ベラルーシ人

2014年12月10日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

ベラルーシは毎日寒い日が続いています。
マイナス4〜5度です。
でも、これはまだまだ序の口。
これから本格的な冬に向かっていきます。

今日はずっと前から書こう書こうと思っていながら、書いていなかったことを書こうと思います。
書くというよりは写真が中心になります。

それは・・・
ベラルーシのコスプレです!!!
私はそんなにコスプレについては詳しくないんですよ。
でも、ベラルーシではだいぶ前からコスプレ熱が高かったのです。
なので、いつか紹介できればと思っていたんですよ。

私がベラルーシに来たのは2000年ですが、その当時は日本のアニメはそれほど知られていなかったように思います。
ただ、ポケモンは放送していました。
昼の15時30分から放送していたのを覚えています。
今、私のところで勉強している20代半ばから後半ぐらいの学生たちは「ポケモン、見てました!」という子が多いです。

確か、2003年か2004年のことだったと思います。
ミンスクで初めてアニメのイベントが行われました。
私の学生も参加したので話は聞いています。

最初はアニメ好きの掲示板がスタート。
掲示板に登録している人がコスプレをやったりして集まる小規模のイベントだったはずが、200人近く集まってしまい、近隣の人から警察に通報され、警官が来てしまったと聞いています。

今ではアニメのイベントは巨大化。
完全にビジネス化しています。

前置きが長くなりましたが、写真を紹介します!!!
写真に出ている本人たちには了解を得ています。
写真の転用はしないようにお願いしますね。

8o09LgO_qZAこれは私の学生だったカーチャちゃん。
すでに日本語は辞めてしまっていますが、会うとちゃんと挨拶してくれる良い子です。
何のキャラかは私もわかりません。

_l9Co8OYbIgrI7mVQ4_DGkq3LCo2qBbhU9b4_SsqfiBMD6VJyRmazx4元々かわいい子がコスプレしたら、そりゃあかわいくなりますよ。
彼女が日本でコスプレしたら、人気が出そう。













































































3Ichd5hCHQcこれは今も勉強しているオーリャちゃんの写真です。
勉強はもう4年目になっています。
彼女も元々はアニメおたくだったんだよなあ。










CQ0SAg_3L0IkY8Xym0MzBMもう一人の子も名前はオーリャちゃん。
二人は仲良し。














彼女たちに「これは何のコスプレ?」と聞くと、答えは「これはオリジナルです」。
つまり、特定のキャラクターに扮するわけではなく、自分で考えた架空のキャラクターに変身するというわけです。
理由を聞くと、そのほうが安上がりだから、ということ。
特定のキャラクターになろうとすると、ベラルーシでは作るのが難しいこともあるようで。
手に入る材料で作るというのが基本のようです。

そうそう。
彼女たちはコスチュームを自分で作ったり、裁縫が得意なアニメおたく仲間に頼むのだそうです。

自分で作ることにはすごく意味があるとは思います。
しかし、うちのベロニカちゃんに言わせると、「かなり大ざっぱな作り方だね」。
ベロニカちゃんは服のデザインや裁断が専門なので、わかっちゃうんですね。

そういうわけで、自分の学生たちにコスプレをやっている子たちに、「うちの奥さんに注文すると、作ってくれるよ」と言ったのですが、やはりプロが作ると料金が高い。
やっぱり、自分で作るほうが安上がりだし、思い入れもあるというものなのでしょうか。

4男の子も紹介します。
これはうちの学生のヴィターリー君。
なかなかのいい男です。
彼は最近、日本に旅行に行って帰ってきたばかりです。
これは何のコスプレだろう?
たぶん、何かのキャラクターだと思うんだけど・・・









312なかなか本格的。
彼は東京でずっと夢見てたメイドカフェに行ったそうなんですが、女の子たちが「英語話せないんで」とキャピキャピ(←死語?)と楽しそうに入店を断られたそうです。
いまどきは外国人のお客も多いだろうに。

ちなみに、ベラルーシにはメイドカフェはありません。
モスクワにはすでにあるようですね。
私が学生たちに「ミンスクに作ったらどうだろうか?」と聞くと、「アニメおたくは喜ぶと思いますが、勘違いする男性が続出すると思います」
つまり、変な店だと思っちゃう男が多い、という意味です。
そう考えると難しいかな・・・


また新しい写真を手に入れたら、ご紹介しますね!!!

akiravich at 00:53コメント(4)トラックバック(0) 

2013年03月19日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日のミンスクは晴れ。
とてもいい天気です。

しかし、先週の金曜日の猛吹雪の影響は今も残っています。
除雪がまだまだ行き届いておらず、歩きにくいところがたくさんあります。
この大量の雪が溶けたら、町は水浸しになっちゃうんだろうなあ・・・
春は雪解け水でそこら中に大きい水溜りができたり、土がぐちゃぐちゃになっていたりで、服が汚れたりするんですよね。

さて。
今日は真面目な話。
日本語教師としての話です。
書きたいことがありすぎて、何から書けばいいのかわからない状態なので、とっ散らかった文章になるかもしれませんが、ご容赦を・・・

今年の1月はとても嫌なことがありました。
自分の元学生たちに裏切られたのです。
ここには詳しくは書けませんが、彼らは私に対するリスペクトなどかけらもないような行動に出ました。
私をただの下っ端のように蔑み、自らが偉大な教師になったかのような態度に私は言葉を失いました。
私は彼らには何も悪いことはしていません(←私の知っている限りでは)。
むしろ、仕事を回してあげたりして、いろいろと気を使っていたのです。
彼らは私がとても信頼していた教え子だったので、私のショックは大きかったです。

権力が人をダメにするということはよくありますが、ベラルーシでは教師になった途端、偉そうな態度をとる人間が非常に多いのです。
学生だった若者が教師になった途端、私に挨拶しなくなったり、尊大な態度をとったりするのを私は何度も見ています(←日本語の教師に限らず、他の科目の教師もです)。

恩を仇で返す

これは日本語の世界に限らず、ベラルーシではよくあることです。
「ベラルーシ」と限定するのはよくないかもしれません。
「義理と人情」的な考え方は日本人特有のものなのかもしれません。
まあ、今どきは日本人でも平気で恩を仇で返す人も多いですが・・・

私は別に恩を返して欲しいわけではなく、まともな人間的な関係を続けたいだけなのです。
なのに、卒業した途端、道で会っても挨拶しなくなったり、どこかで私の悪口を言ったりする人間がいるのです。

それは私のほうに問題があるのかもしれません(←これも非常に日本人的な考え方でしょうが)。
何かが気に食わなかったのか、私の愛情の注ぎ方が足りなかったのか・・・

その私の意見に対して、ベロニカちゃんはあまり賛成していません。
ベロニカちゃんの意見では、ベラルーシではそもそも教師に対するリスペクトというのがあまり存在していないと言うのです。
より正確に言うと、「教師に対して」だけではなくて、他者に対するリスペクトが足りないのではないかということです。
自分に関係なければ、自分の利害に関わっていなければ、その人間には挨拶をする必要もない。
確かに、そんなタイプの人間には多く出会ってきました。

