2008年07月

2008年07月31日

今日は9月からうちの大学で一緒に働く日本人の同僚の方をうちに招待して、いろんな話をしました。
もちろん、食べたり飲んだりしながらです。
とても話しやすい方で安心しました。
一緒にブレスト、行きましょうね!

今日はもう一つ、とてもうれしいことがありました。
私は毎日、いくつかのブログを読んでいます。
だいたいがプロレス関係です。
例えば、新日本プロレスでリングアナをしていたケロさんのブログ。
女子プロレスのホープ、風香選手のブログ。
そして、私もうちの奥さんもファンなのが元プロレスラーSUWAさんのブログです。

そのSUWAさんのブログでコメントを書いたのですが、御返事を頂きました!!!
いやあ、うれしいですね。
心のこもったお返事で、感激してます。

SUWAさんはプロレス界を引退後、一年間世界一周の旅に出て、それから銀座にBAR「鮑 I wanna be …」というお店をオープンさせました。
行ってみたいなあ。
SUWAさんの日常が見られるブログ、毎日見ています。
そこにでてくる、SUWAさんの飼い犬「スッポンさん」が最高にかわいくて。
うちの奥さんはスッポンさんの大ファンです。

SUWAさんのプロレス、私は生で見たことはないんですよね。
闘龍門時代は週刊プロレスなどでその活躍は知っていましたが。
私がSUWAさんのファイトを初めて見たのは、彼がNOAHでファイトするようになってから。
両親が送ってくれるビデオにNOAHの中継が入っていて、それで見たのが最初です。
うちの両親も全てのNOAH中継をチェックしているわけではないので、SUWAさんが出ている試合の映像は4、5試合だけです。

でも、すごく印象に残っています。
まず、そのNOAHに一人で切り込んでいったところがすごい。
勇気とか、そういうことじゃない感じですね。
やりたいことをやるという意志。
私も感じるところがあります。

ヒールなんだけど、憎めないキャラクター。
NOAH最後の試合の6人タッグ。
ブルーボックスで全員を殴りつけたところなんか、僕、思わず拍手しちゃって、うちの奥さんがびっくりしたほど。

お店に絶対行ってみたいです。
でも、銀座だしなあ・・・
何か腰が引けます。
でも、行くと思います・・・

私、本当にプロレスが好きなんです!
ベラルーシの学生とかに時々、見せていますよ。
中には拒絶反応を示す人もいますが、すごくおもしろいと言ってくれる人もいますね。
いつかお金持ちになって、日本からプロレス団体を呼べたらいいなあ、なんて思っています。
「○○プロレス・ベラルーシ興行」
いいじゃあ〜りませんか!!!
まあ、夢のまた夢ですけど、夢を見る力、私は大事だと思ってます。

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日記 | プロレス

2008年07月30日

気持ちよく疲れているはぐれミーシャです。

今日の夜、ちょっと用事があって、うちの大学の学生、アリーナちゃんのうちへ行ってきました。
彼女の両親とお話しがあって、私のほうから「ご両親とお話ししたいんだけど、今日の夜、うちへ行ってもいい?」とアリーナちゃんに聞いたんですよ。
そしたら、OKということで行ったのですが・・・

アリーナちゃんに地下鉄の駅まで迎えにきてもらい、二人で彼女のうちにつくと、ご両親が出迎えてくれて。
で、その玄関からすでに見えるんですよ。
客間に並ぶ料理の数々!
ちょっと予想はしていたんですよね。
ベラルーシに限らずロシアでもそうでしょうけど、誰かのうちに行った場合、ただ話しをして帰ってきました、なんてことにはなりません。
必ず「飲み食い」がついてきます。
私のほうから「行ってもいいか」と言ったのに、ご両親のほうが気を使ってくれて・・・
気が引けます。
でも、食べます。

アリーナちゃん、私がビール好きだという情報をご両親に漏らしていたのか、生ビールを買ってきてくださったようで。
そして、鳥の手羽先とシャシュリク(バーベキューのようなもの)、サラダ、ピッツアなど、わざわざ用意してくださったようで、非常に恐縮しました。
気が引けます。
でも、食べます。

私が働いているのはベラルーシ国立大学。
やはりこの国ではステータスが高いんですよ。
東○大学の先生がうちに来ることを想像してください。
アリーナちゃんの御両親、特にお母さんが緊張していたのも無理はないことです。
まあ、私は見た目的にもそんなに偉そうな感じがするタイプではないので、徐々に打ち解けていきましたが。

お父さんは楽しい人。
仕事はデザイン関係の仕事をしていて。
服などではなく、いろんな商品のイラストを描いているようです。
見た目が画家のダリっぽい。
とても話しが好きなお父さん。

