透明な言葉

朝の散歩が日課。早朝の空気をいっぱい吸って、適度に汗をかく毎日。水をたたえた田園の中にいる幸せ。朝日が今日の一日を応援してくれるような。素敵な田舎に住んでいます。

2008年06月

秋葉原の殺傷事件

008.06.10
秋葉原で通り魔殺人事件がおきた。25歳の派遣社員の青年で、派遣先からの雇用解消を勝手に思い込み、さらにこれまでの生き方や、生育過程での理不尽さや恨みなどが積もり積もって自暴自棄に陥り死にたくなった。


勝手に自分だけが死ねば何のことはないのに道連れで複数人を殺傷しいとも簡単にこれをやってのけ「誰でも良かった」と言っているそうな。
被害に遭われた人たちはそれぞれに前途のある若者達。こんな事が日本であって良いのか。普段群衆の中に居ても起こらないことが前提である。まさか、人殺しのためにトラックを暴走したり、サバイバルナイフを振り回して殺傷するなどとんでもない。
報道には犯人の幼少からこれまでの経歴が書かれてありこれを読むと多くの人たちに重なる。別に不思議な所もなく普段こんな人ならどこにでもいると言う経歴だ。
中学校で優秀でも、高校でそれなりの位置になる。これも当たり前。今25歳で、短大を卒業しているが現27歳が大学を卒業した頃と同じ就職難の時期は誰もが職がなくそれなりに苦労して掴んでいたし確かに大卒でも派遣社員の道しかないとも言われた時である。

小さい時の期待が大きすぎ「こんなのは自分ではない」状態が「いつか勝ち組を見返してやる」なのに、上手く行かず後へ後へ追いやられ、現派遣先にも真面目に勤務していながらまたくびになると勘違いしこのねたみが限界になって「死んでやる」になったのだろうか?
「あいつは小さい時どうってことなかったのに今や社長かい!お前が?」良く聞くことだ。
小さい時の幻想がそのままつながることはまず少ない。誰もがその後の生き方によって現在あるのだし、成功していればそれなりの努力があったろうし、仮にそうならなくとも、なった人に妬みを表さない。これが前述のセリフを言う事で納めている人も多い。
そんな時 家族や、友人が「誰だってそういう時はあるよ」って心を合わせてあげればこんな事件を起こさなかったかもしれない。
子どもに過度の期待を掛け過ぎて、事件を起こすことがなんと多いことか。
それなりの人生を歩んでくれれば幸せだし、もし仮に大物と言われる人になったとしてもこれは親のせいでもない。
その子が努力して勝ち取ったもの。そのときの家族(親)が発した言葉や育て方が少しくらいは影響しているか知れないけど。
それなのに優秀な子どもを持った親になりたいと思うことが間違い。
子ども自慢、孫自慢をしたいだけなのだから。子どもにとっては迷惑な話だ。

もっと違う接し方をしたとき、犯人は殺人まですることはなかったかもしれない。
こう書いていながら、自分の子育てを思い返し、死ぬまで子どもは子供として親の責任がついて廻る事を忘れてはいけないような気がしてきた。それには自分の生き方を子どもに見てもらう事で出来るのかも知れないな。

子育てアドバイザー養成講座

2008.06.09
子育てアドバイザーへお話をすることになって、その準備をしている。

甲○市で、新米のまま達に相談を受けたり、支援をする子育て支援アドバイザーを養成するための連続講座が開講され、その初回を担当する事になった。男女共同参画推進員なるものを受けていて、出前講座の講師である。
もともと子育てを専門に学んだ訳ではないが、私の思いや経験からの学びをきちんと伝えてそれがアドバイザーの方に役立て
れば良いかと思う。ただ話をするだけでは誰も聞いてくれないだろうし、印象にも残らないかもしれないのでとにかく楽しくて、温かい空気を感じてもらって、子育てを楽しんで尚且つ役にたつ講座にしたいと思う。
これまでこの推進員として話をしたのは、石部、豊郷、草津(2)、米原、虎姫、の6回ある。1年に1回くらいで、その都度準備
をするのが結構手間が掛かる。それぞれ担当の方の要望をお聞きし、話やワークショップの内容を考え、材料を作り、となると1ヶ月はそれに構想をかける。
今度も準備が私としてはギリギリの1ヶ月前に依頼があり、大急ぎで資料を集めたりどんな事をするかアイデアを練ったりし
ているが、結構楽しい。私はこういう事をするのがとても好き。あれもしたいこれもしたいと思っているし、そのアイデアが見つかるとすぐ試作品を作ったりして、子供たちが喜ぶを想像する。今度は親子で絵本を作ることをテーマにして子育ての楽しさを話せればいいかなと思っている。
また、子育て期を過す間に自分も同時に大きくしてもらいたいと思うし、私もそうだったように自分育ちを提案しようと思っ
ている。


