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日本のテレビやネットにはオカルトがあふれています。しかし、全部インチキと嘘ばかり。
テレビ・ネットのインチキオカルト・嘘を暴いています。みなさまからの情報をお待ちしております。
かまたあきよし
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テレ朝年末超常現象SP(161219)
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170219 最悪の事態は避けたい

ときどき、今でも『ツイッターやラインはやらない(やってない)のですか?』という質問が来る。

やってないしこれからもやるつもりはありません。

やらない理由を訊かれると正直答えに困る。

まあ、面倒なんで…、くらいにいつもお茶を濁している。

メールでは本当の理由を書いて送ってる。

それは頻繁にメールをやりとりしているような方ならばわかってもらえるだろうというような安心感があるからなんだけども。

でもたまにね、とてつもない誤解をされる方もいたので、相手を選ぶというのか長いメールでもちゃんと読んでくれるような方にのみ本心は打ち明けてはいる。

さてここでわたしがツイッターやラインのようなSNSをやらない理由としてわかりやすい事件がおきている。

清水なんとかという女優が所属事務所を一方的に辞めて幸福の科学の信者として出家すると宣言したあの事件ね。

わたしはこの事件に対しては何も言いたくもないんだ。

読者の方々からはなにかしら意見のようなものを求められるんだけど、なにも言いたくはない。

勘違いされると困るのだけれども、(この件に関して)何も思っていないというのではないのだよ。

テレビの情報番組や芸能ワイドショーではこの事件で持ちきりである(らしい)。

その清水なんとかさんを知っているとか友人だとか芸能人だとか、仕事をしたことのある芸能人などがこの事件についてコメントを出していたりインタビューに答えていたりするというんだが。

それとは別に、(清水なんとかという女優とはまったく無関係なのに)この事件についてブログやSNSでなにかしらを書いている芸能人も多いという。テレビの情報番組なんかで積極的にコメントを述べている芸能人も多いとか。

こういうのを伝聞的に耳にしただけでわたしは深い絶望に襲われる。

これらの芸能人すべてがとてつもない大馬鹿にしか見えなくなるのだ。

何故かというと、彼らがネットやテレビという媒体上でしていることは幸福の科学という宗教団体の宣伝行為だからだ。

気づけよオマエラ!

同様、ブログやSNSでこの事件について語っている文化人も一般人もだ。

幸福の科学は単に宗教団体なのではない。彼らは幸福実現党という政治団体を組織している。

いまこの時期、ひとりの女優の事件について語るということが幸福実現党という政治団体の宣言行為につながることぐらい何故気付かないのだろうか。

オマエラはそこまで愚かなのかと問い詰めたくなるのだ。

もうすぐ予定されているという衆議院選挙であるが、このままだと本当に幸福実現党からは国会議員が出てしまうだろう。

そうなると幸福実現党は国会議員を擁する政党となる。その危機が迫っているのだ。

選挙区ではまず無理だが、東京や大阪といった大都市の比例区からならば出てもおかしくはないだろう。

幸福実現党(幸福の科学)からするとこんな安上がりで効果的な宣伝はあるまい。

芸能人たちが勝手にあれこれ述べて幸福の科学という宗教団体と幸福実現党という政治団体の宣伝をしてくれているのだから。

その幸福の科学、幸福実現党のお先棒担ぎを買って出ている芸能人文化人はみなアホである。

もちろんすべての民放テレビ局もだ。

これがわたしがツイッターやラインなんかのSNSはやらない理由である。

わたしはこういう頭の悪い芸能人やエセ文化人とは仲間にはなりたくない。

あいつらとは違うのですよ、わたしは。

しゃべりたくないことはしゃべらないでいたいんで。続きを読む

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170217年末超常現象SP 13
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とりあえず続けます。

ラストスパートには程遠い。嫌な予感がしている。

もう相当前、一ヶ月以上も前ということになるが、この三戸なつめを被験者にしたコーナーについて書いた時、ネタばらしの意味で、わたしは『三戸なつめがどのページを開いたかは後ろから覗けば容易(たやす)いことだ』と書いた。

洋の東西を問わず、最近のメンタリズム系のマジシャンは皆ほとんどがこの手を使っているのは知られた話である。(追記あり)

