2008年02月

2008年02月29日

22eb378c.JPG今日もすごく疲れました。
日本へ留学するカーチャさんのために、推薦状などを書かなければならなくて、朝の5時半に起きたんです。

写真はうちのベロニカちゃんと彼女が自分で作ったバッグ。
このバッグは去年日本へ帰ったとき、僕の同級生のお母さんからもらったものです。
こんな感じになりました。
ありがとうございました。

うちの奥さんの仕事は服を作ったり、バッグを作ったりすること。
専門の勉強もしたプロフェッショナルです。
でも、本人はあまりこの仕事が好きじゃないようで、何かほかの事をしたいそうです。
ただそれが何なのか自分でもわからないみたいで・・・

今日はもう寝ます。
明日はまた市場に行くので、レポートしたいと思います。

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日記 

2008年02月28日

b2fefd5d.JPG今日は3つの授業をこなしました。
正直、疲れて、限界に近づいている感じです。
金曜日の完全オフの日まで何とかもたせないと・・・

今日は夕方の5時から、ベラルーシの医薬品会社に招待されて、日本についてお話しました。
会社の中に図書室があり、そこの職員の方が年に一回ほど、いろんな国をテーマにして催し物を行っているのです。
観客はその会社の職員、2人の男性を除いては全て女性でした。
この会社に限らず、ベラルーシの会社では職員のための施設が充実していて、職員のための企画や催し物がよく行われているのです。
以前、通訳の仕事をした「ミンスク市労働組合連合」を通しての依頼だったので、企画自体が何を目指しているのかわからなかったんですが、断れなかったんです。

最初に職員のおばさんが「芸者」についてお話。
かなり勉強したのか、かなり正しい情報だったんだけど、細かいことまで話が及んで長くて疲れましたね。
そして、僕の出番。
よく頼まれるんですが「日本について何か話して欲しい」っていうお願いが一番困るんですよね。
漠然としすぎていて、一体何について話していいのやら。
でも、僕は子供相手に人前で話すのは慣れているので、いつものように爆笑トークライブ。
料理のことや日本人のメンタリティーなど、幅広く話ができたと思う。
でも、「芸者」おばさんが、明らかにへそを曲げちゃってて。
この催し物の主役は自分のはずなのに、まるで僕がいいとこ取りしちゃったような感じで、こっちが恐縮しちゃう感じでした。
最初に電話で依頼を受けたときからだったんだけど、「忙しかったら、来なくてもいいんですけど」とか、本当に来て欲しいのか何なのかよくわからない感じだったのです。
でも、みんなには大うけだったので、まあ、いいかな。

こうゆうの、結構多いんです。
企画を持ち込んできて、自分は何もやらなかったり、企画者自体が日本と中国を混同していたり。
本当に日本文化を理解しようとしている人はめったにお目にかかれません。

今日は死ぬほど疲れているので、早く寝よーっと(桂小枝風に)

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日記 

2008年02月27日

33a26087.JPG今日も6つの授業。
少なくしたいところだけど、希望者が多いし、生活も苦しいので、減らすわけにもいかない。

どうして日本語学習希望者が多いのか、というと・・・
それはベラルーシでも日本のアニメが大人気だからです。
うちに来ている学生の半分以上がアニメおたくです。
私は彼らのことを「ポケモン」と呼んでいます。

現在、ポケモングループは2つあって、火曜日に13人、土曜日に7人の学生がいます。
実は今までもいくつかのグループがあったのですが、全て人が少なくなって解散したり、全く勉強しなかったので、こちらから断ったりして、残ったのは初心者の2グループだけなのです。
まあ、彼らのほとんどはまじめな動機などを持っているわけではなく、ただ興味があったからとか、アニメを見るときに役に立つからというのが多いです。
モチベーション自体が低いので、辞めていく学生もかなり多いです。
それに、ベラルーシ人にとって、日本語はかなり遠い言語で、難しいということも原因です。
アニメをたくさん見て、「僕はもう日本語がわかるから」と勘違いしている奴もかなりたくさんいます(そうゆうタイプ、ベラルーシ人には多いんですよね。日本語に限らず)。
そうゆう学生はみんなの前でかっこつけて、他の人の質問に答えたり、まだ教えていない文法を使ってきたりと、ろくなのはいません。
でも、そうゆうのは文法などがちょっと難しくなってくると、ついていけなくなり、すぐ辞めてしまいます。