子どもに掛かりきりになることの弊害もある。
子どもの時期に応じた親の対応は大切。
手の掛かる時は思いきり手を掛け、世話もし、掛からなくなったら口は出さない、手も出さない。でも目は離さない。
適度は干渉。放任はだめ。甘やかしすぎもだめ。そんな中で自分への投資やら磨きにも心を少し配分して欲しいと思う。

私にまた子育てを初めからしてごらんと言われたら・・・。
これまでの子育てに、後悔はしていないから同じことをするかも。
でもしんどいかな?

これから子育てをする方々に楽しんでもらえて、おせっかいと言われないようにしないとね。

朝の収穫が楽しみです。

2008.06.06
家庭菜園久し振りの更新です。
梅雨の合い間をぬって、家庭菜園の世話をするのが新しい日課になりました。
雑草で生茂っていた畑もここ数年は夏には夏の、春には春の野菜が少し育つようになり、その種類も増え、収穫らしきものもずいぶん増えてきました。

友人に一部をお貸ししているので、菜園で品評会なんぞをやったり、新しい菜園でのグッズを自慢しあったりして楽しんでいます。さながら野菜たちは子どものように「うちのは立派や」「うちのは実が早く着いた」なんてやってます。

こうして野菜を栽培する事ひとつとっても大変な苦労がある訳で、雑草、堆肥、水 日当たり、害虫などの管理が成長にとても影響します。また世話の掛からないようにいろんな世話のグッズがあります。

堆肥にしても化学肥料と有機肥料。雑草対策にも薬やら、草の生えないようにするシート類 また害虫の駆除のための薬、害虫から守るネット類、保温のためのカバー類。
これらは、きっと実践している人の知恵で生まれたのだと思うようなものが多く、虫の大きさによりネットの網目の大小があり、その大きさは蝶から、いのししや猿までの範囲!で売られています。もちろんはとやカラスから防鳥のもの。
レタスをひとつ栽培するだけでも大変な苦労が掛かっているのです。

中国野菜の薬漬けの問題があって、家庭菜園が見直されているとはいえ、毎日の野菜を全部家庭菜園で需用するわけにはいきません。でも、毎朝摘んだ野菜で弁当の中に入れるおかずの1品にして、冷凍野菜を使わなくなりました。

今毎日収穫しているのはサニーレタス。春菊もまだ取れます。大根の葉の新芽も使えます。そのうちブロッコリーも大きくなってきていますし、トマトやきゅうりナスといった夏の定番野菜も大きくなってきますし、とても楽しみ。

まだまだ今年は種類が多くて、今栽培しているものはトマト、きゅうり、ナス、ゴーヤ、レタス、キャベツ、春菊 三つ葉 セロリ、しし唐 ピーマン 大根 大葉、かぼちゃ ジャガイモ インゲン豆 ツルムラサキ、たまねぎ ねぎ ワケギ、ブロッコリーです。
これらの野菜の手をしてツルが巻く様にしたり、肥料を与えたり、草を採ったり、台所の野菜くずを土に埋めたりしています。今年はファマーだわ。

ブーゲンビリアもたくさん育てていますし、これが終わったりアジサイです。去年の挿し芽が花をつけてものすごくたくさんになりました。この畑を一部アジサイ園みたいに植えて楽しみたいと思って挿し芽を去年したのが花をつけて開きかけました。毎日畑に見に行くのがとても楽しみです。

こんにちは
Fumiko
「透明な言葉」
滋賀・琵琶湖を望む田舎に住んでいます。四季の変化に合わせた植物・風景の美しさに心から、ここに住んで良かったと感じています。空気や水の香をお伝えできれば素敵ね。
また、IT/教育/地域活動などいろんな話題も頑張ってお話したいと思います。ヨロシク!!
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