2009年11月

2009年11月30日

今日もくたくたです。
でも、何か爽快です。
何ででしょう。

先週の日曜日も異常に調子がよくて、そしたら月曜日にガクンといったんですよね。
こういう調子がいいときこそ、気をつけないといけないですね。

今日の授業は調子が良かったです。
ずっと楽しい雰囲気をキープできました。
特に夜の授業はガス欠状態になることが多いのですが、今日は最後まで楽しく授業を進めることができました。

今日は最近あった出来事について。
簡単な話です。

このブログによく登場する学生のLちゃん。
この前、授業で「おばけとか信じますか?」という話になって。
その文脈で「そういえば、うちの兄貴はそういうの好きなんだよ。世界の七不思議とか超能力とか」。

すると、Lちゃんが「???」という顔をしていたので、「どうしたの?」。
Lちゃん「その『超能力』の「ちょう」って、кишкаのことですか?」
кишкаというのはロシア語で「腸」のことです。
つまり、「腸能力」というわけ。

Lちゃんと二人で爆笑しました。
はぐれミーシャ「その『腸能力』ってなによ」
Lちゃん「えーと、消化がすっごくよくなる能力です!」
何だそれ!
面白かった!

その「腸能力」、私は日本にいたときはあまり腸の調子が良くなかったんですよ。
でも、ベラルーシに来てからほとんど問題ないんですよね。
ベラルーシの水に合っているのでしょうか。
私の「腸能力」もレベルが上がったということですかね。

PB291143今日のおまけ写真1。
今日のお昼のデザートにベロニカちゃんが作ってくれたハニートーストです。
日本から送ってもらったビデオの中に、渋谷の食べ歩きの番組があって。
その中である喫茶店で作っていたのを真似たんです。

トーストしたパンを溶かしたバターと蜂蜜を一緒にしたものにからめたもの。
上からちょっとアイスクリームとチョコレートを刻んだものをかけました。
すっごくおいしかったです!
これ、このまま喫茶店とかで出せそう。
ベラルーシではこういう料理の作り方はしませんから。

PB231138今日のおまけ写真2。
ベッドでくつろぐ猫と犬。
特に意味はありません。
私たちのお気に入りの動物たちです。

今日はゆっくり寝ます。
明日は授業が少なめで4つ。
火曜日の休みまであと一日だ!

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日本語教師の仕事 

2009年11月29日

今日は一日中、眠気と戦っていました。
あー、眠かった。

それもそのはず、朝6時に目覚めてしまい、その後、寝られなくてずっと本を読んでいたからです。
しかも、授業はいつものように6コマだし。

今日はちょっとイライラしていました。
というのは、昨日の記事にも書きましたが、テレビ番組へのオファーが来て、その話がなんかはっきりしなかったんです。

昨日の夕方、前から知り合いのプロデューサーの人から電話が。
「КВНの審査員をやってくれないか」
КВНというのは学生のチームがお笑いのチーム戦みたいなのをするんです。
日本でもお笑いの選手権大会がありますよね?
あんな感じのを素人の学生がするんです。

日本のように漫才コンビやコントではなく、大きいチームで参加するのが普通。
大学単位でチームを作ることが多いです。
これはソビエトから続いている伝統ある番組。
ベラルーシでも非常に人気のある番組です。

ただ、今回オファーをもらったのは旧ソ連圏全体のものではなく、ベラルーシ国内のもの。
グレードはちょっと下がります。
何度か見たことがありますが、あんまり笑えなかった・・・

そのプロデューサーからは二回ほど審査員になるオファーをもらっていたのですが、その度に仕事の都合がつかなくて断っていたのです。
でも、今回はOKすることに。
あんまり断り続けるのも悪いし。

なので、日曜日の夜来ている学生の数人に電話。
授業を火曜日の夜に変更する約束が取れたので、プロデューサーに電話して、出演OKの返事をすることに。

ところが電話をすると「どうなるかわからない」。
もしかしたら、他の審査員になるかもしれないということ。
っていうか、だったらオファーするんじゃないっつーの!
自分のほうから電話をかけてきたくせに。

結局、「明日になればはっきりするから、12時ぐらいに電話する」とのこと。
何かすっきりしないなあ。

ベラルーシのテレビ関係者、いい加減な人が多いんですよ。
これはテレビ関係に限らず、芸能関係全般かな。
約束の時間を守らなかったりするのは当たり前。
私もいろいろやってきたのですが、ちゃんとした人は本当に少ないんです。

それにしても、はっきりしないのが一番困るんですよね。
やるならやるで、日曜日の授業を延期しなきゃいけないし。

そして、今日の12時。
案の定、電話はかかってきませんでした。
予想通りですけどね。

14時20分に授業が終わったので、その人に電話。
「一時間後に電話するから、そのとき返事するよ」
もちろん、一時間後には電話はかかってきませんでした。

かかってきたのは2時間後。
「ちょっとがっかりさせちゃうかもしれないなあ・・・明日の話はナシ、ということで」
がっかりなんかしてませーん。
はっきりしてすっきりしました。

むしろ日曜日の授業を動かさなくてもいいので、うれしいです。
授業のキャンセルとか、極力避けたいですよね。
私にとってはたくさんある授業の一つでも、学生にとっては一週間でただ一回だけの勉強のチャンスなわけだから。

ベラルーシのテレビ関係者って、「テレビに出させてやってる」みたいな態度が見え見えなんですよね。
つまり、「テレビに出られるのは名誉なことなんだから、俺に感謝しろよ」みたいな。
っていうか、時間を作って出ているこっちに感謝するのが普通じゃないの!?
こちらの都合には合わせてくれない人が多いですね。

そして、ギャラの話。
私は何度かテレビに出ましたが、ギャラが出たためしはありません。
全くのノーギャラ。
映画やドラマは出ますよ。
少ないけど。

どうなんですかね。
これって普通なんでしょうか。

俳優の友達が言っていたのですが、ベラルーシの歌手なんかだと、自分でテレビ局にお金を出して出演させてもらうことがあるのだとか。
テレビに出ると顔が売れるから広告代わりというわけで。

そう考えたら、私もいろいろやったよなあ。
4年ぐらい前のお正月は日本のお正月について話したし。
そのときは最後に「ベラルーシの皆さん、今年が皆さんにとって素晴らしい年になりますように」なんて、メッセージを言ったんですよ。

あと、地方都市のブレストまでわざわざ出かけていって、テレビの生番組もあったし。
ブレストの公園で「百万本のバラ」を日本語で歌ったこともあったなあ。
あのときは「ベラルーシ人女性の皆さんのために歌いました」なんてセリフを言わされて恥ずかしかった。

まあ、テレビは嫌いじゃないんで、またチャンスがあれば出たいです。
私がテレビに出られるのって、理由は「日本人だから」で、私自身に魅力があるからじゃないと思うんですよ。
もっと自分を高めていかないと!

