2015年03月

2015年03月31日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

昨日、ミンスクは雪が降りました。
3月も終わりだというのに・・・

でも、それほどびっくりすることではありません。
7、8年前は5月に雪が降ったことがありますから。

私はいろいろとドタバタしていました。
身内の不幸もあり、なかなか心が落ち着かないです。

いつものように、日本語教師の仕事もたくさんあります。
それに加えて、チョコチョコと細かい仕事があったりして。

忙しい時はその辺のピッツェリアやカフェで食事をします。
外食は高いのであまりしないようにしているのですが、急いでいるときなどは仕方がありません。
日本円に直すとそれほど高くはないのですが、給料の水準を考えたら、かなり高いと言わざるを得ません。

そんなある日のこと。
私はよく立ち寄る某ピッツェリアに行きました。
テレビの制作会社に寄って、そこからまっすぐ自分の教室に向かう前の時間を利用しました。

そのとき、私は原爆詩の朗読の準備をしていました。
それに伴って、食事を制限したり、トレーニングをしたりして、やせようと努力していました。
朝や昼はリンゴやヨーグルトだけ。
夕食も野菜中心で、ご飯の量はいつもの半分以下にしていました。
その店ではいつもなら牛肉のカルパッチョとかピッツアを注文するのですが、その日は野菜中心のメニューにすることにしました。

この時期、ミンスクのレストランではпостное менюというものをよく見かけます。
それはイースターの前に食事制限をする時期があり、そのための特別メニューのことです。
この時期は肉や魚はご法度です。
細かく見ていくと、日によって食べていいものと悪いものが決まっているのだそうです。
例えば、この日は油は使ってはいけない、とか。
でも、普通はそこまで細かく見ないのが普通です。

ベラルーシ人の多くがキリスト教徒。
ほとんどがロシア正教で、次に多いのがカトリック。
プロテスタントも増えています。
まあ、いずれにしても、キリスト教徒が大多数。

しかし。
この食事制限を守っている人というのはそんなに多いわけではないんですよ。
私の個人教室の生徒、約100人近くいるのですが、その中でその宗教的決まりを守っている生徒は一人もいません。
年齢層にもよるのでしょうか。
3月にNHKBS1の「地球アゴラ」という番組でご一緒したベラルーシ人の医師(←40代後半ぐらいに見える)は制限を守っていました。

ダイエット中の私にとっては好都合。
早速、特別メニューを頼んでみました。

DSC_0060[1]野菜サラダです。
そのまんま。
何の変哲もない普通の野菜サラダです。
値段を忘れてしまいましたが、野菜だけにしては結構高かったような・・・

DSC_0061[1]これはブロッコリーのスープ。
おいしそうに見えますよね?
でも、これが・・・

全然おいしくないんです!!!
スープと言うよりはブロッコリーのピューレ。
味付けはほぼゼロ。
離乳食みたいな。

っていうか、こういうスープならやっぱり牛乳を使ったり、生クリームを使ったりしてクリーミーにさせるだろ。
そして、裏ごしとかしてなめらかにするだろ。
でも、これはただ茹でたブロッコリーをミキサーにかけただけ。
やられた!!!

でも、乳製品もダメなんだよなあ。
これは大変だ・・・

ダイエットのおかげもあり、朗読会の時までにはかなりやせました。
しかし、今は完全にリバウンド。
何とかもう一度やせられるようにがんばります!!!

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ベラルーシの生活 | ベラルーシの食生活

2015年03月25日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

ここ最近のミンスクは暖かく、春が来たような感じがします。
でも、油断していると、急に寒くなったりするからなあ・・・

正直、疲れがたまっています。
というのは、先週の土曜日、原爆詩の朗読会があったからです。
その時の話はまた改めてブログに書きたいと思います。

コメントのレスが遅れてしまって、申し訳ないです。
朗読の準備で精神的に余裕がなかったのです。
これからゆっくり返事を書いていきたいと思います。

その朗読会までは食事制限をしたり、エアロバイクでトレーニングしたりして、痩せようと努力していました。
詩を読むのにふさわしい顔と体にしたかったんです。
痩せるには痩せましたが、あとから朗読会の写真を見ると、それほどの効果はなかったような気が・・・

