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日本のテレビやネットにはオカルトがあふれています。しかし、全部インチキと嘘ばかり。
テレビ・ネットのインチキオカルト・嘘を暴いています。みなさまからの情報をお待ちしております。
かまたあきよし
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テレ朝年末超常現象SP(161219)
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170817 架空の天体ニビル 3
トカナの記事を見て思わず大笑いしたという常連の方がいた。

その記事に出てくる(キリスト教原理主義者の)デヴィッド・ミードがいうところの『双子の太陽』という仮説のところである。
どっちかっていうとニビルは実在すると言われるより太陽が双子だといわれたほうが衝撃なんすけど
by はじめファーストさん
わたしもつられて笑った。

そうだよなぁ。もしそんな双子の太陽(の片割れ)なんてものがあるのならば、ニビルが実在するよりも、もっと重大な天文学的な意味での発見というのか仮説になるからだ。

もうニビルがどうとか言ってる場合じゃないだろう。

我々この地球に住む全人類、いや全生命にとってのドラスティック(急激)な転換を、このデヴィッド・ミードは主張していることになるのだ。気づけよー、本人。

価値観が転倒しているというのか、どうもこのデヴィッド・ミードさんにとっては、双子の太陽の存在よりもニビルが実在することのほうが重要なことのようだ。

変わった人である。こういう人はどうあつかっていいのか悩む。

さて本題です。

前の記事で触れた『惑星ニビル』の定義についてである。

ゼカリア・シッチンはシュメール語を解読したといっていたが、彼の死後、それがまるっきりデタラメであることが明らかになった。

シッチンの作品は、シュメール神話にも基づかない、ただの彼の創作に過ぎなかった。

それについて言いたいことはあるが後回しにするにしても、問題にされるべきは、やはりいまだにシッチンのこのホラ話を、まるで学説かのように扱っている者どもが絶えないことだろう。

特に、シッチンがアゼルバイジャン[註]出身であることを、まるで彼がシュメール語・シュメール神話研究の正統な立場にあるかのように偽っているオカルトライターとかオカルト研究者がいるとか聞くと頭が痛くなります。誰だそれは。

(つづく)

[註]アゼルバイジャンと聞くと、どうしても喜多郎のテーマ曲と石坂浩二のナレーションが印象的だった、昔のNHKの番組『シルクロード』のことを思い出す人は多いだろうし、それでアゼルバイジャンのことを中央アジアのどこかの国、地方だと思いがちだが、実は現在のアゼルバイジャンはソビエト時代に建国された人工国家(国境)でしかなく、本来の民族的な分類ではむしろヨーロッパに組み入れたほうが正しい。

国としてのアゼルバイジャンは現在トルコやイランと接したカスピ海西岸だが、その東側はカザフスタンやトルクメニスタンだから、(微妙な位置ではあるが)カザフスタンやトルクメニスタンがヨーロッパに回帰し、組み入れられたくらいだから、やはりアゼルバイジャンもアジアというよりもヨーロッパなのだ。

ごちゃごちゃ書きすぎた。わたしがなにを言いたいかお分かりか。

結論としては単純な話で、シッチンがいくらアゼルバイジャン出身だからといって、それは彼がシュメール神話やシュメール(文字)解読の専門家としての正統性があるという資格にはならないのだし、むしろまったく無関係だということを強調している。
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17.08.15 架空の天体ニビル 2

数年前に北九州在住のJTさんという進学塾の講師(物理地学)をされているかたとスカイプみたいなもので会話をしたときに『ニビルもヤハウェも惑星X[註]もこの世に存在してないのは天文学的な事実だし、なぜそうなのかの理由なら20くらいはすぐあげられるぞ』と言われた。

わたしはすぐさま『逆にいうと、それは惑星ニビルには定義がないってことになりますよね』と返信したのだが、JTさんからは『アンタ、アタマええなぁ‥、ワシ、ちっとも気がつかんかった』と言われてしまった。

