2018年04月18日

●三島由紀夫の読者からの手紙


◆「陽明学が古めかしいものではなく、新しいとても魅力ある思想に思えてきました」

4月17日(火)、読者K・F氏から嬉しい手紙を頂戴した。
 
「拝啓 林田明大様
 『真説「陽明学」入門』『イヤな「仕事」もニッコリやれる陽明学』を大変興味深く読ませて頂きました。
 あらためて陽明学って難しいと思いましたが、同関連本の中では最も親しみの持てる内容でした。 実は、私も十代後半から二十代にかけて(私は1968生まれです)コリン・ウィルソンの「アウトサイダー」シリーズ、高橋巌氏訳、横尾忠則氏イラストのシュタイナーの本を読み漁っていました。今となっては内容をかなり忘れてしまいましたが、とても懐かしく思います。
 私は長い間、三島由紀夫の愛読者で、その縁で陽明学に目が向きました。三島先生のことは、芸術家としてとても深く尊敬していますが、三島先生の陽明学理解はかなり問題があるわけですよね。なんか不思議と救われた気がしました、同時に陽明学が古めかしいものではなく、新しいとても魅力ある思想に思えてきました。〈中略〉私は今、下田で生まれ、佐野市で陽明学を伝えた中根東里という陽明学者にとても興味がありますが、私では、とても東里の著作に歯が立ちません。敬具」
 
 といった内容で、用件は、是非、一度逢いたいとのこと。
 実は、これまでにも、逢いたい旨の連絡を頂いては、その都度お会いしてきたが、怖い物見たさで来られたのか、その後も交友が続いている人は、限りなく少ない。酷い時には、約束の時間に約束の場所で待っていても来てもらえず、何かあったのかとこちらから電話したら、前夜飲み過ぎて寝坊して行けないとの事、そんな驚くべき人もいた。
 それでも、懲りることなく、お申し出があれば、快諾して会うべきとは思っている。
 今回のお手紙の差出人のK・F氏とは、かなり共通点が多いので、話は盛り上がるだろうとは思っている。

◆王陽明は、「夢は何かの予兆だ」(『伝習録』下巻、66条)と語った。

 16日夜に、反抗期の長男と一戦交えたこともあり、昨日は倦怠感から夕方16時まで床に就いていた。
 私も息子と同じ18歳のときに、父とは派手にやり合ったので、長男の気持ちはよくわかるつもりだ。王陽明も、実施が生まれてからというもの、養子の息子が不良になり、ギクシャクしっぱなしだった。
 私自身、父を見る目が変わったのは、父と喧嘩をして10年以上経ってからのこと。きっと長男もそうなるに違いない。そういえば、妻も同じことを言っていた。

 ところで、眠りに就く前には、いつしか自然と「南無阿弥陀仏」を唱えていた。私の実家は、浄土真宗なのだ。
 かつては、自らの非力さを思い知らされ、それこそどうしてよいかわからなくなった時などには、阿弥陀様におすがりする以外にない、そう思って唱えていたのに違いない。
 浄土真宗の教えと陽明学が通底することは、時々口にさせて頂いてきたが、今回の事で、その理解が少し深まったように思える。

 そうそう、この長男とのバトルの日の朝、凄く疲れる夢を見たのだ。イベント・プロデュースをしていて、疲労困憊している夢なのだが、目覚めてからも疲労感が残るほどだった。で、その日の夜の長男とのバトルがあって、思い出したことがある。
 王陽明は、
「夢は何かの予兆だ」(『伝習録』下巻、66条)
 と語っていたのだ。
 酷く疲労する夢を見たのは、その夜の長男とのバトルの予兆だったのかと、今更ながらに思っている次第。( ^)o(^ )
 今後、夢を見たら、予兆だと思って気を付けることにする。

 それにしても、今年に入ってからは、一日12時間眠ることが多くなった。

▼王陽明の生家(浙江省余姚)

