日本の思い出

2010年11月13日

ご無沙汰しています。
はぐれミーシャです。

本当にご無沙汰しています。
はぐれミーシャでございます!!!

今日は久しぶりの完全オフ!!!
やりたいこと、たくさんあったのですが、そのうちの一つが「ブログを書くこと」!
本当に書きたいことは死ぬほどあったんです。

正直、ここ最近の疲れ方は尋常じゃありませんでした。
これまでも疲れることは多々あったのですが、今の疲れと比べれば極太ソーセージとポークビッツぐらいの違いがあります(←なんじゃそりゃ)。

だって、授業中に気を失いそうになるんですよ。
眠いのと疲れとごっちゃまぜで襲い掛かってきて、落ちそうになるんです。
自分を無理やり支えるために、立ち上がってジャンプしたり、屈伸したり、ダンスしたり。
もうやりたい放題。

そうそう。
「立ち上がって」と書きましたが、私はいつも座って授業をしています。
「教師は立って授業をするもの」と言う人も結構いるのですが、私はまあどっちでもいいかなと思っているので。

それに、教室が異常に狭いので、学生との距離が近いんですよ。
そこで私が立ってしまったら、学生たちは上のほうを見てばかりいなければならず、首が疲れるんです。

学生と座っている距離が近いのは私としては非常にいいことだと思っています。
物理的な距離と精神的な距離が完全にリンクしているとは思わないけど、いかにも「教壇」という感じで一段上がっていると、何か教師が祭り上げられているような感じがしないでもないですよね。

そんなことを考えていて思い出したこと。
それは私が東京ロシア語学院というロシア語の専門学校でロシア語を学んでいた頃の話です。

私が東京ロシア語学院に通っていたのは1996年から1999年までです。
その頃の学院長は東郷正延先生でした。
東郷先生は東京外国語大学の教授だった方で、研究社の露和辞典の編者の代表でもあります。

すでにかなりの御高齢でしたが(←80歳は超えておられたかと思います)、まだ授業をなさっていました。
週に一度、一年生の授業です。

東郷先生はロシア語の神様のような雲の上の存在でしたが、授業での先生は楽しく明るく、そして明快な授業をなさる方でした。
私にとってもだいぶ前の話なので、内容自体はそれほど覚えていないのですが(←先生、すみません)、一つだけ強烈に覚えている話があります。

それは東郷先生がロシアに住んでいたときのこと。
「そのときに知り合った人にゾーヤさんという女性がおりまして・・・」
ゾーヤというのはロシア語圏では昔からある女性の名前です。
最近は滅多に出会うことはありませんが・・・

「そのゾーヤさんは体が大きい人で、ゾウに似ているんです」
その話を東郷先生は本当に楽しそうにかみ締めるようにお話なさっていました。
私たち学生も「ゾーヤ=ゾウ」という太った女性のイメージがついてしまいました。

ちなみに、私が会った「ゾーヤ」さんは一人だけで、タシケントで私が部屋がなくて困っていたときに助けてくれたアクセサリーを売っている女性でした。
彼女は普通にやせていました。

話がだいぶそれてしまいました。

で、東郷先生、授業のとき、絶対に座らなかったんですよ!
「教師は立って授業をするべきもの」
授業は80分ですから、ずっと立ったまま授業をするのはなかなか体力がいると思うのですが、先生はいつも立っていました。

あるとき、学院の近くのラーメン屋で東郷先生を見かけました。
悠然とラーメンを食べておられました。
そのラーメン屋のラーメンはそんなに脂っこくはなかったのですが、80歳を過ぎてラーメンを食べられるというのはすごく元気なんだなあと勝手に思いました(←別に80歳を過ぎたらラーメンを食べるなという意味ではありません。実際どうなんですかね? ラーメンは年齢に関係ないのでしょうか?)

もう一つ、よく覚えていることがあります。
それは学期末の試験のことです。

(ここまでは木曜日の夜に書いたものです)
(ここからは土曜日の朝に書いています)

東郷先生の試験は完全なロシアスタイルでした。
口答試験なのですが、それは何枚かの紙がくじのようになっていて、学生の前に並べられています。
その中から一枚を選び、そこに書いてある質問に答えるというものです。

東郷先生はこちらにプレッシャーをかけるわけでもないのですが、やはり相手はあの東郷先生ですから、こちらとしては超緊張します。
でも、質問自体は非常に簡単なものだったので、私は難なくクリアすることができました。

すると、東郷先生「おお、君はよくできているね。じゃあ、もう一枚やってみようか」
えっ!?
まあ、いいんですけどね。

用意されていた紙は3枚。
二枚目の質問もクリアすると、先生は「まあ、ここまで来たんだから、もう一枚やってみようか」
えええっ!?

その最後の一枚は一つだけ難しい質問があり、少し間違えてしまいました。
それでも、東郷先生にはお褒めの言葉をいただきました。
「ちょっと大変だったかな?」
後で聞いたら、他の学生はみんな一枚ずつでした。

最後にもう一つの思い出。
それはロシア語の歌に関するものです。

東京ロシア語学院では毎年12月に学院際がありました。
学院の本科は3年間なのですが、私たちは3年連続でロシア民謡を合唱しました。
皆さんもご存知かと思いますが、有名な「カチューシャ」や「ともしび」などの曲です。
まあ、一応音楽高校を卒業し、音楽大学まで行ったわけですから、歌の指導はできますよ。
もちろん、みんなプロではありませんが、出来る限りの努力はしました。

最初の年、学院際の最後に東郷先生にご挨拶いただいたとき、先生は「歌はいい! ロシア語を勉強する人間はロシア民謡を歌わないとダメだ」と力説しておられました。
実は以前は学院でもロシア民謡を歌うグループがあったりしたのですが、しばらくその伝統が途絶えていたのだそうです。

その後、毎年学院際の最後に東郷先生は「歌はいい!」と言ってくださいました。
私が卒業するとき、「君が卒業してしまうと、歌を歌う人がいなくなってしまうから、さびしいねえ」と言ってくださいました。

私が卒業してすぐの年は合唱をしていました。
私は卒業生でしたが、まだ東京に住んでいたので、練習に顔を出してみたんですよ。
すると、全く元気のない歌声。
そして、テンポがだらっとしていて。
合唱部だった女の子がいて、その子が指導していたのですが、全くダメで。

「古○さん、指揮してみてくださいよ」と後輩に言われたので、久しぶりの指揮。
いやあ、燃えましたね。
で、歌声が全然変わったんです。
歌っている本人たち、歌い終わって拍手。
「全然違います!」
そりゃあ、だてに音大に入っていませんから(←卒業してないけど・・・)

また、話がそれてしまいました。

その後、東郷先生にお会いすることはありませんでした。
先生の訃報を聞いたのはベラルーシに来てからのこと。
2002年でした。

私は先生のおかげでここまで来られました。
先生がお作りになった研究社の和露辞典、私にとってはバイブルです。
辞書を使うたびに、私は「ああ、俺はこの人に習ったんだ」ということを想い、それを誇りに思うのです。
先生、本当にありがとうございました!


