2017年02月23日

アグニヨガ宇宙セミナー

2022年 2023年 
霊性の勝利者になるためのセミナーです!
霊体を今から鍛えるためにご参加ください。

この5年に人類は大きく分別されます。
高級界に飛翔しよろこびにあふれるものと原始惑星に退化するものとに分かれていきます。

このセミナーでは直居あきらの指導のもとに宇宙存在コンテッサの応援をえて皆様のアストラル体に強靭なエネルギーを付与していきます。

同じ志をもつ魂の連帯をつくりあげましょう。


<プログラム>

講話と個人セッション: 直居あきら

トレーニング: 大川麻衣子

メッセージ: コンテッサ 

ーハートのよろこびをもつてお会いしましょう!


<日時> 2月25日(土)16時〜19時

<会場>
「喫茶室ルノアール 新宿区役所横店 会議室3号室

※会場の変更がありますのでご注意ください。
http://standard.navitime.biz/renoir/Spot.act?dnvSpt=S0107.6
 
<参加費> 6,000円(お茶代込み)

問い合わせと予約sabianstar@jcom.home.ne.jp
 




  

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2017年02月22日

直居チャクラレポート アナハタ 3

絶対の大歓喜、神は存在するのだ、ただしアナハタチャクラが開けば―とその経験のさなかで私は感じた。しかしその感覚は何をもたらすのだろうか。

我々は神の不在の中にいるということになるしかないが、不可避にそのようなシステムを与えられて生きているということか。それは、この生がほとんど無意味に近いということにつながる。

アナハタが開くとその落差が明らかになるが、かといって長くその空間にはいられない。また戻されるのだが、もしほんの少しでも賢明さがあれば その人は空間に自分のアナハタを開けてほしい、そのために必要な生き方があれば指示してほしいと願うのではないか。

そう願う人だけアナハタが開くというように簡単なことではないが、他の人が別のことばかり考えて生きているのとは違う生き方に向かうということはないのだろうか。

私は幼児から、ただただ神に祈れと教育されてきたので、祈らない日がほとんどないように努めてきた。今でも様々な神秘体験があるが、それより神に祈ることの方が自分に向いていると感じることがある。

神秘体験は時間が経過すると忘れるが、神に祈るということは一度本気で決意すれば、忘れてしまうというようなことではないと思う。忘れてしまうなら、それは神に祈らないということだ。

だが宗教的人間がそのような生き方をしてきたというのは、歴史的に明らかだ。それでもほとんどはアナハタが開かず、神は悲願の虚構のままだ。これはだれもチャクラについて考えないことに起因するのではないだろうか。

なぜ考えないのか。そのように教育されていなければ、当然人は身辺的な平凡な考えに意識を奪われ、進展してもそれらの幻覚を霊的進展と受け止めて、自己栄光化への道に入る―ということではないか。

その一方で、神を見るというのも嘘だ。それではやはり自己栄光のジャングルで吠えているに過ぎない。神などは存在せず、ただシステムがあるというのが真実ではないか。

もちろんこれは、宇宙連合への報告のための言語操作でしかない。彼らは私に、曖昧さの排除を求めるのだろうか。そんなことができるわけはないのだが、しかし曖昧なまま火のエネルギーがこれから入り出せば人はどうなるのか。

滅びるか、帰ることのできない幻覚圏に放り出されるのではないか。その軌道を止めるシステムというのは存在するのだろうか。チャクラを開けるということは個別性が強いので、最大公約数があるのかどうかもわからない。

それでも、人間の霊が抵抗できない睡眠中の夢の進行のように操作されてしまうならば、不幸としかいえないことだ。人は死後、その不幸の軌道に入るかそれを打破できるかをテストされるのではないか。あまりにも重要なことだ。

『最後の聖書』で大師は、人が死を恐れるのは上位チャクラを開けられないためだと説いている。つまりアナハタチャクラの開示は、本当の意味で死の超越になるということだ。






   
akiranaoi at 00:08|この記事のURLComments(0)エッセイ 

2017年02月21日

直居チャクラレポート アナハタ 2

宇宙連合の要請で自分のチャクラの進展について記しているのだが、分からないことばかりだ。もし今もかつてのような交流があれば答えてもらえのかもしれないが、チャネラーの変容か連合側の判断かによって、その道は閉ざされている。

自分の記憶では10年ぐらい前、睡眠中にアストラル体の分離が起きて火の次元に入った時、「声」によって、アナハタを今開けていると知らされたことがある。その1回目の経験の時は必ず息絶えるだろうと思ったが、その後の連続した経験では多少の余裕が生まれた。

その時、辺りは一面の火の海であり、宇宙とは火だと思った。その時の最後に火の深部に入った時、声は私に向かってある決定的なことを告げてきたが、私は現時点でそれを取り上げる気がしない。