ちょっと待ってくれという感じはした。

そもそも、天文学的物理学的にどうなのかはともかく、論理として存在しえない物体についてあるだとかないだとか喧々と議論することがナンセンスなのではないだろうか。

謙遜というのか照れもあって『いやー、それはロジックというのかディベートの基本でしょう』と返した記憶がある。

さて、それでウィキペディア日本語版のニビルの項目を見ると、ニビルのページなのにも関わらず、書かれているのはほとんどが惑星Xだとかプラネット12(トゥエルブ)と呼ばれていた外冥王星天体のことばかりである。

もうこの時点で、ニビルは定義できていないと言っているようなものだ。

仮にロバート・サットン・ハーリントンの名前を出して実在を前提とした物件物件についての記述をするのならば、最低でも、ニビルとは分けて別のページで書けばいいこと。

こういう無茶(ニビルと惑星Xを同一視すること)をやるから日本のオカルト(肯定論者たち)はバカにされるのである。

惑星ニビルを定義するのならば『ゼカリア・シッチンの小説に登場する架空の惑星』それだけだ。

それ以上の余計なものはいらない。

トカナのサイトに直リンするのも腹ただしいのでリリィさんという常連のかたからのメールにあったこちらのURL(アドレス)を貼り付けておく。

【悲報】皆既日食の影響で今年の9月23日に人類滅亡との情報が海外で注目される! ニビルが地球に衝突、数字の“33”が証明!
笑った箇所はいくつもある。

なんつっても、デヴィッド・ミードのことを『キリスト原理主義者』と紹介していること。

トカナのこの記事は、(つまり書いたライターは)これはオカルトじゃなくてインチキオカルトなんですよと前打ちして言い逃れしてきやがったのだ。

気弱だねぇ。だったらはじめから書かなきゃいいだけなのにね。まっ、どっちにしてもまともな内容でないことにかわりはないんだけど。

繰り返し強調しておく。

惑星ニビルには定義というものが存在しない。したがって、科学的天文学的物理的に否定される以前に、論理的に存在はしない物体である、というかそういうものでしかない。

惑星ニビルと惑星Xをごっちゃにしてさもニビルが実在する天体であるかのようなことを書くやつ、テレビ番組を作るやつは、救いようのないバカか、オカルトという病におかされた哀れな精神異常者(スキゾイドマン)か、でなければ金儲けの為に、世の中を騒がせるのが目的の、本来ならばこの世から除去されなければならない忌むべき対象でしかない。

(つづく)

[註]外冥王星天体の存在の可能性を否定できる人間はいない。わたしとJTさんが話題にして、ここでJTさんが存在しないと言っていたのはあくまでもニビルの代償的存在としてのプラネット・エックスのことだ。続きを読む

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170814 架空の天体ニビルについて

ニビルについてのお問い合わせ質問のメールがいくつか届いている。

数はそう多くはない。8月11日23時現在で9通ほど。(メールのみ)

念のためにアクセス数を確かめたら五桁になっている。なんか嫌な感じがした。

わたしも最初は『ん?』という感じがした。

「ニビル、嘘、真実」というワードで検索すると、このブログの記事がかなり上に出てくるのは事実なのだが、でも、なにかしら不思議な感じは受ける。

蜜柑夢さん、VANさん、TTさんといった、古くからの常連の方々からのご報告もかなり来ている。

どうやら、またもやトカナ発の話題らしい。

VANさんからのメールには『久々にあの嫌な感じが漂ってきてます』とあった。

あの嫌な感じというのは10年前のジュセリーノのときのこと。

『某掲示板で確認した』という常連のMont Blancさんによると『ニビルが実在していないということはすでに常識なので(中略)多くの投稿もネタとしてこの記事をとらえたものか目立つ』とのこと。