そんな中、私は一日だけダイエットを休み、思いっきり食べてしまいました。
それは先週の月曜日のこと。

なぜ思いっきり食べたのかというと・・・
3月15日がうちのベロニカちゃんの誕生日だったから!!!
家族三人で食事に行ったのです。

行ったのはミンスク市内にあるレストラン「Тифилис (チフィリス)」。
グルジア料理の店です。

グルジア料理と聞いただけで、私的には結構そそられます。
スパイスが効いているイメージもありますし、ガッツリ肉が出てくるイメージも。
日本ではなかなか馴染みがないですよね。

18時ごろ店に着くと、店内は数組の客が。
月曜日のまだ早い時間ですからね。

DSC_0046[1]一番最初に出てきたのはハチャプリ!!!
名前がかわいい!!!

これが最高においしかったのです!!!
イメージ的には上と下がピザ生地みたいなので、真ん中にチーズが挟まれているという感じです。
正直、これで一気にもっていかれました。

DSC_0047[1]これはベラルーシでもスーパーのお惣菜で見かけるナスのロール。
周りがナスで、中にチーズやクルミなどのナッツが。
でも、この店のは何か私にもわからないハーブやスパイスが使われていて独特のおいしさ!!!
うまい!!!

DSC_0052[1]これがメイン。
料理名を忘れた!

タジン鍋の中には鳥の胸肉が。
ここも使われているスパイスがたまらない!!!
白いのはヨーグルトのようなソース!!!
量が結構あって、二人でシェアして十分でした!!!

DSC_0038[1]DSC_0050[1]龍二くんはアイスクリームしか食べませんでした。
そのアイスもかなりおいしかったです。
ベロニカちゃんも料理に大満足!!!

DSC_0059[1]うちへ帰って、私はウイスキーを飲みました。
シングルモルト「アイル・オブ・ジュラ」。
実はそんなに好きなウイスキーではないのですが、免税店で買ってみたのです。
15年ぶりぐらいに飲んだのですが、やっぱりあんまり好きじゃないなあ。
でも、このボトルの形がなかなか美しい。

最後にレストラン情報を。
Ресторан "Тифилис"
ул.Толбухина 3 (Tolbuhina st. 3)
営業時間 11:00〜23:00

今までミンスクでいろんなレストランに行きましたが、今回のチフィリスはダントツで一番!
本当においしかったです。


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ベラルーシの生活 | レストラン・カフェ

2015年03月18日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日も昨日のネタの続きです。
やっぱりうなぎでしょ!

去年の夏、私は家族みんなで日本へ一時帰国しました。
ベラルーシに帰る飛行機に乗る日、私たちは成田に行きました。
飛行機は夜だったのですが、昼のうちに成田の町を見物しようという魂胆です。
東京をブラブラしていると、どうしてもお金を使ってしまいますから。

私はいいことを思いつきました。
それは成田のホテルの日帰りプラン!
8月はちょっと外を歩くと汗だくになりますからね。
その状態で飛行機に乗るのは・・・
ミンスクのうちに着くまで20時間ぐらいはかかりますから。
しかも、疲れたら軽く昼寝もできるだろうし。

11時過ぎに成田に着いて、ホテルにチェックイン。
ちょっと休んだら、成田の町へGO!

IMG_2180成田山新勝寺へ向かう道です。
風情があっていいですね。
でも、車の通りが結構あって、家族連れだとちょっと心配。

そして、私たちは・・・うなぎを食べに行ったのです!!!
行先は名店の誉れ高い「川豊」!!!
着くと行列ができていましたが、ここまで来たのだから並んででも食べたい!!!
まあ、成田に来たのも実はこれが一番の目的で・・・

IMG_2191店内に入ると、二階にあがる行列に。
この階段が超急で。
龍二くんと一緒だとちょっと不安でした。
















しばらく待って、ようやく着席。
店内も古い木造建築のいい感じの雰囲気。

IMG_2203私たちが最初に注文したのは鯉の洗い。
これが!!! 本当においしかった!!!
洗いに限らず、私は鯉をおいしいと思ったことは一度もないのですが、これは本気でおいしかった!
歯ごたえがしこしこしているだけでなく、かみしめるほどに味が出てきて。
泥臭さも皆無。
もう一度、食べたいなあ・・・

IMG_2206そして、このうなぎが!!!
本当においしかった!!!
去年の日本滞在中に食べたものの中でも一番おいしかったかもしれない。
感動のうまさでした!!!

