晩興想

Herzlich Willkommen zum Blog von Koichi Akasaka
九州大学大学院法学研究院・赤坂幸一のページです。

wissenschaftliche Leistungen

*本エントリーは、更新の際に最新の日付に改められます。 ⇒Deutsch

主要著書(分担執筆を含み、その旨明記)
・『初期日本国憲法改正論議資料━━萍憲法研究会速記録(参議院所蔵)1953〜1959』(柏書房、2014年)
・初宿正典・大石眞編『Cases & Materials 人権〔第2版〕』(有斐閣、2013年)分担執筆
・『平野貞夫・衆議院事務局日記〔第1巻〜第4巻〕』(信山社、2013年)
(奈良岡聰智との共編、第5巻は近刊)
・『憲法論点教室』(日本評論社、2012年、曽我部真裕・新井誠・尾形健との共編)
・『議会政治と55年体制━━衆議院事務総長の回想』
(信山社、2012年、谷福丸・中澤俊輔・牧原出との共編著)
・『消費税国会の攻防━━平野貞夫衆議院事務局日記』
(千倉書房、2012年、奈良岡聰智との共編)
・『憲法改革の理念と展開 上巻』(信山社、2012年、曽我部真裕との共編)
・『憲法改革の理念と展開 下巻』(信山社、2012年、曽我部真裕との共編)
・『立法過程と議事運営――衆議院事務局の三十五年』
(信山社、2011年、近藤誠治・奈良岡聰智との共編著)
・『国会運営の裏方たち――衆議院事務局の戦後史』
 (信山社、2011年、今野男・奈良岡聰智との共編著)
・佐藤幸治・土井真一(編)『判例講義憲法供戞瞥々社、2010年)分担執筆
・小山剛ほか(編)『憲法のレシピ』(尚学社、2007年)分担執筆
・コンラート・ヘッセ『ドイツ憲法の基本的特質』(成文堂、2006年、初宿正典との共訳)

論 稿
・「法案審議合同協議会の権限の範囲(BVerfGE 120, 65)」畑尻剛ほか編『ドイツの憲法判例検戞平山社、2017年夏刊行予定)所収
・「統治機構論探訪此宍腸駑永檗徊.札753号(2017年10月号)予定
・「司法制度改革へのアンビヴァレンスーー竹崎博允」渡邊康行ほか編『憲法学からみた最高裁判所裁判官』(日本評論社、2017年)
・「最若年の最高裁オリジナル・メンバー ーー河村又介」渡邊康行ほか編『憲法学からみた最高裁判所裁判官』(日本評論社、2017年)
・「統治機構論探訪后欅冉の法の『目的・内容・範囲』」法セミ752号(2017年9月号)74-83頁
・「統治機構論探訪検歐靴燭蔽畚形成プロセス」法セミ751号(2017年)74-78頁
・「統治機構論探訪掘櫂ぅ鵐侫ーマルな憲法秩序」法セミ750号(2017年)54-59頁
・「統治機構論探訪供欸法留保」法セミ749号(2017年)51-58頁
・「立法過程の合理化・透明化」法教440号(2017年)44-51頁
・「統治機構論探訪機歟畚形成プロセスと憲法」法セミ748号(2017年)70-76頁
・「職業の自由」横大道聡編『憲法判例の射程』(弘文堂、2017年)所収
・「ドイツにおける連邦政府内部の憲法適合性審査−ベルリン調査報告」レファレンス794号(2017年)67-86頁
・「竹博允−司法制度改革へのアンビヴァレンス」法時89巻3号(2017年)92-97頁
・「『立憲主義』の日独比較−憲政史の観点から」憲法理論叢書21-38頁(2016年)
・「ドイツにおける憲法改正論議」待鳥・駒村編『「憲法改正」の比較政治学』(弘文堂、2016年)263-288頁
・「河村又介−最若年の最高裁オリジナル・メンバー」法律時報88巻3号(2016年)
・「ハルツ顕革と自治権の保障」自治研究92巻3号(2016年)143-151頁
・「裁判を受ける権利」月刊司法書士2015年5月号
・「萍憲法研究会の憲法論議」『初期日本国憲法改正論議資料』(前掲、2014年)
・「人口比例と有権者数比例の間」論究ジュリスト2013年春号42〜48頁
・「国内議会の権限」『フランスの憲法判例供戞平山社、2013年)
・「定額罰金と裁判を受ける権利」『フランスの憲法判例供戞平山社、2013年)
・「国会議員の期限付逮捕許諾」憲法判例百選〔第6版〕(2013年)
・「議事堂火災と議事法研究」尚友ブックレット『議院規則に関する書類』(後掲、2013年)
・「憲法習律論とフランス憲法学」『憲法改革の理念と展開 上巻』(上掲、2012年)
・「鈴木隆夫と議事法」『国会法の理念と運用−鈴木隆夫論文集』(2012年)
・「参議院議員選挙と『投票価値の平等』」平成23年度重要判例解説(2012年)
・「法律と条例の関係−新条例論を踏まえて 」法学セミナー57巻1号(2012年)39-41頁
・「憲政秩序と議会官僚−韓国国会事務局調査の概要」衆議院調査局論究8号(2011年)204-214頁
・「参議院をどうするのか」朝日ジャーナル2011年10月号
・「統治システムの運用の記憶−議会先例の形成」レヴァイアサン48号(2011年)65-98頁
・「日本における議院内閣制の運用上の諸問題」江原法学32号(2011年)89-109頁
・「解散の原理とその運用」『各国憲法の差異と接点』(成文堂、2010年)141〜162頁
・「事務局の衡量過程のEpiphanie」『逐条国会法』(信山社、2010年)第1巻所収
・「権力分立論」法学セミナー54巻11号(2009年)28-31頁
・「市議会委員会の傍聴拒否と憲法21条・14条」判例セレクト別冊330号(2008年)8頁
・「合憲解釈」大石眞=石川健治(編)『新法律学の争点シリーズ/憲法の争点』(2008年)
・「国民投票法の成立−昭和28年旧自治庁案再訪」法学教室327号(2007年)6-13頁
・「国会議員の期限付逮捕許諾」憲法判例百選〔第5版〕(2007年)
・「占領下における国会法立案過程」議会政治研究74号(2005年)1-18頁
・「戦後議会制度改革の経緯(1)」金沢法学47巻1号(2004年)1-250頁
・「明治議院規則の制定過程(2・完)」議会政治研究61号(2002年)65〜90頁
・「権力分立論の源流(2・完)」法学論叢151巻1号(2002年)75-93頁
・「権力分立論の源流(1)」法学論叢150巻3号(2001年)53-82頁
・「明治議院規則の制定過程(1)」議会政治研究60号(2001年)51-79頁