さては本題。

惑星なのかなんなのかはともかくとして、『ニビル』なんて天体は存在しない。

ニビルとは、そもそもは、アゼルバイジャン出身のゼカリア・シッチンという作家の作品に登場する架空の天体である。

シッチンはアヌンナキ伝説を勝手に解釈してある種の人類創生の神話を作ったに過ぎない。

それがキリスト教の原理主義(聖書主義)と結びつけられたりして、彼らの願望から、ニビルの実在を主張する説が一人歩きした。

たとえば、ニビルとは外冥王星惑星、(当時の名称でいうところの)惑星X(エックス)なのだと言い出す人たちも出てくる始末である。


シッチンのシュメール語の解釈がデタラメだったことはウィキペディアの他言語の版には書かれているのだが、なぜか日本語版では触れられていない。

いつも書いていることだけれども、ウィキペディアも、ことオカルトに関してはウソデタラメも目につくが、それ以上に問題なのは、こういう重要な事実を隠蔽して触れないでいる執筆者ばかりなことだろう。


天文学的な事実でいうのならば、ニビルなんて天体は存在はしていないし、公転周期が3600年だとか、超楕円形の公転軌道の惑星は太陽系内にも付近にもあるはずがない。

もしそんなものがあったら、それこそ冥王星よりも先に発見されていただろう。

バカでもわかる理屈である。それが理解できないのだからオカルトとは実に厄介な病気なんだろう。

ウィキペディアの『ニビル』の日本語版を見ると、そういったオカルトという病に侵された人たちがこの日本に相当数いることがよくわかる。

フジテレビのアンビリバボーなんていうインチキオカルト番組のことをまるで事実の傍証であるかのように扱い書き込んだりしているからだ。

(惑星ニビルの)発見者のところにロバート・サットン・ハーリントンの名前を書き入れたりしているのは、死者に対する冒涜行為である。かれらにはそれがわからないらしい。
(つづく)

アンビリバボーウソだらけ61

これ読めばアンビリバボーがどれだけのデタラメをオンエアしたのか、ウィキペディアのページに載せていいものではないことぐらいすぐにわかります。
1993年に死んだハーリントンが1997年に南半球ニュージーランドに旅立ったとか酷い冒涜行為だろう。それともニュージーランドって死後の世界のことなのね、こわくてギャグにもできんわ。
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170801 塩ラーメン その2

以前、塩ラーメンについていろいろ書いたところ、それに対するコメントやらメールを頂戴していた。

そのほとんどには、直接本人にメールで(コメントにメアドがあればだが)お礼を述べたり説明を加えたりして済んだことにしていた。あとはまあなんていうのか、あえてここで触れるようなことではない。

ただ、気になっていることがまだ少し残っているので、ここでそれを書いてしまおう。

まず誤解を解く。私は別にインスタントの塩ラーメンが(他の、しょうゆ、味噌、とんこつと比べて)大好きだというのではない。

むしろ苦手にしているんだろう。理由は(いろいろあるが一番は)つくるのが面倒だから。

「それはしょうゆも味噌もおんなじだろう」と突っ込まれそうでこわいのだが、詳しく説明するとこうなる。

もし自分ひとりだけで、自分のためだけにつくるのならば面倒もなにもないのだが、ほかに一緒に食べる人がいる場合には、その相手のことも考えて、味や麺の茹で具合まで調整しているので、それが面倒になるのが塩ラーメンだということ。

その面倒を一挙に解消するのに手っ取り早いのが、あんかけにしてしまうというインスタントの塩ラーメンの作り方だと、そういうことなんです。

あと『塩の量が多過ぎる』とか『あんかけの片栗粉は多過ぎないか?』みたいな反応がチラホラあったのが気にかかっていた。

直接、本人にメールで確認が出来たものについては、やはり私の推測どおりだった。

まず塩の量。確かに多いことは多い。だがしかし、多過ぎるということは絶対にない。

700cc(つまり袋にある作り方の、標準量の500ccに200cc)の水からはじめて、さらにあんかけ用のが50〜100cc、つまり750〜800ccの水に対して塩3グラムだから、多すぎるということはないのであるが。