IMG_2208龍二くんはうなぎは食べないのですが、うなぎのたれがかかったごはんが気に入ったようで、バクバク食べていました。
気持ちはわかるぞ!!!

IMG_2217 — копия外に出ると、うなぎを捌いているのが見られました。
すごいスピードで、しかも正確なうごき。
熟練の技ですね。

IMG_2241おなかが満たされた私たちは新勝寺へ。
でも、暑さがひどくて、早々に退散。
ホテルまでは歩くと結構な距離。
途中でアイスクリームを食べながら、帰ったのでした。

ベロニカちゃんは「今年もあのうなぎが食べたい!」と言っています。
私も食べたい!!!

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2015年03月17日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日は久々の休み。
今日はいい天気。

でも、午後は大学の会議。
でも、それからベロニカちゃんと食事。
いろいろあります。

さて。
私が日本へ帰るのは一年に一回。
夏だけです。

でも、他の季節も日本へ帰ってみたい・・・
秋は秋の味覚を楽しみたいし、冬は大好きな音楽喫茶でコーヒーを飲みたいし、春は桜を見たいし・・・

去年の夏の写真を見ながら、いろんなことを思い出します。
つらつらと書き連ねてみたいと思います。

日本に帰りたい理由の一つ。
それは食べ物!
おいしいものが食べたい!!!

IMG_0503去年の夏、私は赤羽にある「川栄」さんにお邪魔しました。
うなぎや川魚、焼き鳥の名店です。
「孤独のグルメ」で見てから、絶対に一度は行ってみたいと思っていたのです。

昼の11時30分開店ということで、11時15分ぐらいに店に行ってみました。
人気店で行列もできると聞いていたからです。
私が店に着いたとき、先客は一人だけ。
これなら、間違いなくすぐ入店できます。
この日はものすごく暑くて、立っているだけで汗だくでした。

IMG_0505店内には「孤独のグルメ」の主役をやっている松重豊さんのサインも!
店の中、あのドラマと全く同じ!!!












IMG_0506昼酒!
暑い時はやっぱりビールに限りますよ。
お通しの鴨肉もすごくおいしかった!

IMG_0507最初に出てきたのはお刺身とたたきの盛り合わせ。
鶏肉です。
これがもう・・・言葉にならないほどおいしかった!!!
ベラルーシでは鶏肉を生で食べる習慣はありません。
っていうか、ベラルーシの鶏肉を生で食べるのは危険な感じが・・・
まあ、日本でも新鮮じゃなければ食べられないでしょうね。

IMG_0508そして、メインのうなぎ!!!
柔らかくて、フワフワでした。
でも、鶏肉の方がインパクトが強くて・・・

IMG_0509これは「孤独のグルメ」でも食べていたホロバラ串。
おいしかった!!!
でも、最初の刺身とたたきが・・・

もう一度行きたくなってきた・・・
次はベロニカちゃんと龍二くんの3人で行きたいかな。

この話、明日も続きます!

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日本の旅 2014 

2015年03月16日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日も忙しく働いています。
今、授業の合間の休憩時間です。

今日はうちの奥さん、ベロニカちゃんの誕生日!
でも、授業があるので・・・
授業が終わったら、すぐに帰ってみんなでお祝いです!!!

最近はちょっと硬い話題が多かったので、今日は軽い話を。
相変わらず、うちの学生たちの間違いはなかなか面白いのがあって・・・

私は先々週からずっとひげを伸ばしていました。
それは原爆詩の朗読に合わせて、見た目も少し変えてみようと思ったからです。

先々週の金曜日のこと。
20時からの授業。
とてもかわいい学生、アリーナちゃんが教室に入るなり、ニコニコ顔で私を見て・・・
「先生! ハゲですね!!!」

最初、私はギクッとしました。
もちろん、私はまだまだ髪はあります。

ちょっと考えて、なぜそんなことを言ってきたかわかりました。
はぐれミーシャ「それってさあ、『ひげ』と間違えていない?」
アリーナちゃん「えっ!? あああああ!!!!! すみませーん!!!!!」



学生にいきなり「ハゲ」と言われて、びっくりしましたよ。
たとえ本当にハゲだったとしても、先生に「ハゲ」と言ってはいけませんよ!!!

