アンビルト――砂漠に図書館浮かす

2009/5/28付 日本経済新聞 朝刊



イタリアで雑言「カミカゼ」

 二〇〇〇年、これまでの仕事を振り返りつつ、二十一世紀へ向けた展覧会をやらないかと声が掛かった。資料を引き出してみてあっけにとられた。気に入った仕事の大部分がアイデアのままで終わり、実現していないのだ。

 図面のまま残された理由はさまざまだ。一九六〇年代の駆け出しのころは、「これから十年、今にも建ちそうな建物は設計しない」と友人に宣言し、もっぱら未来都市のプロジェクトばかり夢想していた。次の時代を先取りする先進的な思想が受け入れられるはずがない。

 その時代の技術では実現不可能な提案も多い。海外の場合だと、経済状況が悪化したり、パトロンである首長が変わったりして未完に終わるのは珍しいことではない。そこで「アンビルト/反建築史」と題した展覧会を組み、未実現のプロジェクトを改めて見直すことにした。

 ちょうどそのころ、中東のカタールを訪れた。ペルシャ湾に突き出た半島の小国で、石油や天然ガスを産出する豊かな国である。この国の王族一家と知り合いになり、首都ドーハに建物を設計してほしいと頼まれたのだ。

 私の作品集をめくっていた首長が「こんなものを作りたい」と指さしたのは、六〇年代に作った「空中都市」という図面と模型である。過密化した東京とはわけが違う。広々した砂漠で、わざわざ空中に都市をつくる必要などないではないか。そんな説明をすると、歴史がないこの国は文化と教育が必要だ。そのためにほかのどこにもない建築がほしい、という。

 こうしてドーハ湾の海岸に、地上百メートルほどの高さに持ち上げられた図書館を着工することになった。四十年間眠っていた「アンビルト」が中東の都市によみがえったのである。

 同じころにスタートしたのがイタリアのフィレンツェ、ウフィツィ美術館出口広場の改造案だった。ルネサンス絵画の名作が結集するこの美術館で入場待ちの長蛇の列を解消しようと、裏手に新たな出入り口が設けられることになり、国際コンペが開かれた。

 フィレンツェにはロッジアと呼ばれる、町に向かって開く屋根のかかった空間がある。このスタイルを現代の視点で解釈した私の提案がコンペで選ばれたのだが、十年たった今も着工できないでいる。アンビルトに一ページを加えることになるか。コンペ後に就任した文化省の大物役人がつぶしにかかったためである。バロック絵画の研究者でもある彼は「建築のカミカゼ」と題した誹謗(ひぼう)する論文を書き、読むに堪えない罵詈(ばり)雑言(ぞうごん)を新聞紙上にぶちまけた。だが私は修正したり、ひいたりするつもりはない。

 なにしろフィレンツェ市内では三五年に新駅ができて以来、近代の建物はできていない。ウフィツィ美術館も四百年以上も前に美術史家のバザーリがメディチ家のオフィスとして設計し、その後、建築家の手は加わっていない。

 そう考えれば、私のウフィツィなどプロローグにすぎないのだろう。一時的な政治や社会の変動でつぶれてしまうようなプロジェクトは、この町では通用しない。重要なのは建物自体の強度ではなく、数十年、数百年長持ちする頑丈なコンセプトなのである。



(建築家)