ああ、俺も頑張らないとな!
80歳を超えても立ったまま授業をしていた東郷先生。
もっともっと元気に頑張らないと!

正直、ここ最近の仕事量は尋常じゃありません。
はっきり言って、働きすぎだと思います。

吐き気がするほど疲れるのです。
授業中に涙が出そうなほど疲れるのです。
ハッと気づくと、学生たちの前で黙りこくってしまう自分がいます。

特に先週の日曜日は最悪でした。
いつものように8コマ。
つまり、12時間、学生の前で話し続けるのです。
最初の9時間は何とかいつものように楽しい授業ができました。

でも、最後のグループとの3時間は完全にアウトの状態。
言葉が出てこない。
顔が笑っていない。
波にさらわれるように、自分の存在が根こそぎ持っていかれるような強烈な疲れ。
無理やり冗談を言って、完全な沈黙を作り出す、超空回り。

最近、私とベロニカちゃんが見ているドラマ「ルーキーズ」にこんなセリフがありました。
試練はそれを乗り越えられるものにしか与えられない
確かこんな言葉だったと思います。

これは試練なんです。
乗り越えなければならないんです。
どうしてかわからないのですが、この試練を乗り越えれば何か明るいものが見えてくるという確信が私にはあります。

家族のためというのももちろんあります。
でも、これは「私闘」という感覚が私の中では強いです。

もっと高みへ
今見えないところへ
今を駆け抜けたら
何が見えるだろう?
その先を見てみたい
地獄のような日々を
天国への階段に変えてみせよう

by はぐれミーシャ

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2010年08月17日

こんにちは。
はぐれミーシャです。

今日のミンスクは強烈に暑いです。
まあ、日本とは比べ物になりませんが。
でも、似たようなタイプの暑さだと思いますよ。
じとーっとしている感じです。

今日は朝から龍二くんと病院に行ってきました。
予防接種を受けるためです。
何か日本よりも予防接種の数が多いんですよ。

龍二くんは病院の人も「静かなお子さんですね」と言うぐらい、本当に静か。
今日も注射のときはちょっと泣きましたが、すぐに泣き止んでおとなしくなりました。

今日はプライベートレッスンが二つ。
最初は14歳のキラちゃん。
このブログにも何度か書いていますが、彼女のお父さんはベラルーシでも有名な俳優のキリチェンコさん。
私も非常に親しくさせてもらっています。
その割にはここ1年ほど会っていないけど・・・

キラちゃんは芸術家の娘だけあって、とてもにぎやかな楽しい女の子。
今日もおしゃべり全開で、ほとんど授業にならないほどでした(←しょっちゅうです・・・)。

教科書の中にたまたま「彼」という言葉が出てきました。
そこで、私はキラちゃんに「彼がいますか?」と聞いてみました。

日本では友達になったら、そんな質問は当たり前ですよね。
でも、ベラルーシでは日本みたいに簡単には聞きません。
そこをあえて聞くのがはぐれミーシャ!

キラちゃん「いません(笑)」
はぐれミーシャ「でも、キラちゃんと付き合う男の子ってイメージできないね」
キラちゃん「私もできません」
はぐれミーシャ「だって、すごく強い男の子じゃないと、キラちゃんに負けちゃうでしょ?」

実はキラちゃんは同級生の男の子とも普通に喧嘩できるくらい強いのです。
別に格闘技を習っているわけではないのですが、腕っぷしが強いのです。

はぐれミーシャ「キラちゃんより強い人の方がいいでしょ? だったら、プロの格闘家になっちゃうんじゃない?」
キラちゃん「そうですね!(笑)」
はぐれミーシャ「初めてのデートがリング上とかさ」
キラちゃん、爆笑。

そうそう。
そこで私は音大時代の彼女との初デートのことを思い出したのです。

彼女はとてもとても静かな女の子でした。
大学からの帰り道、なかば強引に話しかけたのがきっかけでした。
もともと無口だったのが、いろいろと話すようになって・・・

話していくうちに、いろいろと共通の興味があることがわかりました。
音楽の趣味も似ているところがありました。

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彼女が大好きだったブラームスの間奏曲。
ブラームスの間奏曲 B FLAT MINOR, OP.117,NO.2

私はこの曲を聴くと、私の心は閉じていきます。
一緒に図書館の地下の視聴室で聴いたのです。
そのときのことは2009年3月7日「思い出が音楽になって、潮が満ちるように心が溢れる瞬間、ありませんか?」に書いてあります。

そんな彼女とは好きな作家も同じでした。
それは太宰治。
彼女の内向的な性格を考えるとそれは非常に自然なことでした。

それは6月の中旬のこと。
私は「じゃあ、桜桃忌に行ってみない?」。
桜桃忌というのは太宰治の誕生日であり、自殺後、遺体が発見された日でもある6月19日に太宰治を偲ぶ日のこと。
東京・三鷹の禅林寺にあるお墓に詣でるのです。

そして、私と彼女の初デートは太宰治のお墓参りになったのでした。
桜桃忌はある種のイベントと化していて、浴衣を着ている女の子がいたりして、何かお祭り気分を感じさせるようなものでした。
はぐれミーシャ「何か思っていたのと違うね」

彼女の中では彼女とか彼氏とか言うよりは、同じような志向の「仲間」という意識が強かったのかもしれません。
彼女は静かに笑顔で。
あまりにも静かで。
それはブラームスの風のようで。

それから、私たちは御茶ノ水に行きました。
私が好きな古本屋街があるからです。
彼女も本が好きでしたから、楽しそうでした。

でも、お昼ごはんを食べる店はちょっとミスったかも。
それは神保町の交差点からすぐの洋食屋。
洋食屋というか、食堂に限りなく近い店。

店の名前は覚えていません。
味はそこそこいいのですが、店内は恐ろしくなるほど汚いのです。
古い雑誌が山積みされていたりして。
とても初デートで連れて行くような店ではありません。
でも、彼女は楽しそうに食事していました。

そのあとは古本屋を回り、疲れたら私のお気に入りの店「喫茶ブラジル」でコーヒータイム。
あっという間に時間は過ぎていきました。

そして、どこかで軽くお酒を飲んだように思います。
正直、昔過ぎて所々記憶が曖昧なのです。

そして、私たちはうちへ帰ることにしました。
私は「うちまで送るよ」と言ったのですが、彼女はかたくなに「いいよ。一人で帰れるから」
彼女「それに、うちはお父さんが厳しくて、もし見つかったら何を言われるかわからないから・・・」