今のグループは超例外!
いつもだと、9月にスタートしたグループは大体お正月までには半分に減っているのですが、今回のグループは脱落者はたったの二人。
途中から入ってきた学生が3人ほどいるので、むしろ増えているくらいなのです。
それはなぜかというと、最初にみんなに会ったとき、「12月末までみんなが持ちこたえたら、日本料理のパーティーをやろうね!」と言ったのです。
それがかなり効いたみたいです(本人達の話では)。
食べ物で釣ったほうと、釣られたほうとどちらが問題があるのでしょうか・・・

メンバーは学生もいれば、社会人もいたり、14歳の中学生もいたりで、バラバラですが、みんな仲がいいです。
写真を見てもらえれば、わかると思います。
毎回、宿題をちゃんとやってくることを条件にグループをスタートさせたので、みんなちゃんとやってきます。
今までのポケモングループは僕が甘かったせいか、全く宿題をやってきませんでした。
学生が宿題やってこないと、こっちもやる気が失せますよね。
こっちの学生はかなり強く言わないと、怠けて何もしてこないのが多いんです。

彼らにとって、日本語は趣味にすぎないのですが、それにしてはみんな燃えています。
これからの成長に期待!

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日本語教師の仕事 

2008年02月26日

dec4eea9.JPG昨日のパーティーのせいで、今日はちょっと疲れ気味。
しかも、今日は朝の9時から夜の9時まで計7つの授業!

おそらく昨日、楽しかったからでしょうか、授業は思いのほか快調で、いつものように冗談を交えつつ、楽しい授業を連発していたのですが、6つ目の授業の最後にハプニング。
私の住んでいる地域の一角が停電してしまったのです!
そのときうちにいた二人の女の子は「すごーい! おもしろーい!」
全然、おもしろくないですよ。
そのせいで、次の個人レッスンをキャンセルする羽目に。

最近、なかったんですけどね、停電。
以前、大学の寮に住んでいたときは頻繁にあって、ろうそくが欠かせなかったのですが。
久しぶりに来たな、って感じです。

ベラルーシの電力事情って、どうなっているのか興味が出てきました。
今、ベラルーシでは原子力発電所の建設計画が持ち上がっていて、日本からも技術協力か何かわかりませんが、何らかの援助があるらしいです。
でも、ベラルーシはチェルノブイリ原発事故で最大の被害を受けた国。
原発そのものはウクライナ北部にあるのですが、そのときの風向きなどの影響で、放射性物質の多くがベラルーシに舞い飛んできたのです。
どうなんですかね。
私はベラルーシで原発がどうこうじゃなくて、原発そのものに否定的なので・・・

停電は2時間ほど。
その間、ろうそくを使っていたのですが、うちの奥さんは「ロマンティック!」と言って、はしゃいでました。
本当に得な性格だなあ・・・
まあ、パソコンは使えないし、テレビも見れないので、ある意味、骨休めになったけど。

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ベラルーシの生活 | 日記

2008年02月25日

3acd9f1b.JPG今日は学生を招いてのパーティー。
みんなでの集合写真を撮りたかったけど、バタバタしてて忘れました。
なので、うちの奥さん、ベロニカちゃんの写真を撮りました。
今は12時半、みんな帰った後です。
今日の献立は、鳥のから揚げ、高野豆腐の煮物、大根とスペアリブの煮物、きのこの炊き込みご飯、イカの酢味噌和えなどです。
僕は人にご馳走するときは化学調味料やだしの素などを一切使わないので、エネルギーを使いますが、学生達には本物を食べてもらいたいと思うので、そうしてます。

今日集まった学生は、ベラルーシ国立大学とミンスク言語大学の連合軍。
実は日本語で語劇をやろうと思っているのです。
やろうとしている演目は「夕鶴」。
去年から読み会を重ねて、今は役ごとに読みを重ねています。

昨日の日記にも書きましたが、僕は日本で一度だけ学生演劇に参加しました。
それは、ロシア語でロシアの劇を上演する学生劇団、コンツェルトというグループの出会いから始まっています。
このベラルーシに住むきっかけになったのも、コンツェルトなのです。
もう30年以上の歴史をもつ劇団です。
ロシア語を習い始めた頃に、その劇団の創始者であるタチヤーナ野村先生に出会ったのが、全ての始まりでした。
一度、劇の上演を手伝ったのがきっかけで、いつか自分もやってみたいと思い、ロシア語の勉強をした後、参加させてもらいました。
それが縁で、ミンスク出身の演出家の方と知り合いになり、そして、今ベラルーシに住んでいるわけですから、運命を感じざるを得ません。
タチヤーナ先生は数年前に亡くなられたのですが、それを聞いたときは何とも言えない気持ちになりました。
僕は今でもタチヤーナ先生のことが大好きで、心から尊敬しています。

そして、ベラルーシ。
コンツェルトと同じことをベラルーシでやってみたいと思ったのは、当然の成り行きでしょう。
コンツェルトの公演は1年に一回、12月。
それに向けて、全身全霊を傾けていく、その青春の力をもう一度感じたい、学生達と一緒に感じたいのです。
どうなるかはわかりませんが、やるだけやってみます。
5月の公演を目指しています。
舞台装置、小道具、衣装、音楽・・・やることはたんまりあります。
どうなるか、こう御期待です!

