2014年10月

2014年10月27日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今日は殴り書きです。
というのは、今お酒を飲んでいて、感じたことをそのまま書くからです。

私はお酒を飲みながら、大好きなプロレスを見たり、日本のテレビ番組を見たりするのですが、ちょっと深酒になると、Youtubeなどで中森明菜の歌を聞きます。
大好きです、中森明菜。

中森明菜の歌で好きなのは「SAND BEIGE -砂漠へ-」「難破船」「セカンド・ラブ」「TANGO NOIR」などなどです。
今も聞いていました。

私がまだ小学生の時、歌のベストテンでよく耳にしていました。
今聞くと、彼女の歌唱力、表現力などがとてつもないことがわかります。
胸が痛くなるほどです。

中森明菜を評して、「歌唱力はいまいちだが」という書き方をする人がいます。
でも、そもそも「歌唱力」とは何なのでしょうか?
よく「歌がうまい」という言い方をします。
歌を技術的に上手に歌うことを「歌がうまい」と言うのであれば、それは「歌」の本質をとらえていないような気がします。

歌は何かを伝えるためにあるのだと思います。
よりよく伝えるためには、ただ言葉を発音するよりも、歌という手段のほうが伝わる、そして染み渡るからこそ、歌があるのであり、人の胸を打つのでしょう。
それを技術的な部分だけを取り出して、うまいか下手かを論じるのはナンセンスというものです。
それに私は中森明菜が技術的に問題があるとはどうしても思えないのです。
十分うまいとおもいます。

「何かを伝える」ということで言えば、中森明菜以上の歌手を私は知りません。
不幸なほどに歌を生き、歌に呑み込まれていった歌手を私は知りません。

お酒を飲みながら、中森明菜の「スローモーション」を聞いて、自分の想いが止められなくなりました。



スローモーション

出逢いはスローモーション
軽いめまい 誘うほどに


はぐれミーシャ純情派 第六話 それは鎌倉の空から始まった
今の自分にはあの時の出逢いはスローモーションに映る。
ウズベキスタンという遠い国から来た彼女ができることの戸惑いと彼女が彼女となり一緒にいられる喜びが螺旋に絡まり、そして抱きしめたいという感情。
二人のめまいが絡まって、そしてほどけなくなる。

出逢いはスローモーション
恋の景色 ゆるやかだわ
出逢いはスローモーション
恋の速度 ゆるやかに

出逢いは走り出し、そして速度を緩め、僕たちの景色は一致していく。
二人が同じ速度で歩き出し、そして違う速度で歩き始めた砂漠の国。
ずれていく景色が軋む音は砂の嵐にかき消される。
そして、僕たちの足跡も消え、その景色の残像だけが網膜に嵐を起こす。





今の私は幸せそのもの。
愛する妻がいて、息子もいる。

しかし。
私の目の奥にはタシケントからモスクワに向かう飛行機の窓から見た砂漠が心の底に沈んだまま。
あのときの「渇き」で、今も喉が焼け付きそうな、そんな感情になるときがある。
はぐれミーシャ純情派 タシケントな時間А。厳遑影(最終回)


SAND BEIGE -砂漠へ-

サハラの夕陽をあなたに見せたい
さよならを私から決めた別離れの旅なのに
翼を広げて 火の鳥が行くわ
地の果ては何処までか 答えてはくれないの

私の地の果ては砂漠ではなく、強烈な渇きの果てにあるのが砂漠で。
渇く。
渇きが砂漠を引き寄せる。
むしろ砂嵐。
夕陽が見たい。




言葉を言うだけで何かが伝わるのなら、簡単でしょう。
それは揚げることによって、生よりもおいしくならないのであれば、てんぷらにする必要がないのと同じ。
生で食べればいいわけです。
歌は歌にすることに意味があり、歌を歌う人が言葉以上の言葉で語るためのもの。
そういう意味では中森明菜は・・・言葉が見つかりません。



私が常に心の中で常に想っている言葉があります。
「心に愛がなければ、どんなに美しい言葉も相手の胸に響かない」(聖パウロのコリント人への第1の手紙の13章)

響いてますよ、明菜さん!!!

