クラシック音楽

2010年11月26日

お久しぶりです。
はぐれミーシャです。

今日は一週間ぶりの休日。
待ち望んでいた日なわけですが、風邪気味で調子悪し。
それに、たまっている仕事があるので、休みという感じがしない。
でも、体調を早く戻さないとダメだなあ。

モーツァルト:セレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」モーツァルト:セレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
アーティスト:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 カラヤン(ヘルベルト・フォン)
ユニバーサル ミュージック クラシック(2007-09-05)
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今朝の音楽はなぜかモーツァルト。
そして、なぜか「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。
っていうか、これって「夜の音楽」って訳されるけど、明らかに朝のほうが雰囲気に合っていると思いません!?

しかも、カラヤンだし。
私、カラヤンってそんなに好きなタイプの指揮者じゃないんですよ。
やっぱり「おおっ!」と思うような瞬間はありますけど、時々、その流麗さが鼻について軽く気持ち悪くなったりします。

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番&第3番ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番&第3番
アーティスト:プレトニョフ(ミハイル)
ユニバーサル ミュージック クラシック(2007-03-21)
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最近気に入ったのが、このCD。
私、プレトニョフってそんなに馴染みがなかったんですよ。
聞かず嫌いというか。
でも、この演奏は何と言うか、機知に富んでいて、思わず目が覚めてしまうような演奏。
「スタンダードな演奏を好む人には受け入れがたい」というような感じの批評を目にしましたが、私は大丈夫。
だって、ベートーベンのピアノ協奏曲はほとんど聴かないから、変なステレオタイプがないし。

「馴染みがない」なんて書きましたが、実は私は東京でプレトニョフの演奏を聴いているんです。
とはいっても、ピアノではなく指揮。
彼の手兵であるロシアナショナル管弦楽団を率いてのチャイコフスキーの交響曲第5番。
場所は東京芸術劇場だったかな。

後にも先にもあんなへんなチャイコフスキーは聴いたことがありません。
いいとか悪いとか、そういう問題ではなく、一言で言うと「へんちょこりん」。
プレトニョフはおそらく「へんちょこりん星」から来たのではないかと思えるほどでした(←「こりん星」ではない←古い?)。

まあ、いいや(←いいのか!?)

今日書きたかったのは音楽の話ではありません。
書きたいことは死ぬほどたまっているのですが、今日は日本語教師としての話です。

最近、うちの大学の三年生の女子学生が日本へ短期間の留学に行って帰ってきました。
彼女は元々日本語がかなり出来る子なので、日本に行って帰ってきたからと言って、見違えるほどの進歩をしてきたわけではありません。
日本のいろんなものを見てきたでしょうし、それまで積み重ねてきた日本語の能力を実際の場面で発揮するのは彼女にとってもいい経験になったでしょう。

彼女は一年生のときから宿題を欠かすことなくこなしてきました。
私の授業は宿題がとても多いので(←熱心な学生に言わせると「もっと多くてもいいです」)、全ての宿題をこなすのはかなり大変だと思うのですが、彼女は風邪を引いても論文で忙しくても、どんなことがあっても宿題はきっちりやってきました。
そういうところが大事なんだと思います。
私が言うとおりにやって、私が要求したこと全てに答えてくれる学生は100%の確率で日本語が上手になっています。

もちろん、彼女自身、念願の日本へ行くことができて大満足。
いろんな場所も見られたし、いろんな人に出会えたし。

彼女の偉いところは日本から帰ってきて「もっと勉強しなくちゃ」と思ったところ。
日本に行って、自分のダメなところがたくさんわかって、もっと勉強したくなったと言うのです。

日本へ短期留学した学生の中には変な自信を持って帰ってきて、すっかりダメになってしまうことがよくあります。
それまで日本人と日本語で話したことがない学生が日本へ行って、日本人と日本語で話せたら、それはうれしいですよね。

でも、それが変な自信になってしまい、「もう私は日本語がわかる」と思ってしまう学生が時々いるのです。
そういう学生は勉強しなくなって、日本人の友達とスカイプなどで話すことばかりになってしまうことが多いのです。
日本人と話せることがうれしくてしょうがなく、「日本語でたくさん話せば日本語は上手になる」と単純な図式で考えるようになってしまうのです。

どうして学生が変な自信を持ってしまうのか。
その質問の答えは非常に簡単なものです。
それは日本人の責任です。

今回、日本に行った学生が一つだけ不満に思ったことがあります。
それは日本人が彼女の間違いを一切直さなかったことです。
手放しで「日本語、上手ですねえ」と褒めちぎったのです。

女子学生「あるとき、私は日本語でテキストを読みました。明らかに私の発音やイントネーションは良くなかったのに、日本人の先生は『上手ですね。とても良かったですよ』と私を褒めたのです。自分では不満でしたから全然うれしくありませんでした」

彼女は元々自分に自信が持てないタイプ。
でも、変に自信を持つよりもそのほうがよっぽどいいと思うのです。
冷静に自分の日本語力を測ろうとする態度はすばらしいと思います。
自分が納得できないのに褒められてもうれしくはないですよね。

女子学生「そして、私の次に他の国の学生が読んだのですが、その学生の発音はかなりひどいものでした。でも、先生は私に対するのと同じように『良かったですよ。上手ですね』と褒めたのです。どうしてか私にはわかりませんでした」

これはその教育機関に限ったことではありません。
日本に留学した学生のほとんどがそのような状況に直面します。
「日本人は間違いを直してくれない」

どうしてそういうことが起こるのでしょうか?
いくつか理由があると思います。

その中で一番大きい理由は相手の間違いを直すことで心を傷つけてしまうのではないかという恐れだと思います。
間違いを直されてがっかりすること、確かにあると思いますし。

でも、そんな程度で、がっかりしたぐらいでダメになるようなら、それまでの才能だったということではないでしょうか?
それに、本気で「日本語を勉強したい!」と思っている学生はそんなにやわではありません。
もちろん、「本気ならば」の話ですが。

私が日本語教師の勉強をしていたとき、教科書の最初のほうに「学生は出来るだけ褒めないといけない」「間違いを指摘されると学習意欲をなくしてしまう恐れがある」と書かれていたように思います。
日本語教師養成講座の先生にもそう言われたように覚えています。

でもね。
うそくさいんですよ。
いつも笑顔の日本語教師。
時々います。
褒めるのならば心から褒めればいいのに。

そういう人に限って、実は心も頭もメチャメチャ冷静で、「上手ですね」と言っておきながら、本当は「ここがダメ。あそこがダメ」なんて思っていたりするんです。

ちゃんと本当のことをまっすぐ言うことも必要なのではないでしょうか。
表面的なやさしさは人をダメにすると思います。

数年前のこと。
ある学生が某国立大学への一年の留学からベラルーシに帰ってきました。
彼女の不満も全く同じで「どうして日本人は間違いを直してくれないんでしょうか?」

女子学生「日本人みんなに『私の日本語に間違いがあったら直してください』って何度もお願いしたのに、誰も直してくれないんです」
はぐれミーシャ「でも、先生は直してくれるんでしょ?」
女子学生「いいえ。その先生たちが全く直してくれないんです。『上手だ、上手だ』って褒めるだけで」
はぐれミーシャ「本当? でも、先生の仕事の中には学生の間違いを直すことも入っているでしょ?」
女子学生「私もそう思うんですけど・・・私は自分の日本語がどこか間違っているんじゃないかって、逆に不安でした」

私は学生の日本語が間違っているときは徹底的に直します。
語尾が間違っている程度の小さい間違いでも直します(←私にとっては間違いに大きいも小さいもありませんが)。
それを「厳しい」という人がいれば、私はその人に「甘い」と言うでしょう。

学生は日本語を生業とする人間として生きていくのであれば、間違いは許されないのです。
趣味として、あるいは日本人と友達になりたいから、というのとはわけが違うのです。
私が大学で教えている学生たちは、将来、日本語のプロになる人材ですから。
「通じればいい」という考え方は「通じない」のです!!!

