2012年03月08日

万博の梅は5分咲きで

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万博へ行かない?
勿論,いく。

即決の返事に彼女は笑っていた。待ってたのかな。さもしい根性を見透かされているようでへへへと一人笑い。
彼女の車で、万博へ。彼女のカードで中へ。

まったくついてるぜ!!

おまけに梅は五分咲きときた。咲ききってないし、かたまりすぎてもいない。ウグイスだって喜んでいる状況じゃない。やや年令水準の高い人達の間を縫って、おぼつかない足取りで歩く。



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この梅、ちょっと人目を引く濃さがある。毎年写真を撮っているような気がする。
いいよな、又あえたから。



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三椏の前で弁当を食べる。握り飯に卵、ウインナーと言った弁当常識に近いもの。それでも美味しかった。ちょっとくたばりかけた三椏にもっと元気になりやと声をかけながら。



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日向ぼっこ、汗をかいて、重労働をしたくらいの汗。額からしたたっている。
きもちいい。

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2012年03月03日

ひな祭りにことよせて

 妙見山の拝観道にギャラリーを自力で開店した友人がいると、以前に書いた事がある。
 その彼女が呼びかけ人になって、雛街道と称して、能勢電の妙見口から街道沿いに雛の店開きをした。
 
 まだ行ってないのはいつもの事で、出無精なのは仕方ないが、雛という言葉に刺激を受けて、私もしまっておいた雛をだしてきた。ついでにいつものことだが、チラシ寿司をつくった。
 男共は何も言わずにもくもくと食べ、御馳走さんと言って部屋にいった。

 海鮮チラシでがんばったのになとは、私の胸の中。

 昔、働いていたころ、友人の中に一刀彫で雛をつくっている父親をもっているひとがいた。何故か、女心が動いて、雛を頼んで作ってもらった。

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 それから数年たって、職場をやめるとき、みんなが贈り物をしたいといってくれた。何でもいい。私はそう応えた。わかった、任しとき。そういってもらったのが一刀彫の雛人形だった。嬉しかったけど、重なったなあとは思った。

 引越しを重ねて、その間に古いものを順に捨てたり、売ったりしていった。その中に雛も混じっていたのか、残っているのは小さいほう。これが買ったものなのか、もらったものなのか。記憶はあいまいではっきりしない。

 それでも雛を出して眺めていると、心が安らいでくるから不思議だ。



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2012年02月26日

近頃のニュースで思うこと

我が家は決して豊ではない。むしろ、貧しいほうだと自覚している。
その私が胸を痛めていることがある。

親子三人が餓死していたとか、母親が脳溢血でたおれたら、横にいた障害者の子供が飢えてしんでいたとか。目の前にお菓子もおいてあったし、冷蔵庫には食品が入っていたというのに。

哀しくて、切なくて、やりきれなかった。

昔、結婚仕立ての頃、隣のおばさんが、おかず炊きすぎたよってとか、炊き込みご飯多い目に炊いてしもてな、と言って、おおきなお鉢にいっぱい届けてもらった事がある。

その頃は共働きだったので、かえってきて、夕食の支度をするのも面倒で、ぐったりしていたりで、ろくなものを作ってなかった。

この差し入れは、ほんとにうれしかったし、ありがたかった。

長屋の付き合いは面倒なこともあったけど、けっこう楽しかった。世のなかが、発達して、我々はなくしてしまったものがあることに気がつくべきやとおもう。

隣のおじさんが杖に頼って、ふらふらしながら、月に一度の持ち回り集金にこられたとき、いややったら、ちょっと頼むと声を掛けてねと、頼みこんだ。後をひくつらさより、自分が集金に廻ったほうがらくだと思うから。でも、たのんでくれないんだな。



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2012年02月18日

雪のちらつくなか、梅見としゃれました

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雪がちらついているなか、何をとち狂ったのか、梅見と称して出かけた。
理由は簡単。万博公園が18日から梅開きをするとのこと。それなら下はもう咲いているはず。なぜか、万博よりも下(勝手に住宅地をそう呼んでいる)は2度ほど温度が高いときいていたから。梅見に出かけた日は17日。もう満開に近いのではないか。
思い込みの強い人間なんだ。元からな。