akiravich at 07:01コメント(0)トラックバック(0) 
はぐれミーシャ純情派 

2014年10月24日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

体調を崩しています。
風邪のようで、熱もあります。

何よりもつらいのがのどの調子です。
昨日は授業中、声が出なくなりそうになり、必死でこらえました。
毎年、一回はのどをやってしまい、声が出なくなってしまうのですが、今年はかなり早いタイミングになっています。

今日は朝の授業はなく、夜だけです。
今のうちにのどを休めておかないと・・・

ベラルーシはすっかり寒くなっています。
マイナスの気温の日が多くなっています。
それに伴って、風邪をひく学生も多くなっています。

正直、土日を乗り切れるのか不安です。
9時から19時まで授業ですから。

でも、何とかするしかありません。
土日は学生の数も多く、休みにするとその後の学習にも影響します。
月曜日は休みなので、それまで何とか粘りたいと思っています。

水曜日の夜、すでに体調は悪かったのですが、授業をしました。
それは文法の授業。
普通は総合的な教科書で勉強を進めているのですが、水曜日の授業では文法の教科書で文法だけを勉強するというスタイルにしています。
それは日本語能力試験という試験を目指す学生のためということもあります。

文法だけというと、固くて真面目な授業をイメージするかもしれませんが、私の授業はそんなに固い雰囲気にはなりません。
むしろ笑いが絶えない授業になっています。

文法の教科書は「例示」「伝聞」「推測」などの項目に分かれており、その中にその項目に該当する文法表現が含まれているという形です。
私が文法の説明をして、学生が例文を読むというクラシックなスタイルなのですが、ただ読んで訳す、という授業は私は絶対にしません。
むしろ文全体を訳すというのは非常に稀です。
わからない単語を訳すことはありますが。

例文を読んで、解説を加えたり、その内容に関係があるような自分の体験を話したりします。
ただ読んで訳すだけだと頭に残りませんが、私が例文にエピソードを加えていくことで頭に残る確率が高くなります。
学生がうちに帰って、授業の内容を思い出しながら例文を読めば、その効果ははっきりと表れるはずです。
勉強しても頭に残らなかったら意味がないですからね。

もう一つ、学生の頭に残るようにするための要素があります。
それは学生の間違いです。
間違ったところをいじって、笑いに変えます。
いじらなくても笑える間違いもよく起こります。

間違いをいじると学生が不快に思ったりしないかという懸念はあるかもしれません。
でも、私の授業の場合は間違った学生も一緒になって笑える方向に持っていくので、それを不快に思ったり、がっかりしたりすることは通常ありません(←ないと思いたい)。

水曜日もこんな間違いがありました。
書いてあった文は・・・
あのレストランのウェイターの態度は不作法極まる。

しかし、ある学生は「態度」の「態」という漢字を「能」と読み間違えてしまい・・・
あのレストランのウェイターの「のうど」は・・・
と読んでしまったのです。

耳で聞く分には「濃度」にしか聞こえませんよね。
はぐれミーシャ「それって、めっちゃ濃いウェイターとめっちゃ薄いウェイターがいるってことか?」

間違いに気づいた学生は「すみません」と言いながら、他の学生たちと一緒に笑っていました。
そして、その文を読み続けました。
あのレストランのウェイターの態度は「ぶきほう」極まる。

私は「ぶきほう」って何だろうと思ってしまいました。
実はこの「不作法」という言葉にはフリガナがふってあり、細かい文字で見えにくく、「さ」と「き」を間違えてしまったんですね。
そこでまた一笑い。

次の例文にも間違えそうな要素が潜んでいました。
目が合ってもあいさつもしないとは、隣の息子は失礼極まりない
この文の最後を学生は「きわまりない」ではなく、「きまわりない」と読んでしまいました。

はぐれミーシャ「『きわまりない』だよ」
学生「あっ、すみません。きまわりない。あれっ? きまわり・・・あれっ?」
一度間違うとドンドンはまっていくっていうこと、ありますよね。
学生たちみんなで笑っちゃいました。

もちろん、学生が「みんなに笑われた」とネガティブにとらえてしまうと、逆効果です。
教師としては学生が間違ったときに笑うのって、あまりよくないかもしれないですよね。
でも、おもしろい時は笑う方が普通だと思うんですよ。
学生たちに聞いても、「おもしろいから笑ってしまうのが当たり前じゃないですか」「逆に、言葉や文法が覚えやすくなる(←それが私の狙いなのですが)」と言ってくれるので、ありがたいです。

思い出した!
今日の夜の授業の宿題をチェックしなくちゃ!!!

