2013年03月

2013年03月20日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今日も日本語教師の話です。
ベラルーシの日本語教育の現状に関して、以前から書きたいと思っていたことがあったので、書かせていただきたいと思います。

これから書く内容に対して、不快に思われる方が出てくるかもしれません。
それでも仕方がないと思って、覚悟して書きます。
そして、かなり長い文章になりますが、ご容赦を。

先々週の火曜日、私はある男性からSNSでメッセージをもらいました。
その男性というのは9月からスタートする日本語のグループでの勉強を希望している学生です。
カッコに注釈を入れながら書きます。
古○というのは私のことです。

先生、こんばんは。
インターネットであなたについて書いてあるのを見ました。
下にコピペしましたので、読んでコメントをお願いします。


古○の授業は興味深く、ゲームのようなスタイルで行われる(←うそ。ゲームはほとんどしません)。
しかし、2年勉強しても、日本の教育省が発行した外国人用の日本語教科書の半分も進まず、義務構文や使役形までも届かない(←うそ。2年で教科書の4分の3は進みます。教育省が発行した教科書なんてありません)。
古○は発音に重点を置く(←本当)。
学生は系統だった文法の知識を持たず、勘のようなものに頼る(←大うそ。私の授業では厳しく文法を教えます)。
2年目の終わりには90%の生徒が残っている(←大うそ。2年目の終わりには30%残っていればいいほう)。

本当のことはほとんど書かれていませんでした。
おそらく、私にグループを辞めさせられたりして、私に恨みを持っている元学生の仕業かもしれません。
そうじゃないとしたら、言葉の使いまわしも完全にソビエトスタイルの日本語教授法で使うものばかりなので、まともに日本語を勉強したことがない人が書いたのかもしれません。

こんな風に批評されるのはいやな気分。
プロの日本語教師やまともな知識を持っている学生に批評されるのであればいざしらず。

ベラルーシ人の中には大して知らないのに、知ったかぶりして批評したがる人が多いのです。
例えば、大学の2年生などが日本語弁論大会の時に「あの人の発音はどうこう・・・」などと批評しようものなら、私はこっぴどく叱りつけます。
はぐれミーシャ「君らはいつから日本語のスペシャリストになったんだ!? 日本語ネイティブでもないし、一年しか勉強していないのに、君らに何がわかるんだ! 分をわきまえろ!」
私が信頼している学生・卒業生たちも一度は私がブチ切れる場面に遭遇しています。
まあ、それはいいとして。

インターネットでこんなこと書かれているんだなあということで、ちょっと興味を持ったはぐれミーシャ。
自分の名前をインターネットで検索してみました。
すると、非常に興味深い文章に出会ったのです・・・

それはミンスクの某所で日本語を勉強している、または勉強していた学生が書いたもの。
その学生自身は私については概ね好意的に書いてくれていました。

ただ、一つだけおかしなことが。
「ある都市伝説によると、古○は日本で自分の教え子を半殺しにし、タジキスタンに逃亡していたという」
ベロニカちゃんと二人で爆笑。
行ってたのはウズベキスタンだし、誰も半殺しにしていませんよ!

大事なのはその続き。
日本語を勉強したいと思ったその学生はミンスク市内のある教室に電話しました。
そこの先生は某大学の某学部の院生。
しかし、その学部には日本語を学べる授業は一切ありません。
どこで勉強した人かはわかりません。

その学生が先生と会った翌日、その先生から電話が来て、「教室になんか通わないで、うちでプライベートレッスンしよう」と言ってきたのだそうです。
要はお金が欲しいということ。
教室を通せば上前をはねられて、自分のところにはあまり入ってこないということなのでしょうが、モラルのかけらもないとはこのことです。

ちなみに、その教室の「先生」という人、ちょっと心当たりがあります。
私の知っている限り、その人は日本語を一切知らないはずなのですが・・・

日本語を話せなくても教えている人は他にもいます。
それでも、授業ができるのは教科書のおかげ。
ロシアで出版されている教科書にはロシア語の文法説明が書いてあるから、その説明を読めば授業の形にはなってしまうのです。
しかし、その教科書には問題がありすぎ(←いつか詳しく検証したいと思います)。
それに、教師が日本語で話せないのではお話になりません。

そして、その学生はもう一つ違う教室に行きました。
その教室の人たちは私もよーく知っている人たちです。

その学生の文章はその教室の本質を非常によくついていました(←内容は伏せますが・・・)。
その中で私が一番気になったこと。

私が一番気に入らなかったのは、彼らが古○について、ひどい悪口を言っていたことだ。

悪口の内容はここでは省略します。
書く価値もないことなので。
彼らは私の授業に来たこともないのに何故そんなことがわかるのか、私には不思議でなりません。

そして、その続き。
二回目にその教室に行ったときも、また古○の話になった。

私は彼らに対して何か悪いことをした、という覚えは一切ありません。
そのうちの一人に関しては、むしろ手助けをしたという自負があります。
これは昨日の記事ともリンクしてくるのですが・・・

私の周りの人たちは「商売敵だと思われているんでしょう」「競争相手ですからね」と言っていますが、私は彼らを商売敵とは思っていません。
私はただ、日本語に興味を持っている人たちに声をかけ、グループを作り、日本語を教えているだけですから。
彼らを敵にすることには何の意味も見出せません。

そして、「競争相手」だとも思っていません。
「競争相手」と呼ぶには切磋琢磨するに足る相手でなければ意味がありません。
それは教師としての技量もそうですが、それ以前に志の高さの違いです。
比較されたくもありません。

悪口を言われていることに対しては、怒りよりは悲しみを感じます。
全然知らない相手だったら、こんなに悲しくはなかったと思いますが・・・



ベラルーシの日本語教育というのが今日の記事のメインテーマ。
今の状態では日本語教育が発展しているとは言い難いというのが現状です。

例えば、日本語が上手な学生がいたとしましょう。
そういう学生は日本で働き口を見つけるか、大使館などで職を得ます。
そうなると、日本語を教える人材というのは日本語を使う仕事ができる力量がない学生しかいなくなってしまいます。
そもそも、ベラルーシでは学校も含めて教師の給料がそれほど高くないのですから、高い日本語力を持っている学生が教師になりたくないのは当然のことと言えます。

もちろん、日本語を教える若者の中には日本語の能力が高い人も時々現れます。
しかし、その数は少ないですし、アルバイト的な感覚でやっているので継続性がありません。
日本語教師は片手間でできるほど簡単な仕事だとは私は思いません。

アルバイトでも、私はいいと思うのです。
真剣にやってさえいれば。
しかし、中には「日本語を教えるのはお金のためで、もっと給料がいい仕事が見つかればすぐに辞めます」と言う人もいるのです(←実際、そのように発言していました)。
そんな人間がいい教師になれるとは思いません。

こういうことを書くと「古○は自分のところに学生が欲しいから他の教師や教室の悪口を言うんだ」ということをぬかす馬鹿がいます。
そういう人間に限って、私の悪口を言っているのが普通です。
どうぞ、お好きに私のことを言ってください。
私はベラルーシの日本語教育の現状をそのまま伝えているだけで、何か違う現状があるというのであれば、どうぞ私にご連絡ください。

私は自分のところに学生が欲しいから他の人のことを悪く言うのではありません。
日本語教師として許せないから言っているのです。
他の教師や教室から私のところに移ってくる人が結構多いのですが、気の毒になってしまいます。
基礎的な文法の知識が足りなかったり、発音がぐちゃぐちゃだったり。
学生の行動もひどいことが多く、宿題しないのは当たり前だったり、勝手に休んでも謝罪の言葉一つもなかったり(←その辺の話は昨日の記事で)。

別に私が教えていれば上手になっていたのに、と言いたいのではありません。
学生がちゃんとした日本語の知識と能力を身に着けているのであれば、ぶっちゃけ、誰が教師でもいいのです。

「若い人たちにチャンスを」「若い人たちに経験させたい」などと、眠たいことを言う人たちがいます。
私もそれはそう思っていますし、実際に通訳などの仕事を自分の学生にさせて、経験を積ませることがよくあります。

しかし、チャンスをあげてもいいのは、教師としての下地を持っている人に限るべきです。
日本語を知っているからといって、教師になれるわけではありません。
そこのところを全く考えていない人間がいることがベラルーシの日本語教育の一番の問題点なのです。
教師本人が問題なのではなく、日本語に多少なりとも関わっている人間全体の問題なのです。

