言わずもがな、南米の西海岸を舐めるように南北に長く伸びたチリは、海鮮の国だ。タコイカから貝類からウニまで、魚介と名のつくものなら何でもありだ。


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同行の友人はなぜか旅の途中からパエリヤ、パエリヤとうなされたように繰り返していたので(ボリビアの高度にやられたのだろう)、まあパエリヤ屋さんには別途行くとして、その他の魚介も満喫しなければなるまい、と、私たちは腹を空かせてメルカドに入った。何よりも、この国はワインの名産地でもあるのだ。安くて美味いチリワインである。


安くて美味いチリワインのせいで、ご飯を食べる前にほろ酔いだったりもするのだが、この日はたしか、そんなに酒を入れないままに昼ご飯にメルカドに入った。生魚が売りさばかれているのを冷やかしながらメルカドを進み、さて何か食おうかといった段で、私たちは市場の片隅の、観光客のいない小汚いお店を見つけた。34人しか座れないカウンターに地元客が肩を擦り合わせて座っており、中にも小さなテーブルがふたつあるのみの小さな店だ。家族経営らしくおじさんとおばさんが身体を動かす隙もなく皿を出している。

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こういう安っぽくて地元のにおいのする店にこそ入るべきだという持論から、私は友人をけしかけて小さなカウンターに腰かけた。そして、ビール瓶と一緒に、隣のおやじが食べているものと同じものを頼んだ。赤やオレンジの色をした魚の内臓や貝がカラフルに盛りつけられて美味そうだったからだ。「冷製魚介スープだよ」ということだった。
 

私たちは店主が素手で魚介をがつがつと皿に盛り付け、ざっと汁をかける一部始終を見ていた。店主は一緒にパクチーとレモンと塩を渡したので、私たちも他の客にならってスープにパクチーをもさり、レモンをきゅう、塩をぱらぱら。美味そうじゃん、いいねいいね、と言いながら各自スプーンを手にして赤や黄色の魚介をスープと一緒に口に運んだ。


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絶句だった。

魚介の旨味が口の中じゅう広がって、という感動的な絶句ではなく、それは衝撃からの絶句だった。
それはそれは生臭いスープであった。いや、これはスープですらなく、魚介の内臓に海を振りかけた、という代物である。私が30年の人生で食べた中で確実に一番といっていいほど生臭いスープは、これはもはや、海であった。

この店が地元客で流行っているということはまさか、と思ってあたりを見回すと、チリ人は同じ海を美味そうに頬張っている。傍らにはグラスがあり、彼らはそこに海を注ぎ入れ、レモンと塩と少量のチリソースを足してはくいくいと美味そうに飲みほしている。

 

まじか、と友人が言った。嘘でしょ、と私も言った。ビールをひと口ごくり。そしてもう一品、温かい方のスープをひと口、つるり。こちらはアツアツでガーリックが効いていてまだましであったが、それでも生臭いのには変わりなかった。私は戦意を喪失して途中でスプーンを置き、友人がほとんど笑いながら冷製魚介スープという名の海に取り組んでいるのを見守った。

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取り急ぎの口直しに観光客用の食堂でちょっと柔らかすぎるタコのアヒージョと赤ワイン。それから夜は待ちに待ったパエリヤで大掛かりな口直しだ。

友人の見つけた洒落たパエリヤ屋には海鮮パエリヤの一品しかメニューがなかった。これは夜の8時だか9時だかまでに予約しないと作ってくれないというものだったので、実は前夜に泥酔して間に合わず失敗していた私たちは、きちんと予約して7時半に店に向かった。待ってたよ、という感じでウェイターのおじいさんもウェイトレスのおばさんもにこやかに私たちを歓迎し、紅白ワインをぐいぐいやっている間に出てきたパエリヤはおそろしく美味いものだった。

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メインの貝も魚も海老もイカも、トッピング代わりの卵やチキンも、どれも主役を張っているようなアグレッシブな旨味を載せていて、それでいて喧嘩せずにうまく調和して米になじんでいた。振りかけるレモンが魚介にほどよい酸味を加えて美しい。私はパサパサ系のパエリヤもべちょべちょ系のパエリヤも愛する博愛主義者ではあるけれど、ここのべちょべちょ系パエリヤは、レモンを絞って汚れた指を舐めると旨味そのものといってもいい米粒がこびりついているのが分かるほどのべちょコメ感で、まあ、たまらなかった。

 

ワインは進み、私たちは昼間の生ぐさスープの失敗をもう失敗と考えていなかった。海は海であり、魚介は魚介である。ワインはワインであり、チリはサンティアゴである。


言わずもがな、チリはなんとも凄まじい、海鮮とワインの国であった。


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