彼女は壊れそうなくらい弱い女の子でした。
抱きしめるとそのまま腕の中で崩れそうなほど脆い心を持っていました。
私は目を閉じたくなるほど彼女がいとおしくて・・・
目を閉じれば閉じるほど、私は彼女の中に入っていきたくなりました。
彼女の悲しい笑顔が精一杯に輝いているのは、その日の私にとって救いでした。

彼女は井の頭線に乗り換えないといけなかったので、中央線に乗ったのですが、私たちは吉祥寺までたどり着けませんでした。
たどり着けないほど、私たちは一緒にいたかったのです。
電車の中で彼女が「まだ帰りたくないなあ」と言った時、僕はその手を引いて、途中の駅のプラットフォームで二人を二人だけにしました。

夜の駅のプラットフォーム。
私たちは奇妙なほど二人きりでした。
誰もいないことがこんなに気持ちいいことなのか、と。

私たちは何を話したのか、そもそも何かを話したのかさえ、私は覚えていません。
ただ、ベンチに座って、駅の無機質なライトに照らされた私たちは静かに時間の流れに逆らっていました。

彼女が「もう帰らなくちゃ」と言った時、私は不思議なほど素直に「そうだね」と言い、立ち上がった私たちは素直に時の流れに従いました。

吉祥寺の駅で彼女は降り、閉まりゆくドアの向こうで彼女が笑顔で言った「じゃあね」という言葉を僕は抱きしめながら、立川の駅まで。

そんな僕たちの初デートは他の人から見れば奇妙なのかもしれません。
でも、どこに行くかは問題じゃなくて。

その彼女とのことはいつか書いてみたいと思っています。
ただ、今はまだ書けないことが多くて・・・

いろんなことを思い出して、まったりモードのはぐれミーシャでした・・・

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2010年04月05日

こんにちは。
タイトルを見て、「はぐれミーシャ、気でも狂ったか?」と思われた方がいるかもしれませんが、今日の私は極めて正常です。

今日は復活祭!
ということで、授業は全てお休み。
何か今日は働いたりしてはいけない日なんだそうです。

つまり、久しぶりの完全オフ!
純粋に何もしなくてもいい日というのは、お正月以来じゃないかな。

今日は朝から教会へ行きました。
ベロニカちゃんが作ったイースターエッグや復活祭のパン(クリーチというものです)を清めてもらうためです。

P4041312うちから歩いて10分ぐらいのところに巨大な教会が建設されています。
まだ完成していないようですが、できたらミンスクでもかなりの規模の教会になると思います。

これはロシア正教の教会です。
この時期になると、いろんなことを思い出します。
私も東京でロシア正教の教会に通っていましたから。
その頃の話は2008年4月30日「復活祭の思い出」をご覧ください。

P4041315建設中の教会の隣に、この木造の教会があります。
これもかなり新しい物です。

ベラルーシでは田舎のほうに行くと、かなり古い木造の教会が残っていたりするんですよ。
私は結構好きです。
ほとんど廃墟になっているような教会も結構味があるもので。



P4041313かなりたくさんの人が集まっていました。
教会の周りに人が集まり、そこに自らが持ってきた卵やパンなどを並べます。
そこに司祭の人が来て、水をかけて回るのです。
その水はお祈りで清められているので、その水を浴びた食べ物も清められたことになるんだそうです。



今日はうちへ帰って、アニメ鑑賞!
実は昨日、私の学生のO君が「タッチ」を持ってきてくれたんですよ。
一体どこで見つけてくるんだろう?
どこかの国のサイトでダウンロードしたようです。

「タッチ」!
私は大好きでした。
やっぱり南ちゃんは永遠のアイドルですよね。
野球マンガの金字塔と言っても過言ではないと思います。

そういえば、マンガのほうは歯医者の待合室でしか読んだことがないんだよなあ。
アニメは何度も見たけど。
甲子園の季節になると、よく再放送してますよね。
毎年、夏は「タッチ」を見るのが年間行事化してました。

O君も「タッチ」はかなり気に入っているようです。
彼のあだ名は「ガンダム」。
「超」がつくほどの「ガンダム好き」です。
私の誕生日のときなんか、ガンプラとか、ザクの人形をくれるんですよ。
私、ガンダムは嫌いじゃないですが、そこまでではないので・・・

私は中学時代のある出来事を思い出しました。
私はラジオが大好きで、深夜放送からお昼の番組まで幅広くラジオを聴いていました。

中学三年のある日、私はラジオたんぱ専用のラジオを買ってもらいました。
私が聴きたかったのは「めざせ!高校一直線!」という番組。
これは高校入学を目指す受験生を応援するというコンセプトの番組(だったと思います・・・まあ、タイトル的にはそんな感じですし)
夕方の時間帯に放送されている番組でした。
その番組のパーソナリティーが南ちゃんの声でお馴染みの日高のり子さんだったのです。

その番組の中で視聴者と電話で直接話すというコーナーがあって。
普通、そういうのって視聴者からの電話が殺到するから全くつながらないのが普通ですよね(←例えば、日曜日の夜のニッポン放送のアイドルの番組は全くつながらなかった)。

でも、私はあるとき、運良く電話がつながったんです!
ラジオ局の人が「スタジオとつなぎますから、このままで待っていてくださいね」
私はドキドキ。
だって、あの日高のり子さんですよ!

そして、スタジオとの会話。
その日の番組のテーマは「バレンタイン」。
日高さん「古○君は好きな子とかいるのかな?」
その頃、私は初恋&片想いの真っ只中。
普通だったら恥ずかしくて、そんなこと誰にも言えませんが、山形県でラジオたんぱを聴いている人は少ないだろうし、それに同級生が聴いているとも思えなかったので、「はい、います!」と答えてしまいました。
これが南ちゃんの力でしょうか(←?)

すると、日高さんは「えー、じゃあ、告白しちゃいなよ!」
えー、まじですか!?
日高さん「バレンタインデーは女の子が告白する日だけど、男の子が告白してもいいよね」
私は思わず「はい!」と答えてしまいました。

最後に日高さんが「じゃあ、南ちゃんの声でメッセージを送りますね」
おお!!!
南ちゃん「古○君、(内容失念)けど、がんばってね!」
ヒデキ感激! いや、はぐれ感激!

あの南ちゃんの声で「がんばってね!」なんて言われたら・・・もうどうすればいいんですか!?
あの声を思い出しただけで、どんぶり飯三杯はいけます(←意味不明)。

次の日、学校に行くと、同級生の一人が私の所に来て、「昨日、ラジオ聴いたよ。あれ、お前だったの?」
幸いなことに、彼は非常にいいやつで、「心配するなよ。誰にも言わないから」
まさか聴いている同級生がいるとは・・・

昨日、この話を学生にしたのですが、「タッチ」を持ってきてくれたO君、「先生! ずるいです!」
はぐれミーシャ「何がずるいのよ」
O君「僕も話したいです!」
まあ、そうだろうなあ。
だって、あの南ちゃんですから!

