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160226 民主党の解体?

もうね、正直いうと、返事はご勘弁くださいと謝りたくなるくらいの数、この件に関するメールが来ている。

もちろん、メールをいただくのはありがたいことではあるのですが。

流石に、常連の皆さま方はそのあたりはちゃんとご理解いただけている。それが救いである。

ただ、コメントのほとんどのみなさんは誤解というか勘違いをされている。

私はたしかに『民主党の消滅を願う』とずっとずっと言い続けてきた。ここでも何度も書いてきた。

しかしこれでは、わたしが前々から強くここで主張してきた『民主党消滅』にはならないのです。全然まったく。

少なくとも、わたしはこんな茶番に騙されるようなピュアな心性は持ち合わせてはいない。

ひとことでいえば、現民主党がやろうとしていることはタチの悪い延命策であり、しかも国民有権者をだまくらかす詐欺でしかない。

何故詐欺かというとですね、現民主党がやろうとしていることとは、本当ならば国庫に返還されなければならない政党交付金を返さず済むためにはどうするかを勘案した上でのものだからだ。

まあ、現民主党自体がそういう姑息な手段を弄して誕生したものなのだし、そういう意味でお得意の手法を再び講じただけなんだろう。まあいい。

本質は、本来ならば私たちが民主党に対して突きつけなければならない要求は何かのほうだろう。

民主党という政党がこれから日本国民のためになる政党になれるかだ。

その一点で、維新と合流してできるという新党にはわたしはなんの期待も抱けないし、逆に維新という政党の底が見えてしまったような気がするのだが。どうだろうか。

まあ間違いない。これもまた有権者の権利を無視した(ふたつの)政党のためだけの、政党による政党政治の結果としての野合であり、自由党(小沢一郎)と民主党が合流したときとまったく変わらないリプライなのであるから、三年も経たないうちに、このふたつの政党は再分離するだろう。賭けてもいい。

んー、でも何を賭ければいいのか皆目見当がつかないんだが。続きを読む

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2016.02.12
平昌冬季オリンピック単独開催は絶望的?韓国オリンピック委員会

これに関する話題が多い。

我が宮城県は冬季オリンピック出場の強化選手が数多くいるためだろう、いわゆる、冬季種目の関係者からの情報が多い。精度の高い信頼できるものばかりである。

特にフィギアスケートが有名だけど、それ以外にもボブスレーやリュージュ、スケルトンといったソリ競技の関係者が県内に多く在住しており、そちらからの極秘情報を頂くことも多い。まあ、ここでは書いてはいけないようなものから、すでにネットやテレビのスポーツ番組なんかでも報じられたようなものまで硬軟とりまぜ玉石混合状態だが。

2018年開催が予定されている韓国の平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックであるが、どうやら予定通りの単独での開催はまず不可能との見通しから、開催権そのものの返上を含めて、なんだかの発表が近々なされるようである。

韓国国内には、競技の幾つかを日本や中国に代替開催してもらい、悪くても分散開催にこぎつければ、みたいな楽観論 ことの重大さを理解していない政治家やスポーツ関係者によるマスコミの世論誘導が支配しているというが。

どうやら、韓国オリンピック委員会はともかくとしても、こういった政治家やスポーツ関係者は、大切なことを忘れているというのか、重要なことがすっぽりと抜け落ちているようだ。

そもそも、オリンピックの開催権は、開催予定地が勝手に分散したりそれを頼んだり、あるいは代替え開催を引き受けたりできるようなものでは決してない。

開催権の返上を迫るのはあくまでも国際オリンピック委員会(IOC)だし、それを決定するのも、あるいは代替地を用意して分散開催を引き受けるのも開催地には出来ない。やはり決定権があるのはIOCだけなのだが。

ところが、これに関するIOCの動きは非常に遅く、なにかしらを渋っているのではないかとまで憶測がされているとのこと。

要するに、じゃあ、平昌に決定したのは誰なんだ?という責任のなすりつけあいがまだ終わってないからだろうということらしい。

で、そこで平昌オリンピック問題の解決策として急浮上したのは、なんと2022年開催が予定されている北京大会との交換だというのだ。

これならば韓国に対するペナルティも極めて軽微なもので済むだろうし、中国もむしろ大喜びだろう、なにせ六年後と首を長くしてまっていた自国開催が四年前倒しで実現してしまうのだから。

一番いけないのは、韓国が日本に対して分散開催、共催案を持ちかけてきて、それにのっかってしまうことだろう。

聞けば、日本の大手広告代理店は、韓国政府の要請を受けて、日本で分散開催共催を受け入れるようにと日本の国民に共催歓迎ムード作りからはじめてなんとか『韓日共催』に持ち込みたかったようなのだが、今回ばかりは、竹島や慰安婦問題で日本国内に深く強く根づいてしまった嫌韓ムードでそれも無理と判断したようだが。

わたしはね、まあ原則論を振りかざすわけでもないのだが、韓国が開催権を返上するのも、あるいは取り上げられ剥奪されるにしてもどっちでもいいが、日本との共催だけはマジ勘弁だし、2016年の冬季オリンピックはそもそも、フランスのアヌシー、ドイツのミュンヘンとの最終的な投票で韓国平昌に決まったのだから、韓国オリンピック委員会は、なにはともあれこの二国のオリンピック関係者に対して深い謝罪が必要になる。韓国なんかがしゃしゃり出てこなければ、2018 年の冬季オリンピックはフランスかドイツのどちらかですんなり開催されることになっていただろう。

この点で、韓国はこの仏独二国の当然の権利を奪った悪い国であり、愚かな国なんです。

まずはそこれを認めてからでしょうね。 
(つづく、のかな 笑)
2016.02.09
清原覚醒剤逮捕
2016.02.04
160204 ロン・バード急死について
2016.01.22
スマップ騒動についてのコメントが結構来ています。メールでもそのことに触れている方もいたりで。