考えられるのは
|羃撻后璽廚留味が強いか入れすぎ
⊃道愎雄垢兄愧羯悗了伊椹悗任弔泙瓩覬の量が多い
L邵擇領未少ないとか入れていない
この三つだろう。

特に、先に茹でる野菜は100グラムは必要で、野菜100グラムというとピンとこないかも知れないが、モヤシに換算すると、コンビニで一袋50円前後で売られているモヤシは200グラムはある。あの半分くらいは入れろと書いたのだが。伝わらなかったか。

次が片栗粉なんだけど、大さじ2杯は絶対に多くはありません、むしろ少なめだろう。

メールで確認が取れたものだけでいうと、多過ぎるとメールなんかでいって寄越した方、皆ほとんどが、片栗粉を山盛りで大さじ2杯入れていた。

そりゃ多過ぎるって。普通『大さじで』という場合は、大さじ(すりきりで)◯杯、に決まってるでしょうに。料理のレシピの基本だっつうのよ。あれかな、ネットのク◯クパ◯ドみたいなサイトを見ながら料理を作ってる人でもこういう基本的な部分での勘違いや無知に気づかずにいる人は多いのかな。

それよりもなによりも、私が気になっていることとは、わたしがこのブログで塩ラーメンについて記事にした意味のほうだ。

わたしが(この『TVオカルトウソだらけ』というブログ上で)言いたいこと、伝えたいこととは、与えられた情報を鵜呑みにするなということなんだが。大げさ過ぎるか(笑)。

いやでもね、最近のテレビ、特にTBSや、朝日新聞なんかの自民党と安倍政権に対するネガティヴ・キャンペーンの愚かさを見るにつけ、世の中には、TVや新聞から与えられた情報をそのまま受け止めている人が多いことは多いこと。

そしてそれが世論を動かしたり形成している要因であるのは確かなことのようでいて、だからこそ、TBSとかテレ朝とか、朝日新聞とか共同系地方紙の愚かさというものは、我々の許容範囲を越えて、すでにレッドゾーンに振り切られているのもまた確かなことなのだ。そのことに対して私たちは警鐘を鳴らしている。

まあこれは地球温暖化問題にも言えることなんだけどね。

古舘伊知郎にとっての地球温暖化・地球環境問題のハナシじゃないけれどさ、朝日新聞やTBSは、自分たちのしていることがナチスドイツにおけるゲッペルスとおんなじであることを教えてあげたいくらいだわ。

てもやはり、ウソは百万遍唱えても、やっぱりウソでしかないのだと。続きを読む

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ノストラダムス予言詩集序文『セザールへの手紙』の重要性について

『セザールへの手紙』とは、ノストラダムス予言詩集の序文のこと。

1555年にノストラダムスが上梓した『ノストラダムス氏の予言集』(四巻まで)の序文として、生後二歳未満の息子セザールに宛てて書いたのが、この『セザールへの手紙』と呼ばれるものである。

この『セザールへの手紙』に関する(メールやコメントでの)質問も、だいたいだが、約三年で10通(+コメント)ほど頂戴しているだろう。

中には『セザールへの手紙は本物でしょうか?』という疑問をお持ちのかたもいた。

ノストラダムスが死ぬ前、つまり生前に出版された彼の著作の、その序文に対して真贋の疑念を抱くのだから、それはもう、徹底した懐疑的な立場ということになるだろう。

いや、冷やかしているのではない。こういう慎重な態度こそが、真の意味でのノストラダムス研究に求められるのかもしれないからだ。

実際に、これはりーふさん曰くなのだが『こういう(セザールへの手紙の真贋)疑惑を、いままで誰ひとり表明していなかったことは、日本におけるノストラダムス研究の土台的な欠陥を象徴しているのかもしれません』という謙虚な反応もあった。なるほど。

わたしが『セザールへの手紙』の真贋についてとやかく言える立場ではないことは言うまでもない。

それこそ、専門家や研究家の意見そのままに、『本物である』と言うしか、信じるしかないということになるのだが、ひとつだけ言えることとは、この日本において、この『セザールへの手紙』の重要性を説いている(日本の)まともなノストラダムス研究家はほとんどいないということ。

