2012年12月

2012年12月31日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今年最後の投稿は今年の夏、福島を訪れたときの話です。
通訳の仕事でご一緒した方々に再会する旅でした。

2011年の6月を皮切りに、私は様々な代表団の通訳をする機会に恵まれました。
中でも福島の方とご一緒した通訳の仕事は非常に感慨深いものがありました。

8月9日、私は普通電車を乗り継いで福島まで行きました。
新幹線の切符を買うお金がなかったんです。
でも、時間的には普通電車でもそれほど変わらないように思います。

駅には福島大学の小山良太先生が迎えに来てくださっていました。
2011年秋の福島調査団で知り合いました。
農学博士で原発事故後の農業のあり方など、様々な提言をなさっている方です。
今回の飲み会もセッティングしていただきました。

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調査団でご一緒した方々が来てくださいました!
野菜がおいしいお店ということで、料理もお酒も最高でした!!!
この後、浪江焼きそばもご馳走になって、大満足でした!!!

お酒の席でもテーマはやっぱり福島のこれからのこと。
復興の最前線にいる方たちの話を聞くのは非常に貴重なことでした。
ベラルーシでもインターネットで日本のニュースを知ることはできるのですが、やはりメディアを通して入ってくる情報と実際に現場にいる人たちから直接聞く情報にはかなりの隔たりがあるように思います。

そして、もう一つ感じたのは日本国内の温度差。
今回は日本中を旅行したのですが、福島以外の土地だとどうしても他人事のような感覚で見ているような、というよりは福島の事故がもうすでに過去のことであるような感覚があるように思うのです。
原爆の被害にあったからでしょうか、長崎で出会った人たちは福島のことを気にかけていました。

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次の日は福島大学へ。
私が勤務しているベラルーシ国立大学と協定を結んでおり、様々な打ち合わせがあったのです。
そのときには福島市役所の方ともお会いして、11月の市民視察団の訪問についても打ち合わせを行いました。

お昼は福島大学の食堂でご馳走になったのですが、とてもおいしくてびっくり!
学食があんなにおいしいなんて、かなり驚きました。

午後からはうつくしまふくしま未来支援センターや桜の聖母短期大学、福島県生活協同組合連合会などにお邪魔させていただきました。
生協連では具体的な復興の取り組みなど、国に頼らず様々な活動を自分たちで行っていることを知り、感銘を受けました。
桜の聖母短期大学の二瓶由美子先生にはわざわざ車で生協連やホテルまでお送りいただいて、本当にありがたかったです。
ありがとうございました!!!

夜は7月にご一緒した福島県議会の議員の方々との夕食。
大変お忙しい中、6人ほどの方々が来てくださいました。
本当にありがとうございました!!!

8月11日は朝から会津方面へ向かいました。
県議会議員の小桧山善継先生が自らの運転で連れて行ってくださいました。
前日の夕食も小桧山先生が幹事をしてくださいました。
本当にありがとうございました!!!

磐梯吾妻スカイラインを通ったのですが、絶景!!!
本当に気持ちがよかったです。

しかし、あのスカイラインのクネクネ曲がった道を走るうちにどんどん気分が悪くなってしまって・・・
途中で車を止めてもらって、休まないといけませんでした。

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五色沼に行きました!
信じられないほど綺麗な、青とも緑ともつかない色。
こんなに美しい場所が福島にあることを私は知りませんでした。

結構観光客がいるように思ったのですが、小桧山先生曰く「全然少ないですよ」。
風評被害は実際に原発の被害を受けている浜通り、中通りにとどまらず、ほとんど放射性物質が検出されない会津のほうまで広がっているのです。
「福島=危険」というイメージです。
ああ、もったいない!!!
こんな綺麗なところを見ないなんて!!!
本当に何が危険で、何が安全なのかをしっかりと判断することが必要だと思います。

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小桧山先生と記念に一枚。
感謝しても感謝し切れません。
ベラルーシでご一緒したときから、非常にフレンドリーに接してくださり、私も仕事がしやすかったです。
非常に気さくな方で「『先生』って呼ばれるの、あんまり好きじゃないんですよ」と言っておられました。
でも、ここはやっぱり「先生」と書かせていただきます。
あの焼酎、本当においしかったです!!!
最高の思い出をありがとうございました!!!

小桧山先生との旅はまだまだ続きます。

せっかく来たからということで、野口英世記念館に立ち寄りました。
館長さんともお話させていただくことができ、感激!!!
ここも観光客がすごく多いように感じたのですが、「全然少ないですよ!」。

小桧山先生、どこに行っても、いろんな人に挨拶されています。
お土産やさんに入っても、すぐ「先生、こんにちは!」と声をかけられて。
それが非常に自然なんです。
偉そうなところもないし、気さくな人柄で。

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そして、喜多方ラーメン!!!
ラーメンはすごくあっさり。
麺がおいしかったです。
そして、この餃子がおいしかった!!!
私は餃子にはそれほど思い入れがなく、特に食べたいとも思わない料理なのですが、これは本当においしかった!
今まで食べた餃子の中で一番です!!!

喜多方では製麺所にも寄りました。
小桧山先生が「奥様にもお土産を持っていかないと、『自分だけいい思いして!』って怒られちゃうでしょ」ということで、数え切れないほどの生麺をいただきました。
本当に気を使ってくださって、感謝感激です!!!

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会津若松市では小桧山先生と一緒に鶴ヶ城と飯盛山に行きました。
私が汗だくで山に登る中、小桧山先生は汗一つかかずにスイスイと登っていきます。
運動不足と体重増加のおそろしさをまざまざと知りました・・・

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会津若松市の喫茶店で一休み。
ドーンと立っている木が印象的。
この木の温かい雰囲気がすてきです。
ベラルーシにもこういう店があったらなあ・・・

小桧山先生にはホテルまで送っていただき、そこでお別れ。
言葉にならないくらいの感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました!!!

会津若松に来たのは理由があります。
4月に国会の事故調査委員会の方たちがベラルーシにいらっしゃって、そのとき私は通訳をしたのですが、そのときご一緒した方が会津若松にいらっしゃるのです。
なので、ぜひお会いしたいとコンタクトをとったら、快諾していただいて。
ホテルのレストランで待ち合わせだったのですが、諸事情で遅れるとのこと。
なので、会津若松の町をブラブラ。

土曜日の夕方という時間だったためか、店がどんどん閉まっていってしまって。
でも、町はなかなか風情があってよかったです。
次はもうちょっとゆっくりしたいなあ。

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20時過ぎにようやく会いたかった人に会うことができました!!!
私の左側にいるのが蜂須賀礼子さん。
大熊町商工会会長で、国会事故調の委員を務めておられた方です。
とても気さくな方で、ベラルーシでご一緒したときも楽しく仕事をさせていただきました。

蜂須賀さんは今、会津若松で避難生活をおくっておられます。
普段はニコニコしていますが、言葉にならないほどの辛い思いをされているのだと思います。
いろいろな話を聞かせていただき、いろいろと感じるものがありました。

