男女共同参画社会に向けて

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「男女共同参画からみた男性問題」中村彰  『国立女性教育会館 研究報告』第9号、2005年8月

「男女共同参画からみた男性問題
=エンパワメントのための生涯学習の実践事例」
中村彰

『国立女性教育会館 研究報告』第9号、2005年8月
ヌエック研究報告9号2005

















































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「第4回男のフェスティバル」特別シンポジウム(1999・9・6 京都府女性総合センター) の記録です。

「第4回男のフェスティバル」特別シンポジウム(1999・9・6 京都府女性総合センター)
の記録です。
 
メンズセンター10周年記念連続シンポジウムの記録
     (メンズセンター・プラス10プロジェクト)         
    男女共同参画社会でひろげる男の生き方
      ― あなたの生き方を考えてみませんか
    2005年5月30日(発行:メンズセンター)
 
〔シンポジウム7〕1999・9・6 京都府女性総合センター
「第4回男のフェスティバル」特別シンポジウム
メンズリブの10年 
シンポジスト
味沢道明(メンズセンター)
伊藤公雄(メンズセンター)    
大山治彦(メンズセンター)
中村 彰(メンズセンター)
水野阿修羅(メンズセンター) 
豊田正義(メンズリブ東京)
森綾子(宝塚NPOセンター)          
コーディネイター  
安部達彦(メンズセンター)
 
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☆第4回男のフェスティバル 特別分科会「メンズリブの10年」の記録☆

 第4回男のフェスティバルでは、実行委員会主催として特別分科会「メンズリブの10年」を開催しました。
1989年9月に日本女性学研究会主催で「男はフェミニストになれるか」という討論会を開催してから10年経過しました。
この10年間メンズリブは全国的な広がりをみせました。
しかし活動が広まるにつれメンズリブは拡散しているという声も耳にします。
いったいメンズリブはどこに向おうとしているのでしょうか?
この分科会では10年前からメンズリブの活動をしてきた方々とともにメンズリブを振り返りメンズリブの今後を考えました。

 この特別分科会の記録としてシンポジストの発言内容の抄録を中心にまとめました。
10年後、20年後のメンズリブはどのような姿になっているでしょうか。
10年後、20年後もこうした分科会の開催できることを願いつつ、ここにまとめを記載いたします。
 
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安部
こんにちはみなさん。それでは「第4回男のフェスティバル」特別シンポジウムを始めます。テーマは「メンズリブの10年」です。よろしくお願いします。
いつも私たちがこのようなイベントをやるとき、大抵、話し手と参加者が同じ高さのフロアで輪になって、というのをずーっとやっていたのですけども、今日は目立とうという(笑)気持ちで、ちょっとは高いところでみんなに顔を見てもらおうかという想いがあって、こういう形(壇上)にさしてもらいました。
私は、今日のコーディネイターをやることになっております安部達彦です。実は「メンズリブの10年」という題を考えたのがもう1年以上前でして、メンズリブという名前の運動を最初に起こしてやってきた5人に、10年を経て、みんな何か言いたいことがあるのじゃないか、と企画しました。おしゃべりな人、そうでない人もいますけど(笑)。私はほっとくと3時間でも4時間でも話しますので進行役にまわりました。
進行役がペラペラしゃべるのもなんですけども、メンズリブに関わる前のきっかけになったのは、いろんな家のなかで抱えている、最近やっと問題になりましたけど家庭内暴力(ドメスティック・バイオレンス)の問題、自分自身が抱える暴力の問題、いろんなこと、特に暴力のことですごく悩んでて男の人と話しをしたいなーっというのを思ってたときにメンズリブ研究会というのを作るよっていうのを水野さんから連絡をうけました。で、おーっと思いました。で、1回目は行けなかったのですけど2回目から参加して、しつこくメンズリブ研究会に顔を出してずっとやってきました。で、私がやりたかったことは「男悩みのホットライン」というかたちで実現させ、いまやっています。夫婦間で暴力を振るわないで生きていこうというような動きが社会のなかに出て来て、すっごくうれしく思っています。というのが簡単な私の思いです。座ります。またしゃべり出すと止まりませんので。
今日はメンズセンターのパネリストがあいうえお順に話して、その後に豊田さんと森さんという順を考えています。豊田さんがなぜ東京で「メンズリブ東京」をやっているのかということと、今までやってきたりしたことの話を、それから森さんは実はこのメンズリブの一つの大きなきっかけを作った人なのでそういう話しとかも聞かして頂きながらやっていきたい。で、話しが終わりましたらちょっと休憩をとりまして、その後、皆さんとのやりとりでやっていきたいと思います。どこまでできるかわかりません。時間があまりないので私も急いでやりますけども、この討論はずっとこれからも続いていくものだろうなと思っております。じゃ、皆さんよろしくお願いします。
 
メンズセンター( Men's Center Japan )10


















味沢
あっという間に10年が過ぎたなという気持ちもありますけども、森綾子さんに呼ばれて、しゃべって、あの時壇上でいきなり感情的になって泣き出したくなっちゃった自分がいました。「あれ?」って自分でもちょっと驚いたんだけども、それがなんだったのかっていうのが最近は自分の中でわかりだしてきた。それを受け入れるようになってきたと思うのですよね。10年間かかったという事かもわかりませんけども、男たちが色々思いがあって集まって「男の問題は男でやっていこう」という事で私もその中に入ったんだけど、結局「男の問題」と言うよりも「私自身の問題」なんですよね。そのなぜかよくわからなかった。女性がいるグループとやっていても、もう一つ違う自分がそこにある。「なんか違うんじゃないかな」と思っていたんだけども、それがなんでかよくわからなかったんですよ。それを男たちが集まってそれぞれが自分の思いを語る。それを聞くっていうことをずっと続けることによって、自分の中でもやもやしたもの、わからんかったものが少しずつわかってきましたね。例えば泣きたい自分。「あ、泣きたいんだ、今すごく腹が立っているんだ」。そういうが自分でOKって自分に言えるようになったんです。それまでは弱い自分、もうほんとにそれが嫌いで、「強くなりたい」とか「負けたくない」とかそういうのにすごくとらわれていてしんどかった。泣くに泣けなかったのですけれども、「あるがままでいいじゃない」というのが少しずつ分かってきだした。理屈でもわかってきたし感情でもそれを自分で受け止めることができるようになってきた。その中で随分自分が楽になってきたなーって思うのですよ。例えば今は、平気でチャラチャラした格好をするのが非常にうれしくてやる。当然昔は考えられなかったんですけども、今ではほんとにそれが楽しめる。逆に言えば他の人がチャラチャラしていてもそれが「あ、いいね」といって素直に言えるようになった。昔はそれが言えなかった。他の人が女々しくしていたり、チャラチャラしているのを見ると「男のくせになんやそれは」というような目で見てた自分がいたんですよ。それは自分に対してもそうだし他人に対してもそうだ。そういうことで、自分の中の色んな物が自分で受け入れられるようになった。
「強制された男性性」というんですが、「男らしさ」「ジェンダーとしての男」をどんどん削ぎ落とす作業でもあった気がします。その中で時にはすごく女性的な自分であったり、時にはすごく男性的な自分であったりとか、自分の中の多様性が増してきたというか、自分の中のふわふわ、よくわからんものが自分で分かってきたというのかな。自分は「これだ」とはっきり言えない自分を受け入れられるようになってきた、そんな感じです。それですごく人間関係も豊かになってきた。最近「男・悩みのホットライン」で電話を聞く作業なんかも続けることによって人の話も聞けるようになってきた。そうするとほんとにいろんな人がいろんなことを私に教えてくれるんですね。で、いろんな生き方とか価値観とか感性を伝えてくれるので、私の頭の中も心の中も非常に豊かになってきたような気がします。この10年間の中で私はそう言う意味で随分と勉強させてもらった。それは私の周りの人達に対してもやっぱり優しくおれるとか、いい関係であれる、そういう自分になれた。そういう意味で自分自身の問題として、世の中がどうのこうのということもあるけれど私はこの自分自身の問題としてほんとにメンズリブをやってきてよかった、その中で随分変われたなと思います。で、他の人もそういう意味で私を受け入れてくれるようになったなと思って、「非常にいいなぁ」と。ただ世間では、まだまだ問題があって、それは解決していかなくちゃいけないことも見えてきてます。それはそれでまた別の所で続けていきたいなと思っています。自分個人としてはメンズリブの中で随分、広がりを持つことができた、豊かになったな、というのがこの10年間の実感です。
 
