奈さんという学生時代からの悪い飲み友達の仲間に、同じように悪い飲み友達がいて、それが南米にやって来たのをアルゼンチンのブエノスアイレス空港で迎えた。地球の裏側でもろくな飲み方をしない私たちは再会して早々、当然のように夜のブエノスアイレスに繰り出して当然のようにしこたまワインを飲む。翌日、案の定二日酔いの身体を引き摺るようにして向かった先はボリビアだった。

当初は南極に行こうかなどと話していたのだが私の資金不足で南極の案はボツになり、代替案としてウユニ行きを提案して、友人を半ば強引に引っ張って来たのだった(ごめんよ)。

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ボリビア国境のビシャソンまで、乗り込んだのは28時間のバスだった。

バスはブエノスアイレスの街を抜けると、軽やかにアルゼンチンの夏空の下を走っていった。青い空はからっと晴れて、車窓の風景は平原からなだらかな丘へと移り変わる。翻ってどんよりと重苦しい二日酔いの身体は多分に昨夜のアルコールを残して硬直していて、なかなか切り替わらない。ステーキ屋でワインを飲んで帰り道でワインを飲んで宿でビールを飲んでとけっこう派手にはやったけれど、内臓が年々アルコールに弱くなっているのは確かだ。寝ても覚めてもなかなか抜けないのだ、悲しいことに。


途中でバスを降りて新鮮な空気でも吸って、暴れる胃や肝臓のあたりを落ちつけようと思うのだが、バスは止まることを知らないし、私の内臓たちも落ち着くことを知らない。

お昼前の11時に出発したバスは走り続けて、夕食の休憩までいちどたりとも止まらなかった。途中、昼ご飯にと出された弁当にもほとんど箸をつけることができず、私は座席をふたつ占領して横になって、しずかに二日酔いと戦っていた。


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だから28時間バスの記憶はあまりない。夜ごはんに停まった食堂でチキンのご飯を食べて、同じように国境まで行くボリビア人と一言二言交わして、同行の友人たち(もうひとり増えてふたりになった)とも一言二言交わして、スカスカのバスで足を伸ばしてぐっすり眠って、気が付くと窓のカーテンの隙間から朝日が射し込んでいて、ああもう次の日がやって来たのだと安堵とともに一抹の寂しさをおぼえて、ボリビアは近かった。 

 

すっかり二日酔いも収まってシャキっと冴えた頭で窓の外を除くと、平原は消えていて、小高い山々がごつごつと乾燥した山肌を見せて立ち並んでいた。昨日までやわらかな緑に染まっていた車窓は乾いた砂色に変わっていた。山岳地帯に入ったのだ。ボリビアは近い、と私はもう一度思った。

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ボリビアは近づいてからが長く、国境のビシャソンに着いたのは昼をすっかり回った3時だった。そこから国境を渡り、両替をし、なかなか回収できない荷物を回収していたらまたずいぶん時間が経って、私たちはウユニに行く一日一本の電車を逃してしまった。

電車駅へバスターミナルへとビシャソンの街を歩きまわっていると息が切れた。深呼吸しようとすると肺がスウスウ言った。空気が薄くなっていることが分かった。私はボリビアへ来たのだと、ついには肺で理解したのだった。


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バスはそこから8時間、くねくねと山道を登っていった。山肌は赤や青や緑に染まっていて、その表面の質感がやけに人工的でビックサンダーマウンテンを彷彿とさせた。そうだここでは銅が採れるのだと、いんや銅だけじゃなくていろいろ採れるのだと、それにしてはこのバスのぼろさはなんだと、ここでは資源と貧しさが逆の意味でつながっているのだと、私と友人はぽつりぽつりと会話をすると、各々にまとわりつく高山病との戦いへと没頭していった。ガタガタ道に耐えて、よく深呼吸をすること。眠れるものなら眠ってしまえ。

景色はどんどんひなびて乾燥していき、目につく家は山の岩岩と同じ砂色をした簡素なものになっていき、山の向こうには何があるかしれず、しかし夕暮れの空には虹がかかっていた。感傷もなく、私は機械的に虹をカメラに収めて眠りに入ろうとしたがうまく眠れなかった。


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すっかり日の暮れた後にバスが立ち寄った場所は山のまっただ中で、あたりには商店の23軒のほか何もなく、先方降った雨で足元はぬかるんで泥ついていた。簡単なハンバーガーを買って腹を満たし、用を足そうと雑木林の裏手へ足をすすめると、広がった夜空を星がびっしりと埋め尽くしていた。さっきまでの色褪せた山々や岩岩や家々の乾燥した味気なさと違って、星の光のなんとみずみずしいことよ。空気はさらに薄く、きんと冷たく、空は暗くともしんと澄んでいた。そうだ移動しているのだと私は自分に言い聞かせた。過ぎゆく景色には感傷的になるべきものもあるんじゃないか。だからただやり過ごしているだけじゃなくて、と。

バスのクラクションが鳴った。発車の合図だ。私は高山病と戦って二度三度、深呼吸をした。

 

バスに乗り込み、浅い眠りを何度か繰り返し、夜中の1時に目覚めた先にウユニの町があった。小さな町の小さな宿に荷物を置き、まる2日の移動を癒すことのない高山の寒さに震えながら、私は再び浅い眠りについた。


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