もちろん、そんな人間ばかりではありません。
卒業しても、私に対して心からの尊敬を持って接してくれる学生も大勢います。

私のほうにも何か問題があるのでしょう。
教師として今も未熟ですが、日本語教師としてのキャリアをスタートさせた頃はまだまだ経験も浅く、人間的にも全く未熟だったと思います。
実際、不遜な態度を取る元学生は私がベラルーシに来たばかりの頃に教えた学生が多く、後に教えた学生に関しては、問題が起こることはほとんどありません。

外国に住んでいるのに、日本的なものを期待すること自体が間違っているのかもしれません。
しかし、学生たちには日本や日本人のいいところを学んで欲しいと思うのです。
「日本人的」「日本的」というよりは「人間として」と言うほうが近いように思います。
例えば、「言い訳しない」「一生懸命がんばる」「思いやりの気持ちを持つ」などです。
それは日本語を学ぶことと同じく、またはそれ以上に大事なことだと私は考えています。

他の教師のところで学んでから、私のところに移ってくる学生が時々いるのですが、彼らの中には、語弊があるかもしれませんが、「しつけができていない」学生が多いのです。
例えば、宿題を忘れていても言い訳ばっかりだったり、うそをついたり、私の言ったことを全く守らなかったり、小テストの時に平気でカンニングしたり。
そういう学生は遅かれ早かれ、辞めていくことが多いです。

私は自分の学生は習い始めの段階から厳しく「しつける」ようにしています。
それは日本人から見れば、当然のことばかりです。
上に書いたような「カンニングするな」「休むときは必ず連絡するように(←連絡しないで休む学生があまりにも多いのです)」などなど。

中には「日本的なことを押し付けるのはよくない」「ここはベラルーシなんだから・・・」という学生がいます。
日本人の中にもそういうことをいう人間がいます。
それは大きい間違いです。
カンニングをしなかったり、正直に誠意を持って行動することは「日本的だからいい」のではなく、人として学生たちのプラスになるであろうと思い、私は教えています。

そんな調子ですから、私の教室を辞めていく学生は非常に多いです。
大学では辞めるのは簡単ではありませんが、個人教室は出入りが多いのです。
一年間で学生数が半分以下になることもざらです。
その代わり、残る学生は非常に真面目でいい学生が多いです。

もちろん、長く教えている学生とは信頼関係が築けています。
卒業してからもいい関係の学生もたくさんいますし。

最近のことなのですが、3〜4年前に卒業した学生に仕事を紹介したんです。
すると、彼女は「先生、卒業してだいぶ経つのに今でも私のことを気にしてくれるなんて、うれしいです」と言ってくれました。
私は特別なことをしている意識は全くなくて、仕事の話が来たときに彼女のことを思い出しただけなんですけどね。
卒業しても何をしても、学生はずっと学生だし、できる限りのことをしたいなあと思っています。

ちなみに、彼女に元学生たちの裏切りについて愚痴ると、「先生に対して、そんな態度を取るなんてありえないですよ! 気分が悪くなってきました・・・」
そして、「ああ、あの人は自分の利益になるような人には愛想がいいけど、そうじゃない人には・・・」と、私と全く同じ意見。
彼女は「いつか先生といっしょに何か仕事ができればいいなあと思います」。
私もそう思っていますよ!!!
卒業しても信頼関係が続いている学生がいるのは、私にとって財産です。

それにしても、学生に裏切られるのは辛いことです。
周りの人たちには「そういう人たちもいるんですよ」と言って慰められますが、私は私自身の誠意が足りなかったのだと自分を戒めるしか術がありません。
学生たちと誠心誠意向き合うことがもっと求められるのだと思います。

明日も日本語教師の話になります。
硬い話ですみません。

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2012年03月11日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日、東日本大震災から一年経ちました。
この一年は私にとっても人生で大きい意味を持つ年になりました。
今の気持ちは深く深く祈るだけの気持ちです。

震災後の一年間、私の生活にも大きい変化が現れました。

一年前のあの日、私は大学にいました。
学生からのショートメールであの大震災のことを知りました。
山形に住む家族の安否が心配で心配で・・・
山形は津波などの被害は直接受けてはいませんが、電話がつながらず、何が起こっているのか、怪我などはしていないかなど、頭の中を様々な考えが渦巻きました。
ミンスク時間の14時ぐらいに兄から携帯電話に電話が来て、やっと安心することができたのでした。

そして、仙台に住む友人や親戚、知り合いの安否が気にかかりました。
皆無事だったのですが、それがメールなどで確認できるまではとにかく心配でなりませんでした。

私は大学での授業のときも大震災の話をしました。
それしかできませんでした。
学生たちも私と一緒に心を痛めました。

一般のベラルーシ人たちの間にも深い祈りの空気が流れていました。
様々な人から電話があり、「家族は大丈夫か?」と聞かれました。
多くの人が「寄付金を送りたいのだが、どうすればいいのか?」という電話がありました。

この遠いベラルーシにいながら、自分には何もできないことに焦燥感を感じました。
私は日本人であると同時に、東北人という意識があります。
同じ東北の人たちが苦しんでいる、そして何度も行ったことがある仙台の人たちが苦しんでいる。
何か自分でもできることはないのだろうかと悩みました。

それから、私は予期せぬ形でこの問題と関わることになりました。

まずベラルーシの地元の新聞やテレビ局からインタビューや出演の依頼が来るようになりました。
最初は私のような人間がテレビに出て日本の話をするなんて、そんなことをしてもいいのだろうかと悩みました。
しかし、ベラルーシで目にすることができる地元やヨーロッパのニュースを見て、報道の偏りというものを感じたことから、私はせめて自分が知りうる情報だけでもベラルーシの人々に伝えたいと思うようになりました。

テレビ番組を通じて、いろいろな方と知り合いになりました。
チェルノブイリの現場で働いていた元作業員の方、汚染地域のブラーギン市の市役所の方などなど。
その方たちとはその後も何度も顔をあわせることになりました。

4月16日にはミンスク市内にある仙台広場(←ミンスクは仙台と姉妹都市です)において、復興を祈念する植樹祭があり、私も招待されました。
ちょうどその日にはNHKの地球ラジオに電話で出演させていただきました。

夏が近づいてきた頃から、通訳としての仕事が舞い込んでくるようになりました。
ご一緒するのは日本の省庁の方々や被災地からいらっしゃった方々、研究者の方々など様々でした。
ベラルーシ緊急事態省や放射線学研究所などでの通訳です。
私は元々、音楽を勉強していたので、理系の話、ましてや放射能の話などは全くの門外漢です。
しかし、少しでもベラルーシにある情報が日本の皆様の役に立てばと思い、様々な言葉を勉強しました。