明日はテレビの収録がなくなったおかげで7コマ授業。
やっぱり俺は日本語教師だ!
がんばるぞ!

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ベラルーシの文化 

2009年11月28日

今日は仕事が少なくて楽な一日でした。
何かいまいち調子が出なかったです。

今日の夕方、昔の知り合いから電話が。
その人は芸能関係のプロデューサー。
「日曜日、学生のお笑い番組の審査員をやってもらえないかな」
まだ本決まりじゃないので、ダメになるかもしれませんが。
もし本当に出ることになれば、明日、正式に話が来ることになってます。
テレビの仕事は楽しいから出たいなあ。

仕事が終わったのが20時半。
こんな時間に仕事が終わるなんて〜!
時間に余裕がある夜というのも珍しいです。

夕食の後はドラマタイム!
おとといぐらいから見ているのは「タイガー&ドラゴン」。
すっごい面白いです。
私は一度見たことがあったのですが、今回はベロニカちゃんと一緒に。

私は落語には詳しくはないですが、好きなことは好きなんですよ。
昨日の夜は一生懸命「寿限無」のフレーズを暗記しました。
あの「寿限無寿限無・・・」というやつです。
三行だけ覚えられないです。
っていうか、三行は多いか。
ちょっとロシア語でやってみたいです。

さて。
今日の話はわかる人にはわかる、という話です。

今週の月曜日と火曜日、私は体調を崩して休んでいました。
9月からのハードワークがたたったんですね。
私は仕事のことは全て忘れて、体と心を休めることに専念しました。

その間、何をしていたのかというと、ビデオ鑑賞。
日本から送ったビデオを見ていました。

昔から好きな番組はビデオに撮っておく癖があって。
実家には撮り貯めたビデオが山のように残っています。
母親からは「邪魔だから、何とかしなさい!」と言われるのですが、なかなかこれが。
全てが思い出深いものなので。

夏に日本に帰ったとき、日本から船便で大量に本やビデオを送ったんですよ。
そのビデオはほとんどがクラシック音楽、料理番組、プロレス、この三部構成。

しかし。
中には以前に撮っておいたドラマがあって。
その中には私が大好きな「ビバリーヒルズ高校白書」「ビバリーヒルズ青春白書」がありました!

月曜日の夜は5話立て続けに見てしまいました。
「青春白書」のほうです。
ケリーがホスピスでボランティアをしたり、山火事のときにドナちゃんが小鹿を助けたりしたあたりです(←わかる人にはわかります)。

私は「ビバヒル」が大好き!
かなり昔から見ていました。
一番最初の5〜6話は見ませんでしたが、後はずっと見ていました。
ブランドンがいなくなるまでは見ていました。

よくNHKで夜中にやってましたよね。
以前は日曜日だったと思うのですが、人気が出るにつれ、土曜日になったりして。
それにしても、よくコロコロと放送時間を変えたものだなあと思います。
っていうか、変えすぎです。

私が一番好きだったのはディランです。
あの破滅型の生き方に共感。
目の前で父親が死んだり、彼女が死んだりといろんな地獄を見てきたディラン。
そんな瞬間、私はテレビの前で固まって、言葉を失うのでした。

私が専門学校でロシア語を勉強していた頃、クラスメイトたちとよく「ビバヒル」の話をしていました。
女の子は大体、ケリーが好きでしたが、私はあまり好きじゃありませんでした。
ただの我がまま娘にしか思えなかったのです。
クラスメイトの女の子「ブランドンとケリーが一緒になれば一番いいのに」
私は大反対。
ケリーはどうしても好きになれませんでした。
だって、ブランドンとディランの両方と付き合っていたなんて。
親友が自分の前の彼女と付き合ったら、ちょっと嫌じゃないですか?
私はそういう経験があるので・・・

ブランドンはいろんな女の子と付き合っていましたよね。
今、思い出せるだけでもニッキー、エミリー、トレーシー、人妻、大学新聞の人(名前忘れた)などなど。
私の好きなタイプと同じなんですよ。
ドラッグにはまっていたエミリー以外はみんな私の好きなかわいいタイプの子ばかりでした。

あと、私が好きなのはナットさん。
私、喫茶店のマスターとか憧れてるんです。
いいですよね。
若者が集まってきて、「俺も若い頃は・・・」なんて、恋愛相談に乗っちゃったりして。
いいよなあ。

私の周りの女の子に人気があったのはブレンダでした。
私も好きでしたけどね。
ブレンダがパリに行っている間に、ディランがケリーとくっついちゃった時は、私はブレンダを応援していました。
確かにブレンダもパリでいい男を見つけていましたが、親友の彼氏をとっちゃうなんて・・・
許せん!
今思うと、あの頃から私の「ケリー嫌い」が始まったように思います。

すみません。
見ていなかった人には何のことやらわからない内容ですよね。

すごい感情移入してしまうドラマですよね。
人ごととは思えなくなってしまうんです。
専門学校時代は一部のクラスメイトと激論していましたもん。

はぐれミーシャ「俺はディランタイプだよな」
クラスメイト(←読んでる?)「いやあ、古○さんはブランドンタイプでしょ」
はぐれミーシャ「なんで?」
クラスメイト「だって、よく彼女が代わるじゃないですか」
はぐれミーシャ「・・・」(←返す言葉なし)
いや、そんなに彼女がいたわけじゃないんですよ。
彼にはそう見えたのでしょう・・・

関係ないですけど、その頃、よく「ちょっと情けない状況に陥ってドナちゃんに助けを求めるデビッド」という物まねをやってました。
これがまた全く似ていないんですけど、「情けない」ところは似ていたようで、同じ学校のKさんはよく笑ってました。

インターネットで調べてみたのですが、登場人物の中でもデビッドとドナちゃんは私と同い年なんですよ(←36歳)。
ちょっとうれしい。

よく「『高校白書』は良かったけど、『青春白書』はちょっと・・・」という人がいますが、私はどちらも好きですよ。
確かに「高校白書」のほうがもっと新鮮な感じで、「青春白書」のほうはメロドラマっぽいですけどね。
よくあのメンバーの中でしょっちゅう恋愛ができるもんだ、と。
普通の友達関係ならば、完全に関係崩壊しているでしょう。

今、日本だとDVDボックスが発売されているんですよね。
欲しい!

