柳田は悪評紛々の『壊れる日本人 -ケータイ・ネット依存症への告別-』という本を出している。私はwaiwai問題が持ち上がるまで、この本の存在を知らなかった(だいたい『ネット君臨』の存在を知らなかったしな〜)。柳田といえば『マッハの恐怖』や近年でいえば『犠牲(サクリファイス)わが息子の脳死11日』で知られ、その著作は1冊も読んだことはないけれど、優秀なノンフィクション作家というイメージしかなかった
そこで新潮社文庫版を買い求めてみたのだが…これはひどい ( 'A`)y─┛~~ 『壊れる日本人』の評判はすこぶる悪い(その反面賛同する人もかなりいるのだが)
さてどこからつっこもうか…頭を抱えてしまうな〜。まず…
アメリカ小児学会1999年の勧告「子どもがテレビを見る時間は、一日に一〜二時間を超えないように両親を始動するのは、小児科医の役割である。特に二歳未満の子どもにはテレビを見せるべきではない(p19-20)」を引き、テレビ付けの危険性をを訴える。しかし自身でこの勧告が科学的でないことを紹介しながら、こう力説する
もう、根拠があの「ゲーム脳」ってだけで駄目だろう(p21)。「無茶苦茶な話」なのは著者自身ではないか。「科学的」という言葉の意味を全くわかっていない。反証性可能性が無いものは科学ではなくオカルトであることを知らない。だいたい、子供の世話(スキンシップをしない)をしないでテレビにお守りをさせているのが、乳幼児の発達阻害の最大の原因ではないのか? 柳田の説明ではポイントがずれすぎている(「アメリカ 小児学会 テレビ」ググるとなかなか多様な意見があって面白い)
それはマナーの問題ではないのか? 原文がわからないのでその女子大生に養老孟司氏がどんな対応をしたかわからない。養老氏は呆れたまま何も言わなかったか? だったら注意しない養老氏に問題があるだろう。その辺を書かずに、何故テレビの性にする。若者のマナーがなっていないなら、注意するのが本筋だろう
2000年の西鉄バスジャック事件にも言及があるが、柳田はあの評論家としても有名な精神科医が、診察もしないでおかしな関与をしたことを知らないのだろうか? 歴史にifをいうことはタブーだが、親が主治医のいうことを聞かずに、診察すらしていない医師からの助言で強制入院させなければあの事件は起こらなかった可能性が高いのに
柳田はノンフィクション作家としての肩書きがありながら、な〜んにも調べないで書いている。全て自分の印象だけ、新技術について行けない恐怖感だけでしかない
もう、読んでいてこの調子が延々続くのかとイヤになってきた私は、第2章で投げ出してしまった。この本は新しい技術が世に出てくると、必ず出てくる新技術非難の本である。携帯電話から出る電磁波が脳を破壊するなど、この手の話は枚挙にいとまがない。成熟した技術は、そのアーキテクチャを知らない者にとっては魔法でしかない。新技術に対する素朴な庶民の恐怖感をあおる「トンデモ本」でしかない。通勤電車の中で読み為に、せっかく文庫本用のブックカバーを買ったのだが無駄になった、本代も含めて金返せ!