というのは、その経験がアストラル層の夢見として起きているので、それが真実かどうかこの次元からは判断できないからだ。次元の違いはそれほど大きな意味を持つ。だが今回は、肉体のアナハタへ顕在意識を保ったまま起こされたので、かなり明瞭な経験といえる。

映像は、私が主催するセミナーに初めて来た女性が脳内のスクリーンに映し出され、その内の一人が「これはどうしたの、これはどうしたの」と言い出すところから始まる。

その時私は、来た!という感覚を持っていて、来る、本当に来る、と感じている。しかしそれが初めてではなく、私はいつかはわからないが、その感覚をはっきり知っているとも感じた。そのエネルギーがフローリングの床の中央に立っている私を襲うと同時に、そう感じた。

瞬時のことだが、そう感じつつ大脳内部の映像も見えている。その女性は、ああ、どうしたの!どうしたの!と歓喜に体を震わせ、何が起きているかわからないと言い、その友達は必死に彼女を抱きしめている。

私は、これは本当に来ると思いながら、昔からこういう時は泣くか笑うかだと教えられていたな、などと思いなぜか余裕を保とうとしていた。その時グワーという音が聞こえ―実際は無音だが―私はそのエネルギーに捕らえられ、あっ駄目だ、駄目、駄目といわんばかりに床に叩きつけられてひざまずいた。顔は激しく歪んだ。こんな歪みを今まで経験したことがない。

号泣は起きなかったが霊の火の声は、神だ!神しかいないのだよ!と叫んでいるのが分かった。アナハタは張り裂けそうになった。






   
akiranaoi at 00:05|この記事のURLComments(0)エッセイ 

2017年02月20日

アグニヨガ宇宙セミナー

2022年 2023年 
霊性の勝利者になるためのセミナーです!
霊体を今から鍛えるためにご参加ください。

この5年に人類は大きく分別されます。
高級界に飛翔しよろこびにあふれるものと原始惑星に退化するものとに分かれていきます。

このセミナーでは直居あきらの指導のもとに宇宙存在コンテッサの応援をえて皆様のアストラル体に強靭なエネルギーを付与していきます。

同じ志をもつ魂の連帯をつくりあげましょう。


<プログラム>

講話と個人セッション: 直居あきら

トレーニング: 大川麻衣子

メッセージ: コンテッサ 

ーハートのよろこびをもつてお会いしましょう!


<日時> 2月25日(土)16時〜19時

<会場>
「喫茶室ルノアール 新宿区役所横店 会議室3号室

※会場の変更がありますのでご注意ください。
http://standard.navitime.biz/renoir/Spot.act?dnvSpt=S0107.6
 
<参加費> 6,000円(お茶代込み)

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2017年02月19日

直居チャクラレポート アナハタ

何が真実かはその人が経験したことでしかないのは当然だが、20数年前の宇宙連合のチャネリングでは、そうした自閉的傾向はまずいことになりかねないということだった。そう言われれば、カリユガ期の人間はこのような極端な自閉にあり、レミングの大行進というような滅び方をするのかもしれない。

そのため宇宙連合は、変化のプロナスをできるだけ記録して公開するように依頼してきたが、私はそれをしてこなかった。理由は、自己栄光化と取られるのが嫌だったからだ。現実として、それはとても困難なことだ。

だがもうそんなことは言っていられない段階なのかもしれない。火の業火が我々を襲おうとしているからだ。誰が聖者的に優れているかなどの比較は、吹き飛ぶ時代に入ろうとしているという認識の方が必要なのではないか。

火の中に入ることは、我々カリユガ人種にとっては断崖をよじ登るようなことなのだ。いや、むしろ我々は切り裂かれようとしているように感じる。これからこのことがより顕著になるなら、プロセスの公開は何らかの助けになるのかもしれない。もちろんそれは、選別されているごく少数の人だけにとってのことなのだろうが―

私の場合、昨年後半からのプロセスは一連のチャクラストーリーを構成していたのかもしれない。流れ込んできたという噂のある宇宙塵の影響で咳込みが激しくなり、喉のチャクラが強い打撃を受けて体調が狂い出し、恒常的なクンダリーニによるいつもの辛さとの併合になった。

このようなプロセスを理解する場合、すべてがあまりに複雑で個別性に富むため、チャクラに対する平易な区別はどうしても必要だ。今我々は、スヴァデイシュターナと呼ばれる第二チャクラからの卒業期にあるとされ、そのチャクラのもたらす感情などをどの程度払拭しているかテストされているといえる。

それと逆比例して火が入り、払拭しているように思えても実は残存していることが多いため、火は身体的に強い苦しみをもたらすと考えたほうがよい。

人類全体は第二チャクラから、その上のマニピュラに移行するための非個的訓練をさせられているが、生活のために集合的全体に仕えるのというのは、大体は苦しみであることが多い。金銭はそのために考案されたという。 