「ビバヒル」はベラルーシでも放送されていたそうです。
でも、かなり昔のことらしく、今の若い人は知らない人も多いですね。

ベラルーシに限らず、旧ソ連圏で「アメリカのドラマ」と言ったら、「サンタバーバラ」という名前が挙がります。
私は見たことがないのですが、恐ろしく長いドラマなのだそうで。

「ビバヒル」も長いですよね。
その中でも一番好きだったのは、やっぱりディラン。
彼の人生にはものすごく感情移入してしまいます。

あ〜あ、全部ビデオに撮っておけばよかった!
そしたら、ずっと楽しめるのに。

明日も授業がたくさん。
がんばるぞ!

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日本の思い出 

2009年11月27日

こんばんは。
今日は仕事が少なくて、のんびりしているはぐれミーシャです。

まだ疲れが残っています。
疲れやすいです。
ビタミン不足かな。

ベラルーシでは冬になると野菜がかなり少なくんですよ。
まあ、ここ数年はトマトとかきゅうりとか輸入物で何とかなってますけどね。
ベラルーシの地物の野菜って何があるのかな。
何で冬の間はビタミン剤を飲む人が多いのです。

今日は朝7時半に起きて、ベラルーシ語の予習。
宿題もあったし、予習しておかないと授業で苦労するので。
宿題のテキスト、すごく難しかったんですよ。
全く初級とはいえない難しさ。
ベラルーシ語のいい教科書は存在しないとは聞いていたけど。
それでも、私の使っている教科書は一番いいものと言われているそうです。

テキストの内容はベラルーシ人が家を建てるときの風習など。
今度、訳して御紹介します。
いやあ、難しかった。
ベロニカちゃんも「そんな難しいの、読んでるの!? 私もそんな習慣初めて聞いた」とびっくり。

ベラルーシ人もベラルーシも風習を知らないなんて、当たり前のことなんですよ。
そんなこと言ったら、私も日本の習慣なんか知っているわけでもないし。
実際、今日のベラルーシ語の授業では「日本では新しい家を建てるとき、どんな習慣がありますか?」と聞かれて、全く答えられなかったです。

2時に授業が終わって、急いで大学へ。
私はちょっとでも空き時間があればベロニカちゃんに電話しているのですが、今日はベラルーシ語で会話。
今日は実家に行っていたベロニカちゃん。
ベロニカちゃんのお母さんと妹も、私たちのベラルーシ語の会話を聞いて笑っていました。
やっぱり日本人がベラルーシ語で話すのって、かなり違和感があるようです。

大学の教員室に行くと、日本語の同僚のオーリャさんと、私が所属する東洋語講座の秘書のナースチャさんが部屋にいました。
私はちょっとベラルーシ語でしゃべってみました。
はぐれミーシャ「もう日本語の授業に行かないと。この前の書類(後略)」
ナースチャさんは超ニコニコ。
そして、オーリャさんは「気持ち悪いです!」(←もちろん、悪気はなくて、すっごい笑ってました)
誰も使わないベラルーシ語を日本人がしゃべっているのはかなり違和感があるようです。

変ですよね。
ベラルーシでベラルーシ語をしゃべって「気持ち悪い」と思われるなんて。
まあ、初めてダニエル・カールの山形弁を聞いたような衝撃があったのかもしれません。

そういえば、私が高校生の頃、ダニエル・カールさんが講演に来てくれたことがあったんですよ。
うちの高校の英語の先生がダニエルさんと親しくしていて。
ダニエルさんの著書に出てくる「オンバ先生」です。

ダニエルさんの山形弁はきれいだと思います。
私も「ベラルーシのダニエル・カール」をめざします!!!
本当に!

そういえば、境遇が似てるかなあ。
ダニエルさんも奥さんは山形の人で、私も奥さんはベラルーシの人。
そして、その文化にどっぷりつかっているところも。
私の場合はまだまだダニエルさんには負けますが。

ベラルーシ語、もっと勉強する時間がほしいかな。
仕事に追われていると、自分のために使える時間が少なくなりますから。
それでも、少しでも自分のために時間を残しておかないと、心に余裕がなくなりますよ。

これから晩ごはんです!
では、また!

akiravich at 04:25コメント(0)トラックバック(0) 
ベラルーシの文化 | ベラルーシの生活

2009年11月26日

僕は止まれなかった。
何かが間違っていること、何かが狂い始めていること。
そんなことには目をつぶる勇気がまだ僕の中には残っていたのだ。
そんな勇気が、勇気という名の狂気へと変貌していくのを、加速した僕は止めることができなかった。

12月。
僕たちは何事もなかったかのように付き合い続けていた。
毎日、大量のショートメールを書き、夜は少しでも一緒にいるために彼女の寮へ行き、自分の寮に変えるのは夜の0時近く。
そんな毎日が日常になっていた。

ある日、Tちゃんが一つの問題を口にした。
「寮では勉強ができない」

ベラルーシの学生寮。
男女別にはなっておらず、部屋こそ別であれ、同じフロアに男子学生、女子学生が一緒になるのは普通のこと。
学生のことだから、しょっちゅうパーティーなんかの馬鹿騒ぎをする。
勉強にふさわしい環境とはいえない。
まあ、本当に勉強する人はどんな環境にあっても勉強するのだが。