明日は休み!
でも、大学の会議!
それから、ベロニカちゃんと食事に行きます!!!

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日本語教師の仕事 

2015年03月14日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今年は暖冬で、冬らしい冬の時間がとても短かったように思います。
ここ数日はまた少し寒さが戻ってきています。

今、私は原爆詩の朗読のことにかかりっきりです。
頭の中で詩句を反芻し、深く沈んでいく自分を感じ・・・


昨日は夜中、眠れなくなったので、林京子さんの「道」という作品を読んでいました。
あまりにも苛烈な内容に、心の痛みが止められなくなりました。

今回の朗読では広島の詩を読みます。
たまたま手元にあったのが、広島の詩だけだったので。
長崎もまた別に取り上げてみたいです。



先日、インターネットのニュースで悲しい知らせを目にしました。
2月28日、絵本作家の松谷みよ子さんがお亡くなりになったのです。
89歳でした。

私は松谷みよ子さんにお会いしたことがあります。
それは2000年の秋。
私がベラルーシに来たばかりのことでした。

DSC_0036[1]
それはミンスクの中心部、独立広場にある聖シモン・エレーナ教会の敷地に、「長崎の鐘」というものを設置するセレモニーの時のことでした。
この「長崎の鐘」は浦上天主堂の鐘のレプリカで、チェルノブイリ事故で被害を受けたベラルーシと長崎で原爆の被害を受けた日本との友好のしるしということで造られたものです。

そのオープニングセレモニーには長崎のカトリック教会の方をはじめ、様々な方々がグループでいらっしゃいました。
そのグループはベラルーシだけでなく、チェルノブイリ原発も訪れていました。
その中に、松谷みよ子さんがいらっしゃったのです。
私はその時、サブの通訳として、グループと一緒に行動していました。

あれは確か、ミンスク市内のレストランでの昼食の時だったかと思います。
どなたかが「古○さん、こちらにいらっしゃるのは松谷みよ子先生ですよ」とご紹介してくださったのです。
「ご存知ですか?」と聞かれて、私は「もちろん!」。
子どもの頃、「龍の子太郎」を読んだのをとてもよく覚えています。

松谷みよ子さんとは特にたくさんお話をしたわけではないのですが、私にとっては強烈な印象が残りました。
先生は帰国されてから、私にご自身の絵本をたくさん送ってくださいました。
その本は今、うちの息子、龍二くんが読んでいます。


いつかもう一度お会いしたかったです。

心よりご冥福をお祈りいたします。

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ミンスク 

2015年03月11日

今日、3月11日で東日本大震災から4年が経ちました。

ベラルーシにいると、日本のニュースはインターネットでしか見られないわけですが、少しずつ福島関連のニュースが減っているように感じるのは気のせいでしょうか。
ベラルーシに来る視察団も激減。
以前は一年間に何度も通訳の仕事があったのですが、2014年は1回だけ。

去年の夏も日本へ一時帰国しましたが、福島以外の地域では福島のことを話したり、聞いたりすることはほとんどありませんでした。
ただ、福井県にお邪魔して講演などをさせていただいたときは、原発を多く抱えている県だけあってか、非常に関心が高かったのを覚えています。
それ以外の地域では福島の話をしても、あまりリアクションが帰ってこないことが多かったです。

すでに風化してしまったのでしょうか?
でも、福島に現に住んでいる方にとっては風化しようがないですよね。
仮設住宅にいまだに住んでいる人たち、自分の家を失った人たち、家族や大切な人を失った人たち・・・
その痛みに寄り添うやさしさを持った人たちが日本にはまだたくさんいる、と信じたいところです。

去年の夏、私は福島にお邪魔しました。
そのときに痛切に感じたことがあります。

数人の方が「原発事故から3年半も経って・・・」とおっしゃっていたのです。
私が違和感を感じたのは「も」という助詞。
この場合の「も」は長い時間や期間を強調する助詞です。