蜂須賀さんとお話していて、国会事故調の方たちとご一緒したときのことを思い出しました。
スケジュールがタイトで、本当に大変な仕事だったんです。
でも、皆さんのチームワークが素晴らしくて。
皆さんの明るさと情熱のおかげで何とか乗り切ることができました。
国会事故調の報告書を読んだとき、こんなに素晴らしい仕事をしている人たちとご一緒できたんだなあと思い、非常に感慨深いものがありました。

そして、この店の料理がすごかったんです!!!
蜂須賀さんと電話で話したとき、「ホテル、そんなに綺麗じゃないけど我慢してくださいね。でも、料理はすごくおいしいですから」。
小桧山先生も「あそこは海鮮料理がすごいんですよ」とおっしゃっていて。
会津で海鮮???と思ったのですが、食べてびっくり。
本当に海の近くいるのかしら?というほどの新鮮さ。
何でも、元々魚の卸しをやっていたので、新鮮な魚を手に入れるルートを持っているのだそうで。

ホテルの名前はシティホテル石橋です。
http://ishibashi-kaijin.co.jp/
確かに古めですが、私にとっては全然問題なく泊まれるホテルです。
そして、そのホテルの中にあるのが「海鮮料理 海神」。
魚もおいしかったのですが、馬刺しがすごくおいしかったです。
よくふぐ刺しを端から端までごそっととって食べるのが夢、みたいな話がありますが、このときは馬刺しをごそっととって口の中へ。
至福のときでした。

次の日は郡山へ。
ブログを通して知り合った美容室の方とお会いしました。
いろいろとお話を聞かせていただいて、私も勉強になりました。
それから、県議会議員の三村博昭先生においしいうどんをご馳走になりました。
自ら車で私を郡山駅まで送ってくださいました。
お二方とももう少し時間があれば、ゆっくりお話したかったです!
本当にありがとうございました!

これで私の福島旅行は終わり!
よく食べて、よく飲みました!
かなり太りました・・・

隣の県に住んでいながら、福島のことは全く知りませんでした。
おいしい食べ物、おいしいお酒、美しい自然、素晴らしい人たち・・・
これ以上、何が必要だと言うのでしょうか!?
根拠のないうわさや恐怖心に惑わされている人たちは相当損をしていますよ!!!
感動の三日間でした。
皆様、本当にありがとうございました!!!



福島の事故以来、私は様々な仕事をしてきました。
それまでも自分がチェルノブイリの事故で被害を受けた国に住んでいるという意識は持っていました。
しかし、それも最初の頃に比べれば、だんだん意識は薄くなっていました。
福島の事故があってから、もう一度自分が住んでいるベラルーシという国、そして、自分が生まれた日本という国への思いを強くしました。
自分が生まれたのが隣県の山形であることも、私の中では強く意識することです。
これからも福島の皆様、そして日本の皆様のために仕事ができればと考えております。

ベラルーシでチェルノブイリの関係機関を訪れると、「チェルノブイリ事故の『回復』の段階はすでに終わっている。これからは『発展』のときだ」ということを言う人が多くいます。
確かに、26年経ち、状況はだいぶ変わっていると思います。
そして、実際に対応済み、解決済みの問題も多くあります。
外国からのお客さんが来たときは、対外的にそういう言い方になるのでしょう。

しかし、ベラルーシに問題がないと言えば、これはうそになります。
今から大きな問題になりそうなのが、アメリシウムの問題。
私は専門家ではないので、詳しい言及は避けますが、このアメリシウム汚染についてはベラルーシの専門家たちも問題視しています。

低線量被爆についての研究もまだまだ不十分です。
もちろん、危険を回避するには低線量であっても避けるに越したことはないのですが、そういう問題ではないと思うのです。
まだわからないことが多い中で、さも全てがわかっているかのように発言する人がいるようですが、私はわからないことは「わからない」と言うべきだと考えています。
現にベラルーシの研究者たちは日本人に低線量被爆について聞かれても「まだはっきりとは言えない」「わからない」と言うことが多いのです。
もちろん、放射性物質が様々な病気を引き起こしている可能性はありますから、それを否定することはできません。
それと同時に何かの病気が放射性物質によって引き起こされていることを100%肯定することもできないはずなのです。
肯定も否定もできないことを単に「危険だ」と煽るのはいかがなものかと私は思っています。

「危険性があるから避ける」というのは当然なことだと思います。
それがただ恐怖心を引き起こすようではいけないと思うのです。
そのためには情報提供のあり方というのが重要になると思います。
今の日本は情報が錯綜して、何を信じていいのかわからないという状況なのかなという印象を受けます。
どう伝えるかということも重要でしょうが、誰が伝えているのかというのも重要かと思います。
信頼できる人や機関から出てくる情報はみんな信じるでしょうし、一度うそをついて信頼を失ってしまったら、そこからの情報は二度と信じられなくなるでしょう。
今、日本政府の情報を信じる人はどれぐらいいるのでしょうか・・・

誰かが誰かを手伝うとか、援助するとかではなく、共に歩むという感覚が日本とベラルーシの間で生まれればいいと私は思っています。
ベラルーシでは資金不足などで研究したくてもできないことが山ほどあります。
その研究が日本でも役に立つようなものであれば、共同で研究を行ったらいいと思うのです。
例えば、ベラルーシの経験豊かな研究者を日本に呼ぶとか、日本の若い研究者がベラルーシに行って研修を受けるだとか。
話を聞くだけではなく、実際に日本人とベラルーシ人が一緒に働くようなことがあればいいと思います。

ゴメリにある放射線学研究所の所長であるアヴェリン氏は福島の方たちに対して「いつでも福島に行く用意がある」とおっしゃっています。
彼は「研究所で何かやるのもいいのだが、私は福島の現場で農場の方たちと直接話して、その現場で仕事をしたい」とおっしゃっています。
ベラルーシにそこまで熱い想いを持っている人がいることを日本の皆様に知っていただきたいと思います。

福島の「これから」とベラルーシの「これまで」。
この二つがうまく結びつけば、お互いにとって実り多い関係が築けるのではないかと思います。

福島や日本の「これから」のことばかり考えるのもよくないと思います。
ベラルーシにも「これから」があります。
「チェルノブイリは終わっている」という言い方をする人が多いのですが、私はそうは思いません。
まだまだ「これから」のことも多いのです。

ベラルーシ人の中にも自分の利益を追求するために日本や福島と関わろうとする人がいます。
残念ながら、それは否定できません。
しかし、中には心から福島や日本の「これから」のことを考えている人たちがいます。
そのような人たちがもっと直接的に福島と関わっていけるようになればいいなあと願っています。

これから、ベラルーシと日本の絆はどんどん強まっていくことと思います。
私も少しでもそのお手伝いをすることができればと思っています。
今後ともよろしくお願いいたします。
皆様、よいお年をお迎えください!

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福島 | チェルノブイリ
こんにちは。
はぐれミーシャです。
今日も日本旅行の話の続きです。

四国・九州・関西を回った旅から帰ったはぐれミーシャ。
そのまま実家の山形に腰を落ち着けることなく、次の日の朝一番の新幹線で東京へ。
でも、今回はベロニカちゃんと龍二くんが一緒です!!!

