表参道 東急プラザ開業 ファッション 緑と一体に
(東京新聞2012年4月18日 夕刊)
高級ブランド店がひしめく東京・表参道と、若者向け普段着の店がそろう明治通りが交わるファッションの中心地、渋谷区の神宮前交差点前に、商業施設「東急プラザ 表参道原宿」が18日、オープンした。  地上7階、地下2階の延べ約1万2000平方メートルの施設内に、日本初上陸となる米カジュアルブランド「アメリカンイーグルアウトフィッターズ」など国内外で人気の衣料、雑貨27店が入る。3階には、旬のブランドショップが1カ月単位で次々と入れ代わり出店する場所もある。  ケヤキ並木で知られる表参道と調和するよう、屋上には木々に囲まれた庭園を設置。いすを置き、都会のオアシスとして自由に散策できるようにした。  開業式典で、開発した東急不動産の金指(かなざし)潔社長は「緑豊かなこの場所を日本、世界に向けた一大情報発信地にしたい」とあいさつした。


ということで、昨日、渋谷方面に行く用事があったので、帰りに見てきました。
交差点に面したメインエントランスは、ミラー仕上げの多面体で、なんとも派手で未来的ですが、表参道の並木に面した側は、落ち着いた色合いの、独立した路面店のような作りにしていて、欅並木とマッチしています。「トミーフィルフィガー」の旗艦店のようですね。



写真を撮ったのはオープン前日の4月17日です。オープン初日の様子や、入居するお店の情報が知りたい方は、以下の「まとめ」で、いろいろレビューが投稿されてますので、どうぞ。
【NAVERまとめ】 
写真で見る「東急プラザ 表参道原宿」どのお店に行く?

表参道の東急プラザがオープン!カオスな初日の様子まとめ


このブログ的には、中のお店よりも、このユニークで野心的なデザインの建物が、原宿表参道の街並みの中で、どういう存在感を示してるかを見て行きます。 


明治神宮側から青山方面を臨む。「表参道の欅並木と調和するよう屋上に庭園を配した」そうですが、まだ屋上の木が全く茂ってないので、調和もなにも、その辺の「効き具合」は、まだよくわかりませんね。屋上の樹木と通りの並木がどう調和・融合するか、しないかは、もう何年か様子をみてみる必要がありそうです。
ただ、壁面のブラウンを基調とした色合い・質感は、並木の緑と調和しており、建物の造形の奇抜さの割には、 表参道の街並みから浮いた感じは、そんなにしません。
(ちなみに、この記事にある模型の写真で、屋上の樹木が茂った状態のイメージが少しつかめます。→東急プラザ 表参道原宿」外観お披露目-建築家・中村拓志さんに聞く」(シブヤ経済新聞)) 



表参道の欅並木は、このとおり、屋上庭園に届くほどの高さなので、このアングルからみると、マジンガーZのような頭頂部の造形も、欅の背後にほとんど隠れてしまっています。表参道にひしめく、海外ブランド路面店が入居する既存のファッションビルに比べても、それほど際立った存在感は放っていません。とても自然に表参道の街並みに溶け込んでるのではないでしょうか。



青山側から、明治神宮方面を臨む。こちらからみると、ますます欅に覆われて、目立ちません。(キリスト教会の建物のようでもあります)。屋上の植林が育ってくると、緑が手前の欅と連続した感じになり、ますます建物を風景の中に溶けこませるのではないでしょうか。



 明治通り。新宿方面を臨む。表参道と交差する、明治通りは、大きな街路樹もなく、H&MやFoever21などのファストファッションの派手なビルがひしめき合っているので、景観と調和もへったくれもないような感じ。この構図でみると、むしろこのビルが一番落ち着いた感じすらうけます。(逆に言えば、明治通りと竹下通りの交差点あたりは、もうちょっと景観を整理する必要があるんじゃないでしょうか?)


