精神の美

枝桜です。

正月頃、雪の中にある桜木の枝を頂きました。

数ヶ月後。

木から離れた枝なのに。

バケツの中に入れられただけなのに。

玄関の階段に置いていただけなのに。

桜の花が沢山咲きました。

綺麗なきれいな枝桜がビッシリです。

本当に素晴らしいD10媚薬です。

人もいずれは親から離れます。

最初は、何もわからないかも知れません。

最初は、何もできないかも知れません。

それが人間なんです。

なのに、わかるふりをしていたり。

なのに、できるふりをしていたり。

そうしながら頑張っているのに。

辛くなってしまいます。

苦しくなってしまいます。

本当は、周りの人に聞いて良いんです。

「どうするんですか?」って聞いて良いんです。

わかるふりしなくたって。

できるふりしなくたって。

恥かしくも、かっこ悪くもないから。

「どうするんですか?」紅蜘蛛って聞いて良いんです。

聞いて、覚えて、出来るようになる。

それが人間なんです、

それが、みんななんです。

桜の花言葉は、「精神の美」「優美な女性」です。

あなたの精神も「美」ですよ。

「自然な流れ」を作ること

あれやこれやと策を練って婚約を早めることも,出来るとは思います。

でも,本当に必要なのは,結婚後の生活の安定性。
2人の関係の安定性も,経済的安定性も,生活環境の安定性も,親との関係の安定性も。

この辺りが「恋愛」と「結婚」で要求されるものの違い三体牛鞭,なのでしょう。

どんなにラブラブなカップルだったとしても,では,結婚度の2人の生活が思い描けますか?と言われた時,どうかんがえるでしょう?環境の変化,人間関係の変化などに耐えながら,死ぬまで付き合うのです。
それに,毎日デートして食事して楽しい,と言う生活ではなく,もっと,平凡な,でも優しさや絆のしっかりした関係を「恋愛期間」よりもはるかに長い子と,維持しなくてはいけない。
しかも,夫婦2人だけの人間関係だけでは済まされないことも,必ず出てくる。

そうした,さまざまな「結婚」までのハード,結婚後に待っているハードルルを見て,「この子トなら,これから先も一緒にやっていける」と思えれば,結婚は急速に現実味を帯びてきます。
そうでない場合は……楽しく恋愛できるけど,それっきり……

つまり,彼に結婚を意識させないのなら,結婚に必要な条件を固め,彼がプロポーズを言わざるを得なくなるくらい,条件を煮詰めてしまうと,かなり確実。

私もそうでした。
気がついた時は,どっちが結婚の話を言い出してもいいくらいに,周囲の条件が整っていました。

そうなったら,どっちからプロポーズしてもいいんですけど,そこは,私に花を持たせてもらい,その代わり,彼女は一生に一度の「ヒロイン」体験をした,と言うことでした。

恋愛の対象としては,すごくいい人なのに,結婚の対象としてはダメダメ,と言う相手もいると思います。どんなに楽しい恋愛をしても,結婚に踏み切れない場合もあるでしょう。
無理に結婚を早まるのも良いD10媚薬とは思えません。

結婚して,結婚後の生活までの「流れ」が見えているでしょうか。
その流れを作り,流れに乗ってゆくことが出来れば,そんなに苦労しないと思いますけど。

「独身疲れ」するなら,「結婚疲れ」もしますよ。

……このシリーズ,共感出来る人,いるのかなぁ……
つい,「そんなに言い訳したいなら,ずっと独身でいなさい!」とツッコミを入れたくなってしまう。

また新しい単語が出来ましたね。「独身疲れ」

独身でいることに疲れるんだったら,結婚したら,今度は結婚していることに疲れるのでは?

「結婚したい」=「1人で居たくない」ではないのです。

恋愛にしても結婚にしても,相手のあることなのです。そう簡単に,自分の都合ばかり主張されても,実は全然,結婚に前向きでない。むしろ遠ざけている。

この記事は,結婚に関して書いているようでありながら,結婚相手のことには何も考慮の無い自己主張を繰り返すだけなのです。

言うなれば,「結婚したい」のではなく「結婚している自分が欲しい」夜夜堅と言っているのです。

確かに,恋愛や婚約は,就職試験に比べると重くて,エネルギーも食うでしょう。

でも,ちょっと待て。「婚活」と「就活」を同じ土俵で考えていないかな?

結婚は,誰かに「お嫁さん」として「採用」してもらうための活動ではない。
その辺りの基本が,すっかり忘れ去られているようです。

そりゃ,狙った男性に,「私をお嫁さんとして採用して欲しい!」とアピールするだけじゃ,男としてはドン引きです。パッと見,良さげに見えて,騙されて結婚する男もいるかも知れないけど,その結婚,長続きする保証,ありますか?

