年末に、私への大役の依頼があった。

とんでもなく大役である。ひょっとして人生が変わるかも知れない、いや変わるだろうと思った。
興味があっても自分のことは自分が一番良く知っているつもりだし、途中で重荷すぎる、重圧になると思った。

転機と考えるか、器に合わせた生き方をするべきと考えるのが良いのか。興味はある。関心もあると自負はしているが、そのことと、実際に自分が当事者になることは想定できない。
自分の生き方を考えるきっかけになった。

『自分のやりたいことで一生懸命にすれば、それに代わることが可能だ。大役を受ける事でなくても出来ることはある。』ある方がアドバイスを下さった。

検索をしてみた。こんな事態に人はどう動いているのだろうか?
自信?度胸?興味?軽率?期待?後悔?意欲?年齢?性別?
どのキーワードも答えを出してはいない。

現在の立場も自分から意思表明をしたものではないが、自覚、意識、行動、が評価に繋がるのではないかと思うしそうして来た。
ただ、今回は総てが自分の意思に基づかなければならないし、責任でもあり、周りへの配慮を必要とする。

知人のブログに
  
  たくさん動いた分だけ、評価されていきます。
  人間とまったら死ぬ。 
  動いた分だけ何かが見える。

と書かれてあって とても素敵な考えだと思った。

人の言葉、視線、思い、評価、などにばかり気にしていては動けない。
動くことで、言葉も、視線も、思いも、評価も付いてくるのだから。

それでも、この大役への依頼は自分から辞退した。