2017年09月21日

●良知に感謝


◆娘に声をかけるように指示したのは、良知(本当の私)なのではないだろうか。それ以前に、あえて伝える必要もない事なのに、娘に私の予定を伝えるように指示したのも、良知なのではないだろうか。

 今朝(20日)、といっても11時過ぎ、トイレに立ちながら、
「お父さん、もう少し横になるから」
 と娘(大学3年生)に一言声をかけた。
 実は、昨日(19日)の夜、いったんおさまっていたはずの慢性盲腸が再び暴れだし(膀胱炎はおさまっている)、しゃがまないと歩けないほどの酷い激痛に苦しみ、抗生物質を飲んで事なきを得たのだが、12時間は寝たはずなのに、今朝は疲労困憊していた。
「何言ってんのよ。お父さん、今日、ビッグカメラに行く約束してるでしょう!」
 と娘に言われて、
「ありがとう。もうすっかり忘れてた。おかげで助かったよ」
 そう、言いながら、
(予定を娘に伝えておいて、ああ良かった)
 と胸をなでおろした。
 今使っているパソコンが壊れかけているので、後継機のことで数日前に電話をして、今日の午後1時に、ビッグカメラ大宮店のパソコン売り場のS氏のもとへ行く約束をしていたのだった。
 トイレに起きたときに娘に声を掛けていなければ、そのまま寝ていたところである。このとき、娘に声をかけるように指示したのは、良知(本当の私)なのではないだろうか。それ以前に、あえて伝える必要もない事なのに、娘に私の予定を伝えるように指示したのも、良知なのではないだろうか。
 ふと、そんなことを思った。

◆自分に良知が働いていることを感謝した

 
出かける際に、S氏の名刺を持っていき、お店のどなたかにその名刺を提示して、S氏を呼び出してもらう約束になっていたことを思い出した。
(そういえば、名刺何処へやったのかなぁ)
 そう自問自答しながら、出かける支度をしながら探したのだが、思い出せないし、探し出せない。
 電車の時間になったので、
(行けばなんとかなるだろう)
 そう言い聞かせて、仕方なく、駅へと向かった。
 電車の中で、
(若しかしたら)
 そう思って、バックの中の名刺入れを取り出して、中を覗いてみると、その中に名刺が入っていた。
 仕事以外の用事で、名刺入れを持って出る事はまずないことなのだが、支度をするとき、たまたま机の周囲にあるものを適当にバックの中に入れてきたのである。ここでもまた、ほっと胸をなでおろしたのだった。
 仕事の時以外では、普段持ち歩かない名刺入れをバッグに入れるように指示してくれたのは、良知なのに違いない、そう思って、自分に良知が働いていることを感謝した。

 その後のこと。
 1時ジャストに目的地について商談、後継機は、私のパソコンの師匠の指示通りに、今使っているNECではなく、富士通のデスクトップ
「FMV arrows」
 に決めた。
 今年買い替えた携帯電話も富士通なので、これも縁だと思った次第。
 つらつら考えるに、6年ぶりに新著『評伝・中江藤樹』(三五館)も発売されたばかりだし、携帯やPCも買い換えるということで、どうやら今年は人生の節目に当たっているように思える。

▼中江藤樹・書「致良知(良知を致す)」

f0132945_21303333、中江藤樹
 
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2017年09月16日

●『評伝・中江藤樹』(三五館)いよいよ発売

◆6年ぶりの新著『評伝・中江藤樹、日本精神の源流・日本陽明学の祖』(三五館)が9月20日全国発売

 延べ7年がかりで書かせて頂いた新著
『評伝・中江藤樹、日本精神の源流・日本陽明学の祖』(三五館)
 が、いよいよ9月20日頃に全国の書店に並ぶ。
 『志士の流儀』以来の6年ぶりの新著ということもあり、遺作のつもりで脱稿にこぎつけたこともあり、自信作である。といっても、三五館の編集者のT・H氏がいなければ、これほど早く完成させることは出来なかったと思う。
 また、T・H氏のおかげで、今までになく、実に読みやすい文字組みになっている。
 一昨日の14日(木)、お世話になっている江戸しぐさの語り部の越川禮子先生に出来上がったばかりの見本をお届けに、娘に付き添ってもらってお伺いさせて頂いたのだが、
「文字がとても読みやすい」
 と、お世辞抜きにしきりに絶賛されていたほどなのである。
 91才にもなられた越川先生が、文字組を絶賛されたのは、はじめてのこと。
 今回は、有難いことに、以下のお二人方から、帯に過分なる推薦文を頂戴させて頂いた。
 