「若者たちにチャンスを」
聞こえはいいですが、何のスキルも持っていない人間が教師になることは「百害あって一利なし」です。
そんな教師に教えてもらった学生はたまったものではありません。
そのチャンスをあげている人たちが考えているのは若い教師のことで、学生のことは全く考慮に入れられていないのです。

そして、ちょっと教えると自信過剰になる教師が多い。
でも、自信を持つ根拠が私には理解できません。

例えば、初級のクラス。
使う教科書は「みんなの日本語」という教科書。
この教科書は副読本や問題集などが充実していて非常に使いやすいです。
その中に文法解説書という本があります。
それは英語をはじめ、様々な言語のバージョンが出版されており、ロシア語版もあります。
そこには各課の文法が細かくロシア語で説明されています。
その本さえ読んでおけば、基本的に学生たちに文法を説明し授業を成り立たせることが誰でもできるのです。

私もロシア語で説明する際にどんな言葉を使えばいいのかという参考のために使うことはあります。
しかし、それを読んで学生に説明して・・・というだけでは勉強にはなりません。
説明よりも大事なのは「使える日本語」にするための様々な練習問題をどう活用するかということ。
そこに日本語教師はエネルギーを使うのです。

中級のクラス。
よくあるのはテキストを読ませて、訳させるという教え方。
これは訳読法というやり方なのですが、非常に古いスタイルで、私は効果が薄いと思っています(←いつか詳しく書きたいと思っています)。
そして、これは教師にとっては非常に楽なやり方です。
だって、言葉の訳さえ前もって調べておけばいいのですから。
学生が訳したものに「それは違いますよ」「正しいですよ」と言うだけでも十分「先生」に見えます。

若い教師の中にはウィキペディアのテキストを授業で訳させた人もいます。
ウィキペディアの記事の日本語は時々、非常におかしな文章もあり、内容にまとまりがなかったり、日本語がゆがんでいたりすることが多く、そのまま授業に使用するということは私は絶対にありません。
私の元学生とスカイプで話したとき、ベラルーシの日本語教育の現状の話になって。
元学生「インターネットで見つけたものをプリントアウトして、それを学生に配ったら、先生になれるとでも思っているんでしょうか。ばからしい!」
私も全く同感です。

その現状を変えるための努力を私も怠ってきたという責任を感じています。
現状を変える方法はただ一つ。
ベラルーシ人の教師を養成すること。
今、本気で日本語教師になりたいと言っている学生が一人います。
他にも興味を持っている学生がいます。
彼らに日本語教師としてのノウハウを与えることができればと考えています。

能力のある若者たちが「教師になりたい」と思うような環境を作ることも大事だと思います。
それは給料のこともさることながら、職場環境、人間環境(←つまり、教師間のいい協力関係を築いたりすることなど)も非常に重要かと思います。

経験はもちろん大事です。
しかし、若者に仕事を与えることは即、経験になると言えるのでしょうか?
スキルを持っていない人間に経験をさせることは土台のない沼地に家を建てるのと同じことです。
これは通訳についても同じことが言えると思います。

そして、そのようなスキルのない教師に経験を積ませるために学生がいるのではありません。
そのような教師に「実験台」にされた学生は本当にかわいそうだと思います。
そして、そのような教師の尻拭いをさせられるのは私もうんざりしています。



もう一つ、私が危惧していることがあります。
それは日本人の中に「日本人なのだから日本語が教えられる」と思っている人が多いことです。
「教えられる」とまでは思わないまでも、「学生の勉強の手伝いができる」と思っている人は多いです。

例えば、「ベラルーシに住んでいたら、日本語で話すチャンスが少ないだろう。だから、私が手伝ってあげよう」と考えている人たちがいたとします。
まあ、実際にそういう人には何度も遭遇してきました。
そういう人に限って、純粋に学生の役に立ちたいというわけではなく、自分がかわいいと思った女の子を選び出して、ピンポイントで「日本語の練習がしたかったら、会ってお話しませんか?」などとほざくのです。
だったら、普通にデートに誘ったほうがよっぽどまともだと思うのですが。

友達として接するか、勉強を手伝おうとするか。
それは微妙な違いなのですが、決定的に大きい違いがあります。
日本語教師としてのスキルのない人間が教えようとすると弊害が出てくることが非常に多いのです。
そのことについては、2011年6月22日「日本語を教えるのは日本語教師の仕事です」に詳しく書いてありますので、ぜひご覧ください。
下手な説明は学生を混乱させるだけですし(←学生自身は混乱していることに気づかないことが多い)、私が教える際の授業計画などにも悪い影響を及ぼします。

学生が友達として日本人と接するのはいいことだと思います。
それは逆に私ができないことですし、教室ではできないことなのです。
学生たちが友達として日本人と接するのは、むしろこちらからお願いしたいくらいです。

ベラルーシに来る人(←留学生や旅行者など)に「授業でお手伝いできることがあれば、言ってください」と言われることがよくあります。
そういう人には「手伝いとか考えないで、普通に遊びに来る感覚で来てくれた方がありがたいです」と答えています。

日本語教師に向かって「手伝います」というのは非常に失礼だと思います。
私は2年ほど日本語教師の養成講座で勉強し、日本語教師としてのキャリアは12年になります。
それを日本人だからといって、「手伝います」というのはあり得ない話。
それは普通の日本人がレストランに行って、シェフに向かって「僕は料理が得意だから、厨房で手伝いますよ」と言うのと同じくらい滑稽です。
それは画家のところに行って、「僕は絵が得意だから、ちょっと色を塗らせてください」というのと同じぐらい馬鹿げています。

それを考えると日本語教師という職業に対する人々の評価や意識が低いのだなあと痛切に感じます。
日本人であれば誰でもできる、というわけではありません。
日本語を知っていることと日本語が教えられることは根本的に違うのです。

これは料理のようなもので、レストランでシェフの料理を食べることと、うちでお母さんの料理を食べるのは根本的に体験の質が違います。
ある料理評論家が「プロの料理人が嫉妬する料理がある。それはお母さんの料理だ」というような内容のことを言っていたのを聞いたことがあります。
これはまさにそうで、プロの日本語教師が教室で教えることも勉強ですが、逆に友達として付き合ったりすることはできないわけです。
友達づきあいの中で学ぶことというのも学生にとっては非常に重要だと思うのです。
例えば、授業で習った表現を生で聞いたり、どのようなシチュエーションでどのような言葉を使うのかを生で体験できる経験というのは、教室では与えられません(←ロールプレイというやり方はありますが、そこにどれだけのリアリティーがあるのかは私は常々疑問に思っています)。

皆さん、イメージしてみてください。
皆さんがうちへ帰ると、お母さんが料理をしています。
その料理が一流フランス料理店で出されるような料理だったらどうでしょうか。
例えば、「ロッシーニ風ステーキ、フォアグラのソテーを添えて」とか「肉と野菜のミルフィーユ仕立て、白トリュフをふりかけて」とか(←適当に考えた名前ですみません)。
それはレストランで食べるもので、お母さんが作っていたらいくら料理上手なお母さんだとしても、かなりの違和感を感じるのではないでしょうか?
お母さんにはお母さんにしか作れない料理があるのですから、うちでわざわざフランス料理を作ることにどんな意味があるのでしょうか?

