2010年12月08日

永遠なるもの

本日、AKB48は5周年を迎えた。先ずは「おめでとうございます」。

正直に言うと、始まった当初はまさかこの運動体が5年も持続できるとは思わなかったし、今のような隆盛を極めることは想像すらしていなかった。そこそこの繁栄とそれなりの思い出を残して、2年、長く持っても3年だろうと思っていた。この数字は悲観的に考えて弾き出されたものではなく、経験則からくるものであり、大抵は「そういうもの」で「しかたがないもの」だった。だからこそ、今日この日を迎えたことがより一層重く感じられるのだ。

今日の公演は、伝え聞くところによると、オリジナルのメンバーや卒業していったメンバーも多数駆けつけ、華々しく、賑やかに催されたようだ。オリジナルのメンバーともなると、長い人では3年以上も前に旅立っていったことになる。今日の客席ではかなりの割合が初めて見る顔も多かっただろう。果たしてそれがどれくらいの意味を持つのかは分からないが、こういう企画を耳にしただけでもいろんなことを思い出して感慨に浸れるのが自分のような古い人間の特権なのかもしれない。

自分にとってのAKB48がどれくらいの意味と重さを持っているのかは、皮肉なことだが、シアターから距離を置いてから日を追うごとに感じている。他のアイドルの現場に行き、AKB48とはまた違った魅力を発見すると同時に足りない部分や劣っている部分も見えてくるのは、やはり自分の中に絶対的で強固な「基準」としてAKB48という存在があるからだろうと思う。

かつて、頑なに浦野一美という人を追い続けることに拘ったのは、それが紛う事なき「忠誠心」であり「愛情」だと思っていたからだ。しかし、そのことがいつの間にか単なる「義理」と化し、その義理のために心の底から楽しめないにも関わらず、単に「顔見せ」の為にシアターに通うようになってからは全く楽しめなくなっていた。つまりは勝手に「義務」だと思い込んでいたのだ。

そして、ある日を境に、全てをリセットする意味で他のアイドルの現場「のみ」にとにかく通うことを続けた結果、最近になってようやくまたシアターに行きたいなと思えるようになった。勿論、今やAKB48は「今、会いに行けるアイドル」ではなくなってしまったわけだが、それでもドンキホーテの8Fには、今だからこそ「目撃」して語るべきこともあるような、そんな気が今はしている。

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2010年06月13日

付和 Ride On

今週は、やはりAKBの総選挙について触れないわけにもいかないのかなと思う。

今回の総選挙は、昨年よりも圧倒的に注目され、そしてとりあえずは「劇的」な結末で幕を下ろした。でも考えてみたら、内容としては1位と2位が入れ替わっただけにすぎない。それどころか、上から数えたらいつもの選抜メンバーと大差がない顔ぶれとなった。そりゃそうだろう。普段から選抜メンバーとして顔を出してれば、それ相応に顔も名前も覚えられて有利になるに決まっている。逆に、選抜に入れないメンバーは、いつまでたっても世間に名前を覚えてもらえないどころか、存在すら知られていないメンバーだって多数いる。今の方法では、投票数の分母が増えれば増えるほど「今勝ってる者が勝ち続ける」だけのことだ。

この記事の後半に「序列を崩したい」という一文があるが、これがどうも納得がいかない(因みに、こっちの記事で納得いかないのは「楽曲の良さもほかのアイドル、アーティストと一線を画す」という部分であることは言うまでもない)。そもそも、人気は「(総意によって)作られるもの」なのだろうか?少なくとも、今までの前田敦子体制の始まりは、オープン初日に幕が開いた瞬間から舞台の真ん中に立たせておくことで「(恣意的に)作ったもの」で、そこに付和雷同的に人気が後付けされていった結果に過ぎないのではないのか?勿論、スタートするには誰かが真ん中に立つ必要はあるが、途中で序列を崩すにはどうしたら良いかと問われたら、また恣意的に「作る(首を挿げ替える)」しか方法は無いのだ。別に「ガチ」であるかどうかは全く問題ではない。

そして、仮に今回の選挙でトップの顔は入れ替わったとしても、その次の曲での選抜メンバーの陣容が変わるのか。むしろ「いつものメンバー」をが顔を揃える為に、投票結果を「後ろ盾」として使うだけのことではないのか。そんなスケールの小さいことなど言わず、いっそ選抜総入れ替えでもしてみたらどうだろう。1位と2位を入れ替えるだけなんて、所詮は「コップの中の嵐」に過ぎないのだから。