翻訳(書籍を除く)、解説、書評、報告書等
・クリスチャン・ヴァルトホフ「近年のドイツにおける議会法の展開――『加重された大連立qualifizierte Grose Koalition』を踏まえて」法政研究82巻4号(2016年)
・『大森政輔オーラル・ヒストリー』(2015年、御厨貴・清水唯一朗・山本健太郎との共編著)
・クリストフ・メラース「議会統制の二つの概念」法政研究81巻1・2合併号(2014年)
・『議院規則に関する書類』(尚友ブックレット、2013年、尚友倶楽部との共編)
・「敗戦分析の効用」法学セミナー58巻6号(2013年、上田健介と共著)26〜27頁
・『平野貞夫オーラルヒストリー(下)』(2012年、奈良岡聰智・村井良太との共編著)
・『平野貞夫オーラルヒストリー(上)』(2012年、奈良岡聰智・村井良太との共編著)
・『指宿清秀オーラルヒストリー』(2011年、奥健太郎・奈良岡聰智との共編著)
・『谷福丸オーラルヒストリー』(2011年、中澤俊輔・牧原出との共編著)
・『佐藤吉弘オーラルヒストリー』(2011年、今津敏晃・奈良岡聰智との共編著)
・『近藤誠治オーラルヒストリー』(2011年、奈良岡聰智との共編著)
・『今野男オーラルヒストリー』(2010年、奈良岡聰智との共編著)
・『衆議院事務局所蔵 帝国議会期文書 仮目録』(2010年、奈良岡聰智・若月剛史・近藤秀行・鈴木敦との共著)
・レオン・デュギー「一般公法講義(7・完)」金沢法学50巻1号(2007年)67-95頁(曽我部真裕との共訳、以下同様)
・赤坂幸一(編)『「内藤文書」影印史料〔全5冊〕』(衆議院議事部所蔵、2007年)
・レオン・デュギー「一般公法講義(6)」金沢法学49巻2号(2007年)419-456頁
・レオン・デュギー「一般公法講義(5)」金沢法学49巻1号(2006年)171-223頁
・ジャスティン・ウィリアムズ「占領期における議会制度改革(2・完)」議会政治研究78号(2006年)75〜96頁
・レオン・デュギー「一般公法講義(4)」金沢法学48巻2号(2006年)115-158頁
・ジャスティン・ウィリアムズ「占領期における議会制度改革(1)」議会政治研究77号(2006年)37〜83頁
・レオン・デュギー「一般公法講義(3)」金沢法学48巻1号(2005年)109-147頁
・レオン・デュギー「一般公法講義(2)」金沢法学47巻2号(2005年)189-236頁
・レオン・デュギー「一般公法講義(1)」金沢法学47巻1号(2004年)366-399頁

学会・研究会発表・講演等
・「議会少数派(野党)の権限の拡充」ヤフー憲法企画「国会機能をアクティベート」(2017.08.24)
・「立法事実と立法資料」科研費基盤B研究会@衆議院第2別館(2017.07.28)
・「判例法理の形成過程の実証的研究――竹崎コートからの示唆」最高裁判事・山田作之助を起点とした二十世紀の法実務と学知の交錯第2回研究会(2017.02.21)
・「『立憲主義』の日独比較――憲政史の観点から」マッカーサーノート研究会(2016.09.06)
・「帝政期ドイツと明治憲法下の日本における立憲主義」憲法理論研究会(2016.05.08)
・「河井弥八をめぐる憲法政治」科研費基盤B研究会@掛川(2016.03.12)
・「ドイツにおける憲法の有権解釈機関」国立国会図書館調査立法考査局(2016.03.03)
・「表現の自由をめぐる憲法判例の動向」釜山大学LS研修(2016.02.26)
・「憲法秩序と憲法改革」福岡県司法書士会研修(2016.02.20)
・「ドイツにおける憲法改正論議」慶応大学シンポジウム「『憲法改正』の比較政治学」(2016.02.06)
・「最高裁裁判官研究――河村又介」法律時報・裁判官研究会(2015.11.08)
・「2 BvR 1641/11(2014年10月7日判決)」ドイツ公法判例研究会(2015.10.16)
・「私化時代の議会立法」第2回議会法研究会(2015.10.03)
・「萍憲法研究会の憲法論議と河井弥八――河井弥八日記を手がかりに」北陸公法判例研究会(2015.09.19)
・「議事堂建築の憲法学――ドイツ議会法学と日本憲政史」第1回議会法研究会(2015.09.12)
・「萍憲法研究会の憲法論議と河井弥八――河井弥八日記を手がかりに」九州公法判例研究会(2015.04.18)
・「萍憲法研究会の憲法論議」「未公開資料群に基づく二院制の比較憲法史的研究――議院運営実務と議会官僚の衡量過程」第1回研究会(2012.12.21)
・「定額罰金と裁判を受ける権利」フランス憲法判例研究会(2011.10.09)
・「議会習律・先例と憲法学」九州大学公法判例研究会(2011.07.30)
・「韓国国会事務局調査の概要」衆議院調査局研修会(2011.07.26)
・「私法秩序と基本権」憲法と私法秩序研究会(2011.06.18)
・「『逐条国会法』と憲法習律・議会先例」「衆議院事務局の未公開資料群に基づく議会法制・議会先例と議院事務局機能の研究」第2回研究会(2010.03.20)
・「フランス議会法と憲法習律」慶応大学フランス公法学会(2010.02.21)
・「道州制と憲法」広島大学公開講座(2009.09.12)
・「戦後憲法秩序の運用のあり方について――基本法80条1項2文の制定史からの示唆」憲法史研究会(2008.06.07)
・「憲法改正国民投票法の成立」北陸公法判例研究会(2007.12.15)
・「議会留保(Parlamentsvorbehalt)の概念について」外交史研究会(2007.05.13)
・「戦後議会制度の形成――その後」憲法史研究会(2005.09.10)
・「国会法制の立案について――衆議院事務局に遺された『内藤文書』を手掛りに」北陸公法判例研究会(2005.07.12)
・「戦後議会制度の形成(中間報告)」憲法史研究会(2004.06.05)
・「明治議院規則の制定過程」憲法史研究会(2001.12.01)

