2010年05月

2010年05月31日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日のミンスクは雨模様です。
暖かかったり、涼しくなったりとどっちつかずの天気が続いています。
風邪を引く人も結構多いですね。

昨日はグループの授業が二つ。
二つとも別々の場所でやりました。

午後はアレクサンドル君のうちで授業。
彼はベラルーシ人のブログというブログを書いている学生です。
最近はあまり書いていないようですが・・・
彼はコンピューターの専門家で、コンピューターゲームのプログラムを作っているんです。
うちのパソコンにトラブルがあるときは、いつも彼に助けてもらっています。
今回も授業をする場所がないということで、自宅を提供してもらいました。
ありがとう!

16時に授業が終わって、次の授業の場所へ行こうと思ったのですが、アレクサンドル君が「もしよかったら、食事していきませんか?」と言ってくれて。
この申し出は私にとっては救いになりました。
実は次の授業まで1時間しか時間がなく、昼ごはんを食べるのは無理だろうなあとあきらめていたのです。
マクドナルドも日曜日は家族連れで恐ろしく混雑しているし。

アレクサンドル君の御両親の好意に甘えて昼ごはんをご馳走になってしまいました。
ご両親はとても知的でユーモアがある方だったので、もっとお話していたかったんですが、次の授業に遅れそうだったので、急いで出発。

次の授業には遅れてしまいました。
授業の場所は双子姉妹レーナちゃんとリーザちゃんのおばあさんのマンション。
今の時期は田舎に行っていて、マンションには誰もいないのです。
バス停から結構歩きました。

授業の帰り道、巨大スーパー「コロナ」で買い物。
龍二くんの爪を切るためのはさみを買いました。
抱っこしていると、爪が結構痛いんですよ。

結局、うちに帰ったのは21時。
かなり疲れました。
他のところに行って授業をするのは久しぶりなので。

今は大人数の授業はうちで出来ないので、出張授業になってしまいます。
今日は昨日の続きで、以前出張授業をしていたときのことを書いてみたいと思います。
それはちょっと怖い体験なのですが・・・

以前、私が個人的に教えていた学生のほとんどは日本でホステスさんをやっていた女性でした。
中にはペラペラとしゃべる女性も多かったんです。

私はある夜間の日本語コースで教え始めました。
その最初の授業。
グループは5人ほどだったと思います。

学生の二人が元ホステスさん。
二人とも何度も日本へ行ったことがあるらしく、文法は滅茶苦茶ながらもペラペラしゃべりまくり。
しかも、ここには書けないようなエロ会話がほとんど。
授業になりませんでした。

そのうちの一人が「あなた、かわいいね。あなた、私の男になるね」。
先生にそんなこと言うか!?

授業が終わると、その女性が近づいてきて「この授業、私に意味ないね。他の人、日本語全然わからないけど、私、わかる。だからプライベートで勉強する、できる?」
そこでOKしてしまったのが、間違いのもとでした・・・

彼女のうちはミンスクの中心部から少し離れたところにありました。
バス停のところまで迎えに来てくれていて、一緒に彼女のマンションに行きました。

マンションに入ると、誰もいる気配がしない。
はぐれミーシャ「あのう、ご家族は?」
女の子「ああ、私、一人暮らしね」
うわあ、何か嫌な予感・・・

マンションに入ってすぐに目に付いたのが、リアルな虎の絵が描かれたカレンダー。
はぐれミーシャ「へー、すごいね。日本で買ってきたの?」
女の子「ううん、彼にもらった」

カレンダーの下のほうを見ると、「○○組○○会」と書いてある。
えええ!!!
明らかにヤ○ザじゃん!
これはヤバイ・・・
ヤバすぎる・・・

そのときの授業は普通にすんなり終わりました。
元々、彼女は日本語を勉強したいという気持ちは持っていたので、まじめにこちらの説明を聞いてくれたのです。
しかし、二回目の授業は・・・

最初からリラックスモード。
授業中に日本から彼女の携帯に電話。
声にドスがきいている。
「なんじゃ、そいつは? 男か? その先生ってのは若いのか? お前、何かあったらそいつ殺すぞ!」
うわあ、怖いよー。

電話が終わり彼女に「今の誰だったの?」と聞くと、「ああ、私の男ね。何かあったら殺すって」
聞こえてましたよ。

その日は2コマ、つまり3時間勉強する予定だったんです。
最初の授業が終わると、彼女は「ちょっと待ってて」と言って、部屋を出て行きました。
すると、玄関のドアが開く音がして、彼女が外へ行ってしまったのがわかりました。

15分後、彼女は戻ってきたのですが、台所に行ってなかなか部屋には来ません。
かれこれ30分は待ったんじゃないでしょうか。

彼女はお盆にシャンパンとシャンパングラスを持って、入ってきたのです。
「今日は勉強はやめて飲みましょう!」
えええ!!!

私はかなり抵抗しました。
仕事は仕事だし、時間はまだ昼の14時だったのです。

はぐれミーシャ「じゃあさ、勉強が終わってからにしようよ」
女の子「でも、もう勉強しなくても大丈夫」
はぐれミーシャ「でも、今日は体調もよくないから飲みたくないんだ」
女の子「そんなに私の飲むの、嫌? もうシャンパン、開けてあるんだけど」
彼女が持ってきたシャンパンがすでに栓が開けてあったことに気づかなかったのは私のミスです・・・

仕方なく乾杯。
はぐれミーシャ「これ、飲んだら帰るからね」
女の子「まあ、いいじゃん。飲みましょう」
私もお酒は嫌いじゃないので、飲んでしまいます。
彼女は「あんまり強くないから」と言って、ほとんど飲みません。

5分ほどすると、私はちょっと変な感覚を覚えました。
頭がぐらぐらして、目が回るのです。
最初は「こんなに早く酔っ払ったのかな?」と思っていました。

はぐれミーシャ「ちょっともう酔っ払っちゃったから帰るね」
そう言って、立ち上がろうとするも足がふらついて立ち上がることが出来ません。
女の子「ちょっと休んでからのほうがいいね」

そこからは彼女とずっと話していました。
でも、ただ話すだけでなく、彼女は事あるごとに私にモーションをかけてきます。
私はそういうのをかわすのは割と得意なんです。

確かに、彼女はとてもきれいでしたが、私のタイプではありませんでした。
私は好きじゃない相手と関係を持つことはできません。
それに、その頃はまだウズベキスタンで受けた心の傷が癒えていなかったのです。

今考えると、シャンパンの中に何か入っていたのだと思います。
酔っ払ったときの感覚とはまた違ったものだったので。
彼女はほとんど飲まなかったんですよ。
そして、部屋に持ってきたとき、すでに栓が開いていたし・・・

夜になっても、体調は戻りませんでした。
その地域はあまり私にとって馴染みのあるところではなく、今でこそ夜遅くても一人で歩けますが、その頃は知らない場所を一人で夜歩くのはかなり怖かったのです。
帰りたかったのですが、なかなか立ち上がれません。

はぐれミーシャ「ゴメンネ。まだ何か体の調子がおかしくて・・・」
女の子「じゃあ、泊まっていけばいいじゃん」
はぐれミーシャ「そんなのだめだよ」
女の子「二人で寝ればいいでしょ」
はぐれミーシャ「ダメダメ!」
女の子「部屋はたくさんあるから、別々に寝れば文句ないでしょ?」

彼女は私に「シャワー、浴びる?」と勧めてきましたが、私は断りました。
シャワーも浴びていない男だったら、彼女もその気がなくなるかと思ったのです。

私は別の部屋で横になりました。
すると、彼女がやってきました。
女の子「ねえ、隣の部屋で一緒に寝ない? そのほうが話もできて面白いでしょ?」
私は全く心が動きませんでした。
だって、好きでもない女性に興味はないし、自分が教えている学生だし、ヤ○ザに殺されたくないし・・・

彼女は私の隣に横になって、ずっと話しかけてきましたが、私は適当にあしらいました。
すると、彼女は怒り出して「あなた、男なの? 女に興味がないの?」。
はぐれミーシャ「俺は好きな女性にしか興味がない」
彼女は怒って、自分の部屋に行ってしまいました。
次の日の朝、私はそそくさと挨拶をして、彼女のうちを出て行きました。
その後、彼女とは借りたビデオを返すために一度会っただけで、あとは会っていません。

今考えても恐ろしいです。
私も一応男ですからね(←いや、本当に男です)。
もしあのとき、誘惑に負けていたら、どうなっていたことか・・・
今ごろ、東京湾に沈められていたかも・・・
あっ、でもベラルーシに東京湾はないから、大丈夫か!