個人教室は私が受け持っているグループが9つで、150人ほどの学生がいます。
そうなると、宿題の数も膨大です。

急いでチェックを始めよう!!!
皆様、風邪などひかないように!!!

akiravich at 19:00コメント(0)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 

2014年10月17日

おはようございます。
はぐれミーシャです。

今、朝の7時20分。
まだまだ暗いです。
ベラルーシはこれからもっと日が短くなります。
朝9時ぐらいでも暗いことがありますし。

私はいつものように毎日、授業をしています。
私が教えているグループは9つ。
それぞれのグループが一週間2コマ(←1コマは90分)。
仕事量としては相当なものになります。

学生の数は大体150人ぐらいです。
これだけの人数になると、宿題のチェックが大変。
その他に、翻訳の仕事もちょこちょこ入ってくるし、メールも書かないといけない。

きついんですが、かなり充実しています。
これだけ忙しい中ですが、私もあることの勉強を始めました。
これまでは自分のために使う時間は取れなかったのですが、これからはどんなに忙しくても自分のために使う時間がないとダメだと思ったのです。

最近のミンスクは何故かちょっと暖かいです。
暖かいと言っても、気温は14度ぐらいですが。

IMG_0775近所の道。
いかにもベラルーシの秋らしい感じです。
全体的に黄色の色調が多いですね。
日本の紅葉のように赤くなる葉もありますが、そんなにパーッと赤くなることはありません。
こういう雰囲気、好きです。

IMG_0753ちょっと前は霜が降りたりして、「もうこのまま冬に突入するのかな?」なんて思っていたのですが、最近は暖かくて。

こういう時って、逆に風邪をひきやすいように感じます。
結構、暖かく感じるから、「大丈夫かな」と思って薄着をしてしまうと一発で風邪をひいてしまうことがあります。
現に、私の学生にも風邪をひいている人が多いです。
そして、龍二くんも風邪をひいて、幼稚園をお休みしています。

IMG_0742これはミンスク市内、ニャミーガという地区です。
気持ちがいい天気です!!!
散歩日和だなあ、なんて思うのですが、ゆっくり散歩している時間がないのがつらいところです。

IMG_0744秋になると、こんな実がなっている木をよく見かけます。
これは何だろう?
グミ? ナンテン? ナナカマド?
植物は弱いなあ・・・
通訳するときも木や花の名前が出てくると困ってしまうのです。

もう8時30分。
外もだいぶ明るくなってきました。
どよーんとした曇り空。
これがベラルーシの秋。
秋晴れの日は少ないのです。

この時期のベラルーシ人の関心事はいつ暖房が入るのかということ。
ベラルーシではセントラルヒーティングが普通。
暖房が入るタイミングは・・・えーっと、誰が決めているんだろう?
まあ、誰でもいいのですが。

毎年のことですが、結構寒くなっても、暖房がなかなか入らないことがあります。
「○○度以下の日が○○日続くと暖房が入る」という規則があるらしく、結構寒くなっても、それが数日続かないと暖房が入らなかったりします。
上の写真の霜が降りた頃なんかは室内もかなり寒く、早く暖房が入ればいいのに、とみんな思っていました。

これは一般のマンションの話で、幼稚園や病院などは優先的に暖房が入れられます。
龍二くんが通っている幼稚園ではすでに暖房が入れられているそうです。

これから、どんどん日が短くなって、寒くなるんだろうなあ。
日が短くなるのは私は結構好き。
逆に、夏の白夜っぽいのは苦手です。
だって、22時過ぎなのに明るいんですから。
明るいうちにビールを飲むのはちょっと罪悪感が・・・

