2020年07月06日

●致良知説を知っている人はいるが、これに基づいて本当に努力しきれる人はほとんどいない!

◆「もはや致良知説のあることを知らない人はいません。しかし、これに基づいて本当に努力しきれる人は殆(ほとん)どいません」

 非常に珍しいことに、このところ『伝習録』を手にしない日が続いている。と言うのも、断捨離に力を尽くしているからだ。中でも書類の取捨選択には時間がかかっている。
 過去数十年分の書類や手紙や写真類の山を丁寧にチェックして、「林田明大・資料」「林田明大・講演資料」「陽明学・資料」「山田方谷」「日本陽明学の祖・中江藤樹」「ルドルフ・シュタイナー思想(人智学)」「林田玲奈&龍明」「林田恵子」に仕分けしているところである。
 時々、お宝、例えば書類の山から、九大名誉教授の岡田武彦先生から頂いた書が2点見つかるなどして感慨を新たにしたり(他1点は、額装して部屋に飾っている)、陽明学の資料に見入ってしまったりと、実に時間がかかる作業である。

 今日は、王陽明の以下の言葉を目にして、大いに同感するとともに、忸怩たるものがあった。事実、私から見たら知的理解にとどまっているに過ぎないのに、当の本人は、かつての私もそうだったように、心底分かったつもりの人が多いのだ。以下、吉田公平「王陽明の思想:体認をめぐって」より。

「全国からここにやってく同志に良知説を提唱すると、即座に覚悟しない人はいませんが、着実に透徹できる人は、なかなか得難いものです」(『王陽明全書』巻6、鄒謙之〈すうけんし〉に寄す)

最近の同志で、良知説を理論として知らない人はいません。しかしながら、本当に良知を体認できた人をまだみていません」(『王陽明全書』巻6、馬士莘〈ばしんし〉に与える)

「致良知の3字こそが尤(もっと)も簡易明白で、真に修養の手掛かりがあり、決して取り逃がすことはない。最近の同志で、もはや致良知説のあることを知らない人はいません。しかし、これに基づいて本当に努力しきれる人は殆(ほとん)どいません。
 皆、良知の理解が不充分なために、その結果、その実行(致良知)をも安易なことと考えるため、いずれも実力をつけるに至りません。これでは支離の説に比べれば、少しは手掛かりがあるとはいえ、五十歩百歩の違いがあるにすぎません」(『王陽明全書』巻6、陳惟濬〈ちんいしゅん〉に与える)」

 5年、10年、15年、20年と、私のように陽明学の実践体得に努めていれば、5年前、10年前、更には20年前とは陽明学理解の深さが大きく違っていることをつくづく思い知らされるというものだ。私のデビュー作の『真説「陽明学」入門』と、数年前の『評伝・中江藤樹』とでは、陽明学理解の深さに大変大きな違いがあることを、果たして何人の方に分かって頂けたであろうか。
 そして、現在下書きの加筆修正中の『口語訳で読む「伝習録」下巻(仮)』の場合は、さらに深みを増していることは言うまでもないことである。

評伝中江藤樹、吉田公平PDF

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akio_hayashida at 02:49|PermalinkComments(2) このエントリーをはてなブックマークに追加 陽明学 | 東洋思想

2020年06月18日

●『論語』子罕篇にまつわる読者からの手紙と「知行合一」について

◆子罕(しかん)篇は、孔子の思想をギュッと凝縮した個所でもあった
 
 6月17日(水)に片付け物をしていたら、私宛の見慣れぬ封書が出てきた。
出版社宛てで、
「〈渋沢栄一と陽明学〉著者、林田明大様」
 と記されていた。
 開封済みなのだが、全く記憶にないので、慌てて手紙を取り出した。拙著『渋沢栄一と陽明学』をご一読下さった読者・伊藤某氏からの御手紙で、400字詰め原稿用紙が2枚入っており、ほぼ1枚半が文字で埋め尽くされていた。文末には、令和元年9月1日の日付があった。
 返信を出した覚えもまるで無い。老化からくるモノ忘れのせいにしながら、急ぎ返事を書いて出させて頂くことにした。

 お手紙の冒頭はこうあった。

「渋沢栄一と論語ではなく、〈渋沢栄一と陽明学〉と並べられたことで、ただ論語を解釈された活字として読み、孔子を聖人化して形骸化した儒学ではなく、孔子の教えを胸に日々の生活の中、自己研鑽を積むのが格物、そして孔子の教えを体得するに到るのが致知・致良知、陽明学とはそういうものであるとの感を受けました。」