わたし自身のこの事件に対する感想のようなものを述べるとものすごく長くなるし誤解を招くだけだろうから慎む。

単純に言うと、スマップのメンバーが事務所の移籍や解散だとかを真剣に考えたとは思えないということと、解散するにしても心機一転新しい事務所で活動するにしても遅すぎたののではないのか、ということなんだが。

悪意はない。

さくらおーさんたち鬼女独女の皆さん方のこの件に関するコメントは、もう怖くてここでは触れられない(笑)

しいていえば、そのさくらおーさんの妄想だそうだが、キムタクが他の四人に対して独立を思いとどまらせた一言が

キムタク『おまえら、トシちゃんみたいになりたいのか?!』

(四人全員)『いやだ!それだけは絶対にいやだ』

ただの妄想とは言い切れないリアリティを感じではしまったわたしである。
2016.01.21

リリィさんからインフォシーク(楽天)にトカナ配信の記事があったとのご報告。

http://news.infoseek.co.jp/article/tocana_42103/

惑星直列ねぇ…

今どきそんなものに天文学的な特異性を見いだせる人がいるとは思えないのだが。

まあ所詮はバカオカルト、インチキオカルトの巣窟化しているトカナの記事ですから斜め読みしてそれで終わりでいいんじゃないのかなというのがわたしの率直な感想。

にしてもさ、まあスミユキなんとかというここの代表の科学天文音痴っぷりをここで晒すのも気が引けるが、この記事、科学的、天文学的には間違いだらけなんだが。

気がつかなかったんだろう。お気の毒である。

惑星直列だとかの意味をここで懇切丁寧に教えてあげるほどの親切心は持ち合わせてはいないが、読者のために、ひとつだけ、わかりやすいダウトをあげておこう。

水星が目視で見えるのは、日の沈む夕刻と夜明け直後のほんのわずかな時間である。

五つの惑星(水星・金星・火星・木星・土星)のうち、夜明けとか夕刻、つまり太陽がまだ空(地平)より上にある時間にはっきりと見えるのは、条件がよくても金星と木星、あとは火星くらいだ。土星はむずかしいだろう。

だから、この五つのの惑星が一直線に並んでいるのを確かめようとかは思わない方がいい。夜明け前や日没直前に水星を見ようとか無駄なだけだし。

【追記】
うかつだった。JTさんからのご忠告。

『水星を目視で探すというのは太陽を目視するということ。そんなことしたら網膜が炎症になるから絶対にやめた方がいい』とのこと

大事なことを忘れていた、というか抜かしていた。

水星を裸眼で目視するなんて危険な行為は絶対にやってはいけない。

まずとりあえずインフォシークに対して警告のメールをしておきます。

では。

2016.01.16
NHKの新しい大河ドラマの『真田丸』の評判がいいみたいだ。

友人や仕事の人たちからは『久しぶりに安心してみれる時代劇』だとか『三谷幸喜のホンにしては衒いも小手先も鼻につかなくていい』みたいな好評が聞かれた。

わたしはたまたま今日土曜日の午後一時からの再放送をその友人宅で一緒に見たのだが。

なるほど、たしかに安心してみれる時代劇だし、演出も三谷脚本に振り回されることなくわかりやすい早さで作られていた。

期待していいのではないだろうか。

あまり知られてないことだが、真田幸村こと真田信繁の墓は何故か宮城県にある。

わたしも何度か墓参して墓所で手をあわせた記憶がある。

ただ最初の頃は、この真田信繁があの真田幸村だとははっきりとは認識してなかったと思う。たぶん『真田幸村の子供かなにかかな?』くらいにしか思っていなかったのだと思う。その程度の薄ぼんやりとした記憶しかないのだけれど。

まああのそれは、NHKで人形劇の『真田十勇士』をやっていたころで、おそらくはまだ小学か中学生のはずだからだ。

あとで何かで知ったことだが、真田信繁の墓は日本各地に5カ所もあるのだという。

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主演の信繁役がまたもや堺雅人ってのが引っかかる。

三谷幸喜が脚本を担当した大河ドラマといえば香取慎吾が主役の近藤勇を演じた『新撰組!』がある。

堺雅人がこのドラマで演じたのは新撰組隊長(総長)の山南敬助(やまなみ・けいすけ)。この山南敬助という人も、生まれは陸前国であり、今の宮城県である。

映画『ゴールデンスランバー』といい何故か堺雅人って宮城県ゆかりの役ばかりやってんなぁと妙な感慨はある。

あとは新撰組!つながりで『四方堂亘さんまた出てこないかな』という淡い期待をしながらみようかなと思っている。

2016.01.14

独立した記事にしました。
160114 コトノハのチカラ

2016.01.11
「昨年12月27日の放送の『ビートたけし年末超常現象SP』をやっと見ることができた」と書いたら、見るのにずいぶんと時間がかかるのですね、とか、これだけ事前情報から記事を連発した人間のくせに無責任すぎないか、みたいなご批判をいくつか頂戴した。

それはもう、すいませんと謝るが、ただ、私からすれば、自分の本来の予定を変えてまで見るような番組ではないし、何度も書いていることだけれど、番組を直に生視聴したからといって得られるようなものは何ひとつないというのもまた厳然とした事実なんです。

まあ、じゃその12月27日の夜、自分はなにをしていたかというと、数人で仕事仲間の家へ行きご飯をご馳走になり、後半は酒盛りである。いわゆる忘年会というやつ。数年前は友人であり仕事仲間のお宅だったが、四年前からは仕事仲間の家と書くしかなくなったが。

私たち3.11の被災地に住む人間が抱えている傷や痛みは早々簡単に癒されるものではない。誰もがそれを引きずり、それを隠して日々の生活に邁進している。

忘年会の最中はテレビはつけてあったし、ほぼ全員が画面に釘付けであった。

何を見ていたかはいうまでもないでしょう。もちろん、フィギュアスケート全日本。

宮城県出身の羽生結弦と本郷理華がダブル優勝できるかもしれないとその期待で見守っていた。

こういうものが、どれだけの私たち宮城県民の心の支えになると皆さんは思われるだろうか。

それにくらべて人類の滅亡の予言だとかクソみていなインチキオカルトを年末の特別番組として堂々と流すテレ朝みたいなテレビ局に付き合う義務は全然感じない。

それこそ、おまえらこそ2016年がおわったときには、2016年とともにどこかに消えやがれと毒づきたくなるのである。

ご理解いただきたい。

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160219
ロン・バード急死について 3
あれからもロン・バードに関するコメントは来ている。