そしてそれがノストラダムスの予言がオカルト業界にとっての安易な商業主義的利用を助長しているということだ。

もちろん、わたしが知る限りにおいてということだが、『セザールへの手紙』の(ノストラダムスの予言詩集全般に対する)重要性を強調しているノストラダムス研究家はノストラダムス研究室hayato氏ぐらいだ。

あと、ノストラダムス研究家ではないが、『と学会』の山本弘さんが、ノストラダムス関連の著作の中で、『セザールへの手紙』について、その重要性を述べているという。が、もしかすると、そのネタ元は全て志水一夫氏なのかもしれない。

さて、五島勉(の大予言シリーズ)以降も、大川や飛鳥、加治木、池田みたいなインチキノストラダムス解釈家たちがのさばってしまったのは、彼らがノストラダムス予言詩集の序文としての『セザールへの手紙』の存在を知らないのか、あるいは読んでいないのか(まあ原文では読めないだろうし)、とにかく、この序文の中でノストラダムス自身が述べている『予言詩の大律』というものから外れたことばかり書けたからなんだろうね。

もし彼らが『セザールへの手紙』をちゃんと読んでいれば、その内容をよくと理解していれば、『1999年に何かが起きて人類は滅亡する』みたいなことは書けなかっただろう。これは間違いない。なにしろセザールへの手紙の中で、ノストラダムスはみづからの予言詩が
et sont perpetuelles vaticinations, pour d'icy a l'annee 3797.

『そしてそれは現在から3797年(後)までの永続的な予言なのである』
と、述べているからだ。

ノストラダムスが生きていた西暦(ユリウス暦)1550年ころから『3797年』というのが、2250年後のことを指しているのか、それとも3797年後の、西暦でいえば5350年なのか。まなんにしてもそれまではノストラダムスは自分の予言詩の賞味期限(!)だと言っているようなものではないのか。

だからどうしたって、1999年が西暦の1999年だとしても、その年に起きることがカタストロフィ的な大災害であるはずがないし、まして人類滅亡に結びつくもののはずがないのだ。

それがノストラダムスの予言詩であり、その序文の『セザールへの手紙』というものなのである。

ノストラダムスの予言を信じたいとか信じるに値する根拠があるといっているそこのあなた、よかったですね。ノストラダムスは最低でも西暦3797年、つまりいまから1790年後、下手をすると、西暦5350年、つまりあと3300年くらいは人類滅亡はないと予言しているのだ。

素晴らしい。

これでノストラダムスの予言というものが、実は、明るく希望に満ちたものだということがおわかりいただけただろう。続きを読む

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TBSのオカルト番組で捏造と映像無断使用の疑い。TBS『ただいま調査中』 

TBSの心霊番組で「心霊写真」に合成の疑い 番組側は「回答を控える」
 
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170720-00010006-bfj-ent.view-000

こういうのが一番アタマにくる。オカルトの捏造ではなくて、映像の無断使用のほうが。

まあ、オカルトの捏造のほうはあれだ、このブログのタイトルそのまんま(笑)

でも、よく考えるとおそろしいはなしだぞ。何気にテレビをつけたら、番組のなかで自分が撮影した写真が出てきた、みたいなことじゃないのかこれは。

こういう個人のプライバシーや知的所有権をはなから無視して番組を作っているテレビ局に対しては、BPOレベルでの、単なる勧告や指導だけで済ませていいものか。

ちゃんとしたペナルティ(罰則)のガイドラインくらいは設けるべきでしょう。

最大、局長クラスの解職くらいの。番組制作責任者プロデューサーの免職くらいは当然という厳しいものを。

でないと、こういったテレビの不祥事はこれからも絶えることなく起きる。

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170711 ノストラダムスは『料理研究家』なのか

これはいただいた質問ではない。

このあいだ、久しぶりにウィキペディアの日本語版『ノストラダムス』を見たときに気になったところがあったのだ。

職業の欄に『医師』、『占星術師』、『詩人』の次が『料理研究家』となっていたことだ。

強い違和感があった。

いくつもあったとされているノストラダムスの職業だが、重要な順番に並べたときに、果たして『料理研究家』という肩書きは四番目にくるものなのだろうか?