正直に言えば、ベラルーシというチェルノブイリの被害を受けている国に住んでいながら、そのことを痛烈に意識したことはそれほどありませんでした。
大震災後の1年間は自分がどこに住んでいるのかということを痛いほど感じることになった一年でした。

私の家族や親戚、知り合いは無事だったと書きましたが、大震災後に知り合いになった人たちは被害を受けていました。
家族を亡くした方、家を流されてしまった方、農業ができなくなってしまった方・・・
言葉を返せないほどに何もできない自分をはがゆく思いました。
そして、私は私ができること、通訳の仕事を一生懸命やるしかないのだということを理解しました。

ベラルーシの人たちは同じ放射能の被害を受けている人たちのことを想い、心を痛めています。
できる限りたくさんの情報を共有したいという思いの人がこの国には大勢います。
私も少しでも情報の共有のお手伝いができればと考えています。

このブログでもチェルノブイリのことについて書いていければと思っています。
この国にいると書けないことも多いのですが、書ける範囲で書いていきたいです。
2011年1月27日「私とチェルノブイリ 愾瓦討論泙蟷罎ら始まった』」
2011年1月29日「私とチェルノブイリ◆悒福璽好船磴舛磴鵑悗竜Г蝓戞

そして、日本へ帰ったときには皆様に直接ベラルーシについてお話しする機会があればと思っています。
自分の家族や知り合い、友人たちと話すのはもちろん、私が卒業した学校などにも行って、子どもたちに話ができないかと考えています。

私は2000年からベラルーシに住んでいるのですが、来た当初はチェルノブイリのことなど、全く考えていませんでした。
その後、病院で子供を相手に折り紙をするようになり、チェルノブイリということを強烈に意識するようになりました。
「この国に住んでいて本当にいいのだろうか? 危険はないのだろうか?」とも考えました。

私がベラルーシに住み続けている理由は二つあります。
一つは私がいなくなれば、日本語を教える日本人がほとんどいなくなってしまうこと。
もう一つは私がいなくなれば、ベラルーシの子供たちと遊ぶ人間が一人少なくなってしまうこと。

誰かに必要とされること。
それが私にとって「生きているという実感」なのです。
「ベラルーシに住むということはチェルノブイリを受け入れるということなのだ」
私はそのことを理解し、それを受け入れることにしたのです。
私がベラルーシに住んでいることの意味、そして日本人であることの意味を何らかの方法で形にしていきたいと思っています。

この大震災で亡くなられた方々に哀悼の意を表したいと思います。
津波や地震の被害にあわれた方々に一日も早い復興をお祈り申し上げます。
福島原発の事故により避難生活を余儀なくされている皆様、一日も早く故郷に戻れる日が来ることを切に願っております。


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2011年08月27日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日のミンスクはさわやかな秋晴れです。
8月だというのに秋晴れなんです。
もうしばらくすると、太陽なんて見られなくなるからなあ・・・

ここ最近、なぜか飲み会が続いています。
9月に入ると忙しいからということもあって、8月の終わり、つまり夏休みの終わりは結構飲む機会が多いのです。

昨日も飲み会でした。
それはアニメグループの飲み会。
すでに3年勉強した学生たちです。

実はそのグループのKちゃんがもうすぐ日本へ一年間の留学に行くのです。
なので、最後にみんなで集まって飲もうということだったのです。

でも、今は夏休み中なのでミンスクにいない人も多く、集まったのは4人だけでした。
まあ、こじんまりとしているほうがいいよね。
うちで飲み会をするときは結構大勢の人が集まってしまうのですが、私は本当はサシで飲んだりするほうが好きです。

私のほうは時間もお金もなかったので、料理はできませんでした。
それに、Kちゃんは日本へ行くわけですから、行く前にここで日本料理を食べるのも変かなあと思って。
みんなで宅配のピザを注文して食べました。
一番大きいファミリーサイズが二つ。
45センチのピザですよ。
二つしかないのを見たときは「なんだ、少ないじゃねえか」と思ったのですが、食べてみるとかなり食べでがあって、みんな残してしまうほどでした。

パーティーにはベロニカちゃんと龍二くんも行きました。
いつも私ばっかり外食したりしているので、たまには一緒にと思ったのです。
場所もお店ではなく、授業のために借りている部屋なので誰にも気を使わないですみます。

龍二くんはいつものようにあっちへこっちへ行ったり来たり。
ベロニカちゃんの財布からお金を出しては学生たちに配って回ったのでした。

1時間ほどでベロニカちゃんと龍二くんは帰宅。
そのあとも飲み続けました。
やはり話題は経済関係・・・(←詳しくは書けません・・・)

Kちゃんは私にとってはいろんな意味で思い入れが深い学生の一人です。
彼女は大学で日本語を勉強している子で、アニメグループの学生からの紹介でうちに来るようになりました。

最初の授業に来た彼女の印象は・・・最悪でした。
彼女にとっては大学の授業がメインで、アニメグループでの授業はいわば付け足し。
グループの他の人がわからないと、私の前でその人に文法を説明し始める始末。
確かに、そのとき勉強していた課は彼女がすでに勉強した課であったとはいえ、「こんなのは簡単だ」というような自信満々な態度、そしてひそひそと隣の人に教えたりする態度は見ていて非常に不快なものでした。
その日の授業後、私はベロニカちゃんに「とんでもない子が来ちゃったよ」と言ったのを今でも覚えています。

ひどいことを書いてしまっていますが、最初の頃、私が彼女のことをどう思っていたかは本人もよく知っています。
今では笑い話です。

私は彼女にとっては大学で勉強したことの復習なのだから退屈だろうし、すぐに来なくなるだろうと思っていたのですが、彼女はずっと通い続けました。
そして、態度は全く変わらず。
何度か「私が話しているんだから静かにしてくれ」と強い口調で注意しましたが、さほど効果なし。

ある日、私は授業後に彼女に一人で残るように言いました。
彼女に私のところへ通うのをやめるように言うためです。
かなり厳しいことを言ったのを覚えています。
こんな態度ではうちには来てほしくない、と。

すると、彼女は意外にも非常に素直に謝ってきました。
「これからは気をつけます」
正直、そのときは「人間はそう簡単には変わらない」と思っていたのですが・・・

次の授業からの彼女は別人でした。
ベラルーシではよくいるんですが、違う人が答えているのに小声で答えを言う人、隣の人が質問に答えられないと答えを教えてあげる人、彼女はそういうタイプだったのにとても静か。
フリーで発話するときも彼女は積極的に、というか我先に話すタイプだったのが、他の人にも発話のチャンスをあげるような心配りができるようになっていたのです。
まあ、最初のうちは何か一生懸命自分をコントロールしているのが見えたのですが、しばらくしたら自然に周りの人のことも考えながら発話できるようになっていました。

アニメグループは大学での授業よりは教科書の進み方が遅くなります。
なので、Kちゃんにとっては私の授業の内容は大学で勉強したことの復習。
しかし、私のスタイルは他の教師たちとはだいぶ違っていますから、全く同じことの繰り返しにはなりません。
以前は彼女は「そんなのもう知ってる」みたいな顔をしていましたが、私が怒ってからは私が「前に勉強したことだから退屈じゃない?」と聞いても、「先生の説明は違うので役に立ちます」と言って熱心に聞いてくれるようになりました。