まあ流石にロン・バードのことをメインの話題にしたメールは来なくなったが。

再び過去分のロン・バード関連のコメント・メールを読み直してみた。

やはり、ロン・バードの存在自体に嫌悪を示したり、ロン・バードの予言なるものに否定的なかたの意見が目につく。

というか、ロン・バードが死亡する前から、論理的な謎解きの方法で、ロン・バードの予言を言下に切り捨てていたかたが実際にいたわけで、そうなるとわたしの出番はもうないのと同じだろう。

そういうことならば良いことだと納得して、わたしとしてもこの項目を閉じるだけである。

で、わたしがロン・バードの訃報に接して感じた虚しさというものについて説明をすると、このような方々がいたのにも関わらず、陽の目を見なかったことに対するものである。

そういう意味で『惜しかった』のであり、別にロン・バードの死を悼むものではない。

このあたりを詳しく説明すると以下のようになる。

2011年3月初旬、ロン・バードは確かに日本にいたことはいたわけだし、メディア・インタビューもされていた。

しかし、ロン・バードのそのインタビューの中の発言を見るかぎり、地震という言葉も、もちろん津波という言葉も、東北も東日本という文言もなにひとつでてこないものでしかなかった。

それが、3月11日過ぎてから突然という感じで、ロン・バードは『あのインタビューのなかでわたしがいっていた困難な状況とはこの大震災のことだ』と辻褄合わせをしてきた。

で、問題はそのあとになる。

ロン・バードのこれらインタビューが実際に掲載されたのは、ロン・バードの離日から相当に日数が経ってからである。

(週刊プレイボーイのは4月4日号だから3月28日ころの[※首都圏での]発売だろう)

私たちは今現在を基点にして過去を振り返り、「あのときはああだった、こうだった…」と思い出す。なのでどうしてもそのとき起きた出来事の正確な事実を今現在のものと置き換えて記憶していることがある。

よく思い出してほしい、よく考えなおしてほしいのは、その当時、つまりロン・バードが日本にいたころは、まだ東日本大震災という名前も、もちろんそれに対応する英語もはっきりとは定まってはいなかったという事実である。

だから、ロン・バードがいくらあとから『あれは311の大震災のことだ』とかいってみても、それを東日本大震災のことだとは本人もだし誰にも言えるはずがないのである。

だから、『東日本大震災を予知して緊急来日した』とかいうのはロン・バードの嘘ではあるが、それと同時にロン・バードを取り上げた日本のメディアの嘘ということにもなるのだ。

ましてだ、あれから五年も経った今、ロン・バードのことを『東日本大震災を予知していた』との紹介つきで記事を書いたりしている連中ってなんなんだ?ということになってしまう。

だからこそなのだが、(彼らのことを)ロン・バード以上の、金目当て目的の薄汚い心性をした奴らじゃないのかと私たちはこういう連中のことを罵り断罪することになるわけだ。

中には『クソデブだとか言い方がひどすぎる』というご批判もあるのだが、それが(ブログにする)わたしに対する批判ならば受けて立つ。

しかし、金目当てとしか思えないようなこういうインチキオカルトに手を染めた腐った心性の持ち主だからこそクソデブみたいな言われ方をするわけで、このような煽情的な蔑称でロン・バードたちのことを呼ぶ人たちを誰が批判できるのであろうか。

原因はどちらにあるかだ。それはもうはっきりしているでしょう。

まず先に311を金儲けの手段にしている人たちがいることが問題なのである。続きを読む

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160213
ロン・バード急死について 2
ロン・バード死亡に関するコメントがあれから幾通も来ている。

もちろん大半は真面目にコメントされている方たちである。 

ただし、どうしたってロン・バードのあの常軌を超えた肥満と急死を結びつけた内容のものは多いわけで、そういうコメントが私のところにも来ると言うことは、皆様方が私に対してそれで何か書けよと無言の圧力を掛けてきているかのように受け止めてしまう。 

ロン・バードの死因については明確ではないが、就寝中に死亡したことが家族による書き込みで明らかにされているので、おそらくは睡眠時突然死なのだろうし、死因はまず心筋梗塞かなにやらの心臓発作か、でなければナルコプレシー(睡眠時無呼吸症候群)からの窒息死の可能性もあるのだという。

どっちにしても、ロン・バードが死んだのはあの常軌を逸した肥満が遠因であり原因ととらえた方がよさそうだ。

残酷な話ではあるが、『ロン・バードはデブだったから死んだ』これもまた正しい事実なのである。

さて、わたしの意見は後回しにするとして、常連コメンターの皆様方のロン・バードに対する評価は極めて悪く低く、それは彼が死んだとしても変わるものではない。

それはやはりロン・バードが『東日本大震災を予知して来日した』などという無理矢理な事後設定で日本のメディアで大々的に取り上げられたからだろうし、本人の責任は大きい。

が、しかしこれの本質はむしろこのようなロン・バードの発言よりも、無批判のままそのまま記事にしてしまった日本のメディアにあるのではないかと私なんかは思っている。

というか、そういう捉え方をしておかないと、これからも人類滅亡のインチキオカルト予言をテレビかなんかでくっちゃべるクソデブオカルト研究家がまたでてこないとは限らないからでもある。私はそういう危惧を抱いている。

これについては、まあ賭けてもいいね、絶対出てくるって。テレビのバラエティなんてそういう卑しい心性をしたものどもによって作られているわけだし、彼らの心性というものもまたロン・バードの肥満同様に早々簡単には改善するものではなかろう。

頂いたコメントやメールをざっと見回しただけだが、そういう論調で意見を述べられた方がどうしても目に付く。

というのも、読んでいる私もなのだけれども、これらの意見者の方々が皆ほとんどが311の被害者であり当事者であるからだろう。まあ私がそれを知っているからだということなのだが。

