2016年03月11日

おはようございます。

震災から5年目の朝を迎えました。

5年というと長い感じがしますが、時間の長さというのは一人一人にとって相対的なものであって、おそろしく長い1秒もあれば、おそろしく短い1日もあるように思います。
これまでの5年間の長さ、そして重さは人によってまちまちなのではないかと思います。
私にとってのこの5年間は確実に長く、重いものでした。

あの震災の日のことは今でも忘れることができません。
山形にいる家族や仙台に住む友人や親戚の安否が気がかりでした。
テレビで流れる津波の映像のすさまじさに言葉を失いました。

そして、それに続く福島原発事故。
テレビで流れる映像を見て、すぐに私の頭に浮かんだのは「チェルノブイリと同じことになるのではないか・・・」という強烈な恐怖でした。
そして、その時は私が直接的に通訳として、この件に関わっていくことは正直予想していませんでした。

福島原発事故後の最初の通訳の仕事は農林水産省の方々の通訳でした。
聞いたこともない日本語・ロシア語の言葉が飛び交い、非常に戸惑ったのを覚えています。
移行係数などという言葉もそれまでは聞いたことがないものでした。
直接の訳語がわからない時は、その言葉の意味や内容を説明をして切り抜けました。
おそらく、福島の方々も移行係数や半減期など、それまでの人生で聞いたこともない言葉を耳にして、大いに困惑されたのではないかと思います。

2011年の秋には非常に大規模な視察団がベラルーシにやってきました。
その通訳では大きなプレゼンテーションでの通訳がありました。
そして、かなりの土地が汚染されているゴメリ州の中心都市ゴメリや、汚染地域に隣接する小さな町コブリンにも行きました。
その道の専門家の方々の通訳は非常に難しい内容でしたが、自分も山形の人間として、東北の人間として、何よりも日本人としてこの問題に関わっていこうという決意を強く持つきっかけになった仕事でした。

国会事故調の方々の通訳もさせていただきました。
メンバーの方々の真剣さが伝わってきて、「この人たちは本当に日本の、そして福島のために努力しておられるのだな」と思い、感銘を受けました。

福島県議会の議員の皆様ともご一緒しました。
政治家の立場から強い想いを持ってベラルーシまでいらしたのが印象的でした。

福井県の議員の方々とご一緒した時は体調を崩してしまい、大変ご迷惑をおかけしてしまいました。
ゴメリにはご一緒することができ、原発を多く抱える県の事情というものを垣間見ることができました。
おととしになりますが、福井県にお邪魔させていただき、現在のベラルーシの状況をお話しさせていただく機会もいただきました。

福島市の視察団は2回、ご一緒させていただきました。
人数が多かったので、私の学生たちも通訳アシスタントとしてご一緒させていただきました。
彼らにとっても福島の現状を知ることは非常にいい経験だったのだろうと思いますが、それと同時に、自分たちが住んでいるベラルーシという国の現状を知ることができたのは大きな収穫だったのではないかと思います。
ベラルーシに住んでいても、チェルノブイリということを肌で感じる機会が少なくなっており、特に今の若い世代のベラルーシ人にとってはチェルノブイリは歴史的出来事として捉えられることが多いのです。
これを風化と呼ぶべきか、時が優しく解決してくれたと言うべきか・・・私にはわかりません。

このようにこの5年間を振り返ってみると、私にとっても激動の5年間でした。
通訳で出会った方々とはその後もいろんな形で交流させていただきました。
それは日本人の方々もそうですし、ベラルーシ人の方々ともいろいろお付き合いさせていただいています。
ベラルーシ人の中では特にゴメリの放射線学研究所の元所長さんで、国立ゴメリ大学の生物学部長のアヴェリンさんには非常によくしていただいています。

多くの人との関係は私にとって人生の財産のようなものです。
私は父親に「俺の一番の財産は友だちだ。お金の財産はないけど、友だちはそれ以上の価値がある」と教えられてきました。
ベラルーシという日本から遠く離れた国で、父親の言葉をかみしめています。

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そのような仕事の中で、私もベラルーシに住む人間として、多くのことを考えさせられました。
ベラルーシの検査体制や除染のやり方もそうですが、日本との考え方の違いなどもかなり見て取れました。

ベラルーシでは事故から約30年が過ぎ、「すでに復興ではない」という考え方をしています。
「今は発展の段階である」というのが今の考え方です。
30年経った今だからこそ言える言葉だと思います。
これまでの苦闘の道のりがあったからこその言葉なのでしょう。

実際、汚染地域にある町などを訪れると、全く暗さは感じません。
むしろ、町が整備されていて、非常にきれいな印象を受けます。
もちろん、田舎の町なので整備されていないところもありますが、そのことはチェルノブイリとは全く無関係です。

そして、放射能に対する考え方も日本人とベラルーシ人では違っていると思います。
汚染地域の住民の中で、放射能を恐れている人というのは出会ったことがありません。
子どもたちに聞いても、「正しい知識を持っていれば、怖がることは全くない」という意見が返ってきます。

もちろん、こう書くことによって、ベラルーシの方が上だとか、そういうことを言いたいのではありません。
事故後の時間の長さが違いすぎます。
この状況に至るまでの道のりはベラルーシも楽ではなかったはずです。

今の現状などは私も目にしますし、話しもよく聞きます。
ただ、そこに至るまでどのような過程があったのかがよくわからないのです。
事故直後の話しもよく出ますが、私が今興味を持っているのは事故から数年経った後のベラルーシの汚染地域です。
例えば、チェルノブイリ事故から5年経ったベラルーシはどうだったのでしょうか?
そこに視点をおいて、調査してみたいという気持ちでいます。

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つい最近、産経新聞の記事に気になる内容のものがありました。
福島県でコメの検査をしていることに関して、役所の人が生産者から「いつまで検査を続ければいいんだ」と言われる、という内容でした。
福島県では今もコメの全量全袋検査が行われています。
基準値は1キロ当たり100ベクレルですが、基準値を超えたものは26年度産のものからは一つも出ていません。

「いつまで検査を続ければいいんだ」という発言が出てくるということは、いつか検査をやめることを前提に話をしているということではないでしょうか。
確かに、基準値を超えた放射性物質の量のものが検査しても出てこないのであれば、検査自体の意義を問うような発言が出てきても不思議ではありません。

ベラルーシの場合、現在基準値を超える放射線量が検出されるのは森で採ったキノコやベリー類、そして野生の動物の肉が主です。
その他の一般食品に関しては基準値越えはほとんどありません。
例えば、牛乳の場合、基準値を超えるのは個人の自宅で飼っている牛の牛乳の場合だけです。
汚染されている牧草を食べた牛の牛乳から検出される場合があります。
もちろん、ここの牧草は食べてはいけない、ここで放牧してはいけないなどと、地元の役所などは広報活動をしているのですが、それでも違反したり、間違ったりする人がいた場合は牛乳の検査で違反や間違いが分かってしまうことがあるのです。

ベラルーシのとある検査場でのこと。
検査場の職員の方の説明「キノコやベリーなどの『森の恵み』以外の食品で基準値を超えるものが出ることはありません」。
そこで日本人の方が質問しました。
「基準値を超えるものが出ないのなら、検査をやめてもいいのではないですか? どうして検査を続けているんですか?」
検査場の職員の方の答えは・・・
「それは違いますよ。検査を続けているからこそ(基準値越えが)出ないんです」(カッコ内筆者)

私はこの検査場の職員の方の答えに感銘すら覚えました。
安全を守るための検査であり、安心するための検査ではないということでしょうか。
「基準値越えが出ないからもうやめよう」というのではなく、「基準値越えが出ないように、監視していこう」。
もちろん、チェルノブイリと福島では汚染の度合いや放出された放射性物質の種類も違うので、単純に比較はできません。
しかし、検査を続けることの意味は非常に大きいと思います。