ああ、そうそう。
結局、告白したのかっていう話ですね。
しませんでした。
できませんでした。
高校受験を控えて、二人きりになるチャンスを作るというのは非常に難しかったんです。
南ちゃん、ごめん!


明日は映画の撮影!
国立美術館でやるそうです。
明日から木曜日までの4日間は毎日撮影。
授業はお休みになります。

私の役は台詞がないんですよ。
でも、その回のキーパーソンのようなので、いないと困るような役だそうで。
映画は待ち時間が異常に長いので、リラックスしてやりたいと思います!

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2010年02月19日

こんばんは。
大学イモを作ったのですが、蜜を作っているときにどんな味か試してみたくなり、ヘラを直接なめたら、軽く舌をやけどしてしまい、軽く後悔したはぐれミーシャです(←ヘラを直接なめるような御行儀の悪いことはやめましょう・・・)。

P2181228これがやけどの末に出来上がった大学イモです。
一ヶ月ほど前に買ったのですが、そのまま料理をする時間もなくほっておいたんですよ。
そうしたら、ちょっと悪くなりかけていたので、急いで料理したんです。

すっごく甘くておいしかったです。
これ、アメリカ産のさつまいもです。
ベラルーシでは作っているという話は聞いたことがありません。
そもそも、その「さつまいも」という言葉をロシア語で言うと、たいていの人は「聞いたことはあるけど、見たことも食べたこともない」というリアクションをします。

今日はねむーい一日でした。
昨日の疲れがドッと出てきて・・・
授業は3つ。
それ以外の時間は翻訳作業をしました。

こういう忙しいときに限って、他の仕事が舞い込んできたりするもので。
まあ、こういう話は昨日も書きましたが。
今日は別の翻訳会社から翻訳の依頼が来ました。
内容は法律関係。
かなり困難な内容です。

私が期限をたずねると「いつまででもいいです」。
こういう依頼、大好きです!

さて。
今日はふと思い出したことがあったので、それを書いてみます。

この前、私はNHKラジオ第一放送の「地球ラジオ」という番組に出させてもらいました。
そのときのテーマは「名前」。
で、今日ベロニカちゃんとベラルーシの変な名前の話をしていて。
はぐれミーシャ「じゃあさ、『レナード』っていう名前はある?」
ベロニカちゃん「うーん、聞いたことないなあ」
私が「レナード」と言っているのは、もちろん「レナード・バーンスタイン」のことですよ。

ベロニカちゃん「『レオナルド』だったらいるけどね」
レオナルドか。
はぐれミーシャ「俺が連想するのは『レオナルド・ダ・ヴィンチ』だけど、普通の人は『レオナルド・ディカプリオ』をイメージするのかな?」
実は最初に頭に思い浮かんだのは「レオナルド熊」だったのは、秘密・・・

こういうギャップについて考えたとき、東京に住んでいたときのある出来事を思い出しました。

それは私がまだ東京ロシア語学院でロシア語を学んでいたときのことです。
ある日の夜、いつものようにお酒を飲んだのですが、誰かの提案でカラオケに行くことに。
7、8人はいたかなあ。

みんな酔っ払っていて、かなり盛り上がりました。
でも、私はカラオケって、そんなに好きなほうではないんですよ。
やっぱり恥ずかしいし。
歌いますよ。
でも、何か遠慮しちゃうんです。
だから、「あしたのジョー」とか、アリスの「チャンピオン」とか、そういうのを選んじゃうんです(←?)。

誰が私に言いました。
「古○さん! 『硝子の少年』、入れといて!」
それはKinKi Kidsのデビュー曲ですよね。
その頃、はやっていたので、私も聞いたことはありました。

でも、そのときは誰かが歌っている最中でよく聞き取れなかったんですよ。
2、3曲あとに、流れ出したイントロは何だかおかしくて。
みんな「???」という顔をしていたのですが、誰かが「古○さん! これ、『硝子の少年』じゃなくて、『ガラスの十代』ですよ!」

やっちまった!
「ガラスの・・・」ときたら、光GENJIの「ガラスの十代」に決まってるじゃないすか!
私が中学生のときですよ。
ローラースケートで舞台を走り回る姿は新鮮でした。

誰かが「まあ、世代が違いますからねえ・・・」
確かに、私は22歳のときにロシア語学院に入学したから、高卒で入ってきた人なんかよりは年上だったんですけどね。

結局、みんなで「ガラスの十代」を大合唱したのでした。
あれは笑ったなあ。

ああ、懐かしいなあ。
あの頃に帰りたいなあ。
みんなで居酒屋行って、朝まで話したりしたあの頃。
楽しかったなあ。
今は朝まで一人で翻訳作業ですもん・・・

akiravich at 03:51コメント(2)トラックバック(0) 

2010年01月18日

おはようございます。
相変わらず翻訳を続けているはぐれミーシャです。

あんまり「つらい」とか「疲れた」と書いているとお叱りを受けそうですが、本当にそのとおりなので書きます。
つ・か・れ・た!

量が尋常じゃないのです。
締め切りが2月1日なのですが、それまでに間に合わせるにはかなりのエネルギーを要します。
正直、かなりやばいです。

この仕事が終わったら、絶対に休むぞ!
寿司を食べて、ビール飲んで、それからそれから・・・
うーん、やりたいことが多すぎて、よくわからん。

あと、地方都市へ折り紙をやりに行こうと思っていたんですよ。
うちの学生のリューダちゃんの故郷、ピンスクへ。
めっちゃ遠いんですけど、そういうところへ行くのが「はぐれミーシャ、仕事の流儀」(←折り紙は趣味ですけどね)。

P1171160これは昨日の朝の写真。
寒かったです。
温度計を見たら、マイナス13度。

でも、部屋の中はそれほど寒くはないんですよ。
というのは、ベラルーシの都市部ではセントラルヒーティングが普通。
私が通っていた小・中学校にはあったのですが、スチームみたいなやつです。
で、部屋の壁が暖かくなるので、ヒーターの前だけ暖かいのではなく、全体的に暖かいのです。

でも、今日の朝はちょっと寒くて。
温度計を見るとマイナス18度。
ここまで来ると、セントラルヒーティングでも寒いんですね。
ベッドから出るのがつらかったです。

でも、私が生まれた山形とは比べられないなあ。
外の気温はもちろんベラルーシのほうが低いんですけど、うちの中とかは山形のほうが寒かったなあ。
だって、セントラルヒーティングじゃなくて、灯油ヒーターだったから、朝起きたときは部屋が冷え切っているんですよ。
そのヒーターをつけるところまでが嫌で。
思い切って、エイッと布団を出て、ヒーターにスイッチを入れて、ダッシュで布団に駆け戻るという。
そして、部屋が暖かくなるまでじっと待つのです。

今日も寒いけど、私は外に出る用事がないので、良かったなあ。

昨日は日曜日だったのですが、朝の授業はキャンセル。
翻訳に当てました。
そして、夜の授業は学生たちの多くが試験期間で他の勉強をしなければならないということで、火曜日に変更。
なので、昨日は昼のアニメグループだけでした。

朝の8時から翻訳開始。
14時半から17時半までの授業以外は、ずっと翻訳。

今回はベロニカちゃんの力も借りないとできない仕事なので、可能な限り、ベロニカちゃんにも手伝ってもらいました。
ベロニカちゃんが忙しいときは私一人でできる部分を訳すという形で。

結局、昨日寝たのは2時半。
そこで力尽きました。

今日のように授業がない日を徹底的に有効に使わないと、この仕事はクリアできません。
今日もがんばろう!

