2008年04月28日

チェルノブイリの少女達

33ad4309.JPG今日はイースター(復活祭)。
写真はイースターエッグです。
ベロニカちゃんが作ったんですよ。
この赤っぽい色は玉ねぎの皮と一緒に卵をゆでたからです。
模様はシールみたいなのもありますが、いくつかのはベロニカちゃんの手書きです。

昨日はチェルノブイリ原発事故から22年目の日でした。
そこで、今日はチェルノブイリと関係のあるテーマで書きたいと思います。
このテーマで書くのは、僕にとっても、非常に深い意味のあることです。
これから、少しずつ書いていきたいと思います。
この文章を読んで、気分を害される方がいらっしゃるかもしれません。
でも、僕は自分の意見を堂々と書かせていただきます。

今日の朝、数年前に日本から送られてきたビデオを見返していました。
そこで、某テレビ局の朝の情報番組で、チェルノブイリの汚染地域からやってきた子供達を夏休みの間受け入れた日本の家族の話をやっているのを見ました。
里親制度というものでしょうか。
初めて見たときもそうだったのですが、改めて番組を見てみて、非常に現実と違っているところ、非常に疑問を感じるところがありました。
それを列挙することで、いろんな問題を提起したいと思います。

子供達はベラルーシの汚染地域からやってきた二人の女の子。
受け入れたのはチェルノブイリ関係のボランティア活動を長くやってきている団体です。

1.受け入れ先の人の言葉「生きる元気をもらって帰っていって欲しい」
「生きる元気をあげたい」とか、「生きる勇気を持って欲しい」とかってどうなんでしょうね。
じゃあ、その子供達は「生きる元気」も「生きる勇気」もないのでしょうか。
僕は今までいくつかの病院で折り紙を教えたりしましたが、子供達は普通の子どもと変わりません。
それが死に直面している子どもであっても、です。
「チェルノブイリ」という単語を聞くと、やたら深刻になってしまう人が日本人にはいますが、ベラルーシについて「死に直面している子供達」だとか、「危険な地域に住まざるをえない人たち」などと必要以上に深刻な言葉で状況を飾り立てるのは、あまり感心できません。

2.ナレーター「来ている子供達は慢性的な微熱や頭痛などを抱えています」
それはベラルーシ人の子ども全体に言える事です。
胃炎、甲状腺肥大などは程度の差こそあれ、かなりの子どもが持っているものです。
胃炎なんかは放射能と関係はないのかもしれませんが、僕が行っていた小児病院の看護婦の話では「直接の因果関係は証明されていないが、チェルノブイリの事故の後で、慢性胃炎の子どもの数が増えたのは確か」とのこと。
どうゆう基準で子どもは選ばれているのでしょうか?
もっと病気が重い子どもにも援助はいっているのでしょうが。

3.ナレーター「これから一ヶ月は○○さんがママです」
お母さんじゃない人を「ママ」と呼ぶのは、ベラルーシではあまりないことです。
子供達に抵抗がなければ、別にいいのでしょうけど。

4.ナレーター「一見すると健康な子供達と変わらない女の子。
でも、彼女達は汚染地域の生活で蓄積された放射能という爆弾を抱えているのです」
これはちょっと・・・
爆弾、って何ですか!? 
僕だったら、そんな言葉、使って欲しくないです。
本当に「爆弾」を抱えているような子供は日本へは行けませんよ。
ある団体の人が話していました。
僕が「もっと病気の重い子供がいるじゃないですか。日本へ行く子供はそんなに病気じゃないんでしょ?」とその人に聞いたら、「だって、もっと重い病気の子供を連れて行って、その時に病気の状態が悪くなったら、どう対応するの?」
ごもっともですが、何か腑に落ちないです。

5.ナレーター「生野菜はビタミンがあるから食べて欲しかった。
でも、彼女達が口にしたのは、ほんの少しジュースとみかんだけ。
ベラルーシの人には生野菜は汚染されやすく危険であるという不信感があると言います」
このフレーズには僕は怒りを感じます。
ベラルーシ人も生野菜ぐらい食べますよ!!!!!
生野菜を食べない人のほうが珍しいんじゃないでしょうか。
うちのベロニカちゃんも「日本人はベラルーシの食べ物は何でも危険だと思ってるんじゃない?」と言っています。
確かに危ないものはあるでしょう。
しかし、汚染地域以外のものであれば、食べても安全ですし(市場で売っているものに関しては本当に汚染地域以外の産地のものか、怪しいことはありますが・・・)、ベラルーシでは自分で自分達の食べる野菜を作っている人たちが多く、その場合、危険性はないのです。
むしろ、日本の農薬まみれの野菜のほうがよっぽど危ないんじゃないですか?
その女の子にトマトを食べさせる場面がありましたが、僕の意見では、ただ単にその女の子がトマトが嫌いだったというだけだと思います。
うちのベロニカちゃんは「ベラルーシ人にとって、日本は全く違う文化の国。着いたばかりはショックも大きくて、食欲がなくなって当然。私もそうだったんだから」
うーん、うちの奥さん、日本に着いたばかりのときも、結構、食べていたような気が・・・