こんな阿呆だから「開かれた新聞」委員会委員に聞く(2)で、臆面もなく
キャス・サンスティーンの『インターネットは民主主義の敵か』の序文を100万遍読んでから、論評汁! あそこにwaiwai問題の本質が書かれている。ネット上だろうとなんだろうと人間は協調フィルタリングによって集団分極化をしてしまうものである。驚くべき事に『インターネットは民主主義の敵か』は毎日新聞社の発行だ。日本語版の発行は2003。年しかも柳田を始め、対談コーナーの司会をしているのは現毎日新聞社・朝比奈社長である。『ネット君臨』の陣頭指揮取っていた人間はこの本を読んでいないのであろうか? 読んでいないのなら勉強不足だし、読んでいるとしたら、相当の確信犯だ
こんな程度だから、佐々木俊尚氏に『フラット革命』において『ネット君臨』内対談の内情を暴露されたり、柳田自身は宮崎哲弥氏にm9Vol.3で『「壊れたジャーナリスト−柳田邦男への告別」の書と揶揄』されるのである
『ネット君臨』において柳田はイコンとして祭り上げられている。それは毎日新聞社内のナット君臨派の象徴である
『ネット君臨』については今回で終了します。もっとつっこみどころはあるのですが、切りがないです。また全てがネット否定につながるわけでもなく、表面的には考えさせられる面もあります。対談については上にも記しましたが佐々木俊尚氏の『フラット革命』を読んでみて下さい、驚きますよ。誰か「『ネット君臨』−壊れたジャーナリズム」なんて本を出さないのかな。いっそ私が書くか(w
誤解があると困るので申し添えますが、佐々木氏の『フラット革命』は決して『ネット君臨』の暴露本でありません。「フラット化する言論」の過程において、自身が関わった『ネット君臨』も取り上げているだけです。その辺はお間違えの無きように
数日前、韓国でのネットの書き込みに端を発した、タレントの自殺報道が相次ぎました。テレビはまるで「ネットは恐い。ネットは闇」という論調で報道しているように見受けられました。しかし、それは本当なのでしょうか? 韓国と日本ではかなりお国事情違うにもかかわらず、同列で報道しているとしか思えません。お国事情が違うにしても、私は常々言っていますように、ネットとは世間の延長でしかないのです。アーキテクチュア上の特性で、世間が求める「道徳性・可視性・論理性」などが過剰に求められているに過ぎません(そしてお国事情が絡みます)。新聞週間で読売新聞は「新聞は必要との高い認識」との調査結果を出していました。私は新聞は必要だと思います。速報性はテレビ・ラジオに劣りますが、新聞は情報を手にするためのハードルが非常に低いこと、携帯性に優れていること、そして何より論理的に物事を伝えてくれます。現代において新聞は必要な物です(自宅では新聞は取っていませんが、PCを買い換えた際私のブックマークは朝日・読売・日経を必ず含んでいる。毎日と産経は最近ブクマしたのだが)。
ちなみに毎日新聞の新聞週刊特集(2008/10/16午前中毎日.JPにてサイト内検索をかけたもの)
特集:「開かれた新聞」委員会 座談会(その1)
特集:きょうから新聞週間 命を守るために、真実掘り起こす(その2止)
特集:きょうから新聞週間 命を守るために、真実掘り起こす(その1)
社説:新聞週間 情報閉ざす扉をこじ開けたい
社説:新聞週間 情報閉ざす扉をこじ開けたい
社説が二つあるのが不思議だが(呆れたことに末尾の「毎日新聞 2008年10月15日 東京朝刊」有無だけ。前者の方が時間が新しいから、付け忘れた模様だ)…毎日新聞社はいったい何が言いたいのだろうか? もう、これは社内の「情報開示派」が「ネット君臨派」に対してのメッセージと好意的に解釈でもしないとやりきれなくなってくる。しかし、主筆の朝比奈社長はわかっているのだろうか? この社説の字面だけを読んでゴーサインを出したなら、相当の読解力がないと判断せざるを得ない。なにをか況や
え〜、次回はいよいよ既存マスメディアのインターネットへの恐怖&憎悪について考察したいと思います。ただ、まだまだ勉強不足の面もあり、いろいろ本を読んでいる最中で書けない状況です(仕事も私生活も忙しいし)。しばらくは速報的なエントリー以外は出せないかもしれません