日本でいえばDaiGoがその典型というか代表選手だろうな。

もっとも、DaiGoは最近テレビでメンタリズムマジックのパフォーマンスはやらなくなった。

というか、中学生の女子相手にややこしい事をしてしまい当分の間はテレビには出られないのだろう。

そのDaiGoが一年ほど前、久々にテレビに出てメンタリズムマジックのパフォーマンスをやったときのことを書いたときも触れたことだが、そもそもメンタリズムというものがマジックの一分野である以上、それにはトリック、つまりネタはある。

だからマジック同好会出身のDaiGoのようなパフォーマーに白羽の矢が立てられて、テレビ局の垣根を越えた広告代理店主導でDaiGoのメンタリズムマジックの番組が各局でオンエアされてきた。

もうそれはどこかの局がMr.マリックを大々的にプッシュしてきたころとはかなり趣きを異にしている。そんな時代なのだな。

進化し変化したのはマジックであるわけだが、マジックを成立させているトリックの道具もまたそのころとは相当に進化してきている。

当時はまだ一般的とはいえなかった超小型無線デジタルカメラなんて、いまではどこにでもある。

嘘ではない。だって今あなたが手にしているスマホにだってついているでしょう。

動画撮影機能だけでなくて、それをWi-Fiとか携帯会社の回線を使って遠く離れた人とのテレビ電話を楽しむ機能がさ。

それと同じものがいろんなものにつけられるようになったのは、小型化と高性能化、そして製造コストダウンに伴う低価格の恩恵である。

逆に言えば、このレベルの高性能無線小型カメラはむかしからあったということ。無茶苦茶高価だったけど。

当時、そうだな20年以上前ということだが、秋葉原の雑居ビルの中にあるような専門店で、無線の小型のデジタルカメラでバッテリー付きのハイパワータイプのものがたしか100万円以上の価格がつけられててショーウインドに並べてあった記憶がある。

そんなものに手を出すのはそれこそ何かの専門家か、でなければ犯罪予備軍だけだろうが。

話を戻す。

さて、つけようと思えばだが、高性能高解像度の無線デジタルカメラなんて、指向性の強い、高性能ガンマイクの先っぽにも取り付け可能だし、それどころかテレビの出演者が収録のときに胸につけるピンマイクにもつけられる。つけられた本人もそれが音声マイクだけではなくてカメラだと気づかないくらい軽くて小さいものだからだ。

わたしはこの番組のジョー・ブロギーのコーナー(の録画)を見ててあることに気がついた。

被験者となった三戸なつめと、その直前のコーナーで、ブロギーと背中合わせになって『絵』を書かされた浜口京子の胸につけられた音声マイクが同型のもので、なにか丸いものがついていることに。

念のために番組の録画ファイルをかなり入念にチェックすると、他の出演者がつけているものとは明らかに別物なのである。江口ともみが胸につけていたものとは明らかに違う。

三戸なつめと、(その直前のコーナーでブロギーと背中合わせにして『絵』を書かされた)浜口京子が胸につけていたピンマイクはほぼ同型に見える。

これが何を意味しているのか。おわかりいただけと思う。

つづく

【追記】
江口ともみの名前を書いた時に思い出した。

数年前、江口がサイキックジョーことサイキックJを現地取材するためにアメリカへ行ったロケがあった。

いくつかあったサイキックJのネタのひとつに、別室で江口に絵を描かかせて、それをサイキックJが透視するというのがあって、江口は自分が書いた図形を別室で『透視』して書いて見せたサイキックJのマジックに本気で驚いていた。

もちろん江口ともみはサイキックJのマジックのネタは知らないのだろうし、知らないからこそ、そうやって番組の中で使われたということなんだが。

わたしはこのパフォーマンスでサイキックJが使ったトリックくらいは知っていた。

江口が絵を描いている最中、Jが飼っていた黒猫が江口にまとわりついていたのがしっかり映っていたからだ。

そうなんです。サイキックJは首輪に小型の無線カメラをつけた黒猫を江口のいる別室に送り込み、その首輪のカメラが捉えた映像を透視というか盗視したのだ。

なかには、『猫によくそんな技を仕込んだな』と思う方もいたが、猫に技を仕込んだのではない。江口が絵を書いた紙か何かに猫が好むような匂いを染み込ませてあったのだ。続きを読む

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170214年末超常現象SP 12

12

アメリカではマジシャンとして活動しているジョー・ブロギーにブレインハッキングだとかブレインハッカーの売り文句や肩書きをつけて、まるで超能力者であるかのように偽って紹介したこの番組のコーナーに関する皆さんからのメールやコメントが少しではあるが増えてきた。