伊藤
メンズリブ10年ということで、10年経って割とあちこちで男性の問題についての議論なんかもされる傾向、強くなっていますよね。本屋さんなんかに聞くと「男」というタイトルを付けると結構最近売れるというのが、実状のようですけれども。ただ一方でメンズリブについてのいろんな誤解も生まれてきているのかなと思います。もちろん、僕らは一枚岩のグループじゃありませんので、それぞれいろんな考えを持っている訳ですけれども、それでも「勘違いされると嫌だな」と。ひどい勘違いをされる時なんかもあって辛い思いをしたりもするのですけれども。
個人的には僕自身こういう運動に関わりあったのは1970年代以降なので、特にジェンダーの問題でいうと、ウーマンリブとの付き合いが1970年代初期にありまして。結構、僕、年上のお姉様方と一緒に優性保護法反対の運動とかついて歩いたことがあるんですが、やっている内に「男の立場から男社会を批判する」というのもちょっと「ん?」となった時期がありました。ちょうどそのころ、大学院生で仕事の中でも男問題を考えてみようかなという風に、1970年代の末位ですけども、思い始めました。それはイタリアのファシズム研究なのですけどね。私は研究の場所にイタリアっていうのが一つあるんですけども、イタリアのファシズムっていうのを見ていると、ものすごい「男」っていうのを強調する訳です。それは日本のファシズムもそうだと思います。ドイツのナチスもそうなのですけれども、「全体主義っていうのはなんでこんな男らしさを強調するのかな」という風に思って、そういう思いと、自分自身の1970年代の経験を重ね合わせて、「男性たちの男らしさに対するこだわり」みたいなものが様々な、「人を支配するとか抑圧するという問題」と密接に絡んでるんじゃないか、ということを考え始めた訳ですね。で、1980年代頭ぐらいに一つ文章を書いたんです。
 文章を1回書いてそれから後はボーッとしてたんですが、1980年代後半ぐらいに、ある雑誌の企画で「男性の自立というのを書け」というのがあって、「現代男性論」というのを1987年だったかな?書いたんですけれども。それ以降いくつかそういう仕事なんかが舞込んで、1989年に毎日新聞の夕刊で「男らしさ現代史」というのを連載させてもらいました。
僕は元々男問題を研究テーマにしていた訳ではなかったのですが、そんなこんなで段々段々、男問題に関わるようになってきて、今日のチラシにもありましたけど、1989年の暮に「90年代は男問題の時代になる、男性問題の時代になる」という、予言と言うか予想をたてました。ノストラダムスの予言はどうも外れたようですけども、僕の予言は一応当たったみたいで、1990年代になるといろんな形で男性問題の広がりが見えてきた様に思うんですね。僕自身もあの、1990年代半ばくらいから「男問題でしゃべれ」という依頼が沢山きて、僕はあのあちこちで「男たちよ、過労死社会から脱出しよう」なんて事を言いながらこっちが過労死になりかかっているというような、とんでもない状況の中で今、生きているんですけれども。そうした中で感じていることですけれども、以前は女性の方を前にして「男にとっての男女平等問題はどうなのか」という話が多かったんですけれども、最近男性の姿がすごく目立ってきた。「女性フォーラム」でいつも3割4割は男性っていうのがそれほど珍しくないような状況がちょっとずつ生まれてきて。それはやっぱり「この10年の大きな変化かな」と思います。
一方で、このメンズリブの活動の中で「自分の問題っていうのがすごく見えてきた」っていうこともあります。「男らしさから自由になろう」みたいなことを言いまくっていた訳ですけれども、言いまくる中で「自分がやっぱりいろんなところで変なものに捕らわれている」ということに段々気が付いてきて「すごく楽になった」という気持ちも味沢さんのように持っています。「大学の先生」とかは、やっぱり格好つけてしゃべる方がいるんですけれども、そういうの馬鹿馬鹿しいと思い、「取り乱してしゃべってもいいんだ」って思い始めてからほんとに楽にしゃべれるようになったと思います。それは自分自身の問題も含めてこの10年、ほんとにいろんな人としゃべったり、ケンカしたりしながらですね、僕自身も「いろんなものをもらったな」という風に思います。
ただ、メンズリブとフェミニズムの関係をどう考えるかという点で、どうも誤解が生じてるんじゃないかなと思うんです。今日お配りしている資料の中でメンズリブ10年というやつで、その中にも少し書いてるんですが「僕はフェミニストではない」という風に書かせてもらっています。もちろんこれはフェミニズムを否定するつもりは全然ないわけで、僕はほんとに「フェミニズムからすごくいろんなことを学んだ」という風に思います。ただ僕自身のスタンスが「男フェミニスト」ではなくて、今風の言葉で言うと「ジェンダーフリーを目指す男の運動」という立場、というのが僕の立場なのだと今でも思っています。
実はこの件に関してはちょっと嫌な思い出があってですね、僕が最初に書いたファシズムの話も入れた『男らしさのゆくえ』という本があります。男性学入門より、ちょっとマイナーな小難しい議論をしてるのであまりいい本なんですけれども、あまり評判になってないんですが、その本の書評に「伊藤のこの本はフェミニズムを神のように崇めている」という風に書いているんですね。僕は「神のように崇めるもの」っていうのは持ちたくない人なので、「フェミニズムを神の様に崇めている」訳ではないのですけれども。もちろんその本の中でも「僕はフェミニストではない」という風にはっきり書いてるのですが、「お前らは男フェミニストか」という視点もあります。ところで逆にですね、「お前らはフェミニズムというものから距離をとって、フェミニズムと敵対しているんじゃないか」「フェミニズムを無視してるんじゃないか」「無関心な対応をしてるんじゃないか」という見方も他方であるようなのですけれども、僕自身何度も言いますけれども、フェミニズムにすごく影響を受けながら、同時に男性問題をジェンダーフリーという視点で今までもやってきたという風に思いますし、これからやっていこうという風に思っています。
仕事の中で最近は「男女共同参画社会基本法」が作られたりして、まだまだたいへん不充分なものだと思いますけれども、一応、行政の政策として「男女共同参画」っていうのが一つの流れになってきた。で、「これはちょっとやばいな」って思うとこもあるのです。というのは「男女共同参画」という言葉の中に、「ジェンダー問題で男の問題も我々考えているだよー」というメッセージが、最近出はじめている。そういうとこで結構、我々男陣が行政で呼ばれてしゃべったりすることもあるのですけれども、「男問題もあるんだよー」という言葉がしばしば確かに一部の批判が僕らに向けられてるように、「女性差別の問題無視しちゃってる、無視しちゃう流れにつながる」という場合もある訳ですね。「典型的だな」って思うのは、最近「女性政策課」が、「男女共同参画課」なんて名前に変えはじめた訳です。そうすると女性政策課は大抵今まで女性課長さんだったのですね。でも男女共同参画課になると「男性でもいいじゃないか」というので男性課長さんが登場するようになった。僕は男性課長さんでもジェンダー問題に敏感な方がやって頂けるのでしたらいいんですけれども、ちょっとやはりそこで、「ん?」と思うところがある訳で、この辺なんか僕が今悩んでるとこなんですけれども。もちろん「男性問題としてのジェンダーフリーの運動」というのを僕は続けるつもりですけども、同時に「女性差別」の問題やあるいは「性的マイノリティーに対する差別」の問題。そういう問題と同時に噛み合いながら僕らの男のジェンダーフリーがあるということが、かなり大きな課題として21世紀を前にですね、「10年経った後でそろそろ本格的に考えなきゃいけない課題になってるんだな」と思い始めているところです。
 
大山
ぱっとパネラーを見たときに私だけちょっと世代が違うんですね。この頃の広がり方というのはどちらかと言うと、おじさん達の生き方の問い直しという理解のされ方があるんですが、実は私の様に当初からかなり若い世代と言うのが参加していました。これは多分東京の方で豊田さんが詳しくお話ししてくれると思いますが、明らかにおじさん世代と私達世代とでは同じメンズリブと言っても内容が違うような気がします。それはどういうことかと言うと、どうしても私達より上の世代の場合はフェミニズムやウーマンリブのインパクトを受けた時点で、もうすでに結婚されていたり、カップルになっている、あるいは子どもがいらっしゃる、ということでどちらかというと女性達からの突き上げであるとか問いかけに対して対応する、とかたちで始められている。で、どちらかと言うと、内容も夫婦関係の問題であったり、家事、育児、あるいは仕事の問題である、と。メンズリブというとどうもこの辺りが表面に出ていると。ところが私は実は1985年、昭和60年に大学生になってるんですね。ちょうどその辺りなのですね。上野千鶴子さんとかが本を書かれた時期というのは。僕達の場合はちょうど青年期に、これからどういう大人になるか考える時期にそういう問題に出会っている。また、口では「私は働きたくない、専業主婦になるんだ」と言っていてもフェミニズムの成果が手放さない同い年の女性達の中で生きている。だから、ちょっと問題関心が違っていて、むしろ自分の問題、例えば人によってセクシャリティーの問題であったり、私の場合はきっかけは回りからオカマといじめられ続けたことがこの運動を始めるきっかけなんですね。そういった自分にとっての男らしさの抑圧、というところから問題が始まっている。だから家事、育児とセクシャリティーや性別役割、男らしさ女らしさの問題の部分という事で少し他の世代とは問題関心が違うような気がします。実は最初はオカマと言われる自分が悪いと思っていたんです。だから強くなればいい。色が白いのだったら日に焼ければいい。スポーツが出来ないんだったら頑張ってスポーツができるようになればいい。そういう風な感じだったですね。お前が悪いからだと。ところがで渡辺恒夫さんの『脱・男性の時代』という本がでたのですね。この本を読んだ時に私はすごくほっとしたし、とてもうれしかったんです。この本はフェミニストから非常に評判が悪いのですけれども、私はこれはメンズリブの重要な本だと思っています。なぜかというとこの本で、男も男らしさがしんどいと言ってもいいのだと知った。そのオカマと言われた自分の問題は個人の問題ではなくて、社会的な問題なのだと。フェミニズムの言い方をすれば、個人的なことは政治的なこと、社会的な問題であるという言うことを、初めて男性が男性の問題として言ったんじゃないかと。つまり家事・育児とかそういった問題ではない男性問題を初めてセクシャリティーの問題を中心に語られた。そして男らしさに抑圧されていた自分も、それはおかしいと言ってもいいのだと勇気づけてくれた本なんです。だから私がメンズリブというのは多分この辺りからはじまったのではないかと思います。後、どちらかと言うと上の世代の問題というのは同じ家族問題といっても夫婦関係で、それに対してどうしても下の世代になると親子関係になるのですね。父親との関係というのが私にとっては非常に重要な問題でした。私の父親は非常に男らしく優秀な人で、非常に頭もいい人でした。私はどちらかというと成績も悪くて運動神経も鈍くて父親から見ると「なんでこんなのが自分の息子なのだろう」と。場合によっては「お前は俺の息子じゃない」と。弟が居る前で「お前は兄貴のようになるな」と、そんなことをよく言われてたんですね。私にとって父親というのは非常に超えがたい壁であったり、あるいは私にとって目の前に居る抑圧者でした。それこそ「女の腐ったようなヤツ」とは毎日言われ続けていました。だからその父親との関係をどうしていくかということも私にとっては非常に重要な問題でした。私の場合は幸い大学院に行く時に、私はずっと関東で生まれ育って大学までは埼玉だったのですが、その後、大阪の大学院に行きました。最初は「父親」とか「親父」って言えなくてそれだけ心理的な距離が遠すぎて、「あの人」という感じで父親の事を語っていました。それが自分の男らしさの問題を考えていって、その男らしくない自分というのを受け入れられる様になっていくプロセスの中で、父親が1人の人間として見えるようになった。多分、父親はあの世代の社会状況の中でああ生きざるをえなかったのかもしれない。そう思ったときに私の方から一方的に父親と和解ができたような気がしたのです。もちろん、今でも会えばボケ、カスの世界ですけれども、なんとなく父親が一人の人間として見えてきた。で、父親を許せるということが一つ私にとって自分の中で男らしさの問題に一つ区切りをつけることができたのではないかという気がします。実は、私一時期、大山治彦という親のくれた名前が非常に嫌いで東生はるかというペンネームで通していました。一時期銀行の通帳もそれで作った時期があったんですね。これも実は父親との関係が少なくとも自分のほうから変わることによって、やっと自分の大山治彦という名前を名乗れるようになった。そういったこともありました。後、運動の中でどうしても最初は男のことを語れる場というのが無く、大学生の時、関東のラジオ局「文化放送」で落合恵子さんがやっていた番組、「ちょっとまってマンデー」という日曜日の夜の番組ですが、その番組の中で「男の子育てを考える会」が紹介されてたのを聞いて、初めてその運動には参加するようになりました。ところがどうしてもここはおじさん達の集まりなので、私のような問題関心はなかなか理解してもらえなかった。どちらかというと「それでも、お前は、どんなにオカマと言われようが女々しかろうが男だから加害者なんだ。もっと加害者のことを考えろ」と言われて、二重に苦しくなってしまった。確かに僕も加害者なのだけれどもでも、僕が最初ジェンダーに興味を持ったのは「男らしさの抑圧だったはずだ、オカマだといじめられた自分の問題だったはずだ、それをやるグループを作らなければ、きっと私は救われない、その問題に取り組まなければきっと私は辛いままに終わる」それがここにいる仲間達とメンズリブ研究会を興すきっかけになったわけです。ちょっと長くなってきましたので一応私の話しはそういう事で。ありがとうございます。
 