王陽明の生家

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 東洋思想へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ


ランキングに参加しました。
クリックしてください。


akio_hayashida at 02:46|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 陽明学 | 東洋思想

2018年03月25日

●ゲーテ、R・シュタイナー、三島由紀夫、陽明学、そして私

◆貸本漫画では、『墓場鬼太郎』を愛読した。

 文豪ゲーテに興味を覚えたのは、小学校の高学年の時。父の仕事で転向が多かったために、新しい友人ができるまでの間は、本を読むしかなかった。学校の図書館で本を借りて帰り、家で読むという習慣がいつの間にか身についていた。
 幼稚園の頃は、「キンダーブック」や童話を読み、小学生の頃からは童話や昔話に加えて、国の内外を問わず、神話や民間伝承を好んで読み漁った。
 その傾向は、その後も続くことになるのだが、小学生の頃は、中でも魔法や魔術や悪魔や魔女、妖怪、精霊、幽霊、怪物などが登場する怪奇小説に夢中になった。
 今、ざっと思い出すだけでも、ギリシア・ローマ神話、中国の『雨月春雨物語』や『白蛇伝』、「耳なし芳一」が収められた小泉八雲『怪談』、「牡丹灯篭」、ユダヤ教のゴーレム、吸血鬼、フランケンシュタインなどを挙げることができる。
 怪奇小説を、横文字でいえば、ゴシック・ロマンスである。
 今で言えば、ファンタジー小説という事になろうか。
 貸本漫画では、『墓場鬼太郎』を愛読した。

 そんな私の影響からなのか、長女は『アンパンマン』に始まって『ゲゲゲの鬼太郎』や『悪魔くん』にはまり、「ハリーポッター」にはまり、今では『夏目友人帳』の大ファンになっているし、長男は、姉を上回ってハリーポッターシリーズの映画の大ファンとなっている。長女に教えられて見るようになった『夏目友人帳』は、今では私も大好きな作品だ。

◆小学校高学年の頃、図書館で手に取ったのがゲーテ『ファウスト』であった。

 小学校高学年の頃のことに話を戻す。
 あらかた内外の神話や民間伝承を読み漁った頃、図書館で手に取ったのがゲーテ『ファウスト』であった。布張りの赤い表紙としか記憶にないこの本は、15〜16世紀頃のドイツに実在したと言われる、高名な錬金術師ドクトル・ファウストゥスの伝説を下敷きにして書かれた長編の戯曲で、ゲーテがほぼその一生を掛けて完成させた大作である。
 小学校の高学年なので、『ファウスト』の第一部をせいぜい楽しんで読んだくらいで、哲学的な第二部の価値はまるで分からなかったに違いないのだが、実在した人物をもとにして書かれたという点に影されたのか、以後、好んでゲーテの作品を読むようになっていった。

 これも小学校高学年の頃だろうと記憶しているが、担任の女性教師が、給食の時間に『ああ無情(レ・ミレザブル)』を毎日少しずつ朗読してくれたことがあった。いつしか続きを聴くのが楽しみになっていた。おかげで、ヴィクトル・ユゴーのこの作品は、今でも印象に残っている。
 多分、この頃からのことだろう、両親が買ってくれた「少年少女名作文学全集」を読みふけるようになっていた。
 私が文学好きになっていったのは、若い頃は文学青年だったという父親の影響もあったようだ。ちなみに、父親に連れていかれて一緒に見た映画の一つは、モノクロ映画の『ドン・キホーテ』だった。

◆高校時代の3年間は、三島由紀夫を愛読した。それゆえに、私が高校3年生の年の1970年の三島事件は、私にとってとても衝撃的だったのだ。

 中学に入ってからも、ゴシック・ロマンスに数えられるコナン・ドイルもエドガー・アランポーも読んだし、当然、江戸川乱歩も読み漁った。ロシアの民話『石の花』や、シャミッソー『影をなくした男』などは、この頃に読んで記憶に残った作品だ。