それと同じで、日本語教師としての知識がない人が「日本語を教えよう」とすることに、どれほどの価値があるかは疑問です。
もちろん、ボランティアとして日本語を教えている方もいますが、それは日本語を教えたいという目的意識を持ち、本などを読んで勉強なさった方がボランティアをされているのだと思いますから、それは「知識がない人」には私は含めていません。
「知識がない人」というのは、日本人だから日本語を勉強している学生の役に立てるだろう、教えられるだろうと安易に考えている人のことを指しています。
女性目当てで「勉強を手伝おうか?」「うちに来ない?」などと言っている人間は論外です。

ベラルーシにいらっしゃる日本人にお願いしたいのは、学生たちと普通に交流してもらいたいということ。
別に無理に交流する必要はないのです。
普通の人間関係と同じで、自分がもっと話したいと思う人だったら連絡を取り合えばいいし、その人が気に食わなかったら別に付き合う必要はないし。
これは自分の学生たちにもよく言い聞かせています。
「『日本人だから』とか『日本語で話したいから』という理由で日本人と付き合うのではなく、その「人」を見なさい」
だって、普通の生活では話したい人と話すし、会いたい人と会いますよね。
その相手と過ごす時間が楽しいからこそいっしょにいるのであり、そうじゃなければ連絡を取ったりはしないはずです。
その基本的なことを、というか当たり前のことを「日本人だから」という理由で崩すのはよくないと思うのです。

一つ思い出したことがあります。
割と最近のことなのですが、ある日本人留学生を私の学生たちとのパーティーに招待したときのこと。
彼が「なかなかベラルーシ人の友達ができなくて・・・」と言っていたので、「ここで友達を作って、もっとロシア語で話す機会を作ったらいいんじゃない?」と私は言いました。
すると、彼が「『ロシア語で話したいから友達になりましょう』というのは相手に失礼な感じがして、何か間違っているような気がするんです」
この言葉には感動しました。
こんなことを言う日本人留学生には会ったことがありませんでした。
自分が日本人であることを利用して女性に近づくようなタイプはたくさん見てきましたが、こういう感覚を持っている日本人の若者がいることに私は安堵感を覚えたのです。




だんだん、ベラルーシの日本語教育の現状とは話がずれつつあるような気がするので、ここで簡単にまとめたいと思います。

現状
・高等教育機関で日本語教育を行っているところはベラルーシ国立大学とミンスク言語大学の二つのみ。
・その他、教室などがいくつか存在する。
・日本語学習人口は増加傾向にあるとは言えないが、毎年学習希望者がある一定の数は集まる。
・学習希望者の動機は以前は「アニメ」「ドラマ」が圧倒的に多かったが、最近はただ日本語や日本文化に興味があるという理由で始める人もかなり増えている。
・ベラルーシからは日本へ行くチャンスは少ない。ベラルーシの生活水準を考えると、旅行者として日本を訪れることができるのは裕福な家庭の人が多い。しかし、中には貯金して、自分の力で日本へ行く人も増えている。
・日本の文部科学省の奨学金プログラムで日本へ行こうとする学生が増えている。
・「ちょっと興味があるから」「アニメが好きだから」など、学習に対するモチベーションが弱い学生が多く、せっかく日本語の勉強を始めても、辞めてしまう学生が多い。

問題点
・アルバイト的な感覚で教師になる人が多いので、本当の教師が育たない。
・教師自身の日本語レベルが低いことが多い。教師になってからも常に自分の日本語を磨く努力をすべき。学生のほうが日本語能力が高いことがあるのは問題。
・ベラルーシの日本語教育をトータルで考える人が少ない。日本語教師の数を増やしても、それは日本語教育界全体の底上げにはつながらないということを理解すべき。
・安易に経験のない若者に日本語を教えさせることによって、学習者のレベルの低下を招いている。
・日本語教育の知識を持たない日本人がベラルーシ人学生に何かを教えようとするのは百害あって一利なし。

解決法
・日本語教師のレベルアップ。これから日本語教師になりたい人材を養成。
・収入などの面も含めて、日本語教育に携わる人のための環境整備。
・日本語教育が行われている機関の人間の意識の向上。

多少、私の主観が入っていることはご容赦ください。
誰も主観をいれず自分の意見を言える人はいないはずですし、私は教師としての自分の主観には責任を持ちます。

今、私の個人教室では70人近い学生が学んでいます。
そのことによって、他の教室に人が集まらないという現象が起きているようです。
私の学生の中には、ある教室の人から電話が来て、「古○さんのところなんか辞めて、うちの教室に来ませんか?」と言われた人がいます。
そんなことをする前に、そして、私の悪口を学生の前で言いふらす前に、自分たちの教室のレベルを上げることを考えたほうがよっぽど建設的だと思うのですが、どうですか?


こんな長い文章にお付き合いいただいて、ありがとうございます。
本当はもっと書きたいことがあるのですが、今日はこの辺で。

akiravich at 18:17コメント(8)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 

2013年03月19日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日のミンスクは晴れ。
とてもいい天気です。

しかし、先週の金曜日の猛吹雪の影響は今も残っています。
除雪がまだまだ行き届いておらず、歩きにくいところがたくさんあります。
この大量の雪が溶けたら、町は水浸しになっちゃうんだろうなあ・・・
春は雪解け水でそこら中に大きい水溜りができたり、土がぐちゃぐちゃになっていたりで、服が汚れたりするんですよね。

さて。
今日は真面目な話。
日本語教師としての話です。
書きたいことがありすぎて、何から書けばいいのかわからない状態なので、とっ散らかった文章になるかもしれませんが、ご容赦を・・・

今年の1月はとても嫌なことがありました。
自分の元学生たちに裏切られたのです。
ここには詳しくは書けませんが、彼らは私に対するリスペクトなどかけらもないような行動に出ました。
私をただの下っ端のように蔑み、自らが偉大な教師になったかのような態度に私は言葉を失いました。
私は彼らには何も悪いことはしていません(←私の知っている限りでは)。
むしろ、仕事を回してあげたりして、いろいろと気を使っていたのです。
彼らは私がとても信頼していた教え子だったので、私のショックは大きかったです。

権力が人をダメにするということはよくありますが、ベラルーシでは教師になった途端、偉そうな態度をとる人間が非常に多いのです。
学生だった若者が教師になった途端、私に挨拶しなくなったり、尊大な態度をとったりするのを私は何度も見ています(←日本語の教師に限らず、他の科目の教師もです)。

恩を仇で返す

これは日本語の世界に限らず、ベラルーシではよくあることです。
「ベラルーシ」と限定するのはよくないかもしれません。
「義理と人情」的な考え方は日本人特有のものなのかもしれません。
まあ、今どきは日本人でも平気で恩を仇で返す人も多いですが・・・

私は別に恩を返して欲しいわけではなく、まともな人間的な関係を続けたいだけなのです。
なのに、卒業した途端、道で会っても挨拶しなくなったり、どこかで私の悪口を言ったりする人間がいるのです。

それは私のほうに問題があるのかもしれません(←これも非常に日本人的な考え方でしょうが)。
何かが気に食わなかったのか、私の愛情の注ぎ方が足りなかったのか・・・

その私の意見に対して、ベロニカちゃんはあまり賛成していません。
ベロニカちゃんの意見では、ベラルーシではそもそも教師に対するリスペクトというのがあまり存在していないと言うのです。
より正確に言うと、「教師に対して」だけではなくて、他者に対するリスペクトが足りないのではないかということです。
自分に関係なければ、自分の利害に関わっていなければ、その人間には挨拶をする必要もない。
確かに、そんなタイプの人間には多く出会ってきました。

もちろん、そんな人間ばかりではありません。
卒業しても、私に対して心からの尊敬を持って接してくれる学生も大勢います。

私のほうにも何か問題があるのでしょう。
教師として今も未熟ですが、日本語教師としてのキャリアをスタートさせた頃はまだまだ経験も浅く、人間的にも全く未熟だったと思います。
実際、不遜な態度を取る元学生は私がベラルーシに来たばかりの頃に教えた学生が多く、後に教えた学生に関しては、問題が起こることはほとんどありません。

外国に住んでいるのに、日本的なものを期待すること自体が間違っているのかもしれません。
しかし、学生たちには日本や日本人のいいところを学んで欲しいと思うのです。
「日本人的」「日本的」というよりは「人間として」と言うほうが近いように思います。
例えば、「言い訳しない」「一生懸命がんばる」「思いやりの気持ちを持つ」などです。
それは日本語を学ぶことと同じく、またはそれ以上に大事なことだと私は考えています。

他の教師のところで学んでから、私のところに移ってくる学生が時々いるのですが、彼らの中には、語弊があるかもしれませんが、「しつけができていない」学生が多いのです。
例えば、宿題を忘れていても言い訳ばっかりだったり、うそをついたり、私の言ったことを全く守らなかったり、小テストの時に平気でカンニングしたり。
そういう学生は遅かれ早かれ、辞めていくことが多いです。

私は自分の学生は習い始めの段階から厳しく「しつける」ようにしています。
それは日本人から見れば、当然のことばかりです。
上に書いたような「カンニングするな」「休むときは必ず連絡するように(←連絡しないで休む学生があまりにも多いのです)」などなど。

中には「日本的なことを押し付けるのはよくない」「ここはベラルーシなんだから・・・」という学生がいます。
日本人の中にもそういうことをいう人間がいます。
それは大きい間違いです。
カンニングをしなかったり、正直に誠意を持って行動することは「日本的だからいい」のではなく、人として学生たちのプラスになるであろうと思い、私は教えています。