中村
私の状況についてはですね、他の方が、違う部分での問題を多分語るだろうから仕事関連のことから話をするのがいいのではなかろうかと考えています。私は10数年前に会社の上司とかなり激しい諍いを持ちまして、うつの状態に落ち込んでしまいました。その時、悪戦苦闘の日々でした。その中から実はいろんなものが見えてきたし、ここにいる仲間達と出会うチャンスを頂いた、ということがあります。そして、ちょうどその頃に女性達のウーマンリブ、フェミニズムの取り組みに出会いました。そしてフェミニズムの集会に出向くことで少し方向性みたいなものはもらったような気がします。でも、その時に、例えば、その集会に女性の中にわずかに男性が混ざっている、そうすると女性からいろんなことを発言されたときにものすごい強烈インパクトでメッセージが伝わるんですね。だけど、その場にいるすべての男性とは言わないんですが、男性から同じようなメッセージが発信されているのになんか自分は受け止め難い。これは何なのだろうと思っていたんですよ。同じ男性でもきちっと伝わる人はいるのですね。伝わる男性と伝わらない男性はどこに違いがあるの?と考えました。やはり自分の問題をしっかり見据えた上で、その繋がりの中で、女性の問題にも目が行きそのことについてメッセージを送ってる方は確かに伝わってくるんですが、自分の問題を棚上げにしている人、単にメッセンジャーとして「女達はこういう思いを持ってるんですよ」ということを伝える、それを男性に伝えるのはまだいいとしても、女性に向かって「女達とはこうなんだよ」と伝えてしまう男たち。これって何なのだろうか?そういうことからですね、自分というものを見詰め合えるような仲間を探し始めました。そして10年前にありました討論会で話したときに「あ、この人達となら一緒にやって行けるな」ということがこの集まりに参加して自分が自分の問題を考えて行くきっかけとなっております。そして、先程、会社の中でうつになって悶々としていたと言いましたが、その時に実は私のパートナーとの関係で言いますと、そういう自分をパートナーにさらすまい、さらすまいとしてたのですね。ほんとはしんどくて、しんどくてたまらないのです。一言言ってしまえば随分楽になるはずなのに言えない自分。そこにまた男を背負っている自分というものを見つめたような気がします。そう言ったことを拾っていくと小さい頃から持ってきた男らしさとの違和感。世間で言う「男の子なのだから、あーしなさい、こうしなさい」ということに対して、自分はどうもそれが居心地悪いんですね。でも、そう思う僕って、もしかしたら間違っているのと違うの、僕だけが間違った考えを持ってるんじゃないの、と考えていました。仲間と出会って話してみると、けしてそんなことじゃなかったんだ、それは一人一人の個性として認めあうべきkとなのだということが出発点になりまして、随分気持ちが楽になったような気がします。それと大山さんが「若い世代だから父親との問題」と言いましたけど、私も実は父親との問題がありました。パーフェクト人間である父親とすべてに関して父親を乗り越えれない僕という環境の中で、やはり自分というものをマイナスでしか評価できないでいました。あるがままの自分でいいんだということを自分の中で納得させることによって随分世界が広がったような気がしています。そんな事をきっかけにして私は今日、ここに座っています。
 
水野
あまり考えてなかったので何を話すかちょっと困っているのですが、正直に言えばほんとに10年経ったのかなという感覚があります。ここの5人というのはほんとに個性が違うんですよね。未だに違います(笑)。ですから、ほんとによくぶつかってよくケンカして、私は、何度も、こんな会辞めたるわいという気持ちに何度もなりました。でも今思うとよくぞ続けてこれたな、続けてきて良かったなというのが正直な感想ですね。やっぱり味沢さんも言っていたけど、これをやっててよかったなって。私の場合は他の人とちょっと違って、男らしさをもろに背負っていた男ですから、学歴が無い、力も無い、でも男らしくありたい。という、男らしくありたいという気持ちを背負って社会的な運動とか暴力的な事とかいろいろやってきて、暴力も肯定していましたから、ほんとに男らしい男だったんで。で、この4人と出会ったときに、男らしさって何?という最初のシンポジウムで彼ら4人がシンポジストで私はそれを聞く立場だったのですけども、それを聞きに行った時に「あ、男らしさを置いたらええんやな」ということをポンと思った途端に、すっと肩の荷が下りて楽になったんです。でもそれからが大変でね。頭で分かっていても日常生活の中では全然変われてない自分。今まで男らしくあろうと思って自分を叱咤激励してきた男ですから、頭では分かっているのですけど連れ合いに「あんた、口ではいいこと言うけど全然日常は違うじゃない」といつも言われて。特に外では人権運動とか外国人問題とか、いい格好していますから、余計に家の中ではやってることが全然違うとしょっちゅう連れ合いに言われてました。でも女性に聞いても「そんなことは男で考えなさい」と言われてしまう。で、4人に助けを求めてメンズリブ研究会を作ったら何とかなるのじゃないかと。私は個人的には男らしさを降りる会という名前にしたかったのですけど、4人の賛成を得られなくて、4人はそれぞれ違う名前を考えていて、十幾つ名前が出てきて結局2年か3年、もっとですかね、仮称というかたちでメンズリブ研究会(仮称)と名乗っていました。「ホントの名前はいつか決めるのだ」という思いがあって、未だにそれぞれの思いは違うのですけど、ほんとに違っていました。でもほんとにその中でぶつかり合いながらでも、男らしくならないためにはどうしたらいいかなということを常に誰かが気付かしてくれる。それは問題なのじゃない?とかそれはおかしいよとか。違うからこそ気付けあう。ぶつかりますけどもぶつかりあうことで気付いていく。男らしくなるまいと思っていて、考えてみたらこれだけ個性の違う男が5人いて、よく分裂もしないでやってこれたと、逆にいえば不思議ですね。今までの男たちの運動と言えば必ず誰かが有名になればどんどんそれで意見の合わない人が分かれていったり、分派ができるとかいうのが当り前。でも、あれ?未だに5人が一緒にいる(笑)。むしろ、どんどん若い人、いろんな人が増えてきて、私は人と付き合うのが下手で、ケンカするのは得意なんですけども、みかけによらず暴力も自信持ってますし、ほんとに人と仲良くするのが苦手な男だったのが、この4人のメンバーも含めて、メンズリブの人達とケンカをするなかで逆に仲良くする方法を学ぶことができ、そのことで連れ合いとも仲良くなれました。子育てなんかも嫌々させられていたけれど、でも昨日保育の係やったら、子供と遊ぶっていいなーと久しぶりに思いました。私が望んだわけではなくって、リストを見たら私が保育係になっていて、最初は、ん~と思いながら行ったんですけど、行ってみて保育やってよかったな、ほんとに子どもたちにいろいろと救ってもらって自分がいるんだなーと。ほんとにいろいろ違いがあってメンズリブって人様々ですけど、私はやっていてよかったな、というのがこの10年です。
 
豊田
僕の場合は、メンズリブは今年で4年目になるのですね。メンズセンターの運営委員の方の半分もいってない訳ですけども、それなりに、自分なりに関東の方でメンズリブをやってきました。94年に初めて、メンズセンターはできてなかったですけど、メンズリブ研究会のシンポジウムに参加したんですね。ちょうど、こういう風に世話人の方がほんと今と同じメンバーが並んでいて、たいしたもんだなって、その後ずーっと変わってないんですよね(笑)。普通は分裂したりするんですけどすごいなーと思います。で、一人一人の話しを聞いて最初はこんなに男性が自分のことをさらけだしていいの?って、その時はほんとに目から鱗が落ちたんですよね。その前に大阪に来て初めてメンズリブ研究会の人で訪ねて行ったのがこの隣に座っている水野阿修羅さんだったんですね。東京の方で新聞記事を読んでいて「釜が崎に住んでて肉体労働やっていて、なんでメンズリブなんだろう」というのがすごくあって、それをすごく知りたくて、話を聞きたいと思って飛んで行ったんですよ。それでお会いした時に、髪の毛が紫なんですよね。当時から。またそれでびっくりして。で、先程本人も暴力に自信を持っていたと言ってましたが、最初すごく恐かったのです。けど、話しを聞いてる内に今お話なさったようなことを聞いて非常に納得したんですね。で、水野さんと一緒に連れて行ってもらったドーンセンターで行われたシンポジウムに出て、それで他の方々とも交流して、自分の求めていたのはこれだなと思ったのを今も鮮明に覚えています。その前の僕は女性運動の方に参加していました。手もとの資料で僕がメンズリブ東京を旗揚げしたわけという文章を書いたのですが、「行動する女たちの会」という、今は無くなってしまったグループで、関東の方ですごくラディカルな女性グループだったんですけども、そこで一緒に活動しました。当時、イエローキャブ事件と言う女性差別のマスコミの報道がありまして、それに対して抗議行動をやっていたんですね。そこからずっと入っていって女性運動の中にどんどん深入りして行くうちに、女性運動の中で、男性というのは常に加害者であるということをものすごく強く自覚させられる訳ですね。最初の内は自分もそう言う男性は許せないとか、そういう風にフェミニストの女性達と一緒に戦ってたわけですけども、段々振り返って見ると自分の中でものすごく加害者性も含めていろんな男性的な部分があるんですよね。やっぱり自分もすごく男であるとか、そういうものをホントに強く意識させられました。やっぱりフェミニストの人達とは同じようには女性問題、女性差別の事は語れなくなったのです。それまで教えてもらった通りに語ってたんで、自分が男性であるということで、すごく自己否定するようになって、当時は男に生まれてすみませんという位の罪悪感みたいなのもありました。そこまでちょっと内面化しちゃったんですけども、そこからどういう風に脱しようかというのがすごい自分にとっては課題だったのです。そのまま行き詰まってしまって、自分の運動として何もできなくなってしまうのかなという恐怖感もありました。そんな時に関西の方に来て、メンズリブの動きを知ったんですね。で「あ、これだ」と実感した訳です。何が良かったかというと、やっぱり加害者的な部分も自分の中にも一杯あった、後でお話ししますけど、男性として生まれた抑圧とか、あえて言えば被害者的な部分というのも含めて、自分が当事者としてそう言う問題を考えてその解消をするためにいろんな活動をしてもいいんだと言うことが分かったんですね。だからほんとに男性による男性のための運動だというのはその時思ったんですね。当時は自分も後継ぎの問題で悩んでいまして、実家が問屋をやってるんですが、長男なのでずっと後継ぎと言う事を子どものころから言われていて、それがすごく嫌だったんですね。やはり僕も父親との関係に非常に悩んでいて、2代目で後を継いだ父親の生き方をみて、やっぱり同じような生き方をしたくないなとずっと悩んでたんですね。ものすごい仕事人間で家ではそのストレスでアルコール依存症という酒浸りになっている姿を、自分の将来像のように感じていて、このまま敷かれたレールの上をそのまま行って後を継いでしまうと、親父みたいになってしまうかなという気持ちがありました。そういう意味での男らしさの問題というのも抱えてたのだけれど、女性運動の中では男も抑圧されているなんて絶対言えなかったし、それ以前に自分は弱みを見せれないという男らしさがあったんで後継ぎのことで悩んでるなんて言えなかった。メンズリブと言う一つの考え方がパッと頭にきた時に自分の問題から初めて掘り下げて行って、それからいろんな仲間の男性達と話し合って共通する問題というのがどんどん見えてきて、そういう男性問題にきちんと向き合って解消していく活動をしていいんだと、本当に勇気付けられたですね。それから4年間は自分の生活の一つの柱でメンズリブというのがありました。いろんな自分の問題を自覚して来る人が多いんですね。例えば東京ではオタク問題なんていうのも取り組んでましたね。今日も来ている漫画家の山本夜羽さんが言い出した問題ですけれども、男性であるということで非常に繊細で内向的に暮らしている若い男性達が、オタクと言われて非常に抑圧されてきた。そういうものをどんどん彼らのライフスタイルの中で、例えばいろんな事件というかたちで出てしまうこともあるし、全員がそうではないですけどもそういう現象も見られると。そういうものから男性ももっと自分を解放していく必要があるのではないかと、そういう風な問題も話し合ってきました。発起人が2~30代だったので、その世代の人達が多かったんですね。ですからちょっと関西でのメンズリブの運動とは抱えている問題意識が少し違ったかもしれない、それは世代的な違いがあったかもしれないです。最近自分としては「ドメスティック・バイオレンス」の問題、その加害者を対象にしたそのワークショップとかをひらいてそちらの方に力を入れています。関西のほうでも非暴力ワークショップというのを盛んにやっていますので、こういう運動と言うのは関東と関西で連携しながら、これからも一緒にやって行けたらいいなと思っています。やはり関東から見ていて非常に学ぶところが多く、全国各地で、いろんな男性グループができていて、関東の方だと数え切れないくらい数が把握しきれないほどの男性グループができていて、いろんな考えの人達もいるし、お互い対立関係になることもあります。それは運動の広がりでしょうがない、必然的なことだと思うんですけども本家本元であるメンズセンターがきちんと主張するというか、全国に広がっても、初心を忘れない姿勢というのが今だからこそ、これだけ広がってきたからこそ、求められてると思うんですね。原点にいつでもたちかえれるような場というのは必要だと思います。そうでないと危険な方向にいく可能性もあります。男性の復権派というグループも無いことはないので。それを食い止める為にも、メンズセンターに頑張って欲しいなと思っています。あ、頑張って欲しいって言っちゃいけないんですね、すいません(笑)応援してます。一緒にやって行きましょう。ありがとうございました。
 