けどさ、行って見れば、蕾は確かに膨らんできてはいるが、花が開いているのは、ほんのわずか。梅道路に入ったとたんに花を二輪つけた樹にであう。
「今年の初梅だね」
ちょっと、梅の花にお世辞マガイの言葉をかける。

もう少し咲いている樹にであう。ここは先客がいて、私よりは相当身軽だと見えて樹の周りを歩いて確かめて、いいアングルを探しておいでになる。

あんなまね、できないもんな。私はここへ来るのがせいいっぱい。ぶちぶちいいながら、梅見道路をもたもたあるく。

それでも満足していた。梅の香は気持ちいいし。空気はいい。


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2012年02月05日

吹田市交響楽団の演奏会にいくと、塩麹の造り方と

楽団創立40周年記念演奏会と銘打った会場。何時になく人の熱気が感じられる。

久しぶりに「運命」などをきき、友人とのおしゃべりも楽しんで、ほこほこ気分で帰宅。

そのときに話題にあがった「塩麹」の造り方をかいておく。

これ、塩を使う時に変わりにつかうと、味がまろやかになる。さわらの塩でも、鶏肉でも、1日前から、これにつけておくと、料理の腕が上がったのではと、誰でもない、自分自身がおもう。おすすめ。

麹  200g
塩  70g
水  200〜250
これだけを混ぜて、ビンなどにいれておいて、1日に1度かきまぜて、空気をいれる。
1週間くらいでできあがる。

だけど、麹がうってないんだな。出来上がったものは売っているのだが、あれは高い。作ったほうがやすくつくし、豊かにつかえる。

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2012年02月03日

節分の家族孝行

何時から海苔巻きの丸齧りガ、始ったのだろう。

数日前から、同居人が丸齧りができるなと、まるで舌なめずりのようす。

これは作らなければ、しゃあないなと、やや諦めのモードで、2,3日前からボツボツと、材料を買いはじめてた。

今日は忘れてはならないと、高野豆腐とアナゴと胡瓜を買ってきた。朝から椎茸は水につけてあるしと、帰るなり早速、高野豆腐も水につけ、ごはんも仕掛け、準備万端。

さて、いよいよ海苔巻きを作ろうかという時に同居人が帰ってきた。
「あいつはまだか」
「そんなん、仕事やもん」
「そやな」
この会話、70過ぎた夫婦の会話にしては幼すぎるやろ。

海苔巻き買わしてくれたら、簡単やのに。心の中でぼやくこと、ぼやくこと。

それでも、卵焼きに、かにもどきに、おしんこに椎茸、高野豆腐、アナゴ、胡瓜と材料をそろえて、巻き始めると、勝手にうろうろとその辺を歩き回っておいでになる。

「あのな、じっとしとり」

「おれな、丸齧りやったら、まいにちでもええで」

ほんま、よっぽど、まき寿司に飢えたはったんかして、ようさんたべはったこと。

こういうものになると、デカのほうは少食になる。サービスのつもりで作っておいた鉄火巻きばかり食べとった。

この二人、ほんま、親子やろか。

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2012年01月26日

草間弥生展を見てきたよ

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会場前に、早くも草間ワールドが出迎えてくれている。
友人に誘われてやってきたのだが、奇妙なテレビCMに阪神電車の広告といい、何かきになる作家ではある。


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点描が好きな人なのだそうな。80数歳にしてこのバイタリティ、心の深奥に抱えきれないものを吐き出そうとして、出し切れないから書き続けている。


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かぼちゃ?かな。造詣ものがおもしろい。好きといっていいくらい。


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チューリップの家なのか、中に入った人までも、この赤いまるで埋め尽くそうとしているのか。

 ランチを食べながら、向き合う友人と喋りながら、私はこの人のことをほとんど知らなかったんだと思っていた。
 長い付き合いではあるが、深い付き合いではない。でもいろんな場面でこの人に助けてもらった事があるなあと、ぼんやりと考えていた。
 私の知らない世界の話を次から次へと喋っているその人は、かっこいい自由人にみえた。そういう思いにさせたのも、今日の草間弥生のせいかもしれない。強烈な個性の持ち主だから、見る人まで、己の世界に引きずり込んでしまうのかもしれない。