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2009年12月03日

おはようございます。
はぐれミーシャです。
昨日の夜も更新する時間がありませんでした。

実は今も時間がありません。
ベラルーシ語の勉強をしないといけないんです。

昨日は夜の22時にうちに帰ってきて、それから翻訳、ベラルーシ語の勉強。
寝たのは1時半でした。

そして、今。
7時半に目が覚めて、「勉強しなくちゃ!」

そんなときにふと思い出したのが、受験生だった頃のこと。
っていうか、今の俺、受験生みたいじゃん!
寝ても覚めても勉強というか。
ベラルーシ語の授業がある火曜日と木曜日はある種の強迫観念にかられます。
いやあ、懐かしいなあ、この感覚。

私は大学に入るとき、一年浪人しているんですよ。
高校卒業するときはどこも受験しなかったんです。
それはどうしてかというと、入りたいところに入る実力がなく、入れるところには入りたくなかったから。

私の夢は指揮者になることだったのですが、そのためにはどこに入ればいいのかわからない。
今考えるとかなり無謀な夢だったと思います。
高校の先生たちからはいくつかの音楽大学への推薦入学を勧められたのですが、それも断りました。
「声楽科だったら入れるから」
あのー、声楽をやりたいわけじゃないのに、声楽科に入ってどうするんですか?

それで、一年間浪人して、国立音楽大学の音楽学学科に入学したのです。
まあ、それが指揮の勉強につながるかどうかはともかく。
とりあえず東京の音大に入らないと、と思っていたんです。
いくつかの大学には指揮科もありますけど、そんなところ、入るのは夢のまた夢だし。

一年間の浪人生活。
私はうちで一人で勉強しました。
時々、高校でピアノを弾かせてもらったり、ピアノの先生のところへレッスンへ行く以外は、うちで自主練習・自主勉強。
ピアノを弾き、一人でラジオの「大学受験ラジオ講座」を聞く毎日でした。

受験生の頃のことを思い出しました!
この「追い込まれた感」が懐かしい!

っていうか、時間がない!
今日の夜はちょっとオフィシャルな食事会があるので、朝からスーツでお出かけ。
夜までほぼノンストップで勉強&授業です!
がんばらなくちゃ!


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2009年11月28日

今日は仕事が少なくて楽な一日でした。
何かいまいち調子が出なかったです。

今日の夕方、昔の知り合いから電話が。
その人は芸能関係のプロデューサー。
「日曜日、学生のお笑い番組の審査員をやってもらえないかな」
まだ本決まりじゃないので、ダメになるかもしれませんが。
もし本当に出ることになれば、明日、正式に話が来ることになってます。
テレビの仕事は楽しいから出たいなあ。

仕事が終わったのが20時半。
こんな時間に仕事が終わるなんて〜!
時間に余裕がある夜というのも珍しいです。

夕食の後はドラマタイム!
おとといぐらいから見ているのは「タイガー&ドラゴン」。
すっごい面白いです。
私は一度見たことがあったのですが、今回はベロニカちゃんと一緒に。

私は落語には詳しくはないですが、好きなことは好きなんですよ。
昨日の夜は一生懸命「寿限無」のフレーズを暗記しました。
あの「寿限無寿限無・・・」というやつです。
三行だけ覚えられないです。
っていうか、三行は多いか。
ちょっとロシア語でやってみたいです。

さて。
今日の話はわかる人にはわかる、という話です。

今週の月曜日と火曜日、私は体調を崩して休んでいました。
9月からのハードワークがたたったんですね。
私は仕事のことは全て忘れて、体と心を休めることに専念しました。

その間、何をしていたのかというと、ビデオ鑑賞。
日本から送ったビデオを見ていました。

昔から好きな番組はビデオに撮っておく癖があって。
実家には撮り貯めたビデオが山のように残っています。
母親からは「邪魔だから、何とかしなさい!」と言われるのですが、なかなかこれが。
全てが思い出深いものなので。

夏に日本に帰ったとき、日本から船便で大量に本やビデオを送ったんですよ。
そのビデオはほとんどがクラシック音楽、料理番組、プロレス、この三部構成。

しかし。
中には以前に撮っておいたドラマがあって。
その中には私が大好きな「ビバリーヒルズ高校白書」「ビバリーヒルズ青春白書」がありました!

月曜日の夜は5話立て続けに見てしまいました。
「青春白書」のほうです。
ケリーがホスピスでボランティアをしたり、山火事のときにドナちゃんが小鹿を助けたりしたあたりです(←わかる人にはわかります)。

私は「ビバヒル」が大好き!
かなり昔から見ていました。
一番最初の5〜6話は見ませんでしたが、後はずっと見ていました。
ブランドンがいなくなるまでは見ていました。

よくNHKで夜中にやってましたよね。
以前は日曜日だったと思うのですが、人気が出るにつれ、土曜日になったりして。
それにしても、よくコロコロと放送時間を変えたものだなあと思います。
っていうか、変えすぎです。

私が一番好きだったのはディランです。
あの破滅型の生き方に共感。
目の前で父親が死んだり、彼女が死んだりといろんな地獄を見てきたディラン。
そんな瞬間、私はテレビの前で固まって、言葉を失うのでした。

私が専門学校でロシア語を勉強していた頃、クラスメイトたちとよく「ビバヒル」の話をしていました。
女の子は大体、ケリーが好きでしたが、私はあまり好きじゃありませんでした。
ただの我がまま娘にしか思えなかったのです。
クラスメイトの女の子「ブランドンとケリーが一緒になれば一番いいのに」
私は大反対。
ケリーはどうしても好きになれませんでした。
だって、ブランドンとディランの両方と付き合っていたなんて。
親友が自分の前の彼女と付き合ったら、ちょっと嫌じゃないですか?
私はそういう経験があるので・・・

ブランドンはいろんな女の子と付き合っていましたよね。
今、思い出せるだけでもニッキー、エミリー、トレーシー、人妻、大学新聞の人(名前忘れた)などなど。
私の好きなタイプと同じなんですよ。
ドラッグにはまっていたエミリー以外はみんな私の好きなかわいいタイプの子ばかりでした。