今日はちょっとまったりした内容になりました。
毎日忙しいのですが、できる限り更新していきたいと思います!

akiravich at 14:43コメント(2)トラックバック(0) 
ベラルーシの生活 

2014年10月05日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

疲労困憊です。
土曜日は朝の9時からスタートして、夜の20時半まで授業です。
きつかった・・・

でも、気持ち的には結構充実。
いい感じで授業ができました。

昨日が誕生日だったこともあって、今日は学生たちからたくさんのプレゼントをもらいました。
この歳になって、まだプレゼントがもらえるのは非常にうれしいことです。
結構、すごいプレゼントもあって、びっくりしました。
そのプレゼントについてはまた後日。

授業では毎回、何かおもしろいことが起こります。
今日は夕方の授業でこんなことが・・・

「みんなの日本語」の第33課の勉強。
命令形というのが出てきます。
「飲め」とか、「食べろ」とか、そういう形です。

新しい形が出てきた時はその形そのものに慣れさせるために、私が辞書形で言ったものを変化させるという練習をさせます。
例えば、私が「飲む」と言ったら、学生は即座に「飲め」と言わなければなりません。

そんな練習の中。
はぐれミーシャ「食べる!」
学生「食べろ!」
はぐれミーシャ「寝る!」
学生「寝ろ!」
はぐれミーシャ「忘れる!」
学生「忘れろ!」
はぐれミーシャ「とる!」
学生「トロ!!!」
はぐれミーシャ「トロはマグロの一番脂がのった部位のことですよ!!!」


「ろ」で終わる形が続いていたので、反射的に言ったのでしょう。
これは少しひっかけているところがあります。
わざと命令形が「ろ」で終わるような動詞を続けて、いきなり違うタイプの言葉を入れていく。
そうすると、ちゃんと知っていないと、そして集中していないと答えられなくなります。
今日は全員ひっかかりました。

こういうことをすると、次からは注意して聞いてくれますし、「とれ!」という形が頭の中に残ります。
そして、「トロ」も・・・

はぐれミーシャ「君たちのせいで、トロが食べたくなったじゃないか!!!」
学生たち「すみません(笑)」

ああああ、トロが食べたい!!!
私はいくつになっても大トロが好きです。
ベラルーシの寿司屋にはトロはありません。
マグロは赤身だけなのですが、それも質の悪いものがほとんど。

いつか寿司を食べることを夢見つつ、明日もがんばろう・・・
夢にトロが出てきそう・・・

akiravich at 04:42コメント(0)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 | ベラルーシの食生活

2014年10月03日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

タイトルの通り、今日は私の41歳の誕生日です。
うれしいなあ。
でも、年とったなあ。

ベラルーシでは40歳の誕生日はお祝いしてはいけないという習慣があるらしく、去年はあまりお祝いをしていないのです。
なので、今年は何かしたいなあと思ってはいるのですが、仕事があってなかなかそういうわけにもいかず・・・

今日は普通に仕事です。
18時30分から21時30分までの授業です。
明日は9時から20時30分まで、あさっては9時から19時まで授業です。
月曜日はお休みなので、うちの奥さんと食事にでも行こうかと思っています(←なかなか素敵な店を見つけたので、今度レポートします!)。

この年になって感じること。
うーん、特にないなあ。

ついさっきまでダーシャちゃんという女の子の個人レッスンをしていました。
テキストのテーマは「プレーパーク」。
子どもたちが自由に自然の中で遊べるところなのですが、そこで私はベラルーシに来たばかりの頃のことを思い出しました。

私はミンスク郊外のアクサコフシナというところにある病院に折り紙を教えに行っていました。
私はベラルーシに知り合いが一人しかいませんでした。
その一人の知り合いも一年の大半を日本で過ごす人だったので、その人が日本へ行ってしまえば、友達も知り合いもいない生活でした。
そのときから大学で日本語を教えていたので学生はいましたが、学生は友だちではありませんから、プライベートは一人のことが多かったです。

そんな生活の中で、一か月に1〜2回、病院の子どものところに行くのは私にとって救いでした。
朝の9時から夕方の5時まで、ひたすら子どもたちと遊ぶだけ。
どうしてそのようなことをするようになったかは2012年1月27日「私とチェルノブイリ 〜瓦討論泙蟷罎ら始まった」をお読みになっていただければと思います。