 『ゴジラ』を皮切りとした怪獣映画もそんな私の好みの一つになった。父にせがんで怪獣映画を見に連れて行ってもらった。『空の大怪獣ラドン』(1956年)や『大怪獣バラン』(1958年)などがそれである。
 中学生の頃は、剣道部で剣道をやりながら(小学2年生から剣道を学んでいた)、推理小説にもはまっていた。

 高校生になってからも、その読書傾向は残されたまま、文学部に強制的に入部させられたこともあって、純文学の小説や詩集を読むようになっていた。
 森鴎外、夏目漱石、三島由紀夫、川端康成、ロシア文学、ヘルマン・ヘッセやゲーテといったドイツ文学も、伊東静雄、中原中也、バイロン、ランボーの詩集も手に取った。特に、高校時代の3年間は、三島由紀夫を愛読した。それゆえに、私が高校3年生の年の1970年の三島事件は、私にとってとても衝撃的だったのだ。
 何しろ、大学入試の摸擬試験に、三島由紀夫の『金閣寺』の一説が出たのだが、金閣寺の屋根の上に置かれた鳳凰の描写が延々と続くその一文に魅了されてしまい、一瞬試験中であることを忘れてしまったほどだった。
 強制加入された文学部では、郷土の詩人・伊東静雄の研究に従事させられたのだが、おかげで若き三島由紀夫が最も敬愛する詩人が伊東静雄であったことを知り、驚かされたものだった。

 トーマス・マン、トルストイ、ドストエフスキー、ヘッセの全集やノヴァーリスを読むのは、もうちょっと後のこと。
 ともあれ、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』こそは好きになれなかったが、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』『親和力』も詩集も読んできたし、エッカーマン『ゲーテとの対話』は愛読書となって今日に至っている。
 高校時代には、実は、SF小説も耽溺した。アーサー・C・クラーク、カート・ヴォネガット・ジュニア、ロバート・A・ハインライン、フィリップ・K・ディック、リチャード・マシスン、アイザック・アシモフなどの作品だ。
 特に、上京後に読んだアイザック・アシモフ『銀河帝国の興亡』は印象に残っている。

◆小学生の高学年の頃からゲーテを好きになっていた私にしてみれば、シュタイナー思想との出会いは、今では必然だったと思っている。

 そして、この話は、拙著にも触れてきたことだが、1971年に上京して間もなく、多分翌年頃、ルドルフ・シュタイナー思想に出会ったのである。
 また、ちょうどこの頃には、コリン・ウィルソン『アウトサイダー』を読み、多大な影響を受けた時期でもあった。私が大学進学をあきらめて、独学を決意したのは、このコリン・ウィルソンの影響であった。

 これはまるっきりの余談だが、宗教家・高橋信次の話を聞きに浅草まで出かけていって、古代語を話し、病気直しをするその光景に衝撃を受けたのも1970年代初めの頃のこと。今にして思えば、高橋信次は、「もう一人の自分」についても語っていたのである。

 小学生の高学年の頃からゲーテを好きになっていた私にしてみれば、シュタイナー思想との出会いは、今では必然だったと思っている。
 その後、シュタイナーを介してゲーテ自然科学に興味を覚え、一時期だが、慶応大学で開催されていた「ゲーテ自然科学の集い」に参加させて頂くほどであった。
 三島由紀夫の愛読者でもあった私は、三島がその晩年の4、5年の間に学んでいたという陽明学に興味を持ち始めていたこともあり、シュタイナー思想の考究に7割、陽明学に2、3割といった感じで、独学に努めていたのだが、まるで無関係に思われていたこの両者が、いつしかクロスオーバーすることになるとは、夢にも思ったことさえなかったのである。

▼ルドルフ・シュタイナー(1861〜1925)

ルドルフシュタイナー

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 東洋思想へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ


ランキングに参加しました。
クリックしてください。
>


akio_hayashida at 18:01|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 陽明学 | 人智学