一つ例を挙げましょう。
ベラルーシには俳優を養成する機関が二つあります。
それはいずれも国立の教育機関です。
仮にそれぞれをA大学とB大学としましょう。

A大学のことは私は良く知っています。
昔の彼女が勉強していましたから。
その彼女が勉強していたのが演劇科だったんです。
私はそこの先生とも知り合いでしたし、試験も見に行ったことがあります。

A大学の学生はほぼ例外なくプライドが高かったです。
もうすでに偉大な俳優や女優のように振舞うんです。
それは私の元カノも例外ではなく、何を聞いても知った風な口を利いたり、劇を見に行くと偉そうに批評をするし。
見ていて鼻持ちなりませんでした。
かと言って、彼らの演技は上手だとはいえないレベルなんで・・・

B大学のほうは私の友人である俳優たちが卒業したところ。
ベロニカちゃんも知り合いがたくさんいます。

これはベロニカちゃんから聞いた話なのですが、B大学では一年生に入学したときに学生をくそみそにけなすのだそうです。
大体、芸術大学の演劇科に入ろうとする人間はどこかでアマチュア演劇や高校演劇などをやってきた人間が多く、大抵は変な自信を持ってしまっていることが多いんです。
その余計なプライドを入学して一番最初に粉々に砕いてしまうんです。
はっきりと「お前たちはまだ俳優でも何者でもないんだ!」という全否定。
そこから全てが始まるのです。

その後もB大学の場合は徹底的にダメ出しされるそうです。
卒業するとき、大抵の学生(←私の知り合いも含む)は「私はまだまだ勉強不足です」「私はまだまだ演技が下手です」と言います。
それは在学中に教師に徹底的にやられたからでしょう。

しかし、B大学の学生はそれでくさることはありません。
「もっと勉強したい」「もっと上手になりたい」とみんな言うそうです。
人間は向上心がなくなったら終わりですよね。

ミンスクにある主要な劇場で働いている俳優のほとんどはB大学の出身者です。
私が良く知っている国立ヤンカ・クパーラ劇場やゴーリキー記念ロシアドラマ劇場には、私が知っている限り、A大学の出身者は一人もいません。
ほぼ全員B大学の出身、あるいは外国から来た役者です。
他の劇場にもA大学の出身者は一握りです。

この現実が全てを物語っていると思います。
驕り高ぶる者に未来はありません。

褒めるだけじゃダメですよね。
幸いなことに、私の学生の中には日本人に煽てられて簡単に喜ぶような人間はいません。
いや、少しいるか。

私はあんまり褒めません。
褒める理由がないのに褒めるのは、うそをつくのと同じですから。

だから、私が褒めると学生は喜びます。
あるとき、私が学生を褒めたら「やった! 先生に褒められた!」と喜んだんですよ。
はぐれミーシャ「そんなに喜ぶことですか?」
学生「ええ。先生に褒められるのは珍しいことですから」
はぐれミーシャ「そんなことないよ。時々、褒めるじゃん。この前、○○のときだって、褒めたでしょ?」
学生「えっ!? あれって、褒めてたんですか?」
私の場合はもうちょっと褒めてあげないといけないようです。

ちなみに、ベラルーシ人は外国人の間違いを直します。
知っている人でも知らない人でも直すことがあります。
私もかなり前、市場の肉売り場のおばちゃんに「そこは○○っていう言葉を使うんだよ」とダメ出しされたことがありました。
私も直されると落ち込みますが、「くそっ! もうこの言葉は絶対に間違えないぞ!」という気持ちになります。
おかげで、一度間違いを指摘された言葉は間違いません(←たぶん・・・)

日本人の皆さん!
もし日本で私の学生に出会ったら、日本語の間違いを直してあげてください!
もちろん、言い方次第では傷つくこともあるかもしれませんが、たとえば「そこはこう言ったほうがきれいに聞こえるよ」とか、まともな言い方をすれば誰も傷つかないと思います。
直してあげることこそ、学生のためなのですから!!!

akiravich at 02:16コメント(7)トラックバック(0) 

2010年07月26日

おはようございます。
はぐれミーシャです。

今日は曇り空。
気持ちのいい朝です。

曇り空のどこが気持ちいいのかというと、ここ最近、一日中蒸し暑くてひどかったからです。
涼しいです。
天国です。

モスクワのほうは大変なようですね。
記録的な猛暑。
天気予報で見ても、ミンスクは29度なのに、モスクワは37度とか表示されていました。
大変だろうなあ・・・

私は土・日はゆっくり休みました。
土曜日の朝に一つプライベートレッスンがあっただけで、あとは仕事なし。
夢のような生活です。
出来る限り、何もしないように努力しました。

この二日間、ずっとこの本を読んでいました。
ゆっくり本を読む時間は夏しかありませんから。

コンサートは始まる―小澤征爾とボストン交響楽団
著者:木村 博江
販売元:音楽之友社
発売日:1989-12-01
おすすめ度:4.0
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私が読んでいたのはこの本。
実は20年近く前に買った本です。
当時、私は無謀にも指揮者になることを夢見ていました。
やっぱり、小澤征爾はアイドルでしたからねえ。

でも、この本は・・・
あまりにも悪意に満ちた書き方をしているような気がしてなりません。
小澤征爾とボストン交響楽団の主席トランペット奏者チャーリー・シュレーターの軋轢がメインで書かれているのですが、完全に奏者の視点で書かれていて。
他の人の評価を読んだら、「どちら寄りでもない」なんて書かれていましたが、実際は反小澤で、一方的な批判をしているようにしか見えません。
小澤についての記述はかなり少なく、小澤ファンが読んだらがっかりするような内容です。

高校生のときにこれを読んだのですが、意味がほとんどわからなくて。
ほとんど印象には残りませんでした。

それもそのはずですよ。
あの内容ですもん。
小澤のことが知りたくて買ったのに、小澤のことは悪いことしか書いていない。
バックステージものとしてはおもしろいのかもしれませんが。

それに。
訳文の日本語がいまいち。
日本語がこなれていません。

こんなことを書くと問題かもしれませんが、あえて書きます。
外国語から翻訳された音楽関係の本で、翻訳がまともなものはほとんど見たことがありません。
最近、他にも音楽書を読み返してみたのですが、日本語があまりにもひどくて、最後まで読み通せませんでした。
あきらかに直訳調で。

上に挙げた本ではマーラーの交響曲第2番「復活」の演奏がストーリーの軸になっています。
小澤とボストン響のマーラーか。
高校生の時に聴いたなあ。
持っていたのは第1番「巨人」だけだったけど。

マーラー:交響曲全集マーラー:交響曲全集
アーティスト:ボストン交響楽団
販売元:マーキュリー・ミュージックエンタテインメント
発売日:1994-12-05
おすすめ度:5.0
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高校の先輩がよく「復活」を聴いていて、私もよく聴かされました。
小澤の録音、結構好きでしたよ。
ただ、つぎはぎして作ったという感じがありありで、全体的なエネルギーが全く感じられなかったですけどね。

小澤征爾には「OZAWA」というタイトルのドキュメンタリー映画があるのですが、その中での「復活」の演奏は好きだなあ。
あれはタングルウッド音楽祭でのライブだと思うんですけど。
「ライブだとこんなにいい演奏をするんだ」とびっくりした思い出があります。
抑制されていながらも熱い、という感じでしょうか。