そこで一句。

シャンパンに 込めた誘惑 冬花火


おあとがよろしいようで(←よろしいのか!?)

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日本語教師の仕事 

2010年05月30日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

昨日は久しぶりに日本語の仕事で忙しかったです。
龍二くんが生まれてからはしばらく家庭教師の仕事を休んでいたのですが、今日は大学の2コマとアニメグループの授業が2コマでした。

大学の授業も昨日は静かな感じ。
大学自体が静かなんですよ。
すでに試験期間に入っていて、レギュラーの授業は行なっていない科目が多いんです。

でもね。
ベラルーシでは夏休みは7月と8月。
そして、6月は試験期間だから授業はなし。
つまり、3ヶ月も休みになってしまうんですよ。

だから、できるだけ長く授業をしていたいんです。
でも、学生もちょっと疲れ気味かな。
他にすることが多すぎて。

私も疲れ気味。
最近も書きましたが、最低の人間はやることも最低で。
いい加減、疲れましたよ。
何でそこまで嫌なことをするかなあ。
自分の保身のためにいろいろするのはいいけど、こっちや他のベラルーシ人が迷惑をこうむっていることを忘れないで欲しいと思います。
まあ、忘れているから、っていうかどうでもいいと思っているから、そういう行動をするんでしょうけど。

まあ、いいや。

昨日は久しぶりに他の人のうちで授業をしました。
今年度、つまり去年の9月からは一度もしたことがありません。
全ての授業は大学、または自宅で行なわれていたのです。

昨日行ったのは、ニックネームが「忍者」の男の子の家。
場所はセレブリャンカという地域です。
セレブリャンカはミンスクの南部にあり、ちょっと危険地帯。
久しぶりにミンスクの危険地帯に行きました。
隣のチジョフカという超危険地帯には彼女がいたのでよく行っていたんですけどね(←もう7年ほど前の話ですが・・・)
その辺の話は2008年4月11日「ミンスクの危険地帯」に詳しく書かれています。

久しぶりのセレブリャンカは・・・普通でした。
ちょっと酔っ払いが多かったけど、特に変わったこともなく。
普通に歩いていれば、何てことはありません。
おどおどしていると、余計怪しくなるので、堂々としていればいいのです。

授業はいつものようにハイテンション。
ちょっと疲れました。
でも、楽しかったです!

「忍者」の部屋はかなりきれいでした。
かなりのきれい好きらしく、ものがキチンと整理整頓されていました。
「忍者」はかなり口数の少ない男の子。
彼とも3年の付き合いです。

私はいろいろなことを思い出しました。
以前、私がプライベートレッスンをし始めた頃、私は自分で学生のうちまで行って教えていたのです。
当時はそれほど学生も多くなかったですし。

私がベラルーシに住み始めた当時、日本語教師は私のほかに二人いました。
私がプライベートレッスンを始めようとしていたとき、その話をすると、そのうちの一人が私は激しく非難しました。
「あなた、お金とって教えるつもりなの!? ベラルーシ人は貧しくてかわいそうな人たちなんだよ。そんな人たちからお金を取るなんてひどいと思わない?」
その人にはかなりこっぴどくやられました。

実際、その人は全くの無償でいろんな人に日本語を教えていました。
確かに、ベラルーシ人の生活水準や賃金などは高いものではありませんでしたから、その人の言い分は痛いほどわかりました。

私はとても悩みました。
確かに、お金がない人たちからお金を取るというのは心が痛みます。
割り切ってお金持ちだけ相手にしていればいいのかというと、それでは私も納得できません。

長い時間考えた末、私が出した結論は「お金をもらう」ということでした。
お金をもらわないということは自分がその道のプロではないと認めてしまうことではないかと考えたのです。
私はボランティアをやるために日本を飛び出したのでもないし、日本語教師養成講座に通って勉強したのでもありません。
プロの日本語教師として働くために勉強してきたのです。
お金をもらわないということは、自分自身のプロとしての存在意義を否定してしまうことになるのではないかと考えたのです。

実際、ロシア語圏にはプロとは言えない教師もたくさんいます。
私も実際に出会ったこともあれば、一緒に仕事をしたこともあります。
「プロじゃない」というのは、日本語の勉強をしたことがない「ただの日本人」という意味です。
つまり、「日本人だから日本語が教えられる」と思ってしまっている人です。

ただ、私は日本語を勉強しないで日本語を教えている人たちを否定しているわけではありません。
そういう人たちの中にも立派な教師はたくさんいます。
聞いた話では、最初は「日本人だから」と思って気楽に仕事を始めて、その後教師の仕事の大変さに気づき、猛勉強をしたという方もいらっしゃるそうです。
実は私も日本語教師養成講座に通っていたとは言え、それほど意識は高くなく、ベラルーシに来てからいろんな資料を読んで勉強したという経緯があります。
その辺の話は2009年3月8日「日本語教師って簡単な職業ですか?」に書いています。

そして、教師として一番重要な資質は「人間性」です。
どんなに素晴らしい知識があっても、人間としてダメならば、それは「ゼロ」なのです。
以前にも書きましたが、「素晴らしい日本語教師だが教育者ではない」というタイプの人は結構多いのです。

ちょっと話が脱線してしまいました。

私は形だけでもお金をもらうことに決めました。
それは教えてもらう側の意識の問題にも関係があります。
ただでいろいろとやってもらうのは私だったらどこか居心地が悪いところが残るはずです。
何か他の形でお礼をしないといけないとか。
それよりはお金をもらうほうが教えてもらう側も安心だと思うのです。

なので、私は一回2ドルで教えることにしました(←やすっ!)
当時だからできることです。
まだ日本から持ってきたお金があったし、寮にはただで住めたからお金もそれほどかからなかったし。
それに、養うべき家族もいませんでしたからね。

安くしたのはよかったですが、その後、金欠状態に。
2年後に一時帰国したのですが、そのときはウィーン経由のチケットがギリギリ買えた状態でした。
ウィーンで20時間近く待たないといけなかったのですが、ホテルに泊まるお金がなく、空港のベンチで寝ました。
食費も切り詰めるために、寮で作ったおにぎりときんぴらごぼう(←日本から送ってもらった乾燥ごぼうを使用)をウィーンの空港で食べたんですよ。
でも、あれはあれで楽しかったなあ。

ミンスクのいろんな地域に行ったのはなかなかいい経験だったと思います。
全然ミンスクのことなんか知らなかったのに、学生のうちに行っていたもんだから、いろんな地域に行ってたし。
普通のミンスクの人よりもミンスクの道に詳しくなりました。
タクシーの運転手が「あれ? その通りってどこにあるんだっけ?」と言ったときなんかは私が教えてあげたりしました。
ベロニカちゃんよりもミンスクの道に詳しいのは確かです。

