ささしまライブ地区は、もともと鉄道貨物駅でした。

それが、手狭で使い勝手が悪く、中川区の荒子地区に移転が決まったのが、国鉄最盛期でした。

当時は、あくまで 増え続ける鉄道貨物への対応としての移転であって、

名古屋駅近辺の再開発は 二の次でした。

ところが、時代が進み、道路網が整備されるとその役目は一瞬にしてなくなってしまいました。

まさに、坂を転げ落ちるかのようです。

そんな 時代の変化の墓標のようにこの 南方貨物線跡が、港区に残っています。

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一度も線路をひかれたことがない橋脚群は、長いこと無用の長物でした。

ところが さらに時代は進んで、

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その上に パイプ群。

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斜めに 組んであります。

横に積まれたのは、
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太陽光パネル。

時代の遺物が 発電所に生まれ変わろうとしています。

荷物は国鉄で運んでもらうのが 当たり前だったのが 宅配便に変わったように、

巨大発電所で電気を作るという常識が当たり前でなくなる日が、もうそこまで来ているようです。