2018年04月08日

道なかば

フィルムカメラをハッセルブラッドとニコンのみに整理して

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レンズはどちらもツァイスに統一

フィルムの消費が一気に増えた

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一カ月でこれくらい。熱心に撮るひとに比べてまだ少ないかもしれないけど

デジタルは、富士のX−E2をレンズごと3台。原則としてレンズ交換しない

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ブラックボディのは風格が出てきたみたい

デジカメとしては前世代なのだが操作を覚えてしまっているし、昨年、銀座の富士のギャラリーで出展したとき全倍(60センチ四方)に伸ばしても何ら破綻みられなかったから、これで充分と思っている

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破綻が無いのは、多分に富士のプリント技術に負うところがあると思う

デジタルとフィルム、撮り分けをどうするかという課題があったが・・

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フィルムを撮らないプロに訊いても応えがない。まわりのハイアマチュアに訊くと、みなさん実にあいまい。小生もそうだった

手持ちでアングル変えながら数多く撮るときはデジタル、三脚使えるときはフィルム。ましかく構図か横(縦)長構図かでカメラ(ハッセルかニコン)を選ぶ。デジタルのときは縦横比の設定を変える。そんな自分なりの基準が出来上がってからは迷わない。一気に撮るだけ。気が済むまで

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ところで小生に従兄弟が数人おり、うちひとりが若いときから欧州で音楽家として活躍している。たまに来日したとき、会って助言をいただく。今年2月、表参道のギャラリーで個展をめざすコンテストで破れた作品を主に観てもらった

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個々の作品のこととともに、作品の配置について意見を。多少の崩しを入れないと個別に作品を観てくれないのではないかと

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なるほど、2月のときはこんなふうに、市松模様に配置した

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これだと鑑賞者は作品で形作られた模様に意識が向いてしまい、折角の作品が活きてこない。

この「崩し」はつきあいの深い『風景写真』誌の石川編集長にも私の作品について言われたことがある。いわく、私は対象を綺麗に撮ることはできるのだが、鑑賞者の心を騒がせる仕掛けが足りない。たとえば、これなんかがそうだろうな

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わぁ綺麗、と思わせるだけで終わり。そこに構図の崩しとか、天候などの不安定さとかが加わると表現として鑑賞者の心を揺さぶる。しかし私のにはそれが無い。これもそうでしょう

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定番の被写体を定番どおり撮っていては、どこかで見た作品になってしまう。昨日行った甲府盆地の奥にあるこの被写体

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これでも相当ナナメに撮っているが

風景写真の大原則、水平出しを無視してみよう

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丘の上にある一本桜が気になっていたが

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少しは個性が出てくるか。いや、これもどっかで見たことあるなぁ

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桃の花盛り。でもこれでは漫然としているので

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少し撮り方を変えてみる

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自分にしか撮れない作品。自分だけの表現を。それを心がける。そしてコンテストを意識するのはほどほどに。発表の機会は、いつかくるだろうし。いまはそのための技量の仕込み期間だ。

そういえば、先月発売された風景写真誌に、拙作が二次予選通過とあった

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出した作品は、これ。昨年夏に学生連れて奈良の五條に撮影行したときに撮ったっけ。どこにでもありそうな川っぷちで

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ともあれ、作品として観てもらえるまで、道なかばなり。これだけは確かだろう

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aki_miz at 17:53コメント(2) 
写真道 

コメント一覧

2. Posted by miz   2018年04月09日 22:14
早速のコメント、ありがとうございます。

いやいや、これは私としての考え方ですから、ホント参考程度にみてくださいよ。まだまだ精進あるのみですね!
1. Posted by H   2018年04月08日 22:19
なるほど。
作品の組み方や1枚の作品に込めるスパイス(一捻り)のこと、拝読していてとても勉強になりました。
鑑賞者に訴えかけるというのは非常に難しいと思いました。

フィルムとデジタルの扱い方、これについては非常に悩みますね。小生は未だにフィルム主体の撮影スタイルですが、最近Xシリーズを導入してからはデジタルの頻度が増えてきまして、同じようなスタイルに行き着いています。

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