ライブ録音って演奏に傷も多いのかもしれないけど、生々しくていいですよね。
血が通っているというか。
そういうのが小澤の録音には欠けているような気がしました。

最近発売された小澤の「復活」。
インターネットで最初の部分を視聴してみました。
でも・・・これは軽いなあ。
最初のコントラバスとチェロ。
うまいんだけど、胸をドキッとさせるような重さは皆無。
あれだったら、昔の録音のほうがよっぽどいいよなあ。
レビューにいい評価を書いている人もいたので、買ってみようかなと思ったのですが・・・

ちょっと批判めいたことを書きましたが、私は小澤征爾の音楽は結構好きなんですよ。
ただサイ○ウ・キ○ン・オーケストラはちょっと・・・
上手なだけのオーケストラに感動はありません。
ボストン響時代のほうが好きです。
もっと若いときの演奏も聴いてみないと。

昔は結構いろんなCDを小澤の演奏で聴いていたんだよなあ。
ストラヴィンスキー「火の鳥」とか、レスピーギ「ローマ三部作」とか。

ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)
著者:小澤 征爾
販売元:新潮社
発売日:2002-11
おすすめ度:4.5
クチコミを見る

音楽  新潮文庫音楽 新潮文庫
著者:小澤 征爾
販売元:新潮社
発売日:1984-05
おすすめ度:5.0
クチコミを見る
この二冊の本は大好きでした。
小澤が単身ヨーロッパに乗り込んだときの話を読み、胸を躍らせたのは高校時代のことです。
「いつか俺も・・・」なんて「恋のからくり夢芝居」という感じですよ。

高校のときみたいな熱い想い、してみたいなあ。
もっと何かに燃えてみたい。
人生でまだまだやっていないこと、いっぱいあると思うんですよね。

本の内容はともかく、小澤征爾の話を読んで、いろんなことを思い出しました。
刺激になりましたよ。
今日はこれからプライベートレッスンを二つ。
それから、寿司屋へ行きます。

マネージャーと話します。
もし私が食べたときのようなクオリティーで料理をするつもりなら、私は店をやめます。
レシピを細かいところまで作成しないとダメですね。
最終的にレシピを作成したのは私ではなく、総料理長なんですよ。

どうなるか、こう御期待・・・

akiravich at 15:53コメント(2)トラックバック(0) 

2010年07月04日

こんばんは。
はぐれミーシャです。
久しぶりに夜の更新です。

今日はほとんど休みでした。
午前中に授業を二つしただけで、あとは何もなし。
ゆっくり昼寝を楽しみました。

かなり疲れがたまっているようです。
いくら寝ても寝足りません。

P7021390この前もちょこっと書きましたが、10月にホセ・カレーラスがミンスクでコンサートをします!
ちょっとびっくり。
だって、あのカレーラスですよ!
三大テノールの一人ですよ!

コンサートには行きます!
チケット高いだろうなあと思って、チケット売り場に行ってみたら一番高いのが180000ルーブル(←約60ドル)、一番安いのが60000ルーブル(←約20ドル)。
ちょっとちょっと。
安すぎません?
これは行くしかない!

でもね。
私は特にカレーラスのファンというわけでもないんですよ。
どちらかといえば、プラシド・ドミンゴのほうが好き。

プッチーニ/歌劇「トスカ」全曲 [DVD]プッチーニ/歌劇「トスカ」全曲 [DVD]
アーティスト:ドミンゴ(プラシド)
出演:ドミンゴ(プラシド)
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発売日:2001-04-25
おすすめ度:5.0
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このプッチーニの「トスカ」、私が初めて見たオペラの映像だったんです。
これを初めて見たときは衝撃的でした。
山形の田舎、日曜日の高校の音楽室で私は言葉を失っていました。
主要な登場人物が全員死んでしまうって・・・

それ以来、私はドミンゴが好き。
でも、フィッシャー・ディースカウのほうが好きかな。
あと、ピーター・ピアーズも好き。

でも、カレーラスはビッグネームですからね。
一度は聴いてみたい。
たぶん、マイク使うんだろうなあ。
仕方がないんでしょうけど。

会場はミンスクアリーナという新しい施設。
元々はアイスホッケー用のスケートリンクがあるところです。
2014年にアイスホッケーの世界大会が行なわれるんですよね。
これから、ミンスクのウィンタースポーツ、エンターテインメントの中心になっていくであろうと思われる建物です。

それにしても。
最近、ミンスクにはビッグネームがよく訪れるんですよ。
この前もミンスクアリーナでエルトン・ジョンがコンサートしてましたし。
スティングも来ます。
いやあ、すごいなあ。

その代わり、ロシアの歌手はあまり来なくなりましたね。
以前は有名どころがしょっちゅう来ていたのに。
時々は来るんですけどね。

P6281368その「時々」はセクシーグループ「バイアグラ」です!
コンサート会場ではなく、ナイトクラブでの出演のようです。
日時が「7月3日24:00」ってなってるんですけど、いつなんですかね?

でも、このグループ、すごい名前ですよね。
ロシア語で書くと「ВИА ГРА」。
二つの言葉の間があいているのがわかりますか?
これはくっつけるとロシア語で「バイアグラ」(←読み方は「ヴィアグラ」)なのですが、別々だとちょっと違う意味になるんです。

「ВИА」というのは、「вокально-инструментальный ансамбль」の略。
これは直訳すると「ボーカル楽器アンサンブル」という普通の言葉。
なので、頭に「ВИА」という言葉がつくグループ名は時々見かけます。

「ГРА」というのはウクライナ語で「演奏」という意味があるんです。
実は今日調べてみるまで知りませんでした。
「バイアグラ」という言葉にするために、適当につけた言葉だと思っていました。

つまり、これは言葉遊びのようなもの。
それが「バイアグラ」になったんですね。

このグループ、日本にも行ったことがあると聞きましたが、本当ですかね?

これは2000年の彼女たちのデビュー曲です。
私は2001年の冬、ベラルーシ北部の町ノヴォポロツクにいたときに初めてこのクリップを見ました。
そのときの感想は「ピンクレディーだ!」。
まだ二人だったんですよね。
ちょっとエッチな感じはありましたが全然ソフトで。
クリップのつくりがちょっと古めかしいテイストで、私は結構気に入りました。
その後、メンバーが変わったりして、今ではすっかり○姉妹みたいになっています。
昔のソフトな感じはもうありません。

コンサートのポスターには「生歌」と書いてあるのですが、本当に口パクをやらないんでしょうかね?
一回ぐらいコンサートに行ってみたいかな。

ずいぶんとコンサートや劇場からは遠ざかってますね。
まあ、今は子育てが生活の中心だから当たり前ですけどね。
ミンスクには「子供劇場」という子供のための劇場があるので、もうちょっと大きくなったら一緒に見に行きたいですね。

明日は9時から授業。
日曜日なのにね。
早く本当の夏休みにならないかなあ・・・

akiravich at 05:00コメント(9)トラックバック(0) 

2010年05月25日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今日はいいことと嫌なことが一緒に起こりました。

私は権威を振りかざす人間、自分の目的のためなら他の人を悲しませても気にしない人間、そんな人間が許せません。
そういう人は自分の目的のためだったら、事実をいくらでも捻じ曲げます。
そのせいで他の人が傷つき悲しんでいることを全く考えずに・・・

