2008年05月

2008年05月30日

840b4590.JPG今日は激しい一日。
はげしすぎて、はげそうです。
でも、髪を失いたくない!

二つの出来事。

一つは学生が苦しんでいること。
もう一つの大学で試験が始まっています。
うちにもその大学の学生が5人、勉強に来ています。
そのうちの二人は成績が悪い女の子。

一人は僕の知り合いの家族の女の子。
2月中旬からうちに通っています。
日本語が好きで、日本語学科に半ば無理やり入学したんだけど、全くついていけてない。
もう一人は以前、アニメグループに来ていた子。
こちらは4月に入ってから、個人レッスンを始めました。
元々、絵の勉強をしていて、家庭の事情もあり、性格はちょっと複雑なところがあります。
二人とも日本語が大好きで、頑張ってはいるのですが、なかなかうまくいかないのです。

私はそれぞれの両親ともよく連絡を取る間柄です。
二人の母親は、自分の子供が通っている大学はベラルーシでも「いい大学」と言われているので、勉強に関しては全く心配していなかったのだそうです。
それが、ふたを開けてみたら、自分の子供はおちこぼれになっていた。
それは親達にとって、非常に大きいショックだったと思います。
子供たちから話を聞いて、大学や教師のやり方に非常に問題がある、と親達は思ったそうです。
私も周りから伝え聞いている話しから考えて、こりゃあダメだろうな、とは思っていました。
おそらく、その「犠牲者」が出るだろうと考えていました。

親達は「大学でちゃんと教えているのなら、わざわざ家庭教師のところに通う必要はない」と言ってました。
私も同感です。
もし大学の授業で事足りるのであれば、それで十分だと私も思います。

二人とも、大学では全くうまく行かず、再試験になってしまったんです。
大学での要求は非常に無茶なもの。
その大学では「みんなの日本語」という教科書を使っているんだけど、その教科書の第1課から第20課までに出てくる漢字を全部覚えろという、全く意味のない要求。
第10課までは漢字の書き方も覚えて、第11課から第20課までは読み方だけでOKという非常に中途半端な内容。

「みんなの日本語」は日本語の総合教科書。
漢字のために書かれた教科書ではないので、出てくる漢字は簡単なものから難しいものまで様々。
例えば、「琵琶湖」。
漢字で書けます? 僕は人生で一回しか書いたことがありません。
他にも「洗濯」「掃除」「金閣寺」など、日本人でも間違えかねない漢字が続きます。
簡単に言えば、無茶苦茶な要求を出しているのです。

その学生達、一年生ですよ!
皆さん、小学校の一年生でどんな漢字を書いていたか、覚えていますか?
「山」とか「川」でしょ?

それでも、彼女達はめげませんでした。
もしかしたら、彼女達は才能がないのかもしれません。
恐ろしく簡単な言葉で言えば、「頭が悪い」のかもしれません。
でも、必死に勉強してます。
日本語が好きだからです。

いとおしい。
誤解を恐れず、言おう。
抱きしめたいほど、いとおしい。
いとおしいとしか言えない。

「頭が悪い」のかもしれない、と書きましたが、僕は学生が「頭が悪い」ということは絶対にないと思っています。
勉強が出来ないのは「教師が悪い」「勉強のやり方が間違っている」、この二つしか理由がないと私は思っています。

僕は昨日の夜、A4の紙を半分に切ったものに、「みんなの日本語」第1課〜第20課に出てくる漢字を使った言葉を全て書き出しました。
それが今日の写真です。
プロの日本語教師の人から見れば、当たり前のことなのかもしれません。
でも、僕は今まであまり使ったことがありませんでした。
というのは、僕は漢字よりも会話中心で教えることが多く、漢字の授業は現地の先生がすることが多いからです。

昨日の夜はとても疲れていました。
正直、倒れそうなほど疲れていました。
でも、僕は漢字を書きました。
夜中の2時半までかかりました。
枚数はわかりませんが、600枚近くはあるはずです。

こんな風に書いていますが、僕は特に考えもなく、とにかく彼女達を合格させたい、その一心で書いていました。
二人のうちの一人の顔を見て思ったのです。
彼女はいつもニコニコしていますが、そのせいで逆に彼女の感情が見えることはありません。
昨日の夜、何をしたかという話しになった時、僕は「2時半まで漢字を書いてました」と言ったら、彼女は「ありがとう」と言いました。
「ありがとう」
これ以上の言葉は要りません。
もしかしたら、夜遅くまでやったことを隠したほうが美しいのかもしれません。
でも、これは本当のことで、僕は隠しません。
夜遅くまでその人のために何かをして、それに対して「ありがとう」。
すごく当たり前で、すごくうれしいこと。

もう一人の「芸術家」学生には、熱く熱く教えました。
漢字の紙を使って、徹底的に。
でも、結果はこの紙の半分しかわからない、という結果に。
彼女の授業は15時半から17時までで、17時から他の学生が来る予定だったのですが、彼女に「これから他の学生が来るので、1時間半、うちの台所で待ってもらえる?」と聞くと、「はい!」
うれしそうに答えました。
それはそれはうれしそうに。
うれしい彼女以上に、うれしかったのは僕でした。

1時間半、他の学生を教えて、彼女ともう一度授業。
彼女は台所で、僕の言ったとおりの勉強法を使って勉強し、見ても読み方がわからなかった漢字のほとんどをクリアしました。
信じられないほど確信を持って、答えていました。

彼女たちが試験をパスできるかどうかはわかりません。
大丈夫でしょう。
そう信じるしかないです。
彼女達は退学になるかどうかの瀬戸際なのです。
祈るような気持ちで、このブログを書いています。

さて、もう一つの出来事。
学生達との劇「夕鶴」が崩壊しそうです。
もうだいぶ長く書いたので詳しくは書きませんが、おそらくアウトだと思います。
学生の一人が練習に非協力的であることが原因です。

ここまでがんばってきたのに・・・
日本人みたいに「協力」だとか「みんなで力をあわせて」などと言う伝統はここにはありません。
それぞれが自立していると言えば聞こえはいいですが、結局は自分勝手なのとかわりはないですから。

かわいそうなのは主役の「つう」を演じるはずだったレーナちゃん。
彼女がいなければ、とっくの昔に劇を投げ出していたと思います。
彼女が死ぬほど長いモノローグとかを暗記して、演技しようとしていたのを見て、やめるわけにはいかなかったんです。
レーナちゃんと電話で話したのですが、私の話しを神妙に聞いていました。

我ながら、まだ熱いよ!
本当なら、教師として学生達をいい方向に導いて行くようにしなきゃいけないんだろうけど、俺は本気でぶつかっていきます。
もし明日、問題の学生が心から、本気でぶつかってこなかったら、この劇はやめます。
意味がないからです。

私はその学生のことはかなり信用していました。
なので、彼の無責任な行動には私自身傷ついています。

今、夜の12時25時。
心の波はおさまりそうもありません。

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日本語教師の仕事 | 夕鶴

2008年05月29日

5e8e260a.JPG今日は授業は二つだけ。
授業は少ないんだけど、他に仕事が山積み。
例えば、ロシア人の翻訳者が日本文学をロシア語に翻訳したものをチェックする仕事。
かなり急がないとまずい。
他に細々とした雑事。
試験問題も作らなきゃ!