19時にうちに着いて、結局、帰ったのは22時半。
だいぶ遅くまでいましたが、帰るタイミングというのが、なかなか図れなかったんですよ。
京都とかだとなんかあるんですよね。
よく覚えていないですけど、お茶漬けを進められたら帰る潮時だという話を聞いたことがあるようなないような。
ベラルーシではお酒を飲むときは、最後にお茶とお菓子でしめるのが普通。
「じゃあ、そろそろお茶にしましょうか」と言う時は、その飲み会が最後の段階に入ることを意味します。
「帰れ」という意味じゃありませんよ。
「お酒はもう終わり」という意味です。

今日はお茶が出てきて、お母さんが料理を片付け始めました。
もう帰らなきゃとは思っていたんですけど、お父さんが絶好調で、一緒に飲み続けました。
テーブルの上にはどこの国のかよくわからないお酒とグラスのみ。
で、最後の一杯を飲んで帰りました。
そういうときの一杯、別れのときやパーティーの終わりのときに飲むのを「на посошок(ナ・パサショク)」と言います。

今日は気持ちよくおいしいお酒を飲めましたが、そうじゃないときもあります。
例えば、自分の話ししかしないで、人の話を全く聞かない人。
そういうの多いです。
「私は○○大学で学んで、そのときは○○教授に習ったんだけど・・・」という自伝を延々と聞かされます。
もっとひどいのは家族の話を延々とする場合。
「うちのひいおじいさんは○○という町で○○として働いていて・・・」というパターン。
それを聞いてどうしろっちゅうねん!
家系図が作れそうなほど詳細な情報を一時間にわたって聞かされたこともあります。
あと多いのが、戦争の話。
私はそういう話を聞くのは結構好きなんですけど、人によっては全然話しが面白くなかったりするんですよ。
だって、みんながみんな、話が上手なわけじゃないですよね。
上手にお話しをしてくれる人の場合は面白いですよ。
そうじゃないと、ちょっと辛いです。

でも、今日はかなり楽しかったですね。
アリーナちゃんはすごいユーモアがあって、他の人とは違った独特のセンスの持ち主なんですが、その源がどこにあるのか今日は知ることが出来ました。

基本的にベラルーシ人は非常にお客さんを迎えるのが好きです。
「ちょっとうちに寄っていってください」なんて言われて、ちょっと寄るだけのつもりでうちに入ると、そこには手作りの食べ物が並んでいることがあります。
そんなときは遠慮なんかしないで、飲んだり食べたりするのが正解!

明日は私がうちに日本人のお客さんを迎えます。
料理を作るんですけど、明日は話がメインなので、料理はほどほどに。

それにしても今日は楽しかった!

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ベラルーシ人 | ベラルーシの生活

2008年07月29日

a40d9fd5.JPGついにこのブログの訪問者数が5000人を突破しました!
すごーい!
10000人目指して、がんばります!

今日、やっと翻訳のチェックの仕事を終わりました!
長かった・・・

今日のテーマはカシスです。
実は昨日の夜、アニメグループの授業に来ている15歳の女の子、ダニエラちゃんがカシスのおすそ分けをしてくれたんです。
ダニエラちゃん一家がみんなで田舎に行って、摘んできたんですって。
ベラルーシではすごくたくさん採れるんですよ。
ダニエラちゃんのお母さんが「一年間、うちの娘がお世話になったから」ということで持ってきてくれたんですが、その量が半端じゃない!
14ℓのバケツに入れてもらったのですが、10ℓ分のカシス。
おすそ分けというレベルを超えてます。
ベラルーシでは普通のこと。
それぐらいカシスがたくさんあるということです。

さて、これをどうしようかということなんですが。
もちろん、生で食べてもよし。
でも、ちょっと酸っぱいかな。
僕は酸っぱいの大好きだからいいけど。

生だと、食べても食べても減らないですよね。
でも、2、3日しかもたないんですよ。

なので、普通はジャムにしたりします。
それはかなり大量の砂糖を加えて煮るのですが、保存食なのでフレッシュな感じはなくなりますね。

私たちが好きな食べ方は、カシスをフードプロセッサーで半分つぶし、そこに砂糖を加え、それをそのまま食べるというやり方。
皮も種もそのまんまなので、栄養たっぷり。
砂糖の量はお好みで。
私たちは砂糖少なめでやりました。

当然、あまるので、あまったのは冷凍庫へ。
来年の春ぐらいまではもちます。
冬のビタミン不足のときに食べるんです。
うちのベロニカちゃんはパンにのせたり、お茶と一緒に飲んだりするそうです。

そうそう、よく「ロシアンティー」って言いますけど、お茶にジャムを入れることってあんまりないですね。
普通はお茶にジャムが添えられていても、それを食べながらお茶を飲むのが普通で、中に入れたい人は入れてもいいけどという程度のもの。
だから、必ずジャムを入れるとは思わないほうがいいです。