今、私が感じるのは「まだ4年しか経っていない」こと。
「しか」は少ないことや短いことを強調する言葉。
この「しか」と「も」の差は大きいと思います。

何度か福島で「も」を聞きました。
私にとっては3年半でも4年でも、まだまだ短いような気がしますから、「しか」のほうがしっくりくるのですが。

ただ、「3年半も経ったのに、何も変わっていない」というコンテキストなら、「も」は非常に適切になると思います。
確かに、まだまだ進んでいない部分もあるかと思います。
除染もそうですし、補償の問題も残っている。
確かに3年半はまだまだ短い時間ですが、もっとできることがあるのではないかと思い、歯がゆく感じる部分もあります。

ベラルーシ人の研究者に低線量被ばくの人体への影響について質問した時のこと。
その時の答えは「まだわかりません」。
なぜなら、「まだ29年しか経っていないから」。

汚染地域が多いゴメリ州の州都、ゴメリの人に聞いても、「まだ29年しか経っていない」という言い方をする人がいます。
もちろん、「29年も経った」という言い方をする人も非常に多いですが、「しか」と言う人も結構います。

福島の問題、風化するにはまだまだ早いと思います。
福島以外の人の意識からも福島の問題が消えていかないようにはどうすればいいのでしょうか?
私にも答えは見えてきません。

正直、自分の中の意識も少しずつ薄れてきているのは確かです。
ベラルーシでの日々の生活の中で、「福島」を意識する時間が少なくなっているのは事実です。
福島関係の本、去年の夏、買い込んできたのですが、まだ読んでいないものが多いなあ・・・
もっとやりたいことがあるはずなのに、できていない自分が情けなくも感じます。



そんな自分を少しでも前に進めたいという気持ち。
それが、昨日の記事で書いた原爆詩の朗読ということにつながってきます。

私の中では広島・長崎、チェルノブイリ、福島というワードが一つの線でつながっています。
ベラルーシ人はよく「ベラルーシと日本は悲劇で結ばれている」という人がいます。
広島・長崎という言葉を使う人が多い割には、その具体的なことについて知らない人がほとんどなのです。

とは言っても、私自身も詳しく知っているわけではありません。
私自身にとっても勉強の日々です。

来年はチェルノブイリ原発事故から30年の節目の年になります。
その年に向けて、できることをいろいろと考えています。
翻訳関係の仕事もしたいですし、福島の方で何かご一緒できる方がいれば、一緒にベラルーシでイベントができればなどとも考えています。



先日、NHK BS1の「地球アゴラ」という番組に出演させていただきました。
震災から4年経った福島からの生中継ということで、私も汚染地域のお医者さんと一緒にスカイプで生出演させていただきました。
非常に前向きな取り組みをしている若者たちが紹介されていて、希望の光が見えてくる想いがしました。

番組終了後、インターネット上で番組の感想として、「ベラルーシでの対策を伝えることは悪いことではないけれど、今一番伝えるべきは、この4年で蓄積されたデータに基づいた福島の現状だと思う。WBCでわかった内部被爆の有無、健康状態や農作物の状況をちゃんと伝えないで、ベラルーシのことを放送されても意味がない」というものがありました。

うーん、番組の趣旨と言うのはそれぞれにあるものだと思うので、福島の現状を伝える番組というのは他の番組でやればいいわけで(←そういう番組はないのでしょうか?)。
私としては最後の「ベラルーシのことを放送されても意味がない」という文が非常にひっかかってしまうのです。
もちろん、福島の現状を伝えることは大事ですが、それが「ベラルーシのことを放送することが意味がない」ということにはつながらないと思います。
悲しくなりました。

こういうコメントが出てくるということは日本では被ばくの有無や健康状態、農作物の状況がちゃんと伝えられていないということなのでしょうか?
それが本当だとしたら、それはそれで悲しくなります。
4年「も」経っているのに・・・



書いているうちに、自分の気持ちが「も」と「しか」の間を行きつ戻りつしているのを感じます。
4年が長かったのか短かったのか・・・
自分にとっては・・・やっぱりわかりません。
長いような気もするし、短いような気もします。