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新幹線の中の龍二くんはとても元気!
今まで何度か乗っていますが、新幹線の中ではなぜかはしゃぎます。
飛行機の中では静かなんですけどね(←でも、ベラルーシに帰る時の飛行機では離陸するまで大泣きでした)。

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東京に着いた私たちがまず向かったのはしながわ水族館。
以前にもベロニカちゃんとは訪れたことがあります。

龍二くんは何故か魚には無関心。
私とベロニカちゃんが一生懸命「ほら、龍二! 見て見て!」と言っても、我関せず。
龍二くんが興味を持ったのはずらりと並んだ自動販売機でした。
一台一台、おつりが出てくるところに指を突っ込んでいました。

唯一、龍二くんが反応を示したのはペンギン。
今も何故かペンギンが大好き!
歯ブラシもペンギンの形をしています。

今の龍二くんのペンギン好きはこのアニメの影響です。
これは日本とソ連の合作アニメ映画です。
ロシア語ですが、なかなかいい作品ですよ!

水族館の後は千葉の親戚のうちへ。
寿司をごちそうになったのですが、寿司屋で走り回って大変。
私たちが食事している間、龍二くんはほとんど止まることなく、ずっと走っていました。
その後ろをベロニカちゃんが走っていて、大変。
そして、ベロニカちゃんも食べられるように、私が交替して、これまた大変。

次の日は名古屋へ。
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ベロニカちゃんは新幹線の車内から富士山の写真を撮ろうとするのですが、うまくいきません。
ずっと前から、「富士山が見たい!」と言っていたのですが、夏の富士山って、みんながイメージするような白い帽子をかぶったようなものじゃありませんから、ベロニカちゃんもちょっとがっかり。
そういえば、私も絵葉書みたいな富士山って見たことがないなあ。

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龍二くんは新幹線の中でずっと車や電車のおもちゃで遊んでいました。
窓の前のところにおもちゃを置くんですが、狭いスペースなので、すぐに落ちてしまって。
落ちた時の音もうるさいし、車が転がって後ろの席の人のほうに行ったりして。
周りの人たちに迷惑かけまくりでした(←すみません)。

名古屋では以前からある方にお世話になっています。
その方とはベラルーシで通訳をしたのが縁でずっといろいろとよくしていただいています。
名前を出してもいいか聞くのを忘れてしまったので、ここでは書きませんが、非常に感謝しております。
ありがとうございました。

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ホテルは名古屋城の目の前!!!
このホテルに泊まるのは2回目ですが、毎回、名古屋城に圧倒されています。

名古屋ではまず市民団体の方々の前でベラルーシについてお話しさせていただきました。
ベラルーシというか、チェルノブイリ関係の話です。
みなさん、非常に熱心に聞いてくださって、私も気持ちよくコミュニケーションさせていただきました。

それから、夕食に。
中華料理店に連れて行っていただいたのですが。
そこが中日ドラゴンズファンが集まるお店で。
星野監督のサインもありましたし。

その店でも龍二くんは走りまくり。
奥の座敷からテーブル席がある入口のところまでの往復を1時間以上続けていました。
テーブル席のお客さんたちは中日×巨人戦のテレビ中継に釘づけで、龍二くんのことを気に留めなかったようなのが幸いでした。
お店の人も心温かく龍二くんが走るのを見守ってくれたので、助かりました。
私は店の人に「うちの子が大きくなったら、中日に入れて、盗塁王を取らせますから!」
お店の人、笑ってました。

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次の日の名古屋は猛暑。
あまりの暑さに龍二くんもベロニカちゃんもぐったり。
そんな暑い中訪れた徳川美術館はなかなかおもしろかったです。
またゆっくり行ってみたいなあ。

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海上タクシーに乗って、日間賀島へ!
愛知県の三河湾に位置している小さい島です。
私たちは二度目の訪問。
実はベラルーシで通訳をさせていただいた方が日間賀島でホテルをなさっているのです。

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ホテルの部屋からは思いっきり海が見えます!!!
とにかく、部屋が素晴らしい!
前回、この島を訪れたときは日帰りだったのですが、今回は一泊しました。
夜も海の景色がきれいで・・・
言葉を失うほどきれいでした。

せっかく来たので、海に泳ぎに行こう!と思ったら、水泳パンツがない。
ホテルの人にも「海に来て、水着もビーチサンダルもない人って珍しいですよ」と言われてしまい。
海の近くの店で購入。

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海のないベラルーシから来たベロニカちゃんは大満足。
初めて海で泳いだんですって。
それに対して、海がこわい龍二くんはこの表情。

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私と龍二くんはずっと二人で砂遊び。
私は泳ぐのは最高に苦手で・・・
学校のプールの時間とか、苦痛だったもんなあ・・・

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ホテルに戻って、シャワーを浴びた龍二くんはこの表情!
ホテルの部屋がずいぶんと気に入ったようです。

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このホテルの魅力の一つがこの料理!!!
前回いただいたときもすごかったですが、今回もすごかった!
こんな船盛り、ベラルーシでは絶対に食べられませんから!
特に伊勢海老はすごかったです。

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そして、ウニ!!!
これもベラルーシにはないもの。
ずっと食べたいと思っていたんです。
ちなみに、ベラルーシ人にこの写真を見せると、「これは本当に食べ物なのか?」「ハリネズミ?」という反応が返ってきます。

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そして、最高においしかったのが、ハモ!!!
これは本当においしいです。
山形の人間にとってはハモは全くなじみのない魚。
数年前に訪れたときもハモを食べて感動したのですが、今回も再感動!!!

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このホテルは朝食もすごい!!!
朝からタコしゃぶですよ!
こんなにおいしいタコは食べたことがありません!!!

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島を離れる直前、イルカを見ることができました!
イルカを飼っているんですね。
実はベロニカちゃんはイルカが大好き!!!
一度間近で見たいと言っていたのです。
ホテルの方がセッティングしてくれたんです。
本当に感謝!

ホテルの名前は日間賀観光ホテルです。
http://www.himakakankou-hotel.co.jp/index.html
サイトがとても充実しているので、ぜひ一度ご覧になってください!
従業員の方も皆さん親切だし、料理は最高だし、本当に素晴らしいホテルです!

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私たちはまたまた東京へ。
龍二くんが持っているのは知り合いにいただいたバイキンマンのぬいぐるみ。
ずっと持っていました。
何故かアンパンマンよりも好きみたいです。
ベロニカちゃん曰く「お父さんにそっくりだからじゃない?」

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私がつり革につかまっていると、龍二くんもつり革につかまりました。
大人と同じことをやってみたい年頃なのでしょうか。
かわいい!