皆さんこんにちは。男性ばかりの中に私一人女性が混じっています。
以前、私は「女の会合に男は来るな」と言いまして男を締め出して男たちだけで自分達でやったらと言って企画したのが10年前でした。討論会「男はフェミニストになれるか」という企画です。なんで私は一緒にやりたくなかったかというと、男性って、例えば質問であてると長いんですね。大体、説教です。質問じゃなくって自分の言いたいことを言いたいんですね。全然、人の話を聞いていない。「聞きにきたのか言いたかったのかどっちやねん」と言いたい。5分以上しゃべる人が多いんです。特にお年寄りの方が多かったので、私は司会者をした、時に男性全然あてなかったことがあるんです。 
ほんとに男の人と女の人が一緒にこういう会合をした時に、大抵手を上げるのは男性で、女性は上げなかったんですね、当初。今でも近いものがありまして、女達の問題を語っている時に説教されたくないのです。それでなくても家で説教されているのに、夫からグジグジ言われて、こちらの言うこと1個も通らないのに、外に行ってまで言われたくないわ、というのが本心でして、私達女同士で「自分達はなんて悩んでるのかを語り合いたい」と毎月毎月集まって研究していた訳ですから、そこへ男の人がグチャグチャ言ってくるとややこしくてしかたない。女の問題と男の問題は全然違うんちゃうのかと。なんで違うかというと、男の人が生まれてきて、男と生まれたからのパソコンでいえば設定ですよね、男のレールと女のレールは違う訳ですよね。そこで二十歳ぐらいになった時、男女がであった時に、レールが違う者同士話しても合わないのですよ。レールは子どもの時から赤ちゃんの時に1回戻って設定を見直してもらわないと、「男の子やったら、この子の好きなんは黒とか緑とか水色やし、女の子は生まれたらピンクとか赤とかそういう美しい色を好む」と設定されている。実は、大人になって違うと言う人もいますけど、大体その設定通りに生きちゃう訳です。私もそうだったので、すごく苦しいのに、その設定の違う人と一緒にはやっぱり討論はできないなと思いました。女の苦しさっていうのは、私も思っていたのは、男の人と対等な設定になっていないということの苦しさなのですね。社会的にも、その設定の時の条件のもう一つは、男の人にはものすごい高下駄というかはかせてあるのですね。大体どんな男の人でも企業でも行政でも課長になれるのですが、女の人はなれない。すごい差別やなと思って、仕事にも大体就けないですね。会社に入っても給料の差はありましたし、それから研修から全部違っている。そこも設定だと思うのですが、そんな人達とは手を組めないのではないだろうかと。もう一つは、日本女性学研究会にその当初入っていまして、私のテーマは家族とか家制度でお墓の研究をしていたんですね。そこの仲間、メンバー達との同性同士の安心感というのがありました。私は兄弟男ばっかりだったんですね。四人兄貴がいまして一人だけ女で、家の中に男ばっかりおって男が支配してきていましたので、女同士で思いきり安らぎたいというのが当時はありました。やっぱり女同士分かり合えることをまずやってから、それから、男の人とまたコミュニケーションを取れるようになるのではないかと。とりあえずは自分の問題は自分同士お互いに別々にやりたいという風にその時思って、1989年に討論会「男はフェミニストになれるか」をした訳です。
その当時、大山さんはほんと美少年でして美しい子やなぁと思いましたけど、いやいや、今でもすばらしいですけれど、こういう若い子が男性の売買春問題を取り上げてくれるんやったらこれはすごいなという思いで。私はその当時、イベントとか企画とかをいろいろやりだしたのですね。今、10年やりまして、かなりプロフェッショナルになって、NPO法人「宝塚NPOセンター」というのを作りました。これも大山さんのアジアの売買春のテーマに出会った時からの感性と言うのはずっと磨かれてきたのかなと思っています。これは自慢になっちゃいますけど、大山さんとの出会い。それから中村彰さんとも、私、お墓のことをやってると言いましたけども、民俗学の方で、時々民俗学会とかに行くと出会いまして、割と中村さんってストーカーみたいなひとなんですね(笑)いつでもおるんですね、別に私にストーカーしていたのと違うと思うんですが。だから私は、分裂しない訳は、中村さんがね、みんなにストーカーしたはるのですよ、五人にね、四人か知りませんけど。ちゃんとコンタクトとって忘れたなって思う頃に手紙が着たりFAXが入ったりね。でしょ?Eメールが入ったりするのですよ。忘れているのやけどね。時々連絡もらうと忘れようとしても忘れられないんですね。その努力をずっと中村さんはやってきはったん違うかなと、そういう風に思います。私ら10年前の生き証人ですからそのことにテーマを絞らないといけないですね。男はフェミニストになれないと思ってこの企画したのです。さっき言った理由ですよね。男と生まれてきた設定が違うのだから、フェミニストになんかならんでもいいのとちがうのと、本心を言えばそうだったんですが、で、男の人達ばっかり集めて壇上に並べて味沢さんとか大山さん、中村さんとか並んでくれました。素直な人達ばっかりでほんとに感謝なんですけど、あの時もっと素直だった私は、ほんと味沢さん先程おっしゃいましたから言いますけど、ぐっと涙ぐんでらっしゃったのを見ていい男やなぁ思いましたね。男は泣かないかん!(笑)あの時から10年前から思っているんです。だから私は泣ける男とかね、大好きなのです。しゃべりな男とかね、大好きなのです。そういう人こそ役に立つ男なんですね。そういう風に思いまして私のカンは直感は当っていたなと、10年前の初々しかった皆さん方が10年経ってコツコツようやりはったなぁて、私らほんと無視してたような気がして申し訳無いなと、今日この壇上に来るのも気が重くて。私、友達と会えるから、「桂容子さんが来るから来てください」ってメールが入ってたので桂さんと会えるのやったら来よっかと思ったり、友達呼んだりしてここに出てきたんですけど、やっぱり男性の問題と女性の問題が、今日半々くらい男の方と女の方といらっしゃるので、一緒に語り合える様に10年でなったのかなーという風に思いました。私自身はこの10年間を思うと自分が自立することの方が先決でした。相手との関係性を持とうと思ったら自分が自立していないと、どうしても相手に迷惑をかけてしまうし、うまくパートナーシップが取れないと思うんです。上でもなく下でもなくほんとにお互いに支え合ったり、甘え合ったり、偉そうにしたり、いろんなことをしながらパートナーシップを持つには、自分の自立が先やったのかなと思います。今その10年間も私自身、メンズリブの10年と重ね合わせてやってきまして、やっと男性といい関係とを持てるようになったのかなと思います。宝塚NPOセンターにも男性たくさんいます。ほんとに、この10年間叱咤激励してマッチョな男を締め上げてきました。中村さんにも手伝ってもらっているのですが、自分たちの持っている能力を生かすかたちで男性の能力を生かして、男性が絶対トップには立たさない様にしてね、私が偉そうにしてやってちょうどいい加減の男女の関係を保っているいるんですけれど、このメンズリブの10年とフェミニズムの10年も同じような10年ですが、随分違った方向に来てるのかなということで、今日ここに並ばして頂いて思ったのは、フェミニズムの10年、日本女性学研究会も含めて10年、これを企画したら、こんなに集まってないんですよね、日本女性学研究会、上野千鶴子さんを人寄せパンダとして置いてもなかなか集まらないという現状ですので、メンズリブに見習わなければいけないなと、今日はしみじみ、ここに座りながらさっきから考えていました。また思い浮かんだらお話ししたいと思います。ありがとうございました。
 
安部
どうもありがとうございました。私の思惑では3:30までかかるはずだったのですが、皆さんがとっても短く話してくれたので、みんなとの討論時間を沢山取れるかなと思っています。それとちょっと付け加えたいなと思ったのが、豊田さんが4年前に来た時にその時と同じメンバーと言いましたが、ちょっと変わっていると。
4年前、『男性問題は今』という本を作って、シンポジウムをやったのですが、この『男性問題は今』を作って壇上に並んでいた60歳代の今田忠七郎さん、私達にとって大事な先輩ですけど阪神淡大路震災の為に亡くなりました。その時に一番若手で壇上に並んでくれたのが、一番向こうの影に隠れて、この録音をしてくれている井上一明くんです。それ以外にも、その会場にはいろんな男たちがいまして、みんなで関わってきました。今日は大事な会だからみんな来ていると私が勝手に思っていたら、今日はハイキングがあるとか言って、メンズセンターの会報『メンズ・ネットワーク』の3代目編集長さんが来なかったり、みんな自分なりに好きなことをやりながらメンバーもいろいろ入れ替わりながら、「あ、今日久しぶり!」とか言って、「最近、メンズリブ研究会例会に来ないのに、今日は会えたね」みたいな人もいっぱい来ています。後ろで鉢巻しているおっちゃんもいろいろやってくれたり、いろんな人がいろんなかたちで関わってくれて、ほんとここまで来たというのがあると思うのですね、だからこの5人のことを考えた時によくやったな~という水野さんの言葉がつくづく感じて、私はすごく仲良くやってたような気がしてたんですけど、ケンカしてたよって水野さんが言って、水野さんはよくケンカしてたなって思うのですけど(笑)ふと気が付いたら私と大山さんはものすごく仲が悪くて、当初の頃は犬猿の仲だったということをふと思い出しました。今やたら仲いいんですが。他人との違いを受け入れる、他人と意見が違っても一緒に考えるということを、私としてはすごく学んできたなと、5人の話を聞きながらつくづく感じたのです。
 
会場からの質問
 
安部
これ始める前に韓国から男性学の研究者、第一人者の鄭菜基さんがお見えになっています。もう帰らなきゃいけないということで質問と言う形にはならないのですけど一言話をして頂きたいと思います。
 
鄭菜基
韓国の男性学の研究会会長、鄭菜基(チャン・チェーギ)と申します。3回、日本の男性フェスティバルに参加しております。これはいつもうれしくてありがとうございます。特別シンポジウムに特に関心がありました。10年間の日本男性学と運動、最近のジェンダースタディズの発展と努力に対して、韓国に比べて羨ましい感じです。韓国の諺で「10年経ったら、がらっと山が変わる」ということがあります。今までの発展をふまえ20年、30年、50年、100年と続くよう、理想的な発展をお祈りします。これは日本の皆さん、すなわち男性と女性そして皆さんに意味のある発展だと思います。ありがとうございます。
 
安部
どうもありがとうございました。それではシンポジウムを、続けてやって行きたいと思います。いろいろ質問がきまして何を選ぶか私が勝手に選ぶと言うことにさしてもらいましたので。一応読み上げさせてもらいます。加納さんという方からです。「メンズリブの10年ということでよくやってきたよね~という雰囲気になってしまうのはわかるのですが、若い世代の僕としてはそんな話より、先月出版された『初めて語るメンズリブ批評』について、象徴的な批判についてみなさんに聞きたいです。誤解も多々あるのですが伊藤公雄さんも少し触れられていた男性と女性の関係、ジェンダー・マイノリティーと男性の関係をどう考えるのか。つまり男女のジェンダー分割をどうしていきたいのか、ということを話して欲しいです。このシンポは啓蒙的な要素もあると思いますが、学問的に重要なこの問題に、ぜひ専門用語ではなく、日常用語で話して欲しいです。ということと関連するんですけども、細谷実さんから「10年間でなお解決できてなかったり、解決の方向さえ見えない積み残しの男性問題はあるか。あるなら何か」という質問が来ています。直接関係ないのですが、関連しているかなと思いますので、どちらか分かりやすいところでメンバーの方に答えてもらいたいなと思います。
 