そんな調子ですから、私の教室を辞めていく学生は非常に多いです。
大学では辞めるのは簡単ではありませんが、個人教室は出入りが多いのです。
一年間で学生数が半分以下になることもざらです。
その代わり、残る学生は非常に真面目でいい学生が多いです。

もちろん、長く教えている学生とは信頼関係が築けています。
卒業してからもいい関係の学生もたくさんいますし。

最近のことなのですが、3〜4年前に卒業した学生に仕事を紹介したんです。
すると、彼女は「先生、卒業してだいぶ経つのに今でも私のことを気にしてくれるなんて、うれしいです」と言ってくれました。
私は特別なことをしている意識は全くなくて、仕事の話が来たときに彼女のことを思い出しただけなんですけどね。
卒業しても何をしても、学生はずっと学生だし、できる限りのことをしたいなあと思っています。

ちなみに、彼女に元学生たちの裏切りについて愚痴ると、「先生に対して、そんな態度を取るなんてありえないですよ! 気分が悪くなってきました・・・」
そして、「ああ、あの人は自分の利益になるような人には愛想がいいけど、そうじゃない人には・・・」と、私と全く同じ意見。
彼女は「いつか先生といっしょに何か仕事ができればいいなあと思います」。
私もそう思っていますよ!!!
卒業しても信頼関係が続いている学生がいるのは、私にとって財産です。

それにしても、学生に裏切られるのは辛いことです。
周りの人たちには「そういう人たちもいるんですよ」と言って慰められますが、私は私自身の誠意が足りなかったのだと自分を戒めるしか術がありません。
学生たちと誠心誠意向き合うことがもっと求められるのだと思います。

明日も日本語教師の話になります。
硬い話ですみません。

akiravich at 17:56コメント(4)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 | ベラルーシ人

2013年03月16日

Изображение 1239皆さん、こんばんは。
はぐれミーシャです。

私事で恐縮ですが・・・今日は私の愛する奥さん、ベロニカちゃんの誕生日です!!!
29歳になりました!!!
おめでとう!!!

今日と言っても、ベラルーシ時間の今日なので、誕生日は3月15日です。
日本はもう16日ですが。

今日はベロニカちゃんの誕生日ということで、いろいろと企画していたのですが、全部キャンセル。
というのも、今日のベラルーシは大荒れの天気で、猛吹雪なのです。
龍二くんも幼稚園に行かないで、みんなで遊びに行く予定だったのになあ。

私は朝から用事があり、一人でお出かけ。
そして、誕生日のお祝いの食べ物や飲み物を買いに。
そのときもかなりの吹雪で、前に進むのもやっと。

12時過ぎにうちに帰ったのですが、疲労困憊。
夜の授業まで体力温存。

18時15分からの授業のために、地下鉄で二駅行ったところにある私の教室へ。
外に出ると、吹雪がひどくて。
それはいいとしても、歩きにくいことこの上なく。
道がなくなっているんですから。

ついこの前まで、春の気配がするほど寒さが緩んでいたんです。
道には雪がなかったのに、これで冬に逆戻りです。

18時15分からの授業はサーシャちゃんとダーシャちゃんの二人授業。
すると、授業中にショートメールやSNSのメッセージがわんさか。
書いてきたのは20時からの授業のグループ。
「先生、今日はバスもトロリーバスもストップしているので授業に行けません」

えええ!!!
地上の交通機関は軒並みストップしているのだそうです!
なので、仕方なく、授業は休講に。

よく考えたら、ここまで雪が降ったのは初めてかも。
12年住んでいて、ここまでの雪は経験がありません。
ベロニカちゃんも経験がないとのこと。
ベロニカパパの話ではどこかのおじいさんが「こんなの50年ぐらい前に一度あったなあ・・・」と言っていたそうです。

ダーシャ・サーシャ(←漫才コンビみたい)に、「ちゃんと帰れる?」と聞くと、サーシャちゃんは地下鉄の駅から歩いて帰れるそうですが、ダーシャちゃんは「トロリーバスに乗らないといけないんですが、動いていないので・・・」
うーん、ちょっと心配。

DSC00815授業が終わって、外に出るとこんな感じ。
もう真っ白。
歩きにくいなあ。

私はベロニカちゃんのために、かなり遠回りしてスーパーに行きました。
団地の中を通っていくのですが、道は全くなく、前の人が歩いた足跡を頼りに歩いていく感じ。
私は「八甲田山」を思い出しました。

ベラルーシって、寒いことは寒いんですが、雪はそんなに降らないんですよ。
寒いときでマイナス20度ぐらいまで行くんです。
でも、ここまでの雪はなかったなあ。

今までで一番寒かったのは7年前。
私とベロニカちゃんが結婚する直前のことでした。
ある日、マイナス30度まで気温が下がったのですが、そのとき、私はその日、ビデオクリップの撮影で映画のスタジオにいました。
建物が大きいガレージみたいな感じで、恐ろしい寒さでした。
そのときの話はこちらから

DSC00816買い物が終わって外に出ると、とんでもないことに。
道がない!!!
吹きさらしの中をひたすら歩きました。

歩いていると、後ろから来たおじさんが「Карбышеваはどっちへ行けばいいんだ?」と質問してきました。
私は教えてあげましたが、かなり遠いところ。
バスが動いていないから、歩いていこうとしているのでしょうが、まともに歩いても20分はかかるところですから・・・

そんな吹雪に吹かれているとき、思い出したのは小学生の頃の思い出。
元旦、0時を過ぎてお参りに行ったときのこと。
その帰りは歩きで。
結構な道のりを母親と歩いたのでした。
その頃の私は寒くなるとしもやけをしていて。
足が痒くて仕方なかったのを今も覚えています。

母と二人で歩いたあの道のり。
すごい吹雪の思い出ですが、むしろ温かくて。
別に母親が特別何かしたわけではないんです。
ただ歩いていただけですが、今でも心に焼き付いています。

Изображение 010雪の中、私はひまわりの花を持って帰りました。
もちろん、ベロニカちゃんへのプレゼントです。
こんな吹雪の日にひまわりっていうのもなかなか面白いかなと思って。

今、23時10分。
寿司はまだ到着していません。
注文してから5時間が経過しています。
本当に食べられるのでしょうか・・・

明日も授業がすごくたくさんあります。
でも、みんな来られるかどうかわからない。
明日も吹雪が続くと言われているので。

明日のグループは一人、ベラルーシ南東部のゴメリから来る女の子がいるんですよ。
例えば明日の授業が中止になったら、「ゴメリからわざわざ来たのに・・・」ということになりかねません。
何時間かかるんだろう?
結構な時間がかかるんですけど、毎週土曜日、ミンスクまで通ってきているんですよ。

今、学生たちに電話したら、ほとんどの子が「行けます」ということなので、明日は授業決行!!!
二人だけ「バスがストップしていたら、教室までたどり着けません」ということでした。
何とかいい天気になりますように!
そして、除雪車ががんばってくれますように!

しかし、今日はバスとトロリーバスは完全にストップ。
ミンスク全体が麻痺したといっても過言ではありません。
まともに動いていたのは地下鉄だけ。
ミンスクは2路線しかなく、それだけでは全然カバーできない部分があるのです。
何とかなればいいなあ。

いつか紹介しようと思って、準備していた写真があるので、ご紹介してもいいですか?

DSC00750この前、ベロニカちゃんと二人で食事に行きました。
子供が生まれてからは二人でゆっくり食事をすることなんて、全くなくなってしまっていたのですが、この日はベロニカちゃんのお母さんに龍二くんの面倒を見てもらい、たまには食事でも、ということで。

DSC00747これは私たち二人の大好物、タルタルステーキです。
これはもちろん、ベラルーシ料理ではありません。
元々、ベラルーシには生で肉や魚を食べる習慣はありません。
寿司も最初はなかなか受け入れられませんでしたし。

DSC00752これは豚のスペアリブをネズの実のソースで。
英語ではジェニパー・ベリーというそうです。
これはベラルーシでポピュラーである、ということはないんですが・・・これがすっごくおいしかったんです!
わざと焦がしたネギをパラパラっと振りかけているところがすばらしい!