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外に出ると、青空がまぶしい。ビルが林立している。せめて美術館の周りに林くらいは作っておけよな。異空間の世界の持ち出しがすぐにきえてしまうではないか。

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2012年01月04日

新しい年は風邪引きとともに

あけましておめでとうございます。

とマア、書き出したのはいいが、新年早々というより、昨年より誰かからもらった風邪がなかなか離れてくれなくて、今頃,新年でもあるまいが、といいながら、こうして遅ればせながらの挨拶に。

風邪ひきといいながら、神仏にだけは頼ろうと、子供の車にのって初詣。それが目的もなしに宝塚方面へでたのはいいが、神社とかいてあると、山のような坂道で、それも一方方向で、これはこの車では行かれんなあとか何とか。

それでも、このときばかりは親孝行をと思ったのかどうかは知らないけれど、もう一度、同じような坂道にトライ。これも対面通行もあぶなく、あかんかあの独り言に、ええねん、車に乗ってるだけで、気が晴れてるよって、風邪も治るわ、なんて甘い言葉を投げかけて、いると、不思議な神社に到達。

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この神社、名前を知ったら驚くな、天下の八坂神社さま。おまけに手を洗う場所に人が並んでおられる。辛気臭いので、そこを飛ばして、本殿のほうにいくと、後ろで手を他のものにつけたらあかん、せっかく手を清めたのにとの声。自分の手を眺めて、たしかに汚れてるなあと感心しながら、ささやかな賽銭をほうりこみ、家族一同の健康をという厚かましいお願いをして両手ヲ打ってきた。それでも感じのいい神社で昔の村の鎮守の神様の風情があった。

皆々様、今年もどうかよろしく。幸せな年でありますように、ね。

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2011年12月26日

いよいよ今年も終わりに近く、さて来年はどんな年でありますことか

クリスマスが来ても、いつものようにケーキの群像を眺めても興がわかず、あと数日にして、今年が終わりということになっても、何故か、感慨がわかず、今年はそれくらい出来事の多い年だったのかなあと、思いにふけったり。

それでも、買物だけはしなくてはならないので、いつものスーパーにいった。

買物をもって、テーブルの前に行き、そこへどっかりと腰を下ろして、おもむろにカートに荷物をいれていく。真剣にしているわけではないので、目があちらこちらへとうごく。

母親らしき人と、女の子が二人、宿題をしている。

やってるね、君たち。人は多いけど、ここでやれば、暖かいし、かえって集中できるじゃん。と声なき声をかけて、隣を見ると、私よりは少しはわかいかな、くらいのご婦人二人が声高に喋っておいでになる。テーブルの上を見ると、ビールの缶が二本おかれていた。

あんたら、やるね。これも声なき声で応援して立ち上がる。

ここは不思議なところだなと思う。喫茶店ではない。けど、女の人が一人で読書にふけっていたり、交通整理の初老の男の人が、仕事終わりなのか、弁当広げて、ビールを飲んでいたり。

喫茶店よりずっと、人間臭く、人の気配が濃い。する事がなくなったら、ここで一日すわって、人を見ているのもわるくない。

そんな歳末情景。今年はあと、どれくらい眺められるだろうか。



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2011年12月15日

12月8日に聞きかじった話

整形外科に通っているというのは、何度もここで書いている。その日も、私はいつものように、腰と膝を暖めてもらっていた。20分動けない状況。多分、転寝をしていたとおもう。

 二人のご夫人が向かい合ってしゃべっておいでになる。

「主人はな、50人ほどの航空士を部下にもってましたんや。終戦になった時に、上の人から、お前は生きていけ。わしはたぶん駄目だと思うからっていわれたんやて」
「はあ…」