しかも、これだとノストラダムス、つまりミシェル・ド・ノートルダムの最初の公式な職業である薬剤師や、薬草の採取製造販売店経営には触れていない。

さらに言えば、ノストラダムス(ペンネームだぞ)の業績を大きくひっくるめた『著述業』という職種にはしないで、いきなり『料理研究家』としている。

このことに対して、なにかしらの意図的なもの、あまりよくない企みのようなものを感じざるを得ないのだ。

ちなみに、ウィキペディアのフランス語版のノストラダムスのページを見ると、ノストラダムス(nostradamus)の所属・分類(domain)の欄には、『Astrologie 占星術師,』『medecine 医師』『herboristerie エルボリストリー 植物(薬草)販売店の三つだけが書かれている。

『料理研究家』というノストラダムスの肩書きは日本語版特有のものでしかないということだ。

たしかに(ウィキペディア日本語版にも書かれているとおりで)、ノストラダムスは(ミカエル)ノストラダムスのペンネームでジャムの本を出版している。それは事実だ。

それは『化粧品とジャム論』という本である。二部構成で、第一部が化粧品の製造方法、第二部が菓子類のレシピとなっている。

日本語版の執筆者も間違えているが、化粧品の製造方法を書いたというか書けたのは、ノストラダムスが医師だからではない。薬剤師(としての営業)資格を持っていたからだ。

もっとも、『化粧品とジャム論』という本の中で、ノストラダムスが記したその化粧品とは、今ではほとんどが毒物・劇薬扱いに指定されているものや、黒魔術もどきのものを原材料として使って作られているものばかりなのだが。

ノストラダムスが料理について書いた本とはこの『化粧品とジャム論』一冊のみである。

しかも、料理についてはその半分でしかないではないか。さらに言うならば料理といってもお菓子の類だけだ。

だから、日本語版のノストラダムスの項目の執筆者たちが、ノストラダムスの職業に『料理研究家』を付け足しているというだけでしょう。

フランス語版にはない肩書きだから『付け足し』なのだ。

ノストラダムスはフランス人であり、その著作のほとんどがフランス語で書かれたものだ。ノストラダムスの研究に必要なものはほとんどがフランス国内に残されたものである。

だから私たち日本語を使用する日本人が日本語のウィキペディアのページを立ち上げたり追加執筆する場合は、本国のものと大きく乖離するような記述は避けるべきであり、それを見つけたら速やかに削除されるべきなのではないだろうか。

繰り返す。ノストラダムスの職種の欄に料理研究家としてあるのはウィキペディアの日本語版のみである。

これは意味や意義のあることなのかと、改めて問い正したい。
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※フランス語版ウィキペディア『』より。『Domaine』に書かれている職業が『Astrologie 占星術師,』『medecine 医師』『herboristerie 薬草販売店』となってあるのがわかる。herboristerieというのはスペルをみれば一目で、herboはハーブのことだ。で『ハーブのお店』のことだとわかるはずだ。
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170707 ノストラダムス恐怖の大王の正体7~最終解答編

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このお方こそがノストラダムスの預言詩に出てくる『恐怖の大王』の正体である。

そう、日本サッカー代表の監督(ヘッドコーチ)を務めたフランス人のフィリップ・トルシエ氏(以下敬称略)である。

ではなぜフィリップ・トルシエが『恐怖の大王』なのか。

サッカーの好きな方、当時のことを覚えている方、詳しい方には説明無用だろうが。

1999年、フィリップ・トルシエが監督として率いたU20日本代表は、4月(7月ではない)にナイジェリアで行われたU19ワールドカップで決勝まで勝ち進み、決勝でスペインに負けはしたものの準優勝という快挙をなしとげた。

ちなみに、この日本代表の世界大会の準優勝は、1968年のメキシコ五輪での日本代表(当時はアマチュアのみ)の三位(銅メダル)を超える日本サッカーの最高位の結果だった。

