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ジュセリーノ予言の真実 090226
「ジュセリーノの予言」という本について4

例として持ち出すのは不適切かもしれないが、同じソフトバンククリエイティヴから発売された『未来予知ノート』には、ジュセリーノに対するインタビューの章がある。

ブラジルの雑誌の為のインタビューが転載されたものと日本で独自に企画されたインタビューのふたつである。

このふたつのインタビューを読みくらべると実に興味深いものがある。

端的に言うのなら、ブラジルのインタビューは、非常にコンパクトでありながら、ジュセリーノの予言の本質部分に迫るのに対して、日本人?がしたインタビューは断片的、散発的で、隔靴掻痒というのか、『だから?』とツッコミを入れたくなるような、読んでてイライラするものばかりだったりする。

ブラジルの雑誌のインタビューはこんな感じではじまる。
――予知夢を見ているときの感覚はどのようなものですか?

ジュセリーノ 大きな出来事や大惨事の予知夢は、見ているときはとても自然です。わたし自身が、現場の近くにいて事件を目の当たりにしているように感じられます。すべて明確で立体的です。

《P152 ブラジルの雑誌『レベラソン』のインタビュー(二〇〇七年二月)より》
一方、日本人?のインタビューの始まりはこうだ。
国際関係

――ブッシュの次にアメリカ大統領になるのは?

ジュセリーノ アル・ゴア氏です。
「それだけかよ!」とツッコミを入れたくなるでしょ(笑)

これは単純に言語の壁だとか、そういうことではないと思う。

自分は、これは取材(インタビュー)する側の意識の差だと思っている。

どうしてこのような(レベルの低い)インタビューになってしまうのだろうか。

その原因を考えた場合に浮上してくるのが、ひとつは事前の申し渡しというか、前もってジュセリーノ(でも誰にでもということだが)に対して「どのようなインタビューにするつもりなのか、なんの目的でインタビューを行うのか」というインフォームド・コンセンサスが取れているかどうかだろう。

要するに、悪く言ってしまうと、日本のインタビュアーはジュセリーノにはじめから舐められているのだ。その可能性は高いのではないか。

話を戻す。

この『ジュセリーノの予言』という本の制作においては、当然のごとく、何度かはジュセリーノに対して独自インタビューというものが行われていなければならない。

(テレビ番組内でのジュセリーノの発言とは相当に違っているからだ)

そうでないと、この本の内容全てが、ジュセリーノの現実の発言を基にしていない、ただの「創作物」ということもなりかねない。

ジュセリーノのインタビューというものが掲載されていないとすれば…

出てくる疑いは、やはりどうしても「ロクなインタビューじゃなかったからではないのか」だし、

「(本当は)独自インタビューなど一度もされていないからではないのか」だ。

過去のインタビューをかき集めて、それらをもとにしてこのようなジュセリーノの言葉というものをでっちあげたのではないか、そういう疑いである。(つづく)

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