2014年08月

2014年08月31日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日のミンスクは快晴です。
久しぶりの晴れ。
ベラルーシの秋はくもりがちの天気ばかりなので、今のうちに太陽を拝んでおかなくちゃ。

今日は日本人留学生たちと昼ごはんを食べました。




お酒を飲むと食べたくなるもの。
それは・・・焼き鳥!!!
今回の日本滞在で私たちは素晴らしい焼き鳥に出会いました。

それは福井の「秋吉」の焼き鳥!!!
だいぶ前に、「秘密のケンミンShow」で取り上げられていて、福井に行ったら絶対食べたいと思っていたのです!!!

しかし。
福井県での滞在は3日間。
3日間とも夜は会食する予定。
となると、勝手に焼き鳥屋に行くわけにはいかない・・・
これは今回はあきらめようかな・・・

と思ったら!!!
ホテルの二階に「秋吉」が!!!
これは好都合♡
夕食が割と早かったので、20時過ぎから行ってみることに。

日曜日の夜だというのに、結構盛況で。
混んでいるということはおいしいということ。
これは期待できます。

IMG_0455ついにやってきました!!!
これが「秋吉」の焼き鳥!!!
純けいと書いてあります。

この店の焼き鳥の特徴は一つ一つの鳥肉が小さいこと。
一串を一気に食べる感じです。
小さいから、注文は5本単位。
それでもペロッといけちゃいます。

しかし、この小ささはいいなあ。
鳥は一気にパリッと焼きたいところだけど、鶏肉って、意外と火の通りが悪いですからね。
大きい肉をダラダラ焼いていると、肉が固くなったりしていいことはないけど、小さいと一気に強火で行けるでしょうから。
からしタレもいいなあ。

ちなみに、この銀色の台は温かくて、焼き鳥が冷めないようになっています。
うーん、すごい工夫だ。

IMG_0456ねぎまもいいなあ。
やっぱりねぎは偉大だ!!!

IMG_0457タンもおいしいね。

とにかく何でもおいしい。
夕食後で、軽く一杯飲もうと思ったのに、結構な数を食べてしまいました。
龍二くんもおいしそうに鶏肉を食べていました。

また行きたいなあ。
こんな店がベラルーシにあったらいいなあ(←無い物ねだりMAX)

だいぶ前にも書いたのですが、私は焼き鳥は串から直接食べるものだと思っています。
2008年11月10日「焼き鳥の食べ方に物申す!」
よく焼き鳥を串から外して、「これでみんな全部の種類が食べられるでしょ」などと言いますが、私は大嫌い。

つくねも串から外して人数分に切り分ける人がいますよね。
そんなにつくねが食べたきゃ、食べたい人全員分、注文しろよ!!!

焼き鳥を串から外し、みんなが食べられることで得られる平等感。
そんなまやかしの平等から何が生まれるのだろう!?
民主主義と焼き鳥、どちらを取るかと言われたら、迷わず焼き鳥を取ります!!!(←これほどまでに深い意味を持つ比較が未だかつてあっただろうか)。

しかし。
「秋吉」の焼き鳥は肉が小さいから、これはいちいち外して食べることはないんじゃないかな。
一本をサクッと串から食べる。
これこそが焼き鳥!!!

また福井に食べに行こうっと!!!(←東京にも支店があるけど、やっぱり福井に行こう!!!)

akiravich at 00:05コメント(0)トラックバック(0) 
日本の旅 2014 

2014年08月30日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

久しぶりにショパンのノクターンを聴きながら、まったりしています。
年を取ってからはショパンはあまり聴いていなかったのですが、久しぶりに聴くといいものですね。

なかなかドタバタした日々を送っています。
仕事のことで、いろいろと問題があって・・・
問題というか、不確定要素が多すぎて、困っているのです。
はっきりしないのは本当に困ります。

ベラルーシはすっかり寒くなりました。
つい最近ベラルーシに来たばかりの日本人留学生は「8月とは思えない」と言っていましたが、確かに。


今日は7月に福井県にお邪魔した時のお話し。

何で福井を訪れたのかというと、2年前、ベラルーシで福井県議会や市議会の議員の先生方の通訳をしたのがきっかけ。
実はそのとき、私は体調を崩して、通訳の途中でダウンしてしまったのです。
食べ物にあたったらしいのですが、熱やめまいで戦線離脱。
ミンスクに滞在している間は他の通訳に代わってもらいました。
その仕事の2週間ほど前、国会の事故調査委員会の通訳もしたので、疲労もたまっていたのです。

一日休ませてもらって、ある程度、体調も回復したので、ゴメリには行くことにしました。
ご一緒したのは二日間だけだったのですが、皆さんとても優しく、よくしていただきました。
仕事に穴をあけたということもあり、お詫びかたがた、福井に行くことにしたのです。
そして、どうせ行くのなら、チェルノブイリ関係の講演がしたいのですが、とお願いしたところ、快諾していただきました。