さて、今日は皆さんお待ちかね(?)のテーマ、恋愛です。
民族が違えば、恋愛観もかなり異なります。
私もいろんな経験を重ねて、ようやくベラルーシ人の恋愛メンタリティーがわかってきたのです。
それを皆さんに、お話ししましょう。
写真は先日、日本人の方を迎えて学生達とパーティーをしたときに、私が日本人とベラルーシ人の恋愛観のギャップについて話したときに書いた「恋愛フローチャート」です。
よく見えないですね。

まず、言葉の問題があります。
よく「愛があれば、言葉なんて」というセリフをよく聞きますが、私はそうは思いません。
言葉がわかるに越したことはない。
言葉がわかっても、ギャップがあるんだから、言葉がわからなかったら、そのギャップはもっと大きいものになります。
ボランティア活動なんかで、夏の間だけとか短い期間ならまだしも、恋人としてとか奥さんとしてとかなら、言葉は必要なアイテムです。

私の経験を書きましょう。
5年ほど前、私はウクライナ人の恋人がいました。
年齢は19歳(だったかなあ・・・)、私は29歳でした。
あるとき、ロシア語で私が「君が好きだ」と言いました。
すると、彼女は「私はそのフレーズは言えない」と言うじゃありませんか!
「じゃあ、僕達は恋人じゃないの?」と聞くと、「恋人だよ」と答えます。
「恋人なのに『好きだ』っていう言葉が言えないの?」「今はその言葉を言う自信がないから・・・」

さあ、皆さん、わかりましたか?
ここにはロシア語と日本語の大きいズレがあるのです!!!

「好きだ」という言葉は、ロシア語で「Я люблю тебя」(ヤー・リュブリュー・チビャ。以下、「リュブリュー」)。
カタカナで書くとひどいですね、こりゃあ。
これは「私はあなたが好きです」の直訳です。
「любить」は「好き」とか「愛してる」の意味。
私がそのウクライナ娘に言ったのは、そのフレーズです。

ロシア語にはもう一つ似たようなフレーズがあります。
「Ты мне нравишься」(トゥィ・ムニェ・ヌラーヴィッシシャ)。
さあ、これをどう訳すか。
この「нравиться」(以下、「ヌラーヴィッツア」)という動詞は直訳すると「気に入っている」ということになるでしょう。

しかし、この言葉、「好き」という意味にもなります。
例えば、「私はこの料理が好きです」というときや「私はこの町が好きです」というときは「ヌラーヴィッツア」も「リュビーチ」も使えます。
英語で言うと「リュビーチ」は「LOVE」で、「ヌラーヴィッツア」は「LIKE」という感じなんでしょうが、それもまたぴったり来るものではありません。

日本人は誰かと付き合いたいとき、告白しますよね。
お互いに「好きだ」と言い合って、「じゃあ、付き合おう」ということになるわけです。
それと同じ感覚で、日本人がベラルーシ人に「好きだ」、つまり「ヤー・リュブリュー・チビャ」と言ってしまうと、これは確実に失敗します!!!

ベラルーシ人は「リュブリュー」という言葉は、付き合い始めに言うことはまずありません。
最初は「ヌラーヴィッツア」のほう。
私の学生の話では「リュブリュー」をすぐ使うと、「そんな大事な言葉を軽々しく使うなんて、この人、ちょっとおかしいんじゃない?」と思うそうです。
「リュブリュー」を使うのは、お互いによく知り合って、長い間(人によって、その長さは違います)付き合ってから言うものだそうです。
だから、「愛してる」に近いと言ってもいいんじゃないでしょうか。

しかし、日本人にとって「ヌラーヴィッツア」を使うのは、抵抗があります。
だって、「気に入っている」だと、物とか犬とか猫とか、そうゆうレベルに感じませんか?
でも、ベラルーシ人はそうゆう言い方をするのです。

じゃあ、ベラルーシ人は告白するとき、何と言うのか?
彼らは告白しないんです!
する人もいることはいますが、まともな女の子なら簡単に「好き」という男は相手にしないそうです。

私が授業で「日本人は誰かと付き合いたいときは告白して・・・」と説明すると、学生達はみんな非常に驚きます。
特に「付き合おう」というフレーズを言うことはまずないそうです。
「そうゆうスタイルは小・中学校の子供がやるようなレベルですね」と言った学生もいました。

私が「じゃあ、どうやって付き合い始めるの?」と聞くと、「いつの間にか、付き合っていることになっている」のだそうで。
つまり、付き合う前と後の境界線が全くないということになります。
日本人だったら、付き合い始めた日とか、覚えてること多いですよね。
でも、こっちでは、いつから付き合い始めたかということは気にしないんですって。

境界線がないから、問題も起こります。
日本人って、相手にとって自分がいったい何者なのか、はっきりさせたがりますよね。
「恋人」なのか、「友達」なのか。
そこがはっきりしないと不安ですよね。
でも、こちらでは言葉でもって「君のこと、『僕の彼女』って言ってもいいんだよね?」とか、確認することはありません。
例えば、男は女のことを「彼女」と思っているのに、女は男のことを「ただの友達」と思っていることもよくあるようです。

「恋人である」と言葉にしませんから、責任や義務が発生しない。
日本だったら「彼女or彼がいたら、浮気しない」というのは、一応常識ですよね。
でも、ベラルーシでは、日本の基準で考えれば「付き合ってる」と言ってもいいような関係であっても、相手のことを「ただの友達」と認識していたら、他の相手とデートをしても一向に構わないという考え方の人は多いです。
だからと言って、ベラルーシ人が軽いと言いたいわけじゃないんですよ。

うちのある女子学生の意見を御紹介しましょう。
「日本人がどうしてすぐ『好き』と言うのか理解できない。だって、相手のことをたいして知らないのに『好き』になるのはおかしいでしょう? その人を知っているから『好き』になるんですよね。『好き』と言って付き合い始めて、付き合ってみて自分に合わなかったら嫌いになるのって、本当に『好き』じゃなかったってことですよね」
この意見は正しいと思います。
まあ、友達として長く付き合ってきて、それで「好き」というのなら、相手をよく知っていて言うわけですから、いいでしょうけど。
たいして知らない相手に「好き」というのは、食べたことのない食べ物を見ただけで、食べる前から「おいしい」とか言うようなものです(こうゆうときは「おいしそう」と言わなければなりませんね)。
付き合ってみなければ、その人がどんな人か、本当に自分にあっている人かはわからない。
だから、付き合ってみて、それで愛を感じたら「好き」、つまり「リュブリュー」と言うのだそうです。