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2010年06月06日

幸せな結末

いろんな意味でバッキバキに折れた心を癒すには、とりあえずは原点回帰に限る。

ということで、新三郷のららシティでのももいろクローバーのイベントへ出かけることにした。勿論これが握手会のみなら行く筈もなく、事前の告知にあった「10曲以上は予定しております」の一文を信じて。

新三郷という土地には初めて行ったのだが、これが幕張以上に何もなくてカルチャーショックを受けた。勿論住んでいる人に対して失礼だとは思うのだが、ホントに駅と団地しかない。そして駅前に真新しいららシティとイケアがあるだけ。駅からららシティは直結しているのだが、大抵の駅前には有る筈の不動産屋すらないこの街は、何か外部からの移住者を拒絶するかのような特殊性を放っていた。ホームから伸びた線路は、陽炎の中のバニシングポイントへ向かっていった。こんな風景は久しぶりだ。

閑話休題。ももいろクローバーについては、格闘技やプロレスをモチーフにした「ネタ」が各所に仕込まれていることは格闘技やプロレスマニアであれば一目瞭然であるが、それは表向きな所だけではなく、イベントを打つタイミングや場所選びといった「興行」的な部分についても同じような空気を感じることがある。アイドルファン内でかなりの高視聴率を得たであろう先週のMUSIC JAPANから1週間後に、確実にファンを取り込む為のフリーイベントを打てる嗅覚だけでも十二分に感じることができる。

内容は告知どおり、いやそれ以上のこれでもかといったパフォーマンス。運動量もオーディエンスとの一体感も、全てに文字通りの「勢い」を感じる。これだけ満足感のあるアイドルイベントはいつ以来だっただろう。聞くところに依ると、ワシらが帰った後、握手会と撮影会は続き、最終的には更に2曲歌って終わったのは5時間後だったとか。

アイドルに限った話ではないが、ステージ上とファンが完全に同じ方向を向いている瞬間というのが現場は一番楽しい。同じ想いを抱いて、一緒にに火の中へ飛び込んで行くような感覚が味わいたくてファンはファンであり続けるのだ。何も単に握手がしたい、顔や名前を覚えて欲しい訳ではないのだ(少なくとも自分はそうだ)。

「今日がいつまでも続いたらいいのに。」あの場所で感じたそんな想いが、いつまでも消えないでいて欲しい。

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2010年06月05日

はいから(な)はくち

今週は、先週に引き続き幕張メッセで「ポニーテールとシュシュ」の握手会。3週連続で人里離れた所へ行くだけで気が滅入って来るだけでなく、今やお目当てのメンバーが選抜どころか所属すらしていない握手会自体やっぱりおかしいと今更ながら考えてみたり。とりあえず次からは以前のように絞り込む方向で検討しよう。

6月から浦野さんは個人のブログを始めたのだが、これがすこぶる見づらい。それはアイドルのブログの殆どに共通して、だれもが感じているにもかかわらず一向に改善されない「改行しすぎ」問題だけに止まらず、謎の中央行揃えや絵文字の多用等々、正直「人に読んでもらう」を前提にしているとは思えない。そこで「アレってどうなのよ?」と聞いてみたところ「若者向けだから」とのこと。

なんとも脱力してしまう答えである。若者(恐らく高校生〜大学生かと思われる)だったらキチンとした文章を書いたら理解できない(読解力が無い)ということなのであれば、それはいくらなんでもバカにしてるだろうという気がするし、わざわざそれに合わせる必要があること自体、全く理解が出来ない。そんなところで媚びてどうしようというのだろう。

そもそも、イメージコントロールとしてそれなりにキチンとした文章で書くということ自体がマイナスになることは一切無い。そして、改行や「ぁぃぅぇぉ」の多用について、世の男の殆どはいちいち言わないだけで本音はイラッとしているのだ。彼女がよく言うところの「モテ」とは対極にある「バカっぽい」「非モテ」であり、「(改行の)白地=白痴」であることは自覚すべきだろう。もう今年で25歳なのだから。

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2010年05月30日

錯誤

今週の一番のトピックと言えば、何故か職場で「AKBのファン」ということがバレたということだろうか。とは言え、「(ニュアンスとしての)AKBヲタ」であるという解釈もされていなければ、あくまで「見に行ってる」程度の認識のようだ。勿論、最初期から今の今に至るまで関わり合いを持ち続けていることは知らないだろうし、そこに至る紆余曲折も知らないだろう。