日本に着いたのが7月4日。
そして、次の日は朝から福井へ移動しました。

IMG_0707
福井と言っても結構広い。
私たちが向かったのは小浜市。
朝7時に東京のホテルを出て、米原と敦賀で乗り継ぎ、小浜に到着したのはお昼頃でした。

IMG_0715
小浜では市議会議員の先生のお宅に泊めていただきました。
海のそばの素敵なお宅です。
龍二くんはなぜかあっかんべー。
小浜は海のそばだけあって、お寿司が抜群においしかったです。

次の日は福井市に行きました。
車で送っていただいたのですが、かなり遠かったです。
その日の夜はベラルーシ視察団でご一緒した先生方と夕食。

そして、次の日。
私たちは勝山市の恐竜博物館に行きました。
龍二くんのために、ということだったのですが、それまで龍二くんは特に恐竜には興味を示してはいませんでした。

IMG_0782IMG_0787行ってみると、これがすごかった!!!
実は私は恐竜には全く興味がなかったのですが、この展示を見て龍二くんと一緒にテンション上がりまくり。
うちのベロニカちゃんも「すごい!」を連発。
復元された恐竜の迫力はすごいものがありました。
私たちの後ろに写っている恐竜、動きます。
かなりリアルな動きです。
博物館を案内してくれた研究員の方のお話しが最高におもしろかったです!!!
また行きたい!!!

それから、昼ごはんを食べに行きました。
私は福井で食べたかったものが一つあります。
それはおろしそば!!!

このマンガ、そばのことだけを取り上げているマンガです。
私の大好きなマンガです。
この中で、越前おろしそばが取り上げられていて、ぜひ食べたいと思っていたのです。

IMG_0827やっと出会えました、越前おろしそば!!!
さっぱりしていておいしかったです!!!
セットの天丼もおいしかった!!!

でも、正直言うと、もっと他の店でも食べてみたかったなあ。
たぶん、店によって味が違うんだろうなあと思いました。
また福井を訪れるときまでの宿題です!

IMG_0826これはうちのベロニカちゃんが食べたにしんそば。
シブイのを食べるんだよなあ。
ちょっと分けてもらうのを忘れていました。
基本的には私はにしんそばは大好きです。

あー、食べたくなってきた。
日本の料理が食べたい!!!
仕方ないから、日本から持ってきた柿の種でも食べよう・・・(←無類の柿の種好き)


akiravich at 06:33コメント(0)トラックバック(0) 
日本の旅 2014 

2014年08月26日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日のミンスクはかなり荒れ模様。
雨だけでなく、風も強く、傘をさしているのも大変なほど。

荒れた天気だというのに、いろいろと問題があり、町中を駆け回っていました。
これからの一週間はドタバタした日が続きます。

二週間ほど前は日本にいたのが信じられないです。
日本は楽しかったですよ。
おいしいものも多いし。

基本的に、ベラルーシでの生活、私は楽しんでいます。
ただ一つ、困るのが食事。
やっぱり日本食が食べたい。

私は料理が好きなので、うちでの食事も日本料理が多いんです。
うちのベロニカちゃんも料理は得意です。
時間があるほうが料理をする、という感じでしょうか。

でも、寿司やラーメンは食べられないですよね。
ベラルーシの寿司も慣れるとそこそこ食べられるんですが、日本に帰って食べると、「俺はあんなベラルーシの寿司で満足していたのか!」と愕然とします。

日本へ帰って、一番最初に食べるのは寿司!
機内食の朝ごはんもあまり食べないようにして、万全の状態で寿司が食べられるようにします。

私たちが日本へ着くと、最初にスーツケースなどの重い荷物を宅急便で実家に送ります。
しかし、今回はスーツケース三つがロストバゲッジで届かなかったんです。
その手続きに結構手間取りました。

IMG_0447それでも、気を取り直して、みんなで乾杯!!!
お邪魔したのは成田空港内の岩寿司さん。
日本に着いて、この店で寿司を食べることをずっと夢見て、去年からがんばってきたのです。
本当にうれしいなあ!!!

IMG_0695これこれ! この寿司ですよ!
写真見てたら、食べたくなってきた・・・
寿司、食べたい!(←ミンスクの中心で寿司と叫ぶ)

そして、帰るときも岩寿司さんで寿司。
いつもだと、チェックインして荷物を預けてから、寿司を食べに行くんですが、今回は荷物の重量があまりにも重く、超過料金を請求される羽目に。
1キロ当たり一万円近くになってしまうので、これはやばい。
スーツケースから荷物を取り出し、実家に送ったり、泣く泣く捨てたりしました。
そんなこんなで、1時間近くロスしました。

IMG_0642気を取り直して、乾杯!!!
搭乗まで時間があまりないので、急ぎ足です。
去年までは龍二くんがじっとしていなくて寿司屋にはいられませんでしたが、今はちゃんと座っていてくれます。
まあ、静かではありませんが・・・

IMG_0643ああ、これが日本で食べる最後の寿司!
一年間の別れ!!!
悲しいよ・・・でも、また逢えるよね!!!