今回はもう一つ違う方法もやってみました。
フードプロセッサーでつぶしたものを粗い布でこし、それを冷凍するのです。
アイスクリームみたいになるそうです。

ちょっとインターネットで調べてみたんですが、「日本カシス協会」というのがあるそうで。
そのサイトによると、カシスはオレンジの3倍のビタミンCを含み、ポリフェノールが大量に含まれているんですね。
目にもいいそうです。
日本では青森県で栽培されているようですね。

カシスと言えば、カシスソーダ。
よくフランスのクレーム・ド・カシスを買って、うちで飲んでいたなあ。
目白駅の近くにすごく品揃えが豊富な酒屋さんがあって、そこで売っていたのがものすごくおいしかった。
こちらではカシスのリキュールというのは聞いたことがないですね。
作ればいいのに。
カシスをウオッカに入れて、カシスウオッカというのを作っている人はいるようです。
ワインのようにしている人もいるようです。
うーん、飲んでみたい!

カシスはロシア語でсмородина。
これを辞書で調べると「フサスグリ」と書いてあります。
その「フサスグリ」をインターネットで調べると、赤い実のスグリの写真が出てきます。
いわゆるカシスは「クロスグリ」。
訳語が混乱してますな。
ロシア語のсмородинаは、普通はクロスグリのほうを指すそうですが、アカスグリのことも指すそうです。

ちなみに、ダニエラちゃんって、かわいい名前ですよね。
ダニエラちゃん自身もかわいい感じの女の子です。
自分でマンガを書くのが好きで、日本でマンガを描く勉強をしたいんですって。
「ダニエラ」という名前を聞くと、私はテニス選手の「ダニエラ・ハンチュコワ」をイメージします。

とにかく、仕事が終わってよかった!
カシスをたくさん食べて、元気になろう!

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ベラルーシの食生活 

2008年07月28日

f8233c85.JPGふーっ、冷凍しておいたカレーを食べ過ぎて、死にそうになっているはぐれミーシャです。

今日はコメント欄に書かれた御質問に答えてみたいと思います。
実は「ベラルーシでの日本車の値段はいくらですか?」という質問を頂いたんです。
なので、今日はベラルーシでの車の値段をご紹介したいと思います。

正直に言っておきますが、私は車には全く興味のない人間なので、詳細な情報などは書けませんのであしからず。
どうして車に興味がないのかというと、子供の頃、交通事故に遭って、まあ、嫌いというわけではないんですが、特に好きではないということです(4月20日の投稿「ベラルーシの車事情、あるいは僕と車の微妙な関係」をご覧ください)。

ミンスクにはトヨタのサービスセンターがあります。
今日の写真はそのサービスセンターです。
他の日本の車会社のセンターはありません。
ベロニカちゃんの実家の近くにドカンと大きい建物が建てられ、オープンしたのは2006年12月14日。
ごく最近のことです。
そのサービスセンターのサイトにある値段を書いてみます。

そこでのトヨタの車のお値段は!
RAV4が一番安いもので、29750ドル、つまり約318万円。
何か2ℓがどうこうと書いてあります。
車音痴の私には意味不明。
RAV4の一番高いもの(2.4ℓ)が36100ドル、約386万円です。
日本のトヨタのホームページを見たのですが、この車、一番高いのでも、200万円台ですね。
ベラルーシではいかに高いかがわかると思います。

さて、中古車です。
RAV4で比較をしてみましょうか。
2001年のもので、14999ドル、約160万円です。
聞いたところによると、ベラルーシではRAV4は人気があるのだそうです。
でも、この値段では普通の人は手が出ませんね。

他のトヨタ車を見てみましょう。
最初に新車。
カローラは17750ドル〜23200ドル(約190万円〜248万円)
カムリは27900ドル〜37700ドル(約298万円〜403万円)

次に中古車。
中古車のサイトを見ていて最初に目に付いたのが、カリーナE1.8。
1997年の型で、5600ドル(約60万円)。
安っ!
でも、よく見たら事故車。
写真を見ると、前の部分がぐっちゃりつぶれてる。
誰が買うんだ?!

トヨタのアベンシス・セダン。
1999年のもので、8500ドル(約90万円)。

今回、トヨタのことばかり書いているのは、たまたまです。
うちの親もトヨタばっかり乗ってるし。
こちらの人に「日本車と言えば?」と聞くと、真っ先に名前が挙がるのがトヨタなんです。

他の日本車も見てみました。
スバルのレガシー(1993年)が3400ドル、約36万円。
日産のプリメーラ(1994年)が3600ドル、約39万円。
ホンダのシビック(1998年、ワゴン車)が6900ドル、約74万円。

ベラルーシでは一般庶民は中古車を買うことが多いです。
日本車もこれだけ安いのがあるわけですから、他の車はもっと安いということ。
日本の会社の新車を買えるのは一握りのお金持ちでしょうね。
ちなみに、日本車以外で人気があるのはやはりBMWやフォルクスワーゲンです。

こんな感じで、いかがでしょうか?
車がわからないなりに、がんばって調べてみました。

ベラルーシに関係のあることで御質問がありましたら、私がわかる範囲でお答えいたします。
どしどしコメントをお送りください!