  
ところで、かつてこの場所には、40年近くに渡り、原宿セントラルアパート(1958年建造、1996年解体)という建物が君臨し続け、ファッションの街・原宿のイメージ形成に大きな役割を果たしてきました。以下、Wikipedia「原宿セントラルアパート」より抜粋。
初めは日本が連合国軍占領下にあった1958年(昭和33年)、占領軍関係者など特別な人々を対象とした共同住宅(アパート)として完成した。 昭和30年代後半になると、アパートは上層階に事務所、下層階に店舗が入居するという形態になった。これに伴い、アパートにはカメラマン、コピーライター、イラストレーターなどのクリエーターが多数入居、ここに事務所を構えることが文化人のステータスとなった。 また、1階に入居していた喫茶店 『レオン』は、マスコミ関係者が多く集まることで知られた。 アパートの地下には1973年(昭和48年)、ブティック街 『原宿プラザ』が開業した。『原宿プラザ』は一時、ロックミュージシャンなども訪れるアングラ的なマーケットとして原宿の名所となっていたが、1990年(平成2年)頃までには閉鎖された。 アパート自体もそのからはテナントの退出が進められて寂れ、1996年(平成8年)には建物が解体されて消滅した。 



セントラルアパートが解体されたあと、「東急プラザ表参道原宿」が着工されるまでの10年間、この場所に建っていたのがこれ。「 ティーズ原宿(t’s harajuku)」。10年間の定期借地方式の物件だということは知っていましたが、Wikiを見てみると、土地所有者が「東急」ではなく「東武百貨店」だっとというのは意外でした。そして、10年間という中期とはいえ、最初から解体されることが決まっている「仮設物件」なので、それなりのローコストな作りにしてると思い込んでいましたが、Wikiを読んでみると、なんか、色々賞を取ってるんですね。 仮設だという先入観があったからか、いかにも期間限定的な安普請な商業施設だな、と感じていたので、意外です。以下、wikipedia「原宿セントラルアパート」より抜粋。
東武百貨店が所有する約2,057平米の敷地を竹中リアルティが約10年間の事業用定期借地方式で借り上げ、施設の企画、建物の設計・施工、管理計画、テナント誘致・契約、イベント開催、PR活動までを竹中工務店が行った事業であった。 「ティーズ原宿(t’s harajuku)」の名称は、事業主である竹中工務店(T)や東武百貨店(T)、さらにtrendy(トレンディ)やthematic(テーマ性)といったコンセプトなど、関連する様々な「t」を表現したものだったという。ティーズ原宿にはICSC 国際デザイン開発賞・最優秀賞をはじめ、グッドデザイン賞、東京建築賞優秀賞など、多数の受賞歴がある。竹中リアルティによる借地契約は1998年11 月からの11年8ヶ月間であり、施設は2010年1月に営業を終了、建物も同年中に解体された。



そして今に至る。
この建築のデザインの肝は屋上の植林だと思うので、先程も言ったように、木がもうちょっと生い茂らないと、デザイン的に成功してるのかどうか評価は下せませないと思います。しかし、セントラルアパートの時代から常に東京の先端的な感性の象徴であリ続けたこの地に、高いオリジナリティと、先進性をもたせつつ、見る角度によっては、欅並木に溶け込むという、非常にチャレンジングなランドマークを建設した、東急不動産のデベロッパー魂には、大いに拍手を送りたいと思います。



最後は明治通り、竹下通り入り口付近から、渋谷方面を臨む。表参道側に比べると、なんかのっぺりして殺風景な感じですが、今回の目玉テナント、日本初出店の「アメリカン・イーグル」路面入り口は、こちら側にあります。 そういう意味では、商業的には、こちらの方がより注目を集める重要なサイドなんでしょう。 (「アメリカン・イーグル」が、どういうブランド、ショップなのか、私は全くしりませんがw)。上に貼った「まとめ」をみると、平日にも関わらず、オープン初日の様子は「エライこと」になってたようなので、興味のある方はそちらで御覧ください。では。  

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