2009年10月

2009年10月31日

それは思いもよらない依頼だった。

電話の相手はベラルーシの芸術大学の先生。
僕の知り合いの知り合いで、面識はない。
何でもその女性、専門は演劇で、学生たちと日本をテーマにした簡単な芝居を作りたいということで、僕に協力を依頼してきたのだ。

僕は喜んだ。
好きな芸術に関われる。
音楽高校から音楽大学に進み、すぐに中退。その後も音楽に限らず、様々なジャンルの芸術に対して興味を持って生きてきた。

でも、ベラルーシでは芸術が足りない。
そんな想いが常にあった。
日本のように世界中から一流の音楽家が来るわけでもないし、絵画にしても日本にいながらにして世界の名品が眼にできるようなのとはわけが違う。
いろんな意味で刺激が足りないのだ。

だから、少しでも芸術に関われるのは僕にとってこの上ない喜びだった。
正直、演劇というジャンルはそれほど馴染みのあるものではなかった。
東京では劇場でアルバイトをしていたものの、それは別に演劇が好きだったからではなく、たまたまうちから近かったのと、仕事が楽だったからだ。

確か9月の半ば頃だったと思う。
僕は大学での午前中の授業を終え、芸術大学へと向かった。

大学の中は活気に溢れていた。
うちの大学はステータスが高く、悪い言い方をすれば「お高くとまっている」ような学生も多いのだが、そこは若者のエネルギーが感じられる場所だった。

教室に入ると、先生がニコニコ顔で迎えてくれた。
挨拶もそこそこに、すぐに4年生の生徒と対面。
みんな緊張している。
そりゃあそうだ。ベラルーシでは日本人に会うチャンスなんか全然ないのだから。

よく話を聞くと、先生がやりたいのは日本の詩を使った発表会。
日本語の原文とロシア語訳を読み、そこに軽く演技をつけるもの。
朗読のちょっと演劇っぽいものと考えればいいだろうか。
すでにフランス語ではやったことがあって、次は日本語で、と先生が考えたらしい。

そのとき、一人の女の子が積極的にいろんなことを聞いてきた。
名前は確かDちゃんだったと思う。
帰るときも同じ方向だったので、地下鉄の中でいろんな質問をされた。
質問の内容はベラルーシ人の誰もがしてくるたわいもないもの。
「どうしてベラルーシに住んでいるんですか?」とか、「日本はどんな国?」とか。

かくして、僕は週に一回、芸術大学に通うことになった。

練習はなかなか進まなかった。
学生たちは最初、題材として芭蕉の俳句を使おうとしていたのだが、それには僕が反対した。
俳句はロシア語に訳すのは不可能だと考えていたからだ。
実際、ロシア語訳の俳句は原文が持っている力を失っているものが多い。
それに、彼らが持っていたのはロシア語訳だけで、それを読んでも日本語の原文を見つけ出すのは難しかったのだ(←それぐらい原文と遠い訳だったということだ)。

僕はかつて自分が翻訳した日本の現代詩を使うことを提案した。
学生たちはそれを読んで大喜び。
かなり気に入ってもらえたらしい。

練習はなかなか大変だった。
日本語なんか聞いたことすらない人たちが日本語で現代詩を読むわけだから。
僕はその練習以外にも学生たちに日本文化を知ってもらいたくて、日本のことを話したり、本を貸したりした。
ただ詩を読むだけでは意味がないと思ったのだ。

ある日の練習後、一人の学生が僕のところにやってきて、「日本の作家の本を貸してもらえませんか?」
それがTちゃんだった。

彼女はとてもおとなしく控えめに見えた。
芸術大学の演劇科だから、学生たちも目立ちたがりなのが多いのだが、彼女は田舎から出てきた何も知らない女の子のように見えた。
顔立ちも服装も控えめで、純情な感じの女の子だった。

僕は「純情」とか「純粋」というものにとことん弱い。
そういえば、初恋の女の子の名前も「純○」だったし。

Tちゃんは確かにかわいかったが、僕は特に意識しなかった。
本を貸してほしいと言ってきたのも、僕としては「日本に興味を持ってくれてうれしい」というぐらいの気持ちしか持たなかった。
それが二人の「始まり」だとは思ってもみなかったのだ・・・

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ベラルーシの思い出 
こんばんは。
はぐれミーシャです。
ベラルーシは朝の4時です。
ちょっといろいろあって、寝られません。

寝れないときのネットサーフィン。
私はいつものように、いつも利用しているSNSを開きました。
そのSNSはロシア語圏では登録者数も多く、利用している人を名前や出身大学など、いろんな形で検索できるのが魅力なんです。
そうやって、小学校時代の同級生や幼馴染を探し出したりすることもありますし。
うちのベロニカちゃんも遠い親戚を探し出して、連絡を取り始めたりしてますし。

そのような便利なものを利用して、誰もがしてしまうことがあります。
それは昔の恋人や初恋の人を探してしまうこと。
今の気持ちに関係なく、何をしているのか気になってしまうというのはあると思います。
そんなことがみんなあるはずですよ(←ないなんて、言わせないぞ!)