【追記】

その後もコメントを幾つかいただいている。

結局だが、所詮は自分の死期さえ予知できなかった自称の超能力者の予言なんか誰が本気にしますか…みたいな超辛口な意見のほうが強いわけだし説得力もある。

まあわたしも、二者択一を迫られれば、そういう意見に与する立場の人間である。

ロン・バードが仮にどんなに真摯な態度でこのような予言をもたらしたのだとしても、私たち日本人にとっては、所詮は海の向こうからやって来た、名声なのか金銭目的かはわからないがただのダメダメのクソデブの世迷言と切り捨ててもよいものになってしまうのである。

残酷な話ではあるがそれが世情というものだろう。続きを読む

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160209
清原 覚せい剤所持使用容疑で逮捕
語りたくはない話題ではあるが、意見を求めるコメントが何通も来ているし、中には勘違いされているような方からの反論みたいなもあるので。

わたしが以前『肉体改造』について批判的な意見を述べた記事の中で、清原の名前を出したことを曲げて捉えられている方がいる。

わたしが批判したのは、ただの筋肉トレーニングのことを肉体改造とほめそやすかのような記事や見出しにつけるスポーツ新聞をはじめとする、この日本のスポーツマスコミに棲息している脳なしの記者やライターであって、筋肉トレーニングや体脂肪率を下げる食餌制限に取り組むアスリートたちのことを批判したのではない。よく読んでほしい。

140822 肉体改造という言葉を使うバカマスコミ

わたしがその中で清原の名前を出したのは、マスコミのバカどもが、その肉体改造の象徴として取り上げ、事実をおおいに捻じ曲げて美化されてしまった清原のことを『スポーツマスコミの被害者である』と、あくまでもスポーツマスコミの悪事のわかりやすい例として(清原の)名前を挙げたにすぎない。

だから、いまでもわたしは清原のことをバカばっかがのさばる日本のスポーツマスコミの犠牲者であり被害者であるという言説は変えられない。

かえる必要もないでしょう。むしろこの事件があったためにわたしのかねてからの主張はまちがってなかった、正しかったことがはからずも証明されたわけだし。

もひとつあらたに付け加えるとこういうアングルもある。

テレビ局、テレビ局が作るバラエティ番組は清原の覚せい剤使用をアシストしたことになるのだ。

なにしろ、清原がこのような番組に出演して稼いだギャラは覚せい剤を買うための資金として消えたのだから。

間違いない。テレビ局は犯罪者清原の誕生を手助けしたのである。

テレビ局というものは、今では視聴率欲しさのためには不道徳なことであってもたとえ犯罪であってもやってのける、いわば重度の中毒の禁断症状に陥っている。

清原は覚せい剤中毒なのかもしれないだろうが、テレビ局自身もまた重度の『キヨハラ中毒』なのである。

そんなテレビ局が清原を批判したりできるのだろうかね。

さて、本題である。

わたしが清原の事件について語りたくはないというのは、かつて実生活で割と身近なところに覚せい剤中毒の人間がいたためである。

死んだけどね。

そのためか、わたしのこういうことへの意見はどこか(中毒患者に対して)温く甘く感じると言われたりもしたことがある。

一方、こういうブログでは麻薬中毒患者に対しても、かなり冷たく厳しいことを書いているわけで、それを論われて二枚舌だとかマキャベリストだとも批判される。

まあそのことについてならば甘んじてこのご批判をお受けします。わたしは二枚舌野郎でございます、と。

なので、これから書くことは、かつて身近に覚せい剤中毒患者がいた人間としてのわたしの立場というものには目をつぶって、ただ単に、麻薬やら覚せい剤みたいなものに敵意を抱くブロガーのいち意見に過ぎないという割り切り方をして読んでもらいたい。

清原の全面自供はまだまだ先のことだろうが、伝え聞くところによると、清原が麻薬(非覚せい剤)に手を染めたのは読売に移籍するもっと前、西武時代に遡るのだそうだ。

単純にいうと、非合法暴力組織(いわゆる暴力団)の人間は清原がまだ西武時代に接近して清原は彼らと懇意にしていたということらしい。

となると事実はどうなのだろうか。

読売ジャイアンツ(読売新聞)を悪の中枢であるかのように見立てた意見も目につくが、そういう前提で言えば、日本のスポーツマスコミは麻薬に手を出した清原に対して、ああいう、番長だとか男気だとかの肩書きで持ち上げた内容の記事を書いて私たち読者を騙す共犯だったということになるではないか。

違うのかな。わたしだけがそう思うことなのだろうか。

もし悪の中枢というものがあるとすればだが、それはただ単に読売新聞、ではない。清原を持ち上げた記事で売ろうとしたスポーツ新聞全部がだろう。そこんとこ責任逃れはしちゃいけねぇよ、お前さん方。

いただいたメールの中に、ひとりだけ、わたしが当時の記事の中で『冥府魔道』と清原をたとえたことに触れて、あれは清原が麻薬中毒だという意味で使った言葉なのか?というご質問があった。

そのご質問への直対応した答えにはならないだろうが、わたしが冥府魔道と清原を切り捨てたのは、清原について回っていた覚せい剤疑惑のことではなくて、あの不恰好に突き出た腹部に象徴される、引退後の清原の不摂生(不節制)の結果手に入れた肉体のことである。

あれこそが『肉体改造だとかなんだとかいってた人間のなれの果てなんだよ』と、そしてそれを生んだのは清原自身であるわけだが、それを咎めることもしないで見てみないふりをしたスポーツマスコミの責任でもあるのだ、その構図を冥府魔道といったつもりであった。

当然その中には、清原にまつわる疑惑について追及しなかったスポーツマスコミの無責任さを含めてのこととなるのだろうが。

(たぶん、つづきます)続きを読む

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160204
ロン・バード急死について

東日本大震災を予知していたとの触れ込みで日本でも有名になった自称霊媒師のロン・バードが、先月の1月22日に死んだことが家族によるツイートで明らかになった。

ある方からのメールでそのことを知らされたのだが、わたしとしては驚くというよりも、むしろ残念というか砂を噛むような虚しさと、なにかしら嫌なことがありそうな予感に見舞われた。