 どうやら自己研鑽のために儒学を学んでこられた方のようで、「格物致知」を引き合いに、陽明学は形骸化した儒学とは違い、孔子の教えを日々生活の中で自己研鑽を積み、体得するのが陽明学だ、との感想を持たれたとのことである。
 果たして、私はそう思われるようなことを書いたのだろうか。
 実は、『渋沢栄一と陽明学』で私が言わんとすることはそのお手紙には触れられておらず、後述するように、『論語』子罕篇の冒頭にある言葉が話題となってその手紙は終わっていた。

 そのことがいささか残念ではあったが、それでも、おかげで子罕篇を読み直すきっかけを頂いたことには感謝しなければならない。というのも、この子罕篇は、孔子の思想をギュッと凝縮した個所でもあったのだ。「子、四を断つ」「鄙事多能(ひじたのう)」「逝く者は斯くの如きか」など、名言が頻出するではないか。

◆「先生はめったに利益について語られなかった。もし語られたなら、運命に関連し、仁徳に関連してであった」

 さて、伊藤某氏からの御手紙に触発されて、『論語』子罕篇「子罕言利与命与仁」について改めて調べてみた。
 伊藤某氏の手紙にはこうある。( )内は筆者注。

「漠然とした利や命を仁と合はせてまれに説明したと言うのでは無く、人を教え導くことで地位や得られる利と仁を合一させ、売りたいが売れない玉が(子罕篇13に「私は玉を売ろう」とある)、教団主的地位に甘んじる命も仁と合一させて来たのだと時々おっしゃった、と言うことではないか」
 と。
 続けて、こうある。〔 〕内筆者注。
「〔孔子は〕利と与に命と与に仁を貫いて来た」
 のだ、と。
 伊藤氏は「吾道一以貫之(我が道〈みち。どう〉は一〈いつ〉を以〈も〉って之〈これ〉を貫く)」(『論語』里仁篇)を、「一=仁=知と行の合一」だと解されたのである。
 ちなみに「吾道一以貫之」は、「一以貫之」という四文字熟語でも知られており、その訳は、「私が説きかつ行う道は、常に一貫した原理がある」、あるいは「私の人生は、ある一つのこと(仁)で貫いてきた」となる。

 私なりの伊藤氏への見解を述べる前に、子罕篇冒頭の
「子罕言利与命与仁」
 について見ておきたい。
 ご専門の方は先刻ご承知だが、漢文、いわゆる中国語の場合、日本語のように「。」「、」で区切られていないので、その区切る個所がどこなのかで、意味が変わってくるのである。つまりは、往々にしてその文章が幾通りにも理解可能なため、その文章の筆者の真意があいまいになり易いし、どう理解していいのか理解に窮することもあるのだ。
 さて、
「子罕言利与命与仁」
 の何所に「、」を入れているのかに注意をしながら、いくつかの解釈を見ていきたい。
 
 まず、朱子学者・宇野哲人の訳である。(以下、敬称略)
「子罕(しまれ)に言ふ、利と命と仁と」(『論語新釈』講談社学術文庫)
 以下、通釈。
「孔子は人に教えるにあたって利(り)と命(めい)と仁(じん)とはめったに言わない。利を計(はか)れば義を害するし、命の道理は奥深く、仁の道は大きくて常人には分からないからである」

 金谷治訳注『論語』では、
「子、罕(まれ)に利を言う。命と仁と」
 と読み、訳は
「先生は利益と運命と仁とのことは殆(ほと)んど語られなかった」
 となっている。宇野哲人訳と同じである。
 しかし、『論語』の中で利と命について孔子はそれぞれ6回語ったが、仁については60回以上も語っているという。利と命と仁については、めったに語らなかったという宇野や金谷の訳はふさわしくないことになる。

 次は、木村栄一訳注『論語』からである。
「子罕(しまれ)に利と命と仁とを言ふ」
「先生は利を優先させる判断をしたり、〔安易に〕運命論で片づけたり、自分にも他人にも簡単に仁をみとめたりは決してしなかった」
 宇野、金谷の訳とは区切る個所は同じでも、現代語訳は違っている。

 そして、貝塚茂樹訳注『論語』からである。以下は、江戸中期の儒学者・荻生徂徠(おぎゅう・そらい)の読み方によったとある。
「子、罕(まれ)に利を言う。命(めい)と与(とも)にし仁(じん)と与にす」
「先生はめったに利益について語られなかった。もし語られたなら、運命に関連し、仁徳に関連してであった」
 調べてみると、武内義雄、フランス文学者・桑原武夫なども、この徂徠説を採っている。
そして私も、徂徠説を採用したい。