いろんなことを思い出したので、また書いてみます。
今日はこの辺で。

これから授業です!

akiravich at 16:11コメント(2)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 

2010年05月29日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

マーラー:交響曲第1番マーラー:交響曲第1番
アーティスト:ニューヨーク・フィルハーモニック
販売元:ソニーレコード
発売日:2000-11-01
おすすめ度:5.0
クチコミを見る
この曲を聴くのはすごく久しぶりです。
たぶん、最後に聴いたのは10代のときでした。
15歳のときにズービン・メータのCD(←花の章つき)を買い、高校に入ってから小澤征爾とボストン響のCDを買って聴いたのですが、いまいち馴染めず。

久しぶりに聴いたけど、面白いなあ。
結構血が騒ぎました。
でも、やっぱり7番や9番のほうが・・・

今、ミンスク時間の18時過ぎなのですが、今日は仕事は終わりです。
いつもなら、学生たちが私のうちで勉強している頃なのですが、まだ龍二くんが小さいうちは他人をうちに入れられないので、授業は休み。
明日からグループの授業は再開しますが、私が自分で学生のうちに行って授業をします。

今日は私にとって大事な日になりました。
寿司屋に行って、シェフと初対面したのです。

その寿司屋は店舗が二つあるのですが、今日会った人はその二つを統轄するグラン・シェフなのです。
昨日からめっちゃ緊張していました。
だって、プロの料理人ですからねえ。

私の料理、ベラルーシ人には好評ですが、それはあくまでも家庭レベルでのこと。
しかも、これまで評価してくれた人は学生や友だちなど普通の人たち。
本職の料理人にどうゆう評価をされるか、考えただけでも恐ろしかったのです。

昨日の記事にも書きましたが、料理を作る作業は思った以上に難航しました。
抹茶アイスの失敗がかなり尾を引いていました。
牛タンもアウトだったし。

でも、今日の朝、頑張って料理をしました!

一つはつけ麺。
スープは以前、豚骨を12時間に出して作ったものを使いました。
冷凍してあったんです。
まず豚のひき肉と玉ねぎ、にんにく、しょうが、豆板醤を炒めます。
そして、フライパンのはじのほうに味噌を入れておくのがポイント。
焼き味噌のような香ばしい味噌になります。
そこにスープを入れて。
醤油と和風だしの素、砂糖、コショウなどで味付け。

このスープは作るたびに味が違うんですよ。
気分によっていろいろ入れるものも変わるし。
そして、スープ自体も鶏がらから取ったりいろいろ。
普段は和風のだしの素と鶏がらスープの素だけで作っちゃうことも多いんです。

そして、今回は酸味系は入れませんでした。
いつもだと、酢を入れたりするんですけどね。

麺はもちろん、スパゲッティ!
一番細いものを使います。
スパゲッティは真っ直ぐなので、スープの絡みがとても悪いんです。
なので、スープは濃厚にしないといけません。

もう一つの料理は冷しゃぶ!
っていうか、私は作ったことがなかったんですよ。
でも、「夏のメニューを」ということだったので、挑戦することにしたのです。

豚肉を軽く凍らせて、できるだけ薄切りにしました。
ベラルーシでは日本のようにスライスした肉は売っていませんから。

最初、片栗粉を軽くまぶしてしゃぶしゃぶしてみたのですが、片栗粉の層が厚くなってしまい失敗。
箸で持てないほどツルツルになってしまいました。
結局、普通にしゃぶしゃぶすることに。
やっぱり慣れないことはするもんじゃありません。
刷毛で粉を落とすぐらい超薄化粧にすればよかったんですよね。

ここで問題なのはタレ。
タレでこの料理の価値は決まってしまうと言っても過言ではありません。
私が作ったのは3種類。
即席ポン酢、ゴマだれ、中華風辛味だれ。

ポン酢はレモン汁で。
他にないんですもん。
醤油に鰹節を入れ、そこにレモン汁と米酢、砂糖。

ゴマだれのほうはチーマージャンという中国の調味料を使いました。
ここにはすり鉢もないし、あたりゴマもないし(←実は最近見かけたんですが、小さい缶で2500円!)。
そこに砂糖、醤油、だし汁、味噌(←少量)。
これだけだと、味が出っ張ってる感じがするのですが、そこで決め手の生クリーム!
これで味が一つにまとまります。

辛味だれはインターネットのサイトからアイデアを拝借。
醤油、米酢、砂糖、豆板醤、すりおろしたにんにく、ごま油を混ぜただけです。

さあ、店に行こう!・・・と思った瞬間、電話が。
用事で急遽、他のところに寄っていかないといけなくなって。
タクシーを呼び、ドタバタと出発。
用事を片付けて(←かなりむかついたけど)、寿司屋へ直行!

店に着くと、マネージャーが迎えてくれました。
シェフは15分ほど遅れるとのことで、二人でいろいろとお話。
私は大好きな「Dancyu」という料理雑誌を持っていったのですが、二人で見ながらいろいろと話しました。
そのときの号が寿司特集だったので、マネージャーも興味津々。
「これはどうやって作るの?」「ここには何が入っているの?」

やっぱりベラルーシでの問題は情報が少ないことなんですよ。
何が本当の日本料理なのかがわからない。
日本のものだと言われれば、そのまま受け入れて食べるしかない。
でも、その店は「できるだけ本物に近づけたい」と言ってきたのです。
その心意気はいいですよね!

しばらくして、シェフが到着!
ああ、緊張する・・・
こわいよー・・・

でも、そのシェフはとてもとても優しそうなおじさん。
物腰も柔らかくて安心しました。
いろんな話をしたのですが、やはり知識はなかなかのもので。
いろんな言葉を知っているんです。

そして、私の料理の登場!
写真撮ればよかったなあ。

まず一品目はつけ麺!
麺はスパゲッティですが、その店でもラーメンの麺はスパゲッティを使用しているので抵抗はないようです。

最初の一口目。
めっちゃ分析しようとしているし。
早く感想を言ってくれ!

二人ともだんだん食べるスピードが上がっていき・・・「おいしい!」。
そこからは質問攻め。
「どうやってこのスープを作ったんだ?」「どんな調味料を使っているんだ?」
豆板醤がちょっと多かったせいか、辛味がちょっときつかっただけで、あとは大満足。

本当は和風の顆粒だしも使いたくなかったんですよ。
でも、そうでもしないと味がまとまらなくて。
それに、鰹節をたくさん使えるような条件もないわけだから。
でも、ベースになる豚骨は死ぬほど売っていますからね。
ベラルーシでも作れると思います。

結局、マネージャーの女性は完食!
あんなにおいしそうに食べてくれるとこちらもうれしくなります。
シェフも絶賛してくれて、ほっとしました。

味もさることながら、彼らが気に入ったのはその食べ方。
麺を取って、スープにつけて食べる、という食べ方はベラルーシには全くないもの。
その「他の店とは違う」という個性を打ち出したい彼らにとってはピッタリの料理なのです。

次は冷しゃぶの番。
私は豚肉だけを持ってきて、あとはサラダ菜やラディッシュを散らすようにとお願いしたのです。
本当に写真を撮ればよかったなあ・・・

これも大好評!
三種類のタレが良かったようで。
ポン酢はすっきり、ゴマだれは濃厚、辛味だれはパンチのある味。
それぞれが個性豊かでお好みで選べるというのも気に入っていました。
ただゴマだれが濃厚すぎて、もうちょっと薄めにしないとダメです・・・

そこからはいろんなアイデアがポンポン出ました。
例えば、インテリアとして本棚に日本のマンガを置いたり。
「日本料理フェア」はやることになると思います。

シェフは「分量を教えて欲しい」と言ってきました。
私の料理は全て目分量。
でも、レストランではそういうわけには行きません。
一人が料理しているわけではないので、みんなが同じ味を作り出せるように分量をきっちりと量らないといけないのです。
なので、来週、シェフと一緒に料理をすることになりました。
分量を量りながら、店の味を決めていくのです。
これは責任重大!