「勉強が大事なときに勉強できないなんて、そんな環境にいるのはよくない」
僕は彼女のためにマンションを借りて、二人で住むことに決めた。

Tちゃんはおそらく、それほど大きい問題だとは捉えていなかったと思う。
でも、僕はそれを大きい問題だと捉えた。
一緒に住みたい。
それだけのことだ。

そう、僕はTちゃんの言うとおり、恐ろしいまでのエゴイストなのだ。

僕はマンションを探し始めた。
その話をたまたま知り合いのS君にすると、彼の仕事場があるビルに不動産屋が入っていて、そこに知り合いがいるという。
僕は早速、その不動産屋に行った。

不動産屋の女性はとてもテキパキと話を進めた。
僕は彼女の試験期間の一ヶ月ちょっとだけ部屋を借りたいと言ったのだが、そんなのは無理な話。
最低でも三ヶ月以上じゃないとダメだということで、それでOKした。

それでも、そのような短期間を条件に部屋を貸してくれるところなんてなかなかない。
不動産屋の女性はいろんな大家さんに電話をしまくっている。
でも、なかなか大家さん自体がつかまらない。

そして、ようやくつかまった大家さん。
家賃的にも何とか許容範囲。
その日のうちに会う約束。

僕はそのマンションに行く。
夜の20時半。
出てきたのは男性。
部屋に入ると、男が二人。
何か怖い雰囲気。
殴られたりしないだろうな。

僕の心配は全くの杞憂で、二人はごく普通に話しをしてくれた。
家賃のことや入居日のこと。
細かいことを相談して、手付金として家賃の半分を渡した。

入居するのは2日後。
僕は急いでTちゃんに電話をした。
彼女には内緒にしていたのだ。

彼女はとても喜んでいた。
それは僕と一緒に住めるからではなく、寮に住まなくてもいいからなのだろうか。
とにかく、喜んでいる彼女の声は僕を満足させた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それから、二日後。
僕たちはマンションに入居する日を迎えた。

僕たちは朝からミンスク郊外にある巨大な市場に行った。
これからの新生活に備えて、食料品などを大量に購入するためだ。

しかし、その日は朝から何かギクシャクしていた。
市場に行くバスを間違えてしまい、知らない村に行き着いてしまったのだ

Tちゃんは強い口調で僕を責めた。
そんなことは初めてだった。
僕は落ち込むと同時に腹が立った。
そもそも、バスを間違えたのは僕だけじゃなくて、二人とも間違えたのだから。

市場での買い物は最初から躓いてしまった。
でも、何とか仲直り。

しかし、帰りの乗り合いタクシーの中でも軽い口げんか。
何か先が思いやられる・・・

二人ともちょっと不機嫌なまま、マンションに到着。
大家が待っていて、その場でマンションの鍵を渡してくれることになっている。

ドアの前で僕たちは仲直り。
「これから二人で暮らしていくんだから」

ベルを鳴らす。
応答がない。

もう一度ベルを鳴らす。
誰か部屋の中にいる気配がする。
しかし、ドアを開ける様子ではない。

もう一度ベルを鳴らす。
ガタガタと音がする。

もう一度ベルを鳴らす。
「今、開けるから待ってろ!」という声。

そして、ようやく開いたドアの向こうにいたのは、全裸の大家。
Tちゃんが「キャッ!」と叫び顔を背ける。

僕「何をやってるんですか!? 早く服を着てください!」
大家「エヘヘ・・・ちょっと調子が悪いからシャワーでも浴びようと思って・・・」
大家は完全に酔っ払っていた。
泥酔状態である。

ドア越しに「服はもう着ましたか?」と聞くと、「大丈夫だ」との答え。
でも、中に入ってみると、大家は全裸ではないというだけで、下着だけつけている状態。
Tちゃんの目に入らないように、彼女を台所へ行かせる。

とりあえず、大家を居間に連れて行く。
彼はまだ30代前半ぐらいに見える。
昼間から飲んだくれているところを見ると、まともな仕事をしているとは思えない。

僕「約束どおり、鍵を置いていってもらえますか?」
大家「ちょっと待ってくれ。頭が痛くて、どこかに行くどころじゃないんだ・・・」
大家はベッドにもぐり込んでしまう。

彼の話では、そのマンションは彼の母親の持ち物。
妻帯者なのだが、妻と折り合いが悪く、一緒にいづらいときはそのマンションに住むのだという。
しかし、彼は部屋を貸す約束をしたのだし、手付金ももらっているのだから、出て行く義務がある。

しかし、何度言っても大家は出て行く気配すらない。
「ちょっとだけ寝かせてくれ」
完全にろれつが回っていない。

僕はできる限り穏やかな口調で彼の話を聞いていた。
何とか説得できると思っていたのだ。
それに、こんな状態の酔っ払いを必要以上に刺激するのは危険だと思った。
しかし、その考えは甘かった・・・

台所に行くと、Tちゃんが泣いていた。
「何なの、あの人」
僕は謝るしかなかった。
「早く出て行ってもらって!」
僕もそうしたいんだけど。
居間で大家を説得しながら、台所にいるTちゃんをなだめるなければならず、僕は何度二つの部屋の間を往復したかわからない。

僕はちょっと強い口調で対抗してみた。
僕「早く出て行ってください!」
大家「頭が痛いんだから、大きい声ださないでくれ・・・」

彼の話では周期的にアルコールに依存するのだそうで、一度それが始まると2週間ぐらいは常に酔っ払っている状態が続くのだそうだ。
誰にも邪魔されずに酒を飲むには、このマンションは好都合なのだろう。

部屋に到着したのが15時。
すでに2時間近く経過しているのだが進展は全くなし。
すると、大家がとんでもないことを言い出した。
大家「お願いだから、ここに泊めてくれ。一晩だけでいいんだ」

そんなこと、できるはずがない。
Tちゃんと新しい生活を始めるために、ここに来たんだから。

僕「あなたと話しても意味がないから、あなたの奥さんと話したいです」
大家「うちの奥さん? それこそ意味がないと思うよ・・・」
大家はちょっと悲しそうになった。
そして、奥さんとの生活が大変なことを切々と語った。

ちょっと待てよ!?
何かこれ、人生相談になってないか?
それによく聞いていると、原因は彼の酒癖の悪さ。
奥さんのほうが大変だろ。

30分以上粘って、奥さんの電話番号を聞きだす。
電話をするも、奥さん、なかなか電話に出ず。
知らない電話番号だから出ないのかな。
大家「うちの奥さんは知らない電話番号のときは出ないよ」