伊藤
一番目の加納さんの質問ですけど先ほどもしゃべりましたけども、メンズリブはある面、フェミニズムの下にくるか?と言えば、上・下という関係では無いだろうと僕は思います。メンズリブはフェミニズムと無関係かというと全然そうではなくて、我々はすごくフェミニズムの方法や理論に影響を受けながら、自分達の抱え込んだジェンダーとしての男らしさの問題について、そこから自由になろうという形で運動してきているわけですから、我々はフェミニズムそのものではないけれどもフェミニズムに影響を受けた男性側からのジェンダーフリーの運動であるといえるんじゃないかなと思います。現代の男女のジェンダー分割、男、女という区別が大変キツイ社会ですし、特に近代社会、大体工業社会が始まると、言い方は難しいですが、この200年くらいの産業社会が工業社会になってくると、それまで以上に男と女のジェンダーというか、男と女の性の違いを過剰に強調するような社会の仕組みができちゃってると思います。ジェンダーによる男と女の過剰な分割を男の側から超えて行こうという運動として僕達の運動があるんだろうなと思っています。で、細谷実さんの問題ですけど、もちろん我々はやっと動き始めたばかりで解決できない男性問題なんて山ほどある訳で、それを数え上げて行ったら切りが無いんじゃないかと思いますけど、とりあえず今僕にとってすごく大きな問題は男だけが長時間働く社会の仕組みという、日本の男性が背負い込まれた仕事社会での生き方というのをどう転換するか、それは個人の決意の問題ではなくて、社会システムの転換の問題としてどういう風にたてられるか、というところで先ほど僕は社会システムって言いましたけど、もちろん、これは個人の問題なんですけど、同時に社会をどう変えるかって時に、このジェンダーとの絡みの問題というのは21世紀の大きな課題になると思います。それは男の側がどういう風に捉えてどういう風に介入していくのか、その中で、もしかしたらこれまで見えていなかった男性問題がこれからますます浮上してくる可能性もあるんじゃないかなと思います。
 
大山
私はこのヘテルセクシズムというキー概念で語りたいと思います。専門用語を使うなということだったんですが、是非この言葉は重要なタームになりますのでこの際覚えておいて下さい。メンズリブの運動の中でつくづく感じるのは結局最初に家事・育児の運動で始まってしまっているので、どうしても男女のカップルということを前提に考えやすい。ところが男性はすべての人がヘテルセクシャル、つまり異性愛者だと錯覚している。だから、どうしても異性愛者の問題だけが特権的に取り上げられてしまう。そして同性愛者の問題という点が非常に見過ごされている。同性愛者の問題は別の場でやればいいと言う意見もあるのですが、私はちょっと違うと思っています。なぜかというと例え、ば街を歩いていて女性同士は手をつないで歩いたり、友達同士で遊園地に行ったりフランス料理を食べにいっても誰も怪しまない。ところが男二人で例えばフランス料理を食べに行く、或いは遊園地に行く。そうすると後ろで「クスクス、あいつらホモなんじゃない?」というような感じでみる。それは、もしかしたらヘテルセクシャルの男性にとっても男同士の、フェミニストのシスターフットという言葉に対してブラザーフットという言葉があるか知りませんが、あるとすれば男同士の仲間作りを阻害することにもなるんではないだろうかと。私はその点でヘテルセクシズムという同性愛者の問題は異性愛者にとっても問題であるし、大体「~問題」と言った場合、「~」が問題、例えば女性問題と言った場合女性が問題じゃなくて男性が問題だったり、部落差別問題は部落の人が問題なのではなくて部落の外の人が問題なんですね。従って同性愛者問題というのも異性愛者の問題ではないかと。同じ男という括りの中で考えるのであれば、これを見過ごしにしたら男性問題の次のステップは無い、という風に私は感じています。それは私達の世代の人間は最初から異性愛を前提とした考え方になってないからですね。やっぱりその辺は上の世代の人にもう少し考えて頂けたらな、と思います。それから蔦森さんの本『初めて語るメンズリブ批評』は、もう少し調べてからお書きになるべきだったんじゃないだろうかと。雰囲気で批判をされていてので論評に値しないのではと思っています。
もう一つ。細谷実さんとの関係もありますね。それから、今は男の運動といった時にですね。昔10年前に男の運動といった時は何も考えず女と男というのであると思ってました。ところが、ここ近年セクシャルマイノリティーに対する認知が非常に進んだと。そうなってくると男と女以外の存在もあるということがわかってきました。その時にメンズリブはどう考えるのかというのをこの頃よく聞かれます。ただ私はそういう中でも、社会から男と名付けられて男らしさを強制された人間にとっての特殊・個別な問題を扱う分野としてのメンズリブという風に理解しています。だからなんでもかんでも男の問題だと広げて行くのではなくて、むしろ専門店的にしていく方向が、これからのメンズリブの有り方かなと思っています。以上です。
 
中村
中村です。第4回男のフェスティバルのプログラムの表紙を見て頂いたらいいのですが、『今、男は』という事で実行委員会としてのメッセージを書かして頂きました。そこに先ほどの質問の答えが一つあるのではないかと思います。読み上げてみますと「メンズリブ研究会の発足の契機になったシンポジウムからはや10年。男たちが背負い込んできた男らしさをめぐる問いかけはますます重要性を帯びようとしています。これまで男として一括りにされてきた男、ま、私ですね。男たちが1人1人の私として生きる為に今、何ができるのでしょうか。私達は自分自身が男としてジェンダー化された存在であることに、こだわりながら語り合い交流し合う中で、そのヒントを掴めたらと思っています」ということを掲げてるんですけど、全般的に言えばそういったことが言えると思います。私達の10年をまず言いますと、自分達の居り場探し。自分達が決してマイナス思考をしなくて、あるがままの自分を認め合えるような場作りをしてきた。ですから相互カウンセリングと言いましょうか、癒しの場と言いましょうか。そういったものにむしろこだわり続けてきた10年であったような気がします。でも、今振り返りますと1人1人がいくらがんばっても、そういう場というのはなかなか、やっと作れてもそこで終わってしまう。伊藤公雄さんもおっしゃいましたけども、社会に向かってきちっと社会システムを変えて行くような運動、これからは自分たち1人1人の癒しの場としての場を大切にしながら、社会に向かってどういう発信をしていけるのか。例えば今回のフェスティバルでいいますと「管理職ユニオン関西」にご協力頂きまして労働相談というものをやりました。そういう労働現場の問題と、どう関わって行くのか。あるいは、教育の問題も大きな問題だと思うんですけど、メンズリブの目で見て教育の問題、いろいろ発言できる場というのを確保して行く。そういうことに、これからもこだわって行くべきではなかろうかと思っています。もう一つ、大山さんがおっしゃってこれ以上言うこともないと思うんですけども、このフェスティバルではセクシャリティーの問題をかなり沢山取り入れるようにしています。そういう意味では10年前とは違う状況の中で自分たちもいろんな模索をしている段階だとご理解頂ければと思います。
 
水野
ここにいる5人が全く意見が違っていると言うのは、この5人を講師として呼ばれた企画の方はよく分かると思います。「あの人とあの人とで言っていることが違うよ」とよく言われるんですよね。ほんとにそうなのです。私達5人だけでも随分意見が違います。ですから加納さんに言いたいのは、男とか、メンズリブとか、一括りにしないでほしいですね。メンズリブもいろいろあるという風に私は受け止めていて、それをメンズリブと一括りにしてやること自体がそうとう無謀なことで、その為に、蔦森さんはしょうもない小さなミスをいっぱい犯してはるんで、正直言って読む気もしません。批判が当ってないという意味でね。私の考えです、これは。他の人はちゃんとした批判をするでしょうけども、私は一まとめにされたというので腹が立っていますので、ただそれだけです。それから私個人の問題ですけど、暴力を振るう男の問題に私はやっぱり自分の問題としてずっと関わっていますので、かつて何年か前に大阪で「フェミニストカウンセリングは男に役にたつか」という「大阪・心のサポートセンター」の宮本由紀代さんがシンポジウムされて、その時に私達は女に男の気持ちが分かるかと非常に乱暴な意見を出しちゃったのですが、今改めて自分達が自分達を大切にできてるのかな、と。暴力を振るう男の人っていうのは自分を大切にしていないのですね。だから仕事場で我慢している、外で我慢している、それが家で爆発しちゃうという現実を見ると自分を大切にする、それができないのですね。で、宮本さんに教えてもらった心の基本的人権10ヵ条というのを男たちで読んでいる時に「職場でこんな事言えないよな、わがままだよ」という意見が出てきましてね。男たちはフェミニストカウンセリングが言う心の基本的10ヵ条を自分達が守れていない。守れていない自分がフェミニストが守ろうとか言うと余計腹が立っちゃうというのが良い悪いではなくてね、私にはよく分かるのです。これからの私の課題ですけども男の為の自己尊重トレーニングとか、上司にノーと言える男になろうとかね、そういう自己主張トレーニングとかそういうのを非暴力トレーニングと絡ませて男がいい男に生まれ変わっていく、人の為ではなく自分の為にいい男になって行くと言うのが私にとっては一番の課題です。
 
豊田
男性と女性の関係について専門用語ではなく私としての意見を日常用語でと言う事なので、自分の体験から話しますけども、先ほどちょっと話した通り自分は後継ぎの問題で悩んでいたんですけども、その時にですね、姉が自分が後を継ぎたいと言ったんです。しかし両親は女には無理だということで拒否したんですね。で、姉がそこで女性差別というのにぶち当たる訳ですね。僕はその時どうして女だからとか自分も男だからとか、「こうしろ、ああしろ」って性別で人生を制限されなければいけないのかなと、それが自分のメンズリブということを考える原点なのです。その時の体験を今掘り起こしてみると、あの時、自分が男らしさにこだわって姉を押しのけて自分が後を継ぐとやっていたら、自分はまさに姉に対する加害者になったと思うんです。それは問屋と言うのはすごく古臭いしきたりがあって、家父長制の権化みたいなところがあるので、そういう中でのそれを自分も受け継いだわけですね。やっぱりそこで父が持っていたような男らしさというのは私は捨てたいので、そこで自分のメンズリブを目指す生き方というのが始まったと自負してるのですね。当時はうつ病になってすごく苦しかったですけど、そこから始まっていると思っています。ですから常に男性がジェンダーの呪縛から解放されるというのは女性にとっても解放になると、僕の原点としてすごく信じてるわけです。だから決して女性の問題に関心が無いとかそういうことではなく、男性はまず男らしさの呪縛というものから解放されないと、ひいては女性問題の解放も無いのではないかと思っているわけです。水野さんもおっしゃっていましたけど家庭内で暴力を振るう男性の問題をやっていますけども、当事者の男性達の話しを聞いていて、女性に暴力を振るっている加害者としての責任感が無い人が多いんですね。正当な暴力もあると平気で言う人もいますし。だからやっぱり加害者としての責任と言うのをちゃんと深く認識しなければいけない。まずそれが前提にあると思います。だからと言って加害者だ加害者だと糾弾しているだけではその人は暴力を辞められないと思うのですね。なぜ暴力を振るうような状況にはまってしまったのか陥ってしまったのかというところまできちんと見て、そこにはいろいろジェンダーの意識もあるし感情表現が未熟だとか過去に虐待された経験があるとかすべての人がそうだとは言いませんが、いろんな要素があるのでそういうとこまで、ずーっと常に男性側の立場に立って考えていこうという視点でやっています。糾弾だけではダメなのだと。責任を認めるというのが前提だけども、そこから脱却するために一緒に考えて行きましょうと。自分の中にも、すごく意識してるのですけど、そういう暴力的な衝動と言うのがあるんですよ。それは僕もそこに入っている一参加者としてやっているんで、そういうものを一緒にやっていきましょうということでやっている。女性問題に関心が無いというのは誤解です。蔦森さんの本の中でメンズリブ東京の批判で常にそういうのがあがってくるんですね。女性問題には興味が無いと言う。全くこちらに対して取材しないで印象だけで書いている。男性のことばっかり考えてるから、男性問題ばかりで女性問題に関心が無いんだろうと、ほんとに単純な思考でそういうことを書いてるので正直言うと腹が立ちます。もう一つ、蔦森さんの本の中でメンズリブ東京というのは内面的なことばかりで自閉的な集団であるという書き方がされてるのですが、ちゃんとそれも取材しろと。印象だけで言わないで欲しい。要するに社会制度に向かってどんどんやって行こうという、昔ながらにある外向きの運動というのも大事だと思うんだけど、いろいろ調べて見ると人間の解放運動というのは自分達の問題から語り始めたことによって、そこから掘り下げて行って社会性とか政治性がある問題に行き着いているのですね。まず自分の問題を話してその経験を分かち合って、そこで共通するものを見つけて行く。まず内面的なところから始まらないとなんだか分からないじゃないですか。自分の問題さえクリアになってないのに。じゃ、男性問題って何なのかってわかんないですよ。家事・育児やりましょうとか、地域社会に参加しましょうとか昔から言われてきた非常にクリアな問題だけれども、それ以上にいろんなどろどろした問題が一杯あるので、そういうのを自分達が当事者として掘り下げて行こうというところからやってるんです。最初の歩みの段階からやっているんで。それをもってして自閉的であるとか言われるのは非常に心外であると思います。それは自分達の問題、ひいては男性に共通する、ま、いろんな男性いますけども、男性にありがちな問題としてもっと自覚していきたいから自分達の問題から語っていこうというところから始めてるわけです。以上です。
 