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日記 

2008年02月24日

aead3758.JPG今日も5つの授業。
最後のほうはさすがに舌が回らなくなってしまう。

明日のパーティーに向けて、昨日から料理をしている。
完成状態のチャーシューの写真をご覧ください。
明日が楽しみ。
明日はパーティーの様子をご覧にいれます。

今日は特筆すべきことが何もなかったので、どうやって僕がベラルーシに来たか、書いてみたいと思います。

僕は2000年の6月、ウズベキスタンのタシケントという所へ行きました。
それは日本語教師として働くためだったのですが、どうしてウズベキスタンかというと、それは彼女がいたからです。
彼女とは東京で知り合いました。
彼女の両親は日本のウズベキスタン大使館の職員。
彼女が私が出演していた学生演劇を見て、それから人づてに知り合いになったのです。
そしてお互いに好きになったのですが、彼女は僕と恋人として付き合うことを望んでいませんでした。
というのは、彼女は2ヵ月後に家族とともにウズベキスタンへ帰国することになっていたので、付き合い始めてもすぐに別れる事になってしまうという理由でした。
なので、僕は「じゃあ、僕がタシケントに引っ越せばいいんだよね」
いとも簡単なことです!
僕はものの3秒ほどで人生を左右する決定を下してしまいました。
僕はロシア語と同時に、日本語教師としての勉強もしていて、旧ソ連の国のどこかで日本語を教えようとかなり前から考えていました。
漠然と「日本に近いからハバロフスクとかがいいかな」と思っていたのですが、結局、どこでもよかったのです。
そうゆうわけで、彼女と知り合って5ヵ月後には僕はタシケントの空港に立っていたのです。

ちょっとこれ、長くなりますね。
かいつまんでお話します。

簡単に言えば、タシケントではいろいろ辛い経験をしました。
彼女との別れ、住むところを失いタシケントの町をさ迷い歩き、気温50度、太陽の下、脱水症状で死にそうになり・・・
そして、タシケントの町を離れる決心をしたのです。
日本へ帰るという選択肢はありませんでした。
さんざんいろんな人に壮行会を開いてもらって、餞別まで頂いてきたのですから、簡単に帰るわけには行きません!

それで、たまたま知り合いのいたのがミンスクだったというわけです。
それは東京でやった演劇の演出をなさったベラルーシ人の女性でした。
タシケントから電話をしたら、「仕事があるという保障はないけど、とりあえず来てみたら?」ということでした。
なので、2000年8月25日にミンスクにやってきたのです。
そこで、彼女の知り合いの中国語の先生、それは今の私の上司なのですが、彼が私を「拾って」くれたのです。

いろいろ書きたいのですが、あまり長すぎると読んでもらえないような気がするので、小出しにしていきます。
タシケントでの体験に関しては、「はぐれミーシャ」で検索すると、私の文章が掲載されているサイトを見つけることができます。
死ぬほど暇なときにでも読んでみてくださいね。

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日本の思い出 

2008年02月23日

0a264df9.JPG写真、入れたつもりが、入ってなかったので。
改めて写真を投稿します。

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ベラルーシの生活 | ミンスク
今日は完全オフ。
朝から何もしなくてもいいし、誰とも話さなくてもいいのはうれしい(うちの奥さんは別として・・・)

このブログは毎日書いてますが、時差の関係で日付が書いた次の日になってしまってます。
書いた時間が夜中の3時とかになってますが、時差が7時間あるので、実際に書いてるのはその7時間前の時間です。
ブログをはじめた次の日が何も書いてないことになってますが、これも時差の関係です。
本当は毎日休まず書いてます。

今日は久しぶりにミンスク市内の大きい市場、カマロフスキーに行ってきました。
前は一週間に2回ぐらい、割と頻繁に通っていたのですが、こう仕事が忙しいとなかなかそうゆうわけにも行きません。
それに食料品を豊富に取り扱ってるスーパーが近くにいくつかあるので、そこに頼りっきりなのです。
とはいえ、市場のほうがはるかに値段が安いし、新鮮なものも多いので、できればもう少し行く回数を増やしたいところです。