やっぱりプロの世界は違うんですね。
私は気楽に「料理の仕事も出来ればいいなあ」なんて思っていたんですが、あまいあまい。
そんなに簡単じゃありませんよね。

これからはドンドン新しいメニューを考えていかなければなりません。
私が考えるのはレギュラーメニューではなく、季節のメニュー。
できれば、3ヶ月に一回はメニューを更新したいんですって。
っていうか、3ヶ月に一回ってどうすればいいのよ!?
いやあ、大変だなあ。
でも、おもしろいなあ!

私が持っていった「Dancyu」は、シェフが「借りていってもいいか?」と言ってきたので貸してあげました。
ものすごく興味深そうに写真を見ていましたからねえ。

そんなわけで、今日は料理を褒められて上機嫌なのです。

P5281147これは昨日の龍二くん。
私のお腹の上で寝てしまっています。
ピンボケなのですが、すっごくかわいいので載せちゃいました。
ベロニカちゃんのお腹の上でも良く寝ています。

今日の龍二くんはとっても静かです。
おとといはなかなか泣き止まなかったんですが、日によって違いますね。
「泣くのも赤ちゃんにとってはいい運動だ」という意見を聞いたことがあるのですが、そうなんでしょうね。

他の人からは「夜中も泣くからなかなか寝られなくなるよ」と言われていたのですが、ベロニカちゃんが起きるのは夜中に1〜2回。
割と睡眠時間も取れています。

私も仕事は大変だけど頑張らないと。
大学は学年末なので、またドタバタになります。

はぐれミーシャはこれからも家族のために頑張っていきます!!!

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レストラン・カフェ | ベラルーシの生活

2010年05月28日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今日はまたまたドタバタした一日でした。

朝6時に起床。

それから、ベラルーシ語の授業へ。
なかなか上達しません。
だって、うちで勉強していないですから。
うーん、学生たちには「勉強しろ!」とうるさく言っているのに、これじゃあいかんなあ。

そこからはミンスク市内たらいまわしツアー。
まず、ミンスク中央駅の近くの郵便局へ荷物を受け取りに。
それから、学生のアルチョム君に会って、書類を渡して。
それから、翻訳の仕事の給料をもらいに。
そして、本の市場で、ベロニカちゃんための本を購入。
そこからトロリーバスでカマロフスキー市場へ行き、腹ごしらえ。
そして、歩いて5分のCD屋、6階まで階段で上がるもお目当てのDVDは手に入れられず。
違うCD屋に行っても何もなく。
地下鉄でオクチャブリスカヤへ逆戻り。
本屋で超重いベラルーシ語の辞書2冊購入。
それから、肉屋の「グルマン」で豚肉を購入。
帰宅したのが15時。

ふ〜っ。
まあ、こんな感じです。
よく体がもったなあ。

そして、私はまたスーパーへ。
実は明日、私が働くことになる寿司屋へ行くんです。
少し新しい料理を作って持っていこうかなと思って。

実は抹茶アイスクリームを作ろうと思ったんですよ。
私、お菓子ってほとんど作らないんですけど(←作ったことがあるのは大学イモのみ)、これを作ったら絶対に売れるだろうとふんだのです。

アングレーズまではパーフェクトな出来でしたが、生クリームをホイップするときに問題発生!
いくらハンドミキサーを使っても表面に泡が立つだけで硬くならない。
何でだろうと思っていたら、脂肪分がたったの12%!
お菓子作りに必要なのは38%とか、それぐらいのものじゃないとダメなんですって。
12%って・・・
ベロニカちゃんの話ではベラルーシで脂肪分が高い生クリームはほとんど見たことがないそうです。

結局、生クリームはシャバシャバなまま。
でも、そのまま捨ててしまうのももったいないので、アングレーズと混ぜて冷凍庫に入れました。
どんな状態になるのか、見るのが怖いです・・・

あと、晩ごはんのために牛タンを焼いてみたのですが、異常に硬くて全然ダメ。
今日はやることなすこと、うまくいきません。
まあ、こんな日もあるさ。

でも、ちょっといいことも。
実はまた日本から大きい翻訳の依頼が来て。
テーマは前回と同じもの。
ただ、内容は前回よりももっとすごそうなので、がんばらないと。
夏休み中は時間があるからちょうどいいです。

その翻訳のことで思い出したことがあります。
翻訳していたのは今年の1月から3月にかけて。
それはそれは大変な内容だったのですが、実はその三ヶ月の間に、ベロニカちゃんは二回、入院しているんです。
まあ、どこも悪くはなかったんですが、念のためということで。

しかし、その翻訳の仕事、ベロニカちゃんの協力なくしては決して出来ないものだったのです。
翻訳するものの多くが手書きで読みにくかったんですよ。
っていうか、ネイティブの人でさえ読めないようなひどい筆跡のものが多くて。
ベロニカちゃんがいない間は学生数人にヘルプを頼みました。
だって、訳したくても読めなかったら訳しようがありませんから。

それに一人で家事もしないといけないし。
いろんな意味で今年の1月から3月までは、私たちにとって試練のときでした。

でも、このブログでは妊娠の話は一切していませんでしたよね?
それは何故かというと、ベラルーシでは妊娠した場合、あまり人に話してはいけないという迷信があるからなんです。

ベロニカちゃんに説明してもらったんですが、正直よくわかんなくて。
というのは、何でも「悪い目」を持っている人がいて、その人に見られると悪いことが起こるといわれているのだそうで。
別に、恨みを持っているとかじゃなくて、その人自身が持っている「気」のようなものですかね。
つまり、ニコニコ笑って祝福している人もそういう「気」を持っている人がいるかもしれないんです。
だから、念のために言わないようにする、と言うんですが・・・
意味、わかりました?

うちの奥さんの場合はかなり徹底していました。
私は大学の上司や一部の学生にしか、そのことを話していませんでした。
もちろん、ブログには書けません。

まあ、それでも出産が近づいた頃には、いろんなところから広まって、みんな知っていたんですけどね。

でも、日本だったら、こんないいニュースはみんなに話すんじゃないかな?
それとも、日本でもあんまり話さないんですかね?