先ほど休憩時間に「宝塚NPOセンターってリブセンターですか」と聞かれてちょっと違うなと思って。NPOの宣伝ではなくて、私が、私も女性学をやってきましたしボランティアもやってきたんですね。ボランティアは無償でやっていた時もあればボランティアコーディネーターとして12年有償でやってきて、そして女性学とボランティアとか福祉とをドッキングさせたらNPOになったのですね。初めて聞いた人は分からないかもしれません。利益を追求しない組織をNPOと言ってます。ですから利益を追求しないと言うことで、今まででしたら行政がやってた事業が利益を追求しないで公にやってきたことだと思うのですが、そこに市民団体として参画して行政と同じような仕事を市民団体にもさせましょうと言うのがNPO法案であって法律なんですね。特定非営利活動法というのはそういうことだったのです。その特定非営利活動法人という法人格を持って、私達市民活動が何をやれるのかと言った時に、男にとっても女にとっても住みやすい社会を作って行くためには何が必要か、どんな社会がいいのかなという風に突き当たったんですね。私自身、今、宝塚NPOセンターの事務局長をしていますけど、男社会はきっと自滅すると私は思っています。それを解く鍵はNPOしかないというのは、男並に働くことを一切止めています。今日は日曜日やのに働いていますが一切そういうことをしたくないんですね、本当は。土日はしっかり休みたいとか夜は残業しないとか自分なりに思っているんですね。男並に働いてきて私達不幸になってきた。企業戦士もそうですけど、男の人が不幸になってきただけじゃなくって女も不幸になってきた。で、経済が不況になったらリストラという、男たちもそんな目にあっているけど女達はもっと前になっていまして、パートタイマーというかたちで調整してたんですね。流行らなくなったらパートタイマーさんはお家へお帰り下さい、夫さんに食べさせてもらいなさいということで戻されてまして、やっと男たちは自分にもリストラがあるということに気が付かれたでしょうけど、女達はもう何十年前から体験してたんですね。そういう問題もあって、ではNPOは何をしていくのかというと、今まで公のことを行政に任せきってましたけど、私達NPOと言われる市民活動団体がそれを担って行けば、もう少し今までの男社会と違う社会が作って行けるのではないんじゃないかと。現実アメリカはそういうNPOがかなり活躍しておりまして、沢山の人がNPOの市民団体の中でボランティア活動をしているんですね。日本のボランティアといったら福祉しかイメージないですけど、アメリカへ行った時はやっぱりホームレスの団体を支えるNPOやらいろんなNPOがほんとにたくさんあるらしいのですね。そういうかたちになっていけば少しは日本も変わって行くんじゃないかと、NPOセンターを作ったのは、市民活動をいっぱい作って、それが日本の中に根ざして行って少し世の中を変えたいなという大きな目標があります。公のことを市民団体が担って行く世の中にしていかないと、企業と行政だけに任せきっていて、今の男性社会の破綻が来てる訳ですから、私達がやれることはこういう運動も、メンズセンターもNPO法人を取ったらどうですかって言っているのですが、しっかりと社会に根ざすような活動とか運動体にして行くということも必要なのではと思うんですね。理想の社会というのは私達が生きたい様に生きれることだと思います。私自身はさっき言いましたように働き方も考え、女性差別の無いような職場を作り、自分の仕事もやりたい仕事だけして稼いで行くような方法をずっと考えてるんですね。なかなか上手く行かないかもしれませんが、こういう市民団体がいっぱい増えていくことで日本の世の中、男たちが苦しんでいるのも、女達が家の中でもんもんとしてることも、何か解決になればいいんじゃなかろうかと。少しはNPOということに全然今までは知らなかったよという方は、ちょっと興味を持って頂いて外側にパンフレットを置いていますので是非読んでNPOの会員になって頂けたらうれしいです。
 
中村
10年間何をしてきたのか。私達は自分達の居り場作りをあちこちでやってきましたと言いたいです。「男性グループ一覧」という資料を出しました。多分、豊田さんの目からすればこれに抜けている団体が東京の方で一杯あるかもしれない。数え切れないほどの自分たちの居り場作りをしてきたグループが沢山ある。この会場にもグループ活動をなさっている方がたくさんいらっしゃる。これが10年前にあったのだろうか?男たちがこれまで働き詰に突っ走ることのみを目標に生かされてきた男たちが自分を振り返る為の場。それを10年かかってやっと作れたのではないだろうか。そしてこれからそう活動の中で気付いたことを社会化していくための取り組みを、いろんな場で広げていく。一つのことをしたからといって社会が一気に変わってしまうということは考えられないことですから、そういう地道な活動の10年であったかもしれない。20年たってこういう場を持っても地道にやってきてこれだけのことをしたぞと言える成果は少ないないかもしれないけど、それは一つ一つの積み重ねることでしかなし得ないという気がしています。
 
大山
実は私達はこのグループを作った時に運動を広げるということを逆に意識的に禁欲をしました。なぜかと言うと運動を広げて行くということはよいことのように思えるかもしれないけど、下手をすると男らしさの発揮でしかないことがあるんですね。運動を広げて行くということは。だからそういうことは考えないでおこうということが一つありました。もし本当に必要なことであれば、私達は発信はしている訳ですから、それを感じてくれた方が自分のところで、つまり関西を中心にしてフランチャイズのように広げるのではなくて各地域で各地域の男たちが自分達の関心に基づいてグループを作っていって、そのネットワークができればいいだろうと。焦らなくてもそれでいいじゃないかという考え方が私はあったと思います。あと私は今日、自分がオカマと言われたという話をしました。でも、私はやっと人前でこの単語が言えるようになったのですね。でも言えるようになるためには仲間で守られたスペースの中で発言して、その中で少しずつ自分が癒されていくことによって、今皆さんの前でオカマという言葉が言えるようになった。自分自身のこと、自分自身が苦しんでいる悩みを話す場というのは急速に広げることはできないんじゃないかと。いろんな人がどんどん入ってくれば恐くて言えない。だからどうしても遅々としたものになる。むしろ、私からすればどんどん広がるということはそれだけ内容が薄いんじゃないか、自分自身の問題に踏みこんでないからじゃないかという気がします。ですから私はこの10年が遅々としていると言われたのであれば、むしろ自分たちが思っていたことが上手くいったのだろうしほめ言葉という風にとりたいと思います。
 
伊藤
今の大山さんの発言、豊田さんの発言もすごく似ているですが、僕も僕らの活動が親密な関係の中で自分を再発見するような作業としてすごくよかったなと思っています。ただ同時に今日僕は一貫して社会派でいるわけですけども、僕らの世代やその上の世代はついつい社会に目を向けすぎて自分の問題をおろそかにしてきたなと反省をしています。僕らの世代は若い世代のように自分の問題から語るということをもっとしなければいけないということがよく分かります。ただ逆に若い世代に気になるのは自分の社会の中で閉じこもってしまって、実は自分の問題が社会の問題に連動しているというところに逃げているじゃないかなという気も一方ではしないでもないのですね。次の社会をどう構造するかという話と当然絡んでくると思うのですが、大風呂敷になりますけど、僕は男女共同参画と言う観点は、この200年程続いてきた近代工業社会、近代産業社会、基本的にこれは男性主導の社会だと思います。それまでも男性優位化もしれませんけど、多分近代工業社会のほうが男性主導の社会になったと思うのです。それが21世紀を前に1970年くらいからと思いますが行き詰まりが始まっていて、それは近代社会の次の社会をどう考えるかという時にすごくポイントになる部分だと思います。それは個人の問題とも絡むわけですけども、男主導の社会というのはすごく風通しの悪い社会だと思います。それは生産性や効率を優先する為にすごく形式的な論理で色んなものを動かしてきました。経済的に豊かになったかもしれませんが、他方で権威主義やら形式主義やらを大切にする社会になってしまったのではないか。人間と人間の当り前の男と男、男と女、女と女、いろんな関係があると思うのですが、その関係そのものがすごくギクシャクした社会に近代社会はなっていると思います。男、女の仕組みというのも一つの大きな問題だと思いますし、ジェンダーの仕組みを壊すと言う方向は多分男主導の風通しの悪い社会を転換するということにつながってくるし、それは女性にとってすごくハッピィーな社会かもしれませんし、男社会の中で男が背負い込んできた問題から男たちが解放されるという意味でも悪い話しではないと思います。もう一つ、男主導社会というのは支配やコミュニケーションが不全な社会だと思いますけれども、人間と自然の関係においても生産性優先、効率優先、利益優先の仕組みというのは21世紀の半ばで人類は滅びるのではといわれるくらいに自然環境そのものを破壊している訳ですが、これも男主導社会の効率優先、生産性優先の産物だと思います。もうそろそろ、そういう社会から転換しようという時に、男性主導社会を転換するという男側からしようとしているだけですけども、この問題は次の21世紀の社会をどう作るかと言う話とかなり根幹の部分で重なっているのではと思います。僕としては社会派ですから個人の問題も考えなきゃいけないし、自分なりにいろんな形で仲間達と語り合ったりする訳ですけど、同時に社会の仕組みをどう転換するかというところで自分なりの作業はしたいなと思っています。
 