概(おおむ)ねの方はご理解いただいていると実感できている。ありがたいことである。

なかには『よくわかんないし、つまらないんですけど‥』みたいなコメントも来るのですが、まあそれはそれで率直で正直な意見であるわけで、よろしいことなのではないでしょうか。

『つまらない』のは、書いているわたしも全く同感ですし(笑)

さて芥(あくた)さんからの続伸である。

芥(あくた)さんもいささか食傷気味のようで(違っていたらごめんなさいですが)二週間ほど前に『ブロギーの記事はまだつづくのですか?』とメールで尋ねてきたくらいだった。

わたしはわたしで『そのつもりです』と返事をするしかなかったけど、そのときは。

本題です。

芥(あくた)さんは『三戸なつめ嬢が又吉直樹の火花を選ぶ可能性ならば、二分の一、50パーセントどころか、ほとんど90パーセント以上だろう』と断言されている。

その90パーセントになる理由を教えられて、わたしはまったくその通りだなと芥さんの推理力に対して改めて感心させられた次第である。

さて、番組側が用意した六冊の本は以下の通りである。

又吉直樹『火花』
石原慎太郎『天才』
和田竜『村上海賊の娘』
夏目漱石『坊ちゃん』
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
池波正太郎『鬼平犯科帳』

最初に恥をさらしてしまう。

わたしも重要な事実を見落としていたひとりということになる。

『火花』と『天才』以外の四冊は文庫本だったのである。

これはさんが書いてよこしたことだ
わたしは三戸なつめ嬢のことをよく知らないのですが、又吉直樹の本を黙読している時の(本の)持ち方や、顔と本の距離なんかをみると彼女、視力はあまり良くなさそうですな。(中略)番組収録のときは(中略)裸眼ではなくてコンタクトレンズを装着していたのかも知れません。(中略)しかし、三戸なつめ嬢が文庫(四冊の中の一冊)を選ぶ可能性はゼロであると断言できるでしょう。(後略)

新刊書(の大きな活字)を読むのでさえあのサマでは、文庫の小さな活字は読めないと断言できるわけです。

三戸なつめ嬢の立場に立てば(自分が選択した本をその場で黙読させられるということが台本で決まっていたのならば選ぶのは)火花か田中角栄(石原慎太郎の『天才』)かの二冊のどちらかしかありえなかった。
ということだ。

んー、もうね、わたし、芥(あくた)さんの前では平伏モンですな。

これ以上の明快な理由付けはいらないんじゃないのか。

三戸なつめはメガネなしでも読めそうな、つまり活字が大きそうな火花か天才を選ぶしかなかった。

なぜならば、三戸なつめはメガネなしで文庫本が読めるほどの視力の持ち主ではないから。

で、収録ではケンコバことケンドーコバヤシと劇団ひとりにはさまれるようにしてひな壇に座らされていた。

これでは、三戸なつめが又吉直樹著『火花』を選ぶのは90パーセントどころかほぼ99パーセントの確率だったに違いない。

つづく

つづくんですよ、まだまだ(笑)続きを読む

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170211年末超常現象SP 11
その11

もう一ヶ月以上も前に放送されたマジック番組‥じゃないや、オカルト番組の手品のタネ明かしとか、我ながら書いてても気が乗るような作業ではないですな。

でもつづけます。

さてではリューさんがいうところの、三戸なつめにかけられた心理的な罠についてである。

この単行本六冊を使ったジョー・ブロギーの手品で、三戸なつめが被験者として選ばれることは台本上すでに決まっていた。

これはもう鉄板である。大槻教授もブログで書いているくらいなのだから、まず間違いない。

つまり、三戸なつめが(用意された六冊の中から一冊)本を選ぶことと、その本の何ページ目かを(予めイメージしていた数字に従い)開くこと、そしてそのページを黙読することまでは台本で決まっていたということになる。

逆の立場からいうと、三戸なつめがどの本を選ぶのか、そして何ページ目を開くかがわかってしまえば、さも彼女が頭にイメージした単語を読み取ったかのような超能力者のふりができるということになるわけだ。

リューさんは前の記事で書いたように、三戸なつめに又吉直樹の『火花』という本を選ばせることは簡単だろうという。

なにしろ彼女は吉本所属の芸人と、芸人作家として有名な劇団ひとりに挟まれるようにしてひな壇に座らされていたのですから。

ここで三戸なつめが又吉の本を選ばないという選択は彼女の中ではありえないことだったに違いない。

もしかすると、ケンコバあたりには(もしかするとですが)、三戸なつめがもし別の本を選んだときには『なんで又吉の小説にしないの!ボクら待ち構えてるのに‥』というような軌道修正の役割が振られていたのかもしれませんな。