2018年03月19日

●『評伝・中江藤樹』には、「日本精神のバックボーン」の変遷が書かれている。


◆『中江藤樹は作為のない自分の良知を信じきる事が出来る境地を「大悟する。」と云った。』

 以下、拙著『評伝・中江藤樹』についての、最新のアマゾンのカスタマーレビューです。松尾大地様より、星5つ付けて頂きました。ありがとうございます。
 本書を通じて私が言いたかったことが、十分伝わっていることに正直安堵を覚えました。

////////////////////////////////////

【「日本精神のバックボーン」の変遷が書かれています。】

松尾大地
5つ星のうち5.0
「日本精神のバックボーン」
2018年3月16日Amazonで購入

 「日本精神のバックボーン」の変遷が書かれています。
 東日本大震災のあの時、阪神大震災のあの時、集団としての日本人は何故、規律を守ることが出来たのか。複雑で広大なレトリックである。
 中国、孔子の哲学と思想、韓国の儒教の教えを誰にでも解るよう柔軟にJapanとして再構築した中江藤樹。中江藤樹はビジネスの思想としても近江に多大な影響を与えた。

 近江商人の「三方よし」の思想 江戸時代に入ると近江出身の商人は徐々に活動地域や事業を日本全国に拡大させ、中には朱印船貿易を行う者も現れた。今日の大企業の中にも近江商人の系譜を引くものは多い。

 石田梅岩の石門心学に多大な影響を与えた。石田梅岩は江戸時代の思想家。
「実の商人は、先も立、我も立つことを思うなり」
 と、実にシンプルな言葉でCSRの本質的な精神を表現した石田梅岩の思想は、近江商人の「三方よし」の思想と並んで、「日本のCSRの原点」として脚光を浴びている。
 その思想もやはり営利活動を否定せず、倫理というよりむしろ「ビジネスの持続的発展」の観点から、本業の中で社会的責任を果たしていくことを説いており、寄付や援助など本業以外での「社会貢献」を活動の中心とする欧米のCSRにはない特徴がある。

 釈迦や禅が云う無、空としての自由とは伸びやかな心で有り、人の心は本来自然に道理や正義を喜ぶもので、目が本来の美しいものを悦び、耳が本来の美しい音を悦ぶ事と同じである。

 自らの心の本体に気付きを深め、本当の私を信じきる。その修養方法(u_u)なのです。
 インチキまじないでない、合理的理論として、霊性的直感の修養方法(u_u)なのです。

 中江藤樹は作為のない自分の良知を信じきる事が出来る境地を「大悟する。」と云った。

 難しくなく、是非是非オススメです。

////////////////////////////////////////////////////////

_SX344_BO1,204,203,200_ 評伝・中江藤樹

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 東洋思想へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ


ランキングに参加しました。
クリックしてください。


akio_hayashida at 14:56|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 陽明学 | 歴史

2018年03月02日

●3月9日(金)、石坂産業(株)で日本陽明学について講話(後編)


◆「良知を致す」とは、言い換えれば「良知を信じよ」ということです。
 
 埼玉県入間郡三芳町の石坂産業(株)で2月16日(金)に開催された前編に続く後編が、3月9日(金)に開催されます。
 石坂産業(株)と言えば、国の内外から年間3万人の見学者が訪れるという「産業廃棄物中間処理業」では注目を集めている企業です。
 全2回の後編ということで、18:15より
『中江藤樹の「日本陽明学」に、日本人らしい生き方と商人道を学ぶ』
 と題して、話をさせて頂きますが、冒頭で前回のおさらいをしますので、安心してご参加ください。
 今回の話は、私の実体験を含め、陽明学でいう
「良知(本当の私)」
 についてです。
 以下、そのさわりです。