私は話したくて話したくて、しょうがなかったんですよ。
だって、こんなニュース、一生に何度あるかわかりませんよ!
でも、私はじっと我慢しました・・・

P5261133これは昨日の龍二くんの写真です。
お風呂に入る直前です。
薄い布に包んだまま入れるんですけど、日本も同じなんですかね?
昨日はお風呂のあと、なかなか寝付けなかったようで、私は抱いたまま20分近く歌い続けました。
歌っている間は静かに聴いてくれるんですよ。

疲れることはいろいろあるけど、龍二くんの顔を見ると、疲れも吹っ飛びます!

akiravich at 04:46コメント(6)トラックバック(0) 
ベラルーシの文化 

2010年05月26日

おはようございます。
はぐれミーシャです。

昨日はおそろしい一日でした。
朝の8時半にうちを出て、帰ったのは19時。
こう書くと普通に見えますが、一日で訪れた場所は・・・

まず日本人を迎えに9時にホテルへ。
そこから一緒に税務署へ行って、諸々の手続き(←ひどすぎました・・・)。
それから、急いで大学で打ち合わせ。
13時からはいつもは担当していない国際経済学科で特別授業。
14時に大学を飛び出して、14時25分からのベラルーシ語の授業のために文学部へ(←同じ大学なのですが、建物が全く違うところにあるんです)。
そして、16時にはまた大学へとんぼ帰り。
16時から18時半まで翻訳・通訳の試験。
と、まあこんな感じです。

一つのところに座って働くのもきついですが、町中を走り回るのも体力を使いますね。
営業の仕事とかなさっている方は大変なんだろうなあ・・・

昨日は非常にタイトなスケジュールだったので、昼ごはんが食べられなかったんですよ。
ベラルーシ語の授業の後、近くのマクドナルドに行ったら大行列だし。
大学の売店に行ったら、食べ物はチョコレートしか残っていないし。
お腹が空いて死にそうでした。

そんなわけで(←どんなわけだ!?)、今日は食べ物の話。
ベロニカちゃんと龍二くんが入院している間、私は家で一人寂しく生活していました。

あるとき、学生のセルゲイ君が「先生、時間があるとき、一緒に飲みませんか?」と言っていたのを思い出し、飲みに行くことに。
奥さんが入院しているときに飲みに行くのはちょっと気が引けたので、ベロニカちゃんに電話してみると、「もちろん、行ってきていいよ。だって、一人でうちにいてもつまらないでしょ」
理解のある奥さんでよかったです。

セルゲイ君は3年以上、私のところで勉強しています。
年も割りと近いので、話が合うんです。
彼は法律の専門家なので、今回会社を作るに当たって、いろいろと相談していました。

私たちが行った店は「Скиф(スキフ)」というレストラン。
町の中心、勝利広場の近くで、お隣はゴーリキー公園です。

この店は内装が凝っていて面白いんです。
そして、料理もなかなかおいしい。
値段はそこそこしますが、ランチだったらそんなには高くないです。

実は一ヶ月ほど前、その店に行ったのですが、そのときに食べたタルタルステーキが忘れられなかったんです。
びっくりするほどおいしくて。
まさかベラルーシであんな料理が食べられるとは・・・
なので、何とかもう一度食べたいと思っていたんです。

P4271332これがそのタルタルステーキ。
刻んだピクルスなどが添えられていて、それを全部混ぜて、それをパンに載せて食べるという本格的なもの。
「なんだ、普通じゃん!」と思ったそこのあなた!
これ、ベラルーシでは全然普通じゃないんですよ。

ベラルーシのレストランでは料理の名前の通りのものが出てこないことが多いんです。
例えば、カルボナーラ。
私はまだ注文する勇気がありませんが、あるイタリアのグルメ評論家がベラルーシでイタリア料理店に入ったときのこと。
カルボナーラを一口食べて、「こんなのはカルボナーラじゃない」と言って、怒って帰ってしまったんだそうです。

私も経験があります。
ミンスクのある寿司屋にはラーメンがあって、それを食べたのですが、恐ろしく出来の悪い味噌汁にスパゲッティをぶち込んだというおぞましい食べ物が出てきたことがあります。
あと、ミンスクのレストランにあるティラミスはティラミスじゃないですね。
まあ、私もイタリアに行って食べたわけではないので何とも言えませんが、あれがティラミスではないことは断言できます。

このタルタルステーキはとてもすてーきでした。
本当においしかった!
セルゲイ君も感動してました。
私たちはタルタルステーキとカプレーゼ(←トマトとモッツァレラチーズのサラダ)をつまみに、ビールをたくさん飲みました。

日本だったら、シメにラーメンを食べたりしますよね。
でも、ベラルーシにはそういう考え方はありません。
自宅でのパーティーの場合は、最後にお茶とケーキなどでシメることが多いです。

しかーし!
私はそんなことでは満足しない!

話の流れで寿司の話になって。
はぐれミーシャ「日本の寿司はおいしいんだよ。トロ、うに、いか、ホタテ・・・」
セルゲイ君「ホタテって食べたことがないんですが、おいしいんですか?」
はぐれミーシャ「じゃあ、食べに行こう!」

そこで、日本のハシゴというシステム(←?)について説明しました。
ベラルーシ人はそういうことはしないそうです。
一つの場所でたくさん飲んで食べればそれでいいんじゃないの、ということなんでしょうね。
まあ、理屈には合っています。

うーん、日本人は何でハシゴするんだろう?
一つの場所にずっといるのが嫌いなんですかね?

私は東京では世田谷区の豪徳寺に住んでいたのですが、学校は経堂にあったんですよ。
なので、飲み会は経堂で。
最初に焼き鳥やとかいろんな店に行くのですが、最後には必ず「フォロミー」という喫茶店に行くんです。
喫茶店とは言っても、夜はお酒もだすところで。
そこに行かないと落ち着かないというか。
そして、その後、ラーメンを食べるために桜上水まで自転車で行っちゃったりするわけです(←お気に入りは甲州街道沿いの「あぶら〜亭」)。

ベラルーシでは外食の値段が高いから、おいそれとハシゴなんか出来ないですよね。
でも、その夜は気分が良かったので、そのまま寿司屋に行きました。

その寿司屋は私がこれから働くところ。
二人でホタテとサーモンを一巻ずつ、そして、サーモンの刺身をつまみにまたまたビールを飲んだのでした。
いつもいるウェイトレスのポリーナちゃんが「何でこんな時間にここにいるの?」みたいな顔をしていたのが、ちょっと痛かったです。

でも、久しぶりに楽しかったなあ。
東京に住んでいたときのことを思い出しました。


クララ・ハスキルの芸術
アーティスト:ハスキル(クララ)
販売元:ダブリューイーエー・ジャパン
発売日:1991-03-25
おすすめ度:4.0
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バッハ:インヴェンションとシンフォニア/イギリス組曲第1番バッハ:インヴェンションとシンフォニア/イギリス組曲第1番
アーティスト:グールド(グレン)
販売元:SMJ(SME)(M)
発売日:2008-11-19
おすすめ度:5.0
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昨日の龍二くんの音楽はこの二つ。

クララ・ハスキルのスカルラッティをずっと聴いていました。
音楽をかけると静かになるんです。
もちろん、お腹が空いたときは別ですけどね。
このスカルラッティ、涙が出そうになるような静かなさざめきにも似た演奏です。

モーツァルトのピアノ協奏曲もちゃんと聴いていました。
オーケストラが入るから大丈夫かなとも思ったのですが、普通に聴いていましたよ。
一緒にオーケストラの曲でも聴こうかな。
もちろん、ショスタコーヴィッチとかは聴きませんけどね。

バッハのインヴェンション、高校のときよく弾いていました。
今でも大好きです。
ただ、こちらのほうは龍二くんの反応はいまいち。

実はお腹の中にいたときも、ベロニカちゃんが聴いている音楽に反応していたんです。
気に入っているときは静かで、気に入らないときは足をばたつかせているのがわかるんですって。
実はグールドのCDのときはあんまりおとなしくなかったそうです。
どうなんですかね?
逆に気に入っていたから体を動かしていたんですかね?


シベリウス&シェーンベルク:ヴァイオリン協奏曲シベリウス&シェーンベルク:ヴァイオリン協奏曲
アーティスト:ハーン(ヒラリー)
販売元:ユニバーサル ミュージック クラシック
発売日:2008-03-05
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ちなみに、龍二くんがまだお腹の中にいるとき、ベロニカちゃんがよく聴いていたのが、このヒラリー・ハーンが演奏したシベリウスのバイオリン協奏曲。
今度、この曲を聴いたら、龍二くんは何か思い出すかもしれませんね。

今日は午後から大学へ。
早く帰って龍二くんと一緒にいたいです!