店の名前はСкiф(スキフ)。
この店はお勧めです。
ベラルーシは外食産業はまだまだ発展途上で、おいしいと言える店がほとんどないのが現状ですが、ここはストレートにおいしいと思います。
場所は勝利広場の近くで、ゴーリキー公園の目の前です。
住所はулица Фрунзе 34です。

また食事でも演劇でも二人で行きたいです。
ベロニカちゃんもいつもうちにいるようではストレスがたまるでしょうし。

以前は「あなたばかり働いていて、私は何の役にも立っていない」とよく嘆いていました。
それがよくケンカの原因にもなりました。
ベラルーシは共働きが普通なので、専業主婦的な生活をすることに抵抗があるのでしょう。
私はいつも働いている状態なのですが、うちのベロニカちゃんがいなければ、私は何もできません。
感謝です。
一緒に前を見て歩いていきたいです
本当にありがとう!!!


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ベラルーシの生活 

2013年03月11日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日であの東日本大震災から2年が経ちました。
被災された皆様の中には未だに不自由な生活を余儀なくされている方々、悲しみに打ちひしがれている方々、様々な困難に直面されている方々などが多くおられることと思います。
皆様の一日も早い復興、一日も早く心安らかな生活を取り戻されることを心よりお祈り申し上げます。

失ったものは大きく、心の傷は深く、その深淵を覗き込もうとすれば、私には到底耐えられないほどの痛みが心の底から湧きあがってきます。
当事者でない私は想像することしかできませんが、自分の家族をあのような理不尽な災害で失うことは想像するだに恐ろしいことです。

人生には時が解決してくれるものと解決してくれないものがあるように思います。
復興しなければならないものの中には「心の復興」もあるように思うのです。

こんなことを書いていながら、自分は何もできていないことに歯がゆさを感じます。
私ができることは日本とベラルーシの橋渡し的な仕事だけなので・・・
私としては、ベラルーシでこれまで蓄積されてきた知識や経験が少しでも日本の、そして福島の復興に役立てばという気持ちでいます。

2012年3月11日からの震災後2年目は福島のことが頭から離れない一年でした。
通訳の仕事も非常に多く、4月の国会事故調の仕事を皮切りに、福井県議会、福島県議会、福島視察団と多くのチェルノブイリ関連の仕事をしてきました。
普段の生活の中でも、福島関連のニュースは必ず読むようにし、様々な資料に目を通しました。
それは仕事のためという側面はもちろんありますが、それ以上に一人の人間としてという意味合いも持っています。

外国に住んでいると、自分が日本人であることを強烈に意識する瞬間があります。
2011年3月11日から、私の心の中ではその瞬間が続いています。
もはや瞬間ではなく、持続した状態です。




ベラルーシのチェルノブイリ関係の省庁ではよく「もう復興の段階ではなく、発展の段階なのだ」という言い方をよく耳にします。
確かに、ベラルーシはすでに27年近く経っているだけあって、整っていますし、汚染地域の一般の人たちも放射能との「共存」に違和感を感じていないように見えます。

しかし、ベラルーシも事故当時は混乱を極めたのではないかと推測します。
「推測」と書いたのは、その当時の話というのがほとんど出てこないのです。
非常に大ざっぱな話として、「最初は手探り状態だった」という話が出てくる程度です。

今のベラルーシの現状と比べれば、福島の復興の道のりはまだまだ遠いのではないでしょうか。
まだ始まったばかりという感じがします。
気が遠くなるような道のりですが、前に歩いていくしかないのでしょう。




私は通訳という仕事で直接的に福島の方々のお手伝いをすることがあるわけですが、日本語教師としての仕事も非常に重要な意味を持つと考えています。
去年の11月、福島市からの視察団がベラルーシを訪れた際、私は4人の学生を同行させました。
彼らは福島市の方々との交流を通して、今の福島の現状を知ることができたと思います。
そして、彼らのような若い世代がこれからの日本とベラルーシの関係発展に努力していくのだろうと思います。

私は近いうちに大学で東日本大震災をテーマにした授業をしようと考えています。
次にいつか福島やその他の被災地の方がいらっしゃったときは、ぜひ大学に来ていただき、学生たちとお話していただけないかと考えています。
もしベラルーシにいらっしゃる方で、お時間を割いてくださる方がいらっしゃれば、ご連絡をいただければと思います。




私は大震災や福島原発のことを「伝える」ことは非常に重要だと思っています。
それは日本国内で情報を共有すること、正しい情報を伝えることはもちろんのことです。
そして、外国の人々にも知ってもらうことは重要な意義があるように思うのです。
私は大震災発生直後、ベラルーシの人々がどんなに心を痛めていたかを自分の目で見ました。
彼らの中ではチェルノブイリという同じ痛みを持つものとしての親近感を日本の人たちに感じているのです。
これから福島の復興にベラルーシの知識を役立てたいと考えいている以上、そのベラルーシの人たちに震災の当時の状況や福島の現状を伝えることは、義務ではないかと考えています。

これまでの福島関連の視察団はチェルノブイリ関係で日本で役立つ情報を集めることを主にやってきました。
しかし、「役に立つ情報をもらいました、はい、ありがとうございました」というだけでは、ベラルーシ人としても腑に落ちない部分があると思うのです。
これからはそれだけでなく、日本のこと、そして福島のことを伝えていくことも大事なのではないかと思います。
日本側の現状も伝えないで、「協力して欲しい」とだけお願いするのは虫が良すぎるように思うのです。
一方通行でない、本当の「交流」をしていかなければならないと思います。

ただ、中にはベラルーシの方たちに対して、プレゼンテーションをした日本の団体の方もいらっしゃいます。
相手は専門家の人が多かったのですが、彼らの反応は「そんなことは知っているから、早く質疑応答に移ろう」というものが多かったです。
彼らの反応はごもっともで、チェルノブイリのことを専門にしていたら、福島のことは当然注意して観察しているでしょう。
私がいろいろと伝えてほしいと思うのは一般のベラルーシ人に対して、ということです。

今、私が考えているのは、福島の方々と一緒にベラルーシで催し物が開けないかということです。
例えば、震災の状況を伝える写真展ですとか、福島原発の事故当時、そして現状を伝えるためのシンポジウムですとか。
何らかの形で実現できればと考えています。




私の通訳としての仕事は、コーディネーターとしての側面も持っています。
これまでの通訳の仕事を通じて、ベラルーシの様々な関係機関とのコネクションを構築することができました。
どこへ行けば、どのような情報が得られるのかというのは、ある程度把握しているつもりです。
日本人の方が欲しい情報は何なのか、行きたいところはどこなのか、という希望を聞いて、それを視察の日程に反映させることも私の仕事だと思っています。

日本の団体の方がいらっしゃった場合、訪問先は大体決まっています。
非常事態省や放射線学研究所などがスタンダードなところです。
多くの関係機関に私は知り合いがいますので、訪問時により建設的な話をするための段取りをするようにしています。

決まった訪問先を訪れるのもいいのですが、私としては一般の日本人の方がいらした場合は、一般のベラルーシ人の生の声を聞く機会をもっと作れないかと考えています。
私は一度だけ、実際に汚染地域に住んでいた方で、すでにミンスクに移住された方々のグループの通訳をしたことがあります。
それは政府の機関では聞けないような生の声でした。

それは「政府が情報を隠している」とか「政府の情報は間違っている」という意味ではもちろんありません。
政府機関の話では「移住した人々は住居も無償で提供され、雇用も保証されているので、みんな満足している」ということなのですが、それは正しい話です。
実際、移住者のグループの方たちも全員、政府がしてくれたことには満足しているという意見でした。

しかし、それは物質的な面であって、精神的には望郷の念を強く持っている人が多かったです。
中には涙を流している人もいました。
自分が生まれ育った町や村を捨てなければならなかったのですから、それは当然でしょう。

そのような痛みを持つベラルーシ人と日本人が精神的に共有できる部分はきっとあると思うのです。
何か痛みを持つ同士が助け合うことはきっと意味があると思うのです。
私の中ではまだ漠然としているのですが、何かできることがあるのではないかと考えています。




ベラルーシの「これまで」の経験を日本の復興に生かすことは非常に大事だと思います。
しかし、それにとどまらず、ベラルーシの「これから」と日本の「これから」をリンクさせていくような取り組みがこれから必要になってくるように思います。