逆にその権威にしがみつくことしか出来ない人をかわいそうだと思います。
そういう人間に限って、「人のため」なんて言葉を平気で言うんです。

自分のためでしょ!?
自分が怒られたりしないためでしょ?
自分を守るためにやってるくせに、他の「人のため」なんて言葉を使っているのを聞くと反吐が出ます。

今日はそんなこんなで、非常にイライラしていました。
でも、悪いことばっかりでもなくて・・・

今日は大学の授業に日本人の男の子が来てくれました。
フリートークをしてもらったり、一緒にロールプレイをやってもらったりしました。
時々、ベラルーシを訪れる日本人の方にお願いして、授業に遊びに来てもらうことがあるのです。

以前に、私はベラルーシを訪れる日本人男性のモラルについて厳しい意見を書いたことがあります。
なので、私は今、日本人の方を授業に招待することに関しては慎重です。

しかし、その男の子は人の気持ちを考えることが出来る優しい心の持ち主でした。
彼と私と学生二人で夕食をとったのですが、彼と話していて私は自分の若い頃を思い出しました。

届かない想いがあって
でも、届けたい
でも、届かない
でも、届くまで、僕は届ける
届かないと知っていても、僕はその想いを届けようとするだろう


今の日本にこんな若者がいることに、私は感動しました。
誰かのために苦しめる人間は素晴らしいと思います。
今の日本人を見ていて感じるのは、表面的な優しさ。

でも、本当の優しさって何だろう?
それは時に苦しみを伴うものだったり、痛みを伴うものだったりするんじゃないかな。
例えば、誰かのためにハードルを下げてあげることだけが優しさじゃない。
楽な道を教えてあげるより、苦しい道を一緒に歩いてあげるほうが、私は優しさだと思うんです。

自分のために他の人を苦しめる人間。
他の人のために自分を苦しめる人間。
これ、どちらも人間。
どんな人間でありたいかは、自分で選べばいいのかな。

私がいつも思っていることがあります。
あなたの気持ちを理解してくれる人なんているはずがない。でも、あなたを理解しようとしてくれる人が側にいることは幸せである。

他の人の気持ちなんて理解することは不可能。
よく「あなたの気持ち、よくわかります」なんて言葉を軽々しく言う人がいるけど、私は信じません。
今日、ある学生は「本当にわかっているかどうかは目を見ればわかります」と言っていたけど、本当にそう。
言葉の問題ではないんです。

よく「私の気持ちなんて誰にもわからない」「あなたには私の気持ちなんてわかるはずがない」ということを言う人がいますが、それは当たり前。
だって、所詮、他人なんですから。
他人にそれをわかれというほうが無理な話です。

わからないのが当たり前なんだけど、わかろうとすることは大切だと思う。
わからなくてもわかろうと努力すること。
その人は本当に自分のことを考えてくれるんだなあと感じることは幸せなことだと思います。

私は龍二くんにも人の心が理解できる、いや、人の心を理解しようとする優しい人になってほしいと思っています!

今日の龍二くんですが、とてもおとなしかったそうです。
今日もベロニカちゃんと一緒にお風呂に入れました。
いやあ、本当に気持ちよさそうな顔をするんです。
私も楽しかったです!

Ravel: Piano WorksRavel: Piano Works
販売元:Nimbus
発売日:1996-05-07
おすすめ度:3.5
クチコミを見る
今日、龍二くんはラヴェルのピアノ音楽を聴いていました。
本当に聴いているんですよ!
音楽をかけるとピタッと静かになって、目を時々パチクリさせながら聴いているんです。

今日は手を上に上げて、指を動かしていました。
まるでピアノを弾いているように。

私もベロニカちゃんも親バカなのかもしれませんが、ここまで音楽に反応を示すと、何かあると思ってしまいますよ。
ベロニカちゃんは妊娠中からよくクラシック音楽を聴いていたのですが、やっぱりお腹の中にいるときから好きになったんですかね。

それにしても、ペルルミュテールの演奏を0歳から聴いているのって、すごいことじゃありませんか!?
ペルルミュテールはラヴェルに直接教えを受けた「ラヴェル弾き」。
音の色彩感は鮮やかでありながらも派手ではなく。
私は大好きな演奏です。

明日は今日よりももっとドタバタ。
朝から晩までミンスク中を走り回らないといけません。
大変ですが、夜は龍二くんをお風呂に入れて、一緒に音楽を聴いて、それが楽しみだから頑張れるなあ。

これでは「はぐれミーシャ純情派」が「はぐれ親バカ日誌」に改名される日も近い!?

akiravich at 05:26コメント(7)トラックバック(0) 

2010年03月17日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

何か久しぶりにブログを書いているような気がします。
さびしいなあ。
やっぱり毎日書きたいなあ。

相変わらず、翻訳の毎日です。
来週の火曜日が締め切りなので、今が追い込みです。

昨日はベロニカちゃんの誕生日だったわけですが、まともにお祝いしてあげられなくて、すごく悪いなあと思っています。
本当なら、二人でゆっくり食事をしたかったのですが、日本語教師の仕事は休むことが出来ないので、13時半に大学へ。
そして、うちに帰ったのは21時。

でも、私がいない間、ベロニカちゃんの妹夫婦やお母さんが来てくれたので、みんなでお祝いをしたそうです。
私も晩ごはんとして、そのパーティーの残りをいただきました。

本当にかわいそうなことだと思います。
私がベロニカちゃんに「ちゃんとお祝いしてあげられなくて、ごめんね」と言うと、「今は仕方ないよね」とちゃんと私の仕事を理解してくれているようで、泣けてきます。
今の翻訳の仕事が終わったら、寿司を注文して、お祝いすることを約束しています。

今年の誕生日のプレゼントは携帯電話にしました。
ベロニカちゃんの携帯電話はすごく古いのを去年の終わりぐらいまで使っていたのですが、ちょっと壊れてしまったので、予備用の携帯を使っていたんですよ。
でも、ちゃんとしたのが欲しいということで、今朝、一緒に買いに行きました。

P3161288それがこの電話です!
私と同じく、ベロニカちゃんもいろんな機能がつきすぎているのは好きじゃないので、シンプルな物にしました。
ベロニカちゃんはとても気に入ったようで、電話を抱きしめていましたよ。

今朝は買い物の後は、私は一人で人に会いに行きました。
13時ぐらいにフリーになったのですが、そのままうちへ帰るのも面白くないと思い、CD屋にでも行こうかなと。
本当は翻訳の仕事があるから、早く帰らないといけないんだけど、たまには気分転換も、ね。

で、私はあんまり期待しないでニャミーガ駅の近くのCDショップに入ったんです。
なぜ「期待しない」のかというと、ベラルーシではクラシック音楽のCDはそんなには売られていないんです。
売っていても、日本だったら、よく駅前で500円ぐらいで売られているような、演奏者の名前も書いていないような超安売りCDみたいなのしか売っていないんです。

ところが!
そのCD屋のクラシックコーナーは今までベラルーシでは見たことがないほどの品揃え。

そして、すぐに私の目の前に飛び込んできた物は!
バーンスタインのボックス物!

ベラルーシではクラシック音楽でボックスものは見たことがほとんどないんです。
しかも、マーラー全集!
旧盤のほうですね。

値段は150000ルーブル(約5000円)。
うわっ、安っ!
でも、ベラルーシ人にとってはかなりの高級品。


Mahler: The Complete Symphonies [Box Set]Mahler: The Complete Symphonies [Box Set]
販売元:Sony Classical
発売日:2009-04-14
おすすめ度:5.0
クチコミを見る
日本だと、アマゾンで7295円です。
それにしても、ベラルーシでバーンスタインのマーラー全集に出会えるとは!!!