何度も電話して、やっと電話がつながる。
明らかに嫌そうな声だ。
奥さん「もしもし。誰、あんた? 何回も電話してきて」
僕は丁寧に事情を説明してきた。
奥さん「それは気の毒に・・・」
同情されちゃった。

僕「すみませんが、ご主人を引き取りに来てもらえませんか?」
奥さん「えっ!嫌よ!・・・っていうか、仕事もあるし・・・」
奥さんは大家のお母さんに電話をしてみると約束。
でも、奥さん自身は「行きません」。

その奥さんの反応を聞いて、大家、すねる。
大家「お願いだから、一晩だけ泊めてくれ」
そんなわけにはいかない。

台所のTちゃんもだんだんキレ始める。
Tちゃん「どうしてこんなに時間がかかるの? 早く追い出して!」
と言われても、向こうが下着姿でベッドにもぐりこんでいるのでは・・・

夜の18時を過ぎた頃、不動産屋を紹介してくれたS君から電話が。
事情を説明すると、激怒!
S君「よし、俺が何とかしてやる。今から行くから待っててくれ」

彼は30分ほどでやってきた。
おそらく仕事場を飛び出してきたのだろう。

S君と大家の押し問答が始まる。
口調がだんだん激しいものになる。
S君「こうなったら、警察を呼ぶしかないな」
しかし、警察を呼ばれて困るのは大家だけじゃなく、僕たちも困るのだ。
というのは、ベラルーシは居住登録しているところに住まなければならないという規則がある。
僕もTちゃんも寮に登録されているから、勝手にマンションを借りて住んだりするのは基本的に法律違反なのだ。

S君は不動産屋に電話。
最初は不動産屋も警察に相談すると強硬な態度を見せていたが、何度か電話で話し合いを繰り返すうちに態度を軟化。
不動産屋の社長は「もし泊まるところがないなら、うちの会社が所有する物件に一晩だけ泊まってもいい」と大家に提案。
なんでもトラブルを起こすと不動産屋の免許を取り上げられる可能性があるらしい。
なので、何とか穏便に済ませようとしている。

そんな周りの努力もどこ吹く風。
大家はベッドにもぐりこんで、「俺はどこへも行かないぞ」の一点張り。

そこへ現れたのは大家の母親。
一気にS君がまくし立てる。
S君「早く息子さんを連れて行ってください。これは違法行為なんですよ」
母親「それはあなたたちがうちの息子とした約束です。だから、私には関係ありません」
じゃあ、あんた何しに来たの?

これ以上話しても埒が明かないということで、S君は一旦不動産屋へ行って対応を協議することに。

Tちゃんはその間、ずっと台所にいたのだが、すでに我慢の限界を越していた。
僕は彼女に「一旦寮に帰ったほうがいい」といったのだが、彼女は「この部屋を出て行くのは私たちじゃなくて、あの大家のほうよ」と言ってきかない。

母親も一生懸命に説得する。
母親「一緒に帰りましょう」
大家「嫌だ。帰りたくない」
完全に駄々っ子状態である。

僕も母親と一緒に説得する。
最初は非常に傲慢な態度だった母親も、ここは共闘するしかないと思ったのだろう。

結局、大家が説得に応じて、服を着始めたのは20時半過ぎのことだった。
帰り際、母親が「本当にすみませんでした」と初めてまともなことを言った。

ここまで約5時間半。
台所にいたTちゃんには喜びの顔はなく、疲労困憊といった様子だった。
僕も疲れきっていた。
大家は初めて会ったときはまともな人間に見えたのだが・・・

またあの大家が酔っ払って現れたりしたら・・・と僕とTちゃんは不安になる。
でも、とりあえず僕たちは二人だけの生活を始めてしまったのだ。
そこにはいつも一緒にいられる喜びも、二人で暮らす後ろめたさの影もなにもなかった。
そこにあったのは、ただ疲れきった神経と、シーツと毛布がぐちゃぐちゃに絡み合ったベッドだけだった・・・

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ベラルーシの思い出 

2009年11月25日

こんばんは。
つかの間の休暇を楽しむはぐれミーシャです。

昨日は朝の授業の途中で体調が悪くなり、その後の授業をすべてキャンセルしました。
おかげで、ゆっくり休むことができました。

おそらく、過労だったのではないかと思います。
朝はちょっと咳が出たので風邪かなとも思ったのですが、熱も上がらなかったし。

休養をとるのは大事だと思いました。
だって、一週間の仕事量が異常ですから。

一週間の授業の数は34。
授業一回は90分なので、約51時間も教えていることになります。
他にベラルーシ語を勉強したり、学生との語劇の練習もあるから、これは大変です。

うちのベロニカちゃんは「仕事を減らしたほうがいい」と言いますが、そういうわけにもいかないのです。
簡単に言えば、「生活がかかっているから」。

私は日本からの仕送りや日本の組織・団体からの援助は一切受けていません。
つまり、ベラルーシで受け取る収入だけで生活しています。

ベラルーシ人にもよく「日本からのお金で生活してるんでしょ?」と聞かれるんですよ。
聞いてくるならまだいいほうで、ほとんどの人は私が日本からの給料で生活していると思っているんです。
だから、私が「日本からはお金は受け取っていない」というと、大抵の人はものすごく驚きます。

本当は日本からの仕事があれば楽になるんですけどね。
以前は単発ですが、大きい仕事が何度か入ってきて、そのお金で日本へ行ったりできたんですよ。
例えば、翻訳とか翻訳チェックとか。
ベラルーシにいてもできるような仕事ですね。

私の中ではそんなに苦しい生活をしているイメージはないんですけどね。
でも、冷静に考えてみると、結構きついのかなあ。

支出はそんなに少なくないですし。
物価も高いですから。
好きなものも買わないですね。
私もできる限りお金は使わないですし、ベロニカちゃんも服や靴を買ったりしないですし。
本当は欲しいんだろうけど、口には出さないですね。

私のうちはエンゲル係数が高いんですよ。
他の贅沢はしない代わりに、食べ物にだけはお金を惜しまないんです。
だって、それをとったら楽しいこと、何にもなくなっちゃうじゃないですか。