その後、2011年の女子ワールドカップサッカーで日本代表が優勝したが、1999年のU20代表のワールドカップ準優勝は今でも男子サッカーの最高位である。

さて、フランス人のトルシエからすればスペインは国境で接した隣りの国である。

さらに付け加えると、この大会、日本代表は予選リーグでサッカーの母国イングランドを抑え、トーナメントではポルトガルを破っている。

イングランドとポルトガルは国境は接してはいないがフランスにとっては古くから因縁の深い隣国である。

再び10巻72章
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二行目に出てくるD'effrayeurには『周囲をハラハラさせる』という意味もあるらしい。まさにこのとき日本代表を率いたフィリップ・トルシエは近隣国のサッカー関係にとっては『恐怖の大王』だったはずだ。

しかもその二行目にはトルシエの名前が出ている。

『Du ciel ~ド・シエル』が『トルシエ』のアナグラム[註]であることは明らかだ。

後半の三行目と四行目もまたトルシエについてのものだ。

ウィキペディアにも記載があるが、トルシエはサッカー選手としてはさほどの結果は残していない。

彼のプロ選手としてのキャリアハイはフランスリーグ二部止まりなのだが、所属はなんとアングレムである。

そう、あのフランソア大王が統治していたアングレムである。

これは単なる偶然と言えるだろうか。

トルシエのポジションはディフェンダー。試合によってはキャプテンマークを付けるくらいの中心選手であった。

『アンゴルモアの大王』とは、アングレムの(グラウンドでの)王様(キャプテン)を暗喩したものだろう。

つまり『アンゴルモアの大王を蘇らせる』というのは、おそらくトルシエの選手時代の経験が蘇るということだろう。

1999年のこの大会のあとということだが、トルシエは夏期長期休暇を取り帰仏している。交通手段はもちろん飛行機。

もうおわかりですね。『1999年の7の月に空から恐怖の大王が来る』というのは『恐怖の大王トルシエが夏にフランスに帰ってくる、飛行機で』ということなのである。

それで1999年当時はわからなかった三行目四行目である。

トルシエは2000年のシドニー五輪のあとに、このオリンピック世代の選手の何人かをA代表に加えた新チームを編成した。

そのとき浮上したのが、世界大会だとどうしてもフィジカル的に劣勢になるディフェンス陣の立て直し策で、トルシエはフラットスリーと呼ばれる、三人のディフェンダーをほぼ一列ラインに並べて最終ラインをコントロールして(オフサイドトラップを多用し)対戦相手の攻撃陣が攻めにくくする戦術を導入した。

これは現役時代ディフェンダーだったトルシエだからこそであろう。

もうおわかりですね(リピート)。

そう、三行目の『アンゴルモアの大王を蘇えらせる』は、トルシエは自分の選手時代の経験を踏まえた策を日本代表チームに授ける』ということなのだ。

それは四行目で詳しく描写されている。

つまり(ディフェンスのラインを)前後にすることによって統治(コントロール)する、と。

マルスは火星ともローマ神話の戦いの神とも戦いそのものともとれるが、マルスは英語のMARCH マーチの語源(同源)であるから、3月の『三』と『軍神』から、『三人の守備』の暗喩(メタファー)と捉えることができる。

つまり、四行目は『フラットスリーを使ってラインを前後を動かせば戦いは有利になるだろう』というサッカー戦術だったのである。

恐るべしノストラダムス。サッカーが誕生する何百年も前にこのことを見抜いていたのだから。

整理する。

この預言詩は

1999年、U19世界大会で日本の活躍するが、監督はフランス人であること。彼が夏に飛行機でフランスに帰ってくる。彼は新しい日本代表チームに、自分の選手時代の体験から、ディフェンダー三人を一列に並べる戦術を導入する。日本代表はこのラインを前後を動かす守備策で上手く乗り切るだろう。ということなのだ。


いかがだろう?