◆「知行を分けるな、分けて考えるな」

 ここで、話を伊藤某氏の手紙のことに戻す。
「仁という一を以って貫く」
 という理解には納得できるのだが、仁を「知と行の合一」と理解されている点には、納得できかねるのだ。
 この一文の結論めいたことを言わせて頂くなら、約30ページ弱からなる本書『渋沢栄一と陽明学』の第7章
「小事即大事、大事即小事」
 に、渋沢栄一に仮託して私が一番言いたかったことを吐露させて頂いたのだが、P208の小見出し
「知行を分けるな、分けて考えるな」
 に象徴的と言って良い。
 いみじくも伊藤氏が、
「知と行の合一」
 と記されている点がそもそも問題なのである。
「知行合一」
 とは、それぞれ個別に存在する知と行を一つに合わせることを意味しているのではないのだ。そのことを、P210の冒頭に
「知行は言葉の上では区別できても、本来一体のものだから、知行を分けるな、分けて考えるな、と説いてるのだ。」
 と、記させて頂いたのだ。
 続けて、私はこう書いている。
「こうした〈分けるな〉という物の見方・考え方は、陽明の場合終始一貫していて、晩年の〈万物一体〉説へとつながっていく。」
 その後の小見出しは、
「知は行の始(もと)、行は知の成(じつげん)」
 となっている。
 王陽明は、知行は一体であって分けられない、と説いているのである。
「知行合一」とは、言い換えれば「小事大事合一」のことであり、禅的表現を借りれば「小事即大事、大事即小事」なのである。

 自然科学を生み出した二元論や唯物論が間違いだというわけではないが、二元論や唯物論しかないと思い込んでいるが故に、「知行合一」に代表される陽明学の一元論(『易経』に代表される東洋思想の神髄。ルドルフ・シュタイナー思想も一元論)の教えがなかなか理解されてこなかったのは、残念としか言いようがない。
 それでも、このまま二元論や唯物論に洗脳されて生きてしまうことが如何に危険極まることなのかを、孔子や孟子、王陽明の精神を受け継いで、実践体得に努めて、日本の天台宗の開祖・最澄の言葉ではないが、一隅を照らしつつ、警鐘を鳴らし続けるしかないようだ。


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2020年05月06日

●一挙手一投足が「良知を致す」を実感

◆「今、私がやっている行為は、扉の清掃をしているのではなく、良知を致しているんだ」

 5月6日(水)の今日の15時頃、いわゆる「一元論」をしみじみと実感。以前からキッチンの流しの下にある扉の汚れが気になっていたので、昼食を終えてキッチンに立ったついでにスポンジに液体クレンザーをかけて、扉の汚れを取り始めたのである。6枚のデコラの扉の汚れを、スポンジでこすっては、布巾でせっせと拭き取る作業を繰り返すうちに、
「今、私がやっている行為は、扉の清掃をしているのではなく、良知を致しているんだ」
 とつくづく思えてきて、その思いが確信へと変わっていったのである。
 料理をしている時や、食事の後の片づけや、それらを流しで洗っている時などにも、もちろん、これは良知を致しているんだという思いがなかったわけでは無いのだが、今日は、そんな時々に味わっていた思いが、確信へと変わった瞬間だったのである。
 繰り返しになるが、以前は、日々の生活のなかで、掃除をしていたり、洗濯物を干していたりする時などに、
「良知を致す」
 を意識したのは時々だったのだが、今は、今こうしてキーボードを叩いている時であっても、
「今私は、良知を致しているんだ」
 という明確な自覚があるのだ。
 それも、かつてのように、時々ではなく、常に「良知を致す」を自覚しているわけで、これこそが孔子が言った
「〔良知という〕一を以って貫く」
 だということも、今回併せて実感したのである。
 俗にいう「大悟する」とは、言い換えれば二元論から一元論へ転換する、目覚める事なのだが、一元論を、頭で分かったというのではなく、明らかに実感した、心で納得したのである。とはいえ、今後も、これまで同様か、これまで以上の「悟後の修業」が継続されなければ、この気づきは雲散霧消することになる。
 以前は、どちらかと言えば、「良知を致す」を自らに言い聞かせていたレベルで、現在は、違って、ワンランクアップした感じだ。小事も大事の区別などまるで無く、コーヒーをたてることも、掃除をすることも、こうしてペンを走らせることも、仕事をしてお金を稼ぐことも、私の一挙手一投足が、私に言わせれば「良知を致す」なのであり、心に天理を、真の私を回復することなのだ。
 禅語に「坐忘」という言葉があるが、この良知への意識が将来忘れ去られていき、良知そのものに成れることを祈るばかりである。