私は自信過剰な学生がいたりすると(←これがまたかなり多いんですよ・・・)、徹底的にその自信を壊します。
壊そうとしなくても、そういう自信過剰な学生は突っ込みどころが多いのが普通です。
それでいい方向に行く学生もいますし、悪い方向に行ってしまう学生もいます。
中には拗ねてしまう学生もいますし、「私は日本語を理解している」という間違った認識を改めないまま私の元を去っていく学生もいます(←こういうタイプもかなり多いんですよ・・・)。
でも、放置してもいい方向には行くはずがないので、私はとにかくそういう学生をいじります。

Kちゃんの場合はいい方向に行きました。
適度に自信をなくした感じでした。
時折、自信をのぞかせることがあっても、それが自分に対する正しい評価であれば私は認めましたが、少しでも「自信」ではなく「過信」の側に針がブレていたときには容赦なくそれを指摘しました。

「自分に自信を持たせるようにしないといけない」みたいなキレイごとは私は簡単には言えません。
私は生きている学生を相手にしているのであって、何かの理念のためにやっているわけではありません。
もっと自信を持たせたほうがいい学生もいますし、その逆もいます。
もちろん、日本語の勉強をはじめたばかりの時期はほめることの方が多いです。
でも、間違いは間違いだとはっきり言います。

Kちゃんは私の学生の中でも、一番いい学生の一人になってくれました。
それは勉強ができるという意味でも、信頼できるという意味でもです。

最初は態度がひどかった学生が最後にはいい学生になる、というパターンは時々あります。
今、私の学生の中にももう一人、そういうタイプがいます。
人間なんてわからないものです。
最初は授業の前に「あの学生に会うの、ちょっと嫌だなあ」なんて思っていたのが、今では会いたい学生の一人になっていたり。

逆に最初はよかったのにだんだん悪くなっていくというケースもあります。
「あります」というか、かなり多いです。
その一番の理由は「自信過剰」かと思います。

実はパーティーの当日も自信過剰で私の元を去っていった学生がいます。
その学生からのメッセージには「私にはすでに十分な基礎的知識がある」と書いてありました(←日本人だったら、もしそう思っていても絶対に書いたり言ったりしないですよね?)。
その学生の知識は十分ではありません。
そもそも、知識があるかどうかは学生が判断することではありません。
とても悲しくなりました。

まあ、それはおいといて(←いいのか!?)。

Kちゃんはもうすぐ日本へ旅立ちます。
私は彼女が日本へ行って、どんな成長を遂げてくれるのかが楽しみで仕方がありません。
日本へ行っても謙虚にがんばって欲しいものです。


Kちゃんへ
やっと日本へ行くことができますね。
日本へ行っても今まで通り勉強を続けていってください。
日本へ行っちゃうと日本人と話すのが楽しくて、机に向かって勉強するのがおろそかになっちゃう人が多いから、そこは気をつけましょうね。
まあ、Kちゃんのことだから、あまり心配していないけど。
勉強以外にもいろんな経験をするんでしょうね。
正直に言うとね、あんまり心配していないんだよね。
心配とか不安よりも、Kちゃんがどんな人になるかがとても楽しみです。
もし困ったことがあったら、すぐに連絡してね。
気をつけていってらっしゃい!


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2010年07月31日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

暑いですねえ。
ミンスクのことですよ。
でも、日本も暑そうですねえ。

昨日は寿司バー「マンガ」の話でした。
今日も料理の話です。

3日前、私はいつも使っているSNS、Vkontakteでグループを作りました。
グループの名前を日本語に訳すと「本当の日本人が教える、本当に日本料理を愛する人のための、本当の日本料理」。
このグループには誰でも入ることができ、すでに65人がメンバーになっています。

どうしてそんなグループを作ったのかというと、ベラルーシの人たちに「日本料理は寿司だけじゃないよ」というのを知ってもらいたかったから。
日本料理に関してはいろんなステレオタイプがあるんですよ。
「犬やネコは食べるのか」とかとんでもないものから、どこで聞いたのか意味不明な薀蓄を語る奴までいろんなのがいます。

特にひどいのは寿司について。
「うちで寿司を作りますか?」というのはよく聞かれる質問。
作りませんよねえ。
うちで作る寿司と言ったら、普通は手巻き寿司やちらし寿司ぐらいでしょ?
でも、ベラルーシ人は「日本人は自宅で握り寿司や巻き寿司を作る」と思っている人が多いんです。
よっぽど凝り性の人ならともかく、普通は作りませんよね。

まあ、海苔巻きは作るでしょうけど、あれは巻き寿司なのかな?
たぶん、違うカテゴリーだと思いますが・・・

そして、ベラルーシ人がよく言うのは「うちで寿司を作りました」。
これは本当によく聞きます。
そういう人たちが決まって言うのは「寿司を作るのは簡単です」。
えっ、日本人でも作らないですよ。

ベラルーシ人が言っている寿司というのは、たいてい「巻き寿司」のこと。
中には「巻き寿司」が寿司の王道だと思っている人が、まあ、ほとんどの人がそう思っています。
つまり、寿司のメインは握り寿司じゃなくて、巻き寿司だということ。
うーん、メインはやっぱり握りでしょう。
そう思いませんか?

でもね。
巻き寿司ってちゃんと作るの、すごく難しいはずなんですよ。
寿司屋でも最初のうちにかなり修行させられるそうだし。
素人が作って、「はい、できました」なんてもんじゃないと思うんですよね。

そういうことをベラルーシ人に言うと、「だって、ご飯と魚を海苔で巻くだけでしょ?」と言われるんです。
だったら、握り寿司はご飯に魚をのせただけになりますね。

これは一般のベラルーシ人に限らず、寿司屋でもそのような感じの考え方を感じます。
寿司を作っている人と話すと、「ああ、こんなの難しくないよ。モスクワで勉強してきたんだ」なんて平気で言います。

日本人の寿司職人って、一生勉強しているようなところありますよね。
本当の職人って、謙虚で慢心することなく自分を高める努力をするものだと思います。
そういうところがベラルーシ人には欠けていると思うんです。

だいぶ話がそれました。

私はSNSのグループの中で日本料理を写真を載せたり、レシピを紹介したりしています。
初日はそれぞれの写真にかなりの量のコメントがつきました。

そんなグループの掲示板に、ある女の子がコメントを書きました。
「私は自分のうちで寿司を作っている。十分おいしいです」ということを長々と書いてきたのです。

実はその掲示板に私は「よくベラルーシでは『自分のうちで寿司を作っている』なんてことを言う人がいますが、それは変だ」と書いたばかりだったのです。
そして、「寿司は寿司職人が生み出す芸術だ」とも書きました。