少しばかりの罪悪感を抱えながら、私は偶然にも(←ここ、大事)昔の恋人のページを見つけてしまいました。
いろんなことを思い出したよ。
ほとんどは嫌な思い出ですけど。

そこで、僕はここにその頃のことを書いてみることにしました。
「なぜ書くのか?」と問われれば、「そこにブログがあるから」
このブログは自分の好き勝手書くのを心情としているので。

正直に言うと、これまでの人生で起こったこと、全てブログに書こうと思っているんです。
「そんなの興味ない!」と言われても、これは私のブログなので仕方がないですよ。

その彼女というのは、ベロニカちゃんも一度だけ顔を合わせてしまったことがあります。
私は「あれは前に付き合っていた子だよ」と言いました。
だって、彼女のほうがあからさまにこちらを意識していたので、ベロニカちゃんも「あの人、知り合い?」と聞いてきたんです。

ベロニカちゃんには過去のことも全て話しています。
私なんかは相手の過去を聞かされたりするのは好きじゃないのですが、ベラルーシの女性に関してはむしろ聞きたがることが多いです(←私が知っている女性の多くはそうですが、みんなではないと思います・・・)。
ベロニカちゃんもそうですし。
ベロニカちゃんからも「あの子は今何してるの?」と聞かれるのですが、私は全然知りませんでした。

念のために書いておきますが、その彼女と連絡を取ることは絶対にありません。
ベロニカちゃんがいるからというのもありますが、私自身が連絡を取りたくないのです。

これは人それぞれだと思うのですが、元カノと連絡を取ったりするのは、私は好きじゃありません。
よく「別れても友達でいよう」なんて言いますが、私は絶対にしません。
現に、ベロニカちゃんに出会う前までに付き合った人で、今でも連絡を取っている人はいません。

とりあえず、書いてみようと思います。

akiravich at 11:36コメント(0)トラックバック(0) 
ベラルーシの思い出 

2009年10月30日

ふ〜、疲れた・・・
「疲れた」とは言っても、今日は授業で疲れたのではありません。
急ぎの翻訳の仕事が入ってきたのです。
なので、21時まで授業をやって、それからずっと翻訳の仕事をしていたのです(←ちなみに今、23時42分)。

最近、翻訳の仕事が多いなあ。
まあ、仕事が多いのはありがたいことなんですけどね。

それにしても、どうしてベラルーシ人やロシア人は前もって準備しないんだろう?
今日の仕事も明日の昼までに仕上げろという注文で。
文書の内容から言っても、そんなに簡単なものではないんですよ。
重要な文書をギリギリになって翻訳に出すというのも・・・

まあ、いいや(←いや、よくない!)

今日は久々にたくさん書きたい気分。
というのも、明日は大学の授業が休みなんです。
その代わり、劇の練習をするんですけどね。

今日、ある女子学生が「ちょっとお話したいことが・・・」。
何事かと思ったら、「来年の夏、アメリカに仕事をしに行こうと思うのですが・・・」
なーんだ、そんなことか。

私がビックリしなかったのは、ベラルーシの学生がアメリカへアルバイトに行くのは極めて普通のことだからです。
二ヶ月の夏休みの間、アメリカでアルバイトをするのです。
いわば「出稼ぎ」。

何でそんなことをするのかというと、ベラルーシではアルバイトの口がほとんどないから。
あったとしても、時給は安いし。
夏休みに限らず、日本のようにアルバイトをしながら大学に通っている学生というのは少ないんです。
私の学生の中では、両親や知り合いの仕事の手伝いをしている学生が少しいるぐらいです。

行くのはアメリカ東海岸がほとんど。
中にはイギリスに行く学生もいますが、時給はアメリカのほうがいいんです。

仕事の内容はウェイトレスが多いですね。
他の業種はあまり聞いたことがありません。
あ、そういえばレストランで皿洗いをしていたた男の子がいました。

問題なのは帰ってこない学生がいること。
本当に多いんですよ。
私の知っている学生の中では、3人。
3人とも女子学生です。

女性が帰ってこないことは多いみたいですね。
何ででしょう?

その帰ってこなかった学生のうちの二人に関しては今でも忘れられない思い出があります。
6年ほど前のことです。
そのうちの一人はとても優秀な女の子でした。
実は彼女は10月から日本へ一年間の留学に行くことが決まっていたのです。
もちろん、日本側から奨学金をもらった上でです。

しかし、彼女は9月になっても帰ってきませんでした。
最初の頃は「ちょっと帰るのが遅くなるのかなあ」というぐらいにしか考えていませんでした(←よくあることですから)。
でも、いつまで経っても帰ってくる気配なし。

みんなが「彼女は日本へ行く気があるのだろうか?」と思い始めました。
そして、日本側も「行くのか行かないのかはっきりして欲しい」
そうですよね。
はっきりしないのでは、日本の関係機関のほうでも困ってしまうでしょうから。

彼女がいるのはニューヨーク。
どうすればいいのか・・・
でも、これは連絡を取るしかない〜!