IMG_0644普通はセット物の寿司にお好みでいくつか追加します。
たいてい、追加するのは光ものや貝類など、ベラルーシでは絶対に食べられないもの。
貝はベラルーシにはないなあ。
ホタテはあるけど、生で食べられるかどうか微妙だし。
トリ貝とかホッキ貝とかおいしいですよね。
ウニもベラルーシにはないなあ・・・

ああ、来年まで食べられないかと思うと・・・
涙がでてくらあ!!!(←あばれはっちゃくのお父さん風)

akiravich at 00:06コメント(2)トラックバック(0) 
日本の旅 2014 | 料理

2014年08月25日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今日のミンスクは一日、雨模様でした。
すっかり秋の装いです。

今日は日曜日。
昼過ぎにビールを買いに行った以外はずっとうちの中にいました。

日曜日に私がうちにいるのは夏かお正月だけ。
普段は授業が朝の9時から19時までびっちりと入っています。
今のうちに休んでおかないと。
9月1日からは怒涛の日々が待っています。

さて。
今日はまたベラルーシに関係ない、めんどくさい話です。

先日、2014年8月21日「ベラルーシに行こう!!! どの経由地がいいかな?」の中で、10年以上前、ウィーン経由で日本へ帰った時のことに少し触れました。
その時のことを書いていて、思い出したことがあります。

その当時、私はお金に困っていました。
ベラルーシでは今でこそ、平均の給料が500ドルとなっていますが、当時は・・・いくらだったんだろう?
私が2000年に大学で働くようになった時の初任給は中学生のお小遣い並でしたから。
その頃は今のように個人教室も持っていませんでしたし、家庭教師もそれほどやっていなかったので、日本を出るときに持っていた貯金を食いつぶしながら生活していたのです。

ベラルーシに来て2年。
何とか一度日本へ帰りたいという気持ちを持って生きていました。
やはり家族や友達にも会いたいし、日本食も恋しい(←その頃は寿司屋はミンスクに一軒しかなく、高級で自腹で行けるようなところではありませんでした)。
ないお金をかき集め、家庭教師のわずかな収入で何とか日本へ帰る切符を買ったのです。

そんな生活をしている中、確か春ごろだったと思いますが、私はベラルーシに在住する日本人たちと関係を断ちました。
いくつか理由があります。

一つは私が大きい悩みを抱えている時、信じていたある日本人に心無い対応をされたこと。
もう一つは私がつきあいがあったある日本人があまりにも頻繁に酒の誘いをしてくるようになり、閉口したこと。
授業中にもポケットベル(←懐かしい!)に酒の誘いが来たりして。
ほとんど毎日誘いが来るようになり、うんざりしていました。

まあ、上に挙げたような理由だけなら、お互いに話し合うなりすれば話は済むことと思います。
しかし、ここにはもう一つ理由があります。

私は日本へ帰るお金を稼ぐのに必死でした。
滅多に来ない通訳の仕事が来て、すごく助かったのを覚えています。
家庭教師も学生のうちまで行ってやっていました。
大学の授業の準備も大変でした。
まだ経験が浅かったのもありますし、教材が足りず、自分で教科書的なプリントを作って授業をやっていたのです。

日本人たちとの付き合いが疎遠になり始め、まあ、意識的に疎遠になっていたのですが、その頃、日本人たちが私について噂しているということを聞きました。
その噂の内容。
「古○は彼女ができたから、そっちで忙しいみたいだ」

なんだそりゃ!?
ふざけんなよ!!!


日本から持ってきたお金で悠々と生活している人間には言われたくないよ。
どうぞ俺ぬきでお酒でも何でも飲んでくれ。
そんな気持ちでした。

確かに、その頃、私は彼女ができました。
ウズベキスタンで負った心の傷が少し癒えた頃、張り詰めた気持ちの隙間にスッと入ってきたのです。

でも、彼女と過ごす時間は非常に少ないものでした。
とにかく仕事が忙しかった。
しかも、彼女が住んでいるところはミンスクの一番端っこ。
行くのに1時間以上はかかりました。

とにかく必死でした。
頑張って働き、少し残った時間で彼女に会いに行く。
そんな生活をしている私にとって、日本人たちが言ったとされる言葉はあまりにも人を馬鹿にしたように思えたのです。

私はその後、2年ほどミンスクに住む日本人とは交流しませんでした。
その間、私が何を言われていたのかは推して知るべし。
散々、悪口を言われていたんだと思います。
それは私に対する誹謗中傷に関する記事を読んでいただいてもわかると思います。

今年に入ってからですが、その当時ベラルーシにいたと思われる人からコメントが来ました。
根拠もなしによくもあんなことを書けるものだなあ、と。
私以外の個人名も書かれているので公開はしませんでした。

そこで、思うこと。
外国にいる日本人は何で群れるんでしょうか?

