワニサイ」というバーにも飲みに行きましたが、そこも時々ライブをするお店らしく、今度は9月5日に三上寛さんと御前珠里さん(道後専属の踊り子さん)のショウがあるそう。
いろんな場所でいろんな試みがあるのが本当に面白く、私も色々やりたい!と刺激をもらった4日間でした。


…というわけで今年は濃厚な夏でした。

各地でお世話になった皆様、ご覧下さった皆様、誠にありがとうございました!

9月も頑張ります!

9月5日木曜はゴールデン街Sea&Sunで投げ銭紙芝居!

9月13日金曜は新松戸ファイヤーバードで若林美保さんと夢のツーマンショウ新松戸篇!

また9月19日木曜からは高円寺円盤で月一イベントが始まります。
こちらは私の趣味でやりますので、物好きな方が来てくだされば…(いや、まぁ、私の普段のライブも物好きな方に支えていただいてますが…)。
坂口安吾『堕落論』における「堕落」とは何か、ということを考えたり議論したりしようと思ってます。

各イベントの詳細やこれ以降のスケジュールもホームページに載せております。

https://iidahanako.jimdo.com

それではまたどこかの空の下で★
プロフィール

◎自作の段ボール紙芝居で各地を巡業しています。
◎漫画、文章、映像制作なども承ります。
◎お問い合わせはホームページ迄お願いします https://iidahanako.jimdofree.com

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