私は興奮を抑えきれず、その場でベロニカちゃんに電話しました。
ベロニカちゃんも私のただならぬ様子に「どうしたの? 何が起こったの?」と心配そうな声。
私が「実は(中略)。買ってもいい?」と聞くと、「もちろん!」。

手持ちがドルばっかりだったので、超急ぎ足で一番近い両替所へ。
そして、小走りでCD屋に戻り、速攻で購入!

P3161283そのCDがこちら!
フランスで発売されたものらしく、解説も全てフランス語で書かれています。

私はドイツ・グラモフォンの新盤のほうは2、7、9番のCDを持っています。
旧盤のほうは高校時代に友達に借りて、ちょっと聴いたことがあるくらいかなあ。
レコード芸術などの批評を読んで、「新盤のほうが完成度が高い」などと、えらそうに語ってはいたのですが、実際、旧盤の演奏はそれほど知らなかったんです。

うちへ帰って、早速、5番を聴いてみました。
元々、5番ってそんなに好きなわけじゃなくて。
高校を卒業して以来聴いていなかったから、約18年ぶりということになります。

で、演奏は・・・
やっぱりバーンスタインはすごい!
どんどん引き込まれていきました。
この感情移入と吸引力こそバーンスタイン!

新盤は友達が持っていたのを聴いたことがありますが、あんまり覚えていないです。
もう一度聴いてみたいなあ。

そして、私が大好きな第7番「夜の歌」。
躍動するエネルギーはバーンスタインならでは。

残念ながら、あとは仕事をしながら聞く羽目に。
もうちょっとじっくり聴きたいなあ。

私、特にマーラーが好きというわけではないんですよ。
でも、7番と9番は好きだなあ。

一番最初に買ったマーラーのCDはズービン・メータの第一番。
これは私が中学3年のときでした。
正直、あんまり覚えていない・・・

それにしても、久しぶりに興奮しました。
ベラルーシは日本みたいに物が豊富じゃないので、日本だったらどこでも売っているような物でも、ベラルーシでは出会ったときの感動が違うんです。

今日は朝まで働くつもり。
そうでもしないと、締め切りまで間に合わない!
バーンスタインにもらったエネルギーでがんばります!

akiravich at 06:13コメント(6)トラックバック(0) 

2010年01月20日

こんばんは。
はぐれミーシャです。

今の状態は・・・ずっと読んでくださっている方なら書かなくてもわかるでしょうから、書きません。
でも、翻訳の仕事はかなりいい感じで進行しています。

本当はきちんと毎日更新したいんですよ。
書きたいこともたまってきてるし。
この仕事が終わったら、書きたいことを一気に書いていきたいと思っています。

さて。
翻訳などのデスクワークの場合、私は音楽を聴きながら仕事をすることが多いです。
そんなときの選曲には気を使います。

たいていはクラシック音楽です。
ただ、クラシックであれば何でもいいというわけではありません。

まず私が避けるのが歌曲。
というのは、私の仕事は翻訳にしろ、日本語の仕事にしろ、言葉を扱う仕事なので、言葉が入っているものはちょっと邪魔になることが多いのです。
もちろん、歌曲が嫌いなわけではありませんよ。

音量はあまり問題ではありません。
なので、交響曲なども聴きます。

あくまでもBGMですから、まじめに聴いているわけではありません。
でも、ふと手を休めたときに、さっと心に入ってくるような音楽がいいのです。

ブルックナー:交響曲第3番
アーティスト:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
販売元:キングレコード
発売日:1996-07-24
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今日の朝聴いたのは、ブルックナーの交響曲第3番。
なぜか最近、ブルックナーにはまっています。
高校生のときはどうがんばっても馴染めなかったのに。
やっぱり歳とともに好みも変わってくるんですね。


ブルックナー:交響曲第3番「ワーグナー」(1873年初稿版)ブルックナー:交響曲第3番「ワーグナー」(1873年初稿版)
アーティスト:ヤング(シモーネ)
販売元:BMG JAPAN
発売日:2007-10-24
おすすめ度:4.0
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最近、ずっと聴いているのがこれ。
この指揮者はちょっとだけ視聴したブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」がすごく気に入ったので、聴いてみたかったんです。
なので、去年の夏、日本で買ってきたんです。
第一楽章は「?」なところもありましたが、結構な名演。
私のツボにはピタッとはまりました。

それにしても、クナッパーツブッシュのとはえらい違いだなあ。
版が違うんでしょうけど、部分的にかなり違うところがあるし。
ブルックナーの版の問題って、私は全然考えたことなかったんですけど、ちょっと気になり始めました。

っていうか、BGMじゃなくなっているような気が・・・
聞き入ってしまって仕事の手が止まってしまうということもしばしば。


ブラームス:交響曲第2番 ニ長ブラームス:交響曲第2番 ニ長
アーティスト:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
販売元:キングレコード
発売日:1995-11-01
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私の仕事の手を完全に止めてしまったのが、このイシュトヴァン・ケルテスが指揮したブラームスの交響曲第2番。
正直、度肝を抜かれました。
一言で言えば、「しなやかな躍動」。
ほとばしるエネルギーに私は完全にKOされました。

若いときはバーンスタインの演奏を聞いていたのですが、最近はバーンスタインの演奏を聴いてもあまり感じるものがないんですよね。
何ででしょう?
好みも変わってしまうのでしょうか?

このケルテスの演奏、そのとき私はかなり急を要する翻訳の仕事をしていたのですが、完全に手が止まってしまいました。

こういう音楽を「BGM」と名づけるのは罰当たりな感じがものすごくします。
でも、何かをやりながら聴く音楽だから、こう名づけるしかないんですよね。

さて、私が一番好きなBGMは・・・
やっぱりグレン・グールドのバッハです!
うわあ、これこそ罰当たりだ!

「グールドのバッハは集中して聞くべし」
ごもっともな意見ですが(←誰の意見だ?)、グールドのバッハはどこかで流れているだけでも心地いいし、それでいて、ふとその世界に引き込まれてしまうのも、いと楽し(←微妙な日本語)。


バッハ:インヴェンションとシンフォニア/イギリス組曲第1番バッハ:インヴェンションとシンフォニア/イギリス組曲第1番
アーティスト:グールド(グレン)
販売元:SMJ(SME)(M)
発売日:2008-11-19
おすすめ度:5.0
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インヴェンションは高校のとき弾いたなあ。
今でも好きです。
みんな弾く曲だとは思いますが、これって結構深いんですよね。

バッハ:パルティータ全曲バッハ:パルティータ全曲
アーティスト:グールド(グレン)
販売元:ソニーレコード
発売日:1989-06-21
おすすめ度:5.0
クチコミを見る
これも私の愛聴盤。
これを聴いていると、頭が冴えてくる感じがして仕事がはかどるんですよね。

今日は大学に行って試験。
基本的に私はサポートなので、それほどすることはありません。
できるだけ早く開放されて、翻訳の仕事に取り掛かりたいところです。

翻訳は少しゴールが見えてきました。
今日の夜も遅くまで働くことになるなあ。
でも、これも「いと楽し」・・・

akiravich at 14:59コメント(0)トラックバック(0) 

2009年08月30日

こんにちは。
はぐれミーシャでございます。

今日は私とベロニカちゃんが行ったコンサートのお話です。
私はベラルーシにいるときから、「日本へ行ったら、絶対にクラシックのコンサートに行きたい!」とずっと考えていました。
元々は私は音楽が専門だったんです。
今では音楽の世界から100万光年(←ミスター・ポーゴが好きな人ならわかる)遠ざかっていますが、今でも音楽を聴くのは大好き。

東京、または山形で行われるコンサートをインターネットで探したのですが、夏はクラシック音楽は「オフシーズン」。
東京ではほとんどコンサートがありません。
特に8月は壊滅的です。
本当はサントリーホールとか、東京文化会館とか、思い出のコンサートホールに行ってみたかったんですが・・・

そして、見つけたのは地元山形の山形交響楽団の定期演奏会!
これは行くしかない!