だから、ベラルーシ人のように、とりあえず付き合ってみて、そこに愛があるかどうか、愛が生れるかどうかは後で考えるというのは、ある意味、理にかなっているとも言えます。
ある意味、「愛」という言葉を軽々しく使わず、真剣に考えてるとも言えます。
でもねえ、自分の彼女がですよ、こっちが「好きだ」って言ってるのに、彼女が「うーん、どうかなあ・・・」なんて言ってきたら、へこみますって。
そのウクライナ娘のときは、かなりショックでしたね。
彼女なのに、「好き」と言えない。
究極の矛盾。

「好き」と「気に入ってる」、「リュブリュー」と「ヌラーヴィッツア」。
これらの言葉にギャップがあることに気付いたのはだいぶ後になってからでした。
このことを理解するまで、どんなに失敗を重ねてきたことか・・・

うちの奥さんのときは、それを理解した上で付き合ってたので、大丈夫でした。
まあ、私たち夫婦のことはいずれまた・・・

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ベラルーシ人 

2008年05月28日

03745329.JPG今日も仕事はあまりなし。
でも、細々とやることがあって、なかなか楽にならないなあ。

今日は4年生の最後の授業。
本当は5月の最終週は、授業をしない先生も多いんですけど、僕はしっかりやります。
でも、いつもの教科書などではなく、何か面白いことをやりたいと思ったんですよんね。
最後だし、みんな試験期間に入って勉強することが多いから準備が大変だし。

で、今日は日本の文学作品を、原文とロシア語に翻訳されたもので読んで比較してみました。
簡単に言えば、今日の授業は失敗。
もうちょっと作戦を練るべきでした。

材料に使ったのは、村上春樹の「ダンスダンスダンス」
ロシア語圏では、ここ数年、村上春樹はとても人気があって、どこに行っても売ってるんです。
でも、本当にちゃんと訳しているのかなあ、と前々から思っていたので。
新刊本とかが出ても、すぐロシア語に翻訳されたのが出てくるんですよね。

皆さんは「ダンスダンスダンス」、読まれましたか?
かなりすごい翻訳になっているので、ちょっと御紹介します。

例えば、冒頭の部分。
原文「つまり、ある種の継続的状況として僕はそこに含まれている」
ロシア語「По какому-то странному стечению обстоятельств я -- его часть」
ロシア語を日本のに直すと・・・「ある変な状況が重なって、僕はその一部である」
日本語でもわかりにくいところですよね。
でも、「状況が重なって」ではないな。

こんなのはまだ序の口。
原文「あまりに細長いので、それはホテルというよりは屋根のついた長い橋みたいにみえる」
ロシア語「Такой узкий и длинный, что вроде и не отель, а каменный мост под крышей」(下線、はぐれミーシャ)
この下線部分は「石造りの」。
そんな言葉はどこにもありません。

原文「その橋は太古から宇宙の終局まで細長く延びている」
ロシア語「Фантастический мост, который тянется из глубины веков до последнего мига Вселенной」(下線、はぐれミーシャ)
下線部分は「ファンタスティックな」「幻想的な」
もちろん、そんな言葉はどこを探してもありません。
この翻訳そのものがファンタスティック!

最後にもう一つ。
原文「誰かが僕のために泣いているのだ」
ロシア語「Плачет и зовет меня」
ロシア語を日本語に訳すと・・・「(誰かが)泣いていて、僕を呼んでいるのだ」
誰も呼んでません。

これはごく一部です。
細かいことを挙げたらキリがないほど、翻訳者の主観が入っているのです。
学生の一人が「なんか、裏切られたような感じがします」と言っていましたが、まさにその通り。
これは読者に対して、そして作者に対して、二重の裏切りです。

翻訳というのは、作者が意図しているものを汲み取って、他の言語でそれを伝える作業。
自分の主観や解釈を入れるのは、御法度なのです(と私は思う)。

翻訳って、悲しい作業なんですよね。
意味もニュアンスもタイミングも受ける印象も、全てがぴったり来る訳語なんて、本当にないんですよ。
最初から「無理だ」ということをわかった上でしなければならない、絶望的な仕事なんです。
ロシア語できれいにしようとすれば、原文から遠くなってしまい、原文に忠実であろうとすれば、ロシア語のほうが不自然になってしまう。
まさに両刃の剣。
どこまで原文から離れてもいいか、その距離感の問題なのです。
どこに線を引くか。
バランス感覚が要求されます。

そうゆう意味で、ロシア人の翻訳者の姿勢にはかなり首を傾げてしまうことがあります。
ロシア語として美しければいい、という考え方が顕著に見て取れるからです。
日本語がどうだったかは問題にならない、という考え方には、私は断固として反対します。

今日は公正を期すために、ロシア語から日本語に訳されたものを持っていきました。
それはチェーホフ「三人姉妹」、神西清さんの名訳です。
昨日の夜、読んでいて、これはすごいなあと思いました。
古い翻訳ですが、これを超える翻訳は出ていない、という話を聞いたことがあります。
ただ、小田島雄志さんが英語から訳したものを読んでみたいなあ。
重訳(ある言語で書かれたものを他の言語から翻訳すること)って、よくないことだとは思うんですけど、その翻訳が「チェーホフ」になっていたら、アリだと思うし。

例えば。
ロシア語「ты лежала в обмороке, как мертвая.」
日本語の翻訳「あなたは気が遠くなって死んだみたいに臥ていたっけ」
これは「気が遠くなって」ではなくて、「気を失って」のほうが正しいですね。
最初のページを見て、はっきり違うなあ、と思ったのはここだけ(不遜な発言、お許しください)。
後は原文に非常に忠実です。
忠実でありながら、日本語として、舞台で役者が発声したときにどのように聞こえるかも考えられた名訳だと思います。

一つ問題が。
ロシア語で「читает книжку」という文があって、その訳が「小型な本を読んでいる」となっていたんです。
僕もちょっと引っかかったんですが、この「книжка」という言葉、「книга」、つまり「本」という言葉の指小形というもの。
つまり、その形を使うことで、言葉がちょっとかわいくなるんですね。
「本」をかわいくしたら「本ちゃん」でしょうか。
私はその指小形を使うと、「小さい」という意味が入ることがある(いつもではない)と捉えていたので、「小型な」でも間違いではないと思っていたのですが、学生達が口々に「そんな意味はない」というのです。
授業の後でうちの奥さんと話したのですが、ベロニカちゃんは「もちろん、『小さい』っていう意味に捉えることもできるよ」と言ってます。
ちょっと、これはいろんな人に聞いてみないといけませんね。
チェーホフがわざわざ指小形を使ったことに何か意味があるのではないか、と勘繰りたくもなります。

