2008年10月25日

優しすぎる教科書の功罪

今日は何か調子が出ない日。
やっぱり昨日の8コマが効いているのかなあ。
波に乗り切れないまま、一日が過ぎていきました。

最近、思うことがあります。
日本語の教科書、最近は非常にいいものが増えてきたような気がします。
でも、やり過ぎじゃありませんか?

私が1、2年生でメインに使っているのは「みんなの日本語」という教科書。
教科書そのものもバランスが取れていますが、副教材が充実しているというのも私が気に入っているところです。
ただ一冊、私が気に入らない副教材があります。
それは「翻訳・文法解説」という本です。
その「みんなの日本語」の各課に出てくる新出語彙や、文の訳、文法の説明などが載っている優れものです。
様々な言語で書かれたバージョンが出版されており、もちろんロシア語バージョンもあります。
それを読めば、文法はバッチリ・・・

私はそういうやり方には反対、いや、大反対です!!!

学生たちは「とても便利です」と口々に言います。
新一年生もみんな持っていたりします。
彼らには私がその本を使うのは良くないということを言いました。
でも、現地人の先生が渡しちゃっているから、何もできず。

でもね、でもね。
勉強って、必死で辞書を調べたりするようなものじゃないんですか?
教科書に出てくる語彙が全部書いてある本があれば、それは便利でしょう。
でも、それって何か違うと思う。
血と汗が滲み込むぐらいに辞書を引くのが語学の勉強じゃないの、って思うわけですよ。

私の考え方、古いですか?
古かろうが何だろうが、私は賛成できません。
便利だったら、何でもいいのか?
そんなの親切でも何でもない。
親が子供を甘やかしてダメにしてしまうのと一緒だよ。
自分で知ることの喜びを奪っているんだよ。
「便利ならば何でもいい」というのは、現代病の一つですな。

私が東京ロシア語学院で勉強していたとき、文法大好きの金沢先生がよく言っていた言葉。
「君たちの辞書、きれいだね〜。きれいだってことは、勉強していないのと同じことだよね」
先生の教えを守った私は、最初に買った露和辞典はすでに真っ二つ。
今使っているのは二代目です。
先生、これでよろしいでしょうか?

文法解説書、間違いもあるんですよ。
語彙の訳が書いてあるわけですけど、それって非常に表面的。
ニュアンスが違っていることが多いから、訳を覚えてもその言葉の全てを知っていることにはならないんですよ。
「訳を覚えた」=「言葉を知っている」という考え方、かなり間違っています。

訳がずれている例も多いです。
例えば、「大変ですね」というフレーズ。
これはある会話の中で、毎日勉強で忙しい人に対して言う言葉。
本にあったロシア語訳は「それはひどいね」という意味。
「大変」は「ひどい」と同義語ではないし。
同義語だと思っちゃっている学生、時々います。
私は必ず「同情します」という意味が含まれていることを説明します。

私は電子辞書も良くないと思ってます。
良くない、というか頼りすぎるのは良くないということです。
学生たちは電子辞書の和英辞典や英和辞典を使っているのですが、日本語とロシア語も遠い言葉なのに、そこに英語をはさんだら、もっと本当の意味から遠くなりますよ。
そう、「訳」=「意味」と思っている人が多いですよね。
そんな簡単なものではありませんよ!

一年ほど前、どなたか、中国で日本語教師をなさっている方のブログで「学生たちが電子辞書を使ってばかりで困る」ということを書いておられました。
確かに困ると思います。
私も嫌なときがあります。
授業中に新しい言葉が出ると学生たちが電子辞書をパチパチやり始めるんです。
こっちは言葉の訳ではなく、使い方とか使うシチュエーションとかそういうことを説明したいのに、学生たちは訳に頼ろうとするわけです。
訳は必要ですが、それが全てではありません。

昔の同僚にそのブログの話しをしたら、「そういうこと言うのはケツの穴が小さいからじゃないですか?」なんて言ってました(←女性です)。
ケツの穴は小さくなかったら困るだろ(←いろんな意味で)!
その人の意見では、先生は困っちゃいけないらしいです(←その人は困らなかったから、あんな教え方だったのでしょう)。

話しがずれました。
文法解説書を学生に渡すのは、私は大反対です。
あの本は自分で文法が説明できない先生のために存在している本だと思います。
私だったら、あんな本を学生に渡すのは教師として恥ずかしいです。
だって、自分で説明できないって言っているようなものですから。

「ケツの穴」の先生はその文法解説書を渡して、それで「文法の説明は終わり!」と考えていたようです。
文法解説書、なかなかよくできているんですよ。
よくまとめてありますよ。
でも、説明が足りない部分はあるんです。
あの本を100%信じて使うのは、大きい間違いです。

もう一つ、弊害が。
例えば、教師が説明をしても、学生たちのほうが真剣になりにくいということがあります。
というのは、多少、説明を聞き漏らしても、あとで本を読めばいいという心理が働くからです。
実際、私が説明した後で、学生に「その文法を説明してください」と言うと、文法解説書と全く同じ説明をしてくる学生がいます。
文法解説書を頼りにするのは、勉強しない学生によく見られる傾向です。

学生たちには徹底的に辞書を引いて欲しい。
辞書を愛して愛して、愛しすぎるほど。
常に辞書を持ち歩くほど、言葉に興味を持って欲しい。

やっぱりね・・・
私は本物の日本語を身につけて欲しいんです!
訳がわかればいいとか、そういうのは本当の知識ではない!
語学ってスポーツと同じですよ。
血と汗を流して、初めて得られるもの。
それこそが学生たちにとって必要なものだと思います。

PA242168PA242169
今日のどうでもいい写真。
大学の階段です。
8年間、上り続けた階段です。
授業はいつも10〜13階ですから、そこまで階段で上るんです。
一年生の授業のときなんか、朝の8時半ですからね。
軽いスポーツですよ。
汗をかいて、朝シャワーを浴びた意味がなくなるというのが定番です。
でも、もしかしたら、結構いい運動になっているのかも・・・

akiravich at 05:19コメント(2)トラックバック(0) 
日本語教師の仕事 

トラックバックURL

コメント一覧

1. Posted by Esquisse   2008年10月25日 14:53
 こんにちは
そうですね、電子辞書より紙の辞書がより覚えやすいという先入観というか、指で実際ページをめくることで覚えやすくなると思ってます。ので電子辞書は持ってません。いざというときあると便利ですけどね。
2. Posted by akiravich   2008年10月25日 19:02
Esquisseさん、こんにちは。
私も紙の辞書のほうが覚えやすいです。
人にもよるんですかね。
でも、ロシア語・日本語の場合は和露・露和辞典を使うように指導しています。
電子辞書を買うと、学生がロシア語の辞書を使わなくなっちゃうことがおおいんですよ。
便利すぎるのも考えものですね。

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
livedoor プロフィール

akiravich

山形県出身。
2000年からベラルーシ共和国の首都、ミンスク在住。ベラルーシ国立大学文学部・日本語教師。目指すのはベラルーシの金八(略してベラ金)。
愛する妻ベロニカちゃんと愛する龍二くん(5歳)とのベラルーシ生活!
日本の皆さまにベラルーシ一般国民目線のベラルーシを御紹介!

Twitter プロフィール
ベラルーシでの生活は楽しいな♪
メッセージ

名前
メール
本文