だが、科学的な実証とは何なのか。薬の有効性を調べる研究のように、二歳未満の子どもを百人とか千人規模で二組選び、片方のグループには毎日三時間も四時間もテレビを見せ、もう一方のグループには全くテレビを見せないという生活を数年間続け、その人格形成の違いを監察分析しろと言うのだろうか。五年観察したら、やはりテレビを見過ぎた子どもの人格形成にゆがみを生じましたという論文を学会に出せと言うのだろうか。実験台にされ人格形成にゆがみを生じた子どもの修復について誰がどのように責任を取るのか一人一人の人生に関わる人格形成の問題を、生身の子どもを実験台にして明らかにするなどというのは、もってのほかだ。科学的な証明が必要だという批判は形式論として正しくても、現実の問題としては無茶苦茶な話だ。それは科学主義に過ぎない。(p22)
もう、根拠があの「ゲーム脳」ってだけで駄目だろう(p21)。「無茶苦茶な話」なのは著者自身ではないか。「科学的」という言葉の意味を全くわかっていない。反証性可能性が無いものは科学ではなくオカルトであることを知らない。だいたい、子供の世話(スキンシップをしない)をしないでテレビにお守りをさせているのが、乳幼児の発達阻害の最大の原因ではないのか? 柳田の説明ではポイントがずれすぎている(「アメリカ 小児学会 テレビ」ググるとなかなか多様な意見があって面白い)
(略)養老孟司氏がある大学の授業中にあったエピソードを、エッセイに書いていた。女子学生がやおら膝を立てて、すね毛を剃り始めたというのだ。全く同じ構図だと言える(p24)
それはマナーの問題ではないのか? 原文がわからないのでその女子大生に養老孟司氏がどんな対応をしたかわからない。養老氏は呆れたまま何も言わなかったか? だったら注意しない養老氏に問題があるだろう。その辺を書かずに、何故テレビの性にする。若者のマナーがなっていないなら、注意するのが本筋だろう
2000年の西鉄バスジャック事件にも言及があるが、柳田はあの評論家としても有名な精神科医が、診察もしないでおかしな関与をしたことを知らないのだろうか? 歴史にifをいうことはタブーだが、親が主治医のいうことを聞かずに、診察すらしていない医師からの助言で強制入院させなければあの事件は起こらなかった可能性が高いのに
柳田はノンフィクション作家としての肩書きがありながら、な〜んにも調べないで書いている。全て自分の印象だけ、新技術について行けない恐怖感だけでしかない
もう、読んでいてこの調子が延々続くのかとイヤになってきた私は、第2章で投げ出してしまった。この本は新しい技術が世に出てくると、必ず出てくる新技術非難の本である。携帯電話から出る電磁波が脳を破壊するなど、この手の話は枚挙にいとまがない。成熟した技術は、そのアーキテクチャを知らない者にとっては魔法でしかない。新技術に対する素朴な庶民の恐怖感をあおる「トンデモ本」でしかない。通勤電車の中で読み為に、せっかく文庫本用のブックカバーを買ったのだが無駄になった、本代も含めて金返せ!
こんな阿呆だから「開かれた新聞」委員会委員に聞く(2)で、臆面もなく
私は数年前からネットの負の側面に警鐘を鳴らしてきたが、今回の件はネット社会の落とし穴がどこに隠れているかわからないことを示唆するものだ。ただ、失敗に対する攻撃が、ネット・アジテーションによる暴動にも似た様相を呈しているのは、匿名ネット社会の暗部がただごとではなくなっていると恐怖を感じる。この問題はマスコミのネットとのかかわり方の教訓にすべきであろう。なんて平気で言えるのだろう。釣れるか!? 毎日新聞!? (公開質問状をかねて)でも書いたが、あのような中途半端な検証記事(7/20)でどう考えれば、このような文章が書けるのか私には不思議でしょうがない。柳田を含め「開かれた新聞」委員会委員は全員私の質問に答えろ!。それができないなら今すぐ回線切って、引っこ抜いたLANケーブルで(ry あ、どうせネットなんてやってないか (・∀・)y─┛~~ニヤニヤ