もちろん、そんなに硬く考えなくてもいい、という意見もあるでしょう。
でも、寿司を「家庭でも作れる簡単な料理だ」とか、「誰にでも簡単に作れる」とか、そんな風に考えて欲しくないと言う気持ちが私はあるのです。
まあ、ベラルーシで散々、似たようなことを言われてきたので、ちょっと言われただけでもすごく嫌な気持ちになりますよ。
最近、本当によく聞かれるようになりましたから。

私は「もう一度言いますが、寿司は芸術です」ということをかなり強い調子で書きました。
「もちろん、うちで作ることも出来るし、それは個人の自由。でも、それは本当の寿司とは違うものだ」とも。

それに対して、その女の子は非常に失礼な書き方で応戦。
掲示板上での醜い言い争いになってしまいました。

彼女はラーメンについても言及。
彼女いわく、ラーメンも「作るのは簡単」。
私が「そんなに簡単なものじゃない」と書くと、彼女は「私の作ったラーメンを食べたことがないのに、どうしてそんなことが言えるんですか? 私の作ったラーメンは本物のラーメンに全然負けていません!」

もうここまで来ると、どうしようもありません。
日本へ行けとは言いませんが、本当のラーメンを食べたこともない人にそんなことを言われるのはちょっといい気分はしません。
私も「本物のラーメンを食べたことがないのに、どうして自分のラーメンのほうがおいしいってわかるんですか?」

私はグループの全員に向けて呼びかけました。
私は皆さんが本当の日本料理についていろいろ知ったり、レシピを教えたりするためにこのグループを作りました。
それはベラルーシでは日本料理についての情報が少なく、間違った理解をしている人が多いからです。
でも、誰かが『自分たちが作る日本料理はおいしい』とか、『自分は日本料理について知識がある』と思っているのなら、このグループは存在する意義がありません。
日本料理はいろいろな技術があり、とても深いものです。
日本料理は文化であり、一種の哲学を持っています。
私は日本人ですが、私でさえ寿司は作りませんし、作れません。
なのに、ベラルーシ人にとっては簡単な料理なんですか?
私は私の国の料理に対してもっと敬意を払ってもらいたいと思っています。


かなり真面目な調子ですが、そんなに深いことを言いたいわけじゃないんですよ。
だって、表面的な知識しか持っていない人が「あーだ、こーだ」と偉そうに語っていたら、嫌な気分になりますよね。
それって、フランス人に対してフランス料理の知識をひけらかすのと同じぐらいおろかなことだと思います。

そして、私は書きました。
例えば、日本のロシア料理のレストランでボルシチを食べたとしましょう。
私も東京で食べたのですが、あれは本当のボルシチではなく、ほとんどトマトスープのようなものです。
それを食べたら、皆さんはこう言いたくなりませんか?
「これはボルシチじゃない!」
私が言っているのはこういうことなんです。

もしそれをあなたが日本人の料理人に言ったとします。
それに対して、日本人が「これはあなたたちが作るボルシチには負けていない」と言ってきたら、どんな気持ちになりますか?


それに対して、女の子は「あなたのレシピが何かの役に立つことを期待しています」。
むかっ!

私は「何が気に入らないんですか? 何でそんなに挑発的な態度を取るんですか?」と書いたら、彼女は「あなたのほうこそ挑発的です」
私は彼女にもう一度自分の立場を説明して、グループから出て行ってもらいました。

こういうタイプの人、ベラルーシには時々います。
何でも知っているかのような知ったかぶりをする人。
時々じゃないなあ。
すごく多いです。

よくいるのが「私はアニメや映画をたくさん見ているので、日本のことはよく知っています」という人。
表面的な知識しかないのに、まるで大学者のように振舞う人、かなりいます。
日本人でそんなこと言う人、いますかね?

知らないなら、知らないでいいと思うんですよ。
知らなかったら教えてもらえばいいんですから。
「教えてください」なんて言う必要はないけど、自分よりもよく知っている人の話を聞く耳は持つべきだと思うんです。
そういう謙虚さが全くない人があまりにも多くて、私は時々閉口します。
自信過剰というか。
2008年11月14日「自信過剰という病」

もしかしたら、あんまり頭ごなしに書いたから、彼女の反応が硬いものになったのかもしれません。
私も頭が硬いほうなので。
でも、譲れないところはありますよ。

その女の子のおかげで、グループの雰囲気はかなり硬いものになってしまいました。
一気にトーンダウンしています。
これから、盛り上げていかないと・・・

盛り上げるために、レシピを一つ紹介しました。
それは鶏のから揚げ。
これなら、特別な材料がなくても作れますよね。

P7291551どうですか!
おいしかったんですよ。
ちょっと薄めの味付けだったので、ご飯には合わなかったけど、そのまま食べるには最高の味付けでした。
それにすっごくジューシーで。

から揚げって、私は漬け込みの時間がわからないんですよ。
あんまり長い時間つけておくと、味はしみこみますが、その分、鶏肉の水分が抜け出てしまい、ジューシーさが失われてしまう。
逆に、短い時間だと、味のノリが悪い。
今回は薄めの味付けで45分漬けましたが、次はもうちょっと味を濃くして、1時間ぐらい漬けようかな。
から揚げはもうちょっと研究してみます。

今日の内容は完全にベラルーシ人に向けた内容になってしまいました。
まあ、愚痴です。
時々、本当にムカッとくることがあるので。

今日は完全オフ。
いいなあ。
こんな日が毎日続けばいいのに・・・

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2010年06月05日

おはようございます。
はぐれミーシャでございます。

いやあ、暑いですねえ。
最近のミンスクは蒸し暑いんです。
そうかと思うと、涼しくなったりして。
風邪を引く人も多いです。

昨日は朝は超蒸し暑くて、夕方は肌寒くて。
体温調整が難しくなっています。

P6011196今日は龍二くんの写真です。
かわいいですね〜、かわいいですね〜。
親バカですね〜、親バカですね〜。
親バカだって言われても本当にかわいいんだもん(←逆ギレ?)。

最近気づいたのですが、龍二くんの髪、ちょっと明るい感じの色なんですよ。
私はずっと黒だと思っていたのですが。
ベロニカちゃんは「最初は明るい色だったのが、頭の上のほうから黒くなってきているよ」
言われてみれば、確かに上のほうは黒いです。

うちのベロニカちゃんの髪の色はちょっと濃い目の茶色。
赤毛っぽく見えますが、それは染めているからです。

ちなみに、私は何故か赤毛の女の子には好かれることが多かったんです。
何でだろう?

ベロニカちゃんは「子供の頃はもっと明るい色の赤毛だったんだけど」
っていうか・・・髪の色って変わるんですか?
年を取って白髪になるのとはわけが違います。
大人になると髪の色が変わることがあるんです!

数年前、学生のナースチャさんが子供時代の写真を見せてくれました。
写真の中の女の子を指差して「この金髪のかわいい子は親戚?」と聞くと、「先生、それは私ですよ!」
えええ!!!
信じられない!
だって、今のナースチャさんは完全な赤毛。
なかなかお目にかかれないほどパーフェクトな赤毛なのです。
それが、子供時代はパーフェクトな金髪だったなんて!