 相手の人の声はほとんどきこえてこない。

「言われたとおり、主人は死にませんでした。その人は死刑でしたけどね。だから、主人は軍人恩給はもらってないんですよ。亡くなられた方に申し訳がないというてね。だけど、今みたいに年金、年金て騒いだ張るのをみていると、もらっておいてくれたらよかったなあっておもいますのや」

 死刑って、耳だけがとんがって、身動き出来ない状態になっていた。

開戦の日に終戦の話を聞くのも、こういうところに来ているおかげかなと、どこにぶつけたらいいのかわからない切なさを胸の中に溜めこんでいた。

 書く気はなかったのだが、このときの話が胸に残って、残って、で、書いた。

 あのご婦人は、多分、私より20くらい上だろうか。90数歳ということか。聞いておかないと、誰にも知られずに終ってしまうことが沢山あるのだと、しみじみ悟っていた。



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2011年12月01日

東福寺で同窓会、ううんおしゃべり会

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父親の介護で日常を費やしている友人が、ちょっとだけ心の旅をしたいといって来阪した。それにあわせて、日頃御無沙汰ばかりの仲間が集まった。我が家の庭は東福寺よと公言している彼女の言に乗って、彼女の家を真ん中にして、ついでに東福寺の紅葉もみてやろうと決議された。京都駅へ集合し、昼食をすませ、一同揃って東福寺へと乗り込んだはよかったが、人がおおい。予想をはるかに超えてすごい。彼女の家はまさしく、東福寺の庭にあり、そこに荷物をおいて、それでもはいっていく。


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山茶花と紅葉が同居している。帰ってくる人をよけながら、紅葉をめでながら、まだ、中に入れるものだと幻想を抱いていた。女6人、うろうろするにはちょっとかさがたかい。


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臥雲橋へいこと、彼女が大声で叫ぶ。で、ぞろぞろとそちらへ向かう。橋の上からの眺めはなかなかで、彼女が説明してくれる、川のことなど聞きながら、紅葉の美しさを堪能していた。一辺行ってみるかというので、正面にいく。ここはそれこそ、ひとだらけで、我らは一同、ひな壇のごとく、階段にどっかと腰をおろし、うごかない。中に入ってみるか、と彼女が時々声をかけるが、誰もうんとはいわない。なあ、すてきな喫茶店へ案内して、と、6名揃って、東福寺にお金を落とす気はなしとみた。




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桜が咲いている。こういうものを撮りたがるのは、性格的にどこかいがんだ人間で、まさしく我がそれ。懐かしい話題に盛り上がる中、一人勝手に動き?まわっている。あんた、足速いなあといわれ、みんなより早く行って、ちょっとでも座っておきたいからと応えながら、足腰の悪い人間にしてはなかなか歩いてるぞと、自分の足にむかって、褒めてやっている。




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喫茶店にはいったら、めだかが泳いでいた。清水焼のコーヒーカップが並ぶ中、6人中、4人がレモネードを注文するんだから、まったく扱いにくい。


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彼女の家の庭、彫刻家である彼女と御主人の、美術館に売れそこなった作品がすてるがごとくおかれている。美術館の名前、聞き忘れたので、こんど、ちゃんと聞いておく。みにいかなくてはね。

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2011年11月22日

神峯山寺へ行ってきました

 友人からメールが来た。そのメールにのっかって、紅葉を見に連れて行ってと厚かましく、おねだり。

 そやな、いこか。とあっさり引き受けてもらって、高槻にある、神峯山寺へとでかけていった。

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澄み切った空に紅葉が見事に映えて、久しぶりの自然がいっぱい、胸いっぱいの心境になる。



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スケッチ仲間で訪れていられる、人生長い者たちの絵を後ろから覗いたり、それよりなにより、木を見上げすぎて首が痛くなるくらい心地よい瞬間。


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境内で食べたぜんざいの味もなかなか乙なもの。何より驚いたのが、御夫婦の男性のほう、本業が尺八奏者であることは知っていたが、趣味でジャズ演奏をやっていると聞いた。1週間に2,3回はライブをおこなっているという。すごいよね、これ。私も頑張らなくては。刺激は強いよ。

