2007年10月18日
誤算とユーモア
計算しなさい。
sin x − n =
どうやればいいんだろうと思うのが馬鹿。
んなもん出来るかと思うのが普通。
出来ないことは分かるけど何か面白いこと無いかな…
と思うのがその上にいける人。続きを読む
sin x − n =
どうやればいいんだろうと思うのが馬鹿。
んなもん出来るかと思うのが普通。
出来ないことは分かるけど何か面白いこと無いかな…
と思うのがその上にいける人。続きを読む
2007年07月25日
未確定部分と選言
今回は論理学的な要素を含んだ非常に簡単なパズルをやってみよう。
あまりに簡単すぎて、馬鹿にするなと思われるかもしれない。
しかし、この問題から見出せるものは単なる答えではない。
ここに4枚のカードがおいてある。
どのカードも片方にはアルファベットが、片方には数字が書いてある。
それぞれA、F、2,7と書いてあるほうが上を向いている。
「母音の裏には偶数が書かれている」
上の論理が正しいことを確かめるためには
どのカードをめくればいいだろうか?
簡単すぎるだろう?
だが、あなたは間違うかもしれない。
早押しクイズならどうだろう?続きを読む
あまりに簡単すぎて、馬鹿にするなと思われるかもしれない。
しかし、この問題から見出せるものは単なる答えではない。
ここに4枚のカードがおいてある。
どのカードも片方にはアルファベットが、片方には数字が書いてある。
それぞれA、F、2,7と書いてあるほうが上を向いている。
「母音の裏には偶数が書かれている」
上の論理が正しいことを確かめるためには
どのカードをめくればいいだろうか?
簡単すぎるだろう?
だが、あなたは間違うかもしれない。
早押しクイズならどうだろう?続きを読む
2007年06月23日
思い出すと忘れる
記憶の構成について考えてみた。
人間は何かを覚えても時間の経過と共に忘れていってしまう。
忘れない方法は無いだろうか?
忘れていないことはどんなことだろうか?
ひどく感情を揺さぶられたこと。
毎日のように思い出すこと。
この思い出すということについて考えてみる。
思い出すということはどんなことだろうか?
人間は常に意識していることなんてできないから
常に何かを忘れているといえる。
例えば
1+1=2でさえ頭に思い浮かべると、その前の瞬間には忘れているということだ。
反論として、覚えているのではない、分かるのだという人もいるかもしれない。
しかし、1+1=2を分かっている人間なんて極少数だと思う。
まあ、それでも納得がいかないなら九九でもいい。
完全に覚えているだけだろう?
(数字遊びの時はそれだけではないがね)
人間は日常においても思い出すことをそれと意識せずに繰り返している。
私は記憶を池のようなものだと考えている。
深さが時間軸で水面が一番狭く、深くなるほど広くなっていくイメージだ。
円錐を横に平面で切ったような形だ。
新しく覚えたことは水面にどんどん追加される。
それによって、過去に覚えたことは深いところに押しやられていく。
そして、思い出すということは池の深いところから浅いところに記憶を持ってくる作業だと。
しかしそれだと記憶違いが説明できない。
深いところでは混ざり合う、もしくは分離すると考えることもできるが無理が大きい。
そこで今度は次のようなモデルを考えてみた。
池モデルの形はそのままで
思い出すということを、浅いところに持ってくるのではなく
コピーを新しく作り水面に置くことと考えるのである。
そして、そのコピーはある確率(不定でいい)でミスを起こす。
思い出すときの検索はもちろん上から行なうのでより浅いところにある記憶が優先される。
このモデルなら記憶を上手く説明できそうだ。
しかし、そう考えてみると
思い出すということが忘れるということと同意
もしくは同義であるようにも思えてくる。
思い出した結果、コピーが作られ元記憶が検索に引っかからなくなる。
それは、果たして覚えているといっていいのだろうか?
世の中には忘れたくない事がいっぱいある。
そして、忘れたい事もいっぱいあるのだろう。
忘れたほうが幸せだと思う人もいるだろうし。
忘れることで哀しむ人もいるだろう。
だが、私は全てのことを受け止めたい。
楽しいことも、辛いことも、全て。
だから忘れたくなくて、思い出すのだが
そうやって、忘れていくのだ。

人間は何かを覚えても時間の経過と共に忘れていってしまう。
忘れない方法は無いだろうか?
忘れていないことはどんなことだろうか?
ひどく感情を揺さぶられたこと。
毎日のように思い出すこと。
この思い出すということについて考えてみる。
思い出すということはどんなことだろうか?