虚しさの方についてはあとで説明します。

嫌な予感というのは、これでまた日本のオカルト業界の連中の中からは生前のロン・バードと交流があったとか、あるいはロン・バードが言ってもないことをさも事実であるかのように書きまくるのが出てくるんだろうなという予想に立つものである。

というのも、彼らにはファクツ(実績)があるからだ。ファクツって末松義規みてぇなこと言っちゃうが(笑)

たとえば最近では、ブルガリアの盲目の予言者として知られていたババ・ヴァンガの名前を騙り、(彼女の言ってもない)嘘の人類滅亡の予言をテレビで披露したオカルト研究家予言研究家なんてのも出てきているではないか。
これじゃババ・ヴァンガならぬヴァカ・ババァだっちゅうのよ。(匿名希望の常連コメンター)

同じことが今度はロン・バードの名前で起きるのだろう。

つまり、死せるクソデブ予言者の予言を生きたクソデブが騙るのである。
(同上)
というか、日本のオカルト業界ってこういう死んだ予言者の名前をダシにしてウソデタラメ吹き放題になっている。

ノストラダムスから始まって、エドガー・ケイシー、ジーン・ジャクソン…全部そうだろう。

違うのはジュセリーノくらいのもので、それは単にジュセリーノが生きているからではなくて、ジュセリーノがまたしょうもないウソつき野郎で、さらに日本でこのジュセリーノの予言を紹介して自社からジュセリーノの本を出版したたま出版という出版社の社長というのが、ジュセリーノに輪をかけたようなインチキオカルトの権化だったからだ。

(つづく)続きを読む

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160128
第九惑星の悪夢

これに関する話題。
シミュレーションで推測、太陽系第9惑星存在の可能性
アストロアーツ 天文ニュース
http://www.astroarts.co.jp/news/2016/01/21planet9/index-j.shtml

この天文ニュースに関するコメントやメールを沢山頂戴している。

もっとも、常連のコメンターの方々は皆冷笑気味である。

半畳さんや伊豆人さんからのメールにあった『また二ビルとか惑星エックスだとか騒ぐ連中からのコメントがあふれるんでしょうな』はそのものズバリ的中(笑)

ほとんどのコメントがこの惑星新発見と二ビルを結びつけたようなものばかりなのだ、みんな大丈夫かぁ?(笑)

何度も書いてることだけど、二ビルなんて惑星(矮星)は、ゼカリア・シッチンという作家が書いたフィクションの中の産物でしかない。

シュメールの神話との関連すらない、ただのデタラメなのである。

問題は、何故かシッチンが死んだ後になってから、まるで何かに憑かれたかのように二ビルの実在を主張する不届きもののオカルトサイト(トカナとかだな)とかライター(呪琳陀こと白神じゅりこだろうな)が跋扈していることだろう。

あのなー、おまえら、やってることは『死人に口なし商法』なんだぞ。わかっててやってる?

しかも人類滅亡の予言だとかさ、よーく考えろ、言ってることはまるでオウム真理教と同じだろうが。馬鹿どもめが。

さて、何人かの方から、四年前のこのblogの記事の件でご質問を受けた。

(かまたは)冥王星型と書いたけど、カルテックの研究チームの発表では木星・海王星型となっています。とのこと。
アンビリバボーウソだらけ 70 [12.09.03]
それについてはなんとも言えないだろうな、今のところ。

それよりも、わたしとしては
冥王星の外側に大型の惑星があったとしても、それは非常に遠いところを周回しているか、でなければものすごく小さいか、あるいはその両方だろう
と書いていたことを注目してほしい。

今回カルテック(カリフォルニア工科大学)の研究者グループの発表した新惑星の推測そのまんまだからである。

わたしがこのブログで書いたことはそのものズバリ的中したことになるからだ(笑)

もしわたしが予言者ならば鼻高々に喧伝しまくるだろうね。ポルトガル語で(笑)

しかし、わたしは予言者ではないし、わたしが書いたこととは、当時も今も天文の世界では当たり前の常識でしかない。

で、だからこそなのだが、天文の正しい知識も持たず、社会常識も弁えもせず、まるでオナニー覚えたてのガキみたいに人類滅亡の予言だとか二ビルだとか書きまくるライターやそれを掲載しているオカルトサイトに対しては、やはりちゃんとした教育的指導というのか、きつい言い方をすれば制裁のようなものは必要なんだろうなと改めて思うところはあった。

もうね、ここで実名晒して笑いものにしてあげようかなぁ、なんてね。続きを読む

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160114
コトノハのチカラ

これはだいぶ前のことだが、当時熱心なコメント投稿者の方(いわゆるオカルト肯定派で多分女性である)とメールを交えて討論していたときのことだ。

わたしが自分の仕事のことと掛け合わせて『オカルトの人たちって、たったひとことで(否定派の)相手を黙らせたり議論を有利にできる『魔法の言葉』があると思ってませんかね?そんな便利なもの(言葉)なんてこの世にはありませんし、あったとしてもあなたには絶対に使えないでしょう…』と言った(書いた)ことがあった。

彼女からの返答ははっきりとは思い出せないが『なぜわたしには使えないと断言できるのですか?』という彼女の再反駁に対して、わたしは『それはわたしが言葉の専門家でありプロですがあなたは言葉を使うプロではないからですよ』と告げた。

それがきっかけだったのかどうかは定かではないが、それ以降彼女?からのメールやコメントはぷっつりと途絶えてしまった。

おしなべてだが、いまでもテレビなどを見る限りにおいてだが、テレビに登場するオカルト研究家という肩書きの人であるとか、ネットなんかで活動しているようなオカルトライターの中には、相手をたったひとことで説得できたり黙らせることのできる、つまり議論を優位にできるような便利な魔法の言葉があると信じていそうな連中ばかりである。

