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ジュセリーノ予言の真実 080605
メールの公開 その1

マルボロさんという方からメールで相談を受けた。

マルボロさんはウィキペディアの「ジュセリーノ・ダ・ルース」の項目を執筆しているひとりである。

現在ウィキペディアではジュセリーノの「2006年の年間予言」をどうするかで議論の真っ最中なのだという。

それで自分も無理して(註)「ノート」の部分を見てみたのだが、確かにその旨のことが書いてある。「ソースがないもの提示できないものは削除した方がいいのではないか」というようなことを主張している人がいるのだ。

これについては相当考えたのだが、自分の立場というものを越えて、あえて「中立」というスタンスに立っての「自分の意見」というものをマルボロさん宛てに送ったのだが、その後マルボロさんから、「送ったメールを全文こちらでも公開してはくれないか」と依頼が来た。「その方がフェアだと思う」というのだが。

それでここでそのときマルボロさんに送ったメールの全文を公開する。※但し、プライバシーに関する個所(極小なエリア情報)は削除した。
その1

メールありがとうございます。そもそも自分は「ジュセリーノ」という予言者を名乗る人間のことを「本物」だとは思っていません。「ジュセリーノという予言者」のことを否定している立場の人間ですので、そちらの執筆の方々とは立場を異としている、そのことは私のブログでも明言させていただきました。したがってこれから自分が述べるのは、もし自分が皆様方と同じ「中立の立場だったら」という仮定での意見ということになります。

「2006年の年間の予言」についてですが、これは以前触れた通りで「ジュセリーノが2005年の暮れ」に公表してブラジルの当時の公式HPにあった「本当の予言」です。2005年の暮れ(12月だと言われている)公表ですからいわゆる「事前公開の予言」扱いでかまわないということです。しかし現在ではジュセリーノのHPからもそのオリジナルの文面は削除されており、それをそのまま見ることは出来なくなったようです。(NSさんというブラジル人の方からの情報)

ただしジュセリーノが「登記した書類としてある」といっているその書類の画像そのものは自分も目にしたことはありません。おそらくはそんなもの自体が存在しないのではないでしょうか。

ウィキペディアで採用されている「日本語訳」というものについても、NSさんやJさんといったブラジル人・あるいはブラジル・ポルトガル語のネイティヴな方々のいうことでは「大きな間違いはない」と言っていたので、その訳上訳下に関する問題もないと思われます。

あくまでも「大意の上で」ということにはなりますが。わたくしもあとでその部分を辞書を片手に翻訳に挑戦をしてみたのですがこれといって大きな問題(日本語としてみた場合)は発見されませんでした。

以下の手段でならばこの予言というものが「真一性のあるジュセリーノ自身によるものだ」と証明することは可能です。

ブラジルで出版された「O HOMMEM A FRENTE DAS PROFECIAS」という本の中にはそのほとんどが掲載されているという事実があるということ。(一覧表のようなものではありません)あるいはHPで公表されていながらその後に削除された個所を丸写しにしたものならば今でもブラジルの複数のサイトやブログで散見されているという事実です。

ただし、それらを仔細に眺めると、先行して公表されたものとは若干の相違点というものはあるのも事実のようです。それがいかなる事情によってのものなのかというその理由ははっきりとはしません。

これはNSさんの推測になりますが、多分最初のバージョンの公表後、ジュセリーノが「自分の公表したものでは全て当りにはならない」と危惧してその時点(2006年の8月だと言われている)で以降の月別の予言というものを書き替えたからではないかとのことです。ジュセリーノは2007年の年間の予言についてもまったく同じようなことをやっているからです。

しかし、前述したとおりで「O HOMMEM A FRENTE DAS PROFECIAS」という本からの抜粋である(ということが)書かれているものについていうのであれば、それは間違いなく「事前公開」のものということですし、それはジュセリーノの日本のHPであることを謳っていた「オリハルネット」というサイトに丸写しされていた「2006年の年間の予言」と見比べることで、その真一性というものは証明されることになります。

このブログを開始した当時は(訳の酷さなどについて)ボロクソに叩いて批判していたこの「オリハルネット (http://oriharu.net/jucelino/home.htm)」ですが、まさかこのような形でジュセリーノの予言の当らなさを証明するその材料となってくれるとは、まさしくもって皮肉なものです。
※【上記の理由によって削除します】
では。
【註】「訳上と訳下」というのは聞きなれない言葉だろうが、訳上というのは「一度外国語に翻訳したものを再び原語に再翻訳すること」である。辞書には載っていないしぐぐってみてもこれといって出てこないので最近使われるようになった業界用語か造語だと思われる)むしろ「ダウンロード」と「アップロード」と言い換えたほうが理解はしやすいのではないか。
【註】HOMMEMは間違い、というかポルトガル語ではない。ポルトガル語で正しくは HOMEMである。あまりにも多いのでそのままにしている。ご容赦願いたい。そもそもがメールですんで。
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