三戸なつめが何ページ目を開いて黙読するかは番組収録開始時に(番組スタッフを通じて)出演者に対して『好きな数字を選ぶ』こととして伝えられていたとなっている。

さて、ここである問題が浮上してくる。

わたしもリューさんからのメールを読ませてはじめて気が付いたのだが、このマジックをまるで何事もなかったかのように成功させるためには、被験者がイメージしたという数字は、チョイスされた単行本のページ数の中にあるもの、収まった範囲内のものでなければならない。

もし被験者がイメージした数字が4桁だったら、言われたとおりに自分がイメージしたその数字のページを開こうにも開きようがない。

置かれた六冊の単行本全てだし、もちろん又吉直樹の『火花』も4桁(1000から9999)のページは存在しないからだ。

ここでほとんどのひとが気が付く。

ブロギーは(通訳を通じてだろうが)ひな壇の芸能人出演者に対してはイメージする数字に条件をつけなければならないのだ。

ちなみに、三戸なつめが黙読したページは又吉の『火花』の115ページである。
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そして単行本『火花』の本編は148pまである。

つまり、ブロギーは出演者に対して(たとえばだが)『数字の1から150のあいだのどれかひとつをイメージしてください』としなければならなくなるのだ。

しかし、このコーナーで被験者に選ばれるのが三戸なつめと決まっていたのならば、彼女ひとりにだけ1から148のどれかをチョイスさせればいいとなる。

でどうすれば三戸なつめに1から148の中から数字を選ばせることが出来るかだが、リューさんは『具体的にはわからないが、ある種の心理的な抑圧を与えれば出来る』というのだ。

そこでわたしは芥(あくた)さんにお伺いした。メールで。

芥(あくた)さんの推理である。
1

彼女に渡す番組進行用の台本にだけ1から150までと書き加える。

2

マネージャーや番組関係者を通じて、三戸なつめ嬢に『(番組)収録では、その数字を選んだ理由を尋ねるので、なるべく当たり障りのないものにするように』とサジェスチョンして、自分の誕生日だとか番組で公表可能な数字の並びにさせる。
で、調べてみたら、三戸なつめの誕生日は2月20日だった。(wikipediaによる)

これでは三戸なつめに自分の誕生日で3桁の数字を選ばせたら『220』と、又吉直樹の『火花』の単行本にはないページのページ数になるので使えないのだな。

そこで再び芥(あくた)さんにそのことを伝えると‥
母親とか兄弟姉妹がいれば家族の誕生日とかいくらでも115(というか1から150)になるような並びの三つの数字はある。そういうのは事前調査で簡単に追い込めるわけです。
とのこと。

まあ論理としてはかなり細い橋を歩くようなものでちと苦しいが、マジシャンが無作為で選ばれたかのようにして前に出てきた被験者に対して、(被験者本人にはわからないように)さも心の中をを読んだかのようなマジックを成立させるための心的誘導ならばこのようにいくらでも方法はあるのだし、さらにリューさんからの指摘である、単行本のページ数として存在する三桁の数字の中でも、148までのものを三戸なつめに予め準備させないと、このマジックはテレビ番組で放送することを前提とした収録すら危ういネタだったということはご理解いただけたはずである。

もっとも、わたしとしては、そんな心的な誘導なんてしなくとも、最初に書いたとおりで、六冊の本を予め全ページスキャンしてテキストに起こしておけば、たとえ彼女がどの本のどのページを開こうが、このブロギーのパフォーマンスがブレインハッキング(笑)などではなくて単なるマジックとして可能であるという主張を下げるつもりはないということも念押しのために付け加えておくが。

つづく
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170126年末超常現象SP
その10

他にも、ブロギーのことについて書いてきてくださった方たちは多いのだが、ブロギーのマジックのネタについて自分なりの推理を述べられてる方もいる。

なるほど、読ませていただいたものに関しては皆スジが通っており、わたしもかなり参考になった。

リューさんというかたが、ブロギーが三戸なつめを被験者に披露した『本を黙読させて頭の中に浮かんだイメージを読み取る』のトリックについてかなり精度のある推測を書かれている。

