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日本が大和朝廷 時代、朝鮮半島から吉備の国へ大きな船がやって来た。
船から身を乗り出して見下ろす男を、民衆が見ると途轍もなく大きく見えた。
長旅で疲れていたせいか、髪や髭は伸び放題。頬は落ちくぼみ、目だけがギラギラ光っていた。男は自分のことを「百済(くだら)の王子」と名乗った。
古くから朝鮮半島と深い交流関係にあった吉備の国。話を聞けば戦に破れ、逃れてきたとのことで、王子をはじめ百済の技術集団らを快く受け入れた。
王子はその礼として、造船技術や製鉄技術など百済の優れた技術を伝授することを約束した。
最初に彼らは、本土防衛のための山城造りに取りかかった。というのも、百済と戦って勝利を収めた朝鮮半島の古代国家からの侵攻を配したからだ。
朝鮮式の古代山城にならって、標高400mの山頂に同じ様式の城を築き、周囲には城壁を巡らせ、そばの岩屋山には楯を構えた。
百済からの渡来人はこの城壁を「ウル」と呼んでいたことから、王子は温羅(うら)と呼ばれるようになった。
製塩技術に加え、温羅の渡来によってもたらされた製鉄技術により、吉備の国はますます繁栄し、吉備の国の政治勢力はどんどん強まっていった。
この温羅が桃太郎の鬼ではないかと思われる。

吉備の国の繁栄は、全国統一をもくろむ大和朝廷にはおもしろくなかった。
大和朝廷は勢力拡大のために北陸、東海、丹波、そして西道(山陽)の四ヵ所にそれぞれ将軍を派遣することにした。
西道の将軍に任命されたのが、吉備津彦命(きびつひこのみこと)である。
この吉備津彦命が桃太郎のモデルである
その家来に犬養健命・楽々森彦命・留玉臣命の三人がいた。
これが犬、猿、鳥である。
卑弥呼は吉備津彦命の姉であるらしい。

金太郎は実在した!