学生達は「そんな意味はない」と言います。
まあ、別に間違いだったとしても、それはそれほど遠いことではないと思うんですね。
他の学生達に聞いても「いや、それはただの『本』という意味で、『小さい』という意味はないと思いますよ」と言います。
まあ、それはそれでいいでしょう。
私も「小さい」というニュアンスはあると思っていました。
小さいものに対して、かわいいものに対して、指小形を使う、と私も教えられたのです。
神西さんもそう考えていたから、そうゆう訳になったのだと思います。

しかし。
「先生、日本人の翻訳者がやったことは、ロシア人の翻訳者がやっていることと何が違うんですか」(確かそんな感じだったと思う)と言われて、先生、切れる。
「もし、この部分が間違いだったとしても、それは内容を変えてしまうようなものじゃないでしょ? ロシア人翻訳者がやっていることは、明らかな裏切り行為。一緒にしないで欲しい」(確かこんな感じだったと思う)
「間違ってしまった」というのと、原文にないことを自分の好きなように付け加える確信犯と、一緒にしてはいけないと思うのです。

同じレベルで考えるのがバカらしいほど、この二つの翻訳は違っています。
レベルとか完成度とか、そうゆう問題ではありません。
「姿勢」の問題です。
翻訳をするとき、作者の伝えたいことを伝えるのか、自分の感じたことを伝えるのか、どちらがあるべき姿なのでしょうか?
もちろん、前者でしょう。

比較する対象も悪かったかもしれません。
村上春樹とチェーホフですから。
しかも、チェーホフは戯曲なので、勝手が違うし。
でも、神西さんが現代文学を訳したとしても、原文に書いてあることに自分の解釈を付け加えたりすることは絶対にないと思います。

私も翻訳をやる人間の端くれとして、自分のスタイルには自信を持っています。
私が翻訳をするときは原文を徹底的に読んで、できる限り原文に近い訳を選びます。
そして、原文から受ける印象と翻訳文から受ける印象が一致するように、周りの人に聞いて回ります。
そうやって行くと、だんだん言葉の迷路にはまり込むんですよ。
どうがんばっても、同じ意味にはならないんです。
だからと言って、妥協するわけにも行かない。
以前、翻訳をやっていて、一つの言葉をどう訳すかで、一ヶ月以上悩んだこともあります。
そんな仕事です、翻訳は。

翻訳された言葉で完成度が高くなければ、意味がないのも確か。
いくら原文に忠実でも、読む人に伝わらなければ意味はないですね。
微妙なんですよ。
原文にも忠実で、訳語もきれいに、というところには、なかなか着地できません。

ロシア語できれいだと読んでいるほうも読みやすいとは思うんですよ。
でも、それじゃあ、ロシア文学読んでるのとかわらないでしょう。
外国文学って、それなりのテイストがあると思うんですよね。
日本文学であることを意識して訳す必要、あると思います。

学生にわかってもらいたかったけど、私の詰めが甘かった。
学生達も「ロシア人がダメで、日本人がいい」という身びいきの発言だと捉えたのかもしれません。
日本人でもダメな翻訳者はいるんですけどね・・・
私が伝えたかったのは、翻訳をするときの心得のようなもの。
伝わった人と伝わらなかった人がいたようです。
悲しいですね・・・最後の授業だったから、もうちょっといい授業をするべきだったのに・・・

学生の前で激高するのは、よくないですね。
もうちょっと冷静にならないと・・・

久しぶりに翻訳やろう!
でも、正直怖いんですよ。
やり始めると、異常な緊張感と集中力が必要とされるので、精神的にかなりのエネルギーを消費するのです。
この苦しみをどういたそうか、のう。
あ〜!!! やるぞ! 学生には負けられん!

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日本語教師の仕事 

2008年05月27日

1afa8e98.JPG昨日の夜中、授業の準備をしていて、ちょっと小腹が空いたので、先日、ベラルーシにいらした日本人の方に頂いたクッキーを食べました。
これが、めちゃうま!
抹茶の味のクッキーだったんですけど、こんなの初めて食べました。
ごちそうさまでした!

akiravich at 23:18コメント(2)トラックバック(0) 
日記 
今日も仕事少なし、恋せよ乙女(何のこっちゃ)。
3コマだけ。
でも、一つ一つの授業に気合が入って、いつもよりいい感じ。
やっぱり、仕事が多いのってよくないです。
質が下がります。
でも、量を減らせば、生活が・・・
矛盾しまくり。

そういえば、いつの間にやら、これまでの訪問者数が2000人を突破!
びっくり!
最近は毎日40人近くのかたが訪問されているようですが、どんな方が読んでいるのでしょう?
自分の知り合いでこのブログのアドレスを知っている人、全部合わせても30人以下ですからね。
おもしろいですよね。
全然、会ったことのない人が読んでくれてるのって、なんかうれしい。

今日の朝は夏っぽい、日差しが強い朝でした。
昨日まで、5月下旬とは思えないほど寒かったんですよ。
ようやく夏の兆しが。

毎年、僕にとって夏は自分のために有効に使える時間。
学生時代も「夏こそ勉強」と思ってやってました。
東京ロシア語学院の2年生の夏休み、一念発起して、徹底的に文法を勉強したんです。
ロシア語を勉強したことのある人ならわかると思いますが、ロシア語って名詞が6つの格変化をするんです。
単数・複数を合わせると、一つの単語で12の形があることになります。
これがロシア語で最も攻略の難しいポイントと言ってもいいんじゃないでしょうか。
同級生なんかは「格なんか間違ったって、ロシア人には通じるんだから」みたいなことを言っていて、対して真面目にやってなかったんですよ。
でも、通訳が格変化を間違ってどうするんだ、と僕は思ったんです。
だって、外国人が日本語で話すとき、「てにをは」をめちゃめちゃにして話すのと同じですから。
あの夏は本当に勉強したなあ。
うちに籠もって毎日、一つ一つの単語を格変化させてました。
そのおかげなんですが、こちらの人に「ロシア語の文法、本当に間違わないね」とびっくりされるんです。
いや、間違うんですよ、自分でもうんざりするくらい。
でも、ベラルーシ人には「下手なロシア人よりロシア語うまいんじゃない?」とお世辞を言われます。

さて、そこで今日の本題。
僕、ロシア語ほめられること多いんで、いい気になってたんですよね。
今年の夏はロシア語、完璧なレベルに近づけたいです!
今年の夏の目標を発表!

1.ロシア語を勉強する!
通訳のトレーニングを毎日する。
ロシア語のニュースを徹底的に聞きまくり、語彙を増やす。
知っているつもりの単語も、もう一度洗いなおす。
これ、とても大事。
うちの学生達もがんばってるし、このまま自分を伸ばさないと学生達にどんどん抜かれちゃうし、このままでは終われない!
自分が勉強していなければ、学生達にとやかく言う権利はないのです。
自分、通訳が苦手なんですよ。
周りの人から見れば上手なんでしょうけど、頭の中も心の中もいっぱいいっぱいなんです。
もっと落ち着いて通訳が出来るように、トレーニングしたいです。
同時通訳の訓練法とか知りたいんですけど、どなたかいい方法御存じないですか?
ロシア語の本も読みたい。
ロシア文学、好きなんですけど、ほとんど日本語の翻訳で読んでるんですよ。
やっぱり、原語でいろんな本読まないと!