わたしはすこし前の記事で『六冊全部をあらかじめスキャンしてテキストに起こしたものを用意しておいて、(三戸なつめが)何ページを開いたかを誰かスタッフが後ろから確認して、そのページをグーグル翻訳かなにかで英訳し、中の単語を無線でブロギーに伝える』とネタバらしをした。

しかし、リューさんによると『なにもそこまでしなくとも彼女(三戸)が又吉直樹の火花を選ぶであることは決まっていたようなものだ』ということらしい。

三戸なつめがグルだとかいうのではない。ある種の心理誘導である。

三戸なつめの座っていた場所は出演芸能人が占めるひな壇の前列中央だったが、同じ前列の両端にはケンドー・コバヤシと博多大吉(又吉の先輩)という具合に吉本芸能所属の芸人が座っており、また、彼女の斜め後ろには芸人作家(実際ケンコバからひとりに対して声がかかっている)として実績のある劇団ひとりと、まるで三戸なつめを取り囲むように座っていた。

『こんな中で三戸なつめが又吉の本以外のものをチョイスできるはずがないだろう』とリューさんは書いている。

確かにその通りですね。三戸なつめだって空気を読まないバカではあるまい。

ここで自分が又吉の『火花』を選べば、それをきっかけに、ケンコバ、大吉、ひとりがそれをネタにしてなにかしら笑いのとれるトークを繰り広げてくれるに違いないということぐらいのことは思うでしょう。

さらにリューさんは『三戸なつめが何ページ目を開く』か、つまり『ブロギーの指示であらかじめイメージしていたという数字に対してもなにかしらの心理誘導がなされていた』だろうと書かれている。

ちょっとここからがすごい。すごいのはブロギーでもなければテレビスタッフでもない。

ほぼズバリの正解にたどり着いたリューさんの推理力でありブレインのチカラ(脳力)である。

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170125 年末超常現象SP
その9

みなさまからのメールを読ませていただいた。

例年に比べれば数は少ない。が、その分内容の濃いものが目立つ。

わたしの個人感的なものは個別にメールで返信をさせていただくとする。

とてもではないがここで書けるようなレベルとは言い難いからだ。

それに悪口ばかりになるしね、どうしても(笑)

この番組に関するメールを寄越したのは50人くらいか。

小さくわけても100通以下だと思う。多くはないでしょう。放送から一ヶ月経ってこの数字なんだから。

半数以上の方がジョー・ブロギーのマジックについて何かしらを述べられている。

というか、ほぼ全員が『あれはただのマジックであって超能力ではない』と正しい認識をしめされている。

まあ、ここまでネタばらしをされているのに、あえて超能力であると抗弁される方は出てこないでしょうなぁ。

芥(あくた)さんという、かなり早い段階から『ジョー・ブロギーはマジシャン、彼のパフォーマンスは全てネタのあるマジックということで説明がつく』と断言したメールを寄越された方からの続伸の中身を紹介する。要約になるが。

要するに、『ジョー・ブロギーはマジシャンとしてもかなり未熟な面を覗かせているので単なるパフォーマーと見るべきだろう』という主張をされているのである。

彼がやってることには一流のマジシャンが放つオリジナリティやアレンジメントの巧みさがまったく感じられないというのだ。

はやい話、マネージャーなのかほかにプロデュースをする人間がいて、ブロギーはその指示どおりに(ブレインハッカーを)演じているだけだろうと。

アメリカやヨーロッパのマジックの本場には、このようにマジシャンを抱えたプロダクションやマジシャンに代わって出演交渉を取り仕切るエージェントがいくつもあって、パフォーマンス(出し物)から演出まで、シナリオ一切合切を用意してあとはそれをやり切れるマジシャン探しをしているようなところもある。

そうして選ばれたのがブロギーなんだろうというのだ。

これはまあ、同じような、似たような設定の映画もあったくらいだから、わたしもそうなのかなと思わなくもない。

確かに、あの大槻教授による横紙破り的な挑発くらいならば、もっとスマートになにか別の方法でやり過ごせたはずなのだ。ここらあたりも、ブロギーの現場経験のなさを示すものと言えるのかもしれない。