2008年8月26日「がんばれ、山響」にも書いていますが、私にとって山形交響楽団はとても思い出深いオーケストラ。
私が生まれて始めて聴いたオーケストラです。

7月24日(金)、山形交響楽団 第198回定期演奏会
「未完な傑作」

指揮:飯森範親
ヴィオラ:清水直子

バルトーク:ヴィオラ協奏曲(遺作)
ブルックナー:交響曲第3番「ワーグナー」ニ短調(第1版)


会場は山形テルサ
私は行ったことがありませんでした。
私が日本に住んでいた頃はまだありませんでしたから。
今、調べてみたら、オープンは2001年。
そりゃあ、知らないはずだわ。

19時開演なのですが、私が買った席が自由席だったので、早めに行っていい席を取ることに。
18時15分開場だったので、18時に行ってみたら、すでに7、8人の小さい行列が。
私たちが並んでしばらくすると、後ろには長い行列が出来ていました。
私が高校生だった頃、よく山響のコンサートには行っていましたが、開場前に行列が出来るなんて、あんまりなかったように思います。

やっと開場したと思って、チケットを係員に渡していると、後ろからグイグイ押してくるおばちゃんが。
並んでいるときも、ちょっと体をずらして前に行こう前に行こうとしていたから、すごく嫌な感じだったんですが、思いっきり割り込んでこようとするので、すごくむかつきました。
で、そのおばちゃんもいい席を取ろうとしている様子だったので、私はベロニカちゃんに「走れ!」。
ベロニカちゃん、ダッシュで自由席になっている列の一番前の列、その真ん中を確保しました!

山形テルサ、中がすごく綺麗なんです。
山形にはあんなコンサートホールはありませんでしたから。
山形県民会館や山形市民会館は音響の面で問題がありましたから、山形の音楽ファンにとってはうれしいことです。

山形交響楽団の演奏会ではコンサートの前に指揮者のプレトークが行われます。
指揮者の飯森さんがステージで曲目の解説をしてくれるのです。
パンフレットにもいろいろ書いてあるのですが、指揮者の方が自ら話してくださるのですから、それは受ける印象が違います。
ブルックナーの交響曲第3番「ワーグナー」にまつわるお話はとても興味深いものでした。

さて。
演奏のほうですが、最初のバルトークはいまいちピンと来ませんでした。
演奏は素晴らしかったんですよ。
ヴィオラの清水直子さんの演奏は熱演。
オーケストラも素晴らしかったし。

でも、作品自体が私の心の中にはスッと入ってきませんでした。
なんでだろう?
何かわけのわからないまま終わってしまった感じです。
もう一度聴いてみたいですね。

次のブルックナー。
これはもう最高でした!!!!!

「あれ、これ本当に山響!?」というのが最初の感想。
私が知っている山響とは違います。
格段にレベルアップしている。
以前は弦のアンサンブルが全くそろわなかったり、金管楽器が吹きまくって浮き上がっていたりしていたものですが。

今の山響サウンドを一言で言うと「渾然一体」。
一つ一つのパートがバラバラに聴こえてくるのではなく、一つのオーケストラとして、一つの音楽が鳴り響く。
聴いているうちに演奏者の姿が目に入らなくなり、音楽だけが耳の奥へと響き渡る。
それこそが現在の山響の姿なのでした。

まず音が綺麗。
弦の響きはかなり美しいものに感じました。
元々、山響は管楽器は強かったのですが、その力量は今でも健在。
角が出っ張っていた山響の響きがよりマイルドになっていました。

「変わった」とは言っても、山響独自のサウンドは健在。
バルトークの演奏が始まったとき、すぐに「ああ、これは山響だなあ」と感じました。

何が山響サウンドなのかと問われると、どう答えていいかわかりません。
私にとっては友達の声を覚えているのと同じことなので。
幼なじみが大人になって、もっと大人っぽい声になったけど、幼なじみだということは聞いたらすぐわかりますよね。
それと同じことです。
私にとって、山響は私の音楽遍歴の初めに付き合った友達、または恋人、または私の音楽への想いを育ててくれた親のような存在です。

ブルックナーは最後まであっという間に行ってしまいました。
私にとっては至福の時でした。
1時間近くの演奏が本当に短く感じました。

山響は非常に小さいオーケストラなので、ブルックナーをやると聴いたときは「???」と思いました。
でも、小さいかどうかなんて関係ないんですね。
ブルックナーというとどうしても大編成をイメージしてしまいますが、山響ほどのクオリティーなら、編成がどうこうなんて気にならないです。

ホールも素晴らしかったです。
山形の音楽ファンは幸せですね。
かなり後ろのほうの席だったのですが、舞台からの距離を全く感じないほどの音響でした!

何と言っても、指揮者の飯森範親さんが素晴らしかった!
山響を変えた一番の功績者と言っても過言ではありません。
あの山響からあれだけのサウンドを引き出すなんて。
演奏からも指揮者とオーケストラの信頼関係が深いことが感じられました。

私はブルックナーの版の問題には全く詳しくないですが、飯森さんのプレトークで今回第一版を使用したことの意図を聞いていたので、それも興味深く感じました。

解釈がどうこうということは言いません。
だって、そんなにブルックナーに詳しくないし。
私には非常に丁寧な音楽作りの中に、指揮者の確固たる信念を感じさせる演奏だったと思います。
ケレン味のない解釈だったと思います。

演奏が終わった瞬間、「ブラボー」の声が。
これ、私は大嫌いなんですよ。
だって、音が消えて、余韻が消えるまで聴きたいのに、ブラボーの声で余韻をかき消されてしまうんですから。

演奏が終わっても、私たちは茫然としていました。
「山響が良くなった」という話は耳にしていましたが、ここまでとは。
ベロニカちゃんには昔の山響の様子などを話していたのですが、ベロニカちゃんは「話と全然違うじゃん」「日本で一番小さいオーケストラがこのレベルなの!?」。

確かにベラルーシのオーケストラとは比べ物になりません。
はっきり言って、ベラルーシのオケは聴いていられないほどひどいときがあるのです。
日本はいいなあ。
山形の人たちがうらやましい!

演奏会の後は飯森さんのポストトーク。
ソリストの清水さんと共にロビーでいろんな話をしてくださいました。

それから、サイン会。
私は休憩時間に飯森さんと山響のルポルタージュ「マエストロ、それは無理ですよ・・・」という本を購入。
コンサート後、持ち合わせのお金がほとんどなかったのですが、有り金全てをはたいてブルックナーの交響曲第5番のCDを買いました。

サイン会は長い長い行列が。
飯森さんの人気の高さがうかがえます。

やっと私たちの番が来たとき、飯森さんはすぐベロニカちゃんに気づき「どちらの方ですか?」
私は私たちがベラルーシから来たこと、私たちがコンサートに感激していることなどを伝えました。
飯森さん「ああ、そうですか。ベラルーシは何語ですか?」
はぐれミーシャ「ロシア語です」
飯森さんはベロニカちゃんと握手し、ロシア語で「スパシーバ(ありがとう)」と言ってくださいました。
やはり世界で活躍する指揮者ですから、それぐらいのロシア語のフレーズは知っているのでしょう。
素晴らしい指揮者の方と話ができて、私もベロニカちゃんも感激!
飯森さんの気さくな人柄も人気の秘密なのでしょうね。


「マエストロ、それは、ムリですよ・・・」 -飯森範親と山形交響楽団の挑戦-「マエストロ、それは、ムリですよ・・・」 -飯森範親と山形交響楽団の挑戦-
販売元:ヤマハミュージックメディア
発売日:2009-06-21
おすすめ度:5.0
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これが私が購入した本です。
飯森さんが現れて以来、山響がどう変わっていくのかが描かれています。
飯森さんの要求に答えていく山響の人たちの頑張りも素晴らしいです。
私自身、飯森さんの考え方を見習わなければならないなあと強く思いました。

ブルックナー:交響曲第5番変ロ長調(原典版)ブルックナー:交響曲第5番変ロ長調(原典版)
アーティスト:山形交響楽団
販売元:山形交響楽団
発売日:2009-05-20
クチコミを見る
これが私が購入したCDです。
実はまだ聴いていません。
すみません!