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私たちは上野動物園へ行きました!
ベロニカちゃん、念願かなって、やっとパンダを見ることができました!
前回、上野動物園へ行ったときはパンダがいなかったんです。
もちろん、ベラルーシにはパンダはいません。
私の学生の間でも、「パンダかわいい!!!」と言っている女の子が非常に多いです。

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この日は最高に暑くて、朝から行ったのですが、それほど人はいませんでした。
夏休みだから、人でごった返しているのかと思ったら。
龍二くんもあまりの暑さにダウン気味。

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そんな暑さの中、龍二くんが気に入ったのがフラミンゴ。
ずっと見ていました。

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どこへ行くにもバイキンマンと一緒。
モノレールの中でも隣に座っていました。

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暑いときに欠かせないのが冷たい飲み物!
クリームソーダなんて、何年ぶりに飲んだろう?
ベロニカちゃんは気に入っていました。
実は私は子どものときからクリームソーダはあんまり好きじゃなかったんです。
ソーダはソーダ、アイスはアイスで別々のほうがいいだろうと思っていました。
子どものとき、ある喫茶店でソーダ水を見て、「僕が求めていたものはこれだ!」と思ったのを今でも覚えています。

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暑さでぐったりしていた龍二くんもアイスクリームを食べて復活!
相当おいしかったようです。

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これで龍二くんの大冒険は終わり!
また日本へ行こうね!!!

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2012年日本の旅 

2012年12月27日

こんばんは。
はぐれミーシャです。
今日も日本の旅日記です。

7月26日、私は四国から長崎に向かいました。
途中、博多でとんこつラーメンを食べ、特急かもめに乗り、長崎へ。

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このグリーン車がすごいんですよ!
座席はなんと革張り!
誰も乗っていなかったので、完全貸しきり状態。
こんな贅沢、いいのかな?
でも、一年間がんばって働いたんだから、いいよね!?

16時過ぎに長崎に到着。
そこにはK神父が迎えに来てくれました。

今回長崎に来たのは知り合いに会うため。
それは12年前、私がまだベラルーシに来たばかりの頃に出会った人たちでした。

ミンスクの中心部に通称「赤い教会」と呼ばれているカトリック教会があります。
その敷地内に「長崎の鐘」と呼ばれている鐘があります。
それは原爆後に残った浦上天主堂の鐘のレプリカです。
その鐘ができたときに長崎からカトリック教会の方たちがいらっしゃったのです。
その方たちに会いたいと思い、長崎を訪れたのでした。

K神父は年齢が若く、気さくな方なので、私はお兄さんのような感覚で接していました。
今回も12年前と変わらず接してくださいました。

夕食ではもう一人のM神父さんとベラルーシを訪れたYさんとKさんがいらっしゃいました。
12年前の思い出話に花が咲きました。

料理は中華料理だったのですが、ちょっと独特でした。
長崎ならではなのでしょうか。
本当においしかったです。

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次の日は雨。
平和記念像は見たいと思い、行ってみました。
記念日を前にして、何か工事のようなものをしていました。

その後、YさんとKさんが原爆記念館を案内してくださいました。
私は広島の原爆博物館には行ったことがあるのですが、長崎は初めて。
長崎の原爆のことはほとんど知りませんでした。
非常にいい勉強をさせていただきました。
深く心に染み入るものがありました。

そして、より深く感じるものがあったのは永井隆記念館。
永井博士は医師で、自らも白血病を患いながら、様々な著書を残した方です。
いろいろと考えさせられるものがありました。

もっと広島・長崎のことをベラルーシの人たちに知ってもらいたい。
そんな気持ちを強く持ちました。
ベラルーシの人たちは「広島」「長崎」は知っていても、具体的に何があったのかまでは知らないことが多いのです。

私の中には様々なアイデアが生まれました。
原爆詩の朗読会を開いたり、原爆文学を翻訳したり。
私ができる限りのことをしたいという気持ちでいっぱいです。

長崎を12時過ぎに出発して、大阪へ。
博多で乗り換えて、新幹線で大阪へ。
疲れがたまっていたので、熟睡。

17時半ごろ、大阪のホテルに到着。
大阪では大阪大学に留学中のナースチャちゃんに会う予定。
彼女が住んでいる寮が結構遠いところにあるので、彼女が帰りやすいからという理由で千里中央という駅で会うことに。
それがその夜の悲劇を生み出すとは露とも知らず・・・

19時に千里中央の駅で会い、「久しぶり」。
っていうか、4月にナースチャちゃんは旅立ったのだから、4ヶ月ぶりなので、それほど「久しぶり」ではなかったのですが。
でも、やっぱり自分の学生に日本で会うというのはうれしいものです。

知っている店もないし、金銭的にも余裕がないので、チェーンの居酒屋に行くことに。
ナースチャちゃんは4か月の間、ずっとまじめに勉強していたらしく、あんまり飲みに行ったりしていなかったそうで。
彼女は5年間のプログラムで日本へ来ているのですが、授業などは非常に厳しいようです。

今までいろんな学生を教えてきましたが、私の要求に100%答えて、全ての課題をこなしてくれたのって、ナースチャちゃんだけですね。
どんなにいい学生でも、一度ぐらいは風邪で休んだ時の宿題をしなかったりするものなのですが、ナースチャちゃんに関してはそういうことが一度もありませんでした。
風邪で休んでも必ず宿題はやってくるという根性がありました。
その努力の結果、日本への留学のチャンスを手に入れたのだと思います。

特に何を話したのかは覚えていません。
何かベラルーシの大学の教室で話しているような錯覚に陥りました。

店を出て、まだ名残惜しかったので、次の店へ。
次の店はサイゼリヤ!!!
はるか昔に一度行ったことがあるだけだったので、ぜひ行ってみたかったんですよ。
本当に安くて、おいしくて大満足でした!

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ナースチャちゃんをお見送り。
いい意味で変わっていなかったので、すごくうれしかったです!
それにしても、このようなきれいな女の子の隣にいると、自分のおっさん度が際立って見えますなあ・・・
それにかなり太っているし・・・

ナースチャちゃんと別れたのが23時半ごろ。
さーて、ホテルに戻ろうかと千里中央の駅に行くと、何か様子がおかしい。
これはもしかして・・・

駅員さんに「あのー、電車は・・・」
駅員さん「あ、もう終わりましたよ」
えええ!!!
そりゃあないよ!

完全に東京の感覚で考えていました。
東京だったら、0時過ぎが最終じゃないですか。
だから、まさか23時半に電車がないとは考えていなかったのです。

しかも、最悪なことに、私は円の手持ちが1000円ほどしかなくて。
大阪に着いてから両替所を探したんですが見つからず。
銀行も閉まっている時間だったので、ドルが両替できなかったんです。

どうしよう・・・
バスに乗るしかないかなあ・・・

でも、バスもない。
そうなると、タクシーしかない。

タクシーの運転手さんに「あのー、ドルしか持っていないんですけど、乗せてもらえませんか?」と聞いても、手でシッシッと冷たくあしらわれ。

うーん、これは困った。
どうしよう。
よくマンガ喫茶で朝まで、なんて話をよく聞くから、そういう店を探そうと思っても見つからず。

駅に隣接するショッピングモールも電気を落としてしまって。
でも、追い出される感じはないなあ。
こりゃあ、ここで朝まで過ごすしかないか・・・

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コンビニでチューハイとじゃがりこ、そして暇つぶし用の雑誌を買い、スタンバイOK。
自動販売機の隣なら電気があるから、雑誌も読めるしね。