子供の頃、金髪だった人というのは非常に多いんです。
で、年齢と共に暗い色になっていくんですって。
早い人だと、生まれてすぐとか1歳ぐらいで変わっていきます。
遅くても10歳ぐらいまでには変わってしまうそうです。

そのまま金髪でいってしまう人もいますが、それはそんなに多くはないです。
でも、子供時代に金髪だった人が金髪のまま育ったら、ベラルーシは金髪天国になってしまいますよ。

金髪に関してはだいぶ前に書いています。
2008年3月30日「金髪女性は頭が悪いのか?」
2008年3月31日「サマータイム、金髪女性の続き」
このタイトル、すごく失礼ですよね。
でも、「金髪=頭が悪い」というステレオタイプはベラルーシでは非常によく聞くものです。
あくまでもステレオタイプであって、私個人の意見ではないので御注意を・・・

日本人って、金髪はきれいとか、かっこいいというイメージがあると思うんですよね。
でも、それってどうなんですかね。
私は特に感じるところはないんですが。

ちなみに、ベラルーシにいる金髪のほとんどは天然ではなく、染めている金髪です。
髪の根元を見ればすぐにわかります。

ロシア語のコメディアンが言った冗談。
「最近、金髪女性の間で、根元だけ茶色に染めるのが流行っているそうです」
つまり、偽者金髪が多いということを揶揄しているんですね。

ってことは、やっぱりロシア人やベラルーシ人の中にも金髪への憧れっていうのはあるのかしら?
金髪に染める人が多いのもそうだし、本物じゃない金髪を笑いものにするところからしても、「本当の金髪はきれいだ」という意識があるのかも。
まあ、金髪をバカ呼ばわりするのって、ちょっとやっかみが入っているのかなとは思います。

日本人にも金髪に染めている人はいますよね。
私なんかは別にいいと思うのですが、ベラルーシ人に言わせると「元々の黒い髪のほうがきれいなのに、何でわざわざ染めたりするのか理解できない」という意見をよく聞きます。
あと「日本人の顔には似合わない」という意見も。
うーん、それはベラルーシ人の中に日本人の外見のイメージがあるからじゃないかなあ。

龍二くんはどんな髪の色になるんだろう?
たぶん、普通に日本人の髪の色だと思うんですけどね。

この話を書いていて、とうもろこしのひげを頭にのせて「イェーイ、俺、金髪だぜ」と言っていたバカな子供時代を思い出しました・・・

akiravich at 15:08コメント(2)トラックバック(0) 

2010年04月16日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今日は珍しいことに自由な時間があるので、以前から書きたいと思っていたことを書いてみたいと思います。
ちょっと厳しい内容になるかもしれませんが、ご容赦ください。

ベラルーシに関する情報というのは非常に少ないようで、ベラルーシを旅行する前にご覧になってくださる方がいらっしゃいます。
このブログは基本的には私の日記なので、ベラルーシに関する情報が少ないんです。
なので、旅行者の方にはあまり役に立たないのではないかと思い、申し訳なくも思っています。

時々、旅行者の方からメッセージをいただくことがあります。
「ベラルーシ旅行に関する情報が欲しい」という類の内容もあります。
私としては日本人の方々にベラルーシのことをもっと知ってもらいたいという気持ちを強く持っていますし、日本人の旅行者の方にベラルーシに来ていただけるのは非常にうれしいことだと思っています。
なので、私のできる限りのお手伝いはしたいと考えています。

しかし、中には次のようなお願い事をしてくる人がいます。
「通訳ができる学生を紹介していただけませんか?」

あのー、すみませんが、私も通訳なんですが・・・

本業は日本語教師ですが、私も通訳の端くれ。
通訳に向かって「学生に通訳をしてもらいたい」というのは変じゃありませんか?
だって、それって「あんたはいらないから、他の人を紹介してくれ」って言ってるのと同じでしょ?
こっちだって生活がかかってるんですよ。

しばらく前、その手のメールが何度か来たので、すっごく嫌な気分になっていたんですよね。

そういう人に言わせると、「学生に仕事のチャンスを」とか眠たいことを言ってくるんですよ。
そういう人に私は聞いてみたい。
本当にそんなこと、思っていますか?

あと「学生だと通訳料が安い」という理由でお願いしてくる方がいるかもしれません。
基本的に私も学生も通訳をする場合の通訳料はほとんど差はありません。
100%同額ではないことが多いです。
それは学生のほうが「先生と同じ額では気が引けます」と言ってくることが多いからです。
でも、私は基本的に学生には私と同額の料金で仕事をするように勧めています。

こういうことを書くと、「あいつは自分に仕事が欲しくて、学生に仕事をやりたくないんだ」と言う人がいると思います(←実際にそういううわさを耳にしたこともあるし)。
私は通訳の仕事、特に観光ガイドの仕事などは学生にさせてあげることも多いんです。
というのは、私自身、仕事もあるし、学生たちも経験を積むことが必要だし。
一応、依頼者に「学生にさせてもいいですか?」と聞いた上でやってます。

だから、私が仕事を独占したいということは全くありません。
もちろん、私も仕事は欲しいですよ。
でも、学生が仕事をもらったとか聞くとうれしいですし、どんどんやってほしいと思いますし。
ただ、私に向かって「学生の通訳を紹介してください」というのはちょっと筋が違うんじゃないかと思います。

あと多いのが、「学生を紹介してください」というパターン。
大体「現地の人々との交流」とか、そういうキレイなことを言うんですよ。
本当にそんなこと思ってますか?

もちろん、中には心からそう思って言ってくださる方もいると思います。
でも、全く違う意図を持って、私にそのような依頼をしてくる方が今まで何度もいたので・・・

私にそのようなお願いをしてくるのは例外なく男性です。
どうしてでしょうね!?

私のブログの読者からのメールには次のようなものが多いです。
最初は「ベラルーシに行くので、ぜひakiravichさんにお会いしたいです」と言ってきます。
そして、私が「わかりました。ぜひお会いしましょう」と書くと、「もしよければ学生を紹介していただけませんか?」という返事が。

一番ひどかったのは上のようなやり取りをした後で、「akiravichさんは忙しいようなので、もし時間がないようだったら会えなくても仕方がないですね」
つまり、「あなたとは会いたくないが、学生には会いたい」ということですかね。
あのう、私のこと、バカにしてるんですか?