◆真の宗教家とは、五井昌久先生のことを言うのである。

 これには、昨年頃から私淑するようなった白光真宏会の開祖・五井昌久(ごい・まさひさ。1916〜80)先生の教えや、このところ毎日手にするようになっていたルドルフ・シュタイナー、森章吾・訳『自由の哲学』(イザラ書房)や、昨日入手した今井重孝『シュタイナー「自由の哲学」入門』(イザラ書房)という本なども影響してのことであろう。
 こう書くと、ルドルフ・シュタイナー、森章吾・訳『自由の哲学』を手に入れたいと思う人が出て来るのだろうが、本書は哲学に興味がない人には正直言ってお勧めできないので、それでも読んでみたいと思う方には、今井重孝『シュタイナー「自由の哲学」入門』の方の一読をお薦めしたい。
 というわけで、五井昌久先生のご著書も、是非の一読をお薦めする。
 真の宗教家とは、五井先生のことを言うのである。五井先生と言えば、昭和の陽明学者として高名な安岡正篤先生が尊敬し絶賛されたことでも知られており、合気道の開祖・植芝盛平先生とも肝胆相照らす仲であったことも有名な話である。
 私が「男の中の男」とひたすら私淑した明徳出版社の代表で二松学舎大学の理事を務められた小林日出夫(1927〜2007)先生ご夫妻が五井先生の熱心な信者だったことを、小林先生亡き後に気づかされたのだが、実はその後も、五井先生とのご縁の深さを思い知らされる出会いが相次いでいる。

▼五井昌久先生と合気道の開祖・植芝盛平先生

五井先生と植芝先生 小さい写真

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akio_hayashida at 19:34|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 陽明学 | 宗教

2020年05月03日

●「トランプが当選して良かった理由がわかる動画」に感動し、いろいろと考えさせられた

◆我が国の大手マスコミやメディアが報道しようとはしないトランプ大統領の演説に感動しないではいられない

 トランプ政権が今後あと4年続くのか、11月に迫るアメリカの大統領選挙は日本の未来にも無視できない大きな影響を与える。日米の評論家や大手マスコミの読みと期待を裏切って、2016年11月、トランプ大統領は勝利宣言をした。
 そんなトランプ大統領の選挙中の演説が「トランプが当選して良かった理由がわかる動画」と題して注目を集めている。
 動画のコメント欄には、
「これが2016年の動画だとは、・・・絶句です」
「 すごいなこれは知らなかった。陰謀論でも何でもない、大統領本人が言っている。なぜマスコミは取り上げない?」
 などといったコメントが掲載されている。
 正直、我が国の大手マスコミやメディアが報道しようとはしないトランプ大統領の演説には感動しないではいられない。
 どうして今頃、と思うのだが、思うに、アメリカの大統領選が近づいていることに加え、トランプ大統領の発言を、安倍政権下の日本の現状と重ね合わせて、共感する人が増えたからではないだろうか。事実、公共放送である筈のNHKは、経営委員の座から百田尚樹氏を追放したし、反安倍政権のメッセージを番組中にこっそり挿入させるし、文科省や厚生省に代表される官庁は反安倍勢力であり、朝日や毎日新聞に代表される大手マスコミやメディアもまた、反安倍勢力の牙城となって久しい。

◆トランプ氏の発言を耳にしながら思い出したのは、1970年に割腹自殺した三島由紀夫氏のことであった。

 ちなみに、安倍政権についての具体的な評価を一つ披露しておきたい。3年前と、ちょっと古いが、元大蔵・財務官僚で嘉悦大学教授・高橋洋一氏のコメントである。〔〕内は、筆者注。
「〔安倍政権は〕まっとうな経済政策を実践した。金融緩和によって就業者数が約200万人増えている。就業者が増えると経済的要因の自殺者が減り、犯罪も減った」(「加計学園問題「反安倍政権勢力が倒閣に利用」と指摘…元大蔵・財務官僚、高橋洋一氏 懇話会詳報」産経ニュース、2017.7.27)
 
 以下、「トランプが当選して良かった理由がわかる動画(https://www.youtube.com/watch?v=lXkm4IYwBko)」は日本語字幕付きだが、以下に文字お越しさせて頂いたので、トランプ大統領の本音や政策を知る意味でも、是非、ご一読を願いたい。