6.ナレーター「一人の女の子は子どもたちの輪の中に入れなくて(後略)」
それは無理もないでしょう。
だって、言葉も何もわからないところにポーンと放り込まれるんですから。
子供はよく言葉がわからなくても、みんな仲良くなれるとは言いますが、それも子供によるのでしょう。

7.最後の場面「彼女達は厳しい現実が待つ故郷ベラルーシへと帰っていきました」
おいおい、そんな厳しい現実がベラルーシにあるのかい?
見せてもらいたいなあ。
まあ、そりゃあ、豊かな日本に比べれば厳しいかもしれませんよ。
でも、ちょっと言いすぎだと思いませんか?
ベラルーシって、そんなにかわいそうな国なんでしょうか?
みんな病気で、食べ物は汚染されてて、かわいそうな人たちが住む国なんでしょうか?
僕はそうは思いません。
みんな、自分の場所で生きているだけなんです。
中には病気の人もいるし、健康な人もいる。
それは日本だって、どこだって、同じことじゃないですか?
確かにチェルノブイリのせいで、病気の人(「子供」と限定するのは、僕は好きじゃありません)が多いのは確かです。
でも、それをもって、ベラルーシ全体が「かわいそう」みたいな言い方にはかなり抵抗を感じます。

そもそも「かわいそう」という言葉には、非常に傲慢なものを感じます。
人が「かわいそう」という言葉を発するとき、必ず「比較の論理」が頭の中にあるのだと思います。
自分よりも「かわいそうじゃない人」を「かわいそう」とは言いませんよね。
自分よりもいい生活をしている人に「かわいそう」とは言いませんよね。
「かわいそう」という言葉は、「(自分と比較して)かわいそう」なのでしょう。
でも、それって、自分が「その人ほどひどい状況にはない」ということを自己肯定しているようなところ、ないでしょうか?
その人が「かわいそう」かどうかは、その人と付き合うのに全く関係ないと僕は思っています。

逆に僕は聞いてみたいのですが、一ヶ月日本で過ごすことで、どの程度の効果があるのでしょうか?
皮肉とか、問題提起とか、そうゆうものじゃないです。
ただ単に興味があるというか。
これって医学的に何かデータでもあるんでしょうかね。
インターネットで調べてみますよ。
例えば、健康な人が汚染地域に行っても、しばらく暮らすぐらいなら、健康に影響はないと言います。
逆の場合、それほどの効果があるのでしょうか?

でも、僕も里親制度を否定しているのではありません。
健康にどの程度好影響を与えるのかは別として、子供にしばらくの間だけでも健康的な生活をさせることには十分な意味はあると思います。
ただ、それは「健康のため」という意味においてです。
間違っても「かわいそうな子供を助けたい」とか、「生きる勇気を与えたい」というふか〜い意味ではありません。

どのように子供を選んでいるのかも、興味があるところです。
実は、夏になると、ベラルーシから子供たちがイタリア、ドイツ、スペインなどに招待されて保養に行くのです。
しかし、保養に行く子供の中には全く病気じゃない子供や、非常に軽い症状の子供(慢性的な胃炎など)が多いという話はよく聞きます。
外国へ保養に行って、胃炎ってよくなるんでしょうかね?

僕は実際にそうゆう子供に話を聞いたことがあります。
ゴメリ地方のある町の女の子が「子供のときにドイツに行った」と言ったのですが、その子はどこも悪いところないんですよね。
「どこか病気なの?」と聞くと、「いや、別に。正確に言うと、胃炎はあるんだけど、それはみんなあるから・・・」
じゃあ、なぜその女の子が選ばれたのでしょう?
「どうして、君が行くことになったの?」「それはお父さんの知り合いが○○っていう組織にいて・・・」
コネですよ、コネ。
その子のうちは結構お金持ちで、裕福な家庭です。
そんな話は全く珍しいことではありません。
結局、金持ちの子供が保養に行って、本当に助けを必要としている子供には届いていないということも多いのです。
日本に行く子供たちに関しては、そうゆうことのないように願っています。

僕が聞いた限りでは、イタリアに保養に行く子供が一番多いようです。
「イタリア人ってボランティア精神があるんだなあ」と感心していたのですが、どうも他にも事情があるようで・・・
実は、イタリアではベラルーシから子供を受け入れたり、養子を受け入れたりすると、税金が免除されたりといろんな意味で得をするのだそうです。
税金対策として、受け入れている人もいるそうです。
それを聞いたときはがっかりしました。
もちろん、心からやっている人たちもいるのでしょうけど・・・
でも、ある意味、わかりやすいですかね。
だって、みんな自分のために生きてるんですから。
僕は「○○のために」という言葉を使うのは好きじゃありません。