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2011年11月09日

めでたくもあり、めでたくもなし

 整形外科にかかっている。この中で20分動かずに入る場面がある。
 体をひたすらあたためてもらっているだけなのだが。こちとらにしては、ちょうどいい転寝の時間でとろとろしていると、やおらでかい声で隣のご夫人が通りかかった人と話しだした。

「あの人なあ、今いたはらへん。夜電気もついてないし」
「なんか、認知症らしいよ、おかしかったもん」

 そうかそうか、一人暮らしの人が消えたわけか。

「そうなん、私な、家で牡丹餅作ったら10個持っていってあげてるんやで。せやのにな、あの人、娘と北海道へ行ったとき、近所にはみんなお土産あったのに、うちには何にもけえへんのやよ。あのときから、おかしいとおもてたん」

 そうか、牡丹餅もろたら、お土産持っていかんとあかんのやな。こちとら、笑い出しそうになるのを何とかこらえて、一人納得。

 それから、連想して、もらった小豆があるのを思い出した。誕生日すぎたけどなあ、一丁、やりますか。

 で、もらった小豆をみんな炊いて、一部はその日の赤飯にばけた。残りは、砂糖をいれて、ぜんざいもどきができた。これでは牡丹餅10個はできない。マア半分はそのまま、あくる日に食べてもらうとして、残りを冷凍して、いつか牡丹餅にばかしてやろう。

 我が家の人間にこの話をしたら、大丈夫、任しとけ、北海道へ行ったら、土産は買ってくる。せやから、旅費、と手をだされた。

 まったく、うちの人間の優しいこと、この上なし。

 74歳になりました。憧れの後期高齢者には、あと一年、頑張らなくてはね。




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2011年10月31日

幽霊に会ったことありますか

厄介な事書きよるなと、お思いでしょうが。ほんま、わたしゃであったんです。着物すがたの女が数人?みんな足が消えているの。

 ただ、夢の中だけどね。
 このエセ心理学者、夢に出てきた理由をいろいろと考えたね。

 夏ならわかる。窓を開けているので風でも吹けば、カーテンがそよぎ、肌にふれて、お出になったかもしれない。けど、今、窓なんて開けてない。なんで幽霊なんだ。ほんま、気色わるい。

 その時読んでいた本が、原遼という、昭和どっぷりのハードボイルドタッチの作家。主人公は探偵。ジャズとウイスキーと紫煙が漂う作風にいかれていた。偶然、駅の本棚で見つけて、お持ち帰りしたというわけ。

 幽霊さん、私の横を三日にわたってお通りになり、それ以来は登場していただいてない。

 その後で、若い頃の母が出てきて、なにやかやとおしゃべりになっていた。内容は覚えてない。

 ソレカラ、数日して、あんたの行方がわからんと騒いどるで、とメールが来た。
 皆様、それぞれに住所を間違えたり、電話番号を書き損ねたりと、私の知らないところで騒ぎがおこっていたらしい。

 こちらも、友人達に近況通知をせねばと思っていたところだったので、それが幽霊騒動になったのかなあ。

 秋ですからね。花の季節なら、木の下で死体という景色はなかなかのものだが、秋色に死体はにあわない。いっちょうおしゃべりでもかまして、賑やかな季節の終焉というのはどうだろうか。

 

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2011年10月20日

ランチは万博公園で

 毎度の事ながら、ランチはほとんどが一人。体がうんうんとうなっている状況では考えもつかなかったけれど、この時期になると、同じ一人なら…

 あの広い万博公園を歩き続けるなんて、とても無理。けど、ランチをしにいくだけなら、私でもいける。

 すっかりその気になって、朝、二人の同居人に弁当のサンドウイッチを作ったとき、卵を一つ余計にゆでておいた。まだ、決心がつききったわけではない。

 日光の紅葉が、鮮やかな色合いをみせている。テレビは便利やなあと呟きながら、無意識に弁当を作り始めていた。

 中身は知れている。海苔べったりの握り飯にゆで卵、鰊の昆布巻き、竹輪に胡瓜をインしたもの。火はいっさいつかってない。

 とにかくそれをもって、でかけた。


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 今日のテーマは椅子。





 ベンチを見つけるたびに座る座る。これだから、人には声をかけられない。歩くより座っている時間のほうがながい。

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 木陰のベンチをみつけて、ランチの場所と決める。

 風もさわやかだし、弁当の中身もそれなりにうまい。

 人の姿を見下ろしながら、ゆったりとしたランチ。 やっぱ、最高やわ。



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 コスモスも見なかった。藤袴にも出会わなかった。それでも、満足だった。