中には「一緒に晩ごはんを食べに行ってくれる学生を紹介してください」と言ってきた人もいます。

実際に心から学生と交流したいと思われている方もいらっしゃると思います。
ところが、残念なことに、明らかに他の意図を持って、そのようなお願いをしてくる人が多いんです。

ここではっきり言っておきます。
私は学生の紹介業をしているわけではありません。
何かエスコートサービスと勘違いなさっている方がいらっしゃるようです。
そういう「サービス」をしてくれる人は他のところで探してください。

別に私は男性の欲求自体を否定しているわけではありません。
それはみんなあるものですから。
ただ、教師である私を利用して学生に近づこうとするその心根が許せないのです。
そういう人間に限って、「国際交流」だとか、その手の言葉を利用するんですよ。

何が国際交流だよ。
そういう言葉で飾って、自分の欲望を隠すのは最低だと思う。

だったら、「おネエちゃん目当てで来ました」と言っているほうがよっぽどいいですよ。
そういうほうがはっきりしていて、いいですよ。
奇麗事を言って、自分の欲求を満たそうとするよりはよっぽどましです。

正直に言うと、本当に心から交流したいと思っている人なのかというのは判断しにくいときがあります。
以前から知っている人の場合はわかりますが、ブログを通して私に連絡を取ってくる人の場合は判断ができないというのが本音です。

ただ、上に書いたようなふざけたメールを書いてくる人に関しては、判断は容易につきます。

今までいろんな人がいたのですが、そのうちの一つのケースを御紹介します。

その人とは私は直接は会っていないのですが、学生に話を聞きました。
その日本人学生は休暇を利用してベラルーシに来ました。
割と長い期間だったと思います。
彼はホテルではなく、マンションを借りてミンスクに滞在していました。

彼は「学生と交流したい」と言って、大学の教室に現れました。
学生たちは同世代の日本人と交流するチャンスはなかなかありませんから、喜んで意気投合したそうです。
飲み会をしたりして、「交流」しました。

ある女子学生から私は彼について、とんでもない話を聞きました。
彼は彼女を自分のマンションに呼び出し、あからさまに彼女にせまりました。
なかなか彼女がOKしないので、彼は痺れを切らし、服を脱ぎ始めたのです。

はぐれミーシャ「で、どうしたの?」
女子学生(笑いながら)「バカらしかったんで、そのまま帰りました」
彼女からすると、その日本人の行動はあまりにも子供っぽく、低レベルに見えたそうです。

これはかなり前のことです。
うーん、何年前だろう。
最近もいろいろありましたが、ここには書かないでおきます。
はっきり言って、日本人として恥ずかしくなるような行動をとる人が結構いるのです。

あーあ、こういうこと書くと、変なコメントが来そうだなあ。
前もこの手のことを書いたとき、「あなたの偏見で勝手なことを書かないでください!」みたいなコメントが来たことがあったし。

日本人って、自分が気に食わないと「それは偏見だ」なんて言う人が多いと思うんですが、偏見って、大多数と違っている意見のことでしょ?
大多数と違っていたり、自分の意見と違っていたりしているのを偏見だと糾弾するのは、非常に危険なことだと思います。

念のために書きますが、私は恋愛を否定しているわけでも、国際交流を否定しているわけでもありません。
まあ、ここまで読んでいただけたら、それは分かっていただけると思います。

書いていたら、いろんな人のことを思い出してきた。
留学生の中にも「学生と交流したい」とかぬかして、結局は女子学生を追い回していたやつもいたっけ。

ベラルーシには日本人が少ないです。
ですから、学生に限らず、ベラルーシ人は出会った日本人で日本人全体を判断してしまいます。
つまり、ベラルーシに滞在する日本人は日本人の代表のようなものです。
もしその日本人がいい人だったら日本人全体が良く思われるし、その日本人の行動が悪かったら日本人全体が悪く思われる。

こういうことを書くと、「一人の人を見て、その国民全体を判断してはいけない」などと言う人が出てくると思いますが、じゃあ、他にどうやって判断すればいいんですかね?

とにかく。
私自身も日本人として恥ずかしくないような行動をとるように努力していきたいと思います。
ベラルーシを訪れる日本人の方が増えてきているのは非常にうれしいことです。
私もできる限りのお手伝いを出来ればと考えております。
ただ、私の側からも言わせていただきたいということで、今日はこのような内容になりました。

心から交流したいと願っている方からすれば、とんだとばっちりかもしれません。
それに、今まで私がベラルーシで出会った人がみんなそんな人だったと言っているわけではありません。
本当に心からの交流をしてくださった方もたくさん知っています。

ただ、他の意図を持って学生に近づこうとする輩を牽制したいと思っただけです。

長くなりましたが、私の思うところは書けたと思います。
私の言いたいことが読者の方たちに正しく伝わることを願っています。

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2010年04月10日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今日はいつもの日常に戻って生活しました。
授業は8つ。
9時半から22時間まで。
ちょっときつかったですが、気持ち的には充実感があります。

今日の朝、プライベートレッスンがあったのですが、一つ思ったことがあります。
それは私がお世辞を言えない性格だということです。

実は女の子の学生が黄色いストッキングをはいていたんですよ。
そこで「きれいだね」とか「黄色が好きなの?」とか言えればいいんでしょうけど(←国によっては完全にセクハラでしょうね)。

はぐれミーシャ「前もって謝っておくけど、私はお世辞が言えない性格なんです」
学生「知っていますよ」
はぐれミーシャ「その色、何かアヒルの足を思い出しちゃった」
学生「ハハハ!」
はぐれミーシャ「ごめんね。本当はもっと気の利いたことを言えればいいんだけどね」
学生「いや、そのほうがおもしろくていいですよ」

ベラルーシでは男性が女性に「今日はきれいだね」とか、その手の言葉を言うのは非常に普通のことなんです。
むしろ、言わないほうが失礼だったりするのだとか。
それは恋人だったらなおさらのこと。

日本語の「お世辞」という言葉、ロシア語では「комплимент」という訳がスタンダードです。
日本語で「お世辞」と言うと、「うそ」とか「ごますり」みないなニュアンスがありますよね。
でも、ロシア語の「комплимент」という言葉の中にはそのようなニュアンスはあまり強くなく、「言われて気分のいい言葉を言う」という意味なのだそうです。

隣にいるベロニカちゃんがあることを思い出しました。
ある日、私と二人で地下鉄に乗っていたとき、知らない女性が突然近づいてきて、「あなた、とても素敵ね」と言ってくれたんです。
それはうそ偽りのない言葉に聞こえました。

そういう言葉を言うのって、こちらの女性にとっては大切みたいですね。
ある番組で「女性にそういう言葉を言わないと、女性は自分に自信を持てなくなってしまう」と言っていました。

でも、日本人の男性って、そういうのを言葉にするのが苦手なところがありませんか?
私も苦手なほうで。
ベロニカちゃんは「もう慣れたから大丈夫」と言っていますが、やっぱり言ったほうがいいのかなあ。
「きれいだよ」とか「今日はかわいいね」とか、そういう言葉はなかなか言えないんですよね。
思っていても。

そういえば、私の元同僚が女子学生ばかりのクラスで「みなさん、今日はきれいですね」と言ったんです。
その人、元々そういうことを言うタイプではないんですが。
それに対して、学生たちは「先生、それを言うなら『今日きれいですね』ですよ!」
確かに!