チェルノブイリというテーマになると際限なく長くなってしまいます。
またいつか時間とエネルギーがあるときにもう一度書きたいと思います。

akiravich at 04:15コメント(7)トラックバック(0) 
チェルノブイリ 

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コメント一覧

1. Posted by samurai   2008年04月28日 14:03
そのような日本の報道って表面上や涙が欲しいという内容しかないような気が。最近の日本もそうですけど…。
こういう報道があるとマザーテレサの「インドに来るよりももっとも身近な近くの人を助けなさい。愛しなさい。家族、友人…」という言葉も思い知らされます。遠くの人も大切だけど身近なことくらい真実に報道しろと思います
こういう番組って明らかに可哀相を全面にする内容ばかりでちょっとなあと思います。
2. Posted by samurai   2008年04月28日 14:14
しかし日本でのベラルーシの知名度は低いので、旅番組とかでいつかやらないかなと思います。東欧州の国はなぜかやらないですね。

関係ありませんが所ジョージのある番組で「世界で活躍する(働く)日本人」というテーマがあるのででベラルーシの大学にいる先生…で出演されたらぜひ見たいです(^-^)v!勝手に思っているだけです、すみません。
3. Posted by akiravich   2008年04月28日 17:39
こんにちは!
うちの両親からビデオなどを送ってもらうことがあるんですけど、最近の日本のテレビ番組って感動ものとか、お涙頂戴ものみたいなのが多いような感じがします。
旅番組でベラルーシが出れば、確かに注目度はあがりますね。
でも、日本でベラルーシのことが取り上げられるのって、チェルノブイリ関係とか、政治的なことばかりですよね。
もっといろんないい所があるので、日本の皆さんに紹介したいんですが・・・
日本のテレビ番組、出てみたいです!
ベラルーシのテレビ番組は結構、出させてもらったので。
「情熱大陸」とか、いいですよね。
まあ、無理でしょうが・・・
4. Posted by イ スン ヒョン   2008年06月24日 18:13
先生、こんにちは!
今日授業で原子力発電や原爆の話があったんですが、実際私はチェルノブイリのことについて何にも知らなかったと気がつきました。

セルゲイ君がベラルーシの南部にはいまでも人が住んでないし、原発は経済発展のために欠かせないのだが、注意が必要だと簡単に意見を述べました。

話かわって、今週の土曜日は外大の夏祭りがあります。ホストフアミリからゆかたもらいましたので、是非着るつもりです。その後は試験で大変です。2日は文法、7日は読解、11日は漢字。。

今までは7月に行われる試験はなかったそうですが、なぜか今年の学生たちは特別扱いされています。授業の内容もわたしの先輩の時よりずっと難しいし。。

いっぱい遊んで、勉強も頑張るしかありませんね。近いうちにメールで写真送ります〜!
5. Posted by akiravich   2008年06月25日 05:43
こんにちは、イ スン ヒョンさん。
お元気そうで、なによりです。
チェルノブイリの話、また詳しく書きますので、お楽しみに。
とは言っても、チェルノブイリについて説明したりはしないんですけど。
ベラルーシに住んでいる人間の視点から見たチェルノブイリについて書こうと思っています。
試験、大変ですね!
写真、楽しみにしています!
6. Posted by ぞうさん   2012年05月26日 11:34
 元の書き込みに対してすごい遠隔になってしまうんですけど、今の
日本にはとても含蓄のあるご意見だと感じました。

 実際のところ福島の原発事故以降、幸いなところ日本では死者も深刻な
健康被害らしい被害もまだ出てない(一部で健康被害を訴える人もいますが、
客観的に見ますとも怪しい方が多いです)と私は思うのですか、主婦など
一部の方は原子力発電と放射線に対して、敏感以上の精神状態に入っている
ようにとても感じます。

 日本では不安症に陥り、(仲間同士で共振して)自身が正義だという
思い込みにはまり、食品の放射線量や土壌汚染に対して数値以上のはげしい
反対活動をする方が大勢います。

(モンスターペアレントとかカルト団体、十字軍を相手にしているような
気持ちになってきます。)

こちらを読みましてベラルーシの人々に気持ちのあり方に、わたしは安らぎを
すみません覚えました。
7. Posted by Akiravich   2012年06月10日 02:27
ぞうさんさん、コメントありがとうございます!

ベラルーシの状況をもっと伝えたいと思っているのですが、なかなか時間もなくて申し訳ないと思っています。

ベラルーシではすでに20年以上の月日が流れています。
今はチェルノブイリのことでパニックになる人はいないとは思いますが、その当時はどうだったのかは私にはわからない部分も多いです。

今の日本の状況とベラルーシの当時の状況はどの程度違い、どの程度同じなのか、私も興味があるところです。
いつかこのブログに書ければと思っています。

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