放射性物質の検査を続け、その結果安全で安心して食べられるものであるということをアピールするしか方法はないような気もします。
客観的なデータ、客観的な事実の積み重ねしか、突破口はないように思います。
しかし、現状を覆すのは並大抵のことではないように思います。
風評被害の話を聞いていると、イメージや感覚的なものに支配されやすいのは日本人のメンタリティーなのかなと思ってしまいます。

ベラルーシ人は客観的な事実に対しては信頼をおきます。
汚染地域で言えば、「なんとなく怖い」とかそういう曖昧なイメージで何かを判断することはありません。
測定し、その結果、食べられるか食べられないか判断する、というごく普通の生活の営みです。

もちろん、最初から客観的なデータを見て冷静に判断するということができていたのかどうかは、ベラルーシ人であっても疑わしいところはあります。
ベラルーシ人もここに至るまでは様々な変遷があったのではないかと思います。
ベラルーシでは事故後数年間は汚染地域の人たちへの差別などもあったと聞いています。
日本はまだまだ精神的に事故後の混乱状態を抜け出せていない部分が残っているのではないでしょうか。
時と共に、そして食品の検査などを行う人々の努力によって、少しずつ解決していく問題なのかなと思います。

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つい最近、自分の学生たちに質問してみました。
「(汚染地域が多い)ゴメリ州の製品を何も気にしないで買いますか?」
22人中、「気にする」と答えたのは1人。
正直、1人いること自体に非常に驚きました。

私がベラルーシに住み始めたのは2000年の8月。
その頃は「気にする」と答える学生はグループの半分ぐらいでした。
「私の母はゴメリ州の物は買いません」「表示を確認してから買います」

でも、今ではほとんどの人が気にしなくなりました。
それがいいのか悪いのかは別問題だと思います。
国の政策として、チェルノブイリという問題を国民に常に意識させるような方向性を取っていないというのもあります。
簡単に言えば、「風化促進」とでも言えばいいのでしょうか。
しかし、客観的なデータの積み重ね、食品加工業の向上におけるトリプルチェックなど、そのような不断の努力が実を結んだという側面もきっとあると私は思っています。
そういう意味では、福島の現状というのは道半ばなのかなと思います。

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もう一つ気になることが。
福島の方から「福島のことに関しては、あまり自由にモノが言えないんですよ」ということを聞いたことが何度かあります。
インターネット上で何か書くと叩かれるから書かない。
何らかの形で発言すると、賛成してくれる人もいるかもしれないが、反対する人も出てくるから、何も言えない。

うーん、日本は言論の自由がある国ですよね?
言論の自由があるかどうかと発言しにくい雰囲気というのはちょっと論理が飛躍しているかもしれませんが、自由に発言できない空気というのは健全な状態とは言えないと思います。
私はドンドン発言し、議論していくべきことではないかと思います。

インターネット上の発言の中には事実に基づいていないものもあると思います。
怪しい情報も見かけたことがあります。
ベラルーシについては「奇形児が生まれている」とか、「生まれてくる子供たちの多くが健康問題を抱えている」など、とんでもない情報も多くみられます。
この問題に関しては、2012年12月25日「ベラルーシはそんなにかわいそうな国ですか?」をご覧ください。

インターネットというのは怖い媒体だと思います。
そこに書いてあることが真実かどうかは知る術もないことが多く、そこに何か書く人の中には自分というフィルターを通した内容、厳しい言い方をすれば、自分に都合のいいことしか書かない人もいます。
それをあたかも事実であるかのように、疑いもなく受容するのは非常に危険なことだと私は思います。

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今年は福島原発事故から5年、チェルノブイリ原発事故から30年という節目の年を迎えました。
毎年3月11日が近づくと、震災や福島原発事故に関する記事やニュースが多くなります。

日本人は節目が好きなんだなあと感じます。
ちなみに、ロシア語では「節目」という言葉は訳すのが難しいです。
どういえばいいのでしょうか・・・

しかし、現実にそこに住んでいる人たちにとっては普段の生活。
切れ目も節目もなく、絶えることなく続く現実です。

福島の新聞では常に原発のことが記事になっていますね。
しかし、他のところではどうでしょうか。
数年前、西日本のある県に行ったとき、福島の話をしたところ、まるで他人事の反応。
日本人としての連帯感はないのだろうかと、がっかりしたことを覚えています。

これは福島だけの問題ではなく、日本人全体の問題であるということを意識すること。
そのために重要なのは教育だと思います。
事故後最初の数年間は除染など喫緊の問題に取り組むためにベラルーシに視察に来る方が多かったのですが、ここ数年は教育や法律の専門家の方が増えてきています。

2014〜2015年はベラルーシを訪れる日本人の数が急激に減りました。
2012〜2013年は視察団の数も多く、通訳の仕事も多かったのですが、その後、仕事の数も減少しました。
特に、汚染地域を多く抱えるゴメリ州の人たちからは「日本人の人はめっきり来なくなっちゃったね」と言われるようになりました。

しかし、ベラルーシと日本の関係はこれからのような気がします。
ベラルーシはある意味、日本の先人。
チェルノブイリ事故後30年間の経験の蓄積があります。
住民に対する情報提供のあり方、教育活動のあり方など、その先人から学ぶべきことはまだまだあるように思います。

2016年という節目の年に当たり、今年ベラルーシを訪れる日本人の数はまた増加しました。
しかし、これが一過性の現象ではなく、常にある取り組みとして続いていくことが望ましいのではないかと思います。

これまでは日本から来た人たちが福島の復興に役立つ情報をもらうだけという一方通行的な関係が多かったと思います。
それでは「交流」とは言えないと思うのです。
これからは日本の現状をベラルーシの人々に伝えていくことも重要になっていくと思います。
ベラルーシの方からよく言われるのは「今、福島がどうなっているのか知りたい」「知りたくても、情報があまりにも乏しい」。

チェルノブイリ関連でベラルーシにいらっしゃる日本人の方々に「できれば、福島の現状を皆さんの前でお話しいただけませんか?」とお願いすることがあります。
以前は「視察に来ているのだから」「こちらが情報をもらいたいのであって、こちらから発信する余裕がない」という趣旨のことをおっしゃる方が多かったのですが、ここ数年は私からのお願いに応じて下さる方も増え、去年は私が勤務する大学や汚染地域の教師のみなさんの前でお話しくださった方もおられました。
ベラルーシと日本がより成熟した関係になっていくためには、お互いの現状を知ることから始めないといけないように思います。



東日本大震災で亡くなられた方々に心より哀悼の意を表したいと思います。
そして、福島原発事故で自らの町や村を離れることになってしまった方々に、いつか故郷に戻れる日が訪れることを心より願っております。


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チェルノブイリ | 福島

2016年01月22日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

先日は第一回ベラルーシ日本語スピーチコンテストの模様を写真でお伝えしましたが、今日はビデオでご紹介したいと思います。


開会のあいさつ
1.ズラータ・ナイジョン「学校の仕事」
2.アリーナ・カプトゥル「アイスホッケー」



3.ダリナ・プリヌス「子供の時に戻りたい」
4.アレクサンドラ・タトゥル「ベラルーシの神話」
5.アレクサンドラ・ノヴォショーロヴァ「どうして人は旅行しますか?」



6.ナターリヤ・ヤヌシュケーヴィチ「フィギュアスケート 芸術になったスポーツ」
7.ヴャチェスラフ・グリンスキー「アゼルバイジャン出張」



8.アリーナ・チトヴェツ「夢」
9.ユーリヤ・アザノヴィチ「銀魂」



結果発表
閉会のあいさつ
(これはスピーチではないので、飛ばしていただいても結構です)