あと、私が好きなのはナットさん。
私、喫茶店のマスターとか憧れてるんです。
いいですよね。
若者が集まってきて、「俺も若い頃は・・・」なんて、恋愛相談に乗っちゃったりして。
いいよなあ。

私の周りの女の子に人気があったのはブレンダでした。
私も好きでしたけどね。
ブレンダがパリに行っている間に、ディランがケリーとくっついちゃった時は、私はブレンダを応援していました。
確かにブレンダもパリでいい男を見つけていましたが、親友の彼氏をとっちゃうなんて・・・
許せん!
今思うと、あの頃から私の「ケリー嫌い」が始まったように思います。

すみません。
見ていなかった人には何のことやらわからない内容ですよね。

すごい感情移入してしまうドラマですよね。
人ごととは思えなくなってしまうんです。
専門学校時代は一部のクラスメイトと激論していましたもん。

はぐれミーシャ「俺はディランタイプだよな」
クラスメイト(←読んでる?)「いやあ、古○さんはブランドンタイプでしょ」
はぐれミーシャ「なんで?」
クラスメイト「だって、よく彼女が代わるじゃないですか」
はぐれミーシャ「・・・」(←返す言葉なし)
いや、そんなに彼女がいたわけじゃないんですよ。
彼にはそう見えたのでしょう・・・

関係ないですけど、その頃、よく「ちょっと情けない状況に陥ってドナちゃんに助けを求めるデビッド」という物まねをやってました。
これがまた全く似ていないんですけど、「情けない」ところは似ていたようで、同じ学校のKさんはよく笑ってました。

インターネットで調べてみたのですが、登場人物の中でもデビッドとドナちゃんは私と同い年なんですよ(←36歳)。
ちょっとうれしい。

よく「『高校白書』は良かったけど、『青春白書』はちょっと・・・」という人がいますが、私はどちらも好きですよ。
確かに「高校白書」のほうがもっと新鮮な感じで、「青春白書」のほうはメロドラマっぽいですけどね。
よくあのメンバーの中でしょっちゅう恋愛ができるもんだ、と。
普通の友達関係ならば、完全に関係崩壊しているでしょう。

今、日本だとDVDボックスが発売されているんですよね。
欲しい!

「ビバヒル」はベラルーシでも放送されていたそうです。
でも、かなり昔のことらしく、今の若い人は知らない人も多いですね。

ベラルーシに限らず、旧ソ連圏で「アメリカのドラマ」と言ったら、「サンタバーバラ」という名前が挙がります。
私は見たことがないのですが、恐ろしく長いドラマなのだそうで。

「ビバヒル」も長いですよね。
その中でも一番好きだったのは、やっぱりディラン。
彼の人生にはものすごく感情移入してしまいます。

あ〜あ、全部ビデオに撮っておけばよかった!
そしたら、ずっと楽しめるのに。

明日も授業がたくさん。
がんばるぞ!

akiravich at 06:09コメント(4)トラックバック(0) 

2009年11月23日

おはようございます。
またまた朝の更新になってしまいました。

昨日も疲れた!
でも、気持ちのいい疲れです。

昨日の授業は最高のノリ!
調子がよかったです。
疲れはたまっているはずなんですけどね。
逆にこうゆう時が怖いんですよ。
調子に乗っているとガクッといったりして。

朝のプライベートレッスンだけは調子が悪かったかな。
言葉がすんなり出てこなかったりして。
眠かっただけなんですけどね。

ちょっと休まないとダメかも。
疲れのたまり方が尋常じゃないというか。
まあ、ここ最近7コマ授業(一日に10時間半)が続いていたからなあ。
火曜日までの我慢です。

そんな中。
ちょっとうれしいことが。

というのは、昨日の夜、友達からメールをもらったのです。
私はそんなに友達からメールをもらうことはないんですよ。
ベラルーシに住んで9年。
日本の友達というのはだんだん少なくなっているんですよ。
そんな状況なのに、私のことを覚えてくれているのはすごくうれしいことです。

その友達というのは私がロシア語を勉強していたときの同級生。
彼からのメールに「たった一年の付き合いとは思えないくらい」・・・って、一年しか付き合いがなかったことにちょっとびっくり。
なんか、ずっと一緒にお酒を飲んでいたイメージがあったから。
冷静に考えたら一年しか付き合いがなかったんだよなあ。
ちょっと信じられません。

彼とはよく飲んでました。
とにかく飲んでました。
飲みたくなさそうなときも無理やり誘って飲んでました。
飲んだ後、夜中のラーメンも行ったよね。
一緒にラーメンを食べた記憶があるのは甲州街道の「神戸ラーメン 第一旭」、松陰神社前の「一心」、桜上水の「あぶらー亭」かな。

あの頃は楽しかったよね。
本当にいろいろと助けてもらったの、覚えてるよ。
ありがとう。
本当にありがとう。

そこで、私は考えました。
私には友達が何人いるのかを。

つい最近、このテーマでブログに書きましたよね。
11月11日「私は友達が一人もいません?」をご覧ください。

ベラルーシで友達と言える人間が何人いるか、考えてみたのですが、自身を持って「友達」と言える人がなかなか思い浮かばないんですよ。
みんな疎遠になっていて。

例えば、ポーランドとの国境の町、ブレストの友達。
一緒によく遊んだものです。
ここ最近は会うチャンスも少なくなって。
独身時代はフットワークが軽くて、簡単に地方都市なんかに行ってたけど、最近はそんなわけにもいかないし。

あと、劇場の俳優たち。
ここ最近、全然付き合いがないなあ。

そして、病院で知り合った子供たち。
以前はよく折り紙を教えに行っていたんです。
そこで知り合った子供たちとよく文通をしていたんですが、最近はそんなこともなくなりました。

結局、ベラルーシで「友達」と言い切れる人、あんまりいないんですよね。
知り合いは本当に多いんですけど。

同世代の知り合いっていうのが全然いないんです。
年上か年下かで、同世代の知り合いは・・・一人ですかね。

学生はたくさんいますよ。
でも、どんなに親しくなっても、学生は友達とは違うし。

私が「友達」と言い切れるのは、数人かな。
昨日、メールをもらった友達と一緒に音楽高校で勉強した友達。
はっきり「友達」と言える人って、そんなにいないのかな。
まあ、軽い意味で「友達」と言えば、もっといるのかもしれないけどね。

あと、女の子の友達はいますよ。
元々が女の子が多い高校(←というか、女子高)でしたから。

たまには友達孝行しないとダメだなあ。
このままいったら、忘れられそうだし。
まあ、いろんな人に忘れられているんだろうけど。

この前、友達の話をちょっと書きましたが、私の中の基準もロシア語のものに近くなっています。
というのは、ロシア語で友達を表す「друг」という言葉は日本語で言う「親友」に近い意味なのです。