 王陽明が、中江藤樹が言うところの良知とは、仏教でいう「仏性」「真如」「本来の面目」のことです。神道では、「神の分け御霊(みたま)」と言います。 
 私は、小学校高学年(5年生か6年生)の頃、ゲーテの代表作『ファウスト』に出会い、以来ゲーテの愛読者になりましたが(文学では早熟でした)、1971年に上京して、翌々年頃にゲーテの思想をさらに発展させたという思想家でシュタイナー教育の創始者のルドルフ・シュタイナーのことを知りました。以来、実践的なシュタイナー思想に傾倒していったのです。
 そのシュタイナーの思想と、1970年の三島事件を契機に興味を持ち始めていた陽明学とが、いつかどこかでリンクするなどとは、考えたこともなかったのですが、根本的なところで共通していたのです。
 陽明学と言えば、「知行合一」しか言わない人が多いのですが、それは枝葉の話で、本当の陽明学理解は、「良知を致す」の「良知」にあるのです。「良知を致す」とは、言い換えれば「良知を信じよ」ということです。そもそも、良知を致すには、良知を自覚し、信じなければ、致そうにも致せないではありませんか。

◆R・シュタイナーは、「人間の魂には、真理を感じとる能力が本来備わっています」(『シュタイナーの死者の書』第一部)と述べています。

 これまでの拙著では、何度も強調させて頂いてきたことですが、シュタイナー思想と陽明学の「良知」についてです。
 王陽明は、良知を言い換えて、
「心の本体」「真吾(本当の私)」「明徳」「至善」「誠」「天命の性」
 などと言っています。 
 日本陽明学の祖・中江藤樹は、
「明徳仏性」「仁徳仏性」「己心の弥陀」「唯心の浄土」
 等と呼びました。
 陽明学でいう「良知」とは、神や仏に相当するものだというのです。
 ルドルフ・シュタイナーは、私達の心の奥には、
「人間の内なる神的なもの」
「高次の自己(ハイヤー・セルフ)」
「日常的な私ではない私(自我)」 
「真の自我」
 があると説きました。
 また、シュタイナーは、
「人間の魂には、真理を感じとる能力が本来備わっています」(『シュタイナーの死者の書』第一部)
 と述べています。
 クリシュナムルティは
「叡智」「心の最深部にある真理の泉」
 などと表現しました。
 世界的な名著『夜と霧』の著者ヴィクトール・E・フランクルは、
「真実の自己」 
 と呼びました。
 私達は、シュタイナーが言う「人間の内なる神的なもの」、つまり「良知」に恥じない生き方を心がけなければならないのです。

◆「人が唯一依存して良いものは、良知だけだ」

 ここまで説明をしてくると、もう、良知について分かったようなつもりになる人が多く出てきているかもしれません。
 頭だけでの、つまり知的理解レベルでは、良知を分かったとは言えません。確かに、知る、認識するというのは、良知の働き(作用)の一つではありますが、だからと言ってその逆の、知的理解を積み重ねれば良知を、言い換えれば陽明学を理解できるかといえば、それは無理な話です。
 陽明学に関する本を読んで、研究を深めるなら、陽明学が分かる、と思っているとすれば、それは大間違いで、『伝習録』を熟読するならすぐにわかることですが、知識を増やすことと、実践体得する事とは別なのです。
  むしろ、知識を増やせば増やすほど、陽明学が目指している「廓然大公」の伸びやかな境地とは正反対の、知識や学歴を鼻にかけ、人を見下す傲慢な人間になりかねないのです。金持ちが、貧乏人を見下すのと同じです。
 陽明学の場合の実践体得とは、私欲を減らして、良知本来の輝きを回復することです。
 そのことについて、王陽明は、
「人が唯一依存して良いものは、良知だけだ」
 と明言しています。
 そのためにも、日々、小善や義を積み重ねて、内観し良知の自覚に努める、これしかないのです。 ちなみに、私の場合は、
「良知を裏切らない」
 を自らに言い聞かせて、日々を過ごしています。
 