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ベラルーシの生活 

2008年07月27日

81ec50e4.JPGこの写真、見てくださいよ!
3日ほど前にうちの近くで撮ったんですが、このペットボトルの山!

別にペットボトルが捨ててあるのは普通じゃないかと思われるかもしれません。
でも、この青いゴミ箱に書いてある言葉。
бумага(紙)と書いてあるのです。
日本だったら、考えられないですよね。

ベラルーシではゴミの分別はほとんどしません。
ミンスクでは地域によっては、いくつかの種類に分かれたゴミ箱に出会うこともあります。
「プラスチック」「紙」「ガラス」などに分かれています。
そういうゴミ箱があるところでは、分けて捨てる人が多いようですが、他のところでは全部一緒に捨てています。
うちの地域にもペットボトル用のゴミ箱があるだけで、他のものは全部一緒です。

缶もビンも電池も生ゴミも全部一緒。
楽といえば楽ですが、ちょっと心配になります。

日本語の中級のテキストなどでは、よくゴミの問題が扱われます。
で、私が学生たちに「ベラルーシではゴミはどうしているんですか?」と聞くと、みんなの答えは「わかりません」。
こちらではゴミ問題に対する意識は薄い、というか全く考えていないという感じです。
学生に聞いても、焼却しているのか、ただどこかに捨てているのかしているのかすらわからないのです。

私がよく聞く話しでは・・・
1.ミンスクのはずれのほうの地区にゴミ捨て場があるらしい
2.そのゴミ捨て場もいっぱいで、他のところにゴミ捨て場を作るらしい。
3.焼却はせず、そのまま捨てるだけ
と聞いています。
何とか調べないといけないですね(国家機密とかじゃなければ・・・)。

ゴミの日はありません。
大体うちの前や近くにゴミを捨てるコンテナがあって、そこに好きなときに捨てるだけ。
それを週に一回か二回、ゴミ収集車が回収に来るんです。

リサイクルとかしているらしいんですけど、確かな情報はありません。
プラスチック製品の再利用は行っているようですが、他のものに関してはよくわかりません。
これは調べないと!

今日は授業がひとつだけ。
その代わり、翻訳をしたり、翻訳のチェックをしたりとなかなか忙しい一日でした。

このブログにはベラルーシのいろんな情報を書きたいと思っています。
9月に授業が始まると、どうしても授業や学生の話が多くなってしまうので、休みのうちにベラルーシの観光地のことやいろんなことを書きたいと思っているのですが、なかなか時間がとれませんね。
皆さん、何か知りたいこととかありますか?
今のうちならリクエストにお答えできると思いますので、ぜひコメントをいただければと思います。

日本語の仕事は7月31日まで。
8月は基本的に休みにします。
ブレストに行く計画があります。
そして、ベロニカちゃんのおじいさんとおばあさんのうちに行かないといけないんですよ。
私、まだ会ったことないんです。
ミンスクからは行くのが非常に困難な、ものすごい田舎の村に住んでいるので、なかなか行けないんですよ。

その村、住民は30人ほど。
超小さい村なので、私のような外国人が行くとパニックになるかも。
実際、おじいさんとおばあさんは自分の孫が外国人と結婚すると聞いたとき、非常に警戒したそうです。
ソビエトの時代は「外国人はみんなスパイ」「資本主義の国から来た人間は悪い人たち」という考え方がありましたから、それが意識の中に残っているらしいんですね。
でも、今は二人とも私に会ってみたいと言っているそうです。
去年から何度かテレビに出たのを見たらしくて、村の中でもちょっと鼻が高かったらしくて。
やはりテレビの影響力はすごい・・・

あとはいくつかパーティーをやらないといけません。
これは友達を招いてというよりは、顔つなぎの意味合いが強いかな。
知り合いの女優さんとか俳優さんとか、あとはベラルーシ在住の日本人の人も招待したいし。

夏休みって言っても、忙しいなあ。
8月は気合を入れて休むぞ・・・

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ベラルーシの生活 

2008年07月26日

c3f6482a.JPG今日はベロニカちゃんの妹を初公開!
名前はマーシャちゃんです。
まだ21歳です(ちなみにうちの奥さんは24歳)。
美容師をやっています。

今日は私の髪を切ってくれました。
この写真の頭は私の頭です。
身内なので、もちろん無料。

今日、マーシャちゃんが来たのは、私の髪を切るためというのもあるんですけど、新しい彼氏と一緒にうちに遊びに来たんですよ。
みんなで私が作った料理を食べました。

この写真のマーシャちゃんは仕事中なので、非常にまじめな顔をしていますが、実際はとても楽しい子です。
しょっちゅう髪の色が変わるので、その変化についていけません。

うちのベロニカちゃんと似てますかね?
周りの人も私も非常に似てると思うんですが。
見た目よりも、ちょっとした仕種がそっくりです。

でも、性格は正反対。
うちのベロニカちゃんはおとなしくて、うちにいるのが好きなタイプですが、マーシャちゃんは好奇心が強くて、どこにでも積極的に出て行くタイプ。
マーシャちゃんはリーダーシップがあるタイプで、うちのベロニカちゃんは人の言うことに従うほうが楽だというタイプ。
ここまで違うと、驚きです。
まあ、私もうちの兄貴とは見た目は似ているけど、性格はかなり違うんで。

実はベロニカちゃんとマーシャちゃんのツーショットの写真を載せたいと思って、写真を撮ったのですが、何度撮ってもいい写真にならなくて。
うちのベロニカちゃん、写真写りが悪いというコンプレックスを持っておりまして。
実際、写真の顔がへんちょこりんになっちゃうことが多く、「普通にしてよ!」と私が怒ると、「これでも普通にしてるつもりなんだけど・・・」とベロニカちゃんはしゅんとします。
二人のツーショットはまた今度。

私の知り合いの人たちもベロニカちゃんの写真を見たことはあるでしょうけど、妹の写真は見たことなかったでしょ?
普通、結婚すると、奥さんの妹も「妹」って呼ぶんですかね?
ベラルーシではそういう呼び方をすることはあまりないそうです。
っていうか、私もマーシャちゃんを「妹」と呼ぶのは変な感じなので、普通に名前で呼んでます。

今、アイリッシュウイスキーの「タラモア・デュー」を飲んでいます。
人にもらったんですけど、正直、好きなウイスキーじゃないんですよね。
軽すぎるというか。
今日は最初にビールを飲んで、そのあと「タリスカー」に移行して、それから「タラモア・デュー」ですから。
「タリスカー」が残り少なかったので、「タラモア・デュー」にチェンジしたのですが、ウイスキーが好きな方ならわかりますよね。
「タリスカー」はがっちりスモーキーなウイスキーですから、普通のウイスキーでは太刀打ちできません。

今日はかなり疲れました!
だって、昨日は朝の4時まで授業の準備してましたから。
っていうか、今、夏休みなんですけど・・・

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日記 

2008年07月25日

f9e2daba.JPG今日行ったチェリュスキンツェフ公園で綿菓子を買いました。
綿菓子はロシア語でсахарная вата(直訳すると「砂糖の綿」)、またはсладкая вата(直訳では「甘い綿」)です。

ベロニカちゃんの後ろに見える、丸いやつが綿菓子を作る機械。
基本的に作り方は日本のと一緒ですが、日本ではざらめを使いますよね。
今日買ったのは、ただの砂糖を使っていました。
味は砂糖の味です。
ただ甘いだけ。
まあ、日本のも同じでしょうけど。
割り箸ではなく(当たり前だけど)、細く切った紙を丸めたものに巻きつけていました。
値段は2000ルーブル、約90円。

日本だと、今、いくらぐらいなんだろう。
僕が子供のときは400円ぐらいだったような。
それがだんだん高くなっていったのを覚えています。

日本ではよくアニメの絵が描かれている袋に入れていますよね。
あれって、そのアニメに引かれて買うのが普通ですよね。

綿菓子といえば、江國香織さんの作品で「綿菓子」っていう小説があって、私はかなり好きです。
日本語の授業でも使いました。
来年も教材に使おうと思っています。

ちなみに、後ろにはポップコーンも見えます。
こちらのポップコーン、甘いのが普通。
日本では聞いたことないんですけど、海外ではよくあるみたいですね。
それはそれでおいしいですけどね。

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ベラルーシの食生活 | ミンスク
c083128a.JPG今日、チェリュスキンツェフ公園で乗った乗り物「スワン」です。
これは楽勝。
ただ回るだけですから。
でも、思ったよりスピードが速くて、びっくり。
しかも安全ベルトが「こんなのでいいの!?」と言いたくなるほど脆弱なもの。
機械自体がかなり古いのも、不安材料。

そして、ユニークなのが、前にジョイスティックのようなものが付いていて、自分たちで高さをコントロールできること。
とは言っても、一度上にスティックを向けると一番上まで上がってしまい、その中間で止めることはできません。
上がるスピードはゆっくりなんですけど、一番上に行って上昇が止まるときガクンと急ブレーキなんですよ。
最初、ベロニカちゃんと二人でかなりびびりました。

そこで一句
日本にも 絶叫マシンは 数あれど 古いスワンに 勝るものなし(はぐれ一茶) 

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ミンスク 
84f5387b.jpg今日は完全オフ!
だったのですが、あんまりよくない日になってしまった・・・
朝から天気がよかったので、「ミンスク子供鉄道」という乗り物に乗ろうと思っていたんですよ。
「子供鉄道」は車両がちょっと小さくて、子供が運転手や車掌をしているというちょっとユニークなもの(運転手も子供かどうかは本当かどうか知りたい)。
でも、ちょっとプライベートな問題があり、その子供鉄道が運行している時間に間に合わなかったのです。
私もその問題を起こした人に対してブチ切れ。
ベロニカちゃんも元気をなくしてしまい・・・
せっかくの休みなのに、出だしから躓いてしまった・・・

でも、気を取り直して、近くの公園に行ってみることに。
それはПарк Челюскинцев、チェリュスキンツェフ公園です。
地下鉄の駅の名前にもなっています。
かなり大きい公園です。
とても首都の真ん中にあるとは思えない大きさ。
まあ、ミンスク自体、公園や森のようなところが多く、緑がいっぱいなのですが。

この公園は1928年から32年にかけて作られました。
それが「チェリュスキンツェフ公園」になったのは、1934年のこと。
この「チェリュスキンツェフ」というのは何か、と申しますと、これは「チェリュスキン」という船の名前からきています。
その「チェリュスキン」の乗組員を「チェリュスキネツ」、その複数形・正格が「チェリュスキンツェフ」なのです。

「チェリュスキン号」は1933年に建造された船で、7500トンのものでした(これって大きいんでしょうか?)。
その船がムールマンスクという町から北極海を通って、ウラジオストックまで行くという航海に出たんですね。
しかも、一度も港に入ったりせずに行くという、今で言えば冒険野郎なわけです
まあ、当時はソビエト時代でしたから、ソビエトの威信を掛けてという感じなのでしょう。
言ってみれば、「氷の世界」を掻き分けて行く砕氷船ですから、危険度も今より高かったのではないでしょうか。

ところが1934年の2月13日、チュコト海を航海中、氷の中で動けなくなってしまい、乗務員はソビエトの航空部隊に救助されたのでした。
その後、その救助に当たった航空部隊の隊員たちには「ソ連邦英雄」の称号が与えられました。

その「チェリュスキン号」の船長のシュミットはベラルーシ東部の町モギリョフの出身。
それも関係あるんでしょうね。

うーん、どうなんでしょう。
そんな船の乗組員が公園の名前になってしまうなんて・・・
しかも、彼らは「英雄」ではないんですよね。
「英雄」になったのは、船長のシュミットのみ。
うちのベロニカちゃんの調べでは、「チェリュスキン岬」や「チェリュスキン半島」というところもロシアにあるそうです。

まあ、とにかく大きいです。
最初は56ヘクタールだったのが、今は78ヘクタールもあります。
全部歩き回るのは大変。
今日は暑かったし。

公園の中には無名戦士の墓もあります。
第二次世界大戦で亡くなった戦士や一般市民が眠っています。
っていうか、公園の中に墓地があるっていうのも、不思議ですが。

そして、その公園のメインは遊園地。
私は正直、苦手。
うちの奥さんはそういうのが大好きなので、一緒に乗り物に乗りたがるんですよ。
で、仕方なく、乗ってみました。

最初の「スワン」は楽勝でした。
が、次に乗った「ワルツ」という乗り物。
回転しまくる乗り物で、私はKO。
動き始めて10秒後に「やばい」と感じ、それを見たベロニカちゃん、「もうすぐ終わるから我慢してね」。
しかし、全く終わる気配なし。
ベロニカちゃんの話では、係員が一回の時間を調節しているらしく、待っているお客さんが多いときは早めに切り上げ、少ないときは「いつもより多く回っております!」
そして、今日はお客さんかなり少なめ。
私はその地獄を3分以上味わうことになったのです・・・

降りてからも気持ち悪くて、ふらふらしてまっすぐ歩けず。
手も震え、完全にアウトの状態。
いつからこんなに乗り物に弱くなったんだろう・・・
子供の頃は、よく親と一緒に山寺の芭蕉園や山交ランドといった地元の遊園地に連れて行ってもらって、乗り物に乗りまくっていたのに。

最後に乗り物に乗ったのは、あれは8年前、タシケントででした。
あのときも途中で気持ち悪くなり、ダウンしたんだよな。
日本で最後に乗ったときは、全然平気だったのに。
「花やしき」だったかな。

歩くのもままならず、ふらふらしながら、自宅へ。
それから、3時間ほど昼寝しましたが、今もちょっとふらふらします。

それにしても、チェリュスキンツェフ公園の乗り物、10ぐらいあるんですけど、全部古いんですよね。
日本にもあると思うんですけど、船がブランコのように動くやつありますよね。
一番上に行ったとき、ほとんど体が縦になっちゃうやつ。
キーキーと恐ろしい音をたてながら動いてるのを見ると、かなりひきます。
実際、今年の7月8日、ひとつの乗り物が運転中に崩壊し、けが人が出ています。
そういえば、タシケントで乗った観覧車も怖かったなあ。
ちょっと上に上がるたびに、キーキーと悲鳴にも似たような音がするんですから。

チェリュスキンツェフ公園は散歩には最適。
ほとんどただの森ですから。
家族の憩いの場、最高のデートスポットです。
お年寄りが集まって、みんなでチェスをやったりしていて、のどかな雰囲気ですよ。
ただし、暗くなってからは行かないほうがいいです。
若者たちが騒いでいたりして、危険がいっぱいです。
夜遅い時間には公園の門が閉められて、みんな追い出されるそうですが。

今日はいろいろあったけど、休んだのかなんなのか、よくわかんないです。
これから、ちょっと仕事します・・・

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ミンスク 

2008年07月24日

4f2c9ed8.JPG今日はとてもいいことがありました!
先週、このブログのコメント欄に九州のKBC九州朝日放送の方から連絡があり、ラジオ番組への出演依頼を頂きました。
そして、今日、その番組が放送されたのです!

番組の名前は「PAO~N パオーン」です。
その番組の中で「独占!大人の時間」というコーナーがあり、そのコーナーの水曜日のメニュー「世界ウハウハハウマッチ」に出演したのです。
そのコーナーでは世界のさまざまな国で生活する日本人に国際電話をかけて、いろんな話しを聞こうというもの。
生放送です。

放送時間は日本時間で15時10分。
ベラルーシの時間では朝の9時10分でした。
前もって質問を頂いていたので、答えるのは割りと楽でしたね。
ちょっとしゃべりすぎたかな、と思っています。

コーナーの最後に物の値段に関するクイズを司会者の方に出さなければならなかったんです。
私が選んだテーマは豚肉。
「豚のバラ肉一キロのお値段は・・・ハウマッチ!」
さて、皆さんはいくらだと思いますか?
答えは12000ベラルーシルーブル、約600円です。
これでもかなり高くなっているんですよ。
だって、一年ぐらい前は9000ルーブルとかでしたから。

そのコーナーが終わって、係りの人が電話に出たのですが、「古○さん、しゃべるの慣れている感じでしたね」
そうですね。
僕、テレビとかラジオって、本当に緊張しないんですよ。
通訳の仕事のときはびびりまくるくせに。
それに、経験もありますから。

「経験」というのは、ベラルーシで一度だけ、ラジオに出演したことがあるんです。
4年ほど前、まだ独身だったころのことです。
今日の写真はそのときにスタジオで撮った写真です。
相手のパーソナリティーはオリガ・ネフョードヴァという女優さんです。
声がものすごくハスキーな人でした。
彼女のラジオ番組では、月に一回外国人をスタジオに招いて、その国の話しをしてもらうという企画がありました。
そこに呼ばれたのです。
2時間の生放送。
ずっとスタジオの中にいなければなりませんでしたが、CMがあったり、音楽があったりで、ずっとしゃべりっぱなしというわけではありませんでした。

彼女の質問「ベラルーシ人がイメージしている日本と実際の日本はだいぶ違いがあるんじゃない?」
この質問に「僕はよく子供たちに折り紙を教えたり、日本について話したりしているんですが、そのときに必ず言うことがあります。『日本では侍も忍者も芸者もポケモンも町の中は歩いていませんよ』」
この答えにオリガさん、爆笑!
このとき、学生たちも聞いていたのですが、その番組をよく聞いていた学生が「あの司会者はいつも落ち着いていて、あんなに笑ったの、初めて聞きましたよ」と言ってました。

音楽をかけている間に、私たちはお茶を飲んだりしてリラックス。
オリガさんが「あきら、あなたは彼女いるの?」「ええ、いますよ」「じゃあ、今から電話して、出演してもらってもいい?」
え〜! 本当?
そのとき、彼女(あのおそろしいジャイアンシチューを作った子です。6月29日の「まずい料理」をご覧ください・・・)はミンスクから遠く離れた実家に帰っていて、電話をするとびっくり。
でも、もともと演劇関係の勉強をしていただけあって、堂々と質問に答えていました。