外国にいるのに、日本人同士で集まって、何が楽しいんですかね?
そこで生まれる村社会。
そんな村社会から私は村八分にされていたようで。

そんな村、住みたくないわ!!!

もちろん、日本人同士の交流を否定するつもりはありません。
情報交換することもあるだろうし。
でも、せっかく外国に住んでいるなら、その国の人と交流することにこそ、外国生活の醍醐味があると思うんだけどな。

この話、ちょっと、私の被害妄想も入ってるかな。
うーん・・・
でもね、悪口は言われてたみたいだし。

っていうか、今も言われていますよ。
詳しい話はここでは書けませんが。

でも、悪口の一つだけ、ご紹介!
ある日本人に言われた言葉。

「古○は派閥を作る」

こんなことを言っている人がいるというのは、数人から聞いています。
あのー、どこにその派閥があるんですか?
教えてほしいよ!

私は話をしたい人と話すし、付き合いたい人と付き合います。
それだけのことなんですが、私が付き合わない人たちが集まって、「古○は派閥を作るのが好きだ」などと言っていたそうです。

そんな人たちに私は言いたい。
派閥を作っているのはあなたたちじゃないの?
その派閥の中で私の悪口を言って、何が楽しいんでしょうか?
っていうか、その人たちは何しにベラルーシに来てるんだろう?
わけわからん。

日本人の集団性、というか、村の習性とでも呼ぶべきもの。
村の考え方にそぐわない人間をみんなで責めて何が楽しいの?

私の悪口はともかく。
せっかく外国に来てまで、日本人と一緒にいることはないでしょ。

他の国でも同じようなこと、起きているのかな?
日本なら、付き合う相手はいくらでも選べる(←理屈ではね。日本人はたくさんいるから)はずだけど、外国にいるとそこにいる日本人自体が限られる。
その狭いコミュニティーの中でトラぶったりということはどこの国に行ってもあるんだろうなあ。
でも、日本人同士で不毛なトラブルを起こすより、現地の人たちと触れ合ったりしている方が絶対にいいと思いますよ。
ロシア語の勉強に来ている学生さんなんかは特に。

あー、めんどくせえ。
いろいろ書きたいことはあるけど、今日はここまで!!!

akiravich at 04:19コメント(2) 
ベラルーシの生活 | 日記

2014年08月22日

おはようございます。
はぐれミーシャです。

コーヒーを飲みながら書いています。
マンデリンです。
昔っから、マンデリンが好きなのです。
何でだろう?
ナンデリン?(←これが書きたかっただけ)

マンデリンが好きなのは、初めて飲んだコーヒーがマンデリンだったから。
苦みが強いのが好きです。

でも、ベラルーシでは売っていません。
なので、日本から持ってきました。
わざわざ日本から持ってくるほど好きなのです。

まあ、いいや。

ついでにもう一つどうでもいいこと。
今日の朝ごはんはカレーでした。
昨日作ったカレーでした。
牛の骨付きバラ肉を使ったんですが、最高においしいです。

IMG_0684[1]カレーにはこの「舞妓はんひぃーひぃー」。
京都の錦市場で買った唐辛子です。
ハバネロが入っているんだったかな。
強烈に辛いです。
カレーも激辛に。
朝から激辛。

今朝、ロシア版Facebook、Vkontakteにメッセージが来ていました。
「9月から日本語が勉強できません」

ベラルーシは9月1日からが新学期。
私の個人教室も9月1日にスタートです。
今は新入生の募集中。
このメッセージはすでに申し込んだ人からのキャンセルのメッセージでした。

私の教室の募集は年二回。
9月と1月です。
このタイミングを逃すと、半年近く待たされることもあります。

最初はやる気があって申し込んだのに、待っているうちに気が変わる人、結構いるんです。
今回も3人からキャンセルの知らせが来ました。

でも、元々の学生の数が多いので。
現在、新入生の数は86人。
これはかなり多いですよ。

しかし。
これだけの人数が入っても、すぐに辞めてしまう人も多いのです。
日本語は難しいですから。
私も厳しく教えるので。
半年経って、半分残っていたらいいほうでしょうね。

ミンスクのようにそれほど日本語学習者人口がない都市で、86人も集まったら、他の日本語教室に人が少なくなるのではないかと思ってしまいます。
まあ、他の教室のことを心配しているわけではないのですが、そのことに関して私の悪口を言っている人間がいるようでして。

例えば・・・
「古○は日本語市場を独占している」、または「独占しようとしている」。
だ・か・ら・ど・う・し・た・の?