 演説最後のトランプ氏の私的な発言
「そもそも、私はこんな風に立候補する必要は無かった。私は素晴らしい会社を経営し、素晴らしい人生を送っていた。会社経営は成功していたし、私も私の家族も、こんな風にテレビ画面上で、悪意のある嘘を吹聴されたり、誹謗中傷されることもなく、一生涯優雅な暮らしを送ることができていたはずだったのだ。こんな攻撃、誰が好んで受けたいだろうか?でも私はあえて、この世界に飛び込んだ。それは、私がこの国の恩恵を十分に受け、今こそ、この愛するアメリカに恩返しをするべきだと強く思ったからだ」
 は、家族を巻き込み犠牲を強いるという点で、万感胸に迫るものがある。
 ちなみに、幕末期の志士たち、吉田松陰や坂本龍馬や橋本左内らも、トランプ氏同様の愛国心から、命がけで奔走し散っていったではないか。
 この発言を耳にしながら思い出したのは、1970年に割腹自殺した三島由紀夫先生のことであった。当時の三島先生も、世界的な作家として功成り名を遂げており、いずれノーベル文学賞を獲得できる身の上であった。にもかかわらず、先の大戦で死んでいった若者たちへの、生き残ってしまったという申し訳なさもあったのだろう、日本国の為に諌死という道を選んだのである。

//////////////////////////////////////////////////////

「このムーブメントは、現在の腐敗し堕落しきった古い政治体制を、アメリカ国民である、あなた方が創る新政権により一新することが目的だ。ワシントンDC政府の職員や彼らに資金提供している金融機関、そしてメディアや企業に勤める者たちは、ただ既得権益を死守し、自分たちだけがもっと豊かになるという目的を達成するために生きている。ワシントンの政治家を牛耳り、世界中の特別利権をむさぼっている黒幕は、この選挙の結果によっては、何兆ドルもの大金を失う危機に直面している。
 彼らは、あなた方アメリカ国民の幸せのことなんてこれっぽっちも考えていない人たちと手を組んでいる。今回の選挙は、未だかつて例を見ないほどに皆さんの生存そのものを脅かしかねない。これは今までの4年に一度の大統領選挙とはわけが違う。我々の文明の歴史の大転換となる、アメリカ国民が現政府の横暴を止め、権力を奪い戻すことができるか否かを決定する一大イベントだ。➡
我らアメリカ国民の勝利を阻む政府の人間は、とんでもなく不利な条件の貿易協定や大量の不法移民の流入により、私たちの祖国を傷つけ、干上がらせてしまうほどの酷い経済外交政策をしようとしている奴らと同じ仲間だ。ワシントンの政府職員たちは、工場や雇用をメキシコや中国、さらには世界中に流出させることにより、アメリカ経済を破壊へと導いた。
世界経済の意志決定は、世界権力にゆだねられてきた。彼らは労働者階級から搾取し、アメリカの富を奪い、ほんの一握りのグローバル企業と政治団体だけを肥え太らせ続けてきた。これは我が国の生存をかけた闘いであり、アメリカにとって最後のチャンスとなるであろう。この国が自由を取り戻すか、それとも民主主義が幻と消え、社会システムを自分たちに都合よく変えてしまうほんの一握りの世界権力にアメリカがコントロールされてしまうかは、この選挙にかかっている。
 社会システムは既に、彼らによって都合よく変えられてしまっている。これが現実だ。あなたも、彼らも、私も、そして世界中の人々がこの事実に気が付いている。この世界権力の中枢にいるのがクリントン一味だ。ヒラリー・クリントンが国際銀行家たちと会い、その〈特別なお友達〉と〈彼女の支援者たち〉の利益の為だけに、アメリカの主権を崩壊させる計画を話し合っていたその証拠は、ウィキリークスの書類でじかに確認することができる。正直言って、ヒラリー・クリントンは刑務所に収監されるべき人物だ。➡
 クリント一味によって展開される最も強力な武器はメディア企業、マスコミだ。ここで一つはっきりさせておこう、この国のメディア企業は、もはやメディア企業の機能を果たしていない。彼らはロビイストやその他の金融団体と同様、政治的な利益関係により、政治的なアジェンダ(行動計画)の為だけに仕事をしている。彼らの強力なアジェンダには、あなた方アメリカ国民の利益など、これっぽっちも考慮されていない。自分たちの利益オンリーなのだ。
 彼らのコントロールに逆らおうとすれば、性差別主義者だの、人種差別主義者だの、外国人差別だの、いちゃもんをつけて大騒ぎする。奴らの口から出るのは、嘘、嘘、嘘ばかり。次から次へと悪事を働く。忘れないでクリントン一味は犯罪者だ。奴らの犯罪の記録はちゃんと記録にも残されている。奴らを守っている犯罪者仲間は、クリントン一味の力を維持するために、国の機関やクリントン財団の世界規模の犯罪活動を隠蔽している。
 奴らは私や私の家族、友人に対する誹謗中傷を自分たちが嘘をついていると十分承知の上でやっている。その、人間として最低の行為の数々を、奴らは止めるつもりなんてさらさらないのだ。矢でも鉄砲でも持ってくるがいい。どんな攻撃であろうと喜んで受けよう。
 このムーブメントの為に、この国をアメリカ国民の手に取り戻すために、この日が来ることを私は知っていた。単に時間の問題だった。そして私は、アメリカの皆さんが立ち上がり、ご自分たちに相応しい未来のために投票してくれることも知っていた。この腐った犯罪一味を止めることができるのは、あなたたちの強い力だけだ。あなたたち勇敢なアメリカ国民だけが、これら腐った権力者たちを落選させることができる。私達の素晴らしい文明は今、破滅寸前だ。
 そもそも、私はこんな風に立候補する必要は無かった。私は素晴らしい会社を経営し、素晴らしい人生を送っていた。会社経営は成功していたし、私も私の家族も、こんな風にテレビ画面上で、悪意のある嘘を吹聴されたり、誹謗中傷されることもなく、一生涯優雅な暮らしを送ることができていたはずだったのだ。こんな攻撃、誰が好んで受けたいだろうか?でも私はあえて、この世界に飛び込んだ。それは、私がこの国の恩恵を十分に受け、今こそ、この愛するアメリカに恩返しをするべきだと強く思ったからだ。私は人々のため、このムーブメントのため、この国をあなた方国民に取り戻すために、アメリカ大統領になることを決意したのだ。偉大なるアメリカよ、再び!」