彼らにとっては、おそらくは、オカルト同士でならば有効な魔法の言葉なのかもしれないが、オカルトではない、たとえばわたしのような人間との議論ではそんなものは通用はしないし、逆にわたしのようなタチの悪い言葉遣いのプロ(笑)相手に議論をふっかけてきてもなににもならない。自らの愚かさを露呈するだけである。

言うが、いっちゃいいますけど、言葉とはオカルトの嘘を明らかにする最大最高の武器なのである。オカルト肯定派がそれを乱用すれば自らの死を招くだけなのである。

おわかりいただけるだろうか。

【追記】

まさかここでこんなことで追記をしなければならなくなるとは思わなかった。

勘違いなされているかたも多いようだが、わたしは上で自分のことを『言葉の専門家』とは自称したが、文章の専門家とは言っていない。もちろん思ってもいない。

たとえば、いまでもわたしの仕事の範疇には(広告などの)校正であるとか言い換え作業、代替ワードの提案なんかもある。

校正なんてのを、まるで人が書いた文章にケチをつけたり国語の先生よろしく赤鉛筆で添削する作業だと思い込まれている方もいるだろう。まあ、実際そういう意識で校正の作業を生業としている人もいるのだろう。

私たちがしているのはそういういわゆる『編集に付随した校正の作業』ではない。

もっと根源的な部分からの代替単語の提案だったり校正の作業がメインになる。

むしろこちらのほうがアタマは使うし、時にものすごい手間暇になることもあるし、時間も費やす。

それでもやはり誰かがやらなければならない大切な作業であることは間違いない。

ちゃんとした代理店や制作会社は自社で抱えている社員やスタッフだけではなく、わたしみたいなアウトソースの人間を使ってまでもしらみ潰し的な細かな作業を経てやっとそれでビジネスとして成立させている。でないと損をするのは自分たちだからだ。

さて、わたしは自らの感性や個人的な定義引きでスポーツ新聞やスポーツマスコミの言葉の使い方を批判しているわけではない。

そこには、日本人や日本語使用者ならば誰もが守らなければならない一大規則というものがある。それを逸脱した言葉の使い方や濫用に対しては警告を発している。

たとえば、スポーツマスコミやスポーツ新聞は、プロ野球日本ハムファイターズの大谷翔平選手に『二刀流』という肩書きを与えている、

しかし、いうまでもなく、プロ野球パシフィックリーグの試合では、先発登板しない試合に外野を守る選手には二刀流という肩書きをつけてはいけないことなのだ。

二刀流とは決闘の場や試合で二本の刀(竹刀)を両手二本持つ流派である。

大谷は同じ試合の中で投手として登板した試合は打席には立たない。それがパ・リーグ(DH制度)だからである。

だから、大谷選手がリーグ中にやっている日毎、試合ごとに投手と野手をかわりばんこに務めてるのをたとえるとすると『二足のわらじ』が正しいのである。

同様、筋肉トレーニングで筋肉の量を増やし同時に体脂肪を落とすのは『肉体改造』とは呼ばない。

そういうトレーニングを積んだアスリートに対して『肉体改造』という形容をするのは、そもそもそのアスリートに対してはものすごい失礼なことであるわけだし、そういうアホな言葉遣いに自己酔いしちゃっているスポーツ新聞の記者やスポーツマスコミ従事者は、まあ悪いが、わたしに言わせればただのバカ者か、でなければ相当な精神異常者のどちらかじゃないかと思うことがある。少なくとも、言葉でめしを食うようなプロとは呼べないのである。

その、日本語のおかしくなり加減だけれど、最近ますますひどくなってきているような気がするんですけど、あなたどう思われますか。[01.14]

【追記2】

『何故二刀流でダメなんですか?』という質問が三通ほど。

ダメでしょう。というか、この質問をして来た方々は、おそらく宮本武蔵の映画やドラマや漫画すら見たこともないし知らないのだろう。剣道の試合も見たこともないはずだ。

二刀流というのは試合(立ち合い)で二本の刀(竹刀(を両手に持つから二刀流なんです。

大谷選手の場合は、ある時は投手として先発登板してそのときは打席には立たない。彼が打席に立てるのは外野手とかDH(指名代打)とか、野手として試合に出た時だけだ。だから全然二刀流にはなってないのである。

もちろん、大谷が投手として登板した試合で打席にまったく立てないというわけではない。

ひとつは、チームがDHを放棄すること。これをやれば投手大谷は打席に立てる。

もうひとつはDH制のない試合、たとえば交流戦とかですね、そういう時ならば二刀流にはなるのかもしれないが。ああ、もっともこれは大谷だけではなくて全ての投手がそうだということだけど。

たとえば、いまヤクルトの雄平(高井雄平)なんかは打者転向する前、投手時代の打撃成績を見るとそれはもう立派な二刀流である。むしろ投手としてはイマイチだった高井雄平に打者転向を勧める声はとても多かった。で、当時のスポーツマスコミなんかは高井雄平のことを二刀流と呼んだのかというとそれが全然なのである。なのに試合ごとに投手と野手をつとめているパ・リーグの大谷には『二刀流』の称号をあたえちゃうわけ(笑)わけわからんわ。

まあ、このような質問をしてくる人たちはいわば一般人であり、剣道の規則やDHのことなんか知らなくたって問題ではない。

問題はスポーツ全般を熟知していなければならないはずのマスコミの人間が全然二刀流になってない大谷の起用方法に対して『二刀流』などと見出しにつけてしまうことだろう。

だから、わたしはひとりの野球を愛するものの責務として、このようなバカばっか、正しい言葉遣いのできない連中が巣食うスポーツマスコミを批判している。

だれが金出してまでそんな嘘だらけ間違いだらけの言葉遣いで読者をたぶらかそうとするようなスポーツ新聞なんて買うかね。
[01.17]続きを読む

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160111 ビートたけしの年末超常現象SP
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やっとという感じですが、昨年12月27日放送の『ビートたけし 年末超常現象SP』を録画したものを見ることができました。