玄田
山本夜羽という名前で漫画を書いています。メンズリブ東京の創設の時から関わってきて、オタク問題、オタクリブだと最初に言ってやってきて、オタクの中にある男らしさの抑圧から抜け出したいという思いをなんとか表現の部分で取り上げて行こうというという風に考えてやってきたのですけど、最近はオタクというのはオタクというもの自体が実は男の病なのではないかと、男らしさの病なのではないかという方向にどうもそういう結論を下さざるをえないという感じがしてきてるのです。自分が男らしくないということがこじれた結果、K1だのプロレスだのにものすごく熱狂する子達、彼らは通信教育で空手をやったりするわけですけど結局そんなのは続かないんですよ。でもその中で男らしさに対する渇望、自分が男らしくないということの抑圧からそこに向かっちゃう。例えば漫画を読んでいても過剰に女の子、しかも女の子というよりはお母さんのように自分を包み込んでくれて自分のことを何でも分かってくれてエッチまでやらせてくれてという夢のような女の子、現実に存在しないからそれは2次元の世界でそれを満たそうとするとどんどん過剰なまでに作られていくのですね。それを僕はそうじゃない方向に思考するのもありなんじゃないかなと思っていたのですが、それも一つ、そうじゃない像を僕は漫画家ですからそうじゃない像もあるんだということを提示して行くことももちろん必要なのですけど、同時にそういう抑圧みたいなのももう少し楽にできる方向というのを考えるという事をやらなきゃいけないかなということなんですね。僕にとってのメンズリブと言うのは、僕は動機がその、幼女連続殺人事件と言うのがあって宮崎勉という人が女の子を殺してしまったと、それに対して一斉に批判がきましたよね。その批判に対して、すごく自分に対して突き付けられてる気がして、それがすごく辛かった。そこでそうじゃないのだということが言いたくてやってきたんですが、すいません、上手くまとまらないのですが。自分の中の自己批判と自己肯定というのを上手くバランスを取りながら、どっちかに傾れ込んでしまうのではなく、自己否定する部分と自己肯定する部分の折り合いをつけながら自分らしさを取り戻して行く、回復して行くということをやっていかないといけないんじゃないかなと思っています。すいません。
 
水野
コミュニケーション能力を高める為に実践していることはという質問に答えるように振られましたが、一言で言えたら苦労しないですよね。単純に言えば人と共感する能力かな。自分と違う人の気持ちが分かる。想像力が持てる。共感する能力が持てる。同時に自分の気持ちを上手く伝えられる。両方できないとね。人と共感はできるけれども自分の気持ちを伝えられない人、自分の気持ちは伝えられるのだけど人と共感できない人。どちらかができる人というのは非常に多いんですね。だから両方できる、それも人真似ではなく自分らしくできる、それは日本の学校教育が全然そういうトレーニングを学校教育の中に入れてない。子どもの時からほんとは学校でしてくれたらいいなーと。大人達もそういう教育を受けていませんから、命令することや説教することや黙って従うことは習っていますけど、自分の気持ちを上手く相手に伝えるというのは習ってないので、私はトレーニングが必要かなと思っています。
 
大山
男性の復権派のメンズスタディーズグループをメンズリブと言えるか。その前にこういうグループが今あるのか私は把握していないので分からないのですが、私個人としては言いたくないです。メンズリブと言うのは自分の加害者性というのをまず引き受けないとダメ。自分が抑圧されている、男らしさで傷付けられたということを語る前の、当然、前段階で自分も加害者側なのだということが認められないのであればメンズリブではないと思います。つまり加害者であるということを認めた上でないと、当然この男性中心社会で男の抑圧を語ったら女性に対する抑圧になってしまいますから、まずは自分の加害者性を認めないのであれば私はメンズリブとは言いたくないです。それから、も
 
伊藤
以前ある女性センターで男性自立度チェックというのをやったことがあるのですが、定年後の60半ばくらいの人達は「僕、良い成績です」と、こうやると男の人達は競争しちゃって何点とれたかにこだわる。それが問題だなと僕は思うんで競争しないでくださいと言うのですが、結構、高得点を取られてびっくりしました。聞いてみたら、いくつか男性講座を受けられてかなりいろんなことを考えたっておっしゃっているんですね。男性講座に来る前の自分だったら多分0点近かったかもしれないけれども、定年後に社会教育の男性講座の中でいろいろ考えて、いろいろ動き始めて今は高得点ですというお答えがあって、やっぱり60歳以上の方でも問題関心を持ちながら行動する形で変わって行かれる方というのはたくさんいると僕自身は思います。男性達が定年後にやっと自分の生活と向き合うというのは今の社会が男性達に対して仕事中心の社会だからだというのはおっしゃる通りだと思います。ただ、中村さんも言ってましたけれど、仕事以外の居場所と言うのをもっともっと若い内から作っておいた方が、年を取ってから気が付いても遅いかもしれない。もちろん遅すぎると言うことはないと思います。これも実話になりますが、ある所で女性プランを作っている時にあちこちに回って各地域の声を聞いたことがあるんですが、その中で連れ合いに先立たれた60代後半くらいの男性の話しが出てきて、先立たれたら閉じこもりになっちゃうと言うのですね。男性達はコミュニケーションの力が弱いですから、なかなか人と打ち解けたコミュニケーションができない。で、閉じこもっちゃった。で、近所の女性たちが心配してボランティアに誘ったのです。すごくいい近所の人達だなと思います。そしてボランティア活動をするなかですごく活き活きと元気になられたという話を聞いて、それは自分で変わったわけではなく地域の人との関わりの中で変わったんだと思いますが、その辺の変わり方というのは関係の持ち方しだいで、いくらでも有りうることだなと思います。ほんとは仕事をしながらそういう場所を作って欲しいですけれども、仕事が終わった後でも不可能ではないと思いますし希望は捨てないようにと思います。
 
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安部
これは味沢さんに答えてもらいます。28才の女性から「メンズリブが何をしているいるかよく知らない。今日来て見たのですが私の周りでメンズリブをやっている若い30才未満くらいの人を見ていると、学歴や収入やその他諸々によって起こる男ヒエラルギーでは上に行けなので、女にもてるという別の男ヒエラルギーで上へ行こうという意味での男らしさを感じる時があります。とにかく女には優しくなきゃという感じで、正直気持ち悪いと感じることがあります。「もてる」「もてない」というヒエラルギーもありますよね。このヒエラルギーにはメンズリブはどのように取り組んでいるのでしょうか」。
 
味沢
これ難しい問題だよね~。ヒエラルギーが有るのかどうか。もてたくない人もいるだろうし、どうでもいいと言う人もいるだろうし、ようわからん。ただ、もてたい人にしてみれば、もてない自分と向き合うのはしんどい話ですね。私の周りにもいろんな人達がきますけども、私がいる関わりの中でどうすればもてるかということはよくしゃべるんだけど、それは結果的にそうはなるけども、もてる為にと思っちゃうとね、もてたいとかヤリたいとか顔に出るので止めなさいって言うんですよ。それであなたが自分らしく自分に「自分ってステキだね」って思えるようになったら自然に魅力が出てきてフェロモンが出てきて向こうから寄って来るんだからって言うんだけど、それには時間がかかるみたいで、なかなか簡単にはいかない。ヒエラルギーに付いては、私は何とも答えられないですね。少なくとも私の場合は、それまで女性に対していい関係が持てなかった。変に格好付けたりとか攻撃的になったり、見栄張ったりして嫌われる自分がいたのだけど今はそうじゃなくて、もちろんそれで嫌われることも多いですよ、でも逆に自分のありのままを出したらありのままを受け入れてくれる女性からは好かれるので随分楽になりました。そういう意味ではハッピーだなと思っているし自分があるがままに生きて、それと他者が関係を持てたら恋愛にせよ、そうじゃないにせよ、すごくいい関係になるんじゃないかなと思ってます。それはメンズリブの人達は、人間関係という意味で言えば、みんなそういう思考性はあるんじゃないかな。他人といい関係になりたいというのは。それが恋愛に発展するか知りませんよ。でもそれはお互い自分の個性をお互いが認め合うという基本的なところから出発しているように思う、それは合意点だろうと思うのだけどな。答えになりましたでしょうか?
 
安部
で、最後の質問ですけど森さん以外の方に答えて頂きます。「男性にとって家父長制、特に、長男の役割からの解放ってありますか?それをどう位置付けておられますか?「男らしさ」からの解放って自分探しだけでしょうか?生きにくい世の中は女性も同じ。共に話し合って行くことは難しいでしょうか?最初から設定が別と分けて考えていたら、いつまでも平行線ではないでしょうか?」質問の内容が沢山ありますが長男の問題が入っていると長くなりますので、最後の方だけで、男だけの場を作って今までやってきたということについて、なぜそうだったのかということを話してもらいたいなと思います。
 
大山
メンズリブ研究会、メンズセンターがなぜ男性だけか、実は、うるさく提案した一人が私なので多分私に説明責任があるのだろうということで回ってきたんだと思います。まず、一般的に私達すっと答えるのは男は女性の前でええかっこしいになるからと。本音が出てこないからとよく言います。まずこれも一つだと思います。ところが私は何を思ってこれを提案したかと言うと、実は私は大学院の時に同じ研究室の女子学生と言い合いになったことがあるんです。なぜかというと僕は親から「男なんだからこういう大学のこういう学部に行けと決められてそれを強いられたのが苦しい」と言うと、彼女は「大学に行っていいと言われるだけいいじゃない、私なんて大学に行くなというのを頑張って大学に入った」と言ったのです。確かに今の男社会の中では彼女の言ってる問題の重要性がよく分かるんですね。でも、じゃ、僕はそれを言われたからといって自分の問題が納得できるかというとできない訳です。男の問題と女の問題は全く別なのだな、つまり男としての経験や実感に基く話と女としての経験や実感に基く話と言うのは場合によっては同じ土俵でするのは無理なんだと。僕は「男の実感と経験に基く話をできる場が欲しい、だから男だけのグループを作って欲しい」だったんですね。私にとってメンズリブというのは、結局、男として育った経験と実感に基く活動としつこく言うのはその部分があるからです。あと、さっき異性愛主義の話をしましたが男女でやるとどうしても男女間の話しだけに偏る。これは避けるべきだと。あと、さっき言葉としては使いませんでしたけどホモホビアの話。男同士でつるむということが同性愛者嫌悪、同性愛者は気持ち悪いとかなんとかに結びついていて男同士が仲間になれないんだったら、最初から女性を入れないグループを作って無理矢理仲良くさせようというのも一つです。あと、女性が入っているグループだとやっぱり女性が女性役割を取っちゃいますね。男性は男性役割を取りますし、女性に女性役割を強制しますね。例えばお茶入れるって言ったって、さっと立つのは女性だし、片付けるのもさっと。で、腕組んで待っているのは男たち。これはジェンダーを考えるグループでもよくある現象です。だとしたら、女性を入れなければ男がやらなきゃなんないじゃないか、男たちはそれに気付くだろうと。だから男性だけでやってみようと。ただこれは、今度はもう一つ、年功序列が働いて若い男にやらせるという問題が出てくる。私はこの中で若かったので若い人って言われると、「おじんやれ」といってそこで物議をかもしてたのですけど、少なくとも男同士になることによってその女性役割に気付くということも私は多い。私はよく言うのですが男同士でやれないことは男女でもやれないはずだと。だからほんとに男女が対等になりたいのであったら男同士で対等が作れなければ当然異性とは組めないだろうと。その訓練の場として女性を入れない場というのは必要だろうと。こういった理由から男性だけの例会というのを持ちました。うがった見方かもしれませんが、このごろ、中には女性に「僕はこんなにいい男なの、こんなにフェミニストなの」というのを自慢したい男性もいるみたいですね。だから褒めてくれる女性がいないとつまらない。
この10年の中で色々しゃべり合って肩の荷が下りたんじゃないかと実感しています。実は僕も例会に行っていて感じたのは、新しく参加した男性が、最初は肩がいかってる感じがあったかもしれませんが、3回、4回と来る内に肩の力がすっと抜けてすごく良い感じになってこられる方があります。それは大山さんが言ったように、男だけで集まってきた、男としての経験を共有する中だかれできたことだと思います。ただ注意して頂きたいのは、今日の集まりだって、僕達は男だけでやってる訳では無い訳で、男性だけの場所も必要だけれど、その中で閉じこもってる訳ではなくて、女の人達との交流の場所を持つというのを常に考えている。個々人、色々な場所を持ってるのですから。このメンズリブ研究会の中では男としての経験を共有しているけども僕達は閉じこもっている訳ではないし、外との関係の中で女性やマイノリティーの人達も含めて会話をするということに関してはどんどん進めてきているということは押さえておいて欲しいですね。
 