とりあえず、彼女の両親に電話。
そこで、彼女が住んでいるマンションの電話番号をゲット。

電話をしようと思ったのですが、壁となるのはニューヨークとの時差。
アルバイトをしているのだから、帰宅するのは夜だろうと思い、それにあわせて、私はミンスク時間の朝4時に起きて電話をしました。

しかし。
いくら電話をかけても留守電。
つながったのは30分以上あとのことでした。

彼女は英語で何か言ったのですが、私が「もしもし。古○です」と言うと、「What!?」。
状況がよく呑み込めていないようだったので、「わかりますか? 古○先生ですよ!」
彼女はビックリして「古○先生!?!? わー、久しぶりです!!!」と絶叫。

そこからは彼女の嵐のような話。
彼女「久しぶりにロシア語を話せてうれしいです!!!」
彼女はアメリカで起こったことをこと細かく話してくれました。
早く本題に入りたいのに、彼女の話は終わりません。
そして、電話料金が心配で・・・(←その月の電話料金は普段の3倍でした・・・)

でも、私も彼女の声が聞けてうれしかったんですよ。
やっぱり自分の学生はかわいいというか。

そして、本題へ。
はぐれミーシャ「日本へ留学する気はあるの?」
彼女「先生、私は日本へ行きません」
えええ!!!

はぐれミーシャ「どうして?」
彼女「私はアメリカでチャンスをつかみたいです」
はぐれミーシャ「でも、日本へ行くチャンスなんてなかなかないんだよ」
彼女「それはわかりますが・・・」
彼女にはもう何を言ってもダメでした。

ここまで来ると、私も熱くならずにはいられませんでした。
はぐれミーシャ「でもさ、君が連絡をしないで勝手な行動をとったことで、迷惑をこうむった人がいるんだよ」
彼女「それはわかります。申し訳ないとは思いますが、これは私の人生ですから」

彼女の言っていることはとても正しいとは思います。
でも、それって悲しい。
自分の将来のためだったら、他の人が困っても関係ないんでしょうか?
もし彼女が最初から留学を辞退していたら、他の学生にチャンスが回ったかもしれないというのもあります。

それ以来、彼女は音信不通。
同級生たちも彼女が何をしているかは全くわからないと言います。
彼女の他にもう一人、同じグループの女の子が一緒に言っていたのですが、その子に関しても全く情報なし。
もう一人の子のほうは勉強だけじゃなくて、プライベートでも私に世話を散々焼かせた子だったので、私としては複雑な心境でした。

こんな過去があるので、学生が「アメリカに行きます」と言うと、「帰ってこないんじゃないか・・・」と不安になるのです。

確かにベラルーシではアメリカのようにお金は稼げませんし。
「英語の勉強になるから」という理由で行く学生も多いです。

以前にも書きましたが、ベラルーシの学生が外国に出て行ってしまうケース、非常に多いんです。
夏の間だけならいいんですが、そのまま帰ってこないというのは・・・
家族や友達がいても、それは歯止めにはならないんですね。

最初から帰ってくるつもりがない学生もいるようです。
とりあえず向こうに行って、そのまま住みつくチャンスを探す、みたいな。

外国に行ったことのない若者にとって、アメリカは別世界。
物に溢れた世界に目がくらむのは仕方がないことかもしれません。
東京に行ったことがない田舎もんが、初めて東京に行ったら目がくらむでしょう。
キラキラした世界に目を奪われるでしょう。
でも、もしかしたらベラルーシの学生にとっては、それ以上のカルチャーショックなのかもしれません。

でもね、でもね。
ベラルーシ、いい国だよ。
確かに生活水準を比べたら、アメリカにはかなわないかもしれない。
でも、ベラルーシは自分の国なんだからさ。

うーん、自分で書いてて心の中が矛盾していく。
ベラルーシで生活するのが大変なのは、私も身に染みてわかっているから。
お金が全てではないと言っても、お金がないと生活できないわけで。
なので、若者たちがヨーロッパやアメリカを目指す気持ちも痛いほどわかるんですよね。

今日の話に戻ります。
「アメリカへ行きます」と行った女子学生。
彼女が話したかったのはアメリカの話ではなかったのです。
「先生、日本ではアルバイトできないんですか?」

うーん、それは難しいんじゃないですかね。
ビザがとれないですよね。

でも、今の日本では外国人の店員さんとかすっごい多いしなあ。
多分、日本で日本語を勉強している学生さんたちなんだろうけど。

もしアメリカに行くみたいに、日本へアルバイトに行けたら、ベラルーシの学生にとっては最高なんでしょうけどね。
アメリカの場合は100%合法の形で行くわけですが、それが日本で可能なのかどうか・・・
ただ、アメリカへ行くのも最近は非常にビザの審査が厳しくなっており、ベラルーシの若者にとってはかなりの難関になっています。

「日本で働きたい!」というのはアルバイトに限ったことではなく、大学を卒業した後で正式に働きたいという学生もたくさんいます。
でも、直接のコネクションがないと何もできないですよね。
なので、日本へ一年間の留学に行く学生には「日本にいる間に仕事を見つけてきなさい」と言うようにしています。
ベラルーシに帰ってきてからでは、日本での仕事が見つけられる可能性は非常に低くなりますから。