キャス・サンスティーンの『インターネットは民主主義の敵か』の序文を100万遍読んでから、論評汁! あそこにwaiwai問題の本質が書かれている。ネット上だろうとなんだろうと人間は協調フィルタリングによって集団分極化をしてしまうものである。驚くべき事に『インターネットは民主主義の敵か』は毎日新聞社の発行だ。日本語版の発行は2003。年しかも柳田を始め、対談コーナーの司会をしているのは現毎日新聞社・朝比奈社長である。『ネット君臨』の陣頭指揮取っていた人間はこの本を読んでいないのであろうか? 読んでいないのなら勉強不足だし、読んでいるとしたら、相当の確信犯だ
こんな程度だから、佐々木俊尚氏に『フラット革命』において『ネット君臨』内対談の内情を暴露されたり、柳田自身は宮崎哲弥氏にm9Vol.3で『「壊れたジャーナリスト−柳田邦男への告別」の書と揶揄』されるのである
『ネット君臨』において柳田はイコンとして祭り上げられている。それは毎日新聞社内のナット君臨派の象徴である
『ネット君臨』については今回で終了します。もっとつっこみどころはあるのですが、切りがないです。また全てがネット否定につながるわけでもなく、表面的には考えさせられる面もあります。対談については上にも記しましたが佐々木俊尚氏の『フラット革命』を読んでみて下さい、驚きますよ。誰か「『ネット君臨』−壊れたジャーナリズム」なんて本を出さないのかな。いっそ私が書くか(w
誤解があると困るので申し添えますが、佐々木氏の『フラット革命』は決して『ネット君臨』の暴露本でありません。「フラット化する言論」の過程において、自身が関わった『ネット君臨』も取り上げているだけです。その辺はお間違えの無きように
数日前、韓国でのネットの書き込みに端を発した、タレントの自殺報道が相次ぎました。テレビはまるで「ネットは恐い。ネットは闇」という論調で報道しているように見受けられました。しかし、それは本当なのでしょうか? 韓国と日本ではかなりお国事情違うにもかかわらず、同列で報道しているとしか思えません。お国事情が違うにしても、私は常々言っていますように、ネットとは世間の延長でしかないのです。アーキテクチュア上の特性で、世間が求める「道徳性・可視性・論理性」などが過剰に求められているに過ぎません(そしてお国事情が絡みます)。新聞週間で読売新聞は「新聞は必要との高い認識」との調査結果を出していました。私は新聞は必要だと思います。速報性はテレビ・ラジオに劣りますが、新聞は情報を手にするためのハードルが非常に低いこと、携帯性に優れていること、そして何より論理的に物事を伝えてくれます。現代において新聞は必要な物です(自宅では新聞は取っていませんが、PCを買い換えた際私のブックマークは朝日・読売・日経を必ず含んでいる。毎日と産経は最近ブクマしたのだが)。
ちなみに毎日新聞の新聞週刊特集(2008/10/16午前中毎日.JPにてサイト内検索をかけたもの)
特集:「開かれた新聞」委員会 座談会(その1)
特集:きょうから新聞週間 命を守るために、真実掘り起こす(その2止)
特集:きょうから新聞週間 命を守るために、真実掘り起こす(その1)
社説:新聞週間 情報閉ざす扉をこじ開けたい
社説:新聞週間 情報閉ざす扉をこじ開けたい
社説が二つあるのが不思議だが(呆れたことに末尾の「毎日新聞 2008年10月15日 東京朝刊」有無だけ。前者の方が時間が新しいから、付け忘れた模様だ)…毎日新聞社はいったい何が言いたいのだろうか? もう、これは社内の「情報開示派」が「ネット君臨派」に対してのメッセージと好意的に解釈でもしないとやりきれなくなってくる。しかし、主筆の朝比奈社長はわかっているのだろうか? この社説の字面だけを読んでゴーサインを出したなら、相当の読解力がないと判断せざるを得ない。なにをか況や
え〜、次回はいよいよ既存マスメディアのインターネットへの恐怖&憎悪について考察したいと思います。ただ、まだまだ勉強不足の面もあり、いろいろ本を読んでいる最中で書けない状況です(仕事も私生活も忙しいし)。しばらくは速報的なエントリー以外は出せないかもしれません
http://www.etrade.co.jp