/////////////////////////////////////////////////////////

 以下は、上記の演説内容をより分かり易くするための「注」として、2016年7月23日の「トランプ氏受諾演説」から引用させて頂いた。一読の価値ありである。

「何十年もかけて犯罪を減らしてきましたが、現政権が警察を減らしたため、状況が逆戻りしています。アメリカの50の大都市における去年の殺人件数は17%増加しました。この25年で最大の増加です。わが国の首都では殺人が50%増加しています。首都近郊のボルチモアでは60%近くも増えています。大統領の出身地であるシカゴでは、ことしだけでも2000人以上が銃の発砲によって犠牲になっています。そして、シカゴ地区では、オバマ大統領が就任して以来、およそ4000人以上が殺害されています。職務中に殺害された警察官の数は、去年の同じ時期に比べておよそ50%も増加しています。犯罪歴があり、わが国から追放を命じられた18万人近くの不法移民が、今夜も自由にうろついて、平和な市民たちを脅かしています。」

「ことしに入ってこれまでに国境を越えた新たな不法移民の数は、すでに2015年の年間の人数を超えています。公共の安全や資源に与える影響などお構いなしに、何万人もの不法移民が私たちの地域社会に放たれているのです。このようにして国境を越えて入ってきた1人の男が自由の身となって、ネブラスカに行きました。そこで、彼は、サラ・ルートさんという名前の無実の若い女性の命を奪ったのです。彼女は21歳で、優秀な成績で大学を卒業した翌日に殺害されました。クラスでいちばんの成績をおさめていたのです。彼女を殺害した男は、当時、2度も釈放されており、現在は法の網の目をくぐり抜けて逃亡者になっています。私は、サラさんの美しい家族にお会いしました。しかし、今の政権にとっては、彼らの美しい娘は、保護する価値のない、1人のアメリカ人の命に過ぎませんでした。これ以上、子どもが、開かれた国境の犠牲になるようなことがあってはなりません。」


◆峪笋燭舛侶从僂呂匹Δ任靴腓Δ?皆さんが目にする夜のニュースや朝刊に載っている明白な事実をお伝えしましょう。アフリカ系アメリカ人の子どもたちの10人に4人近くが貧困生活を送っており、アフリカ系アメリカ人の若者の58%が雇用されていません。オバマ大統領が8年前に大統領に就任したときに比べて、現在、ヒスパニック系アメリカ人で貧困に苦しんでいる人たちは200万人も増えています。更に1400万人が労働人口から完全に外れています。世帯収入は、16年前の2000年以降、4000ドル以上も下がっています。私たちのモノの貿易赤字は去年だけでおよそ8000億円に達しました。私たちは、それを直します。予算もよくありません。オバマ大統領は、国家の債務をおよそ19兆ドル以上に倍増させ、今も増え続けています。しかし、それにもかかわらず、私たちの道路や橋はばらばらに壊れ、空港は第三世界の様相を呈し、4300万人のアメリカ人が食糧切符で暮らしています。