03020001これは2001年4月の写真。
昼の2時からは昼寝の時間なのですが、その日は看護師さんたちが「遊びに行ってもいいよ」と言ってくれたのです。
特別な遊びがあるわけではありません。
ただ、みんなで森を散歩するだけ。
それだけで十分楽しいのですから。

03370001これはゴメリ州にあるスヴェトラゴルスクという町に行ったときの写真。
アクサコフシナで出会った女の子がスヴェトラゴルスクの子で、「遊びに行ってもいい?」と聞いたら、ご両親もOKしてくれたのです。
まだ独身の頃はベラルーシの地方都市に行って折り紙をやっていました。
今ほど仕事量が多くなかったですし。

03890002これもアクサコフシナで撮った写真。
この3人の女の子のうち、二人は姉妹。
すっごいかわいかったなあ。
今はもうすっかり大人になっています。

友人も知り合いもいない私を救ってくれたのは子どもたちでした。
あの子供たちがいなかったら、私はとっくの昔にベラルーシを離れていたでしょう。
そして、ベロニカちゃんと出会うこともなく、龍二くんもこの世に生まれることがなかったでしょう。

私の心の中には常にベラルーシの子どもたちに対する感謝の気持ちがあります。
そして、ここ数年、子どもたちと遊んでいないことに対して、少し後ろめたい気持ちもあります。
もっと遊びたい!!! 41歳でも別にいいよね!!! やっぱり遊びたいのだ!!!

来週は仕事の合間を縫って、ミンスク郊外の保養施設の子どもたちのところへ折り紙を教えに行きます。
今年中にはまたゴメリとか、地方都市に行って折り紙やりたいなあ。


FacebookやVkontakte(←ロシア版のFacebook)でたくさんのお祝いの言葉をいただきました。
皆様、本当にありがとうございました!!!
今後ともよろしくお願いいたします!!!

akiravich at 22:48コメント(0)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 

2014年10月01日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

IMG_0749[1]今日のミンスクは秋晴れのいい天気でした。
昼は割と暖かかったです。

最近は最高にうれしいことがあったり、最高にうんざりすることがあったりと、高低差が激しい生活をしています。
ストレスも相当なものでした。

でも、私は自分ができることをやるだけ。
学生を教えるのが私の仕事ですから。
低次元な争いに巻き込まれるのはもうカンベン。

今日は私の個人教室の授業に日本人留学生の男の子が二人来てくれました。
日本人留学生からすると、日本語を勉強している学生たちとの交流のいい機会になりますし、私の生徒にとっても日本人と接するいい機会になります。

私が日本人を授業に招待することはよくありますが、誰彼かまわず招待するわけではありません。
日本人の中にはあからさまに女性目当てで授業に来ようとする輩もいます。
そんな人間には授業に来てほしくないですね。

去年ですが、私が「日本人留学生とベラルーシ人の日本語学習者との交流を妨げている」という批判をした人たちがいました。
あまりにもばかげていて話になりません。
そのことを学生たちに話すと、みんな笑っていました。
学生たち「先生はむしろ交流を助けているように思うのですが」
本当にその通り。
他の学生「もし交流がうまくできなかったのなら、それは先生の責任ではなく、その人個人の問題だと思います」
本当に本当にその通り。

しかし。
時には学生に「日本人と遊ぶ暇があるなら、勉強しなさい」と言うことはあります(←そこが私を批判する人たちのツッコミどころなのでしょう)。

日本人を授業に招待すると、どんどんアピールしていく学生がいます。
授業が終われば、すぐにSNSで友達申請。
電話番号を聞き、「遊びに行こう」とガンガン誘う。

積極的であること自体は悪いことだとは言いませんが、そういう学生に限って、日本語の勉強自体はおろそかになっていることが多いのです。
私は自分の学生だけでなく、日本人留学生の人にも時々言うのですが、「日本人とたくさん話したからと言って(←日本人留学生の場合はベラルーシ人)日本語が上手になるわけではない、ちゃんと机に向かって勉強する時間もないと上手にはならないよ」と助言しています。