2.ベラルーシ語を勉強する!
長年の夢。
だいぶ前からやろうやろうと思いつつ、何もしてこなかったんです。
実は今、ベラルーシを代表する作家の一人、カラトケーヴィッチの研究家の人と知り合いになるチャンスがあって、日本語に翻訳したらどうかという話があるんです。
もうすぐその人と知り合いになるんだけど、僕はベラルーシ語、全然ダメ。
簡単なことは言えますよ。
でも、研究家の人と渡り合えるほどの力はありません。
せっかくベラルーシに住んでいて、ベラルーシ語がわからなくて、どうする!
ベラルーシ語について、またいつか改めて書きます。

3.戯曲を一つ翻訳する!
僕のライフワークの一つとして、戯曲の翻訳があります。
今までもロシア語から日本語、日本語からロシア語と翻訳をしてきましたが、まだ上演されたことはありません。
一度、自分が翻訳したものを舞台の上で見てみたい!
いや、一度はあるか。
リーディング形式ですが(これは舞台装置などを使わず、役者が台本を読む形で上演するものです)。
そのときの戯曲は出版もされてます。
日本演出者協会編「海外戯曲アンソロジー機廚譴鵑書房新社
その中に入っている、エレーナ・ポポワ作「女流詩人の為に夫が必要です」は、僕が翻訳したものです。
夏は戯曲を一本、翻訳するぞ!

4.やせる!
何とか68キロまでやせたい。
現在の体重は72.5キロ。
高校時代の僕を知っている人が見たら、原型がわからないほどの変わりようなのではないでしょうか。
だって、昔はがりがりにやせてたんです。
今と身長(174センチ)同じで、体重が58キロとかでしたから。
夏は毎日、トレーニングするぞ!
秋、大学へ行って、学生に気付かれなければ成功です。

こっちの人って、自分の目標とか夢とか言うのを嫌う人、多いんですよ。
実はこっちでは「他の人に夢とか話したり、口に出したりすると、その夢はかなわない」という迷信があるのだそうです。
それは夢や目標に限らず、例えば、自分について「私はお金がある」とか「うちの子供は優秀だ」とか口に出していうと、悪い精霊がそれを聞きつけて、全てをダメにしてしまうと考えているのだそうです。
よくベラルーシ人のおばさんやおばあさんなんかが、お金もあって幸せなくせに「うちは全然お金がない」とか「私は不幸せだ」とか嘆いてばかりいることが多いのは、そのためではないかとベロニカちゃんの意見。

僕がこうやって目標を立てるのは、みんなに向けて公表することで退路を断つという意味合いがあります。
だって、目標をぶち上げておいて、達成できないのはかっこ悪いじゃないですか!

ベロニカちゃんの目標! ニャー!
1.インターネットショップを開いて、自分の作ったものを売る!
2.日本語を勉強する!
一番大事な目標は、絶対実現させたいので言いたくないそうです。

さあ、夏の終わりにどんな結果になっているか、楽しみですね。

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日記 

2008年05月26日

今日は仕事が少ない!
二つしか個人レッスンがない。
これは珍しいなあ。
でも、学校は夏休みに入るし、大学は6月は試験期間、その後は夏休みに入ってしまうから、うちに通ってくる学生も減ってしまうんですよね。
そうなると、収入も減る。
毎年、夏は苦しい生活を強いられます。
去年は日本へ帰ったからまだしも、おととしなんか、夏の間、肉が買えずに野菜ばっかり食べてましたよ。

今日、うちに来た学生から非常に腹立たしいことを聞きました。
うちに来る人の中には、日本語に興味があって学んでいる人の他に、私が働いている大学の学生や他の大学の学生が、大学での授業では足りずに、または大学の授業に不満があり、私のところに来ている学生も多いのです。

今日来た学生は他の大学の学生なのですが、最近、大学の授業でとんでもないことがあったのです。
その大学の先生で現地人の女性がいます。
彼女はその大学を去年卒業したばかりで、すぐに日本語教師になったのです。
私はその大学で2年ほど教えたことがありますから、もちろん彼女のことはよく知っています。
非常に優秀な学生でしたが、先生に向いているタイプではありません(これは別に今回のことがあったから書いているわけではなくて、本当にそう思っているのです)。

ある日、Aちゃんという学生が彼女の授業を無断欠席しました。
Aちゃんは私のうちにもう一人の学生と一緒に個人レッスンに来ています。
まあ、最近は休みがちですが。
彼女は大学欠席の常習犯。
そこで、先生は「どうして彼女はいつも欠席してるの?」とロシア語で聞きました。
学生達は「彼女は家庭の事情がいろいろあって、借りている部屋の家賃を払うためのお金もなくて、困っているのです」と説明しました。
すると、先生は「古○のところへ行って、個人レッスンに払うお金はあるのに、家賃払えないの?!」と発言したのです。
しかも、敬称略。
これには、学生達も絶句。
そのおかげで、Aちゃんが僕のところに通っていることはみんなが知るところとなってしまいました。

大学の学生でうちに来ている人は、基本的に秘密で通ってきています。
その先生(先生とも呼びたくないですね)がどこでどうやって、その情報を仕入れたのかも不思議。
とにかく、これは大学にも関係ないし、その先生にも全く関係のないプライベートのこと。
そうゆうことをみんなの前で言う神経が理解できません。

みんなに知られても本人が気にしなければいいのですが、中には非常に過敏に反応する学生もいます。
以前にも同じようなことがありました。
うちの大学の同僚で、ちょっとエキセントリックな人がいるのですが、その人が大学の授業で、私のうちに秘密で通ってきている学生に「○○さん、古○先生のところに通ってるからねえ〜」とみんなの前でネチネチと嫌味を言ったのです。
しかも、二人も同じような被害を受けています。
二人とも、私のうちに来て泣いてましたよ。
「私が古○先生のうちに来ているのは、あの先生には関係のないこと。どうしてみんなの前で言う必要があるんですか!?」と。
一度、ブチキレて、その先生と対決したことがあるんですが、その時に彼に文句を言ったら「本当のことなのに、どうして言っちゃいけないの?」と悪びれた様子もなく言ってました。

今回の件に関しては、その大学の日本語の主任と話そうと思っています。
その主任の先生とは、僕は大の仲良し。
その大学で働いていたときもそうですが、今でも仲はいいです。
私から言ってもいいのですが、かなり角が立つと思うので、向こうの大学内で処理してもらおうと思っています。

その元学生の先生には、もうちょっと考えてもらいたいですね。
その大学の学生でうちに通ってきているのは、5人。
夏の間、教えて欲しいという学生も一人加わるので、6人になります。
これって、異常だと思うんですよ。
大学の授業に不満がなければ、うちに来る必要もないわけですし。
大学の授業で事足りるのなら、そのほうがいいというのが、私の考え。
私がその大学の先生の立場で、自分の学生が他の先生のところに通っていることを知ったら、怒ったりする前に恥ずかしくなると思います。
だって、それは教師としての自分の力量がないことを証明することになるのだから。
学生をみんなの前で断罪することに何の意味があるのだ!!!!!