そもそも、5番の交響曲って聴いたことがないんですよ。
ブルックナー自体、すごく好きというわけではなかったので。

でも、交響曲第3番「ワーグナー」は何故か好きだったんです。
クナッパーツブッシュのCDを聴いていました。
日本でシモーネ・ヤングという指揮者の「ワーグナー」のCDを買ってきました。
その演奏も第一版を使用しているし、その指揮者のブルックナーを少しだけ視聴したのですが、私には非常に面白く思えたので。

やっぱり音楽はいいなあ。
また日本へ帰ったら、絶対に山響のコンサートに行きます!!!

akiravich at 23:00コメント(0)トラックバック(0) 

2009年07月20日

昨日はサン=サーンスの「交響曲第三番 オルガンつき」のCDを聴いた感想を書きました。
昨日も書いたとおり、私は高校の音楽科にいたとき、吹奏楽で最後の楽章を演奏したことがあるんです。
その時のことを思い出すと、どうしても書かずにはいられないことが心から溢れてきました。

それはサン=サーンスを指揮してくださった故・鈴木秀夫先生のことです。

鈴木秀夫先生は元々、山形南高校の吹奏楽部を全国大会に導いた名指導者。
中学生の頃、吹奏楽部でコンクールのための練習に明け暮れていた私にとっては雲の上の存在でした。

今でも覚えています。
中2の冬、山形の電気屋でラックスマンのCDデッキを購入し、それまでレコードしか聴けなかったのが、CDも聴けるようになったんです。

初めて買ったCDは、全日本吹奏楽コンクールの実況録音である「日本の吹奏楽87」。
中学生でしたから、中学の部のCDを買ったのですが、Vol.4のCDには前半は中学の部、後半には高校の部の演奏が収録されていたのです。
その最後に入っていたのが、鈴木秀夫先生の指揮の元、山形南吹奏楽部が演奏したレスピーギ「ローマの松」でした。
あの壮大なレスピーギの音楽は吹奏楽で演奏するのにピッタリ。
圧倒的な迫力にやられてしまい、山形南の吹奏楽部は私にとって憧れの存在となったのでした。

山形南の定期演奏会にも行きました。
全国大会に出場する吹奏楽部ですから、演奏会も超満員。
中学生の私は演奏会の後も興奮を抑えられなかったのを覚えています。

その後、私は山形北高の音楽科に入学。
私の記憶が確かならば、私が二年生のときに秀夫先生は北高に転任していらしたのです。

私にとっては、あの憧れの山形南の吹奏楽部の先生。
最初に転任の話を聞いたときは耳を疑いました。

先生は非常に温和な方でした。
声を荒げることなど一切なし。
いつもニコニコなさっていたのを今でも覚えています。

先生の指揮で演奏したのですが、今でも印象に残っているのはドヴォルザークの「スラブ舞曲」とサン=サーンスの「交響曲第三番」です。

「スラブ舞曲」は定期演奏会で演奏したのですが、当初、この選曲に納得がいきませんでした。
音楽科の男子生徒はみんないろんなCDを聞きかじっていて、ちょっと知識があるもんだから、「幻想交響曲がやりたい!」とか、「ダフニスとクロエがいい!」とか、かなりハイレベルな曲がやりたいと思っていました。
正直に言って、生意気盛りの高校生にとって、「スラブ舞曲」というのはかなり地味に写っていたのです。

私は秀夫先生に率直に自分の意見を言いました。
「どうしてスラブ舞曲なんですか? もっと他にいい曲があると思うんですけど」と言うと、先生は「古○君はスラブ舞曲が好きじゃないの?」とおっしゃいました。
私「嫌いじゃありませんが・・・」
先生「古○君は、スラブ舞曲は簡単だと思っているのかなあ。本当はそんなに簡単じゃないんだよ。すごく奥が深い曲なんだよ」
私は自分の中の「驕り」に気づかされ恥ずかしくなりました。
でも、秀夫先生はそれを責めることなく、「じゃあ、一緒にがんばりましょう」とニコッと笑ってくださいました。

今、先生の言葉を噛み締めています。
先生、スラブ舞曲はいい曲ですね。

サン=サーンスは私達のような生意気な学生も満足させてくれる派手さをもった曲です。
でも、最初にその選曲を聞いた時、どうやって演奏するのか想像が出来ませんでした。
だって、「オルガンつき」なんですよ。
当時、山形のコンサートホールにはパイプオルガンなんてありませんでしたから。

先生はオルガンの代わりに、シンセサイザーを使ったのです。
正直、私の中にはかなり抵抗がありました。
でも、先生の決めたことなので、それに従いました。

曲の弦楽器のパートは大体サックスやクラリネットなどの木管楽器に当てられます。
かなり苦しかったです。
16分音符連発。

やっぱり、あの曲は燃えますよ。
特にクライマックスのところなんかは。
練習にもどんどん熱がこもっていきました。

そして、本番。
ステージの上。
一番最初、一発目の音。
オルガンの「ギョーん!」というアタック。
秀夫先生が指揮棒を振り下ろした瞬間!
シンセサイザーの鍵盤を叩く「カクっ」という音が聞こえ、私達は「ガクっ」。
何とシンセサイザーの電源(←もしかしたらアンプかも)が入っていなかったのです。

つまり、何の音も鳴らなかったんです。
これは焦りました。
でも、秀夫先生はもう一度落ち着いてキューを出されて、演奏はスタートしました。
最後まで熱い演奏でした。
先生の指揮は必要以上に動き回ったりはしない、紳士的なもの。
そんな先生の掌の上で、私達は熱く燃え上がったのでした。

今でも覚えています。
最後の和音が消えていく瞬間がいとおしくて。
先生と一緒に音楽がしていたくて。

私はあんな瞬間をもう一度味わいたい、と思ってしまうのです。

定期演奏会の後は、先生と関わる機会は少なくなっていきました。
でも、ことあるごとに先生は私のことを気にかけてくれていたようでした。

その頃の私は音楽科の先生達とはあまりいい関係ではありませんでした。
先生達は地元の山形大学への進学を勧めてくれたり、東京の音大への推薦枠を勧めてくれたりしていたのですが、私はことごとく拒否。
自分のしたいことをするために、その年はどこも受験せずに一年浪人することに決めたのです。
大した才能もないのに偉そうなことばかり言う生徒でしたから、先生達に好かれなくて当然だと思います。

ある日、私の母は高校の父兄会に参加。
簡単なパーティーの席で、秀夫先生は私の母に「古○君は才能がありますよ」と言ってくださったんです。
その話を聞いて、私は涙が出そうになりました。

私は才能がなかったのかもしれない。
でも、それを認めるには若すぎたのです。
先生の言葉は、その頃の私にとって、たった一つの「救い」でした。

私は高校を卒業して一年浪人の後、国立音楽大学に入学しました。
東京に住むようになってからは、秀夫先生にお会いすることは一度もありませんでした。

その後、風の便りに秀夫先生が亡くなったことを耳にしました。
私は東京のアパートで涙が止まりませんでした。

先生、私は今でも先生の指揮姿をはっきりと覚えています。
私もなぜか教師になってしまいました。
学生達と一緒に過ごす時間は素敵です。
先生が私達にくれた素敵な時間。
今、私は同じように素敵な時間を学生達と味わっています。