今日も忙しいなあ。
授業が終わるのが22時半。
その後、ベラルーシ語を勉強しないといけないし・・・
まあ、がんばろう・・・

akiravich at 17:27コメント(4)トラックバック(0) 

2009年11月18日

おはようございます。
はぐれミーシャです。
昨日の夜は更新できませんでした。
というか、しませんでした。

なぜなら、昨日は休みだったからです!
久々の休み。
しかも、ベラルーシ語の授業がお休みだったので、時間がたっぷり取れました。

でも、12時から劇の練習はしっかりしましたよ。
なかなかみんな盛り上がっていました。
一人を除いては。

一人、全くダメな学生がいて。
ただ読むだけの超棒読み。
昨日「この文、どういう意味?」と聞くと、「・・・」
実はその学生、自分の台詞の意味を全く知らず読んでいたことが発覚。
これには全員呆れてしまいました。

これは私たちの演劇に黄信号です。
というのは、その学生は非常に重要な役をすることになっているからです。
困った・・・

昨日は朝から遠くにある郵便局へ日本からの荷物を取りに行っていました。
2ヶ月前に送ってもらった船便です。
船便だと大体二ヶ月弱かかります。

なので、劇の練習の後はお祭り!
荷物を受け取った日はお祭りなのです。
やっぱりベラルーシに住んでいると一番うれしいのは日本からの荷物です。
今年は夏に帰りましたからそんなに強くは感じませんが、荷物が届くのは私にとって一大イベントなのです!

昨日はビールを飲みながら、ビデオを見たり、マンガを読んだり。
至福のときでした。

例えば、プロレスのビデオ。
かなり昔に録画した「格闘チャンプフォーラム」という番組のビデオがあって。
新生FMWの試合に感動。

例えば「ハヤブサVSグラジエーター」。
徹底的に攻め込まれながらもあきらめず、グラジエーターに勝利したハヤブサの姿はまさに「胸いっぱいのプロレス」を体現しています。
大仁田時代には、強い外国人で日本人選手の敵のようなイメージだったグラジエーターが、ハヤブサとは本当のライバルストーリーを築いているのが素晴らしいと思います。
彼の急逝が悔やまれます。
そして、ハヤブサ選手が今はリングに立てないこと・・・
言葉にはならない思いがあります。

そして、「工藤めぐみ・コンバット豊田VSシャーク土屋・バッドナース中村・里美和」の有刺鉄線デスマッチ。
番組内でも議論していますが、女性がデスマッチをすることの是非。
これは私も複雑な思いで見ていました。
しかし、選手たちのひたむきな姿には感動するしかありませんでした。

やっぱりプロレスはいいですね!

この前の日曜日、学生に「私はプロレスが好きです」と言ったら、みんな「先生のイメージと違います」
確かに、私はクラシック音楽や絵画、文学、映画など、芸術を愛する人間なので、この「プロレス」だけがちょっとずれているというのはあります。
でも、私の中では全てリンクするんですよね。

あと、昨日はクラシック音楽のビデオも見ました。
クラシック音楽のビデオの後で、有刺鉄線デスマッチのビデオを見る人もなかなかいないでしょう。

それは先日お亡くなりになった黒田恭一氏が司会の「20世紀の名演奏」。
私の心に残ったのは、ソビエトの名ヴァイオリニスト、ダヴィッド・オイストラフが演奏したモーツァルトのヴァイオリンソナタ。
というか、私が感動したのはオイストラフではなく、伴奏のパウル・パドゥラ=スコダのピアノ。
その伴奏の絶妙なこと!
まるで二羽の蝶々が花のまわりを舞うようで。
こんな伴奏があるんだ!と感動しました。

そのあとはずっとマンガを読んでいました。
私が大好きな「味いちもんめ」です。
やっぱりマンガはいいなあ。

今日は朝7時半に電話でたたき起こされました。
「国際郵便です。日本から荷物が届いています」
今回は船便ではなく、EMS(国際スピード郵便)。
ベラルーシに何かを送る場合は、このEMSが一番確実。
普通は一週間ぐらいかかりますが、早いときは4日で着きます。

それにしても、7時半に電話してくる神経はわからんな。
熟睡していたベロニカちゃん、怒っていました。

ちなみに、ベラルーシに何かを送るときは他の運送会社は使わないほうがいいです。
というのは、関税が発生することがあるからです。
EMSだと、一定額までは税金がかかりません。
私も一度、他の会社で荷物を送ってもらって、手続きや支払いが大変なことがありました。

そんなわけで、今日は朝寝をしようと思ったのに、早く目覚めてしまい、今ブログを更新しているというわけです。

私は朝起きると、必ずインターネットをしています。
日本のニュースをチェックしたりするためです。

今日、ちょっと気になるニュースがありました。
「通勤車内で飲食する大人たち すたれる公共マナー 寛大な風潮が助長か」というものです。
「電車やバスの中でおにぎりや弁当、ハンバーガーなどを食べている若者やサラリーマンが多くなった」「大人の飲食マナーが低下した」と言っているのです。
車内での飲食は禁止されているわけではなく、乗客それぞれの判断に任せているのが現状。

今年の夏、日本へ帰っているとき、東京の地下鉄でよく見かけたのが「家でやろう。」シリーズのポスター。
「それは地下鉄の車内じゃなくて、家でやったほうがいいよ」ということをイラストで示しているポスターなのですが、10月のポスターは若者が車内でつゆを飛ばしながらカップ麺をすすっているイラストなのだとか。
それも「車内で食事をしている人のにおいがきつい」という苦情が寄せられたからというわけで。

それって、ダメなんだ。
へー、知らなかった。
電車の中で何か食べたり飲んだりするの、マナー違反なんだ。

っていうか、別にいいんじゃないの?
そんなに悪いことかな?
お腹が空いたから食べる、それだけのことでしょ?

子供のころ、私の家族は電車でぶらっと旅行するのが好きで、年に1、2度旅行していたんです。
電車の中で駅弁を食べたり、立ち食いそばを持ち込んで食べたりするのが大好きでした。
私の父親は駅弁が好きで、私はそば派。
電車に揺られながら、熱いそばを食べるのは難しいときもあったけど、あれがいいんですよね。
きれいな景色を眺めながら、おいしいものを食べる。
これが電車旅の醍醐味じゃないでしょうか。

でも、周りの人は匂いに苦しんでいたのかな。
知らないおじさんが「おいしそうだね」と言って、ニッコリ笑っていたのは覚えているけど。
私たちが旅行をするのは日曜日だけなので、乗っている人はそんなにいなかったし。

もし通勤・通学の電車だったら、大変かも。
確かに、匂いは結構辛いものがあるし。
私は山形市の高校まで、毎日50分かけて電車で通っていたのですが、時々、帰りの電車の中で立ち食いそばを持ち込んで食べている高校生がいて。
みんなお腹が空いている時間帯だから、あれは地獄だったなあ。
そこらじゅうから「うまそうな匂い!」「食ってるの誰だよ!」という声が聞こえたりして。
でも、それで目くじら立てて怒る、なんてことはなかったですね。