でも、私が大学とは別に教えていることって、よくないことなんでしょうか?
他の大学の先生に隠れて教えているようなものですから。
でも、私、うちの大学の日本語主任ともう一つの大学の日本語主任には、誰がうちに通っているか知らせるようにしています。
というのは、後でどこか他の情報源からそのことを知って気分を害したりされたら、私も心苦しいからです。
でも、うちの主任も、向こうの大学の主任も「それはいい。どんどんやって」と極めて寛大。
というのも、大学の授業では時間数が足りないこともわかってるし、問題のある学生に対してきめ細やかな対応をする余裕もないし、学生にとっては日本人と直接話すチャンスがあるのはいいことだという考え方があるからです。
その二人にだけは、誰が通っているかを知らせることはあります。
もちろん、学生の同意を得た上でです。
その先生達がみんなの前でそれを公表したりすることはもちろんありません。

自分の行動も省みないといけません。
私の授業でも他の先生のことが話題になることがあります。
冗談のレベルでの話しが多いですが、やっぱりいけないことなんですよね。
時々、自分でも「これ、よくないよなあ」とか思いつつ、そうゆう話題にしてしまうことがあるんです。
反省。

でも、他の先生が間違っていることを教えていたりする場合は、私ははっきりと否定して学生に直させます。
誰が何と言っても間違いは間違い。
日本人の日本語教師の方に聞いたら「そうゆうときは遠まわしに・・・」なんて言ってましたが、私ははっきり言います。
それは間違うほうが悪いのだから。

でも、ダメダメ!
もっと自己反省しないと・・・

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日本語教師の仕事 

2008年05月25日

dba90d48.JPGユーロヴィジョン2008、優勝者ジーマ・ビランです。
歌はうまいし、パフォーマーとしても一流。
日本に行って、売れたりして。
いや、いけるんじゃないかな、と思ったりする。

akiravich at 07:29コメント(4)トラックバック(0) 
日記 
72708e7f.JPG今日はヨーロッパの歌謡コンクール「ユーロヴィジョン」の決勝です!
リアルタイムでこの投稿を書いています!

今年の会場はセルビアの首都ベオグラード。
前年の優勝者が出た国が会場になります。
そして、前年の5位までに入賞した国は、次の年はシードされて予選に出なくてもいいという決まりです。

残念ながら、ベラルーシ代表は予選で落ちてしまったけど、他の国を応援します!
普通、ベラルーシ人、ウクライナ人、ロシア人はお互いの国を応援するんですよ。
審査は国ごとで、国によって、視聴者の投票だったり、審査員が決めたりするんですけど、ベラルーシのテレビ番組では「ウクライナに投票しよう!」と言ってました。
それは自国には投票できないからです。
でも、これって、よくないんじゃない?
純粋にその歌を評価しないといけないと思うんですけど。

1.ルーマニア Nico & Vlad Miriţă "Pe-o margine de lume"
う〜ん。別に。

2.イギリス Andy Abraham "Even if"
40台の男性歌手で、昔はごみ収集の仕事をしていたんだとか。
ちょっとスタイルが古臭いなあ。
うまいと言えば、うまいかな。

3.アルバニア Olta Boka "Zemrën e lamë peng"
若いなあとは思っていたけど、この歌手、まだ16歳!
しなやかでのびのある声。
でも、今日はちょっとうわずっちゃってて、おしい!
それでも、僕達の一押しです。

4.ドイツ No Angels "Disappear"
ダメ! 何でこんなのが出てきたの?!
ちょっと歌のうまいギリギ○ガールズ、そして、ギリギ○ガールズほどきれいではない。

5.アルメニア Sirusho "Qele-Qele"
予選のときのほうがよかったなあ。
20歳で、もうアルメニアでは人気のある歌手なんだそうです。
リズム感があって、オリエンタルな曲。

6.ボスニア・ヘルツェゴビナ Elvir 'Laka' Laković "Pokusaj"
わざと音程をはずしたりしていて、なんだろうな〜
こうゆう変化球はコンクールには合わないでしょ。

7.イスラエル Boaz Mauda "Ke'ilo kan"
筋肉ムキムキの若い男性が歌ってます。
声に力がないなあ。
若いんだから元気出せよ!
民族っぽいメロディーはいいけどね。

8.フィンランド Teräsbetoni "Missä miehet ratsastaa"
この大会、唯一のハードロック。
意外とこうゆうのが優勝しちゃったりするんですよね。
2年前だったかな、ユーロヴィジョンで優勝したのがフィンランドのヘビーメタルバンド。
特殊メイクで顔の原型がわからないほど。
怪物が歌っている感じで「このグループが上に行くことはないだろう」と思っていたら、優勝。
でも、今年のグループはそれよりはおとなし目。

9.クロアチア Kraljevi Ulice & 75 Cents "Romanca"
歌っているのは40代のおじさん。
その周りで動き回り、叫んだりしているのは75歳のおじいさん。
シャンソンぽいメロディーがいいねえ!
かなりいけてます。

10.ポーランド Isis Gee "For life"
いんちきセリーヌ・ディオン。

11.アイスランド Euroband "This is my life"
男性と女性のデュエット。
男は上手。
声もいいし、音程もいいし。
女性のほうがいまいち。
声は力強いけど、音程が悪い。
しかも、男はスタイルがいい男前なのに、女の子の方は冷蔵庫っぽい。
R.シュトラウスのオペラを見たとき、ジェシー・ノーマンがキスをしていて、相手の男役の2倍ほど顔が大きかったことにショックを受けたときの印象に近い(マニアック?)。

12.トルコ Mor ve Ötesi "Deli"
男性のバンド。
リリックなロックでいいね。
顔が濃すぎるよ。
藤○弘に黒のヘルメットをかぶせた感じ。

13.ポルトガルVânia Fernandes "Senhora do mar"
水晶玉を前に占いしていそうな女性。
アイスランドの子も体格よかったけど、こちらのほうが冷蔵庫の親玉。
声はいいけど、歌が暗いよ。

14.ラトビア Pirates of the Sea "Wolves of the sea"
コミックバンドか!
海賊ファッションが人をバカにしてる感じ。

15.スウェーデン Charlotte Perrelli "Hero"
この女性歌手、9年前にもユーロヴィジョンに出て、優勝してるんだって。
顔は火星人っぽいかな。
目がつりあがりすぎ。

