あらとん雅(みやび)

2009年09月18日

鐘ヶ江さん

5476934b.jpg丸井今井の出身者として、忸怩たる思いで一連の動きを見守っていた私だが、尊敬する鐘ヶ江さんにお声を掛けられ、札幌駅の北にあるアスペンホテルのレストランで久し振りに語り合う機会を得た。

鐘ヶ江さんは、釧路にあった丸三鶴屋営業部長として活躍され、若いときからその高い能力を全国に知られた百貨店人として有名であった。その後、ヨーカ堂の伊藤社長(当時)に要請されて札幌のヨーク松坂屋の営業部長をつとめ、さらにホーマックに移られ、副社長としてホーマックの驚異的な発展に寄与された方である。

私の知る限り、北海道の生んだ最大の流通人だと思う。すでに70歳を数年過ぎたお年だがお元気であり、小樽の若手経営者を集めた勉強会で毎回講師を務められ、まもなく第100回目を迎える。ウォルマートなどの米国流通業にも大変詳しく、国内の大手量販店の創業者とも親交がある。

鐘ヶ江さんは数年前から北海道の流通史をお書きになっておられ、時折私もお話をすることがあったのだが、先日、丸井今井の詳しい年譜をメールで送ってこられ、その裏にある経営の姿や労使関係について聞きたいとのことだったので月曜日にお会いしたのである。

お話をしていて感じたことは、私の在職中の出来事はもちろん私が詳しいのだが、逆に私の語る丸井今井論はどうしても在職中の期間に限られている。しかし、鐘ヶ江さんは丸井今井の歴史を徹底的に読み込んでおられ、私の知識などごく薄っぺらなものだと思いしらされた。

今井家の系図を私に見せながら鐘ヶ江さんは「創業者である籐七の時にはもちろん経営と営業はきちんとひとつに結びついていた」という。「営業あって経営なし」と言われる丸井今井の企業スタイルは「第2代の雄七のときに、東京に住んで番頭政治で店舗運営を任せた頃から「営業あって経営なし」になったのでは?と私以上に沢山のエピソードを含めてこの仮説を語られたのである。

ヨーカ堂の伊藤氏、ジャスコの岡田氏の創業時代のお話もどんどん出てきて、ウォルマートのサム・ウォルトンの語録がそれらにかぶさって立体的な経営論が目前に広がっていく。
この人は、カメラを引いた遠い目で流通業を見ようとしている。そんなまなざしで丸井今井を、北海道の流通を振り返り、また明日のために総括しようとしている!

そんな直観を得た私はいつの間にか夢中でお話を聞き、もう時効であろう丸井今井の秘められたエピソードをこちらから沢山お伝えして感想を伺いつつ夜が更けていったのである。
そんな時、鐘ヶ江さんが北海道の流通史のなかで丸井今井の存在の大きさと愛情に近い彼の思いを語ってくれたとき私は感動を覚えていた。

丸井今井を去って随分経った私と、丸井今井には居なかった鐘ヶ江さんが丸井今井のことでこれだけ熱く語り合うなんてすごいことだと思う。これだけの思いを寄せられる丸井今井の過去を、再出発に関わる方々には本当にきちんと総括して新しい丸井今井を創り上げて欲しいと願っている。


akama2416 at 08:34│Comments(0)TrackBack(0) 日記 

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