写真は市場の内部です。
市場は体育館のような建物と、屋外の部分に分かれています。
屋内は肉、肉製品、乳製品、パン、お菓子などが主で、屋外は野菜、果物、魚などが中心です。

今日は日曜日に学生達を呼んで、簡単なパーティーをするのでその買出しです。
お目当ての豚肉は、首の部分(豚肉の部位の中で一番高いものです)で一キロ16000ルーブル、800円ぐらいでしょうか。
今回はほとんどの学生が初めて日本料理を食べるので奮発してみました。
日本の感覚からすれば、恐ろしく安いのでしょうが、私のようにベラルーシの給料だけで生活している人間からすれば、かなりの贅沢です。
もう一度おさらいしておきますと、僕の給料は3万円にも満たないほどなのですから。

市場は安いと言っても、デメリットはしっかりあります。
というのは、質の良し悪しを自分の目で判断しなければならないということです。
肉などは長持ちさせるために冷凍・解凍を繰り返したものや、古くなって色が悪くなったものを着色してきれいなピンク色にしているものなど、恐ろしい肉が目白押しです。
写真の左側は肉コーナーなのですが、そこを何往復もしてやっといい肉に出会えるという過酷な作業はかなり体力を要求されます。
時には、全くいい肉に出会えないときもあります。

しかし、肉の目利きというのは難しいもので、あるとき鮮やかな色の肉を買って、逆に腐る寸前のものだったりしたことがあります。
ある売り子さんが「肉は見た目ではわからないものよ」と言ってたことがありました。
確かに、そのおばちゃんが売ってくれた肉は見た目は白っぽくて悪かったですが、かなりおいしかったのをおぼえています。

市場で肉を買うときは、基本的に量り売りになります。
欲しい量をキロ単位で言うときもありますし、陳列されている肉の塊をそのまま量ってくれと言う時もあります。
私は大目に買って、冷凍しておくので、後者の買い方が多いです。
ちなみに、鳥肉以外は台の上に直接並べて売っているので、夏は恐ろしい匂いが立ち込めています。
鳥肉はショーケースのようなものの中に入ってはいますが、中に冷気があるのかどうかは甚だ怪しいものです。
なので、鳥肉に関してはほぼ100%スーパーで買うようにしています。

こうゆう市場での買い物は売り子とのやりとりがおもしろいもの。
今日も肉の塊を半分に切って売ってくれと言ったら、「切らないでこのまま買ってよ」と2キロ以上はあろうかという恐ろしく巨大な塊を持ち上げて見せられました。
こうゆうときは「日本人は少食だから食べきれないよ」などと冗談で切り返します。
隣りにいた売り子からは「ロシア語、上手だねえ。ずっとベラルーシに住んでるの?」と聞かれました。
ベラルーシにいる東洋人はほとんど中国人で、彼らのほとんどはお世辞にもロシア語が上手だとは言えないので、僕がしゃべるとびっくりされることが多いです。
中には露骨に「中国人にしてはロシア語が上手だねえ」などと言われることもあります。

今日は豚のスペアリブといか(冷凍物)と万能ネギと醤油を買って帰りました。
醤油はキッ○ーマンの1リットルが32500ルーブル、日本円で1600円ほど。
高いけど、これがないと生きていけないので。
カマロフスキーには日本の食材を売っているところがあります。
そこのレポートはまたいつかします。

ちなみにカマロフスキーは、ロシア語で「蚊の」という意味。
昔、その場所は家が建っていない湿地帯で蚊がうようよしていたから、というのを聞いたことがありますが、真相はよくわかりません。
今度、調べてみます。


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ベラルーシの生活 | ミンスク

2008年02月22日

今日も5コマで、くたくた。
明日が一週間ぶりのお休み。

「くたくた」といえば、この前したテストで学生のおもしろい間違いがありました。
3 レタスの葉を使ったスープです。最後にサッと加え、(    )した歯ごたえを楽しんで下さい。
答えは「しゃきしゃき」を選べばよかったのですが、数人の学生が「くたくた」と書きました。
「レタスのくたくたした歯ごたえ」って・・・楽しめないよ!