このブログをお読みの皆様、学生たちのスピーチを聞いていただき、感想をコメント欄に残していただければ幸いです。
コメントは学生たちにも伝えます。
よろしくお願いいたします!!!

akiravich at 03:22コメント(8)トラックバック(0) 
第一回日本語スピーチコンテスト | 日本語教師の仕事

2016年01月20日

みなさん、こんにちは。
はぐれミーシャです。

DSCF2471
1月9日(土)、日本語スピーチコンテストを開催しました。
以前、このブログでも書きましたが、いろいろ事情があり、私の教室の発表会的な感じですることになりました。 (←毎年秋に開催されている「日本語弁論大会」とは全く別個のものです)。

この写真は大会後の集合写真です。
参加者も来場者も一緒に撮りました。
右側の方に入りきらなかった人たちがたくさんいます。

これだけの人数ですから、会場は超満員!!!
何とか詰めてもらって、みんなに座ってもらうことができました。
うちの教室って、こんなに学生がいたんだっけ?

DSCF2196
コンテスト開始前の写真。
出場するアリーナさんとナターシャさん。
緊張しながらも、笑顔です。

ルールは簡単。
スピーチは5分以内。
テーマは自由。
日本に関係のないテーマでもOKです。
もちろん、原稿を見ながらスピーチをしてはいけません。

スピーチの後に、質問をします。
質問は2つで、一つは比較的簡単なもの、もう一つは比較的難しいものにしています。

今回は来場した日本人全員に投票形式で審査してもらいました。
持ち点が一人3点で、3点を一人に投票してもいいし、1点ずつ別々でもいいという形式です(←どうしてこういう形式にしたのかはまた改めてブログに書きたいと思います)。

発表者を出場順にご紹介したいと思います。

DSCF2208最初の発表者はズラータさん。
彼女のスピーチのテーマは「学校の仕事」。
彼女は学校の英語の先生。
自分の仕事や子どもたちに対して深い愛情を持っていることが伝わってくる内容でした。

ズラータさん、子供って正直でストレートですよね。
だから、気持ちはすごくわかりますよ!




DSCF22352番目の発表者はアリーナさんです。
テーマは「アイスホッケー」。
内容はそのまんまで、「アイスホッケーLOVE」。
実は私は生で観戦したことがなかったのですが、行ってみたくなりました。

アリーナさんは13歳ぐらいの時から私のところへ通っています。
本当によく頑張っている学生です!
いつか一緒に試合を見に行きましょう!




DSCF22563番目の発表者はダリナさん。
タイトルは「子供の頃に戻りたい」。
内容は非常に彼女らしいストレートなもの。
子供の時は早く大人になりたいと思っていたけど、大人になってみると、子どもの頃に戻りたくなるというのは気持ちはよくわかります。

子供の時に戻りたくなるとき、ありますよね。
あの頃が一番よかったなあ・・・




DSCF22804番目の発表者はアレクサンドラさん。
テーマは「ベラルーシの神話」。
正直、私は神話にはそれほど興味がないのですが、このスピーチは面白かった!
実は2番目のアイスホッケーと並んで、このスピーチは会場人気が非常に高かったです。

アレクサンドラさんも13歳の時からうちに通っている子です。
彼女に「趣味は何ですか?」と聞いたら、「押し花です」という答え。
今どきの女の子で押し花が趣味の子って、どれぐらいいます!?
素直でとてもいい女の子です。
ぜひ日本の神話についても勉強してもらいたいなあ。




DSCF23095番目の発表者もアレクサンドラさん(←この名前は非常に多いのです)。
タイトルは「どうして人は旅行しますか」。
彼女自身がブタペストに行ったときの印象を話してくれました。
そして、ミンスクももっと面白い観光地にできるのではないかという話をしてくれました。
いやあ、本当にベラルーシは潜在的な魅力がある国だと私も思います。
もっと観光客の方々に来てもらいたいなあと思います。

アレクサンドラさんはとても楽しい女の子です。
彼女の乾杯のご発声はパーティーには欠かせません。
うちの龍二くんとも仲良しです。
これからも日本語の勉強、がんばりましょう!!!




DSCF23186番目の発表者はナターシャさん。
テーマは「フィギュアスケート 芸術になったスポーツ」。
彼女は羽生結弦選手の大大大ファン。
スピーチの後半は羽生選手についてです。
内容はスポーツのことだけではなく、精神的なところまで触れていて、なかなか深い内容のスピーチでした。
質問に対してもかなりしっかり答えていました。

彼女が私のうちに初めてきたのは14歳の時。
日本語の勉強はちょっとブランクがありましたが、今もがんばって続けています。
うちの教室では一番古い学生の一人です。
いつか羽生選手に会えるといいね!!!




DSCF23447番目の発表者はスラヴァさん。
今回唯一の男性出場者です。
スピーチのタイトルは「アゼルバイジャン出張」。
もうタイトルを聞いただけで、ハプニングが起こりそうな気配がプンプン!
日本人審査員たちもタイトルを聞いただけで期待値が上がっていました。

スラヴァさんは元々非常に穏やかなタイプなのですが、スピーチの練習ではもっと気持ちの起伏が出るように指導しました。
彼は自分の実力をMAXに発揮してくれたと思います。
よかったです!




DSCF23638番目の発表者はアリーナさん(←この名前も非常に多いです)。
テーマは「夢」。
彼女は最近結婚したのですが、その結婚式についての話でした。
彼女の結婚式はインターネットでのニュースでも取り上げられたユニークな物。
自分で結婚式をプランニングして、非常に楽しいものになったようです。

彼女もナターシャさんと同じで、一番長く勉強している学生の一人です。
去年の9月からは私の教室で日本語の先生をしてもらっています。
自分の生徒たちも聞きに来ているという大変なプレッシャーの中、がんばってくれました!!!




DSCF2381トリはユーリャさん。
テーマはズバリ「銀魂」!
彼女は「銀魂」というアニメが大好きなのです。
スピーチの内容は最後から最後まで「銀魂」。
私は見たことがないのですが、アニメを見たことがない人でも楽しめる内容になっていました。
会場にいた学生たちもアニメおたくが多いので、スピーチの最中に何度も笑いが起きていました。
ちなみに、彼女が来ている服も「銀魂」の服らしいです。

ユーリャさんは日本語大好きな女の子。
大学の勉強そっちのけで、日本語を勉強しています。
パーティーの最中でも漢字の勉強を始めてしまう子です。
真面目ですが、カタいというわけではありません。
授業中も授業後もずっと笑っています。
ずっとそのまんまのユーリャさんでいてほしいです。
楽しく勉強していきましょう!



DSCF2303DSCF2355それぞれのスピーチの後は、質問を二つしました。
スラヴァさんは質問を聞いて、笑っちゃっていました。

前もって考えて質問するのですが、質問を作成するのが結構難しいのです。
それぞれの学生のレベルを考慮した上で作らないといけないのです。
もちろん、上のレベルのグループで勉強している学生に対する質問と、下のグループの学生に対する質問は語彙や文法が違ってきます。
しかし、それぞれのレベルに合わせた上で、簡単すぎたり難しすぎたりならないように、バランスを取るのが難しいのです。



DSCF2403DSCF2408
全てのスピーチが終わった後は日本人審査員の投票結果の集計です。
その間はお茶を飲んだり、お菓子を食べたりしながら、歓談。

これ、非常に重要なんです。
通常のスピーチコンテストだと、審査員は別室に行って審査を行い、その間、参加者と観客はずっと待たされます。
その間に学生同士が交流したり、違うグループで学ぶ学生たちが友達になったりと、いろいろとメリットがあります。

私は学生たちを分けて考えることはありません。
どこのグループで勉強しているかは関係ないのです。
様々なグループの学生たちが顔を合わせるのはこういう機会しかありませんからね。

そして、どこの大学で勉強しているか、誰のところで勉強しているかも全く関係ありません。
うちの大学の学生も他大学の学生も、語学学校で日本語を学ぶ学生も、日本語を学びたいという志を同じくする人たちには仲良くしてもらいたいですし、いいライバルとして切磋琢磨してもらいたいのです。

そして、審査員のこと。
審査している間はもちろん部外者はシャットアウト。
コンテストが終わっても参加者たちとの交流はあまりないのが普通です。
交流したとしても、簡単に会話を交わすぐらいのものです。

でも、今回の場合は投票形式なので、投票用紙を提出したら、日本人審査員の人たちはフリー。
集計したり、賞状を用意している間、参加者に直接感想を言ってもらうことができました。
順位だけで喜んだり悲しんだり、というのでは片手落ちだと思うのですよ。
スピーチコンテストは勝った負けたの話ではなく、学生たちの日本語学習が一番大事な目的なのですから。
スピーチの感想を直接日本人から聞くこと、これがスピーチコンテストの非常に重要な部分を占めていると思います。

もちろん、交流するのはコンテストの参加者だけではなく、会場にいる学生たちもです。
これだけ日本人が一つの場に一度に集まることはなかなかありませんからね。
写真を見る限り、みんな日本人たちとの交流を楽しんでいたようです。


審査結果の集計で、ちょっとしたハプニングが。
票数が同じで、2位が二人になってしまったのです。
これは想定内ではありました。
こういうことは絶対に起こり得るだろう、と。

私たちが作った規則では、同点の場合は決選投票を行うことになっていました。
なので、歓談中の日本人審査員全員に集まってもらい、2つのスピーチのうちどちらが良かったか、もう一度投票してもらいました。
しかし、結果は5対5!!!
結局、2位を二人にあげることにしました。

結果は・・・

第一位 ナターシャさん「フィギュアスケート 芸術になったスポーツ」
第二位 ユーリャさん「銀魂」
第二位 スラヴァさん「アゼルバイジャン出張」


第一位のナターシャさんは圧倒的でした。
スピーチの内容もよかったですし、心を込めていたので、抑揚も自然でした。
質問に対する答えも素晴らしかったです。

ユーリャさんは内容が楽しくて。
全く緊張しているように見えませんでした。

スラヴァさんもいろんなエピソードをちりばめて、楽しいスピーチでした。

参加者たち全員が120%の力を出してくれました。
全員が私の想像を超えるスピーチをしてくれました。
特に、スラヴァさんは練習の時とは全然違うと言ってもいいほど、いいスピーチをしてくれました。
みんな本番に強いんでしょうね。
そして、みんな緊張感を楽しんでいるようにも見えました。

会場にいた学生たちに感想を聞くと、一番人気はアイスホッケーとベラルーシの神話。
確かに、この二人は発音もいいですし、聞いていて気持ちがいいです。

みんなが口を揃えて言っていたのは、「会場の雰囲気がすごくいい」「アットホームで、温かい雰囲気」ということです。
それは私も感じていました。
緊張感がありながらも温かい雰囲気。
最高の空間でした。

日本人の審査員のみなさんにも気に入っていただけたようです。
みなさん「レベルが高くてびっくりした」「とても面白かった」と言ってくださいました。
顔の表情や声のトーンからしても、心からそう思って下さっていることが伝わってきました。



私個人の感想としては、「これが答えだ」という気持ちです。
これはいろんな意味での、「答え」です。
第一に15年間ベラルーシで日本語教師をやってきたことの「答え」です。
こんな学生たちがいることに、私は大きな幸せを感じます。
私の想像を遥かに超えたスピーチコンテストになりました!

そして、これまでのドタバタに対する「答え」でもあります。
ずっとブログを読まれている方はご存知かと思いますが、ここに至るまで、非常に苦しい想いもしてきました。
しかし、自分の信念を曲げてはいけないと思ってきましたし、自分の道を信じて前に進むだけだと思っていました。
そして、私が理解したのは前に進んでいたのは私だけではなかったということ、学生たちや一緒に苦労してきた教師たちも一緒に歩き続け、いや、走り続けてくれていたのだということ。
日本語教師冥利に尽きます。



DSCF2482最後はみんなで記念撮影!!!
みんな、いい顔しているなあ!!!
参加者たちも日本人審査員たちもみんな晴れやかな笑顔です!!!

DSCF2487参加者全員で記念撮影!!!
みんな、来年も参加したいと言っています!
誰に聞いても、「楽しかったです!」という答え。
これですよ、これ!!!
スピーチコンテストはこうでなくっちゃ!!!
みんなが楽しまないと!!!

DSCF2495入賞者の三人は賞品の辞書を受け取りました。
研究社の和露辞典と露和辞典。
いずれも日本人のロシア語学習、ベラルーシ人の日本語学習には必須の辞書です。
ベラルーシでは手に入れることができないものです。
スポンサーになってくださった福島市の皆様、ありがとうございました!!!



近日中に、Youtubeにビデオをアップロードします。
ぜひ皆様にも学生たちのスピーチを聞いていただければと思います!!!


本当に素晴らしいコンテストになりました!!!
想像を遥かに超えたスピーチ、会場の温かさ、全てにおいてハッピーな空間でした!!!

会場に来てくださった皆さん、ありがとうございました!!!
来年は君たちが参加する番だぞ!!!

日本人の皆さん、難しい審査だったと思います。
私も同じ立場だったら、誰のスピーチがよかったか選べなかったと思います。
わざわざ来ていただき、ありがとうございました!!!

一緒に日本語を教えてくれているマリーナさんとカーチャさん、大変な準備でしたね。
二人がいるから、私も安心して準備が進められたんですよ。
お疲れ様でした!!!


スピーチの参加者のみなさん!!!
君たちは素晴らしかった!!!
君たちのような学生たちがいることを私は誇りに思います!!!
ありがとうございました!!!


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第一回日本語スピーチコンテスト | 日本語教師の仕事

2016年01月01日

みなさま、あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします!!!

今日の音楽はラヴェルのピアノ曲。
ラヴェルと言ったら、ペルルミュテール!と思っているのは私だけでしょうか?
今年最初にかけたCDは何故かクーベリックが指揮したマーラーの交響曲第5番。
特に5番は好きじゃないのですが、なんでだろう?
最近、自分でも理由がよくわからないまま、選曲しているような気が・・・

実は今日は仕事をしていたのですよ。
ちょっと急な仕事が入ってしまって、コンピューターとにらめっこ。
結構大変な仕事だと思っていたのですが、思ったよりは早く終わってよかった・・・
でも、元旦からかなりの集中力を要求されました。
今はワインを飲みながらのんびりしています。


去年はいろいろありました・・・
一番大きかったのはベロニカちゃんのお母さんが亡くなったこと。
このブログには書いていなかったかもしれません。
去年の3月25日に亡くなりました。

お母さんとはいろいろありましたが、最後の数年間は私は仲良くしていました。
ベロニカちゃんの実家で年越しパーティーをしたのですが、お母さんがいないのはやはり寂しいです。

そんなこともあって、ベロニカちゃんは「去年はあまりいい年じゃなかった」と言っていますが、私にとってはどうだったろう!?
新たな出会いがあったり、別れがあったり。
楽しいこともあったような気がしますが、いろいろありすぎて・・・

自分にとっては「辛抱の年」でした。
体調を崩したこともありました。
あまりにも仕事が多く、歯を食いしばって働いていた日々もありました。


今年はなんかいいことがありそうな気がする!!!
根拠はない!!!


結構、大きい仕事も控えています。
私自身もいろいろと仕掛けようと思っています。
去年は広島の原爆詩の朗読だけでしたが、今年は自分を高めるチャレンジもしていきたいです。


さーて、あと3時間半後には箱根駅伝が始まります!
インターネットTVでずっと見続けます!!!
でも、時差の関係でミンスク時間の夜中の2時にスタート。
毎年眠い目をこすりながら見ています。
あー、楽しみ!!!


今年はできるだけ平和な記事が書けるように努力していきたいと思います。
今年もはぐれミーシャをよろしくお願いいたします!!!


akiravich at 22:43コメント(0)トラックバック(0) 
ベラルーシの生活 

2015年12月31日

日本のみなさん、あけましておめでとうございます!!!
今年もよろしくお願いします!!!


ベラルーシはまだ大みそかの夜の7時。
私は一人でうちに残ってブログを書いています。
ベロニカちゃんと龍二くんは実家の方に行きました。
私も追いかけていきます。

今日の音楽はロシアの伝説のピアニスト、ソフロニツキーが演奏したスクリャービン。
今年を締めくくる音楽がスクリャービンって、どうよ。
しぶいだろ〜。
ソフロニツキーというピアニスト、素晴らしいんですが、どれだけ日本で知られているのかなと気になりました。
ピアノ好きな人なら知っているはず!



今日は大みそかだというのに大忙し。
朝から市場で買い出し。
うちに帰ってすぐに、私の個人教室のあるウルチエ地区へ。

駅の近くの本屋でベロニカちゃんへのお正月プレゼントを買いました。
この5〜6年は毎年本をあげています。
元々、うちの奥さんは本を読むのが好きな人なので。

そのあと、知り合いと食事しました。
それから、教室へ。
学期末は各グループでパーティーをして、そのままパーティーをするのですが、おとといのパーティーの片づけがまだだったのです。
それにしても、4日連続試験&パーティーはつらかった・・・
でも、学生たちや日本人の留学生のみなさんはとても楽しんでいたようで、よかったです。

それから、うちに帰って、スピーチコンテストの指導。
前にも書きましたが、うちの教室でコンテストをすることにしたのです。
教室の発表会のようなものです。
今日、指導しないと、日程的に厳しかったので、2人の学生はスカイプで、一人の学生は私のうちまで来てもらって指導しました。
日本語を教えるのに、大みそかも正月も関係ねえ!!!(←でも、ちょっとは休みたいかも・・・)



昨日は久しぶりに劇場に行ってきました。
ベロニカちゃんと二人だけの外出はなかなかありません(←龍二くんはベロニカちゃんの妹のところへ預けました)。
元々、私たちは劇場で出会ったんですよ。
まだ龍二くんがいなかった頃は多い時で、週に3回は劇場で劇を見ていました。
それぐらい筋金入りの演劇好きなのです。

昨日見たのは、私が大好きな「ART」という劇。
2008年10月22日「ART」
だいぶ昔の記事ですが、この劇について書いたことがあります。

たぶん、10回近くは見ていると思います。
何回見ても笑えるし、心が震える劇。
男3人のコメディーなのですが、友情と愛情、友情ゆえの憎しみなど、全てが人生を深く見通した素晴らしい戯曲なのです。

私が大好きな劇。
でも、同じものはもう2度と見られません。
http://news.tut.by/culture/460364.html俳優の一人が亡くなってしまったのです(ロシア語ですみません)。
セルゲイ・ジュラヴェリさん。
61歳でした。
私が大好きだった劇「ART」はもう見られません。
彼がいなければこの劇は成立しません。ミンスクの劇場で上演されていた三谷幸喜の「笑いの大学」では向坂役を超ハイテンションで演じていました。

だいぶ前になりますが、私がベラルーシのお正月映画に出たとき、現場で彼と一緒になりました。
私が「『ART』や『笑いの大学』いつも見ています」と言うと、とても嬉しそうに「本当? 日本人に『笑いの大学』を見てもらえるのはうれしいな」と言ってくれました。
私の出演シーンは「帰りたくなーい! おお、ベラルーシよ!」と泣きながら叫ぶという場面(←撮影3時間、出演時間10秒)だったのですが、彼は「今のよかったよ!」「こうしたほうがいいよ」とずっと話しかけてくれました。
ご一緒したのは一回だけですが、心に残る思い出です。

彼の「ART」、もう一度見たいです。
でも、それはもうかないません。
あの血管が切れそうなハイテンション演技、一世一代の芸でした。

そもそも「ART」自体がもう見られないだろうと思っていたら、劇場のポスターに「ART」の名前を見つけてびっくり!
すぐにチケットを買ったのです。

3人の俳優のうち、一人だけ変わるのかと思っていたら、全員入れ替えになっていました。
特に、イヴァン役のヴィクトル・マナーエフさんの名人芸が見たかったのですが・・・

見に行った感想は・・・非常に残念なものでした。
イヴァン役をやったのは私とベロニカちゃん、共通の友人。
彼は若手の中では最高の俳優ですが、イヴァンのような意志薄弱な人間を演じるのには向いていません。
彼はカリスマ性が半端ないのです。
どんなに精神的に弱っちい役をやっても、どうしても彼の俳優としての強さが前面に出てしまいます。

他の二人もいただけませんでした。
まだこなれていない印象も受けましたし、完全にミスキャストだなあと思う瞬間もたくさんありました。
体形も年齢も俳優としての癖も、全てが合っていないのです。

演出には腹が立ちました。
かつての演出家と同じ人なのですが、イヴァンの超ハイスピード長台詞で、パンツになるまで服を脱ぎ、また服を着るという演出に何の意味があるのか、私は強く問いただしたいです。
あんな天才的な演出ができる人なのに・・・

劇が終わって、私は泣きそうになりました。
かつての「ART」を思い出しながら。



さあ、ここまでは前置きです(←長すぎるだろ!)

もう紅白歌合戦は終っていますよね。
紅白といえば・・・
小林幸子!!!
大みそかの風物詩といっても過言ではありません。

実は、うちの教室の学生にそっくりな学生がいるのです!
FBで写真を公開したところ、ほとんどの人から「似ている!」または「(部分的に)似ている!」という反応が返ってきました。

imageどうですか? 似ていると思いませんか?(←本人の承諾を得て写真を公開しています)

彼女の名前はジアナちゃん。
9月から日本語を始めたばかりの初心者です。

小林幸子の写真を見せたら、本人も「ちょっと似てるかも・・・」。
周りの学生たちも「どこか似ているところがあるかも」。
私の目には激似なんですが、皆さんいかがですか?
紅白の豪華な衣装を着たら、本人と区別がつかないかも・・・

彼女に「小林幸子は日本でとても有名な歌手なんだよ」と言うと、「うれしいです! 私も歌を歌っているので」。
ジャンルはポップパンク。
私が「着物を着て、演歌を歌ってみたら?」と言ったら、「歌ってみたいです!」。

ベラルーシ初の演歌歌手、誕生か!? 
そうなったら、私がプロデューサーになろう!!!


すでにお正月が来たみなさん!
あけましておめでとうございます!!!

まだのみなさん!
よいお年を!!!

akiravich at 18:30コメント(0)トラックバック(0) 
ベラルーシの生活 | ベラルーシの劇場

2015年12月26日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今週はまた体調を崩していました。
原因は明らかにストレス。
以前から、強烈なストレスがあると、体調に影響していたのですが、ここ最近は・・・
そのストレスの原因もわかっているんですけどね。

今は私の個人教室の試験を作っていました。
私が直接教えているのが120人ぐらいで、私の生徒が教えているのが40人ぐらい。
その全員をこの年末年始のシーズンに試験するのですから、なかなか骨が折れます。

日本語教室は趣味で始める人の多いのですが、それでも試験はきっちりとやります。
以前は期末試験のようなものは一切やっていませんでした。
そうすると、何か締まらないんですよ。
やはり試験があると、学生たちもそれに向けて頑張りますし。

私が学生たちに常に言っていることがあります。
試験はあなたたちを罰する場ではない。試験はあなたたちが何を知っていて、何を知らないのかを知るための場だ。

教師の仕事は医者と同じようなところがあると考えています。
つまり、まず最初にどこが悪いのか、どこに問題があるのか診断ができないと、治療ができないのですよ。
何を知らないのか、何を間違って理解しているのかを探り出し、それを適切に直していく。
これが試験をする意味だと考えています。

何か真面目な話になってしまいました。
これは本題じゃないんですよ。


DSC_0922[1]

今週の木曜日、うちの大学でささやかなクリスマス会をしました。
日本語を学ぶ1年生と2年生、そして日本人留学生5人を招待して、一緒にケーキを食べたり、お茶を飲んだりしました。
本当はもっとたくさん日本人留学生がいるのですが、みんな冬休みでミンスクの外に出てしまっていたのです。

学生たちにとっては私以外の日本人と交流するチャンス。
会話のほとんどはロシア語でしたが、学生たちはとても楽しそうでした。
日本人留学生のみなさん、ありがとうございました!

うちの個人教室ではパーティーがあるたびに日本人留学生を招待していたのですが、大学ではこういうのは初めてやりました。
パーティー後、学生たちのSNSでの書き込みから喜びが伝わってきました。
本当に楽しかったようです。
またやろうっと。



今週の月曜日は龍二くんの幼稚園のクリスマス会に行きました。
お遊戯会のような感じなのですが、結構長かったんですよ。
1時間15分ですよ。
その間、いろんな出し物があったり、子どもたちが踊ったり。
もちろん、子どもたちばかりがずっと出ずっぱりというわけではないのですが、長かった!

DSC_0886[2]
龍二くんが詩を読みました!
子供向けの短い詩ですが、みんな暗記して読むのです。
これまでのお遊戯会では龍二くんは何もしませんでしたが、初めて詩を読むのを聞きました。
いやあ、よかった。

10286732_10205604303132045_5240038092544357087_o
この写真ではにこやかですが、龍二くん、つまらないときは本当につまらなそうな顔をします。
これまでもお遊戯会は見に行っていましたが、龍二くんは何にもしないことが多くて。
今回はみんなと一緒に踊ったり、歌ったり、ある程度はしていました。
でも、興味がないことは徹底的にやらないというのは父親譲り! 
うちのベロニカちゃん曰く「あのやる気のない顔、つまらない時のあくびの顔はあなたそっくり」!!!

11225305_10205604326292624_1468903813057463952_nお遊戯会のあとで、一緒に写真。
もう来年は小学校だもんなあ。
早いよなあ・・・


日本人留学生数人から言われたのですが、「うちの母親が龍二くんのファンなんですよ」。
たまには、龍二くんの写真も載せていきたいと思います。



ベラルーシは超暖冬。
あまり寒くないです。
気温がマイナスにならないなんて・・・
お正月はマイナス10度ぐらい行かないと気分が出ないですよ。

明日から怒涛の4日連続試験!
がんばります!!!

akiravich at 06:28コメント(0)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 

2015年12月19日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今、ミンスク時間の23時57分です。
うちへ帰ってきて、エアロバイクで40分。
晩ごはんを食べて、やっとまったりしているところです。

それにしても、疲れた。
年末はすることが多いなあ。
今学期は通訳の仕事とかで授業を休講にすることも多かったので、その分授業をやらないといけないのです。

朝から授業をやって、そのあとはうちの教室で働いてもらっているカーチャさんに会いました。
いろいろと相談。
日本語教師の仕事は人間相手ですからね。
「この教授法でこうやればうまくいく」なんてことはないですし、グループ内のこととかいろいろありますよ。

今年は例年よりも問題のある学生が多いように思います。
授業態度に問題がある学生や授業料を払わない学生、いろいろいます。

そして、辞める学生も例年よりも多いです。
私の教室は辞める学生は元々多いんです。
日本語教室というと趣味でやっている人が多いのかと思う方もいるかもしれませんが、私の教室は内容は大学の授業と全く変わりのないもの。
なので、真面目に勉強しないとついていけなくなるのです。

中には軽い気持ちで始めたのだけれど、がっつりはまってしまって、今では日本語に関係する仕事をしたいと考えているような学生も結構多いです。
きっかけは何でもいいんですよね。

でも、どうして辞める学生が今年は多いのか・・・
私の教え方がどうなのかということも、改めて考えてみる必要があります。
自分の教え方がどうかというのは常に考えていることではありますが、もっと深く考えてみる必要がありますね。

さて。
今日、カーチャさんと話したのはマクドナルド。
私はベラルーシのマクドナルドは嫌いじゃありません。

「ベラルーシの」と書いたのには理由があります。
私は日本ではマクドナルドに全く行かないのです。
おいしいと思ったことがなくて。
私が一番好きなのはモスバーガーです。
ロースかつバーガーや照り焼きチキンバーガーがお気に入り。

でも、ベラルーシのマクドナルド、おいしいと思うんですよ。
そんな気がするだけかな、というのもありますが・・・

「ベラルーシのマクドナルドはおいしい」と言うと、「マクドナルドは世界中、同じ味だ」と言われることがあります。
でも、違うと思うんですよね。

実はこれは私一人の感想というわけではないのです。
以前、通訳の仕事である代表団と一緒にマクドナルドに行ったことがあります。
普通に昼ごはんを食べていたら、視察先に間に合わないということで、ドライブスルーに寄ったのです。
みなさん、「日本のマックよりおいしい!」とおっしゃるのです。
他にも、ミンスクでコンサートをやったミュージシャンの人たちとマックに行った時も、みんな「おいしい!」「日本のと味が違う気がする」と言っていたのです。

「特にフライドポテトがおいしい!」と言う人が多いのですが、ポテトは私は日本のと大差ないように思います。

でも、どうなんですかね?
本当に違うのかな?
まあ、いいや(←いいのか!?)

DSC_0804[1]今日はマックの新メニュー「大きいエビ」を注文してみました。
メニューの名前、直訳です。
本当に「大きいエビ」となっているのです。

フライですね。
平たく言えば、エビフライです。

店員さんが「ソースは『1000の島』でいいですか?」と言ってきたのですが、意味がわからなくて。
食べているときもよくわからなくて、今調べてみたら・・・
サウザンアイランドソース!!!
そういうことか!!!


味は結構おいしかったんですよ!
失礼ながら、マックでおいしいエビが食べられるとはどうしても思えなかったので、だまされたと思って注文したんですよ。
カーチャさんにも食べてもらったら、「結構おいしいですね!」。
いやあ、意外でした。

ネックは値段。
4尾で37000ルーブル。
約2ドルです。
240円ぐらいでしょうか。
ベラルーシ人の感覚ではちょっと高いですね。


うわっ、もう0時30分だ。
明日も早いから、早く寝ないと・・・

akiravich at 06:27コメント(4)トラックバック(0) 
ベラルーシの食生活 | レストラン・カフェ

2015年12月17日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今、ミンスク時間の18時30分です。
こんな時間にうちにいるのは非常に珍しいです。

今日の音楽はショパンの練習曲です。
久しぶりに聴いたなあ。
まだ音楽を始めたばかりの頃はショパンに夢中になって、ずっと聴いていたなあ。
いつか自分でも弾けるようになりたいと夢見ていました。
同級生たちは「ショパンの練習曲はポリーニが一番!」と言っていましたが、私にはアシュケナージも捨てがたいところ。



いつもだと、水曜日の夜は個人レッスンだったのですが、学生が「勉強をしばらく休みたい」と言ってきました。
本当は本人は勉強したがっているのですが、自分の研究、仕事などで寝不足が続き、体調を崩しているのです。
涙を目にためながら、「本当は勉強を続けたいんです・・・」と言われて、私は何もできない自分が腹立たしくなりました。
真面目な学生ほど、満足に勉強時間が取れないことに苦しみます。
私も悲しいです。



いろんな仕事がたまりにたまっていて、大変な生活をしています。
日本語の授業の他にもやることはいろいろありますから。
自分自身の勉強もありますし。

おととい、元学生のKちゃんからメッセージが来ました。
「今度、ぜひ会いましょう」
そんなことを言いつつ、会わないでしまうことが多いのですが、今回は「じゃあ、水曜日に会いましょう」ということで、すぐに会うことになったのです。

普通、元学生から「会いましょう」なんて言われると、何か用事があるときやお願い事があるときが多いのですが、今回のKちゃんの誘いはただ単に会って食事しましょうというもの。
こういうのいいですね。
普段の生活のことやら、思い出話やら。

Kちゃんと分かれて、私は航空会社へ飛行機のチケットを買いに行きました。
授業と授業の合間が3時間半もあったので、それを利用しました。

航空会社で順番待ちをしていると、どこかで見たことがある顔の人が。
Aくんじゃないですか!!!
ここで何をやっているのだ!?

Aくんは今勤務している大学とは違う大学の学生でした。
私は一時期、二つの大学を掛け持ちで教えていたのです。
卒業後の消息は全く知りませんでした。

Aくんはずっとその航空会社で働いていて、日本語とは関係がなくなってしまっていました。
でも、自分の道をしっかり歩いているのはいいこと。
私は日本語を勉強した学生には日本語を活かせる仕事をしてもらいたいとは思いますが、もちろん、自分が幸せになれるのであれば、どんな仕事でもいいと思っています。

Aくんはコーヒーを入れてくれました。
いろいろと雑談。
また会いたいね!


そして、大学へ。
大学の階段を上ろうとすると、上から降りてきた人の顔に見覚えが!!!
Aくん(←イニシャルは一緒ですが、名前は違います)ではないか!!!
君は日本にいるんじゃなかったのか!?

何でも休暇を取って、2週間ほど一時帰国しているとのこと。
はぐれミーシャ「ベラルーシで勉強した日本語、役に立ってる?」
Aくん「それはもう、ほんとに役に立ってますよ」
それはうれしいな。
彼とは衝突したこともあったけど、今となってはいい思い出です(←彼がそう思っているかは定かではないが・・・)。


それにしても、こんな日ってあるんですね。
一日に3人も昔の学生に会うなんて。

いろんな学生に出会ってきました。
もちろん、全ての学生といい関係というわけではありませんが、大多数とはいい関係だと思います。
私の教室を辞めた学生の中にも、今でも仲がいい子もたくさんいます。

学生が宿題をしてこなかったり、無断欠席が多かったりする場合は、私は容赦なく教室を辞めさせます。
もちろん、すぐに辞めさせるわけではなく、注意や指導をしても、全く効果がなかったり、嘘をついたりする場合です。

日本人の感覚では理解できないようなことがよく起こります。
私の教室では授業料は銀行振り込みなのですが、振り込んでいないのに、何食わぬ顔をして授業を受けていて、それを注意すると、逆ギレされたり。




なんで、こんなこと書いてるんだろう?
今日は昔の学生に出会えてうれしかった。
それでいいじゃないか、いいじゃないか。

日本人的な感覚でいると、がっかりすることもよくあります。
でも、日本人的なところで、学生たちに学んでほしいこともあります。
例えば、時間を守るとか、宿題の提出期限を守るとか。
あと、カンニングをしないこと。
日本人にとっては当たり前のことが当たり前じゃなかったりしますからね。
「郷に入れば郷に従え」と思う部分もありますが、カンニングや遅刻を当たり前にしてしまったら、学生のためにもなりません。

いろいろ考えているうちに、ショパンの練習曲も終わりに近づいています。
リリックな曲はアシュケナージがいいなあ。

DSC_0798[1]帰り道、国立図書館の写真を撮ってみました。
なかなか明るいんですよ。
私にとっては見慣れた風景。

DSC_0800[1]と、そこへPanasonicの文字が!!!
国立図書館と日本企業のコラボ!?(←ただの宣伝なのですが、日本企業の名前が出てくると何かうれしい)

明日もドタバタだ!
見ておきたい映画も読んでおきたい本もたまっている!
仕事もたまっている!
ストレスもたまっている!
どうしよう!!!

でも、がんばるしかないのだ!!!
お正月休みまで駆け抜けます!!!

akiravich at 03:18コメント(0)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 

2015年12月14日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

日曜日の夜9時です。
今日一日の仕事が終わって、まったりしています。

このボックスセットの中から今日はブルックナーの交響曲第9番を聴きながら、書いています。
この歳になって、ブルックナーがどんどん好きになっています。
第2楽章の速いこと速いこと。


やはり日曜日はきつい日ですが、充実感があります。
朝9時からは3年目のグループ。
12時半からは6〜7年の一番キャリアが長いグループ。
16時からは9月にスタートしたばかりの初心者グループです。

わざわざ日曜日に勉強に来るわけですから、意欲がある学生が多い・・・と言いたいところですが、やる気のある学生もいれば、ない学生もいるのは、他の曜日のグループと変わりません。

でも、初心者のグループは一番活気があります。
特に他の町からわざわざ来ている14歳の女の子二人組は、他の大人よりも一生懸命勉強してくれています。
あんな素直な学生、なかなかいないです。

明日も大学で授業です。
大学には週4回行っています。
大学に行かない日は個人教室で授業。
なので、純粋な休みは一日もありません。

でも、月曜日の午後は休息の時間。
この時間ばかりは何もありません。
予定も極力入れないようにしています。
でも、時々会議が入ってきたりしますが・・・

そんな感じで9月から突っ走ってきたから、体調を崩したのかもしれません。
完全に過労です。
そして、毎日のストレス。
そのせいか、血圧が上がってしまいました。

なので、最近は血圧に気をつけた食事をしています。
塩分控えめなのはもちろん、インターネットで調べて血圧を下げるのにいいと言われているものを片っ端から食べています。

例えば、ビターチョコレート。
どこかのサイトで「1日100g」と書いてあったのですが、これは多すぎだと思いました。
だって、これって板チョコ一枚分ですよ。
今は一日に板チョコ半分を食べるようにしています。

そして、クルミ。
元々、ナッツは好きですからね。
何の苦にもなりません。

お酒は体調を崩してからは全然飲んでいません。
量に気をつければ、飲んでも大丈夫かなと思っています。

そして、毎日エアロバイクで40分。
本当は自転車で外を走り回りたいところですが、なかなかそんな時間もないし、もう結構寒いし。
ちなみに、ベラルーシは暖冬になりそうな雰囲気。
この時期に雪がないというのも不思議な感じです。

ストレスは避けたいところですが、こういう仕事をしているとどうしてもイライラしてしまうことが多くて。
宿題をしてこない学生、連絡なしに休む学生。
大学生だろうが、社会人だろうが、中学生だろうが、私は叱りつけます。

ある社会人の女子生徒がニコニコして「こんな風に叱られたのは子供の時以来です」
はぐれミーシャ「それって、うれしいの?」
女子生徒「叱ってくれる人がいるのはうれしいことです」
そんなもんかな。

ベラルーシって、教育の現場ではしっかりと叱ってあげるということは確かに少ない感じがします。
うーん、説明が難しいなあ。
怒る人はいるし、キレる人もいますが、叱るというのはちょっと違うと思うのです。



こんな風に血圧を下げるためにいろいろと努力をしているわけです。
でも、やっぱり大事なのは塩分を控えることでしょうか。
食事の量にも気をつけています。

そんな生活を始めたばかりの先週の水曜日。
私は授業と授業の合間の時間が3時間半も空いてしまったので、コロナという大型スーパーに行ってきました。
大学からはバスで20分ほどです。

冬物のコートかジャンパーがほしかったのですが、最初に腹ごしらえしようと思って、4階にあるレストランに行きました。
レストランといっても、見た目はフードコートなのか、何なのかよくわからないところです。
そこに中国料理や日本料理を出す店があるということで、行ってみました。

DSC_0774[2]テンション上がる!!! 
こういうの、カフェテリア形式とでも言うのでしょうか。
バイキングではなく、カウンターの向こう側にいる人に注文して、皿に盛ってもらいます。

でも、値段を見ると・・・高い!!!
味噌汁が30000ルーブル(←約200円)。
でも、ここまで来たら、食べるしかないだろ!!!

DSC_0777[1]じゃじゃーん!!!
何か豪華になってしまった!!!
量も結構多い!!!
これまでの減量の成果を一気にチャラにする勢いです。

DSC_0778[1]味噌汁ですが・・・しょっぱい!!!
これまでの減塩の努力がああああ!!!!!

このカップ、なぜか冷蔵庫から冷え冷えの出してきていたんですよ。
案の定、飲み始めたころにはぬるくなり、最終的には冷め切った状態に。

味そのものは悪くないのですが、いかんせんしょっぱい。
原因は簡単。
ベラルーシの食堂では普通なのですが、料理もスープも保温状態に保たれています。
水分が蒸発して、しょっぱくなってしまったのでしょう。

DSC_0780[1]これは「日本風ごはん」
って、明らかに「中華風」だろ!!!
鶏肉やキノコも入った豪華版。
これも味はそこそこなんだけどなあ。
全体的にしょっぱい。
でも、食べられるしょっぱさ。

DSC_0779[1]問題はこれ。
「牛肉のオイスターソース」
「オイスターソース炒め」でもないし、「オイスターソース煮」でもない。
とにかく、オイスターソースが使われています。

これがしょっぱかった!!!
味はいいのになあ・・・
牛肉に衣をつけて揚げたものをソースに和えたようです。
これが結構高かったんですよ。
80000ルーブル(←約535円)だったかな?

全部で、158000ルーブル(←約1055円)!!!
これは一回の昼ご飯としてはかなりの金額ですよ。
しかもしょっぱいし。

だったら食べなきゃいいじゃん、と言われそうですが、やはり貧乏人の性。
完食しちゃいました。

うーん、これではいかん!!!
本気で血圧を下げなければ!!!


このお店、ちょっと惜しいんですよね。
味は悪くないのは確か。
また行ってみようかな。

DSC_0775[1]店内のディスプレイもちょっと凝っています。
盆栽のイメージでしょうね。

ちなみに、ベラルーシには盆栽をやっている人がいます。
独学のようです。
かなり昔、展覧会を見に行ったことがあるのですが、結構すごかったです。
でも、やっぱりヨーロッパ人の感覚だなと感じるところがあって。
何がどうこうというわけではないのですが、何か日本人の感覚とは違うなあ、と。

DSC_0776[1]食事をしながら、スケートをしている人たちを眺めるのも一興。
この日はプロを目指しているのかなと思わせるような子供が練習していました。



DSC_0781[1]帰り道、10月広場のところを通ると、クリスマスツリーの準備が。
もっと寒くなると、このツリーの周りがスケートリンクのように整備されるのです。
このツリーを見ると、もう年の瀬だなあと感じます。

もうしばらくは授業で忙しいです。
年末は大学も個人教室も試験期間。
私も気合を入れていきます!!!

でも、まずは体調管理かな。
これからエアロバイクで40分です!!!

akiravich at 04:06コメント(0)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 | ベラルーシの食生活

2015年12月11日

皆様、ご無沙汰しております。
はぐれミーシャです。

本当にご無沙汰しております。
よくコメントをくださる方から「体調を崩しているのではないですか?」というコメントをいただき、できるだけ早くブログを更新したいと思っていました。

実際、体調を崩していました。
過労とストレスが原因だと思います。
通訳の仕事もあり、非常に忙しくしていました。
大学の時間割と個人教室の時間割、二つを合わせると、休日が一日もないのです。
それも体調を崩した原因だと思います。



「弁論大会はどうなったのですか?」というコメントをいただきました。
結局、一度形だけのメールが来ただけで、一切関わらせてもらえませんでした。

日本語弁論大会についての記事は現在、非公開にしています。
その記事はすでにその役割を終えていると感じたからです。
あの記事は弁論大会に少しでも関わった人に向けて書いたものです。
そして、私を排除しようとする人たちからしか話を聞いていない人に本当のことを知ってもらいたかったのです。

いろんなコメントをいただきました。
参考になる意見もありましたし、私を口汚く罵るような内容の物もありました。
私は「一度言わせてください」というスタンスで書いたのですが、私は自分の意見を一度も言ってはいけないのでしょうか?
向こう側が好き勝手に話をしているのを黙って聞いて、私には何も言うなということなのでしょうか?

それが美徳だという人がいるのなら、それはその人の考え方なのでしょう。
しかし、私の教室には私以外にも3人の教師の卵がいます。
彼らも私同様、弁論大会には呼ばれていません。
コンテストの概要もわからなかったため、150人以上いる生徒にもアナウンスができませんでした(→連絡が来た時は大会まで2週間を切っていました)。
私には教師・生徒を守る責任があるのです。
ここまでコケにされて、黙っている方がどうかしています。

もちろん、手法には問題があるかもしれません。
私がメールを出しても心無い返事しか来なかった、または無視されたとはいえ、ブログで書くべきではないという考えもあると思います。
その誹りは免れないと思います。
そのご指摘は真摯に受け止めたいと思います。
今後はこのようなことがないように、このようなことを書く必要がないようにしていきたいと思います。




あとは自分の仕事をするだけです。
コメントにも「同じ土俵に立つのはどうかと思う」ということを書かれた方がおられましたが、まさに同感です。
だからこそ、一年間黙っていたのです。
もう一度書きますが、「お願いですから、一度だけ言わせてください」というスタンスであの記事は書きました。
これまでも自分の仕事にベストを尽くしてきただけです。
だからこそ、黙っていられなかったということです。
そこはご理解いただきたいと思います。

個人教室のほうでスピーチコンテストを行う予定です。
これは別に向こうに対抗するとか、そういう意味は一切ありません。
ただ単に、教育活動の一環として行うだけです。

スタンスとしては「発表会」。
よくあるピアノ教室の発表会などと同じものです。
要は、自分たちの勉強の成果をスピーチという形で表現することに意義があります。

すでに8人の学生が参加を決めています。
スピーチ原稿もほぼ出来上がっています。
私にとっても2年ぶりなので、気合が入っています!!!



このブログもできる限り、更新頻度を上げていきたいと思っています。
今後ともよろしくお願いいたします。

akiravich at 19:17コメント(2)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 
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