 今の私は、日々体調不良にさいなまれており、いくつもの持病から、床に就く回数や時間も年々増える一方です。それ故、遠隔地での講演は減らさざるを得ません。
 「また今度」と思う方もいらっしゃるでしょうが、お互い、生きて在るのは、今というこの瞬間しかありません。本で読むのと違い、著者の講演を聴くというのは、知的体験プラス感情体験でもあります。
 私自身、好きな作家や実業家や政治家の講演は、積極的に聴きに行きました。せめて一度は、お好きな本の著者の講演を聴かれることをお勧めします。


【石坂技塾 特別公開講座 林田明大氏「日本陽明学」のご案内】
https://ishizaka-group.co.jp/news/805/


林田明大 石坂産業

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 東洋思想へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ

ランキングに参加しました。
クリックしてください。


 


akio_hayashida at 21:01|PermalinkComments(2) このエントリーをはてなブックマークに追加 陽明学 | 歴史

2018年02月14日

●2月〜3月、石坂産業で日本陽明学について講話(全2回)

■世界になくてはならない「廃材処理プラント・リサイクル製品製造」の会社、石坂産業蝓並緝宗Ю从篥技辧砲如⇒枳棲惺嶇

 この度、大変光栄なことに、日本に、否、世界になくてはならない「廃材処理プラント・リサイクル製品製造」の会社、石坂産業蠅如⇒枳棲惺嶇辰鬚気擦督困韻襪海箸砲覆蠅泙靴拭
 2月16日(金)、3月9日(水)の全2回、
「中江藤樹の日本陽明学に日本人らしい生き方と商人道を学ぶ」
 と題して、いずれも午後6時頃からです。
 石坂産業(本社・埼玉県三芳町)には、事実、国内からのみならず、海外からも見学者が相次いでいます。国内外からの見学者は、年間2万人とのこと。
 以下、石坂産業のHPからです。
 
//////////////////////////////////////////////////////////

【リサイクル化率100%への飽くなき挑戦】

 私たち石坂産業は、あえて、リサイクルが困難な建築現場の混合廃棄物を積極的に受け入れています。混合廃棄物とは、コンクリートの瓦礫や、ガラス、木片など複数の素材が混ざり合った廃棄物。リサイクルに手間がかかるため、同業者の多くが受け入れを拒む廃棄物です。
 そのため不法投棄されるケースが後を絶たず、社会問題になっていました。他がやりたがらないこと、誰かが困っていることだからこそ、私たちがやる必要がある。
 混合廃棄物の再資源化のために、私たちは「焼却」ではなく「分別」のための技術開発に取り組みました。重さを量り、比重を調べ、風力を使って、どう飛ばせば、どう分かれていくか、一つひとつ試行錯誤しながら独自の装置を設計。
 試行錯誤の末に、いまではリサイクル化率98%という高い水準を維持しています。
 私たちの目標は、全ての「ゴミ」を再び資源に戻すこと。 
 リサイクル化率100%へ向けて、飽くなき挑戦を続けています。

【⾃然との共⽣から、プラントのあり⽅を考える】

 石坂産業の資源再生プラントは、全天候型のプラント。自然環境に配慮をするために、太陽光発電、省エネ設備の導入、雨水循環システム、および自然光の取込みによる照明設備の電力削減など、地球温暖化問題解決に向けて積極的に取組んできました。
 また、Co2削減を測るために、業界として初めて電動式油圧ショベルをメーカーと共同開発。従来のエンジン式油圧ショベルに比べて、年間64%のCO2削減を実現しています。 
 その技術力を広く伝えるために、プラント内の見学会を通年で実施。国内のみならず、諸外国の使節団も含め、工場見学をはじめとする施設見学来場者は、年間約2万人にものぼります。

20180130_石坂技塾 申込用紙(林田) 表

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 東洋思想へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ


ランキングに参加しました。
クリックしてください。



akio_hayashida at 02:51|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 陽明学 | 歴史
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: