2009年02月

2009年02月28日

P2272102今日はとてもいいことがありました!
新しい冷蔵庫が来たんです!

前の冷蔵庫が壊れて2週間。
私とベロニカちゃんは冷蔵庫がない生活をおくってきました。
これは苦しかった!
食べ物を全てバルコニーに保存していたんです。
温度は一定じゃないから、天気がいい日は冷凍していたものが全て溶け、寒い日には全ての食べ物が凍りつくという過酷な条件を食べ物たちに強いてしまいました。
ごめんね、食べ物ちゃん。

冬だったから良かったようなものの、これが夏だったら食べ物全滅でしたよ。
でも、辛いことには変わりなし。

前の壊れた冷蔵庫はIndesitという会社のもの。
元々はイタリアの会社のものなんですが、ロシアにも工場があって、私たちが買ったのはロシアで作られたもの。
いろんな人に聞いてみたところ、イタリアで作ったものはいいが、ロシアで作ったものは最悪で、しょっちゅう壊れるという情報が入ってきました。
ミンスクのIndesitのサービスセンターには苦情がよく来るらしいという話も。
うーん、前もって調べておけばよかったなあ。
見た目がかっこいいのと、よく聞くメーカーなので選んじゃったんです。

ちなみに、イタリアで作られたIndesitの製品は質が良いそうです。
値段もかなり張るそうですが。

それにしても、ロシア製の商品は質がいまいち。
ロシア製と聞いただけで、私たちは敬遠しています。
これは家電に限ったことではありません。
お菓子なんかもベラルーシ製のほうが断然おいしいし。
肉製品、乳製品なんかもロシア製のはどんな混ぜ物が入っているのかわからないから怖いんですよ。
ロシア人がベラルーシに来ると、みんなベラルーシ製の食べ物をお土産に買っていくそうです。

ベラルーシ人はどこの国の会社のものかも気にするのですが、、どこで作られたものかにこだわる傾向があります。
日本人だと、メーカーは気にするけど、どこで作られたのかは気にしないことが多いですよね。
でも、ベラルーシ人は「Made in ホニャララ」(←「チョメチョメ」のほうが良かったですか?)を非常に気にするんですよ。
例えば、私が自分の持っているプレーヤーを友達に見せたときのこと。
彼はすぐに「どこ製だ?」と聞いてきたので、「日本の会社のだよ」と言ったのですが、彼はプレーヤーを眺め回し「ここに『Made in China』って書いてあるじゃん」
こういう反応、多いです。

今回買った冷蔵庫はドイツのLiebherrという会社のもの。
ベラルーシではそれほど名の通った会社ではないのですが、ヨーロッパでは有名みたいですね。
ベラルーシ人の間では、冷蔵庫に関しては最も性能がいいと言われています。

でも、作られたのはドイツじゃなくて、ブルガリアの工場。
大丈夫だとは思います。
だって、ロシア製じゃないから。

値段は2,723,030ルーブル。
リアリティーがない数字でしょ?
今、1ドルが2850ルーブルですから、約955ドル。
ドルのレートが1ドル=97円だから、92635円。
高いですよね!
これはブルガリアのだからで、これがドイツの工場で作られたLiebherrだったら、4,000,000ルーブル以上だそうです。

それにしても、輸入製品は高くなったなあ。
ベラルーシ製のものなどに関しては、物価が上がったという感じは最近はしないんですよ。
年明けぐらいはぐっと上がったんですけど、その後は目に見えないぐらいの物価の上昇の幅ですね。

P2272101あまり見えませんが、冷蔵庫が来て喜ぶベロニカちゃんです。
これでやっと文化的な生活ができる!

明日は恐怖の7コマ。
今日はゆっくり休もう。
冷蔵庫が来たことを祝って、赤ワインを飲みながら・・・

akiravich at 05:38コメント(0)トラックバック(0) 
ベラルーシの生活 

2009年02月27日

昨日はブログを休んでしまいました。
日々の疲れがたまっていて、昨日は何もしないことに決めたのです。
ブログだけでも書こうかと思ったのですが・・・
完全休養日にさせてもらいました。

休んだのに、今日の朝もかなりお疲れモード。
どうしてなんだろう?
一日ぐらいじゃ、この疲れはとれないのでしょうか。

今日は朝から日本へ留学させる学生の選考試験がありました。
留学期間は一年間。
学生たちにとっては非常に大きいチャンスです。

どうやって選考するかは毎年、私たちにとって頭の痛い問題。
もちろん、筆記試験と面接試験というスタンダードな方法は使いますよ。
でも、それだけで決めてしまっていいのかという思いは、私の頭の中にはあります。

試験の結果はだたの「試験の結果」に過ぎず、その人の「人間性」までは測れないじゃないですか。
留学は学生の一生を左右する重大なもの。
一人一人の人間と向き合わないと、決められないですよ。

試験問題に「絶対」がない以上、試験結果も「絶対」ではないのです。
客観的に人を評価することなんか、誰にも出来ません。

以前、私の同僚(←同僚という言葉を「一緒に協力して仕事をする人」と解釈するならば、彼のことは同僚とは呼べません)に「試験の評価基準は客観的にしなければならない」と私や現地の教師のやり方を批判した教師がいました。

彼のやり方は全てを点数化すること。
一度、そのやり方で試験をやって、結果が非常に混乱したものになったことがありました。
というのは、全てを点数化した結果、教師たちが予想していた結果と全く違ったものになったのです。
そのグループで誰の目から見ても一番出来る子が10段階評価の7になり、しょっちゅう休んで大して会話も出来ない子が10をもらってしまったのです。

正確には覚えていませんが、試験の評価基準は非常に細かく設定されたものでした。
でも、能力を点数化すること自体に無理があるわけですよ。
例えば、会話の試験。
試験を受ける順番が変われば、それぞれの学生から受ける印象も違ってくるはずです。
上手な人が続いた後に下手な人が試験を受けたら、実力よりももっと下手に聞こえるかもしれません。
教師が長時間の試験で疲れていたら、判断力も鈍ってしまうかもしれません。
いくら絶対評価をしようとしても、必ず相対的な要素は入ってきてしまいます。

緊張しすぎて実力を発揮できない人もいるかもしれません。
教師の中には「そういう場面で話をするのも練習だ」という人がいますが、私はあまり賛成できません。
試験は絶対に「度胸試し」ではないのです。
(私はちょっと違う風にこのことについて考えています。それはまたいつか・・・)

点数配分にも問題が。
例えば、文法10点、漢字・語彙10点、会話運用能力10点だとします。
でも、この「文法」「漢字・語彙」「会話運用能力」は同価値なんでしょうか?
私も似たような基準で評価をするんですよ。
ここで私が言いたいのは、客観的であることなんてできない、ということです。

一つ質問!
客観的なのは、そんなにいいことなんですか?
日本人はよく「客観的に見て・・・」とか、「それは客観的じゃない」とか、「客観的」ならばなんでもいいみたいな言い方をするときがあると私は思うんですよ。
「客観的」だったら、それは「正しい」ことなんですか?

私は特定の宗教を信仰してはいないのですが、神様はどこかにいるような気がします。
真に客観的なのは神様だけだ、と私は漠然と思っています。
客観的であろうとすることは神に近づこうとする行為のようで、私には非常に不遜なことのように思えてなりません。

「点数化すれば客観的だ」というのは、非常に短絡的だと思います。
それは教師の側の都合で、学生のことを考えているとは到底思えません。

こんなことを書いてはいても、試験はやらざるを得ない。
ある意味、全ては妥協の産物なのでしょう。
でも、出来る限りのことはしなければならない。
試験の基準というのは、(学生のことを心から考えている)教師にとっては、常に頭痛の種なのです。

私は別に主観的でもいいと思うんですよ。
何が主観的で、何が客観的かということは考え出すときりがないことですけど。
教師の「好み」(例えば、学生の性格、外見など)は入れてはいけないと思いますが、教師が自らの経験などに基づいて判断を下すのは悪いことじゃないと思うんですね。
もちろん、評価のベースはテストの点数ですが、それだけで判断することは絶対にありません。

そういう意味では、今日の試験はある程度、うまくいったのではないかと思います。
試験の結果だけでなく、学生の性格などの様々な要因を考慮に入れて、納得がいく選考が出来たのではないかと考えています。

もちろん、100%ではありません。
日本語教師をしている以上、試験でも、教授法でも100%なんて、どこにもありません。
でも、その100%に一歩でも近づくために努力するのが、教師のあるべき姿なのではないかと思います。

今日はちょっと真面目な話でした。

明日は待望の新しい冷蔵庫がうちにやってきます!!!
この2週間、辛かった!
やっと文化的な生活ができます!

akiravich at 06:55コメント(2)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 

2009年02月25日

今日は朝から絶不調。
昨日の夜は3時間ぐらいしか寝られなかった上に、日々の疲れとストレスで、朝の授業はメタメタ。
これ以上ないくらい、ダメダメ授業でした。

ベラルーシではインフルエンザが猛威を振るっています。
そのせいで、個人レッスンは2つキャンセル。
その分、私は少し休むことが出来ました。

そういえば、今日の昼、冷蔵庫の修理の人が来ました。
私たちの冷蔵庫が故障して、早や10日。
ずっと冷蔵庫なしの生活をしてきたのです。

修理の人の診断は・・・もう修理不可能!
いろいろ難癖つけられて、保障期間なのに「お金を払え」とか言われるのかなあと思っていたんですが、そのおじさん、メチャメチャいい人で、「この書類を買った店に持っていったら、新しいのと交換してくれるよ」といろいろ教えてくれました。
店の人が文句のつけようがないようにするためのテクニックまで伝授してくれました。
感謝感激!

すぐにベロニカちゃんが冷蔵庫を買った店に書類を持っていったところ、あっさりと「新しいのに交換しますか? それとも、返金しますか?」
私たちの選択は「返金」。
同じ会社の冷蔵庫は欲しくないです。
また壊れたらたまったもんじゃないし。
ちょっとお金をプラスして、もっといい会社のを買うつもりです。

さて。
今日は私が最近読んだ本の中にあった気になる言葉を中心に書いてみたいと思います。

それはロシアと旧ソ連圏の国々について書かれた本なのですが、一つ引っかかるところが。
日本は旧ソ連圏の国々に対して、様々な形での援助を行っています。
人材育成というのもその一つ。
日本から講師などを派遣したり、その国の若者を日本へ留学させたりしています。

そこでその著者の方が書かれていたのは、次のようなこと。
ただ若者を育成するだけではダメで、その能力がその国に還元されるようにしないといけない。
中には、その国にとどまらず、高収入を得るために海外に出てしまうケースが多いのだが、それはよくない。
若者が自分の国で、その国の発展のために努力するようにしなければならない。
・・・こんな感じのことです。

その本のような内容のこと、よく耳にするんですよ。
つまり、ベラルーシの発展の為に努力しようとしているかが、大事なのだ、と。
国のことを考えず、自分のためだけに日本へ行こうとするのは良くない、と。

そこで私が思ったこと。
それって、本当にいけないことなんでしょうか?
以前から、似たような意見を聞くと、心のどこかに居心地の悪さを感じていたのです。
この本を読んで、その居心地の悪さの原因を突き止めたいと思うようになりました。

日本人の方々に御質問。
「日本のために」と思って、何かをしたことがありますか?

私はありません。
「国の発展のため」とか、考えたことはないですね。
もしかしたら、高度経済成長の時代はみんな「国のために」働いていたのかしら?
戦争中はみんな「国のため」だったのかな?

でも、今は「国のため」と意識して働くのは、国家公務員などの限られた人たちで、一般の人は「国」を意識して働くことはないのではないかと思うのですが。

私は何のために働いているのか、あるいは生きているのかと問われれば、「自分のため」「家族のため」「愛するベロニカちゃんのため」と胸を張って答えるでしょう。
「国のため」に働く余裕なんてありません。
ごめんなさい(←オレは誰に謝っているのだ!?)

皆さん、どうですか?
こんな風に考えているのは自分だけではないと私は思っているのですが。

そこで、日本人が外国の若者に対して、「国のために働け」というのは少し矛盾があるのではないかと思うのです。
だって、そんなのその人の勝手だと思いませんか?
私は「夢を持って頑張っている学生」は応援したくなります。
「国のため」だから素晴らしくて、「自己実現のため」だからエゴイスティックで汚いという考え方はどうかと思うんですよ。

別に国のために働くのが悪いといっているのではないですよ。
学生の中には「ベラルーシと日本の関係が発展するように」と本気で思っている学生もいます。
そういうの、いいですよね。
でも、「自分の夢のために」頑張っている学生も素敵だと思いませんか?

もちろん、「自分の夢のために」祖国を、つまりベラルーシをあっさり捨てるような人が多い、今の現状はあまりいいとは思いません。
何が「あっさり」で、何が「あっさりじゃない」のかは基準が難しいですが。
ベラルーシからはたくさんの有能な人材が海外に流出しています。
もちろん、それはいいこととは言えません。
しかし、彼らには「幸せになる権利」があるのです(←その「幸せ」の基準は人によってだいぶ違いますが・・・)。

ここまで来ると、何が良くて、何が悪いのか、わからなくなります。
どこに基準を置いたらいいのかもわかりません。
正直、自分の中でもよくわからないのですよ。

その本の著者の言いたいことはよくわかります、痛いほどわかります。
「その国の人に豊かな生活をして欲しい」とか、「その国にもっと発展してもらいたい」というのは、その国を愛している証拠。
その気持ちは素晴らしいと思います。

でも、私自身のことを言えば、私にとって一番大切なのは「学生一人一人が幸せになること」。
これに尽きます。
私は「教師」である以前に「人間」なんです。
その相手が学生であれ誰であれ「愛すべき人間」であれば、幸せになって欲しいというのは当然の希望であって。
その人の希望が「国のため」なのであれば、それを応援したいし、「自分の夢のため」なのであれば、それもやっぱり応援したいし。

ぐちゃぐちゃになってしまいました。
すみません。
もうちょっと、このテーマについて考えてみたいと思います。
日本人が考えている「発展」って、何なんでしょう・・・

明日は久しぶりの完全オフ!
でも、冷蔵庫を買いに行ったり、ビデオデッキを探しに行ったりとなかなか忙しいなあ。
早く用事を片付けて、ゆっくり休もう・・・

akiravich at 07:47コメント(6)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 

2009年02月24日

おはようございます。
今、朝の7時10分です。
昨日の夜、3時過ぎに目が覚めてしまい、それから全く寝られませんでした。
最悪です。
今日は6コマも授業があるというのに・・・

そして、窓の外にある温度計を見たら、気温−15度!
やばいです。
あと45分後には大学に行かなければなりません。
外に出るの、辛いなあ・・・

でも、こんな寒さは久しぶり。
今年一番の寒さじゃないかしら。
これぐらいが気持ちいいよね、とか言っちゃって、外に出たら、寒い寒いと弱音を吐くくせに。

やっぱり寝られなかったのが痛いなあ。
何でだろう?
特に何をするでもなく時を過ごしてしまった。
今からなら30分は寝られるけど、絶対に起きられなくなるから、このまま起きています。
あー、しんど・・・

akiravich at 14:13コメント(0)トラックバック(0) 
日記 
今日は旧ソ連圏はお祭りです。
ロシア語で書くとДень Защитников Отечества。
直訳すると「祖国防衛軍の日」となります。
これは元々、ソビエトの赤軍が組織された日。
なので、軍人のためのお祭りなのですが、今では「男性の日」という位置づけになっています。
まあ、ベラルーシもロシアも兵役がありますからね。

ロシアは祝日でお休みなんですが、ベラルーシでは普通の日。
ただお祝いをすることはあります。
昨日うちに来た学生のマリアちゃんは、会社で軽く飲み会をすると言っていました。

P2232091私もプレゼントをもらいました!
私の大好きなギネスです!
19時半からのレッスンに来た3人娘からもらいました。
でも、私は兵役についたことがないから・・・
まあ、いいか!

今日は朝から6コマ。
15時半からは21時までぶっ通しの授業。
疲れた〜。

今日はいろんなことがありました。

P2232092これは・・・うーん、何と説明すればいいんだろう・・・
PCの電源をつなぐのですが、停電になったりした場合にすぐに切れないで、15分ぐらいは持ちこたえてくれるのです。
急に電源を切ったりするのはPCにとっては、かなりのストレスなんですって。
そして、ベラルーシでは電圧が安定しないことがあって、急に電圧が上がったり下がったりということがあるんですね。
それを一定の安定した電圧に保つ機械、なんです。
ふー、説明が難しかった・・・

そして、悲しいニュース。
8年間、苦楽を共にしたビデオデッキが完全に壊れていることが判明。
10日も前に修理に出したのに、結果がわかったのは今日。
これもベラルーシではよくあること。
もう修理不可能だそうです。
ビデオデッキを買わないといけないのですが、ここにきてこの出費は痛い。
できれば、DVDレコーダーと一緒になったものが欲しいんだけど、そんなのあるのかなあ・・・
あとハードディスクが250Gbは欲しいなあ。
ベラルーシではそういうの、すごく高いんですよ。
でも、日本から送ってもらったビデオがないと、私は生きていけない・・・

いろいろあったけど、まあ、気分は悪くないかな。

というのも、19時半から来た3人娘がかなり笑わせてくれたからです。
ギネスを受け取ったとき、「どうもありがとう。今晩、早速飲むよ」と言うと、Kちゃんが「ごゆっくり」
何か使い方、違うような気が・・・

もう一つ、Kちゃん。
「〜っぽい」という文法を勉強したとき、「白っぽい」という言葉があったんですよ。
「白っぽい」って、全くの白じゃなくて、「白のような」という感じですよね?
私がはいていたズボンがベージュ色なのを見て、Kちゃん「先生のパンツは白っぽいです」
他の二人は大爆笑。
Kちゃんも何を言ったのか理解したのか、すごく笑っていました。
女性なんかだと、ズボンのことをパンツとか言うんでしょうけど、男に言ったら、それは下着の意味にしかならないでしょ。

明日もまた6コマ。
きついなあ。
そして、うちの故障した冷蔵庫を見るためにサービスセンターの人が来ます。
絶対に交換させてやるぞ。
おそらく、いろいろ難癖をつけて、「これはあなたたちが自分で壊したのだから、保障は出来ない」と言ってくる可能性が高いんです。
ベロニカちゃんと二人で臨戦態勢!!!
がんばるぞ!!!

akiravich at 05:48コメント(0)トラックバック(0) 
ベラルーシの生活 | ベラルーシの文化

2009年02月23日

終わった! 仕事、終わった!
今日もいつもの6コマ授業。
ハイスパートで、ハイブリッドな授業は今日も清く楽しく美しく、青春を駆け抜けたのでした。
そうそう、昼ごはん食べるの、忘れてたんですよ。
なので、今、ビールを飲んでいます(←論理性の欠如)。
それにしても疲れたなあ。

さて。
私はいつもインターネットで日本のニュースを読んでいます。
最近のニュースの中で一番気になったのは・・・
ザ・グレート・サスケ逮捕! でしょう。
びっくりしましたよ。
だって、日本のトップレスラーの一人ですし、プロレスラーであるだけにとどまらず、県議も務めたりと社会的に影響力のある人ですから。

私は部外者、しかも「はぐれ」ている人間なので、何も言う権利はありませんが、でも、言っちゃう。
写真を撮るなら一言何か言うのが礼儀じゃないですかね。
だって、有名人も人間だもの(←「人間だもの」って、何じゃそりゃ!?)。
風景や物じゃないし。
いろんなサイトで見ると、共通しているのは「暴力はいけないが・・・」と前置きしつつ、同情的な論調。
私も大体同意見。
写真撮った人は悪くないんですかね?
日本人は守られすぎ!だと思います。

サスケ選手、プライベートでもマスクを取らないというのは知りませんでした。
私はそういうの大好き。
普通の人間の枠に収まっている人間なんか面白くないですもん。

そこで、思ったこと。
私は有名人というわけではありませんが、町を歩いていて指をさされたりするのは日常茶飯事。
むかつくこともしょっちゅうです。
そういうときにどんな対応をすべきか、私も考えさせられました。

最近は中国人が多いんで、町を歩いていても、そんなに目立つという感じはなくなってきました。
ミンスクには1000人以上中国人がいると言われています。
ほとんどは留学生です。
だから、以前よりも目立たなくなったと言えば、目立たないのですが・・・

でも、中国人はあまり好かれていません。
非常に嫌われています。
だから、私も中国人と間違われると扱いが悪くなるので、知らない人と接するときはすぐに「私は日本人です!」とアピールするようにしています。
そうしないと、身の危険を感じることもあるのです。

ベラルーシに中国人が多いのは、国の政策です。
ベラルーシは中国と非常に仲良くしています。
経済活動の面でも、政治的にも。
でも、一般市民の間での印象は非常に悪いです。

ちょっと脱線しました。

5、6年前のことですが、私が路面電車を待っていたときのこと。
停留所で待っていたら、私のうちとは違う方向に行く電車がやってきて、止まりました。
その電車の中には小学生ぐらいの子供たちがたくさん。
みんな「わー、見て見て、中国人だ!」と騒ぎ始めたので、私は一人で「わー、見て見て、ベラルーシ人だ!」と返したのです。
子供たち爆笑。
停留所にいた人たちも笑いをこらえていました。
その頃、「中国人だ」と指をさされることが多くて、嫌な思いをすごくしていました。
そこで、とっさにそんな反応をしてしまったんですが、みんな笑ってくれて良かった。
こういう対処の仕方、いいなあと我ながら思う今日この頃。

乗り物の中で酔っ払いなどにからまれることなど、しょっちゅう。
ある日、昼間だというのにすでにほろ酔い気分のおじさんにバスの中で絡まれたことがあります。
「お前!中国人か! オレは中国、大好きだぞ!」とか言い始めたので、「あの、中国人じゃないんですけど・・・」。
おじさん「じゃあ、どこから来たんだ?」
akiravich「当ててみてくださいよ」
この時点で、満員のバスの乗客、みんな注目。
おじさん「お前のロシア語はなまりがないなあ・・・ お前、カザフ人だろ!」
akiravich「違います」
おじさんはこの後、ウズベク人、バシュキール人、タタール人、ブリヤート人、ヤクート人と旧ソ連圏の民族を全て網羅し、最後に「韓国人!」との答え。
私が「違います! 私は日本人です!」と言ったときのおじさんの顔と言ったら!
まさかベラルーシに日本人が住んでいるとは思わなかったらしく、その後はおじさんの日本褒めまくり大百科。
気のせいか、周りにいた乗客たちの目線も温かくなったような気がしました。

とにかく。
町を歩いていて見られるのはしょっちゅう。
さすがに写真を撮られることはないけど。

去年ぐらいかなあ。
町を歩いていて、「あっ、あの人、日本人だよ!」と子供に指をさされたことはあります。
やっぱりテレビの力は絶大です。

そして、ある日、22時過ぎにバスを待っていたとき、知らない男性が「あなたをテレビで見ましたよ」と言って、握手を求めてきました。
その男性とは行く方向が同じだったので、話をしながら行きました。
日本のことなどをいろいろ質問してきて、私もいろいろ話してあげました。
その人はミンスク市の地下鉄の職員だったので、私は東京の地下鉄路線図画が描かれているメトロカード(←使用済みですが)をあげました。
こういうのうれしいですね。

見られるのは慣れましたね。
ただ馬鹿にしたような目線を感じたときは、思いっきり睨み返します。
こちらが弱いようなそぶりを見せるとつけあがるので。
これは危なそうな相手のときも大体同じです。
明らかにラリっているような危ない奴や、一目でマフィアとわかるような相手の場合は完全に避けますが。
無駄な揉め事はないほうがいいですからね。

目立つのはうれしいときもあるけど、危ないときもありますね。
気をつけないと・・・

akiravich at 06:13コメント(2)トラックバック(0) 
ベラルーシの生活 | ベラルーシ人

2009年02月22日

今気づいたのですが、この「ベラルーシな時間 はぐれミーシャ純情派」は2月15日に一周年を迎えていました!
全然気づかなかった!
でも、すごーい!

ブログを書き始めたときから、絶対に、どんなに短くてもいいから、毎日書こうと心に決めていたのでした。
1年で書くのを休んだのはたぶん5日ぐらいだと思います。
毎日書くことはできなかったにしても、自分にしては上出来なほうかと思います。

で、最初のほうに書いたブログの記事を読んでみました。

2008年2月15日「ブログ、はじめました」
とりあえず書いてみたっていう感じの文章。
最初の日は自分以外、誰も読んでくれませんでした。
まあ、誰にも言っていなかったのだから当たり前ですが。
コメントも結構来て、うれしかったです。

2008年2月16日「アボカドを揚げてみる」
ほとんど「です・ます」を使わないで書いているなあ。
アボカドを揚げたんですよ、本当に。
これはインターネットでレシピを見つけたんですけどね。
全然、熟れていないアボカドにあたっちゃった場合、揚げて塩を振って食べるとおいしいという技。
おいしいんだけど、飽きます。

2008年2月18日「魚を食べる」
やっぱり最初の頃から食べ物の話しが多かったんだなあ。
初めての写真付きの記事。

2008年2月19日「ハードスケジュール」
この記事では「はぐれミーシャ」に良く見られる「生活上の愚痴を滔々と並べ立てる」というスタイルが確立されているように思う。

2008年2月20日「選考試験」
とりあえず何か書かなきゃということで書いた記事。
適当にやっつけた感がありありと出ている。

2008年2月21日「カーチャちゃん、サハリン島」
今、日本に留学中の学生が留学を決めた日だったんだ。
やっぱり元々、自分の日記のつもりでブログを始めたから、こういう出来事を思い出すのにも役に立つなあ。
おそらく誰も興味を持っていないであろうベラルーシの劇場に関する記事はこの日の記事が一番最初。

2008年2月22日「若きセルゲイの恋の悩み」
実名を出してこんなことを書いていいんでしょうか。
でも、「セルゲイ」という名前はベラルーシには異常に多いので、問題なし!

2008年2月23日「ミンスク市民の台所 カマロフスキー市場」
この辺から、一つ一つの記事が長くなっていくんです。
最初の頃は「ベラルーシ紹介」の記事も結構書いていたんですね。
最近は超ミクロで、身近なことばっかり書いているような気が・・・

まあ、こんな感じでしょうか。
まだ書くのに慣れていないような感じですね。
でも、そういうのもいい感じです。

はぐれミーシャは2年目もどんどん「はぐれ」ていきます!
これからもどうぞよろしくお願いいたします!

akiravich at 08:27コメント(4)トラックバック(0) 
日記 
昨日はブログの更新を休んでしまいました。
それはPCの調子が悪かったからです。

まあ、「悪かった」という生易しいものではありません。
ディスプレイに画面が表示されなかったのです。
うちはデスクトップのPCなのですが、PC本体もディスプレイもちゃんと作動しているのに、画面が表示されないという、訳のわからない状態だったのです。
先週の日曜日ぐらいから、画面が消えて真っ暗になったりする症状が出ていたのですが、昨日の夜になって、全く画面に何も表示されなくなってしまったのです。

今日の朝、うちに個人レッスンに来ている学生の中で一番古い学生のイーラちゃんに相談したら、いいエンジニアを紹介してくれて。
電話をしたら、今日のうちに来てくれたんですよ。
これはベラルーシでは奇跡的なことです!
というのは、修理の業者に修理を依頼しても「来週には行きます」とか「今日中に行きます」とか言って来なかったりして、まともな人はなかなかいないのです。
それに腕のほうも問題ありの人が多いんですよね。

でも、今日来てくれた人は簡単にPCの問題を解決してくれました!
ある部品についている冷却用のファンが故障して止まってしまっていたので、熱を持った部品がイカレてしまったのです。
ファンが止まってしまったのは、PCにたまった埃が原因。
マメに掃除をしないとダメですね!

それにしても、うちはいろんなものが故障するなあ。
冷蔵庫はまだ故障中だし、ビデオデッキもダメ。
テレビも壊れているし。
私の日頃の行いが悪いからですね。

本当に悪いんです。
先日「メールをくれない人が多い」などと書いておきながら、自分も書いていなかったりして、本当に恥ずかしい思いをしています。
今日は2年ほど手紙を書いていなかった人に手紙を書きました。
メールじゃなくて、手紙ですよ。
ちなみに、私はメールよりも手紙のほうが好きです。

最後に、今日の授業での話し。
18時からのアニメグループ。
今日は風邪で二人お休み。
ちょっと静かな感じでした。

最近、新しく入ってきた学生、セルゲイ君に「セルゲイさんは彼女がいますか?」と聞いたところ、「いません」との返事。
「彼女が欲しいですか?」との問いには「いいえ、欲しくないです」
ちょっとびっくりして、「他の人はどうですか?」とふってみたんですよ。
グループの男性は3人なのですが、全員「欲しくないです」という返事。

ガンダムおたくのオレグ君は「メイドロボットだったら彼女にしたいです」。
人間は信じられないとのこと・・・

超アニメおたくで、ニックネームが「忍者」のジェーニャ君は「好きな人がいます」。
意外な答え。
いつも大人しくて、何を考えているのかわからないジェーニャ君にしてはまともな答え。
「先生に写真を見せます」と言って見せてくれたのは、携帯電話の画面のアニメの女の子。
やっぱり。
何かおかしいと思ったよ。
何でも「フルメタル・パニック」というアニメに出てくるキャラクターらしいです。

そして、セルゲイ君に再度「どうして彼女が欲しくないの?」とふってみると、答えは「時間がありませんから」。
そういう問題か〜い!
彼は私の学生には珍しくアニメおたくではなく、超まじめな男の子。
でも、若いのに彼女が欲しくないというのは・・・

みんな、いい男なんですよ。
なんでだろう?
それでいて、別に男に興味があるわけでもないようだし。
何が彼らをそうさせているのか・・・

以上、反省の日々をおくるはぐれミーシャでした。
明日はもうちょっと何か書きます。

akiravich at 07:04コメント(0)トラックバック(0) 
日記 

2009年02月20日

今日は比較的楽な一日。
大学で2コマやって、それから学生たちと劇の準備。
うちへ帰って、個人レッスンを一つ。
それから、アニメグループが2コマ。
全部で5コマ
ほらね、少ないでしょ!
って・・・どこが少ないんですか!
かなり疲れがたまってます。

今日の朝は一年生の授業でした。
風邪引きさんが多くて、二人休み。
インフルエンザが流行っているんですよ。

一年生の授業はいつも笑いがいっぱい。
誰かが間違えたりするとみんな笑います。
でも、それでその学生が傷ついたりすることはほとんどありませんね。
本人も笑ってますから。
最近のちょっと面白かった間違いを御紹介します。

1.これは今週の火曜日、Kちゃんという女の子が言った言葉。
彼女は「ネクタイ売り場」と言ったつもりだったのですが、彼女の発音は「ニクタイ売り場」。
「肉体売り場」って、どんな売り場?
漢字の教科書に「肉体」という言葉は出てきていたので、意味はみんな知っていたんですね。
爆笑。

2.今日の授業では、「〜は〜が〜です」という文を勉強しました。
例えば、「佐藤さんは髪が長いです」「マリアさんは背が高いです」という文です。
私がA君に「(同じクラスの)カーチャさんはどんな人ですか?」と聞いたところ、「目が多い人です」との答え。
彼が言いたかったのは「目が青い人」。
目が多い人って、怖いよ!
「あおい」と「おおい」、似てるかなあ?

3.先週の授業でD君がした間違い。
教科書に書いてある文を読むだけの練習だったのですが、D君、「わたしはけっこんしています」とひらがなで書いてあったのに、「わたしはけっこうやっています」と読んでしまいました。
「私は結構やっています」って、何をやってるのだ!?
しかも、D君、かなり自信満々に言うし。
私の中ではかなりツボにはまりました。

4.練習問題での間違い。
与えられた動詞の中から、適当な動詞を選んで記入する問題。
問題:テレサちゃんは自転車を       います。
ある学生の答え。
テレサちゃんは自転車を売っています。
それはないでしょ。

数え上げたらキリがないですね。
本当は教師は学生の間違いを笑っちゃいけないのかなあ。
でも、笑ったりすると逆に覚えたりするんですよね。
「そこは違います」と指摘したり、訂正したりするだけじゃあ、面白くもなんともないでしょ。
もちろん、傷つきやすい学生の場合は違う対応をしますよ。
でも、ある程度、信頼関係ができてからは、なぜその間違いが笑えるのかを説明した上で笑っちゃいます。

これは間違いの話ではないのですが、1年生の一部の学生が「レイザーラモンHG」のビデオを見てはまっています。
これは私がアニメオタクの学生にコピーしてもらった映像を、大学の学生にもコピーしてあげたのです。
それを見た学生は何かあると「セイ!セイ!セイ!」と言う様になってしまいました。
私も面白がって見ています。
うちの一年生の間ではHG、藤崎マーケット、パペット・マペットはとても人気があります。

明日は5コマ。
普通なら7コマのところが、学生が風邪を引いていてキャンセルに。
手紙とかメールとか、かなりたまっているので、早く書かないと・・・

akiravich at 07:53コメント(0)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 

2009年02月19日

今日は待望のお休み!
ここしばらくは休みらしい休みがなかったから、すごくうれしい。

でも。
用事はいつも出てくるもので。
今日はバレエ学校に行きました。
これはベラルーシの映画監督タチヤーナさん(←これは名前。名字は知らない)からの依頼。
バレエ学校に留学中のMちゃんを主人公にして、映画を作りたいというので、レッスンを見たり、直接話をしたりしたいということで、私も通訳として言ったのです。

映画と言ってもドキュメンタリータッチのものにしたいのだそうです。
ベラルーシに来た日本人の女の子とベラルーシ人の女の子の友情を軸に、二つの異なる文化が出会う形を映画にしたいのだとか。

どうなのかなあ。
ベラルーシではいわゆる「企画倒れ」というのが非常に多いんですよ。
大風呂敷を広げるだけ広げて、実際は何もしない、またはできないというパターン。
今回もちょっと怪しいなあと思いつつ、少しお手伝い。

久しぶりに見たバレエのレッスンは非常に面白いものでした。
去年の9月にMちゃんがバレエ教室の先生と来たときに、3日間通訳したとき以来です(そのときの話は9月11日12日13日の記事で)。
私はバレエはそんなに詳しくないのですが、見ているといろんな動きがあって面白いです。
バレエ用語とかちゃんと勉強しようかな。

一緒に行ったタチヤーナさん、レッスンの最中にうるさいうるさい。
先生に話しかけたり、動き回って写真を撮ったり。
レッスン中に話したりするのって、いけないんじゃないの!?
レッスンは1時間半だったんですが、「今何時? いつになったら終わるの?」などと聞いてきたりして。
それはないんじゃない!?

レッスンが終わった後は写真撮影会。
Mちゃんと他の女の子4人にいろんなポーズをとらせてました。

そこからは食堂に行って、Mちゃんにインタビュー。
タチヤーナさん、ちょっと天然で、面白いです。
Mちゃんと別れて、バレエ学校を出るときも、立ち話20分。
サザエさんじゃないんだから。

タチヤーナさんと別れたのはもう16時近く。
せっかくの休みなのに!
早くうちに帰ってダラダラしようと思ってたんですよね。
でも、そうは問屋が卸さない・・・

さて、ここからが本題です!(←前置きが長すぎです!)
バレエ学校は地下鉄のスポルチーヴナヤ駅の近く。
そこは私が独身時代に付き合っていた彼女と同棲をしていた所のすぐそばなのです。
昨日電話してきたTニャと暮らしていたのです。
そこで、私は約4年ぶりにその辺を歩いてみることにしました。

4年前、そこには地下鉄の駅はありませんでした。
地下鉄の終点、プーシキンスカヤ駅までバスやトロリーバスで行かなければならなかったのです。
今は地下鉄のおかげですっかり便利になりました。

通りの名前はジュドロ通り。
私が住んでいた側は高台になっていて、少し階段を上らないといけません。
疲れているときなんかは結構嫌でしたね。

P2182081ここ最近はずっと雪が降っていたので、かなり積もったのですが、今日は太陽も顔をのぞかせる絶好の散歩日和。
わき道をテクテクと歩いていきます。

P2182083すると見えてくるのが、よく買い物に行っていた店。
小さいスーパーと言ってもいいでしょうか。
ほぼ毎日買い物に行ってました。
うなぎの寝床のように、長い作りの店で、お惣菜が結構おいしかったのを記憶しています。

P2182085P2182087同棲していた建物の前まで来ました。
いろんな思い出があります。
いい思い出じゃないですよ。
ろくなことはありませんでした。

その頃、私は大学の職員寮に住んでいて、彼女と一緒に住むことは出来ませんでした。
寮には当然のごとく門限があり、時々、寮の管理人にお願いして彼女を泊めてあげたりはしたものの、やはりストレスのたまる状況でした。
そして、Tニャも寮暮らし。
勉強に集中できない彼女の為に、私はマンションを借りることを決意したのです。

私は不動産屋に行きました。
その不動産屋は私の学生の彼氏、セルゲイ君が働いている職場と同じ建物にあったものでした(←ややこしい!)。
いろんなバリエーションの中から見つけ出したのが、このジュドロ通りの物件。

その日のうちに行ってみると、そこには30代後半ぐらいの男性が二人いました。
正直、ちょっと怖かったです。
そのうちの一人が大家で、その人に手付金を払いました。

その2日後、私たちは引っ越すことにしました。
大家の携帯に電話を入れて、マンションで会う約束をしました。
マンションに行く前に、私たちはジダノーヴィッチという巨大市場で買い物をしました。
大量の食料とともに、私たちはマンションに向かったのです。
マンションに向かう乗り合いタクシーの中で、私たちはケンカをしました。
それがその日起こる出来事の序章だったのかもしれません・・・

マンションは建物の二階。
ベルを鳴らすと、ドアの向こうからは何の物音もしない。
再度ベルを鳴らすと、鍵を開ける音が。

そこに立っていたのは、全裸の大家。
Tニャは「キャー!」と悲鳴を上げました。
大家の男性は「今、風呂に入ろうと思っていたところだから、ちょっと待ってくれ」。

しばらく待って中に入ると、どうも様子がおかしい。
大家は完全に酔っ払っている。
ただの酔っ払い方じゃなくて、全くろれつが回っていない。
しばらく待ったのに、大家は全裸のまま。
大家を居間に押し込み、私はTニャを台所に通しました。

私とTニャはどうしたらいいものかと相談しました。
お金は払ってあるのだから、鍵を置いて出て行ってもらうしかないのです。
私は一人で大家と交渉を始めました。

私は「鍵を置いて出て行ってくれ」と頼みましたが、大家はまともに歩ける状態ではありません。
部屋の中の様子を見ると、その日一日で飲んだものではなく、数日間誰かと飲み続けた様子が伺えます。
簡単に言えば、アル中状態。
まだ夕方の16時。
でも、明らかに朝から飲んでいたようです。

大家は「お願いだから、ちょっと寝かせてくれ」「もうすぐ出て行くから、ちょっと寝かせてくれ」の一点張り。
交渉は長時間に及びました。
そのマンションは彼個人のもので、彼はそこにいる権利はあるわけです。
でも、彼は貸すと言って、お金も受け取っているわけだし。

私が「お願いですから、帰ってください」と言うと、大家「どこへ帰ればいいんだ・・・」
彼は奥さんと半別居状態で、あとは実家に帰るか友達のうちに転がり込むしか行くところがなかったのです。

でも、私たちにはそんなことは関係ありません。
彼をどうにかこうにか説得して、奥さんの電話番号を聞きだしました。
私は奥さんに電話して事情を説明したのですが、彼のことは知りたくもないし、引き取る気も全くないとの返事。
それを聞いて、大家はよりいっそううつ状態に。

外はすでに真っ暗。
だって、奥さんの電話番号とか、聞きだすまで30分以上かかってるんですよ。
大家は「お願いだから、今日はここに泊めてくれ。明日は出て行くから」と、どうにもならない言葉を繰り返すばかり。
全裸でベッドの中にいるのですから、そのまま追い出すことも出来ません。

彼を説得しながらも、台所にいるTニャの様子も見に行かないといけないし。
泣いてました。

その後、彼の母親の電話番号を聞きだすことに成功。
母親に電話すると、いますぐこちらに向かうとの返事。

待っている間に、不動産屋を紹介してくれたセルゲイ君に電話。
彼は不動産屋と交渉。
大家のやっていることは不動産屋との契約違反。
警察に届けることも出来る重大な契約違反なのです。
しかし、警察に届けられるとまずいことが。
それは、私もTニャも寮に居住登録してあるので、他の場所に住む権利を持っていないのです。
つまり、そのマンションに住むことは、私たちにとっても法律違反なのです。

そして、セルゲイ君、自分の仕事が終わった後で、私たちの所まで来てくれました。
彼は男気のある奴で、私に「こんなことになってしまって、悪いことをした」と謝ってきました。
そして、大家との戦い!
手こそ出さなかったものの、口論は壮絶を極めました。

そこに大家の母親が登場。
母親が説得を始めたのですが、大家はそれでも粘る。

セルゲイ君に不動産屋から電話があり、警察沙汰にする用意があるとのこと。
私はそれを必死で止めました。
それから、10分後にまた電話があり、不動産屋はその大家に住居を提供するという条件を提示してきました。
とりあえず、今日は不動産屋が用意したマンションに泊まって欲しいという提案。
しかし、大家は母親の前で駄々をこねる子供のようになっていて、どうがんばっても首を縦に振りません。

そんな戦いが続いた後、大家がようやく母親の言うことを聞き、服を着始めたのは夜の21時。
私たちがマンションについてから7時間が経っていました。

大家が帰った後、私たちは力なく台所に座っていました。
引っ越し祝いの為に市場で食べ物を買ってきたのに、それどころではありませんでした。
ぐったりして、その日はすぐに寝てしまいました。

うーん、それにしてもひどかったなあ。

その後も、その大家とはトラブル続き。
何かにつけ、家賃を上げようとしてきたりして。
でも、素面のときは割とまともに話しができるんですよ。
母親の話では、素面のときはいいのだが、一度飲み始めると何日も飲み続けるとのことでした。

そんなこんなで、私たちはジュドロ通りのマンションでの生活を始めたのですが、いい思い出はなかったなあ。
よくケンカしました。
とにかくケンカしました。
Tニャはおとなしく見えるタイプなのですが、ケンカになると心理的に責めてくるのです。

P2182084これはそのマンションの前にある小・中学校です。
ある日、朝からTニャとケンカをした私は気分が最悪でした。
近くのスーパーに買い物をしに行った帰り、目の前に学校があるのを見つけました。
そして、私はその学校へ行ったのです。
受付のおばちゃんに「校長先生にお会いしたいのですが」と言うと、おばちゃん、かなりびっくりしていました。
だって、突然、外国人が入ってきて、校長に会いたいなんて言ったらびっくりするでしょ。

しばらく待って、校長先生は現れたのですが、かなりびっくりしいていました。
私は「この学校で折り紙をさせていただけませんか」とお願いしました。
校長「えーと、それはボランティアということですか?」
akiravich「もちろん、営利目的ではありません」
校長はあっさりと許可してくれました。

その三日後に私は4年生の2クラスで折り紙を教えました。
子供たちには大うけ。
教務主任にも「ぜひまた来てください!」と喜んでもらいました。

ある日、うちの近くを歩いていると、私が折り紙を教えた子供たちが先生と一緒にみんなでどこかへ行くところ。
子供たちが私に手をふって大声で「また折り紙教えに来てね!」と言っていたのが印象的です。

ここには書ききれないくらいいろんなことがありました。
ジュドロ通りの散歩は15分ほどで終了。

P2182088スポルチーヴナヤ駅の近くで、新築のマンションを見ました。
前はもっと殺風景だったのになあ。
逆光で見えないかもしれませんが、高級な感じのマンション。
この不況に誰が買うんだよ!と思うのですが、買う人がいるんですよね。
貧富の差、拡大中。

今日はとにかく休み。
何も考えたくありません。
明日のこと何か、特に。
今日はワインを飲みながらのんびりします・・・

akiravich at 04:14コメント(0)トラックバック(0) 
livedoor プロフィール
Twitter プロフィール
ベラルーシでの生活は楽しいな♪
メッセージ

名前
メール
本文