独占しているつもりは全くなし。
ただ必死に働いてきただけです。

もし独占状態になっているとしても、私には何の責任もありません。
そういう状態になることを許してしまった他の人たちの責任じゃないの?(←というか、責任どうこう言うこと自体が無意味ですが)

去年かおととしぐらいのことですが、私の教室で学ぶ学生に、ある日本語教室の人から電話が来ました。
「あなた、古○さんのところで勉強しているんでしょ? うちの教室のほうがいいよ」
もちろん、その学生はその教室には行きませんでした。

そんなことをする前に、教室のレベルを上げるべきだと思いません?
教室の質、教育の質を上げれば、生徒は集まりますよ。
そういう根本的な努力をしないで、人を集めようと思っても、無理がありますよ。

数年前、私は非常に嫌な経験をしました。
私は自分の元学生に私の教室を提供していました。
私一人ではどうにもならないほど学生が増えていたのが表向きの理由ですが、その元学生を収入面で助けたいというのが一番の理由でした。
私はその元学生のために日本語の学生を集め、自分が賃貸で借りているスペースを提供していました。

しかし、結局裏切られました。
他の仕事でこっぴどく裏切られました。
それからその元学生の言動などを調べてみました。

すると、出てくる出てくる。
「古○は厳しすぎる」ということをずっと言い続け、「でも、私はもっと優しい」と自分のやさしさを強調。
まあ、これは氷山の一角のようで、その元学生、自分の生徒たちの前で私の悪口を散々言っていたそうです。

もう一つ、ある日本語教室でも私の悪口を散々言っているようで・・・
その辺の話は2013年3月20日の記事に出ています。

こういう話、止まらなくなりますな。
うんざりしているんです。

私は自分の仕事をしているだけ。
それ以上のことは何もしていません。

「独占」うんぬんという話、何度か聞きました。
そういう状態にしているのは誰ですか?
私じゃないですよ!

まあ、いいや。
言いたい奴には言わせとけ。
と言いながら、散々書いていますが・・・

とにかく!!!
新入生もたくさん来ることだし、がんばらなくちゃ!!!

akiravich at 14:08コメント(0)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 

2014年08月21日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

ここ最近は仕事関係の手続きなどで走り回っています。
ベラルーシに限らず、旧ソ連圏の国ではいろいろと手続きがいい加減なことがありますが・・・
本当にまいっています。

このブログ、ベラルーシの文化や生活などについてご紹介することが目的の一つです。
しかし、ここ数年は私の愚痴も多くなってしまっています。
まあ、基本は私の日記なので、何を書いても私の自由なのですが、ベラルーシに関する情報を求めている人には申し訳ないなあという気持ちでいます。

そこで。
今日は少し役に立つかもしれないことを書いてみたいと思います。

今日のテーマは「どのルートでベラルーシに来ればいいのか」です。
今回の話は飛行機の場合だけで、陸路の場合は触れないことにします。
触れられるほど情報がないので。

もう一つお断りしておきたいのは、ここに書く情報は今現在、2014年8月の時点での情報であることです。
乗り継ぎの時間や様々な手続きなどは変更されることがあるので、ご了承ください。
あと、ここに書くのは私が個人的に知り得た情報だけで、それに対しては責任は負いません。
もし正確な情報が知りたいのであれば、各航空会社などにお問い合わせになるか、他の方法でお調べになってください。

日本からベラルーシまでの直行便はありません。
これからも直行便ができる可能性は低いと思います。
日本とベラルーシの行き来自体がそれほど多くないですから。

自分自身の経験と旅行者や留学生の方々から聞いた話を総合すると、ベラルーシに来る際に使われる主な経由地は次の6都市です。

.皀好ワ
▲▲屮瀬
ウィーン
ぅ侫薀鵐フルト
ゥ悒襯轡鵐
Εぅ好織鵐屐璽

それぞれについてコメントしていきたいと思います。
思い出話も添えて・・・

.皀好ワ(シェレメチェヴォ空港)
ベラルーシに行くときはトランジットビザが必要です。シェレメチェヴォ空港内の乗り換えなので、トランジットビザはいらないと思ってしまう人が多いんです。絶対にロシアのビザを取っておきましょう。毎年、1〜2人ほどの人が成田空港でトランジットビザがないために、飛行機に乗れないケースがでています。大体の方は次の日の便でいらっしゃいます。
以前はシェレメチェヴォ空港は二つのターミナルにわかれていました。モスクワ・ミンスク間の便は国内線用のターミナルでした。ミンスクからモスクワに着くと、入国審査を受け、荷物を受け取らなければならなかったのです。そして、何らかの交通機関でもう一つのターミナルに行って、改めて飛行機に乗るという非常に面倒な手続きがありました。アエロフロートに乗る人のために、無料のバスが走っていたのですが、そのバスがどこに止まるのかもわからず、非常に困った思い出があります。その時に比べれば今は荷物を一度受け取って、また預けるというプロセスがないので楽かもしれませんが・・・
手荷物の重さのチェックがうるさいことがあります。シーズンによって、料金がだいぶ変わります。日によっても変わってくるので注意が必要です。