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ベラルーシの生活 | レストラン・カフェ

2010年05月25日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今日はいいことと嫌なことが一緒に起こりました。

私は権威を振りかざす人間、自分の目的のためなら他の人を悲しませても気にしない人間、そんな人間が許せません。
そういう人は自分の目的のためだったら、事実をいくらでも捻じ曲げます。
そのせいで他の人が傷つき悲しんでいることを全く考えずに・・・

逆にその権威にしがみつくことしか出来ない人をかわいそうだと思います。
そういう人間に限って、「人のため」なんて言葉を平気で言うんです。

自分のためでしょ!?
自分が怒られたりしないためでしょ?
自分を守るためにやってるくせに、他の「人のため」なんて言葉を使っているのを聞くと反吐が出ます。

今日はそんなこんなで、非常にイライラしていました。
でも、悪いことばっかりでもなくて・・・

今日は大学の授業に日本人の男の子が来てくれました。
フリートークをしてもらったり、一緒にロールプレイをやってもらったりしました。
時々、ベラルーシを訪れる日本人の方にお願いして、授業に遊びに来てもらうことがあるのです。

以前に、私はベラルーシを訪れる日本人男性のモラルについて厳しい意見を書いたことがあります。
なので、私は今、日本人の方を授業に招待することに関しては慎重です。

しかし、その男の子は人の気持ちを考えることが出来る優しい心の持ち主でした。
彼と私と学生二人で夕食をとったのですが、彼と話していて私は自分の若い頃を思い出しました。

届かない想いがあって
でも、届けたい
でも、届かない
でも、届くまで、僕は届ける
届かないと知っていても、僕はその想いを届けようとするだろう


今の日本にこんな若者がいることに、私は感動しました。
誰かのために苦しめる人間は素晴らしいと思います。
今の日本人を見ていて感じるのは、表面的な優しさ。

でも、本当の優しさって何だろう?
それは時に苦しみを伴うものだったり、痛みを伴うものだったりするんじゃないかな。
例えば、誰かのためにハードルを下げてあげることだけが優しさじゃない。
楽な道を教えてあげるより、苦しい道を一緒に歩いてあげるほうが、私は優しさだと思うんです。

自分のために他の人を苦しめる人間。
他の人のために自分を苦しめる人間。
これ、どちらも人間。
どんな人間でありたいかは、自分で選べばいいのかな。

私がいつも思っていることがあります。
あなたの気持ちを理解してくれる人なんているはずがない。でも、あなたを理解しようとしてくれる人が側にいることは幸せである。

他の人の気持ちなんて理解することは不可能。
よく「あなたの気持ち、よくわかります」なんて言葉を軽々しく言う人がいるけど、私は信じません。
今日、ある学生は「本当にわかっているかどうかは目を見ればわかります」と言っていたけど、本当にそう。
言葉の問題ではないんです。

よく「私の気持ちなんて誰にもわからない」「あなたには私の気持ちなんてわかるはずがない」ということを言う人がいますが、それは当たり前。
だって、所詮、他人なんですから。
他人にそれをわかれというほうが無理な話です。

わからないのが当たり前なんだけど、わかろうとすることは大切だと思う。
わからなくてもわかろうと努力すること。
その人は本当に自分のことを考えてくれるんだなあと感じることは幸せなことだと思います。

私は龍二くんにも人の心が理解できる、いや、人の心を理解しようとする優しい人になってほしいと思っています!

今日の龍二くんですが、とてもおとなしかったそうです。
今日もベロニカちゃんと一緒にお風呂に入れました。
いやあ、本当に気持ちよさそうな顔をするんです。
私も楽しかったです!

Ravel: Piano WorksRavel: Piano Works
販売元:Nimbus
発売日:1996-05-07
おすすめ度:3.5
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今日、龍二くんはラヴェルのピアノ音楽を聴いていました。
本当に聴いているんですよ!
音楽をかけるとピタッと静かになって、目を時々パチクリさせながら聴いているんです。

今日は手を上に上げて、指を動かしていました。
まるでピアノを弾いているように。

私もベロニカちゃんも親バカなのかもしれませんが、ここまで音楽に反応を示すと、何かあると思ってしまいますよ。
ベロニカちゃんは妊娠中からよくクラシック音楽を聴いていたのですが、やっぱりお腹の中にいるときから好きになったんですかね。

それにしても、ペルルミュテールの演奏を0歳から聴いているのって、すごいことじゃありませんか!?
ペルルミュテールはラヴェルに直接教えを受けた「ラヴェル弾き」。
音の色彩感は鮮やかでありながらも派手ではなく。
私は大好きな演奏です。

明日は今日よりももっとドタバタ。
朝から晩までミンスク中を走り回らないといけません。
大変ですが、夜は龍二くんをお風呂に入れて、一緒に音楽を聴いて、それが楽しみだから頑張れるなあ。

これでは「はぐれミーシャ純情派」が「はぐれ親バカ日誌」に改名される日も近い!?

akiravich at 05:26コメント(7)トラックバック(0) 
ベラルーシの生活 | クラシック音楽

2010年05月24日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今日も一日中、子育てでした。
初めて二人だけでベビーバスに入れたのですが、面白かったです。
それまでは泣いていたのが、ぬるいお湯に入れると気持ちよさそうにこっちを見ていて。
こりゃあ、温泉好きな子になるだろうなあ。
ベラルーシには温泉はないんだけどね・・・

一つ気づいたことが。
うちの龍二くんは音楽が好きなようです。
私やベロニカちゃんは「新生児は何も聞こえないし、何も見えない」と言われていたんです。
でも、明らかに音楽に反応しているんです。

エスプレッシーヴォエスプレッシーヴォ
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今日、龍二くんが聴いていたのはこのCD。
ギタリスト村治佳織のデビュー盤です。
初めて聴いたときは鮮烈な印象を受けました。

ベロニカちゃんがたまたまそばにあったCDをかけたのです。
すると、龍二くんは寝るでも泣くでもなく、目を開けてじっとしていて。
明らかに聴いているのです。
しっかりとラジカセの方向を見て。

いやあ、すごいですねえ。
こりゃあ、将来ギタリストかな!?

こんなことばかり書いていると、このブログのタイトルを「親バカ日誌」にしないといけなくなりますね。
できれば、今までどおり、日記風に。
つまり、毎日の出来事をいろいろと書いていければと思います。
それはベラルーシの生活に関することや日本語教師の仕事のこと、そして赤ちゃんのことも。

私は最近、忙しくてドタバタしています。
龍二くんのことはもちろんのことなのですが、大学の仕事は休めないので。

大学はもうすぐ試験期間です。
みんな戦々恐々としています。
日本語の試験だけだったらいいんですけど、他にもいろんな科目があるんですよ。
なかなか忙しい時期です。
私のほうは授業がなくなるので、逆に自由な時間が出来ます。

明日からは寿司バーのほうも何とかしないといけないなあ。
あと、税務署にも行かないと。

何かとりとめのない話になってしまいました。
次はとりとめのある話にしたいと思います。
では、おやすみなさい。

akiravich at 05:17コメント(8)トラックバック(0) 
ベラルーシの生活 

2010年05月23日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

またまた更新を休んでしまいました。
ドタバタなんです。
すみません。

金曜日の午後、ベロニカちゃんと赤ちゃんが無事に退院しました!!!
あー、よかったよかった。

本当は来週まで入院すると言われていたのですが、突然退院が決まったのです。
全く予期していなかった私やベロニカちゃんの家族は大慌て。

ベラルーシでは赤ちゃんの退院はちょっとしたイベントなんです(←旧ソ連の国はどこでもそうなんじゃないかと思うのですが)。
前にも書きましたが、産院は全くの面会謝絶なので、父親が赤ちゃんに初対面する非常に重要な瞬間なのです。