そしてここからが肝心なのだが、そうやって日本にも登場したマジシャン(メンタリストを名乗ってましたが)がかつていた。

そうあのダイゴ(Dai-Go)である。

芥(あくた)さんはDai-Goとブロギーの相似が気になってしかたがないらしい。

そこはわたしにはよくは理解できないことなのだけれども。

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170117 年末超常現象SP
その8

アメリカ合衆国ニューヨーク州とバーモント州(とカナダ・ケベック州)にまたがるシャンプレーン湖の大型水棲UMA『チャンプ』については、ニューヨーク州オールバニ(Albany)在住の友人から色々と耳にしていたので、おそらくは、わたしはこの事件については比較的詳しいという人間(日本人)になるのだろう。

もっとも、私が聞き知っていることとは、ただのうわさ話であり、伝聞のそのまた伝聞でしかないので、それをそのまま書いて、自分を信じろとかは言わない。

言いたい気持ちはなくもないのだが、あえていわないでおく。

しかしながら、このチャンプ騒動の最大の問題は、今現在、この湖の近隣に住んでいる住民の協力なしでは水中UMAの映像も写真も撮影できていないという厳然とした事実をどう説明するかだろう。

まあだから、そのニューヨーク州在住の友人の言うところの『住民たちがフロッグマンを雇うとかあるいは自分たちがなにかしらの仕掛けをしてそれを撮影させているのだろう』といううわさ話にも一定の理はあるなと、そう思っています。

さて、この番組『金(予算)が無いんだろうなぁ』と思わせる箇所はいくつもある。

そしてそれを一番象徴していたのはこのチャンプに関するパートだといえよう。

いみじくも、番組終わりで大槻教授が指摘していたが、水中の未知の生物の映像を撮ろうというのにあの程度の機材では、ただの観光旅行かと勘ぐりたくなるくらいお粗末なものだった。

要するに、『おまえらはじめからこの湖にはチャンプなんてUMAは生息してないことを知っていながら、それっぽく見せるだけのものしか持っていかなかったんだろう?』とゲスの勘ぐりを入れたくなるレベルの水中撮影しかしていないのだ。

上で書いたことだが、この『チャンプ騒動』には地元住民がかなり関わっている。

番組で流された、UMAのからだの一部(足ヒレ?)だと言っているものも、深く考えると、今回のテレビ朝日撮影スタッフのカメラで撮影されたものかどうかもわかったものではない。

何故かというと彼らには前科があるからだ。

犯罪者というものは、それがバレるまでは同じ犯罪を繰り返すものでしょう。

過去何度もこの番組の映像の犯罪(ウソ)を指摘してきた私である。その私がいうのだ。

その映像の中にこれは今回の番組スタッフの手によって撮影されたものだという確実な証拠が見つからない以上、いまでもこのパート全てに対しては疑いの眼差しで見るしかないのである。

にしてもお気の毒なのはこのようなインチキオカルトの海外ロケに担ぎ出された渡辺裕之(敬称略)なのかもしれない。

何故気の毒なのかというと、過去このようなインチキオカルト番組に、このような形で関わってしまった俳優タレントのその後をみると、番組内での発言に絡め取られて不興をかう目にあわされているからだ。

例えば、やはり番組終わりで渡辺裕之は『何かはいる』と発言した。

それでいいのか?

そもそも、『(シャンプレーン湖には)何かはいる』というのは昔から皆が語っていることであり、それをUMAだとしてわざわざ取材を敢行したのでしょう、この番組。

で、その取材をした当人の番組終わりの締めの言葉が『何かはいる』では、この取材は無駄だったということになってしまうではないか。

そういうことは考えなかったのか。

もちろん、その渡辺裕之のひとことは言わされたものであり、彼にそれを言わせたのはいうまでもないがこの番組を作った人間である。渡辺裕之はただそのセリフを言わされた俳優に過ぎない。

そして、同時に、いやそれよりもそれよりも私がこの番組の構造的な欠陥というものを感じるのは、カメラに捉えられたというチャンプの体の一部(ヒレ?)だという映像を専門家に分析させたシーンがないことだ。

あんなもの、田沢湖だろうが逆に印旗沼みたいなところで撮影されたものだとしても、ちゃんとした生物の専門家に見せればそれが何であるかぐらいはわかる。

別にたいした手間ではないだろう。

なにせスタジオにはUMAの専門家がいるのだから。

そう、実吉達郎氏だ。

なのになのに、番組ではその実吉氏にはなにも尋かないし言わせないのだ。

そんなアホな話がありますか?