再度、今日の話に戻ります。
はぐれミーシャ「うーん、日本でアルバイトするのは難しいんじゃないかな」
学生「そうだろうと思っていました」
はぐれミーシャ「アメリカに行っても帰ってきますよね?」
学生「もちろん。どうしてそんなこと聞くんですか?」
はぐれミーシャ「だって、帰ってこない学生がたまにいるからさ」
学生「必ず帰ってきますよ。本当はアメリカに行きたいわけじゃないんです。他にアルバイトができるところがないからなんです・・・」
本当は日本でアルバイトできればいいんですけどねえ。
でも、こればっかりはなんとも・・・

他にも私に「アメリカみたいに、日本でアルバイトすることはできないんですか?」と聞いてくる学生は非常に多いです。
私が言えるのは「アルバイトじゃなくて、勉強しに行ったほうがいいよ。文部科学省のプログラムに合格できるように、今できることをがんばろう」
そうですよ。
留学中はアルバイトもできるんだから。

今日は昔のいろんなことを思い出しました!

明日は授業が少ないから、気が楽です。
それぞれの授業を気合入れてやりますよ。
うん、がんばろう!

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日本語教師の仕事 

2009年10月29日

こんばんは。
ようやく一息ついているはぐれミーシャです。
今、夜中の0時43分。
今日もなかなか忙しい日だったなあ。

調子はそこそこいいんですよ。
日曜日にサマータイムが終わって、時計を一時間遅らせてからですね。
一時間多く睡眠時間を取れたのが効いたのか、疲れをあまり感じません。

でも、明日はベラルーシ語の授業が2コマ。
いつも木曜日に強烈に疲れて、金・土・日と超疲れた状態で働く羽目になるんですよね。

今日の朝はのんびりしようかなと思ったのですが、翻訳の会社から電話があり、仕事。
しかも、とんでもなく難しい内容で。
何かの薬に関する書類で、意味不明な化学用語がたくさん並んでいました。

12時半からはプライベートレッスンが2つ。
そして、16時からは大学の授業。

うちから大学までは約30分。
プライベートレッスンが終わった15時半にうちを飛び出していくのですが、そうなると昼ごはんが食べられないんです。
しかも、今日は夜の21時まで授業。
ですから、何としても昼ごはんは食べておきたい。

日本だったら、コンビニで弁当を買ったり、ファストフードの店がたくさんあるから、その辺で軽く食事をするのは問題ないですよね。
でも、ベラルーシにはそんなところはありません。

そんなときの強い味方はホットドッグ!
ミンスク市内にはホットドッグのスタンドのチェーンがあるのです。

しかし、その店のホットドッグはすさまじい不味さ。
できることなら食べたくないのですが、これは仕方がないということで。
しかも、大学の最寄の駅のすぐそばに店があるので、大学へ行くときに歩きながら食べられるということで、今日は食べることに。

久しぶりに食べましたが、これがまた強烈にまずかった!
ホットドッグとは名ばかりで、パンを二つに割って、そこにソーセージをはさむというタイプではありません。
パンに穴を開けて、そこにソーセージを突っ込むのです。

何よりも不味いのがパン。
紙くずを食べた感じの味です。
パサパサで味も香りもゼロ。

私の中の過去の記憶が甦りました。
9年前、ミンスクに来たばかりの頃のこと。
町の中心、ヤクブ・コーラス広場にいた私は、お腹が空いていたので、そのホットドッグを食べたのです。
その不味さといったらなくて。
この世にこれほど不味いものがあるんだなあと、社会勉強。

今度、写真つきで詳しいレポートをします!(←しないほうがいいかな?)

それにしても、気軽に入れる店がないのは問題だなあ。
マクドナルドぐらいですよ。
ただ、ベラルーシの生活水準から考えると、結構お金がかかるのが難点。
たとえば、チキンバーガーとポテト、それに飲み物をつけて9000ルーブルぐらいでしょうか。
約320円と考えると安く感じるかもしれませんが、それって日本での値段とそれほど変わらないですよね?
給料は全く違うのに。

まあ、いいや(←いいのか!?)

うちに帰ったのは22時。
晩御飯を食べたら、翻訳の続き。
1時間半で片付けました。
思ったよりも早く終わったなあ。

それから、ベラルーシ語の勉強。
やっぱり簡単じゃないなあ。

明日もなかなか大変な一日。
がんばろう!