▲▲屮瀬
私はいつもアブダビ経由のエティハド航空を利用しています。料金が割と安いのと、CAや空港職員の対応が非常にいいので気に入っています。日本からアブダビまで約10時間、3時間半ほどの待ち時間があって、アブダビからミンスクまでは5時間ほどのフライトです。13時ごろにミンスクに到着するので、そのあと動きが取りやすいです。
今回の一時帰国でもエティハド航空を利用したのですが、かなりがっかりしました。一年ぶりの利用だったのですが、客室乗務員の対応がかなり悪くなっていて・・・それでも、すごく悪いというわけではないんですよ。以前に比べればということで。
IMG_0439エティハドは機内食がなかなかおいしいです。これは日本へ行く飛行機の中で食べたものですが、マスタードが効いていて、おいしかったです。全体的にカレーっぽい味が多いですね。ただ、今回の帰りの飛行機は食事が全然おいしくなくてびっくり。どうしたんでしょう!?

ウィーン
多少料金は高いですが、割と快適です。ウィーンでの待ち時間が長いことがあります。ミンスクへの到着は23時以降になります。
ベラルーシに住み始めてから初めて一時帰国した時、2002年のことですが、そのときはウィーン経由のオーストリア航空を利用しました。お金が全くなく、飛行機代だけを何とか捻出しての帰国でした。乗り換えの待ち時間は21時間!!! ホテルに泊まるお金もなく、空港内のベンチに一泊。その頃は固い鉄のベンチで寝心地は最悪でした。
今はウィーンの空港はベッドではありませんが、仮眠がとれるような形のところがあり、長時間の乗り換えでもかなり快適に過ごせます。

ぅ侫薀鵐フルト
ウィーンと大体同じような条件です。ミンスクへの到着時間も夜遅い時間になります。
以前はウィーン経由と同じく、乗り換え時間が長かったです。私は2005年に一度だけ利用しています。そのときはフランクフルトに一泊しました。

ゥ悒襯轡鵐
私は利用したことがないのですが、日本人留学生の中にはいつもヘルシンキ経由を利用している人がいます。料金が安いのと、乗り換え時間が非常に短いことが魅力だそうです。

Εぅ好織鵐屐璽
これも私は利用したことがありません。乗り換え時間が非常に長い時があるので、注意が必要です。

こんなところでしょうか。
私のお勧めはアブダビ経由・・・だったのですが、ちょっと今回の帰国で印象が悪くなりました。空港の人たちなんかはすごく優しいんですけどね。
あと、アブダビ経由で気をつけないといけないのは、トランジットゾーンが冷房のかけ過ぎで、異常に寒いことがあるのです。トランジットゾーンは丸い形になっていて、アラブ風の模様のところの場合は普通なのですが、もう一つのところは恐ろしく寒いのです。今回はその寒いほうに当たってしまい、4時間近く、極寒の世界にいました。

IMG_0437おまけの写真。
日本へ向かう飛行機の中で撮った写真です。
龍二くん、真剣な顔でアニメを見ています!!!

akiravich at 02:29コメント(2)トラックバック(0) 
日本の旅 2014 | ベラルーシ観光

2014年08月20日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

ベラルーシはちょっと涼しくなりました。
でも、長い時間歩いていたりすると、じとーっと汗が出てきます。
日本に行って太ったせいで、汗っかきになったような気がします。
今は頑張ってダイエット中です。

さて。
今日はここ数年、日本へ帰るたびに感じていたことを書いてみたいと思います。

それは車のマナー。
日本へ帰るたびにびっくりするのですが、歩行者が道を渡ろうとしても、なかなか車が止まってくれないこと、よくありますよね。
横断歩道があるところですら、止まってくれない。

これはベラルーシではありえないこと。
横断歩道のところに立っているだけで、車が止まってくれるのが普通です。
たいていのベラルーシ人は車が来ようが関係なく、横断歩道を渡り始めます。
そうすると、車はほぼ100%止まってくれます。

「ほぼ」と書きましたが、私の経験では100%ですね。
じゃなかったら、今頃、私は車にひかれてベッドの上ですから。

日本へ帰ると、そこが全然違う。
横断歩道のところに立って車が止まるのを待っていると、なかなか止まってくれなくて。
そこでふと気づくわけです。
「あっ、ここは日本だ!」

今年の夏、山形の実家の近所でのこと。
国道13号線、左側を歩いていて、T字路の信号を渡ろうとしていたら、後ろから走ってきた車が思いっきり左折してきて。
私のほうが気づいて止まったからいいようなものの、気づかなかったらひかれていました。
ベラルーシでは絶対にあり得ません。

