毎日.JP多趣閑言:新聞とネット /静岡においてのコラム。

 静岡県内での事件で、「警察発表で容疑者とされたが」不起訴となった「新聞記事は不起訴を報じたが」いつまでもネットに情報が残っていて生活に支障を来しているという電話を受けてのコラム。結論と示されるのは”ネットは信用がなく新聞が一番”という考え方だ

 納得がいかない。ならば、容疑者での段階での実名報道を行っている新聞などマスメディアの事件の扱い方はどうなのだろう? 起訴されたり判決を受けたりして時点で実名報道をするべきなのではないだろうか? ブログにしても匿名掲示板にしても情報の流す過程で、その一番の上流をマスメディアであることは一目瞭然であるのに。新聞がいくら訂正記事を出したからといっても、表面に出てきたという事実だけはなくなりはしない

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 また、日本の警察はかなり優秀だから、逮捕(検挙か?)の発表した時点で起訴・有罪になる可能性がかなり高いことを受けて実名報道をしているのではないかと思うが、それでも判決が出るまではあくまでも被疑者である。その点においてマスメディアが実名報道を行えば、大概の読者は真犯人であると思うのは必然ではないだろうか?

 また、情報の垂れ流し状態はマスメディアでも同じ事である。
 紙面では不起訴になったことを報じれば、新聞社として一応は該当者の名誉回復を図ったことになる。「一応」としたのは、読者が継続的に新聞を読んでいるのが前提で、「都合のいい論理」との批判も免れないからだ。ただ現実に根が深く問題なのはネットだ。
と言い訳しても通じはしない。自己で認めているように「読者が継続的に新聞を読んでいる」保証などどこにもないのだから。記事が一人歩きしているという現象−例えば松本サリン事件で日本中の読者・視聴者は第一通報者が怪しいと思ったりした−はネット以前からあったわけで、それまで見えてこなかったマスメディアのバイアスが今のネット時代では、より可視性が出てきていることがわからないのであろうか。

 ネット時代以前は地域の醜聞などがあった場合、新聞が報じなくても「週刊誌がばんばん書く」なんて言われたものだ。人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、今までは狭い地域の中で口さがない人たちがうわさ話をしていたことを、ネットでは地域どころか国境さえも越えてしまうという、特質を何故わからないのであろうか? 私には「わからない」ということが理解できない。

 なのに毎日新聞は論理をすり替えて、「ネットは信用できない」と声高々に言う。今に始まったことではないが、少なくとも毎日新聞はネットが憎くて憎くてしょうがないのは明らかだ

 新聞記事からコピペしただけのブログや掲示板もかなりの数に上る。それはそれで問題もあるだろうが、中にはきらりと光るエントリーもあることが我慢できないのであろうか? 自分たちに意見することを許せないのであろうか? だったらまず己の襟を正すことが肝心であろう

 またネット展開をしようとしても、何か後手後手で儲からないことも毎日新聞がネットを毛嫌いする要因でもあると思う。ネットでちまちまバナー広告を出しても誰もクリックなどしてくれない。ネットの初期から無料で情報がやりとりされてきた文化を無視しているからろくなビジネスモデルを描けないでいる。今は過渡期なのである。ネットでも儲けようと世界中が喘いでいる。その努力をよそに部数の低迷と広告量の減少で青息吐息なことをネットのせいにしている姿は醜悪でしかない

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