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ベラルーシの生活 | ベラルーシの食生活

2009年10月28日

おはようございます。
まだ寝ぼけているはぐれミーシャです。

昨日の夜もブログの更新をしませんでした。
最近、朝の更新が多くなっているなあ。

昨日は休みだったのですが、全然休めませんでした。
朝はベラルーシ語の勉強。
ちょっと体が重かったのですが、何とか切り抜けました。

それから、町を駆け回り買い物。
ベラルーシ語の辞書が欲しかったんですよ。
ロシア語→ベラルーシ語の辞書はあるのですが、ベラルーシ語→ロシア語の辞書はまともなのが全然なくて。
あっても、三巻本の三巻目しかなかったり。
散々探しましたが、結局ダメ。
辞書がないのは厳しいなあ。
勉強しにくし。

通訳会社に行ったり、インターネットカードを買ったりしたので、うちにたどり着いたのは15時過ぎ。

それから、1時間半ほど仮眠。
そして、劇場へ。
ベロニカちゃんが体調不良で、学生のビーチャ君と行くことに。

行ったのは「ベラルーシ・ドラマ劇場」。
純粋にベラルーシ語だけで上演する劇場です。
出し物は「Адвечная песня」。
日本語に訳すと「永遠の歌」。
作者はベラルーシを代表する作家、ヤンカ・クパーラです。

うちの大学の同僚がすごく勧めてくれたんです。
うちの大学を卒業した学生と一緒に見たそうで、ものすごく感動したのだとか。
そして、その学生はすでに7回も見たんですって。

劇そのものはベラルーシではクラシックなスタイル。
というか、昔は新しかったという感じの作りです。
そういうのって、ハズレもあったりするのですが、今回のはかなりアタリ。
なかなかいい劇でした。

ただ内容が理解できないところがあったのが残念。
私のベラルーシ語力では、ヤンカ・クパーラのような作家の言葉はすぐには理解できません。
それに、ほとんどの台詞が歌だったんですよ。
今、インターネットで劇のことを調べてみたら、「ロックオペラ」と書いてありました。

歌になると、外国語って聞き取れないですよね。
私の場合、ロシア語の歌なんかテキストが理解できないことが多いですもん。

これって、外国語に限らず、母国語でも同じことかも。
日本語のオペラなんかだと、思いっきり歌っているときなんか、何を歌っているかわからなかったりするでしょうし。
一緒に行ったビーチャ君も「半分は理解できませんでした」。
ベラルーシ人がこんな調子なのですから、私が理解できないのも当然といえば当然。

ベラルーシ人に言わせると、「ベラルーシ語なんてロシア語とほとんど同じなんだから簡単じゃん」。
そんなこと、全然ないんですよ。
確かにかなり似てはいますけど、同じとは言えないですね。
実際、ロシア人にベラルーシ語を聞かせても、全く理解できないらしいですよ。

昨日の劇で一つ残念なことが。
それは後ろの観客がうるさかったこと。
子供たちが座っていたのですが、ずっとおしゃべり。
私の隣に座っていた女性が「静かに!」と言ったのですが、劇の最後ではまたうるさくなって。
私もかなり我慢しました。
ベラルーシの劇場には、中学生や小学生が先生と一緒に来たりするのですが、静かに見ない子供もかなり多いんですよ。
すっごい迷惑。

ああ、もっとベラルーシ語を勉強しなきゃ!

akiravich at 17:55コメント(2)トラックバック(0) 
ベラルーシの劇場 

2009年10月27日

おはようございます。
昨日の夜はお休みしちゃいました。
なので、朝の更新です。

朝起きると、必ずこのブログの訪問者数をチェックするのですが、今日は朝7時の時点で153人!
どうしたんですかね?
いつもだと、40人ぐらいが普通なのに。
そんなにすごいこと、書いたかなあ。
それに昨日の夜は更新していないのに。

何かその日に書いた内容とか、そういうのは訪問者数にあんまり関係していないような気がします。
訪問者が増えるのはうれしいことです。

昨日は授業のキャンセルが2つあり、4コマしか授業がありませんでした。
これは結構、すごいことですよ。
月曜日はいつも6コマ、多いときで7コマの授業ですから。
肉体的にも楽ですが、精神的にもかなり楽です。

大学の授業は風邪引きさんが多く、9人中4人が休み。
風邪を引きやすい天候が続いているんです。
私も気をつけないと。

夜はいつものようにLちゃんの授業。
Lちゃんはキティちゃんが大好き。
キティちゃんを見ると、「かわいい!!!」とすごい反応をします。
はぐれミーシャ「かわいいのは認めるけど、そこまでのことかね・・・」
Lちゃん「はい、ここまでのことです!」
相変わらず、センスのいい間違いです。

今日は一応休み。
でも、休み感、皆無。

というのは、11時15分からはベラルーシ語の授業だし、市場にも行かないといけないし、翻訳会社にも行かないと・・・
そして、夜は劇場へ。
劇場は好きだけど、やっぱりうちでのんびりする時間も欲しい・・・
一週間に一度の休みはこうやって過ぎていくのです・・・

さて。
今日は先週の土曜日に撮った写真を載せてみたいと思います。

前もって言っておきますが、何の面白みもない写真です。
ただ単に、その辺の風景を切り取っただけ。
語学学校からの帰り道の寂しい風景です。

PA241197赤いレンガの建物は倉庫みたいな感じですね。
その語学学校は周りに工場しかないような所なんです。
人もほとんどいないようなところ。
一応、会社の宿舎みたいなのがいくつかあるのですが、土曜日の午後、このどんよりと曇った空の下、人通りはほとんどありません。