ベラルーシの運転手は歩行者に優しいなあとも思います。
しかし、うちのベロニカちゃんの妹の旦那、アンドレイ君にそのことを言うと、「ベラルーシの歩行者は運転手より立場が上だと子供の時から思っているから、車を怖がらない。そのせいで事故が起こることもあるんだよ」
うーん、そういうこともあるかもなあ。

今日も仕事が満載です!
何から手を付けていいかわからないほど。
がんばります!

akiravich at 18:28コメント(0)トラックバック(0) 
日本の旅 2014 | ベラルーシの生活

2014年08月16日

ご無沙汰しております。
はぐれミーシャです。

木曜日の昼、ベラルーシに戻ってきました。
ええ、そうなんです。
一時帰国していたんです。

今年は7月4日から8月13日までの滞在でした。
割と長めですが、ゆっくりのんびりした感じは全くありませんでした。
いろんなところに行って、いろんなことをしてきたからです。

まず、最初の2週間はずっと旅行?でした。
旅行というか仕事半分ですが。

7月4日の13時半ごろ、成田空港に到着。
しかし!!!
スーツケースが到着しない!!!


はじめてのロストバゲッジ。
しかも、預けたスーツケース3つとも届きませんでした。
経由地のアブダビにあるようで・・・

これは困りました。
日本に着いてから一週間はうちのベロニカちゃんと龍二くんと旅行する予定なの二、着替えも最小限のものしか手元にないし、スーツケースの中にはベラルーシのお土産がたくさん。
これでは何もできないというものです。
何を言っても仕方がないので、成田空港のユニクロで着替えを調達しました。

その日の夜は東京にいる私の学生たちと飲み会。
全員ではありませんでしたが、8人の学生が来てくれました。

日本に一時帰国するときは、最初の夜は日本に留学中の学生たちとお酒を飲む、と決めているのです。
日本語教師の私にとって、学生たちが日本へ行けるようにしてあげることが一つの目標なのです。
ベラルーシは自費で日本へ行けるほど裕福な人はそれほど多くはありません。
学生たちが日本へ行くチャンスは日本政府や民間の奨学金を得ることでしか巡ってはきません。
そのチャンスをゲットする手伝いをするのが私の仕事の一つです。

そのチャンスをものにして、日本へ行った学生たちと会って、お酒を飲むのは私にとって一番うれしい瞬間。
最初はチェーンの居酒屋、そこからアイリッシュパブへ。
パブを出たのが23時ごろ。
私にとっては一年ぶりの日本ですから、テンションが上がりまくり、二人のナースチャさんを引き連れて、中華料理屋でもう一杯。
そして、最後の〆は「天下一品」のラーメン!!!
ナースチャさんとナースチャさん(←ベラルーシでは同じ名前の人は全く珍しくないのです)、最後まで付き合ってくれて、ありがとうね!!!

ここから先は簡単に。
近日中に詳しいことは書いてみたいと思っています。

5日は朝から福井県の小浜市へ。
昼からベラルーシ料理教室。
もちろん、講師はベロニカちゃんです。

6日は午後までは小浜観光、午後からは福井市へ移動。
夜は以前、ベラルーシに視察にいらっしゃった県議会議員や市会議員の先生方との会食でした。

7日は朝から恐竜博物館へ。
午後は学校訪問。
そして、夜はチェルノブイリについての講演をさせていただきました。

福井に行ったのは初めてだったのですが、とても楽しく、いい思い出ができました。

8日は朝から京都へ。
清水寺を見学。
夜は京都や大阪にいる学生たちと飲み会をしました。

9日は東京へ。
昼は大宮の鉄道博物館、夜はベラルーシ視察でご一緒した大学の先生方との会食でした。

10日は朝から藤子・F・不二雄ミュージアムへ。
午後から福島へ移動。
福島でベロニカちゃんと龍二くんとはしばらくお別れ。
私は福島市に残り、二人は私の山形の実家へと向かったのでした。
しかし、前日の大雨の影響で山形新幹線がストップ。
二人は予定を変更して、仙台へ行き、そこへ私の兄に車で迎えに来てもらうということになりました。

11日と12日は福島市での催し物に参加。
福島市の視察団の通訳をしたときにアシスタントをしてくれた、私の学生たちと一緒です。

13日は郡山へ行き、プロレス観戦!!!