でも、すぐに手持無沙汰になる。
寝ないで朝まで過ごすつもり。
やっぱり知らない町で外で寝るのは怖い。
っていうか、知っている町でも怖いかな。

周りを見渡すと、ホームレスっぽい人が数人、ベンチで寝ている。
俺も仲間入りしようかな。

しばらくしていると、警備員の人が。
警備員さん「どうしたんですか?」
はぐれミーシャ「実は電車がなくて、帰れなくなってしまって・・・朝までここにいたらマズイですか?」
警備員さん「大丈夫ですよ。ただ気を付けてくださいね。治安はいいんですが、どんな人がいるかわからないので」
そう言ってしばらく考え込む警備員さん。

警備員さん「あのー、上のほうに行くと、ちょっと寝られるところがあるんですけど、行ってみます?」
優しい!!!
はぐれミーシャ「いや、朝まで起きているつもりなんで」
警備員さん「じゃあ、わかりました。何かあったら、声をかけてくださいね。あと、あそこでスケボーやってる兄ちゃんたち、彼らあんななりしてますけど、根はいいやつらなんで彼らの近くに座っていれば、何かあった時助けてもらえると思いますよ」
いやあ、本当に優しい!!!
ちょっとウルウルきました。

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夜中のショッピングモールというのもなかなかいいものです。
普段、ゆっくり考え事をする余裕がない生活をする私にとっては、なかなか贅沢な時間でした。

しかし、酒を飲みながら雑誌を読むというのもやはり限界があります。
ここしばらく旅ばかりで疲れがたまっているというのもあるのでしょう。
だんだん眠くなってきて。
眠気を覚ますために近所を散歩。
警察官がいたら、間違いなく職務質問されるだろうなあ。

っていうか、私は何をしているんだろう?
若いときならいろいろあるでしょうが、38歳にもなって、大阪のベンチで朝まで時を過ごすなんて・・・
なんて素敵なんでしょう!!!
この歳でこんなバカなことをしている自分に笑ってしまいます。

結局、始発の時間まで時間をつぶし、ホテルにたどり着いたのは5時半ごろ。
シャワーを浴びて、ホテルをチェックアウト。
すぐに6時台の新幹線で東京へ向かったのでした。

東京では人に会ったり、いろいろ用事がありました。
そして、午後はまた関西に逆戻り。
新幹線で京都まで行き、そこから奈良へ。

奈良へ行ったのはこのブログにコメントをくださっている奈良の通りすがりさんに会うためです。
コメントを通してお付き合いしているうちに、お互いプロレス好きの料理好きであることが判明。
ぜひぜひ会いましょうということに相成ったわけです。

奈良の駅で待ち合わせて、通りすがりさんのうちへ。
電車とバスを乗り継ぎ、たどり着いたのはベッドタウン的なところ。

ブログやメールでしか付き合いがなかったのに、本当によくしていただきました。
料理がおいしかったです。
薄味で、すごく繊細な味付け。
私にはできない料理だなあと思いました。

「一緒にプロレスを見ましょう!」と言っていたのに、結局見ないでしまいました。
いろんな話で盛り上がりました。
とてもとても楽しい夜でした。

今回は学生に会ったり、仕事関係でお世話になった人に会ったりはしたのですが、友達や自分と同じ趣味の人とはほとんど会っていないんです。
というか、プロレスが好きな知り合い、私は一人もいなかったんです。
なので、通りすがりさんと知り合いになれて、本当にうれしかったです。
いつか一緒にプロレス観戦できたらなあと思っています。
本当にありがとうございました!!!

次の日も朝早くから行動開始。
新幹線で東京へ。

東京では初日に会ったかぼちゃんともう一度会いました。
彼は被災地のボランティアなどもやっているまじめな青年。
ベラルーシの現状などについて、いろいろ話をしました。

その後、同じところでアルバイトをしていたO君に12年ぶりの再会!!!
もう感激!

そして、東京ロシア語学院のクラスメートたちとの再会!!!
もっと時間があればよかったんですが、今回は喫茶店でおしゃべりするだけになってしまいました。
次回はぜひ飲みに行きましょう!

というわけで、ドタバタと走り回る一日は終わり、最終の山形新幹線で実家に帰ったのでした。
龍二くんは寝ないで私を待っていてくれました。
いつもはあんまり私にはなついていないのですが、このときばかりはピッタリと私にくっついてきました。
本当にかわいい!

IMG_6021
うちへ帰ると、私が買ってきたプレゼントを抱きしめたまま寝てしまいました。
一つは徳島駅で買ったアンパンマン列車のおもちゃ。
もう一つは京都駅で買った新幹線にアンパンマンが乗っているおもちゃです。

全国たらいまわしツアーはまだ終わりません!
山形に帰った次の日はまたまた朝6時台の電車で東京へ。
でも、今度は一人じゃなくて、ベロニカちゃんと龍二くんの3人です!

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2012年日本の旅 

2012年12月26日

こんばんは。
はぐれミーシャです。
奇跡の三連続投稿です!

今年のブログ、今年のうちに!
またまた今年の夏の旅の総括です。

7月25日、私は再び旅立ちました。
目指すは四国の徳島。
私の個人教室の学生のジェーニャ君に会いに行くためです。

朝6時代の一番の山形新幹線で東京へ。
グリーン車ですよ!

私は全くお金持ちではないのですが、グリーン車に乗るのには理由があります。
JRには外国人・海外在住日本人向けのジャパンレールパスというものがあります。
そのパスを使えば、新幹線の「のぞみ」や「みずほ」、寝台列車などを除いた列車に乗り放題なのです。
私は2週間乗り放題のパスを買いました。
普通車用とグリーン車用のがあって、値段に大きい差がなかったのと移動時間がかなり長いことを考慮して、今回はグリーン車のパスを購入したのです。

いやあ、グリーン車はいいですね。
本当に快適です。
普通にチケットを買えと言われたら絶対に買わないのですが、乗り放題だと思うと楽しくて。

来年の1月に帰国するときもジャパンレールパスを使うのですが、今回は普通車用。
まあ、無駄遣いはできませんて。

東京駅には9時12分に到着。
目的地は徳島ですが、東京でちょっと寄り道。
寄り道しても大丈夫なように、全て時刻表で計算済み。
時刻表って、わくわくしますよね。
子どもの頃、よく家族で目的地を決めないで、電車旅行していたんですが、その頃のことを思い出しました。

東京での寄り道は展覧会に行くため。
美術館の開館は10時なので、それまでに腹ごしらえすることに。

日本に帰ってきて、まだ食べていないもの・・・それは吉野家の牛丼!!!
あれはたまらなくおいしいのです。
たまらないのです。
おいしいのです。
本当に。

吉野家は東京ならどこにでもあるだろうと思い歩き始めると・・・
これがなかなか見つからない。
7月下旬、めちゃめちゃ暑い中、吉野家を求め、東京駅界隈をさ迷い歩く38歳のおじさん一人。
歩けど歩けど、現れるのは松屋やすき家ばかり。
東京チカラめしというのにもかなり惹かれたが、そこは初志貫徹しないと(←数日後に行ってみたら、すごくおいしかった!)。

様々な牛丼やを見て、私は常々不満に思っていたことがあります。
牛丼屋なのに、なぜカレーを出す!?
そういうのは私は許せないのです。
純粋に牛丼のみを追求することはできないのか?
私のおじさんが「すき家のうな丼はなかなかおいしいよ」と言っていたのですが、「なぜ牛丼屋でうな丼?」と私は考えてしまうのです。

どこだ、どこだ、私の愛しの吉野家は・・・
そして、何とか見つけたのは京橋の吉野家。

メニューを見たとき、私はそこにカレーがあるのを見つけ、衝撃を受けるのです。
吉野家よ、お前もか・・・
裏切られた青年は大人になり、一人悲しく牛丼を食べるのでした・・・(←おいしかったです!)