今日の主人公は私の学生のセルゲイ君であります。
彼は今、自分の友達とその彼女との三角関係に悩んでいるのです。
簡単に言うと、彼の友達に彼女がいて、その二人が別れたのをきっかけに、セルゲイ君が彼女と付き合い始めたのですが、その二人がよりを戻してしまったというありがちな話です。
その友達はセルゲイ君と彼女の関係を知りません。
簡単に言えば、彼女はただ二股をかけているだけで、その友達はセルゲイ君たちの関係を知らないから、ただよりを戻そうとしただけで、セルゲイ君は彼女が好きだからただ付き合っているだけで、結局、ただ三角関係になっているだけなんです。
これは明らかに彼女に問題があるだろうといっても、彼は「私の友達が悪いと思います」と言って、彼女を守ろうとします。
話をしてて、何か自分の若いときのことを思い出しました。

でも、そのセルゲイ君、今年の4月から日本へ5年間の留学が決まっているのです。
なので、別れてしまうんだけど、それは仕方がないと割り切っているようです。
彼は最初の一年大阪大学に留学します。
彼は金髪で(髪の長さは「金八」ぐらいです)日本人女性にはかなりモテそうな感じがします。
性格がベラルーシ人の男にしては性格が柔らかく、育ちのよさが顔に出ています。
本人の写真、こうゆうところにのせてもいいんですかねえ?
セルゲイ君は「どうぞ。載せてください」と言ってますが・・・
この記事も彼の承諾を得て書いてるのでご心配なく。
むしろ日本人の方の意見が聞きたいと言ってました。

今度、ベラルーシ人の恋愛観について、ゆっくり書きますね。
日本人とはまるで違います。
それで私もベラルーシに住んでいながら、6年ぐらい結婚できなかったんです。
書きたいことがたくさんあって大変です・・・

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ベラルーシ人 

2008年02月21日

今日は日本へ派遣する学生が決定しました。
カーチャちゃん! おめでとう!
日本へ行っても、ちゃんと勉強しないとダメだよ!
これまで3年半勉強してきた努力がやっと報われた感じだね。
他の学生に気を使ってる姿が印象的でした。

ちょっと、自分が好きなものを挙げてみます。
・プロレス
・クラシック音楽
・劇場通い
・料理
この中でプロレスだけがすごくはずれてる感じだけど、これは子供のときから好きだったので仕方がない。
東京でロシア語を勉強していたとき、先生から「あなたはバッハとかベートーベンが好きなのに、どうしてプロレスなんか見るの?」としきりに聞かれたのをおぼえています。
僕の中ではクラシックも激しいものだと思ってるんですけど。
ちなみに大仁田厚の有刺鉄線電流爆破とか大好きで、川崎球場とか駒沢に見に行ってましたね。

さあ、今日は大好物の一つ、劇場に行ってきました。
ベラルーシで一番すごい「ヤンカ・クパーラ劇場」です。
劇はチェーホフの「サハリン島」
これって、戯曲じゃないんだけど、それを一人芝居でやってるんです。
まあ、詳しいことを書くと、ベラルーシに来て芝居を観ようと思っている人(いるんでしょうか?)に悪いので、書きませんが、この劇はすご過ぎます。
僕は一人芝居って、なぜか感情移入できなくて、置き去りにされる感じがして、あまり好きじゃないんだけど、この劇は否応なしに持っていかれます。
チェーホフが訪れた当時の残酷な流刑地としてのサハリンの姿を描いています。
実は今日が4回目の観劇なので、それほどの感動は得られませんでしたが、それなりに楽しめました。

若手俳優のロマン・パダリャカ。
あんた、すごいよ!
彼の演技を見ると、言葉を失います。
あるとき、劇場の舞台裏に知り合いの女優さんを訪ねたとき、ちょうど彼が近くを通りかかって、「いつも劇、見てます。サハリン島、3回見ました」って言ったら、彼は「本当? 同じもの何回も見て、おもしろいの? 頭大丈夫?」(冗談めかしてですけど)と言われました。
私はあなたの頭の方が心配です。
一つの劇の中でいろんな人格をあれだけ鮮やかに描かれると、劇の後の彼の精神状態が気になります。
普通の人間があそこまで突き抜けたら気が狂うでしょう。
壊れても、壊れないところがプロの俳優なのだと思います。

ベラルーシの演劇のレベルは結構高いんですよ!
2年半前、演劇セミナーでベラルーシの演劇を日本の皆さんに紹介したとき、演劇関係者が驚嘆の声を上げてました。
まさかベラルーシのようなマイナーな国でこれほどレベルの高いものを上演しているとは、という感じでした。

まだまだベラルーシは知られていないんですね。
これからどんどん紹介していきますよ!

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ベラルーシの文化 | ベラルーシの劇場
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