2013年09月29日

さよならYOUTHQUAKE。ありがとう皆さん。

突然ですが、この度YOUTHQUAKEは協議の結果、2013年9月2日をもちまして解散の道を選択しましたことをご報告いたします。9月及び、年内のスケジュールを全てキャンセルいたしましたのも、この理由によるものです。


解散の理由といたしましては、メンバー間での活動方針や創作活動に対する意識の違い、音楽に対する考え方や姿勢、モチベーションに差違が生じたからです。これに尽きます。その“ズレ”を修正することは様々な角度・視点で見てみても困難だと思われ、今回のような決断をしたわけです。

ただ、皆さんに誤解していただきたくないのは、各メンバー自身、真剣に自分達の音楽に向き合っていたことだけは確かです。確執などもありません。

私はその決断をするのに迷いはありませんでした(その理由に関しましては後述いたします)。不思議と、その決断をした時、寂しさはもちろんありましたが、それほど強いものではありませんでした。思い入れが無かったわけがありません。23年もやってきたのですから。愛着が無いわけがありません。魂を込めてきたのですから。だからこそ、「活動休止」などという猶予期間は設けず、潔く解散したほうが良いように思いました。

また、私個人的にも、YOUTHQUAKEに対する音楽的なブレや悩み、行き詰まりや先行きの不安などを多少ならずとも感じていたのかもしれません。バンドは聴かせるものである以前に、自分(達)が楽しめなければ意味はありません。「健全な精神状態と肉体にこそ健全な音楽の魂が宿る」というのが私の持論ですが、それがバンドという媒体に、私的に上手く噛み合わなくなってきたということもあるのかもしれません。例えば、自分自身にもブレが生じてきたと感じた悩みや焦りが、もしも、もっと大きいものだとしたら、何かのきっかけ・タイミングで、遅かれ早かれ出される結論は同じだったのでは?とも思いましたし、「バンドがこういう状態であれば辞めるべき」だと思いました。たとえその判断が間違っていたとしても後悔はありません。そして、それが間違っているとも思いません。


過去に何度か躓いたり危機を向かえ、その度にどうにか乗り越えてきましたが、どうやらこの辺が限界のようです。


私がバンドをやり始めた頃、師と仰ぐ方に、こんなことを言われました。「音楽(バンド)をやるからには、“非情”でなければならない」と。それはもちろん他人にではなく自分自身を戒める意味の言葉であり、今、YOUTHQUAKEを牽引していくという自信を失いかけていた私に、改めてその言葉は重く圧し掛かりました。


選択肢の1つとして、私一人で新しいメンバーを集り、再びYOUTHQUAKEという形(名前)で活動を続ける、というのは有り得ない選択でした。何故ならば、最後のメンバーで「Beyond The Void Of Black」を制作した時に、「次に“何か”があれば終らせよう」と密かに決めていたからです。答えは単純で、もう他の誰ともYOUTHQUAKEと名乗ることはしたくなかった。それだけです。「このメンバーで頑張って、もしどこかで躓いたり、摩擦が生じたり、誰かが離脱するようなことがあれば辞める(解散する)」と、そう心に誓っていたのです。これはメンバーにはもちろん、他人にも言ったことは一度もありません。その“何か”がついにやってきた、ということでしょう。“いつか来るであろうその時”をあの時点で意識していたと言いますか、覚悟を決めていたのです。そして今回、YOUTHQUAKEというバンド活動における揺るぎない自信と統率力を失いつつあった私に、バンドを再生させる余力はもう残されてはいませんでした。「引き際」という、その時が来てしまったのが、果たして遅かったのか早かったのかは、私にはわかりません。

それでもやはり、解散の決断をしてから、私は何日もこの事について考えました。仲間・友人達、諸先輩方、応援してくれているファンの皆さん等の事が何度も何度も頭を過ぎりました。しかし、この決意が覆る事はありませんでした。

“人と人との出会いは奇跡的な確立である”と言われます。ましてや、「ヘヴィ・メタル」という特殊な音楽で共通の理念を持って出会い、音を紡ぎ、目に見えないものを一緒に築き上げていくなどということは、奇跡的よりももっと低い確立なはずです。そして、バンドメンバー全員がいつまでも同じ方向を見続けるのは困難の極みです。今、バンドをやってる皆さん、元々、赤の他人が一緒に同じ道のりを歩んでいけるなんて“「奇跡」以上”なんですよ。その「奇跡」をどうか大切にしてあげてください。その「奇跡」をどうか愛してあげてください。その「奇跡」を楽しむ術を見つけてください。


思い返せば、私のこれまでの人生の半分はYOUTHQUAKEと共にありました。一般の人が経験出来ないような、良い事も悪い事も、楽しい事も辛い事も沢山経験し、勉強できたことは私の糧です。何かを沢山失っている気がしますが、得るものがたとえ少なかったにせよ、このバンドや音楽を通じて、失ったものよりもそれを遥かに越える価値があるものを得ていると私は信じています。あるいは、「メタル」という大きいようで小さなコミュニティーにおいて、都内や地元をはじめ、全国を旅して出来た沢山の友人達、ファンの方々、また、近年SNS等を通じて知り合えたメタルファンの皆さんは私にとって財産であり誇りです。それは今後も変わることはありません。それに、YOUTHQUAKEは周りの環境に恵まれた希少なバンドでした。だからこそ、ここまで長く活動できたと思っています。お世話になった方達、友人達及び関係者の皆様、そしてもちろん沢山の声援をいただいたファンの皆様には多大なる感謝と共に、申し訳ない気持ちでいっぱいです。本来ならば、その方達一人一人に直接お会いして、感謝と謝罪の言葉を述べにお伺いしたいところですが、現実問題として難しいです。どうかお許しください。