 堀義人(グロービス経営大学院学長):
「中江藤樹の生涯と思想を理解するには、最高の書」
 白駒妃登美(作家):
「日本人の誇りの源泉が、本書に凝縮されている」
 
◆中江藤樹こそが、真の代表的日本人だ

 内容については、次回にでも本ブログで触れさせて頂くつもりだが、私に言わせていただくなら、 真の代表的日本人といえば、中江藤樹ことなのである。
 一例を挙げれば、我々一般庶民が、『論語』や『孟子』など儒教の本に親しめるのは、王陽明や中江藤樹のおかげなのである。
 何故なら、中国では、王陽明が登場する以前は、儒教は一部のエリート(読書人と言われる特権階級)たちだけの専有物であり、一般庶民は、仏教や道教を心のよりどころとしていたのだ。そして、わが国では、中江藤樹が儒教の大衆化を実現してくれたのである。
 藤樹の私塾では、武士だけではなく、農民、商人、女性、目の見えない人たちも、身分の隔てなく学べたし、漢文を読めない人たちに向けて儒教の入門書や解説書を執筆刊行してくれたのである。
  
 さて、大阪の「隆祥館(りゅうしょうかん)書店」さんや、友人たちからサインを頼まれているので、今我が家ではサインを入れる日々となっている。
 日ごろの体調不良に加えて、そんなわけで、FBもブログもツイッターも、以前ほどは書けなくなった。
 折しも、このPCもとうとうブルー画面が出てしまったので、数日中には新しいPCに買い替えなくてはならない。それにしても、ブルー画面が出たのが、ちょうど新著の校正作業が終わった後だったのだが、不幸中の幸いと言っていいだろう。
 今は、NECを使っているのだが、PCの師匠に相談したら、
「NECではなく、マウスコンピュータか富士通がお勧めです」
 とアドヴァイスいただいたので、明日にでも大宮のビックカメラで見てくるつもり。

IMG_20170916_225611 評伝・中江藤樹

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2017年08月21日

●映画『殿、利息でござる!』の浅野屋の家訓『冥加訓』のルーツは、中江藤樹を祖とする「日本陽明学」だった!(前編)

◆映画『殿、利息でござる!』は、「予告編の軽薄なイメージとはまるで違う」と言って娘が憤慨した。

昨年の2016年5月にロードショー公開され、興行収入13億円越え、累計動員数100万人突破という快挙を成し遂げた映画『殿、利息でござる!』をDVDで見て大変驚いたのは、つい今月のこと。
 というのも、映画の中で披露された浅野屋こと遠藤家の家訓ともいうべき、
『冥加訓(みょうがくん)』
 と名付けられた本が紹介されるのだが、なんと近江聖人・中江藤樹(とうじゅ)を始祖とする「日本陽明学」の本だったのである。

 この映画の原作は、磯田道史(いそだ・みちふみ)
『無私の日本人』(文藝春秋)
 という本である。
 本書には「穀田屋十三郎」「中根東里」「太田垣蓮月」の3つの実話が収録されていて、私は、刊行当時の2012年に既に読んでいたのだが、このときは陽明学者・中根東里(なかね・とうり)に注目して本書を手にしたので、『殿、利息でござる!』の原作となった「穀田屋十三郎(こくだや・じゅうざぶろう)」は、それこそざっと目を通す程度で、大事な個所を見落としてしまっていたというわけなのだ。
 そのために、気づくのがつい先月なってしまった。
 とはいえ、6年ぶりに刊行させて頂けることになった私の新著
『評伝・中江藤樹、──日本精神の源流、日本陽明学の祖・中江藤樹(仮)──』(三五館) 
 にはぎりぎり間に合って、その事実に触れさせて頂くことができた事は、幸運だったといっていい。