16.デンマーク Simon Mathew "All night long"
日焼けしていて、デンマークっぽくないなあ。
声はいいけど、田舎っぽい感じ。

17.グルジア Диана Гурцкая "Peace will come"(ヂアナ・グルスカヤ)
歌が暗い!
音程も悪いなあ。
でも、曲の途中に舞台を白い布が覆いつくして、それが取れたとき、黒い服が白い服に変わっているのには、紅白歌合戦のモーニ○グ娘。も真っ青です。

18.ウクライナ Ани Лорак "Shady lady"(アニー・ロラク)
これはいい!
予選のときより、リズム感も音程も良くて。
衣装がセクシーで、ピンクレディーのもっとすごいやつ。
これは優勝しそうだなあ。

19.フランス Sébastien Tellier "Divine"
フランス人なのに、英語で歌うという暴挙!
これはフランスでかなり批判を受けたらしい。
ひげ面の男で、プロレスラーのネクロ・ブッチャーにそっくり。
歌はいまいち。

20.アゼルバイジャン Elnur Hüseynov & Samir Cavadzade "Day After Day"
なぜオペラ!? なぜカウンターテナー?
黒い服を着たロックっぽいのが悪魔。
白い服を着たカウンターテナーが天使。
アイデアは面白いが、声が全く溶け合っていない。

21.ギリシャ Maria Kalomoira Saranti "Secret combination"
これはブリトニー・スピアーズだ!

22.スペイン Rodolfo Chikilicuatre "Baila el chiki chiki"
やる気あんのか!
ひげ面のルパン3世がおもちゃのギターを持って、ふざけた歌を歌っている感じです。
ちゃぶ台 ひっくり返そうにも ちゃぶ台がない悲しさ(字余り)

23.セルビア Jelena Tomasevic "Oro"
ホームタウンの歌手だから、歓声が大きいね。
特に印象なし。

24.ロシア Дима Билан "Believe"(ジーマ・ビラン)
2年前に続いて二度目の挑戦。
もうちょっと声に力があればいいんだけどなあ。
歌そのものはいいんだけど。
バイオリニストとフィギュアスケートの有名選手、エフゲニー・プルシェンコが花を添える。
プルシェンコ、スピンしまくって、歌手を食いそうになってるけど、結構面白い。
ビランも上半身、服がはだけてアピールしまくり。
なかなかいいかな。

25.ノルウェー Maria Haukaas Storeng "Hold on be strong"
いい歌だなあ。
女性の歌手がいい感じだ。
いい声してるよ。

さあ、投票開始!
僕とベロニカちゃんはショートメールで投票。
結果の発表がまた長いんだよね。
一つ一つの国から生中継で各国のランキングを発表。
1位=12点、2位=10点、3位=9点・・・
その得点の合計で順位が決まります。

現在、ロシアがトップ!
エストニアがロシアに12点をあげたのは、現在の政治的状況から考えて、かなりすごいこと。
ライバルはギリシャとトルコだ!

投票の4分の1が終わって、ロシアは2位。
まだまだわからないぞ!

中間結果はロシア130点、ギリシャ123点。
3位のアルメニアは80点台。
ロシアとギリシャの一騎打ちだ!
ロシアがこのまま逃げ切れるか。

開票4分の3が終わって、ロシア196点、ギリシャ179点、ウクライナ153点!
このままいけ!

ロシアが勝てそう!
リトアニアもロシアに12点!

ロシアが272点で優勝!
ジーマ・ビラン、ついにヨーロッパのトップに!
2位のギリシャに大差をつけての優勝。
ビランはユーロヴィジョンに参加する前に、プロデューサーと揉めて、芸名を使わせないとか、加勢○周並み(スケール小さい?)のスキャンダルがあったのです。
それでも、ビランは負けないで、がんばったのです!
おめでとう!

それにしても、各国の得点のつけ方があからさまで笑えました。
というのは、自分の隣国や仲のいい国にはいい点をつけ、仲の悪い国には隣りにある国でも1点もあげないという感じで、露骨だったんですよ。
ロシアが点数を稼いだのは、旧ソ連諸国。
グルジアとアゼルバイジャン以外の国では、軒並み12点を稼いでました。

今、ベラルーシのテレビ局ではユーロヴィジョンの総括を放送中。
生放送のスタジオには、僕の友人キリチェンコさんが!
眠そう・・・だって今、夜中の1時25分だもん。

長い投稿でごめんなさい。
興味のない人にはつまらない内容ですよね。
歌を聴いて見たい人はhttp://eurovision.by/rus/multimedia/を見てください。
ロシア語ばかりなので、わかりにくいかもしれませんが、mp3と書いてあるところをクリックすれば、聞けるはずです。

実は大人のユーロヴィジョンの他に子供のユーロヴィジョンがあって、子供のほうではベラルーシ代表は二回も優勝しているんですよ。
子供のほうも、優勝した国が次の年のホスト役をやるのが慣習なんだけど、ベラルーシでは金銭的に問題があって、断っているんですね。
大人もがんばろう!

akiravich at 07:25コメント(0)トラックバック(0) 
日記 

2008年05月24日

0753b2b8.JPG今日はお休み!
朝、8時ぐらいに目が覚めちゃって、30分ほどインターネット。
そのあと、またベッドに入り12時まで熟睡。
いやあ、こんなの久しぶり!

それから、ベロニカちゃんと一緒に溜まりに溜まった通信教育の仕事を片付ける。
何気なくテレビをつけると、ニュースやってて。
今、ミンスクでCIS独立国家共同体の首相が集まって会議やってるんですよ。
で、その会場があのベラルーシ国立図書館。
うちの近くじゃん!
プーチンも来てるし。
翻訳会社に給料をもらいに行く用事があって、外に出てみると秘密警察の人たちがそこここに。
あの巨大な図書館を見ながら「今、俺とプーチンの物理的距離は150メートルぐらいだぜ!」と、楽しい気分に。

翻訳会社で給料をもらってから、学生達の劇「夕鶴」をやることになる会場を下見。
これは僕の友達の俳優、ジーマ・ラチコフスキーのお母さんの紹介。
お母さんが何をやっている人か、知らなかったんだけど、実はお母さんも学生を集めて劇をやったりしてるんです。

建物は「青少年芸術センター」という所。
練習用の部屋を劇のために提供してくれるという。
写真を見てお分かりだと思いますが、舞台などはなく、照明も何もありません。
でも、ここだったら、面倒な書類の手続きも要らないし、気を使わなくてすみます。
しかし、どうやって劇を作ろう・・・
劇の最後に鶴が飛び去る場面があって、それをどうしたもんか。
アイデアを練らないとダメだなあ・・・

実は今、一つ新しいアイデアがあって。
もう一つブログを始めようと思うのです。
それは「ベラルーシニュース」。
ベラルーシ国内のニュースを日本語に翻訳し、日本の皆さんに知っていただくためのブログです。

西側や日本でのベラルーシに関する報道を見ていると、政治的なもの、否定的なものに限られているじゃないですか。
それって、僕はすごく不満。
確かにいろいろ問題はありますよ。
でも、ベラルーシがどんな国かは、外側からのニュースを見ただけじゃわからないんですよ。
「ベラルーシは悪い国」みたいな論調が多いのは、正直、腹が立ちます。