正直、特にこれという強い印象はない。

変な既視感(デジャビュ)に見舞われたくらいだった。

つまりこれはあんずさんをはじめとする、この番組のスタジオ収録の現場に立ち会ったという方々からいただいた事前情報の内容の事実性、精度の高さの証左だろう。この方々に対して改めて御礼をしなければならない。そんな気持ちにさせられた。

さて、真っ先に取り上げなければならないのは、やはり番組の終わりの『ファティマの第三の予言』のパートだろう。

これは私の勘違いに起因するのだろうが、誤解していたことがあった。

なんとこのコーナーの締め(つまり番組おわり)がニラサワ社長の『わたしも最近知った』のひとことなのである。

あの…、それ、つまり、テレ朝とオフィストゥーワン(OTO)による、この番組はお笑いである宣言なんでしょうかね。私はそう取りましたが。

にしてもひどい編集で、これでは、番組でわざわざ現地ポルトガルのファティマまでロケに行かせた意味がまったくなくなるではなかろうか、というようないらぬ口出し、おせっかいを言いたくなる。

もうひとつ言えば、やはりニラサワ社長による『モハメッドの娘の名前がファティマである』とか『現在のキリスト教とイスラム教の関係を物語る』みたいなヘンテコ解釈の有害性である。

現在の関係もなにもないだろう。

ファティマはモハメッド(開祖ムハンマド)の娘の名前から付けられたものではない。

レコンキスタ(718〜1492)の時代に登場する伝説の女性にちなんで付けられた町の名前なのである。

ファティマの予言について語るのに、このレコンキスタのことには触れず『ファティマとはモハメッドの娘の名前』だとか言い出すニラサワという人のアタマの中は相当に異常である。でなければ彼はレコンキスタがなんであったのかをまったく知らないズブの素人かどちらかだ。

ましてや、ファティマ第三の予言について、『反キリストだ』とか『イスラム国(いわゆるIS)がどうした』と言い出すのは、まあはっきりいって相当な妄想力の持ち主と見ゆる。まあこれはいまさら言うことじゃないが。

面白い情報をいただいた。

放送のあった12月27日にニラサワ社長は自社の掲示板で書き込みをしていたという。

これである。
先ほど朝日新聞デジタル版で「IS指導者、イスラエル攻撃を予告」というニュースが入ってきました。それは今晩のテレ朝「超常特番」で「ファティマ第三の予言が現在の中東問題だ」とコメントした内容に関係してきます。

大竹氏の質問に対し、私が「最近分かったことだ」と答えたのは、先月刊行した『スペースプログラムが予言する終末へのカウントダウン』の結論として執筆したことだったからです。

これは放送後の書き込みの体裁になっている。

たとえば『大竹氏の質問〜』であるとか、放送された内容に準じたものになっているところからすると、ニラサワ社長は放送された番組を実際に見て、自分の収録での発言が大幅にカットされたことを知った上でこのような書き込みをしていることになる。

つまり、ニラサワ社長は番組の収録での『反キリストでありイスラム国』発言が放送では全面カットされたことを知り、このような書き込みをしたのだろう。

要するに、ニラサワ社長はやはり収録のときに『ファティマ第三の予言はイスラム国のこと』と発言したのは間違いないということになるし、それが局側の判断でカットされたことに不満を持っているということになる。

しかしこれでは大竹氏の質問に対しての『最近わかったことだ』という自分の受け答え自体が(番組をしめくくる)ギャグとして扱われたことに対しての精一杯の釈明にしか見えないな。

しかたない。なにしろニラサワ社長は収録の現場ではそんなこと(つまり掲示板に書いたこと)はひとことも言わなかったからだ。悪いのは順序だてて説明できなかったニラサワ社長本人にあるのというに。

というよりも、これでは『先月刊行した』とかなんとかは、あとから思いついたただの言い訳に過ぎないなと見えてしまうだけだ。

にしても往生際が悪すぎはしないか。

ニラサワ社長、IS(いわゆるイスラム国)はいままでどれだけの回数の、このような戦線布告、処刑宣告をしてきたと思っているのだろうか。知らないのだろうか。

ニラサワ社長はニュースソースとしてこの朝日デジタルの記事を持ち出してきているが、ニラサワ社長が持ち出してきたそのニュースソースはその中の最新版、つまり放送直後の段階でのものでしかない。

いくらなんでもこれではアホすぎるわ。

あのね、イスラム国はこれからも片っ端からいろんな相手にこのような戦線布告や処刑宣告をしつづけるのだよ。

だってイスラム国って、こういうことをしないと自分たちが生き延びれないことを知っているからだ。

それはもう泳ぎ続けないと死んでしまうサメみたいなものなのだ。

さらに例えるならば、ウソをつき続けないと生きてはゆけないあなたみたいなものなんですのよ、ニラサワさん。

つづく
あんずさんの指摘を受けて本文の一部を訂正した。ニラサワ社長が自分の発言がかようにズタズタに編集されたものになり反キリストもイスラム国もカットされて『ファティマはモハメッドの娘の名前』とトンチンカンな部分だけが実際されちゃったのを知ったのは私たち視聴者と同じで放送後ということなんだろうね。笑えるといえばこっちのほうが数倍笑えるシチュエーションではあるのだが…

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160110
コメント 2016年01月

15年12月度
2016.01.10
タレントのベッキーの不倫略奪愛スキャンダルに関するコメントをいただいています。自分がここで答えるようなことではないんだけれど、まあ気になるのか(笑)

ひとことでいえば、ベッキーがタレントとしてウリにしていた元気だとかポジティブだとかのイメージはただの幻影でしかないことが明らかになっちまったな、くらい。

聞けば、このベッキーさんはテレビに出だしたころ、理想の男性芸能人として勝俣州和の名前を挙げて、その理由として勝俣が家庭を大切にする人だからと答えていたという。

じゃ、ベッキーさんはゲス極川谷を家庭を大切にしない男にしてしまったわけで、これではなんのための友人関係なのか、ベッキーとしては自らの存在そのものについて最初から考え直したほうがよくはないかという批判はあるんだろうな。たぶん。