 久しぶりの万博。


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2011年10月09日

秋からの便り…

 ずうっと足に悩んできた。おまけに今年の暑さが追い討ちをかけ、体はまさに死にていだったわけで、日々の暮らしをこなすことが精一杯。

 ほんと、もうそろそろかなと思ったり、友人達に会っておかなければなと考えたり。その割には、何もしない季節が通りすぎていった。

 ある日、ふと気がついた。私、ひょっとしたら、カートの力を借りたら、歩けるかもしれん。

 思い立ってもなかなか実行しないのが、この人間の横着さ。

 妙見口のギャラリーを尋ねていって、忙しい友人の手をとめて、迷惑をかけているなとおもいつつ、長居をしたり、買物を遠出して、買い込んでふうふういいながら帰ってきたりしながら、体の中で、自信に近いものが出てきているのを感じていた。

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 で、ついに一駅間歩行に挑戦。それもやっかいなことに、自分に言い聞かす事、言い聞かす事。
「公園でお弁当をたべましょね」
 食いしん坊の私にとっては、最高の人参だったわけで、まずは、一駅手前でおりたち、日々の買物をすませ、それは配達の手配をして、自分のカートには、弁当とお茶を入れ、南公園デビューとなった。

 今年の春、赤い提灯に挟まれた桜を、友人に支えられながら、この公園の片隅で過ごした日のことが、遠い日のようにおもいだされる。


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 樹に挨拶をして、遠くで啼いているカラスの声に返事を返しながら、ゆっくり坂道をあがる。



 お気に入りのベンチがある。そこに座って、弁当をひろげる。買って来たものだが特別なものははいってない。人参、こいも、ごぼう、こんにゃくなど、馴染みのあるお惣菜がはいっている。


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 秋の風といっしょのランチは、なかなかのもので、元気でよかったと、呟いて空をみあげる。

 

さて歩くのは、そこからで、いけるかなと思いながら、不安感はなかった。わざと傾斜のきつい坂道をのぼり、また下って、いつものバス停の椅子にすわって、休憩をとりながら、バスに乗った時より、楽じゃんなどと横着な言葉を吐き、無事、家にたどりつく。

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2011年10月07日

91歳のレデイから

 週に2回から3回、整形外科に通っている。

 ここで出会うのは、ほとんどが高齢者。私より上か下かはわからないが。

 体を半分折り曲げたようなレデイに出会ったのは、つい最近。

 骨密度の話から、腰が悪くなった原因などを。

「あきませんやろ、灯油を持って上がったんですわ。階段を。そしたらポキッと音がして、無理は禁物ですな」

 笑っている。その笑顔に吊られて余計なことまで聞いてしまった。

「食べてますか?お一人やったら、料理はどうしたはりますの」
{買うのはね、こういうところに来た時に、買ってかえるんです。けどね、つい面倒で、ほっとくんです。そしたら息子が点検に来て怒るんです。食べないなら買うなってね」

 せやから、買うのとほかすのと競争ですわとさりげないことば。この辺から、我が胸がキュンときていた。

 それでも、治療が終ったのは私のほうが先だった。立ち上がって、おげんきでねとあたりまえの言葉をかけて、いきかけた。
「あんさん、重たいものを持ちなさんなや。あぶないからな」
「はい、おおきに」

 軽く返事をして、外に出て、電車に乗ってからだった。

 心に沁みていくように、レデイの言葉が蘇ってきた。

 91歳になって、私もあのような言葉がかけられるだろうか。

 修行をつまんとあきませんなあ。

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2011年10月02日

金木犀の匂いに目覚めて

 朝、目覚めて、窓を開けた。

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 いつもの匂いではない。目をこらすと、つぶつぶだった金木犀の花が咲いている。