求道の世界は少し前までスヴァデイシュターナの克服が中心だったが、うまくいったとは限らない様相だ。もちろん少数は抜け出たのだろうが、多くはマニピュラとそれとの配合の調整がうまくいかず停滞しているように映る。だが時は待ってくれないのだ。 

こうした状況においてさらにその上のチャクラへのステップを模索することは難しい。誰かがこのように上昇したといっても、他の人がそれで上がれるとは限らないからだ。しかしそれでも、まるで打つ手なしというよりはいいのではないかということなのだろうか。

これまでインドチベットなどでそのようなサクセスがあったのだろうか。それとも実は方法などはなく、アストラルのシステムと我々を導く天なる勢力の加護というわかりにくいものしかないのだろうか。

先日エルビス・プレスリーのゴスペルを聞いていたら、その中に『ヒー タッチ ミー』という曲があった。知られたゴスペルだが、先人は方法はないと知っていたのではないかと思った。

ならば、なぜ宇宙連合は私にプロセスをぜひ書き残してほしいと言うのだろうか。どこかに道は必ずあるというのだろうか。それを探らなければならないのだろうか。






   
akiranaoi at 00:06|この記事のURLComments(3)エッセイ 

2017年02月17日

短歌四首

アンドロメダは今日も豪雨という少年の瞳に白き遺伝子の蛇 

古代アボリジニが金星から持ち帰った化粧品 今はゾンビ系の女が塗る

ここよりはいい星があると鳥たち毎日呼びかけるが人は滅びへと飛ぶのか

一瞬にしてなんども顔変えられる青年ロックスター 旧人間の耳切り裂く







 
akiranaoi at 00:08|この記事のURLComments(0)詩・短歌 

2017年02月16日

新春シェアリング 9(最終回)

災害の目的とは

***地球は変化が厳しく、人間が生存するのにはとても適していないといわれるにも関わらず、なぜこんなに多くの人がここにいるのでしょうか。創造主の意図はどこにあるのですか。

かつて地球は、他の進化系の罪人を追放する場所と言われていましたが、それはSF話というより、ある正しさを持っているのかもしれないのです。

それは地球の時間系というものが他と違って隔絶しており、完全な虚構性の上に成り立っているからではないかと考えることがあります。もし進化できれば、我々がここで経験したものは記憶に残るものではないのです。

***カヴァーロ・ヒーロスの『地球アンダーグラウンド』という本の帯には、強固な物理世界、幻想の現実、滅びゆく地球という虚構の次元で囚われ人として生きるか、多次元宇宙の無限の可能性領域、パラレルセルフの実相の中からベストな地球未来を選択して生きるか、今ここで意思決定しなければならないとあります。あなたはこの言葉を、まさに神の言葉と言っていますが何故ですか。

もちろん最もタイムリーな言葉だからです。涙が出るくらいのことです。真理とは常に時代に即したタイムリーなものでなければなりません。創造はたった一つ我々に自由を与えたというのは、意志だと言われます。カスタネダの小説にもそう書かれています。

しかしまだ我々はこの意志を使えないのです。まずそのことから考えなければなりません。いくら言っても、前者の低いアーカーシックの意識に閉鎖されるのです。

それは個人の問題というより、カルマの相互依存のネットが人の生き方を拘束するともいえるのかもしれません。そのため次の進化に進む魂は、大体は集合的なものから切り離される傾向があるようです。

何のためにそうするかといえば、地球の多層な文明の中で我々のいる物質次元は、隔絶された孤島のような位置づけにあり、その文明の進路には獲得すべき目標はすでになくなっているからなのではないでしょうか。

これは当然人間に虚無をもたらし、この虚無は創造が顕現によって表現しようとしたものとは異なるので、別のエネルギーの噴出方法を求めて破壊するというように感じます。

***そのチャンスに、我々はただひたすら力と幸福を求めたピサの斜塔のようなここから脱出すべきだということですか。

人間の霊は幸福を求めます。しかしここには、それは本質として無いのです。周期が進行していくとそれが明確に知らされるようになります。その時かつての小さな幸福の記憶すらも消されて恐怖しか感じない人と、その双方を知りながらより本質的幸福を知る人とに分かれようとしています。

これらのことは、一見個人のカルマが消失したかのような自然の猛威やインフラ、資本主義の破壊などを通じて経験される可能性があると思います。しかしこのことの本質はここの孤島性を終わらせ、ここの本質である地下文明とそれに通じる他の進化系のそれが、テイクオーバーしようしていることにあると思います。

それを感じられるかどうかが別れ道でしょう。軌道の選択の問題は、言えないほど重要なことになっていきます。

***進化の軌道を選んだ人に、死はないのですね。

高級界には、ここで感じられるような死の恐怖はありえません。我々はここ数年でそこまで、永遠が存在するところまで、チャクラを整備し意識を上げていく必要があります。全身全霊でそれをして行きましょう。








akiranaoi at 00:09|この記事のURLComments(0)エッセイ 
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2022年の仮説終末への
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