汗だくになりながら美術館に戻ると、ちょっと行列ができていました。
人気あるんだなあ。

10時きっかりに開館。
展覧会のタイトルは「ドビュッシー、音楽と美術 −印象派と象徴派のあいだで」。
これは音楽ファンが飛びつきそうなタイトル。

ところが。
この展覧会、あまりにもひどい。
展示の順番は全く脈絡がないし。
それぞれの展示室にテーマを設けていましたが、ちょっと強引。
ドビュッシーを軸にするのはいいけど、それほどつながりがなさそうなものも多く、「印象派」というキーワード一つで無理やり取り入れたような感じ。
展示されている作品もそれほどすごいものはなく、超がっかり。
ミュージアムショップに寄ってみたのですが、商業主義の匂いプンプン。
あまりのひどさに怒り心頭。

がっかりして東京駅へ。
東海道新幹線でまずは新大阪まで。
そこで違う新幹線に乗り換えて岡山まで。

岡山での乗り換え時間は30分ほど。
岡山駅をぶらぶら。

すると、駅ビルの中に寿司屋が。
そこで、ちょっとあることを思い出す。
「秘密の県民ショー」という番組で、岡山では黄ニラの寿司を食べるというのをやっていた。
本当にあるのかなと思ったので、中を覗き込むとちゃんとある!

乗り換え時間が30分しかないのでどうしようか迷ったのですが、ここで食べなかったらまた岡山に来ることはなかなかないだろうと思い、寿司屋に飛び込みました。
メニューの中に見慣れない魚の名前が。
はぐれミーシャ「この『ままかり』って何ですか?」
職人さん「コハダみたいな魚です」
もちろん、注文。

いくつか寿司を頼みました。
アナゴ、ままかり、そして黄ニラ。
アナゴ、いきなりコンロで焼き始めた!
これが絶品!
おいしい!
駅ビルでこんなにおいしいんだから、もっとすごい寿司屋に行ったらもっとおいしいんだろうなあ。

そして、待望の黄ニラ。
シャキシャキさっぱりで、おいしい!
感動の旨さ!
これはまた岡山に行かなくちゃ!

DSC00018
プラットフォームに行くと、アンパンマン電車が!
JR四国の電車に描かれているんですね。
ちょっとびっくり。

マリンライナーに乗って高松へ。
瀬戸大橋は長いですね。
はぐれミーシャ、四国へ初上陸!!!

高松では短い乗り換え時間で、すぐに特急うずしおに。
この特急、グリーン車がありません。
そして、指定席も車両の前4、5列だけが指定席で、あとは普通の電車と全く変わりがなくて・・・
こういうのは初めてです。

徳島に着いたのは19時半。
山形を出てから、実に13時間が経過しています。
いやあ、楽しかった。
元々、電車の旅が好きなんでしょうな。

さて。
徳島大学に留学中のジェーニャ君と待ち合わせをしているはずなんですが、駅のどこを見ても見当たらない。
こりゃあ、困った。

すぐに電話をしてみると、「もうすぐ着きます」。
駅を出て、バスが止まっているところだ、というので、行ってみると、そこには車が。
そして、男性と女性が。
その方たちはジェーニャ君の面倒を見てくれているホストファミリー的な存在の方でした。
ジェーニャ君、前もって行ってくれないと・・・

とりあえずホテルに荷物を置き、食事へ。
「どんな徳島名物が食べられるのかなあ〜」とうきうきしていると、「ラーメン屋に行きます」
何でも「私たちも何か料理屋さんがいいかと思ったんですが、ジェーニャ君が『ラーメン屋がいい』って言うもんですから」
ジェーニャ君、ラーメンは飲みのシメに食べるものだよ。
最初からシメてどうするの!

DSC00024
ジェーニャ君と記念写真。
結構、いい男なんですよ。
ベラルーシにいたときよりも明るくなっていたので、ちょっと安心。
私のところで4年間日本語を勉強したのですが、最初の頃からずっと暗かったもんなあ。

ラーメンはとてもおいしかったです!
ご馳走様でした!

ホテルに帰り、することもないので、飲みに行くことに。
でも、一人で全く知らない土地で店に入るのはちょっと勇気がいるなあ。
繁華街を歩いていると、徳島って結構飲み屋さんが多いのですよ。

結局、どこにも入れずホテルの近くに戻ってきたとき、たまたま目に入ったワインバーのようなところ。
せっかく徳島まで来て、洋風の店に入るのはなあ、とも思ったのですが、他に入れそうなところもなかったので、入ってみることに。

一人でビールを飲みながら、たこのマリネなんかをつついていると、店の人が話しかけてきたり、女性の一人客が話しかけてきたり。
はぐれミーシャ「徳島って何が名物なんですか?」
マスター「何でもおいしいけどね。やっぱりスダチだね」
山形の人間にとってはスダチって、そんなに遣うものではありません。
はぐれミーシャ「何に使うんですか?」
マスター「何にかけてもおいしいよ。徳島の人間は何にでも使うね」
ふーん。

DSC00026
次の日の朝は快晴。
こんな景色を見ていると、南国に来たんだなあという感じ。

駅に行く途中、一軒の八百屋が目に留まる。
スダチ。
買っていこうかな。
宅急便で送れるって書いてあるし。
店の人に言われるがままに一番高いスダチを買ってしまう。
まあ、また四国に来る機会なんてなかなかないだろうしな。

9時過ぎの特急うずしおで高松へ。
高松では乗り継ぎの時間が10分。
でも、せっかく高松へ来たのだから、うどんを食べないわけにはいかない。
ということで、駅の立ち食いうどんを食することに。

これがうまかったんだけど、なかなかの歯ごたえで手ごわくて。
これでは10分以内では食いきれない。
ということで、かなりの努力をして咀嚼。

DSC00029
プラットフォームにはこんなゴミ箱が。
徹底的にアンパンマンなのね。
龍二くんに見せたかったなあ。

岡山から博多、そこから長崎へ!
続きはまた今度!

akiravich at 06:24コメント(0)トラックバック(0) 
2012年日本の旅 
こんばんは。
はぐれミーシャです。
久しぶりの連続投稿です!