遠いベラルーシという国にいて、自分ができること。
それはそんなに多くはないのかもしれませんが、少しでも日本の皆様のお役に立てればという想いがあります。
そして、ベラルーシと日本の関係が相互にとって有益なものになることを願っています。

akiravich at 23:10コメント(2)トラックバック(0) 
福島 

2013年03月10日

こんばんは。
奇跡の連続投稿、はぐれミーシャです。

今日もうちにはベロニカちゃんと龍二くんはいません。
二人はベロニカちゃんの実家に行っているんです。
やっぱり二晩連続一人で寝るのはちょっと寂しいですね。

バッハ:平均律クラヴィーア曲集
バッハ:平均律クラヴィーア曲集 [CD]
今日の音楽はエドウィン・フィッシャーのバッハの平均律です。
私はグールドが大好きなので、普通はグールドしか聞かないのですが、時々、フィッシャーのバッハも聞きたくなります。
何か落ち着くのです。
味があって・・・これ、レコードで聴いてみたいなあ・・・

今日はこれまた久々になるのですが、日本語教師としての近況を書いてみたいと思います。

相変わらず忙しいんです。
今日(9日の土曜日)も授業は6コマ。
1コマが90分だから、9時間もしゃべっていることになります。
そして、明日は7コマ・・・
そういう日は最後の方の授業ではのどが痛くなります。

これでも、全体の授業数は減っています。
というのは、今学期は大学での授業数が一週間に5コマなので。
今までは少なくても8コマ、多いときで14コマというときもありました。

私の個人教室は現在、6グループ。
それぞれが一週間に2コマなので、これも結構な仕事量です。
これでも、二つのグループを一つにしたりして、仕事量を減らそうとはしているんです。
じゃないと、肉体的にも精神的にも危ない感じがするので・・・

私の授業にいらしたことがある方はわかるかもしれませんが、私の授業は常にハイテンションです。
緊張と弛緩が私は大切だと思っているのですが、学生が弛緩状態でも、私は常に緊張状態ですから。

授業は基本的に楽しいムードで進めますが、学生に対する要求はかなり厳しいものがあると思います。
100%正しい発音になるように何度でも練習させます。
そして、グループでは一人一人の発音をみる時間がないので、グループで発音し、少しでもずれている声があれば、「もう一度!」

宿題の提出も100%させます。
普通、語学学校には趣味で来ている人も多いので、普通の教師だったらそんなに厳しくしないのですが、私は「宿題を出すのは当たり前」というスタンスを貫いています。

なので、当然、辞めていく人も多いです。
今年に入って何人辞めていったかな・・・
ちゃんとした理由があって辞めていく人が多いですが、中には態度が悪かったりして、私が辞めさせた学生も結構います。

そんな中でもついてきてくれる学生はたくさんいます!
勉強しない学生は私を「厳しい」と言い、勉強する学生は「優しい」と言うのが普通です。

ちょっと前の写真なのですが、ご紹介しますね。

DSC00763DSC00764DSC00762
これは学生たちとパーティーをした後の地下鉄の中。
12月と6月、つまり学期末になるのですが、私の個人教室では試験をしています。
普通、趣味の教室でそんな真面目なテストはしないと思うのですが、うちの教室ではガチンコ(←プロレスファンのあなたにはセメントで)です。
大学の試験と全く同じスタイルで試験をします。
その試験の後で、必ずパーティーをしているのです。

このときのパーティーは盛り上がりました。
日本人留学生にゲストとして来てもらいました。
いつもは私以外の日本人とは話したことがない学生たちですから、パーティーのときは必ずベラルーシ在住の日本人を呼ぶようにしているのです。

日本語で話す、と言っても、このときの学生たちはまだ半年しか勉強していない学生たち。
当然、ロシア語が多くなりますが、日本人留学生にとってはロシア語でベラルーシ人と触れ合えるいい機会になったのではないでしょうか。

ちなみに、この写真に写っている女子学生のうちの一人が超酒豪。
非常に真面目に勉強する子なのですが、お酒大好き。
私とはとても話が合います!

DSC00760
これは勉強を始めて二年目の学生。
これも試験後のパーティーで撮った写真です。
このグループ、非常に仲がよく、勉強もよくするグループなんです。
教えていて気持ちがいいグループ。
何とか彼らを日本に行かせてあげたいなあ・・・

私は学生たちが大好きです。
そして、彼らの成長する姿を見守るのが大好きです。


そして、もう一つ好きなものがあります。
それは学生たちの間違い。
これがなかなかすごいことがあるのです。
最近出会った間違いを少しご紹介します。


「みんなの日本語」という教科書の第7課の練習問題にこんな課題があります。
・はさみで              

空いている部分を埋めればいいのですが、普通だったら、「紙を切ります」ですよね?
ある学生が書いた答えが・・・
はさみできみをきります
怖いよ!
怖すぎる・・・


3年勉強したグループでの宿題の中に例文を完成させる問題がありました。
ある学生が書いた例に、「ドラえもん」と書こうとして「ドライもん」と間違っているのがありました。
これはクールでドライなドラえもんなのか、四次元ポケットが乾燥機になっているのか、どちらなのでしょう・・・


二年目のグループでのこと。
会話の中に「課長、ニューヨーク出張の予定表と資料ができました」という文があります。
それを読んだオーリャちゃん、彼女の発音だと「ニューヨーク」じゃなくて、「にゅーよく」、つまり「入浴」に聞こえてしまうのです。
オーリャちゃんに「君の『にゅーよく』という発音だと、『お風呂に入る』っていう意味になっちゃうよ」と言うと、「それはいいですね!」というリアクション。
すかさず「誰が出張行くのに、『ちょっとお風呂入ってきまーす』って言うの?」と突っ込むも、「あっ、でもそれもなかなか面白いかも・・・」と何故か納得してしまったはぐれミーシャでした・・・


これは今日の授業での一コマ。
土曜日の19時からはサーシャちゃんとダーシャちゃん二人の授業。
テキストの中に「宝田部長」という登場人物がいたのです。
しかし、二人が私に続けてテキストを読んだとき、どちらか一人が「たからだ部長」ではなく、「からだ部長」と読んでしまったのです。
その瞬間、私の頭の中では超マッチョな「体(からだ)部長」の姿が浮かんでしまい・・・
彼女たちも同じだったのでしょう。
爆笑しすぎて、10分近くまともにテキストが読めないという事態に。
「体」という言葉に関する間違いは結構多いんです。
よく学生が「私は休みが好きです」と書くべきところを「私は体が好きです」と書いてしまうことがあります。
もー、おませさんなんだから!


大学の三年生の授業。
これは間違いではないのですが、ちょっと紹介します。
最近、マリーナちゃんは似ている言葉を探すのが好きみたいで。
簡単に言うと、駄洒落を探しているということなんですが。
ある日の授業で、「お世辞」という言葉を説明すると、マリーナちゃんがすかさず「ソーセージ?」とボケをかまして、一人でケタケタ笑っているんです。
周りの学生も笑っていると、マリーナちゃんは「小澤征爾?」とさらにボケ倒し。
「お世辞」→「ソーセージ」→「小澤征爾」って、どういう流れやねん!

マリーナちゃん、いいセンスしていると思うんですよ。
面白いかどうかはともかく(←私は面白いと思います)、そういう言葉がポンポン出てくるのはなかなかだと思います。
はぐれミーシャ「マリーナさん、日本へ行ったら、居酒屋のアイドルになれるよ!」
駄洒落大好きなおじさんたちのアイドルになれるのではないでしょうか!?

ちなみに、どうしてマリーナちゃんが小澤征爾を知っているのかというと、教科書の会話の中に「小澤征爾のコンサート、いっしょにいかがですか?」というフレーズがあるのです。

レスピーギ:交響詩「ローマの松」「ローマの祭り」「ローマの噴水」
レスピーギ:交響詩「ローマの松」「ローマの祭り」「ローマの噴水」 [CD]
私がはじめて買った小澤征爾のCDはこのレスピーギのローマ三部作でした。
中学で吹奏楽にはまっていた私にとって、ローマ三部作は憧れの曲でした。
そして、指揮者に憧れていた私にとって、小澤征爾は憧れの中の憧れでした。
今は活動を休止しているようですが、一日も早く体調が戻ることを、そして可能であればまたステージで元気な姿が見られることを祈っています。

学生たちとはいろいろあります。
けんかすることもありますし、喜びも悲しみも全てがこの仕事の中にあります。
学生の中には私を裏切る者も少なくありません。
しかし、それ以上に大きい喜びを与えてくれる学生たちがいるからこそ、私は教師を続けていられるのだと思います。

明日も7コマだ!
がんばろう!

akiravich at 04:39コメント(2)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 | ベラルーシの文化

2013年03月09日

こんにちは。
はぐれミーシャです!
久しぶりの連続投稿です!