人間は常に意識していることなんてできないから
常に何かを忘れているといえる。
例えば
1+1=2でさえ頭に思い浮かべると、その前の瞬間には忘れているということだ。
反論として、覚えているのではない、分かるのだという人もいるかもしれない。
しかし、1+1=2を分かっている人間なんて極少数だと思う。
まあ、それでも納得がいかないなら九九でもいい。
完全に覚えているだけだろう?
(数字遊びの時はそれだけではないがね)
人間は日常においても思い出すことをそれと意識せずに繰り返している。
私は記憶を池のようなものだと考えている。
深さが時間軸で水面が一番狭く、深くなるほど広くなっていくイメージだ。
円錐を横に平面で切ったような形だ。
新しく覚えたことは水面にどんどん追加される。
それによって、過去に覚えたことは深いところに押しやられていく。
そして、思い出すということは池の深いところから浅いところに記憶を持ってくる作業だと。
しかしそれだと記憶違いが説明できない。
深いところでは混ざり合う、もしくは分離すると考えることもできるが無理が大きい。
そこで今度は次のようなモデルを考えてみた。
池モデルの形はそのままで
思い出すということを、浅いところに持ってくるのではなく
コピーを新しく作り水面に置くことと考えるのである。
そして、そのコピーはある確率(不定でいい)でミスを起こす。
思い出すときの検索はもちろん上から行なうのでより浅いところにある記憶が優先される。
このモデルなら記憶を上手く説明できそうだ。
しかし、そう考えてみると
思い出すということが忘れるということと同意
もしくは同義であるようにも思えてくる。
思い出した結果、コピーが作られ元記憶が検索に引っかからなくなる。
それは、果たして覚えているといっていいのだろうか?
世の中には忘れたくない事がいっぱいある。
そして、忘れたい事もいっぱいあるのだろう。
忘れたほうが幸せだと思う人もいるだろうし。
忘れることで哀しむ人もいるだろう。
だが、私は全てのことを受け止めたい。
楽しいことも、辛いことも、全て。
だから忘れたくなくて、思い出すのだが
そうやって、忘れていくのだ。

2007年05月20日
閏年と古代ローマ
閏年が四年に一度であることは周知の事実だろう。(グレゴリオ暦)
だが、もし閏年が四年に一度だったら、私は神の存在を信じるだろう。
もし、閏年がなかったら、神に出会ったと思うだろう。
何を言っているのか分からない人もいるであろうし
もうすでに分かっている人もいるだろうが
話を続ける。
続きを読む
だが、もし閏年が四年に一度だったら、私は神の存在を信じるだろう。
もし、閏年がなかったら、神に出会ったと思うだろう。
何を言っているのか分からない人もいるであろうし
もうすでに分かっている人もいるだろうが
話を続ける。
続きを読む
2007年04月29日
天秤と偽物
今回も昔からあるパズルで有名な問題だ。
顱妨ためがまったく同じ球が8個ある。
一つだけ他より重い球が入っていたとき
天秤で何回量れば重い球を見つけられるだろうか?
髻妨ためがまったく同じ球が13個ある。
一つだけ他と重さが違う球が入っていたとき
天秤で三回だけ量って見つけたい。どうすればいいか?
頭の中だけで十分解ける問題だが
紙に書けば分かるだろう。
基本的な原理と理由に対する考察
さらには、他の方法も考えつつ
いつもの通りに
解答続きを読む
顱妨ためがまったく同じ球が8個ある。
一つだけ他より重い球が入っていたとき
天秤で何回量れば重い球を見つけられるだろうか?
髻妨ためがまったく同じ球が13個ある。
一つだけ他と重さが違う球が入っていたとき
天秤で三回だけ量って見つけたい。どうすればいいか?
頭の中だけで十分解ける問題だが
紙に書けば分かるだろう。
基本的な原理と理由に対する考察
さらには、他の方法も考えつつ
いつもの通りに
解答続きを読む
2007年04月20日
日本と数
2007年04月13日
タイルと色
2007年03月24日
昨日の私と今日の私
2007年03月19日
表記と法則
2007年03月18日
公倍数と余り
3で割ると2余り
5で割ると4余り
7で割ると6余り
9で割ると8余り
11で割ると割り切れる。
そんな数字はいくつだ?
といった問題を見つけた。
すぐにどうやればいいか閃いたつもりで
五分で出来ると断言。
納得する(自分が)答えが出たのは二時間後だった。
笑ってやってくれ。
それではいつもどおり
解答続きを読む
5で割ると4余り
7で割ると6余り
9で割ると8余り
11で割ると割り切れる。
そんな数字はいくつだ?
といった問題を見つけた。
すぐにどうやればいいか閃いたつもりで
五分で出来ると断言。
納得する(自分が)答えが出たのは二時間後だった。
笑ってやってくれ。
それではいつもどおり
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