果たしてどういうソースを基にしてそんな話が出たのかは知らないが、そのことに対する反応は、想像していたよりも遥かにに好意的だった。むしろ「●●って可愛いですよねー」とか言われて、こちらが拍子抜けしたくらいであり、なんとも言えない隔世の感があった。今やAKBのファンといったところで「理想のタイプ:上戸彩」ってのと大差はないのかもしれない。

そんな「ライトなファン」「凡ヲタ」であるワシの今週末は、先週に引き続きまたもや幕張へ。先週でベスト盤のサイン会で、今週はシングルの握手会。流石に先週のサイン会に較べて随分とアッサリと握手も済んでしまった。それなりに有意義な話は出来たと思うが、先週話したTwitterの件については、流石にマネージャー氏に直に話した方が良さそうなご様子(但し、正直に言って気さくに声をかけられそうな雰囲気の人とは思えないなぁ)。ふむ。

とは言え、今日はこのイベントの裏ではスマイレージがイベントをUstreamで生中継する迄に至り、Twitter、MySpace等々のソーシャルメディアを着実に使い始めているのを見ていると、そんな悠長なことでいいのかと焦りを覚えてしまう(同じく、真野ちゃんのTwitterへの適応の早さは素直に感心してしまう)。何でもかんでも囲い込み、マネタイズする時代は確実に終わりを迎えようとしていることに、一刻も早く気がついて欲しいものだと思う。

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2010年05月23日

修羅の群れ

今週末は幕張メッセでAKBのサイン会。今までも突発的にはサイン会が無かった訳ではないが(最初期にあった公演中止の代替とか、A2ndの千秋楽のとか)、大々的な物は初めて。因みに会場の様子はこんな感じ。ピークを過ぎたであろう夕方の段階でこの状態。昼間はもっと凄かったのだろうか。とにかくパッと見、何が行われているかすら理解できないっスね。

すっげー人













本来は土日共に参加券は確保してあったのだが、土曜は思いつきで残務整理を仕事場で始めてしまったら間に合わなくなったので参加を見送った。勿論、前回までのビッグサイト以上の遠さに対して心が折れた、とも言えるのだが。

今日もそれなりに早い時間から起きてはいたものの、5月にしては冷たい雨にやられて、夕方前にやっと自宅を出る。なるべくそれらしい人の波に合わないよう、わざわざ幕張本郷からバスに乗り、17時も過ぎた頃に到着。しかし、着いたはいいが会場を見回しても何処が会場なのか分からず軽く右往左往。結局、隔離された別棟にあることに気がついた時は、参加ギリギリのタイミングとなっていた。

それから約1時間半は並んだだろうか。もう終了時間も近く、ループもできない。ならばと一度に2枚のサインを書いて貰うことで少しでも時間を引き延ばしてみようかと思い、わざわざ本名(それも戸籍上の旧字体)を指定して「えー、これどうやって書くんですかー?」「んー、そうか、こうやって書くんだよ(と言いながら書いて見せてる)」的な展開を試みたのだが、アッサリと所見でサラサラ書かれたのは大きな誤算であった。

先日の千秋楽にも舞台にも顔を出せなかったことへの不義理を詫びつつも、毎度のことながら「ブログ、全然更新しないんですね」と言われるよう、この期に及んでまだ気にしてもらっている状況は素直に嬉しい。そして、それに対しても申し訳ない気持ちもある。しかし、目まぐるしく変わる現状のAKBに、何か伝えなければならないことも山のようにあるのだが、それ自体がままならないことに更に焦っていくスパイラル。

ついでに言えば、溢れかえるプレゼントや手紙に業を煮やしたのか、今回からは遂に受け取りすらしてもらえない(送りたければシアターに持参が唯一の方法)という事態にまでなった。シアターに持って行ったところで、手元の届くのは果たして何ヶ月先になるのかと思うと、何か良い方法は無いものかと悩みは尽きない。

最後に再度Twitterへの参入を進言し、来週末の握手会での再会を約束。具体的に何か進展があると良いのだが。

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2010年05月05日

今日まで、そして明日から。

確か、同じタイトルのエントリを以前書いた気もするが気にせずに。今年の連休は、何だかんだ言いながら毎日出歩いて、割と充実していた気がする(ようやくカーテンを洗濯できたことも結構重要)。