以前はノンデル係数が高かったんです。
これはお酒に使うお金のことを言うんです(←はぐれミーシャ考案)。
でも、最近は随分減ったかな。

本当はベロニカちゃんにもいろんなもの買ってあげたいんですよね。
ダメだなあと思います。

家賃が大きいんですよ。
一ヶ月200ドルですから。
それでも、知り合いのおばあさんから借りているから安いほうなんですけどね。
うちの地区だと、普通は250〜300ドルぐらいが相場かと思います。

しかし。
どんなに生活が苦しくてもお金がなくても、体を壊しちゃどうしようもない。
そんな意味では、昨日と今日は久しぶりの休みでリフレッシュできました。

昨日は一日中、ベッドの中。
できる限り、起きないようにしていました。
でも、ずっと寝ていたわけではなく、ビデオを見ていました。

今日は本来の休みの日。
しかし、午前中にベラルーシ語の授業。
行こうか行くまいか考えたんですよね。
まだ体もだるかったので。

でも、行って正解!
いい気分転換になりました。

授業の後、ベラルーシ語講座の部屋に行ったのですが、みんなすごく優しくて。
特に講座長が。
「一年と言わずに、何年でも勉強してもらってかまわないんですよ」
私も勉強を続けたいところなんですけどね。

その後は銀行へ行ったり本屋へ寄ったりして。
うちではまたゴロゴロ。
いくら寝ても眠気と疲れが取れません。
やはりかなり疲れていたのでしょう。

町を歩きながら、「そういえば、どこへも急がないで町を歩くの、久しぶりだなあ」
いつも時間に追われて生活していましたから。

そして、「自分のために時間を使わないとダメだなあ」と思いました。
ベラルーシ語の授業に行ってリフレッシュできたのは、やっぱり自分の好きなことをやれたからではないかと。

本当はもっと読書をしたり音楽を聞いたりする時間が欲しいんですよ。
でも、そんな余裕は全くなくて。
普通、日本語教師は授業の準備にもかなりの時間を費やすものです。
私の場合、初級を教えることが多いので、そのときは軽く予習をして、授業のプランを立てるぐらいで何とかなりますが。

ただ、そうやっていると、どこかにほころびが出てくるのも確かで。
常にもっといい方法はないかと考えながら仕事をするのがいい日本語教師なのでしょう。

もちろん、中級・上級の場合は、それなりに時間がかかります。
特に上級の場合は恐ろしく時間と手間がかかることがあります。
そうなると、夜中まで授業の準備をするなんてことにもなります。
まあ、日本語教師の皆さんには当たり前のことでしょうが。

私は今の余裕がない状況、決して悪い状況だとは思っていません。
確かに一つ一つの授業に対する準備時間が足りなくなることはありますが、たくさんの授業をしていくことが自分の教師としての能力を骨太なものにしてくれるのではないかと思っています。

明日からは仕事復帰。
まだ本調子とは言えませんが、何とかエンジンをかけたいと思います。
今はもうちょっと休みます・・・

akiravich at 01:24コメント(6)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 

2009年11月24日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今日は朝から体調が悪く、一つ目の授業の途中で完全にダウン。
その後の授業はすべてキャンセルしました。

ちょっとせきが出たりしたのですが、風邪ではないようです。
過労でしょう。
寝ても寝ても、全く追いつかないほど、体が重いです。
明日まで持ちこたえればゆっくり休めたのに。

ここ最近、授業の調子がよかったのも悪かったのかもしれません。
というのは、調子がいいと飛ばしすぎてしまって、体が疲れていることに気づかないことがあるんですよ。
で、後で疲れがガーッと襲ってくるというか。

今日はとにかく寝ます。
また明日・・・

akiravich at 03:49コメント(0)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 

2009年11月23日

おはようございます。
またまた朝の更新になってしまいました。

昨日も疲れた!
でも、気持ちのいい疲れです。

昨日の授業は最高のノリ!
調子がよかったです。
疲れはたまっているはずなんですけどね。
逆にこうゆう時が怖いんですよ。
調子に乗っているとガクッといったりして。

朝のプライベートレッスンだけは調子が悪かったかな。
言葉がすんなり出てこなかったりして。
眠かっただけなんですけどね。

ちょっと休まないとダメかも。
疲れのたまり方が尋常じゃないというか。
まあ、ここ最近7コマ授業(一日に10時間半)が続いていたからなあ。
火曜日までの我慢です。

そんな中。
ちょっとうれしいことが。

というのは、昨日の夜、友達からメールをもらったのです。
私はそんなに友達からメールをもらうことはないんですよ。
ベラルーシに住んで9年。
日本の友達というのはだんだん少なくなっているんですよ。
そんな状況なのに、私のことを覚えてくれているのはすごくうれしいことです。

その友達というのは私がロシア語を勉強していたときの同級生。
彼からのメールに「たった一年の付き合いとは思えないくらい」・・・って、一年しか付き合いがなかったことにちょっとびっくり。
なんか、ずっと一緒にお酒を飲んでいたイメージがあったから。
冷静に考えたら一年しか付き合いがなかったんだよなあ。
ちょっと信じられません。

彼とはよく飲んでました。
とにかく飲んでました。
飲みたくなさそうなときも無理やり誘って飲んでました。
飲んだ後、夜中のラーメンも行ったよね。
一緒にラーメンを食べた記憶があるのは甲州街道の「神戸ラーメン 第一旭」、松陰神社前の「一心」、桜上水の「あぶらー亭」かな。

あの頃は楽しかったよね。
本当にいろいろと助けてもらったの、覚えてるよ。
ありがとう。
本当にありがとう。

そこで、私は考えました。
私には友達が何人いるのかを。

つい最近、このテーマでブログに書きましたよね。
11月11日「私は友達が一人もいません?」をご覧ください。

ベラルーシで友達と言える人間が何人いるか、考えてみたのですが、自身を持って「友達」と言える人がなかなか思い浮かばないんですよ。
みんな疎遠になっていて。

例えば、ポーランドとの国境の町、ブレストの友達。
一緒によく遊んだものです。
ここ最近は会うチャンスも少なくなって。
独身時代はフットワークが軽くて、簡単に地方都市なんかに行ってたけど、最近はそんなわけにもいかないし。