だからわたしはこの番組を作った製作の連中をまとめて『おまえらバカだろう』と罵る言葉だけが口をついてでてきてしまうのだが。

わたしのこの感想、お判りいただけますでしょうか。

ご理解いただけますでしょうか。

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2017.01.14
塩ラーメン

先週の日曜日のお昼どき、『何か作ってくれ』と頼まれたので、インスタントの袋麺の塩ラーメンを餡(あん)かけにして作って出したところ全員(男女四名)に好評だった。もうそれは大がつくくらいで大好評でした。

信じられないかもしれないが、皆がお代わりを(女性ふたりもだ)というくらいで。

面倒だし自分の分を食べるのが先決でもあるので、簡単に作りかたを教えてあげて各自に作らせたところ、自分たちで作った二杯目はさほどでもなかったらしく皆が首をひねっていた。

断じて言うが、わたしの料理の腕前が抜きん出ているとかそういう自慢ばなしをするつもりはない。もちろん下手ではないんですよ、下手では。

皆がイマイチだというそのインスタントラーメンのあんかけになったスープをレンゲでちょい味見して理由は簡単にわかった。

塩味がしない。塩が少ないのだ。

前々から気になってはいた。

台所の戸棚の中の、非常食としてストックしている、メーカ各社から出ている5食入りインスタントラーメンでいつも最後に残るのは塩ラーメンだった。

もうそれは日清ラ王のようなやや高価なものでもだし、サンヨー食品サッポロ一番から明星チャルメラから西友のお墨付きまで全部そうなんだな。

インスタント袋麺を醤油・味噌・塩・とんこつなどの、味ごとでの人気ランキングをとると、どうしても塩味は味噌・醤油には届かない。

下手すると、とんこつ風味に勝てないメーカの塩ラーメンの袋麺もある。

これも理由は簡単だ。塩ラーメンという名前なのに塩の味がしないからだろう。

これがたとえば辛い味を全面に押し出した辛味だとかキムチ風味のラーメン(コンビニで売ってるようなやつ)と比べればわかりやすい。

わたし個人としてはあんなものちっとも旨いとは思わないが、単純に売れ行きだけでいうのならば、辛味ラーメンは辛いものほどよく売れる。

消費者の心理からすれば、金を出して買うのならば、容器に辛いとか大辛と書かれているもののほうが確実に辛いと感じられるだろうとそっちに手が伸びるのだろう。これもまあある種の消費者満足度というものなのかもしれない。

もはや私たちはそのラーメンを、自分の舌で感じ取った味覚・感覚ではなくて、容器に書かれた文字から読み取れる情報をもとに味を感じるくらい退化してしまったのかもしれない。

言い方を換えれば、味覚そのものが視覚や聴覚・臭覚にがんじがらめに縛られているのだと思う。

さて、同じことが塩ラーメンについても当てはまる。

醤油味ラーメンは醤油(ジャン)の味がするし味噌ラーメンのスープは味噌味である。

塩ラーメンと書かれているのならばやはり塩の味がしないと消費者は満足しないものなのだ。

昨今の健康志向は全ての食品に減塩を強いている。

塩の量が少なければ少ないほど正義づらして世にはばかる。

それがいいとか悪いとか言うつもりはないのだけど、もし、それ本来の美味しさを損ねているものがこの『減塩志向』なのだとしたら、そんなものはそれこそ馬にでも食わせればいい。

わたしたちは美味しいものは美味しくなるようにして作り、そして食べ、食べさせたい。それだけなのだ。

もし塩をとりすぎたと思うんだったら、走るとか運動をして汗として体内から流し出してしまえ。

レシピ的なもの(一食分換算)

◯袋麺 塩ラーメン
なんでもいい(笑)こだわりなし

◯水700娑幣

かなり多めです。ほとんどの袋麺はカップ二杯半、つまり500佞凌紂覆湯)で作れと書いてあるので、プラス200佞目安となる。

塩(精製塩でも伯方の塩みたいな天然ニガリ塩でもなんでもいい)3〜4g

※親指人差し指中指で5つまみ程度、結構多めです。

あれば中華スープの素小さじ2〜3杯
もちろんここは化学調味料でもいい。

◯野菜 80〜100g
(もやし、あるいはタマネギ、人参、キャベツ、白菜、キクラゲのような味の強くないもの香りのしないものはいったミックスもやし、野菜ミックス)