中村
先ほどから繰り返し、メンズセンターという所は男だけの場なのだという言い方をしました。そして、私達は基本的に男だけの場をこれからも大切にして行きたいと思います。でも、全く女性を無視している訳ではないと言うことを一つだけ言います。例えばメディア分析。昨日、分科会(第4回男のフェスティバル)を持ちました「男性雑誌とジェンダー」は男女混合チームで分析作業をやりました。このような分析作業をする時に男女が混ざることによって見えてくることもあります。そういった目的、あるいは持とうとする分科会の性格によって、いろんな使い分けはこれから広がって行くだろう。でも、この10年、男たちで語ってきた経験を大切にしてきたし、これからも男たちの場は消えていかないだろうと言えると思います。
 
水野
男たちだけで集まって嫌な男たちが生まれていたら、意見を言われる方の批判は当ってるかなと思いますが、私は男だけでやってきてみんないい男になって女性に喜ばれてると自負しています。実際、私もパートナーから「あんたメンズリブやっていい男になったよ、一番は私のおかげだけどね」とよく言われいます。ですから男だけで集まって結果がよければそれはいいのじゃないかな。それ以上にやっぱり高校生なんか男女混合でやると、ほんとに男の子が女の子を意識しちゃって鎧をどんどん着ちゃうんですね。どんなにいろんな仕掛けのワークショップをやっても解けないんですね。だけど男の子だけになると、初めていい格好しないで本音がポロポロ出てくる。そうするとそこからスタートして変わっていけるのです。建前は男の人はみんな知っているし、女の人にほとんどの男は責められてますから、自分が問題あると気付いてますので、女の人が居る所に行くとまた責められるんじゃないかと思うと、マゾヒストではない限り行きたくないと思うのが本音です。だから男だけでやるというと、どこの女性センターでやっても結構参加者が集まりますが、男女混合でやるとパッと男の人が引いちゃうというのが現実ですから、この現実から出発したいと思います。私は男を変えたいですから、男の人が参加しやすい場、ただ男女混合でないと気付かない場も一杯あります。そして女性にチェックしてもらって女性が嫌がるような男でしたらそれは本物じゃないわけでね。男だけで集まっているからって女性がチェックできない訳ではなくて出てきたところを捕まえて「あんたら何やってるの」ってどんどんチェックして下さい。そしてどんどん批判して頂く方が、男が変わって行く為にはいいことですのでそうしてください。
 
安部
豊田さんがやっている「メンズリブ東京」では男女混合で例会を持っております。あと、最後に豊田さんと森さんに一言言ってもらいたいと思います。
 
豊田
今の男女混合というのを説明しますが、その点については僕も迷ってるところがあります。まずいろいろな運動上の経験が必要だと思いますので、最初から男性のみとはしなかった。どうしてもその場が必要でそこに居たいという女性であれば集会に参加してもらっていた。興味本位とかで来る女性は帰ってもらいました。というか自然淘汰されてそこに居られなくなりますね。それだけ真剣に話をしてきたと思いますので、ちょっと男性側の本音が聞きたいという軽い気持ちで来る人の居られる雰囲気は無かったですね。自然に来なくなりました。例えば家庭で暴力を受けてきた女性が男性に対してすごい不信感を持っていて、でも夫も変えたいからといって男性の本音をほんとに聞きたい、話し合いたいという人もいまして、その人はほんとにそこでエンパワーメントをされたので僕は嬉しかったです。その人の夫も変わったのですね、その人の努力で。だからそういう人が1人でも居たということは女性を入れて結果はよかったと思うので後悔はしてないです。ただほんとにいろいろテーマに分けてこれからはやって行く必要もあると思います。例えば売春、買春をした体験とか暴力でも振るった方の体験とか話を深くして行くと、どうしても女性が居ると話せないという人も多いので、やっぱり男性のみというのも必要で当事者性をきちんとさせる必要があると思っています。テーマ毎に臨機応変にやって行こうと思っています。そして関東の方では、すごくメンズグループが多くて老舗の団体で「育時連」とか「男の子育てを考える会」とか古くからやってる団体があって、「メンズリブ東京」としてどういう風に独自性を出すかとか存在意義を出して行くのが難しいところだと思うのです。外から見ている印象ですけど、メンズセンターは関西の男性運動を独占しているような状況で、聞いたところでは実際こちらの男性講座でも1回から5回まで全部メンズセンターの世話人の方が講師をされていると。そういうのは関東ではちょっと考えられないですね。いろんなグループがあるし。「育時連」とかの方が行政の男女共同参画プランの運営スタッフをしていたり、それぞれの男性運動はいい意味でライバルとして競い合っているので、「メンズリブ東京」としてこれからどうやってもう少し存在意義を出して行くかが非常に難しいところです。最近じゃ「ダメ連」なんてグループも出てきましてね、サブカルチャーな感じがうけてるけども、そういうところともジョイントでいろいろやったり多面性を持ってきていますので、役割をきちんとさせて自分も取り組んでいきたいです。難しいけど遣り甲斐があるなと思って、またこれからやって行きたいなと思います。ありがとうございました。
 

今日は午前中に「ドメスティック・バイオレンス」のテーマの分科会(第4回男のフェスティバル)で、報告者をされていた宮本博文さんはもう帰られましたでしょうか?帰られましたか。私、彼を呼んで講座を持ったことがあります。「男と女のパートナーを考える」企画だったのですが、妻の方の本音もしゃべってもらって、次に夫さんに男の本音というのを日を変えてやってもらったことがあるんですね、つい最近。すると男の人がなんで妻と話し合えないのとか、男の人がどういうことを考えてたのか、初めて私も心を開いて聞くことができまして、なるほど夫はなんでこんなことを思っていたのかということが分かったのです。やっぱり相手が何を思っているのか聞く耳を持たなかったから、私なんか離婚しちゃったんですけど、やっぱり聞く耳というかお互い聞けたら、さっきの水野さんが話されたコミュニケーション能力ですが、お互いなかったんやなぁと思ったりもします。だから男の人が何を考えているのか女の人が何を考えているのか、素直に聞けるような場所があればもっと互いの心が分かって、もっとやり方が変わったかなと思いました。だから別々にやる事も意義があるし、相手が何を思ってるのか知ることも意義があるんだと思います。私は今回こういう所に出さして頂いて思ったのは、別々にやる価値と、こうして一年一回一緒にやる価値と両方あるんでしょうね、きっと。私なんかは市民活動として男女一緒にやっています。その中でぎゃんぎゃんは言ってないつもりなのですが、言っているか、男と女が一緒にやっていくにはルールがあるのよ、やっぱり対等やねんからね、ということを言ってるんです。多分、いつも口癖のように言っているので分からないですけど。一緒にやって行くのだったら対等にやっていかざるをえないんですよ。今更、市民活動の方で女がお茶汲みに回りたくもないし、いや、入れる時は入れますけど、そういう一緒に対等なところで活動ができていったら一緒にやりたいと思うのです。それができない男たちが多いので、すごくしんどいなと思います。ボランティア活動をするためにリタイアした男性がうちにもよく来はるんです。ほんまに困ります。老人センター違うって思うのですけど来はるのです。そういう人を変えようとは全然思わずに、ほんとに私はパトロンやと思って我慢しているんですが、そういう人達も、邪魔にならないように居たり活動しているのを見ると、責められている男の人達が多いとそれもききましたんで、やっぱり分かっていて私の前だとおとなしく静かに居てはるんやなと思って、私はなるべく優しく接しようと思っていて、居心地のいい場所が無いんだろうから私の所で一日遊んで帰りはる男性ボランティアが多いんです。大山さんが来てびっくりして老人ホームかと思ったといわれたのですがそうじゃないんです。リブセンターでもなく、老人ホームでもなく、男女がいかに一緒に暮らせるようになるか願っているのです。私も男嫌いでは全然ないので、ついそういう風に思われてしまいますが、一緒にやって行く為の10年間であったり、男だけ女だけのステップだと思うのですね。気が付いたら共に一緒に暮らしているような将来を持ちたい、私も皆さんも願っていると思うので、頑張ってやって行けたらなと思いました。今日はありがとうございました。
 
安部
大抵こういう時は「拙い司会で」とか言いますが「見事に上手くやったな」と自画自賛しております。今日はほんとにありがとうございました。最後に、もう10年後にメンズリブの20年後が語り合えたらそれはすばらしいな、うれしいなと思っております。今日のシンポジウムを終わりにしたいと思います。みなさんご苦労様でした。
 
 
 

【朝日新聞 社説】AV出演強要 相談体制の充実を急げ  2018年2月14日05時00分

【朝日新聞 社説】

AV出演強要 相談体制の充実を急げ


2018年2月14日05時00分


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 若い女性がアダルトビデオ(AV)に出演を強要される被害が問題となっている。

 「アイドルをめざしませんか」などとスカウトしたり、ネットで高給のバイトと誘ったり。夢につけこみ、AVと告げることなく、時にはうその説明で契約させる。出演を拒めないよう追い込む手口である。

 被害者は10~20代前半に集中する。高額の違約金をたてに、いやがる女性を出演させ、性行為を強いる。心身を深く傷つける性暴力で、許されない。

 いったん販売・配信されると、映像などの削除は困難だ。業者に削除を求めても、ネットに流れたものまで完全に消すことは難しい。家族や友人に知られないかと不安になり、自分を責め、心を病む女性もいる。

 根絶のために、官民あげた取り組みが必要だ。

 政府は昨年3月、若い女性の被害を防ぐため、関係府省庁による対策会議を設置した。だが体制はまだ十分とはいえない。

 被害者から聞かれるのは、どこに相談していいのかもわからなかったという声である。性暴力に関して広く相談を受ける窓口は、NPO法人などが開設している。そこもボランティアや寄付金が頼りで、人手と費用の確保に悩む所も少なくない。

 AV強要に関して、「ポルノ被害と性暴力を考える会」は、NPO「ライトハウス」とともに年間百件の相談を受ける。電話は深夜まで続く。それでも潜在的な被害の一部とみられる。

 被害者に寄り添うには、力のある相談員が必要。窓口が都市部に偏在することも問題だ。各地のNPOなどが情報共有の場を設け、支援の輪を広げられないか。それを国が資金的に後押しすることが望ましい。

 もちろん違法行為はまず警察が目を光らせるべきだ。

 昨年6月には、女子高校生にAV出演への同意を強制したとして、DVD製造販売業の男が強要容疑などで大阪府警に逮捕され、保護観察付きの有罪判決を受けた。窓口の通報で事件化される例もあろう。その意味でも相談体制の充実は急務だ。

 米国務省は昨年、世界の人身売買をめぐる報告書(17年版)で日本のAV出演強要を、詐欺的な勧誘と脅迫だと指摘した。

 性暴力は人権を踏みにじる行為だ。社会全体で根絶への動きを強めたい。

 業界ではメーカーなど約200社でつくる団体が中心となり、弁護士らによる第三者機関を発足させた。被害者をうみだした現実を重く受け止め、改革を進めるべきである。


https://www.asahi.com/articles/DA3S13358048.html?ref=editorial_backnumber

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