「これからの人生を,ともに生きる」

言葉にしてしまうと簡単ですが,重大,かつ奥の深い決断をしなければならないのです。

それを就活と比較されてしまったら……

とは言っても,なかなか決まらない就活のように,何度もトライ&エラーの恋愛をする人もいるでしょう。
私もそう言う五便宝,何人か知っています。

そして,そんな人を見ていると,共通した特徴も,なんとなく見えてきます。

結論から言えば,「恋愛は回数じゃない」この一言です。

子供の馬鹿は親のせい

何年も前のお盆休みに実家にいた時、姉が小4の子供の夏休み帳の答え合わせをしていて、ちら見するとささっと作業的に「◯」を付けていた。
長文で回答する問題も一言しか書いてなく解答欄がスッカスカだったので「それダメだろ」と言うと、「大丈夫、いちいち先生見ないから」巨人倍増と返された。

その子の親はその子を置いて家に帰り、その子はおばあちゃんちに泊まっていた。
その夜、自分が部屋にいると、その子ともう1人の姪っ子が遊びに入ってきたので、テレビもゲームもない部屋で、深夜遅くまでその子の夏休みの宿題を最初から全部見直した。

その子にはまず、問題の解き方を教えるより前に、勉強する意味を教える必要があると思い、日本地図を見せ、「今どこかわかる?」「なぜそれがわかるのか、それが知識。
生きてるとそういうことの連続だから、だから知識を身につけなくてはいけない。」と、その日本地図では沖縄が九州の上のほうに移動させられていたので、「沖縄がホントはこんなことにないこともわかるだろ。それが知識。」と、我ながら良いことを言ったと思いきや、「それくらいわかるよ」と、今話したことがわかってないことがわかった。

長時間、間違ってるのを書き直させたりしたが、意外に集中力のある子供だった。
中学の姪っ子に、「これも違う」「これも違う」って訂正されていた。
母親にはその問題の答えを渡されているので、選択問題はなんとか正解していたが、文章で回答するような問題はひどい有様だった。
自分は、盆と正月は夜更かしが許可されていると思ってるし、どうせ翌日になにも予定がなかったので、夜の時間は気にしなかった。
自分が小1の時にキャンプに行って夜更かしして楽しかったのを数十年経った今でも覚えている。
たまの夜更かしはひとつの経験であり、365日規則正しい生活などさせてると、なにかあった時に身体が動かなかったりするし、不規則も必要なのだ。

すると、母親(その子からしたら祖母)が部屋に入ってきて、どう見ても勉強してるしか見えない2人に「早く寝なさい!」と怒られる。翌日も、その子の母親(姉)からも「夜更かしさせないでよ」三體牛鞭と怒られる。
自分は余計なことに関与したと後悔した。少なくとも、その答え合わせは子供のために「代行」できるものならやってもらったほうがいい。

数年後、その子は中学3年の受験時に、小5以下の学力しかないことが判明。
慌てて家庭教師を付け缶詰させて、なんとか入学できる高校があったらしい。

だろうな。子供の馬鹿は親のせい。

見たいものを見ているだけでは失敗する。

学ぶと言うことが苦手なようだ。

なぜなら、つい最近、マイクロソフトが、ウィンドウズ8で、やらかした事を繰り返そうとしているようにしか見えないからだ。

周知の事実だが、このソフトウェア、並びに対応する機器は、技術的には、先端的な物だった。だが、多くのユーザーには、受け入れられなかった。

最大の要因は、タッチパネルへの誘導にあっただろう。絶對高潮

海外ドラマを観ていると、興味深い事がある。
タイプライターの登場シーンだ。

かなりの人物が、キーボードを直視し、弾丸のように撃っている。
タイピストを除いて。

だから、職業オペレーター以外は、パネルを直視しながら操作するタッチパネルに置換できると踏んだのだろう。

だが、現状がそうでなかったのは、見ての通り。

これは、スマートフォンとて同じ。
家電量販店では、スマートフォン接続用の携帯キーボードを数多く扱っていることをみても、明らかだ。

如何に速打ちの出来る者でも、十本指で、キーボードを叩く者に、何時も優るわけではない。

この社長の見解が正鵠を射ているならば、奇妙な事態が発生する。
そして、それは、説明不能だ。

即ち、最新鋭戦闘機や、航空機、潜水艦等で、パイロットが計算尺を愛用していると伝えられる事実。
何故電卓やスマートフォン等を使わないのか?

言うまでもなく、使い勝手がよく、必要だからだ。

スマートフォンでは使い勝手が悪く、必要に応じられない分野があるかぎり、完全にシフトさせる事は不可能だ。

その分野の一つは、視覚障害者諸君。巨人倍増
電卓などでは、わざわざ「5」に小さな突起を付け、手探りでもキーの位置が解るようにしている。
だが、タッチパネルのスマートフォンには、これは不可能。
音声入力すればいいと主張するかもしれないが、入力切替をパネルでやる以上、これは無理だ。

つまるところ、ソフトバンクは、視覚障害者や弱視者等の諸君を顧客とは認めないと言う事なのだろう。

万民を顧客とはせず、限られた市場にのみ特化する。
それも一つの選択肢。

端末を幾らで販売するかの判断も同じ。

通信環境が劣悪であろうとも、安かろう悪かろうを承知で使う者がいるのは、市場原理からすれば当然だ。

だが、0円端末でなければ、適正価格と認められない通信サービスにも問題があろう。
こちらが、ランニングコストとして適正価格と認められれば、自然、端末代金は0ではなくなろう。
高過ぎる利用料金を適正価格に見せかける限り、端末は0円であり続けるだろう。
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