ガツガツと日本人を誘う学生は日本人の友達がどんどんできます。
コツコツと日本語を勉強している学生は日本人の友達はなかなかできません。
日本人の友達と遊ぶ時間よりも日本語の勉強を優先させることが多いということもありますが、自分の身の程を知っている学生ほど、日本人と話すことに躊躇してしまうというのが一番の理由でしょう。

でも、躊躇するぐらいがちょうどいいと思います。
勉強を始めて1〜2年だったら、日本語で話せないのが普通です。
私も間違うのが嫌いで、東京でロシア語を学んでいたころはロシア人と話すのを避けていました。
ロシア語で話したいけど、話せない。
だから、話さない。
コツコツさんの気持ちは痛いほどわかるのです。

ガツガツさんは日本語の基礎ができていないのに話そうとするから、日本語がぐちゃぐちゃしていることが多いです。
単語帳などを作って、語彙に頼った日本語学習に偏り始めると危険信号です(←語彙に偏った学習の弊害についてはまた改めて書きます)。
まだ使いこなせないのに、辞書で見た語彙や文法を使おうとするから無理が出てくる。
背伸びしないで、今現在、教科書で学んでいることに集中すればいいのに、より新しい言葉を覚えようとする。
そうやって、どんどん学習バランスを崩していくのです。
日本人とたくさん話すから、自分では上手になったつもりになってしまう。
でも、先生(←つまり、私)には間違いを直され、自尊心が傷つけられる。
そうやって、私の教室を辞めていった学生は何人もいます。

ガツガツさんのスピードを緩めてあげるのも私の仕事です。
結構きつめに注意します。
じゃないと、目が覚めないことが多いのです。
実際に、ガツガツしていた学生がコツコツ勉強するようになって、いい学生になっていった例はいくつかあります。
別にガツガツしていてもいいんですよ。
ちゃんとコツコツ勉強する時間があるのであれば。

私はコツコツ勉強している学生が報われるようにしてあげたいなと心から思うのです。
まじめに勉強している学生が勉強をするのをよそに、まじめじゃない学生が日本人の友達をどんどん増やしていくのは、何か釈然としないものを感じるのです。

ここに書いたようなことについて話すと、「積極的じゃない学生が悪い」と言ってきた日本人がいました。
でもね。
人はそれぞれに個性があって、積極的じゃない人がダメかというと、そんなことはないと思うのですよ。
消極的な人はダメかもしれませんが、友達になりたいという希望を持っているのに、積極的にできない人はいても不思議ではありません。
そんな子たちにも日本人と接する機会が作ってあげられればと思います。

でも、多少は自分からもいかないと日本人の友達はできないでしょうね。
積極的じゃない人の背中を少し押してあげることも私の仕事かもしれません。

ガンガン向こうから来てくれる日本語学習者のほうが、日本人留学生にとっては楽。
日本人の側からベラルーシ人にアプローチして友達になるのは多少の労力を必要としますが、ベラルーシ人の側から誘ってくれるのであれば、こんなに楽なことはないでしょう。
でも、ガンガンくるタイプじゃない学生とも交流してもらいたいなあ。

ベストなのはコツコツ勉強しながら、日本人とも交流するという形でしょうか。
中には「今は日本人と話す時期ではない」と考えている学生たちもいます。
日曜日の夕方のグループは日本人とは遊んだりしますが、会話はもっぱらロシア語。
グループの一人が「今、下手に日本語を話して、自分の日本語をダメにしたくない」と言っていました。
私はその意見に大賛成。
物事にはそれぞれ適した「時期」というのがあるのですよ。
今すぐ上手である必要は全くないわけで。

コツコツさんはたいてい日本語が上手になります。
日本人と遊んだりするのはそれからでも全然遅くはないと思うのですが・・・

ガツガツがいいのか、コツコツがいいのか。
かなりデリケートな問題だと思います。
ガツガツさんもコツコツさんも日本語が上手になるように導いてあげたいものです。

akiravich at 17:51コメント(2)トラックバック(0) 
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