でも、私はこういうの好き。
誰もいない景色。
寂しい景色に自分が溶け込んでいくのが好き。
心の景色が保護色になっていく感覚。

ユトリロの絵が好き。
白い景色。
誰もいない町。

PA241198この建物、上に書いてあるのは「食堂」。
ソビエトの香り。
完全にソビエト時代そのままです。
いい感じです。
まだちゃんと営業しているようですが、人の気配は一切ありません。
入ってみたい気もしますが、これは工場の労働者の人たちの食堂でしょうから、エトランゼの私が入っていくのは・・・



PA241199木です(←見たらわかる)。
秋の木が好き。
もう葉がない木が好き。
20歳の頃、行くところがなくて、ベンチで本を読んでいた北の丸公園の冬。
本を読みながら温めたベンチ。
少し体をずらすと、そこには冷え切った木の温もり。
彼女の冷たい手が僕の心には暖かかった。

PA241200落ち葉が作った道。
誰もいない道。
掃除したらダメなんだ。
本当に何の変哲もない写真ですみません。








PA241201鉄の壁に「サウナ」の宣伝が。
うーん、これを見て行きたいと思う人が何人いるのだろうか・・・
サウナの名前は「グラードゥス」。
直訳すると「温度」とか「度数」。
もうちょっといい名前はなかったのか・・・





PA241202ちょっと広めの通りへ。
建設の途中でストップしてしまった建物。
これ、私が来た9年前からこのままで放置されているような気が・・・






とまあ、こんな感じです。
最近は大学とうちの往復だけで、ゆっくりと周りの景色を眺めたりする余裕はありませんでしたから、こんな何の変哲もない景色も、私にはなかなか楽しめたりするんです。
ミンスクの町の雰囲気をちょっと切り取ってみました。
またこんな写真を載せてみたいです。

あー、ベラルーシ語の予習しなきゃ!

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ベラルーシの生活 

2009年10月26日

ヒンデミット/交響曲「画家マチス」
アーティスト:サンフランシスコ交響楽団
販売元:ポリドール
発売日:1995-04-21
おすすめ度:4.0
クチコミを見る
私が大好きな作曲家の一人、ヒンデミットです。
すっごい好きなんです。
何ででしょう?
このCD、私の愛聴盤です。

白ワインを飲んでいます。
全然おいしくないですが。
これはおいしくないワインだなあ。
でも、この値段では仕方ない・・・(←約300円・・・)

今日はいつもの7コマ授業。
でも、割と楽でした。
何ででしょう?
楽に乗り切りました。
いつもだと、かなり苦しいんですけど。

何で楽だったのか、改めて考えてみると、答えはひとつ。
それは今日の夜中でサマータイムが終わったからです。
日本人の皆さんには理解しがたいでしょうが、夏になると時計を一時間進めるんですよ。
それを一時間遅くしたわけです。

つまり、一時間多く眠れるということ。
これはすごいですよ。
体内時計が歓喜の声を上げています!

私の最近のスケジュールは仕事と仕事の間にまったく余裕がないもの。
なので、一時間でも今の私にとっては大きい時間なのです。

朝から体が軽かったですもん。
朝はキラちゃんの授業。
11時からは一番古株のアニメグループ。
14時半からのアニメグループもハイテンション。

18時からの新人アニメグループの授業。
あまりのできの悪さに、久しぶりにはぐれミーシャがシャウト!
「来週の小テストで同じような結果だったら、このグループ解散だからな!」
ちょっと言い過ぎたかな。
みんな引いてました。

ベロニカちゃん曰く「学生から見ると、あなたは最初はとても楽しい先生に見えるのに、あとですごく厳しいことがわかって愕然とする」
そうなんですかね。
私はいつもニコニコで、楽しい授業をモットーとしていますが、学生に対する要求自体はかなり高いとは思います。
でも、もっと最初から厳しくしないとダメなんですかね。
空気が硬くなってしまい、なかなか立て直すのが大変でした。
最後はいつもの楽しい雰囲気になっていましたけどね。

授業が終わって、メールをチェックすると、日本に留学中のアリーナさんからメールが!
10月のはじめに日本へ行ったのですが、音沙汰がなくて心配だったんです。
元気そうで、うれしいですね。
あとは秋田に行っているカーチャさんから連絡が来れば一安心なんですが・・・

ここ最近、写真付きのレポートがないですね。
ベラルーシがらみの記事も少ないし。
すみません。

近いうちにベラルーシ料理のレポートもしますよ。
というか、今日の晩ごはんはベラルーシ料理だったので、写真をバッチリ撮っておきました。

食事の後に日本から持ってきたビデオを見たのですが、U字工事の漫才はロシア語に訳しにくい・・・
私は大好きなんですけどね。
栃木弁はロシア語にできないので・・・

でも、ベロニカちゃんはそのしゃべり方だけで笑っていました。
ベロニカちゃん「そういえば、『ごめんね、ごめんね!』って、アキラのお母さん言ってたけど、この人の真似だったの!?」
はぐれミーシャ「今ごろ気づいたの!?」
まあ、ベラルーシに栃木はないですから・・・いや、U字工事はいないですから、仕方ないですけど・・・