ラジオへの出演はその一回だけ。
僕はもともとラジオが大好きだったので、夢がかなったような感じでした。

ラジオが好きだ!と言っても、ベラルーシでは全く聞きません。
聞いていたのは、中学生の頃。
小学校のとき、誕生日にもらったSONYのラジオでいろんな番組を聞いていました。
その当時「ラジオパラダイス」というラジオのファン向けの雑誌があって、そこで紹介されている番組は地方局のものにいたるまで、いろんなものを聞いていました。

例えば、RKB毎日放送という福岡の放送局の番組で「HiHiHi(ハイハイハイ)」という夜のワイド番組はよく聞いていて、はがきで投稿して採用されたりしていました。
あっ、RKBは今日私が出演したKBCのライバル局ですよね。
KBCの方が読んでいらっしゃったら、すみません。
私が住んでいた山形ではRKBの方が受信状態がよく、KBCはかすかにしか聞こえなかったんです。

あとはSTVラジオという北海道のラジオ局の「アタックヤング」。
今でもやっているみたいですね。
その当時は田中義剛がパーソナリティーをやっていて、ちょうど全国的に有名になろうとしている頃でした。
おもしろかったなあ。
彼のCDも持っていましたよ。
今も実家に残っています。
結構、いい声してるんですよね。

そして、やっぱりはずせないのが「オールナイトニッポン」!
あのテーマソング「ビタースイートサンバ」を聴くと、今でも胸がキュンとします。
有名な歌手やタレントがパーソナリティーをしていますが、私が好きだったのは3時から5時までの「オールナイトニッポン第二部」。
私、あんまりメジャーなのって好きじゃないんですよ。
アイドルマニアの人とかで、まだ有名じゃないアイドルを応援して、メジャーになったら興味を失う人、いますよね?
私もそういうタイプです。
まだあまり有名じゃなかった伊集院光のは、夜中に笑いをこらえながら聞いていました。

私が一番好きだったパーソナリティーは片桐麻美という女性シンガーソングライターです。
最初、聞いたときは「なんて暗い雰囲気なんだろう」と思いました。
オールナイトニッポンとは思えないような静かな空気が流れていました。
非常に淡々とした感じで番組は進むのですが、リスナーの手紙を丁寧に読む人で、とても長い手紙を読んでコメントをしたりするので、一通にかなりの時間を費やしていました。
その内容は本当に心が通ったもので、深い内容の話しが多かったのを記憶しています。
ある日の番組の最後に、彼女の歌で「あなた」という曲が流れました。
確か5分近くかかる長い曲です。
私は心を打たれました。
CDを買いました。
何度も聞きました。
でも、今、そのCDは日本で知り合いに貸してそのまま紛失してしまいました。
何とか探さないと・・・

オールナイトニッポンの第二部は夜中の3時からですから、起きているのは大変です。
私はその頃、高校受験を控えていて、夜は19時半ぐらいに寝て、夜中の2時半に起きていました。
夜中のほうが勉強に集中できるから、というのは建前で、本当は深夜放送を聴きたかったんですよね。
高校受験の当日も、2時半に起きて、片桐麻美のオールナイトニッポンを聴いてから、受験を受けに行きました。
今でも、よく覚えています。

全然、関係ないのですが、その頃、オールナイトニッポンの放送中に流れるCMで、非常に耳に残るものがありました。
それは「夢の遊眠社」という野田秀樹さんがやっている劇団のCMでした。
内容は覚えていませんが、その劇団の名前だけは「変な名前だなあ」ということで記憶に残りました。
私は東京に住んでいたとき、世田谷パブリックシアターという劇場でアルバイトをしていたのですが、その劇場では野田さんの劇をよくやっていたんですよ。
あるとき、劇場のエレベーターで野田さんと二人きりになってしまって。
「ああ、この人が夢の遊眠社の人なんだなあ」と思って、感動というか、何か不思議な気分になったのを覚えています。
エレベーターを降りると、そこは稽古場になっていたのですが、その前の廊下のど真ん中で一人の有名俳優が熟睡していました。
それを見た野田さんは指をさして、私と一緒に笑いをこらえていました。
本当に不思議な気持ちでした。

今日はただの思い出話になってしまいました。
ラジオに興味がない方には退屈な内容だったと思います。
すみません。

ちなみに、ベラルーシのラジオはあまりおもしろくないです。
ベラルーシに来て、最初の半年間はテレビがなかったのでラジオを聴いていたのですが、DJがつまらないのが多くて。
学生たちに聞いても、ラジオを聴く若者はかなり少数のようです。
日本ではどうなんでしょうかね。
昔は深夜放送は「若者たちの解放区」だったわけですけど、今はどうなのかなあ・・・

akiravich at 04:32コメント(0)トラックバック(0) 
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