「アメリカは1997年以降、ビル・クリントンとヒラリー・クリントンが支持した破壊的な貿易協定の執行に伴って、3分の1近い製造業の雇用を失ってきました。思い出してください。NAFTAに署名したのはビル・クリントンです。あれはわが国、あるいは率直に言ってあらゆる国がこれまでに締結した最も悪しき経済協定の1つです。」「私の対立候補は、わが国の中産階級を破壊してきたほぼすべての通商協定を支持してきました。彼女はNAFTAを支持し、中国のWTO=世界貿易機関への加入―、 これも彼女の夫が引き起こした大間違い、大惨事の1つですが―、これを支持しました。彼女は雇用を失わせる韓国との通商協定を支持しました。彼女が支持したTPP=環太平洋パートナーシップ協定は、わが国の製造業を破壊するだけでなく、アメリカを外国政府の決定に従わせるものです。」


クリントン氏がアメリカ外交の責任者に就任する前の2009年、過激派組織IS=イスラミック・ステートは地図にさえ載っていませんでした。リビアは安定していました。エジプトは平和でした。イラクでは暴力が大幅に減っていました。イランは制裁で窒息させられていました。シリアはなんとか統制が取れていました。ヒラリー・クリントン時代から4年後、私たちには何があるのでしょうか?ISは地域全体、そして、全世界へと拡散しています。リビアは破壊され、アメリカ大使とその職員は、野蛮な殺人者の手によって助けもないまま死亡しました。エジプトは過激なムスリム同胞団に引き渡され、軍による権力の掌握を余儀なくさせています。イラクは混乱の中にあります。イランは核兵器開発の途上にあります。シリアは内戦に巻き込まれ、難民危機が西側諸国を脅かしています。中東での15年間の戦争で何兆ドルもの資金が投じられ、何千という命が失われたあと、状況はかつてないほど悪化しています。これは、ヒラリー・クリントン氏が残した遺産です。死、破壊、テロリズム、そして弱さです。」

「イスラム過激派が損害や破壊を生じさせえることは何度となく実証されています。世界貿易センターで、サンバーナーディーノの職場のパーティーで、ボストンマラソンで、テネシー州チャタヌーガの軍の新兵募集所で、その他、多くの場所で。ほんの数週間前にも、フロリダ州オーランドで49人のすばらしいアメリカ人がイスラム主義のテロリストにより無残にも殺害されました。このとき、テロリストの標的になったのはLGBTQ(性的マイノリティー)のコミュニティーでした。」

私の対立候補は、シリア人(の受け入れ)をなんと550%増やそうと呼びかけています。考えてみてください。信じられませんが、実際に起きていることです。オバマ大統領の指揮のもとですでに行われている既存の大量移民流入に加えて、シリアからの難民を550%も増やそうとしているのです。これらの難民がどういう人で、どこの出身かを知るための審査方法がないにもかかわらず、彼女はこれを提案しているのです。私は、アメリカの価値観を支持し、アメリカ国民を愛する人にしかこの国に入ってほしくありません。

前国務長官が、私用サーバーにメールを違法に蓄積し、当局に犯罪を見抜かれないように33000件のメールを削除して、わが国を危険にさらし、あれこれウソを並べ立てても責任をとらない。私は、こうした腐敗がわが国でかつてないレベルにまで進んでいることを知っています。FBI長官は、前国務長官の機密の取り扱いについて、“極度に不注意”で“怠慢”だったと述べていますが、彼女が実際にしたことに比べ、これらのことばが軽いことも私には分かっています。彼らは、酷い犯罪に対して裁きが下されることから彼女を救うことが常なのです。」

 何故だか、動画をアップできない。💦以下映像だけである、悪しからず。

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akio_hayashida at 16:04|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 政治 | マスコミ

2019年11月26日

●12月14日(土)13:00より小路口聡先生の講演『王龍溪の良知心学と講学活動』開催

「日本陽明学」では、王陽明の一の高弟の王龍渓(おう・りゅうけい)の教えを重視してきた

 陽明学に興味がおありの方であれば、陽明学が中国では明王朝の滅亡と共に無くなり、江戸初期から日本で発展し、今日にまで至っていることは先刻ご存じのことでしょう。
 日本陽明学の祖・中江藤樹のおかげで、その後神道に接ぎ木されて「日本陽明学」として独自の発展を遂げてきたわけですが、「日本陽明学」では、王陽明の一の高弟の王龍渓(おう・りゅうけい。「溪」も可)の教えを重視してきました。
 王陽明亡き後の一大陽明学ブームは、何と言っても王龍渓の働きによるところが大きいのです。
 我が国江戸時代の喜多方を中心にした「会津藤樹学」の場合も、王龍渓の教えが重視されました。