新聞記事等
・「憲法制定時の論議 速記録を出版」(朝日新聞2014年5月19日夕刊)

Deutsch


Werdegang
Geb. 1975 in Kyoto, JAPAN, studierte Rechtswissenschaften und Politikwissenschaften an der Universitat Kyoto. 2000 Master of Laws ebendort. 2002/2003 Wissenschaftlicher Assistent an der Juristischen Fakultat, Universitat Kyoto. 2003 bis 2008 Professor fur Verfassungsrecht an der Juristischen Fakultat der Universitat Kanazawa, 2008 bis 2010 Professor fur Verfassungsrecht an der Juristischen Fakultat der Universitat Hiroshima, seither Inhaber des Lehrstuhls fur Verfassungsrecht an der Universitat Kyushu. Von 2006 bis 2008 zudem nebenamtliches Mitglied des RCAST (Research Center of Advanced Science and Technology) an der Universitat Tokyo.

Veroffentlichungen in japanischer Sprache (Auswahl)
Monographien

- Materialien zur Verfassungsanderungsdiskussion, Stenografische Protokolle der UKIKUSA- Forschungsgemeinschaft 1953-1959, Kashiwa-syobo, 2014
- Lehrbuch Verfassungsrecht, Nihonhyoronsya, 2012 (Mitarbeit)
- Parlamentarische Regierung und das sogenannte System von 1955, Shinzansya, 2012 (Mitarbeit)
- Gesetzgebungsprozess und parlamentarisches Verfahren, 35 Jahre Buro des Unterhauses, Shinzansya, 2011 (Mitarbeit)
- Kulissenschieber im parlamentarischen Verfahren: eine historische Darstellung des Buros des Unterhauses, Shinzansya, 2011 (Mitarbeit)
- Grundzuge des Verfassungsrechts der Bundesrepublik Deutschland von Konrad Hesse (Ubersetzung ins Japanische), Seibundo, 2006

Herausgeberschaften
- Tagebuch eines Angestellten des Unterhaus, Sadao Hirano, 5 Bande, Shinzansya, 2013-2014 (Mit-Hrsg.)
- Prinzip und Perspektive in sogennanten „Verfassungsreformen“, 2 Bande, Shinzansya, 2012 (Mit-Hrsg.)

Aufsatze
- Verfassungsdiskussion in der UKIKUSA-Forschungsgemeinschaft, SS 1-107
- Zwischen Bevolkerungsproporz und Wahlberechtigteproporz, Ronkyu-Jurist 2013, S. 42-48
- Befugnisse des franzosischen Parlaments, in: Franzozische Verfassungsentscheidungen II, Shinzansya, 2013
- Das Recht der Anrufung der Gerichte, in: Entscheidungen des Court constitutionnel II, Shinzansya, 2013
- Befristete Erlaubnis der Verhaftung von Abgeordneten, Sammlung von Verfassungsentscheidungen, 6. Aufl., 2013
- Verfassungsrechtliche Konventionen und franzosische Verfassungswissenschaft, in: Prinzip und Perspektive in sogennanten „Verfassungsreformen“, Band I, Shinzansya, 2012
- Der Brand des Parlamentsgebaudes und die parlamentswissenschaftliche Forschung, in: Urkunde uber Geschaftsordnung, SYOYU-Klub, 2012
- Takao Suzuki und das Parlamentsrecht, in: Schriftsammlung von Takao Suzuki, Shinzansya, 2012
- Wahl des Oberhauses und “Stimmwertsgleichheit“, in: Kommentar der verfassungsrechtlichen Entscheidung des Obersten Gerichtshofs, YUHIKAKU, 2012
- Das Verhaltnis von Gesetz und kommunaler Satzung, 57/1 Juristisches Seminar, 2012, S. 39-41
- Verfassungsordnung und parlamentarische Beamten, RESEARCH BUREAU 8, 2011, SS. 204-214
- Perspektiven fur eine Oberhausreform, ASAHI-Journal, 10/2011
- Gestaltung Parlamentarischer Praxen, 48 LEVIATHAN, 2011
- Probleme des parlamentarischen Regierungssystems in Japan, 32 Kanwong Law Review, S. 89-109.
- Prinzipen und Handhabung der Parlamentsauflosung, in: Verschiedenheit und Beruhrungspunkte der Staatsverfassungen, SEIBUNDO, 2010, S. 141-162
- Epiphanie des Ermessensprozesses der parlamentarischen Beamten, in: Kommentar Parlamentsrecht I, Shinzansha, 2010
- Gewaltenteilungstheorie. 11/54 Juristische Seminar, 2009, S. 28-31
- Verbot des Zutritt zu einem Ausschuss des Kommunalparlaments und Art. 21 & 14 der japanischen Verfassung, in: Kommentar der verfassungsrechtlichen Entscheidungen des obersten Gerichtshofs 330, 2008, S. 8.
- Verfassungskonforme Auslegung, in: Streitfragen der Verfassung, 2008
- Entstehung des Volksabstimmungsgesetzes, HOGAKU-KYOSHITSU 327, 2007, S. 6-13
- Befristete Erlaubnis der Verhaftung von Abgeordneten, Sammlung von verfassungsgerichtlichen Entscheidungen des Obersten Gerichtshofs, 5. Aufl., 2007
- Gesetzgebungsprozess des Diet-Gesetzes in der Okkupationzeit nach dem Zweiten Weltkrieg, in: Gikai-Seiji-Kenkyu 74, 2005, SS. 1-18
- Hergang der Reformen des Parlamentsystems nach dem Zweiten Weltkrieg, in: Kanazawa Law Review 47/1, S. 1-250
- Der Gesetzgebungsprozess nach der Geschaftsordnung in der Meiji-Ara 2, in: Gikai-Seiji-Kenkyu 61, 2002, S. 65-90
- Ursprung der Theorie der “Gewaltenteilung” 2, Hogaku-Ronso 151/1, 2002, S. 75-93
- Ursprung der Theorie der “Gewaltenteilung” 1, Hogaku-Ronso 150/3, 2001, S. 53-82
- Der Gesetzgebungsprozess nach der Geschaftsordnung in der Meiji-Ara 1, in: Gikai-Seiji-Kenkyu 60, 2001, SS. 51-79

「立憲主義」の日独比較――憲政史の観点から

 2016年10月刊行予定の憲法理論叢書に、「『立憲主義』の日独比較――憲政史の観点から」と題する論稿を掲載して頂くことになりました。本稿でも強調しましたように、憲法典・憲法附属法制に着目する限り変化の少なかった明治典憲体制も、その運用にまで目を配るとき、きわめて動態的・流動的な秩序であったことが見えてきます。それだけに、そのような変遷のあり様を検討するとともに、将来どのような変化を辿ることが構想されていたのか、制度立案者の構想を跡付けることが一つの重要な課題になります。
 本稿では素描を試みる程度のことしかできませんでしたが、伊藤博文が政党制度の発展を視野に入れた議院内閣制・議会制の動態的な発展構想を抱いていた(瀧井一博『知の政治家――伊藤博文』)こととの対比で、もう一つの憲法秩序の柱となった地方自治制度についても、山縣有朋やモッセがどのような構想を抱いていたのか、すなわち、もう一つの動態的な憲法秩序構想を検討の俎上に載せ、このような観点から、日独の立憲主義の特質を剔抉することを試みました。
 その成否はさておき、その際主として念頭にあったのは、瀧井一博「明治後期の国制改革」伊藤之雄・川田稔編著『二〇世紀日本と東アジアの形成 1867-2006』(ミネルヴァ書房、2007年)の検討した、明治40年の国制改革・憲法改革という視点です。公文式に代わる公式令の制定や、その反動としての軍令形式の創出、および、皇室制度の拡充整備など、明治40年に行われた立憲制度の補修の試みは、理念としての立憲主義の制度化にどのような影響を与えたのでしょうか。理念内容に着目する憲法・法制史の研究者と、よりリアルな制度実態に着目する政治(史)学者とでは、明治40年の国制改革についても評価が正反対と言えるまでに分かれているそうで、憲法理論研究会の報告時の質疑応答が思い出されますが、瀧井論文に従えば、私は政治(史)学者に近い分析視点を持っているということになりそうです。
 以下に目次を示しておきますので、ご関心のある方は手に取っていただければ幸いです。

1 プロトタイプとしてのフランス人権宣言
 ⑴ 立憲思想の淵源
 ⑵ 憲法概念の変遷──状態・規範存立・規範内容
 ⑶「立憲的意味の憲法」の実定化──真理と意思の間

2 ドイツ型立憲君主制
 ⑴ 主権原理の拮抗
 ⑵ プロトタイプからの逸脱

3 明治憲法体制と「立憲主義」
 ⑴ 明治憲法体制の成立
   立憲制度の導入
   西洋憲法思想の流入
   立憲制度の動態的構想――伊藤・山縣・モッセ
   地方制度と議会選挙法
 ⑵ 明治憲法体制の特質――柔軟な憲法構造
 ⑶ 明治憲法体制の運用
   政党内閣制の出現
   統帥権の独立
   軍部大臣現役武官制

おわりに――ドイツ型立憲君主制と日本

裁判官のオーラル・ヒストリー

 アララギ派の重鎮にして、戦後の裁判所人事制度を確立した人事局長、かつまた非訟事件の問題に造詣の深い研究家と言えば、直ちに鈴木忠一の名が思い出されるでしょう。歌人・文筆家としても著名で、随筆集『菴没羅の花』(石川書店、1958年)・『落合京太郎随想集』(法曹会、1993年)や、歌集『落合京太郎歌集』(石川書房、1992年)があります。
 憲法学との関係では、非訟事件手続法に関する研究や、弁護士時代の死後認知請求事件(最判平成元年11月10日民集43巻10号1085頁)における西ドイツ基本法を援用した審問請求権の主張、反論文掲載請求事件(最判昭和62年4月24日)における相手側(共産党)の反論権の否定の主張などが注意を惹くほか、いわゆる司法行政に関連して昭和25-33年の最高裁人事局長時代、判事補をABC庁に3年ごとにまわす大異動システムを構築したことで知られ、その独特の転地保障の立論には興味深いものがあります。各最高裁判事が調査官を裁判官以外から選ぶシステムを提唱したことでも知られます。
 その鈴木に私淑した睫邱粍貉瓩砲茲譴弌⊂赦39-45年の6年にわたり司法研修所長を務めた鈴木は、高裁長官のポストを二度にわたり謝絶し、研修所所長として裁判官のキャリアを終えることとなりましたが(睫邱粍譟愃枷輯韻諒徇髻戞粉愿貎渊顱2000年)192頁)、学究肌の鈴木裁判官の机上には常にドイツ語の法律書が一杯広げられていたといいます(同書168頁)。岩松三郎や田辺公二、時國康夫、香城敏麿らの名前を引くまでもなく、かつての極めて優秀な実務法曹達は、同時に、研究者に勝るとも劣らない比較法研究の視座を持っていたことが思い出されます。
 その鈴木忠一はまた、いわゆるオーラル・ヒストリー記録を後世に残した最初期の裁判官でもありました。季刊実務民事法での連載を一書にまとめた『橡の並木―― 一裁判官の思い出』(日本評論社、1984年)は、戦前から戦後にかけての司法・裁判所制度の移り変わりを体験し、戦後の司法行政の確立に邁進するとともに、司法研修所所長として理論と実務を架橋する研究業績を多く遺した鈴木忠一が、自らの生い立ちから同僚の思い出、制度の変遷までを語り遺した必読の書です。
 とくに、戦後の最高裁発足時における細野派対反細野派、および裁判所派対司法省派の対立についての詳細(106-126頁)は、GHQとの関係も含め、丁野暁春・根本松男・河本喜与之『司法権独立運動の歴史』(法律新聞社、1985年)と読み比べると面白いと思われます。また、裁判所制度との関係でも、旧裁判所構成法から裁判所法時代への移行、裁判所職員の位置づけについて、最高裁事務総局人事局長としての対処の記録が面白く(165-173頁)、論はまた、新設された裁判官弾劾制度と裁判官の独立をめぐる解釈論にまで及んでいます(182-203頁、鈴木忠一「裁判官弾劾法上の諸問題――比較法上、解釈上、立法上の」(法曹時報33巻7-8号)も参照)。
 近年、政治学・行政学が司法制度をも俎上にのせるようになって以来、鈴木忠一への注目も高まりつつあるように思われますが、裁判を受ける権利と非訟事件手続・行政事件訴訟手続、裁判官の独立、および裁判所制度のあり方などをめぐって、公法学の領域でも今一度焦点が当てられることが期待されます。
*「裁判官のオーラル・ヒストリー」もご参照ください。

狩猟と農耕3

514Zo1cZIsL__SX300_BO1,204,203,200_ 本ブログでは狩猟に関するエントリーが少なからずありますが(右欄の記事検索から「狩猟」で検索してみてください)、その際の基底にある思考・思想を剔抉してくれる書籍に、また出会うことができました。安藤啓一・上田泰正『狩猟始めました――新しい自然派ハンターの世界へ』(ヤマケイ新書、2014年)です。
 登山や山菜取りと異なり、けもの道しかない山岳を、動く相手(しかも勘の鋭い野生動物)を対象に猟をするためには、地形や天候、フィールドサイン、動物の行動理由の分析など、持てる知識と技術・体力を総動員し、それが正しかったのかを事後的に評価・分析するPDCAサイクルが欠かせません。そのようなプロセス自体が、狩猟そのものとして人を引き付ける魅力を持っていることは確かですが、本書では、さらに、近年狩猟に関心を持つ人が増えている理由について、二つの別の理由が挙げられています(94-5頁)。
 一つは、岡本健太郎『山賊ダイアリー』(現在6巻まで刊行)の影響で、とくに都市部の若者層を中心に、狩猟免許を取得する者が急増しているとのこと。
 もう一つは、東日本大震災の影響です。放射性物質による汚染を契機に、生産や製造の過程がブラックボックス化している「食」への違和感が強まり、誰が栽培・収穫した食材を、誰が調理し、どうやってスーパー・食卓にたどり着いたのか、そのトレーサビリティへの関心が高まっているとのことです。
 しかし、本書でも指摘されているように、そのような「入り口」の奥に広がっている価値観の世界は、はるかに大きな意義を持っています。それは他者・自然との共存の視点です(「狩猟と農耕」も参照)。狩猟は残酷だとの話もありますが、いかなる過程で食肉が生産されているか(野菜も同じことですが)、その想像すらしないままに日々の食生活を送っていることの方が、どれだけ残酷なことでしょうか(119-120頁)。むしろ狩猟者は、狩猟や、狩猟とかかわる自然界との交わりを、できるだけ長く続けたいと思っています。まさに、「乱獲を心配する声はあるけれど、狩猟者は野生動物を獲り続けたいから、森の生態系を保全していくことを考えます。野生動物が農作物を食い荒らす被害を受けた農家さんのなかには、鹿や猪を地域から絶滅させたいと思っている人もいて、この考え方の方が心配です。農業では多くの虫を殺しています。けれど農業には殺生とは無縁の美しいものというイメージがあって、これは変」(103頁・190頁)なのではないでしょうか。
 これは「狩猟と農耕」をめぐるアポリアを浮き彫りにしており、本書の後半は、そのための解決策の取り組みを紹介するものになっています。「有害鳥獣」として駆除の対象となる鹿・猪肉などを活用したジビエ食材の認知を促す近年の取り組みは、その一環です(福岡市の取り組みとして「ふくおかジビエの勧め」があります)。駆除作業と狩猟とは、本質的に相いれないものですが、ジビエ食材の有効活用のためには、食材を良い状態で食卓に運ぶ猟師の長年の智慧が、必要となってくるでしょう(これがかなり難しい技術であることは142頁以下・189頁を参照)。
 徒然なるままに。

ドイツ連邦議会図書館にて

463974849 先日のドイツ連邦議会調査局の訪問調査に際して、「我々は歩いて3分の連邦議会図書館ですぐに調べ物をすることができる」との調査局長Guido Heinen博士の言葉を契機に、連邦議会図書館をも訪問することになりました。連邦議会図書館は、一般には公開されておらず、議員や議会職員、政党職員が利用する施設ですが、事前の申し込みがあれば、一定期間を限って、研究者も利用することができます。
 連邦議会図書館では、「自由は、平等における行動の可能性として把握することができる。/平等は、自由を促進する行動の可能性として把握することができる」というハンナ・アーレントの言葉を示した青いネオンが印象的でした(これは外部のシュプレー河畔からも見通すことができます)。しかし、ふと気づいた一つの胸像に、なぜか注意が惹きつけられました。胸像にはArzt Dr. Brenno Hallauer (1880 - 1943)とあります。医者がドイツ連邦議会図書館の中に何の用か、と思って調べると、1943年という年が予示するように、ベルリンの歴史がまた一つ露わになりました。
 Hallauer医師はユダヤ人で、帝国議会議事堂の向かい側、シュプレー河畔のSchiffbauerdamm 31/32で婦人病院を開業していました(上の地図の⇒で示した部分。クリックで拡大可能)。当時最大規模の婦人病院で、1920年代から30年代にかけて、彼は婦人病学の研究に専念します。しかし、ナチスの政権掌握後、悪名高いユダヤ人商店等のボイコット措置(ユダヤ人の経営する店の商品の不買運動)の一環として、Hallauer医師の婦人病院もボイコットの対象になり、経営は行き詰ります。1937年には無実の罪で――いいがかりにより――ベルリン北西部モーアビットの監獄に収監され、その際、この病院は強制没収の対象となりました。出獄後はブレスラウのユダヤ人病院で働いていましたが、1943年、アウシュビッツに移送され、そこで妻とともに殺害されました。
 この病院は、しかし、アルバート・シュペーアによる世界首都ゲルマニア計画の対象地域に含まれていたことから、すでに1940年に取り壊され、現在では連邦議会事務局や連邦議会図書館が入っているMarie-Elisabeth-Lueders-Hausがその上に立っています。ちょうど連邦議会図書館のある辺りが旧Hallauer医院の所在地に当たることから、この場所に同博士の胸像が建てられることとなりました(2001年完成)。
IMG_1641 ちなみに、この胸像を作成したWieland Foerster氏はドレスデン生まれの芸術家で、ザクセン州議会の建物の横にある「Nike '89」と題する、翼のもがれた女神像の作者でもあります。下の写真をクリックで拡大すると、ザクセン州議会の建物の横、エルベの川岸に、この女神像がたたずんでいる様子が見えると思います。2013年のザクセン州議会訪問調査時の写真です(クリックで拡大可能。Dresden1, Dresden2も参照)。
 普段は観光客や研究者の入れない連邦議会図書館。その一画にある胸像をめぐるお話でした。
【追記】ちなみに、一番上の写真は、有名な気球船グラーフ・ツェッペリンから撮影した、1930年頃の帝国議会議事堂の写真です。当時のSiegessaeule「勝利の塔」は、現在の場所(ティーアガルテンのGroser Stern)ではなく、帝国議会議事堂前の広場(現在の共和国広場)にありましたが、当時の様子が良く分かります。

講演「河井弥八をめぐる憲法政治」

 先日、河井弥八記念館の第5回講演会において、「河井弥八をめぐる憲法政治」と題する講演をさせていただく機会がありました。そこではとくに、河井弥八日記の戦後編第1巻が出版されたことを契機に、同日記の内容から、従来の憲法史に新たに付け加えられる知見があるのではないか、という観点からお話させていただきました。
 話の骨子として念頭に置いていたのは、主に次の3点です。すなわち、
(1)参議院議長・河井弥八がバックアップして設けられた元貴族院勅選議員らによる憲法研究会については、『初期日本国憲法改正論議資料』(柏書房、2014年)においてその概要を解明しえたところですが(「萍憲法研究会の憲法論議――もう一つの憲法遺言」)、この知見を裏付け、または補完する記述が、河井弥八日記の中に見出されること。
(2)また、この研究会に参加した山川が中心となって、日本国憲法の議会審議の前に、有志議員による非公式検討会(「無名会」)や両院議員の有志懇談会、さらには貴族院調査会の中の草案調査委員会という形で、事前の包括的な草案検討作業が行われ、それが議会審議における様々な修正提案の基礎となったこと、また、受け入れられなかった諸修正が、その後の憲法改正論議となって噴出し、それは主に保守派側の古典的な憲法改正論議と基調を同じくするものであること、それが河井弥八日記の記述によって裏付けられ、かつ補完されていること。
(3)その際、河井弥八が、とくに皇室制度・天皇制度について、宮内大臣・宮内次官や内蔵頭らとハイレベルな折衝を精力的に続けており、それが山川らの憲法草案検討作業とタイアップしつつ行われていたことが、河井弥八の日記から読み取れること、です。
 上記の話は、河井弥八日記が伝える膨大な情報のごく一部を、私に取って面白いと思われる角度から切り取って、断片的に検討を加えたにとどまります。河井日記は遥に大きなポテンシャルを秘めており、今後刊行が進むにつれて、第二次大戦の前から後にかけて議会政治・皇室制度の移り行く有様が、報徳社の活動とも交錯しつつ、さらに明らかになってくることと思われます。
 1時間程度の講演時間中には、寺光忠日記や昭和天皇実録などの記述も重ね合わせながら、もう少し立ち入った言及を行うことは断念せざるを得ませんでしたが、いずれ近い機会に、研究成果の一部として公表させていただく予定にしています。
 最後になりましたが、このような着実な取り組みを続けてこられた河井弥八記念館の関係者の皆様、それを支えてこられた掛川の皆様や、地元の河井弥八・重蔵研究会の皆様に、改めて、厚く御礼申し上げます。

【参考新聞記事】
戦後の混乱と再建つづる『河井弥八日記』発刊 掛川」(静岡新聞2016年2月20日)
『河井弥八日記』刊行 参院はどうあるべきか――戦後政治の一級史料」(産経ニュース2016年1月18日)

合理的配慮2

 2016年度より、国立大学法人等において、障害を持つ方に対する「合理的配慮」の提供が義務化されることとなり、九州大学でも、数次にわたる関係規程の検討会議や、関係団体からの意見聴取などを経て、必要な学内規程(就業規則)を整備しつつあります。その際、国大協のモデル案を踏襲しながらも、九州大学の実情に合わせたり、あるいは「上乗せ」規定を定めることによって、より効果的なサービスの提供、および不当な差別の根絶に向けた取り組みを、本学として積極的に発信してゆく試みがなされようとしています。
 具体的な「合理的配慮」の内容は様々で、障害の特性に応じて、講義に際しての代書サービスや座席の確保、デジタルカメラによる板書撮影の許可などから、学内におけるトイレ介助、比喩・暗喩表現や二重否定表現を用いないことまで、多岐にわたります。私の周囲でも、トイレ介助を頼まれた複数の職員が多忙を理由に全員が断り、途方に暮れた学生の例が報告されていますが、次年度からは、このような場合に、過重な負担にならない範囲で、合理的な配慮を行うことが、法的に義務づけられたわけです。
 問われているのは他者へのimaginationの豊さです。「自分とは異質な他者」の存在に、どこまで開かれた姿勢を取りうるかは、単に道徳の問題に留まるものではなく、大上段に構えれば、立憲主義の運用に関わるものでもあります(例、出生前診断による「異質な他者の排除」の論理がもつ憲法上の問題性)。前に書いたこと(「合理的配慮1」)の繰り返しになりますが、理念としては万人が賛同する、社会的障壁のない開かれた大学。あとは、大きなコストを伴う現実的支援サービスを、どこまでのプライオリティ(優先順位付け)でもって実現できるか、各大学の見識が問われるところです。

【追記】
 独立行政法人日本学生支援機構より、『教職員のための障害学生修学支援ガイド』(平成26年度改訂版)が公刊されました。上記リンクよりPDFで閲覧できますので、ご参考まで。

狩猟と農耕2

9784898154175l 先日、被災地の現在の様子を伝えるルポタージュを視聴していたおり、人間が住まなくなった浪江町などにイノシシが大量に出没し、畑や人家を荒らしたり、除染作業員を威嚇したりしている、というシーンに目が留まりました。そこで思い出されたのが、「狩猟と農耕」でも触れた千松信也氏の、『けもの道の歩き方』(リトルモア、2015年)です。
 イノシシは細心にして大胆な動物で、環境の変化には敏感ですが、いったん安全を確認すると、思いがけず大胆な行動を取ることがあります(同書でも「猟期に入ると鳥獣保護区から出てこなくなるイノシシがいる一方で、安全だと分かると真昼間に市街地に出没する神戸のイノシシがいる」と指摘されています(51頁))。
 このイノシシが無人の街中を闊歩するに至ったについては、街中の餌場の存在もさることながら、従来はイノシシを駆除していた猟師たちがいなくなった、という事情が大きいようです。というのも、イノシシの生活に深くかかわる森林の腐葉土やミミズから、高濃度の放射性物質が検出されていますが(街中の除染すらままならない現在、森林の除染は絶望的で、セシウムの半減期30年(ということは完全に影響がなくなるのは約300年)を待つしかないそうです)、これを体内に蓄積したイノシシ等を捕まえようとする猟師やその肉を食しようとする人々がいなくなり、その結果、捕獲されないイノシシ達の生息域が広がって、そのような体内蓄積を持つイノシシ達の住む汚染エリアの拡大や、野生化した家畜の豚との混血による自然界の遺伝子汚染が危惧されているとのことです(218-220頁)。これは近時の報道でも伝えられている通りです。
 ちなみにドイツではイノシシがよく見かけられますが(Wildschwein)、30年前に起きたチェルノブイリ事故の影響を受けたドイツでは、今でも、基準値を超えるイノシシが多数捕獲され、廃棄処分となっています(219頁)。
 自然との向き合い方にはさまざまありますが、同書は日常で見過ごされがちな視点に気づかせてくれる好著で、伏見稲荷大社の名物のスズメの丸焼きから、カモのお狩場焼きまで、狩猟や自然に興味のある方にお薦めです。

ドイツにおける政府の有権解釈機関

 先日、ドイツにおける憲法の有権解釈機関の所在・機能について、国立国会図書館調査立法考査局で報告させていただく機会がありました。ドイツの連邦レベルにおいてわが国の内閣法制局と類似の役割を果たしているのが、連邦法務・消費者保護省と連邦内務省です(連邦省共通事務処理規則GGO第6章を参照)。
 この任務を具体的に遂行する部署や、憲法適合性の審査のあり方、法令審査との関係、省内の他の部局による憲法適合性審査との異同などについて取り扱いましたが(下記「目次」を参照)、さらなる追加調査を3月中旬のドイツ出張に際して実施する予定です。その成果についても、近い将来に公開させていただく予定にしています。

【目次】
機.疋ぅ掴∨政府内部の任務分担
⑴ 連邦政府の自律的組織権(基本法86条2文)

 ・連邦首相の組織令:連邦省の設置や所管領域の変更
  首相の組織権により、首相が交代するたびに再編が行われる(フランスと類似)。
 ・連邦省に共通する組織や事務手続を定める連邦省共通事務規則
  ⇒【資料1】Gemeinsame Geschaeftsordnung der Bundesministerien
 ・連邦省の内部組織についても、連邦省共通事務規則に一定の規定がある(4条以下)。
  ⇒連邦省の組織原理については、連邦法務省に即して兇埜‘ぁ
 ・具体的な任務分担は、各大臣の事務分掌計画(Geschaeftsverteilungsplan)による。

⑵ 共通事務規則に見る法案審査
 ・法律案等の起草と2つのHandbuch(連邦内務省/連邦法務省)
 ・憲法適合性の審査(GGO §45 abs. 1)
 ・法令審査(GGO §46)

連邦法務・消費者保護省(BMJV)の概要・主要任務
              【資料2】Aufgaben und Organisation des BMJV
⑴ BMJVの組織構成
 ・職員数および構成:2015年9月で760名。うち291人が法律家(Jurist)。
  法律家のうち,判事,検事およびラント官吏(合計119名)は派遣職員
  2014年の主管領域拡大(消費者保護)で,エコノミスト・自然科学者等も包含。
 ・法務大臣/政務次官/「政治的官吏」(次官・局長)
 ・課を中心とする組織原理(共通事務規則7条以下)/事務分掌の概要
              【資料3】Organisationsplan (Stand: 15. Februar 2016)

⑵ 立法管轄:所管法令の立案……大半の基幹法制を所管

⑶ 司法行政
 ・管轄は3つの連邦上級裁判所:連邦通常裁判所・連邦行政裁判所・連邦財政裁判所
 ・その他,検事総長,特許裁判所,特許商標庁,連邦司法局も所管
  ⇒インフラ整備,予算措置,職員配置,行政的監督など
 ・裁判官選任への関与:連邦憲法裁判所, 3つの連邦上級裁判所

⑷ 公法局の任務:法令審査と立法・人権問題への対処
 ・憲法適合性の審査(Rechtspruefung 1)
  ⇒基本権課による憲法適合性の審査(共通事務規則45条1項,46条,62条2項)
  ⇒連邦憲法裁判所の審理への参加
 ・行政法/国際法/EU法との整合性の審査(主として法令審査課 A 3)
 ・法令の体系的・形式的審査
  ⇒連邦法務省公法局A3課編Handbuch der Rechtsfoermlichkeit(第3版,2008年)
   言語学者からのサポート
 ・国際法・EU法の立案過程への関与
 ・人権問題に関する受託者
  ⇒欧州人権裁判所,国連人権委員会等でドイツを代表

裁判官のオーラル・ヒストリー

 日本の裁判官は伝統的に廉潔性を美徳とし、自らの職業については「語らぬが花」とされてきた側面が大きかったように思います。しかし、かつて「萍憲法研究会・続」で触れましたように、近年では、裁判官の日常(勤務の実態や人事のあり方など)について、裁判官自身がより多く語るようになってきました。その背景には、裁判官という職責も、国民から託された公職であって、その体験を広く国民に還元し、将来のよりよき運用につなげていくべきだ、という考え方が少しずつ浸透してきたという事情があるのではないかと思われますが、その中でも、弁護士・学者出身の最高裁判事は、以前から活発にその体験記を出版されていました。今回、それに一例を附け加える書籍がオーラル・ヒストリーという新たな形で公刊されたことが注目されます。
 福田博著『福田博オーラル・ヒストリー 「一票の格差」違憲判断の真意』(ミネルヴァ書房、2016年)は、 とくに定数訴訟に焦点を当てて編まれた個別的オーラル・ヒストリーですが、妻の曾祖父・山本達雄(日銀総裁、勧業銀行総裁、大蔵大臣、農商務大臣、内務大臣、貴族院議員)の憲政史文書の行方や、妻の父・山本達郎(東洋史学者、東大名誉教授、平成元号の考案者)をめぐるエピソード、さらには外交官としての体験など、定数訴訟以外にもいろいろ興味深い回想がちりばめられています。
 例えば、条約局長→最高裁判事という昇進ルート(というよりもそれ以外のルートの不存在)や、政務担当・経済担当の外務審議官の機能、駐米大使の栗山尚一(たかかず、1931-2015)氏が最高裁判事就任を断ったために同ポストが回ってきた話(尚一の父・栗山茂も、尚一夫人の父・藤田八郎も、いすれも最高裁判事であった)から、最高裁判事の部屋の広さが64屬任△襪海箸泙如⊆造暴腸L疑圓焚鸛柤燭如△箸蠅錣院∧‥鳥瓩梁親鰭靈ε舛砲篭縮を惹かれます。最高裁判事就任の準備として、アメリカの憲法ケースブック1700頁を5日間で読破した話、ビッケルやイリィを副読本として愛用した話など、遅読の私としては羨ましい限りです。
 しかし、本書の最大の眼目は福田氏が定数訴訟において果たした役割で、その反対意見が徐々に浸透して、現在のように最高裁が投票価値の平等に厳格な立場をとるようになっていった経過がよく分かります。その中でも、特定の担当調査官との軋轢(133頁以下)や、調査官室が行っていなかった外国事情の詳細な調査を独自ルートで行った話(129-132頁)、2000年(平成12年)判決の福田追加個別意見を契機にして、多数意見からも「国会の広い裁量」の「広い」という部分が取れた話(146-7頁)はエピソードしても面白いですし、理論面でも、アメリカ連邦最高裁において2016年に、レイノルズ対シムズ事件に言うone person, one voteの「person」とは何かが取り上げられる予定であるとの指摘(155-156頁)は、アメリカでは「人口」か「成人」か「有権者」か、これまではっきりしてこなかったところ、これを有権者を基準としてカウントすべきとする福田氏の見解とも相まって、大変興味深いところです(この点についてはドイツ・フランスの憲法判例を手掛かりに、同じ趣旨の私見を公表したことがあります。「人口比例と有権者数比例の間」論究ジュリスト2013年春号42-48頁)。
 また、選挙区平均からの偏差が一定の基準を超える選挙区のみを無効とすればよいのであって、平均からの乖離が小さい選挙区についてまで投票を無効とする必要はないという考え方(最大較差ではなく「平均値からの偏差」を問題とする考え方)を取るべきだという指摘(157-9頁)は、上記論考の末尾における私の見解と軌を一にしますし、衆議院につき2倍までの最大較差が許容されるという基準に何の意味もなく、むしろ、投票価値の厳格な平等から逸脱することを許容する個別的な事情がどれだけあるのか、という視点に立つべきことも、私見と(長谷部説とも)通底しています(161頁以下、232頁)。
 その背景には、選挙制度に関する国会の裁量が優位するという考え方(投票価値の平等は国会の裁量の一判断要素とされる)に立つのか、それとも、国会の立法裁量を枠づけるものとして「投票価値の平等」をとらえるのか、という出発点の相違があるように思います。憲法優位型思考を取る点で、福田裁判官と私の見解は同じですが(この点につき拙稿「参議院議員選挙と『投票価値の平等』」平成23年度重要判例解説(2012年))、大きく異なるのは、参議院にかかる投票価値の平等をどう考えるか、にあります。福田氏は平成10年判決の反対意見で、憲法上の独自性は両院の権限・任期などの差に限られ、都道府県的代表の要素は憲法上の命題ではなく、平等選挙の要請に劣後する旨を述べられていますが(213頁)、両院制の採用自体は憲法上の明文の要請であり、そうであるとすれば、両院の組織原理を異ならしめることで多様な民意を反映させるべきだということも憲法上の要請と考えることができますので、アメリカ上院のように明文規定がなければ投票価値の平等から一切離れられないとする見解(215頁)には賛同することができません。
 すなわち、参議院については、国会の立法裁量を枠づける憲法原理として、‥衂鴫礎佑諒薪のみならず、⇔庄\の要請もあるわけで、しかも、この両者は場合によっては緊張関係に立つことがありうる点で、衆議院の場合とは異なった考慮が必要ではないか、ということです(前掲・平成23年重判を参照)。
 いずれにしても大変価値の高い出版で、今後は、裁判官出身の最高裁判事や、できれば下級裁判所の裁判官の随想・体験記・オーラルなども、従来に増して、公刊されることが望まれますし、そうすることが、引いては裁判所制度の足腰を強靭なものとする所以ではないかと思われます。
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J-CASTニュース