あと、劇場の俳優たち。
ここ最近、全然付き合いがないなあ。

そして、病院で知り合った子供たち。
以前はよく折り紙を教えに行っていたんです。
そこで知り合った子供たちとよく文通をしていたんですが、最近はそんなこともなくなりました。

結局、ベラルーシで「友達」と言い切れる人、あんまりいないんですよね。
知り合いは本当に多いんですけど。

同世代の知り合いっていうのが全然いないんです。
年上か年下かで、同世代の知り合いは・・・一人ですかね。

学生はたくさんいますよ。
でも、どんなに親しくなっても、学生は友達とは違うし。

私が「友達」と言い切れるのは、数人かな。
昨日、メールをもらった友達と一緒に音楽高校で勉強した友達。
はっきり「友達」と言える人って、そんなにいないのかな。
まあ、軽い意味で「友達」と言えば、もっといるのかもしれないけどね。

あと、女の子の友達はいますよ。
元々が女の子が多い高校(←というか、女子高)でしたから。

たまには友達孝行しないとダメだなあ。
このままいったら、忘れられそうだし。
まあ、いろんな人に忘れられているんだろうけど。

この前、友達の話をちょっと書きましたが、私の中の基準もロシア語のものに近くなっています。
というのは、ロシア語で友達を表す「друг」という言葉は日本語で言う「親友」に近い意味なのです。

今日も忙しいなあ。
授業が終わるのが22時半。
その後、ベラルーシ語を勉強しないといけないし・・・
まあ、がんばろう・・・

akiravich at 17:27コメント(4)トラックバック(0) 
ベラルーシの生活 | 日本の思い出

2009年11月22日

僕のまぶたの裏には駅で見たあの光景が焼きついていた。
J君と二人で電車を待つTちゃん。

どうすれば信じられるのだろう?
Tちゃんは「私のことが好きならば、信じられるはず」と言ったが・・・
「好き」という言葉を道しるべに信じた道を行けばいい。
しかし、それは好きになればなるほど、信じることができなくなるという地獄への道でしかない。
好きになればなるほど、彼女を疑ってしまう、疑うのは愛ではない、その疑いを消そうとすれば、僕は自分の心を殺すしかない・・・

感じなければいいのだ。
何も感じなければいいのだ。
一緒にいられるだけでいい。

僕たちは何事もなかったのように再び付き合いはじめた。
Tちゃんのほうは本当に何事もなかったかのような態度。
本当に何事もなかったのならよかったのに・・・

駅での事件から一週間後の土曜日。
授業中に僕の携帯が鳴った。
相手はJ君。
僕は授業を中断し、寮の廊下で彼からの電話を受けた。

J君「ちょっと話したいことがあるから、今すぐ会えないか」
僕は一瞬凍りついた。
僕は授業を終えたらすぐに行くということで、1時間後に会う約束をした。

僕はすぐにTちゃんに電話をした。
出ない。
何度か電話しているうちに圏外になった。

僕はどうしたらいいかわからなかった。
もしかしたら、J君とTちゃんは一緒にいるのではないか。
二人はやっぱり別れられないのではないか。
そんな考えが僕の心をよぎる、いや、よぎるのではなく、支配する。
それとも、俺に復讐したいのか・・・

「私のことが好きなら信じられるはず」
信じるに足る状況にあればいいのだが。
好きでも信じられないということはあるのだろうか。

いてもたってもいられず、僕はタクシーで待ち合わせ場所に急ぐ。
それは町の中心のマクドナルド。

店の前にはすでにJ君が立っていた。
前回と違って、彼は僕ににっこりと手を差し出してきた。
J君「あのときは悪かった」「もう僕はあきらめた」「君たちのことを邪魔するつもりはない」
無理に奇麗事を並べているのがわかった。
彼もつらいのだろう。

「これ、お詫びのしるし。受け取ってくれ」と言って、どこかのお土産やで買ったような猫の絵を渡してきた。
そして、彼は帰っていった。

僕は腹が立った。
こんなことのために、わざわざ呼び出したのか。
しかも、そのプレゼントのセンスの悪いこと。
これをもらって飾っておけとでも言うのか。
僕は寮に帰り、その絵を叩き割った。

自分の部屋に戻って、Tちゃんに電話。
すると、すんなり電話に出てきたTちゃん。
今まで電話に出なかったのに、何で今になって出られるの?

僕はJと会ったことを彼女に伝えた。
Tちゃん「その絵には何が描いてあった?」
僕「猫だよ」
Tちゃん「そう。私、彼からは『子猫ちゃん』って呼ばれていたから・・・」

彼女はJと会うことを知っていたのではないか。
二人はまだ心の中でつながっているのではないか。
そうとしか思えない自分を責めることが愛だと信じるしか、僕には道がなかった・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ある日、Tちゃんから「困った」という電話があった。
実は彼女が住んでいる寮で、部屋の一斉点検があり、電気湯沸かし器を没収されてしまったのだそうだ。

いわゆる電気ケトルである。
電気ポットとは違い、沸騰させるだけで保温はできない。

ベラルーシの寮では基本的に電気ポットや電熱器、ヒーターなど熱を持つものは使用禁止である。
ドライヤーさえ禁止されているのだ。
みんな内緒で使っているのだが。
Tちゃんは運悪く、見つかってしまったのだ。

Tちゃんはお茶が好きだから、電気ケトルがないとお茶も入れられない。
そして、もうひとつ重要な使い道があって。
実は寮では時々水道のお湯がストップすることがある。
そうなるとシャワーも浴びられない。
そんなときはお湯を大量に沸かして、水浴びならぬ、お湯浴びをするのだ。
僕の寮でもよくお湯がストップするので、電気ケトルは必需品なのである。

僕はいいことを思いついた。
新しい電気ケトルを買ってプレゼントしよう。

僕は電話を切ってすぐ、バスで20分のショッピングセンターに向かった。
そこにはいろんな形の電気ケトルがあった。
その店の人に相談しつつ、一番小さいものを購入。

というのは、あまり大きいと目立つので、またチェックが入ったときに見つかる可能性が高いと思ったからだ。
Tちゃんの話では次に規則違反が見つかったら、寮を追い出されてしまうのだという。
それに、Tちゃんは寮の部屋でもう一人の女の子と二人暮しなので、大きいサイズでなくてもいいだろうと思ったのもある。