この場をお借りいたしましてお礼とお詫び申し上げます。


なお、メンバー一同の意向により、解散公演などは一切行いませんのでご了承ください。


YOUTHQUAKEが無くなってしまい、今後は皆さんの前に姿を現す機会がグッと減るかとは思いますが、現在私が所属していますTHOUSAND EYES, EVADEATH, VOLCANOに関しましては継続していく意向です。

私個人的に新しいバンドを結成し、立ち上げることはおそらくもう無いでしょう。

あと何年プレイ出来るのかわかりませんが、出来るところまで悔いなく、残された音楽生活を楽しめればいいなと思います。





そして最後に、今まで私を支えてきてくれたMASA, YOU, SHUNに感謝いたします。ありがとうございました。




長い間、多大なるご声援、本当にありがとうございました!


STAY METAL!!





2013年9月29日
田中彰


akira_youthquake at 13:18│Comments(12)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by カスタマイズ   2013年09月30日 09:56
エクスタシーレコード設立15周年記念のオムニバス・アルバムで初めてユースクエイクを聞きました、そしてBANDやろうぜ!の付録オムニバスに特別提供のユースクエイク未発表曲…無茶苦茶カッコ良かったです!!!ツイッターとかでも言いと思うのでエクスタシーレコードの組長YOSHIKIさんには解散しましたと伝えてほしいです。。。AKIRAさんお疲れ様でした。23年偉大過ぎます。
2. Posted by エクソダス   2013年09月30日 20:37
突然の事でとてもショックです・・・
初めて聞いてから15年いつも陰ながらですが応援していました。
今までありがとうございました!
そして23年間本当にお疲れ様でした!!
最後にAKIRAさんお体に気をつけて音楽活動頑張って下さい。
VOLCANOまた観に行きます!!
3. Posted by たろう   2013年10月01日 19:33
ありがとうございました
お疲れ様
4. Posted by 今を生きる   2013年10月02日 23:44
YOUTHQUAKEは自分にとって大きな存在でした。AKIRAさんの音楽を真摯に追求する姿勢は今でも強く自分の中に残っています。最近どうされてるのかな?というタイミングでこの記事をたまたま発見したのも奇跡の一つでしょうか。自分も一度は離れた音楽を自分なりのやり方で再開して人生の旅をあとひとコマでも進められたら、と思って頑張っています。
AKIRAさん、YOUTHQUAKE、ありがとうございました。
5. Posted by tatsuya   2013年10月03日 13:12
お疲れ様でした。
23年は凄いです。
6. Posted by わき   2013年10月06日 22:30
正直凄い悔しいですヒヨリさん抜けてもせっかくユースクェイクの名前を続けてきたのに
7. Posted by わき   2013年10月07日 07:21
本当に寂しいです見に行ったバンドが次々解散は寂しいビジュアル系だった頃から好きでした
8. Posted by HIGE2号   2013年10月07日 22:43
突然のお知らせに驚いています。山形のセッション昭和で東京ヤンキースとのダブルヘッダーツアー行ったな〜と思い出していました。これからも手にしているCD聴きつづけます。

ありがとうございました。
9. Posted by Jaymz   2013年11月21日 00:34
17年前、高校2年の春に友達と上京し、目黒鹿鳴館をみておこうという話になり、行ってみました。
その後戻りかけた道でサングラスのおっさんとすれ違ったのですが、僕にはわかりました、「YouthQuakeのAkiraさんだ!」そのまま取って返して、楽屋入りの写真をフジカラー写るんですで撮りまくりました。
メンバーチェンジが多々あったのは最近知りました。
4人編成になって、AkiraさんがB.Vo.になったと知って、これは新境地だと思ったものです。
AkiraさんがYouthQuakeだと思ってきましたが、思ったほどそうでもないんですね。しかし、例えば屍忌蛇こそがGargoyle、屍忌蛇こそがANIMETAL、という信者もいて、それは感じる人それぞれながら、実は真実でもあります。
背負ってきたバンドは死んでも魂が生き続けます。厄介なことに形を変えながらAkiraさんとともにあります。
だからある日AkiraさんがJazzバンドをはじめたらそれは多分YouthQuakeのせいです。

Stay metal!なのか
Beyond metal!なのか
Kick ass! Metal! なのか
Along with metal!なのか、、、

いろいろまだある!
次の終わらないメタルの景色に愕然としましょう!


Motherfucker!


10. Posted by うっちぃー   2014年06月08日 22:00
5
いつかまたご一緒に…
そんな日を夢見てきただけに突然知り言葉になりません。。。

ローディーもやらせて頂きAKIRAさんには沢山の勉強と思い出をもらいました。感謝の気持ちでいっぱいです。
今までも、これからも一番の宝物です…。

長い間、本当にお疲れ様でした。そして有難うございました。

ゆっくり休んで下さい。

また、お会いできる日を楽しみにしています…。
11. Posted by たっぷ   2014年08月19日 12:02
5 AKIRAさん!ご無沙汰しております。
HNで思い出してくださいますと幸いです。
マー君も元気そうで。。。

解散、全然知りませんでした。
私自身、もう音楽から退いており今だに連絡取り合っているのはウキ君くらいです。

東京一家でお声掛けて頂いて、唄わせてもらった記憶は最高の想い出の一つとして今でも大切にしています。

良かったら連絡ください。

byたっぷ
12. Posted by ア太郎   2016年02月13日 11:25
5 アッキンさん!
お疲れっした!

モヒカンのローディーより。

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