14日は早朝からJRで移動。
行き先は・・・札幌!!!
朝6時台に出発して、札幌に到着したのは16時!
大変でしたが、そもそも電車に乗るのは嫌いじゃないので、全く苦になりませんでした。
それに、結構寝ていましたから、あっという間で。
夜は今年の3月にベラルーシ・ウクライナでご一緒した大学の先生と医師の方と会食。

ちなみに、何で郡山から札幌まで飛行機ではなく、JRだったのかというと、ジャパンレールパスという乗り放題チケットを持っていたから。
ここまで読まれて、「交通費はどうしているんだろう?」と思われた方もおられるかもしれませんね。
このジャパンレールパス、外国人、または海外永住者の日本人向けに販売されているもので、JRの路線が一部を除き、乗り放題になるのです。
新幹線の指定席も乗り放題なのですが、新幹線の「のぞみ」と「みずほ」は乗れません(←寝台車なども)。
「のぞみ」に乗れないのは結構痛いですが、「ひかり」や「こだま」で移動しました。
期間は一週間、二週間、三週間から選べます。
私は二週間のチケットを買いました。

15日は朝の飛行機で札幌から東京へ。
さすがにここでJR移動だと、一日潰れてしまいますから。
15日は横浜でクラシック音楽のコンサートへ。

16日は朝から自分が行きたかったところを散策。
夜は千葉のお寿司屋さんへ。
これまた通訳でご一緒した方のお店です。

17日はジャパンレールパスが使える最終日。
お昼に新幹線で福島に行き、市会議員の先生たちと会食。
それから、山形の実家に帰りました。

ふーっ。
我ながら、よくこんなに移動したなあ。
日本に着いて2週間は実家に帰っていないのです。
まとめてみると・・・

東京→福井→京都→東京→福島→札幌→東京→福島→山形

すごいなあ。
よくこんなにいろんなところに行ったもんだ。

実はその後、もう一度山形を離れたのですよ。
仙台に行き、一度山形に帰り、次の日、福島へ。
福島市で一泊し、それから会津若松で一泊。

今回の滞在では行きたいところを行きつくした感じがあります。

いや、違うな。
本当はちょっとした用事で高知県へ行こうとしていたのですが、ジャパンレールパスで移動できる期間が限られているので断念したのです。
あと、鳥取へ行って砂丘を見ようというプランもあったのですが、同様の理由で却下。
次に一時帰国した時にはぜひ行ってみたいです。

いろいろと書きたいことがあります。
しばらくは夏休みで時間があるので、どんどん書いていきたいと思います。




一時帰国することについてはこのブログでは一切触れていません。
長くこのブログを読まれている方ならわかると思いますが、家族の安全などを考えると、ブログには何も書けないのです。
その辺りの事情は2012年2月15日の記事に書かれています。
そして、昨年度(←ベラルーシの教育機関の年度だと、2013年9月から2014年6月まで)は新たな問題が。
誹謗中傷、脅迫、つるし上げ・・・
まあ、いろんな経験をさせてもらいましたわ。

私の知り合い数人のところに行って、私の悪口を言いまくった人もおられました。
私に面と向かって言う勇気もないのでしょう。

こそこそと勇気を振りかざす人間にろくな奴はいない。by はぐれミーシャ
そんな人間が増えているような気がするのですが、気のせいでしょうか?

いろんな不快なことが起こり、精神的に苦しい一年でした。
そのせいか、扁桃腺が腫れ上がり、高熱を出したまま、試験をやったりもしました。
自分が信頼していた人に裏切られたりもしました。
自分が手塩にかけて育てた学生に誤解が元でなじられたりもしました。

でもね。
そんなのは・・・
蹴散らしてやる!!!

今の私には守るべきものがたくさんある。
でも、守るだけじゃダメなんだ。
あらゆるものを蹴散らして、前に進む心こそ、今の自分に必要なもの。
今年は41歳になるけど、もっともっと上を目指したい。
日本語教師として、通訳として、そして、一人の人間として上を目指したい。
私を貶めようとする人間にかまっている暇はない。

辛い時、私の家族が支えになってくれます。
これは私たち家族にとってはごく普通のことです。

私がうれしかったのは学生たちがみんな私を支えてくれたこと。
私が問題を抱えていた時に、個人教室の生徒全員、文字通り全員が私を支えてくれました。
私の悪口を言っている人たちには信じてもらえない、いや、信じてもらえなくても結構なのですが、学生たちとの信頼関係は深く、それを知ることができ、私は幸せでした。

9月からの新学期は私にとっても正念場。
私の生活の中に変化が起こる可能性があります。
具体的にはまだ書けませんが。
がんばるよ!!!


日本でお会いした皆様のおかげで、充分にエネルギーを充電して、ベラルーシに戻ってくることができました。
ありがとうございました!!!
今回、時間の都合などでお会いできなかった皆様、ぜひ次の一時帰国の際はお会いしましょう!!!


akiravich at 23:11コメント(2)トラックバック(0) 
日本の旅 2014 | 日本語教師の仕事
livedoor プロフィール
Twitter プロフィール
ベラルーシでの生活は楽しいな♪
メッセージ

名前
メール
本文