小さくてかわいいので、僕はTちゃんに気に入ってもらえることを確信していた。

僕は彼女に電話した。
劇の練習などで忙しいというTちゃんを説き伏せて、「10分だけでいいから会おう」と約束。

僕は彼女の部屋で電気ケトルをプレゼントした。
彼女はビックリしていた。
そして、喜んでいた、ように見えた。

約束どおり10分後に僕は寮を立ち去った。
何かがおかしい。

帰りのバスの中からTちゃんに電話した。
僕「何かあんまりうれしそうな感じに見えなかったから、心配なんだけど」
Tちゃん「あんなに小さいのは・・・もっと大きいほうが良かったのよね」
彼女の話では、お湯がないときにお湯を浴びたかったら、大量のお湯が必要になるから、あのケトルでは全然量が足りないとのこと。

僕はすぐに元の店に向かった。
店員は一日に二度も電気ケトルを買いに来た東洋人を見て、不思議そうな顔をしていた。
店員「もう一つぐらい買っていったら?」

今度のは2リットルの特大サイズである。
しかし、こんなの部屋にあったら、すぐに見つかってしまいそうだが・・・

僕はそのまま彼女の寮に戻り、その電気ケトルをプレゼントし、小さいほうを回収した。
彼女は喜んでいたが、僕は腑に落ちなかった。
というのは、小さいのをプレゼントしたとき、彼女からは感謝の一言もなかったのである。

何のためにプレゼントしたんだろう?
彼女から感謝の言葉を聞くためにプレゼントしたわけではないが・・・

僕は彼女に電話をした。
率直な気持ちを話した。

それに対するTちゃんの反応はすさまじいものだった。

Tちゃん「あなたは感謝されるためにプレゼントしたの?」
そう言われて、僕は肯定も否定もできなかった。

Tちゃん「私のことを本当に考えてプレゼントしたのならそんなことは言えないはず」
君の事を考えていたからプレゼントしたんだけどな。

Tちゃん「あなたは私のためじゃなく、自分のためにプレゼントしたのよ。あなたはエゴイストよ」
僕はエゴイストだから、君のためにプレゼントしたかったんだけどな。

彼女の言葉は容赦なく僕の心に突き刺さった。
もしかしたら、彼女の言っていることは正しいのかもしれない。
いや、本当に正しいのだろう。

しかし、僕は純粋に彼女のためにプレゼントをしたかったのだ。
それを否定してしまったら、誰が僕の心を肯定してくれるのだろう・・・

僕は彼女の言葉を否定しようとしたが、それは無駄だった。
彼女には僕の気持ちは届いていなかったのだから、それは当然のことだ。

信じられない俺が悪い
許せない俺が悪い
彼女を責める俺が悪い

愛しているなら信じられるはず
愛しているなら許せるはず
愛しているなら・・・

僕は迷路に迷い込んでいた。

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ベラルーシの思い出 

2009年11月21日

疲れた・・・
かなりキテます。

最近、また仕事が増えたんですよね。
今日は6コマ+劇の練習。
明日は7コマ。
あさっても7コマなんですよ。

学生は「そんなに忙しいのに、よくベラルーシ語を勉強する時間がありますね」
いや、ありません。
全然ないんですよね。
もっと時間が取れるといいのに。

このままお正月まで突っ走るしかないのでしょうか。
1月に入れば試験期間なので、通常の授業はなくなりますから。

今週はいろいろなことがありました。

私は今、大学の日本語科の主任という立場にあります。
今までは日本語科の中で何が起こっているのか知らないことのほうが多かったのですが、今はできる限りのことを把握しようと努めています。
だから、同僚にいつもいろいろと質問したりもするし。

でも、同僚の側から話してもらえなければわからないこともたくさんあります。
知らないことについては、私も質問のしようがないわけで。
私がいろんなことを把握しておこうとすることに対して、快く思っていない人もいるのかなあ。
なかなか難しいです。

私の中に生じた迷いを消してくれたのは、上司との会話でした。
はぐれミーシャ「私の仕事は日本語科で起こっている全てのことを把握し、それをコントロールすることだと思っているのですが・・・」
上司「その通り。君の考えは正しい」
いろいろと相談に乗ってもらいました。

やっぱり人間のやることですから、いろいろと認識や意識のズレが出てしまいますよね。
そのズレをなくしていくためには、できる限りコミュニケーションしていく他はないのでしょう。

全然面白くない話で、すみません。
本当に最近はこんなことしか考えていないんです。

私の中には人の上に立っているという意識はないんですよ。
一緒に仕事をしていく上でのまとめ役、というぐらいの感覚です。
それをある同僚に「私は人として話がしたいんです」と言ったら、「『人として』なんて、何を言ってるんですか!?」と鼻で笑われてしまいました。

そういえば、まとめ役の仕事って、高校の音楽科の生徒会長以来だなあ。
私が通っていた高校には普通科と音楽科があって、全体の生徒会長のほかに、音楽科内の生徒会長がいたのです。
そんなに仕事はなかったんですよね。
何かの行事のときに挨拶をしたりするぐらいで。

こんなに大変なら普通の日本語教師のままでよかったなあ、とも思うのですが、せっかくなのでいろいろ経験してみたいと思います。
この立場でなければ出来ないような変革もしていきたいと思っています。

本当にこんな話ですみません。

堅い話ばかりで終わるのも何なので、先日聞いたちょっと下品な小話をひとつ。

二人のおじいさんが話していました。
おじいさんA「あんた、お正月とセックスとどっちが好きだ?」
おじいさんB「そりゃあ、お正月に決まっているだろ」
おじいさんA「なんで?」
おじいさんB「だって、お正月のほうが頻繁にあるから」

下品ですみません。
でも、笑ってしまいました。

ロシア語にはこの手の小話がたくさんあるんですよね。
意味がわかっても笑えないものも多いんですよ。
日本語に訳すと面白くなかったりして。

おあとがよろしいようで・・・(←よろしいのか!?)

akiravich at 06:07コメント(2)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 
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