父親はもちろん、親戚で母親と赤ちゃんが出てくるのを迎えます。
母親が赤ちゃんを持って出てくるのではなく、看護士さんが持って出てきます。
まず父親が奥さんに花をプレゼントします。
そして、赤ちゃんを父親に渡すのです。
家族や親戚は感謝の印として、看護士さんに花やチョコレート、シャンパンなどをプレゼントします。

実は午前中にベロニカちゃんから電話が来て、「今日は退院できないんだって・・・」と言われて、二人で落ち込んでいたんですよ。
それが午後になって、ベロニカちゃんから「今日、退院だって」と電話が来て。
今日の退院はない、とみんな思い込んでいたから、それぞれが自分の仕事をしていたんです。
ベロニカパパは仕事を早退。
急遽、車を飛ばして、ベロニカママを迎えに。

私は大学にいたのですが、そこから病院まではそんなに遠くなかったんです。
念のために、プレゼント用のシャンパンは持っていました。
なので、病院までの途中で花とチョコレートを買わないといけません。

トロリーバスを途中下車して、大型スーパーへ。
大きい箱に入ったチョコレートを買いました。

私たちは一つの問題を抱えていました。
ビデオカメラでその重要な瞬間を記録に残そうと思ったのですが、人に貸して以来、調子が悪かったのです。
私は8cmサイズの小さいDVDディスクを買わなければなりませんでした。
でも、そんな特殊なDVDはそこら辺の店にはありません・・・

と思ったら!
ありました!
小さな売店で一枚だけ売れ残ったディスクがポツンとショーウインドウにあったのです!
これはラッキーでした!

そして、重要なのはベロニカちゃんにあげる花!
花の売店で私は「すみません。今、産院に行くところなんですが、どんな花をあげたらいいんですか?」
売店のお姉さん「男の子? 女の子?」
そのお姉さんはその日がその売店での初仕事だったらしく、非常に張り切って花束をつくってくれました。

P5221126これがその花束。
ピンクのバラはベロニカちゃん、青い花は私、白い花は赤ちゃんを表します(←私が勝手に考えた)。
これで準備OK!
私は満員のトロリーバスに揺られながら、病院へと向かいました。




病院に着いたのは15時ちょっと前。
まだベロニカちゃんの家族は誰も来ていませんでした。
しばらくして、ベロニカちゃんの妹以外は全員集合。
妹は大学での勉強があるのと、携帯電話の電源が切れてしまって、連絡が取れなかったのです。
ベロニカちゃんは何かいろいろと手続きや簡単な検査があって、みんなで2時間ほど待つことになりました。


17時ちょっと前にベロニカちゃんと赤ちゃん、無事に退院!
感動の対面です!
看護士さんが私に赤ちゃんを渡してくれました。
それまではいまいちピンと来てなかったのですが、そのときピンと来ました。
やっぱり赤ちゃんはかわいいなあ。
私とベロニカちゃんは静かに喜びを分かち合いました。

そこからはベロニカパパの運転で、私たちのうちへ。
金曜日の午後はミンスク市内はお決まりの渋滞。
かなり迂回して行ったので、かなり時間がかかってしまいました。

車で到着したのは17時半過ぎ。
赤ちゃんはベロニカちゃんのお腹の中にいて、ずっとうちに住んでいたのですから、かける言葉は「ようこそ!」じゃなくて、「お帰りなさい!」ですよね。
私もベロニカちゃんも二人で「お帰りなさい!」と言いました。

うちに着いてからはベロニカちゃん一家の撮影タイム。
みんな赤ちゃんを抱きまくってました。
私もまだそんなに抱いていないのに!

シャンパンとお菓子で軽くお祝いをした後、ベロニカママを残して、みんなうちへ帰って行きました。
どうしてベロニカママが残ったのかというと、ベラルーシでは最初に赤ちゃんをお風呂に入れるのはおばあちゃんの役目なんですって。

それがベラルーシの伝統だと言うのですが、それはかなり古い伝統らしく、その伝統を守らない人、伝統自体を知らない人も多いのだそうで。
それはおばあちゃんは経験があるから、最初に若い夫婦に見せるという意味もあるのだそうですが・・・

これがなかなか時間がかかりました。
私もベロニカちゃんも何とか立っている状態。
疲れ切っていました。
どうして疲れていたのかはご想像ください・・・

ベロニカママが帰った後、二人でお祝い。
本当は三人で、といきたいところですが、赤ちゃんは寝ていたので。

そうそう。
その日はやっと名前を発表しました。
ずっと前に決めていたのですが、秘密にしていたんです。

ここでも書きます。
私たちの赤ちゃんの名前は・・・
龍二(りゅうじ)くんです!!!
これは私の父親の名前から漢字を一つ取りました。

もちろん、ロシア語にはない名前ですが、私たちは気に入っています。
周りの人たちからは「ロシア語の名前にするんですか? 日本語の名前にするんですか?」と散々聞かれていたのですが、私たちは「秘密です」と完全黙秘。
この名前の話に関しては、また改めて書いてみたいと思います。

さあ、写真を初公開します!

P5191424完全に日本人の顔ですね。
龍二くんが生まれたとき、産院の医者たちは「侍が生まれましたよ!」と言って喜んでくれたそうです。
私の知り合いでベラルーシの国民的俳優、キリチェンコさんにショートメールで「私に似てるんです」と書いたら、「当たり前だろ!」という返事が来ました。
まあ、確かに。

こんな感じで私たちの新しい生活はスタートしたのでした。
正直、自分で書いてても、「新しい生活」という感じはしないんですよ。
出来る限り、自然体でいきたいと思います。

コメントをいただいた皆様、本当にありがとうございました。
とても参考になりました。
また御質問させていただくことがあるかと思いますが、そのときはまたよろしくお願いいたします。

今、龍二くんは寝ています(←ミンスク時間22時)。
今日はなかなか寝付かなくて、ちょっと寝ては起きての繰り返し。
私もベロニカちゃんも父親・母親としてはまだまだ新米なので、わからないことが多くて。
っていうか、龍二くんも新米ですね。
新米トリオですね。
米どころでもないのに。

だんだん意味不明になってきました。
すみません。

5月末までは家庭教師はお休み。
大学は休めないので行きますが。
他の時間はベロニカちゃんと赤ちゃんと一緒にいます。
戸惑うことも多いですが、とても楽しいです!

akiravich at 04:10コメント(4)トラックバック(0) 
ベラルーシの生活 

2010年05月20日

おはようございます。
はぐれミーシャです。

今日はかなり疲れています。
昨日の授業は5コマ。
それに、お昼ごろ、ベロニカちゃんのお父さんとお母さんが来て、私たちのマンションを掃除していきました。
やっぱりほこりとかがないようにしないとね。

あと、ベビーベッドを持ってきてくれました。
これはベロニカちゃんが知り合いから安く譲り受けた物です。
部屋にベビーベッドがあると、一気に「子供が生まれたんだ」という感覚が盛り上がります。