栃木といえば、一緒にロシア語を勉強した女の子も栃木だったなあ。
大田原市の出身で。
何してんのかなあ・・・

今日は何かおだやかな一日。
たまにはこんなのも、いいかな。

明日は6コマ。
朝は割とゆっくりできるので、ベラルーシ語の勉強でもするかな。
では、お休みなさい・・・

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日本語教師の仕事 

2009年10月25日

今日もベラルーシはどよ〜んとした曇り空。
何か気分も滅入ります。

でも、授業は少なくて5コマ。
なので、割と楽に切り抜けました。

さて。
今週の水曜日、うちの大学で学生たちの研究発表会がありました。
「研究」とは言っても、そんなにすごい研究成果を発表するわけではありません。
みんなインターネットや本からとってきた論文をちょっと組み替えて読むだけ。
だから、「研究」とは言えないものがほとんど。
上級生はまあ、そこそこ面白い話をしていましたが、1年生や2年生の中にはインターネットの内容をそのまま話しただけみたいな人もいました。

中にはちょっと首を傾げたくなるような内容もありました。
「日本の教育制度」というテーマで発表した子。
「日本には子供が勉強するための小部屋があり、そこに子供を閉じ込めて、勉強が終わるまでそこから出さない」
うーん、そんなのあってもビックリはしないですが、それが日本のスタンダードだと思われたら困りますね。

ある一年生の発表者は「日本の子供」というテーマで発表しました。
日本に関しては、非常に変な内容のステレオタイプが時々見られるのですが、その中でも一番良く耳にする話は「日本における子供のしつけ方」。

その中に「日本の子供は7歳まで完全な自由を与えられる。何をしても親に怒られることはない」というのがあって。
これ、よく聞きます。
ベラルーシ人の間ではよく知られていることらしく、どんなに小さい村に行っても、その話をされます。
7歳と言うときもあるし、5歳と言うときもあります。

もちろん、私は「そんなことはない」と否定しますよ。
でも、ここまでしょっちゅう聞かれると、もしかしたら本当にそういうスタイルのしつけ方があるのかなあなんて思ったりします。
いやあ、ないですよね!?
少なくとも、私はそんな育て方はされていません。

その「日本の子供」についての発表が終わったあと、質疑応答になったのですが、その中で私の上司が発言。
「子供に自由を与えるのは自然なことだ。というのは、日本では大人になればなるほど、全体主義や常識に縛られて自由に行動が取れなくなるので、子供のうちだけでも自由を与えておこうという配慮だろう」
うーん・・・

それにしても、日本に関するステレオタイプは多い!
このブログでもいろいろ紹介していきたいと思います。

あー、お腹空いた!
晩ご飯、食べようっと。

akiravich at 03:59コメント(6)トラックバック(0) 
ベラルーシの生活 

2009年10月24日

今日もお疲れモードのはぐれミーシャです。
というか、眠かったです。

今日は学生たちも眠そうな顔をしていました。
こういうどんよりした曇りの日は、体調を崩したり、元気がない人が多いんですよ。

寝不足を解消しないと・・・なんて思ってはいるのですが、来週もゆっくりする時間はないですね。
11月7日の革命記念日までガマンガマン。

さて。
今日はちょっとロシア語のお話。

17時半からの新人アニメグループ。
今は「みんなの日本語」の第一課を勉強しています。
出てくる語彙は日本人、会社員、先生、学生などなど。
まあ、基本的な語彙ですね。

先週、「国の名前+人=その国の人」というのを勉強したのですが、これは割とわかりやすい文法。
でも、ベラルーシの学生にとっては納得できないこともあるようで・・・

ある学生「どうしてEnglandが『イギリス』になっちゃうんですか!?」
確かに英語などの呼び方とは程遠いものがあったりしますから。

教科書にはアメリカ人、ドイツ人、イギリス人、中国人、韓国人など、いろんな国の人が登場します。
もちろん、ロシア語にもそのような言葉はあるのですが、スタンダードなバージョンとは別に、あまりきれいじゃない言い方もあったりします。

例えば、アメリカ人はロシア語で「американец(アメリカーネッツ)」と言うのですが、他の言い方では「америкос(アメリコース)」。
これは卑称とか蔑称というものでしょうか。
かなり汚い言い方です。
日本語でもいろいろありますよね(←ここには書きませんが)。

実はあるとき、12歳の子供に教えていたとき、私が「この言葉の訳は『アメリカ人』ですよ」と説明したら、その子がプリントに「アメリコース」と書いていたのです。

英語のことは詳しくないですが、日本人については「ジャップ」という言い方があるんですよね?
「プロレススーパースター列伝」の「ザ・グレート・カブキ」の巻で読みました(←知っている人、いますか?)