でも、『ゲスの極みベッキー』ってのはキレイにまとまりすぎて逆に笑えない。
2016.01.07
なんだろうか。このブログのことでひたすら忙しいのに気分だけは明るい。高揚感がある。時間の節約のためにロードバイクをまた乗り始めたこともあるのか。あるいは友人の娘さんが編集した『レッドゼップリン』のベスト版を聴いてその影響なのか。

レッドゼップリンのこの確信にみちみちたギターのリフを耳にしていると、今年の2016年に対する明るい展望のようなものが見えてくるのだ。

なんかむかしの渋谷陽一みたいなことを言うが(笑)

【追記】

『自転車乗りながら音楽聴くのは道路交通法違反ですよ』とのご意見。あ、すいません、自転車とレッドゼッペリンは無関係です。

逆に「『時間節約のためにバイクをロードタイプにした』と書くと、それまで別のタイプの自転車に乗っていたのを『時間節約のためにロードタイプに替えた』と読んでしまいます」とのご意見があったが、まさしくそれなんです。

いままでは折りたたみのマウンテンバイクを使っていたけれど、それを『ロードタイプの自転車に変えた』と私は書いたつもりだった。

なんでバイクをマウからロードにかえたことが時間の節約になるかというと、スピードのこともあるけれど、それよりも自転車を折りたたんで玄関中に置くのを諦めて外に置きっ放しにして、持ち運びもやめたから。そういうことです。
2016.01.06

こぶしファクトリーがレコード大賞の最優秀新人賞を取った件


ここで答えることじゃないんだけどね。

ま、普通に良かったと思ってます。

わたしこぶしファクトリーの曲はだいたい好きですし、メンバー発表になったときも、メンバーの名前と顔を知ってて合致しているのが六人もいたくらい。

ナイスガールからきたふたりもすぐに名前と顔と声ぐらいは認知できた。いいなぁ『念には念を』だとか(笑)

おじさんT-REXはあんまり好きじゃなかったけどさ。

メンバーの中で、一番気になるのは藤井梨央という名古屋出身の子だな。

四年前のスマイレージ(現アンジュルム)の二期メンバーオーディションの最終選考まで残ってた。結果は落選だったが、それでも度肝を抜くようなパフォーマンスを披露した藤井の落選を惜しむ声はスマイレージファンどころかハロプロファンにも多かったと聞く。

わたしの当時の印象は、牛乳の一気飲みだとか、審査員を困惑させるような周囲に合わせない大きなダンスだとか、ただの目立ちたがり屋、はねっかえりかと思いきや、個別インタビューをみた感じだと、とても落ち着いていて自分の考えていることを答えていた。地頭は良さそう。つんく♂との一問一答でもつんく♂の勘違いを指摘したりと相当な強者の感じも受けた。『なんかよくわからん子だな』くらいの感じ。

名古屋の子なんで栄区のあっちにでもゆくのかと思いきやハロプロの研修生として『戻ってきた』と聞いたときにはわたしも少し喜んだ。

こぶしファクトリーの最優秀新人賞ってのも、まあ、候補の面子みた感じじゃ、この中で最優秀を取れなかったら逆に悲惨でしょ、くらいなもので、果たして手放しで喜んでいいものか、ぐらいの躊躇いはあるのだが、取れたことは素直に喜ぶべきでしょう。

んー、なんか本気でこぶしファクトリーのファンでもやってみっかなとか思ってますよ。

こんな感じですが。いかがでしょうか(笑)
2016.01.05
出番を大幅に削られた白神じゅりこ(敬称略)が凹んでいるとのつぶやきをしているとの情報。

聞けば聖母マリアを意識して白い衣装にしたのだが友人にはおばけにしか見えなかったと言われたとか。たぶん自虐ネタのつもりなんでしょうが、わたしが思うにはこういう自己愛の強さが災いしてるね。どうせ白い衣装を着るなら白い割烹着を着て、出番のとき開口一番「滅亡の予言はありまーす!」と一発かませばよかったんじゃないの。一か八かの賭けだけど。

こういう不謹慎なこと書くとさくらおーさんからまた叱られそうでこわいんだけどもさ。

【追記】

そのさくらおーさんからのコメント。『不謹慎ではないですがくだらない』だそうです。
[01.07]
2016.01.05
わたしにとっての大切なこと、プライオマリーは、自分の周辺の人がみな、本当はする必要のないこういう不安の種を取り除くことであり、それは社会正義にもつながっているだろうし、すべての日本人を明るい気持ちにさせることでもある。

人類滅亡の予言があると知って明るい気持ちなれる人っているんですかね。
2016.01.03
あけましておめでとうございます。

新年初っ端からだが、相変わらず誤解されているようなことを書かれてくる方が絶えない。

わたしが思うに、ファティマの予言は人類滅亡の予言でもなんでもない。それはここで説明したとおり。

おそらくは、三人の子供たちが見たと言っていたものとはある種の共有幻覚ではあろうとは思うが、本来は実に子供らしい素朴なものだったはずである。

それをそうでなくしたのは周囲の大人たちであり、おそらくは地元のカトリック関係者によるものだろう。

そういう意味でならば、カトリック、つまりバチカンはこの子供たちが伝えたマリアからの伝言を政治利用した当事者だとはいえるのだと思う。

しかしそれとてやはりファティマの聖母出現とはあくまでもカトリックであるとかキリスト教徒たちがどう捉えるかの問題なのだ。

キリスト教徒でもなんでもない(私たちのようなごく普通の意味での)日本人がどうこういうようなものでもないだろうし、ましてやカトリックでもないキリスト教関係者でもない人間がこの聖母出現という奇跡についてあれやこれやすることが、まず不遜の行いであることぐらいはわきまえて欲しい。

人類滅亡の予言だとかなんだとか騒ぎ立てることが、わたしからするとキリスト教徒やカトリックの信者たちを愚弄することであり、つまりは馬鹿どもの仕業であり、彼らの言っていることには知性のかけらの微塵も伺えないでいるのだが。

どうだろう。ここまで言われて、日本のオカルト業界という狭い世界に棲息している人間どもはなにが反論はできまますのでしょうか。

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