で、前回のエントリで書いた、旧チームB体制の終わりから早くも3週間が過ぎようとしているが、未だに気持ちに整理がつかない日が続いている。そのまま上手いことSDNを観に行ければ、それで何か踏ん切りもついたのかもしれないが、あいにく浦野さんは舞台の稽古期間へ突入。用もないのにシアターには近付く気分にはなれない。恐らく、このなんとも言えない愛憎入り交じった気持ち(あくまで「AKB48」という現象に対してね。別に各メンバー個人に対して云々は無い)は、このまま墓場まで持って行くのかもしれない。

それはさておき、この連休中にメインとなる筈であった浦野さんの舞台は、全く金銭的に余裕が無い頃に前売りがあったので、当日券を当てにしていたら見事に完売。まぁこんなこともあるさと思い、幕張メッセのBayfmイベントで我慢することに。後ろの方で観ていたら、真横にいた外国人の方を弄りだしたので、一応は見えてるものなのね。

昨日は同じイベントの清浦夏実をスルーして(幕張、やっぱり遠いッス)、六本木ヒルズアリーナでの□□□(クチロロ)。何故か空いてた最前列で1時間+αのライヴ。天気の良い屋外でじっくりと堪能でき、幸運だった。先週は、そこから300mの所にある六本木のTSUTAYAで、みうらじゅん×いとうせいこうのイベントを観ていたので(これもほぼ最前列。こういうアウェーには割と強い方だと思う)、10日の間に2度もいとうせいこう氏に5mの距離でがっつくという、とても不思議な体験でもあった。

AKBが「(個人的には)終わった」からというわけではないのだが、このG.Wはアイドル全般の情報を耳にすることが多く、なんだかとっても賑やかだったような気がする。Twitterで情報が入って来やすいということもあるだろうが、ももクロや東京女子流がデビューし、アイドリング!!!がライヴをして、お台場もハロプロで賑わっていたと言う。その他、細かいイベントも挙げればキリがないとは思うが、5年前と較べてもシーン全体が賑やかであることは素直に嬉しい。

恐らく、10年前の自分だったらホントに楽しかったに違いないし、今の若いファンには「楽しくて仕方がない」と思っていて欲しい。どのイベントに行ったらいいか悩むということは、選択肢がそれだけ有ることの証であり、それは幸せなことなのだから。そして願わくば、自分が楽しんだ後は、自分より下の世代が同じように楽しめるようになるには自分が何が出来るのか、ちょっとだけでも考えてあげて欲しいと思う。そうして「想い」が伝承されていくことが、また新しいアイドルとファンが生まれて来るための環境作りに、きっと繋がる筈だから。

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2010年04月18日

抜け殻

今週末は、オラがチームBの再編成に伴う解散だったわけだが、最期くらいはと思って休みを貰ったのも虚しく、結局はその日を家で身悶えしながら迎えることとなってしまった。ホントかどうかは知らないが、どうやら250人の当選枠に対して3万弱の応募があったとか。その内、最初から見ていた人間はどれくらい居たのだろうか。

そういうわけで、最期を看取るというイニシエーションを受けることができなかった以上、未だにそのことに対する実感が湧いてこない。というよりも「一人だけ生き残ってしまった」という自責の念だけが重くのしかかっているような感じだ。

今は、早い内に総括するためにも、この悶々とした想いとどう折り合いをつけようか悩んでいる。

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2010年04月04日

はじめまして、私。

夕方から下北沢GARDENで清浦夏実の初ライヴ。

元々彼女のことは知ってはいた筈なのだが、これといって興味があったわけでもないし、勿論今までイベントその他、接点も全くと言って良いほど無かった。寧ろ今までの活動を殆ど知らなかったからこそ、単純に「作品」として良いと思えるのだとも思う(昔からのファンだったりしたら、彼女の自意識を受け止めたりするのにややこしいに決まってる)。

ということで、10年ぶりくらいの下北沢。下北沢カルチャーの影響は結構受けている筈なのだが、それでも実際に行くのには結構踏ん切りが要るのだ。上京した頃は下北沢在住の先輩宅へ行くこともあったりしたのだが、ここ数年は小田急線や井の頭線に乗ることすら無かったので、街並みの記憶もかなり朧げ。でも餃子の王将の場所だけは覚えてた。

客層はやはり高めで、キャパの500人にはちょっと足りなかったらしい。実際に辺りを見回しても、それ程濃いゴリゴリの人が居るわけでもなく、それなりの活動期間の内に篩にかけられたような感じなのかもしれない。途中、MCで「今日初めて来た人ー?!」と聞かれてそれなりの人数が挙手していたようにも見えたり、菅野よう子の話が出ると笑ってる人が居たりと、なかなかクラスタが複雑に入り交じってるようにも見えた。それでも、昨日今日でいきなりここに来てるワシの方は特殊ってことなのだろう。

ライヴ自体は持ち歌が少ないこともあって、取り敢えず全てを出し切った感じがとても印象的だった。彼女曰く、ようやく何のために歌ってきたのかが今日分かったと。2年前に突如デビューをして、タイアップ等で定期的なリリースをしてきたものの、「歌う」ことの意味を見いだせなかったというのは、実はワシが彼女の歌手としての活動に対して抱いてきた印象と全く同じなのである。

ライヴが佳境に入ると、彼女と会場内が完全にシンクロしてみるみる表情が変わっていくのを見て。なんとも言えない羨ましい気持ちになった。そしてそれをまた見守る、ROUND TABLEの川北さんを始めとするサポートのメンバー。人を変えるのは「環境」なのだと思ったのだった。

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2010年03月14日

思い出のアルバム

先週はイベントのハシゴというものを久々にしたわけだが、今週は土日2daysで「桜の栞」写真撮影会 at 東京ビッグサイト。

規模を考えたら、今のところここでしかイベントを出来なくなったというのもスゴいことだが、場所柄、なんとなく「最果ての地」へと追いやられた感が未だに拭えないことも確かではある。今日もこの地でいろいろな思惑や欲望が織りなす人間模様ってヤツが繰り広げられるのだ。おまけに、それに輪をかけるように、目と鼻の先であるビーナスフォートではももいろクローバー御一行様も2daysだという。これは最早「便乗」などというものではない。これは明らかなる「挑戦」であり「仁義無き戦い」なのだ。

と煽ってみたものの、春めいた陽気にすっかりどろーんとなったワシは、いつも以上に必死になることもなく、陽も傾きかけた頃に到着。が、その人の多さと混沌に思わずしばし立ち尽くした。理由はいつもの通り、茨城空港並みに甘い需要見込み(ベクトルは真逆)だが、ワシが着いた頃にはそれもひと回りして既に疲労感が全体の空気を重くしていた。それは2日目の今日も同じで、若干の改善はあったものの、総じて「どろーん」であったことは言うまでもない。

ところで、今日は「撮影会」と銘打ってはいるものの、ポーズをつけた相手をカメラで撮ると言うものではない。卒業式が終了した後の教室で記念に撮っているような体で、2ショットを自分の携帯電話のカメラで撮ってもらえるというものである。つまり、必然的に自分自身の姿を撮られることとなる。

さあ、ここで問題発生。ワシは自分の「見た目」がこの世で一番嫌いな人間である。酒は飲んでも飲まれるな、写真は撮っても撮られるな、なのだ(酒は全くと言っていいほど飲まないが)。しかし、当然のことながら今回は「おもてなし」としてわざわざ時間を割いてもらっているわけなので、過度に乗り気ではない空気も出したくはない。その葛藤を抱えながら、撮影タイムを迎えることとなる。

で、結局は煮え切らずになんとも複雑な表情をした写真が数枚残ることとなったわけだが、それでも撮影タイムはいつもよりも距離的に一歩踏み込んでいるので、それはそれでやっぱり楽しい。これが初めての「体験」だとしたら、ホントに「一生の思い出」になった人も多かったのではなかろうか。かく言うワシでさえ「ち、近い…」と思うくらいだから。

ワシはまぁ、身の程を考えて付かず離れず的な距離感で、ピッタリ密着なんてことはできなかったのだが、聞くところによると結構大胆な子も多かったとか。うーむ、どうしようか、来週は。とりあえず「こんなこといいな、出来たらいいな」を考え中。

因みに、MVPの記念撮影の時に送ったモノが早くも故障したとのこと。修理に持ち込もうにも、やはりメンバーは秋葉原周辺をウロウロできないらしい(当然だが)。なんとかスタッフさんにお願いして持っていってもらうしかないのかなぁ…。次はなるべく別の所で買うようにしよう。

蛇足だが、基本的にiPhoneのみで撮影したのだが、見る分には200万画素のパンフォーカスでも言うほど問題無いと思う。その気になれば、撮った瞬間「撮ったなう」も出来る。これぞ「ダダ漏れ」の真骨頂。

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