もうすぐ今年も終わり。
出来れば今年のうちに今年の出来事については書き留めておきたい、ということで今日もブログを書くことに。

今年の夏もいろいろなところへ行きました。
そのときのことをメモっておきたいなあ、と。
読者の方にとってはどうでもいいような内容になるかもしれませんが、ご容赦ください・・・

以前の記事にも書きましたが、今年の夏は本当に大変でした。
まずベロニカちゃんと龍二くんと三人で日本へ帰り、22時間後には一人でベラルーシへとんぼ返り。
通訳の仕事をこなしてから、また日本へ行くという強行軍。
我ながらよくやったなあ。

日本に着いてからも非常にハードなスケジュールでした。

DSC00002

18日の夜は学生たちと飲み会!
教師をやっていて一番幸せな瞬間です。
私の仕事は日本語の基礎を学生たちに植え付け、日本へ送り出すことだと思っていますから。

左にいるマリアちゃんは途中から私の個人教室に来るようになった学生。
農学関係の研究に来ています。

真ん中はうちの大学のヴィターリー君。
彼は文部科学省のプログラムで写真の勉強に来ています。

右にいるのは私の学生ではありません。
うちのブログにもコメントをくれていたかぼちゃんです。
彼が世界を一人旅しているときにベラルーシに立ち寄り、うちの学生たちと交流をもったのです。
それからの付き合いです。

この3人、お互いには全く面識がなかったのですが、すぐに打ち解けました。
マリアちゃんは相変わらず研究一筋。
研究が楽しくてたまらないようです。

ヴィターリー君は日本語が上達していてびっくりしました。
彼はベラルーシでは文法が苦手で、間違いだらけの日本語で話していたのですが、このときはかなり間違いが減り、自然な日本語になっていました。
学生の中にはいろんなタイプがいるんですよ。
基本的に、私はベラルーシにいる間に徹底的に文法を叩き込んで、日本に行ってから実地で使うようにする、というスタイルで、早い段階で日本で行くことは逆効果だと考えているのです。
でも、ヴィターリー君みたいなタイプは早めに日本へ行ったほうが上達するかなと思っていたのです。
そしたら、案の定、うまくなっていて。

かぼちゃんはなかなかユニークな男の子。
時々、会話に挿入されるタメ口が私にとっては何とも楽しくて。
私、あんまりタメ口で話されるのは気にしないほうなので。

DSC00009
次の日はまた別の学生と飲み。
早稲田大学に留学していたクリスティーナちゃんと。
ベラルーシへの帰国直前だったので、会えないかなと思っていたのですが、彼女のほうから「会いましょう」。
こういうのうれしいです。

私たちが最初に行ったのは新宿の伝説的居酒屋「どん底」。
かの三島由紀夫も通っていたと言われる名店です。
学生時代、私も何度か行っていました。
でも、あの頃とは雰囲気が変わっているなあ。
料理も高いし・・・
なので、名物のどん底カクテルを軽く飲んで、違う店に移動。

探し回ってたまたま入った焼き鳥屋。
これが当たり!
なかなかおいしかったです。

クリスティーナちゃんとはいろんな話をしました。
彼女は大学の一年生のときから面倒を見ていました。
いろんな意味で思い出深い学生です。

そういえば、彼女は日本でテレビに出たんですよ!
しかも、番組はあの所さんの「笑ってコラえて」!!!
同じ寮に住んでいたイタリア人の友人に誘われて出たんです。
私もその番組は見ました。
彼女にとってはとてもいい思い出になったんじゃないでしょうか。
そんなメジャーな番組、なかなか出られませんからね。

20日は一日中、いろんな人に会ってました。
そして、21日の夜、山形へ。

久しぶりに龍二くんに会うと、すごく喜んで。
私にはあんまりなついていなかったのですが、私がいない間、東京の方向を指差して「パパ!パパ!」と言っていたそうです。
うれしいものですね。

私がいない間もベロニカちゃんと龍二くんは楽しくやっていたようです。
2週間近く別々になっていたのですが、何の心配もいりませんでした。
その間の写真をご紹介。

IMG_5755
私の実家は看板屋。
絵の具使い放題で、大きな紙にアヴァンギャルドな絵を描いていました。
自分の顔もペインティングしていたそうです。
今度いつか、ロードウォリアーズのペイントをしてあげたいと思います(←わかった人、います?)

IMG_5783
甚平、似合いますよね。
やっぱり日本人だなあ。
ベラルーシでは「日本人みたいな顔ですね」と言われ、日本では「ヨーロッパ人の顔ですね」と言われる龍二くん。
甚平を着るとさすがに日本人度が上がります。

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龍二くんはおじいちゃんの座椅子が大好き!
爆睡中です。

IMG_5985
町のお祭りに行きました!
龍二くん、金魚すくい初挑戦。
全然すくえなかったのですが、金魚を二匹もらってきました。

IMG_5995
消防車に乗せてもらって、ごきげんの龍二くん。
龍二くんは車が大好き!
この年頃の男の子はみんな好きですよね。

というわけで、ベロニカちゃんと龍二くんは私がいなくてもちゃんと楽しくやっていたのでした。

私は21日に山形へ帰りました。
やっと、という感じです。
それからしばらくは山形滞在。

そして、7月25日にまた旅立ち!
今度の行き先は四国の徳島!
JRだけを乗り継いでの長時間移動!
続きはまた明日!

akiravich at 01:30コメント(0)トラックバック(0) 
2012年日本の旅 

2012年12月25日

ご無沙汰しております。
はぐれミーシャです。

今日はカトリックのクリスマス。
国の祝日です。
珍しくうちでのんびりしています。

ちなみに、ベラルーシで一番優勢なのはロシア正教会で、住民の80%ぐらい。
カトリックの信者はそんなに多くないのです。
ロシア正教のクリスマスは1月7日です。

久しぶりのブログ更新。
本当はたくさん書きたいことがたまっているのですが。
例えば、日本旅行のまとめ(←自分のため)とか、普段の仕事のこととか。
でも、今日はちょっと我慢できないことがあったので、書いてみたいと思います。

先週の金曜日のこと。
その日はこのブログの訪問者数が急に跳ね上がりました。
例えば、テレビか何かでベラルーシが取り上げられたりすると、そういうことが起こります。
なので、どんな番組で取り上げられたのかなあと思い、「ベラルーシ」というキーワードに他の言葉を組み合わせて検索してみたんです。

すると、ベラルーシに関して、とんでもないことが書かれているのを目にしたのです。
チェルノブイリ事故で汚染されたベラルーシでは、5人に4人の子どもが何らかの病気に罹った状態で生まれてくる。

えっ? 何これ?
何かの冗談でしょ?

あまりにもびっくりしたので、いろいろ探してみました。
すると、出るわ出るわ。

・市民の寿命は、おそらく15年は縮められた。
・ベラルーシでは今、多くの人々が40代でこの世を去っている。


おいおい! 何なの、これ!?
っていうか、この情報源はどこなの?

夜の授業前の空き時間に見ていました。
しばらくすると、学生たちが入ってきたので、学生たちに話してみました。
学生たちの反応は「бред!!!(読み方はbred)」(←全員ほぼ同時に)
この言葉、直訳すると「たわごと」「荒唐無稽なこと」。

いやあ、あまりのひどさに私も学生たちも絶句しました。
だって、5人のうち4人が病気を持って生まれてくるなんて、そんなこと、あります?

うちの龍二くんはとても健康です。
生まれてきた子どもが病気だというのはあるとは思いますが、新生児の80%が病気というのはありえない数字です。
そのとき教室にいた学生の中に小児がんセンターで研究員をしている女の子がいるのですが、彼女も「ばからしい!」の一言。

ここで言うところの「病気」というのが何を指しているのかわからないですよね。
そういうおおざっぱな書き方というのはいかがなものかと。
ベラルーシ人の子どもはみんな病気なのかと思われてしまいますよ。

日本人の皆さんはどう思いますか?
例えば、福島の子どもたちについて同じようなことを書かれていたら、どう感じるのでしょうか?