それに、他の国はそんなにすばらしいんですか?
(これって、ベラルーシ娘の逆ギレコペルニクス的発想! 自分の事を顧みず、他の人の悪いところを責めるという常套手段!)
例えば、ウ○ベキ○タン。
僕は短い期間ながらも住んでいたことがあるので、よくわかります。
町を歩くのも怖かったですよ。
警官がうようよしてて、それが評判ものすごく悪かったんですよね。
それに大○領だって、超独○だし・・・(これ以上書けません)
結局、いい国か悪い国かは、アメリカに気に入られているかどうかで決まるのでしょうか。
中央アジアの国々はアメリカがアフガニスタンと揉めてた時、基地を提供してたりしたじゃないですか。
そうゆう国が独○だったりするのは、眼をつむっちゃうんですか?
それに、日本はそんなに素晴らしい国なんですか?
問題が全然ない国なんですか?
(この理不尽な論理の展開! おお! 俺はすっかりベラルーシ人になってしまったらしい!)

ベラルーシに一度でも来た事がある人なら、この国が穏やかで心優しい人が多い国であることがお分かりかと思います。
僕はこの国に惚れ込んでいるのです!
どこの国にでも問題はあるでしょう。
確かに、この国の問題には、僕自身、突き当たることは多いですよ。
でも、だからと言って、この国全体が悪いとは思いません。

新ブログ「ベラルーシニュース」は6月1日に始めたいと考えています。
「はぐれミーシャ」がひねった名前なので、ニュースは普通の名前にします。
毎日更新というわけにはいきませんが、できるだけ頻繁に政治、経済、文化、幅広い話題をカバーできるようにしたいです。
まあ、一日一つの記事が目標ですね。
夏休み中は問題なく続けられます。
でも、9月に大学が始まったら、かなりきつくなるでしょう。

それでも、僕はやります!
お楽しみに!

akiravich at 03:34コメント(2)トラックバック(0) 
夕鶴 

2008年05月23日

14032a73.JPG現在、「ユーロヴィジョン」の予選二日目が放送中。
「ユーロヴィジョン」というのは、ヨーロッパの歌謡コンクールのようなもの。
ヨーロッパの国が一カ国一組の代表を出し、その中のチャンピオンを決めようというもの。
最初に2日間の予選があり、土曜日に本選があります。
この大会にはあのT.a.t.Uも参加したことがあります。
確か第二位だったような・・・

ベラルーシでは国を挙げての大行事。
国を代表する歌手が参加します。
でも、他のヨーロッパの国ではそれほど盛り上がっていないのかなあ。
フランスとかイギリスなんかはやる気がないのか「もっとレベルの高いのがいるだろうに」という感じの歌手が登場します。

さあ、今年のベラルーシ代表はРуслан Алехно(ルスラン・アレフノ)。
うーん、ベラルーシ国内の予選「ユーロフェスト」で、彼の歌を聞いたんですが・・・
音程、悪すぎ!!!
あまりにもひどくて、これはダメだろうと思ったら、優勝!
Гюнешь(ギュネシュ)という女性歌手がいて、かなりいい声をしていたので、彼女が優勝だろうと思っていたんですよね。
そしたら、アレフノが優勝。
バックにあのパクリ大魔王フィリップ・キルコーロフがプロデューサーとしてついていますからね。
ちなみに、アレフノは身長が低く、見栄えがしない感じです。
歌手としてもパフォーマーとしてもレベルが低いのに、スーパースター並みにかっこつけてるので、いい感じはしません。

さて、僕達の印象に残ったのが、アルバニアの女性歌手Olta Boka。
絶叫系の歌手が多い中で、彼女のリリックな歌声は際立ってました。
力強いわけではない声、むしろか細いとでも言いたくなる声。
しかし、どこまでも深みのある声。
かなり若い歌手のようですが、これからが楽しみ。
アルバニア語だったのも、非常に好感が持てました。

ヨーロッパの人にアピールするために英語で歌う歌手が多くて、辟易します。
自分の国の言葉で歌えなくて、どうするんだよ!!!
誇りを持って、自分の国の言葉で歌えよ!

そして、ベラルーシ代表、アレフノ。
かなりびびっているのが、画面を通してもわかる。
震えてるんだもん。
他の国の歌手は堂々としてますよ。
いつもの音程の悪さが際立っているかな。
歌詞の中にある「ベイビー」という言葉が無感情で。
こうゆう言葉はナルナルのナルシスト系で発音しないとダメでしょうが!
曲もパッとしない。
曲のタイトルは「Hasta la vista」。
スペイン語?
あんた、ベラルーシ人だろ!!!

他に目立った国を挙げましょう。
クロアチア。
おじさん歌手と75歳のおじいさんのコラボレーション。
かなりいけてましたね。

ウクライナ。
うーん、あれはどうだろう。
歌ったのはАни Лорак(アニー・ロラク)。
声はハスキーで、超セクシーな衣装。
でも、あれは売春宿のおもむき。
あれはやりすぎかな。

グルジア。
Диана Гурская(ヂアナ・グルスカヤ)は、目が不自由な歌手。
よほどユーロヴィジョンに出たかったらしく、いろんな国から出ようとしてたんですよね(都合よく選挙区を変える政治家みたい)。
ベラルーシの予選にも出たことがありましたね。
でも、あえなく落選。
今年はグルジアから。
もともとグルジア人だからね。
でも、音程悪し。

マルタ。
名前はMarena。
歌が彼女に合っていない。
無駄にハイテンション。
「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!」
コタニキンヤか、っちゅうの!

さて、全ての歌が終わり、投票開始。
国ごとにランキングを決め、その総合で結果を決めます。
国によって、ショートメールや電話による投票と、審査員による決定とわかれているようです。
自分の国の歌手には投票することは出来ません。
僕達はアルバニアとクロアチアに一票づつ入れました。

結果、出ました!
アレフノ、予選落ち!
いやあ、あれはよくなかった。
ベラルーシ代表になったときに、わかっていたことでしょ。
ちなみに、ユーロヴィジョンの決勝に出られなかった歌手、ベラルーシではもう未来はないでしょう。

予選通過はウクライナ(トップで通過!)、クロアチア(あの渋いおじいちゃんが最高!)、グルジア(何で?)、トルコ、スウェーデン、ラトビア、ポルトガル、アイスランド、デンマーク。

土曜日はベラルーシ代表は出ませんが、アルバニアを応援しますよ!

あんなに長い投稿書いたのに、また書くのか!と我ながら驚く。
うちの父親が「毎日あんな長い文章書いて大丈夫なのか?」と心配するのも無理はありません。
別にがんばっているわけじゃないんですけどね。
自分がここで「生きてる」という証が欲しいんでしょうね。

akiravich at 06:10コメント(4)トラックバック(0) 
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