ベロニカちゃんはもうすぐ退院です。
もしかしたら今日かも、何て言っていたのですが、今日は退院させてもらえませんでした。
まあ、明日かなと思います。

今日は疲れているのですが、ちょっといいことがありました。
大学の授業が終わったとき、ミンスク市内の寿司屋のマネージャーから電話が来ました。
私は正式にその寿司屋でアドバイザーとして働くことになりました!!!
これで私の子供の頃からの夢がかないます!(←詳しい話は2010年5月9日「料理人になる夢は・・・」をご覧ください)

夏のメニューを考えないといけないんですよ。
でも、ベラルーシは食材の数がかなり限られているので・・・

日本だったら、夏と言えば・・・
そうめんとか、冷やし中華とかになるんですかね?
まあ、考えます。

そうそう。
焼き鳥のたれを作るって約束したから、それから始めないと。
実はその店で焼き鳥を食べてみたのですが、たれがあまりにもまずくて閉口したのです。
ベラルーシには日本酒がないので作るのは簡単ではないと思いますが、私が知っている限りの知識を使い、作ってみようと思っています。

料理と関係したことなのですが、私は一つ困っていることがあります。

ベラルーシでは産後のお母さんが食べてはいけないもの、というのがあるんです。
その食品を食べると母乳に影響して、赤ちゃんにアレルギーが出たりする、というのです。
本当なんですかね?
しかも、その「食べてはいけない食品」の数がかなり多くて。

絶対に食べてはいけないもの
キャベツ、豆類、輸入された野菜や果物、生のネギ、にんにく、チョコレート

まじっすか?

穀物類は全てOK。
肉や魚はOKだが、焼いた物はダメ。
ゆでたり煮たりしたものだけ。

他にもいろいろあったような気が・・・

でも、そんなの日本では聞いたことがないんですよね。
うちの母親に聞いても「何でも食べたほうがいいんじゃない?」って言うし。
私もそう思うんですけどね。

もちろん、酒とか極端に辛い物なんかはダメでしょうけど、他は普通に食べてもいいような気がするんですが。
誰かこのことに関して情報をお持ちの方がいらしたら、コメントをいただけるとうれしいです。

確かに、ベラルーシではアレルギー体質の人は結構多いような気がします。
でも、それって赤ちゃんのときに母親が何を食べていたかが影響するんですかね?

もしかしたら、ベロニカちゃんは今日退院できるかもしれません。
今は退院したときのお祝いの食事を作っています。
そんなにすごいものではないのですが、鶏がらで出しを取り、そこに手羽先と大根とニンジンを入れて煮込んでみようか、と。
あんまり強い味付けはダメだと言われるので、塩味にします。
醤油や味噌はダメなんですかね?

正直、私とベロニカちゃんは「食べてはいけない食べ物」に関してはそれほどこだわりはないんですよ。
ベロニカちゃんが医者に質問したときも、「妊娠中に食べていたものは赤ちゃんも慣れているので、食べても大丈夫ですよ」ということを言われているそうです。
むしろ、いろんなものを食べたほうが産後に体力を取り戻すのに必要な感じがしますけど。

ベロニカちゃんの家族がすごくいろいろ言ってくるんですよ。
「あれは食べちゃダメ」とか、「ああしろ、こうしろ」とか。
今日、ベロニカちゃんが退院したらみんなで食事をすることになると思うので、彼らも納得するような料理を作らないといけないんです。

何かご存知の方がいらっしゃったら、アドバイスをお願いします!

akiravich at 13:36コメント(15)トラックバック(0) 
ベラルーシの生活 

2010年05月18日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

昨日は更新を休んでしまいました。
かなりドタバタしていて。

日曜日、私は赤ちゃんに初めて会いました!
普通は産院の中には入れないのですが、特別に許可をもらって入れてもらうことが出来たのです。

いやあ、何とも言えないですね。
すっごい柔らかかったです。
雪見だいふくよりもずっとずっと柔らかかったです(←私はコタツに入って雪見だいふくを食べるのが大好き)。
信じられないほど柔らかかったです。

そもそも、赤ちゃんを抱いた経験がないので、どうしたらいいかわからなくて。
ベロニカちゃんに教えてもらって抱いてみました。
思ったよりも重さがありました。
やっぱり「人」だからね。
数字に出てくる「重さ」よりも「重み」があるというか。
それはまさに生きていることの重みなのでしょう。

顔は完全に日本人ですね。
ベラルーシ人の特徴などは全くありません。

実は私のうちの大家さんのお孫さんが半分日本人なのですが、その子は小さいときは完全に日本人の顔だったんです。
でも、大きくなるにつれて、だんだんヨーロッパ系の特徴が現れてきて、とてもかっこいい男の子になったんです。
その子の写真を大家さんから見せてもらったとき、ベロニカちゃんは「たぶん、この子は日本人の女の子にすごくもてるようになると思う」と言ってました。

うちの子はどんな風に変わっていくんですかね。
それも楽しみです。

出産後、ベロニカちゃんが赤ちゃんを見てすぐ、あることに気がつきました。
他の子と比べて、指が長いんです。
私も見てみたのですが、確かに長い。
二人「これは絶対、将来ピアニストになるよ!」
おめでたい夫婦です(←いろんな意味で)。

ベロニカちゃんはまだ病院にいます。
ベラルーシでは出産後、約5〜7日は入院するんです。

退院するときは父親が花などを持ってお母さんと子供を病院の出口で迎えるのが慣わし。
何か照れるなあ。

今、私はうちの中の掃除を徹底的にやっています。
部屋の中にほこりなどがないようにするためです。
こんなに一生懸命そうじをするのは生まれて初めてです。

そして、日本語の仕事もきっちりやってます。
仕事は待ってはくれないですから。

ただ、ベロニカちゃんが退院してからの一週間は大学の仕事以外はキャンセルするつもりです。
最初は二人でやらないといろいろと大変でしょうから。

今日は最近あった面白いことを一つ。

先週の土曜日の授業のこと。
何かテキストを読んでいるときに、私が「いたずら」という言葉を使ったんです。
私は授業では教科書やテキスト以外の語彙もかなり導入しています。

そのとき、学生の一人が「すみません。『いかづら』ですか?」
私は思わず笑ってしまいました。

私が笑うと学生たちは必ず「今の言葉は日本語にありますか?」と聞いてきます。
「いかづら」という言葉は、私には「イカの形をしたカツラ」という風に聞こえました。

学生が笑っている間、私は「ちょっと待てよ」
この「いかづら」というのは「イカっぽい顔」、つまり「イカのつら」という風にも聞こえます。

そのことを説明すると、今度は「つら」という言葉を説明することになります。
こうなると、エンドレスです。

すると、学生のKちゃんが「先生、じゃあ、こんな言い方をしてもいいですか?」
何を言うのかと思ったら、隣の学生のほうを見て「お前のつらはもううんざりだ」。
あまりにも普通にそんなフレーズを言ったので、私は爆笑してしまいました。
ちなみに、Kちゃんはその隣の学生と仲がいいです。

はぐれミーシャ「日本語にはそういう言い方はありますが、女の子がそんなフレーズを言っちゃいけませんよ」
Kちゃん「じゃあ、正しい日本語なんですね?」
はぐれミーシャ「日本語としては正しいけど、人として・・・」

いやあ、どこからそんな発想が出てきたんですかね?
そんなフレーズはどこにもなかったんですが、それぞれの言葉はどこかのテキストにあったんですよ。
私の学生はそういう言葉に限って、よく覚えてくれます。

明日もまた仕事です。
ここ最近の緊張状態のせいか、今、疲れがどっと出てきました。
今日は早く寝ます!

akiravich at 04:37コメント(8)トラックバック(0) 
ベラルーシの生活 | 日本語教師の仕事
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