 『無私の日本人』の「穀田屋十三郎」が、昨年映画化され公開されたことは知っていたが、ポスターや予告編を見る限りでは、軽薄な映画に思えてならなかったので、映画館に見に行きたいとも思わなかったし、DVDを買って見る気持ちにもならなかった。
 事実、私と一緒に映画を見て感動し、何度も大粒の涙を流していた大学生の娘も、
「予告編の軽薄なイメージとはまるで違う」
 と言って、予告編やDVDのジャケット・デザインの軽薄さに憤慨したほどである。

◆「備前は〈備前心学〉といって中江藤樹や熊沢蕃山につらなる陽明の学のさかんな土地であった」

 話を戻す。
 それが、先月、久々に『無私の日本人』を手に取って、「穀田屋十三郎」を最初からじっくり読んだのである。すると、後半部にある次のような記述が目に飛び込んできたのだ。( )内は筆者註。

「──冥加訓(みょうがくん)、この不思議な書物が、なぜ、浅野屋(遠藤家)という、みちのくの商家で大切にされてきたのかはわからない。この小さな書物には、とほうもない神秘の力でも宿っていたものとみえ、これを読んだ甚内(じんない)とその一類(仲間)が、吉岡の救済事業をはじめている。
 十三郎も、幼時、この『冥加訓』の教えをくりかえし諭(さと)されたのを覚えている。
実家の浅野屋では
〈貝原益軒(かいばら・えきけん)先生の御本である〉
と言い聞かされてきたが、あとできけば、違ったらしい。
 大坂の版元が、この本を売りたいばっかりに「益軒先生の本」ということにしたのであって、ほんとうは、──関一樂という備前(びぜん。現、岡山県)生まれの無名の学者の書であるという。
 備前は
〈備前心学〉
 といって中江藤樹や熊沢蕃山(くまざわ・ばんざん)につらなる陽明の学のさかんな土地であった。
ただ、陽明の学は危険思想として、次第に禁圧されていったときく。だからこそ『冥加訓』も益軒先生の書として売られたのかもしれない」

 私が5、6年前に『無私の日本人』を手にした時にうっかり読み飛ばしてしまっていた大事な個所というのは、今述べた個所のこと。それで、慌ててDVDを取り寄せたのだった。

 映画の中でも、浅野屋甚内のセリフに、こうあった。

「父の教えです。『冥加訓』と申す書物で、陽明学のながれをくんでおります。幼き頃よりくどいほど読み聞かされました」

 続けて、次のような教えの一部が披露される。

「決して恩に着せず、報いを求めることく、行うべきことを行いたもうなり。人も万事、天の行いにのっとりて努めるべきなり」

 娘は、この教えを耳にして、
「道徳だね」
 と、ひとこと感想を漏らしたが、全否定はしないが、「陽明学」や「日本陽明学」の教えと言うのは、単なる道徳ではないのである。

◆江戸期に盛んに学ばれていた「日本陽明学」についての詳しい研究は、まだスタートしたばかりと言っても過言ではない

「穀田屋十三郎」は、18世紀に仙台藩の吉岡宿で宿場町の窮状を救った町人達の記録『国恩記』(栄洲瑞芝・著)を元にしたノンフィクション小説である。
 内容に関しては、ネタバレになるので、ここではこれ以上詳説は避けるが、繰り返しになるが、浅野屋(遠藤家)の家訓と言っても過言ではない『冥加訓』の著者・関一樂は
「備前生まれの無名の学者」
 で、
「備前は〈備前心学〉といって中江藤樹や熊沢蕃山につらなる陽明の学のさかんな土地であった」
 と、つまり関一樂は「備前心学」つまり「陽明学」の一派だと記してあるのだ。
 「備前心学」とは、「日本陽明学」のことである。
「心学」と言えば、石田梅岩の「心学」を思い起こされる方が多い筈。実のところ、石田梅岩の「心学」というのは、陽明学の影響を受けて成立したことは、専門家の間では周知の事実なのだが、ともあれ、ここでは、別の一派ということで区別しておきたい。
 江戸初期に陽明学によって大悟し、陽明学を日本に根付かせたことから、中江藤樹は「日本陽明学の祖」と称されて久しいが、江戸期に盛んに学ばれていた「日本陽明学」についての詳しい研究は、まだスタートしたばかりと言っても過言ではない状況なので、以下、少し説明をさせて頂くことにする。