インターネットの記事には、大学の偉い先生の話が書いてあって「社会全体が迷惑行為に寛容であるため、当事者は『沈黙=黙認』と勘違いし、まねする人が増殖しているのではないか」。
っていうか、寛容じゃないから、「電車の中でものを食べてはいけない」なんて意見が出てくるんじゃないの?
「人に優しく」って、逆に何かを潰しているような、そんな気もします。

ああ、それにしても立ち食いそば!
食べたいなあ!
そば屋でもいいんですけど、私は立ち食いそばも大好きなんです。
駅のホームで食べるのが。
最近は高級志向の店もあるようですが、私は普通の立ち食いが大好きです。

さーて、日本からの荷物を取りに行こうっと!

akiravich at 16:12コメント(6)トラックバック(0) 

2009年10月22日

疲れた・・・
かなりキテマス。

今日は授業は一つしかなかったんですよ。
というのは、学生たちの研究発表会というのがあって。
なので、大学の授業は全て休みだったのです。
そのせいで個人レッスンもキャンセルする羽目になって。
いやあ、まいった。

その発表会、始まったのは朝の10時。
そして、終わったのは16時。
6時間ですよ!

内容はみんなバラバラ。
共通なのは「東洋学」ということだけで、内容は文学から宗教、経済などあまりにも幅広いテーマでした。

今回は参加者が多かったんですよ。
一年生の参加者が多数。
でも、一年生って一ヵ月半前に入学したばかりですよね。
それで何を研究するの?という感じ。
実際、発表の内容はどこかから取ってきたような内容ばかりでした。

一年生の担当教官に聞くと「一年生だから仕方がない」。
私が「インターネットで取ってきた論文をそのまま読むのはよくない」と言うと、「そのままではない。いろんな論文を組み合わせている。そして、最後に自分の意見を付け加えた人もいる」
あのー、それって研究って言えるんでしょうか?

発表会の最後にみんなの前で感想を言うように求められました。
「今日はありがとうございました。皆さんのおかげで日本について、いろんな新しいことを知ることができました」
みんな爆笑。
「日本のことをいろいろ聞いて、外国人になったような気がします」
これも爆笑。
発表会の司会の先生が「古○さんは日本へ研修に行って、もっと日本のことを勉強しないといけませんね」と言ったので、「大学から費用が出るなら喜んで・・・」
私の上司は笑いながら「それはない!」
どんな状況でも笑いを取る。
それがはぐれミーシャ、仕事の流儀。

6時間の間、全然飲んだり食べたりできなかったので、超空腹。
でも、16時から二年生と日本語劇の練習の約束があったので、そのまま練習に突入。

今日は大きい教室が使えたので、とても有意義な練習が出来ました。
やっぱり一週間に一回の練習では少ないということをみんなで痛感しました。
なので、私も休み返上で練習をすることになると思います。

この語劇の練習、ものすごくエネルギーを使うんですよ。
役が5つあるんですが、全ての役を私が読んで見せないといけないので。
プロの俳優相手ではないですし、それに日本語ネイティブでもないので、普通に劇をやる以上のエネルギーが必要なのです。

18時15分ぐらいに練習を切り上げました。
みんな疲れていたし、私も夜の授業までに腹ごしらえをしないといけなかったので。

さて、どこかで軽く食べておきたいなあと思っても、ミンスクには適当な場所はありません。
日本みたいに気軽に入れる店というのが少ないのです。
ぱっと思いつくのはマク○ナルドだけ。
考える余裕もなかったので、すぐに地下鉄でマク○ナルドがあるオクチャブリスカヤ駅へ。

18時半ぐらいに着いたのですが、さすがに混んでいます。
でも、割と早くレジに到達。
異常に愛想の悪い店員にもめげず、チキンバーガーとポテト、そしてコーヒーを注文しました。

ベラルーシのマッ○にはスマイルはありません。
ニコニコしている店員なんて見たことがありません。

お腹が空いていたけど、味は感じなかったなあ。
急いでいたっていうのもあるけど。

そこで私は日本にいたときのことを思い出しました。
高校生の頃、帰り道に何か食べるのが楽しかったなあ、って。
うちに帰ると晩ごはんはちゃんとあるんですけど、うちまでもたないということで。
だって、その頃って、中華料理屋に行っても、ラーメンと炒飯をペロリと平らげるエネルギーがありましたからねえ。
いくら食べても大丈夫な感じでした。

私の定番は立ち食いそば!
大好きなんですよ。
特に天ぷらと生卵をのせた天玉そば!
これは最高です。

私のお気に入りは山形駅の近くにある、明治パーラーの立ち食いそばでした。
目立たないところにあるのですが、なかなかいい味だったんですよ。
そこのおばちゃんが全く愛想がない人だったんですが、あるとき、私が恐ろしく腹を空かせて行ったとき、私が貪るようにそばを食べるのを見て、「お腹が空いてたんだね」と言ってニッコリ笑ってくれたのが今でも印象に残っています。
今年の夏、その近くを通ったら、まだ店があって何かうれしくなりました。

あと、山形駅のホームの立ち食いそば。
今の新しい駅舎になる前のものです。
おばちゃんがちょっと目を話した隙に、カウンターの向こうに手を伸ばし、わかめをちょっと頂戴したりしました。
時効ですよね?

私が大好きだった店があります。
それは昔の山形駅に入っていたステーションデパートの地下。
地下の廊下の奥のほうに行くと、そこにあったのは中華料理店の「彩夏」(←たぶん、間違っていないと思います)。
実はうちの兄貴が山形の高校に通っていたときに時々行っていた店で、兄貴から「あそこはおいしいよ」と聞いていたんです。
なので、高校に入って、すぐに行ってみたんです。

その店で頼んでいたのは決まって「海老そば」。
トロミのついたスープに海老がたっぷり。
超熱いんですよ。
その店に行くといっつも火柱が立ってましたから。
あれはおいしかったなあ。
口の中をやけどするほど熱いんですけど、夏の暑いときでも「海老そば」ばっかり食べてました。

でも、しばらくすると、その店はなくなってしまいました。
そして、ステーションデパートもなくなってしまいました。
私にとっては思い出深い場所だったのに。

私の場合、買い食いといっても、店に入ることが多かったですね。
普通、買い食いというとパンとかたこ焼きを買ったりするイメージじゃないんですかね。
ベラルーシではそういう楽しみがないんですよね。
日本みたいに気軽に食べられる店が多かったらいいのに。
今日みたいに忙しい日は特にそう思います。

明日はベラルーシ語の授業。
ちょっと勉強しましたが、まだまだダメ。
なので、明日の朝、頑張って早起きします。
では、おやすみなさい・・・

akiravich at 06:02コメント(10)トラックバック(0) 
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