失われたものの痛みは永遠になくなることはないでしょう。
その「永遠」を前にして、4年が長かったのか短かったのかを論じるのはナンセンスにも感じます。



今、私ができること。
ベラルーシと福島をつなぐことが少しでも福島の方たちの役に立つのであれば、という気持ちです。



東日本大震災で亡くなられた方々に心より哀悼の意を表したいと思います。
被災地の復興が一日も早く進み、被災者の皆様方が一日も早く心安らかに生活できる日々が訪れることを心から願ってやみません。
そして、仮設住宅で不自由な生活をされている方々がいつか自らの故郷に戻ることができる日がくることを祈っております。


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チェルノブイリ | 福島

2015年03月10日

大変ご無沙汰しております。
はぐれミーシャです。

とても忙しいです。
というか、とても忙しかったです。

ご覧になられた方もいらっしゃると思いますが、日曜日の17時からNHK BS1の「地球アゴラ」という番組に出演させていただきました。
その準備がなかなか大変でした。
福島の未来についての番組だったんですが、非常に責任が重い仕事でした。
生放送だったのですが、本番は自分なりに楽しめました!

何と言えばいいんだろう・・・
最近、心が乱れています。
乱れて、ちぎれて、壊れて、溶けて、消えて・・・
うーん、41歳でも心は・・・惑い、惑わし、惑わされ・・・

当然と言えば当然だけど、自分以外の何かに規定された「自分」という者があって。
それは私の場合は先生であったり、父親であったり、夫であったり。
自分で自分がわからなくなっているのに、なのに・・・周りに決められた自分が「自分」であると思うことが楽で。
急に本当の自分と向き合うとどうしたらいいのか・・・

乱れた心を支えてくれるのは学生たち。
授業が終わって、「ちょっと飲んでいかない?」という私の言葉に呼応してくれた学生たち。
私の心の乱れに、学生たちは自分の心の乱れをさらけ出し答えてくれる。
みんな迷っている。
みんな惑っている。
みんなありがとう。



正直、41歳になって、焦りが出ています。
今、この年齢になって、自分は何ができるんだろう?
何か自分が生きていた証しを残したいと思うようになりました。

今、私がやろうとしていること。
それは原爆詩の朗読。

実はこのアイデアはかなり前からありました。
NHKのドキュメンタリー番組で、吉永小百合さんが朗読されているのを見て、ベラルーシの人にも広島・長崎のことを知ってもらいたいと思ったのです。

最初は日本から誰かに来てもらって、朗読してもらうことを考えていました。
もし吉永小百合さんが来てくださったら、ベラルーシの人にもっと広島・長崎のことを知ってもらえるだろうと思いました。
長崎のアナウンサーの方々も原爆詩の朗読をやっていると聞いたので、何とか来てもらえないかと思いました。
でも、やはりベラルーシは遠い・・・

そのあと、私の頭に浮かんだのは、学生たちと朗読すること。
例えば、日本語を勉強しているベラルーシ人学生が日本語で読み、ロシア語を学んでいる日本人留学生がロシア語で読む。
でも、学生たちにとって原爆詩を読むのは精神的負担が大きすぎる・・・

ここ最近の心が乱れている中、ふと私は思いました。
何の前触れもなく。
「原爆詩の朗読をやってみよう」

以前からやりたかったこと。
他人任せにしないで、まず自分でやってみよう。

でも、自分の心と体を通して、原爆詩を体験することは怖い・・・
でも、やりたい。

もうすぐ東日本大震災から4年。
チェルノブイリは4月26日で29年。
いまこそ、やるべきとき。

私は何度か読む練習をし、それを信頼する学生の一人に聞いてもらいました。
「伝わった?」「伝わりました・・・」

正直、自分がどこまでいけるか、不安があります。
自分の限界が見てみたいです。
自分をギリギリまで追い込んでみたいです。

夜中、練習をしています。
精神的な負担が大きく、練習を終えるとぐったりしてしまいます。
あるお母さんが書いた詩は・・・龍二くんのことを置き換えてとらえてしまって、涙が出てしまいます。

3月21日、土曜日の19時15分から私たち夫婦が経営している「東洋語センター」の教室で朗読をします。
もしそれがうまくいけば、自分が働いている大学でも朗読会をします。
そして、4月26日のチェルノブイリ事故の日に汚染地域に行って、朗読会をしたいと考えています。

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