「スタートしたばかりと言っても過言ではない状況」と言うのは、ちょっと語弊があるかもしれない。 本当のところは、明治・大正期に「日本陽明学」の歴史的史料が発見されて研究も開始されていたのだが、時代は第二次世界大戦へ向かってまっしぐらということで・・・、終戦後はと言うと、今度は共産主義思想が世界を制覇しかねないという米ソ冷戦の時代で、その渦中の1970年の三島由紀夫の割腹自殺を契機に、「陽明学は右翼の危険思想だ」とする評価が定着してしまったのだった。
 以後、左傾化したマスコミは陽明学を無視し、と同時に学校でも家庭でも教えなくなったために、遅々として研究が進まなかったというのが真実。
(中編に続く)

6fd7be35d6e206d636c9356b094a465b 殿、利息でござる!


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2017年08月12日

●囲碁はかなりの腕前だった中江藤樹

◆藤樹は、祖父から囲碁を教わった

日本陽明学の祖・中江藤樹のことを調べに調べて、7,8年が経過、昨年末にようよう形にできて
『村落教師・中江藤樹伝、日本精神の源流「日本陽明学」を創った巨星(仮)』(三五館)
 と題して、9月中に刊行させて頂く運びとなった。
 興味深い事実がいくつもいくつも出てきたのには、私自身驚いた。この度の拙稿には詳説できなかった話の中から、今回は、中江藤樹は、囲碁ではかなりの腕前だったという話を披露させて頂く。

 藤樹の祖父が囲碁を好んだことから、祖父母と暮らすようになった藤樹は、祖父から囲碁を教わった。それも、かなりの上達ぶりを示したにもかかわらず、聖学に志してからは、碁盤に向かうのを止めてしまったという。
 「川田氏本年譜」には、寛永7(1630)年、藤樹23歳のときの囲碁に関する次のようなエピソードがある。

 ある日、城中で、同僚の児玉某と話をしているうちに、囲碁が話題に上った。
 藤樹は、
「私は、久しく対局していないが、昔に比べたら腕前は上がっているはずだ」
 と言ったので、児玉は
「とても信用できない」
 というので、対局することになった。
 結果、藤樹が勝ってしまったので、人々は藤樹の腕前に驚いた。

◆藤樹は、囲碁を誰かに教わったのではなく、他人の対局するところを見ていて、ルールを覚えてしまった

 「藤樹先生別伝」には、藤樹は、囲碁を誰かに教わったのではなく、他人の対局するところを見ていて、ルールを覚えてしまったとある。

 藤樹が、他人の対局を見ていて、2,3の疑問に答えてもらううちに
「分かった」
 と言ったので、某氏が
「そうは簡単には覚えられるはずはない」
 と疑って、対局を申し込んだところ、藤樹は、慎重な態度をとって、一両日考えたうえで受けて立った。
 ところが、対局が始まってみると藤樹に勝てるものは一人もおらず、以後、藤樹は囲碁をたしなもうとはしなかった。

◆藤樹は、囲碁の他に、笛をたしなみ、馬術の腕前にも優れていた

 祖父に教わったのか、あるいは他人の対局を見て家覚えてしまったのか、まるで違う説が伝え残されているが、囲碁の腕前は並ではなかったという点では、一致している。
 藤樹の場合、漢文、つまり中国語を独学でマスターしなければならなかったし、やはり独学で儒学のテキストを読んで理解するのに必死だったので、もちろん仕事もあるし、時間が取れなかったというのが正直なところだったのではないだろうか。
 藤樹がもう少し長生きできていたら、その余生、囲碁や笛を楽しんでいたかもしれない。

