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ジュセリーノ予言の真実 091001
ジュセリーノ予言否定本は出しません

何度も同じようなことばかり書いているが、私はジュセリーノに関する本を出そうとは思っていない。

一番大きな理由は前も書いたとおりで「面倒くさい」からだ。

というか、このことについてはもう少し詳しい説明をしておいたほうがいいのかもしれない。

そもそも、自分は「本を出す」ということに対してはさほど特別な意義を感じていない人間ではある。

実をいえば、過去何冊かの本の出版においてはライター(著者)として参画もしているし、本の編集作業も実際に経験してきている。本を出すということの大変さぐらいは体験として持っている人間である。

しかし、本の出版という形で読者に伝えるなにか大切なものがあるのならば、本を作る、出すということに意義はある。そうも思っている。

その意義というものに添うのであれば、出版という作業がどんなに困難であっても、それに従事するのはいとわないつもりである。それこそ実入りが限りなく皆無に近いものであったとしてもだ。

だが、出版を生業(なりわい)としている方々に自分と同じようなものを求めるのは酷とというものだろう。

彼らにとって大切なことは、本を作る、世に問う(出版する)だけではない。それで食えるのかもまた重要な要素だからだ。

売れるホンになるのかそうでないかの線引きもまた彼らにとっては大切な仕事のひとつなのである。

いくら自分が力んで出版する意義というものを説明したところで、その引くべき境界線というものを一方的に下げさせたり、あるいはとっぱらわせたりすることはできないだろう。

おそらく本を出すことになったとしても、ここいらの段階で協議のために相当な時間を食いそうだという予感がしている。それが「めんどくさい」のだ。

それと同時に、自分を悩ませていることがもうひとつある。

これは本屋に行ったときにいつも感じることなのだが、ここ数年、本屋に並べられている新刊本の装丁、雑誌の表紙デザインがどんどんと醜悪なものになってきている。

本屋の店頭でいかに目立つデザインにするかというのは大切なことには違いない。が、それが本(雑誌)の顔である表紙のデザインにまで大きく悪い意味で影響を及ぼしているのはとても残念なことである。

比較的大きな書店に行って、ジュセリーノ本のような予言であるとかのまとめておいてあるオカルト本のコーナーに立って、そこに並べられている数々の本の表紙を眺めたときにあなたはどんな感情を抱くであろう。想像はつく。まともな人ならば、笑うか、でなければある種の精神的な嫌悪からくる嘔吐の感情を抱くはずだ。

カンニング竹山が、だいぶ前にラジオで(自分たち芸人の心性というものについて触れて)売れるためならそれこそ舞台の上でウンコでもなんでもやると言っていたが(言うだけでなくて竹山の場合本当にやるから怖いんだよな)本屋のオカルトコーナー並べられたオカルト本の表紙をずらずらと眺めていると、その売れるためにはなんでもする芸人と同じような、ある種の執念のようなものを感じるのである。

それこそ「本を売るためなら人類滅亡の予言もします。それがいつのことなのかもハッキリ言っちゃいます」というような妄執をである。(だから「舞台の上のウンコ」とまで言うんだけど)

さて、本とは「文字(写真)を使って読み手に対して何かしらを伝えるという手段」である。しかし、それと同時に本は書籍でもあり、形を伴う商品である。

もし自分が自分が著者となる本を出すとなると、おそらくは本の装丁やら表紙デザインにまで細かく口出しをするような、出版社や編集者サイドからすると「イヤな著者」になることは間違いない。その自信はある。いや、そんな自信なんか持つなといわれるかもしれないが。

そういう(どうでもいいといわれそうな)ことをいちいち考えてしまうと「面倒くさいな」と思ってしまうのである。

決して新たに原稿を書いたり、書き改めたりする作業が「面倒だ」と思っているわけではない。

毎日原稿用紙に換算すると50枚相当の文章[註1]を書いている(打っている)自分がそんなことを言うわけない。
【註】メールであるとか、あるいは記事のリライト作業を含めてのことです。念の為。

※ 追記

自分が本を出すのをためらう第二・第三の理由として「今となってはもう必要ないだろう」とか「たとえ出すにしてもタイミングが悪すぎるだろう」ということを挙げることは出来るだろう。
 ※ 追記 その2

これも念のために書いておくとするが、自分は何も「仮定の出版依頼」に対しての「仮定のお断り」としてこれを書いているのではない。実際に自分のところには過去に二・三度ほどだが、出版社から直接ではないにしても、フリーの編集者からの「ジュセリーノの本を出しませんか?自分が売り込みます」というオファーはあったし、雑誌(ムックみたいなものだろうな)でやるジュセリーノ特集に協力してほしいという申し出はあった。そのことはここでも書きましたが。

「オマエ最初からやる気なんかないんだろう」と言われるかもしれない。まあ確かに正直言って最初からあまり乗り気ではない。

ブログでアップするのと、本のための原稿を書くというのは、いわれるとおりで別の作業には違いない。しかし、自分に求められているのはどうやら「いつもこのブログで書いているような感じの文章」らしく、それも自分を億劫にさせているひとつの要因である。


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