 以下、王龍渓の言葉をいくつか披露します。分かり易くするべく、ルビや語意などを補足しました。

「人の心に自ずから天則(良知)がある。学を知る者は、まさにこれを自得する(自分自身でつかみ取る)べきだ」(小路口聡『王畿「蓬莱會籍申約」訳中、陽明門下の講会活動記録を読む 戞

「傲慢さは凶徳である」(同上)

「〈謙〉は徳の原動力である」(同上)

「王陽明先師は、良知の2字を選び出したが、〔それは他でもない〕生機(天地造化のからくり)の中から、人々にその霊竅(れいきょう。霊妙なるはたらき」)を指し示して与え、〔人が〕力を用いるべきポイントを知らせたのである。
 今、不孝不弟(親不孝で年長者を敬わない)の人がいたとして、不孝不弟だと指摘すれば、怫然(ムッ)として怒るだろう。ここから不孝不弟の人も、良知を失っていない事が分かる。
 悪事を働く最低の人間でも、その人を指して悪党だと指摘したならば、忿然(ふんぜん。プンプン)と怒って抗議するであろう。悪党でも、孝子(こうし。親孝行な子供)を見れば、やはり肅然(しゅくぜん。キリッ)として尊敬の気持ちを起こす。極悪人でも、良知を失っていないことが分かる。
 (中略)われわれが、もし本当に一念発起(いちねんほっき)して、性命(せいめい。人間存在の意味)を実現することを目指し、この事実〔良知の固有性〕をとことん信じ、ひたすら目前の事態に即して、この良知を発揮するならば、それがそのまま、〔孟子の所謂(いわゆる)〕『尽性(じんせい。本性を発揮する)』であり、そのまま生涯にわたって天命を守るという誓いのしるしであり、一時(いっとき)も〔人の生の営みを〕離れることはできない」(同上)

「精神(きりょく)を集中し、ほかでもない力を省(はぶ)けるところ〔「性命」、すなわち本性の自然〕に従って行動せよ。ひたすら求めさえすれば、〔欲望は〕日に日に減っていくが、求めなかったならば日に日に増えてくる」(同上)


 繰り返しになりますが、中江藤樹を先駆とする「日本陽明学」を理解するうえで、決して外すことのできないのが王龍渓の思想です。中江藤樹の一派では、王陽明の思想以上に、一の高弟の王龍渓の思想が重要視されたと言っても過言ではありません。陽明学の実践体得を目指される方には、王龍渓の教えはとても参考になります。
 この度の一般向けの王龍渓についての講演会は、実に画期的なことで、戦前のことは分かりませんが、少なくとも戦後初と断言していいでしょう。

◆講演会開催概要

・2019年12月14日土曜日 13:00〜15:10
(講演90分、質疑応答30分)
・会場:佃区民館6号室(東京都中央区佃二丁目17-8)
電話:03-3533-6951
※会場は、畳敷きの和室です。
最寄り駅・東京メトロ有楽町線または都営地下鉄大江戸線
「月島駅」下車4番出口 徒歩1分
・主催:王龍溪の良知心学と講学活動事務局
・参加費:3,000円/人
※当日、会場で現金にてお支払いください。
・お申込フォーム:https://forms.gle/AGN5R7c6C2bfXDE46

【小路口聡先生のコメントとプロフィール】
「一般の人にどんな事を話したのか」「現代生活の中で実践できること」というご依頼ですので、「改過」ということを中心に、お話ししようと思います。王龍溪の「一念自反」の工夫、「良知現成」の人間観は、とことんつきつめていけば「改過」に集約できます。庶民を対象にした講会の場において、王龍溪は、この「改過」の二字を繰り返し説いています。この二文字を通して、王龍溪の良知心学の本質に迫ってみたいと思います。

・東洋大学大学院文学研究科中国哲学専攻 教授
・王龍渓を専門とする数少ない研究者で、講演や著書では平易な言葉で説明するため、一般の人からも「分かりやすい!」と大好評。
・著書:
『語り合う<良知>たち―王龍溪の良知心学と講学活動―』(2018年)
『「即今自立」の哲学 ―陸九淵哲学再考― 』(2006年) 他

王龍渓 こくちーずプロ

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akio_hayashida at 21:12|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 陽明学 | 東洋思想
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