 藤樹は、囲碁の他に、笛をたしなんだし、馬術の腕前にも優れていたとある。めったに馬場で練習しなかったのにもかかわらず、馬に乗ると人並みに乗っていたという。実際藤樹は、
「大坪流馬術11ヵ条」
 を書き残している。

 他、漢詩もたしなみ、和歌も詠んでいるし、昨今の単なる理屈だけの学者などではなかった点は、見逃すわけにはいかない。藤樹の高弟・熊沢蕃山も、笛の名人が驚くほどの笛の名手であったことが、記録に残っている。蕃山の笛は、藤樹に学んだのかもしれない。

▼ 囲碁十訣
imagesT0GTGAMV  囲碁十訣

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2017年08月05日

●9月2日(土)、京都市中京区での陽明学についての講演のご案内。

◆新著『村落教師・中江藤樹伝、日本精神の源流「日本陽明学」を創った巨星(仮)』(三五館)を9月中に刊行

 9月2日(土)午後2時より約2時間半、京都市中京区で講演をさせて頂くことになりました。
 『志士の流儀』(教育評論社)刊行から6年ぶりになりますが、新著
『村落教師・中江藤樹伝、日本精神の源流「日本陽明学」を創った巨星(仮)』(三五館)
 を9月中に刊行させて頂きます。現在、校正のまっ最中です。

 以下、京都での講演会の案内状より転載(一部修正)させて頂きました。

///////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

日本陽明学研究会・姚江の会講座
「陽明学から学ぶ、人間力を高める方法」

  近江(滋賀県)の中江藤樹を皮切りに、熊沢蕃山、吉田松陰、高杉晋作、来年の大河ドラマの主人公の西郷隆盛、森鴎外など、数多くの偉人が自己修養の為に学んでいた陽明学。陽明学とは何か、どのような思想かなど、その真髄を初めての方でもわかるように、そして陽明学から人間力を高めるヒントをお話して頂きます。
「体調不良と執筆に専念したい事もあり、関西では今回で最後になるかもしれません」
 とのこと。(世話人:A・Y)

演題:「陽明学から学ぶ、人間力を高める方法」
日時
平成29年9月2日(土)14:00〜16:30(開場13:30)
交流会:17:30〜19:30(交流会だけの参加も可能)
場所:旧立誠小学校 会議室
〒604-8023 京都市中京区蛸薬師通河原町東入備前島町310-2 
TEL075-201-5167
阪急河原町駅から徒歩3分、または京阪祇園四条駅から徒歩6分
※駐車場はありません。周辺のコインパーキングをご利用ください。
交流会会場:いろはかるた本店(講演会会場のすぐ向かい側)
会費
講演会 男性3000円、女性2000円、学生1000円
交流会 男性6000円、女性5000円、学生2000円
※当日ご持参くださるか、以下にお振込みください。
ゆうちょ銀行 口座名義:ヤトミアキラ 店名:四一八 店番:418 普通:0088461
お申し込み締め切り日8月23日(水)
会場の定員は講演会、交流会ともに30名ですので、お申し込み先着順とさせて頂きます。尚、会費お振込みの方を最優先に受け付けさせて頂きます。お早めにお申し込みください。
※大変お手数ですが、お名前、ご住所、お電話番号、ご年齢、一般男性か女性か学生の区別と参加費の金額、交流会参加の可否もお忘れなく。
お問い合わせ・お申込み先
TEL&FAX048(620)7562(林田)
主催:「日本陽明学研究会・姚江の会」

●講師:林田明大(はやしだ・あきお)略歴:
 作家・陽明学研究家。1952年、長崎県生まれ。「日本陽明学研究会・姚江の会」主宰。94年に『真説「陽明学」入門』(第一版)を上梓。以降、本書は静かなるロング・セラーとなって、2014年にグロービス電子出版より英語版が刊行された。
 その他の著書に『真説「伝習録」入門』『イヤな「仕事」もニッコリやれる陽明学』『志士の流儀』など。
 本年9月中に、6年ぶりの新著『村落教師・中江藤樹伝、日本精神の源流「日本陽明学」を創った巨星(仮)』が刊行の予定。現在、『口語訳「伝習録」下巻(仮)』を執筆中。


▼林田明大
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