合掌

akiravich at 22:02コメント(14)トラックバック(0) 

2009年07月19日

サン=サーンス:交響曲第3番サン=サーンス:交響曲第3番
アーティスト:プレートル(ジョルジュ)
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:2002-08-28
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最初聴いたときは、「何でこんなにゆっくりなの!?」と思いましたが、二回目に聴いてみると、なかなか味わい深いものがあります。
表面的な攻撃性ではなく、沸き立つようなものがありますよ。
アンサンブルの乱れはありますが、聴きこんでいくうちに気にならなくなる感じですね。

最初、ちょっと物足りなかったんですよ。
「何でこんなにおとなしいの?」という感じがしたんですが、ギャーギャー騒ぐだけじゃダメなんですね。

全体的に雰囲気がフランスっぽいです。
力技でぐいぐい押して行ったりはしない。
洗練された流麗な音楽が流れていきます。

でも、何を持って「フランスっぽい」と言うんでしょうね?
これもステレオタイプなのでしょうか?

正直、カップリングの「動物の謝肉祭」のほうがいい演奏のような気が・・・

高校の同級生達はデュトワやレヴァインのCDを聴いていました。
何かハリウッドの特殊効果ばりのスペクタキュラーな音響というのはどうにも好きになれません。

私はやっぱりミュンシュ!
これしかないでしょ。
あの熱狂度は聴くたびに興奮させられます。

でも、このプレートルもいいなあ。
聴けば聴くほど味がある感じで。

実はこの曲にはすごく思い出があるんです。
私がまだ高校三年生だったときのこと。

私が通っていた山形県立山形北高等学校音楽科の定期演奏会で、この曲を演奏したんですよ。
オーケストラじゃなく、吹奏楽でしたけどね。

その頃の私の専門はアルト・サックス。
吹奏楽の編曲版は弦楽器のパートがサックスやクラリネットなどの木管楽器に当てられるため、かなり苦しいパッセージがたくさんあったのを覚えています。

その頃の思い出については、また改めて書きたいと思います。

今日はちょっと短いですが、この辺で。

akiravich at 20:29コメント(10)トラックバック(0) 

2009年07月16日

こんにちは。
暑さにも負けずブログを更新するはぐれミーシャです。

ウェーバー:序曲集ウェーバー:序曲集
アーティスト:サヴァリッシュ(ヴォルフガング)
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:2006-09-20
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先日、ミンスクのCD屋でディスクを買いました。
ウェーバーの序曲集。
こういうCDを買うことは滅多にないんですよね。
「序曲集」と名の付いたCDは一枚も持っていないような気がします。
それだったら、オペラの全曲のCDを買ったほうがいいという考え方なので(←お金がかかる考え方)。

私、「魔弾の射手」の序曲が大好きなんです。
昔、小澤征爾氏の古いドキュメンタリー番組の中で、十束尚宏さんという指揮者がまだ若かった頃の様子が出ていて。
その時の演目が「魔弾の射手」。
そのメロディーは強烈に頭の中に残っていたんですよ。

演奏は素晴らしいものでした。
「これがウェーバーなんだ!」と思わせてくれるような演奏。
CDによっては作品を聴いているのか、指揮者の演奏を聴いているのかわからなくなることがありますが、このCDは間違いなくウェーバーのもの。
嫌味やはったりのない、すっきりとした演奏です。
それでいて、「熱」もこもっている。
でも、その「熱」は演奏家がこめたものじゃなくて、音楽にこもっていたもの。
それを引き出したサヴァリッシュは、本当の「職人」だと思います。

そこで思うことが一つ。
今日は同僚が貸してくれたDVD、NHKのドキュメンタリー番組を見ていたんですよ。
「プロフェッショナル 仕事の流儀」。
いいですよね、この番組。
私は大好きです。

今日見たのは落語家・柳家小三治さんの回。
私、落語って全然詳しくないんですが、たまに聞くと面白いですよね。
引き込まれるように見入ってしまいました。
その小三治さんの芸ですが、無理をしていない感じなんですよ。
強引な力技で笑いを取る若手お笑い芸人とは全くの対極にいるような。
というか、比較するなっていう話ですよね。
ああ、テレビでキャーキャー言われているのは「お笑い」で、小三治さんのは「笑い」なのかなあ(←何が違うのか聞かれると困るけど)。
東京に住んでいたとき、他の落語家の落語会に行ったこともあるんですが、この番組を見て、何か始めて落語に触れたような気分になりました。
人物描写するんでも、描写してるんじゃないんですよ。
外側からの描写じゃなくて、内側からの言葉。
叫んで笑いを取ったりするやり方とは、根本的に違っていました。

小三治さんは「笑わせるんじゃなくて、笑ってしまうのが芸」という言い方をしていました。
それが妙にそのサヴァリッシュの芸と通じるように感じるんですよ。
音楽を語るのでもなく、音楽に語らせるのでもなく、音楽そのものが語ってくれる。
いい音楽を聴くと幸せを感じますよね。
それは指揮者のおかげもあるのでしょうけど、音楽そのものが持っている力なのかも。
サヴァリッシュの演奏って、よく「余計なものをそぎ落とした」なんて言い方をされることがあるけど、音楽には元々余計なものなんてないんじゃないかなって思う。
それってむしろ逆で、他の演奏家がいろんなものを付け加えすぎちゃっているのかもしれませんね。

まあ、サヴァリッシュの演奏が時々、すっきりしすぎていて、物足りなく感じることがあるのも確かですが。
情念ドロドロの演奏が好きな人もいるでしょうし。
私もバーンスタインのような熱狂型の指揮者、好きなんですけどね。

私がクラシック音楽を聞き始めた14歳ごろ、よく耳にしていたのはサヴァリッシュとNHK交響楽団の演奏。
サヴァリッシュは日本びいきなのか、N響びいきなのか、よくN響と共演していたので、N響アワー(←まだ芥川也寸志さんが司会だった頃です。懐かしい!)を見るのが習慣だった私はサヴァリッシュの演奏をよく耳にすることになったのです。
その頃、サヴァリッシュの指揮で聴いたのは・・・
メンデルスゾーン「真夏の夜の夢」
シューマン「交響曲第4番」
この二つが印象に残ってます。他にも何か聴いたと思うんですけど・・・

サヴァリッシュを評価するときに、良く出てくる言葉。
1.真面目
確かに。
生真面目な感じに折り目正しい演奏をしますね。
感情におぼれたりすることはなく、理性的に音楽を作り上げていく感じがありますね。
そこを物足りないと感じるかどうかは、人によるのでしょう。

2.淡白
うーん、そうかなあ。
確かに思いっきりアゴーギグをきかせたりすることはほとんどないかなあ。

3.無個性
この評価にはすっごい反対!
だって、「他にこんな指揮者がいますか?」と聞かれたら、みんな返答に困るんじゃないですか?
素材の味を引き出すのが料理人の仕事なら、音楽の「味」を引き出すのが音楽家の仕事じゃないでしょうか。
サヴァリッシュほど音楽の「味」を引き出すことが出来る指揮者はなかなかいないと思いますよ。
これって、かなりの「個性」だと思うんですけど。

久しぶりにいい音楽を聴きました。
もっとサヴァリッシュのCDを買いたくなりました!

akiravich at 14:51コメント(0)トラックバック(0) 
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