そういえば、独身時代にも「あなたは私が聞いてうれしくなるような言葉を全然言ってくれない」と非難されたことがあります。
だから、ずっと結婚できなかったのかなあ(←「関係ないんじゃない?」byベロニカちゃん)

そういえば、私の発言って、日本人が聞くと怒ってしまうことがよくあるんですよ。
例えば、風邪を引いている女の子との会話。
普通だったら「大丈夫?」とか、気遣いを見せるものですよね。
はぐれミーシャ「熱はどれくらいあるの?」
女の子「38度ぐらい」
はぐれミーシャ「ああ、犬の体温と同じぐらいだね」
ベラルーシの学生に言ったら爆笑してましたが、日本人に言ったら怒ってました。

「人の容姿について何か言うのはよくない」という話を聞いたことがありますが、それってどうかなあ。
言われてうれしいこと、それを心から思っていたら言ってもいいんじゃないかなあと思いますけど。
もし明らかにゴマすりな感じだったら嫌でしょうけど。

私だったら素直に喜んじゃいますけどね。
映画の撮影中もスタイリストさんが絶賛してくれたんで、自分でも気分がよかったですよ。
気分が良くなると、その日一日がいい日になったような感じがして。

ベロニカちゃんに「俺にкомплиментを言ってもらいたい?」と聞いたら、「無理やり言っている感じだったら嫌だけど、時々は言ってもらいたいなあ。でも、あなたは時々言ってくれるから」
そうかなあ、意識して言ったことはないけど。
まあ、うちの奥さんのこと、心から「綺麗だなあ」と思ったときはその通りに言っていますから。

いつものようにのろけてしまったはぐれミーシャでした!


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2010年04月07日

こんばんは。
はぐれミーシャです。
今日も映画の撮影でした。

いやあ、今日も難しかったです。
私は何もしゃべらないのですが、あっちへ行ったりこっちへ来たり。
しかも、カメラから見えないところに立っていたので怒られたり。

っていうか、監督さん、あんまり指示しない人なんですよ。
私みたいな素人相手のときはもうちょっと説明してほしいなあ・・・
でも、役者扱いになっているので仕方ないか。

私の相手役のアニケイさんとは今日が最後。
最後に私は名刺とDVDを渡しました。
日本の映画のDVDです。
お返しに、彼女が働いている劇場の招待券をもらいました。
見に行きたいんだけど行けないんだよなあ・・・
また、どこかで会うことがあるでしょう!

今日はカメラを持っていったので、写真を撮ってもらいました!

P4061316何か自分じゃないみたい。
お金持ちの日本人の役です。
そんな風に見えますか?

今日は14時で私の出番は終わってしまったので、フリー。
撮影のせいで全ての授業をキャンセルしているので、すっかり暇になった私は学生にこのヘアスタイルを見せようと思って、大学へ。
学生たちは私を見て、「すみません。誰ですか?」(←もちろん、冗談です)

明日も撮影だ。
私、主役の女優さんはちょっと苦手なんですが、今日で一緒の場面は終わったので、ホッとしました。
何かまた難しいことするのかなあ。
台詞がないのに、演技って難しいですね・・・

っていうか、モスクワの人、ちょっとキツイ感じに見えるのは私だけでしょうか。
そう思うのは私だけじゃないようです。
ベラルーシ人の中で、モスクワの人のイメージはあまりよくないんです。

念のために言っておきますが、「ロシア人」ではなく、「モスクワの人」です。
よく言われるのは「ロシアとモスクワは別々の違う国だ」というフレーズ。

私の意見なのですが、ベラルーシ人が優しいから、そう見えるだけじゃないかと思いますけどね。
去年の夏、モスクワの空港でいろんな人に道を聞いたりしたんですが、結構優しかったし。
人によるのかな。

明日もがんばろう・・・

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2010年04月04日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

久しぶりの6コマ授業で、疲労困憊です。
きつかった〜!
正直、今日は調子がいまいちでした。

明日は、日本時間では今日になってしまいますが、キリスト教の復活祭。
よく言う「イースター」というものですな。
なので、私のレッスンも全てお休み。
わーい、わーい。

突然ですが。
以前からかなり気になっていたことがあります。
それはベラルーシ人の学生がよく実家に帰ること。

実は明日がイースターということで、今日のうちに実家に帰ってしまったが学生がいたんですよ。
でも、これはイースターに限ったことではなくて。
例えば、金曜日の夜、ショートメールで「明日実家に帰るので、授業に行けません。すみません」という連絡が来ること、結構多いんです。
私の感覚では土曜日に授業があるのがわかっていながら、実家に帰るから休むというのは理解しがたいものがあります。

でも、そういう学生は「実家に行く」というのが大学を休むに足る理由だと考えているようなんです。
うーん、どうなんでしょうね。

日本人って、そんなにしょっちゅう帰省しますかね?
まあ、移動距離にもよるとは思いますが。
例えば、東京の大学で勉強している学生が、千葉や埼玉の実家に帰るのなら話はわかります。
しかも、それは「帰省」とは言わないでしょうね。

ただベラルーシの場合は、他の町に移動するのに時間がかかったりしますから。
土曜日の朝から苦労して帰っても、日曜日の午後か夕方にはうちを出ないといけないわけですから、そこまでして実家に帰っても、実質いられる時間はそれほど長くないわけですよ。

そもそも、「実家に帰るから授業を休みます」という発言が非常時を除けば、日本では成り立たないような気がします。

まあ、大学生とは言っても、まだまだ子供なのかなという気もするし、違う見方をすれば、家族との時間を大事にしているとも言える。
確かに、ベラルーシでは家族を大事にする人が多いような気もする。
まあ、それはいいんですけど、そんなにしょっちゅう帰らなくても・・・と思ってしまうわけです。

日本だと、10代後半から20代前半って、家族から離れようとする時期ですよね。
それもどうかなって思うときがあるんですよ。
家族から独立していると立派だ、みたいな。
お母さんとずっと一緒にいると「マザコン」みたいに言われたりするから、他の人の前ではつっけんどんになってみたり。
でも、「マザコン」なのと、「母親を大事にする」のは違うと思うんですよね。

日本の場合、帰省するのに結構お金がかかるという事情もありますよね。
私の場合、山形新幹線で帰省すると、時間的にはミンスクから田舎の町に行くのと変わらないぐらいなんですが、金額的には往復2万円ぐらいかかってしまいます。

学生たちには学期の最初の段階で「もう大人なんだから、ある程度、大学の授業にも合わせて予定を立ててほしい」とお願いしています。
じゃないと、ほとんど土曜日に来ない学生なんてのも出てきますから。

でもなあ。
俺も日本に帰りたいなあ。
やっぱりたまには帰りたくなりますよ。

帰れないけど、とりあえず明日は休みます。
久しぶりの完全オフです。
誰にも会わなくていいというのが、とてもうれしいです。

皆さんも素敵な日曜日をお過ごしください!

akiravich at 06:35コメント(0)トラックバック(0) 
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