 いつのまに?あんたらえらいなあと、声をかける。この夏の暑さにもめげずに、咲き誇っている。

「秋だ!!」

 一人で勝手に感動していた。

 その日は運がいいことに、デカが休みで家に居る。買物のお供を恐る恐る頼み、車に乗ったついでに頼む。

 彼岸花の咲いているところを通ってくれへん。一瞬嫌な顔をしたが、それ以上は辞めとこうと思ったのか、さりげなく頷いた。

 何しろ、この夏はデカさん、休みなく働いていたので、こちとらの冷蔵庫も買いだめがなく、冷凍庫には氷とアイスくらいしかない。

 あそこに食材をつめこまなくては。

 勢いよく買い込んだ、安物の肉類、保存の効く食品をどさっと車に積み込んで、さて、彼岸花。

 コチトラの顔色をみて、真っ直ぐに帰るのではなく、いつもとは違う方向に、あったね、彼岸花の群れが。だが、車の哀しさ、止めるに止められない道が多すぎる。

 とにかく、写真が写せそうな場所におりたち、へたくそな写真で彼岸花の御機嫌うかがいをする。みたら、米の精米機なるものがある。



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「田のあるところには、精米機か」

 へんに感心して、ささやかなドライブは終了。

 帰りに、日曜日ようのパンを買いによる。

 このパンが、今日の一品だったね。ドイツパンの好きなデカのために、ごつごつのパンを手に取っていたのだが、レジに置かれてある、試食に惹かれて口に入れ、そのあじにつられて購入。黒豆の甘煮がたっぷりはいった角食は、パンをほとんど食べない私が褒めちぎる事、褒めちぎること。

 吹田市の桃山台と上新田の間にある、ドイツパンのみせなのだが、名前もはっきりせんとはなさけないが、お勧めがあるときは、写真とせめて店名くらいはかかんとな。



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2011年09月28日

やっといけたよ、妙見口のギャラリーへ

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 野勢電のゆったりした乗り心地から降り立つと、そこは大阪とは空気がちがっていた。

 野の花が所々に咲き、旅人?の心を癒してくれる。



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 花折街道の石碑が愛おしい。足を止めると、そこが彼女のギャラリー「たまや」
だった。桟の一本一本に、愛がこもっている、そんな玄関。



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 正面の飾りつけも、いかにも彼女らしいしつらえで、心をとらえる。蜂の仲間でもあるという、石の作家の作品も心地いい。




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お祭りの灯篭に画かれたという、地元の作家たちの絵画が好ましい。





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妙見口から北へ、私の足で、10分くらい。いい散歩道。

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2011年09月18日

女に個性はない?

 年令73歳。人からおばあちゃんと呼ばれてもふしぎではない。

 心穏やかな人なら、はいはいと聞き流す事だろうに、言われてから1週間もたつのに、心にひっかかっている。

 それも、子どもとはいわない。若いレデイでもいい。その人達の口からでたことばなら、しょうがないかと、苦笑いをしてききながした。

 何しろ、こちとら、お婆チャんになったことがない。40過ぎたデカ息子はいまだ独身で、その世話は私にかかっている。

 それがだ、グレーの髪をした定年すぎのおっさんに、いきなりおばあちゃんとよばれた。返事をしてやらないでおこうとおもったのだが、ここが私の甘いところで、腹立ちを押し隠し、はいと返事をしていた。

 たいしたことをしてきた人生ではない。けど、はじめて、奥さんと呼ばれた時は、むかっとした。ちょうど今と同じ気分。

 新婚さんが奥さんと呼ばれて、うれしかったというドラマがあるが、ありゃ、おんなの気持ちわかったらん。

 男の人をつかまえて、いきなり、おじいちゃんとはよばんだろう。

 なんで、奥さんだの、おばあちゃんなんだ。でかい話になるが、世の男性は女性に求めているのは、没個性か。

 腹立ちまぎれに、夜中遅くに、ろくでもないことかいている。

 たいした人間でもないな、わたし。

aki231 at 00:48|PermalinkComments(4)TrackBack(0)