これと似たような呼び方を持っているのが中国人を表す言葉。
元々は「китаец(キターエッツ)」というのが普通ですが、蔑称は「китаёза(キタヨーザ)」。
この言葉もきれいではありません。
さすがに、誰かがこの言葉を使うと、周りの人が「そんな言葉、使っちゃダメだよ」とたしなめたりすることも多いです。

この二つはかなり悪い言い方です。
でも、使う人は時々いますね。
聞く頻度も割りと多いです。

そこで、私はある学生に他の国の人について、どんな言い方があるのか聞いてみました。

例えば、ポーランド人。
普通は「поляк(パリャック)」なんですが、「пшек(プシェク)」と呼ぶときがあるそうで。
これはポーランド語と関係があって、彼らの話を聞いていると、「プシェ」という音がよく聞こえてくるからだそうです。
でも、ほとんど聞かない言い方ですね。
私は初めて聞きました。

次はイギリス人。
普通は「англичанин(アングリチャーニン)」なのですが、他の言い方では「англичашка(アングリチャーシュカ)」。
これは私もベロニカちゃんも初めて聞きました。

そして、日本人。
普通は「японец(イポーネッツ)」ですが、他の言い方では「япошка(イポーシュカ)」。
9年住んでいて、一度だけ言われたことがあります。
チェブラーシュカみたいでかわいいと思っていたんですが、それは間違いだったんですね。
でも、市場のおばちゃんに笑いながら言われたので、悪意はなかったのでしょう。

このポーランド人、イギリス人、日本人のバリエーションはそれほどひどいものではありません。
蔑称とも卑称とも言えないほど軽いものです。

あと、ベラルーシの隣国の人についても他の言い方があります。
例えば、ウクライナ人。
普通は「украинец(ウクライーネッツ)」ですが、時々、「холол(ハホール)」と言う事があります。
これは特に軽蔑の感情は含まれてはいない、というのが大方の意見です。
これは良く聞きます。
まあ、隣の国の人のことですから。

そして、モスクワの人のことも、違う言い方があります。
普通は「москвич(マスクヴィッチ)」と言いますが、「москаль(マスカリ)」。
元々はモスクワ大公国の住民のことを指していたのですが、今ではモスクワの人のことを指します。
これは蔑称に近いものです。

これらの言葉、日本だったら間違いなく差別用語になっていそうなものですね。
もしかして、今日のテーマ、危険ですかね。
変なコメントが来ないことを願っています・・・

さて、ベラルーシ人のことはどういうんでしょうか。
普通は「белорус(べラルース)」ですが、他の言い方では「бульбаш(ブリバッシュ)」。
これはベラルーシ語の「бульба」、つまり「じゃがいも」から来ているのです。
簡単に言えば、「いつもじゃがいもを食べている人」とか、「じゃがいも好き」という意味です。
今日のアニメグループの授業で、私が「じゃがいも」という言葉を教えたとき、学生が「じゃあ、『ベラルーシ人』は『じゃがいも人』ですね」と言ったんですよ。
みんな笑っていましたから、そんなにひどい言葉でもないのでしょう。

この話を学生として、いろいろと新しい言葉を知りました。
他にもあるのですが、ここには書きません。
というか、書けません・・・

ここに書いたのは、純粋に言葉の上での興味です。
他意はありませんので。

元々、ロシア語は汚い言葉がとても発達しています。
スラングも多いですし。
もっといろんな言葉を集めてみたいですね。

明日は5コマ。
朝は授業がないので、うれしい!
ちょっと多めに寝て、エネルギーを充電しておきます・・・

akiravich at 05:44コメント(2)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 | ベラルーシの文化

2009年10月23日

今日も異常に疲れているはぐれミーシャです。

今日は11時15分からベラルーシ語の勉強。
2コマですから、約3時間ベラルーシ語漬け。
とても面白いのですが、非常に過酷です。

その後は授業が4つ。
授業の間に2時間ほど空き時間があったのですが、ずっと勉強。
ベラルーシ語だけでなく、ロシア語も。
知らない言葉がたくさんあって愕然。
もっと勉強しなきゃ。

ここしばらくのはぐれミーシャは勉強モード。
自分自身の勉強のことばかり考えています。
これ以上、同じ場所にとまっているわけにもいかないし。

今日の夜もLちゃんのレッスン。
夜の9時からですよ。
この寒空の下、よくうちまで通ってくるものです。

彼女との話はまたもや真面目な話になりました。
私が言ったのは「自分の限界が見てみたい」。
もっとロシア語がうまくなれるはず。
ギリギリのところで勝負してみたい。

ベラルーシに来てからずっと、「ロシア語上手ですね」とほめられ続けていたから、どこかで甘えがでていたのかもしれません。
いや、間違いなく甘えてました。

学生たちに負けないように、私自身も上を目指さなければ!

明日も授業が満載。
授業が6コマ。
そして、朝は日本語劇の練習。
これが一番エネルギーを使うものです。
これもギリギリのところまでもっていきたいです。

久しぶりに燃えています。
でも、とりあえず寝ないと・・・
燃え尽きちゃっても仕方がないので・・・

akiravich at 05:28コメント(5)トラックバック(0) 
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