※ピーマンや大葉青じそ、カイワレといった香りの強い野菜は不向き。ゴボウのような固いものも避けたほうが無難です。

◯片栗粉大さじ2杯と片栗粉を溶く冷水 約50cc

なにか肉類的なものが欲しい人もいるだろうが豚肉やチャーシューは向かない。

豚肉は野菜と一緒に煮るとアク取りが面倒だし、チャーシューの醤油ダレはせっかくの塩味をこわす。

この塩ラーメンに一番合うのはやはり缶詰の焼鳥(当然塩ダレ)だと思う。

予めフタを開けて湯煎するとかして温めておく。



お湯を沸かす。かなり多めである。
沸騰したお湯に野菜を入れてから塩・中華スープの素(化調)を入れて、ニンジンのような固い野菜の芯まで柔らかくなるまで中火で煮る。

コツその1

必ず味見をして、そのままスープとして飲めるくらいの味付けにする。


再び強火にして麺を投入。フライ麺は横に二つに割って(つまり麺に沿って)入れるとムラなく早く火がとおる。


餡かけの素を用意する

用意した水でよく溶いた片栗粉の中にさらにラーメンについているスープをこちらに入れる。

片栗粉を溶くのに使う容器は、計量カップのようなものよりも小さなステンレス製のボウルと、そして菜ばしを使うことをお勧めします。理由は、洗いやすいから。


3分ほどで麺がほぐれるはずだから、火力は落とさずにそのまま、円(渦巻き)を描くようにして餡かけの素を入れる。


火力はそのまま強火でふたをして30秒から1分くらい煮る。


吹きこぼれる前にとろ火にまで火力を落として、ナベ底に麺野菜あんがこびりつかないように手早くかき混ぜる。

コツその2

あんかけにするとかならず出てくるのがどうすればナベ底にこびりつかないようにするかの問題だろう。

まあ焦げ付いてこびりついても味とか問題はないはずなのだが、後の洗い物のときのことを考えると。

1
ホウロウびきやステンレスのこびりつきにくいナベを使う

2
不必要な強火にはしない

この二点が大切なんだとつくづく思った。

同居人どもの使ったあとのナベを見たときには(笑)

火加減なんだろうなぁ、やっぱり。慣れればどおってことないことなんだけど。


あとは好きなものをトッピングすればいい。

ゆで卵も合うことは合うのだが、大きさ的にはむしろ輪切りで薄切りにしないと食べにくいし、温まってない、熱の通ってない冷たいままの半切りのゆで卵を乗せただけだとなにかしら損をした気がする。
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170112 年末超常現象SP

その7

つづきである。

メールをいくつか頂戴した。んー、まぁ皆様方は概ね私が書いたことをご理解いただいているのでそのことはありがたく感じています。

中にはしょうもないのもあったけどね。

複数(2・3通)あったのは、『篠原信一本人は投げとばすとは言ってないし、もし野人が目の前に現れたら野人は柔道着は着てないので体毛を掴むと言っている』みたいな、それこそ私が前の記事で書いたことぐらいよく読めと言いたくなるようなもの。

だから、わたしは篠原信一本人の言に対してイチャモンをつけているのではなく、こういうくだらないシナリオにした制作のアホな連中のことを槍玉にしているのだが。

でなければ、『あなたこそこの番組を録画したものがあるのならばもういちど見直しなさい』というだけだ。

問題のパートで『篠原は野人相手に一本を取ると豪語した』と篠原が言ってもないことをテロップつきナレーションを付け足しているのがわかるはずだから。

わたしが『アホか』と貶したのはこのようなあさはかな捏造をしでかした作家ディレクターたちにだ。

それと、これは真面目な質問であると捉えてわたしも真面目な態度で答えさせていただくが、野人捜索隊が途中から人数を減らして捜索を続行したのは断じて隊長篠原の判断、決断ではない。

予め決まっていたことをまるでその場で篠原が決断したかのような体(てい)にしたのはただの演出に過ぎない。

当たり前でしょう。だってそこは中国であり、中国共産党が監視を強化している湖北省の山岳地帯なのだから。

なんのために中国の元警察官が同行していると思っているのだ。

もちろん、日本からきたテレビ局の取材者が申し出た行動予定から外れたマネをさせないためだ。

だから、この番組の取材班は予め届け出た行動計画からはみ出したようなことは絶対にできない。やれば取材のテープ(記録ファイルデータ)全没収は不可避だろう。

つまり、あの場での隊長篠原の決断自体がやはりシナリオで予め決められていたことだというわたしの(まあ推測に過ぎないが)書いたことのほうが事実に一番近いということ。

これでお分かりいただけたと思う。続きを読む

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