今日はベロニカちゃんと龍二くんは実家に泊まりに行っていて、いません。
一人はさびしいけど、自分の好きなことができるのはうれしいです。

この2ヶ月間というもの、まともな休みはほとんどありませんでした。
1月の日本滞在に始まり、大学の国家試験、翻訳、新グループのスタートなど、充実するにもほどがあるというものです。

いろいろ書きたいことはあるのですが、今日は最近の龍二くんについてです。

龍二くんは幼稚園に通っています。
実はうちの目の前が幼稚園なので、遠くまで送り迎えしなくてもいいのが非常に便利です。
うちは9階なのですが、窓から龍二くんのグループが外で遊んでいるのが見えるんです。

ベラルーシは共働きが普通なので、幼稚園や保育園に子供を預けるのが普通です。
早いと0歳からでも預ける人がいるということなのですが、本当なのでしょうか・・・
預ける時間は選べるらしく、最初、龍二くんはお昼の12時半までだったのですが、最近は慣れてきたので、16時ぐらいまでは幼稚園にいます。
ベロニカちゃんもやっと自分の時間が取れるようになり、負担が軽くなりました。

龍二くんに「幼稚園、好き?」と聞くと、「ダー、ダー(「はい」の意)」と答えるのですが、ベロニカちゃんの話では幼稚園でやる歌や踊りには一切参加しないのだそうです。
他の子供たちがみんなで歌や踊りをしているとき、龍二くんは脇のほうから冷めた目で見ているのだとか。
「はぐれの子ははぐれ」とはよく言ったものですが(←言ってない?)、まだ2歳なのに、団体行動が取れないというのはお父さんに似すぎのような感じがします。
まあ、いつかみんなと一緒に何かするときが来るでしょう(←超楽観視)。

Изображение 1246
これは去年の年末の幼稚園での行事。
クリスマスパーティーのようなものです。
みんなで手をつないで輪になるときも龍二くんは手をつながないんです。
うーん、硬派だなあ・・・

Изображение 1241
パーティーのあともこんな顔。
まじめな顔してんなあ・・・

実はおとといもパーティーがありました。
昨日、8日は国際婦人デーでベラルーシは祝日だったのですが、それをお祝いするためのおゆうぎ会のようなものが7日にあったのです。
私は初めて幼稚園に行ってみました。
ちょうど仕事もなかったですし。

おゆうぎ会では保護者たちの前で子供たちが輪になってぐるぐる回ったり、短い詩を読んだりするのですが、龍二くんは案の定、全く参加しようとしなくて。
結局、泣きべそをかきながら、ベロニカちゃんのところに走りよってきたのでした。
最後まで出し物には参加することなく、おゆうぎ会は終了。

龍二くんの名誉のために言っておきますと、龍二くんは一週間ほどおなかの調子が悪くて、幼稚園を休んでいたんです。
なので、おゆうぎの練習に全然参加していなかったのです。
でも、もうちょっと何か見たかったなあ・・・

Изображение 142
お菓子をもらっても、龍二くんのご機嫌は直らず。
このときに気付いたんですが、女の子が多い。
ベラルーシ全体で見ても、女性の人口が多いのですが、この幼稚園でも7割は女の子でした。
単なる偶然でしょうか?

Изображение 149
おゆうぎ会の後は、龍二くんとベロニカちゃんと三人でお出かけです!
3人で出かけるなんていつ以来だろう?
忙しいのにかまけて、あんまり家庭サービスしてこなかったから・・・

龍二くん、うちにいるときは私には結構冷たいんですよ。
部屋に入ると、ロシア語で追い出されたりします。
でも、この日はとても楽しそう!

龍二くん、私に似ていますか?
ベラルーシの人は「あなたにそっくり!」「日本人みたい!」と言うのですが、日本人からは「ベロニカちゃんにそっくり!」「外国人みたい!(←大ざっぱな意見ですな)」と言われることが多いんですよ。
うちの両親の意見では「ベロニカにそっくりだけど、鼻だけはお前にそっくりだね」と残念そうに言います。
なぜ残念がるのだ!?

バスで20分ほどの大きいショッピングセンターへ。
龍二くんは楽しいのか大はしゃぎ。
ピッツェリアに入ってもテンションは下がりません。
やっぱり家族みんな一緒だと楽しいのかな。

Изображение 159
龍二くんはおもちゃ屋には目もくれず、石並べに熱中。
おもちゃ、何か買ってあげようと思ったんですが、全く興味を示さず。
龍二くん、石が大好きです。

Изображение 156
ショッピングセンターの中に子供用の乗り物を発見!
いつもは特に興味を示さないのですが、この日は珍しく「乗りたい」と。
この車は自分で運転するものではなく、ラジコンのように大人が操縦するもの。
6分間で30000ルーブル(300円ぐらい)だったのですが、3分ぐらいで飽きたらしく、車を勝手に降りてしまいました。
その車を元のところに戻すために、ベロニカちゃんが操縦していたのですが、傍から見てると大きいラジコンでいい大人が遊んでいるようにしか見えなくて。
でも、ベロニカちゃんも楽しそうでした。

そんなわけで、一日中遊んで、みんな大満足。
やっぱり三人一緒が楽しいなあ。
いつもは私に冷たくて、ベロニカちゃんにべったりの龍二くんも、この日は仲良くしてくれました。

Изображение 049
おまけの写真。
龍二くんは絵を描くのが大好き!
でも、窓に書いてはいけませんよ!!!
よく見ると、携帯電話を持ってるなあ。
誰と話しているんだろう・・・

Изображение 030
こんなに大きくなりました!
何をしてるんでしょう?

最近の龍二くんはよく「僕、ペンギン!」とか、自分を何かの動物だということが非常に多いです。
一日で何度も変わるんです。
今朝は犬でした。
よく見ているアニメや絵本の影響です。
私もうちに帰ると、「パパペンギンがうちに帰ってきた!」と言われます。
そして、ベロニカちゃんと三人でペンギンごっこ。
幸せな瞬間です。

またこのブログで龍二くんの近況を紹介したいと思います!

akiravich at 01:20コメント(0)トラックバック(0) 
子育て 

2013年03月08日

ご無沙汰しております。
大変ご無沙汰しております。
はぐれミーシャでございます。

遅ればせながら・・・あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします!!!

っていうか、遅い。
新年の挨拶が遅すぎる・・・
もう3月ですもんね・・・

この2ヶ月何をしていたかというと、もちろん、仕事です。
結構、ドタバタやっていました。
今週になって、ようやく落ち着いた感じです。

うーん、何から書けばいいだろう・・・
書きたいことがありすぎて、「ご主人様が帰ってきて、うれしすぎて、どうしたらいいかわからない犬」状態です。

Reiner Conducts Strauss
Reiner Conducts Strauss [CD]
今日の音楽はリヒャルト・シュトラウス。
フリッツ・ライナーって、こんなによかったのね。
完全に好みです。
表現がストレートですね。
職人芸、名人芸的な演奏ですな。

ウェーバー:序曲集
ウェーバー:序曲集 [CD]
「職人」と言えば、ドイツの名指揮者、ヴォルフガング・サヴァリッシュ氏が2月22日に亡くなりました。
私にとっては、クラシックに初めて触れた頃から親しみがあった指揮者でした。
N響アワーを初めて見たときに指揮をしていたのがサヴァリッシュでした。
曲目は「真夏の夜の夢」。
まだビデオテープが残っています。
音楽からその「素材の味を引き出す」ところなどは、日本料理の料理人に通じるものがあると思います。
稀有な指揮者であったと思います。
心よりご冥福をお祈りいたします。

サヴァリッシュについては、以前、2009年7月16日「サヴァリッシュと柳家小三治」に書いておりますので、ご一読いただければ幸いです。

簡単に近況報告を。
1月、私は日本へ行ってきました。
様々な用事があったのですが、一番の用事は福島で様々な方たちに会うことでした。
一週間だけの滞在だったのですが、かなり濃い時間を過ごしました。

ウィーン経由で日本に到着したのは1月11日。
その日は築地の近くのホテルにチェックイン。
シャワーを浴び、急いで町へ。
夜、留学している自分の学生と会う約束があるので、それまでに用事を済ませないといけなくて。

私がロシア語を学んだ東京ロシア語学院へ書類を受け取りに。
経堂の町もだいぶ変わったなあ。
駅があまりにも違いすぎて、ちょっと悲しくなりました。

新宿へ戻る電車に乗ったのは17時半ぐらい。
学生との待ち合わせが18時半だから、ほとんど時間がない!
楽しみにしていた東急ハンズでの買い物も15分しか時間がとれなくて。

学生と待ち合わせしたのは恵比寿駅。
15分ほど遅れて現れたのは東京学芸大に留学中のカーチャさんとリューダさん。
見た目は全然変わっていませんでした。

チェーンの居酒屋がお金がかからなくていいだろうということで、某有名チェーン店で飲み会スタート。
感動の再会という感じではなく、ベラルーシにいたときと同じような感じの飲み会に。
しかし、話の内容は非常に興味深いものでした。
今度、そのときの話を書いてみたいと思います。

20時過ぎにリューダさんが恵比寿駅へ。
というのは、私に会うために、大阪大学に留学中のナースチャさんが東京まで来るので、リューダさんが駅まで迎えに行ったのです。
もちろん、ナースチャさんも東京で他に用事があったのでしょうが、会えるとは思っていなかったのでうれしかったです!