でも、福島に限定するのもおかしいですね。
特に何も考えていない日本人からすれば「福島=あぶない」というイメージがあると思います。
しかし、去年ぐらいまでは外国人の間では「日本=あぶない」というイメージでしたから。
どこの大学でも留学生がどんどん自分の国へ帰っていったという話はよく聞きます。
今ではそこまでひどくはないかもしれませんが、私の学生の親御さんからは「今、うちの子どもを日本に留学させて大丈夫でしょうか?」と聞かれることはあります。
外国に住んでいる私から言わせれば、福島に対する風評被害だとか、福島の人への差別なんて、本当にバカらしくてしょうがないです。
福島の事故直後にあったのは日本全体に対する風評被害、「日本はあぶない」というイメージ。
同じ日本人が福島だけを切り離しているのは、日本の外側からみれば「бред」としか言いようがありません。

もう一度聞きます。
もし何の根拠もなく、外国のサイトに「日本では5人に4人の子どもが何らかの病気に罹った状態で生まれてくる」なんて、書かれていたらどう思います?
いい気分はしないはずです。

寿命に関しては、どういうデータを基にして15年という数字を割り出したのでしょうか?
WHOの2012年のデータでは男女では70歳、女性76歳、男性64歳となっています。
いろいろデータがあるので、ベラルーシ国内のデータだと違う数字が出てくる可能性はありますが、近い数字はよく聞きます。

時々聞くのは「ベラルーシの男性の平均寿命は60歳以下」という話。
これは根拠がどこにあるのかわかりませんが、実際にそうだとしてもそんなにはびっくりしないかも。
というのは、自分の周りでも50代で亡くなる人、結構多いんですよ。

こんなこと書くと、また誰か「チェルノブイリの影響だ」なんていう人が出てくるんだろうなあ。
何でもチェルノブイリのせいにする人、ベラルーシにはそんなにいませんよ。
一般のベラルーシ人に「どうしてベラルーシ人男性の平均寿命は短いの?」と聞くと、たいていの人は「お酒のせいでしょ」と言います。
私もそう思います。
本当によく飲むし、食べるし。

ベラルーシでは心臓の疾患で亡くなる人が多いです。
これまた「チェルノブイリの影響だ」なんて人が出てきそうだなあ。
確かに、放射性物質が心臓に影響する、という話はあるようですが、それだけではないはずです。
私は医者じゃありませんが、心臓の病気を引き起こす要因はたくさんあるはずです。

こんな話になったのでついでに書くと、ベラルーシは自殺が多いです。
ベラルーシ国内ではそういう話が出てくることは一切ありませんが、インターネットで出てくるデータだと世界トップクラス。

こんなこと書くと、「チェルノブイリの心的外傷が・・・」なんて言う人が出てくるんだろうなあ。
人が自殺する理由って、いろいろあると思うんですが、チェルノブイリの事故から26年経った今、チェルノブイリを理由にして自殺する人がいるのか、非常に疑問があります。

インターネットでこんなのも見ました。
家を失ったこと及び、放射線障害の恐怖から人々は心的外傷を受けた事が報告されている。死ぬ運命にあると信じている彼らの多くが、過度の飲酒と喫煙をしている。
あのー、たぶんこの世に生きている人間全員が死ぬ運命にあると思うんですけど。
心的外傷に関してはそうかもしれませんが、それによって飲酒と喫煙をしているわけではありません。
学生たちに言ったら、みんな爆笑。
「ただ単にベラルーシ人はお酒が好きだから」「チェルノブイリの事故があろうがなかろうが、ベラルーシ人はお酒を飲み続けるだろう」
私も同感です。

あともう一つ
ベラルーシは、子供の生存率が49.7とか9%になってる。
ここで言う「生存率」が何を意味しているのかがよくわからないです。
新生児のこと?
でも、これを真に受けたら、半分の子どもが死んでしまうっていうことですか?
ありえなーい!!!

一言言わせてください。
他のリスクを全く無視して、全てをチェルノブイリ、または放射能に結びつける傾向は非常に危険だと思います。
日本人の中にそういう方がいらっしゃるように思います。
何がチェルノブイリの影響で、何が他のものの影響なのかを見極めることが大事なのではないでしょうか。

実際、わからないことはとても多いんですよ。
前にも書きましたが、私の個人教室の学生で小児がんセンターで研究員をやっている女の子がいます。
彼女は分子生物学が専門で、遺伝子がどうこうとか、DNAがどうこう、という研究をしています。
彼女も血液関係の病気について「放射性物質が影響している可能性はあるけど、まだまだ証明されていないことが多いんです」と言っていました。

ベラルーシ南東部のゴメリという町にある放射線生物学研究所でも「低線量被爆の人体への影響というのはまだわからないことが多い」と言っていました。
それは長期的に調査していかないといけないからで、「正しく研究するには、26年では短すぎる」とのことでした。
その研究所は別にチェルノブイリに特化した機関ではなく、自然界にあるあらゆる有害なものを研究対象としていると言っていました。

汚染地域に住んでいるからと言って、すぐに病気になるとは限りません。
元気に暮らしている方もたくさんいらっしゃいます。
そして、非汚染地域に住んでいる方でも病気で亡くなる方はたくさんいらっしゃいます。

ただ、汚染地域に住んでいることによって、病気のリスクが高まるということはあるのでしょう。
私は医者じゃないですし、研究者でもありませんから正確なことはわかりませんが、リスクが高まる可能性があるということに関しては賛成です。
実際、病気によっては汚染地域における発病率が高いものもありますし。

こういう状況になると、極端なことを言う人が多くなると思うのです。
「解明されていること」と「解明されていないこと」ははっきりと区別するべきだと思います。
そして、全ての情報の中から「信じるに足るもの」と「信じるに値しないもの」を見極めることも重要だと思います。

偉そうなことを書いていますが、私にとってもそれは非常に難しいことです。
というか、ほとんど不可能に近いです。
でも、本当のことを知ろうとする努力は常に続けているつもりです。

ベラルーシに関しては「滅亡しつつある国」のような書き方をしているのもインターネットで見たことがあります。
っていうか、みんな生きてるし!
子どもたち、元気に外で遊んでるし!


私が心配しているのは福島が同じような状況にならないかということです。
根拠のない話、不安をあおるだけの話が広がってしまうような状況にならないかということ。
すでにそういう状況になりつつあるような印象があるのですが・・・

インターネットでベラルーシに関することを読んで、熱くなってしまいました。
あまりにもひどい内容だったので・・・


P.S.
私は1月に日本へ行きます。
非常に短期間の滞在です。
福島にも参ります。
福島の方々の前でお話しする機会を設けてもらえそうで、非常に楽しみです。
実際にベラルーシに住んで感じること、チェルノブイリに関することで私が知っていることをいろいろお話できればと思っています。

akiravich at 14:27コメント(10)トラックバック(0) 
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