火星人の襲来?核戦争?ベスビオ火山の噴火?そんなことをほざいていたノストラダムス預言解釈家の持ち出していた説よりもずっと事実に則った解読であることはご納得いただけたと思う。
※謹告

『恐怖の大王=トルシエ説』はこのブログ『TVオカルトウソだらけ』固有のものであり、すなわち知的財産とみなされるべきものですので、マスコミその他による商的利用は全面的に禁止します。また、いかなるキュレーションサイト(まとめサイト)への転載、全面的使用あるいは部分使用に関わらず二次的な使用も全面的に禁止します。



[註]『アナグラムになってないですよ』とのご指摘があった。ありがとうございます。わかっててわざとやってるんです。目的が予言解釈者をバカにすることなんで、ええ。続きを読む

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170706 ノストラダムス 恐怖の大王の正体6

ウィキペディアには、そういう預言解釈家たちの持ち出す様々な『恐怖の大王の正体に関する説』とは別に、はじめからパロディとして、つまりお笑いとして『恐怖の大王はこれのことだ』というこじつけがこれでもかとばかりに列記されている。

こういうのもかなり昔からラジオや青少年向け雑誌なんかの投稿ページでネタとして取り上げられていて、わたしも、ものによっては笑ったり感心したのもあった。

しかし、やはりこうまでずらずら並べられると逆につまらなくなるのは避けられないことなのだろうか。

どうしても理に落ちるというのか、どこか飛び方にチカラのないものばかりになるからだ。

悪いことじゃないんですよ、ただ、たとえは悪いが、学生なんかの素人落語家たちの大喜利を見せられたときの後半のグダグダような辛さは免がれてないというだけで。

さて本題。

まずはそのノストラダムス預言詩第10巻72章
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さまざまな日本語訳がある。つまり、定訳のようなものは(ありえ)ないので、その時点でもうすでに訳とはいえず、どれも解釈の領域にはみ出たような意訳とか解釈訳としか言いようのないものだらけになるのだ。

ウィキペディアではこの日本語訳が採用されていた。
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わたしがこの訳に対してケチをつけることは出来ないのだけれども、問題点をひとつ挙げておくと、三行目と四行目をつなげた訳はやはり『意訳』であり『解釈』でしかない、ということか。

一行目と二行目をつながったひとつのフレーズとみなすひとは、どうして同等、三行目と四行目をつないだ訳にしてしまうようだ。

これは日本だけじゃなくて英語もそうだし、フランス語から他の言語に訳したひとの共通した傾向である。

わたしなんざもう研究家でもないわけだし翻訳家でもないので、このノストラダムスの預言詩の訳としてもっともふさわしいのは、ただ単にことばを順番に並べただけのものなんじゃないかと思うことがある。こんな感じ。
年は1999 七の月

空に 顔出す 大王 おそろしや

よみがえる 大王 アンゴルモア

前と後ろ いくさ星 治めて 良い時代

手毬唄みたいな風情があっていいとおもうんですが、いかがでしょう。

マジメなはなしに戻すが、ノストラダムスが預言詩にしたものとは、フランス人、フランス王室やフランス国内の出来事、戦争や災害、疫病の流行などだ。どんなに頑張ってもキリスト教会だとか当時の欧州とその近隣のことだけである。

ノストラダムスがアジアだとか、ましてや日本や日本人についての預言詩を書くどころか思いつくはずはない。

重要な事実として触れておくが、当時の欧州の人間にはアジアといえばエーゲ海からトルコ(小アジア)あたりが限界で、そこから先、向こう側がどうなっているかなんてほとんど誰も知らず、というか興味を持っていなかった。

ノストラダムスのような知識人でも獲得できた世界観の限界もまたそのあたりでしかなかった時代なのである。

したがって、彼の預言詩に出てくる恐怖の大王もまた(可能性からいえば)まあフランス人をはみ出ることは考えにくい。

そういうことで、わたしがここで恐怖の大王の正体とし解き明かすのもフランス人である。有名なフランス人である。日本人ならば誰でも知っている。

この人である。
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