飲み会が終わったのは23時半ごろ。
同じホテルを予約したナースチャさんと一緒に地下鉄の恵比寿駅に向かいました。
日比谷線で一本だなあと思って、駅に行くと、そこに来るのは広尾どまりばかり。
つまり、ホテルまで帰る電車はない!
がーん、がーん!
また大阪の悪夢がよみがえる・・・

急いでJRの恵比寿駅へ。
しかし、人身事故で電車が遅れている。
結局来た電車は大崎どまり。
つまり、ホテルにはタクシーで帰るしかない!!!
4500円ほどかかってしまい、超ショック・・・
終電の時間はちゃんとチェックしておかないとダメだなあ・・・

今回、築地の近くのホテルを取ったのには理由が。
それは・・・朝から築地の寿司を食べたい!
ナースチャさんにも食べてもらいたい!ということで、同じホテルにしてもらったのでした。

ホテルに着いたのは夜中の1時過ぎ。
築地の超人気店「寿司大」が開店するのは朝の5時。
4時過ぎには行列に並ばないといけません。
なので、ナースチャさんの部屋で朝まで飲みながら時間をつぶすことに。

ベラルーシでは教師と生徒が一緒にお酒を飲む、ということは基本的にはありません。
でも、ナースチャさんのグループは前からずっと一緒にお酒を飲んでいますから、もう慣れています。
とはいえ、東京のホテルで二人で飲むと言うのは非常に不思議な感覚でした。
だって、相手がベラルーシ人の学生ですから。

元々、私はサシで飲むのが大好き。
人の話を聞くのは嫌いなほうじゃありません。

4時までおしゃべりしてから、徒歩で築地市場へ。
4時30分ごろに到着すると、すでに行列が!!!
土曜日と言うことも災いしたか、口開けでは入店できないことが確定。
二回転目ということになると、6時近くまで待つしかありません。
ナースチャさんに「どうする?」と聞くと、「せっかく来たんだから、食べましょう」という返事。

それにしても寒かった!!!
私はいいとしても、ナースチャさんは相当辛かったようです。
お店の方が出してくれたお茶のサービスがどんなにありがたかったことか!

やっと入店して食べた寿司は・・・最高でした!!!
数年前の夏、ベロニカちゃんと寿司大で食べたことがあるのですが、そのときよりもはるかにおいしいと思いました。
やっぱり冬の方が寿司はおいしいのかな?
マグロのづけが最高においしかったです。
っていうか、全部おいしかったです。

ナースチャさんも大満足。
「こんなにおいしい寿司は食べたことがありません!」
そりゃあ、そうでしょう。
一睡もしていない状態で一緒に寿司を食べてくれたナースチャさんに感謝!

ホテルに戻り、私は一時間だけ睡眠をとり、すぐに行動開始。
日本にいる時間は短いので、短時間でできるだけ多くの場所を訪れたい。
東京駅でお買い物。
ベロニカちゃんと龍二くんへのおみやげが中心。

そして、11時には新幹線で福島へ。
寝たら絶対に起きられないと思い、寝ないで福島へ。

13時すぎに福島に到着。
そこでは、去年の夏にベラルーシでご一緒した県議会議員の小桧山先生が迎えに来てくださって、一緒に昼食。
ベラルーシと福島の協力関係などについて、いろいろとお話させていただきました。
小桧山先生は非常に面倒見がよく、気さくな方です。
いろいろと勉強になりました。
ありがとうございました!

16時にはホテルで人と待ち合わせ。
そして、17時には去年の11月の福島視察団の方たちの会合に合流。
2ヶ月ぶりとは言え、なんか懐かしいような感じがしました。

18時半からは視察団の方たちが私を歓迎する宴を開いてくださいました。
福島市の瀬戸市長も来てくださって、大感激!
短い時間でしたが、様々な方たちとお話ができ、とても楽しかったです!
というか、こんなにしていただいていいんだろうか?という想いがありました。
とにかく、素晴らしい時間でした!
ありがとうございました!!!

そういえば、今気付いたんですが、写真とか全然撮っていない!
記念写真とか撮っておけばよかったなあ・・・

次の日は13日の日曜日。
私は朝一番の新幹線で山形の実家へ。
駅に到着して、すぐに両親の車で買い物に。
まあ、いろいろ買いました。
日本で一番楽しいのはやっぱりお買い物ですよ。
ベラルーシにはないものばかりですから。

山形には16日まで滞在。
歯医者に行ったり、いろんな人に会ったりと、とても有意義な時間を過ごしました。

そこで感じたこと。
日本のうちは寒い!!!
あまりの寒さにびっくりしました。

というのは、ベラルーシは基本的にセントラルヒーティング。
建物によって、その快適さはまちまちなのですが、うちの場合は室内は半袖でいることが多いのです。
むしろ、暑いぐらいのときもあって。

ところが、山形の実家は寒い寒い。
自分の部屋に行って、石油ファンヒーターをつけようとすると、現在の温度が4度。
ベラルーシではあり得ないです。
トイレに行くのも寒くて億劫になるくらい。
あの寒さにはまいりました。

16日の昼にまた福島へ。
福島大学やJA新福島で様々な打ち合わせ。
そして、夜は飲み会!!!
たくさん飲みました。
いろんな方々にお会いできて、楽しかったです。

17日はJA新福島で講演会。
ベラルーシの現状やこれからの福島との関係をどうしていくべきか、などについて、僭越ながらお話させていただきました。
JAということで、農業関係の話を期待されていたのかなあという気持ちもありましたが、私はその道の専門家ではありませんから、自分が話せることを話そうと思いました。
なので、来場されていた方の中には期待はずれと思われた方もいるかもしれません。
私ももっと勉強しないといけないなあ・・・

17日の夕方は東京で人と待ち合わせ。
仕事関係の打ち合わせ。

それから、東京駅の大丸の地下で晩ご飯となるお惣菜を購入。
そして、成田エクスプレスで成田空港へ。
空港から無料送迎バスでホテル日航成田へ。

ホテルの部屋で一人で打ち上げ。
お惣菜はおいしかったけど、塩辛が異常にしょっぱくて閉口。

次の日は朝から空港へ。
最後の買い物と寿司を楽しみ、飛行機へ。

「買い物」と何度も書いていますが、今回はかなりの量の本を買いました。
実はオーストリア航空は日本人だけの特別サービスで、スーツケース2個まで預けることができるのです。
それぞれが23キロですから、46キロまでOK!!!
これは海外在住者にとっては、最高のサービスです!!!

それでも、ベラルーシに持ってこれなかったものがたくさんありました。
DVDとVHSの一体型のデッキを買ったのですが、山形を出るときまでに届かず。
そして、SHARPのスロージューサーを買おうと思ったのですが、意外に大きくて、手荷物で持っていく自信をなくし、断念。
パナソニックのホームベーカリー、GOPANを買おうと思ったのですが、予算の都合上、そして手荷物も余裕がなく、これまた断念。
うーん、残念・・・

ウィーンまでの飛行機は快適でした。
日本に行くときの飛行機よりも新しい飛行機だったようで。
何よりもうれしかったのが、機内エンターテイメントサービス。
最新のディスクが聴けるので、うれしかったです。

何か、日本滞在のことだけで今日の更新は終わりそうです。
あまりにも簡単に書いてしまっていて、読んでいる人にとっては面白くないだろうなあと思います。
すみません・・・

明日も何か書きます!
何でもいいから、何か書きます!

akiravich at 19:57コメント(1)トラックバック(0) 
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